説明

鉄を含有する非経口栄養組成物

生体利用可能な鉄を含有する、物理化学的に安定な非経口栄養組成物が提供される。鉄は溶解性ピロリン酸第二鉄の形で存在する。組成物の調製方法及び使用並びにキットも提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、米国特許法第119条(e)の定めにより米国仮特許出願第60/753,815号(2005年12月23日提出)の利益の享受を請求するものであり、その開示の全体を、本明細書の一部を構成するものとしてここに援用する。
【0002】
本発明は、非経口栄養法の目的に適う、生体利用可能な鉄を含有する組成物に関する。
【背景技術】
【0003】
非経口栄養法(PN)は、非経口人工栄養摂取としても知られているもので、経静脈的に栄養維持組成物を補給する医療処置であり、哺乳類の各種疾病(癌、胃腸疾患、重度の身体火傷、広範囲の外傷、AIDS等)で必要とされる。部分非経口栄養法は一日栄養必要量の一部のみを補給することで経口摂取を補うものである。入院患者の多くはこの方法でデキストロースやアミノ酸の溶液を与えられる。完全非経口栄養法(TPN)は一日栄養必要量の全量を経静脈的に補給するもので、腸を経由しない。TPNが行われるのは、外科手術の後や、口からの食物摂取や腸の利用ができないとき、患者の消化系が慢性疾患のため栄養素を吸収できないとき、或いは、経腸での食物摂取や栄養補充で栄養法を行うことができないときである。病気の未熟児は、長期に亘るTPNを必要とする場合が多い。
【0004】
非経口栄養法のための組成物は一般に、少なくとも水、グルコース、アミノ酸を含み、その外、任意的に乳化脂肪を含む場合もある。それら組成物は、アミノ酸溶液、デキストロース溶液及び/又は脂質エマルジョンから無菌的に調製される。PN組成物には更に、ビタミンや電解質、必須微量元素も含有させることができる。
【0005】
一般に、PN組成物における鉄の含有量は無視できる程の微量に過ぎない。毒性や配合禁忌の懸念があるため、鉄をPN用混合物に添加することは日常的には行われていない。
【0006】
TPNを必要とする患者は、造血性栄養素(例えば葉酸塩、ビタミンB12、ピリドキシン、アスコルビン酸、銅、亜鉛、アミノ酸等)を投与しても鉄欠乏性貧血を起こすことがある。鉄の欠乏は、TPNを受けている患者が貧血を起こす原因の筆頭であり、これは患者が、基礎疾患や度々の外科手術、頻回の刺絡放血によって失った血液を補償する力が無いことを反映している。
【0007】
鉄欠乏症を治すには鉄含有化合物を投与する。一般に、健康人が鉄欠乏症にかかったときには、鉄蓄積量を補充するための安全且つ低価格で効果的な手段として、鉄塩を含有する経口用調製物を摂取する。しかしながら、胃腸系の副作用(例えば吐き気、嘔吐、鼓張、不快感、消化不良、胸焼け、便秘等)を伴うため、多くの場合、経口用鉄サプリメントに対する患者のコンプライアンスは低い。TPNを受けている患者では、経腸栄養の利用を妨げる物理的要因によって経口及び/又は経腸での鉄の利用が妨げられているか、或いは、吸収不良の患者等、患者が経口で鉄を吸収できないことにより、経口での鉄の投与が実施できない場合がある。更に、経口での鉄投与は一般に不快及び/又は有害な胃腸系副作用を伴うため、コンプライアンスが低下する。
【0008】
静脈投与に適する鉄の形態として、例えば、低分子量第一鉄化合物(クエン酸第一鉄やグルコン酸第一鉄等)やポリマー性物質に結合した鉄(鉄デキストランや、鉄サッカラート等)等、各種提案されている。塩化鉄、硫酸鉄、アスコルビン酸鉄等、単純な鉄塩を含有する製剤は、非経口投与のためには毒性が高すぎると考えられる。その理由は、これら鉄塩が患者の血液に移行すると、遊離鉄、即ち天然や合成のリガンド(トランスフェリンやフェリチン等)に結合していない鉄を放出するからである。遊離鉄は、酸化状態が第一鉄(+2、ferrous)であろうと、第二鉄(+3、ferric)であろうと、フリーラジカル生成と脂質の過酸化に触媒作用を有する遷移元素である。第一鉄(Fe(II))イオンは反応性で、一連のサイクリックレドックス反応を経て、フェントン反応から高反応性ヒドロキシラジカルを生成したり、過酸化脂質の分解からアルコキシ・ラジカルやペロキシ・ラジカルを生成したりする。同様に、高荷電(highly charged)の第二鉄(Fe(III))水和イオンは生理学的pHで析出する傾向があるが、これは加水分解反応によって非溶解性の水酸化物が形成されるためであり、また、血漿タンパク質との相互作用によって当該蛋白質を変性させたり一部沈着させたりする。これら作用は全て重大且つ有害な影響を及ぼす毒性作用であるため、静注投与形態では従来の第一鉄塩や第二鉄塩を臨床使用することができない。
【0009】
現在、鉄を非経口投与するため、鉄−炭水化物錯体であるコロイド状鉄化合物が調製されている。米国においては、米国食品医薬品局によって静脈投与剤として承認されたコロイド鉄化合物として、鉄デキストラン(INFeD(商標),Watson Pharma,Inc.やDexferrum(商標),American Regent,Inc.)、グルコン酸鉄(Ferrlecit(商標),Watson Pharma,Inc.)、鉄スクロース(Venofer(商標),American Regent,Inc.)が挙げられる。これらを始めとするコロイド鉄化合物の静脈投与は、重大且つ有害な影響を及ぼすことが知られており、その例としては、疼痛、激しい及び/又は生命にかかわるアナフィラキシー様反応、臓器毒性、感染症(恐らくは癌も)の悪化リスクの増大や酸化ストレスと関連付けられる触媒活性鉄の放出、更にはアテローム性動脈硬化や冠動脈疾患、脳卒中の原因として関連付けられる慢性炎症が挙げられる(内科医提要 (Physicians' Desk Reference)第58版、568〜570頁、3319〜3322頁(2004))。更に、従来のコロイド鉄調製物を含有する非経口製剤は、強力であるが変動幅の大きい細胞毒性能を有する(ザガー(Zager)ら、2004、Kidney Intl.66:144〜156)。ザガー(Zager)らは、コロイド鉄錯体の非経口製剤は強力な細胞毒性能を有し、それは臨床関連の鉄濃度において発現されうると結論した。静脈投与後、ポリマー鉄錯体が循環系統に数日留まると、微生物がこれを摂取し、その結果、細菌の繁殖を促してしまう可能性がある。最近の研究はまた、コロイド鉄化合物の静脈投与が、感染による疾病率や死亡率の増大と関連している可能性があることを示している(コリンズ(Collins)ら、1998、J.Am.Soc.Nephrol.9:205A)。よって、コロイド鉄を静脈投与する場合、各投与の度に好ましくない患者の応答が見られないかどうかモニターする必要がある。
【0010】
維持非経口栄養法下にある患者にポリマー鉄サプリメントを静脈投与することが提案されている。TPNを受けている患者が血清鉄濃度を回復するのに必要な静注鉄デキストラン(Imferon(商標)、メリル・ナショナル・ラボラトリーズ;米国、オハイオ州シンシナティ)の用量を評価する目的で行った前向き研究において、87.5〜175mg/週の鉄投与で、鉄濃度が3週間に亘り有効に上昇することが示された(ノートン(Norton)ら、1983、「非経口・経腸栄養ジャーナル」、7:457〜461)。投与を容易化するために、ポリマー鉄デキストランは、非経口栄養混合物への添加物として投与されている(ポーター(Porter)ら、1988、「アメリカ栄養大学ジャーナル」、7(2):107〜110)。
【0011】
しかしながら、鉄の非経口栄養混合物との併用可能性(compatibility)については明確に確認されていない。一研究においては、モノマー第一鉄塩(monomericferrous salt)であるクエン酸第一鉄と非経口栄養成分の一であるアミノ酸溶液との一日併用を示している(セイヤーズ(Sayers)ら、1983、J.Parenter.Enteral Nutr.7(2):117〜120)。別の研究では、鉄デキストランとアミノ酸−デキストロース非経口用混合物の併用可能性が示されている(ワン(Wan)ら、1980、Am.J.Hosp.Pharm.37:206〜210)。反対に、幾つかの研究では、鉄デキストランをTPN製剤に添加すると、混合物が分離(breakdown)し、脂質球が凝集し、脂質成分の分解やクリーミングが起こることがわかった(ドリスコール(Driscoll)ら、1995、Am.J.Health−Syst.Pharm.52:623〜634;ボーン(Vaughan)ら、1990、Am.J.Hosp.Pharm.47:1745〜1748)。非経口栄養(PN)エマルジョンの安定性に及ぼすコロイド鉄デキストランの影響も分析されている(ドリスコール(Driscoll)ら、1995、前掲書)。ドリスコール(Driscoll)ら(1995年、前掲書)は、コロイド鉄デキストランに由来する3価カチオンの含量は、栄養エマルジョンの安定性に影響する唯一の変数であって、潜在的に危険なサイズに大きくなったことが観察された脂肪粒の約60%はこれによるものであることを確認した。加えて、大きい脂肪粒(即ち、粒子径5μm超の脂肪粒子;PFAT5)の割合(%)が0.4%を超える場合、これは不安定なPNエマルジョン及びエマルジョンの完全性の崩壊と関連することが見出された。
【0012】
従来のコロイド鉄含有製剤は、そのいずれの製品表示においてもはっきりと該製剤を静脈投与のための非経口栄養溶液に添加してはならないと警告している(内科医提要 (Physicians' Desk Reference)第58版、568〜570頁、3319〜3322頁(2004))。また、非経口栄養法において鉄を長期投与すると、好ましくない副作用がもたらされる懸念もある。TPN下で鉄の補充を長期に亘って受けた子供達に、鉄過剰が報告されている(ベン・ハリズ(Ben Hariz)ら、1993、J.Pediatr.123:238〜241)。
【0013】
【非特許文献1】内科医提要 (Physicians' Desk Reference)第58版、568〜570頁、3319〜3322頁(2004)
【非特許文献2】ベン・ハリズ(Ben Hariz)ら、1993、J.Pediatr.123:238〜241
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
従って、生体利用可能な鉄を非経口栄養組成物の成分として経静脈的に投与する、代替的で方法であると共により生理学に適った方法が必要とされている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、非経口栄養法に適切に用いうる生体利用可能な鉄を含む組成物を提供する。該組成物はその一実施形態において、溶解性ピロリン酸第二鉄の治療有効量、アミノ酸、炭水化物及び薬学的に許容される担体を含む。また、他の一実施形態において、該組成物は更に脂質を含む。本発明組成物は、物理化学的に安定であることを特徴とする。一実施形態において、本組成物は、約25℃の温度で維持すると調製後少なくとも約24時間安定である。
【0016】
本発明はその一実施形態において、本組成物を約25℃の温度で維持すると、調製後少なくとも約30時間の間、組成物の平均液滴(droplet)径は約500ナノメータ未満である。他の実施形態においては、組成物を約25℃の温度で維持すると、調製後少なくとも約30時間の間、組成物の平均液滴径は約285ナノメータ未満である。
【0017】
また別の実施形態においては、組成物を約25℃の温度で維持すると、本組成物の球(globule)径分布は、調製後約30時間経過後において、組成物中に存在する5μm超の脂肪の体積加重百分率で表して約0.05%未満である。更に別の実施形態においては、組成物を約25℃の温度で維持すると、組成物の球径分布は、調製後約30時間経過後において、組成物中に存在する5μm超の脂肪の体積加重百分率で表して約0.03%未満である。
【0018】
一実施例においては、溶解性ピロリン酸第二鉄は、組成物中に存在する鉄の量が約1mg/L〜約150mg/Lの範囲となるよう、上記組成物に添加される。
【0019】
本発明組成物に係る或る幾つかの実施形態においては、アミノ酸を約2.5%〜約7%(w/v)、炭水化物を約5%〜約20%(w/v)の範囲で存在させる。本発明の幾つかの実施形態においては、炭水化物はデキストロースを含む。本発明の或る幾つかの実施形態においては、本組成物は脂質を含むが、その場合、脂質は約2%〜約5%(w/v)の範囲で存在させる。
【0020】
非経口栄養法の目的に適う組成物の調製方法も提供されるが、該調製方法は、溶解性ピロリン酸第二鉄、アミノ酸、炭水化物及び薬学的に許容できる担体、そして必要に応じて脂質、を無菌的に合一することを含む。
【0021】
生体利用可能な鉄を含む非経口栄養法を行う方法もまた提供されるが、これは、本発明組成物を個体に投与することを含む。
【0022】
生体利用可能な鉄を含む非経口栄養法を個体に行うための更なる方法も提供される。該方法は、アミノ酸と、炭水化物と、薬学的に許容できる担体とを含む第一の組成物を経静脈的に投与し、更に、脂質を含む第二の組成物を経静脈的に投与することを含む。ここで第一又は第二の組成物の少なくとも一方は溶解性FePPiを含む。
【0023】
キットは、アミノ酸、炭水化物及び薬学的に許容できる担体を含む第一の組成物を有する第一の容器と、脂質を含む第二の組成物を有する第二の容器とを含む非経口栄養法を行うために提供される。前記第一及び第二の組成物の内の少なくとも一方は溶解性FePPiを含むか、或いは、この溶解性FePPiは第三の容器に収容されてキットの中に含められる
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
定義
本明細書においては、特段の記載のない限り、単数形であっても複数を含むものとする。
【0025】
(治療対象として言及する場合の)「個体」という用語は、哺乳類と非哺乳類とを問わずどちらにも用いる。哺乳類としては、例えば、ヒトや非ヒト霊長類、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ヤギが挙げられる。
【0026】
本明細書においては、「生体利用可能な鉄」は、生物の体に吸収及び使用され得る化学的且つ物理的な形態の鉄をいう。
【0027】
本明細書においては、「使用説明書」は、出版物、記録物(recording)、図、その他の形態をとるものであって、本発明方法実施の際に、本キットが指定された用途で有効であることを伝達するために使用できる任意の表現媒体を含む。本発明に係るキットの使用説明書は、例えば、組成物を収容する容器に添付するか、或いは組成物を収容する容器と共に出荷できる。或いは、レシピエントが使用説明書と共に本組成物を使用するのであれば、使用説明書は容器とは別々に出荷できる。
【0028】
本明細書に使用される「無菌の」及び「殺菌された」という用語は、経静脈製剤に薬学的に必要な殺菌状態について言及する場合に当業者が認識するような従来の意味を有する。殺菌は従来の方法で行なわれる。即ち、加熱(例えば、高圧蒸気殺菌や高温短時間蒸気殺菌)により、或いは病原体を排除するのに十分小さな孔径を有するフィルタの使用により行われる。
【0029】
本明細書に使用される「経静脈注射に適切な」という用語は、米国薬局方の総説「注射」(U.S.Pharmacopeia、U.S.Pharmacopeias Convention,Inc.、メリーランド州ロックビル、2004)に示されているような注射用溶液に対する一般的な要件を満たす組成物について言及する場合に、当業者が認識するような従来の意味を有する。
【0030】
「治療する」及び「治療」等の用語は、本明細書においては、一般に、所望の薬学的及び生理学的作用を得ることをいう。作用は、疾病、症状或いは病状を予防する又は部分的に予防するという意味での予防的作用であってもよいし、疾病、状態、病状或いは疾病に起因する有害な作用の部分的或いは完全な治癒という意味での治癒的な作用であってもよい。本明細書において使用される「治療」という用語は、哺乳類、特にヒトの疾病の如何なる治療をも包含し、(a)特定の疾病の疾病素質を有するが罹患しているとはまだ診断されていない患者において疾病が発症するのを予防する、(b)疾病を阻害する、即ち、疾病の進行を止める、(c)疾病を軽減し、疾病及び/又はその症状や病状を和らげる、(d)患者における正常濃度範囲に臨床値を戻すこと、を含む。
【0031】
「治療的に有効な」という用語は、通常、従来の低分子量鉄塩製剤やポリマー鉄−サッカラート(polymeric iron-saccharate)製剤の使用時に派生する副作用を避けながら、鉄欠乏症等を緩和、軽減、低減或いは予防するために、生物学的に利用可能な(即ち、生体利用可能な)濃度の第二鉄を提供するという目的を達成する経静脈投薬治療において、溶解性ピロリン酸第二鉄の使用量が適切であることをいう。
【0032】
「非経口栄養組成物」という用語は、炭水化物溶液、アミノ酸溶液及び脂質からなる群から選択される一以上の成分を含有する経静脈投与のための人工栄養組成物をいう。
【0033】
非経口栄養組成物に関して使用される「物理化学的に適合性を有する」という用語は、組成物の崩壊が観察されないことをいう。組成物の崩壊は、相分離やクリーミング、微粒子形成、直径5μm超の脂質球の百分率の増加の観察により決定される。脂質球の百分率は、従来の光散乱、光オブスキュレーション(obscuration)、粒子分級技法等によって測定される。
【0034】
本明細書に記載される如何なる範囲も、その範囲における任意の或いは全ての整数及び小数を包含するものと理解する。
【0035】
非経口栄養組成物
本発明者は独自に、意外にも、非経口栄養組成物と溶解性ピロリン酸第二鉄とは物理化学的に適合可能であることを見出した。具体的には、本発明の溶解性ピロリン酸第二鉄含有組成物は物理化学的に安定であり、室温(約25℃)で少なくとも約30時間に亘って分解、脂質球径の増加、クリーミング、相分離が起こらない。対照的に、従来のポリマー鉄錯体は、脂質を含有するPN混合物と無菌下で調合すると、数時間以内に分解や、脂質球径の増加、クリーミング、相分離を起こしてしまう(Driscollら、1995、上記)。
【0036】
従って、本発明は、非経口栄養及び完全非経口栄養治療に有用な鉄含有組成物を提供する。一実施形態においては、本組成物は、溶解性ピロリン酸第二鉄と、アミノ酸と、炭水化物とを含有する。一実施形態においては、本組成物は更に脂質を含有する。好ましい一実施形態においては、炭水化物はデキストロースである。本組成物の各成分は、後で具体的に示すように、栄養学的に有効な量だけ含有されている。
【0037】
本発明の溶解性ピロリン酸第二鉄含有非経口栄養混合物を投与することにより提供される低容量鉄非経口栄養治療は、レシピエントに多くの恩恵を与える。本溶解性ピロリン酸第二鉄含有非経口栄養混合物は、注入中、生体親和性の鉄が緩やか且つ連続的に患者に移行する。混合物中の鉄量は、患者の必要に応じて容易に且つ繰り返し調節できる。定常状態に達すると、患者は、経口或いは従来の経静脈鉄コロイド治療を受けている患者程、集中して鉄分保有量を監視しなくて済む。
【0038】
経静脈投与後、従来技術のコロイド状鉄化合物(例えば、鉄デキストラン、鉄スクロース、グルコン酸鉄(Mr 45〜350kDa))は、鉄がトランスフェリンに送達される前に、レシピエントの細網内皮系で処理されなければならない。一般に、鉄コロイド錯体として経静脈的に送達された鉄の内、生体利用可能でヘモグロビン形成に利用されるのは約50〜85%だけである(Guptaら、2000、J.Lab.Clin.Med.136:371〜378)。対照的に、本発明の溶解性ピロリン酸第二鉄含有組成物は、ピロリン酸第二鉄が直接トランスフェリンに結合するため、より素早く循環から取り除かれる。本発明に係る非経口栄養混合物を用いて患者に溶解性ピロリン酸第二鉄が投与される場合、緩やかな鉄の投与が促進され、鉄状態はより監視し易い。更に、本発明の非経口栄養組成物は容易に自宅で患者に投与できる。TPNを受けている患者においては、経腸栄養の使用を妨げる物理的要因は同様に経口及び/又は経腸による鉄の使用をも妨げるため、或いは吸収不良症候群等の患者は経口では鉄を吸収できないため、鉄の経口投与は実行できない。更に、鉄の経口投与は一般に、不快な及び/又は有害な胃腸における副作用を伴うため、コンプライアンスを低下させる。本発明の非経口栄養組成物は、経口鉄補給の必要性、延いてはピル摂取の負担をなくす或いは低減することにより、生活品質を改善し、他の医薬のコンプライアンスを高めるであろう。
【0039】
一実施形態においては、本発明の組成物は、溶解性ピロリン酸第二鉄及び従来の非経口栄養製剤の混合物である。従来の非経口栄養組成物は各種栄養成分を含有でき、成分は、レシピエント個体の具体的必要性に基づいて変更される。当業者に知られているように、患者特有の因子は、適切な非経口製剤を選択する際に考慮すべきである。患者による変数としては、栄養状態及び栄養要件、電解質のバランス、消化及び吸収能力、病態、腎機能、医学的或いは薬学的治療等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。当業者であれば、非経口栄養法を必要とする個体に適切な非経口製剤を決定することに精通しており、それを行うことは本技術分野においては日常業務である。
【0040】
本発明の鉄含有組成物の調製に有用な従来の非経口栄養製剤の各成分の一日当りの量は、一般に、水は約30〜約40ミリリットル/キログラム体重(mL/kg)、エネルギーは約20〜約60キロカロリー/キログラム体重(kcal/kg)(但し、患者のエネルギー消費量に依る)、アミノ酸は約0.8〜約3.0グラム/キログラム体重(g/kg)(但し、患者の異化の程度に依る)である。エネルギーは、主に炭水化物によって提供されるが、本非経口栄養組成物に脂質成分が含有されている場合には脂質成分によっても提供される。任意の成分としては、ビタミン、ミネラル、電解質等が挙げられる。
【0041】
従って、本発明の組成物の調製に有用な臨床的に有用な非経口栄養製剤は、無菌下で、アミノ酸(範囲、2.5〜7%(w/v))、水和されたグルコースやデキストロース等の炭水化物(範囲5〜20%(w/v))を含有するように調合できる。脂質の存在は任意であるが、好ましくはエマルジョンの形態で存在する(範囲、2〜5%(w/v))。必要に応じ、鉄分を含有しないマルチビタミン溶液や微量元素溶液等の添加物を含有させることができる。本発明の組成物は更に、溶解性ピロリン酸第二鉄を治療有効量だけ含有する。
【0042】
急性膵炎患者の約15〜20%は高トリグリセリド血症を発症する。これら劇症又は遅延性膵炎患者の一部は、長期間に亘って経口で栄養摂取できず、非経口栄養法を必要とする。非経口栄養混合物の一成分としての脂質の投与は、このような患者には禁忌であろう。脂質投与が禁忌である患者にとっては、本発明の組成物の調製に有用な非経口栄養製剤は、無菌下で、アミノ酸(範囲、2.5〜7%(w/v))、及び水和されたグルコースやデキストロース等の炭水化物(範囲5〜20%(w/v))を含有するように調合されるが、脂質は含有されない。必要に応じ、鉄分を含有しないマルチビタミン溶液や微量元素溶液等の添加物を混合させることができる。本発明の組成物は更に、溶解性ピロリン酸第二鉄を治療有効量だけ含有する。
【0043】
溶解性ピロリン酸第二鉄
ピロリン酸第二鉄はモノマーの鉄化合物であり、異なる二形態で利用可能である。不純物を含有しないピロリン酸第二鉄(「FePyP」)は、分子式Fe(P、分子量(MW)745.2、CAS登録番号10058−44−3の黄褐色の粉末(tan powder)である。FePyPは非水溶性である。第二の形態である溶解性ピロリン酸第二鉄(溶解性FePPi)は、緑色〜黄緑色の粉末であり、分子組成(シトレート)・2Fe・(P)・xNa、CAS登録番号1332−96−3であり、分子量は約1000〜1500である。溶解性FePPiは、第二鉄がピロホスフェート及びシトレートとキレート形成したキレートであるため、このキレートはシトレートの存在により水溶性となる。溶解性FePPiの水に対する溶解度は1000mg/mLを超えるため、非経口栄養投与による低容量の鉄補充に必要な溶解度より高い。従って、溶解性FePPiは、組成、色、分子量及び水に対する溶解度においてFePyPと異なる。
【0044】
溶解性FePPiは、薄い、淡黄緑色(apple green)の透明鱗片状、パール粒状(pearls)、顆粒状、或いは粉末状物質として存在する。溶解性FePPiは、本技術分野で公知の種々の方法で、例えば、クエン酸第二鉄をピロリン酸ナトリウム溶液で処理することにより(米国薬局方第8巻 Ferri Pyrophosphas Solubilis、ニューヨーク、1907、161頁)、或いはFePyPをクエン酸及び水酸化ナトリウムと化学的に反応させることにより調製できる。溶解性FePPiは、食品グレードの薬品として市販されている(Dr.Paul Lohmann Chemische Fabrik GmbH、ドイツ国エンマータール)。
【0045】
溶解性FePPiは、様々な分子量を有し、10.5〜12.5%(w/w)の範囲の様々な量の鉄を含有している。鉄含有百分率が様々であるため、本技術分野では、鉄キレート或いは錯体の相当量ではなく、鉄元素の含有量によって表現するのが通常の慣わしとなっている。これは、鉄元素の含有量が臨床的に価値を有する鉄量であるからである。従って、本出願においては、特段の記載のない限り、溶解性ピロリン酸第二鉄の量は、キレート自体の量ではなく、キレートによって提供される鉄元素の量をいう。本発明の非経口栄養組成物における溶解性FePPiの濃度は、レシピエントの必要性によって決まる。鉄必要量の計算は当業者に良く知られている。一般に、本発明の非経口栄養組成物における(溶解性ピロリン酸第二鉄としての)鉄元素の濃度は、好ましくは、約1〜約150mg/L(約0.0001%〜約0.015%(w/v)に相当)の範囲であり、好ましくは約1〜約50mg/Lであるか、レシピエントの必要に応じた量である。当業者であれば、鉄欠乏症を評価し、鉄欠乏症の患者において鉄分保有量を補充したり、食事や栄養組成物では回復できない鉄分喪失進行中の患者において鉄分保有量を維持したりするのに必要な量の決定に精通している(Nortonら、1983、Journal of 非経口 and Enteral Nutrition 7:457〜461)。最も好ましい実施形態においては、僅か約5〜25mgの鉄が一日に注入される。この鉄分は、鉄欠乏症の患者の場合、本非経口栄養混合物を用いて毎日投与できる。一方、鉄分を十分保有した患者の維持が目的である場合、鉄分は、隔日或いは週1回や2週に1回等の低頻度でPNに添加できる。従来の鉄状態評価方法としては、フェリチンや総鉄結合能、トランスフェリン飽和度、ヘモグロビン指数、赤血球指数の測定が挙げられる。本発明の組成物を構成するどの成分も同様であるが、鉄分に関しても、患者の補給の必要性を定期的に再評価することが好ましい。
【0046】
脂質
本発明の非経口栄養組成物に脂質が含まれる場合、脂質は一般に、動物性及び/又は植物性の油及び乳化剤を含有する脂質エマルジョンの形態で提供される。油は、必須脂肪酸(リノール酸やリノレン酸)の供給源を含有するのが有利である。
【0047】
本発明の非経口栄養組成物の脂質成分として適切な脂質エマルジョンの調製に有用な油としては、綿実油、胡麻油、落花生油、オリーブ油、サフラワー油、大豆油、魚油、中鎖トリグリセリド等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。動物性又は植物性の油を抽出或いは精製する方法は、本技術分野において良く知られている。例えば、国際特許出願第PCT/CA00/00028号には、弱い加熱により動物性又は植物性の油を精製する方法が記載されている。低温方法の使用は、精製油中に存在する有害で酸化されたトランス脂肪酸の量を最小限に抑えることができる。本技術分野におけるその他の方法も利用可能であり、当業者には良く知られている。
【0048】
本発明の非経口栄養組成物の脂質成分として適切な脂質エマルジョンの調製に有用な乳化剤は、好ましくは、天然、合成或いは半合成起源のリン脂質である。このようなリン脂質の例としては、卵ホスファチジルコリン、卵レシチン、大豆レシチン、L−α−ジパルミトイルホスファチジルコリン(DPPC)、DL−α−ジパルミトイルホスファチジルエタノールアミン(DPPE)、ジオレオイルホスファチジルコリン(DOPC)等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0049】
精製油を用いた脂質エマルジョンの調製方法も本技術分野においてはよく知られている。例えば、米国特許公報第20060127491号を参照されたい。一般に、まず最初に、中心となる脂質を乳化剤と混合し、次に必要に応じ酸化防止剤と混合する。次いで絶えず攪拌しながらこの油相を水にゆっくり添加することによってエマルジョンを調製する。浸透圧調整剤を使用する場合は、油相と混合する前の水に浸透圧調整剤を添加する。必要であれば、この段階でpHを調節でき、必要であれば、最終量の調節を水を用いて行うことができる。
【0050】
本発明の非経口栄養組成物の調製に有用な市販の脂質エマルジョンとしては、INTRALIPIDとSTRUCTOLIPID(フレゼニウス(Fresenius)、ドイツ国)、LIPOSYN、LIPOSYN II、LIPOSYN III(ホスピーラ(Hospira)社)、TRAVAMULSION(バクスター(Baxter))、SOYACAL(アルファ・セラピューティックス(Alpha Therapeutics))、LIPOFUNDIN(B.ブラウンメディカル(B.Braun Medical)社)等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。これら脂質エマルジョンは、大豆油やサフラワー油等の植物油、卵リン脂質等の乳化剤、グリセロール、及び水からなる。OMEGAVEN(フレゼニウス、ドイツ国)は、ω−3脂肪酸であるエイコサペンタエン酸(EPA)及びドコサペンタエン酸(DHA)を高い百分率で含有する10%魚油エマルジョンである。市販の脂質エマルジョンは通常、10%、20%或いは30%(w/v)の濃度で提供されている。10%脂質エマルジョンは約1.1kcal/ミリリットル(kcal/mL)である。20%脂質エマルジョンは約2.0kcal/mLであり、30%脂質エマルジョンは約2.9kcal/mLである。
【0051】
現行の国のガイドラインでは、脂質の摂取は一日の総kcalの30%未満に抑えることを推奨している。本発明の非経口栄養組成物は、好ましくは約2%〜約5%(w/v)の脂質を含有する。この範囲は約0.2kcal/mL〜約0.55kcal/mLに相当し、これは一般に、患者の、脂質由来kcalに対する一日必要量を十分満たすものである。
【0052】
炭水化物
炭水化物は、非経口栄養法において最も重要なエネルギー源である。in vivoでカロリー源として代謝及び使用される炭水化物(CHO)は全て、本発明の組成物に使用できる。炭水化物は、単純な単糖、二糖、オリゴ糖或いは複合糖質とすることができる。本発明の組成物に利用できる炭水化物源は、加水分解又は非加水分解デンプンを含む。本発明の組成物に有用な炭水化物の例としては、グルコース(特にD−グルコース(デキストロース))、フルクトース、マルトデキストリン、コーンシロップ、コーンスターチ、キシリトール等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。一実施形態においては、炭水化物はD−グルコースを含む。別の実施形態においては、炭水化物は加水分解D−グルコースを含む。
【0053】
本発明の非経口栄養組成物は、好ましくは約5%〜約20%(w/v)の炭水化物を含有する。この範囲は一般に、患者の、炭水化物由来kcalに対する一日必要量を提供するのに十分である。レシピエントの必要性に応じて、炭水化物は、例えば、一日当りの総kcalの約10%〜約80%を提供でき、好ましくは約15%〜約60%を提供する。経静脈用途のデキストロースは3.4kg/グラムを提供する。他の炭水化物のカロリー値は、本技術分野において知られているか、本技術分野における従来の方法により容易に決定できる。本発明の非経口栄養組成物に使用するのに適した市販のデキストロース源は通常、無菌非加熱高浸透圧水溶液中のデキストロースの範囲が約10%〜約70%(w/v)である。
【0054】
アミノ酸
L−アミノ酸は、生物学的に利用可能な窒素源である。好ましくは、本発明の非経口栄養組成物のアミノ酸成分は、体内で産生できないアミノ酸、特にL−アミノ酸を含む。これら9種の必須アミノ酸は、イソロイシン、ロイシン、リシン、メチオニン、フェニルアラニン、スレオニン、トリプトファン、ヒスチジン及びバリンである。非必須アミノ酸、例えばアラニン、グリシン、アルギニン、プロリン、チロシン、グルタミン酸、アスパラギン酸、セリン等も含有させることができる。グルタミンは、重篤な病気に起因して起こるようなストレス代謝において重要であるため、幾つかの実施形態においては非経口栄養組成物に有用である。アミノ酸成分に含まれるアミノ酸は、遊離の形態或いは塩の形態とすることができる。従って、本明細書においては、「アミノ酸」は、遊離の形態及び塩の形態を含む。アミノ酸塩の例は、リンゴ酸、オレイン酸、酢酸、グルタミン酸等の有機酸或いは塩酸とアミノ酸の塩である。
【0055】
本発明の組成物に対する個々のアミノ酸の比率は特に限定されず、本技術分野における任意の公知の指数に従って決定できる。指数の例は、例えば米国特許第5767123号に開示されている。
【0056】
アミノ酸は、例えば約2.5%〜約7%(w/v)の範囲で本発明の組成物中に存在する。本発明の組成物に有用な市販のアミノ酸溶液としては、AMINOSYN、AMINOSYN II、AMINOSYNスペシャルティアミノ酸溶液(ホスピーラ社)、FREAMINE II(B.ブラウンメディカル)、AMINVEN(フレゼニウス・カービ(Fresenius Kabi)、ドイツ国)、PRIMENEとSYNTHAMIN(バクスター・クリンテック(Baxter Clintec))等が挙げられる。
【0057】
その他の成分
本発明の組成物は更に、任意の成分を含有できる。例えば、ビタミン、電解質、微量ミネラル、医薬(へパリン、インシュリン、H2拮抗剤等)等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0058】
本発明の非経口組成物に有用なビタミンは、脂溶性ビタミン及び水溶性ビタミンの両方を含む。脂溶性ビタミンの例としては、レチノール(ビタミンA)、25−ヒドロキシコレカルシフェロール(ビタミンD)、α−及び/又はγ−トコフェロール(ビタミンE)、フィロキノン(ビタミンK)等が挙げられる。水溶性ビタミンの例としては、チアミン(ビタミンB1)、リボフラビン(ビタミンB2)、ピリドキシン(ビタミンB6)、ナイアシン(ビタミンB3)、葉酸、コバラミン(ビタミンB12)、ビオチン、パントテン酸(ビタミンB5)、アスコルビン酸(ビタミンC)等が挙げられる。ビタミンは、表1に示すような経静脈ビタミンのFDA推奨規定量(FDA Recommended Allowance for intravenous ビタミンs)と一致する日量で或いは必要に応じて提供できる。
【0059】
【表1】

【0060】
本発明の非経口組成物に有用な電解質としては、例えば、カルシウム、クロリド、マグネシウム、ホスフェート、カリウム、アセテート、グルコネート、ナトリウム等が挙げられる。各電解質の一日当りの必要量のガイドラインを表2に示す。アセテートは、酸−塩基のバランスを維持するために必要に応じて提供される。いずれかの特定の電解質を提供するのに適した化合物は、本技術分野において良く知られている。
【0061】
【表2】

【0062】
一実施形態においては、本組成物は、約0〜約150mEq/Lの範囲の一価の陽イオン(例えばナトリウムやカリウム)、及び約4〜約20mEq/Lの範囲の二価の陽イオン(例えばカルシウムやマグネシウム)を含有する。
【0063】
本発明の非経口組成物に有用な微量ミネラルとしては、例えばクロムや銅、マンガン、セレン、ヨウ素、モリブデン、亜鉛等が挙げられる。微量ミネラルは、FDA推奨許容値と一致した日量で、或いは必要に応じて提供される。成人のための非経口組成物に添加される最も一般的な微量ミネラルの場合の経静脈微量ミネラルの推奨日量を表3に示す。
【0064】
【表3】

【0065】
本発明の組成物に添加できる他の任意の成分としては、ヌクレオチド、β−カロテン、カルニチン、タウリン、医薬(インシュリン、ヘパリン、H2拮抗剤(塩酸ラニチジン等)等)が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0066】
非経口栄養組成物の調製
本発明の非経口栄養組成物の調製は、経静脈投与に適した無菌組成物の従来の調製方法に従って行う。一実施形態においては、溶解性FePPi、アミノ酸、炭水化物、薬学的に許容される担体、脂質(任意)の別々の無菌濃縮溶液を適量ずつ用意し、これらを無菌下で混合し、各成分を所望の量だけ含有した非経口栄養組成物を調製する。別の実施形態においては、混合済みの従来の非経口栄養組成物に対して溶解性FePPiを無菌下で添加する。事前混合する実施形態の一様相においては、混合済みの非経口栄養組成物はアミノ酸及び炭水化物を含有し、該組成物に対して溶解性FePPi及び脂質を添加して、本発明の非経口栄養組成物を調製する。別の様相においては、混合済みの非経口栄養組成物は、脂質、アミノ酸及び炭水化物を含有し、該組成物に対して溶解性FePPiを添加して、本発明の溶解性FePPi含有組成物を調製する。ビタミンや、鉄以外の微量ミネラル、電解質等の任意の成分も無菌下で添加される。
【0067】
本明細書に示すように、混合後の本発明の溶解性FePPi含有非経口栄養組成物は、室温(約25℃)で少なくとも約30時間に亘って安定である。従って、本組成物は、投与の数時間前に調製できる。例えば、本組成物を24時間注入用に使用する場合、組成物は注入開始の約6時間前に調製できる。或いは、本組成物は使用直前に調製してもよい。例えば、投与直前に例えば患者のベッドの横で、薬学的に許容される担体中に脂質、アミノ酸、炭水化物を含有する非経口栄養組成物に対して、溶解性ピロリン酸第二鉄を添加できる。本発明の溶解性FePPi含有非経口栄養組成物は、安定であり、24時間注入の持続時間全体に亘って安全に投与できるため、有利である。
【0068】
本発明の組成物は、従来の薬学的考慮事項(Gennaro AR、Ed.Remington:「薬学の科学と実際」、第20版、ボルチモア:リッピンコット、ウィリアムズ&ウィリアムズ、2000)を念頭におき、任意の経静脈投与方式のための適切な投与形態に調製できる。非経口投与に使用される組成物は溶液とすることができるが、好ましくは水溶液、エマルジョン又はインプラント(implants)である。
【0069】
溶解性FePPiは、非経口栄養組成物に、或いは該組成物の特定の成分に、無菌濃縮水溶液として添加できる。好ましくは、溶解性FePPi溶液は非加熱である。溶解性ピロリン酸第二鉄の無菌溶液は、薬学的に許容される担体に攪拌下溶解性ピロリン酸第二鉄を添加した後、得られる溶液を殺菌することにより調製される。薬学的担体は、好ましくは水、更に好ましくは殺菌された非加熱の水である。鉄組成物に適合するその他の薬学的に許容される担体も使用できる。必要に応じ、水は、pH値を約5〜約8の範囲に維持するための緩衝液を含有してもよい。必要に応じ、得られる溶解性FePPi溶液のpHは、アルカリ金属水酸化物水溶液を用いて約5.0〜約8.0の範囲のいずれかのpH値、好ましくは約7.0に調節することができる。アルカリ金属水酸化物は、例えば水酸化ナトリウムや水酸化カリウムであるが、好ましくは水酸化ナトリウムである。
【0070】
溶解性FePPi溶液の幾つかの実施形態においては、薬学的担体は、浸透圧増加や酸化防止剤作用等の従来の薬学的な目的で添加される一以上の医薬添加剤或いは賦形剤と、注射用水とを含有する水溶液である。薬学的担体中の(溶解性ピロリン酸第二鉄としての)鉄元素の濃度は一般に約0.1〜約50mg/mLの範囲である。必要に応じ、製造中、薬学的担体及び得られる溶解性FePPi溶液中の酸素濃度を低減する目的で、薬学的担体に窒素やアルゴン等の不活性ガスをスパージングさせてもよい。また必要に応じ、得られる溶液に対する光の曝露を、製造中及び保管中、制限してもよい。得られる溶解性FePPi溶液は、医薬分野の当業者に知られた従来の方法により殺菌される。殺菌された溶液は、アンプル、シリンジ、バイアル、注射瓶、可撓性溶液等の容器に詰められ保管される。これら製造条件は、当業者であれば、少量或いは大量調製に関する従来の考慮事項を十分に検討して適宜変更を加えることができる。
【0071】
本発明の非経口栄養組成物を調製するために、マルチチャンババッグを用いて、溶解性FePPiとその他の溶液の無菌調合を容易にすることができる。このようなマルチチャンバ容器は本技術分野において良く知られており、迅速且つ正確な混合物調製を行いながら不純物混入や誤った混合の危険を低減するのに有利である。バッグチャンバ同士は、例えば隔壁によって、或いは分離ロッド、フランジ接続可能な弁、その他の開放可能な密閉部材によって分離されている。溶液同士を混合するためには、密閉部材を開放し各チャンバの内容物を混合する。例えば、第一のチャンバに無菌FePPi溶液、第二のチャンバに無菌炭水化物溶液、第三のチャネルに無菌アミノ酸溶液を収容する3チャンババッグを考えることができる。脂質を任意で添加できるよう、十分な空間が提供される。一チャンバは脂質を収容し、第二のチャンバは無菌炭水化物溶液を収容し、第三のチャンバは無菌アミノ酸溶液を収容し、別の容器が溶解性FePPiを収容する3チャンババッグ法も考えられる。溶解性FePPiは無菌溶液とすることができるが、別の実施形態においては、溶解性FePPiは固体の形態であり、薬学的に許容される賦形剤に無菌下で溶解後、非経口栄養組成物に添加される。同様に、4チャンババッグも考えることができ、この場合、一チャンバは溶解性FePPiの無菌溶液を収容し、第二のチャンバは無菌炭水化物溶液を収容し、第三のチャンバは無菌アミノ酸溶液を収容し、第四のチャンバは脂質を収容する。その他の成分は、混合後に添加してもよいし、混合前に特定の溶液、例えば炭水化物溶液に添加してもよい。
【0072】
更に本発明は、本発明の実施のためのキットを提供する。一実施形態においては、アミノ酸、炭水化物及び薬学的に許容される担体を含有する第一の組成物を収容する第一の容器と、脂質を含有する第二の組成物を収容する第二の容器とを含むキットが提供される。第一及び第二の組成物の内の少なくとも一方が溶解性FePPiを含有するか、或いは、溶解性FePPiは、別の容器に収容され、第一又は第二の容器の何れかに添加される。第一及び第二の容器に収容された溶解性FePPiの総量は、患者に与える鉄の溶解性FePPiの形態での治療有効量である。溶解性FePPiが第一及び第二の組成物の少なくとも一方に含有されている場合、キットは、第一の組成物と第二の組成物とを別々に経静脈注入するように構成される。非経口栄養を患者に提供するための使用説明書は、必要に応じ、キット内に提供してもよい。
【0073】
本発明の別の実施形態においては、キットは、溶解性ピロリン酸第二鉄、アミノ酸、炭水化物、脂質、薬学的に許容される担体を収容した容器1個と、本組成物の投与により患者に非経口栄養法を行う際に使う使用説明書(任意)とを含む。
【0074】
別の実施形態においては、キットは、少なくとも、第一の容器に収容された溶解性FePPiと、第二の容器に収容された脂質とを含む。このキットは、キット内の溶解性FePPi及び脂質と、キットとは別に提供されるアミノ酸及び炭水化物とを含有する非経口栄養組成物の調製に関する説明書も含む。従って、このキットの実施形態は、一チャンバが無菌アミノ酸溶液を収容し第二のチャンバが無菌炭水化物溶液を収容するデュアルチャンババッグに有用である。このようなデュアルチャンババッグは市販されている。別の実施形態においては、このキットは更に、アミノ酸無菌溶液及び炭水化物無菌溶液の内の一以上を含む。一実施形態においては、キットは、溶解性FePPi、脂質、アミノ酸及び炭水化物を別々に収容する無菌容器と、キット内に提供された各成分を用いた非経口栄養組成物の調製を説明する説明書とを含む。
【0075】
本発明のキットにおける溶解性FePPiは、薬学的に許容される賦形剤に溶解した無菌溶液の形態で、或いは固体の形態でキット内に含まれることができる。固体の場合、溶解性FePPiは、薬学的に許容される賦形剤に無菌下で溶解された後、混合し、本発明の非経口栄養組成物が調製される。必要に応じ、固体の形態の溶解性FePPiと共に、薬学的に許容される賦形剤の容器をキットに提供することができる。本発明のキットにおける脂質は、好ましくは脂質エマルジョンの形態である。本発明のキット内の炭水化物は、好ましくはデキストロースである。
【0076】
物理化学的安定性
本発明の組成物は、約25℃で維持された場合、調製後少なくとも約24時間、好ましくは約30時間に亘って物理化学的に安定である。物理化学的安定性の評価は、例えば、組成物の球径分布(globule size distribution)やエマルジョンの完全性(エマルジョン integrity)を評価することにより、例えば、脂質成分の熱分解やクリーミング、或いは相分離について組成物を検査することにより行うことができる(Driscollら、1995、Am.J.Health−Syst.Pharm.52:623〜634と、Vaughanら、1990、Am.J.Hosp.Pharm.47:1745〜1748)。
【0077】
米国薬局方(「USP」)には、脂質エマルジョンの安定性を確定するための2種類の基準が提案されている(「Globule Size Distribution in Lipid Injectable エマルジョンs」(<729>章)、草案、改定準備中、Pharm.Forum 31:1448〜1453)。第一の基準は、強度加重平均液滴径(intensity-weighted mean droplet size)(MDS)であり、これはナノメータ(nm)で表され、ダイナミック光散乱を用いて測定される。MDSは、脂質エマルジョンの均一性の程度を示す重要な量的指標である。第二の指標は球径分布(GSD)の大径テールであり、これは5μmを超える脂肪の体積加重百分率(「PFAT5」)として表され、単一粒子光学検知技法(single-particle optical sensing technique)を利用し光減衰を用いて測定される。球径データは、直径5μmを超える粒子として被検物中に存在する脂肪の百分率を得るため、正規化される。本発明の組成物の試験によって、5μmという寸法がエマルジョンの安定性を決める基準として選択された。5μmは、直径4〜9μmの最も小さな肺毛細血管を閉塞して塞栓症候群を惹き起こす可能性のある最小径である。
【0078】
医薬用途に適切な注射可能な脂質エマルジョンの場合、USPによるMDS上限は500nmであり、PFAT5の上限は0.05%である。このPFAT5の基準は、球径分布の極端な球状孤立値集団の再現可能な値であり、MDSの変化が測定可能となるかなり前から大径テールの変化を反映する。更に、安定な脂質エマルジョンにおけるこれら大径(即ち、5μmを超える)脂肪球の集団は一様に0.05%未満であることが報告されており、PFAT5集団が0.4%に増加すると、不安定性の視覚的証拠(即ち、相分離)が検出されることも多い。従って、PFAT5の基準は、球径分布の量的測定値を提供し、<729>に示された注射可能な脂質エマルジョンのための安定性を示す値である。
【0079】
本発明の組成物は、組成物が約25℃の温度で維持された場合、強度加重平均MDSが約500nm未満、好ましくは約300nm未満であるという特徴がある。また、本発明の組成物は、組成物が約25℃の温度で維持された場合、PFAT5として表されるGSDの大径テールが約0.05%未満、好ましくは約0.03%未満であるという特徴がある。
【0080】
本組成物の使用方法
本発明の各組成物は、生体利用可能な鉄を含有する非経口栄養法を個体に対して行うために投与できる。本発明の実施形態においては、個体は、許容可能な栄養状態を維持するために生体利用可能な鉄を必要とする。別の実施形態においては、個体は、鉄欠乏症障害を治療するために生体利用可能な鉄を必要とする。
【0081】
本発明の各組成物は、動物、特に温血動物に投与できる。好ましくは、個体は霊長類である。更に好ましくは、個体はヒトである。
【0082】
生体利用可能な鉄を含む非経口栄養法の対象候補としては、例えば、クローン病、虚血性腸疾患、胃腸運動機能障害(gastrointestinal motility disorders)、先天性腸欠陥(congenital bowel defect)、妊娠悪阻、慢性膵炎、放射線性腸炎(radiation enteritis)、慢性癒着性閉塞(chronic adhesive obstructions)、嚢包性繊維症(cystic fibrosis)、癌、エイズの患者が挙げられる。火傷、腹部外傷或いは腹部手術、敗血症等の重篤な病気の患者も、生体利用可能な鉄を含む非経口栄養法による治療の候補である。
【0083】
本発明の鉄含有非経口栄養組成物は、非経口で、主に経静脈で投与される。一般に、投与速度、総投与量、投与頻度、投与持続時間等の投与の詳細は、非経口栄養組成物及び鉄欠乏症の治療に慣例的な考慮事項によって決まり、当業者には周知である。
【0084】
本発明の非経口栄養組成物の各成分は、単一の組成物として混合して投与できる。各成分を別々に、別々の注入によって投与することも意図できるが、これは簡便性が低い。
【0085】
別々の注入の一実施形態によれば、非経口栄養方法は、アミノ酸、炭水化物及び薬学的に許容される担体を含有する第一の組成物を投与する段階と、脂質を含有する第二の組成物を投与する段階とを含む。第一及び第二の組成物の少なくとも一方は、治療有効量の溶解性FePPiを含有している。別々の組成物は、上述のようにキットの形態で提供される。
【0086】
特定の患者毎の具体的な用量は、多様な因子(例えば、患者の年齢、体重、通常の健康状態、性別、食事等)、投与時間及び投与経路、鉄分喪失速度、患者が摂る医薬の組合せ、治療対象の特定の疾患の重篤度(例えば患者のヘモグロビンレベル、血清トランスフェリン飽和レベル、フェリチン濃度等)によって決まる。当業者であれば、栄養を維持するため或いは鉄欠乏症障害を治療するための鉄療法の量、頻度、持続時間のガイドラインに精通している。一般に、貧血患者は、高用量の鉄を与えられるが、より高頻度に且つより長い治療期間に亘って投与される場合もある。どの投与方法を用いた場合でも、適切な用量は、鉄欠乏症或いは鉄欠乏症貧血の予防又は治療等において達成すべき所望の鉄レベルを考慮し、通常の実験、臨床試験、及び/又は従来の手続きに従って従来通りに決定できる。一般に、鉄用量は一日当り約1〜1000mgが適切である。いずれの場合においても、適切であれば、より多い又は少ない量を投与できるため、この用量範囲に限定されるものではない。
【0087】
本発明の鉄含有組成物は、患者に経静脈投与後、鉄の生体利用性を示し毒性がないと考えられる。しかしながらこれについては、何ら特定の根拠或いは理論に縛られることを望むものではない。なぜなら、鉄含有組成物は、体循環における遊離の鉄濃度を増加しない生理学的方法で循環中のトランスフェリンに対して直接鉄を送達するからである。これは、従来のコロイド状鉄化合物とは対照的である。コロイド状鉄化合物は、経静脈投与後、鉄がトランスフェリンに送達される前に、レシピエントの細胞内皮系で処理されなければならない。腎臓障害、HIV、炎症性腸疾患、癌、慢性感染症等の炎症状態の患者は、細胞内皮系遮断を示すことが多く、細胞内皮系に貯蔵された鉄が有効に開放されない。従って、本発明に開示した非経口栄養組成物中の鉄の投与は、鉄のトランスフェリンとの直接的な結合を促進して細胞内皮系遮断を克服することにより、このような患者に恩恵をもたらすと考えられる。
【0088】
本発明の溶解性FePPi含有非経口栄養組成物は低カルシウム血症を惹き起こさない、或いはその病因とならないと考えられる。別のピロリン酸金属塩錯体であるピロリン酸第一スズは、低カルシウム血症及び即時型毒作用を惹き起こすことが報告されている。第二鉄イオンは、ピロホスフェートと第一スズイオンやカルシウムイオンよりも強固な錯体を形成するため、低カルシウム血症は、溶解性ピロリン酸第二鉄投与の副作用となるとは考えられない。実際、溶解性FePPiは、血管及び軟部組織の石灰化の非常に強力な阻害剤であるピロホスフェートを提供することにより、石灰化を阻害する。
【0089】
次に、非限定的な実施例を用いて本発明の実施を説明する。
【実施例1】
【0090】
実施例
実施例1:非経口栄養組成物と混合するのに適した溶解性FePPi溶液の調製
溶解性FePPi無菌水溶液組成物は次の方法で調製する。酸素含有量を低減するために30分間、米国薬局方グレードの窒素でスパージングした精製水4Lの入ったガラスライニングされた容器に、溶解性ピロリン酸第二鉄200g(鉄元素約20gに相当)を添加する。窒素過圧は製造中維持する。溶解完了後、得られた緑色の溶液を、孔径0.22μmのナイロンフィルタ(殺菌フィルタ)に通し、無菌ガラスライニングされた容器に回収する。得られた無菌組成物を褐色バイアルに分液し、PTFEライニングされたストッパで閉止し、アルミニウムクリンプシールで覆う。50mg/mL(鉄元素約5mg/mL)の溶解性ピロリン酸第二鉄溶液の入ったバイアルが得られる。
【実施例2】
【0091】
実施例2:溶解性FePPi及び脂質を含有する非経口栄養組成物
典型的な条件下で保存中の栄養エマルジョンに与える溶解性FePPiの影響を検討するため、Driscollら(1995)(上記)の実験を、コロイド状鉄デキストランの代わりに溶解性FePPiを用いて行った。
【0092】
臨床的に関連のある45種類の非経口栄養組成物を調製した(表4)。各組成物は、(1)アミノ酸(範囲、2.5〜7%(w/v))、(2)グルコース水和物(範囲、5〜20%(w/v))、(3)脂質エマルジョン(範囲、2〜5%(w/v))、(4)一価の陽イオン(ナトリウムとカリウム、範囲、0〜150mEq/L)、(5)二価の陽イオン(カルシウムとマグネシウム、範囲、4〜20mEq/L)、及び(6)溶解性FePPiとして供給される鉄(鉄元素0〜10mg/L)を含有する。選択された濃度範囲は、非経口栄養治療を受ける患者に使用されることの多い量である。
【0093】
溶解性FePPi以外の各組成物は、自動調合器を用いて、クラス100空気層流の無菌条件下で、エチレンビニルアセテート注入バッグに1.5Lの製剤として無菌下で調製した。各組成物は3重に調製した。溶解性FePPi(100mg)を無菌水(5mL)に溶解して溶解性FePPi水溶液を調製した。次に、適量の溶解性FePPi水溶液を最終混合物に人の手によって添加し、PN試験調製物中の(溶解性FePPiとしての)鉄濃度を所望の濃度とした(表4の最終列)。調合後、組成物は即座に実験室に移動し、0時間として分析行った後、30時間毎の調査時間の間、25±2℃に設定された温度制御チャンバ内に置いた。
【0094】
【表4】


【0095】
各組成物の物理的評価として、分散された液相のMDSのための液滴のサブミクロン集団に対するダイナミック光散乱(DLS)と、実験開始及び終了時のpH測定とを行った。混合物の安定性の指標となる大きな脂肪球(5μm)を、単一粒子光学検知技法(LE/SPOS)を用いた光オブスキュレーション或いは減衰法により測定した。大径データは、直径5マイクロメータを超える脂肪の体積加重百分率(PFAT5)として表した。これら測定は、0時間(組成物の調製直後)、25℃±2℃での保管6時間後、24時間後、及び30時間後に行った。
【0096】
連続変数は平均±S.D.で表し、適切なパラメータ解析によって試験した。二値変数(dichotomous variables)はカイ二乗解析により比較した。光オブスキュレーションデータは多段回帰分析(multiple stepwise regression analysis)により解析した。安定した被検エマルジョン及び不安定な被検エマルジョンの特定及びグループ分けを支援するため、感度及び特性解析(sensitivity and specificity analysis)及びカイ二乗解析を行い、エマルジョンの安定性に影響する因子として非経口脂肪エマルジョンの材料(source)或いはロット番号を排除した。各時間における直径5μmを超える脂肪粒子の百分率は、独立変数である6個の因子から影響を受ける従属変数であった。ダイナミック光散乱及び物理的評価から得たデータは、エマルジョンが安定群と不安定群とに分離可能となったときに、独立群の不対t検定(either unpaired t tests of independent groups)により解析した。安定性の予想においてシュルツ−ハーディ規則に則った臨界凝集値(critical aggression number)と称する項の影響を評価するためにカイ二乗解析も使用した。先験的(a priori)有意性レベルは0.05とした。統計解析のため、市販の統計解析ソフトウェアを使用した。
【0097】
結果の概要を表5に示す。
【0098】
【表5】


【0099】
通常の条件下で保管中の臨床的に関連のある45種類の非経口栄養組成物の安定性に対して6個の独立した因子が与える影響を検討するため、釣合い型一部実施要因計画(balanced fractional factorial design)を用いた。データは、溶解性FePPiは栄養エマルジョンの安定性を大きく変更せずエマルジョンの完全性を崩壊しなかったということを示している。平均液滴径(MDS)の増加は見られなかった。直径5μm超の粒子の百分率(PFAT5)の増加も見られなかった。予期せぬことであったが、30時間の試験時間中、不安定なエマルジョンは観察されなかった。尚、エマルジョンの完全性の崩壊、例えばクリーミングや相分離、視認可能な脂肪球形成は見られなかった。
【0100】
従って、この実験により、溶解性FePPi及び非経口栄養組成物から無菌下で調合された各組成物は安定であることが示される。この結果は、従来のコロイド状鉄化合物を含有する非経口栄養組成物で観察されたもの(Driscollら、1995、上記)とは全く対照的である。
【実施例3】
【0101】
実施例3:溶解性FePPiを含有する非経口栄養組成物の貧血患者への臨床的投与
炎症性腹部疾患に伴い腹部切除を行った病歴を有する患者が、現在自宅でTPN治療を受けている。この患者は、出血性の下痢及び鉄吸収不良に続いて鉄欠乏性貧血を発症している。この患者は、鼓脹及び下痢のため、経口で鉄補給剤を摂取できない。エリスロポエチン治療は、患者が鉄欠乏症であるため有効ではない。
【0102】
従来の非経口栄養組成物に15mgの溶解性FePPiを無菌添加し、鉄補給用非経口栄養混合物を得て、この患者に毎日6時間に亘って経静脈投与する。この方法での治療により、3ヶ月の期間に亘って鉄欠乏性貧血が有効に治る。その後、溶解性FePPi用量を低減し、非経口栄養組成物L当り20mgとし、週3回投与する。
【0103】
本明細書で検討した文献は全て、本明細書の一部を構成するものとしてここに援用する。当業者であれば、本発明は、課題を実施し上述の並びに本然的目的及び利点が達成されるよう、適切に適合させ得ることは容易に認識できるであろう。本発明は、本発明の精神及び基本的性質から逸脱することなくその他の特定の形態で実施できる。従って、本発明の範囲を示すものとしては、上の説明ではなく添付の特許請求の範囲を参照すべきである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶解性ピロリン酸第二鉄の治療有効量、アミノ酸、炭水化物及び薬学的に許容される担体を含む、非経口栄養法の目的に適う組成物。
【請求項2】
更に脂質を含む、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
組成物は、約25℃の温度で維持すると調製後少なくとも約24時間物理化学的に安定である、請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
組成物は、約25℃の温度で維持すると、調製後少なくとも約30時間の間、該組成物の平均液滴径が約500ナノメータ未満である、請求項2に記載の組成物。
【請求項5】
組成物は、約25℃の温度で維持すると、本組成物の球径分布が、調製後約30時間経過後において、組成物中に存在する5μm超の脂肪の体積加重百分率で表して約0.05%未満である、請求項2に記載の組成物。
【請求項6】
溶解性ピロリン酸第二鉄としての元素鉄が約1mg/L〜約150mg/Lの範囲で存在する、請求項1に記載の組成物。
【請求項7】
溶解性ピロリン酸第二鉄としての元素鉄が約1mg/L〜約50mg/Lの範囲で存在する、請求項6に記載の組成物。
【請求項8】
アミノ酸が約2.5%〜約7%(w/v)の範囲で存在する、請求項1に記載の組成物。
【請求項9】
脂質が約2%〜約5%(w/v)の範囲で存在する、請求項2に記載の組成物。
【請求項10】
炭水化物が約2%〜約20%(w/v)の範囲で存在する、請求項1に記載の組成物。
【請求項11】
炭水化物がデキストロースを含む、請求項1に記載の組成物。
【請求項12】
電解質、薬剤、ビタミン、及び鉄非含有微量元素から成る群から選択される一以上の付加的成分を更に含有する、請求項1に記載の組成物。
【請求項13】
溶解性ピロリン酸第二鉄と、アミノ酸と、炭水化物と、薬学的に許容できる担体とを無菌的に合一することを含む、非経口栄養法の目的に適う組成物を調製する方法。
【請求項14】
更に前記組成物に脂質を合一することを含む、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
アミノ酸と、炭水化物と、薬学的に許容できる担体とを含む組成物を最初に形成してから、これに溶解性ピロリン酸第二鉄と脂質を混合することを含む、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
溶解性ピロリン酸第二鉄を、脂質と、アミノ酸と、炭水化物と、薬学的に許容できる担体とを含む組成物に合一することを含む、請求項14に記載の方法。
【請求項17】
溶解性ピロリン酸第二鉄としての元素鉄が組成物中に約1mg/L〜約150mg/Lの範囲で存在する、請求項14に記載の方法。
【請求項18】
溶解性ピロリン酸第二鉄としての元素鉄が組成物中に約1mg/L〜約50mg/Lの範囲で存在する、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
組成物は、約25℃の温度で維持すると調製後少なくとも約24時間物理化学的に安定である、請求項14に記載の方法。
【請求項20】
組成物は、約25℃の温度で維持すると、調製後少なくとも約30時間の間、該組成物の平均液滴径が約500ナノメータ未満である、請求項14に記載の方法。
【請求項21】
組成物は、約25℃の温度で維持すると、本組成物の球径分布が、調製後約30時間経過後において、組成物中に存在する5μm超の脂肪の体積加重百分率で表して約0.05%未満である、請求項14に記載の方法。
【請求項22】
炭水化物がデキストロースを含む、請求項14に記載の方法。
【請求項23】
請求項1に記載の組成物を経静脈投与することを含む、生体利用可能な鉄を含む非経口栄養法を個体に提供する方法。
【請求項24】
請求項2に記載の組成物を経静脈投与することを含む、生体利用可能な鉄を含む非経口栄養法を個体に提供する方法。
【請求項25】
溶解性ピロリン酸第二鉄としての元素鉄が投与組成物中に約1mg/L〜約150mg/Lの範囲で存在する、請求項23に記載の方法。
【請求項26】
組成物は、約25℃の温度で維持すると調製後少なくとも約24時間物理化学的に安定である、請求項24に記載の方法。
【請求項27】
組成物は、約25℃の温度で維持すると、調製後少なくとも約30時間の間、該組成物の平均液滴径が約500ナノメータ未満である、請求項24に記載の方法。
【請求項28】
組成物は、約25℃の温度で維持すると、本組成物の球径分布が、調製後約30時間経過後において、組成物中に存在する5μm超の脂肪の体積加重百分率で表して約0.05%未満である、請求項24に記載の方法。
【請求項29】
生体利用可能な鉄を含む非経口栄養法を個体に提供するための方法であって、該方法は、アミノ酸と、炭水化物と、薬学的に許容できる担体とを含む第一の組成物を静脈投与し、更に、脂質を含む第二の組成物を静脈投与することを含み、前記第一又は第二の組成物の少なくとも一方は溶解性FePPiを含むものである、方法。
【請求項30】
アミノ酸、炭水化物及び薬学的に許容できる担体を含む第一の組成物を有する第一の容器と、脂質を含む第二の組成物を有する第二の容器とを含む、非経口栄養法を行うためのキットであって、前記第一及び第二の組成物の内の少なくとも一方が溶解性FePPiを含むか、或いは、この溶解性FePPiは第三の容器に収容されてキットの中に含められている、キット。


【公表番号】特表2009−521466(P2009−521466A)
【公表日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−547542(P2008−547542)
【出願日】平成18年12月22日(2006.12.22)
【国際出願番号】PCT/US2006/048772
【国際公開番号】WO2007/075877
【国際公開日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【出願人】(508188444)
【Fターム(参考)】