説明

鋼材の腐食状態推定方法

【課題】所定の大気環境において所定の組成の鋼材の腐食状態を推定するにあたり、正確かつ簡便に腐食状態が推定できる推定方法を提供することにある。
【解決手段】推定対象となる鋼材に含まれる2つ以上の元素の量から、当該鋼材の鋼材腐食指数を算出する鋼材腐食指数算出工程と、前記推定対象となる鋼材が使用される大気環境の状態を示す2つ以上の環境因子から、当該大気環境の環境腐食指数を算出する環境腐食指数算出工程と、予め算出した鋼材腐食指数と環境腐食指数と腐食状態との関係から得られる境界に対して、鋼材腐食指数および環境腐食指数が、当該境界で分けられるいずれの領域に位置するかによって、前記推定対象となる鋼材の腐食状態を推定する推定工程を含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、所定の大気環境下で使用される鋼材の腐食状態、すなわち当該鋼材表面に生成される錆の状態を推定する鋼材の腐食状態推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
橋梁などの鋼構造物においては、必要とされる機械特性や使用予定場所の大気環境に応じて、様々な組成の鋼材が使用されている。ここで、鋼材が腐食し難い大気環境下で使用される場合は、保護皮膜の役割を果たす錆(安定錆)が鋼材の表面に均一に生成され、鋼材の腐食が抑制される。従って、景観上の問題を生じさせることなく鋼材を長期間使用できるため、鋼材を維持するにあたり耐食処理等のメンテナンスを最小限に抑えることができる。
一方、鋼材が腐食し易い大気環境下で使用される場合は、鋼材の表面に生成した錆が層状に剥離してしまう。従って、景観上の問題を生じさせてしまい鋼材の長期間の使用が困難となってしまうため、耐食処理等のメンテナンスが頻繁に必要となってしまう。
【0003】
このような鋼材の腐食状態、すなわち錆(安定錆)の生成能力は、鋼材の耐食性(耐候性)と使用予定場所の大気環境との兼ね合いで決まるが、コストパフォーマンスの観点より使用予定場所の大気環境に応じて必要十分な耐食性(耐候性)を有する鋼材を選定する必要がある。
【0004】
現在、前記のような事情に鑑み、鋼材の腐食状態や腐食量を推定する方法が多数提案されている。
例えば、特許文献1には、橋梁の構造データ、架橋位置の地形データ等を用いて無塗装耐候性鋼橋の錆レベルを予測する方法が開示されている。また、特許文献2には、鋼材の表面に生じた錆に含まれる非晶質部分の化学成分の組成と量から錆の安定化度を評価する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−39970号公報(請求項1)
【特許文献2】特開2002−310889号公報(請求項1)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に係る方法は、そもそも鋼材の耐食性(耐候性)が考慮されていないため、鋼材の腐食状態を正確に予測することができない。
また、特許文献2に係る方法は、測定対象となる鋼材の表面に生じた錆の化学成分を分析する必要があるが、錆の化学成分は経時的に変化していくため、正確な評価を行うためには、数ヶ月から数年という長期間にわたって鋼材を大気環境に曝露しておく必要がある。したがって、当該方法により鋼材の腐食状態を推定しようとすると、非常に長い時間がかかり、現実的ではないという問題があった。
【0007】
本発明は、前記の問題に鑑みてなされたものであり、その課題は、所定の大気環境において所定の組成の鋼材の腐食状態を推定するにあたり、簡便に腐食状態が推定できる推定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、所定の大気環境において所定の組成の鋼材を使用する場合に、当該鋼材に含まれるCu、Ni、Cr、Tiなどの量を用いて決定した鋼材の耐食性を表す指標(鋼材腐食指数Km)と、当該大気環境の年平均気温、年平均湿度、鋼材表面に対する付着電解質量などの環境因子を用いて決定した環境の腐食性を表す指標(環境腐食指数Ke)の2つの指標により、当該鋼材表面に生じる安定錆が剥離を起こすか否かを予測することが可能であることを見出し、本発明を創出した。
【0009】
前記課題を解決するために、本発明に係る鋼材の腐食状態推定方法は、鋼材自体の特性(鋼材中に含まれる元素の量等)からみた当該鋼材の腐食のしやすさを示す鋼材腐食指数と、当該鋼材が使用される大気環境の特性(年平均気温、年平均湿度等)からみた当該鋼材の腐食のしやすさを示す環境腐食指数とを用いて、当該大気環境で使用される鋼材の腐食状態を推定するための腐食状態推定方法であって、推定対象となる鋼材に含まれる2つ以上の元素の量から、当該鋼材の鋼材腐食指数を算出する鋼材腐食指数算出工程と、前記推定対象となる鋼材が使用される大気環境の状態を示す2つ以上の環境因子から、当該大気環境の環境腐食指数を算出する環境腐食指数算出工程と、前記環境腐食指数の異なる複数の大気環境において前記鋼材腐食指数の異なる複数の鋼材を使用した場合の当該鋼材の腐食状態をそれぞれ観察することで予め算出した鋼材腐食指数と環境腐食指数と腐食状態との関係から得られる境界に対して、前記鋼材腐食指数算出工程および前記環境腐食指数算出工程によって算出した鋼材腐食指数および環境腐食指数が、当該境界で分けられるいずれの領域に位置するかによって、前記推定対象となる鋼材の腐食状態を推定する推定工程を含むことを特徴とする。
また、本発明に係る鋼材の腐食状態推定方法は、前記腐食状態が、前記鋼材の表面に形成される錆の剥離の有無であることが好ましい。
【0010】
このように、本発明に係る鋼材の腐食状態推定方法は、予め算出した鋼材腐食指数と環境腐食指数と腐食状態との関係に、前記鋼材腐食指数算出工程および前記環境腐食指数算出工程によって算出した鋼材腐食指数および環境腐食指数をあてはめることで、鋼材の腐食状態を簡便に推定することができる。よって、実際に腐食実験等を行ったことのない組成の鋼材であっても、また、実際に腐食実験を行ったことのない大気環境であっても、鋼材の腐食状態を推定することができる。つまり、推定対象となる鋼材の腐食状態を推定するにあたり、当該鋼材の腐食実験等が不要となる。
【0011】
また、本発明に係る鋼材の腐食状態推定方法は、前記鋼材腐食指数が、前記鋼材に含まれるCu、Ni、CrおよびTiのうちの2種以上の量から算出される値であることが好ましい。そして、本発明に係る鋼材の腐食状態推定方法は、前記鋼材腐食指数が、前記鋼材に含まれるCu、Ni、CrおよびTiのうちの2種以上の量を変数とする一次関数によって算出されるものであることが好ましい。
【0012】
このように、本発明に係る鋼材の腐食状態推定方法は、鋼材の腐食状態(鋼材表面に生じる錆が安定に保護層として形成するかあるいは層状に剥離するか)に大きな影響を与えるCu、Ni、Cr、Tiの添加量に基づき算出した鋼材腐食指数を使用しているため、正確に鋼材の腐食状態を推定することができる。
【0013】
また、本発明に係る鋼材の腐食状態推定方法は、前記環境腐食指数が、前記大気環境における年平均気温、年平均湿度、および付着電解質量のうちの2種以上を変数とする算出式によって算出される値であり、前記付着電解質量は、単位時間の間に前記鋼材の単位面積に付着する電解質の量であることが好ましい。
【0014】
このように、本発明に係る鋼材の腐食状態推定方法は、鋼材の腐食状態(鋼材表面に生じる錆が安定に保護層として形成するかあるいは層状に剥離するか)に大きな影響を与える年平均気温、年平均湿度、および付着電解質量のうちの2種以上に基づき算出した環境腐食指数を使用しているため、さらに正確に鋼材の腐食状態を推定することができる。
【0015】
また、本発明に係る鋼材の腐食状態推定方法は、前記環境腐食指数算出工程で算出される環境腐食指数が、少なくとも前記付着電解質量を用いて算出される場合において、前記環境腐食指数算出工程で前記環境腐食指数を算出するために用いられる前記付着電解質量は、複数の鋼材を水平方向に対し異なる角度で設置した後、それぞれの当該鋼材に付着した水溶液に含まれる電解質の量から、前記付着電解質量を当該鋼材の水平方向に対する角度ごとに求め、前記付着電解質量と当該鋼材の水平方向に対する角度との対応関係を求める電解質量測定工程と、前記電解質量測定工程によって求めた前記対応関係の中から、前記推定対象となる鋼材の水平方向に対する角度に応じた付着電解質量を選択する電解質量選択工程と、から算出されるものであることが好ましい。
【0016】
このように、本発明に係る鋼材の腐食状態推定方法は、付着電解質量を、鋼材の設置角度(水平方向に対する角度)ごとに算出しているため、より正確に鋼材の腐食状態を推定することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る鋼材の腐食状態推定方法によれば、推定対象となる鋼材の腐食状態を推定するにあたり、当該鋼材の腐食実験等が不要となることから、簡便に鋼材の腐食状態を推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】鋼材腐食指数と環境腐食指数と腐食状態との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明に係る鋼材の腐食状態推定方法を実施するための形態について、適宜図面を参照しながら詳細に説明する。
【0020】
[鋼材]
本発明に係る鋼材の腐食状態推定方法の推定対象となる鋼材は、腐食状態を推定する必要があるものであれば、どのような形状、大きさのものであってもよい。
また、測定対象となる鋼材は、大気環境中で使用されるどのような構造物に使用されるものであってもよいが、例えば、長期間大気に曝される橋梁などに使用される鋼材が対象となる。
【0021】
[大気環境]
また、鋼材が使用される大気環境についても特に限定されず、年平均気温および年平均湿度などがわかれば(または測定できれば)、どのような大気環境であってもよい。
例えば、海岸や河岸からの距離等に関係なく本発明に係る鋼材の腐食状態推定方法を使用することができる。
【0022】
[鋼材の腐食状態推定方法]
次に、本発明に係る鋼材の腐食状態推定方法の実施の形態について、図1を参照して説明する。
本実施形態に係る鋼材の腐食状態推定方法は、推定対象となる鋼材に含まれる2つ以上の元素の量から、当該鋼材の鋼材腐食指数を算出する鋼材腐食指数算出工程と、前記推定対象となる鋼材が使用される大気環境の状態を示す2つ以上の環境因子から、当該大気環境の環境腐食指数を算出する環境腐食指数算出工程と、前記環境腐食指数の異なる複数の大気環境において前記鋼材腐食指数の異なる複数の鋼材を使用した場合の当該鋼材の腐食状態をそれぞれ観察することで予め算出した鋼材腐食指数と環境腐食指数と腐食状態との関係から得られる境界に対して、前記鋼材腐食指数算出工程および前記環境腐食指数算出工程によって算出した鋼材腐食指数および環境腐食指数が、当該境界で分けられるいずれの領域に位置するかによって、前記推定対象となる鋼材の腐食状態を推定する推定工程を含むことを特徴とする。
以下、鋼材腐食指数算出工程、環境腐食指数算出工程、推定工程について説明する。
【0023】
(鋼材腐食指数算出工程)
鋼材腐食指数算出工程とは、推定対象となる鋼材に含まれる2つ以上の元素の量から、当該鋼材の鋼材腐食指数を算出する工程である。
なお、この元素とは、鋼材の腐食に影響を与える元素のことである。
【0024】
鋼材腐食指数とは、鋼材の組成によって決定される指数であるとともに、鋼材自体の特性(鋼材中に含まれる元素の量等)からみた当該鋼材の腐食のしやすさを示す指数である。なお、鋼材に含まれるCu、Ni、CrおよびTiの量は、鋼材の腐食状態(鋼材表面に生じる錆が安定に保護層として形成するかあるいは層状に剥離するか)に大きな影響を与える。よって、当該鋼材腐食指数は、鋼材に含まれるCu、Ni、CrおよびTiのうち2種以上の量から算出される値であることが好ましい。
なお、2種以上としたのは、1種の場合だと、鋼材腐食指数を求める意味が無いからである。
【0025】
さらに、当該鋼材腐食指数は、鋼材に含まれるCu、Ni、CrおよびTiのうち2種以上の量を変数とする一次関数によって算出されるものであることが好ましい。なお、当該鋼材腐食指数は、Cu、Ni、CrおよびTiに加えて、Si、Mnの量を変数とし、当該変数をそれぞれ足し合わせることによって算出される値であることがより好ましい。
【0026】
例えば、具体的には、鋼材腐食指数Kmは、下記式(1)に基づき算出することができる。なお、下記式(1)中の[%M]は、鋼材中の添加元素Mの添加量(重量%)を示している。また、下記式(1)中の[%Si]、[%Mn]の項目は設けなくてもよいが、設けたほうがより正確な鋼材腐食指数Kmを算出することができる。
Km=[%Si]+[%Mn]+[%Cu]+[%Ni]+[%Cr]+[%Ti]・・・(1)
【0027】
また、鋼材の各元素の腐食に対する影響度により、各元素の量を示す変数(上記式(1)の[%M])に所定の係数を乗じて、鋼材腐食指数Kmを算出してもよい。例えば、腐食に対する影響度が大きい元素については、当該元素の量を示す変数の係数を、他の元素の量を示す変数の係数に比べて、大きな値とすればよい。
【0028】
(環境腐食指数算出工程)
環境腐食指数算出工程とは、推定対象となる鋼材が使用される大気環境の状態を示す2つ以上の環境因子から、当該大気環境の環境腐食指数を算出する工程である。
なお、この環境因子とは、例えば、年平均気温、年平均湿度などのような環境の状態を数値化したものである。
【0029】
環境腐食指数とは、大気環境の環境因子によって決定される指数であるとともに、鋼材が使用される大気環境の特性(年平均気温、年平均湿度等)からみた当該大気環境中での当該鋼材の腐食のしやすさを示す指数である。
ここで、鋼材の温度、鋼材表面に形成される水膜に覆われている(濡れている)時間、および鋼材表面に形成される水膜の電解質水溶液濃度という環境因子が、鋼材の腐食状態に大きな影響を与え、これらの環境因子は、大気環境の年平均気温、年平均湿度、および付着電解質量(単位時間の間に鋼材の単位面積に付着する電解質の量)の値に大きく依存している。よって、当該環境腐食指数は、大気環境における年平均気温、年平均湿度、および付着電解質量のうちの2種以上に基づいて算出されるものであることが好ましい。
なお、2種以上としたのは、1種の場合だと、環境腐食指数を求める意味が無いからである。
【0030】
例えば、環境腐食指数Keは、下記式(2)に基づき算出することができる。なお、下記式(2)のTは推定対象となる鋼材が配置される大気環境の年平均気温(℃)、Hは当該大気環境の年平均湿度(%RH)、Vは単位時間(例えば、30日)の間に鋼材の単位面積に付着する電解質の量である付着電解質量(mg/m)を示している。
Ke=1000/(0.5×T+H+63×V)・・・(2)
【0031】
なお、上記式(2)の年平均気温T(℃)、年平均湿度H(%RH)、付着電解質量V(mg/m)の各係数は、鋼材の腐食状態に対する各環境因子の影響度に基づき決定したものである。
【0032】
年平均気温T(℃)および年平均湿度H(%RH)は、鋼材が使用される予定の大気環境に設置された百葉箱等により実際に測定することで求めてもよいし、気象庁等が公表している気象観測地点のデータを用いて求めてもよい。
付着電解質量の電解質としては、鋼材の腐食に影響を与える塩化物、硫酸塩、炭酸塩などが好ましく、この中でも、影響が最も大きく、付着量が多いことにより分析も容易である塩化物が最も好ましい。
【0033】
ここで、腐食状態を推定する場所に飛来してくる電解質の量を求める場合であれば、例えばJIS Z2381(屋外曝露試験方法通則)の参考2あるいは参考3に規定されている方法で算出することができる。硫黄酸化物量あるいは海塩粒子量の測定に係わる参考3の方法では、まず、ガーゼを120mm×240mmの大きさに切り、純水で十分に塩化物を浸出させた後、よく乾燥させる。そして当該ガーゼを二つ折りにして、内寸が100mm×100mmの木枠にはめ込む。これを、鋼材が使用される予定である大気環境の直接雨が当たらない通風の良いところに1ヶ月垂直に曝露し、曝露後、木枠からガーゼを取り外してClイオン量を化学分析することにより測定を行えばよい。
【0034】
しかしながら、鋼材の腐食状態を支配するのは実際に鋼材に付着した電解質の量であって、同じ大気環境であっても、設置角度(水平方向に対する鋼材表面の角度)により付着電解質量は若干異なる結果となるため、より正確に鋼材の腐食状態の推定を行うためには、推定対象となる鋼材が設置される際に予定している設置角度における付着電解質量を算出するのが好ましい。
【0035】
詳細には、付着電解質量は、複数の鋼材を水平方向に対し異なる角度で設置した後、それぞれの当該鋼材に付着した水溶液に含まれる電解質の量から、前記付着電解質量を当該鋼材の水平方向に対する角度ごとに求め、前記付着電解質量と当該鋼材の水平方向に対する角度との対応関係を求める電解質量測定工程と、前記電解質量測定工程によって求めた前記対応関係の中から、前記推定対象となる鋼材の水平方向に対する角度に応じた付着電解質量を選択する電解質量選択工程と、から算出されるものであることが好ましい。
【0036】
また、付着電解質量は、設置角度(水平方向に対する鋼材表面の角度)だけでなく、設置方位(鋼材表面が向いている方角)ごとに電解質量を算出(電解質量測定工程)し、電解質量を選択(電解質量選択工程)してもよい。
【0037】
なお、設置角度、設置方位を考慮した付着電解質量を算出する場合は、例えば、電気伝導率の変化から付着した塩分濃度を計測する表面塩分計を用いるか、または、次のような、ガーゼ拭き取り方法により測定を行ってもよい。
【0038】
この方法では、まず、試験パネル(所定の鋼材)を、鋼材が使用される予定である大気環境に、予定している設置角度、設置方位となるように曝露する。ここで、試験パネルの曝露期間は、短すぎると付着電解質量が少なく、測定誤差が大きくなるため、3日以上が好ましく、5日以上がより好ましい。また、曝露期間は長くても問題なく、例えば、30日程度であってもよい。
なお、試験パネルの大きさについては、小さすぎると付着電解質量が少なく、測定誤差が大きくなるため、30cm×30cm以上が好ましい。また、試験パネルの取り扱いを考慮すると100cm×100cm以下が好ましい。
【0039】
そして、曝露後の試験パネル表面を純水で湿らせたガーゼで拭き取ることにより、当該ガーゼに含まれる水分中に試験パネル表面の電解質を溶解させる。その後、容量既知の純水に当該ガーゼを浸漬させ、電解質の濃度を化学分析により測定し、試験パネル表面に付着していた電解質物質の量を算出する。
なお、曝露後の試験パネル表面を純水で洗浄し、回収した当該洗浄水を試験溶液として、電解質の濃度を化学分析により測定することも可能である。
【0040】
なお、この環境腐食指数算出工程は、鋼材を使用する予定の大気環境の環境因子(年平均気温、年平均湿度、付着電解質量)をそれぞれ求め、その後、各環境因子に基づき環境腐食指数を求めてもよい。
また、場所と関連付けられた複数の環境因子(年平均気温、年平均湿度、付着電解質量)に関するデータを、事前にデータベースに入力しておき、鋼材を使用する予定の場所を入力すると、データベース内から対応(同一または近似)する場所の環境因子が選択され、選択された環境因子に基づき環境腐食指数を算出する構成となっていてもよい。
さらに、付着電解質量については、場所だけではなく、設置角度、設置方位の全てに関連付けられたデータをデータベースに入力しておき、鋼材を使用する予定の場所および設置角度、設置方位を入力することで、更に正確な付着電解質量を選択することができる構成となっていてもよい。
【0041】
(推定工程)
推定工程とは、前記環境腐食指数の異なる複数の大気環境において前記鋼材腐食指数の異なる複数の鋼材を使用した場合の当該鋼材の腐食状態をそれぞれ観察することで予め算出した鋼材腐食指数と環境腐食指数と腐食状態との関係から得られる境界に対して、前記鋼材腐食指数算出工程および前記環境腐食指数算出工程によって算出した鋼材腐食指数および環境腐食指数が、当該境界で分けられるいずれの領域に位置するかによって、前記推定対象となる鋼材の腐食状態を推定する工程である。
【0042】
ここで、鋼材腐食指数と環境腐食指数と腐食状態との関係とは、所定の鋼材腐食指数の鋼材が、所定の環境腐食指数の大気環境において、いかなる腐食状態となるのかを観測し、複数の観測結果から、鋼材腐食指数と環境腐食指数と腐食状態との3つの関連性を明確にしたものである。
【0043】
具体的には、当該関係は、X軸に環境腐食指数Ke、Y軸に鋼材腐食指数Kmをとり、複数の腐食状態の観察結果をXY平面上にプロットすることで、錆が安定に保護層として形成される領域(図1中の「錆の剥離なし」)と、錆が層状に剥離する領域(図1中の「錆の剥離あり」)が示された図1のグラフのような関係である。
なお、境界とは、図1において、錆が安定に保護層として形成される領域と、錆が層状に剥離する領域を分けている点線のことである。
【0044】
また、当該関係は、図1のようなグラフで示されるものであってもよいし、数式またはテーブルで示されるものであってもよい。なお、数式やテーブルを用いる場合も、図1のグラフを用いる場合と同様に、鋼材腐食指数と環境腐食指数と腐食状態との関係から境界を求め、鋼材腐食指数および環境腐食指数が、当該境界で分けられるいずれの領域に位置するかを判断することで腐食状態を推定すればよい。
【0045】
なお、観察結果は、多ければ多いほど、錆が安定に保護層として形成される領域(図1中の「錆の剥離なし」)と、錆が層状に剥離する領域(図1中の「錆の剥離あり」)との境界が明確になり、当該境界部分における鋼材の腐食状態の推定をより正確に行うことができる。
よって、「錆の剥離なし」と「錆の剥離あり」との境界近傍の観察結果は3点以上が好ましく、5点以上がより好ましい。
【0046】
なお、鋼材腐食指数と環境腐食指数と腐食状態との関係を算出するにあたり、所定の鋼材を所定の大気環境に設置後、どれほどの期間が経過した後の観測結果(鋼材の腐食状態)を用いるかは、測定対象となる鋼材に要求される推定期間(設置からの経過期間)に基づき決定すればよい。例えば、測定対象となる鋼材について、設置から5年経過後の腐食状態を推定したい場合は、鋼材腐食指数と環境腐食指数と腐食状態との関係を算出する際の観測結果(鋼材の腐食状態)は、設置後から5年以上経過した結果を用いることが好ましい。
【0047】
前記の全ての工程は、コンピュータ等が備える処理手段に行わせることができる。
具体的には、キーボードやマウス等の入力手段により、鋼材の組成、鋼材の使用予定場所、鋼材の設置角度・設置方位を入力すると、入力されたデータに基づき処理手段が鋼材腐食指数Kmを算出するとともに(鋼材腐食指数算出工程)、環境腐食指数Keを算出する(環境腐食指数算出工程)。なお、環境腐食指数Keを算出するにあたっては、データベース内に記憶されているデータ(場所、設置角度、設置方位と関連付けられた年平均気温、年平均湿度、付着電解質量)から、入力された場所および設置角度・設置方位と対応(同一または近似)した年間平均温度・年間平均湿度・付着電解質量を選択する処理を処理手段が行う構成となっていてもよい。
そして、算出された鋼材腐食指数Km、環境腐食指数Keが、データベースに記憶されている図1のXY平面上の境界(点線)で分けられたいずれの領域(錆が安定に保護層として形成される領域であるか、錆が層状に剥離する領域であるか)に該当するかについて処理手段により判断され、その結果が、モニター等の出力手段に表示される。
【0048】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は前記実施形態に限定されず、特許請求の範囲に記載した本発明の要旨を逸脱しない範囲で適宜設計変更可能である。
【実施例】
【0049】
次に、本発明の鋼材の腐食状態推定方法について、実施例を用いて具体的に説明する。
国内の5つの場所(A−E)において、鋼材(供試鋼材)4種(M1−M4)の腐食状態、すなわち錆が剥離を起こすか否かの予測と検証を行った。所定の場所の年平均気温Tおよび年平均湿度Hは、気象庁の公開データのなかで、所定の場所に最も近い地点のデータを用いた。また、付着電解質量Vは以下の方法で測定した。
【0050】
エポキシ樹脂系塗料(厚さ250μm)を塗布した30cm×30cmの塗装鋼板(厚さ2mm)を試験パネルとして所定の場所に30日間曝露し、ガーゼ拭取り法により付着した塩分(Clイオン)量を測定した。なお、試験パネルを設置した場所には屋根を設けて、試験パネルに降雨が直接あたらないように設置した。
【0051】
[鋼材腐食指数および環境腐食指数]
実施例において、鋼材腐食指数Kmおよび環境腐食指数Keは、下記式(1)および(2)に基づき算出した。なお、下記式中の[%M]は添加元素Mの添加量(重量%)を示し、Tは所定の場所の年平均気温(℃)、Hは所定の場所の年平均湿度(%RH)、Vは前記測定方法により得られた付着電解質量(mg/m)を示している。
Km=[%Si]+[%Mn]+[%Cu]+[%Ni]+[%Cr]+[%Ti]・・・(1)
Ke=1000/(0.5×T+H+63×V)・・・(2)
【0052】
下記の表1には、各供試鋼材の化学組成(%)と鋼材腐食指数Kmを示し、下記の表2には、所定の場所の環境因子(年平均温度、年平均湿度、付着電解質量)および環境腐食指数Keを示した。
【0053】
【表1】

【0054】
【表2】

【0055】
表1に示した4種の供試鋼材を所定の場所に曝露し、腐食状態を調査した。曝露した供試鋼材のサイズはいずれも150mm×70mm×5mmである。なお、供試鋼材の曝露場所は付着電解質測定用の試験パネルを設置した場所に隣接する場所であり、屋根を設けて、供試鋼材に降雨が直接あたらないように設置した。所定の場所に1種につき各3枚の供試鋼材を設置し、3枚すべてに錆の剥離が認められない場合を「錆の剥離なし」とし、3枚のうち1枚以上に錆の剥離が認められた場合を「錆の剥離あり」と評価した。
試験結果は下記の表3に示す通りであり、鋼材腐食指数Kmおよび環境腐食指数Keによって、錆の剥離の状態は異なる結果となった。なお、表3の「○」は錆の剥離なし、「×」は錆の剥離あり、「−」は試験未実施を示している。そして、経過年数(年)は、供試鋼材を設置してから腐食状態を確認した時点までの年数である。
【0056】
【表3】

【0057】
図1は、X軸に環境腐食指数Ke、Y軸に鋼材腐食指数Kmをとり、表3の試験結果をプロットしたものである。図1に表されているように、錆の剥離なしの領域と錆の剥離ありの領域を明確に分けることができた(図1の点線)。
この実施例により、図1に記載の鋼材腐食指数と環境腐食指数と腐食状態とを対応付けた関係を用いることで、推定対象となる鋼材の環境腐食指数Keと鋼材腐食指数Kmから鋼材の腐食状態を正確に推定することができることがわかった。また、図1に記載の関係を用いることで、推定対象となる鋼材の腐食状態を推定するにあたり、当該鋼材の腐食実験等を行う必要がなくなるため、極めて簡便に鋼材の腐食状態を推定することができることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼材自体の特性からみた当該鋼材の腐食のしやすさを示す鋼材腐食指数と、当該鋼材が使用される大気環境の特性からみた当該鋼材の腐食のしやすさを示す環境腐食指数とを用いて、当該大気環境で使用される鋼材の腐食状態を推定するための腐食状態推定方法であって、
推定対象となる鋼材に含まれる2つ以上の元素の量から、当該鋼材の鋼材腐食指数を算出する鋼材腐食指数算出工程と、
前記推定対象となる鋼材が使用される大気環境の状態を示す2つ以上の環境因子から、当該大気環境の環境腐食指数を算出する環境腐食指数算出工程と、
前記環境腐食指数の異なる複数の大気環境において前記鋼材腐食指数の異なる複数の鋼材を使用した場合の当該鋼材の腐食状態をそれぞれ観察することで予め算出した鋼材腐食指数と環境腐食指数と腐食状態との関係から得られる境界に対して、前記鋼材腐食指数算出工程および前記環境腐食指数算出工程によって算出した鋼材腐食指数および環境腐食指数が、当該境界で分けられるいずれの領域に位置するかによって、前記推定対象となる鋼材の腐食状態を推定する推定工程を含むことを特徴とする腐食状態推定方法。
【請求項2】
前記腐食状態とは、前記鋼材の表面に形成される錆の剥離の有無であることを特徴とする請求項1に記載の腐食状態推定方法。
【請求項3】
前記鋼材腐食指数は、前記鋼材に含まれるCu、Ni、CrおよびTiのうちの2種以上の量から算出される値であることを特徴とする請求項1および請求項2のいずれか1項に記載の腐食状態推定方法。
【請求項4】
前記鋼材腐食指数は、前記鋼材に含まれるCu、Ni、CrおよびTiのうちの2種以上の量を変数とする一次関数によって算出されるものであることを特徴とする請求項3に記載の腐食状態推定方法。
【請求項5】
前記環境腐食指数は、前記大気環境における年平均気温、年平均湿度、および付着電解質量のうちの2種以上を変数とする算出式によって算出される値であり、
前記付着電解質量は、単位時間の間に前記鋼材の単位面積に付着する電解質の量であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の腐食状態推定方法。
【請求項6】
前記環境腐食指数算出工程で算出される環境腐食指数が、少なくとも前記付着電解質量を用いて算出される場合において、
前記環境腐食指数算出工程で前記環境腐食指数を算出するために用いられる前記付着電解質量は、
複数の鋼材を水平方向に対し異なる角度で設置した後、それぞれの当該鋼材に付着した水溶液に含まれる電解質の量から、前記付着電解質量を当該鋼材の水平方向に対する角度ごとに求め、前記付着電解質量と当該鋼材の水平方向に対する角度との対応関係を求める電解質量測定工程と、
前記電解質量測定工程によって求めた前記対応関係の中から、前記推定対象となる鋼材の水平方向に対する角度に応じた付着電解質量を選択する電解質量選択工程と、から算出されるものであることを特徴とする請求項5に記載の腐食状態推定方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−247642(P2011−247642A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−118520(P2010−118520)
【出願日】平成22年5月24日(2010.5.24)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】