説明

鋼構造物の使用限界予測方法

【課題】所定の小型試験片を用いた引張試験を行うことによって、溶接熱影響部に欠陥を有する鋼構造物の、安全性と経済性の両立が図られた使用限界予測方法を提供する。
【解決手段】鋼構造物と同じ材質及び同じ板厚で、前記鋼構造物に発生した欠陥と同じ寸法の切欠を付与した小型試験片を用い、該小型試験片に再現熱サイクルを付加した後に引張試験を行い、得られた延性亀裂長さΔa及び局所くびれ量Rと、前記小型試験片の初期の板厚と初期欠陥深さとの差tとから有効延性破壊パラメータαeffを算出した後、該有効延性破壊パラメータαeffと、有効開口変位δeffとの関係から、延性破壊抵抗曲線を導出し、得られた延性破壊抵抗曲線における有効延性破壊パラメータαeffの値が、1.0に達するときの有効開口変位δeffを前記限界有効開口変位と定めることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼構造物の使用限界予測方法、特に、地震地帯や不連続凍土地帯等の大きな外力によって延性破壊が想定される高強度鋼管等の鋼構造物についての使用限界予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、パイプラインをコストダウンするため、例えば、特許文献1〜3に開示されているように、API規格でX80やX100グレードの高強度鋼管が用いられている。一般的に、鋼管は高強度であることに加えて、不安定破壊特性としての脆性破壊特性と、延性的な不安定破壊特性である不安定延性破壊特性とを備えることが重要とされている。
【0003】
また、天然ガスパイプラインの敷設は地震地帯や凍土地帯まで拡大しており、これら地域に敷設されるパイプラインについては、地盤変動による外力で大きな塑性変形が発生するおそれがある。塑性変形を受けたパイプラインは、溶接部等の溶接熱影響部に潜在する欠陥から発生する延性亀裂が進展し、不安定延性破壊を生じることがある。該延性破壊については、介在物などからのボイド発生、成長、それらの連結過程であるため、その過程において鋼管の板厚を貫通して内容物が漏れる(「リーク」ともいう。)危険性が指摘されている。
【0004】
そのため、鋼管に一旦欠陥が発生した場合、安全性の観点から欠陥発生部分の鋼管を修理又は交換することが通常である。しかしながら、実際には鋼管の一部に欠陥が発生した場合においても、延性破壊によって欠陥が鋼管の板厚を貫通するまでの一定期間は使用することが可能であることから、設備の有効利用の観点からは、鋼管に欠陥が発生した後も、内容物がリークしない範囲内で鋼管の使用を継続ことが望ましく、鋼管等の鋼構造物の使用限界を予測できる技術の開発が望まれている。
【0005】
ここで、非特許文献1は、高強度鋼管の溶接熱影響部の延性破壊クライテリオンに関するものであり、X80及びX100グレード高強度鋼管の母材及び円周溶接継手の延性破壊挙動を切欠丸棒試験片と表面切欠付広幅試験片によって調査する技術が開示されている。母材及び円周溶接継手に共通して、切欠丸棒試験片で得られた亀裂発生限界歪み(限界相当の塑性歪み)に、表面切欠付広幅試験片のノッチ先端歪が達したときに延性亀裂が発生することから、限界相当塑性歪が試験片サイズに依存しない破壊クライテリオンとして有効であることが述べられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】WO2005/108636
【特許文献2】特開2006−257499号公報
【特許文献3】特許第3770106号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】石川信行、遠藤茂、伊木聡 「高強度ラインンパイプ円周溶接部の延性破壊クライテリオンと歪ベース設計」、溶接学会論文集 第23巻 第2号 p.311−318、2005年
【非特許文献2】Huang Tang、Mario Macia、Karel Minnaar、Paulo Gioielli、Sandeep Kibey、Doug Fairchild「Development of the SENT Test for Strain-Based Design of Welded Pipelines」、Proceedings of the 8thInternational Pipeline Conference(IPC2010)、IPC2010-31590、2010年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上述したように、パイプライン等内圧がかかる鋼構造物の場合、欠陥部などの応力集中部から延性亀裂が発生した場合であっても、亀裂が進展して板厚を貫通するまではリークが発生しないことから、延性破壊の初期段階である微小延性亀裂が発生したことに基づいて使用限界を予測する非特許文献1の技術では、鋼構造物の使用限界が過度に安全な設計となり、経済性の点からは十分とはいえなかった。
【0009】
さらに、パイプライン中の溶接熱影響部における延性亀裂進展挙動についても、通常の鋼管部分と同様に把握でき、該周溶接部の使用限界を予測できる方法が望まれていた。
【0010】
本発明は、上記問題に鑑み開発されたものであって、小型試験片を利用することによって、周溶接部等の溶接熱影響部に欠陥を有する鋼構造物の、安全性と経済性とを両立させた使用限界予測方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
鋼構造物の溶接熱影響部に発生した欠陥が、延性破壊によって該鋼構造物の板厚を貫通するときの有効開口変位である限界有効開口変位を検出することで、前記鋼構造物の使用限界を予測する方法について、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた。
その結果、前記鋼構造物と同じ材質及び同じ板厚で、前記鋼構造物に発生した欠陥と同じ寸法の切欠を付与した小型試験片を用い、該小型試験片に溶接条件に応じた再現熱サイクルを付加した後に引張試験を行い、得られた各パラメータから延性破壊抵抗曲線を導出し、有効延性破壊パラメータαeffの値が、所定値に達するときの有効開口変位δeffを前記限界有効開口変位と定めることにより、上記課題を解決できることを見出した。
【0012】
本発明は、上記知見に基づき開発されたもので、その要旨構成は以下の通りである。
(1)鋼構造物に発生した欠陥が、延性破壊によって該鋼構造物の板厚を貫通するときの有効開口変位である限界有効開口変位を検出することで、前記鋼構造物の使用限界を予測する方法であって、前記鋼構造物と同じ材質及び同じ板厚で、前記鋼構造物に発生した欠陥と同じ寸法の切欠を付与した小型試験片を用い、該小型試験片に溶接で想定される熱履歴を再現した再現熱サイクルを付加した後に引張試験を行い、得られた延性亀裂長さΔa及び局所くびれ量Rと、前記小型試験片の初期の板厚と初期欠陥深さとの差tとから、下記式(1)に基づき有効延性破壊パラメータαeffを算出し、ついで、該有効延性破壊パラメータαeffと、測定した有効開口変位δeffとの関係から、下記式(2)の延性破壊抵抗曲線を導出し、得られた延性破壊抵抗曲線における有効延性破壊パラメータαeffの値が、1.0に達するときの有効開口変位を前記限界有効開口変位と定めることを特徴とする鋼構造物の使用限界予測方法。

αeff=(Δa+R)/t ・・・(1)
Δa:延性亀裂長さ、R:局所くびれ量、t:初期の板厚と初期欠陥深さの差
δeff=aαeff ・・・(2)
δeff:有効開口変位、αeff:式(1)で示される有効延性破壊パラメータ、a,b:材料定数
(2)前記小型試験片が、DNV-RP-F108に準拠したSENT(Single edge notched tension)試験片であることを特徴とする上記(1)に記載の鋼構造物の使用限界予測方法。
(3)前記再現熱サイクルが、溶接で想定される熱履歴を試験片に加えることを特徴とする上記(1)に記載の鋼構造物の使用限界予測方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、溶接熱影響部に欠陥を有する鋼構造物について、安全性と経済性とを両立させた上で、その使用限界を予測することができる。
【0014】
具体的には以下の効果を奏する。
(1)内圧のかかる構造物がリークへ至るまでに許容できる外力(変形量)について、実構造物を用いなくとも高い精度で予測できるので、当該構造物の使用条件を容易に判別できる。
(2)鋼構造物に作用する外力(変形量)が決定している場合、当該構造物に許容できる欠陥寸法も簡易に予測できるので、欠陥の補修可否の検討等メンテナンスにも活用でき鋼構造物の長寿命化及び維持コストの低減を実現できる。
(3)特に、鋼構造物に周溶接部に欠陥が発生した場合であっても、再現熱サイクルを付加した小型試験片を用いることによって、使用限界を把握することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】有効開口変位(δeff)、延性亀裂長さ(Δa)及び局所くびれ量(R)を説明するために、欠陥を付与した試験片に引張試験を行ったときの断面を模式的に示した図である。
【図2】(a)は、有効延性破壊パラメータ(αeff)と欠陥の有効開口変位(δeff)との関係(延性破壊抵抗曲線)を示したグラフであり、(b)は、(a)における有効延性破壊パラメータ(αeff)が1.0のときの有効開口変位(δeff)を限界有効開口変位として、計算により求めた構造物に作用する外力(変形量)と欠陥の有効開口変位との関係を示した図である。
【図3】鋼構造物に発生する表面欠陥の形状と各パラメータの測定方法を説明するための図である。
【図4】実施例及び比較例に用いられる小型試験片に付与した再現熱サイクルを説明するための図である。
【図5】限界有効開口変位を決定した有効延性破壊パラメータの値と、当該有効延性破壊パラメータの値による限界有効開口変位を用いて求めた予測値と前述の実験値の誤差(%)の関係を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を、図面を用いて具体的に説明する。
本発明は、鋼構造物に発生した欠陥が、延性破壊によって該鋼構造物の板厚を貫通するときの有効開口変位である限界有効開口変位を検出することで、前記鋼構造物の使用限界を予測する方法である。
【0017】
図1は、切欠(初期欠陥)10を付与した小型試験片に対し引張試験を行ったときの断面の状態を模式的に示した図である。同図において、1は小型試験片、10は切欠(初期欠陥)、20は延性亀裂、30は局所くびれを示す。
また、前記有効開口変位δeffとは、図1に示すように、切欠(初期欠陥)10の先端における欠陥長さ方向の垂直線に対して左右45°、つまり欠陥10の先端から90°に引いた線(破線)が、切欠10の両壁と交わる二点間の変位のことをいう。具体的には、切欠表面に取り付け高さが異なる2つのクリップゲージ変位から切欠部分の変位量を算出するダブルクリップゲージ法(非特許文献2を参照。)よって測定することができる。
【0018】
また、前記限界有効開口変位とは、前記鋼構造物に生じた欠陥の延性破壊によって、前記鋼構造物の板厚を貫通するときの、前記有効開口変位δeffのことをいう。
【0019】
ここで、本発明者らは、鋼構造物の安全性と経済性とを両立させた使用限界を予測するという課題を解決するべく、表面欠陥を有する鋼構造物が内圧下で軸方向に変形を受けたときの延性亀裂進展挙動について、綿密な検討を行った結果、以下の知見を得た。
(a)鋼構造物の延性亀裂の進展挙動は延性亀裂20が切欠最深部10aから発生した後、厚さ方向に進展し、最終的に鋼構造物の板厚を貫通することで内容物のリークへと至る。
(b)図1に示すように、延性亀裂20が進展する部位では、同時に鋼構造物の厚さ方向に局所くびれ30が生じて鋼構造物の肉厚が減少し、より貫通し易くなる。
(c)特に、延性亀裂長さΔa及び局所くびれ量Rによって式(2)に基づいて算出される有効延性破壊パラメータαeffが、1.0になるとき延性亀裂20の進展量Δa及び局所くびれ量Rが急激に大きくなり、延性亀裂20が鋼構造物を貫通し、リークへと至る。そのため、有効延性破壊パラメータαeffを指標として1.0に設定することで、鋼構造物の限界有効開口変位を検出することができ、その結果、内圧のかかる鋼構造物の使用限界(リーク発生点)を予測することができる。
(d)前記鋼構造物の延性亀裂進展挙動については、図1に示すように、小型試験片1を用いた引張試験における延性亀裂進展挙動として再現が可能となる。
(e)また、特に周溶接部分に欠陥を有する鋼構造物の延性亀裂進展挙動を予測する場合には、小型試験片に再現熱サイクルを付加した後、所定の引張試験を行うことによって再現が可能となる。
【0020】
そして、上記の知見に立脚した本発明に従う鋼構造物の使用限界予測方法は、前記鋼構造物と同じ材質及び同じ板厚で、前記鋼構造物に発生した欠陥と同じ寸法の切欠を付与した小型試験片を用い、該小型試験片に再現熱サイクルを付加した後に引張試験を行い、得られた延性亀裂長さΔa及び局所くびれ量Rと、前記小型試験片の初期の板厚と初期欠陥深さとの差tとから、下記式(1)に基づき有効延性破壊パラメータαeffを算出し、さらに該有効延性破壊パラメータαeffと、有効開口変位δeffとの関係から、下記式(2)の延性破壊抵抗曲線を導出し、得られた延性破壊抵抗曲線における有効延性破壊パラメータαeffの値が、1.0に達するときの有効開口変位を前記限界有効開口変位と定めることを特徴とする。

αeff=(Δa+R)/t ・・・(1)
Δa:延性亀裂長さ、R:局所くびれ量、t:初期の板厚と初期欠陥深さの差
δeff=aαeff ・・・(2)
δeff:有効開口変位、αeff:式(1)で示される有効延性破壊パラメータ、a,b:材料定数
【0021】
上記の構成とすることで、本発明は、前記試験片1に溶接熱影響部の延性亀裂進展挙動を再現することが可能となり、さらに、図2(a)及び(b)に示すように、式(1)から前記有効延性破壊パラメータαeffと、有効開口変位有効開口変位δeffとの関係(延性破壊抵抗曲線)を導き出すことができ、その延性破壊抵抗曲線における有効延性破壊パラメータαeffが1.0のときの有効開口変位δeffが限界有効開口変位となること(図1(a))によって、限界有効開口変位に達する際の外力を把握することが可能となる(図2(b))結果、溶接熱影響部に欠陥を有する鋼構造物について、安全性と経済性の両立を図りつつ、その使用限界を予測することができるのである。
【0022】
次に、本発明の引張試験及び延性破壊抵抗曲線について説明する。
(引張試験)
本発明では、所定の小型試験片を用い、該小型試験片に再現熱サイクルを付加した後に引張試験を行う。
【0023】
ここで、前記小型試験片とは、前記鋼構造物の延性亀裂進展挙動を再現するために用いられる、小サイズの試験材料片のことである。周溶接部分等の溶接熱影響部の延性亀裂進展挙動を精度良く再現するために、前記鋼構造物と同じ材質及び同じ板厚とする必要がある。
【0024】
また、前記小型試験片は、DNV-RP-F108に準拠したSingle edge notched tension試験片であることが好ましい。欠陥寸法や負荷様式がパイプライン等の構造物に想定されるものに近くSingle edge notched tension試験片と構造物の延性亀裂進展挙動は良く一致するからである。
【0025】
前記小型試験片には、図1に示すように、鋼構造物に発生した擬似的な初期欠陥を再現するため、前記鋼構造物に発生した欠陥と同じ寸法の切欠10を付与する。この切欠10の付与については、前記鋼構造物に発生した欠陥と同じ寸法であれば特に限定はされず、種々の方法によって前記小型試験片に付与することが可能である。
【0026】
前記小型試験片には、前記鋼構造物の溶接熱影響部の延性亀裂進展挙動を再現するため、再現熱サイクルを付加する必要がある。この再現熱サイクルは、前記鋼構造物に付加された熱サイクルと同じ熱サイクルのことを意味し、例えば、前記鋼構造物が鋼管である場合には、鋼管の溶接時に付加された熱サイクルと同じ条件の再現熱サイクルを前記小型試験片にかける必要がある。
【0027】
また、前記再現熱サイクルが、溶接の800℃から500℃までの冷却速度を再現した熱サイクル試験であることが好ましい。溶接熱影響部の組織や強度特性を決定する主要因が800℃から500℃までの冷却速度であるからである。
【0028】
前記小型試験片の引張試験については、前記小型試験片に付与した切欠(初期欠陥)による延性破壊を発生させることができるものであれば、その試験条件について特に限定はされない。例えば、厚さ:14mm、幅:28mm、長さ:220mmの鋼板に、先端半径:0.1mmの片側貫通切欠を有する試験片を作製し、その両端をつかみ引張速度1mm/secで引張を行うことで、前記小型試験片の引張試験を行うことができる。
【0029】
(延性破壊抵抗曲線)
本発明では、引張試験によって得られた各パラメータから、図2(a)に示したような延性破壊抵抗曲線を導出し、該延性破壊抵抗曲線における有効延性破壊パラメータαeffの値が、1.0に達するときの有効開口変位δeffを前記限界有効開口変位と定める。
【0030】
前記延性破壊曲線を得るためには、まず、前記小型試験片の引張試験によって得られた延性亀裂長さΔa及び局所くびれ量Rと、前記小型試験片の初期の板厚と初期欠陥深さとの差tとから、次式(1)に基づき有効延性破壊パラメータαeffを算出する。
αeff=(Δa+R)/t ・・・(1)
Δa:延性亀裂長さ、R:局所くびれ量、t:初期の板厚と初期欠陥深さの差
【0031】
前記延性亀裂長さΔaとは、図1に示したように、初期欠陥10から進展した亀裂20の小型試験片の板厚方向に沿った長さのことである。前記局所くびれ量Rとは、図1に示したように、前記小型試験片の引張試験を行った際に前記初期欠陥10とは反対の方向から小型試験片の板厚が減少する局所くびれ30の小型試験片の板厚方向に沿った長さのことである。前記小型試験片の初期の板厚と初期欠陥(切欠)深さとの差tとは、図1に示したように、前記小型試験片1の局所くびれ30が生じていない部分の板厚Tから前記初期欠陥10の深さaを引いた値(T−a)のことである。
【0032】
なお、前記前記亀裂長さΔa、局所くびれ量R、前記小型試験片の初期の板厚と初期欠陥深さとの差t及び有効開口変位δeffの各パラメータの測定に際し、図1に示したような形状の欠陥であるとは限らない。そのため、図3に示すように、種々の形状の欠陥について(図3(a)及び(b))、WES2805に準拠して特性化した欠陥寸法を有する半楕円形状の欠陥(図3(c)に置き換えて各パラメータの測定を行っている。
【0033】
その後、算出した有効延性破壊パラメータαeffと、引張試験によって得られた有効開口変位δeffとの関係から、次式(2)の延性破壊抵抗曲線を導出する。
δeff=aαeff ・・・(2)
δeff:有効開口変位、αeff:式(1)で示される有効延性破壊パラメータ、a,b:材料定数
【0034】
前記延性破壊曲線の導出方法としては、特に限定はされないが、例えば、種々の負荷レベルの引張試験を行う方法が挙げられる。具体的には、同じ条件の小型試験片1を複数用意して、種々の負荷レベルで引張試験を行う。その後、各負荷レベルにおいて有効開口位δeffを測定し、有効延性破壊パラメータαeffを算出することで、延性破壊曲線(式(2))の形へと近似を行う方法である。
【0035】
また、本発明では、有効延性破壊パラメータαeffの値が1.0に達するときの有効開口変位δeffを前記限界有効開口変位と定めるが、その理由としては、有効延性破壊パラメータが1.0に達する時に切欠から生じた延性亀裂が板厚を貫通するため、有効延性破壊パラメータαeffの値が1.0に達するときの有効開口変位δeffが限界有効開口変位に最も近づくからである。
【0036】
そして、本発明では、得られた限界有効開口変位の値に基づいて、鋼構造物の使用限界、つまり図2(b)に示すように、鋼構造物に作用する外力の限界の予測が可能となる。使用限界の予測方法については、得られた限界有効開口変位の値に基づいて予測される方法であれば特に限定はされず、種々の方法によって予測可能である。
例えば、三次元弾性有限要素解析によって欠陥を有する構造物の有効開口変位と構造物の軸方向作用歪の関係を求めることができ、得られた有効開口変位が限界有効開口変位に達するときの鋼構造物の軸方向作用歪みを鋼構造物の使用限界として予測する方法を用いることができる。
【実施例】
【0037】
次に、実施例及び比較例により本発明の効果を説明するが、本実施例はあくまで本発明を説明する一例に過ぎず、本発明を限定するものではない。
【0038】
(実施例1)
操業圧力が22.4MPa、鋼管サイズがφ508×14.3tであり、表1に示す周方向表面欠陥を有するパイプラインが軸方向に大変形(延性破壊)を受けたときの、パイプラインの使用限界について予測を行った。
【0039】
(I)まず、小型試験片として、パイプラインに用いられる鋼管と同じ材質及び同じ板厚を有し、パイプラインに生じた欠陥(表1)と同じ寸法の切欠を付与した小型試験片(厚さ:14mm、先端半径:0.1mm、幅:28mm、長さ:220mm)を7つ用意し、それぞれについて図4に示す再現熱サイクルを付加した。
(II)再現熱サイクル付与後、各小型試験片に対して引張試験を行った。引張試験については試験片ごとに異なる引張負荷レベルで引張途中除荷試験を行った。
(III)その後、除荷した試験片の中央断面を観察して、図1に示すように、各パラメータ(延性亀裂長さΔa、局所くびれ量R、小型試験片の初期の板厚と初期欠陥深さとの差t及び有効開口変位δeff)の測定を行い、得られたパラメータから、次式(1)に基づき有効延性破壊パラメータαeffを算出した。

αeff=(Δa+R)/t ・・・(1)
Δa:延性亀裂長さ、R:局所くびれ量、t:初期の板厚と初期欠陥深さとの差
(IV)その後、各試験片についての、有効延性破壊パラメータαeffと、有効開口変位δeffとの関係から、次式(2)の延性破壊抵抗曲線を導出した。
δeff=aαeff ・・・(2)
δeff:有効開口変位、αeff:式(1)で示される有効延性破壊パラメータ、a,b:材料定数(本実施例では1.7、0.42)
(V)そして、得られた延性破壊抵抗曲線における有効延性破壊パラメータαeffの値が、1.0に達するときの有効開口変位δeffを前記限界有効開口変位と定め、パイプラインを再現した三次元弾塑性有限要素解析(解析コードは、汎用の解析コードであるABAQUS Standard Ver.6.7を使用。)を用い、定めた限界有効開口変位に達するときの軸方向の作用歪みを、評価パイプラインの使用限界と予測した。
【0040】
(実施例2)
評価パイプラインに生じた欠陥及び小型試験片に付与した切欠のサイズが異なること(表1を参照。)以外は、実施例1と同様の条件によって、評価パイプラインの使用限界を予測した。
【0041】
(評価)
予測結果の妥当性を検証するため、前記評価パイプラインについて実際に軸方向引張試験を行い、リークが発生する際の軸方向作用歪みを測定し、各実施例で予測した軸方向作用歪みと比較した。測定結果を表1に示す。
【0042】
【表1】

【0043】
表1の結果から、実施例1及び2の方法によって得られたリーク発生歪みの値と、実測したリーク発生歪みの値は近似しており、精度良く鋼構造物の使用限界の予測が行われていることがわかった。
【0044】
(評価2)
また、有効延性破壊パラメータαeffの影響を調べるため、各実施例について、有効延性破壊パラメータαeffが1.0、0.95、0.90、0.85、0.80に達したときの有効開口変位δeffを限界有効変位と定めた場合と、実際にリークが発生する際の限界有効変位との間の誤差を図5に示す。
【0045】
図5の結果から、有効開口変位δeffが限界有効開口変位となるときの有効延性破壊パラメータαeffの値を1.0に設定することで、誤差なく鋼構造物の使用限界予測を行うことができることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明によれば、高い精度での溶接熱影響部に欠陥を有する鋼構造物の使用限界予測が可能となるため、安全性に加えて経済性の点からも極めて有用である。
【符号の説明】
【0047】
1 小型試験片
10 切欠、初期欠陥
20 延性亀裂
30 局所くびれ
初期欠陥深さ
Δa 延性亀裂長さ
局所くびれ量
t 初期の板厚と初期欠陥深さとの差
T: 初期の板厚
δeff 有効開口変位

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼構造物の溶接熱影響部に発生した欠陥が、延性破壊によって該鋼構造物の板厚を貫通するときの有効開口変位である限界有効開口変位を検出することで、前記鋼構造物の使用限界を予測する方法であって、
前記鋼構造物と同じ材質及び同じ板厚で、前記鋼構造物に発生した欠陥と同じ寸法の切欠を付与した小型試験片を用い、該小型試験片に再現熱サイクルを付加した後に引張試験を行い、
得られた延性亀裂長さΔa及び局所くびれ量Rと、前記小型試験片の初期の板厚と初期欠陥深さとの差tとから、下記式(1)に基づき有効延性破壊パラメータαeffを算出し、ついで、該有効延性破壊パラメータαeffと、有効開口変位δeffとの関係から、下記式(2)の延性破壊抵抗曲線を導出し、得られた延性破壊抵抗曲線における有効延性破壊パラメータαeffの値が、1.0に達するときの有効開口変位δeffを前記限界有効開口変位と定めることを特徴とする鋼構造物の使用限界予測方法。

αeff=(Δa+R)/t ・・・(1)
Δa:延性亀裂長さ、R:局所くびれ量、t:初期の板厚と初期欠陥深さとの差
δeff=aαeff ・・・(2)
δeff:有効開口変位、αeff:式(1)で示される有効延性破壊パラメータ、a,b:材料定数
【請求項2】
前記小型試験片が、DNV-RP-F108に準拠したSENT(Single edge notched tension)試験片であることを特徴とする請求項1に記載の鋼構造物の使用限界予測方法。
【請求項3】
前記再現熱サイクルが、溶接の800℃から500℃までの冷却速度を再現した熱サイクル試験であることを特徴とする請求項1に記載の鋼構造物の使用限界予測方法。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate