説明

鍵盤楽器

【課題】アップライトピアノ型のアクション機構を有する自動演奏ピアノでも高速の連打演奏に対応できるようにする。
【解決手段】自動演奏ピアノは、再生すべき演奏情報に対応する鍵の挙動を、時間経過に応じた当該鍵の位置の変化によって表す軌道データを作成し(S14〜S17)、該演奏情報が指示するピアノ演奏が連打演奏かどうかを判定し(S18)、連打演奏を行なう場合は、前記ジャック部材を脱進させずに前記鍵が駆動されるよう押鍵深さを規制することで前記軌道データを修正し(S22)、該修正した軌道データによりジャックを脱進させずに鍵を駆動する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、自動的に鍵盤を駆動して演奏を行う鍵盤楽器に関し、特に、アップライトピアノ型の自動演奏ピアノ、或いは、アップライトピアノと同様なアクション機構又はジャックとバットの機能を介した鍵駆動により演奏を再生する機能を持った電子鍵盤楽器等における連打演奏の再生性能の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
自動演奏ピアノにおいては、一般に、アコースティックピアノの各鍵に対応して設けられたソレノイドを演奏情報に基づき選択的に励磁すると、当該ソレノイドに対応する鍵の押鍵駆動が行なわれ、押鍵駆動に応じて当該鍵に対応するハンマが打弦運動して、当該ハンマに対応する弦を打撃(打弦)する。ここで、ハンマによる打弦の強弱は、鍵の押鍵速度に対応し、押鍵速度はソレノイドに対する供給電流に対応している。従って、ソレノイドに対する給電量を制御することで、ハンマによる打弦の強弱、すなわち発生する楽音の音量の大きさ(発音強度)を制御することがきる。
【0003】
ピアノ奏法の一つとして、鍵をエンド位置に押し切る前に離鍵を開始する、或いは、離鍵途中から(鍵をレスト位置に戻しきらずに)次の押鍵に入る奏法、所謂ハーフストローク奏法といわれる演奏方法がある。従来の自動演奏ピアノにおいて、ハーフストローク奏法を実現するための技術の一例としては、押鍵時の鍵の動作軌道(押鍵軌道)と離鍵時の鍵の動作軌道(離鍵軌道)から両軌道の交差位置を調べて、両軌道が鍵のストロークエンド位置の手前で交差している場合には、押鍵途中から離鍵動作或いは離鍵途中から押鍵動作を行なわせる技術があった(例えば、下記特許文献1を参照)。
【特許文献1】特開平5−344242号公報
【0004】
また、ハーフストローク奏法は、同一鍵を連続して押鍵する演奏(連打演奏)を行なう際に利用されることがある。自動演奏ピアノにおいて連打演奏を行なう場合には、連打演奏のノートオン(発音指示)の周期に対してハンマの打弦動作が追従できずに、正しい発音が行なわれれなくなる現象、所謂「音抜け」等の不具合が生じ易い。そこで、連打演奏の性能を向上させる技術として、例えば、再生すべきノートオン(発音指示)データによって指示される発音強度に対応する押鍵速度よりも速い押鍵を行なわせること、或いは、ノートオフ(消音指示)データによって指示されるタイミングよりも離鍵タイミングを早めることで、連続的な打弦(ハンマの往復動作)に要する時間を短縮する方法があった(例えば、下記特許文献2参照)。
【特許文献2】特開平6−298511号公報
【0005】
周知の通りアップライトピアノとグランドピアノとでは各々に具わるアクション機構の構造やその動作特性が異なっている。グランドライトピアノのアクション機構は連打性能に優れており、速い連打演奏にも対応できる(概ね13Hz程度の周期で繰り返される連打まで対応可能と言われている)。一方、アップライトピアノのアクション機構は、連打性能についてグランドピアに対して劣っており、速い連打演奏に対応しきれない(概ね、8Hz程度の周期で繰り返される連打までしか対応できないと言われている)。
【0006】
自動演奏ピアノにおいて再生する演奏情報は、当該ピアノにおいて行なわれたピアノ演奏を記録したデータに限らない。例えば、アップライトピアノ型自動演奏ピアノで収録した演奏情報をグランドピアノ型自動演奏ピアノで再生する場合や、逆に、グランドピアノ型自動演奏ピアノで収録した演奏情報をアップライトピアノ型自動演奏ピアノで再生する場合など他の異なる種類のピアノで収録した演奏情報を再生するケース、或いは、ピアノ以外の機器で記録乃至作成された演奏情報を再生するケースなどが考えられる。
【0007】
前述の通り、アップライトピアノに具わるアクション機構は、グランドピアノのアクション機構に比べて連打性能が劣る。このため、例えばグランドピアノで収録した演奏情報(自動演奏データ)をアップライトピアノ型の自動演奏ピアノで再生する場合、当該演奏情報中にグランドピアノにおいては可能である速い連打演奏が含まれていると、アップライトピアノ型の自動演奏ピアノではアクション機構の再生能力の限界により、当該連打演奏に追従できず、良好な再生を行なうことができないという不都合があった。
【0008】
上記の不都合について、前記特許文献1においては、演奏情報を収録した装置と、該演奏情報を再生する装置との機種の違いを考慮していない。また、前記特許文献2においては、演奏情報の収録装置と再生装置の機種の違いに配慮した記載が見られるものの、この技術では、速い連打に対応させようとすると、再生される連打演奏の打弦タイミングや打弦速度が元の演奏情報から大きくズレてしまい、ピアノ演奏の再現性が損なわれるという不都合があった。更に、上記特許文献1乃至2に代表される従来の技術では、特にアップライトピアノにおける速い連打演奏の再生性能が不十分であった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
この発明は上述の点に鑑みてなされたもので、自動的に鍵盤を駆動して演奏を行う鍵盤楽器における連打再生性能を向上させることを目的とし、また、該鍵盤楽器において、種類が異なる機器で収録された高速の連打演奏にも対応できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この発明に係る鍵盤楽器は、鍵と、前記鍵の押鍵に応じて変位することでハンマを回転付勢するジャック部材であって、該鍵が所定の深さよりも深く押鍵されると該ハンマに対して回転付勢を及ぼさない脱進状態になる前記ジャック部材を含むアクション機構と、前記鍵を駆動するための駆動手段と、再生すべき演奏情報を供給する供給手段とを有する鍵盤楽器において、前記演奏情報が指示するピアノ演奏が連打演奏かどうかを判定する判定手段と、前記演奏情報に対応する鍵の挙動を、時間経過に応じた当該鍵の位置の変化によって表す軌道データを作成する軌道データ作成手段と、前記軌道データに基づき前記駆動手段を制御する制御手段であって、前記判定手段の判定結果に基づき連打演奏を行なう場合、前記ジャック部材を脱進させずに前記鍵が駆動されるよう前記軌道データを修正する前記制御手段とを具えるものである。
【0011】
また、この発明に係る鍵盤楽器において、前記制御手段は、前記判定手段の判定結果に基づき連打演奏を行なう場合、前記ジャック部材を脱進させずに前記鍵が駆動されるよう前記演奏情報を修正するものであり、該修正された演奏情報に対応する軌道データに基づき前記駆動手段を制御するようにしてもよい。
【0012】
また、この発明に係る鍵盤楽器において、前記演奏情報は当該演奏情報を作成した機器の種類を特定するID情報を有しており、再生すべき演奏情報に含まれる前記ID情報に基づき当該演奏情報を作成した機器の種類を判定する機種判定手段を更に具え、前記機種判定手段による機種判定の結果、当該演奏情報を作成した機器の種類が自機とは異なる場合に、前記制御手段は、前記ジャック部材を脱進させずに前記鍵が駆動されるよう前記軌道データ又は前記演奏情報を修正するようにしてもよい。
【発明の効果】
【0013】
この発明によれば、鍵盤楽器において連打演奏を行なわせる場合に、制御手段によりジャック部材を脱進させずに鍵が駆動されるよう軌道データ又は演奏情報を修正することで、連打演奏の再生性能を向上させることができる。更に、機種判定手段により当該演奏情報を作成した機器の種類を判定し、当該演奏情報を作成した機器の種類が自機とは異なる場合に軌道データ又は演奏情報の前記修正を行なうことで、アップライトピアノ型のアクション機構を有する自動演奏ピアノにおいても、例えばグランドピアノ型のアクション機構を有する自動演奏ピアノで収録された連打演奏など、アップライトピアノ型のアクション機構の通常の再生能力以上の高速の連打を、当該演奏情報が指示する打弦タイミングや打弦速度の再現性をある程度確保しつつ再生できるようになるという優れた効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、添付図面を参照してこの発明の一実施例について説明する。
【0015】
図1は、この発明の一実施例に係る自動演奏ピアノの構成例を説明するための図であって、機械的な発音機構の要部を抽出して示すと共に、電気的制御系の機能ブロックを示している。図1に示すように、自動演奏ピアノは、鍵1と、該鍵1の運動をハンマに伝達するためのアクション機構2と、対応する鍵1の運動に連動して打弦運動するハンマ3と、該ハンマ2によって打撃される弦4と、電気的制御に基づき鍵1を駆動する電磁ソレノイド5とを含む発音機構を具える。この実施例においては、アップライトピアノ型自動演奏ピアノを想定しており、図1には弦4が略鉛直に配置されるアップライトピアノ型の発音機構が示されている。上記の構成は、一般的なアップライトピアノ型自動演奏ピアノと同様である。なお、後述するように、この実施例においては、電磁ソレノイド5の駆動をサーボ制御する自動演奏制御構成が適用されている。このため、ソレノイド5には、プランジャ動作を検出して、検出出力をフィードバック信号として後述するサーボコントローラ12に供給するフィードバックセンサが具備される。
【0016】
また、鍵1の下面側には、鍵1の動きに応じた適宜の物理量(位置、速度等)を検出するためのキーセンサ6が配設されている。キーセンサ6の出力は、後述する演奏記録部13とサーボコントローラ12の双方に供給され、演奏収録時の演奏情報の作成と自動演奏制御のサーボ制御とに利用される。また、符号7はハンマ3の動きに応じた適宜の物理量(位置、速度等)を検出するためのハンマセンサである。ハンマセンサ7の出力信号は、演奏記録部13に供給されて、当該演奏収録時の演奏情報の生成に利用される。キーセンサ6とハンマセンサ7は、センサ出力信号に基づき、押鍵タイミング、押鍵速度、離鍵タイミング、離鍵速度、打弦タイミング、打弦速度等、ピアノ演奏操作に関わる種々の情報を計測することができるセンサであれば、例えば上記特許文献1に示されたタイプのセンサなど、従来から知られるどのようなセンサ構成を採用してもよい。この実施例では、キーセンサ6及びハンマセンサ7の一例として、鍵1乃至ハンマ3の動作ストロークの全工程について連続的な位置情報を示すアナログ信号を出力可能な光学式の位置センサを採用するものとする。周知のとおり位置情報を適宜微分することで速度情報を得ることができるので、位置センサを採用した場合も打弦速度等の速度情報を取得できる。
【0017】
鍵1は、バランスピンPに貫通された位置を凡その支点として、上下揺動可能に支持されており、非押鍵状態(外力を加えない状態)では図1に示すレスト位置(ストローク量0mmの位置)にあり、該レスト位置からエンド位置(この実施例ではレスト位置から10mm押し込んだ位置)の範囲で往復動可能である。ソレノイド5が駆動(励磁)されると、ソレノイド5のプランジャが上方に突出して、鍵1の後端を突き上げる。これに応じて、鍵1はバランスピンPを支点に揺動して、その演奏者側端部(図において右側)が下がり、押鍵が行なわれる。鍵1の押鍵動作に連動して、アクション機構2が作動して、ハンマ3が回動して弦4を打弦することで、ピアノ音が発音される。また、ソレノイド5の消磁に応じてプランジャが下がれば、該プランジャによる鍵1の後端突き上げが解除されるので、鍵1はレスト位置に戻る。これが離鍵の動作である。なお、この明細書において押鍵と該押鍵に対応する離鍵を合わせて「打鍵」と言う。
【0018】
図2はピアノ演奏時のアクション機構2の動作を説明するための図である。アクション機構2の構成は、従来から知られるアップライト型のアコースティックピアノに具わるアクション機構の構成と同様である。図2において、非打鍵状態(レスト位置)における各部材の状態を実線で示している。また、図2において、鍵1、ハンマ3及びアクション機構2の主要な部材については、詳しくは後述する「ジャック非脱進打鍵」によりハンマ3が弦4を打弦した瞬間における各部材の位置を2点鎖線で示している。
【0019】
レスト位置にある鍵1(図2において実線で示す)が押鍵されると、鍵1の前端部(図において右側の演奏者側)が下がり、反対に後端部が上方に変位する。これに応じて、鍵1の後端部に取り付けられたキャプスタン30が上昇することで、ウィペン31が当該部材の左側に位置する軸を支点として反時計回りに持ち上げられる。ウィペン31上に載置されたジャック32は、該ウィペン31の動きに応じて上方に進む。その結果ジャック32の上端がハンマ3のハンマシャンク33を支持するバット34の右下部分を突き上げるので、バット34が当該部材の左下側に位置する軸を支点として反時計回りに回転する。この回転運動に応じてハンマシャンク33は平素枕にしていたハンマーレール35から離れて、ハンマヘッド36は弦4に向かって進む。また、ウィペン31の左側に設けられたダンパースプーン37は、前記ウィペン31の反時計回りの変位に応じて左側に傾き、ダンパーレバー38を押動する。これに応じてダンパー39が弦4から離れて、弦4の振動の抑止が解除される。また、ウィペン31の右端に具わるバックチェック43はウィペン31の動きに応じて左側に変位しており、打弦直後に弦4から跳ね返えされるハンマ3のキャッチャー42を受け止めるようになっている。
【0020】
図3を参照して通常の押鍵に応じたジャック32の動きを詳細に説明する。ここで、「通常の押鍵」とは、鍵1をレスト位置からストロークエンド位置(鍵1の押し下げ下限位置)まで押し込む操作である。図3に示す通りジャック32は軸32aを支点として回動可能にウィペン31(図2参照)に連結されており、ジャック32の後端部(ジャックテイル)40は該支点32aから図面右側に向かって延びている。先に述べた通り、押鍵に応じて、ジャック32が上方に進むことで、バット34を反時計回りに回転せしめ、ハンマ3を回転付勢する。ジャック32が上方に進み、図3において点線で示す位置に達すると、ジャックテイル40がレギュレーティングボタン41に当接する。この位置がジャック32の上方変位の限界である。これ以上ジャック32を上方に突き上げると、ジャックテイル40がレギュレーティングボタン41に当接していることから、ジャック32は軸32aを支点として回転して右側に倒れて、バット34の右下部分から抜ける(図において符号32´で示す状態)。この明細書中では、ジャック32が上方変位の限界位置から右側に倒れて、バット34の右下部分から抜け終えて、ジャック32の先端とバット34の右下部分とが非当接状態となる動きをジャック32の「脱進」という。従って、ジャックテイル40がレギュレーティングボタン41に当接し、ジャック32がバット34の右下を滑りながら脱進し終えた段階以降は、ジャック32の先端とバット34の右下部分の接触が断たれるため、鍵1が押し込まれても、通常のピアノ演奏においては、鍵1はある程度の強さ(速さ)で押し込まれるため、ジャック32が上方変位の限界位置に達した時点で既に、ハンマ3はある程度の速度に加速されており、ジャック32による突き上げ作用が解かれた後でも、慣性によって弦4に向かって進む。上記図2において2点鎖線で示すハンマ3の状態は、慣性で動いてきたハンマ3が弦4を打弦する瞬間である。なお、ジャック32の変位過程において、ジャック32の先端がバット34の右下部分を滑っているだけの状態(つまり、ジャック32の突き上げ作用は既に働かないものの、該ジャック32の先端がバット34の右下部分に当接している状態)は、本願でいうところの「脱進」状態には含まれない。
【0021】
前述の通り、自動演奏ピアノにおいては連打演奏の再生が難しく、特に周期の短い連打(速い連打)の追従性が低く、また、アップライトピアノはグランドピアノよりも連打追従性が劣っているため、グランドピアノ型自動演奏ピアノで収録した演奏情報をアップライトピアノ型の装置で再生する場合、連打演奏の正確な再現が難しい、という問題があった。この点について、この発明の発明者は、打鍵時のジャック32の動きに注目し、ジャック32を脱進させることなく打弦を行なわせることで連打演奏の再生性能が良好になることを見出した。この明細書においては、ジャック32を脱進させることなく打弦を行なわせる鍵の駆動制御を「ジャック非脱進打鍵」と呼ぶ。図2及び図3を参照して既に説明した通り、ジャック32を十分な速度で適切な位置まで突き上げれさえすれば、ジャック32を脱進させなくとも、ハンマ3は慣性によって打弦を行なう。以下に詳しく説明する通り、この実施例に係る自動演奏ピアノの演奏情報再生処理においては、特定の鍵駆動条件で「ジャック非脱進打鍵」を実現することで、連打演奏の再現性能を向上させることに特長がある。これにより、例えば、グランドピアノ型自動演奏ピアノにおいて収録された高速の連打演奏であっても、アップライトピアノ型の装置で再生できるようになる。
【0022】
図4は図1に示す自動演奏ピアノの電気的ハードウェア構成の概略を示すブロック図である。図4に示すように自動演奏ピアノは、CPU20、ROM21、RAM22、記憶装置23、インターフェース(I/O)24を含み、各装置間がデータ及びアドレスバス20Bを介して接続される。CPU20は、自動演奏ピアノの全体的な動作を制御すると共に、この自動演奏ピアノの基本的な動作、即ち、演奏情報の再生処理やピアノ演奏の記録処理等、各種信号処理を実行する。この実施例において、前記の各種信号処理は、当該処理を実行するためのソフトウェアプログラムによって構成及び実施されるものとする。該ソフトウェアプログラムは、例えばROM21内に記憶されていてよい。また、ROM21或いはRAM22等の適宜のメモリには、各種信号処理の実行中に発生した各種データや各種パラメータ等が記憶される。
【0023】
センサ25は、図1に示すキーセンサ6、ハンマセンサ7及びソレノイド5に設けられたプランジャセンサ(フィードバックセンサ)に相当する。センサ25の出力信号(アナログ信号)はAD変換器を含むインターフェース(I/O)24を介してディジタル信号に変換され、所定のサンプリング周期で制御系に取り込まれる。また、後述する演奏情報再生時に生成されるソレノイド駆動信号は、PWM発生器26を介してPWM形式の電流信号(以下PWM信号と略称)に変換され、ソレノイド5に供給される。
【0024】
記憶装置23は、ハードディスク、フレキシブルディスク又はフロッピー(登録商標)ディスク、コンパクトディスク(CD‐ROM)、光磁気ディスク(MO)、ZIPディスク、DVD(Digital Versatile Disk)等、適宜の記録媒体で構成されてよい。記憶装置23は、再生すべき演奏情報(自動演奏データ)の供給手段として、或いは、ピアノ演奏を記録するための媒体として利用されるもので、複数の楽曲分の曲データファイル(複数曲分の演奏情報)を記憶することができる。なお、当該自動演奏ピアノには、この他にも演奏情報の再生や演奏記録に関する各種指示、入力をユーザが行うための操作子群を含む操作部や該操作子部を駆動、検出するための機構、その機構を制御するためのソフトウェアや、表示器や、電子音源装置や、その他の外部機器(コンピュータやMIDI機器など)、インターネット等の通信ネットワークに接続するためめの通信インターフェース等が適宜に具備されてよい。
【0025】
図5は、この実施例に係る演奏情報の曲データファイルの構成例の概要を示す図である。この実施例では、一例として演奏情報はSMF(スタンダードMIDIファイル)形式で記述されるものとする。図5において、当該曲データファイルの先頭(ヘッダー部)に記録されたメタイベント中には、当該演奏情報を作成・記録した装置の種類を示すIDデータが記述されている。IDデータには、例えば当該演奏情報を作成・記録した装置のモデルIDと、該装置に搭載されたアクション機構のタイプを、アップライトピアノ型のアクション機構=「0」とグランドピアノ型等の非アップライトピアノ型=「1」の2値の何れかで示すアクションタイプ判別フラグが含まれている。
【0026】
また、図5において楽曲のピアノ演奏内容を制御するためのMIDI演奏イベント(打鍵イベント)の構成例の一例を示す。打鍵イベントは、ノートオンイベントデータ、ノートオフイベントデータ及びデルタタイムデータから構成される。ノートオンイベント及びノートオフイベントデータは、各々、メッセージ種類の識別子(ここではノートオン又はノートオフ)とMIDIチャンネル番号からなるステータスバイト(チャンネルメッセージ)と、ノート番号(音高)を表すデータバイトと、ベロシティ値を表すデータバイトとから構成される。デルタタイムデータは、各ノートオン又はノートオフイベントの発生タイミングを、直前イベントから当該イベントの間の相対的時間間隔を示す値である。このデルタタイムの累積値により曲先頭から当該イベントまでの累積経過時間を得ることができる。なお、この明細書においては、曲の先頭からの累積経過時間のことを指して「時刻」乃至「絶対時刻」と言い、デルタタイムが表す前後する2つのイベント間の相対的時間間隔を「相対時間」と呼ぶ。
【0027】
自動演奏ピアノの基本的な機能である「演奏情報の再生」と「ピアノ演奏の収録」の概要について説明する。図1において、演奏記録部13は、キーセンサ6及びハンマセンサ7の出力に基づき、演奏者が行ったピアノ演奏の演奏内容を記録する処理(演奏の記録処理)を担うモジュールである。また、再生前処理部10、モーションコントローラ11及びサーボコントローラ12は、演奏情報の再生処理を担うモジュールである。この実施例において、これら各モジュールにて実施する信号処理は、CPU20が実行するソフトウェアプログラムによって実現される。
【0028】
ユーザは、図示しない操作パネル上のスイッチ操作等により、ピアノ演奏の収録の開始指示を行うことができる。演奏記録部13は、キーセンサ6及びハンマセンサ7から供給されるセンサ出力信号を取り込み、取り込んだセンサ出力信号に基づき、押鍵タイミング、押鍵速度、離鍵タイミング、離鍵速度、打弦タイミング、打弦速度等、ピアノ演奏に関わる種々の情報を計測し、該計測した種々の情報に基づき、MIDI形式等の適宜のデータフォーマットの演奏情報(自動演奏データ)を生成する処理を行う。生成された演奏情報は、適宜正規化処理された後に、例えば1つの曲データファイルとして記憶装置23に記録されたり、図示しない通信ネットワークを介して該ネットワーク上の他の装置にリアルタイムで供給されてよい。なお、前記正規化処理とは、ピアノの個体差を吸収するための処理である。センサにより検出した種々の物理情報は、各ピアノにおけるセンサの位置や、構造上の違い、あるいは、機械的誤差によって各ピアノ固体に固有の傾向を持つものとなるため、標準となるピアノを想定して、該基準となるピアノに対応する演奏情報に変換する正規化処理を行なうのである。
【0029】
再生前処理部10は、図示しない適宜の記録媒体やリアルタイム通信装置等から供給される演奏情報に対して適宜の正規化や単位合わせ等を行い、鍵1の打鍵軌道を生成するために必要な条件となるデータ(これを再生動作データと呼ぶ)を生成する。前記単位合わせは、例えばMIDI形式で与えられたデータを、例えばミリメートル毎秒単位等の記述単位に変換する処理である。モーションコントローラ11は、再生前処理部10で生成された再生動作データに基づき、再現すべき打鍵軌道を指示するための軌道群(再生軌道の目標値ref=軌道データ)を生成する。なお、ここで「軌道」は時間経過に対する鍵1の位置変化をいう。サーボコントローラ12は、モーションコントローラ11で生成された再生軌道の目標値refとソレノイド5のプランジャセンサとキーセンサ6から帰還入力されるフィードバック信号とに基づく励磁電流(図3のPWM発生器25によって発生されるPWM形式の電流信号)をソレノイド5に供給し、該ソレノイド5の駆動をサーボ制御する。これにより、前記演奏情報に応じた軌道(ストローク動作)に従って鍵1が押鍵され、該鍵1の押鍵動作に応じてアクション機構2が作動して、ハンマ3が打弦運動することで、演奏情報に応じたピアノ演奏が行われることになる。
【0030】
図6はこの実施例に係る自動演奏ピアノにおける演奏情報再生時の全体的な流れを示すフローチャートである。なお、図1に示す通り自動演奏ピアノはアップライトピアノ型のアクション機構2を具えており、自動演奏の制御系はグランドピアノ型のアクション機構との違い(自機のアクション機構の型)を自己認識しているものとする。また、再生開始指示は、例えば自動演奏ピアノのコントローラ等に具えた再生スタートスイッチによって行えるよう構成してよい。
ユーザが或る楽曲についての再生開始の指示を行うと(ステップS1)、再生前処理部10は、再生すべき曲データファイル(演奏情報)を記憶装置23等から読み出し、該読み出した楽曲データファイルに基づき「アクション型判別処理」を行ない(ステップS2)、当該演奏情報の収録を行なった装置の種類を判別する。その後、当該楽曲について「再生処理」を開始する(ステップS3)。
【0031】
図7は前記図6のステップS2における「アクション型判別処理」の手順の一例を示すフローチャートである。ステップS4において、再生前処理部10は演奏情報の先頭部(ヘッダー)を読み出し、ステップS5において前記読み出したヘッダー部のメタイベント中に記述されたIDデータをRAM22に格納する。これにより、該IDデータに含まれるアクションタイプ判別フラグ(フラグ値=0又は1)に基づき、当該演奏情報を作成・記録した装置に搭載されたアクション機構のタイプを判定することができるようになる。前記図5を参照して説明した通り、アップライトピアノ型の場合はフラグ値=「0」、非アップライトピアノ型の場合はフラグ値=「1」とする。ここで、非アップライトピアノ型には、アップライトピアノ型のアクション機構を具えた装置以外の全ての装置が含まれる。すなわち、非アップライトピアノ型の装置で収録された演奏情報には、グランドピアノで収録された演奏情報や、電子ピアノ等その他の電子楽器で収録された演奏情報、或いは、シーケンサ上で打ち込みされた演奏情報などが含まれる。
【0032】
図8は前記図6のステップS3における「再生処理」の手順の一例を示すフローチャートである。なお、図8の再生処理においては、或る1つの鍵(打鍵イベントで指示されるノート番号に対応する音高の鍵)の打鍵駆動について説明する。ステッS6において、前記図6のステップS1で行なわれた再生開始指示に応じて鍵1の打鍵操作をサーボ制御するサーボコントローラ12が起動する。サーボコントローラ12は当該再生処理とは別ルーチンで動作する。ステップS7において、再生前処理部10は、記憶装置23等から読み出した演奏情報に対して適宜の正規化や単位合わせ等を行い、再生動作データを生成する。これにより、MIDI形式で与えられたノートオンベロシティから打弦速度VH(mm/秒)、当該ノートオンに対応するデルタタイムから打弦時刻TH(絶対時刻)、ノートオフベロシティから離鍵速度VKN(mm/秒)、当該ノートオフに対応するデルタタイムから離鍵時刻TH(絶対時刻)をそれぞれ取得することができる。ステップS8においてモーションコントローラ11は前記再生動作データに基づき「軌道群作成処理」を行なう。なお、「軌道群」とは押鍵軌道と離鍵軌道のセットを指し、ここで作成された軌道群のデータはRAM22に一時格納される。そして、前記「軌道群作成処理」によって作成された軌道群の再生タイミングが到来したら(ステップS9のyes)、ステップS10においてサーボコントローラ12に再生すべき軌道群のデータを供給し、サーボコントローラ12は該供給された軌道群に基づき鍵1の挙動をサーボ制御して、当該軌道群が表す軌道の動作を鍵1に行なわせる。そして、ステップS11、ステップS12により、演奏情報が終了するまで上記ステップS8以降の処理を繰り返す。演奏情報が終了したら(ステップS12のyes)、サーボコントローラ12を停止する。
【0033】
図9はモーションコントローラ11が実行する「軌道群作成処理(上記図8のステップS8)」の手順の一例を示すフローチャートである。なお、この実施例において、作成する軌道は、鍵が一定速度で変位する等速軌道(直線軌道)とする。また、押鍵から離鍵に至る軌道群の作成について説明するが、離鍵から押鍵に至る軌道群の作成についても大略同様なアルゴリズムを適用できる。
【0034】
ステップS14において、前記再生前処理部10で生成した再生動作データに基づき、或る1つの打鍵のノートオンイベントに対応する打弦速度VH及び打弦時刻THを取得する。ステップS15において、打弦速度VH及び打弦時刻THに基づき、押鍵リファランス速度Vrと押鍵リファランス時刻Trを算出する。押鍵リファランス速度Vrとは、鍵1の所定のストローク位置(リファランス位置X)における鍵の押鍵速度のことを指す。リファランス位置Xとは、当該位置における鍵の速度を確定することで、所望のハンマ打弦速度を高精度で再現できる位置であり、これは実験等により概ねレスト位置から9.0〜9.5mm押し込んだ位置であることが判っている。リファランス位置Xにおいて打弦速度VHを忠実に再現するための押鍵リファランス速度Vrは直線近似関数式(1)によって推定できる。
Vr=α*VH+β・・・式(1)
なお、この明細書において記号「*」は乗算を示す。
【0035】
また、押鍵リファランス時刻Trは、打弦時刻THにおいて打弦を行なうために鍵1がリファランス位置Xを通過する時刻である。打弦時刻THと押鍵リファランス時刻Trの時間差ΔTとすると、該時間差ΔTと打弦速度VHの関係は双曲線によって良好に近似されることが実験から判っている。従って、時間差ΔTは打弦速度VHを分母とする1変数式(2)で近似することができる。時間差ΔTが求まれば、打弦時刻THから時間差ΔTを減算することで押鍵リファランス時刻Trを算出することができる。
ΔT=−(γ/VH)+δ・・・式(2)
また、押鍵開始時刻TRは押鍵リファランス時刻Tr(絶対時刻)と、速度Vrの速さでレスト位置(ストローク0mm)からリファランス位置Xまで変位するのにかかる時間(相対時間)の差分「Tr−X/Vr」として求めることができる。この押鍵開始の絶対時刻をTR、レスト位置(ストローク0mm)XRとすると、押鍵リファランス速度Vr及び押鍵リファランス時刻Trを満たす等速押鍵軌道は、tを絶対時刻とすると「Vr*(t−TR)+XR」で表すことができる。これにより、当該ノートオンイベントを実現するための押鍵軌道を求めることができる。なお、式(1)のα及びβと、式(2)のγ及びδは、それぞれ、ピアノ機種やリファランス位置Xの設定等に応じて実験によって決定される定数である。
【0036】
ステップS16において、前記再生前処理部10で生成した再生動作データに基づき、前記ステップS14で処理したノートオンイベントに続くノートオフイベントに対応する離鍵速度VKN(<0)及び離鍵時刻THを取得する。ステップS17において離鍵速度VKN及び離鍵時刻THに基づき離鍵リファランス速度VrNと離鍵リファランス時刻TrNを算出する。離鍵軌道については、ダンパー39が弦4に当接する(弦4の音を減衰開始させる)時点における鍵1のストローク位置を離鍵リファランス位置XNとする。離鍵リファランス速度VrN(<0)は該離鍵リファランス位置XNにおける鍵の速度であり、また、離鍵リファランス時刻TrNは離鍵動作中の鍵が該離鍵リファランス位置Xnに達する時刻である。ここで、離鍵動作開始を基準時点(=0)、鍵のストロークエンド位置をXE(ストローク深さ10mm)、鍵が離鍵リファランス位置XNを通過する時刻をTrN´とすると離鍵リファランス位置XNは式(3)となる。
XN=VrN*TrN´+XE・・・式(3)
なお、この実施例では等速軌道を想定しているので初速度=VrN=VKN(<0)である。この式(3)からTrN´を求めることができる。TrN´は速度VrNの速さでエンド位置XEから離鍵リファランス位置XNまで変位するのにかかる時間(相対時間)であるから、該TrN´と離鍵リファランス時刻TrN(絶対時刻)との差分から、離鍵開始時刻(エンド位置出発時刻)TENを求めることができる。従って、離鍵リファランス速度VrN及び離鍵リファランス時刻TrNを満たす等速離鍵軌道は、tを絶対時刻とすると「VrN*(t−TEN)+XE」で表すことができる。これにより、当該ノートオフイベントを実現するための離鍵軌道を求めることができる。
【0037】
ステップS18において、前記ステップS15で求めた押鍵軌道と前記ステップS17で求めた離鍵軌道とに基づき、両軌道が鍵1のエンド位置XEの手前で交差するかどうかの判定(軌道交差判定)を行なう。これにより所謂ハーフストローク奏法を表す軌道を摘出することができる。軌道が交差する(ハーフストローク奏法である)場合とは、例えば連打打鍵の場合などが考えられる。軌道交差の有無は、押鍵軌道のエンド到着時刻TEと離鍵軌道のエンド出発時刻TENの比較により判定できる。
【0038】
軌道が交差しない場合(ステップS18のno)は、ステップS19において上記ステップS15、S17で求めた各パラメータに基づき通常の再生軌道群の作成を行なう。すなわち、押鍵レスト出発時刻TR〜押鍵エンド到着時刻TEの押鍵軌道(押鍵リファランス速度Vr)と、押鍵エンド到着時刻TE〜離鍵エンド出発時刻TENの静止軌道(速度=0)と、離鍵エンド出発時刻TEN〜離鍵レスト到着時刻TRNの離鍵軌道(離鍵リファランス速度VrN)の3つの軌道を1組とする再生軌道群(軌道リファランスref)を作成する。そして、ステップS23において、前記ステップS19で作成した再生軌道群を1打鍵用の軌道群としてRAM22に格納する。
【0039】
軌道が交差する場合(ステップS18のyes)は、当該打鍵イベントは連打演奏(ハーフストローク奏法)と考えられる。そこで、ステップS20において前記図6のステップS5においてRAM22に記録した当該演奏情報のIDデータのアクションタイプ判別フラグを調べ、当該演奏情報を作成・記録した装置のアクション機構が非アップライトピアノ型(非UP型)かアップライトピアノ型(UP型)かを判別する。当該演奏情報を作成・記録した装置のアクション機構がアップライトピアノ型(フラグ値=「0」)であれば(ステップS20のno)、当該演奏情報の連打演奏を再生することが可能であるため、ステップS22において従来通りの軌道交差処理を行なうことで、交差軌道群(ハーフストローク軌道)の作成処理を行なう。
【0040】
ステップS21の軌道交差処理について、押鍵からエンド位置に至る前に離鍵を開始する軌道交差を一例に説明する。押鍵軌道が時刻TRに押鍵レスト位置を出発し、時刻TEにエンド位置に到着する速度Vrの軌道、また、離鍵軌道が時刻TENにエンド位置を出発して時刻TRNにレスト位置に到着する速度VrN(<0)の軌道とすると、押鍵軌道と離鍵軌道が交差する交差時刻Tcは次式(4)で求めることができる。
Tc=(Vr*TE−VrN*TEN)/(Vr−VrN)・・・式(4)
これにより、上記式(4)で求めた交差時刻TcとステップS15、S17で求めた各パラメータに基づき、押鍵レスト出発時刻TR〜交差時刻Tcの押鍵軌道(押鍵リファランス速度Vr)と、交差時刻Tc〜離鍵レスト到着時刻TRNの離鍵軌道(離鍵リファランス速度VrN)との2つの軌道から成る交差軌道群(軌道リファランスref)を作成できる。そして、ステップS23において前記ステップS21で作成した交差軌道群を1打鍵用の軌道群としてRAM22に格納する。
【0041】
一方、当該演奏情報を作成・記録した装置のアクション機構が非アップライトピアノ型(フラグ値=「1」)であれば(ステップS20のyes)、当該演奏情報の連打演奏を再生できない(当機の再生能力の越えている)可能性があるため、ステップS22おいて、この実施例に係る「ジャック非脱進処理」を行なう。
【0042】
図10は、前記ステップS22の「ジャック非脱進処理」の手順の一例を示すフローチャートである。また、図11はジャック非脱進打鍵の軌道の一例を示す図である。図11において、点線で示す軌道は従来通りの交差軌道群(速度Vrの押鍵軌道と速度VrNの離鍵軌道であって、交差時刻Tcにて両軌道が交差するもの)である。当該交差軌道群における交差時刻Tcの鍵ストローク位置つまり交差位置Xcは、押鍵軌道又は離鍵軌道から算出することができる。この交差軌道群を「ジャック非脱進処理」により変換することで、図11において実線で示すジャック非脱進打鍵用の軌道群45を作成することができる。図11に示すジャック非脱進打鍵用の軌道群45は、押鍵レスト出発時刻TRから交差時刻Tcまで押鍵が行なわれ、交差時刻Tcから離鍵レスト到着時刻TRNまで離鍵が行なわれており、押鍵時に交差時刻Tcにおいてストローク位置Xdに達する、言い換えれば、位置Xdにおいて押鍵軌道と離鍵軌道が交差する軌道である。従って、点線で示す交差軌道群の交差位置XcをXdに変換すれば、ジャック非脱進打鍵用の軌道群45を求めることができる。押鍵軌道と離鍵軌道の交差する位置Xdとは、つまり、当該軌道群によって鍵が押し込まれる深さのピークに相当する。
【0043】
この実施例に係るジャック非脱進処理においては、ジャック非脱進打鍵用の軌道群45の作成条件、すなわち、ジャック非脱進打鍵を行なうための鍵の駆動条件として、位置Xdの値(鍵の押し込み深さ)を規制することに特長がある。図11において、XDはジャック非脱進打鍵を行なう際の鍵の押し込み深さの最適位置(非脱進最適位置)を示している。非脱進最適位置XDの設定値としては、鍵1をレスト位置から概ね7mm程度押し込んだ位置が好適であることが実験等の結果から判った。そこで、この実施例では、非脱進最適位置XD=7mmとし、ジャック非脱進打鍵を行なうための鍵の駆動条件として、押鍵時の鍵の押し込み量(深さ)を該非脱進最適位置XD(=7mm)の±1mmの範囲で規制することにする。なお、前述の通り、この実施例ではレスト位置(押し込み量0mm)から鍵を10mm押し込んだ位置をエンド位置としている。
【0044】
この鍵の駆動条件(鍵1の押し込み量(深さ)の規制)に従ってジャック非脱進打鍵用の軌道群45を作成する処理の手順を図10を参照して説明する。
先ず、ステップS24において前記交差位置Xcの値を求める。交差位置Xcは下記式(5)で求めることができる。
Xc=XR+Vr*(Tc−TR)・・・(5)
なお、上記式(5)においてレスト位置XR=ストローク深さ0mmである。
ステップS25において、前記ステップS24で求めた交差位置Xcが非脱進最適位置XDの±1mmの範囲以内であるかどうかを判定する。この実施例では、非脱進最適位置=7mmに設定しているため、ステップS25では交差位置Xcが6mm以上、8mm以下の値かどうかを判断する。交差位置Xcが非脱進最適位置XDの±1mm以内である場合は(ステップS25のyes)、現在の押鍵リファランス速度Vrと離鍵リファランス速度VrNをジャック非脱進打鍵用の軌道群としてそのまま採用するものとして、ステップS29に処理を進める。
【0045】
交差位置Xcが非脱進最適位置XD−1mmより小さい場合、ステップS26において軌道の交差位置を変換後交差位置Xd=XD−1に変換する処理を行なう。この実施例では、交差位置Xc<6mmの場合には、軌道の交差位置Xcを変換後交差位置Xd=6mmに変換する。すなわち、元の交差位置Xc<XD−1mmの場合は、交差位置をXD−1mm(この例では6mm)の位置まで一律持ち上げることにする。
【0046】
また、交差位置Xcが非脱進最適位置XD+1mmより大きい場合、ステップS27において軌道の交差位置を変換後交差位置Xd=XD+1に変換する処理を行なう。この実施例では、交差位置Xc>8mmの場合には、軌道の交差位置Xcを変換後交差位置Xd=8mmに変換する。すなわち、元の交差位置Xc>XD+1mmの場合は、交差位置をXD+1mm(この例では8mm)の位置まで一律で下げることにする。
【0047】
上記ステップS26又はS27により交差位置Xcを、ジャック非脱進処理に適した値、非脱進最適位置XD−1mm又は非脱進最適位置XD+1mmに変換することで、ジャック非脱進による打弦を安定して実行できるようにすると共に、打鍵イベントに対応する鍵の挙動の特性(押し込みの浅い軌道や、押し込みの深い軌道)を残し、演奏の再現性を高めるようにしている。
【0048】
ステップS28では、上記ステップS26又はS27により新規に設定した変換後交差位置Xdに基づき変換後押鍵リファランス速度Vrd=Vr*(Xd/Xc)と変換後離鍵リファランス速度VrdN=VrN*(Xd/Xc)を求める。なお、「Vr」はステップS15で求めた押鍵リファランス速度、「VrN」はステップS17で求めた離鍵リファランス速度である。
【0049】
ステップS29では、上記各処理で求めた各パラメータに基づき、押鍵レスト出発時刻TR〜交差時刻Tcの押鍵軌道(押鍵リファランス速度Vrd)と、交差時刻Tc〜離鍵レスト到着時刻TRNの離鍵軌道(離鍵リファランス速度VrdN)の2つの軌道から成るジャック非脱進打鍵用の軌道群(軌道リファランスref)を作成できる。このジャック非脱進打鍵用の軌道群の一例は図11において実線で示すような軌道である。なお、交差位置Xcが非脱進最適位置XDの±1mm以内の場合(ステップS25のyes)、押鍵リファランス速度VrdはステップS15で求めた押鍵リファランス速度Vr、離鍵リファランス速度VrdNはステップS17で求めた離鍵リファランス速度VrNの値が採用される。
【0050】
そして、図9のステップS23において、前記ステップS29において作成されたジャック非脱進打鍵用の軌道群がを1打鍵用の軌道群としてRAM22に格納される。
【0051】
図12は、当該自動演奏ピアノにおけるサーボ制御の制御構成の一例を機能的に示すブロック図である。以下に、当該自動演奏ピアノにおける鍵1の打鍵操作のサーボ制御の動作(サーボコントローラ12の動作)の一例について図12を参照して説明する。
【0052】
目標値生成部50には、図9及び図10を参照して説明した処理によりモーションコントローラ11で生成されてRAM22に格納された軌道群(軌道リファランスref)が、当該軌道群の供給タイミングに応じて供給される。目標値生成部50は該供給された軌道リファランスに基づき、或る時刻tにおける位置目標値rx及び速度目標値rvを生成する。速度目標値rvは、或る時刻tにおける打鍵速度を例えばミリメートル毎秒単位で記述したデータである。この実施例では等速軌道を想定しているので、速度目標値rvは常に一定であり、押鍵軌道については押鍵リファランス速度Vr又はVrd、離鍵軌道については離鍵リファランス速度VrN又はVrdNとなる。また、位置目標値rxは該或る時刻tにおける鍵の位置を表すデータであり、軌道群のデータに基づき生成することができる。
【0053】
目標値生成部50で生成された速度目標値rvと位置目標値rxは、所定のサンプル時間毎(例えば1ms毎)に、後段の速度比較部51、位置比較部52にそれぞれ並行に送出される。速度比較部51では、速度目標値rvと速度成分のフィードバック信号yvの差(速度偏差ev)を求める。また、位置比較部52では、位置目標値rxと位置成分のフィードバック信号yxの差(位置偏差ex)を求める。
【0054】
前記速度成分のフィードバック信号yvと前記位置成分のフィードバック信号yxは、ソレノイド5の制御量(プランジャ速度)ymを検出する速度センサ(プランジャセンサ)56及び該ソレノイド5により打鍵された鍵1の制御量(鍵ストローク位置)ykを検出する位置センサ(キーセンサ)6の出力に基づき生成される。速度センサ56から出力されたプランジャ速度ymに基づく速度アナログ信号yvma及び位置センサ(キーセンサ)6から出力された鍵ストローク位置ykに基づく位置アナログ信号yxkaはそれぞれAD変換器(図4におけるインターフェース24に相当する)57a,57bを介して、速度ディジタル信号yvmdと位置ディジタル信号yxkdに変換される。正規化部58a,58bにおいて、速度ディジタル信号yvmd及び位置ディジタル信号yxkdに対して所定の正規化処理を行ない、速度ディジタル信号yvmd及び位置ディジタル信号yxkdをそれぞれ正規化した値「プランジャ速度値yvm」と「鍵位置値yxk」が生成される。なお、前記所定の正規化処理は例えば、速度ディジタル信号yvmdの記述単位を速度目標値rvの記述単位(例えばミリメートル毎秒単位)に換算したり、位置ディジタル信号yxkdの記述単位を位置目標値rxの記述単位(例えばミリメートル)に換算したりする処理や、各装置個体に固有の値ずれの補正などである。
【0055】
速度生成部59は、鍵位置値yxkを適宜微分演算(例えば多項式適合等)することにより、鍵1の速度情報(鍵速度値yvk)を生成する。また、位置生成部60は、プランジャ速度値yvmを適宜積分演算することにより、プランジャの位置情報(プランジャ位置値yxm)を生成する。そして、速度成分加算部61において、プランジャ速度値yvmと鍵速度値yvkを加算して一本化することで、速度成分のフィードバック信号yvを生成する。この速度成分のフィードバック信号yvは前記速度比較部51へ帰還入力(負帰還)される。また、位置成分加算部62において、鍵位置値yvkとプランジャ位置値yxmを加算して一本化することで、位置成分のフィードバック信号yxを生成する。この位置成分のフィードバック信号yxは前記位置比較部52へ帰還入力(負帰還)される。
【0056】
速度比較部51で求めた速度目標値rvと速度成分フィードバック信号yvとの差(速度偏差ev)は、速度増幅部53において所定のゲイン値Kvで増幅された後、速度制御信号uvとして加算器55に供給される。また、位置比較部52で求めた位置目標値rxと位置成分フィードバック信号yxの差(位置偏差ex)は、位置増幅部54において所定のゲイン値Kxで増幅された後、位置制御信号uxとして加算器55に供給される。加算器55では、速度制御信号uvと位置制御信号uxを加算することで、これら各事象の制御信号を一本化する。この加算結果がソレノイド5を駆動するための制御信号uである。制御信号uはPWM発生器26を介してPWM形式のソレノイド励磁電流信号uiに変換され、この励磁電流信号uiに基づきソレノイド5が駆動される。
【0057】
以上の通り動作するサーボ制御において、前記図10のステップS28において作成されたジャック非脱進打鍵用の軌道群が与えられた場合、ジャック32(図2参照)を脱進させずに打弦が行なわれるよう鍵1の駆動制御が行なわれる。これにより、この実施例に係るアップライトピアノ型の自動演奏ピアノにおいて、連打演奏の再生性能を向上させることができる。また、この実施例において、ジャック非脱進打鍵の軌道群が生成される場合とは、押鍵軌道と離鍵軌道とが交差し(図9のステップS18のyes)、且つ、当該演奏情報が非アップライトピアノ型のアクション機構を具備する装置(例えばグランドピアノ)において収録された場合(図9のステップS21のyes)である。従って、この実施例によれば、アップライトピアノ型の自動演奏ピアノにおいて、非アップライトピアノ型のアクション機構を具備する装置(例えばグランドピアノ)において収録された高速の連打演奏など、アップライトピアノ型のアクション機構の通常の再生能力以上のピアノ演奏を、当該演奏情報が指示する打弦タイミング及び打弦速度の再現性を確保しつつ、良好に再生できるようになる。
【0058】
なお、上記実施例では、図9のステップS21により当該演奏情報を収録した装置のアクション機構の型(アップライトピアノ型か非アップライトピアノ型か)の判別を行い、当該演奏情報が非アップライトピアノ型のアクション機構を具備する装置(例えばグランドピアノ)で収録された場合に限り(図9のステップS21のyes)、ステップS23によりジャック非脱進打鍵の軌道群生成処理を行なうものとしたが、これに限らずアクション機構の型判別を行わずに、軌道交差の場合には(図9のステップS18のyes)ジャック非脱進打鍵の軌道群生成処理を行なうようにしてもよい。
【0059】
なお、上記実施例においては、ジャック非脱進打鍵による演奏情報の再生(連打演奏)を行なう場合には、図10の「ジャック非脱進処理」により、押鍵リファランス速度、離鍵リファランス速度、交差時刻を変換することで、軌道群(軌道データ)をジャック非脱進打鍵用の軌道群に変換する構成例について説明したが、これに限らず、当該演奏情報(打鍵イベント)自体をジャック非脱進打鍵用に変換するよう構成してもよい。この場合、ジャック非脱進打鍵用に変換された演奏情報に対応する軌道群を作成することでジャック非脱進打鍵が実現される。
【0060】
また、上記実施例においては、ジャック非脱進打鍵のための鍵の駆動条件の一例として、鍵の押し込み深さを規制(非脱進最適位置XD±1mm)する例を挙げた。鍵の押し込み深さを規制の条件については、実施例に挙げた数値例(非脱進最適位置7mm±1mm)に限定されるものではなく、ジャック32を脱進させないで打弦が行なえる鍵の駆動条件(押し込み深さ)でさえあればよい。また、鍵の駆動条件としては、鍵の押し込み深さの規制に限らず、例えば、打鍵ストローク幅(振幅)の規制、打弦タイミングの確保或いは打弦速度極力確保(図11において2点鎖線で示すように、押鍵開始時刻TRを適宜遅延させた時刻TR2に変換した押鍵軌道を用いる)などによってもジャック非脱進打鍵を実現しうる。また、上記の各種条件を適宜に組み合わせてジャック非脱進打鍵を実現してもよい。
【0061】
また、上記実施例においては、図9のフローチャートに示す軌道群作成処理によって作成される押鍵軌道及び離鍵軌道として等速軌道(直線軌道)を想定したが、作成する軌道群は直線軌道に限らず適宜の曲線軌道(等加速度軌道や等躍動軌道)であってもよいし、等速軌道と曲線軌道の組み合わせ(例えば、押鍵と離鍵の切り替え部分のみ曲線軌道とする等)であってもよい。
【0062】
また、上記図12に示すサーボコントローラ12のサーボ制御構成は一例であって、サーボ制御の適用例は、フィードバック制御する物理量(位置、速度、加速度等)の種類及びその組み合わせ、更には、各物理量の重み付けゲインの調整やバイアス電流の付加等、種々の要素の組み合わせに応じて多様である。すなわち、サーボコントローラ12のサーボ制御構成は従来から知られるどのような構成を適用しても差し支えない。
【0063】
なお、上記実施例においては、この実施例に係る自動演奏ピアノをアコースティックピアノによって構成する例について説明したが、これに限らず、アップライトピアノ型のアクション機構の作動により発音を行なう電子ピアノや、ジャックとバットの機能を介した鍵駆動により演奏再生を行なう機能を持った電子鍵盤楽器等であれば、この発明を適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】この発明の一実施例に係る自動演奏ピアノの全体構成を示す図。
【図2】同実施例に係る自動演奏ピアノにおけるアクション機構の側面図。
【図3】同実施例に係るアクション機構に含まれるジャックの動きを説明するための概略図。
【図4】同実施例に係る自動演奏ピアノの電気的ハードウェア構成を示すブロック図。
【図5】同実施例に係る自動演奏ピアノに供給される演奏情報の曲データファイルの構成例を示す概略図。
【図6】同実施例に係る自動演奏ピアノにおける演奏情報再生時の全体的な流れを示すフローチャート。
【図7】同実施例に係る自動演奏ピアノにおけるアクション型判別処理の手順の一例を示すフローチャート。
【図8】同実施例に係る自動演奏ピアノにおける再生動作の手順の一例を示すフローチャート。
【図9】同実施例に係る自動演奏ピアノにおける軌道群作成処理の手順の一例を示すフローチャート。
【図10】同実施例に係る自動演奏ピアノにおけるジャック非脱進処理の手順の一例を示すフローチャート。
【図11】図10のジャック非脱進処理により作成されるジャック非脱進打鍵の軌道の一例を示す図。
【図12】同実施例に係る自動演奏ピアノにおけるサーボ制御の構成例を示すブロック図。
【符号の説明】
【0065】
1 鍵、2 アクション機構、3 ハンマ、4 弦、5 電磁ソレノイド、6 キーセンサ、7 ハンマセンサ、10 再生前処理部、11 モーションコントローラ、12 サーボコントローラ、13 演奏記録部、20 CPU、21 ROM、22 RAM、23 記憶装置、32 ジャック、34 バット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鍵と、前記鍵の押鍵に応じて変位することでハンマを回転付勢するジャック部材であって、該鍵が所定の深さよりも深く押鍵されると該ハンマに対して回転付勢を及ぼさない脱進状態になる前記ジャック部材を含むアクション機構と、前記鍵を駆動するための駆動手段と、再生すべき演奏情報を供給する供給手段とを有する鍵盤楽器において、
前記演奏情報が指示するピアノ演奏が連打演奏かどうかを判定する判定手段と、
前記演奏情報に対応する鍵の挙動を、時間経過に応じた当該鍵の位置の変化によって表す軌道データを作成する軌道データ作成手段と、
前記軌道データに基づき前記駆動手段を制御する制御手段であって、前記判定手段の判定結果に基づき連打演奏を行なう場合、前記ジャック部材を脱進させずに前記鍵が駆動されるよう前記軌道データを修正する前記制御手段と
を具えることを特徴とする鍵盤楽器。
【請求項2】
前記制御手段は、前記判定手段の判定結果に基づき連打演奏を行なう場合、前記ジャック部材を脱進させずに前記鍵が駆動されるよう前記演奏情報を修正するものであり、該修正された演奏情報に対応する軌道データに基づき前記駆動手段を制御することを特長とする請求項1に記載の鍵盤楽器。
【請求項3】
前記演奏情報は当該演奏情報を作成した機器の種類を特定するID情報を有しており、
再生すべき演奏情報に含まれる前記ID情報に基づき当該演奏情報を作成した機器の種類を判定する機種判定手段を更に具え、
前記機種判定手段による機種判定の結果、当該演奏情報を作成した機器の種類が自機とは異なる場合に、前記制御手段は、前記ジャック部材を脱進させずに前記鍵が駆動されるよう前記軌道データ又は前記演奏情報を修正することを特長とする請求項1又は2に記載の鍵盤楽器。
【請求項4】
前記アクション機構はアップライトピアノ型であることを特長とする請求項1乃至3の何れかに記載の鍵盤楽器。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2007−199411(P2007−199411A)
【公開日】平成19年8月9日(2007.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−18083(P2006−18083)
【出願日】平成18年1月26日(2006.1.26)
【出願人】(000004075)ヤマハ株式会社 (5,930)
【Fターム(参考)】