説明

集束イオンビーム装置

【課題】本発明は集束イオンビーム装置に関し、中性粒子を除去してイオン照射が可能なようにした集束イオンビーム装置に関する。
【解決手段】デフレクタを4段構成とし、上2段によりイオンビームをある距離だけ平行移動をさせ、下2段により再びイオンビームを上2段により元の軌道に戻すように平行移動をさせる各電圧成分をそれぞれ各段の電極に重畳させ、印加できる機能を持つデフレクタ電源と、及び上の2段電極と下の2段電極の間に、前記中性粒子を遮断する遮蔽板11を設け、前記デフレクタの上2段と下2段には本来の2段偏向器の役割を実行させるためのデフレクタ電圧を印加する場合に、上2段の内の何れか1段と、下2段の内の何れか1段にのみ本来の2段偏向器を実現させるためのデフレクタ電圧を印加することを特徴とする集束イオンビーム装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は集束イオンビーム装置に関し、更に詳しくは中性粒子を除去してイオン照射が可能なようにした集束イオンビーム装置(FIB)に関する。
【背景技術】
【0002】
図5は本発明の前提となる集束イオンビーム装置の概略構成図である。図において、1は正の電位である加速電圧が印加されるイオン源である。該イオン源としては、液体金属イオン源(LMIS)、又はプラズマ、ガスフィールド等のガスイオン源が用いられる。2は前記イオン源1からイオンビームを引き出すために加速電圧より低い電位が印加されている引出電極、3は引き出されたイオンビームの開き角を制御する開き角制御レンズである。図では、引出電極2と開き角制御レンズ3は一体として表示されている。
【0003】
4は前記開き角制御レンズ3と共にビーム電流を制限するビーム電流制限絞り、5はイオンビームを試料上で走査・偏向するために使用されるデフレクタ(偏向器)である。6はイオンビームを試料上に集束するための対物レンズである。集束イオンビーム装置は、最低限、イオン源1,引出電極2,開き角制御レンズ3,ビーム電流制限絞り4,デフレクタ5及び対物レンズ6の6つの光学要素から構成される。8はイオンビーム7が照射される試料、9は該試料8を載置するステージである。試料8とステージ9は試料室内に設置される。
【0004】
本発明はこれら集束イオンビーム装置のうち、デフレクタに関するものであるため、この機能についての従来技術を説明する。デフレクタ5が対物レンズ6よりも上部にある場合、通常2段のデフレクタが用いられる。通常、2段のデフレクタには以下に示すような3項目の全て、又は2つか1つのビーム偏向機能を持たせている。それぞれの機能は、それぞれの上段・下段の印加電圧配分で決まる。これらを統合してビーム偏向機能と言う。
【0005】
1)Translation(平行移動)機能
ビームを平行移動する機能
2)Shift(アライメント)機能
偏向系にoff−axis位置に傾斜して入射したビームをon−axis上に戻す機能。図6はデフレクタの基本機能の説明図である。同図のshiftがこの機能を示している。図において、11は上段電極、12は下段電極、13はレンズである。横軸はz方向を、縦軸はz方向に垂直な方向をそれぞれ示している。電極11と対向する電極11’間の距離は約3mmである。
【0006】
3)Tilt(傾斜)機能
偏向系にon−axisで入射したビームを、下にある光学要素(例えばレンズ13)の中心を通しながら曲げる機能である。同図のtiltがこの機能を示している。
【0007】
これらの2段偏向器は、そのTranslationとShift機能を利用して、軸外収差を無くすため、ビームがその中心を通る必要のある光学要素(例えばレンズ,収差補正機,可動アパーチャ等)の前におき、ビームの試料上での走査やイメージシフトに利用される。なお、これらの機能は、通常2つの方向X,Y方向に独立して持たせられている。
【0008】
図7は4極子2段偏向器の例と印加電圧の定義の説明図である。(a)が2段偏向器の例、(b)が印加電圧の定義である。5Aが上段デフレクタ、5Bが下段デフレクタである。上段デフレクタ5Aへの印加電圧をVUP、下段デフレクタ5Bへの印加電圧をVLOWとする。(b)において、15〜18はデフレクタを構成する4個の電極である。
【0009】
この場合、電極数は上下段に各4つ、計8つあり、通常8つの異なった電圧が印加される。(b)において、電極15には電圧V+yが、電極16には電圧V-xが、電極17には電圧V-yが、電極18には電圧V+xが印加される。
【0010】
上段には“up”、下段には“low”、X,Y方向にはそれぞれx,y、−X,−Y方向にはそれぞれ−x,−yのインデクスを付けて、これらの印加電圧を表記すると、それぞれVup,x、Vup,y、Vup,-x、Vup,-y、Vlow,x、Vlow,y、Vlow,-x、Vlow,-yとなる。X,Y方向と、−X,−Y方向に印加する電圧を、通常以下のように設定する(+/−どちらかの方向をグランドに落とす方法もあるが一般的ではない)。
【0011】
up,-x=−Vup,+x、Vup,-y=−Vup,+y、Vlow,-x=−Vlow,+x
low,-y=−Vlow,+y (1)
これより、デフレクタに印加する電圧を考慮する場合は、+/−のどちらか一方向だけ決定すればよいことが分かる。そのため、以下“+”方向のみ注目する。更に4極子の場合はX,Y方向それぞれ無関係に電圧を印加するため、特に方向にこだわる必要がない。なお、“tilt”軌道を使う走査電圧だけは、その走査形状により、周波数、最大電圧、位相にそれぞれ関係を持つが、一度それを決定すれば、それぞれ無関係に電圧を印加できる。そのため、以下、X,Yともに同じ形式で表現可能なため、以下インデクスx,yも省略して記載する。そうすると、残るインデクスは、“up”と“low”、注目する電圧はVupとVlowのみになる。
【0012】
一方、8極子の場合、電極数は上下段に各8個、計16個あり、通常16個の異なった電圧が印加される。この電圧を、インデクス“up”と“low”を無視して図8のように定義するとする。そうすると、各電圧は、通常以下のように設定する(+/−どちらかの方向をグランドに落とす方法もあるが一般的ではない)。
【0013】
-x=−V+x、V-y=−V+y、V+x+y=(V+x+V+y)/√2
+x-y=(V+x+V-y)/√2、V-x+y=(V-x+V+y)/√2
-x-y=(V-x+V-y)/√2 (2)
これより8極子の場合でも4極子と同様、電圧Vx,Vyを決定すれば、残りの6電圧は自動的に決定される。このことは上下段ともに成り立つ。更に4極子同様X,Y方向それぞれ無関係に電圧を印加してX,Y方向ともに同じ形式で表現可能なため、以下インデクスx,yも省略して記載する。そうすると、残るインデクスは“up”と“low”、注目する電圧はVupとVlowのみになる。
【0014】
一方、各偏向機能を実行するためには、上段と下段の電圧比は一定でなければならない。この電圧比を、電圧連動比と呼び、その値は光学系(偏向器本体の機械的構成、及びその他の光学要素の機能・位置関係等をいう)固有の値となる。この電圧連動比Vlow/Vupをそれぞれ偏向機能毎にRtrans、Rshift、Rtiltと定義する。上段に印加するそれぞれの偏向電圧をVtrans、Vshift、Vtiltとすると、下段の電圧も自動的に決定されて、以下のようになる。
【0015】
Vup=Vtrans+Vshift+Vtilt
low=Rtrans・Vtrans+Rshift・Rshift+Rtilt・Vtilt (3)
なお、Vtrans、Vshift、Vtiltの値は光学系の要求から決定される。
【0016】
従来のこの種の装置としては、偏向電極系と発散性静電レンズ系と電磁コイルとからなるイオン種選択機構を用いて、中性粒子を遮断してターゲットに所定のイオン種だけを入射させるようにした装置が知られている(例えば特許文献1参照)。
【0017】
また、イオンを偏向電場電極群に進入させてイオンを偏向して質量分析装置に導入されるようにすると共に、電荷を持たない中性粒子は偏向電場電極群の内壁面に衝突して拡散するようにした装置が知られている(例えば特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】特開昭63−40241号公報(第4頁左下欄第5行〜第16行)
【特許文献2】特開平10−302709号公報(段落0029〜0031)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
集束イオンビーム装置を利用してある試料の微細加工を実行する際の最も大きな問題は、加工領域周辺の、本来は加工領域でない部分の試料ダメージ、及び試料汚染である。例えば試料に1μm角の穴を開けようとしたとする。通常、ビーム径に応じた加工精度で1μmの穴が開けられる。しかしながら、同時に本来照射されていないはずの前記加工部分領域周辺数μmから数10μm、場合によってはmmオーダの広い範囲で試料にダメージや汚染が生じることが確認できる。
【0020】
この一つの理由は以下によるものと考えられている。即ち、イオンビーム内には様々な要因により発生した原子、分子、クラスタ等の中性粒子が含まれている。このうち、イオンビームは対物レンズにより非常に狭い範囲に収束される。これをある領域に走査することにより、走査領域の加工や観察が可能になる。しかしながら、中性粒子は対物レンズに影響されずに最終段の電流を制限する絞り内径とビーム開き角に応じた領域に照射される。これが加工領域周辺のダメージと汚染の原因になる。
【0021】
本発明はこのような課題に鑑みてなされたものであって、中性粒子による加工領域周辺のダメージと汚染を完全に抑制すると同時に、高分解能観察も行なうことができる収束イオンビーム装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0022】
上記の問題を解決するために、本発明は以下のように構成される。
(1)請求項1記載の発明は、正の電位である加速電圧が印加されているイオン源と、該イオン源からイオンビームを引き出すために加速電圧より低い電圧が印加されている引出電極と、引き出されたイオンビームの開き角を制御する開き角制御レンズと、該開き角制御レンズと共にビーム電流を制限するビーム電流制限絞りと、ビームを試料上で走査・偏向するために使用されるデフレクタと、ビームを試料上に集束するための対物レンズを備えた集束イオンビーム装置において、イオンビーム内に含まれる中性粒子が試料に到達することを抑制できるように前記デフレクタを4段構成とし、上2段と下2段にはビームの走査やアラインメントを実行する本来の2段偏向器の役割を実行させるためのデフレクタ電圧を印加し、更に上2段によりイオンビームをある距離だけ平行、又は平行に準ずる移動をさせ、下2段により再びイオンビームを上2段により平行移動されていない場合の軌道に戻すように平行、または平行に準ずる移動をさせ得る各電圧成分をそれぞれ各段の電極に、本来のデフレクタ電圧の上に重畳させ印加できる機能を持つデフレクタ電源と、及び上の2段電極と下の2段電極の間に、前記中性粒子をほぼ完全に遮断し、イオンビームはほぼ全て通過させ得る大きさと構造を持った遮蔽板を設置したものであって、前記デフレクタの上2段と下2段に本来の2段偏向器の役割を実行させるためのデフレクタ電圧を印加する場合に、上2段の内の何れか1段と、下2段の内の何れか1段にのみ本来の2段偏向器を実現させるためのデフレクタ電圧を印加することを特徴とする。
【0023】
(2)請求項2記載の発明は、前記デフレクタを用いてイオンビームを平行移動させる方向をX方向またはY方向の何れか一方向に限定したことを特徴とする。
(3)請求項3記載の発明は、前記デフレクタの上の2段電極と下の2段電極の間に配置する遮蔽板を可動にし、イオンビームによる高分解能観察時には、前記遮蔽板を光軸からイオンビームに衝突しない距離まで遠ざけるようにしたことを特徴とする。
【0024】
(4)請求項4記載の発明は、前記遮蔽板を避けるための平行移動に要する電圧を与える平行移動電圧電源の上に、ビームの走査やアライメントを実行する本来の2段偏向器の役割を実行させるための偏向電圧を与える通常偏向電源電圧を重畳させることを特徴とする。
【0025】
(5)請求項5記載の発明は、前記上2段の上下段電極の長さと対向電極間距離、又は下2段の上下段電極の長さと対向電極間距離、又は全4段全ての電極の長さと対向電極間距離を同じにしたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、以下のような効果を奏する。
(1)請求項1記載の発明によれば、中性粒子による加工領域周辺のダメージと汚染を完全に抑制することができ、また、上2段の内の1段、下2段の内の1段にデフレクタ電圧を印加することで、本来のイオンビーム偏向を行わせることができる。
【0027】
(2)請求項2記載の発明によれば、イオンビームの平行移動をX方向又はY方向の何れか一方向のみに行わせることができる。
(3)請求項3記載の発明によれば、遮蔽板を光軸から遠ざけてイオンビームが遮蔽板に衝突しないようにして、本来のイオンビームを試料に照射するようにすることで、イオンビームを平行移動させることにより発生する偏向収差増大等のビーム径劣化の影響を無くすことができる。
【0028】
(4)請求項4記載の発明によれば、デフレクタ電圧電源の高圧化、高圧での高速化を避け、高速・高電圧電源により大きく発現するノイズ電圧を低減させることができ、ノイズ電圧によるビーム径(分解能)劣化も低減することができる。
【0029】
(5)請求項5記載の発明によれば、平行移動電圧電源の数を必要最小限の数に減らすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】従来方法と本発明方法の比較説明図である。
【図2】本発明の実施例1の模式図である。
【図3】本発明の実施例2の模式図である。
【図4】本発明の実施例3の模式図である。
【図5】本発明の前提となる集束イオンビーム装置の概略構成図である。
【図6】デフレクタの基本機能の説明図である。
【図7】4極子2段偏向器の例と印加電圧の定義の説明図である。
【図8】8極子と印加電圧の定義の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。
図1は従来方法と本発明方法との比較説明図である。図5と同一のものは、同一の符号を付して示す。(a)が従来の方法、(b)が本発明の方法である。(a)において、5Aは上段デフレクタ(U)、5Bは下段デフレクタ(L)である。4は電流制限絞り(アパーチャー)、Biはイオンと中性粒子の混合ビームである。6は対物レンズ、8は試料である。Bi2は中性粒子ビームである。
【0032】
(b)において、5A1は上段デフレクタの第1のデフレクタ(Uu)、5A2は上段デフレクタの第2のデフレクタ(Ul)、5B1は下段デフレクタの第1のデフレクタ(Lu)、5B2は下段デフレクタの第2のデフレクタ(Ll)である。4は電流制限絞り(アパーチャー)、Biはイオンと中性粒子の混合ビームである。6は対物レンズ、8は試料である。Biはイオンと中性粒子の混合ビーム、Bi2は中性粒子ビーム、Bi1はイオンビームである。11は中性粒子を遮蔽する遮蔽板(ブラインド)である。
【0033】
ここでは、発明の本質である電流制限絞り4と、その下部に設置されるデフレクタ(偏向器)5及び対物レンズ6のみ記載してある。デフレクタ5は4極子又は8極子どちらでもよく、(a)では上段のデフレクタをU、下段をLとして定義してある。また、対物レンズ6は、静電型コンデンサレンズを用いている。なお、この図では、説明の簡略化のため、translation、shift、tilt等の全ての偏向電圧をゼロとしてある。
【0034】
この場合、従来の方法では、電流制限絞り4を通過したイオンと中性粒子(原子、分子、クラスター等)の混合ビームBiは、対物レンズ6の上部にある2段偏向器5A,5Bに曲げられることなく、ある開き角をもって直進し対物レンズ6まで到達する。対物レンズ6によりイオンは試料8上に結像するが、中性粒子は対物レンズ6に影響されずにそのまま試料8まで到達する。従来の装置では、この中性粒子Bi2がFIB観察や加工等の際に、ビーム照射領域周辺の試料ダメージや試料汚染の大きな原因の一つになっている。
【0035】
以下、本発明の動作について説明する。本発明では、対物レンズ6の上部にある2段偏向器をそれぞれ2分割し全4段にしてある。図1の(b)では、上段のデフレクタの上部をUu、下部をUl、下段のデフレクタの上部をLu、下部をLlと定義してある。以下の説明では、各段に印加する電圧のインデクスとしてこの定義を使用する。上段の各電極ではイオンと中性粒子を分離するために、イオンビームのみ大きく平行、又はそれに準ずる移動(以下、両者ともに平行移動と記載する)をさせるように電極Uu、Ulに電圧を印加する。
【0036】
更に、下段の各電極では、イオンビームを再び平行移動させて元の軌道に戻るように電極Lu、Llに電圧を印加する。一方、中性粒子Bi2はデフレクタ上段5A1,5A2で曲げられることなく直進し、デフレクタ上段5Aと下段5Bの中間部にある遮蔽板(ブラインド)11により遮蔽される。なお、この遮蔽板11は、上記中性粒子Bi2をほぼ完全に遮断し、イオンビームはほぼ全て通過させ得る大きさと構造を持ったものとする。これにより、この中性粒子Bi2によるビーム照射領域周辺の試料ダメージや試料汚染の無い装置の実現が可能となる。
【0037】
本発明に関する上記説明では、従来の偏向機能であるtranslation,shift,tiltを実現するために、各段にどのような電圧を印加させるかについては記載していない。これには大きく分けて2つの印加方法がある。
(a)従来の偏向機能を実現するための偏向電圧を、上段2段、下段2段にそれぞれ印加する方法
Uu=Vtrans+Vshift+Vtilt+Vutrl=VDEF,U+Vutr1
Ul=Vtrans+Vshift+Vtilt+Vutr2=VDEF,U+Vutr2
Lu=Rtrans・Vtrans+Rshift・Vshift+Rtilt・Vtilt+Vltrl
=VDEF,L+Vutr1
Ll=Rtrans・Vtrans+Rshift・Vshift+Rtilt・Vtilt+Vutr2
=VDEF,L+Vutr2
(4)
(b)従来の偏向機能を実現するための偏向電圧を、上段2段、下段2段のそれぞれどれか1段にのみ印加する方法
Uu=Vtrans+Vshift+Vtilt+Vutrl=VDEF,U+Vutr1
Ul=Vutr2
Lu=Vltr1
Ll=Rtrans・Vtrans+Rshift・Vshift+Rtilt・Vtilt+Vltr2
=VDEF,L+Vltr2
(5)
上式のうち、Vutr1、Vutr2は、上段の各電極でイオンと中性粒子を分離するためにイオンビームのみ平行移動させるために電極Uu、Ulに印加する電圧であり、Vltr1
ltr2は、下段の各電極でイオンビームを再び平行移動させて元の軌道に戻るように電極Lu、Llに印加する電圧である。若し、各段電極の感度(電極長及び対向電極間距離又は内径)が同じなら以下の式が成り立つ。
【0038】
utr1=−Vutr2=−Vltr1=Vltr2 (6)
請求項1では、(4)、(5)式どちらの方法で電圧を印加するかは明示していないが、これを(5)式の方法で印加する方法、すなわち、「上2段と下2段には本来の2段偏光器の役割を実行させるためのデフレクタ電圧を印加する方法において、上2段のうち1段と下2段のうち1段にのみ本来の2段偏向器の役割を実行させるためのデフレクタ電圧を印加する方法をとった上記収束イオンビーム装置(図2)」は以下の利点を得る(請求項1)。
【0039】
1)一部の電源を低圧化でき、更に電源構成を簡単にできるため、電源の価格を抑制することができる。
2)電圧リップル(ノイズ)値は、電源の最大定格電圧に依存して大きくなる傾向がある。従って、偏向電源を高圧化すると電圧リップル(ノイズ)値を大きくし最大分解能を劣化させる。1)項により最大分解能の劣化を抑えることができる。
【0040】
図2は本発明の実施例1の模式図である。電極Uuには可変のVDEF,U+Vutr1を印加する電源21の電圧が、電極Ulには固定のVutr2を印加する電源22の電圧がそれぞれ印加される。電極Luには固定のVltr1を印加する電源23の電圧が、電極Llには可変の電圧VDEF,L+Vltr2を印加する電源24の電圧がそれぞれ印加される。11は固定の遮蔽板(固定ブラインド)である。
【0041】
上記(4)式、(5)式では、平行移動させる方向をX方向又はY方向のどちらにするかを特定していない。これをX方向又はY方向のどちらか一方向に限定した場合、上記1),2)項の利点を更に大きく受けることができる(請求項2)。
【0042】
図3は本発明の実施例2の模式図である。図において、図2と同一のものは、同一の符号を付して示す。Uuは上段電極の上の段の電極、Ulは上段電極の下の段の電極、Luは下段電極の上の段の電極、Llは下段電極の下の段の電極である。11’は可動式の遮蔽板(可動ブラインド)である。21は電極Uuに印加される可変電圧印加用電源、22は電極Ulに印加される固定電圧印加用電源、23は電極Luに印加される固定電圧印加用電源、24は電極Llに印加される可変電圧印加用電源である。
【0043】
SW1は電極Ulに印加する電圧として、固定電圧をLD端子又は接地電位をHR端子から選択するスイッチ、SW2は電極Luに印加する電圧として、固定電圧をLD端子又は接地電位をHR端子から選択するスイッチである。この実施例2は、請求項1又は2に示した装置に対して以下の特徴を有する。
【0044】
1)遮蔽板を可動にして、その遮蔽板位置により偏向モードを以下の2つに分類する。
・遮蔽板11’が光軸上にあり、中性粒子を遮断できる。ここではこれをLD(low damage)モードという。
【0045】
・遮蔽板11’が光軸上から十分遠ざかった位置にあり、デフレクタに電圧がかけられない場合、イオンと中性粒子の混合ビームを遮断しない。ここではこれをHR(high resolution)モードという。
【0046】
2)LDモードでは4段の電極に例えば(4)式、(5)式に相当する電圧を印加する。即ち、この時は請求項1,2で示す装置と同じ機能を有する。
3)HRモードでは、4段の電極に以下のような電圧を印加する。
【0047】
・LDモードで各電極に(4)式のように電圧を印加した場合
Uu=VDEF,U,VUl=VDEF,U,VLu=VDEF,L,VLl=VDEF,L
・LDモードで各電極に(5)式のように電圧を印加した場合
Uu=VDEF,U,VUl=0,VLu=0,VLl=VDEF,L
本電圧の印加方法は従来の装置と同じである。
【0048】
本実施例は、以下のように言い表すことができる。請求項1,2に示す装置において、上の2段電極と下の2段電極の間に置く遮蔽板を可動にし、必要により上記平行移動のための電圧成分を各電極に加えない時にも、イオンビームを遮断しないように、遮蔽板を十分光軸から遠ざけることを可能にして、中性粒子の影響が問題にならないような場合、例えばビーム電流を小さくした高分解能観察時に、イオンビームを平行移動させることにより発生する偏向収差増大等、ビーム径劣化の原因の影響を無くすようにすることができる(請求項3)。
【0049】
一般に、イオンと中性粒子を分離するために、イオンビームのみ平行移動させるために必要な電圧、Vutr1,Vutr2,Vltr1,Vltr2は、従来の偏向機能を実行するための偏向電圧VDEF,U、VDEF,Lに比べて高圧となる。一方、既に述べたように電圧リップル(ノイズ)値は、電源の最大定格電圧に依存して大きくなる傾向がある。
【0050】
従って、偏向電源を高圧化すると電圧リップル値を大きくして最大分解能を劣化させる。即ち請求項3で示す装置も、LDモードで高圧を印加する必要があるため、高電圧偏向電源が必要になるため、HRモードでも電圧ノイズによる最大分解能の劣化を抑えられない。この欠点を改良したのが、図4に示す模式図である。図2,図3と同一のものは、同一の符号を付して示す。
【0051】
図4において、Uuは上の段の電極の上段の電極、Ulは上の段の電極の下段の電極、Luは下の段の電極の上段の電極、Llは下の段の電極の下段の電極である。これら電極は、上下段電極の長さと対向電極間距離、又は下2段の上下段電極の長さと対向電極間距離、又は全4段全ての電極の長さと対向電極間距離が同じになるようにしてある。21は電極Uuに印加される可変電源、24は電極Llに印加される可変電源である。
【0052】
30,31は固定電源である。電源30は固定電圧Vutr1としてスイッチSW3のLD端子に接続され、固定電圧Ultr1としてスイッチSW2のLD端子に接続されている。電源31は固定電圧Uutr2としてスイッチSW1のLD端子に接続され、固定電圧Vltr2としてスイッチSW4のLD端子に与えられている。
【0053】
スイッチSW1の他端であるHR端子には接地電位が接続され、スイッチSW3の他端であるHR端子には接地電位が接続されている。スイッチSW2の他端であるHR端子には接地電位が接続され、スイッチSW4の他端であるHR端子には接地電位が接続されている。
【0054】
スイッチSW3において、スイッチSW3の共通接点がLD端子に接続された場合、電源21の可変電圧VDEF,UとVutr1が直列に接続された電圧が電極Uuに与えられるようになっている。スイッチSW4において、スイッチSW4の共通接点がLD端子に接続された場合、電源24の可変電圧VDEF,LとVutr2が直列に接続された電圧が電極Llに与えられるようになっている。
【0055】
図4に示す装置の場合、平行移動に要する電圧を与える低速な平行移動電圧電源の上に、ビームの走査やアライメント等を実行する本来の2段偏向器の役割を実行させるための偏向電圧を与える高速の通常偏向電圧を乗せることにより、デフレクタ電圧電源の高圧化、高圧での高速化を避け、高速・高電圧電源により大きく発現するノイズ電圧を低減させることができ、ノイズ電圧によるビーム径(分解能)劣化も低減することが可能なデフレクタ電圧電源を備えた集束イオンビーム装置である(請求項4)。
【0056】
イオンと中性粒子を分離するために、イオンビームのみ平行移動させるために必要な電圧Vutr1,Vutr2,Vltr1,Vltr2の値は、デフレクタ本体の機械的構成固有の値となる。しかしながら、全4段偏向器の電極長さ及び対向電極間距離を同じにし各段の偏向感度を同じにした場合、(6)式が成り立つ。従って、これにより平行移動電圧電源の数を図4に示すように半分の数に減らすことが可能になり、偏向電源の簡略化・低価格化が実現できる(請求項5)。
【0057】
(6)式から以下のことが分かる。(6)式は電源の種類が2種類必要なことを示している。例えば、Vutr1は−Vutr2と等しい。このことは、Vutr1のプラスとマイナスを逆にして接続すれば、Vutr1の電圧となることを示している。そこで、電源を浮かせて、
utr1はそのまま印加し、Vutr2の場合は正負を逆にして接続すればいいことになる。このような接続法を用いると、電源の種類は一つで済むことになり、装置の簡略化に寄与する。
【0058】
以上、詳細に説明したように、本発明によれば集束イオンビーム装置(FIB)を利用してある試料の微細加工を実行する際の最も大きな問題は、加工領域周辺の、本来は加工領域でない部分の試料ダメージ及び試料汚染である。例えば、試料に1μm角の穴を開けようとしたとする。通常、ビーム径に応じた加工精度で1μmの穴が開けられる。しかしながら、同時に本来ビームを照射していないはずの加工部分領域周辺から数μmから数10μm、場合によってはmmオーダの広い範囲で試料にダメージや汚染を与えてしまう。
【0059】
この一つの理由は以下によるものと考えられている。即ち、イオンビーム内にはさまざまな要因により発生した原子,分子,クラスター等の中性粒子が含まれている。このうちイオンビームは対物レンズにより非常に狭い範囲に収束される。これをある領域に走査することにより、走査領域の加工や観察が可能になる。しかしながら、中性粒子は対物レンズに影響されずに最終段の電流を制限する絞り内径とビーム開き角に応じた領域に照射される。これが加工領域周辺のダメージと汚染の原因になるということである。本発明により、上記中性粒子による加工領域周辺のダメージと汚染を完全に抑制する装置が実現されることになる。
【符号の説明】
【0060】
4 電流制限絞り
5A1 上の段のデフレクタの上段の電極
5A2 上の段のデフレクタの下段の電極
5B1 下の段のデフレクタの上段の電極
5B2 下の段のデフレクタの下段の電極
6 対物レンズ
8 試料
11 遮蔽板
Bi イオンと中性粒子の混合ビーム
Bi1 イオンビーム
Bi2 中性粒子ビーム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
正の電位である加速電圧が印加されているイオン源と、該イオン源からイオンビームを引き出すために加速電圧より低い電圧が印加されている引出電極と、引き出されたイオンビームの開き角を制御する開き角制御レンズと、該開き角制御レンズと共にビーム電流を制限するビーム電流制限絞りと、ビームを試料上で走査・偏向するために使用されるデフレクタと、ビームを試料上に集束するための対物レンズを備えた集束イオンビーム装置において、
イオンビーム内に含まれる中性粒子が試料に到達することを抑制できるように前記デフレクタを4段構成とし、上2段と下2段にはビームの走査やアラインメントを実行する本来の2段偏向器の役割を実行させるためのデフレクタ電圧を印加し、更に上2段によりイオンビームをある距離だけ平行、又は平行に準ずる移動をさせ、下2段により再びイオンビームを上2段により平行移動されていない場合の軌道に戻すように平行、または平行に準ずる移動をさせ得る各電圧成分をそれぞれ各段の電極に、本来のデフレクタ電圧の上に重畳させ印加できる機能を持つデフレクタ電源と、及び上の2段電極と下の2段電極の間に、前記中性粒子をほぼ完全に遮断し、イオンビームはほぼ全て通過させ得る大きさと構造を持った遮蔽板を設置したものであって、
前記デフレクタの上2段と下2段に本来の2段偏向器の役割を実行させるためのデフレクタ電圧を印加する場合に、上2段の内の何れか1段と、下2段の内の何れか1段にのみ本来の2段偏向器を実現させるためのデフレクタ電圧を印加することを特徴とする集束イオンビーム装置。
【請求項2】
前記デフレクタを用いてイオンビームを平行移動させる方向をX方向またはY方向の何れか一方向に限定したことを特徴とする請求項1記載の集束イオンビーム装置。
【請求項3】
前記デフレクタの上の2段電極と下の2段電極の間に配置する遮蔽板を可動にし、イオンビームによる高分解能観察時には、前記遮蔽板を光軸からイオンビームに衝突しない距離まで遠ざけるようにしたことを特徴とする請求項1又は2記載の集束イオンビーム装置。
【請求項4】
前記遮蔽板を避けるための平行移動に要する電圧を与える平行移動電圧電源の上に、ビームの走査やアライメントを実行する本来の2段偏向器の役割を実行させるための偏向電圧を与える通常偏向電源電圧を重畳させることを特徴とする請求項1乃至3の何れか1項に記載の集束イオンビーム装置。
【請求項5】
前記上2段の上下段電極の長さと対向電極間距離、又は下2段の上下段電極の長さと対向電極間距離、又は全4段全ての電極の長さと対向電極間距離を同じにしたことを特徴とする請求項4記載の集束イオンビーム装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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