説明

銅錯体形成を利用する高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの濃縮方法

【課題】エイコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸などの高度不飽和脂肪酸のトリグリセリドを、トリグリセリドのまま、簡単な工程で、安価に、効率よく濃縮する方法を提供する。
【解決手段】高度不飽和脂肪酸トリグリセリド含有物を第二銅塩と金属銅を含有する低級アルコール溶液と接触させ、高度不飽和脂肪酸トリグリセリドを第一銅錯体として前記アルコール溶液に溶解させ、濃縮する。さらに、必要に応じ、高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの第一銅錯体の低級アルコール溶液をろ過、あるいは、遠心分離し、アルコール溶媒を分液した後、超臨界二酸化炭素で抽出処理し、減圧蒸留により精製する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高度不飽和脂肪酸トリグリセリド、例えばアラキドン酸(AA)、エイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)などの不飽和度3以上の高度不飽和脂肪酸トリグリセリドを濃縮する方法、より詳しくは、高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの銅(I)錯体形成を利用して前記高度不飽和脂肪酸トリグリセリドを濃縮する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
魚油、海産物の油脂、肝油、などの動植物及び微生物油脂には、アラキドン酸(C20:4n−6)、エイコサペンタエン酸(C22:5)およびドコサヘキサエン酸(C22:6n−3)などの高度不飽和脂肪酸(PUFA)が比較的多く含まれている。高度不飽和脂肪酸であるEPAやDHAには、血小板の擬集抑制作用、血漿中のコレステロールや中性脂肪を低下させる作用、抗アレルギー作用、記憶力改善等多くの生理活性作用が報告されている。そのため、これら高度不飽和脂肪酸類含有物は、サプリメントなどを始めとして、健康食品など食品全般で使用されている。またさらには高純度品の医薬品分野などにおいても使用されている。
【0003】
しかし、魚油等に高純度不飽和脂肪酸(PUFA)が比較的多く含まれているといっても、高度不飽和脂肪酸の含有量はそれほど多くない。このため、その生理活性作用を高めるためには、濃縮をするとともに不純物を減少させることが必要である。また、高度不飽和脂肪酸は製造工程中で酸化され易く、このため従来は、魚油などの原料油脂(トリグリセリド)を分解して脂肪酸エチルエステルにした後に精製されているが、エチルエステルよりトリグリセリドの方が吸収され易い(例えば、非特許文献1、2参照)。したがって、トリグリセリドのまま高濃度に濃縮することができれば、吸収されやすい形のままで高純度不飽和脂肪酸を提供でき、また濃縮によりたとえば薬剤、あるいはサプリメントなどの錠剤一粒当りの高度不飽和脂肪酸含量を上げることができ、これによって一日に必要な錠剤摂取数を軽減することができ、摂取時の負担が軽くなり、高齢者など摂食障害を持つ人にも負担が軽くなるし、また幅広い年齢層での利用にもつながり、健康増進に貢献できる。さらに、トリグリセリドのまま高度不飽和成分を簡単な操作で濃縮できれば、コスト的にも安価に高度不飽和脂肪酸を提供できるし、生産にかかるエネルギー消費も少なくて済み、さらには貴重な魚油資源など効率的に優しい生産工程となる。
【0004】
ところで、高度不飽和脂肪酸の濃縮原料として一般に利用されている魚油などには、パルミチン酸(C16:0)、ステアリン酸(C18:0)を初めとする飽和脂肪酸、オレイン酸(C18:1)、リノール酸(C18:2)などの不飽和度の低い不飽和脂肪酸、さらにエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)を初めとしアラキドン酸やドコサペンタエン酸などの高度不飽和脂肪酸も存在する。また、高度不飽和脂肪酸は糖脂質、燐脂質、トリグリセリドなどのグリセリドの形で存在しており、魚介類の種類、漁期、採油方法等によってもグリセリドの含有量、糖脂質、燐脂質、トリグリセリドなどの割合も異なる上、高度不飽和脂肪酸グリセリドのままの形で高度不飽和脂肪酸グリセリドを選択的に濃縮することは簡単にはできず、トリグリセリド中の高度不飽和脂肪酸成分に対する工業的濃縮はほとんど試みられていなかった。従来は高度不飽和脂肪酸を含む脂肪酸グリセリドを低級アルコールエステル誘導体などとした後、蒸留法、低温分別法、低温溶媒分別法、尿素付加法(例えば、特許文献1参照)、硝酸銀を用いる銀錯体形成法(例えば、特許文献2、非特許文献3参照)、超臨界抽出法(例えば、特許文献3参照)、液体クロマトグラフ法(例えば、特許文献4参照)などの方法、さらにはこれらの方法を組み合わせて行う方法(例えば、特許文献5〜7参照)によって分離精製する手法などが提案されている。
【0005】
蒸留法は、脂肪酸またはその誘導体の沸点の差を利用して分離する方法であり、減圧蒸留により不純物との沸点差が大きくなり濃縮が容易になるが、炭素数の似た脂肪酸や不飽和の数のみが異なる不飽和脂肪酸トリグリセリドを分別することは容易でない。また可能であるとしても、処理量、処理温度、原料或は製品の前処理或は後処理に要する溶媒や処理時間、エネルギーコストに関する問題があり、原料が安価であるにもかかわらず、製品は非常に高価なものになってしまう。また、尿素付加法では実際にはEPA、DHAまたはその誘導体をそれほど高純度化するまでに至らないし、大量の尿素を用いるため装置の大型となり、生成した大量の廃棄物の再生の問題や、尿素付加法では、アルコールの尿素飽和溶液を用いるため、高度不飽和脂肪酸のように尿素と付加体を形成しない物質を得る場合、溶液側にアルコール、尿素、高度不飽和脂肪酸が混合物として存在し、この中から高度不飽和脂肪酸あるいはその誘導体を回収するには、アルコール除去後、水洗浄あるいは抽出という工程が必要になり、収率の低下と操作の煩雑さを招くという問題がある。液体クロマトグラフ法では処理スピードに問題があるし、使用する溶離液が多量に必要となる。また、単位カラム当たりの処理量が小さく、大量に処理する際には大規模な処理設備が必要となるし、溶離液や吸着剤の費用、再生費用などコストがかかるという問題もある。さらに、硝酸銀を用いる銀錯体形成法は、硝酸銀が高価であるという問題を有するし、この銀錯体を含む水層から高度不飽和脂肪酸類を回収することが難しいという問題がある。さらに、超臨界抽出法では、脂肪酸アルキルエステルとした後に、二酸化炭素によって抽出分離を行っており、処理温度が低く蒸留方法に比して特定の成分の分離特性が優れたものであるが、この方法は、高度不飽和脂肪酸成分のみを効率よく分離することが難しいという問題がある。このように、従来の方法には種々の問題があり、工業的に採用されているのは真空蒸留などのエネルギー多消費分離法である。一方、超臨界二酸化炭素超臨界抽出法を用いて高度不飽和脂肪酸グリセリドを直接分離する試みもなされている(例えば、特許文献8参照)が、分離効率が十分でないという問題があり、トリグリセリド混合物からの高度不飽和脂肪酸グリセリドの超臨界二酸化炭素抽出を報告した学術データも見当たらないのが現状である。
【0006】
一方、不飽和化合物が銅(I)錯体を形成することは古くから知られている(特許文献9)。また、銅(I)錯体形成により、低級化合物の不飽和成分の分離が行えることについては、本発明者らが既に報告している(例えば、非特許文献4、5参照)。非特許文献4には、スチレン/エチルベンゼン混合物からスチレン−銅(I)錯体の形成を利用してスチレンを分離できることが、また非特許文献5には、1,5−ヘキサジエン/n−へプタン混合物から1,5−ヘキサジエン−銅(I)錯体の形成を利用して1,5−ヘキサジエンを分離できることが報告されている。このように、低分子化合物においては銅(I)錯体の形成を利用して不飽和化合物の分離ができることは従来知られている。さらに、水溶媒による銅錯体形成を利用してEPAエチルエステルを濃縮できることは本発明者らの研究によって分かっている[化学工学会第58年会(1993,3月)、化学工学会第60年会(1995,3月)]。この研究において、魚油を原料としてトリグリセリドのまま不飽和成分を濃縮することを試みたが巨大分子である不飽和トリグリセリドの水中溶解度が低いので濃縮できなかった。このように、高度不飽和脂肪酸トリグリセライドのような巨大分子化合物を銅錯体として分離することについての報告は未だなされていない。銅錯体の形成を利用して不飽和化合物を分離する際には、硝酸銅水溶液に金属銅を加えて抽出溶媒とし、抽出化合物を加えて攪拌することにより、不飽和化合物の銅錯体を形成し、該錯体の抽出溶媒への溶出により、不飽和化合物の分離が行われているが、巨大分子量化合物では溶媒への溶解度が小さいと考えられており、従来の技術水準では高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの抽出はできないと考えられていた。
【0007】
【特許文献1】特開昭57−164196号公報
【特許文献2】特開平4−159398号公報
【特許文献3】特開平9−157684号公報
【特許文献4】特開昭56−115736号公報
【特許文献5】特開平8−218091号公報
【特許文献6】特開平9−263787号公報
【特許文献7】特開平11−209786号公報
【特許文献8】特開平9−176678号公報
【特許文献9】特開昭50−18425号公報
【非特許文献1】Biochemical Engineering Journal,29,pp.27−34(2006)
【非特許文献2】Biochemical and Biophysical Reserch Communications,Vol.152,No.1,1988,pp328−335
【非特許文献3】J.Membrane Sci.136,127−139(1997)
【非特許文献4】石油学会誌、47,82−89(2004)
【非特許文献5】Solv.Ext.Res.Dev.Japan,3,117−123(1996)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記したように、従来エイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)などの高度不飽和脂肪酸またはその誘導体の濃縮、分離法として種々の方法が知られているが、これらの方法においては、高度脂肪酸グリセリドをグリセリドのままで分離、濃縮することが難しいか、分離濃縮できるとしても、簡便、安価に分離、濃縮することは難しく、工業的な実施が難しいという問題がある。また医薬品としての純度にまで分離濃縮することができないものもあり、未だ満足できるものはない。さらに、上記方法のいくつかを組み合わせて高度脂肪酸またはその誘導体を分離、濃縮する方法は知られているが、このような方法によっても高度脂肪酸グリセリドを分離、濃縮することは難しく、またできたとしても工程が複雑となり、効率が悪く、コスト高になり、工業的に実施するには問題があった。このため、特に高度不飽和脂肪酸トリグリセリドのままで、簡便、安価にかつ効率よく高度不飽和脂肪酸トリグリセリドを抽出する方法が強く要望されている。
【0009】
本発明は、上記従来の現状に鑑み、高度脂肪酸グリセリドのまま、簡単な工程で、かつ安価に、しかも効率よく高度脂肪酸グリセリドを濃縮する方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記目的を達成すべく鋭意検討を行ったところ、高度不飽和脂肪酸を含む脂肪酸トリグリセリドに含まれる高度不飽和脂肪酸成分を、特定溶媒を用いて銅(I)錯体とすることにより、容易に分離濃縮することができることを新たに見出し、この知見に基づいて本発明をなしたものである。
また、超臨界二酸化炭素抽出においては、魚油などトリグリセリドは抽出可能である一方、銅イオンなどの無機物は抽出できないことを見出すとともに、トリグリセリドにエタノールを加えることによりトリグリセリドの溶解度が著しく高まり、抽出の促進がなされることをも見出した。この知見により、トリグリセリドからの無機不純物を除くプロセスとして本発明の濃縮された高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの精製工程での利用をなしたものである。
【0011】
すなわち、本発明は、高度不飽和脂肪酸トリグリセリド含有物から高度不飽和脂肪酸トリグリセリドを濃縮する方法において、高度不飽和脂肪酸トリグリセリド含有物を第二銅塩と金属銅を含有する低級アルコール溶液と接触させ、高度不飽和脂肪酸トリグリセリドを第一銅錯体として前記アルコール溶液に溶解させることを特徴とする高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの濃縮方法である。
【0012】
また、本発明は、前記高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの分離方法で得られた高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの第一銅錯体の低級アルコール溶液を、超臨界二酸化炭素で抽出処理することを特徴とする高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの濃縮方法に関する。
【0013】
本発明の高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの濃縮方法においては、前記超臨界二酸化炭素での抽出処理は、好ましくは、高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの第一銅錯体の低級アルコール溶液をろ過、あるいは、遠心分離し、さらにアルコール溶媒を分液した後に行われる。また、上記超臨界二酸化炭素での抽出処理後、蒸留により高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの精製を行うことが好ましい。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の高度不飽和脂肪酸トリグリセリド含有物から高度不飽和脂肪酸トリグリセリドを濃縮する方法における濃縮プロセスの概略を、図1を参照しつつ説明する。先ず原料である高度不飽和脂肪酸トリグリセリド含有物(例えば、魚油原料)から高度不飽和脂肪酸トリグリセリドを、第二銅塩と金属銅を含有する溶媒中に第一銅錯体として抽出する(工程1)。必要に応じて高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの銅錯体を溶解する溶媒と抽出の終了した原料油脂をろ過、あるいは、遠心分離して金属銅を除去する(工程2)。更にろ液、あるいは遠心分離後の溶媒及び抽出の終了した原料油脂を、溶媒と抽出の終了した原料油脂に分液し(工程3)、溶媒から超臨界二酸化炭素により高度不飽和脂肪酸トリグリセリドを抽出し(工程4)、必要であれば更に蒸留による精製を行って(工程5)製品とする。精製された製品は、健康食品などに利用できる他、医薬品としても利用可能である。
【0015】
前記第1工程の高度不飽和脂肪酸トリグリセリド第一銅錯体形成と濃縮は、次のように行われる。先ず、第二銅塩を溶解させた低級アルコール(例えば、炭素数1〜5のアルコール)に金属銅を加えて抽出溶媒とする。抽出溶媒は固液二相系である。これに魚油などの原料油脂である高度不飽和脂肪酸含有油脂を加えて混合する。このとき、系内には油脂、溶媒、金属銅の三相が存在することが必要である。抽出溶媒に溶けた、あるいは抽出溶媒と接する高度不飽和脂肪酸トリグリセリド成分(PUFA)は、以下の反応式に従って第一銅錯体となり抽出溶媒の中に溶け出す。錯体の一部は油脂相にも溶解する。なお、金属銅は、抽出溶媒と原料とを容器に入れた後に系中に加えられてもよい。
Cu(0)+Cu(II) → 2Cu(I) (1)
PUFA+2Cu(I) → PUFA−nCu(I) (2)
このとき、PUFA錯体を安定に作るためには、(A)PUFAの溶媒中の溶解度が高い、(B)第二銅塩の溶媒中溶解度が高いことが望まれる。
【0016】
本発明において高度不飽和脂肪酸とは、不飽和度3以上の脂肪酸類を意味し、例えば、α−リノレン酸、γ−リノレン酸、AA、EPA、DHAなどが挙げられる。本発明で原料として用いる高度不飽和脂肪酸含有油脂としては、油脂を構成する脂肪酸として前記のごとき高度不飽和脂肪酸を含んでいる限り特に制約はないが、一般には、イワシ、サバ、カツオ、マグロ等の魚類などから抽出、調製した魚油、ノリ、ワカメ等の藻類などから抽出、調製した藻類脂質などの水産油脂類、その他の動植物油脂類、微生物油脂類などの高度不飽和脂肪酸の含有量が8重量%以上のものが好ましい。しかし、本発明で用いられる高度不飽和脂肪酸含有油脂はこれらに限定されるものではなく、高度不飽和脂肪酸トリグリセリドを含有する油脂であればいずれのものをも使用できる。また、油脂は精製されていないものであってもかまわない。
【0017】
本発明において、高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの不飽和結合との錯体形成に用いられる第二銅塩としては特に制限はなく、一般的には硝酸第二銅、塩化第二銅、臭化第二銅、沃化第二銅などが挙げられる。抽出溶媒への溶解度を考えると、これら硝酸第二銅、塩化第二銅、臭化第二銅、沃化第二銅などが好ましい。高度不飽和脂肪酸トリグリセリドと第二銅塩とのモル比は、一般的には1:0.5〜1:6とされる。また第二銅塩の低級アルコール中の濃度は、0.1モル/Lから飽和状態の適度の濃度とされればよい。高度不飽和脂肪酸トリグリセリド回収率からみて、高度不飽和脂肪酸トリグリセリドと第二銅塩とのモル比は1:1〜1:2が好ましく、また銅塩の濃度は0.5〜2モル/Lが好ましい。
一方、第二銅塩と共に用いられる金属銅は微細な粉体とされることが好ましく、これにより使用金属銅粉の粒径が限定されるものではないが、通常粒径0.1〜0.3mm程度のものが用いられる。また、金属銅の量は特に限定されるものではないが、通常第二銅塩1モルに対し、1〜10モル程度用いればよい。
【0018】
また、本発明においては、抽出溶媒として低級アルコールが用いられる。本発明において溶媒として用いられる低級アルコールとしては、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノールが好ましいものとして挙げられる。この中でも、濃縮した高度不飽和脂肪酸トリグリセリドを健康食品、医薬などとして用いることを考えると、人体に安全なエタノールが溶媒として特に好ましいものである。抽出溶媒は、通常溶媒:原料油脂が、体積で2:1〜1:2の範囲で用いることが好ましい。
なお、前記したとおり、高度不飽和脂肪酸およびその誘導体(低級アルキルエステル)を、銀塩を用いて錯体とし、濃縮することは知られているが、銀塩を溶解する溶媒は従来水を含む水系溶媒が用いられていた。また、銅塩を用いて不飽和結合を有する低級化合物の銅錯体を形成し、低級化合物を分離する方法も知られているが、この方法でも銅塩を溶解する溶媒として水が用いられていた。さらに、銅錯体形成を利用するEPAエチルエステルの濃縮においても水溶媒が用いられていた。しかし、溶媒として従来用いられている水を用いたのでは、先に記載したように巨大分子である高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの濃縮を行うことはできない。高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの抽出を行うには巨大分子である高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの抽出溶媒に対する高い溶解性が求められるし、第二銅塩についても抽出溶媒に対し溶解度が高いことが求められるが、高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの抽出溶媒としての低級アルコールに対する溶解性に対する検討を行うことは従来なされてなく、また第二銅塩である硫酸銅のメタノール中溶解度は100gメタノールに対し1gであることから、第二銅塩の低級アルコールに対する溶解度も高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの抽出に十分なものであるとは考えられていなかったこともあって、銅錯体を利用しての高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの抽出はできないものと考えられていた。このように、高度不飽和脂肪酸トリグリセリド抽出において抽出溶媒として低級アルコール類を用いる試みは従来なされていないし、低級アルコール類を高度不飽和脂肪酸トリグリセリド抽出に用いた際の高効率の抽出実現性は否定的なものと考えていた。本発明では、抽出溶媒として、前記低級アルコールを用いることにより、このような既成概念を打破したものであり、低エネルギー消費型の新しい高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの抽出法がなされたものであり、画期的なものである。
【0019】
本発明では、抽出溶媒である低級アルコールに第二銅塩を溶解し、これに金属銅を加えて抽出溶媒を形成し、この抽出溶媒と原料油脂である高度不飽和脂肪酸トリグリセリド含有物、例えば魚油とを接触させる。なお、先にも記載したように、金属銅は抽出溶媒と原料油脂からなる系に添加してもよい。接触は、例えば、前記抽出溶媒と抽出原料である魚油とを容器に入れ、容器を振盪するあるいは液を攪拌することにより行われる。これにより魚油が細かい粒となって抽出溶媒中に懸濁し、接触面積の非常なる増大がなされ、抽出速度は飛躍的に増大する。抽出時間は、抽出溶媒の種類、量、原料油脂の種類、量、抽出温度などにより異なり、特に限定されるものではないが、通常15分〜10時間程度である。また、抽出温度は、系が液体である温度以上であればよく、通常は100℃以下で行われる。原料油脂類の安定性、銅錯体の溶解性、安定性、錯体の生成速度、経済性を考えると、通常、室温付近の温度、例えば5〜40℃程度であることが好ましい。また、原料油脂の安定性、銅錯体の安定性を考えると、不活性ガス、例えば窒素ガス雰囲気下、遮光した状態で行うことが好ましい。
【0020】
前記3相を振盪あるいは攪拌後静置することにより、上層に抽出後の原料油脂残渣相が、また下層に高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの第一銅錯体を含有する抽出溶媒相が分離する。金属銅の多くは両者の界面付近に集まっている。下層の抽出溶媒相を分取し、この分取された抽出溶媒相から適宜の手段により高度不飽和脂肪酸トリグリセリドを分離する。この分離の手段としては、蒸留法、超臨界抽出法、加熱あるいは冷却による解錯などを用いることができるが、好ましくは、先ず超臨界抽出法により抽出溶媒相から高度不飽和脂肪酸トリグリセリドを分離し、必要であれば分離された高度不飽和脂肪酸トリグリセリドを更に蒸留などにより精製する方法が挙げられる。蒸留は、高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの分離の容易さ、加熱による酸化、着色の防止の観点から、真空蒸留によることが好ましい。また、静置での分離に時間がかかる場合には、必要に応じ遠心分離を行ってもよい。
【0021】
抽出溶媒相の超臨界抽出処理に先立ち、抽出溶媒相と抽出の終了した原料油脂相をろ過、あるいは遠心分離し、抽出溶媒相と抽出の終了した原料油脂相中の金属銅を除去し、さらに抽出溶媒相と抽出の終了した原料油脂相を分液することが望ましい。
【0022】
超臨界流体抽出は、よく知られているように高沸点あるいは不揮発性の物質を超臨界状態のガスを用いて抽出するもので、本発明では抽出溶媒として二酸化炭素を使用することが好ましい。二酸化炭素を抽出溶媒として用いることにより、溶媒除去などの後処理がいらないこと、また他の方法と比べて品質的、コスト的かつ安全的に有利であることなどの利点を有している。超臨界二酸化炭素抽出処理は、従来知られた方法によればよい。例えばバッチ式、セミバッチ式、抽出塔を用いる連続式処理法などが挙げられる。超臨界二酸化炭素との接触により、高度不飽和脂肪酸トリグリセリド第一銅錯体は解錯し、第一銅錯体から高度不飽和脂肪酸トリグリセリドが分離する。この分離した高度不飽和脂肪酸トリグリセリドは二酸化炭素と共に留去される一方、無機イオンなどは抽出されず残留する。抽出圧力、抽出温度は超臨界状態となる圧力及び温度であればよく特に限定されるものではないが、通常、2〜15MPa程度の圧力、5〜50℃程度の範囲で行うことが好ましい。また、前記したように、超臨界二酸化炭素抽出の際にエタノールの存在により二酸化炭素へのトリグリセリドの溶解度が著しく高まり、抽出の促進がなされる。この点からも、抽出溶媒としてエタノールを用いることが好ましい。超臨界二酸化炭素抽出の際には、エタノールは抽出に用いられる二酸化炭素に適宜添加混合されて供給される。また、錯体溶解液から低級アルコールを適宜蒸発させたものを超臨界二酸化炭素抽出原料として用いてもよい。
【0023】
前記したように、本発明においては、抽出溶媒として水を用いることはできない。すなわち、実験の結果、水溶媒では、低級不飽和化合物とは異なる濃縮現象が現れた。スチレンなどの低級不飽和化合物では、抽出溶媒である硝酸銅(青色)水溶液が青から緑色に変わる。それは水溶液に第一銅(黄色)錯体として不飽和化合物が抽出されると両者が合わさって黄緑に見えるからである。一方、トリグリセリドの銅錯体抽出では、硝酸銅水溶液は青色のままで、粉末金属銅表面が黄緑色に変わる。すなわち、トリグリセリド(例えば、魚油)の中の不飽和成分は錯体を形成した後で、金属銅表面に吸着しているように見える。一方、エタノール溶媒では、硝酸銅エタノール溶液が青から緑色に変わるので、不飽和成分の抽出が目視により確認できる。
【実施例】
【0024】
以下に、実施例、参考例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例、参考例により何ら限定なされるものではない。
【0025】
なお、以下の実施例、参考例でのクロマトグラフィ測定は、次の装置、測定条件で行われた。
装置:島津製作所社製 GC14A
カラム:信和化工(株)製 キャピラリーカラムHR−SS−10 25m
キャリアーガス:ヘリウム
検出器: FID(250℃)
カラム温度:190℃
インジェクション:スプリット比 (1:50)250℃
【0026】
参考例1
2モル/Lの硝酸銅水溶液を30分間アスピレーターで脱泡し、バイアル瓶にこれの5mlをとり、EPAを24重量%、DHAを15重量%含有した魚油を2.5ml加えた。これに金属銅(平均径約0.2mm)2gを加えて密栓し、15℃に温度を調整した浸とう恒温槽中で激しく振盪攪拌した。5時間後に静置すると、金属銅は油−水の界面近くに分散していた。下相の硝酸銅水溶液は青色のままであった。金属銅の周りは緑色であり、第一銅錯体が金属銅表面に吸着しているように見える。沈降時間を12時間おいて観察すると、上部に魚油相が現れ、金属銅表面の緑色は消失した。油相をサンプルしてトリグリセリドを構成する脂肪酸をメチルエステル化した。すなわち、油相数滴をアセトン2mlに溶解させ、これにメチルエステル化剤(フェニルトリメチルアルモニウムヒドロオキサイドとメタノール混合液)を加えて30分間攪拌した。この反応液をガスクラマトグラフィによって組成分析した。その結果、EPA組成は抽出時間にかかわらず原料中のEPA組成と同じであり、濃縮は起きていなかった。
【0027】
実施例1
常温では硝酸銅三水和物はエタノールに2モル/Lまでは溶解することが分かった。そこで、バイアル瓶に脱泡した2モル/Lの硝酸銅エタノール溶液を5mlとり、EPAを24重量%、DHAを15重量%含有した魚油2.5mlを加えた。これに金属銅粉(平均径約0.2mm)2gを加えて密栓し、15℃に温度を調整した浸とう恒温槽中で激しく振とう撹拌した。5時間後に3相を遠心沈降管に移して遠心分離機により沈降分離させた。その結果、上から魚油相、硝酸銅エタノール溶液相、金属銅の順に相分離した。エタノール相は緑色に変わっていた。上層の魚油の容積は加えた容積の40%になっていた。魚油相を遠心沈降管に採取して水を加えて撹拌したのちに、遠心沈降させた。その結果、上から油、水、金属銅の三相が観測された。すなわち、魚油に溶解していた第一銅錯体が水中に抽出されて解離し、金属銅が析出した。得られた油相をメチルエステル化してガスクロマトグラフィにより組成を決定した。その結果を表1に示す。EPAは24モル%から7.8モル%に減少した。また、DHAでも4.1モル%まで減少した。すなわち、硝酸銅エタノール溶媒と金属銅による抽出と遠心分離を組み合わせて不飽和成分を選択的に抽出分離できた。抽出率は
EPA: (0.24−0.4×0.078)/0.24=0.87
DHA: (0.15−0.4×0.041)/0.15=0.89
となって、おおよそ90%のEPAとDHAが抽出された。
【0028】
【表1】

【0029】
実施例2
実施例1におけるエタノールをメタノールに変更する以外実施例1と同様にして、抽出を行った。表2に結果を示す。魚油の30%が抽出されたので抽出率は80%であった。
【0030】
【表2】

【0031】
参考例2
下記表3の条件で、実施例1及び2で用いた魚油の超臨界二酸化炭素(SCCO)抽出を行い、表3の結果を得た。装置図を図2に示す。エタノールは加圧ポンプによって二酸化炭素の流れに連続的に注入した。
【0032】
【表3】

【0033】
上記表3から明らかなように、魚油トリグリセリドを超臨界二酸化炭素抽出(SCCO2抽出)できることが分かった。また、エタノールを加えると抽出量を著しく促進できることも分かった。成分分析を行ったところ、抽出物は原料と同じ組成であった。すなわち、SCCO2抽出によって不飽和トリグリセリドを分離できなかった。
【0034】
実施例3
実施例1で得られたエタノール溶媒相と抽出の終了した原料油脂をろ過し、ろ液を抽出溶媒相と抽出の終了した原料油脂に分液して、得られた抽出溶媒相を図2の抽出セルに3ml仕込んでSCCO2抽出した。二酸化炭素の条件とエタノールの条件は表3の抽出試験2の条件と同じにした。30分の超臨界二酸化炭素抽出を行った結果、180mgの抽出物を得た。得られた抽出物からエタノールを留去し、残留した油脂をメチルエステル化してガスクロマトグラフにより組成を分析した。メチルエステル体の組成を表4に示す。これより、一回の錯体抽出によってEPAは原料の24重量%から36重量%まで、また、DHAは15重量%から22重量%まで1.5倍濃縮できた。なお、参考のため、実施例1の5時間錯体抽出後の抽出残渣におけるEPAメチルエステルの重量分率とDHAメチルエステルの重量分率とを表中に示す。
【0035】
【表4】

【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明の濃縮プロセスの一例である。
【図2】超臨界二酸化炭素抽出装置によるトリグリセリドの抽出概念図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高度不飽和脂肪酸トリグリセリド含有物から高度不飽和脂肪酸トリグリセリドを濃縮する方法において、高度不飽和脂肪酸トリグリセリド含有物を第二銅塩と金属銅を含有する低級アルコール溶液と接触させ、高度不飽和脂肪酸トリグリセリドを第一銅錯体として前記アルコール溶液に溶解させることを特徴とする高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの濃縮方法。
【請求項2】
前記低級アルコールがメタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノールおよび1−ブタノールから選ばれた少なくとも1種であることを特徴とする請求項1に記載の高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの濃縮方法。
【請求項3】
得られた高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの第一銅錯体の低級アルコール溶液を超臨界二酸化炭素で抽出処理することを特徴とする請求項1または2に記載の高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの濃縮方法。
【請求項4】
前記超臨界二酸化炭素抽出処理が、エタノールの存在下に行われることを特徴とする請求項3に記載の高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの濃縮方法。
【請求項5】
前記超臨界二酸化炭素での抽出処理が、高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの第一銅錯体の低級アルコール溶液をろ過、あるいは、遠心分離し、さらにアルコール溶媒を分液した後に行われることを特徴とする請求項3または4に記載の高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの分離方法。
【請求項6】
超臨界二酸化炭素での抽出処理で得られた高度不飽和脂肪酸トリグリセリド溶液を蒸留により精製することを特徴とする請求項3〜6のいずれかに記載された高度不飽和脂肪酸トリグリセリドの濃縮方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−191102(P2009−191102A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−30708(P2008−30708)
【出願日】平成20年2月12日(2008.2.12)
【出願人】(305027401)公立大学法人首都大学東京 (385)
【出願人】(502310416)株式会社ラフィーネインターナショナル (8)
【Fターム(参考)】