説明

鍵盤装置

【課題】 アコ−スティックピアノの鍵タッチ感に、より近似した鍵タッチ感を得ることができる鍵盤装置を提供する。
【解決手段】 ハンマー部材3の回動支点からハンマー部材3に鍵2の弾性部23が接触する接触点までの水平方向の距離をLとし、ハンマー部材3の回動支点まわりの慣性モーメントをIとし、鍵2に接触するハンマー部材3の弾性部23における鉛直方向の弾性率をKとした際に、水平方向の距離(L)と慣性モーメント(I)と弾性率(K)とを、
(2/π)・K・10−4≦(I/L)≦4・(2/π)・K・10−4
の関係に設定した。従って、鍵2を押鍵操作した際に、ハンマー部材3によって鍵2に付与されるアクション荷重が最大になるタイミングを、鍵の押鍵操作の開始時から、10ミリ秒乃至20ミリ秒の間の時間だけ遅らせることができるので、アコ−スティックピアノの鍵タッチ感に近いタイミングで最大のアクション荷重を付与することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、電子ピアノなどの鍵盤楽器に用いられる鍵盤装置に関し、更に詳しくは押鍵操作に応じて鍵にアクション荷重を付与する鍵盤装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、鍵盤楽器においては、特許文献1に記載されているように、アコ−スティックピアノの鍵タッチ感に近似した鍵タッチ感を得るために、鍵盤シャーシ上に鍵を上下方向に回動可能に設けると共に、この鍵盤シャーシにハンマー部材を上下方向に回動可能に設け、鍵を押鍵操作した際に、その鍵の押鍵操作に応じてハンマー部材が回動変位して鍵にアクション荷重を付与するように構成されたものが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−226687号公報
【0004】
このような鍵盤楽器においては、鍵を押鍵操作した際に、その押鍵力をハンマー部材に確実に伝えるために、鍵にハンマー保持部を設け、このハンマー保持部でハンマー部材の先端部を摺動可能に保持して、鍵とハンマー部材とを連結することにより、鍵を押鍵操作した際に、速やかに鍵の押鍵力をハンマー部材に伝えるように構成されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、このような従来の鍵盤楽器では、鍵に設けられたハンマー保持部でハンマー部材の先端部を摺動可能に保持しているため、鍵を押鍵操作した際に、鍵の押鍵力がハンマー部材に速やかに伝わり、これに伴ってハンマー部材が鍵にアクション荷重である反力を速やかに伝えるので、アコ−スティックピアノのように、鍵を押鍵操作した際に、鍵に付与されるアクション荷重が最大になるタイミングが時間的に遅れて発生するという鍵タッチ感が得られず、アコ−スティックピアノの鍵タッチ感に比べて、異なった鍵タッチ感になるという問題がある。
【0006】
この発明が解決しようとする課題は、アコ−スティックピアノの鍵タッチ感に、より近似した鍵タッチ感を得ることができる鍵盤装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明は、上記課題を解決するために、次のような構成要素を備えている。
請求項1に記載の発明は、鍵盤シャーシと、この鍵盤シャーシ上に上下方向に回動可能に設けられた鍵と、この鍵の押鍵操作に応じて回動変位して前記鍵にアクション荷重を付与するハンマー部材と、このハンマー部材と前記鍵との少なくとも一方に設けられ、且つ前記鍵の押鍵操作に応じて弾性変形する弾性部とを備えた鍵盤装置において、
前記鍵が押鍵操作されない初期状態で、前記ハンマー部材の回動支点から前記ハンマー部材に前記鍵が接触する接触点までの水平方向の距離をLとし、前記ハンマー部材の前記回動支点まわりの慣性モーメントをIとし、前記ハンマー部材と前記鍵との少なくとも一方の前記弾性部における鉛直方向の弾性率をKとした際に、前記水平方向の距離Lと前記慣性モーメントIと前記弾性率Kとを、
(2/π)・K・10−4≦(I/L)≦4・(2/π)・K・10−4
の関係に設定し、
前記鍵を押鍵操作した際に、前記ハンマー部材によって前記鍵に付与されるアクション荷重が最大になるタイミングを予め定められた時間遅らせたことを特徴とする鍵盤装置である。
【0008】
請求項2に記載の発明は、前記ハンマー部材によって前記鍵に付与されるアクション荷重が最大になるタイミングの遅れ時間が、前記鍵の押鍵操作の開始時から、10ミリ秒乃至20ミリ秒の間に設定されていることを特徴とする請求項1に記載の鍵盤装置である。
【0009】
請求項3に記載の発明は、前記弾性率Kで弾性変形する前記弾性部が、前記ハンマー部材と前記鍵との接触部分における少なくとも一方に設けられていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の鍵盤装置である。
【0010】
請求項4に記載の発明は、前記弾性率Kで弾性変形する前記弾性部が、前記ハンマー部材の一部または全体に設けられ、前記鍵にアクション荷重を付与する際に前記ハンマー部材を撓み変形させることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の鍵盤装置である。
【0011】
請求項5に記載の発明は、前記ハンマー部材と前記鍵との接触部分における少なくとも一方に弾性率がK1の第1弾性部を設け、前記ハンマー部材の一部または全体に弾性率がK2で撓み変形する第2弾性部を設けた構成である場合に、前記第1弾性部と前記第2弾性部との両者における鉛直方向の前記弾性率Kは、
K=K1・K2/(K1+K2)
の関係に設定されていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の鍵盤装置である。
【発明の効果】
【0012】
この発明によれば、ハンマー部材の回動支点からハンマー部材に鍵が接触する接触点までの水平方向の距離Lと、ハンマー部材の回動支点まわりの慣性モーメントIと、ハンマー部材と鍵との少なくとも一方に設けられた弾性部における鉛直方向の弾性率Kとを最適な関係に設定して、鍵を押鍵操作した際にハンマー部材によって鍵に付与されるアクション荷重が最大になるタイミングを予め定められた時間遅らせることができる。このため、鍵を押鍵操作した際に、アコ−スティックピアノの鍵タッチ感に近いタイミングで、最大のアクション荷重を付与することができるので、アコ−スティックピアノの鍵タッチ感に、より近似した鍵タッチ感を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】この発明を適用した鍵盤装置の一実施形態を示した要部の断面図である。
【図2】図1の鍵盤装置においてハンマー部材が回動する際における各要部のパラメータを示した図である。
【図3】図2において鍵のハンマー保持部によって弾性部が弾性変形する状態を示し、(a)は鍵が押鍵操作されていない初期状態における弾性部の状態を示した要部の拡大断面図、(b)は鍵が押鍵操作されて弾性部が弾性変形した状態を示した要部の拡大断面図である。
【図4】図2において鍵が押鍵操作されてハンマー部材が回動変位する際の変位量と時間との関係を示した特性図である。
【図5】図3の弾性部が押鍵操作に応じて弾性変形する原理を示し、(a)は鍵が押鍵操作されていない初期状態を示した模式図、(b)は鍵が押鍵操作されて弾性部が最大に弾性変形した後にハンマー部材を押上げる状態を示した模式図である。
【図6】図5においてハンマー部材による反力のピークが現れる周期を示した図である。
【図7】図2の鍵盤装置において鍵を弱い力で押鍵操作した際の反力と時間との関係を示した特性図である。
【図8】図2の鍵盤装置において鍵を強い力で押鍵操作した際の反力と時間との関係を示した特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図1〜図8を参照して、この発明を適用した鍵盤装置の一実施形態について説明する。
この鍵盤装置は、図1に示すように、合成樹脂製の鍵盤シャーシ1と、この鍵盤シャーシ1上に上下方向に回動可能に配置された複数の鍵(白鍵と黒鍵、ただしここでは1つの白鍵について説明する。)2と、これら複数の鍵2にそれぞれアクション荷重を付与するハンマー部材3と、各鍵2の押鍵動作に応じてそれぞれオン信号を出力するゴムスイッチ4とを備えている。
【0015】
鍵盤シャーシ1は、図1に示すように、楽器本体の下部ケース5上に配置されている。この鍵盤シャーシ1の前端部(図1では右端部)には、前脚部6が底部から上方に突出して形成されている。この前脚部6の前端部(図1では右端部)上には、鍵2の前側内部に挿入して鍵2の横振れを防ぐための鍵ガイド部7が設けられている。また、前脚部6の後部側(図1では左側部)には、ハンマー載置部8が前脚部6よりも低い高さで形成されている。
【0016】
このハンマー載置部8の上部には、図1に示すように、ハンマー部材3を支持するためのハンマー支持部9が上方に突出して設けられている。このハンマー支持部9には、ハンマー部材3を回動可能に支持するための回動支点である支持軸9aが設けられている。また、鍵盤シャーシ1の中間部つまりハンマー鍵載置部8の後部側(図1では左側)には、図1に示すように、基板載置部10がハンマー載置部8よりも高く、且つ前脚部6よりも少し高い高さで形成されている。
【0017】
この基板載置部10の上面には、図1に示すように、ゴムスイッチ4を搭載するためのスイッチ基板11が取り付けられている。この場合、基板載置部10とハンマー載置部8との間には、立上り部12が形成されており、この立上り部12には、後述するハンマー部材3の前部側(図1では右側の端部)を挿入させてハンマー鍵載置部8の上方に配置させるためのハンマー挿入用の開口部12aが形成されている。
【0018】
さらに、鍵盤シャーシ1の後部つまり基板載置部10の後部側(図1では左側)には、図1に示すように、鍵載置部13が基板載置部10よりも少し高い高さで形成されている。この鍵載置部13の上面には、鍵2の後端部を支持する鍵支持部14が形成されている。この鍵支持部14には、鍵2の後端部を上下方向に回動可能に支持する支持軸14aが設けられている。なお、鍵盤シャーシ1の鍵載置部13の後端部には、図1に示すように、鍵盤シャーシ1の後端部を下部ケース5上に支持する後脚部15が垂下されている。
【0019】
一方、鍵2は、図1に示すように、その後端部(図1では左端部)が鍵盤シャーシ1の鍵載置部13上に設けられた鍵支持部14の支持軸14aに上下方向に回動可能に支持されている。この鍵2の中間部には、鍵盤シャーシ1の基板載置部10上に取り付けられたスイッチ基板11のゴムスイッチ4を押圧するためのスイッチ押圧部16が下側に突出して形成されている。
【0020】
この場合、ゴムスイッチ4は、図1に示すように、スイッチ基板11上に配置されたゴムシートを備え、このゴムシートにドーム状の膨出部を鍵2のスイッチ押圧部16に対応させて形成した構成になっている。これにより、ゴムスイッチ4は、ゴムシートの膨出部がスイッチ押圧部16によって押圧された際に、膨出部が弾性変形して、その内部の可動接点がスイッチ基板11上の固定接点に接触することにより、オン信号を出力するように構成されている。
【0021】
また、この鍵2におけるスイッチ押圧部16の前側(図1では右側)に位置する箇所には、図1に示すように、ハンマー保持部17が鍵2の下側に向けて突出して形成されている。このハンマー保持部17の下部は、ハンマー部材3の前端部(図1では右端部)に設けられた後述する弾性部23が挿入する縦長の長方形の開口部18が設けられている。この開口部18は、ハンマー部材3の弾性部23を摺動可能に保持して鍵2の押鍵操作に応じて弾性部23を押し下げるように形成されている。
【0022】
一方、ハンマー部材3は、図1に示すように、ハンマー本体20と、このハンマー本体20の後部(図1では左側部)に設けられた錘部21と、ハンマー本体20の前側下部(図1では右側下部)に設けられてハンマー本体20を鍵盤シャーシ1のハンマー支持部9に設けられた回動支点である支持軸9aに取り付けるための合成樹脂製の回動支持部22と、ハンマー本体20の前端部(図1では右端部)に設けられて押鍵操作時に弾性変形する弾性部23とを備えている。
【0023】
このハンマー部材3は、図1に示すように、ハンマー本体20の弾性部23を鍵盤シャーシ1の下側から立上り部12の開口部12aに挿入させて、ハンマー載置部8の上側に配置し、この状態でハンマー本体20の回動支持部22をハンマー載置部8上に設けられたハンマー支持部9の支持軸9aに回動可能に取り付けることにより、ハンマー本体20がハンマー支持部9における回動支点である支持軸9aを中心に上下方向に回動するように構成されている。
【0024】
また、このハンマー部材3は、図1および図2に示すように、ハンマー本体20の回動支持部22がハンマー支持部9の支持軸9aに回動可能に取り付けられた際に、ハンマー本体20の前端部に設けられた弾性部23が鍵2のハンマー保持部17に形成された開口部18内に摺動可能に挿入されるように構成されている。
【0025】
これにより、ハンマー部材3は、図1および図2に示すように、鍵2が上方から押鍵操作されると、鍵2のハンマー保持部17によってハンマー本体20の弾性部23が錘部21の重量を含むハンマー本体20の重心位置が回動支持部22の回動中心であるハンマー支持部9の支持軸9aから離れていることにより、そのハンマー本体20の重心位置の重量に抗して押し下げられ、これに伴ってハンマー本体20がハンマー支持部9の支持軸9aを中心に時計回りに回動し、ハンマー本体20の後部が鍵盤シャーシ1の鍵載置部13の下面に設けられたフェルトなどの上限ストッパ24に当接するように構成されている。
【0026】
また、このハンマー部材3は、図1および図2に示すように、鍵2が押鍵操作されないときに、ハンマー本体20が錘部21の重量を含むハンマー本体20の重心位置が回動支持部22の回動中心であるハンマー支持部9の支持軸9aから離れていることにより、そのハンマー本体20の重心位置の重量によってハンマー支持部9の支持軸9aを中心に反時計回りに回動し、ハンマー本体20の後部が鍵盤シャーシ1の後側下部に設けられたフェルトなどの下限ストッパ25に当接し、この状態で弾性部23が鍵2のハンマー保持部17を初期位置に押し上げるように構成されている。
【0027】
この場合、ハンマー部材3の弾性部23は、ウレタン樹脂などの弾性を有する合成樹脂によって形成されている。この弾性部23は、図1に示すように、その上端面がハンマー保持部17の開口部18内における上部内面に弾性した状態で前後方向(図1では左右方向)に摺動すると共に、下端部がハンマー保持部17の開口部18内における下部内面に弾性した状態で前後方向(図1では左右方向)に摺動するように構成されている。
【0028】
このため、ハンマー部材3は、図1および図2に示すように、鍵2が上方から押鍵操作されて、鍵2のハンマー保持部17によってハンマー本体20の弾性部23が錘部21の重量を含むハンマー本体20の重心位置が回動支持部22の回動中心であるハンマー支持部9の支持軸9aから離れていることにより、そのハンマー本体20の重心位置の重量に抗して押し下げられる際に、図3(b)に示すように、弾性部23が弾性変形し、その弾性変形が最大(δ0)になると、ハンマー部材3が回動支点である支持軸9aを中心に回動を開始することにより、ハンマー部材3によって鍵2に付与されるアクション荷重である反力のタイミングを遅らせるように構成されている。
【0029】
すなわち、鍵2が押鍵操作されてハンマー部材3が回動する際には、弾性部23が弾性変形するため、図4に示すように、弾性部23が弾性変形している間は、ハンマー部材3の回動変位が小さく、これに伴ってハンマー部材3が鍵2に付与するアクション荷重である反力も小さいが、図3(b)に示すように、弾性部23の弾性変形が最大(δ0)になると、ハンマー部材3の回動変位が急に大きくなり、これに伴ってハンマー部材3が鍵2に付与するアクション荷重である反力も急に大きくなる。
【0030】
このハンマー部材3によって鍵2に付与されるアクション荷重の時間的な遅れは、弾性部23が弾性変形することによって起こり、鍵2とハンマー部材3と弾性部23との3者の相互関係によって決定される。このため、鍵2とハンマー部材3と弾性部23との3者の相互関係について、図5(a)および図5(b)を参照して説明する。この図5(a)および図5(b)は、鍵2とハンマー部材3と弾性部23との関係を原理的に示した模式図であり、説明の便宜上、鍵2とハンマー部材3とを上下反転させた状態で示している。
【0031】
すなわち、鍵2が押鍵操作されない初期状態では、図5(a)に示すように、弾性部23にハンマー部材3の重量(H)のみが加わっている。この状態で、鍵2が下側から上側に向けて押鍵操作されると、図5(b)に示すように、弾性部23は、鍵2の押鍵力によって圧縮された後、ハンマー部材3を弾力的に押上げる。このハンマー部材3を押上げる力は、鍵2に付与されるアクション荷重の反力であり、ハンマー部材3の慣性モーメント(I)とハンマー部材3の重力(重量H)との合成力である。
【0032】
このため、弾性部23は、鍵2の押鍵力、ハンマー部材3の慣性モーメント(I)、およびハンマー部材3の重量(H)によって圧縮変形する。このときの弾性部23の弾性変形は、図4に示すように、ほぼ一定の振動周期をなし、この周期における最初の一部分であり、ハンマー部材3のアクション荷重である反力の加速度周期は、弾性部23の弾性変形に基づくことにより、弾性部23の振動周期を変えることで、ハンマー部材3による反力の周期を変えることが可能である。
【0033】
このことから、ハンマー部材3による反力のピーク(最大値)が現れるタイミング(時間)は、図6に示すように、ほぼ一定の加速度周期であり、この加速度周期において加速度が正(+)から負(−)に逆転する点(P)に設定する必要があり、これによりハンマー部材3による反力のピークが現れるタイミングを図6に示す加速度周期における前半の1/4の部分にする必要がある。
【0034】
これに基づいて、ハンマー部材3による反力のピークが遅れて現れるタイミングを理論的な式で求める場合について述べる。
この理論的な式を求めるためには、まず、図2において、ハンマー部材3の回動支点である支持軸9aからハンマー部材3の弾性部23に鍵2のハンマー保持部17が接触する接触点までの水平方向の距離をLとし、ハンマー部材3の回動支点からハンマー部材3の重心Gまでの距離をRとし、ハンマー部材3の回動支点まわりの慣性モーメントをIとし、ハンマー部材3の全体の重量をHとする。
【0035】
この条件においてハンマー部材3が回動し始める瞬間では、弾性部23の弾性変形(弾性変形量δ)が最大(δ0)になり、その反力(S)は、ハンマー部材3の自重(重量H)と釣り合うことにより、
S=(R/L)・H ・・・・式1
が成立する。
【0036】
また、このときの反力(S)は、弾性部23の鉛直方向の弾性率をKとすると、
S=K・δ0 ・・・・式2
が成立する。
この式1、式2が等しいことにより、
S=(R/L)・H=K・δ0 ・・・・式3
が得られる。
【0037】
また、鍵2を押鍵操作して鍵2が下側に変位して行く際に、弾性部23の弾性変形がδだけ増加し、その反力(S)がK・δだけ増加すれば、ハンマー部材3の弾性部23による反力(S)は、
S=(K・δ0)+(K・δ) ・・・・式4
となる。この場合、弾性部23の弾性変形(δ)が増加するときに、ハンマー部材3が回動する角度をθ(ラジアン)とすれば、弾性部23の弾性変形(δ)は、
δ=L・sinθ ・・・・式5
となる。
【0038】
この場合、ハンマー部材3の回動角度(θ)は微小であるから、sinθ=θとすると、
δ=L・θ ・・・・式6
となる。
そして、式3と式6とを式4に代入すると、
S={(R/L)・H}+(K・L・θ) ・・・・式7
が得られる。
【0039】
一方、ハンマー部材3の運動方程式を作るにあたり、ハンマー部材3の回動支点(支持軸9a)を中心として、ハンマー部材3の重心(G)側の力のモーメント(H・R)と、ハンマー部材3の弾性部23側の力のモーメント(S・L)との差が、ハンマー部材3が回動する際の慣性モーメントIと角加速度θ"との積(I・θ")に等しいと考えると、(但し、θ"=(dθ/dt)である)
I・θ"=(H・R)−(S・L) ・・・・式8
が成立し、この式8に式7を代入して整理すると、
(I・θ")+(K・L・θ)=0 ・・・・式9
が得られる。
【0040】
ここで、ハンマー部材3の運動周期(T)は、図6に示すように、サインカーブであることにより、
T=2π・√{I/(K・L)} ・・・・式10
が成立する。
この運動周期(T)において、ハンマー部材3の反力が最大になるまでの部分的な周期(Q)は、運動周期(T)の1/4であることにより、
Q=(1/4)・2π・√{I/(K・L)}
=(π/2)・√{I/(K・L)} ・・・・式11
となる。
【0041】
この1/4周期(Q)は、ハンマー部材3の反力(S)が最大になるまでの時間であり、この1/4周期(Q)がアコ−スティックピアノの鍵タッチにおける反力の最大になるように、ハンマー部材3の回動支持部22である回動支点まわりの慣性モーメント(I)、弾性部23の鉛直方向の弾性率(K)、ハンマー部材3の回動支点からハンマー部材3の弾性部23に鍵2のハンマー保持部17が接触する接触点までの水平方向の距離(L)を設定する必要がある。
【0042】
すなわち、アコ−スティックピアノの鍵タッチにおいて反力が最大になるタイミングは、弱打における反力のピーク時間(図7に示すT1)と、強打における反力のピーク時間(図8に示すT2)とで大きな差はなく、概ね10ミリ秒から20ミリ秒(以降ではmsecと称する。)の間であることにより、1/4周期(Q)を10msec以上で、20msec以下に設定することが望ましい。
【0043】
このことをハンマー部材3の慣性モーメント(I)と水平方向の距離(L)とで現す場合には、式11の(I/L)をAに置き換えて整理すると、1/4周期(Q)は、
Q=(π/2)・√{I/(K・L)}=(π/2)・√(A/K)
・・・・式12
となる。
【0044】
この式12の両辺を2乗してAを求めると、
A=Q・(2/π)・K ・・・・式13
が得られる。
この式13において、1/4周期(Q)が10msecであるときのAは、
A=(I/L)=(2/π)・K・10−4 ・・・・式14
である。
【0045】
また、1/4周期(Q)が20msecであるときのAは、
A=(I/L)=4・(2/π)・K・10−4 ・・・・式15
となる。
この式14、式15により部分周期(Q)を10msec以上で、20msec以下に設定する式を求めると、
(2/π)・K・10−4≦(I/L)≦4・(2/π)・K・10−4
・・・・式16
が得られる。
【0046】
次に、この鍵盤装置の作用について説明する。
この鍵盤装置では、鍵2を押鍵操作すると、鍵2が鍵盤シャーシ1の鍵支持部14の支持軸14aを中心に図2において時計回りに回動し、鍵2のハンマー保持部17がハンマー部材3の弾性部23を押し下げる。すると、弾性部23は弾性変形した後に、ハンマー部材3が鍵盤シャーシ1のハンマー支持部9における回動支点である支持軸9aを中心に図2において時計回りに回動し、所定時間遅れて鍵2にアクション荷重を付与する。
【0047】
すなわち、鍵2が押鍵操作されてハンマー部材3が回動する際には、弾性部23が弾性変形するため、図4に示すように、弾性部23が弾性変形している間は、ハンマー部材3の回動変位が小さく、これに伴ってハンマー部材3が鍵2に付与するアクション荷重である反力も小さい。
【0048】
この後、弾性部23の弾性変形が最大(δ0)になると、ハンマー部材3の回動変位が急に大きくなり、これに伴ってハンマー部材3が鍵2に付与するアクション荷重である反力も急に大きくなる。これにより、ハンマー部材3によって鍵2に付与されるアクション荷重が最大(ピーク)になるタイミングが遅れる。
【0049】
このハンマー部材3によって鍵2に付与されるアクション荷重である反力が最大になるタイミングの遅れは、弾性部23が弾性変形することにより起こり、その遅れ時間は、前述した式16に基づいて、ハンマー部材3の回動支点からハンマー部材3に鍵2の弾性部23が接触する接触点までの水平方向の距離(L)、ハンマー部材3の回動支点まわりの慣性モーメント(I)、鍵2が接触するハンマー部材3の弾性部23における鉛直方向の弾性率(K)を設定したことにより、10msecから20msecの間にすることができる。
【0050】
このため、この鍵盤装置では、鍵2を押鍵操作した際に、図7および図8に示すように、ハンマー部材3によって鍵2に付与されるアクション荷重がピークになるタイミングを、鍵2の押鍵操作の開始時から、10msec乃至20msecの間の時間だけ遅らせることができるので、アコ−スティックピアノの鍵タッチ感に近いタイミングで、最大のアクション荷重を付与することができ、これによりアコ−スティックピアノの鍵タッチ感に、より近似した鍵タッチ感を得ることができる。
【0051】
このように、この鍵盤装置によれば、鍵2が押鍵操作されない初期状態で、ハンマー部材3の回動支点からハンマー部材3に鍵2の弾性部23が接触する接触点までの水平方向の距離をLとし、ハンマー部材3の回動支点まわりの慣性モーメントをIとし、鍵2に接触するハンマー部材3の弾性部23における鉛直方向の弾性率をKとした際に、水平方向の距離(L)と慣性モーメント(I)と弾性率(K)とを、
(2/π)・K・10−4≦(I/L)≦4・(2/π)・K・10−4
の関係に設定したことにより、水平方向の距離(L)と慣性モーメント(I)と弾性率(K)とを最適な関係に設定することができる。
【0052】
このため、鍵2を押鍵操作した際にハンマー部材3が鍵2に付与するアクション荷重が最大になるタイミングを予め定められた時間遅らせることができる。これにより、鍵2を押鍵した際に、アコ−スティックピアノの鍵タッチ感に近いタイミングで、最大のアクション荷重を付与することができるので、アコ−スティックピアノの鍵タッチ感に、より近似した鍵タッチ感を得ることができる。
【0053】
この場合、ハンマー部材3によって鍵2に付与されるアクション荷重がピークになるタイミングの遅れ時間は、鍵2の押鍵操作の開始時から、10msec乃至20msecの間に設定されていることにより、鍵2を押鍵操作した際に、ハンマー部材3によって鍵2に付与されるアクション荷重がピークになるタイミングを10msecから20msecの間の時間で、確実に遅らせることができるので、アコ−スティックピアノの鍵タッチ感に近いタイミングで、最大のアクション荷重を付与することができ、これによりアコ−スティックピアノの鍵タッチ感に、より近似した鍵タッチ感を得ることができる。
【0054】
なお、前述した一実施形態では、ハンマー部材3の先端部に弾性部23を設け、この弾性部23を鍵2のハンマー保持部17の開口部18内における下部内面に弾性した状態で摺動可能に保持し、鍵2を押鍵操作した際に弾性部23が弾性変形するように構成した場合について述べたが、これに限らず、例えば鍵2のハンマー保持部17に弾性部を設けても良く、またハンマー保持部17自体が鉛直方向に弾性変形するように構成しても良い。この場合にも、ハンマー保持部17の弾性部の弾性率(K)またはハンマー保持部17自体が鉛直方向に弾性変形する弾性率(K)は、前記実施形態の式16に適合するように設定すれば良い。
【0055】
また、前記実施形態では、ハンマー部材3の先端部に弾性部23を設けた場合について述べたが、これに限らず、例えばハンマー部材3の先端部を除くハンマー本体20の一部を弾性部として形成しても良く、またはハンマー部材3のハンマー本体20全体を撓み変形する弾性部として形成した構成にしても良い。この場合、ハンマー部材3の先端部を除く一部とは、例えばハンマー本体20におけるハンマー保持部17のことであり、このハンマー保持部17を弾性材料で弾性部として形成して、押鍵操作に応じて鍵2にアクション荷重を付与する際にハンマー保持部17が弾性変形するように構成しても良い。
【0056】
また、ハンマー部材3のハンマー本体20全体を弾性材料で撓み変形する弾性部として形成して、押鍵操作に応じて鍵2にアクション荷重を付与する際にハンマー本体20の全体が撓み変形するように構成しても良い。この場合においても、ハンマー部材3の先端部を除く一部に設けられたハンマー保持部17の弾性率(K)、またはハンマー本体20全体が撓み変形する弾性率(K)は、前記実施形態の式16に適合するように設定すれば良い。
【0057】
このように構成しても、前述した一実施形態と同様、鍵2を押鍵操作した際に、ハンマー部材3によって鍵2に付与されるアクション荷重がピークになるタイミングを10msecから20msecの間の時間で、確実に遅らせることができるので、アコ−スティックピアノの鍵タッチ感に近いタイミングで、最大のアクション荷重を付与することができ、これによりアコ−スティックピアノの鍵タッチ感に、より近似した鍵タッチ感を得ることができる。
【0058】
さらに、これに限らず、例えば、ハンマー部材3と鍵2との接触部分における少なくとも一方に弾性率がK1の弾性部を設け、ハンマー部材3のハンマー本体20の一部または全体を弾性率がK2で弾性変形する弾性部として形成した構成にしても良い。この場合には、ハンマー部材3と鍵2との接触部分における少なくとも一方の弾性部の弾性率(K1)と、ハンマー本体20の一部または全体の弾性率(K2)とは、その両者の合成弾性率(K)が、
K=K1・K2/(K1+K2)
の関係に設定されていれば良い。
【0059】
このように構成しても、前述した一実施形態と同様、鍵2を押鍵操作した際に、ハンマー部材3によって鍵2に付与されるアクション荷重がピークになるタイミングを10msecから20msecの間の時間で、確実に遅らせることができるので、アコ−スティックピアノの鍵タッチ感に近いタイミングで、最大のアクション荷重を付与することができ、これによりアコ−スティックピアノの鍵タッチ感に、より近似した鍵タッチ感を得ることができる。
【0060】
なお、前記した一実施形態およびその各変形例では、弾性部23の弾性変形(δ)が増加するときに、ハンマー部材3が回動する角度をθ(ラジアン)とすると、弾性部23の弾性変形(δ)は、
δ=L・sinθ ・・・・式5
となり、ハンマー部材3の回動角度(θ)が微小であるから、sinθ=θとすると、
δ=L・θ ・・・・式6
として計算した場合について述べたが、必ずしもsinθ=θとして計算する必要はなく、
δ=L・sinθ ・・・・式5
として計算しても良い。
【0061】
また、前述した一実施形態では、ハンマー部材3の回動支持部22を鍵盤シャーシ1のハンマー支持部9の支持軸9aに回動可能に取り付けた場合について述べたが、これに限らず、例えば楽器本体の下部ケース5上にハンマー支持部9を独立させて設け、このハンマー支持部9の支持軸9aにハンマー部材3の回動支持部22を回動可能に取り付けた構成でも良い。このような構成であっても、前述した一実施形態と同様の作用効果がある。
【符号の説明】
【0062】
1 鍵盤シャーシ
2 鍵
3 ハンマー部材
9 ハンマー支持部
9a 支持軸
14 鍵支持部
17 ハンマー保持部
20 ハンマー本体
21 錘部
22 回動支持部
23 弾性部
K 弾性率
I 慣性モーメント
L 水平方向の距離

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鍵盤シャーシと、この鍵盤シャーシ上に上下方向に回動可能に設けられた鍵と、この鍵の押鍵操作に応じて回動変位して前記鍵にアクション荷重を付与するハンマー部材と、このハンマー部材と前記鍵との少なくとも一方に設けられ、且つ前記鍵の押鍵操作に応じて弾性変形する弾性部とを備えた鍵盤装置において、
前記鍵が押鍵操作されない初期状態で、前記ハンマー部材の回動支点から前記ハンマー部材に前記鍵が接触する接触点までの水平方向の距離をLとし、前記ハンマー部材の前記回動支点まわりの慣性モーメントをIとし、前記ハンマー部材と前記鍵との少なくとも一方の前記弾性部における鉛直方向の弾性率をKとした際に、前記水平方向の距離Lと前記慣性モーメントIと前記弾性率Kとを、
(2/π)・K・10−4≦(I/L)≦4・(2/π)・K・10−4
の関係に設定し、
前記鍵を押鍵操作した際に、前記ハンマー部材によって前記鍵に付与されるアクション荷重が最大になるタイミングを予め定められた時間遅らせたことを特徴とする鍵盤装置。
【請求項2】
前記ハンマー部材によって前記鍵に付与されるアクション荷重が最大になるタイミングの遅れ時間は、前記鍵の押鍵操作の開始時から、10ミリ秒乃至20ミリ秒間に設定されていることを特徴とする請求項1に記載の鍵盤装置。
【請求項3】
前記弾性率Kで弾性変形する前記弾性部は、前記ハンマー部材と前記鍵との接触部分における少なくとも一方に設けられていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の鍵盤装置。
【請求項4】
前記弾性率Kで弾性変形する前記弾性部は、前記ハンマー部材の一部または全体に設けられ、前記鍵にアクション荷重を付与する際に前記ハンマー部材を撓み変形させることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の鍵盤装置。
【請求項5】
前記ハンマー部材と前記鍵との接触部分における少なくとも一方に弾性率がK1の第1弾性部を設け、前記ハンマー部材の一部または全体に弾性率がK2で撓み変形する第2弾性部を設けた構成である場合に、前記第1弾性部と前記第2弾性部との両者における鉛直方向の前記弾性率Kは、
K=K1・K2/(K1+K2)
の関係に設定されていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の鍵盤装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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