説明

間葉系幹細胞

本発明の技術的課題は、インビトロで分化した多能性幹細胞から、早期の分化段階にある間葉系幹細胞を得ることである。本発明は、a)多能性幹細胞を培養する段階、b)ストロマ細胞様形態の細胞の出現を確認する段階、およびc)PDGFRα陽性かつFLK1陰性の細胞を選別し分離する段階、により、間葉系幹細胞を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、インビトロにおいて多能性幹細胞から分化させた間葉系幹細胞、およびそのような細胞の調製方法に関する。
【背景技術】
現代社会では、糖尿病や虚血性心疾患、脳血管障害を始めとする動脈硬化性疾患などの生活習慣病を患う人が急増している。生活習慣病の危険因子の一つに、肥満症、特に内臓脂肪の蓄積がある。脂肪組織は、体内のエネルギーバランスの変化や脂肪細胞自身の形態変化に対応してホルモンやサイトカインを始めとする種々の生理活性物質を分泌する、全身の糖・脂質代謝にとって極めて重要な組織であることが最近明らかにされた。そのため、脂肪細胞の分化に関して積極的に解析がなされてきたが、そのほとんどは脂肪前駆細胞株である3T3L1細胞などの培養細胞株を用いる分化の終末段階の解析であり、早期の分化過程に関する解析は進んでいない(Francine M.Gregoire,experimental biology and medicine 226;997−1002,2001、およびChristy R.J.,et al.,Genes and development 3;1323−1335,1989)。
骨芽細胞は、骨細胞へ分化する前の前駆細胞の総称であり、骨原性の未分化間葉系幹細胞から分化した、骨形成能を有する単核細胞である(Shinich Harada,et al.,Nature 423;349−355,2003)。未分化の間葉系幹細胞から骨芽細胞への分化の調節機構は不明であるが、骨誘導因子(BMP)が関与する可能性がある。
胚性幹細胞(Embryonic stem cell,ES細胞)は、初期胚に存在する分化多能性を有する細胞であり、他の胚盤胞中に注入されると生殖細胞をも含む種々の細胞に分化し得る。最も研究が進んでいるマウスの胚性幹細胞は、発生3.5日の胞胚内の内部細胞塊より樹立された多能性と自己複製能を持つ細胞である。この細胞は、通常の培養培地に血清と白血病阻害因子(leukemia inhibitory factor:LIF)と呼ばれる増殖因子を加えるだけで、未分化の状態を保持させつつ、増殖を維持させることが可能である。マウス胚性幹細胞は、発生3.5日目の胞胚に注入し、その胞胚を母体に戻すことによって、インビボで再びすべての組織細胞に分化することができ、キメラマウスやノックアウトマウスの作成に利用されている。また、近年、胚性幹細胞をインビトロで操作して、様々な成熟組織細胞へ分化させることが可能になっている。このような、胚性幹細胞の持つ分化多能性と簡単な操作性から、将来の医療において、細胞を用いる移植治療の材料としての利用が期待されている。
胚性幹細胞を強制的にインビトロで分化させた場合、成熟細胞が出現することは本発明者や他のグループの研究で明らかとなった(例えば、Shinichi Nishikawa,et al.,development 125;1747−1757,1998;Toru Nakano,et,al.,Science 265;1098−1101,1994;Takumi Era,et al.,Blood 95;870−878,2000参照)。現在、胚性幹細胞は様々な分化段階にある幹細胞を経て完全な成熟細胞に至ると考えられているが、その分化過程には未だ不明な点が多い。胚性幹細胞から脂肪細胞への分化に関しては、胚様体(Embryoid body)を形成させた後、効率的に分化させる方法が報告されている(C.Dani,et al.,Journal of Cell Science 110;1279−1285,1997)。Naoki Nakayama,et al.Journal of Cell Science 116;2015−2028,2003には、軟骨細胞への分化が記載されている。
【発明の開示】
本発明は、インビトロで分化した多能性幹細胞から、分化の早期段階にある間葉系幹細胞を得ることを目的とする。
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、胚性幹細胞をインビトロで培養すると、間葉系幹細胞が分化の早期段階で出現し、この細胞集団が2種類の特別な細胞表面マーカー、即ち、血小板由来増殖因子(Platelet−derived growth factor receptor α:PDGFRα)および胎児肝キナーゼ1(fetal liver kinase−1:FLK1)を、ある一定の様式で発現していることを見出し、この知見に基づいて本発明を完成させた。
本発明は、インビトロにおいて多能性幹細胞から分化させた間葉系幹細胞を提供する。この細胞は、ストロマ細胞様形態であり、PDGFRα陽性かつFLK1陰性あり、Mesp2を発現しない。この細胞は、脂肪細胞、骨芽細胞および/または軟骨細胞への分化能を有し得る。
本発明は、以下の段階を含む間葉系幹細胞の調製方法を提供する。
a)多能性幹細胞を培養する段階、
b)ストロマ細胞様形態の細胞の出現を確認する段階、および
c)PDGFRα陽性かつFLK1陰性の細胞を選別し分離する段階。
本方法の段階a)では、多能性幹細胞を間葉系幹細胞に分化させる処理を施してもよい。
本発明はさらに、上記の方法で得られる間葉系幹細胞を、脂肪細胞、骨芽細胞、または軟骨細胞に分化させる方法、およびこれらの方法で得られる脂肪細胞、骨芽細胞および軟骨細胞を提供する。
【図面の簡単な説明】
図1 RAによる分化誘導後のPDGFRαの発現の経過を示す。
図2A−C 脂肪細胞への分化誘導後のPDGFRαの発現の経過を示す。
図3A−C PDGFRα陽性および陰性細胞の、脂肪細胞への分化を示す。
図4 RA(−)4日目のPDGFRα陽性FLK1陰性細胞は、脂肪細胞へ分化しないことを示す。
図5 RA(−)4日目およびRA(+)9日目のPDGFRα陽性FLK1陰性細胞の、マーカー遺伝子発現パターンを示す。
図6 RA添加の時期による脂肪細胞分化効率を比較したグラフである。
図7 9日目に選別分離したPDGFRα陽性FLK1陰性細胞の自己複製能を示す。
図8 30回継代したPDGFRα陽性FLK1陰性細胞が脂肪細胞への分化能を有することを示す。
図9 PDGFRα陽性および陰性細胞の、骨芽細胞および軟骨細胞への分化を示す。
図10 PDGFRα陽性FLK1陰性細胞のクローニング過程を図解する。
図11 クローン細胞株の全細胞がPDGFRα陽性であることを示す。
図12 PDGFRα陽性FLK1陰性細胞が、脂肪細胞と骨芽細胞の両方に分化することを示す。
【発明を実施するための最良の形態】
本明細書において、「間葉系細胞」とは、骨芽細胞、軟骨細胞、筋芽細胞、脂肪細胞、ストロマ細胞、腱細胞などの、間葉系組織を形成する細胞およびそれらに分化し得る間葉系幹細胞を意味する。胚発生中に生じる間葉系細胞、動物個体中にある間葉系細胞、インビトロまたはインビボで多能性幹細胞から分化して生じる間葉系細胞は、全て「間葉系細胞」の用語に包含される。
本明細書において、「間葉系幹細胞」とは、1またはそれ以上の間葉系細胞に分化する能力と自己複製能を有する間葉系細胞を意味する。間葉系幹細胞は、中胚葉系細胞と同様に、骨芽細胞、軟骨細胞、筋芽細胞、脂肪細胞、ストロマ細胞、腱細胞などに分化できる多分化能を有する。多分化能と自己複製能力を有する中胚葉系細胞が、発生の進行に伴ってその能力を喪失するのに対して、間葉系幹細胞は、発生段階を経た後、成体内に長く存在することが知られている。そのため、間葉系幹細胞は、細胞移植治療に有用であると期待されている。
本明細書において、「インビトロ」とは、反応や培養が胚を含む生体外で実施されることを意味する。インビトロで細胞を培養および/または分化させる際には、細胞の成育に適するあらゆる培地、試薬及び容器を使用し得る。また、本明細書における「インビボ」は、反応や培養が胚を含む生体内で実施されること、またはある現象が生体内で起こることを意味する。
本明細書において、「多能性幹細胞」とは、外胚葉、中胚葉および内胚葉系幹細胞から選ばれる少なくとも2つに分化する能力を有する自己複製可能な幹細胞を意味し、これには、胚性幹細胞(embryonic stem cell:胚性幹細胞)、胚性生殖細胞(embryonic germ cell:EG細胞)、胚性癌細胞(embryonal carcinoma cell:EC細胞)、多能性成体前駆細胞(multipotent adult progenitor cells:MAP細胞)、成体多能性幹細胞(adult pluripotent stem cell:APS細胞)、骨髄幹細胞などが含まれる。ヒト、サル、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、モルモット、ウシ、ブタ、イヌ、ウマ、ネコ、ヤギ、ヒツジを含む哺乳類、鳥類、爬虫類などの多様な動物に由来する多能性幹細胞を使用し得るが、通常は哺乳類に由来するものである。
本明細書において、「胚性幹細胞」は、初期胚に存在する分化多能性を有する細胞であって、他の胚盤胞中に注入されると生殖細胞をも含む種々の細胞に分化し得る細胞を意味する。本発明では、胞胚内の内部細胞塊より新たに樹立した胚性幹細胞を使用してもよく、あるいは既に樹立された細胞系統を使用してもよい。
本発明の間葉系幹細胞は、ストロマ細胞様形態を有する。ストロマ細胞は、星状形や紡錘形の扁平な細胞であり、核が比較的大きく、核小体もはっきりしている。ストロマ細胞の形態は線維芽細胞とよく似ているが、線維芽細胞よりも細胞質が大きく、やや丸みを帯びており、典型的には、図2C(左図)のような形態である(Kodama HA et al.J.Cell.Physiol.1982;112,89−95参照)。
PDGFRαは、膜貫通型受容体であり、細胞内部分にチロシンキナーゼ活性を有する(Soriano,P.,Development 124;2691−2700,1997)。そのリガンドは血小板由来増殖因子である。PDGFRαを欠損したマウスは、体節および血管形成分化に異常をきたす。FLK1は、PDGFRαと同様に、細胞内部分にチロシンキナーゼ活性を有する膜貫通型受容体である(Shalaby,F.,Cell 89;981−990,1997)。そのリガンドは血管内皮成長因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)である。FLK1を欠損したマウスは、血液および血管内皮細胞の分化に異常をきたし、胎生致死である。
本明細書において、ある分子について「陽性である」は、細胞が当該分子を発現していることを意味し、「陰性である」は、発現していないことを意味する。細胞がある分子を発現しているか否かは、後述のFACS等により判定できる。
本発明の間葉系幹細胞は、PPARγ1、PPARγ2、アジポネクチン、UCP1などの脂肪細胞マーカーとして知られている遺伝子を発現せず、またMesp2、DLL1、Lim1、Sox4、メソジェニンなどの中胚葉マーカー、およびOtx1およびOtx2などの神経細胞マーカーも発現しない(実施例6参照)。このことは、本発明の間葉系幹細胞が、中胚葉系幹細胞よりも分化が進んでおり、かつ既知の脂肪前駆細胞である3T3L1細胞よりも早期の分化段階にあることを意味している。
本発明者らは、以前に、胚性幹細胞をコラーゲンIV上で培養し分化を誘導した場合、PDGFRα陽性FLK1陰性細胞が誘導後3日目から出現し、4日目で最大になること、およびこれらの細胞は中胚葉系幹細胞を含むことを開示した(特願2002−332232)。本発明の間葉系幹細胞は、脂肪細胞、骨芽細胞および/または軟骨細胞などの間葉系細胞への分化能を有する点で、上記の細胞と異なる(例えば、実施例4参照)。また、上記の細胞は、Mesp2、DLL1、Lim1、Sox4、メソジェニンなどの中胚葉マーカーを発現するが、本発明の間葉系幹細胞は発現しない。他の各種マーカー遺伝子の発現様式においても、本発明の間葉系幹細胞は、上記の細胞と異なる(実施例5参照)。これらの相違に加えて、本発明の細胞は、ストロマ細胞様形態を有することを特徴とする。
中胚葉マーカー遺伝子の発現の有無を調べることにより、本発明の細胞と特願2002−332232の細胞を区別することができる。中胚葉マーカー遺伝子であるMesp2の発現の有無を調べるだけでよいが、好ましくは、さらにLim1および/またはメソジェニンの発現の有無も調べる。Mesp2、Lim1およびメソジェニンは、各々、Saga,Y.et al.,Genes Dev.11:1827−39,1997;Tsang T.E.et al.,Developmental Biology 223:77−90,2000およびYoon,J.et al.,Genes Dev.14:3204−3214,2000に記載されている。
本発明の間葉系幹細胞は、哺乳動物に移植するために、あるいは、哺乳動物に移植するための細胞を得るために使用できる。移植はヒトを含むいかなる哺乳動物に対しても行うことができる。
本発明の間葉系幹細胞の調製方法において、本発明による多能性幹細胞の培養の具体的な操作は、当該技術分野で常套の操作及び条件に従って行うことができる。例えば、中辻憲夫編:実験医学別冊・ポストゲノム時代の実験講座4「幹細胞・クローン研究プロトコール」、羊土社(2001年)、Hogan,G.ら編:マウス胚の操作:A Laboratory Manual,Cold Spring Harbor Laboratory Press,Plainview,NY(1994)、Robertson,E.J.編:奇形ガンおよび胚性幹細胞、A Practical Approach,IRL Press Oxford,UK(1987)などの記載を参酌して適宜に決定することができる。
代表的な継代操作と培養条件を胚性幹細胞を例に説明すると、以下のとおりである。即ち、ディッシュをゼラチンでコートし、そのディッシュに10,000個/cmの濃度で胚性幹細胞を播種し、37℃、5%COのインキュベーター内で培養する。翌日1度培地を交換し、2日目でコンフレントになったら、リン酸緩衝塩水で1〜2回リンスし、その後十分量の0.25%(W/V)トリプシン−EDTAを、細胞層を覆うように添加して約5分間放置する。トリプシン液を除去し、適量の胚性幹細胞培養用培地を添加し、ピペッティングによりディッシュから分離させる。この細胞懸濁液から、通常遠心分離により細胞を沈殿させる。上清を除去後、沈殿した細胞を胚性幹細胞培養用培地に再懸濁し、再び10,000個/cmの濃度で、ゼラチンコートしたディッシュに播種し、培養する。
多能性幹細胞を未分化状態で維持するには、多能性幹細胞維持用培地を使用する。例えば、胚性幹細胞維持用培地は、通常、細胞培養用の最小培地に、血清、LIF、L−グルタミン、2−メルカプトエタノール等を添加したものであり、組成の一例を挙げると、85%KNOCKOUT D−MEM、15%FBS、10−4M 2−ME、2mM L−グルタミン、0.1mM NEAA、1000U/ml LIFである。
多能性幹細胞を分化させるためには、上記の多能性幹細胞維持用培地からLIFを除いた、多能性幹細胞分化用培地で多能性幹細胞を培養する。組成の一例を挙げると、90%αMEM、10%FBS、5x10−5M 2−ME、2mM L−グルタミンである。多能性幹細胞分化用培地で多能性幹細胞を培養すると、多能性幹細胞は未分化状態から脱して様々な細胞への分化を開始する。本明細書において培養日数に言及する場合は、多能性幹細胞分化用培地で培養した日数を意味する。
多能性幹細胞維持用培地および分化用培地には、抗生物質などの培養に有用な他の物質を添加することができ、培地の各成分に代えて、同等の機能を有する代替物を使用してもよい。また、培地の各成分は、各々適する方法で滅菌して使用する。
本発明の間葉系幹細胞の調製方法は、ストロマ細胞の出現を確認する段階を含む。本発明では、「ストロマ細胞の出現」は、ストロマ細胞様形態の細胞が細胞全体の1%以上、好ましくは5%以上、最も好ましくは10%以上を占めることを意味する。未分化状態を維持しない通常の培養条件では、培養5日目あたりでストロマ細胞様形態の細胞が出現し始める。細胞の形態は、一般的な光学顕微鏡、位相差顕微鏡、位相差倒立顕微鏡などにより観察できる。
また、本発明の間葉系幹細胞の調製方法は、選別分離した細胞の一部を取り、Mesp2、Lim1およびメソジェニンからなる群から選択される少なくとも1つの中胚葉マーカー遺伝子を発現がないことを確認する段階、をさらに含んでもよい。中胚葉マーカー遺伝子の発現の有無は、RT−PCR法、ノザン・ブロット法、DNAチップを使用する方法、酵素免疫測定法(ELIZA)および抗体染色法など、当分野で一般的ないかなる方法で確認してもよい。通常、RT−PCR法で確認するのが好ましい。
本発明の間葉系幹細胞の調製方法において細胞の選別・分離のために使用する抗体は、ポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体であるが、後述のFACSで使用する場合、モノクローナル抗体が好ましい。そのような抗体は、実施例に記載の方法を参照して当業者が作成することができるが、市販のものを使用してもよい。抗PDGFRαモノクローナル抗体(品番558774)および抗FLK1モノクローナル抗体(品番555308)はBD Pharmingenから販売されており、容易に入手できる。
本発明の間葉系幹細胞の調製方法において、各細胞表面マーカーを指標に細胞を選別し、分離する際には、蛍光活性化セルソーター(FACS)を使用できる。FACSは、通常、フローサイトメーター、レーザー発生装置、光学系、データ処理装置および細胞分取装置を備えている。FACSの機能は、蛍光標識細胞の自動分離および、蛍光強度のコンピューターによる分析である。FACSにより、特定物質で蛍光標識した細胞に、細い流路の途中でレーザー光を照射し、散乱光(前方散乱光や側方散乱光)や蛍光のシグナル情報を個々の細胞ごとに測定し、その結果を、例えば度数分布として表示し、特定のシグナル情報を発する細胞を分取することができる。FACSの装置はBecton−Dickinson等から市販されており、製造者の指示に従って当業者が操作することが可能である。
本発明における細胞の選別方法について、抗体を使用する方法を詳述したが、各細胞表面マーカーのmRNAの存在を指標にして選別することも可能である。
本発明の間葉系幹細胞の調製方法の段階a)では、多能性幹細胞の分化を促進させる処理を施してもよい。様々な間葉系細胞への分化処理を施すと、分化の途中で目的の間葉系幹細胞が出現する。当分野で既知のいかなる方法で分化させてもよい。例えば、胚性幹細胞の場合、90%αMEM、10%FBS、5x10−5M 2−ME、2mM L−グルタミンを含む胚性幹細胞分化用培地を使用して、コラーゲンIVコートディッシュ上で胚性幹細胞を培養し、培養2日目から4日目まで、trans−レチノイン酸を培養培地に添加し、インキュベートする。効率は低いが、コラーゲンIVコートディッシュまたはゼラチンコートディッシュ上で多能性幹細胞を培養するだけでも、目的の細胞が出現する。
本発明の方法では、多能性幹細胞の分化を促進させる処理として、多能性幹細胞を脂肪細胞に分化させる処理を採用してもよい。本発明では、多能性幹細胞を完全に脂肪細胞に分化させる必要はなく、目的の間葉系幹細胞は分化処理の途中で出現する。当分野で既知のいかなる方法で分化させてもよいが、典型的には、Developmental Cell 4;119−129,2003に記載されたJun Nakaeらの方法に従って分化させる。例えば、胚性幹細胞の場合、90%αMEM、10%FBS、5x10−5M 2−ME、2mM L−グルタミンを含む胚性幹細胞分化用培地を使用して、コラーゲンIVコートディッシュ上で多能性幹細胞を培養し、培養2日目から4日目までtrans−レチノイン酸、場合により5日目からインシュリン、7日目ないし11日目からインシュリン、デクサメタゾン、IBMXおよびトログリタゾンを培養培地に添加し、インキュベートする。また、C.Dani,Journal of Cell Science 110;1279−1285に記載のように、胚様体を形成させた後に分化させてもよい。
あるいは、本発明の方法では、多能性幹細胞を間葉系幹細胞の分化を促進させる処理として、多能性幹細胞を骨芽細胞に分化させる処理を採用してもよい。本発明では、多能性幹細胞を完全に骨芽細胞に分化させる必要はなく、目的の間葉系幹細胞は分化処理の途中で出現する。当分野で既知のいかなる方法で分化させてもよいが、例えば、胚性幹細胞の場合、90%αMEM、10%FBS、5x10−5M 2−ME、2mM L−グルタミンを含む胚性幹細胞分化用培地を使用して、ゼラチンコートディッシュ上で多能性幹細胞を培養し、培養2日目から、BMP−4、アスコルビン酸−2−リン酸、デクサメタゾンおよびβ−グリセロリン酸塩を培養培地に添加し、インキュベートする。あるいは、胚様体を形成させて長期間培養し、骨芽細胞が出現してくるのを待ってもよい(Methods Enzymol.365:251−268,2003)。
あるいは、本発明の方法では、多能性幹細胞の分化を促進させる処理として、多能性幹細胞を軟骨細胞に分化させる処理を採用してもよい。本発明では、多能性幹細胞を完全に軟骨細胞に分化させる必要はなく、目的の間葉系幹細胞は分化処理の途中で出現する。当分野で既知のいかなる方法で分化させてもよいが、例えば、胚性幹細胞の場合、90%αMEM、10%FBS、2mM L−グルタミンを含む胚性幹細胞分化用培地を使用して、培養2日目から、デクサメタゾンを培養培地に添加し、インキュベートする。
本発明の間葉系幹細胞の調製方法では、培養培地にtrans−レチノイン酸を添加することにより、本発明者らが以前に開示した中胚葉系幹細胞を含むPDGFRα陽性FLK1陰性細胞(特願2002−332232)の出現を抑えることができる(実施例1参照)。
本発明はさらに、本発明の間葉系幹細胞を、脂肪細胞に分化させる処理を含む、脂肪細胞の調製方法を提供する。該処理は、例えば、実施例に記載のように、90%αMEM、10%FBS、2mM L−グルタミンを含む胚性幹細胞分化用培地に、5μg/mlのインシュリン、1μMのデクサメタゾン、500μMの3−イソブチル−1−メチルキサンチンおよび1μMのトログリタゾンを添加した培地中、コラーゲンIVコートディッシュ上で間葉系幹細胞を培養することを含む。脂肪細胞は、オイル・レッドを使用する細胞染色により確認できる。
本発明はさらに、本発明の間葉系幹細胞を、骨芽細胞に分化させる処理を含む、骨芽細胞の調製方法を提供する。該処理は、例えば、実施例に記載のように、90%αMEM、10%FBS、2mM L−グルタミンを含む胚性幹細胞分化用培地に、10ng/mlのBMP−4、50μMのアスコルビン酸−2−リン酸、0.1μMのデクサメタゾン、10mMのβ−グリセロリン酸塩を添加した培地中、ゼラチンコートディッシュ上で間葉系幹細胞を培養することを含む。骨芽細胞は、アリザリン・レッドを使用する細胞染色により確認できる。
本発明はさらに、本発明の間葉系幹細胞を、軟骨細胞に分化させる処理を含む、軟骨細胞の調製方法を提供する。該処理は、例えば、胚性幹細胞の場合、90%αMEM、10%FBS、2mM L−グルタミンを含む胚性幹細胞分化用培地に0.1μMのデクサメタゾンを添加した培地中で、間葉系幹細胞を培養することを含む。軟骨細胞は、アルシアン・ブルーを使用する細胞染色により確認できる。
本発明はさらに、本発明の間葉系幹細胞、脂肪細胞、骨芽細胞および/または軟骨細胞を哺乳動物に移植することを含む、哺乳動物の障害の処置方法を提供する。例えば、変形性膝関節症などの軟骨が壊されるような病気の治療のために、本発明の間葉系幹細胞から大量の軟骨細胞を分化させ、関節内へこの軟骨細胞を移植することができる。また、例えば、心筋梗塞の治療において、本発明の間葉系幹細胞を静脈注射し、心筋再生を促すことができる。本発明の処置方法は、ヒトを含むいかなる哺乳動物に対しても行うことができる。
本発明はまた、本発明の間葉系幹細胞、脂肪細胞、骨芽細胞および/または軟骨細胞を使用する、薬剤のスクリーニング方法を提供する。例えば、骨粗鬆症の治療用薬剤の開発のために、候補物質を添加した培地中で本発明の間葉系幹細胞を培養し、これらの細胞を骨芽細胞に分化させる物質をスクリーニングする。
以下、実施例により本発明の詳細を説明するが、これは本発明の1つの実施態様にすぎず、いかなる意味においても本発明を限定するものではない。
【実施例】
胚性幹細胞から分化した間葉系幹細胞の調製
参考例1.胚性幹細胞の維持
a.材料
胚性幹細胞の維持には、表1の試薬および器具を使用した。

胚性幹細胞維持用培地の組成は、85%KNOCKOUT D−MEM、15%FBS、10−4M 2−ME、2mM L−グルタミン、0.1mM NEAA、1000U/ml LIF、であった。胚性幹細胞は、マウス129sv系統由来のCCE胚性幹細胞を使用した(Robertson,E.et al.Nature 323,445−448,1986)。
b.方法
6cmディッシュをゼラチンでコートした。このディッシュに2x10のCCE胚性幹細胞を播種した。翌日、1度培地を交換した。2日目でコンフレントになったら、トリプシンを使用して細胞をディッシュから分離させ、再び2x10の濃度で、ゼラチンコートされたディッシュに播種した。培養は、37℃、5%COのインキュベーター内で行った。
参考例2.胚性幹細胞の分化
a.材料
胚性幹細胞の分化には、表2の試薬および器具を使用した。

胚性幹細胞分化用培地の組成は、90%αMEM、10%FBS、5x10M 2−ME、2mM L−グルタミン、であった。
b.方法
BIOCOATコラーゲンIVコート10cmディッシュに3x10のCCE胚性幹細胞を播種した。5日目および7日目に、胚性幹細胞分化用培地を用いて培地を交換した。
脂肪細胞への誘導は、2−MEを含まない胚性幹細胞分化用培地に表3の試薬を添加することにより行った。培養は、コラーゲンIVでコートした培養プレート上で行った。

骨芽細胞への誘導は、2−MEを含まない胚性幹細胞分化用培地に表4の試薬を添加することにより行った。培養は、ゼラチンでコートした培養プレート上で行った。

軟骨細胞への誘導は、2−MEを含まない胚性幹細胞分化用培地に、0.1μMのデクサメタゾンを添加することにより行った。
参考例3.抗体の作製
当業者に周知の方法で各分子の細胞外部分を認識するモノクローナル抗体を作成した。具体的には、以下のように行った。マウスPDGFRαの細胞外部分のcDNAを、PCRを用いて増幅させ、このDNA配列をヒトIgG1のFc部分のDNA配列と結合させて融合cDNAを作成した。このcDNAをCOS1細胞に導入し、培養上清中の融合タンパク質を、Protein Aカラムを用いて回収した。回収したタンパク質でラットを免疫した。免疫終了後、脾臓を回収し、脾臓細胞を骨髄腫細胞株X63.Ag8と融合させてハイブリドーマ細胞を作成した。目的の抗体を得るために、ハイブリドーマ細胞の培養上清中に含有される抗体の中から、融合蛋白およびPDGFRαを発現しているBalb/c−3T3細胞に反応する抗体を選別し、そのハイブリドーマ細胞のクローンを同定した。この方法により、PDGFRαを特異的に認識するモノクロナール抗体を得た。ほぼ同様の方法で抗マウスFLK1モノクローナル抗体を作成した。
参考例4.抗体染色とFACS Vantageによる細胞の選別
a.試薬の作成
表5の試薬を使用した。

脱イオン水900mlに対して100mlの10xハンクス緩衝液と10gのBSA(最終濃度1%)を加えてよく撹拌した。BSAが溶解したら、0.2μmのフィルターを用いて濾過滅菌した。
b.方法
抗PDGFRα抗体をビチオンで、抗FLK1抗体をフィコエリスリンで(両方ともMolecular probeより購入した)でそれぞれ標識し、以下の染色に使用した。分化9日目の細胞を細胞分離緩衝液で分離した後、マウス血清を10μl/細胞10個で加え、氷上で20分間インキュベートした。次に、100ngないし500ngの各抗体を添加し、氷上で20分間インキュベートした。20分後、1%BSAハンクス緩衝液で細胞を1回洗浄した。ストレプトアビジン−アロピコシアニン(Allopycocyanine)(APC;Becton−Dickinson)を含む500μlの1%BSAハンクス緩衝液に細胞を再懸濁し、氷上で20分間インキュベートした。最後に1%BSAハンクス緩衝液で2回洗浄し、細胞10個につき1mlの1%BSAハンクス緩衝液に溶解し、細胞選別に使用した。
FACS Vantage(Becton−Dickinson)およびFacsAria(Becton−Dickinson)の使用方法は、付属のガイドブックに準じた。FACS Vantageの場合、ノズルの振動の頻度は26000程度、レベルは3V、drop delayは約12−14で行った。
実施例1.DGFRα陽性FLK1陰性細胞の出現時期
10−7MのRAを含む胚性幹細胞分化用培地で、CCE胚性幹細胞を培養し、PDGFRαの発現の経過をFACSで調べた。PDGFRα陽性細胞は培養4日目には殆ど確認されず、5日目から出現し、9日目に最大になった(図1)。
実施例2.PDGFRα陽性FLK1陰性細胞の分離
CCE胚性幹細胞を培養し、図2Aのように脂肪細胞への分化処理を施した。即ち、胚性幹細胞分化用培地に培養2日目から4日目までRA、11日目からインシュリン、デクサメタゾン、IBMXおよびトログリタゾンを添加した培地でCCE胚性幹細胞を培養し、脂肪細胞への分化を誘導した。PDGFRαおよびFLK1の発現をFACSにより経時的に調べた。分化誘導後8日目・9日目あたりから、PDGFRα陽性FLK1陰性細胞が出現した(図2B)。FACSにより培養9日目にPDGFRα陽性FLK1陰性細胞を分離し、この細胞の形態を位相差顕微鏡で観察した。図2C(右)のように、この細胞の形態は、骨髄由来の間葉系細胞であるストロマ細胞に極めて類似していた。さらにこの細胞の培養を続け、脂肪染色を施したところ、脂肪細胞の出現が確認された(Oil Redによる脂肪染色像:左)。
実施例3.PDGFRα陽性FLK1陰性細胞の脂肪細胞への分化能
実施例2と同様に、CCE胚性幹細胞を培養し、図2Aのように脂肪細胞への分化処理を施した。培養9日目にFacsVantageを用いてPDGFRα陽性FLK1陰性の細胞を選別分離した。これらの細胞を選別分離後7日間培養し、Oil Redによる脂肪染色を施した。その結果、PDGFRα陽性FLK1陰性の分画の細胞は、高い効率で脂肪細胞に分化することが判明した(図3A)。これらの細胞は、脂肪細胞特異的物質であるトリグリセリドを大量に有していた(図3B)。また、RT−PCR法により、選別分離後3日間および7日間培養した細胞の脂肪特異的マーカーの発現を調べ、選別分離後7日間培養した細胞が脂肪特異的マーカーであるアジポネクチンとPPRγを発現していることを確認した(図3C)。これらの細胞は、培地にデキサメタゾンおよびインシュリンを添加して培養すると、より効率よく脂肪細胞に分化した。同様に、PDGFRα陰性FLK1陰性細胞を選別分離し、7日間培養し、Oil Redによる脂肪染色、トリグリセリド測定およびRT−PCRを行った。図3A−Cから明らかなように、PDGFRα陰性細胞からは脂肪細胞は出現しなかった。
実施例4.培養4日目のPDGFRα陽性細胞は脂肪細胞への分化能を有さない
RAを含まない胚性幹細胞分化用培地でCCE胚性幹細胞を培養し、培養4日目にFacsVantageを用いてPDGFRα陽性FLK1陽性細胞、およびPDGFRα陽性FLK1陰性細胞を選別分離した。これらの細胞を、脂肪細胞への分化誘導条件下でさらに14日間(培養23日目まで)培養した後、脂肪染色した。その結果、両細胞とも脂肪細胞への分化能は極めて低いことが判明した(図4)。
実施例5.培養4日目のPDGFRα陽性FLK1陰性細胞と培養9日目のPDGFRα陽性FLK1陰性細胞との遺伝子発現の相違
RAを含まない胚性幹細胞分化用培地でCCE胚性幹細胞を培養し、培養4日目にFacsVantageを用いてPDGFRα陽性FLK1陰性細胞を選別分離した。また、10−7MのRAを含む胚性幹細胞分化用培地でCCE胚性幹細胞を培養し、培養9日目にFacsVantageを用いてPDGFRα陽性FLK1陰性細胞およびPDGFRα陰性FLK1陰性細胞を選別分離した。これらの細胞について、中胚葉細胞マーカーとして知られている遺伝子の発現をRT−PCRにより調べた(図5)。RA(−)4日目の細胞はLim1などの中胚葉細胞マーカーを発現しているのに対し、RA(+)9日目の細胞では中胚葉細胞マーカーの発現が見られなかった(図5)。このことは、培養9日目のPDGFRα陽性FLK1陰性細胞は、培養4日目のPDGFRα陽性FLK1陰性細胞とは異なる細胞であることを示す。
実施例6.PDGFRα陽性FLK1陰性細胞は脂肪細胞マーカーを発現しない
実施例2と同様に、CCE胚性幹細胞を培養し、図2Aのように脂肪細胞への分化処理を施した。培養9日目にFacsVantageを用いてPDGFRα陽性FLK1陰性の細胞を選別分離した。これらの細胞の遺伝子発現をRT−PCRにより調べた。図5のように、脂肪細胞マーカーを発現しておらず、さらに神経細胞マーカーも発現していなかった。細胞形態(実施例2参照)とこの遺伝子発現のパターンより、この細胞は、脂肪細胞以前の分化段階にあることが明らかになった。
実施例7.培養2、3日目のRA添加は、PDGFRα陽性FLK1陰性細胞を効率よく分化させる
胚性幹細胞分化用培地でCCE胚性幹細胞を培養し、図6に示す様々な時期にRAを添加し、培養9日目にFacsVantageを用いてPDGFRα陽性FLK1陰性細胞を選別分離した。この細胞を脂肪細胞分化誘導条件で9日間培養し、細胞の中性脂肪量を測定した。胚性幹細胞の分化を誘導し始めて、2日目、3日目、4日目にRAを添加すると、最も効率よくPDGFRα陽性FLK1陰性細胞が出現した(図6)。他の時期にRAを添加してもこの細胞への分化誘導は起こったが、効率が2日目ないし4日目に添加した場合に比較して悪かった。
実施例8.PDGFRα陽性FLK1陰性細胞の自己複製能
実施例2と同様に、CCE胚性幹細胞を培養し、図2Aのように脂肪細胞への分化処理を施した。培養9日目にFacsVantageを用いてPDGFRα陽性FLK1陰性の細胞を選別分離した。これらの細胞を、2−MEを含まない胚性幹細胞分化用培地中で30回継代し、細胞数を計測した。図7に示すように、継代を30回行っても増殖力は低下せず、逆に、上昇した。継代数20回および30回の細胞を脂肪細胞分化用培地で培養した。この細胞をOil Redにより脂肪染色したところ、図8から明らかなように、多数の細胞が脂肪細胞に分化した。従って、この細胞は、分化能を維持したままで自己複製する能力をもっていることが示唆された。
実施例9.PDGFRα陽性FLK1陰性細胞の骨芽細胞への分化能
実施例2と同様に、CCE胚性幹細胞を培養し、図2Aのように脂肪細胞への分化処理を施した。培養9日目にFacsVantageを用いてPDGFRα陽性FLK1陰性の細胞を選別分離した。これらの細胞を参考例2に記載の骨芽細胞分化誘導条件で16日間培養し(即ち、25日間培養)、細胞を回収し、RT−PCRを行った。これらの細胞は、骨芽細胞特異的分子を発現していた(図9左上)。また、この培養25日目の細胞、およびさらに培養を続けた42日目の細胞を骨芽細胞特異的染色剤であるアリザリン・レッドで染色した(図9左下)。大部分の細胞が染色され、PDGFRα陽性FLK1陰性細胞が骨芽細胞に分化したことが裏付けられた。
実施例10.PDGFRα陽性FLK1陰性細胞の軟骨細胞への分化能
実施例2と同様に、CCE胚性幹細胞を培養し、図2Aのように脂肪細胞への分化処理を施した。培養9日目にFacsVantageを用いてPDGFRα陽性FLK1陰性の細胞を選別分離した。これらの細胞を参考例2に記載の軟骨細胞分化誘導条件で21日間培養し(即ち、30日間培養)、細胞を回収し、RT−PCRを行った。これらの細胞は、軟骨細胞特異的分子を発現していた(図9右上)。また、この培養30日目の細胞を軟骨細胞特異的染色剤であるアルシアン・ブルーで染色した(図9右下)。大部分の細胞が染色され、PDGFRα陽性FLK1陰性細胞が軟骨細胞に分化したことが裏付けられた。
実施例11.PDGFRα陽性FLK1陰性細胞の多分化能
実施例2と同様に、CCE胚性幹細胞を培養し、図2Aのように脂肪細胞への分化処理を施した。培養9日目にFacsVantageを用いてPDGFRα陽性FLK1陰性の細胞を選別分離した。これらの細胞を20回継代培養した。次に0.3細胞/ウェルとなるように平底の96−ウェルプレートに播種し、胚性幹細胞分化用培地で培養した。細胞が増殖してコンフレントになったら、随時、培養スケールを上げた。最終的に10cmのディッシュで培養可能な量にまでに増殖させ、クローン細胞株を保存した。クローン細胞株を28クローン樹立した(図10)。これらの各クローン細胞株は、すべてPDGFRα陽性であった(図11)。なお、選別分離後の細胞を直接クローニングしようと数回試みたが、機械での選別分離作業の際に細胞へのダメージが大きいためか、成功しなかった。
これらのクローン細胞株のうち、10クローンを脂肪細胞および骨芽細胞への分化条件下で培養した。それぞれ脂肪細胞染色および骨芽細胞染色を行った(図12)。50%のクローン細胞株は、脂肪細胞のみに分化した。30%のクローン細胞株は、脂肪細胞と骨芽細胞の両方に分化した。10%のクローン細胞株は、骨芽細胞のみに分化した。
以上のように、本発明のストロマ細胞様形態のPDGFRα陽性FLK1陰性細胞は、多分化能と自己複製能力の両方を兼ね備えていることから、この細胞が間葉系幹細胞であることが明らかとなった。
産業上の利用の可能性
本発明の間葉系幹細胞は、脂肪細胞、骨芽細胞、軟骨細胞などの間葉系細胞への分化能を有する。本発明の間葉系幹細胞およびそれから分化した細胞は、これらを標的とする薬物の開発に使用できる。例えば、脂肪細胞は、糖尿病や高脂血症の処置用薬物の開発に有用である。また、これらの細胞は、ホルモンや生理活性物質等の産生細胞としても利用でき、脂肪組織を用いる乳房形成などの、形成外科治療や細胞移植治療への応用も可能である。現在、脂肪細胞に効率よく分化する細胞株として3T3L1細胞株が知られているが、本発明の間葉系幹細胞は、既に脂肪マーカー遺伝子を発現している3T3L1細胞よりも早期の分化段階にあること、そしてガン化した細胞株ではないこと、などの利点を有する。また、骨芽細胞は、例えば、骨粗鬆症の処置および/または子防用の薬剤のスクリーニングに使用し得る。骨芽細胞や軟骨細胞を実験動物に移植することにより、再生医療の基盤的研究を行うこともできる。
【図1】

【図2】



【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】

【図10】

【図11】

【図12】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
インビトロにおいて多能性幹細胞から分化させた間葉系幹細胞であって、PDGFRα陽性かつFLK1陰性であり、Mesp2を発現しない細胞。
【請求項2】
さらにLim1および/またはメソジェニンを発現しない、請求項1に記載の間葉系幹細胞。
【請求項3】
ストロマ細胞様形態である、請求項1または請求項2に記載の間葉系幹細胞。
【請求項4】
多能性幹細胞が哺乳動物由来である、請求項1ないし3のいずれかに記載の間葉系幹細胞。
【請求項5】
多能性幹細胞が胚性幹細胞である、請求項1ないし4のいずれかに記載の間葉系幹細胞。
【請求項6】
哺乳動物に移植するための、請求項1ないし5のいずれかに記載の間葉系幹細胞。
【請求項7】
哺乳動物に移植するための細胞を得るために使用する、請求項1ないし6のいずれかに記載の間葉系幹細胞。
【請求項8】
a)多能性幹細胞を培養する段階、
b)ストロマ細胞様形態の細胞の出現を確認する段階、および
c)PDGFRα陽性かつFLK1陰性の細胞を選別し分離する段階、
を含む、請求項1ないし7のいずれかに記載の間葉系幹細胞の調製方法。
【請求項9】
d)c)で選別分離した細胞の一部を取り、Mesp2、Lim1およびメソジェニンからなる群から選択される少なくとも1つの中胚葉マーカー遺伝子の発現がないことを確認する段階、をさらに含む、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
段階c)を培養5日目以降に実施する、請求項8または請求項9に記載の方法。
【請求項11】
段階c)において、抗PDGFRα抗体および/または抗FLK1抗体を使用する、請求項8ないし請求項10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
段階c)において、FACSにより細胞を選別し分離する、請求項8ないし請求項11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
段階a)において、多能性幹細胞の分化を促進させる処理を施す、請求項8ないし請求項12のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
該処理がコラーゲンIVでコートした培養プレート上で多能性幹細胞を培養することを含む、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
該処理が、培養培地にtrans−レチノイン酸、インシュリン、デクサメタゾン、IBMXおよびトログリタゾンから選択される少なくとも1つの物質を添加することを含む、請求項13または請求項14に記載の方法。
【請求項16】
物質がtrans−レチノイン酸である、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
請求項1ないし請求項7のいずれかに記載の間葉系幹細胞を脂肪細胞に分化させる処理を含む、脂肪細胞の調製方法。
【請求項18】
該処理がコラーゲンIVでコートした培養プレート上で間葉系幹細胞を培養することを含む、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
培養培地にtrans−レチノイン酸、インシュリン、デクサメタゾン、IBMXおよびトログリタゾンから選択される少なくとも1つの物質を添加することを含む、請求項17または請求項18に記載の方法。
【請求項20】
請求項1ないし請求項7のいずれかに記載の間葉系幹細胞を骨芽細胞に分化させる処理を含む、骨芽細胞の調製方法。
【請求項21】
該処理がゼラチンでコートした培養プレート上で間葉系幹細胞を培養することを含む、請求項20に記載の方法。
【請求項22】
培養培地にBMP−4、アスコルビン酸−2−リン酸塩、デクサメタゾン、β−グリセロリン酸塩から選択される少なくとも1つの物質を添加することを含む、請求項20または請求項21に記載の方法。
【請求項23】
請求項1ないし請求項7のいずれかに記載の間葉系幹細胞を軟骨細胞に分化させる処理を含む、軟骨細胞の調製方法。
【請求項24】
培養培地にデクサメタゾンを添加することを含む、請求項23に記載の方法。
【請求項25】
請求項8ないし請求項16のいずれかに記載の方法で得られる間葉系幹細胞。
【請求項26】
請求項17ないし請求項19のいずれかに記載の方法で得られる脂肪細胞。
【請求項27】
請求項20ないし請求項22のいずれかに記載の方法で得られる骨芽細胞。
【請求項28】
請求項23または請求項24に記載の方法で得られる軟骨細胞。
【請求項29】
請求項1ないし請求項7、および請求項25ないし請求項28のいずれかに記載の細胞を哺乳動物に移植することを含む、哺乳動物の障害の処置方法。
【請求項30】
請求項1ないし請求項7、および請求項25ないし請求項28のいずれかに記載の細胞を使用する、薬剤のスクリーニング方法。

【国際公開番号】WO2004/106502
【国際公開日】平成16年12月9日(2004.12.9)
【発行日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−506565(P2005−506565)
【国際出願番号】PCT/JP2004/007735
【国際出願日】平成16年5月28日(2004.5.28)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】