錫含有物からの錫除去方法
【課題】錫を簡易に除去することが可能な錫含有物からの錫除去方法を提供すること。
【解決手段】錫含有物から錫を除去する方法であって、錫含有物から酸溶液を用いて錫をpHが2以下で浸出する浸出工程と、浸出液中の錫を還元剤によって還元する還元工程と、を含む。還元工程は、第一錫イオン(Sn2+)が金属錫(Sn)に還元される際の標準電極電位を越え、第二錫イオン(Sn4+)が第一錫イオン(Sn2+)に還元される際の標準電極電位未満の標準電極電位を有する還元剤を使用する。
【解決手段】錫含有物から錫を除去する方法であって、錫含有物から酸溶液を用いて錫をpHが2以下で浸出する浸出工程と、浸出液中の錫を還元剤によって還元する還元工程と、を含む。還元工程は、第一錫イオン(Sn2+)が金属錫(Sn)に還元される際の標準電極電位を越え、第二錫イオン(Sn4+)が第一錫イオン(Sn2+)に還元される際の標準電極電位未満の標準電極電位を有する還元剤を使用する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、錫含有物からの錫除去方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、鉄屑を溶解して鋼を製造する際に発生する製鋼煙灰には、鉄の他に亜鉛や鉛が含まれている。このため、製鋼煙灰は、通常、図12に示すように、コークスと共に溶鉱炉や回転炉等の加熱炉1で加熱することによって亜鉛及び鉛を揮発させ、不揮発性の鉄と分離して亜鉛及び鉛を回収している。この場合、鉄と分離された亜鉛と鉛の回収物である粗酸化亜鉛は、塩素等のハロゲン成分を多く含むことから、そのまま亜鉛精錬原料として使用することができない。そこで、粗酸化亜鉛は、ロータリーキルン(RK)2で焙焼することによって塩素分を除去し(脱ハロゲン処理)、酸化亜鉛からなるRK処理鉱となり、主に湿式亜鉛製錬の原料となる。この焙焼処理では、揮発した亜鉛,鉛,カドミウム及びアルカリ金属の塩化物を含有する煙灰が副産物として捕集される。
【0003】
この塩化物を含有する煙灰は、図12に示すように、湿式集塵装置3へ送られ、大気圧条件下において水を加えてスラリー化される。その後、スラリーを硫酸又は塩酸にてpH2〜4に調整することにより、亜鉛とカドミウムが浸出され、鉛及びアルカリ金属の塩化物は固体となって沈殿する。そして、スラリーは、シックナー4で濃縮された後、ろ過装置5で固液分離される(例えば、特許文献1参照)。このとき、固液分離された亜鉛とカドミウムの浸出液は、鉛及び鉄が少なく亜鉛化合物製造用の原料として使用できる。また、沈殿した鉛成分等の固体は、再度水でスラリー化し、pH8〜10のアルカリ水溶液で処理して水酸化鉛又は炭酸鉛を主成分とする鉛化合物(Pb滓)とされる(例えば、特許文献1参照)。この鉛化合物(Pb滓)は、鉛原料の一部としてISP炉6へ供給することによって鉛原料と共用される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平09−142842号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、近年は、鉄屑原料として様々なリサイクル原料が使用されるようになった。このため、亜鉛と鉛の回収物である粗酸化亜鉛に錫(Sn)が含まれることから、焙焼処理の副産物である塩化物含有煙灰にも錫(Sn)が含まれるようになってきた。従って、特許文献1に開示された上述の処理方法によって塩化物含有煙灰を処理すると、得られるPb滓中にも錫が混入する。このため、錫が混入したPb滓をISP炉で鉛原料と共用すると、製品として得られる金属Znの品質が低下してしまうという問題があった。
【0006】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、錫を簡易に除去することが可能な錫含有物からの錫除去方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述した課題を解決し、目的を達成するために、本発明の錫含有物からの錫除去方法は、前記錫含有物から酸溶液を用いて錫をpHが2以下で浸出する浸出工程と、浸出液中の錫を還元剤によって還元する還元工程と、を含むことを特徴とする。
【0008】
また、本発明の錫含有物からの錫除去方法は、上記の発明において、前記還元工程は、第一錫イオン(Sn2+)が金属錫(Sn)に還元される際の標準電極電位を越え、第二錫イオン(Sn4+)が第一錫イオン(Sn2+)に還元される際の標準電極電位未満の標準電極電位を有する還元剤を使用することを特徴とする。
【0009】
また、本発明の錫含有物からの錫除去方法は、上記の発明において、前記還元剤は、金属鉛又は水素ガスであることを特徴とする。
【0010】
また、本発明の錫含有物からの錫除去方法は、上記の発明において、前記還元工程は、不活性雰囲気中で行うことを特徴とする。
【0011】
また、本発明の錫含有物からの錫除去方法は、上記の発明において、前記還元工程は、浸出液中の塩素イオン濃度を1モル/リットル以上とすることを特徴とする。
【0012】
また、本発明の錫含有物からの錫除去方法は、上記の発明において、前記還元工程は、浸出液中のフッ素イオン濃度を0.01モル/リットル以上とすることを特徴とする。
【0013】
また、本発明の錫含有物からの錫除去方法は、上記の発明において、前記浸出工程と前記還元工程とを並行して行うことを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、錫含有物から酸溶液を用いて錫をpHが2以下で浸出する浸出工程と、浸出液中の錫を還元剤によって還元する還元工程とを含むので、錫を簡易に除去することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、本発明の錫含有物からの錫除去方法の実施の形態1を説明するフローチャートである。
【図2】図2は、浸出液のpHによる第一錫イオン(Sn2+)の存在濃度を説明する図である。
【図3】図3は、煙灰の浸出液に存在する酸化第二錫(SnO2)、第一錫イオン(Sn2+)及び金属錫の関係と、Sn(IV)の酸化物である酸化第二錫(SnO2)を還元する際に浸出液中で生ずる反応を説明する反応式を示している図である。
【図4】図4は、還元の際に、浸出液中の塩素イオン濃度を1モル/リットル以上とする理由を説明する図である。
【図5】図5は、還元の際に、浸出液中のフッ素イオン濃度を0.01モル/リットル以上とする理由を説明する図である。
【図6】図6は、錫の浸出と還元とを別工程とした場合の硫酸鉛(PbSO4)滓中の錫(Sn)の含有率(%)の経時変化に関する実施例1の結果を示す図である。
【図7】図7は、本発明の錫含有物からの錫除去方法の実施の形態2を説明するフローチャートである。
【図8】図8は、錫の浸出と還元とをとを同時に行う場合の硫酸鉛(PbSO4)滓中の錫(Sn)の含有率(%)の経時変化に関する実施例2の結果を示す図である。
【図9】図9は、錫を還元する際の雰囲気の違いによる影響の測定結果を示す図である。
【図10】図10は、還元剤として鉛粉末を用いた場合の錫の還元能力の測定結果を示す図である。
【図11】図11は、還元剤として亜鉛粉末を用いた場合の錫の還元能力の測定結果を示す図である。
【図12】図12は、鉄屑を溶解して鋼を製造する際に発生する製鋼煙灰から錫含有物としての煙灰を取り出し、鉛滓を取り出す従来の処理方法を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、図面を参照して本発明の錫含有物からの錫除去方法の実施の形態を詳細に説明する。本発明は、図12において湿式集塵装置3で煙灰に水を加えたスラリーから錫を硫酸浸出し、浸出液を還元する1点鎖線で囲んだ部分Aに関する改良に係るものである。なお、この実施の形態によりこの発明が限定されるものではない。
【0017】
(実施の形態1)
図1は、本発明の錫含有物からの錫除去方法の実施の形態1を説明するフローチャートである。実施の形態1においては、先ず、製鋼煙灰から除去された酸化鉱を焙焼した際に生ずる塩化物を含有する煙灰(以下、単に「煙灰」という)から硫酸溶液を用いて錫をpH2以下で浸出する(ステップS10)。これにより、煙灰に含まれる錫,亜鉛,カドミウム及びアルカリ金属の塩化物が硫酸溶液中に溶け出す一方、硫酸鉛(PbSO4)が沈殿する。
【0018】
次に、図1に示すように、還元剤によって浸出液中の錫を還元する(ステップS12)。これにより、酸に不溶の酸化第二錫(SnO2)が第一錫イオン(Sn2+)に還元される。
【0019】
ここで、煙灰中の錫は、塩化第一錫(SnCl2)として生ずるが、大気中では塩化第一錫(SnCl2)が容易に酸化され、酸化第二錫(SnO2)となって存在している部分もある。このとき、浸出液をpH2以下に保持すると、図2に示すように、酸化第二錫(SnO2)が還元された第一錫イオン(Sn2+)は浸出液中に安定して存在することから、煙灰から錫を浸出する際のpHを2以下とするものである。ここで、図2は、G.シャルロー著、曽根興三,田中元治翻訳、共立全書「定性分析化学(2)溶液中の化学反応(1974年)」第92図に基づいている。
【0020】
また、錫の浸出から還元までの工程は図1に示す湿式集塵装置3内で行われるが、錫を還元する際は、還元剤として鉛粉末又は水素ガスを使用し、湿式集塵装置3内を不活性雰囲気とする。また、浸出液中の塩素イオン濃度を1モル/リットル以上、或いは浸出液中のフッ素イオン濃度を0.01モル/リットル以上とする。塩素イオン濃度を1モル/リットル以上とするには、塩化ナトリウムを浸出液に添加する。フッ素イオン濃度を0.01モル/リットル以上とするには、フッ化ナトリウムを浸出液に添加する。
【0021】
このとき、鉛粉末は浸出液に添加し、水素ガスは浸出液中にバブリングする。そして、鉛粉末を添加する場合、アルゴンガス等の不活性ガスを送って湿式集塵装置3内を不活性雰囲気とする。但し、浸出液中に水素ガスをバブリングする場合は、水素ガスによって第一錫イオン(Sn2+)が空気中の酸素によって酸化第二錫(SnO2)へ酸化されることが抑えられ、還元雰囲気となるので、湿式集塵装置3へ不活性ガスを送る必要はない。また、錫の浸出や還元に際し、湿式集塵装置3は、加温によって反応速度を調整してもよい。
【0022】
次いで、図1に示すように、ろ過装置5によって錫還元後の浸出液をろ過する(ステップS14)。これにより、還元された第一錫イオン(Sn2+)を含む浸出液と、固形分としての硫酸鉛(PbSO4)滓とに固液分離され、煙灰から錫が除去される。硫酸鉛(PbSO4)滓は、亜鉛精錬の鉛原料としてISP炉へ供給される。このように、本発明方法によれば、錫含有物から酸溶液を用いて錫をpH2以下で浸出し、浸出液中の錫を還元剤によって還元すればよいので、錫含有物である煙灰から錫を簡易、かつ、安価に除去することができる。
【0023】
このとき、浸出液中の錫は、硫酸溶液中に溶けて浸出液中でイオン化しているため、硫酸鉛(PbSO4)滓には錫成分が殆ど含まれていない。このため、硫酸鉛(PbSO4)滓を鉛原料としてISP炉で使用しても、製品として得られる金属Znの品質が低下することはない。しかも、このようにすると、鉛原料を購入する必要がないため、製造コストを抑えることができる。
【0024】
ここで、浸出液は、塩素イオン濃度を1モル/リットル以上とした場合には高濃度の塩素イオン(Cl−)が含まれる。このため、液中で錫が塩素イオン(Cl−)との間で錯体を形成し、浸出液を鉛粉末で還元したときに、図3に示すように、式(1)で示す第一錫イオン(Sn2+)が形成される反応に加え、錯体を形成している錫が式(2)に示す金属錫まで還元される反応が生ずる可能性がある。このため、浸出液中の錫を還元する際は、強酸性の条件で行い、式(3)に示すように発生する金属錫を水素イオン(H+)によって酸化溶解させる。ここで、式中、ΔGはギブス(Gibbs)の自由エネルギー変化(80℃)であり、SnCl42−は、Sn2+に対応し、図中の矢印の太さがそれぞれの反応の起こり易さを示している。
【0025】
Pb+SnO2+4HCl+3Cl−=PbCl3−+SnCl42−+H2O……(1)
(ΔG=−71KJ/mol)
2Pb+SnO2+4HCl+2Cl−=2PbCl3−+Sn+2H2O……(2)
(ΔG=−53KJ/mol)
Sn+2H+=Sn2++H2……(3) (ΔG=−31KJ/mol)
【0026】
そして、浸出液中の酸化第二錫(SnO2)を還元する際、図3に示すように、以下に示す標準電極電位E0のもとに2つの反応が起こる。
Sn4++2e−=Sn2+(E0= 0.15 V)……(4)
Sn2++2e−=Sn (E0=−0.138V)……(5)
【0027】
このうち、(5)式で示す反応は、金属錫まで還元される反応であり、金属錫まで還元されれば硫酸鉛(PbSO4)滓と共に沈殿する結果、硫酸鉛(PbSO4)滓中に錫が混入するので、金属への還元は抑制する必要がある。これに対し、硫酸鉛(PbSO4)滓中への錫の混入を回避する目的からは、(4)式で示す反応のみを促進する必要がある。このためには、硫酸溶液中に溶け出した第一錫イオン(Sn2+)をこれ以上還元させない程度に適切な還元力を有する還元剤を使用する必要がある。
【0028】
このため、本発明では、このような還元力を有する還元剤として、第一錫イオン(Sn2+)が金属錫(Sn)に還元される際の標準電極電位を越え、酸化第二錫(SnO2)が第一錫イオン(Sn2+)に還元される際の標準電極電位未満の標準電極電位を有する鉛粉末又は水素ガスを使用するのである。ここで、鉛は、図3に示すように、以下に示す標準電極電位E0のもとに次式で示すように還元される。
Pb2++2e−=Pb(E0=−0.126V)……(6)
【0029】
従って、鉛粉末を浸出液に添加すると、(4)式及び(6)式より酸化第二錫(SnO2)を第一錫イオン(Sn2+)への還元に留めておく(7)式が導出される。
Sn4++Pb=Sn2++Pb2+(E0=0.276V)……(7)
【0030】
このように、還元剤として鉛を使用すると、鉛が硫酸溶液に溶けてイオン化するが、硫酸溶液中に溶け出した第一錫イオン(Sn2+)をイオン化した状態に保持し、金属錫として析出させないので好適であることが分かる。
【0031】
このとき、(5)式及び(6)式より次に示す(8)式が導かれるが、標準電極電位E0<0となるため、金属錫が沈殿する反応は起こらないようになる。これは、標準状態の計算であるので、実際の反応式では、(2)式のΔGよりも(1)式のΔGの方が負の値が大きくなり、(1)式に示す反応の方が起こり易いことになる。
Sn2++Pb=Sn+Pb2+(E0=−0.012V)……(8)
【0032】
一方、亜鉛や鉄は、標準電極電位がそれぞれE0=−0.763V、E0=−0.440Vであり(亜鉛が還元される際の式は、図3参照)、還元力が過剰となって金属錫が沈殿する反応が優先するので好ましくない。但し、浸出液中に鉛イオン(Pb2+)が存在すると、亜鉛又は鉄によって鉛イオン(Pb2+)が金属鉛へ速やかに還元され、錫は上記反応により沈殿せずに溶けるので問題はない。このため、浸出液中に鉛イオン(Pb2+)が存在する場合には、亜鉛粉末又は鉄粉末を還元剤として使用してもよい。
【0033】
一方、浸出液中の酸化第二錫(SnO2)を還元した際に生ずる第一錫イオン(Sn2+)が塩素イオン(Cl−)との間で形成する上述した錯体は、非常に酸化され易いことから、空気中の酸素によって酸化されて酸化第二錫(SnO2)に戻る可能性が大きい。このため、浸出液中の酸化第二錫(SnO2)を還元する工程は、上述のように空気を遮断した不活性雰囲気中で行う方が効果的である。
【0034】
更に、錫を還元する際、浸出液中の塩素イオン濃度を1モル/リットル以上とするのは、pH1における塩素イオン濃度(mol/L)と錫化合物の濃度(mol/L)との関係を示す図4に示すように、SnCl42−、即ち、Sn2+の存在が卓越しているからである。ここで、図4は、前記G.シャルロー著の文献に記載された化学種の存在割合を示すデータをもとに、pH1の浸出液中に20℃おいてに存在する錫化合物に起因する7種類の化学種の総和を0.1(mol/L)とし、塩素イオン濃度(mol/L)に対する7種類の各化学種の濃度(mol/L)を作成した図である。ここで、7種類の化学種は、Sn2+,SnCl+,SnCl2,SnCl3−,SnCl42−,Sn(OH)+,Sn(OH)2である。
【0035】
また、浸出液中のフッ素イオン濃度(mol/L)と硫酸鉛(PbSO4)滓中の錫濃度(重量%)との関係を本発明者が調べたところ図5に示す結果が得られた。図5に示すように、浸出液中のフッ素イオン濃度が0.01モル/リットル以上になると、硫酸鉛(PbSO4)滓中に残存する錫(Sn)の含有率(%)が硫酸鉛(PbSO4)滓を鉛原料としてISP炉へ供給しても殆ど影響を与えることのないレベルまで溶出して低減する。このため、浸出液中のフッ素イオン濃度(mol/L)は、0.01モル/リットル以上にする。
【0036】
ここで、図5は、三角フラスコに硫酸鉛(PbSO4)滓20gと純水で希釈した硫酸(0.5mol/L)を加えて全体を100mリットル(重量200g/リットル,pH<0としたスラリー中に鉛粉末720g(6当量/Sn)を加え、液温を80℃に保温して6時間反応させた結果である。このとき、硫酸鉛(PbSO4)滓中に残存する錫(Sn)の含有率(%)は、浸出液中に存在する第一錫イオン(Sn2+)の濃度を測定し、この第一錫イオン(Sn2+)濃度から硫酸鉛(PbSO4)滓中の錫(Sn)の含有率(%)を算出した。
【0037】
(実施例1)
三角フラスコに硫酸鉛(PbSO4)滓20gと純水で希釈した硫酸(0.5mol/L)を加えると共に、塩素イオン調整剤として塩化ナトリムを2.5mol/L加え、全体を100mリットル(重量200g/リットル,pH<0)のスラリーとし、80℃に加温しながら撹拌して錫を浸出し、120分後、浸出液に鉛粉末240g(2当量/Sn)を加えて60分間還元した。還元処理の際、三角フラスコは、アルゴンガスを封入し、薄肉の樹脂シートとアルミ箔で密栓した。このとき、錫(Sn)の含有率(%)は、図5と同様にして算出した。その結果を図6に示す。
【0038】
図6に示すように、測定開始時、含有率が0.36%であった硫酸鉛(PbSO4)滓中の錫(Sn)は、浸出液に鉛粉末を添加すると、急激に含有率(%)が低下する。このため、浸出液においては、鉛粉末の添加により、酸化第二錫(SnO2)の還元が急速に進行することが分かる。そして、硫酸鉛(PbSO4)滓中の錫(Sn)は、鉛粉末の添加後、60分で含有率が0.06%まで低下しており、硫酸鉛(PbSO4)滓から還元によって除去されることが分かった。
【0039】
(実施の形態2)
次に、本発明の錫含有物からの錫除去方法の実施の形態2を説明する。実施の形態1は、硫酸溶液を用いた錫の浸出工程と、錫の還元工程とを別工程とした。これに対し、実施の形態2は、錫の浸出と還元とを同時に行っている。図7は、本発明の錫含有物からの錫除去方法の実施の形態2を説明するフローチャートである。
【0040】
実施の形態2においては、先ず、図7に示すように、煙灰から硫酸溶液を用いて錫をpH2以下で浸出すると共に、浸出液中の錫を還元剤によって還元する(ステップS20)。これにより、煙灰に含まれる錫,亜鉛,カドミウム及びアルカリ金属の塩化物が硫酸溶液中に溶け出す一方、硫酸鉛(PbSO4)が沈殿する。
【0041】
次に、固液分離のため、図7に示すように、ろ過装置5によって錫還元後の浸出液をろ過する(ステップS22)。これにより、還元された第一錫イオン(Sn2+)を含む浸出液と、錫成分を殆ど含まない固形分としての硫酸鉛(PbSO4)滓とに固液分離され、煙灰から錫が除去される。硫酸鉛(PbSO4)滓は、錫成分が殆ど含まれていないため、そのまま亜鉛精錬の鉛原料としてISP炉へ供給される。従って、実施の形態2によれば、錫含有物である煙灰から錫を簡易、かつ、安価に除去することができることに加え、錫の浸出と還元とを同時に行うことから、実施の形態1に比べて煙灰から錫を短時間で除去することができる。
【0042】
(実施例2)
三角フラスコに硫酸鉛(PbSO4)滓20g、鉛粉末240g(2当量/Sn)、純水で希釈した硫酸(0.5mol/L)を加えると共に、塩素イオン調整剤として塩化ナトリムを2.5mol/L加え、全体を100mリットル(重量200g/リットル,pH<0)のスラリーとし、80℃に加温しながら3時間撹拌して錫を浸出すると共に還元した。このとき、三角フラスコは、アルゴンガスを封入し、薄肉の樹脂シートとアルミ箔で密栓した。そして、浸出液中の第一錫イオン(Sn2+)濃度を経時的に複数回測定し、実施例1と同様にして硫酸鉛(PbSO4)滓中の錫(Sn)の含有率(%)を算出した。その結果を図8に示す。
【0043】
図8に示すように、錫の浸出と還元とを同時に行うことから、硫酸鉛(PbSO4)滓中の錫(Sn)の含有率は、実施例1の場合よりも急激に低下してゆく。そして、開始時に0.36%であった含有率は、180分後には0.01%まで低下しており、浸出と還元を同時に行う方が錫の除去効率が良いことが分かった。
【0044】
ここで、錫を還元する際の雰囲気の違いによる影響を360分間調べた。即ち、実施例2と同様にして、同一の硫酸鉛(PbSO4)滓からサンプルを取り出し、三角フラスコを密栓することなくi)大気に開放した場合、ii)スラリー中にアルゴンガスを吹き込んだ場合、iii)スラリー中に空気を吹き込んだ場合の3通りの雰囲気に設定し、硫酸鉛(PbSO4)滓中の錫(Sn)の含有率(%)を算出した。このとき、塩化ナトリムは、実施例2の場合の2.5mol/Lに代えて5mol/L加えた。その結果を図9に示す。このとき、アルゴンガスの流量は0.5リットル/分、空気の流量は0.5リットル/分とした。
【0045】
図9に示すように、iii)スラリー中に空気を吹き込んだ場合やi)大気に開放した場合には、ii)スラリー中にアルゴンガスを吹き込んで不活性雰囲気とした場合に比べて、硫酸鉛(PbSO4)滓中の錫(Sn)の含有率(%)が高くなり、明らかに酸化第二錫(SnO2)の第一錫イオン(Sn2+)への還元が阻害されていることが分かる。従って、錫を還元する際は、不活性雰囲気とする必要がある。
【0046】
一方、錫を還元する際の鉛粉末と亜鉛粉末の還元能力を実施例2と同様にして調べた。このとき、硫酸は、0.5mol/Lと1.8mol/Lの2種類を使用し、還元剤として鉛粉末を用いた場合と、亜鉛粉末を用いた場合における3時間後における硫酸鉛(PbSO4)滓中の錫(Sn)の含有率(%)を測定した。還元剤として鉛粉末を用いた場合の結果を図10に示し、亜鉛粉末を用いた場合の結果を図11に示す。
【0047】
ここで、鉛粉末は、0.5mol/Lの硫酸については720mg(6当量/Sn)、960mg(8当量/Sn)及び1200mg(10当量/Sn)を、それぞれ添加した場合について測定し、1.8mol/Lの硫酸については720mg(6当量/Sn)と960mg(8当量/Sn)を、それぞれ添加した場合について測定した。一方、亜鉛粉末は、120mg(3当量/Sn)、240mg(6当量/Sn)及び360mg(9当量/Sn)を、それぞれ添加した場合について測定し、1.8mol/Lの硫酸については120mg(3当量/Sn)と240mg(6当量/Sn)を、それぞれ添加した場合について測定した。
【0048】
図10と図11とを比較して明らかなように、浸出前の硫酸鉛(PbSO4)滓中の錫(Sn)の含有率が0.37(%)であったことを考慮すると、鉛粉末及び亜鉛粉末は、共に還元剤として優れた還元力を備えていることを示した。しかし、亜鉛粉末を用いた場合は、鉛粉末を用いた場合に比べると硫酸の濃度が低い方が錫(Sn)の含有率が少なくなる傾向を示しており、240mg(6当量/Sn)の場合の含有率は、鉛粉末720mg(6当量/Sn)の場合の含有率と略等しい値を示していた。従って、浸出液中に鉛イオン(Pb2+)が存在する場合には、亜鉛粉末を還元剤として使用してもよい。
【産業上の利用可能性】
【0049】
以上のように、本発明の錫含有物から錫を除去する方法は、錫含有物から酸溶液を用いて錫を浸出し、浸出した錫を還元剤で第一錫イオン(Sn2+)に還元するので、錫を簡易に除去するのに有用であり、特に、製鋼煙灰から除去された酸化鉱を焙焼した際に生ずる塩化物を含有する煙灰から錫を除去するのに適している。
【符号の説明】
【0050】
1 加熱炉
2 ロータリーキルン
3 湿式集塵装置
4 シックナー
5 ろ過装置
【技術分野】
【0001】
本発明は、錫含有物からの錫除去方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、鉄屑を溶解して鋼を製造する際に発生する製鋼煙灰には、鉄の他に亜鉛や鉛が含まれている。このため、製鋼煙灰は、通常、図12に示すように、コークスと共に溶鉱炉や回転炉等の加熱炉1で加熱することによって亜鉛及び鉛を揮発させ、不揮発性の鉄と分離して亜鉛及び鉛を回収している。この場合、鉄と分離された亜鉛と鉛の回収物である粗酸化亜鉛は、塩素等のハロゲン成分を多く含むことから、そのまま亜鉛精錬原料として使用することができない。そこで、粗酸化亜鉛は、ロータリーキルン(RK)2で焙焼することによって塩素分を除去し(脱ハロゲン処理)、酸化亜鉛からなるRK処理鉱となり、主に湿式亜鉛製錬の原料となる。この焙焼処理では、揮発した亜鉛,鉛,カドミウム及びアルカリ金属の塩化物を含有する煙灰が副産物として捕集される。
【0003】
この塩化物を含有する煙灰は、図12に示すように、湿式集塵装置3へ送られ、大気圧条件下において水を加えてスラリー化される。その後、スラリーを硫酸又は塩酸にてpH2〜4に調整することにより、亜鉛とカドミウムが浸出され、鉛及びアルカリ金属の塩化物は固体となって沈殿する。そして、スラリーは、シックナー4で濃縮された後、ろ過装置5で固液分離される(例えば、特許文献1参照)。このとき、固液分離された亜鉛とカドミウムの浸出液は、鉛及び鉄が少なく亜鉛化合物製造用の原料として使用できる。また、沈殿した鉛成分等の固体は、再度水でスラリー化し、pH8〜10のアルカリ水溶液で処理して水酸化鉛又は炭酸鉛を主成分とする鉛化合物(Pb滓)とされる(例えば、特許文献1参照)。この鉛化合物(Pb滓)は、鉛原料の一部としてISP炉6へ供給することによって鉛原料と共用される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平09−142842号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、近年は、鉄屑原料として様々なリサイクル原料が使用されるようになった。このため、亜鉛と鉛の回収物である粗酸化亜鉛に錫(Sn)が含まれることから、焙焼処理の副産物である塩化物含有煙灰にも錫(Sn)が含まれるようになってきた。従って、特許文献1に開示された上述の処理方法によって塩化物含有煙灰を処理すると、得られるPb滓中にも錫が混入する。このため、錫が混入したPb滓をISP炉で鉛原料と共用すると、製品として得られる金属Znの品質が低下してしまうという問題があった。
【0006】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、錫を簡易に除去することが可能な錫含有物からの錫除去方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述した課題を解決し、目的を達成するために、本発明の錫含有物からの錫除去方法は、前記錫含有物から酸溶液を用いて錫をpHが2以下で浸出する浸出工程と、浸出液中の錫を還元剤によって還元する還元工程と、を含むことを特徴とする。
【0008】
また、本発明の錫含有物からの錫除去方法は、上記の発明において、前記還元工程は、第一錫イオン(Sn2+)が金属錫(Sn)に還元される際の標準電極電位を越え、第二錫イオン(Sn4+)が第一錫イオン(Sn2+)に還元される際の標準電極電位未満の標準電極電位を有する還元剤を使用することを特徴とする。
【0009】
また、本発明の錫含有物からの錫除去方法は、上記の発明において、前記還元剤は、金属鉛又は水素ガスであることを特徴とする。
【0010】
また、本発明の錫含有物からの錫除去方法は、上記の発明において、前記還元工程は、不活性雰囲気中で行うことを特徴とする。
【0011】
また、本発明の錫含有物からの錫除去方法は、上記の発明において、前記還元工程は、浸出液中の塩素イオン濃度を1モル/リットル以上とすることを特徴とする。
【0012】
また、本発明の錫含有物からの錫除去方法は、上記の発明において、前記還元工程は、浸出液中のフッ素イオン濃度を0.01モル/リットル以上とすることを特徴とする。
【0013】
また、本発明の錫含有物からの錫除去方法は、上記の発明において、前記浸出工程と前記還元工程とを並行して行うことを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、錫含有物から酸溶液を用いて錫をpHが2以下で浸出する浸出工程と、浸出液中の錫を還元剤によって還元する還元工程とを含むので、錫を簡易に除去することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、本発明の錫含有物からの錫除去方法の実施の形態1を説明するフローチャートである。
【図2】図2は、浸出液のpHによる第一錫イオン(Sn2+)の存在濃度を説明する図である。
【図3】図3は、煙灰の浸出液に存在する酸化第二錫(SnO2)、第一錫イオン(Sn2+)及び金属錫の関係と、Sn(IV)の酸化物である酸化第二錫(SnO2)を還元する際に浸出液中で生ずる反応を説明する反応式を示している図である。
【図4】図4は、還元の際に、浸出液中の塩素イオン濃度を1モル/リットル以上とする理由を説明する図である。
【図5】図5は、還元の際に、浸出液中のフッ素イオン濃度を0.01モル/リットル以上とする理由を説明する図である。
【図6】図6は、錫の浸出と還元とを別工程とした場合の硫酸鉛(PbSO4)滓中の錫(Sn)の含有率(%)の経時変化に関する実施例1の結果を示す図である。
【図7】図7は、本発明の錫含有物からの錫除去方法の実施の形態2を説明するフローチャートである。
【図8】図8は、錫の浸出と還元とをとを同時に行う場合の硫酸鉛(PbSO4)滓中の錫(Sn)の含有率(%)の経時変化に関する実施例2の結果を示す図である。
【図9】図9は、錫を還元する際の雰囲気の違いによる影響の測定結果を示す図である。
【図10】図10は、還元剤として鉛粉末を用いた場合の錫の還元能力の測定結果を示す図である。
【図11】図11は、還元剤として亜鉛粉末を用いた場合の錫の還元能力の測定結果を示す図である。
【図12】図12は、鉄屑を溶解して鋼を製造する際に発生する製鋼煙灰から錫含有物としての煙灰を取り出し、鉛滓を取り出す従来の処理方法を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、図面を参照して本発明の錫含有物からの錫除去方法の実施の形態を詳細に説明する。本発明は、図12において湿式集塵装置3で煙灰に水を加えたスラリーから錫を硫酸浸出し、浸出液を還元する1点鎖線で囲んだ部分Aに関する改良に係るものである。なお、この実施の形態によりこの発明が限定されるものではない。
【0017】
(実施の形態1)
図1は、本発明の錫含有物からの錫除去方法の実施の形態1を説明するフローチャートである。実施の形態1においては、先ず、製鋼煙灰から除去された酸化鉱を焙焼した際に生ずる塩化物を含有する煙灰(以下、単に「煙灰」という)から硫酸溶液を用いて錫をpH2以下で浸出する(ステップS10)。これにより、煙灰に含まれる錫,亜鉛,カドミウム及びアルカリ金属の塩化物が硫酸溶液中に溶け出す一方、硫酸鉛(PbSO4)が沈殿する。
【0018】
次に、図1に示すように、還元剤によって浸出液中の錫を還元する(ステップS12)。これにより、酸に不溶の酸化第二錫(SnO2)が第一錫イオン(Sn2+)に還元される。
【0019】
ここで、煙灰中の錫は、塩化第一錫(SnCl2)として生ずるが、大気中では塩化第一錫(SnCl2)が容易に酸化され、酸化第二錫(SnO2)となって存在している部分もある。このとき、浸出液をpH2以下に保持すると、図2に示すように、酸化第二錫(SnO2)が還元された第一錫イオン(Sn2+)は浸出液中に安定して存在することから、煙灰から錫を浸出する際のpHを2以下とするものである。ここで、図2は、G.シャルロー著、曽根興三,田中元治翻訳、共立全書「定性分析化学(2)溶液中の化学反応(1974年)」第92図に基づいている。
【0020】
また、錫の浸出から還元までの工程は図1に示す湿式集塵装置3内で行われるが、錫を還元する際は、還元剤として鉛粉末又は水素ガスを使用し、湿式集塵装置3内を不活性雰囲気とする。また、浸出液中の塩素イオン濃度を1モル/リットル以上、或いは浸出液中のフッ素イオン濃度を0.01モル/リットル以上とする。塩素イオン濃度を1モル/リットル以上とするには、塩化ナトリウムを浸出液に添加する。フッ素イオン濃度を0.01モル/リットル以上とするには、フッ化ナトリウムを浸出液に添加する。
【0021】
このとき、鉛粉末は浸出液に添加し、水素ガスは浸出液中にバブリングする。そして、鉛粉末を添加する場合、アルゴンガス等の不活性ガスを送って湿式集塵装置3内を不活性雰囲気とする。但し、浸出液中に水素ガスをバブリングする場合は、水素ガスによって第一錫イオン(Sn2+)が空気中の酸素によって酸化第二錫(SnO2)へ酸化されることが抑えられ、還元雰囲気となるので、湿式集塵装置3へ不活性ガスを送る必要はない。また、錫の浸出や還元に際し、湿式集塵装置3は、加温によって反応速度を調整してもよい。
【0022】
次いで、図1に示すように、ろ過装置5によって錫還元後の浸出液をろ過する(ステップS14)。これにより、還元された第一錫イオン(Sn2+)を含む浸出液と、固形分としての硫酸鉛(PbSO4)滓とに固液分離され、煙灰から錫が除去される。硫酸鉛(PbSO4)滓は、亜鉛精錬の鉛原料としてISP炉へ供給される。このように、本発明方法によれば、錫含有物から酸溶液を用いて錫をpH2以下で浸出し、浸出液中の錫を還元剤によって還元すればよいので、錫含有物である煙灰から錫を簡易、かつ、安価に除去することができる。
【0023】
このとき、浸出液中の錫は、硫酸溶液中に溶けて浸出液中でイオン化しているため、硫酸鉛(PbSO4)滓には錫成分が殆ど含まれていない。このため、硫酸鉛(PbSO4)滓を鉛原料としてISP炉で使用しても、製品として得られる金属Znの品質が低下することはない。しかも、このようにすると、鉛原料を購入する必要がないため、製造コストを抑えることができる。
【0024】
ここで、浸出液は、塩素イオン濃度を1モル/リットル以上とした場合には高濃度の塩素イオン(Cl−)が含まれる。このため、液中で錫が塩素イオン(Cl−)との間で錯体を形成し、浸出液を鉛粉末で還元したときに、図3に示すように、式(1)で示す第一錫イオン(Sn2+)が形成される反応に加え、錯体を形成している錫が式(2)に示す金属錫まで還元される反応が生ずる可能性がある。このため、浸出液中の錫を還元する際は、強酸性の条件で行い、式(3)に示すように発生する金属錫を水素イオン(H+)によって酸化溶解させる。ここで、式中、ΔGはギブス(Gibbs)の自由エネルギー変化(80℃)であり、SnCl42−は、Sn2+に対応し、図中の矢印の太さがそれぞれの反応の起こり易さを示している。
【0025】
Pb+SnO2+4HCl+3Cl−=PbCl3−+SnCl42−+H2O……(1)
(ΔG=−71KJ/mol)
2Pb+SnO2+4HCl+2Cl−=2PbCl3−+Sn+2H2O……(2)
(ΔG=−53KJ/mol)
Sn+2H+=Sn2++H2……(3) (ΔG=−31KJ/mol)
【0026】
そして、浸出液中の酸化第二錫(SnO2)を還元する際、図3に示すように、以下に示す標準電極電位E0のもとに2つの反応が起こる。
Sn4++2e−=Sn2+(E0= 0.15 V)……(4)
Sn2++2e−=Sn (E0=−0.138V)……(5)
【0027】
このうち、(5)式で示す反応は、金属錫まで還元される反応であり、金属錫まで還元されれば硫酸鉛(PbSO4)滓と共に沈殿する結果、硫酸鉛(PbSO4)滓中に錫が混入するので、金属への還元は抑制する必要がある。これに対し、硫酸鉛(PbSO4)滓中への錫の混入を回避する目的からは、(4)式で示す反応のみを促進する必要がある。このためには、硫酸溶液中に溶け出した第一錫イオン(Sn2+)をこれ以上還元させない程度に適切な還元力を有する還元剤を使用する必要がある。
【0028】
このため、本発明では、このような還元力を有する還元剤として、第一錫イオン(Sn2+)が金属錫(Sn)に還元される際の標準電極電位を越え、酸化第二錫(SnO2)が第一錫イオン(Sn2+)に還元される際の標準電極電位未満の標準電極電位を有する鉛粉末又は水素ガスを使用するのである。ここで、鉛は、図3に示すように、以下に示す標準電極電位E0のもとに次式で示すように還元される。
Pb2++2e−=Pb(E0=−0.126V)……(6)
【0029】
従って、鉛粉末を浸出液に添加すると、(4)式及び(6)式より酸化第二錫(SnO2)を第一錫イオン(Sn2+)への還元に留めておく(7)式が導出される。
Sn4++Pb=Sn2++Pb2+(E0=0.276V)……(7)
【0030】
このように、還元剤として鉛を使用すると、鉛が硫酸溶液に溶けてイオン化するが、硫酸溶液中に溶け出した第一錫イオン(Sn2+)をイオン化した状態に保持し、金属錫として析出させないので好適であることが分かる。
【0031】
このとき、(5)式及び(6)式より次に示す(8)式が導かれるが、標準電極電位E0<0となるため、金属錫が沈殿する反応は起こらないようになる。これは、標準状態の計算であるので、実際の反応式では、(2)式のΔGよりも(1)式のΔGの方が負の値が大きくなり、(1)式に示す反応の方が起こり易いことになる。
Sn2++Pb=Sn+Pb2+(E0=−0.012V)……(8)
【0032】
一方、亜鉛や鉄は、標準電極電位がそれぞれE0=−0.763V、E0=−0.440Vであり(亜鉛が還元される際の式は、図3参照)、還元力が過剰となって金属錫が沈殿する反応が優先するので好ましくない。但し、浸出液中に鉛イオン(Pb2+)が存在すると、亜鉛又は鉄によって鉛イオン(Pb2+)が金属鉛へ速やかに還元され、錫は上記反応により沈殿せずに溶けるので問題はない。このため、浸出液中に鉛イオン(Pb2+)が存在する場合には、亜鉛粉末又は鉄粉末を還元剤として使用してもよい。
【0033】
一方、浸出液中の酸化第二錫(SnO2)を還元した際に生ずる第一錫イオン(Sn2+)が塩素イオン(Cl−)との間で形成する上述した錯体は、非常に酸化され易いことから、空気中の酸素によって酸化されて酸化第二錫(SnO2)に戻る可能性が大きい。このため、浸出液中の酸化第二錫(SnO2)を還元する工程は、上述のように空気を遮断した不活性雰囲気中で行う方が効果的である。
【0034】
更に、錫を還元する際、浸出液中の塩素イオン濃度を1モル/リットル以上とするのは、pH1における塩素イオン濃度(mol/L)と錫化合物の濃度(mol/L)との関係を示す図4に示すように、SnCl42−、即ち、Sn2+の存在が卓越しているからである。ここで、図4は、前記G.シャルロー著の文献に記載された化学種の存在割合を示すデータをもとに、pH1の浸出液中に20℃おいてに存在する錫化合物に起因する7種類の化学種の総和を0.1(mol/L)とし、塩素イオン濃度(mol/L)に対する7種類の各化学種の濃度(mol/L)を作成した図である。ここで、7種類の化学種は、Sn2+,SnCl+,SnCl2,SnCl3−,SnCl42−,Sn(OH)+,Sn(OH)2である。
【0035】
また、浸出液中のフッ素イオン濃度(mol/L)と硫酸鉛(PbSO4)滓中の錫濃度(重量%)との関係を本発明者が調べたところ図5に示す結果が得られた。図5に示すように、浸出液中のフッ素イオン濃度が0.01モル/リットル以上になると、硫酸鉛(PbSO4)滓中に残存する錫(Sn)の含有率(%)が硫酸鉛(PbSO4)滓を鉛原料としてISP炉へ供給しても殆ど影響を与えることのないレベルまで溶出して低減する。このため、浸出液中のフッ素イオン濃度(mol/L)は、0.01モル/リットル以上にする。
【0036】
ここで、図5は、三角フラスコに硫酸鉛(PbSO4)滓20gと純水で希釈した硫酸(0.5mol/L)を加えて全体を100mリットル(重量200g/リットル,pH<0としたスラリー中に鉛粉末720g(6当量/Sn)を加え、液温を80℃に保温して6時間反応させた結果である。このとき、硫酸鉛(PbSO4)滓中に残存する錫(Sn)の含有率(%)は、浸出液中に存在する第一錫イオン(Sn2+)の濃度を測定し、この第一錫イオン(Sn2+)濃度から硫酸鉛(PbSO4)滓中の錫(Sn)の含有率(%)を算出した。
【0037】
(実施例1)
三角フラスコに硫酸鉛(PbSO4)滓20gと純水で希釈した硫酸(0.5mol/L)を加えると共に、塩素イオン調整剤として塩化ナトリムを2.5mol/L加え、全体を100mリットル(重量200g/リットル,pH<0)のスラリーとし、80℃に加温しながら撹拌して錫を浸出し、120分後、浸出液に鉛粉末240g(2当量/Sn)を加えて60分間還元した。還元処理の際、三角フラスコは、アルゴンガスを封入し、薄肉の樹脂シートとアルミ箔で密栓した。このとき、錫(Sn)の含有率(%)は、図5と同様にして算出した。その結果を図6に示す。
【0038】
図6に示すように、測定開始時、含有率が0.36%であった硫酸鉛(PbSO4)滓中の錫(Sn)は、浸出液に鉛粉末を添加すると、急激に含有率(%)が低下する。このため、浸出液においては、鉛粉末の添加により、酸化第二錫(SnO2)の還元が急速に進行することが分かる。そして、硫酸鉛(PbSO4)滓中の錫(Sn)は、鉛粉末の添加後、60分で含有率が0.06%まで低下しており、硫酸鉛(PbSO4)滓から還元によって除去されることが分かった。
【0039】
(実施の形態2)
次に、本発明の錫含有物からの錫除去方法の実施の形態2を説明する。実施の形態1は、硫酸溶液を用いた錫の浸出工程と、錫の還元工程とを別工程とした。これに対し、実施の形態2は、錫の浸出と還元とを同時に行っている。図7は、本発明の錫含有物からの錫除去方法の実施の形態2を説明するフローチャートである。
【0040】
実施の形態2においては、先ず、図7に示すように、煙灰から硫酸溶液を用いて錫をpH2以下で浸出すると共に、浸出液中の錫を還元剤によって還元する(ステップS20)。これにより、煙灰に含まれる錫,亜鉛,カドミウム及びアルカリ金属の塩化物が硫酸溶液中に溶け出す一方、硫酸鉛(PbSO4)が沈殿する。
【0041】
次に、固液分離のため、図7に示すように、ろ過装置5によって錫還元後の浸出液をろ過する(ステップS22)。これにより、還元された第一錫イオン(Sn2+)を含む浸出液と、錫成分を殆ど含まない固形分としての硫酸鉛(PbSO4)滓とに固液分離され、煙灰から錫が除去される。硫酸鉛(PbSO4)滓は、錫成分が殆ど含まれていないため、そのまま亜鉛精錬の鉛原料としてISP炉へ供給される。従って、実施の形態2によれば、錫含有物である煙灰から錫を簡易、かつ、安価に除去することができることに加え、錫の浸出と還元とを同時に行うことから、実施の形態1に比べて煙灰から錫を短時間で除去することができる。
【0042】
(実施例2)
三角フラスコに硫酸鉛(PbSO4)滓20g、鉛粉末240g(2当量/Sn)、純水で希釈した硫酸(0.5mol/L)を加えると共に、塩素イオン調整剤として塩化ナトリムを2.5mol/L加え、全体を100mリットル(重量200g/リットル,pH<0)のスラリーとし、80℃に加温しながら3時間撹拌して錫を浸出すると共に還元した。このとき、三角フラスコは、アルゴンガスを封入し、薄肉の樹脂シートとアルミ箔で密栓した。そして、浸出液中の第一錫イオン(Sn2+)濃度を経時的に複数回測定し、実施例1と同様にして硫酸鉛(PbSO4)滓中の錫(Sn)の含有率(%)を算出した。その結果を図8に示す。
【0043】
図8に示すように、錫の浸出と還元とを同時に行うことから、硫酸鉛(PbSO4)滓中の錫(Sn)の含有率は、実施例1の場合よりも急激に低下してゆく。そして、開始時に0.36%であった含有率は、180分後には0.01%まで低下しており、浸出と還元を同時に行う方が錫の除去効率が良いことが分かった。
【0044】
ここで、錫を還元する際の雰囲気の違いによる影響を360分間調べた。即ち、実施例2と同様にして、同一の硫酸鉛(PbSO4)滓からサンプルを取り出し、三角フラスコを密栓することなくi)大気に開放した場合、ii)スラリー中にアルゴンガスを吹き込んだ場合、iii)スラリー中に空気を吹き込んだ場合の3通りの雰囲気に設定し、硫酸鉛(PbSO4)滓中の錫(Sn)の含有率(%)を算出した。このとき、塩化ナトリムは、実施例2の場合の2.5mol/Lに代えて5mol/L加えた。その結果を図9に示す。このとき、アルゴンガスの流量は0.5リットル/分、空気の流量は0.5リットル/分とした。
【0045】
図9に示すように、iii)スラリー中に空気を吹き込んだ場合やi)大気に開放した場合には、ii)スラリー中にアルゴンガスを吹き込んで不活性雰囲気とした場合に比べて、硫酸鉛(PbSO4)滓中の錫(Sn)の含有率(%)が高くなり、明らかに酸化第二錫(SnO2)の第一錫イオン(Sn2+)への還元が阻害されていることが分かる。従って、錫を還元する際は、不活性雰囲気とする必要がある。
【0046】
一方、錫を還元する際の鉛粉末と亜鉛粉末の還元能力を実施例2と同様にして調べた。このとき、硫酸は、0.5mol/Lと1.8mol/Lの2種類を使用し、還元剤として鉛粉末を用いた場合と、亜鉛粉末を用いた場合における3時間後における硫酸鉛(PbSO4)滓中の錫(Sn)の含有率(%)を測定した。還元剤として鉛粉末を用いた場合の結果を図10に示し、亜鉛粉末を用いた場合の結果を図11に示す。
【0047】
ここで、鉛粉末は、0.5mol/Lの硫酸については720mg(6当量/Sn)、960mg(8当量/Sn)及び1200mg(10当量/Sn)を、それぞれ添加した場合について測定し、1.8mol/Lの硫酸については720mg(6当量/Sn)と960mg(8当量/Sn)を、それぞれ添加した場合について測定した。一方、亜鉛粉末は、120mg(3当量/Sn)、240mg(6当量/Sn)及び360mg(9当量/Sn)を、それぞれ添加した場合について測定し、1.8mol/Lの硫酸については120mg(3当量/Sn)と240mg(6当量/Sn)を、それぞれ添加した場合について測定した。
【0048】
図10と図11とを比較して明らかなように、浸出前の硫酸鉛(PbSO4)滓中の錫(Sn)の含有率が0.37(%)であったことを考慮すると、鉛粉末及び亜鉛粉末は、共に還元剤として優れた還元力を備えていることを示した。しかし、亜鉛粉末を用いた場合は、鉛粉末を用いた場合に比べると硫酸の濃度が低い方が錫(Sn)の含有率が少なくなる傾向を示しており、240mg(6当量/Sn)の場合の含有率は、鉛粉末720mg(6当量/Sn)の場合の含有率と略等しい値を示していた。従って、浸出液中に鉛イオン(Pb2+)が存在する場合には、亜鉛粉末を還元剤として使用してもよい。
【産業上の利用可能性】
【0049】
以上のように、本発明の錫含有物から錫を除去する方法は、錫含有物から酸溶液を用いて錫を浸出し、浸出した錫を還元剤で第一錫イオン(Sn2+)に還元するので、錫を簡易に除去するのに有用であり、特に、製鋼煙灰から除去された酸化鉱を焙焼した際に生ずる塩化物を含有する煙灰から錫を除去するのに適している。
【符号の説明】
【0050】
1 加熱炉
2 ロータリーキルン
3 湿式集塵装置
4 シックナー
5 ろ過装置
【特許請求の範囲】
【請求項1】
錫含有物から錫を除去する方法であって、
前記錫含有物から酸溶液を用いて錫をpHが2以下で浸出する浸出工程と、
浸出液中の錫を還元剤によって第一錫イオン(Sn2+)に還元する還元工程と、
を含むことを特徴とする錫含有物からの錫除去方法。
【請求項2】
前記還元工程は、第一錫イオン(Sn2+)が金属錫(Sn)に還元される際の標準電極電位を越え、第二錫イオン(Sn4+)が第一錫イオン(Sn2+)に還元される際の標準電極電位未満の標準電極電位を有する還元剤を使用することを特徴とする請求項1に記載の錫含有物からの錫除去方法。
【請求項3】
前記還元剤は、金属鉛又は水素ガスであることを特徴とする請求項2に記載の錫含有物からの錫除去方法。
【請求項4】
前記還元工程は、不活性雰囲気中で行うことを特徴とする請求項3に記載の錫含有物からの錫除去方法。
【請求項5】
前記還元工程は、浸出液中の塩素イオン濃度を1モル/リットル以上とすることを特徴とする請求項4に記載の錫含有物からの錫除去方法。
【請求項6】
前記還元工程は、浸出液中のフッ素イオン濃度を0.01モル/リットル以上とすることを特徴とする請求項4に記載の錫含有物からの錫除去方法。
【請求項7】
前記浸出工程と前記還元工程とを並行して行うことを特徴とする請求項5又は6に記載の錫含有物からの錫除去方法。
【請求項1】
錫含有物から錫を除去する方法であって、
前記錫含有物から酸溶液を用いて錫をpHが2以下で浸出する浸出工程と、
浸出液中の錫を還元剤によって第一錫イオン(Sn2+)に還元する還元工程と、
を含むことを特徴とする錫含有物からの錫除去方法。
【請求項2】
前記還元工程は、第一錫イオン(Sn2+)が金属錫(Sn)に還元される際の標準電極電位を越え、第二錫イオン(Sn4+)が第一錫イオン(Sn2+)に還元される際の標準電極電位未満の標準電極電位を有する還元剤を使用することを特徴とする請求項1に記載の錫含有物からの錫除去方法。
【請求項3】
前記還元剤は、金属鉛又は水素ガスであることを特徴とする請求項2に記載の錫含有物からの錫除去方法。
【請求項4】
前記還元工程は、不活性雰囲気中で行うことを特徴とする請求項3に記載の錫含有物からの錫除去方法。
【請求項5】
前記還元工程は、浸出液中の塩素イオン濃度を1モル/リットル以上とすることを特徴とする請求項4に記載の錫含有物からの錫除去方法。
【請求項6】
前記還元工程は、浸出液中のフッ素イオン濃度を0.01モル/リットル以上とすることを特徴とする請求項4に記載の錫含有物からの錫除去方法。
【請求項7】
前記浸出工程と前記還元工程とを並行して行うことを特徴とする請求項5又は6に記載の錫含有物からの錫除去方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2011−52273(P2011−52273A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−202000(P2009−202000)
【出願日】平成21年9月1日(2009.9.1)
【出願人】(000006183)三井金属鉱業株式会社 (1,121)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年9月1日(2009.9.1)
【出願人】(000006183)三井金属鉱業株式会社 (1,121)
【Fターム(参考)】
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