説明

鋼板で構成された構造体のレーザー溶接方法

【課題】鋼板で構成された構造体の重ね部のレーザー溶接における溶接部の遅れ破壊を防止できるレーザー溶接方法を提供する。
【解決手段】鋼板で構成される構造体の複数の鋼板を重ね合わせて形成された重ね部の最上段の鋼板の上面からレーザービームを照射して最下段の鋼板の下面までを溶融させて重ね部を溶接する鋼板の重ね部のレーザー溶接において、重ね部の予定されるレーザー溶接ビードの延長線上の始終端から30mm以内の範囲に仮付けを施し、次いでこの重ね部をレーザー溶接する。好ましくは、この仮付けが予定されるレーザー溶接ビードの始終端上に施され、また、好ましくは、さらに仮付けが、予定されるレーザー溶接ビードの始終端の中間部において施され、隣り合う仮付けとの間隔が100mm以内となるように施される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板で構成された構造体のレーザーの溶接方法に関し、特に、構造体を製作するに際し、鋼板あるいは成形した鋼板のフランジなどを重ね、この重ね部をレーザー溶接する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
レーザー溶接は、レーザー光を熱源とするため、TIG溶接やMIG溶接などのアーク溶接に比べて入熱量の制御が容易で、しかも確実に制御が行える。このため、溶接速度やレーザービームの照射出力、さらにはシールドガス流量などの溶接条件を適切に設定することによって、熱変形が小さく、偏析の少ない良好な溶接部を形成することができる溶接方法であり、薄鋼板等の溶接に好適である。
例えば、自動車工業や電気機器工業その他の分野では、薄鋼板を成形加工した部材の溶接などに採用されており、これに関連する改善技術が提案されている。
例えば、特許文献1には、薄鋼板を突き合わせ、突き合わせ面に沿ってレーザー溶接する際に、溶接が溶接面の一端から他端に向かう一方向に進められるため、溶接熱により生じる鋼板の反りによって、突き合わせ部が拡開し、溶接が困難となる問題点を解決するために、溶接予定箇所の互いに隔離した複数の位置でパルスレーザー溶接により仮付けを行った後、溶接予定箇所の全長にわたってレーザー溶接による本溶接を行うことが開示されている。
また、特許文献2には、フランジ部を有する2つのパネル部材をフランジ部を対向、当接させた状態でレーザービームで溶接し、閉断面のコーチジョイントと称される自動車用の構造体を製造するに際し、当接するフランジ部のギャップの変動による適正な溶け込み深さを確保するために、重ね部のレーザー照射予定面に適当な間隔で貫通穴を形成、これにピン部を有する補助プレートを嵌装したのち、レーザービームを照射して溶接する方法を提案されている。
【0003】
【特許文献1】特開昭59−215288号公報
【特許文献2】特開平9−10973号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
レーザー溶接は薄鋼板などの溶接に好適であり、自動車用の構造体の溶接にも適用範囲が拡大されている。さらに近年は、燃料比の改善や安全性の向上といった要求に対応するため、引張強度が440MPa以上の高強度(ハイテン)の薄鋼板が多く使用されるようになっており、高強度の薄鋼板をレーザー溶接により溶接することが求められている。
【0005】
図8(a)〜(d)は、自動車の車体パネル構造体の例を示すものであり、これらの構造体は、上述のように、高張力鋼よりなる薄板材から形成されている。
図8において(a)は、フランジ部4及びこれに続く折り曲げ部5を有する軸方向に垂直な断面形状がハット形状に成形された二つの部材2と3を、フランジ部4、6が互いに対向するように配置してフランジ部4、6を重ね合わせ、重ね合わせ部を溶接して構造体を形成したものであり、(b)は、上述のハット形状の部材2のフランジ部4を、平坦な鋼板部材8に対向するように配置して重ね合わせ、重ね合わせ部を溶接して構造体を形成したものであり、(c)は、上述のような二つのハット形状の部材2、3のフランジ部4、6を平坦な鋼板部材8を介して対向するように配置して重ね合わせ、重ね合わせ部を溶接して構造体を形成したものであり、更に、(d)は、上述のようなハット形状の部材を複数(図では、2、3の2枚)、同一方向に重ね合わせ、重ね部を溶接して構造体を形成したものである。
このように、フランジ部を有する部材を用いて、フランジ部を有する部材同士、或いはフランジ部を有する部材と板部材とを重ね合わせ、少なくともフランジ部の重なり部で溶接することによって、構造体が製作されている。
しかしながら、このような高強度の薄鋼板で構成される構造体の重ね部のレーザー溶接において、溶接終了後の溶接部に割れや破断が発生することがある。
【0006】
発明者らは、自動車に使用される鋼板で構成された構造体を例にしてこの上記のような鋼板の重ね部のレーザー溶接における破断の状況を調査した。すなわち、図7(a)、(b)は、構造体の例を示すものであり、(a)は、上面視がI形状、(b)は、上面視がH形状のものである。
引張強度が980MPa級で板厚1.2mmの薄鋼板を図7(a)に示すようにフランジ4、6、これに続く折り曲げ部5、7をそれぞれ有し、断面がハット形状に成形して2つの成形部材2、3を製作し、各成形部材のフランジ部4、6を対向させて重ね合わせ、フランジの重ね合わせ部6をレーザービームにより溶接して構造体1を製作した。
また、構造体の長さは600mm、レーザー溶接ビードの長さは580mmとした。成形部材の長手方向の前後端の10mmは非溶接部とした。
なお、レーザー溶接条件は、ビード幅狙い:板厚mm×1.0、ビームウエスト0.6mm、焦点外し:+2mm、加工点出力:3.5kw、溶接速度:2m/min、チップ径:5mmφとし、シールド方法は、同軸センターシールド(裏面シールドなし)、シールドガスはArを25l/分とした。
また、レーザー溶接に先立ち、成形部材の溶接部となるフランジ部の両表面はウエスで払拭し、清浄なものとし、締め付け治具にてフランジの重ね部を上下からクランプ冶具(図示せず)にて固定した。
なお、図7(b)の場合の溶接方法も、成形部材の上面視の形状がH形状である点以外は、図7(a)の場合と同様であるので詳細な説明は省略する。
【0007】
レーザー溶接終了後、クランプ冶具を取り外してまもなく、すなわち、薄鋼板の板厚にもよるが溶接終了後(溶接終了後8時間以内)に、図7(a)(b)において、破断部16が認められた。
【0008】
発明者らは、上述のようなレーザー溶接部の割れについて、その原因をさらに詳細に確認するためにTピール強度試験を行い、溶接後の経過時間や、鋼種などの影響をさらに詳細に検討した。このTピール強度試験は、図5に示すように、L字状に曲げた2つの試験片14、14のそれぞれの短辺の一端側を対向させて重ね合わせ、その重ね部をレーザー溶接して試験体15(Tピール試験体)とした後、この試験体15の2つの試験片14、14の短辺の他端側(非溶接端側)を互いに逆方向に引張り、溶接部が破断する際の最大引張荷重(N/mm)をTピール強度として評価するものである。
【0009】
まず、鋼種として980MPa級鋼を対象として厚さ1.2mmの薄鋼板を用い、試験体、試験片の形状、寸法は、図5に示すものとして重ね部をレーザー溶接し、図5に示すように重ね部に長さ30mmの溶接ビードを形成した。
なお、レーザー溶接条件は、上記と同様、ビード幅狙い:板厚mm×1.0、ビームウエスト0.6mm、焦点外し:+2mm、加工点出力:3.5kw、溶接速度:2m/min、チップ径:5mmφとし、シールド方法は、同軸センターシールド(裏面シールドなし)、シールドガスはArを25l/分とした。
また、レーザー溶接に先立ち、成形部材の溶接部となる各フランジ部の両表面はウエスで払拭し、清浄なものとし、締め付け治具にてフランジの重ね部をクランプ冶具(図示せず)にて固定した。
この試験においては、溶接終了からの経過時間を、溶接終了直後(終了から6分以内)、30分、1時間、5時間、8時間、50時間、と変えた場合のTピール試験体15をそれぞれ引張試験装置にかけ、引張試験を行い引張最大荷重(N/mm)、すなわちTピール強度、を求めた。なお、引張速度は10mm/minとした。また、このとき、試験体の破断部位についても確認した。
【0010】
その結果、Tピール強度は、溶接終了直後では極めて低いものであったが、溶接終了からの時間経過と共に高くなり、溶接終了から8時間以上経過するとほぼ一定の強度が得られることが判った。なお、溶接終了直後のTピール強度は、溶接終了から8時間経過後のTピール強度の25%以下であった。
【0011】
また、上記試験において、溶接終了直後のTピール試験体15は、溶接金属の部位で破断していたが、溶接終了から8時間以上経過したものではボンド部(溶融境界)又はHAZ近傍での破断となっており、このことから、母材並みの継手強度が得られることが判った。一方、溶接終了直後のTピール試験体15の破断位置は溶接金属であり、その破面形態は擬劈開破面が主であり、一部に粒界破面が認められ、溶接金属の脆化による割れであることが確認された。
なお、図6は、レーザー溶接部の破断状況をパターン化して示す溶接ビードの溶接方向に垂直な断面模式図であり、(a)は溶接金属17での破断、(b)は熱影響部(HAZ)又はボンド部18(溶融境界)近傍での破断、(c)は、母材16での破断、をそれぞれ示す。
【0012】
発明者らは、さらに、鋼板の引張強度が440MPa級、590MPa級、および780MPa級の他の高強度鋼についても、試験体、溶接条件、試験条件等を上記980MPa級の鋼種と同様として調査を行った。その結果、これら引張強度が440MPa以上の高強度鋼のTピール強度も、溶接終了直後は極めて低いが、時間が経過するにつれて増大し、8〜10時間経過するとほぼ一定のTピール強度レベルに達することが確認された。
すなわち、溶接終了直後は、溶接終了後十分な時間、例えば8時間以上経過後の強度レベルの25%程度しかなく、かつ溶接金属の部分で破断することが判った。
一方、引張強度が270MPa級の鋼種でも、同様な試験を行ったが、引張強度が270MPa級の場合は、溶接直後(溶接後6分程度経過)のTピール強度は低下せず、溶接終了から8時間以上経過したもののTピール強度とほぼ同等であった。このような破壊は起こらなかった。
【0013】
これらの結果から、これらの溶接直後の溶接金属の破断は、溶接金属の水素脆化による遅れ破壊によるものであると考えられた。すなわち、溶接部周辺の大気中の水分、或いは、成形部材の表面に付着している水分や炭化水素などが、レーザー溶接の際のレーザービームにより分解されて原子状水素となり、溶接部の溶融金属中に侵入し、拡散する。特にマルテンサイト等の硬化組織に拡散し、集積しやすい。また、レーザー溶接により細くて長いビードを形成した場合、冷却時のビード長手方向の収縮により引張りの残留応力や歪が生じる。また、溶接変形だけでなく、成形部材のスプリングバック等の外部からの引張応力も作用することもある。これら残留応力や歪は構造体の大きさや形状にもよるが、ビードの始終端部に集中しやすい。このように大きな応力や歪が集中する部位に水素は局所的に集積し、亀裂の発生や破断を招くことになるものである。
【0014】
上述の特許文献1や2は、鋼板からなる構造体の重ね部のレーザー溶接におけるこのような遅れ破壊の防止を図るものではなく、鋼板からなる構造体の重ね部のレーザー溶接における溶接部の遅れ破壊を防止する方法は、これまで提案されていない。
従って、本発明は、鋼板からなる構造体の重ね部のレーザー溶接における溶接部の遅れ破壊を防止できるレーザー溶接方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は上記の課題を解決するためになされたものであり、その要旨とするところは以下のとおりである。
(1)鋼板で構成される構造体の複数の鋼板を重ね合わせて形成された重ね部の最上段の鋼板の上面からレーザービームを照射して最下段の鋼板の下面までを溶融させて重ね部を溶接する鋼板の重ね部のレーザー溶接において、重ね部の予定されるレーザー溶接ビードの延長線上の始終端から30mm以内の範囲に仮付けを施し、次いでこの重ね部をレーザー溶接することを特徴とする構造体の鋼板の重ね部のレーザー溶接方法。
(2)前記仮付けが、予定されるレーザー溶接ビードの始終端上に施されることを特徴とする(1)に記載の構造体の鋼板の重ね部のレーザー溶接方法。
(3)鋼板で構成される構造体の複数の鋼板を重ね合わせて形成された重ね部の最上段の鋼板の上面からレーザービームを照射して最下段の鋼板の下面までを溶融させて重ね部を溶接する鋼板の重ね部のレーザー溶接において、重ね部の予定されるレーザー溶接ビードの始終端の中間部において仮付けを施し、隣り合う仮付けとの間隔が100mm以内となるようにすることを特徴とする(1)に記載の構造体の鋼板の重ね部のレーザー溶接方法。
(4)前記仮付けの直径が、ビード幅より大きいことを特徴とする(1)〜(3)のいずれか1項に記載の構造体の鋼板の重ね部のレーザー溶接方法。
(5)前記仮付けが、スポット溶接により施されることを特徴とする(1)〜(4)のいずれか1項に記載の構造体の鋼板の重ね部のレーザー溶接方法。
(6)前記仮付けが、機械的締結手段により施されることを特徴とする(1)〜(5)のいずれか1項に記載の構造体の鋼板の重ね部のレーザー溶接方法。
【0016】
(7)前記構造体の鋼板の重ね部が、一方の鋼板が少なくとも片側に折り曲げ部及びそれに続くフランジ部を有する鋼板であり、この一方の鋼板のフランジ部に、少なくとも片側に折り曲げ部及びそれに続くフランジ部を有する他の鋼板のフランジ部を対向させて重ね合わせて形成されたものであることを特徴とする(1)〜(6)のいずれか1項に記載の構造体の鋼板の重ね部のレーザー溶接方法。
(8)前記構造体の鋼板の重ね部が、一方の鋼板が少なくとも片側に折り曲げ部及びそれに続くフランジ部を有する鋼板であり、この一方の鋼板のフランジ部に、平坦な他の鋼板の平坦部を重ね合わせて形成されたものであることを特徴とする(1)〜(6)のいずれか1項に記載の構造体の鋼板の重ね部のレーザー溶接方法。
(9)前記構造体の鋼板の重ね部が、一方の鋼板が少なくとも片側に折り曲げ部及びそれに続くフランジ部を有する鋼板であり、この一方の鋼板のフランジ部に、少なくとも片側に折り曲げ部及びそれに続くフランジ部を有する他の鋼板のフランジ部を、平坦なさらに他の鋼板の平坦部を介して対向させ、重ね合わせて形成されたものであることを特徴とする(1)〜(6)のいずれか1項に記載の構造体の鋼板の重ね部のレーザー溶接方法。
(10)前記構造体の鋼板の重ね部が、一方の鋼板が少なくとも片側に折り曲げ部及びそれに続くフランジ部を有する鋼板であり、この一方の鋼板のフランジ部に、少なくとも片側に折り曲げ部及びそれに続くフランジ部を有する他の鋼板のフランジ部を同じ方向に重ね合わせて形成されたものであることを特徴とする(1)〜(6)のいずれか1項に記載の構造体の鋼板の重ね部のレーザー溶接方法。
(11)前記構造体の鋼板の引張強度が440MPa以上であることを特徴とする(1)〜(10)のいずれか1項に記載の鋼板の重ね部のレーザー溶接方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、レーザー溶接を施す前の仮付けにより、接合部の位置が固定される。このため、少なくともレーザー溶接直後(溶接後約8時間以内)において、溶接に伴う変形や、成形部材のスプリングバックなどによってレーザー溶接部に負荷される応力を緩和することができる。このため、溶接の際に溶接部に水素が侵入しても溶接部に亀裂が発生したり、破壊に至ること、すなわち遅れ破壊を防止することができる。
溶接時に進入した水素は、時間の経過により大気中に放散されるため、遅れ破壊の危険性は時間の経過と共に緩和される。従って、少なくとも溶接直後(溶接後約8時間以内)において溶接部に負荷される応力を緩和することができ、遅れ破壊を防止できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の方法を添付の図面を用いて具体的に説明する。
図1は、本発明のレーザー溶接方法の一実施形態による構造材を示す斜視図である。この実施形態においては、上面視がI形状の構造体を例示している。
図1に示すように、構造体1は、軸方向の断面形状がハット形状に成形された成形部材2、3から構成され、各成形部材は、薄鋼板をプレスなどによりそれぞれフランジ4、6およびそれぞれこれに続く折り曲げ部5、7が形成されている。これらの成形部材2、3は、フランジ部4、6が対向するように重ねられ、形成されたフランジの重ね部9の溶接予定線に沿って、仮付けDが、Ds、De、およびD2〜D4のように施されている。なお、図1の例では、重ね部の上下の鋼板はスポット溶接により、仮付け固定されている。
この後、重ね部9はレーザートーチ10により溶接され、レーザー溶接ビード11が形成される。
【0019】
図2は、本発明のレーザー溶接方法の一実施形態の構造体の溶接状況を示す上面の部分平面図であり、溶接部、仮付けの位置関係が示されている。
フランジの重ね部9のレーザー溶接ビードが形成される予定線12の延長線13上において、ビードの始端Sと終端Eから、距離G1、あるいはG2以内の範囲に始端近傍の仮止めDs、終端近傍の仮付けDeが施されており、また、始終端以外の予定される溶接ビード(溶接ビードの中間部とも記す)には、D2〜D4の仮付けが施されている。
【0020】
上述のように、仮付けDは、レーザー溶接ビード(溶接部)への応力の影響を軽減ないしは分散するために、上下の鋼板を少なくともフランジ部において固定するものであるから、この作用、効果を有する限りにおいて、仮付けを施す位置、仮付け箇所数、仮付けの形態などは、特に限定されるものではない。すなわち、仮付けは、溶接ビードの形成が予定される溶接予定位置(線)上、或いはその延長(線)上、或いはその周辺近傍に設けることができる。
なお、溶接ビードの始終端(S,E)および溶接ビードの延長線上を含む近傍部位は、応力が集中し易い部位であるので、本発明においては、予定されるレーザー溶接ビード12の延長線13上において始終端から30mm以内の範囲に、少なくとも仮付けを施すものとする。
予定される溶接ビードの延長線上で始終端から30mm以上離れると、溶接始終端と仮付けとの間が離れすぎて、始終端に対する仮付けの効果が小さくなるためである。予定される溶接ビードの始終端上に仮付けすることは、より好ましい。
すなわち、図2に示すように、仮付けDs、Deは、予定されるレーザー溶接ビード12の延長線上において始終端S,E、からG1、G2の範囲内に施すものであり、G1、G2は、30mm以内とするものである。また、Ds,Deを予定される溶接ビードの始端S、終端上とすることも好ましい。
なお、本発明において、仮付け部の一部が、延長線または溶接ビードにかかっている場合は、その仮付けは、延長線上或いは溶接ビード上にあるものとする。
【0021】
また、仮付けを施す箇所数は、特に限定されず、予定される溶接ビードの長さLに応じて決定することができる。すなわち、仮付け箇所数が多ければ予定される溶接ビードに対する応力の影響を抑制ないし分散できる点では有利であるが、仮付けのための作業が増え、コスト、能率の点で好ましくない。一方、予定される溶接ビードの長さに対して仮付け箇所数が少なすぎると、仮付けの間隔が開くことになり、溶接ビードに対する応力の影響を抑制、分散する効果が不十分となる。従って、予定される溶接ビードの始終端の中間部においても仮付けを施し、隣り合う仮付けとの間隔が100mm以内となるように、仮付けの箇所数及び/又は仮付けの間隔を調整することが好ましい。隣り合う仮付けとの間隔が100mmよりも離れると溶接ビード(溶接部)に影響する応力を抑制し、分散する効果が不十分となるからである。
【0022】
図2に示すように、レーザー溶接ビードの予定線12の延長線上の始終端の近傍の仮付けDs,Deのほか、予定される溶接ビード12の中間部に施されているD2〜D4において、隣り合う仮付けとの間隔F1〜F4(Ds〜D2,D2〜D3,D3〜D4、D4〜Deの間隔をそれぞれF1,F2,F3、F4とする)は、上述のように、100mm以下であることが好ましい。
予定される溶接ビードの長さが短かく、隣り合う仮付けとの間隔が100mmを超えないような場合は、前述のような始終端近傍に仮付けを施すのみでも良いことは言うまでもない。
【0023】
仮付けの大きさ(例えば、仮付け部Dの直径d)は、特に限定するものではないが、小さすぎると、予定される溶接ビードに対する応力の影響を抑制、分散する効果が不十分となるので、少なくとも予定される溶接ビードの幅t、すなわち、ビードの溶接方向に直角な方向の長さ、以上であることが好ましい。
すなわち、図3は、本発明の溶接方法における仮付け部近傍部を拡大した平面模式図であり、仮付けDの大きさを説明するものである。すなわち、仮付けDの直径dは、予定される溶接ビードの幅t以上とすること(d≧t)が好ましい。仮付けの直径dが溶接ビードの幅(溶接方向に直角な方向の幅)より小さすぎると、溶接ビード(溶接部)に影響する応力を抑制し、分散する効果が不十分となるからである。好ましくは、dは1.5t〜3.0tである。
【0024】
仮付けを施す方法は、その仮付けが、溶接ビードに対する応力の影響を抑制、分散する効果が十分得られる限りにおいてが特に限定されるものではなく、溶接或いは機械的な方法など適宜選択することができる。
機械的な方法としては、クランプ冶具を使用してフランジの重ね部を挟むようにして仮付けすることができる。しかしながら、レーザー溶接に際してはクランプ冶具との干渉を避けるためのレーザー装置の移動回避が必要となる。特に、仮付け箇所数が多く、隣り合う仮付け箇所との間隔が小さい場合、クランプ冶具の取り付け数も多く、かつ作業が煩雑となる。しかしながら、一つの仮付け範囲を大きくする必要がある場合は、クランプ冶具の大きさを適切に選択することにより、範囲の大きな仮付けが容易に得られるので好適である。
【0025】
一方、溶接による方法は、上述のような機械的な方法の場合とは異なり、レーザー溶接に際してはクランプ冶具との干渉を避けるためのレーザー装置の移動回避が不要であり、仮付け数箇所数が多い場合でも効率的に仮付けを施すことができる。また、小さな構造体や小さな範囲の仮付けを形成する場合に好適である。しかしながら、大型の構造体をレーザー溶接する場合や、大きな範囲の仮付けを形成する場合は、スポットの大きさに限界がある。このように、レーザー溶接する構造体の性状、仮付け箇所数、間隔、仮付け範囲の大きさなどの条件に応じて、仮付けを形成する手段を適切に選択することができる。
【0026】
図4(a)(b)は、本発明のレーザー溶接方法の他の実施形態による構造体の例を示すもので、上面視がH形状の構造体の例において成形部材のフランジの重ね部にレーザー溶接ビードが形成されている。(a)では、溶接ビードの始終端部にスポット溶接により仮付けが施されており、(b)では、溶接ビードの始終端部および始終端の中間に複数の仮付けが施されている。これらの例においても、仮付けを施す位置、仮付け箇所数、仮付けの形態などに関しては上述のとおりであるので、詳細な説明は省略する。
【0027】
本発明のレーザー溶接方法は、構造体に限らず、薄鋼板を重ね合わせ、重ね部をレーザー溶接する際に広く適用できるものであり、その範囲を限定されるものではない。前述のように、図8において、(a)は、フランジ部4及びこれに続く折り曲げ部5を有する軸方向に垂直な断面形状がハット形状に成形された二つの部材2と3を、フランジ部4、6が互いに対向するように配置してフランジ部4、6を重ね合わせ、重ね合わせ部を溶接して構造体を形成したものであり、(b)は、上述のハット形状の部材2のフランジ部4を、平坦な鋼板部材8に対向するように配置して重ね合わせ、重ね合わせ部を溶接して構造体を形成したものであり、(c)は、上述のような二つのハット形状の部材2、3のフランジ部4、6を平坦な鋼板部材8を介して対向するように配置して重ね合わせ、重ね合わせ部を溶接して構造体を形成したものであり、更に、(d)は、上述のようなハット形状の部材を複数(図では、2、3の2枚)、同一方向に重ね合わせ、重ね部を溶接して構造体を形成したものである。このような形態の構造体のレーザー溶接においては、成形部材のスプリングバックによる応力集中があるので、本発明の効果を一層好適に得ることができる。
【0028】
本発明のレーザー溶接方法は、特に鋼種を限定するものではないが、前述のように、引張強度が270MPa級の鋼では遅れ破壊が生じなかったことなどから、高強度の鋼板、特に、遅れ破壊の問題が顕著となる引張強さが440MPa以上の鋼種の鋼材を用いる構造体の場合に適用することが好ましい。
【実施例】
【0029】
以下、実施例に基づいて本発明を具体的に説明する。
板厚1〜1.2mmの高強度の薄鋼板(引張強度440MPaの鋼成分は、質量%で、C:0.10%、Si:0.11%、Mn:0.95%、980MPaの鋼成分は、質量%で、C:0.13%、Si:1.00%、Mn:2.20%であった。)を成形した図1に示す形状の2つの成形部材をフランジを対向させて重ね合わせ、フランジの重ね合わせ部をレーザー溶接により構造体を作成した。成形部材の軸方向長さ700mm、溶接ビードの長さは50〜600mmとした。
レーザー溶接に先立ち、フランジの重ね部に各形態で仮付けを施し、レーザー溶接後の遅れ破壊の有無を確認した。仮付けの位置、仮付けの間隔、仮付けの大きさ(直径)は、表1に示すとおりである。なお、レーザー溶接条件は、上述と同様、ビード幅狙い:板厚mm×1.0、ビームウエスト0.6mm、焦点外し:+2mm、加工点出力:3.5kw、溶接速度:2m/min、チップ径:5mmφとし、シールド方法は、同軸センターシールド(裏面シールドなし)とし、シールドガスはArを25l/分とした。
【0030】
【表1】

表1から判るように、予定される溶接ビード延長線上において始終端部の近傍に仮付けを施さなかった比較例1、2および、始終端部から30mmを超えた位置に仮付けを施した比較例3では、遅れ破壊が発生した。これに対して、予定される溶接ビードの延長線上で、始終端から30mm以内に仮付けを施した本発明の実施例では、いずれも遅れ破壊は発生しなかった。また、実施例4から判るように、溶接ビードの始終端部の近傍のみに仮付けを施した場合でも、遅れ破壊の発生を抑制できることが判った。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明のレーザー溶接方法の一実施形態による構造体を示す斜視図である。
【図2】本発明のレーザー溶接方法の一実施形態による構造体の溶接状況を示す上面の部分平面図である。
【図3】本発明のレーザー溶接方法における仮付けの大きさを説明する平面模式図である。
【図4】本発明のレーザー溶接方法の他の実施形態による構造体の例を示す斜視図であり、(a)は溶接ビードの始終端部にのみ仮付けを施した状態、(b)は溶接ビードの始終端部及び中間部に仮付けを施した状態、をそれぞれ示す。
【図5】Tピール強度試験のための試験体の状況を示す図である。
【図6】Tピール強度試験におけるレーザー溶接部の破断状況をパターン化して示す断面模式図であり、(a)は、溶着金属での破断、(b)は、HAZ又はボンド部近傍での破断、(c)は母材での破断、をそれぞれ示す。
【図7】構造体材のレーザー溶接における遅れ破壊の発生箇所を示す模式図であり、(a)は上面視がI形状の構造体の場合、(b)は上面視がH形状の構造体の場合を示す。
【図8】フランジの構造および構造体の断面形状を示す模式図であり、(a)はフランジ部を他の部材のフランジ部と対向させて重ね合わせたもの、(b)はフランジ部を他の平坦な板と重ね合わせたもの、(c)はフランジ部を他の部材のフランジ部と平坦な板を介して対向させて重ね合わせたもの、(d)は、フランジ部の他の部材のフランジ部と同方向に重ね合わせたものをそれぞれ示す。
【符号の説明】
【0032】
1 構造体
2 成形部材(鋼板)
3 成形部材(鋼板)
4 フランジ部
5 折り曲げ部
6 フランジ部
7 折り曲げ部
8 平坦な鋼板部材
9 重ね部
10 レーザートーチ
11 レーザー溶接ビード
12 予定されるレーザー溶接ビード線
13 予定されるレーザー溶接ビード線の延長線
14 Tピール試験片
15 Tピール試験体
16 母材
17 溶着金属
18 ボンド部又は熱影響部
19 亀裂、破断部
D 仮付け
S ビード始端部
E ビード終端部
Ds ビード始端部近傍の仮付け
De ビード終端部近傍の仮付け
D1〜Dn 中間部の仮付け
G1 ビード始端部からビード始端部近傍の仮付けまでの間隔
G2 ビード終端部からビード終端部近傍の仮付けまでの間隔
F1〜Fn 隣接する仮付けとの間隔
L 予定ビード長さ
d 仮付けの直径
t レーザー溶接部の幅

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板で構成される構造体の複数の鋼板を重ね合わせて形成された重ね部の最上段の鋼板の上面からレーザービームを照射して最下段の鋼板の下面までを溶融させて重ね部を溶接する鋼板の重ね部のレーザー溶接において、重ね部の予定されるレーザー溶接ビードの延長線上の始終端から30mm以内の範囲に仮付けを施し、次いでこの重ね部をレーザー溶接することを特徴とする構造体の鋼板の重ね部のレーザー溶接方法。
【請求項2】
前記仮付けが、予定されるレーザー溶接ビードの始終端上に施されることを特徴とする請求項1に記載の構造体の鋼板の重ね部のレーザー溶接方法。
【請求項3】
鋼板で構成される構造体の複数の鋼板を重ね合わせて形成された重ね部の最上段の鋼板の上面からレーザービームを照射して最下段の鋼板の下面までを溶融させて重ね部を溶接する鋼板の重ね部のレーザー溶接において、重ね部の予定されるレーザー溶接ビードの始終端の中間部において仮付けを施し、隣り合う仮付けとの間隔が100mm以内となるようにすることを特徴とする請求項1に記載の構造体の鋼板の重ね部のレーザー溶接方法。
【請求項4】
前記仮付けの直径が、ビード幅より大きいことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の構造体の鋼板の重ね部のレーザー溶接方法。
【請求項5】
前記仮付けが、スポット溶接により施されることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の構造体の鋼板の重ね部のレーザー溶接方法。
【請求項6】
前記仮付けが、機械的締結手段により施されることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の構造体の鋼板の重ね部のレーザー溶接方法。
【請求項7】
前記構造体の鋼板の重ね部が、一方の鋼板が少なくとも片側に折り曲げ部及びそれに続くフランジ部を有する鋼板であり、この一方の鋼板のフランジ部に、少なくとも片側に折り曲げ部及びそれに続くフランジ部を有する他の鋼板のフランジ部を対向させて重ね合わせて形成されたものであることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の構造体の鋼板の重ね部のレーザー溶接方法。
【請求項8】
前記構造体の鋼板の重ね部が、一方の鋼板が少なくとも片側に折り曲げ部及びそれに続くフランジ部を有する鋼板であり、この一方の鋼板のフランジ部に、平坦な他の鋼板の平坦部を重ね合わせて形成されたものであることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の構造体の鋼板の重ね部のレーザー溶接方法。
【請求項9】
前記構造体の鋼板の重ね部が、一方の鋼板が少なくとも片側に折り曲げ部及びそれに続くフランジ部を有する鋼板であり、この一方の鋼板のフランジ部に、少なくとも片側に折り曲げ部及びそれに続くフランジ部を有する他の鋼板のフランジ部を、平坦なさらに他の鋼板の平坦部を介して対向させ、重ね合わせて形成されたものであることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の構造体の鋼板の重ね部のレーザー溶接方法。
【請求項10】
前記構造体の鋼板の重ね部が、一方の鋼板が少なくとも片側に折り曲げ部及びそれに続くフランジ部を有する鋼板であり、この一方の鋼板のフランジ部に、少なくとも片側に折り曲げ部及びそれに続くフランジ部を有する他の鋼板のフランジ部を同じ方向に重ね合わせて形成されたものであることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の構造体の鋼板の重ね部のレーザー溶接方法。
【請求項11】
前記構造体の鋼板の引張強度が440MPa以上であることを特徴とする請求項1〜10のいずれか1項に記載の鋼板の重ね部のレーザー溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−178905(P2008−178905A)
【公開日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−16212(P2007−16212)
【出願日】平成19年1月26日(2007.1.26)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】