説明

鉛直方向の振動信号を用いた出水時の河道内状態推定方法及び推定装置

【目的】平常時、出水時の河道内の状態をリアルタイムで推定する方法と推定装置を提供する。
【構成】河道内の状態推定装置15は、推定対象の河道内振動システム4の平常時、出水時の状態(例えば、河道内における水位、流速や流量変動)を表現するARMAモデル(例えば、ARMA(4,2))を持ち、前記河道内振動システム4の平常時、出水時に所定の物理量をセンサ8で観測し、前記センサ8で観測した信号sから前記ARMAモデルにより計算し、求めた前記ARMAモデルのARパラメータから前記河道内振動システム4の平常時、出水時の状態を推定する構成である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、台風や集中豪雨による河川出水中の水位、流速や流量等の河道内状態をリアルタイムで推定する方法及びその方法を用いた河道内の状態推定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
台風や集中豪雨による河川の出水時には、その河道内で引き起こされている現象の多くが未解決のまま残っており、その解明は河川工学上の急務である。現在まで、多くの未解決課題を残している最大の理由が計測の困難さである。出水中は大量の激流が流れており、河道内に立ち入って計測等を行うことが困難である。また、今までの非接触計測も、下記[特許文献1]に開始されている「流量測定装置」のように、その土砂を大量に含んだ濁流に阻まれて何かしかの情報を得ることができるのは水表面に関するごく限られたもののみである。一般的な水位、流量観測は橋梁等の上から投入した浮子の動きから水面の高さや水表面の流速を求め、既測の河道内地形の条件をもとに行われている。
【0003】
【特許文献1】特開平05−052622号広報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記従来の方法では、たとえ水深が一定であっても河道内地形の変化に伴い流量は大きく変化するが出水中は河道内地形を計測することができないので、出水後発表される実際の流量は速報値と大きくずれている場合も少なくない。また、横断方向に複雑な地形を見せる河道内で数地点での浮子の動きから求める平均流速の算出においてもその精度には限界がある。出水後改めて地形測量を行わなければならない点も、経済的・労力的な負担であるし、さらには出水前・後のみの地形からは、出水中の地形は把握できないため真の流量値は現状では得ることができない。
【0005】
近年、超音波ドップラー流速プロファイラー等の新しい計測技術によって流速や流量を高精度で計測することができるようになってきているが、高価であるため配置が現実的には難しい点、出水の激流に対しての利用が困難である点等のため、広く実用に耐え得るシステムを検討する際には無理がある。そのため、今のところ出水時において安全に河川流速、流量を観測でき、かつ観測精度を十分確保した観測システムは存在しない。
【0006】
出水に起因する洗屈によって河床が低下すると堤防や橋梁等の河川構造物が安定を失い、やはり危険な状態となる。このような河床変動は水底部で引き起こされているため、表面上は観測することはできない。また、出水は巨礫や流木を伴う激しい濁流であるため、視認はおろか観測装置も破壊され、非接触のレーザ計測もその濁流に阻まれてしまう。そのため、未だ出水中の河床変動を計測する方法は十分確立されていない。そして、河床変動が引き起こす堤防や橋梁等の河川構造物の状態を推定する方法や監視するシステムも十分に確立されていない。
【0007】
本発明は、このような従来からの水位、流速、流量等の河川状態推定方法が有していた問題を解決しようとするものであり、橋梁その他河川構造物に設置した速度計によって観測される信号からリアルタイムに出水中の水位、流速や流量の変動状態を把握して防災の観点からみた河川環境の健全性を診断するシステムの開発を可能とする出水時における河川状態推定方法を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は上記目的を達成するため、流水、河床及び橋梁等の河川構造物を一つの振動システムとして捉えた河道内の動力学的な系の力学モデルとその系から発生する振動速度等の物理量の時系列モデルパラメータとの相関関係を求め、前記振動速度等の物理量の時系列モデルパラメータをARMA(4,2)モデル(Auto Regressive Moving Average:自己回帰移動平均モデル)で表し、このARMA(4,2)モデルから求められた時系列モデルパラメータのARパラメータと力学パラメータ、水位、流速や流量との関係から出水時の河川状態をリアルタイムで推定する手法を提唱し、以下の(1)〜(6)の方法又は装置を提供する。
(1)流水、河床及び橋梁等の河川構造物を一つの河道内連成系と捉え、その河道内の平常時、出水時における種々の状態を表現するARMAモデルを持ち、前記河道内の平常時、出水時に所定の物理量をセンサで観測し、前記センサで観測した信号を前記ARMAモデルにより計算し、求めた前記ARMAモデルのARパラメータから前記河道内の出水時の状態を推定することを特徴とする河道内状態推定装置。
(2)流水、河床及び橋梁等の河川構造物を一つの河道内連成系と捉え、その河道内の平常時、出水時における種々の状態を表現するARMAモデルを持ち、前記河道内の平常時、出水時に振動速度を橋梁等の河川構造物に設置した速度センサで観測し、前記速度センサで観測した信号を前記ARMAモデルにより計算し、求めた前記ARMAモデルのARパラメータの変化から出水時の河川状態を推定することを特徴とする河道内状態推定装置。
(3)流水、河床及び橋梁等の河川構造物を一つの振動システムとして捉えた河道内の動力学的な系を対象とする力学モデルの運動方程式を力学パラメータで表すステップと、
前記運動方程式のラプラス変換から前記力学モデルの伝達関数を求めるステップと、
前記力学モデルの伝達関数の離散化及びZ変換を行って前記力学モデルの離散時間モデルの伝達関数を求めるステップと、
前記河道内の平常時、出水時における所定の物理量をセンサで観測した検出信号の時系列モデルであるARMAモデルを求めるステップと、
前記力学モデルの離散時間モデルの伝達関数と前記ARMAモデルを比較することにより、時系列モデルパラメータのARパラメータと力学パラメータとの関係を求めるステップと、求められた前記時系列モデルパラメータのARパラメータと力学パラメータとの関係から、前記河道内の平常時、出水時における前記物理量をセンサの検出信号から測定して前記時系列モデルのARパラメータを算出するステップと、
算出された前記ARパラメータと平常時、出水時の水位、流速及び流量との関係を求めるステップと、
求められた前記平常時、出水時におけるARパラメータの変化から前記水位、流速及び流量等の河川状態をリアルタイムで推定するステップと、
からなることを特徴とする河道内状態推定方法。
(4)流水、河床及び橋梁等の河川構造物を一つの振動システムとして捉えた河道内の動力学的な系を対象とする力学モデルの運動方程式を橋梁と橋梁に衝突する流水部の各質量、剛性、減衰係数の力学パラメータで表すステップと、
前記運動方程式のラプラス変換から力学モデルの伝達関数を求めるステップと、
前記力学モデルの伝達関数の離散化及びZ変換を行って力学モデルの離散時間モデルの伝達関数を求めるステップと、
前記河道内の平常時、出水時に振動速度を橋梁に設置した速度センサで観測した振動速度信号の時系列モデルであるARMA(4,2)モデルを求めるステップと、
前記力学モデルの離散時間モデルの伝達関数と前記ARMA(4,2)モデルとを比較することにより、時系列モデルパラメータのARパラメータと力学パラメータとの関係を求めるステップと、
前記河道内の平常時、出水時に前記橋梁に設置した速度センサの振動速度を測定して前記時系列モデルのARパラメータを算出するステップと、
算出された前記ARパラメータと平常時、出水時の水位、流速及び流量との関係を求めるステップと、
求められた前記平常時、出水時におけるARパラメータの変化から前記水位、流速及び流量等の河川状態をリアルタイムで推定するステップと、
からなることを特徴とする河道内状態推定方法。
(5)河道内に設置されて該河道内の平常時、出水時に所定物理量を検出するセンサと、前記センサの検出信号をデジタル信号に変換するA/Dコンバータと、前記デジタル信号を入力して請求項3に記載の河道内の状態推定方法を実行するアルゴリズムにて演算処理をCPUに行わしめ、その結果を示す情報を表示装置に表示し、又は音響装置にて音声出力し、又は印刷出力するプログラムがインストールされたコンピュータシステムと、を備えることを特徴とする河道内状態推定装置。
(6)河道内の平常時、出水時に振動する振動箇所に設置された速度センサと、前記速度センサが検出した振動速度信号をデジタル信号に変換するA/Dコンバータと、前記デジタル信号を入力して請求項4に記載の河道内の状態推定方法を実行するアルゴリズムにて演算処理をCPUに行わしめ、その結果を示す情報を表示装置に表示し、又は音響装置にて音声出力し、又は印刷出力するプログラムがインストールされたコンピュータシステムと、を備えることを特徴とする河道内状態推定装置。
【0009】
なお、発明の対象とする河道内の状態推定の対象としては、上記水位、流速及び流量等の河川状態の推定他に、堤防決壊・氾濫予測や土石流警報等が想定され、検出する物理量としては、振動速度の他に、音、変位、加速度等が考えられる。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係わる河道内の状態推定方法及び河道内の状態推定装置は、上記のように、流水、河床及び橋梁などの河川構造物を一つの振動システムとして捉えた河道内の動力学的な系の力学モデルとその系から発生する振動速度などの物理量の時系列モデルパラメータとの相関関係を求め、振動速度などの物理量の時系列モデルパラメータをARMA(4,2)モデルで表し、その時系列モデルパラメータのARパラメータと力学パラメータ、水位、流速や流量との関係を求め、得られた以下の(1)〜(3)の関係から平常時、出水時におけるARパラメータを監視することで河道内状態(水位、流速や流量)をリアルタイムで推定することが可能となる。
(1)出水前後の時系列パラメータと水位の変化は良い対応関係を示す。
(2)力学パラメータと時系列パラメータの関係は[数20]で表される。
(3)時系列パラメータと流水の速度や流量の関係は[数22]、[数23]で表される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の河道内状態推定方法及び推定装置の実施の形態について表及び図面に基づいて説明する。
【0012】
先ず、台風や集中豪雨による河川の出水時において、水位、流速や流量変動等の河川状態をリアルタイムに把握する(監視すること)には、流水、河床及び橋梁等の河川構造物を一つの振動システムとして捉え、モデル化し、その振動系を支配する要因、即ち振動の速度信号をモニターして時系列解析により生成される時系列モデルパラメータの変動を観察することが極めて有効と考えられる。
【0013】
そこで、本発明の河道内状態推定方法は河道内の動力学的な系の力学モデルを設定してその運動方程式を導出し、河道内の動力学的な系の力学パラメータと前記時系列モデルパラメータとの関係を導出する。
【0014】
まず、本発明においては、流水中における橋梁と橋梁に衝突する流水部の振動を表す力学モデルを以下のように設定してその伝達関数を求める。
【0015】
図1に示されるように、流水、橋梁を一つの振動システムとして捉え、出水前後の流速や地形変動を考慮した力学モデルは橋梁1、橋梁に衝突する流水2からなる2自由度振動系として近似的に表現できる。ここで、記号k、cが水衝突部を表している。橋梁は河床と橋梁のたもとの2箇所で固定されていると仮定する。また、記号m、c、kはそれぞれ質量、粘性減衰係数、バネ定数を表す。また、xは橋梁の変位、xは出水の変位を、fは振動系への入力である流水力を表す。
【0016】
図1における橋梁の運動方程式は次式で表される。
【0017】
【数1】

【0018】
ここで、入力fによる出水の変位xは橋梁の変位xと比較して近似的にx>>xとおくことができる。したがって、数[1]は次式で表される。
【0019】
【数2】

【0020】
一方、水衝部の運動方程式は次式で表される。
【0021】
【数3】

【0022】
同様に、出水の変位xは橋梁の変位xと比較して近似的にx>>xとおくことができるため、数[3]は次式で表される。
【0023】
【数4】

【0024】
上式数[2]、数[4]より、河道内の動力学的な系を表す力学モデルの運動方程式は次式となる。
【0025】
【数5】

【0026】
式数[5]はラプラス変換により、入力をf(t)、出力を橋梁の変位xの速度とした力学モデルの伝達関数H(s)は次式のように求まる。
【0027】
【数6】

【0028】
但し、力学モデルの伝達関数の係数はA、Bは力学パラメータmi、ki、ciによって次式のように表される。
【0029】
【数7】

【0030】
次に、加速度、速度信号の時系列信号の時系列モデルパラメータと上記モデルの力学パラメータmi、ki、ciがどのような関係であるかを示すために力学モデルの離散時間モデルを導出する。
【0031】
本発明の実施の形態では、出水時に観測される振動加速度、速度を時系列解析して、その時系列モデルパラメータと力学パラメータとの関係から出水状態の異常診断を行う。そこで、以下のように力学モデルの離散化を行い、離散時間モデルの伝達関数を導出した。
【0032】
図1の力学モデルの伝達関数H(s)は式[数6]で表され、次式に変換できる。
【0033】
【数8】

ここで、P、P、Q、Qは定数である。
【0034】
【数9】

【0035】
とおくと、式[数8]の逆ラプラス変換より、伝達関数H(s)のインパルス応答h(t)は次式で表される。
【0036】
【数10】

【0037】
ここで、t=nT(n=0,1,2,・・・)として離散化することにより、式[数10]は次式となる。
【0038】
【数11】

【0039】
さらに、上式[数11]のZ変換より、力学モデルの離散時間モデル伝達関数H(z)は次式で表される。
【0040】
【数12】

【0041】
ここで、式[数9]より、
【0042】
【数13】

【0043】
である。
【0044】
次に、出水時に観測される振動加速度、速度信号の時系列モデルパラメータと力学パラメータの関係を[数12]より求める。
【0045】
前述のように、出水時のような振動系への入力が未知で、振動系からの振動加速度、速度等の出力のみが入手可能な場合には、入力を白色信号とみなした時系列モデルによる解析が有効であり、その時系列信号は、一般に次式のようにARMA(p,q)モデル(Auto Regressive Moving Average:自己回帰移動平均モデル)で表される。
【0046】
【数14】

【0047】
ここで、aiをARパラメータ、biをMAパラメータという。
【0048】
一方、式[数12]より力学モデルの離散時間モデルの伝達関数H(z)は次のように表される。
【0049】
【数15】

【0050】
ここで、
【0051】
【数16】

【0052】
である。上式[数16]は式[数7]より力学パラメータmi、ki、ciを用いて次式で表される。
【0053】
【数17】

【0054】
また、式[数14]より、式[数15]はARMA(p、q)モデルのARMA(4,2)モデルに相当し、次式で表される。
【0055】
【数18】

【0056】
したがって、式[数15]、式[数16]より、時系列モデルパラメータと力学パラメータの関係式は次式で表される。
【0057】
【数19】

【0058】
以上より、出水時に観測される速度信号のARMA(4,2)モデルのARパラメータaiは、図1の各力学パラメータと式[数17]、式[数19]のような関係がある。
ここで、式[数19]のARパラメータa1、a2、a3、a4には,ほとんど全ての力学パラメータが要素として含まれていることが分かる。すなわちaiはm、k、cの関数としてf(mj、kj、cj)で表される。
【0059】
以上のARパラメータと力学パラメータの関係の結果から、次に、実際の出水状態に際して、ARパラメータに出水状態の影響を検討する。ここでは鉛直方向の力学モデルである図1において、最も出水の影響をダイレクトに受ける水衝部の力学パラメータk2、c2に注目し,このk2、c2のみを変化させARパラメータの挙動をシミュレーションする。
【0060】
本シミュレーションでは、図1の力学モデルにおける橋梁および出水の各力学パラメータを[表1]のように設定した。これらの値は橋梁を対象とした力学モデルの構築に関する既存の研究で用いられている値を参考にしながら試行錯誤的に設定したものである。
【0061】
【表1】

【0062】
以下に、水衝部の力学パラメータをそれぞれ変化させた時のARパラメータ(a1〜a4)の変化の様子を図2に示す。
【0063】
図2より、水衝部の力学パラメータk2、c2の変化に最も敏感なARパラメータはa1、a2である。またa、aに関しては変化が小さく、特にaは0付近でほぼ一定の値となるようでした。図2において各ARパラメータの増減がどのように変化しているか分かり易くするため、k2、c2を同時に変化させたときのARパラメータの挙動を下記[表2]にまとめる。
【0064】
【表2】

【0065】
図2及び[表2]より、ARパラメータの変化はkの変動により支配されていることが分かる。kは水衝部の剛性にあたり、これが実際の現象ではどういうことを意味しているのか分からないが、水衝部周辺における流速・水位などの変動からくる流況の変化のようなものと考えられる。
【0066】
次に、現地での速度センサーによる平常時、出水時における具体的な実施形態の振動測定実験を図3に示される振動測定・分析システム7にて行った。
【0067】
図3において、振動測定・分析システム7は平常時、出水時に橋梁2の地面に水平を確保して置いた速度センサー3により速度信号として感知し、A/Dコンバータ5を通してパーソナルコンピュータ6に記録し、記録された速度信号は上記式[数1]〜[数19]等に基づいて時系列パラメータの解析の信号処理を行うシステム構成である。
【0068】
振動測定は8.192KHzのサンプリングレートで30秒間の計測を同一測点にて複数回行った。図4は振動計測ポイントを示している。1がたもと(左岸)側、4がほぼ中央になっている。各計測点はいずれも橋梁脚の真上に設定した。
【0069】
[表3]に見地振動測定時の状況(日付、時刻や水位)を示す。
【0070】
【表3】

【0071】
図5は出水時、平常時における橋梁の地面に置いた速度センサーから測定された流れに対して鉛直方向での振動速度の測定結果で、振動速度のパワースペクトルを示したものである。図より水位の低下に伴って次第にパワスペクトルのピーク値も低下していることが分かる。特に注目すべきものはパワースペクトルのピークが2箇所に出ている点である。一方のピークは20Hz前後で,もう一方のピークは220Hz前後に出ている。鉛直方向の計測結果には多少分布にバラつきはあるが、20Hzのピークは流下方向の際にも認められた。計測条件の差異の影響でないとしたら220Hzは鉛直方向振動の特性を表す可能性が高い。
【0072】
今回のように、流れ方向に対して鉛直方向の検討ではARMA(4,2)モデルで検討を進めてきたが、この場合、前述の式[数7]に示すように、固有振動数が式の展開上2つ(ω01、ω02)出てくる。ここで、20Hzと220Hzを固有振動数であると考えると、計測によって得られた結果とモデルから推定される結果に整合性がでてくるように思える。式[数7]を見ると、ω01はm1、k1、k3に起因する固有振動数であり、ω02はm2、k2に起因する固有振動である。図1の力学モデルと対比させて考えると、つまりω01は橋梁−河床−橋梁の「たもと」といったシステムが励起する振動が支配的な固有振動数であり、ω02は水衝部における現象が支配的な固有振動数であると考えられる。ここで20Hzという固有振動数は流下、鉛直ともに存在している点に注目する。そうすると流下および鉛直方向の力学モデルで共通しているのは流下方向でM、鉛直方向ではm1と表現されている橋梁―河床(鉛直では+たもと)システムによって励起される固有振動、鉛直の場合はω01である。もしこの仮定が可能であるならば、ω02=220(Hz)とおけることになる。一方、流れ方向の振動を観察することで河川の状態変動を推定する方法は、現在、特許出願中である(特願2005−76725)。
【0073】
力学モデルの検討を行う際にその力学パラメータの設定は非常に困難なことが多い。一応の標準値のようなものがあるようではあるが、それらも決まったものではなく経験的に用いられてきたもので、力学モデルの形態によっては(鉛直方向モデルの水衝部のように)標準値が存在しないこともある。固有振動数は前述のようにmおよびkといった力学パラメータで表現されているので、特定のシステムのみにしか使えないかもしれないが、ω01=20(第1固有振動数)、ω02=220(第2固有振動数)のような仮定からm、k、cといった力学パラメータを特定、もしくは絞込みを行うことができると考えられる。因みに前記した[表1]の力学パラメータはこのような検討から絞り込んだ値である。
【0074】
次に、平常時、出水時に測定された振動速度データの時系列解析を行い、その時系列パラメータと平常時と出水時の河道内状態との関連性を検討する。
【0075】
図6は出水時と平常時の水位、Hとそのときの振動速度データの時系列パラメータa1、a2を掛けたものの絶対値、|a1・a2|=χとの関係を示したものである。ここで、縦軸の値は出水時のχを平常時の値χで標準化したもののχ/χを表している。図6(a)は計測ポイント2、(b)、(c)と次第に橋梁の中央寄りになっている。この結果をみると流れ方向における結果とは反対に水位の増加とともにパラメータ関数は減少していく傾向を見せた。これは振動特性の違いによるものでしょうが、いずれにしても各測点ともにきれいな逆相関となっており、鉛直方向振動を用いた解析によっても水位の同定を行える可能性を示すことができたと考えられる。
【0076】
図7は時系列パラメータと水位の関係を前記の式[数17]を用いてシミューレションした結果と観測結果を共に示したものである。シミュレーションで用いた力学パラメータ値は前記の[表1]と同様である。ここでは、出水の規模を水衝部に作用する質量m2で表現して各水位に対応させ、試行錯誤で極力時系列パラメータの傾向に近づけたものである。各力学パラメータが確定されていないので、固有振動数の式などを用いて絞り込んだ値を使ってある程度力学モデルおよびその運動方程式からも時系列パラメータの挙動を再現できることを確認した。
【0077】
次に前述の力学パラメータと時系列パラメータの関係式[数19]から、図1の力学モデルの水衝部の力学パラメータk2、c2の変化に最も敏感で大きい影響を及ぼす時系列パラメータa1、a2だけ注目するとともに、出水前後の水衝部における現象を支配する固有振動数ω02だけ考慮すると、式[数19]の力学パラメータと時系列パラメータとの相関関係は以下のように表すことが出来る。
【0078】
【数20】

【0079】
この上式[数20]により出水時の振動速度信号の時系列モデルパラメータ(a1、a2)の変化から水衝部周辺における流速、水位などの変動からくる流況の変化(ω02,ζ02の変化)を把握できる。
【0080】
次に、出水時の振動速度信号の時系列モデルパラメータと流速や流量のとの関係式の導出を検討する。
【0081】
一般に、一定な流水の中に物体を置くと、その物体から渦が放出され振動が生じる、即ち流水の流れによって橋梁が振動する現象は、橋梁に衝突する流水の固有振動数と渦の発生振動数が一致したことによる渦振動である。ここでは、流れに晒された橋梁の振動を流水振動と関連付けて検討する。それで、1秒間に放出される渦の数をf
(Hz)とすると、円柱の直径D (m)と一様な流れの流速をV(m/s)との間には、実験的に次式のような関係がある。
【0082】
【数21】

【0083】
ここで、Srはストローハル数(Strouhal
number)である。実験的にストローハル数と橋梁の断面形状の間には[表4]のような関係がある。
【0084】
【表4】

【0085】
したがって、上式[数20]と[数21]の関係から、流速と時系列パラメータとの間には次式[数22]のような関係が求められる。
【0086】
【数22】

【0087】
ここで、αは構造物の幾何学的形状と関係する定数である。
【0088】
したがって、上式[数22]より、出水前後の振動速度の時系列パラメータを監視することで流水の速度が推定できる。特に、この手法による流速の算出は、出水中の河道内の地形変化による影響も含んだ値であることからこれまでの出水前、出水中の地形変化を考慮してないことから生じる流速算出上の問題を除去することができる。
【0089】
さらに、以下の[数23]のように出水前や出水中にリアルタイムで振動データから流量やその変動量を推定することができる。
【0090】
【数23】

【0091】
ここで、βはある単位時間に水が通過する断面積に対応するもので、出水中には可道内地形の変化により変動する。しかし、式[数23]により求められる流水の速度には出水前後の河道内の地形変化による影響がすでに考慮されていることから上式[数23]でのβは定数として仮定できる。
【0092】
次に、以上詳述した平常時、出水時における振動信号の時系列パラメータを利用した河道内の状態推定方法を適用した河道内の状態推定装置について、図8のブロック図に示される推定装置15のように、河道内振動システム4に設置されて該河道内振動システム4の平常時、出水時に所定物理量を検出するセンサ8と、前記センサ8が検出した検出信号sをデジタル信号dに変換する例えば12〜24ビットのA/Dコンバータ5と、前記デジタル信号dを入力して先述の河道内の状態推定方法を実行するアルゴリズムにて演算処理をCPU9に行わしめ、その結果を示す情報(注意、警告等)を表示装置10に表示し、又は音響装置11(アンプ、スピーカ、コントローラ等で構成)にて音声出力し、又はプリンタ12で印刷出力するプログラムがハードディスクや半導体メモリ等の記憶装置13にインストールされたコンピュータシステム14と、を備えることを特徴とする。
【0093】
上記構成によって、河道内の平常時、出水時におけるリアルタイムの河道内状態推定が高速処理のアルゴリズムで実行することができる。

【図面の簡単な説明】
【0094】
【図1】流水、河床及び橋梁などの河川構造物を一つの振動システムとして捉えた河道内の動力学的な系の力学モデルである。
【図2】水衝部の力学パラメータをそれぞれ変化させた時のARパラメータ(a1〜a4)の変化の様子を示す図である。
【図3】本発明の出水時における河道内状態推定方法を実施する振動測定・分析システムの構成図である。
【図4】橋梁での振動計測ポイントを示す図である。1が橋梁のたもと(左岸)側、4がほぼ中央である。
【図5】出水時、平常時に測定した鉛直方向での振動速度のパワースペクトルを示す図である。
【図6】平常時と出水時の水位、Hとそのときの振動速度データの時系列パラメータa1とa2を掛けたものの絶対値、|a1・a2|=χとの関係を示す図である。
【図7】時系列パラメータと水位の関係をシミューレションした結果と観測結果を共に示す図である。
【図8】本発明に係わる河道内の状態推定装置のブロック図例である。
【符号の説明】
【0095】
1 橋脚
2 速度センサー
3 橋梁
4 河道内振動システム
5 A/Dコンバータ
6 パーソナルコンピュータ
7 河道内振動測定・分析システム
8 センサー
9 CPU
10 表示装置
11 音響装置
12 プリンタ
13 記憶装置
14 コンピュータシステム
15 河道内状態推定装置
s 検出信号
d デジタル信号
ai 速度信号のARMA(4,2)モデルのARパラメータ
χ 時系列パラメータa1とa2を掛けたものの絶対値、|a1・a2|=χ
χ 平常時に観測された速度信号から求めたχ





【特許請求の範囲】
【請求項1】
流水、河床及び橋梁等の河川構造物を一つの河道内連成系と捉え、その河道内の平常時、出水時における種々の状態を表現するARMAモデルを持ち、前記河道内の平常時、出水時に所定の物理量をセンサで観測し、前記センサで観測した信号を前記ARMAモデルにより計算し、求めた前記ARMAモデルのARパラメータから前記河道内の出水時の状態を推定することを特徴とする河道内状態推定装置。
【請求項2】
流水、河床及び橋梁等の河川構造物を一つの河道内連成系と捉え、その河道内の平常時、出水時における種々の状態を表現するARMAモデルを持ち、前記河道内の平常時、出水時に流れに対して鉛直方向の振動速度を橋梁等の河川構造物に設置した速度センサで観測し、前記速度センサで観測した信号を前記ARMAモデルにより計算し、求めた前記ARMAモデルのARパラメータの変化から出水時の河川状態を推定することを特徴とする河道内状態推定装置。
【請求項3】
流水、河床及び橋梁等の河川構造物を一つの振動システムとして捉えた河道内の動力学的な系を対象とする力学モデルの運動方程式を力学パラメータで表すステップと、
前記運動方程式のラプラス変換から前記力学モデルの伝達関数を求めるステップと、
前記力学モデルの伝達関数の離散化及びZ変換を行って前記力学モデルの離散時間モデルの伝達関数を求めるステップと、
前記河道内の平常時、出水時における所定の物理量をセンサで観測した検出信号の時系列モデルであるARMAモデルを求めるステップと、
前記力学モデルの離散時間モデルの伝達関数と前記ARMAモデルを比較することにより、時系列モデルパラメータのARパラメータと力学パラメータとの関係を求めるステップと、求められた前記時系列モデルパラメータのARパラメータと力学パラメータとの関係から、前記河道内の平常時、出水時における前記物理量をセンサの検出信号から測定して前記時系列モデルのARパラメータを算出するステップと、
算出された前記ARパラメータと平常時、出水時の水位、流速及び流量との関係を求めるステップと、
求められた前記平常時、出水時におけるARパラメータの変化から前記水位、流速及び流量等の河川状態をリアルタイムで推定するステップと、
からなることを特徴とする河道内状態推定方法。
【請求項4】
流水、河床及び橋梁等の河川構造物を一つの振動システムとして捉えた河道内の動力学的な系を対象とする力学モデルの運動方程式を橋梁と橋梁に衝突する流水部の各質量、剛性、減衰係数の力学パラメータで表すステップと、
前記運動方程式のラプラス変換から力学モデルの伝達関数を求めるステップと、
前記力学モデルの伝達関数の離散化及びZ変換を行って力学モデルの離散時間モデルの伝達関数を求めるステップと、
前記河道内の平常時、出水時に振動速度を橋梁に設置した速度センサで観測した振動速度信号の時系列モデルであるARMA(4,2)モデルを求めるステップと、
前記力学モデルの離散時間モデルの伝達関数と前記ARMA(4,2)モデルとを比較することにより、時系列モデルパラメータのARパラメータと力学パラメータとの関係を求めるステップと、
前記河道内の平常時、出水時に前記橋梁に設置した速度センサの振動速度を測定して前記時系列モデルのARパラメータを算出するステップと、
算出された前記ARパラメータと平常時、出水時の水位、流速及び流量との関係を求めるステップと、
求められた前記平常時、出水時におけるARパラメータの変化から前記水位、流速及び流量等の河川状態をリアルタイムで推定するステップと、
からなることを特徴とする河道内状態推定方法。
【請求項5】
河道内に設置されて該河道内の平常時、出水時に所定物理量を検出するセンサと、前記センサの検出信号をデジタル信号に変換するA/Dコンバータと、前記デジタル信号を入力して請求項3に記載の河道内の状態推定方法を実行するアルゴリズムにて演算処理をCPUに行わしめ、その結果を示す情報を表示装置に表示し、又は音響装置にて音声出力し、又は印刷出力するプログラムがインストールされたコンピュータシステムと、を備えることを特徴とする河道内状態推定装置。
【請求項6】
河道内の平常時、出水時に振動する振動箇所に設置された速度センサと、前記速度センサが検出した振動速度信号をデジタル信号に変換するA/Dコンバータと、前記デジタル信号を入力して請求項4に記載の河道内の状態推定方法を実行するアルゴリズムにて演算処理をCPUに行わしめ、その結果を示す情報を表示装置に表示し、又は音響装置にて音声出力し、又は印刷出力するプログラムがインストールされたコンピュータシステムと、を備えることを特徴とする河道内状態推定装置。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate