説明

陶磁器の成形方法

【課題】 未熟練者であっても、容易に袋物などの複雑な形状のものを粘土にて成形を行うことのできる陶磁器の成形方法を提供すること。
【解決手段】 発泡プラスチック製の内型10(11,12,13)の表面に粘土30を貼り付けて成形品24(20,22,23)の外形をつくる成形工程、成形品24の開口部分15,18,19から発泡プラスチックを減容可能な溶剤32を注ぎ込む減容工程を備えた陶磁器型の製造方法によって達成される。このとき、発泡プラスチックは、発泡スチロール、発泡ポリエチレン、発泡ポリプロピレン、発泡ポリ塩化ビニルからなる群から選択される一種または二種以上のものであることが好ましく、内型11の表面において、粘土30が接触する位置には、文様14が付されていることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、陶磁器の成形方法に関する。
【背景技術】
【0002】
萬古焼は、陶磁器産地の一つであり耐熱性に優れるという特徴を持っている食器を製作している。三重県の四日市萬古焼は、代表的な地場産業となっており、紫泥の急須や耐熱性という特長を活かした土鍋が有名である。この陶磁器は、元文年間に桑名の豪商沼波弄山(ぬなみろうざん)が創始し、自分の作品に「萬古」または「萬古不易」の印を押したことから、萬古焼と呼ばれるようになった。弄山の没後には一時中断したものの、天保年間に森有節らによって再興された。現在の四日市萬古焼は、そのときの技法を研究して明治時代の初めに焼かれたものが元となっている。
【0003】
萬古焼の製造方法としては、(1)陶土・陶石を原料にした粘土を用いてロクロ成形などの方法で形を作り、(2)その形に模様つけ・彫り等の飾りを付けた後、(3)焼成するという工程を経る。陶磁器を作る工程において、ロクロを用いる方法は、熟練者にとっては一般的なものであるが、初心者には非常に難しい工程である。このことは、開口部分が奥側部分よりも小さな袋物と言われる製品(例えば、急須、壺など)について特に顕著である。このため、袋物の成形工程については、萬古焼を再興した森有節が発明した木型成形技術が知られている。
【0004】
図1〜図5には、木型成形技術の概要を示した。この技術では、図1に示すように、組み立て及び分解が可能な木製内型100を製造しておく。木製内型100は、底部の大きな形状の部分を縦割り方向に分割して形成された周辺部材122と、これら周辺部材122を所定の位置に組付けた状態で上側から組付け固定するリング部材124と、周辺部材122の中央に組付けられる芯部材120とから構成されている。
木製内型100を組み合わせた状態で、図2に示すように、周辺部材122とリング部材124の周囲に板土(粘土)を薄く貼り付け、成形品110を形成する。
その後、芯部材120を抜き取り(図3を参照)、中央に開放された開口部126から周辺部材122を抜き取る(図4を参照)。最後に、リング部材124を抜き取ることで、袋物の形状をした成形品110が完成する(図5を参照)。
【0005】
上記製造工程においては、木製内型100と粘土が密着して剥がれにくくなることを防止するため、両者が接触する面には、離形剤として和紙や布を覆い付けた後、この上に強度の強い耐水性紙を覆い付ける必要がある。
また、萬古焼は粘土の厚みが薄いため、粘土の乾燥時の収縮作用で成形品110が破損するおそれがあるため、木製内型100の表面に粘土を貼り付けた後、速やかに木製内型100を分解して外さなければならない。
【0006】
このように、木製内型100を用いた成形は、熟練者が時間をかけて急須などの袋物を製作するには十分な技術であった。
しかし、現在では木製内型自体を製作する技術者が少なくなったことに加え、木製内型の価格が高く且つ量産することが困難である。また、離形剤となる和紙や布の接着技術が困難であるという欠点があった。
袋物を内型成形する技術を普及させるには、上記欠点は大きな障害となっていた。また、口元が非常に小さい袋物の場合には、木製内型での成形は実質的には不可能であった。
従来には、複雑な形状の陶磁器を成形するに際して、外型による鋳込み成形法が用いられている。この場合に、発泡ウレタン樹脂を用いて割型の変形を防止するという技術が開発されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002−283318号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記特許文献に記載された技術をそのまま袋物の萬古焼に用いることはできなかった。
本発明は、上記した事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、未熟練者であっても、容易に袋物などの複雑な形状の萬古焼の成形を行うことのできる陶磁器の成形方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、長年に渡って、四日市萬古焼の製造、販売および普及に努めている。従来の木製内型を用いた陶磁器の成形方法は、完成された技術であるが、上述のように現在の社会では、普及することは困難であった。
このため、上記目的を達成するために、先ず、本発明者はプラスチックを用いて、木製内型と同じ構造を備えたものを製作した。木製内型を用いるときの離形剤である和紙・布に代えて、液体離形剤を使用した。しかし、プラスチックは非常に重く、かつ成形代が予想以上に高価であった。加えて、液体離形剤の効果も弱かったため、和紙・布を用いたところ、木製内型で製作する以上に困難な作業となってしまった。
【0010】
そこで、鋭意検討を行った結果、発泡プラスチック製の内型の表面に粘土を貼り付けた後、粘土が乾いて成形品が破損する前に速やかに、開口部から溶剤を注ぎ込むことで、発泡プラスチックを減容させることにより、成形品を製造することに成功した。
こうして、上記目的を達成するための発明に係る陶磁器の成形方法は、発泡プラスチック製の内型の表面に粘土を貼り付けて成形品の外形をつくる成形工程、前記成形品の開口部分から前記発泡プラスチックを減容可能な溶剤を注ぎ込む減容工程を備えたことを特徴とする。
【0011】
内型の形態としては、特に限られないが、開口部分が奥側部分よりも小さな袋物であることが好ましい。そのような形態を備えたものとしては、例えば底部が大きな花瓶、一輪ざし、徳利、急須などが含まれる。
発泡プラスチックとは、内部に気泡を含んだプラスチックのことを意味している。本願発明においては、特に限られないが例えば、発泡スチロール(発泡ポリスチレン)、発泡アクリロニトリル、発泡ABS、発泡ポリエチレン、発泡ポリプロピレン、発泡ポリ塩化ビニル、発泡ポリビニルアルコール、発泡ポリアミド、発泡ポリウレタン、発泡フェノール樹脂、発泡ユリア樹脂、発泡エポキシ樹脂、発泡アクリル樹脂、発泡シリコーン、発泡ピラニル樹脂、発泡ポリイソシアヌレート、発泡ポリイミド、発泡アセチルセルロース、発泡ビスコースなどが含まれる。これらの発泡プラスチックのうちの一種類のみを用いることもできるし、二種類以上の材料を混合して用いることもできる。また、これらの発泡プラスチックのうち、経済性および製作の容易性の観点からは、発泡スチロール、発泡ポリエチレン、発泡ポリプロピレン、発泡ポリ塩化ビニルからなる群から選択される一種または二種以上のものであることが好ましい。
【0012】
内型とは、表面に粘土を貼り付けて成形品の外形をつくるための型を意味する。本発明においては、内型の表面において、粘土が接触する位置には、文様を施すことが好ましい。文様としては、陰刻または陽刻のいずれでも良いが、成形品の内面側に陽刻文様を付するために陰刻であることが好ましい。
減容とは、体積を減らすことを意味する。減容工程の後に、発泡プラスチックの表面と粘土との接触が解消させることによって、粘土の収縮による成形品の破損を回避できれば良く、必ずしも発泡プラスチックの全部を溶解させる必要はない。なお、成形品の内部に発泡プラスチックが残っていたとしても、焼成時には全ての発泡プラスチックは焼けてしまうので、陶磁器の完成品には影響がない。但し、焼成時に発生する二酸化炭素を減少させて環境に配慮する観点からは、できるだけ多くの発泡プラスチックを溶解させることが好ましい。
【0013】
溶剤とは、発泡プラスチックを減容させるための液剤を意味する。そのような溶剤としては、特に限られないが例えば、アルコール、アルデヒド、ケトン、エーテル、エステル、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素などが含まれる。これらの溶剤のうちの一種類のみを用いることもできるし、二種類以上のものを混合して用いることもできる。
本発明によれば、発泡プラスチック製の内型を製作することにより、陶磁器を安価に量産できる。また、成形工程後に発泡プラスチック製の内型を溶剤で減容させるため、従来の離形剤を用いる必要がなく、作業工程を簡略化できる。このため、熟練の技術がなくても、複雑な成形品を容易に成形することができる。更に、発泡プラスチック製の内型の表面に文様(陰刻または陽刻)を施すことにより、成形品の内側に鮮明に文様(陽刻または陰刻)を施すことができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、未熟練者であっても、容易に袋物などの複雑な形状の作品を粘土で成形を行うことができる。更に、(1)木製内型では不可能であった極端に小さな開口部を持つ成形品が製造可能である、(2)複雑かつ繊細な柄であっても、成形品の内側に文様(陽刻または陰刻)ができる、(3)非常に複雑な形状を持つ成形品であっても容易に成形できるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】従来の製造工程において用いられる木製内型の斜視図である。
【図2】木製内型を用いた萬古焼の製造工程を示す図(1)である。
【図3】木製内型を用いた萬古焼の製造工程を示す図(2)である。
【図4】木製内型を用いた萬古焼の製造工程を示す図(3)である。
【図5】木製内型を用いた萬古焼の製造工程を示す図(4)である。
【図6】本実施形態における陶磁器の成形方法に用いる内型の分解斜視図である。
【図7】内型の本体部の周囲に粘土を貼り付けたときの様子を示す斜視図である。
【図8】急須本体の注ぎ口部分に開口を設けた様子を示す斜視図である。
【図9】本体部に注ぎ口部と把持部とを取付け、成形品の外形を形成した様子を示す斜視図である。
【図10】成形品の開口部分から溶剤を注ぎ込む様子を示す斜視図である。
【図11】溶剤で内型を減容させた後の成形品の斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
次に、本発明の実施形態について、図表を参照しつつ説明するが、本発明の技術的範囲は、これらの実施形態によって限定されるものではなく、発明の要旨を変更することなく様々な形態で実施することができる。また、本発明の技術的範囲は、均等の範囲にまで及ぶものである。
【0017】
図6には、本実施形態に用いる内型10の分解斜視図である。この内型10は、陶磁器の一つである急須(より詳細には、急須の蓋部を除いたもの)を製造するためのものである。本発明では、開口部分が奥側部分よりも小さな袋物と呼ばれる陶磁器を製造するために、特に適している。
内型10は、本体部11と、注ぎ口部12と、把持部13とから構成されており、全て発泡プラスチック(例えば、発泡スチロール)から形成されている。本体部11は、開口部15が奥側部分(下方部分)よりも小さな形状とされている。本体部11の周壁部分において粘土と接触する部分には、陰刻の文様14が形成されている。この文様14によって、成形品24の内壁面には陽刻の文様が形成される。本体部11において、注ぎ口部12が接続される位置は接続用凹部16が設けられている。また、開口部15のやや下方位置には、全周に沿って径方向内側に凹んだ蓋置部形成部17が設けられている。
【0018】
<成形工程>
まず、図7に示すように、本体部11において上面側の開口部15を残して、表面に粘土30を薄く貼り付け、本体成形品20を形成する。次いで、図8に示すように、注ぎ口部12を組付けるべき位置(接続用凹部16に粘土が貼り付けられたところ)に適度な大きさで、適当な個数の通過口21を開放形成する。一方、注ぎ口部12には、先端の開口部18と、後端の接触面(本体部11に組付ける面)とを残して、周囲表面に粘土30を薄く貼り付け、注ぎ口成形品22を形成する。また、把持部13には、先端の開口部19を残して、周囲表面に粘土30を薄く貼り付け、把持部成形品23を形成する。
次に、図9に示すように、本体成形品20の所定の位置に、注ぎ口成形品22と把持部成形品23とを取付ける。こうして、三箇所の開口部15,18,19を残して、全体に薄い粘土30で形成された成形品24が形成される。
【0019】
<減容工程>
次いで、図10に示すように、粘土30が乾いて成形品24が破損する前に速やかに、開口部15,18,19から溶剤32(例えば、プソイドクメンと、イソブテン3量体の水素化物であって2,4,6,6−ペンタメチルヘプタンを主体とする異性体混合物との混合物)を注ぎ込むことで、内型11,12,13を減容させる。このとき、内型を構成する発泡プラスチックとして発泡スチロールを用い、溶剤としてSD溶剤(株式会社オプティ社製)を用いた場合には、内型全部がほとんど溶解されるので、好ましい実施形態となる。
溶剤32によって(図6)内型11,12,13を溶解した後には、(図6)蓋置台形成部17に押し込み形成された(図11)蓋置部26の形状を整える。
【0020】
こうして、図11に示すように、袋物の一つである急須(の蓋部分を除いたもの)の成形品24が成形される。なお、図には示さないが、成形品24とは別に、開口部15から蓋置部26に載せる蓋部を形成しておく。
成形品24の製造後には、一般的な陶磁器の製造方法に従って焼成することにより、陶磁器が完成する。
【0021】
<陶磁器の製造用キット>
上記した発泡プラスチック製の内型10と、内型10の表面に貼り付ける粘土30と、発泡プラスチックを減容する溶剤32とを組み合わせたものを陶磁器の製造用キットとして製造・販売できる。
この製造用キットは、例えば窯元が主催(或いは、窯元と協賛)する講座において、陶磁器の製造を行いたい者(例えば、文化講座への参加者、観光者、小中学校の生徒など)に対して、使用させることができる。製造された陶磁器を窯元で焼成することにより、陶磁器を容易に手作りできる。こうして、特に初心者に対して、陶磁器文化に触れさせ、伝統を継承することが容易となる。
【0022】
また、上記製造用キットには、更に、成形品24の外形を密封状態で封入可能な袋体を備えさせることができる。このキットによれば、窯元から遠方にいる者であっても、容易の陶磁器を手作りできる。すなわち、成形品24を袋体に密封状態で封入した後に、窯元に運び込むことにより、乾燥しすぎて破損することが回避できる。
このように、本実施形態によれば、発泡プラスチック製の内型を製作することにより、陶磁器を安価に量産できる。また、成形工程後に発泡プラスチック製の内型を溶剤で減容させるため、従来の離形剤を用いる必要がなく、作業工程を簡略化できる。このため、熟練の技術がなくても、複雑な成形品を容易に成形することができる。更に、発泡プラスチック製の内型の表面に文様(陰刻または陽刻)を施すことにより、成形品の内側に鮮明に文様(陽刻または陰刻)を付することができる。
<他の実施形態>
本実施形態では、内型10は複数の部品に分割して成形されているが、本発明によれば、一つの内型(例えば、花瓶など)から成形品を製造することができる。
【符号の説明】
【0023】
10,11,12,13…内型
14…文様
15,18,19…開口部分
20,22,23,24…成形品
30…粘土
32…溶剤

【特許請求の範囲】
【請求項1】
発泡プラスチック製の内型の表面に粘土を貼り付けて成形品の外形をつくる成形工程、前記成形品の開口部分から前記発泡プラスチックを減容可能な溶剤を注ぎ込む減容工程を備えたことを特徴とする陶磁器の成形方法。
【請求項2】
前記成形品は、開口部分が奥側部分よりも小さな袋物であることを特徴とする請求項1に記載の陶磁器の成形方法。
【請求項3】
前記発泡プラスチックは、発泡スチロール、発泡ポリエチレン、発泡ポリプロピレン、発泡ポリ塩化ビニルからなる群から選択される一種または二種以上のものであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の陶磁器の成形方法。
【請求項4】
前記内型の表面において、粘土が接触する位置には、陰刻または陽刻の文様が施されていることを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれか一つに記載の陶磁器の成形方法。
【請求項5】
前記発泡プラスチックは発泡スチロールであり、前記溶解剤はプソイドクメン58〜62容量%とイソブテン3量体の水素化物であって2,2,4,6,6−ペンタメチルへプタンを主体とする異性体混合物42〜38容量%とを含有するものであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一つに記載の陶磁器の成形方法。
【請求項6】
請求項1〜請求項5に記載の陶磁器の成形方法を実施するためのキットであって、
発泡プラスチック製の内型と、この内型の表面に貼り付ける粘土と、成形品の外形を作製した後に前記発泡プラスチックを減容する溶剤とを備えることを特徴とする陶磁器の製造用キット。
【請求項7】
更に、前記成形品の外形を密封状態で封入可能な袋体とを備えたことを特徴とする請求項6に記載の陶磁器の製造用キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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