説明

電動機の駆動装置

【課題】簡便な手法で機械軸系の捩じり振動を抑制することができる電動機の駆動装置を提供する。
【解決手段】機械負荷1を駆動する電動機2に対する速度基準と電動機2の実速度との偏差がなくなるように、電動機2のトルク基準を得て、電動機2に対するトルク信号を出力する制御部4、を備え、制御部4は、電動機2と機械負荷1とで構成される機械軸系で発生する捩じり振動に対するトルク信号の位相遅れが90度未満となるように設定されるようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、電動機の駆動装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電動機で駆動される機械軸系の固有振動数に電動機制御系の速度応答周波数が接近すると、両者の間で共振が発生する。この共振により、過大な捩じり振動が発生する。そこで、例えば、鉄鋼圧延機においては、上記共振を回避するように、機械軸系の固有振動数と速度応答周波数が十分に離れた値に設計される。これにより、捩じり振動が抑制される。
【0003】
ところが、近年、高速応答の要求が高まり、電動機制御系の速度応答周波数が高く設定される傾向にある。一方、機械の大型化による慣性の増加と高強度材の使用によるスピンドル径の減少とが相まって、機械軸系の固有振動数が低く設定される傾向にある。このため、電動機制御系の速度応答周波数と機械軸系の固有振動数とが近づきつつある。
【0004】
そこで、上記共振を回避するために、電動機制御系に機械軸系モデルを用いて機械軸系の挙動を推定するオブザーバを組み込み、制御系トルク基準を補正するものが提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平6−98580号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1記載のものは、制御系が複雑で機械軸系モデル化の誤差の影響を受けやすい。
【0007】
この発明は、上述のような課題を解決するためになされたもので、その目的は、簡便な手法で機械軸系の捩じり振動を抑制することができる電動機の駆動装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明に係る電動機の駆動装置は、機械負荷を駆動する電動機に対する速度基準と前記電動機の実速度との偏差がなくなるように、前記電動機のトルク基準を得て、前記電動機に対してトルク信号を出力する制御部、を備え、前記制御部は、前記電動機と前記機械負荷とで構成される機械軸系で発生する捩じり振動に対する前記トルク信号の位相遅れが90度未満となるように設定されるものである。
【発明の効果】
【0009】
この発明によれば、簡便な手法で機械軸系の捩じり振動を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】この発明の実施の形態1における電動機の駆動装置のブロック図である。
【図2】この発明の実施の形態1における電動機の駆動装置が利用される電動機の実速度とトルク基準の位相関係を説明するための図である。
【図3】この発明の実施の形態2における電動機の駆動装置のブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
この発明を実施するための形態について添付の図面に従って説明する。なお、各図中、同一又は相当する部分には同一の符号を付しており、その重複説明は適宜に簡略化ないし省略する。
【0012】
実施の形態1.
図1はこの発明の実施の形態1における電動機の駆動装置のブロック図である。
図1において、1は機械負荷である。機械負荷1は、例えば、鉄鋼圧延機からなる。機械負荷1は、電動機2に駆動される。電動機2の回転速度は、速度センサ3に検出される。
【0013】
4は電動機制御部である。電動機制御部4は、電動機2の駆動を制御する機能を備える。具体的には、電動機制御部4は、検出速度フィルタ5、減算器6、速度制御器7、トルク基準フィルタ8、トルク制御器9を備える。
【0014】
検出速度フィルタ5の入力部は、速度センサ3の出力部に接続される。検出速度フィルタ5の出力部は、減算器6の入力部の一方に接続される。減算器6の入力部の他方は、外部入力に接続される。減算器6の出力部は、速度制御器7の入力部に接続される。速度制御器7の出力部は、トルク基準フィルタ8の入力部に接続される。トルク基準フィルタ8の出力部は、トルク制御器9の入力部に接続される。トルク制御器9の出力部は、電動機2の入力部に接続される。
【0015】
本実施の形態においては、検出速度フィルタ5の出力部に、捩じり振動検出部10の入力部が接続される。捩じり振動検出部10の出力部には、遮断周波数調整部11の入力部が接続される。遮断周波数調整部11の出力部の一方には、検出速度フィルタ5が接続される。遮断周波数調整の出力の他方には、トルク基準フィルタ8が接続される。
【0016】
この駆動装置においては、検出速度フィルタ5は、遮断周波数を基準として電動機2の実速度の信号をフィルタリングする。すなわち、検出速度フィルタ5は、電動機2の実速度の信号からノイズを除去し、信号SP_Fを生成する。減算器6は、外部から入力された速度基準SP_Rと信号SP_Fの偏差を生成する。速度制御器7は、減算器6に生成された偏差がなくなるように、電動機2に対するトルク基準T_Rを算出する。
【0017】
トルク基準フィルタ8は、遮断周波数を基準としてトルク基準T_Rのノイズを除去する。トルク制御器9は、ノイズの除去されたトルク基準T_Rに基づいて、電動機2に対するトルク信号を出力する。このトルク信号に基づいて、電動機2に電力が供給される。これにより、電動機2は、所望のトルクを発生させ。このトルクにより、機械負荷1が駆動する。
【0018】
捩じり振動検出部10は、信号SP_Fに基づいて、機械負荷1と電動機2とで構成される機械軸系の捩じり振動を検出する。例えば、速度基準SP_Rが一定のとき、電動機2の実速度が所定の周期で速度基準SP_Rから所定の値だけ乖離した場合に、捩じり振動検出部10は、機械軸系の捩じり振動の発生を検出する。
【0019】
遮断周波数調整部11は、捩じり振動検出部10が機械軸系の捩じり振動を検出した場合に、検出速度フィルタ5とトルク基準フィルタ8の遮断周波数を切り替える。
【0020】
次に、図2を用いて、機械軸系の捩じり振動とトルク基準T_Rとの関係を説明する。
図2はこの発明の実施の形態1における電動機の駆動装置が利用される電動機の実速度とトルク基準の位相関係を説明するための図である。図2の横軸は時間である。図2の上段の縦軸は電動機2の実速度である。図2の下段の縦軸は電動機2に対するトルク基準T_Rである。
【0021】
機械軸系の捩じり振動の周波数は、機械軸系の固有振動数である。このため、機械軸系の捩じり振動の周波数は、予め想定することができる。図2の上段に示すように、機械軸系の捩じり振動は、電動機2の実速度の振動成分として現れる。すなわち、電動機2の実速度は、速度基準SP_Rに対して周期的に振動する。
【0022】
この振動の周波数が機械軸系の捩じり振動の周波数である。従って、理想的な制御系の場合、電動機2の実速度と逆位相となるようにトルク基準T_Rを設定すれば、機械軸系の捩じり振動の抑制効果が最大となる。
【0023】
しかしながら、検出速度フィルタ5、速度制御器7、トルク基準フィルタ8、トルク制御器9は、一次遅れ要素となる。このため、電動機2に入力されるトルク信号(電流又は電圧)は、電動機制御部4全体の遅れ要素を積算したθTotalだけ遅れる。このθTotalの分だけ、機械軸系の捩じり振動の抑制効果が小さくなる。
【0024】
ここで、0度≦θTotal<90度の範囲であれば、機械軸系の捩じり振動を抑制する傾向となる。θTotal=90度のとき、機械軸系の捩じり振動の抑制効果はない。θTotal>90度となると、機械軸系の捩じり振動を助長する傾向となる。この場合、機械軸系の捩じり振動は発散し得る。
【0025】
本実施の形態においては、機械軸系の捩じり振動に対するトルク信号の位相遅れが90度未満となるように、検出速度フィルタ5とトルク基準フィルタ8の遮断周波数が切り替えられる。これにより、機械軸系の捩じり振動が抑制される。以下、検出速度フィルタ5とトルク基準フィルタ8の遮断周波数の切り替え方法を具体的に説明する。
【0026】
一例として、検出速度フィルタ5とトルク基準フィルタ8がローパスフィルタの場合を考える。ローパスフィルタの時定数をTとすると、ローパスフィルタの伝達係数GLPFは、次の(1)式で表される。
LPF(s)=1/(1+sT) (1)
【0027】
ローパスフィルタの遮断周波数をfとすると、ローパスフィルタの時定数Tは、次の(2)式で表される。
T=1/2πf (2)
【0028】
ローパスフィルタの入力信号周波数をfとすると、ローパスフィルタで生じる位相遅れθは、次の(3)式で表される。
θ=tan−1(f/f) (3)
【0029】
この場合、ローパスフィルタの遮断周波数fの値が大きくなるほど、位相遅れθが0に近づく。このため、本実施の形態においては、遮断周波数調整部11が遮断周波数fを許容できる最大値に切り替える。これにより、検出速度フィルタ5とトルク基準フィルタ8での位相遅れが最小化される。すなわち、機械軸系の捩じり振動が発生した場合は、ノイズの除去よりも機械軸系の捩じり振動の抑制が優先される。
【0030】
以上で説明した実施の形態1によれば、電動機制御部4の設定のみで、機械軸系の捩じり振動に対するトルク信号の位相遅れが90度未満となる。このため、機械軸系モデルを用いることなく、簡便な手法で機械軸系の捩じり振動を抑制することができる。
【0031】
本実施の形態においては、検出速度フィルタ5やトルク基準フィルタ8の遮断周波数を切り替えるだけでよい。このため、通常時はノイズを除去しつつ、制御系の応答性を下げることなく、必要時に機械軸系の捩じり振動を抑制することができる。
【0032】
また、速度基準SP_Rが一定のとき、電動機2の実速度が所定の周期で速度基準SP_Rから所定の値だけ乖離した場合に、機械軸系の捩じり振動が検出される。このため、ごく簡便な手法で、機械軸系の捩じり振動を検出することができる。
【0033】
なお、実施の形態1においては、検出速度フィルタ5とトルク基準フィルタ8がローパスフィルタの場合を説明した。しかしながら、検出速度フィルタ5とトルク基準フィルタ8がハイパスフィルタであってもよい。この場合も、適切に遮断周波数を切り替えれば、機械軸系の捩じり振動を抑制することができる。
【0034】
実施の形態2.
図3はこの発明の実施の形態2における電動機の駆動装置のブロック図である。なお、実施の形態1と同一又は相当部分には同一符号を付して説明を省略する。
【0035】
実施の形態1の電動機制御部4は、機械軸系の捩じり振動の検出後に、機械軸系の捩じり振動に対するトルク信号の位相遅れが90度未満となるように調整されていた。一方、実施の形態2の電動機制御部4は、機械軸系の捩じり振動を検出せず、機械軸系の捩じり振動に対するトルク信号の位相遅れが90度未満となるように予め設定されている。以下、実施の形態2の電動機制御部4を説明する。
【0036】
図2に示すように、検出速度フィルタ5での位相遅れはAとする。速度制御器7での位相遅れをBとする。トルク基準フィルタ8での位相遅れをCとする。トルク制御器9での位相遅れをDとする。
【0037】
電動機制御部4全体での位相遅れθTotal(=A+B+C+D)は、機械軸系の捩じり振動の周波数fによって変化する。しかしながら、実施の形態1で説明したように、機械軸系の捩じり振動の周波数fは予め想定することができる。
【0038】
そこで、本実施の形態においては、θTotal<90度となるように、機械軸系の捩じり振動の周波数fを考慮して、位相遅れA〜Dが予め設定される。具体的には、トルク基準フィルタ8、検出速度フィルタ5の遮断周波数が予め調整される。速度制御器7、トルク基準フィルタ8、検出速度フィルタ5、トルク制御器9のPIゲイン等も予め調整される。
【0039】
以上で説明した実施の形態2によれば、電動機制御部4内各部のゲイン及び遮断周波数は、機械軸系の捩じり振動に対するトルク信号の位相遅れが90度未満となるように予め設定される。このため、実施の形態1の捩じり振動検出部10や遮断周波数調整部11を用いることなく、過大な捩じり振動の発生を抑制することができる。
【0040】
なお、実施の形態1及び2では、検出速度フィルタ5とトルク基準フィルタ8の2つのフィルタを図1及び図2の位置に設置する場合を説明した。しかしながら、フィルタの個数や設置位置は、製品やアプリケーションにより千差万別である。すなわち、トルク信号に影響を及ぼす信号からノイズを除去するよう、製品やアプリケーションに合わせて、フィルタの個数や設置位置が決定される。この場合であっても、フィルタの個数や設定位置に応じて、トルク信号の位相遅れの調整や設定を行えば、実施の形態1又は2と同様の効果を得ることができる。
【符号の説明】
【0041】
1 機械負荷
2 電動機
3 速度センサ
4 電動機制御部
5 検出速度フィルタ
6 減算器
7 速度制御器
8 トルク基準フィルタ
9 トルク制御器
10 捩じり振動検出部
11 遮断周波数調整部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
機械負荷を駆動する電動機に対する速度基準と前記電動機の実速度との偏差がなくなるように、前記電動機のトルク基準を得て、前記電動機に対してトルク信号を出力する制御部、
を備え、
前記制御部は、前記電動機と前記機械負荷とで構成される機械軸系で発生する捩じり振動に対する前記トルク信号の位相遅れが90度未満となるように設定されることを特徴とする電動機の駆動装置。
【請求項2】
前記トルク信号に影響を及ぼす信号から遮断周波数を基準としてノイズを除去するフィルタと、
前記電動機の実速度に基づいて、前記捩じり振動を検出する捩じり振動検出部と、
前記捩じり振動が検出された場合に、前記捩じり振動に対する前記トルク信号の位相遅れが90度未満となるように前記フィルタの遮断周波数を切り替える遮断周波数調整部と、
を備えたことを特徴とする請求項1記載の電動機の駆動装置。
【請求項3】
前記捩じり振動検出部は、前記速度基準が一定のとき、前記電動機の実速度が所定の周期で前記速度基準から所定の値だけ乖離した場合に、前記捩じり振動を検出することを特徴とする請求項2記載の電動機の駆動装置。
【請求項4】
前記制御部内各部のゲイン及び遮断周波数は、前記機械軸系で発生することが想定される捩じり振動に対する前記トルク信号の位相遅れが90度未満となるように予め設定されたことを特徴とする請求項1記載の電動機の駆動装置。




【図1】
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【図2】
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【図3】
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