説明

鋼板の超音波探傷方法

【課題】オンラインでの連続探傷中にも、安定して高いS/Nを得ることのできる超音波探傷方法を提供する。
【解決手段】タイヤ探触子10を用いた鋼板の超音波探傷方法において、タイヤ探触子10から鋼板Sに伝送される超音波の有効ビーム幅と等しい距離を鋼板Sが移動する間に、3回以上の超音波の伝送および反射波波形データのサンプリングを行い、その3回以上のサンプリングデータの絶対値のそれぞれを1周期毎に平均処理しさらに超音波伝送方向に同一な距離で平均することにより各サンプリングデータにおけるノイズを抑制して鋼板Sにおける欠陥の位置を検出する。さらに、平均処理されたサンプリングデータを各サンプリング毎にバッファメモリに保存していき、超音波の有効ビーム幅と等しい距離を鋼板が移動する間のバッファメモリ内のサンプリングデータをバッファメモリから読み出して平均することにより、リアルタイムで欠陥データを検出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、S/Nの高いオンライン連続探傷を行うことができる鋼板の超音波探傷方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼板品質の厳格化に伴い、鋼板材質の造り込みに加えて非破壊検査による内部欠陥の確実な検出が求められている。かかる非破壊検査システムの一例として、超音波探傷装置があり、特にタイヤ探触子を使用した超音波探傷装置は鋼板の非破壊検査分野において広く用いられている。
【0003】
このタイヤ探触子は、図7に示すように、固定軸11と、この固定軸11の回りに回転自在に設けられたタイヤ12と、固定軸11に固定された超音波振動子13からなっている。超音波振動子13はタイヤ12内部に充填された、超音波の媒体としての液体に浸され、固定軸11に対して角度を遠隔で変えられるようになっている。この構成のタイヤ探触子10のタイヤ12を、検査対象、例えば薄鋼板Sの表面に接触させ、タイヤ探触子10内の超音波振動子13から超音波パルスを薄鋼板S内に送信し、薄鋼板Sの内部欠陥または板端面から反射して帰ってくる反射波を超音波振動子13で受信する。
【0004】
搬送テーブルロール(図示せず)にはパルスジェネレータが設けられており、通板中の薄鋼板S上にタイヤ12を接触させて回転させながら反射波中の欠陥エコーを計測することにより、薄鋼板Sの幅方向の各位置における欠陥部を通板方向に連続して検出できる。しかし、反射波には、欠陥エコー以外にもノイズ成分が混在しているため、反射波の単純な信号レベルの閾値判定による検出方法のみでは、微小欠陥を安定して検出することは困難である。
【0005】
特許文献1には、検査対象に対して超音波を送信し、検査対象内部の欠陥によって反射された超音波の反射エコーを検出することにより検査対象内部の欠陥を検査する超音波探傷のための超音波探傷信号処理方法において、検査対象内部を伝播した超音波を電気的な信号として受信する受信工程と、その受信工程により得られた信号のうち、超音波が検査対象の端部で反射された信号(エッジエコー)に対応する信号の振幅を制限する振幅制限工程と、その振幅制限工程を経た信号に対しSSP処理(Split Spectrum Processing)を施すSSP処理工程と、を具備する超音波探傷信号処理方法が開示されている。
【0006】
この特許文献1の超音波探傷信号処理方法では、超音波の反射波形を複数の帯域が異なるフィルターを通す分割スペクトル手法を適用することにより、S/Nを向上させており、更に、欠陥が鋼板のエッジ近傍に存在する場合、端面エコーの影響で欠陥エコーが打ち消される現象を抑制する信号処理を実施している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2000−214141号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前掲の特許文献1に記載された分割スペクトル手法は、ノイズと欠陥エコーを分別してノイズをカットすることを目的としている。しかし、ノイズを欠陥と誤認識する場合もあるため、安定して高いS/Nを得ることは難しい。
【0009】
それに対し、一般的な平均処理法はノイズを抑制する働きがあるため、安定したS/N向上が期待できる。この平均処理法を実施するには対象物を静止させた状態で、複数のデータをサンプリングすることが好ましい。しかし、鋼板の製造現場では通板しながらオンラインで連続探傷する必要があるため、製造ラインを停止して一箇所で複数のデータをサンプリングする方法は採用することができない。
【0010】
そこで本発明は、オンラインでの連続探傷中において、安定して高いS/Nを得ることのできる超音波探傷方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題を解決するため、本発明の第1の構成は、タイヤ探触子を用いて通板中の鋼板内部に超音波を伝送し、その反射波波形に基づいて鋼板内部の欠陥を検出する鋼板の超音波探傷方法において、前記タイヤ探触子から鋼板に伝送される超音波の有効ビーム幅と等しい距離を鋼板が移動する間に、3回以上の超音波の伝送および反射波波形データのサンプリングを行い、その3回以上のサンプリングデータの絶対値のそれぞれを1周期毎に平均処理し、さらにそれらの平均処理された波形データを超音波伝送方向に同一な距離で平均することにより各サンプリングデータにおけるノイズを抑制して鋼板における欠陥の位置を検出することを特徴とする。
【0012】
本発明においては、通板中の鋼板の欠陥を検出するために、タイヤ探触子を用いて超音波探傷を行う際に、タイヤ探触子から鋼板に伝送される超音波の有効ビーム幅と等しい距離を鋼板が移動する間にサンプリングした3つ以上のデータの絶対値を1周期毎に平均処理し、さらにそれらの平均処理された波形データを超音波伝送方向に同一な距離で平均することにより、ランダムなノイズ成分は抑制され、欠陥データは重ね合わされるため、S/Nが向上し、微小欠陥を安定して検出することができる。
【0013】
本発明の第2の構成では、前記平均処理された波形データを各サンプリング毎に、パルスジェネレータからの位置データと共にメモリに保存していき、前記超音波の有効ビーム幅と等しい距離を鋼板が移動する間の前記メモリ内のサンプリングデータを前記メモリから読み出して超音波伝送方向に同一な距離で平均することにより、リアルタイムで欠陥を検出することができる。
本発明の第3の構成では、前記超音波の有効ビーム幅をx、超音波の繰り返し送信周波数をF、鋼板の通板速度をVとしたときに(1)式で表わされるサンプリング数nが3以上となるように、通板速度Vを制御することを特徴とする。
n=(x/V)×F・・・(1)式
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、タイヤ探触子から鋼板に伝送される超音波の有効ビーム幅と等しい距離を鋼板が移動する間に、3回以上の超音波の伝送および反射波波形データのサンプリングを行い、その3回以上のサンプリングデータの絶対値のそれぞれを1周期毎に平均処理し、さらにそれらの平均処理された波形データを超音波伝送方向に同一な距離で平均することにより各サンプリングデータにおけるノイズを抑制して鋼板における欠陥の位置を検出するので、オンラインでの連続探傷中に、安定して高いS/Nを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実施の形態に係る鋼板のタイヤ探触子を用いた超音波探傷方法における各パラメータを示す説明図である。
【図2】本発明の実施の形態に係る鋼板の超音波探傷方法における鋼板の移動に伴う欠陥エコーレベルの説明図である。
【図3】本発明の実施の形態に係る鋼板の超音波探傷方法を実施するための信号処理装置の構成を示すブロック図である。
【図4】本発明の実施の形態に係る鋼板の超音波探傷方法の処理手順を示すフローチャートである。
【図5】本発明の実施の形態に係る鋼板の超音波探傷方法における信号処理の説明図である。
【図6】本発明の実施の形態に係る鋼板の超音波探傷方法により信号処理したオフライン試験結果を示す波形図である。
【図7】タイヤ探触子を用いた超音波探傷方法の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態を図面を用いて説明する。
図1に示すように、タイヤ探触子10を用いた超音波探傷ではタイヤ探触子10の設計上、所定の幅x、例えば約30mmの幅(有効ビーム幅)で超音波が検査対象である通板中の鋼板Sに送信される。超音波信号の繰り返し送信周波数Fを適当な値に選ぶと、検査対象内部の、ある同じ欠陥に超音波ビームが遭遇するとき、図2の(a)〜(c)に示すように、複数(n)回(本例では3)の反射波にわたって欠陥エコーデータが出現する。
【0017】
この欠陥エコーデータの生波形データ(サンプリングデータ)は、図5(a)に示すように正弦波波形の超音波が鋼板内部の欠陥や幅方向端部で反射することにより歪んだ波形となる。図の周期Tは、伝送する超音波の周期と等しい。次に、図5(b)に示すように生波形データを全波整流して正方向だけの波形、すなわち絶対値の波形とする。次に、図5(c)に示すように全波整流波形の1周期(T)毎の平均処理を行う。図5(a)〜(c)までの波形は横軸が時間であるが、反射波の時間軸は鋼板の幅方向の距離に対応している。図5(c)に示す平均処理された波形を、横軸(時間軸に対応する距離軸)を同一にして重ね合わせると、図5(d)に示すようになる。そこで、超音波伝送方向に同一な距離で重ね合わされたデータの平均値を算出すると、最もピーク値を示す箇所が欠陥位置となる(図6(d)参照)。
【0018】
このように、複数(n)回(本例では3回)の各反射波のサンプリングデータの絶対値の1周期毎の平均処理を行い、これらの超音波伝送方向に同一な距離上の平均値をとることで、波形中のランダムに変化するノイズが抑えられ、一方、欠陥エコーは各波形に出現しているので顕著になる。この処理を行うことにより、S/Nが著しく向上する。
この回数nは、有効ビーム幅をx、超音波の繰り返し送信周波数をF、薄鋼板Sの探傷速度(通板速度)をVとすると
n=(x/V)×F・・・・(1)式
で表される。nは、S/N向上の効果の点では少なくとも3回が望ましい。本実施の形態では、n=3としている。
【0019】
例えば、よく使用されるタイヤ探触子型板波超音波探傷装置では有効ビーム幅xは30mm(3×10-2m)であり、F=500Hzとすると、(1)式より探傷速度(通板速度)V=5m/s以下での運用が求められる。通常の鋼板製造工程では通板速度はV=5m/s(300m/min)以下であり、運用上問題がない。
【0020】
図3は、本発明の実施の形態に係る鋼板の超音波探傷方法を実施するための信号処理装置の構成を示すものである。図3において、信号処理装置は、タイヤ探触子10の超音波振動子13(図7参照)に超音波周波数帯の正弦波信号を送信する正弦波発生装置20と、検査対象である薄鋼板Sに送信された超音波の反射波を受信したアナログ信号をデジタル信号に変換するA/D変換部21と、その信号を全波整流する全波整流部22と、その信号を1周期毎に時間平均処理する演算部23と、薄鋼板Sの移動距離を計測するパルスジェネレータ24と、演算部23で演算された1周期毎の時間平均値をパルスジェネレータ24で計測された薄鋼板Sの移動距離(位置)に対応させて保存するバッファメモリ25と、複数回計測した反射エコーの中から、薄鋼板Sの端部から同一距離にある部分の各波形の平均処理を行う演算部26とを有している。
【0021】
次に、図3〜図6を参照して本発明の実施の形態に係る超音波探傷方法を説明する。
まず、タイヤ探触子10のタイヤ12(図7参照)を検査対象、本例では薄鋼板Sに接触させ、正弦波発生装置20から超音波振動子13(図7参照)に超音波信号(正弦波)を送信する。これにより超音波振動子13は超音波振動を発生し、その振動は薄鋼板S内に伝達される。振動は薄鋼板Sの内部の欠陥部または板端面から反射して超音波振動子13まで戻ってくる。
【0022】
図4のフローチャートにおけるステップS100では、反射波のサンプリングデータである生波形データ(図5(a)参照)およびタイヤ探触子10の通板方向位置データをパルスジェネレータ24により取得する。なお、反射波は横軸に時間を取っているが、鋼板中を伝播する音速を測定することで距離に換算できる。
【0023】
次に、ステップS110では、波形データをデジタル処理するためにA/D変換する。
次に、ステップS120では、次の平均処理のために全波整流処理を行う(図5(b)参照)。
ステップS130では、波形データを送信周波数の1周期T毎に平均処理を行う(図5(c)参照)。
【0024】
ステップS140では、平均化処理したデータをバッファメモリ25(図3参照)に保存する。波形データは超音波探傷のための超音波信号の繰り返し送信周波数Fで次々と受信されるので、バッファメモリ25に逐次保存されていく。図4のフローチャートでは、通板方向の30mm分(タイヤ探触子10から伝送される超音波の有効ビーム幅分)の波形データが逐次、蓄積、更新されている状態を示している。
【0025】
ステップS150では、バッファメモリ25内の通板方向位置データの差分が30mm以下かどうかを判定する。YESの場合、すなわち全データが30mm以内の分のデータであれば、ステップS160で全波形データを重ね合わせ、時間的に等しい距離の波形部分(図5(c)のグラフの横軸が同じ位置)の各データを平均する(図5(d)参照)。ステップS150でNOの場合、すなわち全データが30mmを超えておれば、バッファメモリ25内のデータのうち、最も古いデータを消去し、その後、ステップS150に進む。
なお、本例では、有効ビーム幅を超えるデータは逐次消去するようにしているが、平均処理された波形データを各サンプリング毎に、パルスジェネレータからの位置データと共にメモリに保存していき、超音波の有効ビーム幅と等しい距離を鋼板が移動する間のメモリ内のサンプリングデータをメモリから読み出して超音波伝送方向に同一な距離で平均するようにしてもよい。
【0026】
<実施例>
オフラインで、直径0.2mmの貫通穴を開けた鋼板(鋼板厚み2.7mm)に対して、探傷周波数2.25MHzで実際に探傷データを取得して前記信号処理をしたところ、S/Nが最大で4.0dB向上した。
図6はそのデータを示すものであり、(a),(b),(c)の3つの生波形データ(全波整流後)を1周期毎に平均化して各データを超音波伝送方向に同一な距離において平均したところ、(d)に示すように、ノイズに比べて欠陥部が顕著に表れるデータが得られた。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明は、オンラインの連続探傷中に、安定して高いS/Nを得ることのできる超音波探傷方法として、通常品質の鋼板はもちろん、品質厳格の鋼板において好適に利用することができる。
【符号の説明】
【0028】
10 タイヤ探触子
11 固定軸
12 タイヤ
13 超音波振動子
20 正弦波発生装置
21 A/D変換部
22 全波整流部
23 演算部
24 パルスジェネレータ
25 バッファメモリ
26 演算部
S 薄鋼板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タイヤ探触子を用いて通板中の鋼板内部に超音波を伝送し、その反射波波形に基づいて鋼板内部の欠陥を検出する鋼板の超音波探傷方法において、
前記タイヤ探触子から鋼板に伝送される超音波の有効ビーム幅と等しい距離を鋼板が移動する間に、3回以上の超音波の伝送および反射波波形データのサンプリングを行い、その3回以上のサンプリングデータの絶対値のそれぞれを1周期毎に平均処理し、さらにそれらの平均処理された波形データを超音波伝送方向に同一な距離で平均することにより各サンプリングデータにおけるノイズを抑制して鋼板における欠陥の位置を検出することを特徴とする鋼板の超音波探傷方法。
【請求項2】
前記平均処理された波形データを各サンプリング毎に、パルスジェネレータからの位置データと共にメモリに保存していき、前記超音波の有効ビーム幅と等しい距離を鋼板が移動する間の前記メモリ内のサンプリングデータを前記メモリから読み出して超音波伝送方向に同一な距離で平均することにより、リアルタイムで欠陥を検出することを特徴とする請求項1記載の鋼板の超音波探傷方法。
【請求項3】
前記超音波の有効ビーム幅をx、超音波の繰り返し送信周波数をF、鋼板の通板速度をVとしたときに(1)式で表わされるサンプリング数nが3以上となるように、通板速度Vを制御することを特徴とする請求項1または2に記載の鋼板の超音波探傷方法。
n=(x/V)×F・・・(1)式

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図7】
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【図1】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−220898(P2011−220898A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−91700(P2010−91700)
【出願日】平成22年4月12日(2010.4.12)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】