説明

電位活性化型プロトンチャネルを構成するタンパク質及びその利用法

【課題】 ヒトやマウス等の哺乳類の電位依存性プロトンチャネルの分子基盤を解明するための研究の過程で完成されたものであり、ヒトやマウス等の哺乳類の電位依存性プロトンチャネルの産業上の利用方法を提供する。
【解決手段】 本発明者らは、ゲノムから公知のホヤVSP(電位感受性ホスファターゼ、非特許文献1)のDNA配列をもとにサーチを行い、哺乳類のプロトンチャネルの候補となる分子の検索をおこなった結果、電位依存性チャネルのS1〜S4の構造(図1)に類似した配列を示す新規cDNAをマウス及びヒトのcDNA情報から見出した。このmVSOP1(マウスの電位依存性プロトンチャネル)のcDNAをベクターに組み込んで、ヒト株化細胞へ強制発現させ電流計測を行ったところ、mVSOP1が電位依存性プロトンチャネルであると結論された。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ヒト及びマウス等の哺乳類の電位活性化型プロトンチャネルを構成するタンパク質及びその利用法に関する。
【背景技術】
【0002】
哺乳類の血液系細胞(顆粒球、マクロファージ、リンパ球)、骨芽細胞、ミクログリア、肺上皮細胞に見られる電位依存性プロトンチャネル(以下「VSOP」ともいう。)は、細胞内のpHの制御や活性酸素の産生に重要であることが知られている。
これらの細胞での活性酸素の産生は、炎症反応、感染防御、アポトーシス、がん細胞の除去などに、重要な働きがあることが知られている。また、骨芽細胞での発現は、老人の増加に伴って社会的な問題になっている骨粗鬆症の成立に深く関わっている可能性がある。また、肺上皮細胞においては細胞内pHの制御により呼吸効率に重要な役割を果たしており、慢性呼吸器疾患や末期がんでの呼吸器不全の改善に重要なターゲットとなる可能性がある。更に、脳のミクログリアでの発現は、老人性痴呆や脳変性疾患の成立と関係がある可能性がある。
電位依存性プロトンチャネルは、巻貝のニューロンにおいて最初に報告され(非特許文献1、2)、その後、哺乳類の肺上皮細胞(非特許文献3)、マクロファージ(非特許文献4)、顆粒球(非特許文献5)、骨芽細胞(非特許文献6)、ミクログリア(非特許文献7)などで存在が確認され、細胞内pHの制御や活性酸素の産生に関わることが報告されてきた(非特許文献8,9)。
【0003】
【非特許文献1】Nature 299, 826-8. (1982)
【非特許文献2】J Physiol 351, 199-216. (1984)
【非特許文献3】Biophys J 60, 1243-53. (1991)
【非特許文献4】J Gen Physiol 102, 729-60. (1993)
【非特許文献5】J. Physiol. 496, 299-316 (1996)
【非特許文献6】J Bone Miner Res 18, 2069-76 (2003)
【非特許文献7】Physiol Rev 83, 475-579. (2003)
【非特許文献8】Am J Physiol Lung Cell Mol Physiol 288, L398-408 (2005)
【非特許文献9】Nature 422, 531-4 (2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
電位依存性プロトンチャネルは、上記のような重要な機能を持っているにも関わらず、その分子基盤は明らかにされてこなかった。
本発明は、ヒトやマウス等の哺乳類の電位依存性プロトンチャネルの分子基盤を解明するための研究の過程で完成されたものであり、その産業上の利用方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、ゲノムから公知のホヤVSP(電位感受性ホスファターゼ、非特許文献1)のDNA配列をもとにサーチを行い、哺乳類のプロトンチャネルの候補となる分子の検索をおこなった。その結果、電位依存性チャネルのS1〜S4の構造(図1)に類似した配列を示す新規cDNAをマウス及びヒトのcDNA情報から見出した(マウスのcDNA RIKEN cDNA 0610039P13(配列番号3)、ヒトのcDNA(配列番号1)、以下それぞれ「mVSOP1」、「hVSOP1」という。)。これらのアミノ酸配列は(配列番号2,4)、発明者らが同時に見出したホヤのプロトンチャネル(特願2005-154598)のアミノ酸配列と40%程度の相同性を示した。
【0006】
本発明者らは、mVSOP1のcDNAをベクターに組み込んで、ヒト株化細胞へ強制発現させ電流計測を行ったところ、この電流が以下のような特徴を持つことを見出した。
(1)反転電位が細胞内外のpHの差に応じてNernstの式から予測される形で移動する。
(2)電位活性化型プロトンチャネルの特長である外向き整流特性が明確である。
(3)内外のpHの差(Delta pH=pHo-pHi)を感知して、ゲーティングの電位依存性カーブがシフトし、そのシフトの方向は、Delta pHが正であるほど過分極側である。
測定された電流がこのような特徴を持つことから、mVSOP1が電位依存性プロトンチャネルであると結論された。また、ヒトの遺伝子からこれと相同な分子を見出した。
【0007】
即ち、本発明は、配列番号2で表されるアミノ酸配列、又は該アミノ酸配列において1若しくは数個(例えば、全アミノ酸の5%)のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列から成りプロトンチャンネルとしての活性を有するタンパク質、又は配列番号4で表されるアミノ酸配列、又は該アミノ酸配列において1若しくは数個(例えば、全アミノ酸の5%)のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列から成り電位活性化型プロトンチャネルとしての活性を有するタンパク質である。
また、このたんぱく質において、配列番号2で表されるアミノ酸配列の205番目又は配列番号4で表されるアミノ酸配列の201番目のアミノ酸が他のアミノ酸に置換されてもよい。
また本発明は、このタンパク質をコードするポリヌクレオチド、又は配列番号1の1〜822番目又は配列番号3の1〜810番目で表される塩基配列と少なくとも90%の相同性をポリヌクレオチドである。
更に、本発明は、このポリヌクレオチドを含有する組換えベクターである。
また、本発明は、このポリヌクレオチドが導入された形質転換体である。
更に、本発明は、動物の細胞又は組織に上記ポリヌクレオチドを導入して形質転換し、該細胞又は組織に薬剤を作用させ、電位活性化型プロトンチャネルの活性に対する活性化又は抑制作用を検定することから成る、プロトンチャンネルの機能を活性化又は抑制する薬剤のスクリーニング方法である。
また、本発明は、上記ポリヌクレオチド又は上記ベクターを宿主細胞に導入し、該宿主細胞を培養することから成るプロトンチャンネルを構成するタンパク質を発現させる方法である。
【発明の効果】
【0008】
電位依存性プロトンチャネルは、これまで哺乳類の血液系細胞(顆粒球、マクロファージ、リンパ球)、骨芽細胞、ミクログリア、肺上皮細胞に見られ、細胞内のpHの制御や活性酸素の産生に重要であることが示されてきた。これらの細胞での活性酸素の産生は、炎症反応、感染防御、アポトーシス、がん細胞の除去などに、重要な働きがあることが知られている。骨芽細胞での発現は、老人の増加に伴って社会的な問題になっている骨そしょう症の成立に深く関わっている可能性がある。肺上皮細胞においては細胞内pHの制御により呼吸効率に重要な役割を果たしており、慢性呼吸器疾患や末期がんでの呼吸器不全の改善に重要なターゲットとなる可能性がある。脳のミクログリアでの発現は、老人性痴呆や脳変性疾患の成立と関係がある可能性がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明のタンパク質(配列番号2及び4)は、電位依存的なプロトンチャネル特性を有するポリペプチドである。このプロトンチャネルは、図1に示すように、4回膜貫通型であって、S1〜S4の膜貫通領域を持つ。後記の実施例でも明らかになるが、配列番号2で表されるアミノ酸配列の205番目又は配列番号4で表されるアミノ酸配列の201番目のアミノ酸は正電荷を持つアルギニン(Arg)であり、膜貫通領域S4に位置し、プロトンチャネルが内向きに電流を流さないようにゲートを制御する重要な部位である。このArgを他のアミノ酸に置換することにより、プロトンチャネルの性質を変異させることができる。例えば、このArgを負電荷を持つアミノ酸(Glu、Asp等)や無電荷のアミノ酸(Gln、Asn等)に置換することにより、プロトンチャネルの機能を弱め又は阻害することができる。
【0010】
一方、プロトンチャネルの機能を強める方法は見いだされていないが、カリウムチャネルの場合に知られているように、S4に陽性のチャージを導入するような変異を入れることで、膜電位依存性を高めることはできると考えられる。またホヤのプロトンチャネルは、活性化スピードが速いので、ホヤのプロトンチャネルと哺乳類のプロトンチャネルのキメラ分子を作成するなどで、活性化速度を速めたプロトンチャネルの作成が可能である。このような分子を、重篤ながんの患者などの免疫系細胞に遺伝子導入を行って、免疫機能を強化することができれば、有効な治療法として発展できる。
【0011】
また、本発明は電位依存的プロトンチャネルをコードするポリヌクレオチド(配列番号1及び3)である。本発明では、配列番号1の1〜822番目又は配列番号3の1〜810番目で表される塩基配列と少なくとも80%、好ましくは90%、より好ましくは95%相同であるポリヌクレオチドを用いることができる。
【0012】
本発明の組換えベクターは、インビトロ翻訳に用いるベクターであっても組換え発現に用いるベクターであってもよい。
組換えベクターとしてプラスミド、ファージ、コスミド等を用いることができる。
ベクターは、宿主細胞の種類に応じて、本発明のポリヌクレオチドを発現させるために適宜プロモーター配列を選択し、これと本発明のポリヌクレオチドを各種プラスミド等に組み込んだベクターを発現ベクターとして用いればよい。
本発明の発現ベクターは、宿主の種類に応じた発現制御領域(例えば、プロモーター、ターミネーター、及び/又は複製起点等)を含有する。細菌用発現ベクターのプロモーターとしては、慣用的なプロモーター(例えば、trcプロモーター、tacプロモーター、lacプロモーター等)が使用され、酵母用プロモーターとしては、例えば、グリセルアルデヒド3リン酸デヒドロゲナーゼプロモーター、PH05プロモーター等が挙げられ、糸状菌用プロモーターとしては、例えば、アミラーゼ、trpC等が挙げられる。また動物細胞宿主用プロモーターとしては、ウイルス性プロモーター(例えば、SV40初期プロモーター、SV40後期プロモーター等)が挙げられる。発現ベクターの作製は、制限酵素及び/又はリガーゼ等を用いる慣用的な手法に従って行うことができる。発現ベクターによる宿主の形質転換もまた、慣用的な手法に従って行うことができる。
【0013】
上記発現ベクターを用いて形質転換された宿主を、培養、栽培又は飼育した後、培養物等から慣用的な手法(例えば、濾過、遠心分離、細胞の破砕、ゲル濾過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー等)に従って、目的タンパク質を回収、精製することができる。
【0014】
発現ベクターは、少なくとも1つの選択マーカーを含むことが好ましい。このようなマーカーとしては、例えば真核生物細胞培養についてはジヒドロ葉酸レダクターゼ又はネオマイシン耐性、及びE.coli及び他の細菌における培養についてはテトラサイクリン耐性遺伝子又はアンピシリン耐性遺伝子が挙げられる。
上記選択マーカーにより、本発明のポリヌクレオチドが宿主細胞に導入されたか否か、さらには宿主細胞中で確実に発現しているか否かを確認することができる。あるいは、本発明のポリペプチドを融合ポリペプチドとして発現させてもよく、例えば、GFPをマーカーとして用い、本発明のポリペプチドをGFP融合ポリペプチドとして発現させてもよい。
【0015】
上記の宿主細胞は、特に限定されるものではなく、従来公知の各種細胞を好適に用いることができる。具体的には、例えば、大腸菌等の細菌、酵母(出芽酵母Saccharomyces cerevisiae、分裂酵母Schizosaccharomyces pombe)、線虫(Caenorhabditis elegans)、アフリカツメガエル(Xenopus laevis)の卵母細胞等を挙げることができる。
【0016】
上記発現ベクターを宿主細胞に導入する方法、すなわち形質転換法も特に限定されるものではなく、電気穿孔法、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法等の従来公知の方法を好適に用いることができる。また、例えば、本発明のポリペプチドを昆虫で転移発現させる場合には、バキュロウイルスを用いた発現系を用いればよい。
形質転換をするためのベクターの導入方法は特に限定されるものではなく、公知の遺伝子工学的手法を用いることができる。具体的には、コンピテントセルの使用、エレクトロポレーション法、リポフェクション法、マイクロインジェクション法、ウイルスによる感染、アグロバクテリウム法、パーティクルガン法等が挙げられる。
【0017】
本発明のプロトンチャンネルのポリヌクレオチド(mVSOP1やhVSOP1)を動物の細胞又は組織に導入して形質転換し、この細胞又は組織に被検物質としての薬剤を作用させ、電位活性化型プロトンチャネルの活性に対する活性化又は抑制作用を検定することにより、プロトンチャンネルの機能を活性化又は抑制する薬剤のスクリーニングを行うことができる。
プロトンチャンネルに対する被験物質の活性化又は抑制作用を検定する方法として、培養細胞などにプロトンチャネルのcDNAを遺伝子導入し、パッチクランプ法にて電流記録又はpH感受性蛍光色素を用いたイメージング記録を行うことにより、被験物質の投与時での信号変化を定量的に検出することができる。
また「プロトンチャンネルとしての活性」は、パッチクランプ法により細胞膜を流れるプロトン電流を計測するか、又は蛍光イメージングによって細胞内のpHの変化を検出することにより、測ることができる。
【0018】
なお、本発明者らは、すでに海産動物ホヤのプロトンチャネルを見出しているが(特願2005-154598)、本発明の哺乳類のプロトンチャネルは、ホヤのプロトンチャネルと比較して、(1)重金属感受性が高いこと、(2)活性化がゆっくりしていること、(3)変異を導入した分子が高効率で発現できること等の特徴を示す。(1)と(2)の差は、プロトンチャネルをターゲットとする薬物をスクリーニングするときには、薬理学的な性質が動物種によりかなり違うことを意味しており、ホヤのプロトンチャネルでは適切なスクリーニングが不可能である。(3)は、今後プロトンチャネルの構造や機能の情報、薬剤の効果を調べるための研究には、ホヤのプロトンチャネルよりもヒトやマウスのプロトンチャネルのcDNAクローンの方がより適している。
【0019】
本発明の哺乳類のプロトンチャネルは以下のように利用することができる。
(1)マウスやヒトのVSOPのcDNAを組み込んだプラスミドは、たとえば癌の末期の患者の細胞で感染防御機能が弱体化した免疫系細胞を骨髄や血液から回収した後、in vitroでこのプラスミドを遺伝子導入して活性酸素産生効率を上昇させておき、再び患者に戻してやることで、癌細胞の除去や、感染の防御を行うことが可能になる。このとき、VSOPの配列に変異を導入して、プロトンの輸送能力を増強したプロトンチャネルに改変することができれば、上記の効果はさらに増強される。
(2)プロトンチャネルを逆に、生存にとって有害な細胞を除去するのに使うことができる。201のアルギニンをグルタミンに置換したプロトンチャネルは、pHの静止膜電位付近において内向きにプロトンを運ぶため細胞内のpHが酸性になり、細胞の生存率が低下する。例えば、癌細胞に選択的にこのVSOPを遺伝子導入することにより癌細胞の除去が可能である。
(3)プロトンチャネルは、血液系細胞での活性酸素の産生に必須であり、血液系細胞の活性酸素産生は、多くの生物現象、生理現象で知られている。本発明のスクリーニング方法により、血液系細胞のプロトンチャネルを特異的に抑制する薬物を開発すれば、これらは活性酸素の産生を抑制し、脳変性疾患や動脈硬化の進行を遅くすることが可能になる。一方、プロトンチャネルを活性させる薬物を開発すれば、自然免疫能を向上させることにより、感染防御や癌治療に役に立つ。
【0020】
以下、実施例にて本発明を例証するが本発明を限定することを意図するものではない。
【実施例1】
【0021】
本実施例では、ヒト及びマウスの電位活性化型プロトンチャネルのcDNAをクローニングして培養細胞に導入した。
ホヤVSP(電位感受性ホスファターゼ、非特許文献1)と核酸配列の相同性を示したインサートを含むRIKEN cDNA 0610039P13(RIKEN Mouse FANTOM(TM)cDNA、GenBank登録番号BC021548)をDnaformより購入し、哺乳類発現用ベクターであるpcDNA3(Invitrogen)又はpIRES2-EGFP(BD Bioscience clontech)に組み込みプラスミドDNAを作成した。
ヒトのVSOP1は、GenBankの配列(BC009731)をもとにPCRプライマーをデザインし、ヒトTHP1細胞のcDNAからRT-PCRにより増幅しpcDNA3へサブクローニングを行った。PCRプライマーの配列はf(5'-CAGGAATCCAGAAACCAAGACGCAGAG-3')(配列番号5)、r(5'-GACAAGCTTCCGGGTCTAGTTCACTTC-3')(配列番号6)を用い、DNA増幅の条件は、94℃50秒、55℃55秒、72℃60秒、28サイクルで行った。インサートをpBluescriptのEcoR1とHindIIIのサイトへ挿入し、その後、pcDNA3のEcoR1とXho1のサイトに挿入し直した。インサートの配列は、DNAシークエンサーにより両方向のストランドにおいて確認を行なった。
その結果、ヒトのプロトンチャネルのcDNA配列(配列番号1)とアミノ酸配列(配列番号2)、及びマウスのプロトンチャネルのcDNA配列(配列番号3)とアミノ酸配列(配列番号4)を得た。ヒトのVSOPがデータベース登録されている塩基配列(BC009731)と同じであることを確認した。
【0022】
tsA201 細胞とHEK293 細胞を10% FCSを含むDMEM(Sigma)中で、37℃ 5% CO2濃度の条件で培養した。これらの細胞に、hVSOP(配列番号1)は、カルシウムリン酸法を用いて、mVSOP(配列番号3)はポリフェクト法(Qiagen)を用いて、それぞれ遺伝子導入を行った。
【0023】
マウスVSOPの場合は、pIRES2-EGFPベクター(Invitrogen社製)を用いて、同じCMV(サイトメガロウィルス)プロモーターから読まれるGFP蛋白の発現を指標として、蛍光顕微鏡下にて遺伝子導入された細胞から記録を行った。又は、CD8の発現プラスミドベクターを混ぜて遺伝子導入し、抗CD8抗体にビーズがついたもの(製品名DynaBeads M450 CD8, メーカー名DYNAL)で細胞をラベルして、遺伝子導入されていることを確認した。
ヒトVSOPの場合は、GFPのコード領域がCMVプロモーターの下流に組み込まれたプラスミドであるp-EGFP-C1(BD Bioscience社製)を、いっしょに遺伝子導入し、マウスVSOPの場合と同様に蛍光顕微鏡観察により遺伝子導入された細胞を同定した。
【0024】
COS7細胞にマウスVSOPをポリフェクト(キアゲン)を用いて遺伝子導入した後、10%ホルマリンにて固定し、PBSでwash後、マウスVSOPの細胞外ドメインのペプチド配列(IEPDEQDYAVTAFH)(配列番号4の107-120)に対する特異抗体(ウサギポリポリクローナル抗体)を一次抗体として反応させ(界面活性剤はなし)、2次抗体としてtexas red 標識anti-rabbitを用いて蛍光信号を検出した。その結果、図2に示すように細胞膜に局在するVSOP蛋白が特異的に蛍光標識された。遺伝子導入されていない細胞ではこのような蛍光信号は検出できなかった。ほとんどの実験を行ったtsA201細胞においては、免疫染色実験が適さないためにこの確認は行っていない。COS7細胞に遺伝子導入した場合にも、tsA201細胞に遺伝子導入した際に見られる電流と全く区別できない電流が誘導されることから、VSOP蛋白がtsA201細胞においてもCOS7細胞の場合と同様に発現しているといえる。
【実施例2】
【0025】
本実施例では、パッチクランプ法により細胞膜の電気生理学計測を行った。
実施例1で得たmVSOP1のcDNA(配列番号3)を導入したtsA201細胞の表面にガラス製ピペットの先端を当てて吸引し、細胞膜内外に荷電し、膜に含まれるイオンチャンネルを通る電流を計測した(全電流パッチクランプ法)。
【0026】
この計測において、EPC9(HEKA elektronik)又はAxoPatch200B (Molecular Devices) を増幅器として用い、Pulse(HEKA elektronik)又は Pclamp (Molecular Devices) を刺激とデータ取得のソフトウェアとしてもちいた。出力信号は4ポールベッセル型フィルターで、3.3キロヘルツのカットオフ周波数でノイズを減少させ、ADコンバーターにより11-1.8 kHzの取り込み周波数で、パソコンへ取り込んだ。ガラスピペットは 100μL calibrated pipetshad, Drummond Scientific Companyを用いその抵抗は7-15MΩであった。直列抵抗の補償を75%程度以上行った。全ての実験は温度感受性を調べる実験以外は、室温(26〜27℃)で行った。
【0027】
また、この計測において以下の溶液を用いた。
−細胞外NMDG溶液: 75 mM N-methyl D-glucamine (NMDG), 1 mM CaCl2, 1 mM MgCl2, 10-100 mM glucose, 100-200 mM Mes (pH6.1) or HEPES (pH7.0, 7.8)を用いた。
−パッチ電極内のNMDG溶液:65 mM NMDG, 3 mM MgCl2, 1 mM EGTA, 0-70 mM glucose, 150-183 mM MES (pH5.4-6.1) or HEPES (pH7.0)を用いた。浸透圧とpHはグルコースとメタンスルフォン酸を用いて調整した。
−細胞外通常溶液: 160 mM NaCl, 2 mM KCl, 1 mM MgCl2, 1mM CaCl2, 0-40 mM glucose, 100 mM MES (pH6.0) or HEPES (pH7.0, 7.8).
−細胞内通常溶液 :30 mM NaCl, 100 mM KCl, 3 mM MgCl2, 1 mM EGTA, 100 mM HEPES (pH7.0).
溶液界面電位は4 mV以下であり、解析においては補償しなかった。
【0028】
電流計測の結果を図3と図4に示す。
図3は、保持電位-60mVで、-30mVから100mVまで10mV毎のステップパルスを与えて、3秒の脱分極パルスで活性化する外向きプロトン電流を記録した例を示す。細胞内液、細胞外液ともに、NMDG 溶液を使用し、pHin/pHout は7.0/7.0である。
図4は、この計測において加えたパルスの電圧(横軸)に対する測定された電流値(縦軸)を示す。
これらから、この細胞において電位依存的かつ時間依存的なイオン電流が認められた。
【実施例3】
【0029】
本実施例では、mVSOPにより発現が誘導されたチャネルが細胞内のpHを制御する能力があるかどうかを検討するため、pH感受性蛍光色素であるBCECF-AM(2',7'-bis-(2-carboxyethyl)-5-(6)-carboxyfluorescein, acetoxymethyl ester)を用いて画像解析を行っい、細胞内pHの計測を行った。
HEK293細胞を、mVSOP/pCDNA3又はpCDNA3 vectorとCD8をコードするプラスミドを用いてトランスフェクションした。この細胞を2μg/mlのBCECF-AM (Molecular Probe) 存在下で DMEM (血清なし) 中30分間置いた後、PSS 溶液(140 mM NaCl, 5 mM KCl, 5 mM glucose, 1 mM CaCl2, 1 mM MgCl2, 20mM Tris pH7.5)で3回洗浄した。遺伝子導入を行った細胞はCD8ビーズでマークした(Dynabeads M-450 CD8, DYNAL)。
この細胞をNH4Cl/NMDG 溶液 (100 mM NMDG, 40 mM NH4Cl, 5 mM KCl, 5 mM glucose, 1 mM CaCl2, 1 mM MgCl2, 20 mM Tris, pH7.3)で20 分間還流し、アンモニアを含まない溶液(140 mM NMDG, 5 mM KCl, 5 mM glucose, 1 mM CaCl2, 1 mM MgCl2, 20 mM Tris, pH7.4)で還流して、すばやく細胞内の酸を増加させた。
細胞内pHは30秒おきに、BCECFの490 nmと440 nmの蛍光強度の比率を計測して行った。データ取得にはARGUS/HiSCA (Hamamatsu Photonics)を用いた。細胞内pHiの標準化は、高カリウム溶液中で、10μg/ml nigericin (Sigma)を用いてpH 濃度勾配を作り、計測した。
【0030】
異なる細胞外pHの条件で、100mVの脱分極の後で様々なレベルの電位に戻したときの再分極電流を計測した。細胞内pH は 7.0で行った。再分極電流から求めた反転電位を、ネルンストの式からもとめたプロトンの平衡電位(EH)との比較を図5に示す。図5の実線は 反転電位の実測値を傾き54.9 mV/ΔpHの直線で回帰したものを示し、破線はネルンストの式から計算される平衡電位EHによる直線を示す(59.3 mV/ΔpH)。これらが一致することから、mVSOPの発現により出現する電流がプロトン電流であるといえる。
図6は、mVSOP1を強制発現させた細胞において、BCECFの490 nmと440 nmの蛍光強度の比率計測により、細胞内pHを推定した結果を示す。矢印はカリウム溶液を加えてpHを変化させた時点を示す。A群は遺伝子発現した細胞であり、pHの変化に反応することを示しており、B群は発現しなかった細胞であり、pHの変化に反応しなかったことを示している。
【実施例4】
【0031】
本実施例では、mVSOP1のcDNA(配列番号3)の201番目のアルギニンをグルタミンに置換したcDNA(R201Q)を用いて、実施例2と同様に、パッチクランプ法により細胞膜の電気生理学計測を行った。その結果を図7に示す。
細胞外pHを6.0にして、電流を計測した。正常VSOP(WT)は10mV置きに、3秒間与え、R201Qでは500msで、5mV置きに与えた。保持電位は、-60mVであった。NMDG 溶液を用いて行い、細胞内のpHは7.0であった。正常VSOP1の電流では内向きには電流が認められないが、R201Qでは明らかな内向き電流が認められる(図7(b))。
記録した複数の細胞について電流密度の平均値を正常のVSOP1(n=8)とR201Q変異分子(n=12)で比較した結果を図7(c)に示す。
従って、201番目のアルギニンは、プロトンチャネルが内向きに電流を流さないようにゲートを制御する重要な部位であることが明らかになった。
このことは、mVSOP1及びhVSOP1がプロトンチャネルを活性化したり発現を増加させたりする修飾因子ではなく、プロトンチャネル本体であることを示している。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】プロトンチャネルのポリペプチドの膜トポロジーを示す図である。右の配列は膜貫通領域S4を示す。+は正電荷を持つArgを示す。
【図2】遺伝子産物をマウスVSOPの表面を認識する特異抗体で検出した図である。(1)はマウスVSOPをCOS7細胞に遺伝子導入し、ホルマリンによる固定後、マウスVSOPの特異抗体を用いて免疫染色(赤色)を行ったものを示す。(2)は明視野での微分干渉像を示す。(3)は(1)と(2)とを重ね合わせたものを示す。
【図3】mVSOP(配列番号3)を導入した細胞をパッチクランプ法により電流計測をした結果を示す図である。
【図4】mVSOP(配列番号3)を導入した細胞をパッチクランプ法により電流計測をした結果を示す図である。図3のトレースの電流電圧曲線である。
【図5】再分極電流から求めた反転電位を、ネルンストの式からもとめたプロトンの平衡電位(EH)と比較した図である。縦軸は再分極電流(mV)、横軸は細胞内外のpHの差(細胞外のpHの値から細胞内のpHの値を差し引いた値)を示す。
【図6】mVSOP1を強制発現させた細胞におけるBCECFの490 nmと440 nmの蛍光強度の比率計測を示す図である。縦軸はBCECFの蛍光強度の比率(490nm/440nm)を示す。矢印はカリウム溶液を加えた時点を示す。
【図7】mVSOP1のcDNA(配列番号3)の201番目のアルギニンをグルタミンに置換したcDNA(R201Q)を用いて行った電気生理学計測の結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号2で表されるアミノ酸配列、又は該アミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列から成りプロトンチャンネルとしての活性を有するタンパク質、又は配列番号4で表されるアミノ酸配列、又は該アミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列から成り電位活性化型プロトンチャネルとしての活性を有するタンパク質。
【請求項2】
配列番号2で表されるアミノ酸配列の205番目又は配列番号4で表されるアミノ酸配列の201番目のアミノ酸が他のアミノ酸に置換された請求項1に記載のタンパク質。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【請求項4】
配列番号1の1〜822番目又は配列番号3の1〜810番目で表される塩基配列と少なくとも90%の相同性をポリヌクレオチド。
【請求項5】
請求項3又は4に記載のポリヌクレオチドを含む組換えベクター。
【請求項6】
請求項3又は4に記載のポリヌクレオチドが導入された形質転換体。
【請求項7】
動物の細胞又は組織に請求項3又は4に記載のポリヌクレオチドを導入して形質転換し、該細胞又は組織に薬剤を作用させ、電位活性化型プロトンチャネルの活性に対する活性化又は抑制作用を検定することから成る、プロトンチャンネルの機能を活性化又は抑制する薬剤のスクリーニング方法。
【請求項8】
請求項3又は4に記載のポリヌクレオチド又は請求項5に記載のベクターを宿主細胞に導入し、該宿主細胞を培養することから成るプロトンチャンネルを構成するタンパク質を発現させる方法。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−289363(P2008−289363A)
【公開日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−255959(P2005−255959)
【出願日】平成17年9月5日(2005.9.5)
【出願人】(504261077)大学共同利用機関法人自然科学研究機構 (156)
【Fターム(参考)】