説明

電子線照射装置

【課題】 小型かつ軽量の装置でありながら高いエネルギーを実現することができる電子線照射装置を提供する。
【解決手段】 この電子線照射装置は、電子34を発生させる電子源32と、それからの電子34を周回させて加速する円形の加速器であって、電子の軌道半径が大きくなるにつれて磁場の強さが強くなる磁場勾配を持ち時間的に一定の磁場を発生させる複数の電磁石42を有しているFFAG加速器40と、それからの電子34を走査する走査器12と、それからの電子34を透過させると共に走査器12の内外の雰囲気を分離する窓箔16とを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、電子を加速して被照射物に照射して、当該被照射物に例えば高分子架橋、塗膜硬化、医療器具の殺菌等の処理を施す電子線照射装置に関し、より具体的には、電子加速器の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の電子線照射装置の殆どは、電子を静電界によって加速する静電加速型のものである(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
そのような電子線照射装置の一例を図3に示す。この電子線照射装置は、電子源2で発生させた電子(電子線)4を、静電加速器6で所望のエネルギーに加速し、走査器12でY方向(これは照射幅方向とも呼ばれる)に走査し、走査器12の出口部に設けられた照射窓14を通して照射雰囲気(例えば大気中)に取り出し、被照射物18に照射して当該被照射物18に前記のような処理を施すよう構成されている。
【0004】
静電加速器6は、多数枚の加速電極(図示省略)を有しており、直流高圧電源装置20から高電圧ダクト22(または直流高圧ケーブル)を経由して、直流で高電圧(例えば300kV〜5MV程度)の加速電圧が印加される。そして、電子4を当該加速電圧に応じた高エネルギー(例えば300keV〜5MeV程度)に加速(静電加速)する。直流高圧電源装置20および高電圧ダクト22の内部には、絶縁距離を小さくするために、例えば、SF6 ガス等の絶縁ガスが充填されている。
【0005】
走査器12は、上記電子4を磁場によって前記Y方向に走査する走査コイル8と、その出口部に接続された末広がりの走査管10とを有している。
【0006】
この走査管10から前記電子源2の内部は真空雰囲気にある。照射窓14は、走査器12からの電子4を透過させると共に、走査器12等の内外の雰囲気を分離する窓箔16を有している。
【0007】
被照射物18は、例えば、図示しない搬送装置によって、前記Y方向と直交するX方向(これは搬送方向とも呼ばれる)に搬送されるが、これに限られるものではない。
【0008】
【非特許文献1】坂本勇、外2名、「電子線照射装置の現状と今後の展望」、日新電機技報、日新電機株式会社、1986年10月28日、第31巻、第4号、頁3−12
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記のような静電加速型の電子線照射装置においては、高い加速エネルギーを実現するためには、直流高圧電源装置20から出力する加速電圧を高くしなければならないため、直流高圧電源装置20が大型化する(例えば、加速電圧が500kVの場合でも、直流高圧電源装置20は、直径が約1.5m、高さ(長さ)が約4mという大型になる。)と共に、静電加速器6とその周辺機器間の絶縁距離も長くしなければならない。
【0010】
その結果、電子線照射装置全体としては、かなり大型の装置になり、大きな設置面積を必要とする。装置全体の重量も大きくなる。また、電子線照射装置は、一般的に、電子線照射に伴って発生するX線(制動X線)を遮蔽するシールドルーム内に設置されるので、電子線照射装置の大型化に伴い、シールドルームも大型化し、ひいては建物(例えば工場)全体も大型化する。
【0011】
そこでこの発明は、小型かつ軽量の装置でありながら高いエネルギーを実現することができる電子線照射装置を提供することを主たる目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
この発明に係る電子線照射装置の一つは、電子を発生させる電子源と、前記電子源からの電子を周回させて加速する円形の加速器であって、電子の軌道半径が大きくなるにつれて磁場の強さが強くなる磁場勾配を持ち時間的に一定の磁場を発生させる複数の電磁石を有しているFFAG加速器と、前記FFAG加速器からの電子を走査する走査器と、前記走査器からの電子を透過させると共に前記走査器の内外の雰囲気を分離する窓箔とを備えていて、前記窓箔を透過した電子を被照射物に照射するように構成されていることを特徴としている。
【0013】
FFAGは、Fixed Field Alternating Gradientの略であり、固定磁場強収束と訳されている。
【0014】
上記電子線照射装置によれば、電子源からの電子を、FFAG加速器によって、従来の静電加速器とは異なる原理によって、即ちFFAG加速器の内部で電子を短時間の内に多数回周回させて繰り返して加速することによって、高いエネルギーに加速し、その電子を走査器で走査し、窓箔を透過させて被照射物に照射することができる。
【0015】
前記走査器を設ける代わりに、複数の電子源と、複数のFFAG加速器とを設けても良い。
【発明の効果】
【0016】
この発明によれば、前記FFAG加速器によって、従来の静電加速器を用いる場合と異なり、高電圧を用いることなく電子を高いエネルギーに加速することができるので、従来のような大型の直流高圧電源装置が不要になる。しかも、FFAG加速器は電子を周回させて加速するので、当該FFAG加速器は小型になる。従って、小型かつ軽量の装置でありながら高いエネルギーを実現することができる。
【0017】
その結果、当該電子線照射装置の設置面積を小さくすることができ、ひいては当該電子線照射装置を収納するシールドルームや建物を小さくすることができる。また、それらのコストを削減することもできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
図1は、この発明に係る電子線照射装置の一実施形態を示す概略図である。図3に示した従来例と同一または相当する部分には同一符号を付し、以下においては当該従来例との相違点を主に説明する。
【0019】
この電子線照射装置は、簡単に言えば、従来の静電加速器6およびそれ用の直流高圧電源装置20等の代わりに、FFAG加速器40を備えている。
【0020】
即ち、この電子線照射装置は、電子34を発生させる電子源32と、この電子源32からの電子34を周回させて加速する円形の加速器であって、電子34の軌道半径が大きくなるにつれて磁場の強さが強くなる磁場勾配を持ち時間的に一定の磁場を発生させる複数の電磁石42を有しているFFAG加速器40とを備えており、このFFAG加速器40からの電子34を前記走査器12によって前記Y方向に走査し、前記照射窓14の窓箔16を透過させて被照射物18に照射する構成をしている。
【0021】
FFAG加速器の原理等の詳細は、例えば、「加速器の基礎と先端加速器」、OHO '03 高エネルギー加速器セミナー、(財)高エネルギー加速器科学研究奨励会、2003年8月25日、頁1−29に記載されている。
【0022】
上記FFAG加速器40は、上記文献に記載されている原理の加速器であり、以下に詳述する。
【0023】
まず、上記FFAG加速器40の要点を説明すると次のとおりである。即ち、FFAG加速器40は、円形加速器の一種である。
【0024】
円形加速器には、大きく分けて、磁場の強さが変わらないサイクロトロンと、加速される粒子(例えば電子。以下同様)のエネルギー(速度)に同期して磁場を強くして行くシンクロトロンとがある。サイクロトロンでは、粒子のエネルギーが高くなるにつれて、粒子の軌道半径が大きくなり、螺旋状の軌道になるが、シンクロトロンでは、粒子はいつもほぼ同じ半径の軌道を回るように磁場の強さが調整される。現在の円形の大型加速器は殆どがシンクロトロンである。
【0025】
シンクロトロンでは、粒子を入射してから最高エネルギーに到達するまでの時間は、電磁石の磁場の強さを変えるための時間でほぼ決まっていて、数秒ほどかかる。また、粒子の軌道を一定に揃えるために、凸レンズと凹レンズの役割をする磁石をうまく組み合わせた、強収束という手法が用いられる。
【0026】
これに対して、サイクロトロンでは、磁場の強さを変える必要がないので、加速はほぼ瞬時に終わるが、粒子の軌道半径がエネルギーと共に大きくなるので、到達できるエネルギーは建設できる磁石の半径と磁場の強さで決まってしまう。
【0027】
FFAG加速器40は、シンクロトロンとサイクロトロンの長所を組み合わせた加速器であり、シンクロトロンの強収束の技術で粒子の軌道を安定化させると共に、サイクロトロンと同様に磁場の強さが一定なので、粒子を入射してから最大加速までの時間が極めて短い(例えば、1ms程度)という特徴を併せて持っている。磁場の強さは、軌道半径が大きくなるにつれて強くなるように設計されている。
【0028】
FFAG加速器40では、加速のサイクルが短いので、例えば1秒間に数千回〜数万回という繰り返し加速も簡単に行うことができ、多くの粒子ビーム(即ち大電流ビーム)を加速することが簡単になる。
【0029】
また、磁場が時間的に変化せず一定であるので、加速器の難しいタイミング調整などが必要なくなるという利点もあり、FFAG加速器40の操作調整は易しい。更に、構造的に小型の加速器を作ることが可能であり、従って建設コストも少なくすることができる。
【0030】
次に、上記FFAG加速器40のより具体例を図2を参照して説明する。このFFAG加速器40は、全体として円形を成すように配置された複数の電磁石42を有している。各電磁石42は、電子34の軌道面を挟んで相対向する(即ち図2の紙面を電子34の軌道面とすると、紙面を挟んで上下に相対向する)一対の磁極44をそれぞれ有している。図2には、その一対の内の片方の磁極44をそれぞれ記載している。なお、電子34が通る経路は、図示しない真空容器で囲まれていて、真空雰囲気に保たれている。
【0031】
各電磁石42の磁極44は、図2に示すように、内側が狭く外側が広い形状(扇状を変形したような形状)をしている。各電磁石42は、その一対の磁極44間に、時間的に一定の磁場(即ち直流磁場)Bを発生させる。しかも、各電磁石42において一対の磁極44間に発生させる磁場Bの強さは、電子34の軌道半径が大きくなるにつれて強くなる磁場勾配を持っている。従って、電子34は、その軌道半径が大きくなるほど大きなローレンツ力Fを内向きに受ける。反対に、軌道半径が小さくなると、受けるローレンツ力Fは小さくなる。なお、各電磁石42において上記磁場Bを発生させる励磁コイルおよび直流の励磁電源は、図示を省略している。
【0032】
電子源32はこの例ではFFAG加速器40の内側に配置されており、当該電子源32から出力された電子34は、入射偏向マグネット56によって曲げられて、上記複数の電磁石42による加速空間に入射され、初めは最小軌道34aを採る。なお、入射偏向マグネット56(および後述する取出し偏向マグネット58)用の直流の励磁電源は、図示を省略している。
【0033】
電子34の周回軌道上に、電子34を加速する加速器が配置されている。この例では誘導加速器48がそれである。この誘導加速器48は、四角い枠状のコア50にコイル52を複数回巻き、そのコイル52にパルス電源54を接続した構成をしている。
【0034】
パルス電源54から、例えば矩形波状のパルス電流をコイル52に供給すると、コア50内の加速空間に、時間的に変化する磁場が生じ、その磁場変化に伴って当該加速空間に電場が発生し、その電場によって電子34は加速される。従って、電子34はFFAG加速器40内を1周するごとに1回加速され、加速を受けるとそのぶん電子34の軌道半径は大きくなるので、非常に細かく見ると、電子34は、最小軌道34aから中間軌道34bを経て最大軌道34cへと螺旋状に多数回周回して、最大軌道34cに達する。しかしそれは極めて短時間の内に起こる。前述したように、電子34を入射してから最大加速までの時間は、例えば1ms程度と極めて短い。
【0035】
上記パルス電源54から供給するパルス電流は、上記最大加速までに要する時間(例えば1ms)よりも広いパルス幅を有している。従って、1パルスで電子34を最終エネルギー(例えば500keV)にまで加速することができる。
【0036】
従って、上記のようなパルス電流をパルス電源54からある程度高い周波数(例えば数十kHz程度)で繰り返してコイル52に供給することによって、非常に細かく見るとバンチ(集団)状の電子34を、ほぼ連続(直流)に近い形で加速して取り出すことができる。例えば、上記パルス電流の周波数を20kHzとすると、1秒間に20,000バンチもの電子34を加速して取り出すことができる。このように、単位時間当たりに多くの電子34を取り出せるということは、大強度(換言すれば大電流)の電子34を取り出すことができるということである。
【0037】
周回軌道からの電子34の取り出しは、最大軌道34c上に配置された取出し偏向マグネット58によって行われる。この取出し偏向マグネット58から取り出された電子34は、図1に示すように、真空雰囲気を保つ接続管60を通して走査器12に供給される。この走査器12以降の動作は、図3を参照して前述したとおりであるので、ここでは重複説明を省略する。なお、FFAG加速器40から取り出される電子34は、例えば断面の直径が10mm程度のスポット状をしている。そのようなものが上記周波数で取り出される。
【0038】
以上のようにこの電子線照射装置によれば、電子源32からの電子34を、FFAG加速器40によって、従来の静電加速器とは異なる原理によって、即ちFFAG加速器40の内部で電子34を短時間の内に多数回周回させて繰り返して加速することによって、高いエネルギーに加速し、その電子34を走査器12で走査し、照射窓14の窓箔16を透過させて取り出して被照射物18に照射することができる。
【0039】
即ち、この電子線照射装置によれば、FFAG加速器40によって、従来の静電加速器を用いる場合と異なり、高電圧を用いることなく電子34を高いエネルギーに加速することができるので、従来のような大型の直流高圧電源装置が不要になる。しかも、FFAG加速器40は電子を周回させて加速するので、当該FFAG加速器40は小型になる。例えば、FFAG加速器40の寸法は、直径が1m程度、厚さが20cm程度にすることができる。従って、小型かつ軽量の装置でありながら高いエネルギーを実現することができる。例えば、前述した300keV〜5MeV程度のエネルギーの電子34を取り出すことができる。勿論、それ以下のエネルギー、例えば100keV前後のエネルギーの電子34を取り出すようにすることもできる。
【0040】
なお、FFAG加速器40用の前述したパルス電源54は、高電圧を扱うものではないので、小型のもので済む。図3に示した従来の電子線照射装置も、実際は直流高圧電源装置20へ入力電力を供給するインバータ付電源を有しており、上記パルス電源54はそれにほぼ匹敵すると言うことができる。また、FFAG加速器40用の前述した他の図示しない各電源も、高電圧を扱うものではないので、小型のもので済む。
【0041】
従って、この電子線照射装置によれば、その設置面積を小さくすることができ、ひいては当該電子線照射装置を収納するシールドルームや建物を小さくすることができる。また、それらのコストを削減することもできる。例えば、電子線照射装置全体の設置面積は、図3に示した従来例の半分程度に小さくすることが可能になる。
【0042】
なお、上記誘導加速器48の代わりに、他の方式の加速器、例えば加速空洞を有する加速器を設けても良い。
【0043】
また、図1に示した走査器12を用いる代わりに、複数の電子源32と、各電子源32からの電子34をそれぞれ加速する複数のFFAG加速器40とを設け、かつ当該複数のFFAG加速器40からの電子34を透過させると共に当該複数のFFAG加速器40の内外の雰囲気を分離する窓箔を有する照射窓を設け、この照射窓の窓箔を透過した電子34を被照射物18に照射するように構成しても良い。各FFAG加速器40の出口部に、窓箔を有する照射窓をそれぞれ設けるという考えもあるけれども、上記のように複数のFFAG加速器40に共通の照射窓を設ける方が、構造が簡単になる。
【0044】
上記のように複数のFFAG加速器40を設ける場合、通常は各FFAG加速器40から前述したようにスポット状の電子34がそれぞれ取り出されるので、当該スポットが例えば直線上に並ぶように各FFAG加速器40を並べて配置するのが好ましい。そのためには、例えば、各FFAG加速器40の電子34の取出し部が直線上に並び、かつ各FFAG加速器40が相互に機械的に干渉しないように、各FFAG加速器40を放射状に並べて配置すれば良い。
【0045】
上記のように走査器12を設けない例の場合は、走査器12を用いる場合ほど、被照射物18に照射する電子線量分布の均一性は良くないけれども、1台のFFAG加速器40から取り出される単一のスポット状の電子34よりも広い領域に電子34を照射することができる。それでも、被照射物18の処理に必要とされる条件によっては、例えば被照射物18の形状等によっては、さして不都合がない場合もある。
【0046】
また、照射電子線量分布の均一性をより良くするために、各FFAG加速器40から取り出される電子34の断面形状(スポット形状)を、それらを並べる方向に長くして、互いの間に生じる隙間を小さく、または無くするようにしても良い。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】この発明に係る電子線照射装置の一実施形態を示す概略図である。
【図2】図1中のFFAG加速器のより具体例を拡大して示す概略図である。
【図3】従来の静電加速型の電子線照射装置の一例を示す概略図である。
【符号の説明】
【0048】
12 走査器
14 照射窓
16 窓箔
18 被照射物
32 電子源
34 電子
40 FFAG加速器
42 電磁石
48 誘導加速器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子を発生させる電子源と、
前記電子源からの電子を周回させて加速する円形の加速器であって、電子の軌道半径が大きくなるにつれて磁場の強さが強くなる磁場勾配を持ち時間的に一定の磁場を発生させる複数の電磁石を有しているFFAG加速器と、
前記FFAG加速器からの電子を走査する走査器と、
前記走査器からの電子を透過させると共に前記走査器の内外の雰囲気を分離する窓箔とを備えていて、
前記窓箔を透過した電子を被照射物に照射するように構成されていることを特徴とする電子線照射装置。
【請求項2】
電子を発生させる複数の電子源と、
前記各電子源からの電子をそれぞれ周回させて加速する円形の加速器であって、電子の軌道半径が大きくなるにつれて磁場の強さが強くなる磁場勾配を持ち時間的に一定の磁場を発生させる複数の電磁石をそれぞれ有している複数のFFAG加速器と、
前記複数のFFAG加速器からの電子を透過させると共に前記複数のFFAG加速器の内外の雰囲気を分離する窓箔とを備えていて、
前記窓箔を透過した電子を被照射物に照射するように構成されていることを特徴とする電子線照射装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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