電子銃および荷電粒子線装置
【課題】電子銃における引出電極に設けた絞りで発生する二次電子の量を減らして、フレアの発生を抑制することにある。
【解決手段】電子銃における最も電子源1に近い引出電極5の絞り7Aに炭素など二次電子放出率の小さい薄膜をコーティングすると、二次電子の発生量を減少させることができる。フレアの発生原因である引出電極で発生する二次電子が減少するので、結果的にフレアが減少する。また、引出電極5に2枚の絞り7A,7Bを組み込み、この2枚の絞りに引出電極と等電位となる電位を与えることで、引出電極の下部から上部へ染み出す電界をなくすことができる。この結果、電子ビームが引出電極に衝突したときに発生する二次電子は引出電極から通過する方向の力をうけなくなり、結果的にフレアが減少する。
【解決手段】電子銃における最も電子源1に近い引出電極5の絞り7Aに炭素など二次電子放出率の小さい薄膜をコーティングすると、二次電子の発生量を減少させることができる。フレアの発生原因である引出電極で発生する二次電子が減少するので、結果的にフレアが減少する。また、引出電極5に2枚の絞り7A,7Bを組み込み、この2枚の絞りに引出電極と等電位となる電位を与えることで、引出電極の下部から上部へ染み出す電界をなくすことができる。この結果、電子ビームが引出電極に衝突したときに発生する二次電子は引出電極から通過する方向の力をうけなくなり、結果的にフレアが減少する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ショットキー電子源や電界放出電子源が組み込まれた電子銃、およびこれらの電子銃を搭載する荷電粒子線装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ショットキー電子銃や電界放出電子銃は、狭エネルギ幅で高輝度な電流を安定に取り出すことができるので、走査型電子顕微鏡(SEM),透過型電子顕微鏡(TEM)などの荷電粒子線装置の電子銃として用いられている。特に狭エネルギ幅、高輝度などの特徴を有することから分析用の電子顕微鏡などの電子銃として使用されている。
【0003】
図3は、従来の電子銃の構成を、ショットキー電子銃を例に模式的に示したものである。電子銃は、少なくとも次のような構成要素、すなわち、先端が先鋭化されたタングステン単結晶素材からなる電子源1と、電子源1に溶接され電子源1を加熱するフィラメント2と、電子源1に塗布された酸化ジルコニウム3と、フィラメント2から発生する熱電子を抑制するサプレッサ電極4と、電子源1の先端に電子を引き出すための強電界を与える引出電極5と、引き出された電子を所定のエネルギに加速させる1つ又は複数の加速電極6とで構成される。図3の電子銃は、加速電極が1段の場合である。また、引出電極5には通過する電子(電子ビーム)を制限するための絞り7が組み込まれている。
【0004】
電子源1は、接地電位に対し負の電位V0が印加される。フィラメント2に電流を流すと、フィラメント2は約1800Kに加熱され、電子源1に塗布されている酸化ジルコニウム3は、電子源1の先端に向かい拡散する。このとき、電子源1の先端面、すなわち単結晶における(100)面の仕事関数は約2.8eVに減少する。ここで、引出電極5に、電子源1に対し正の電圧V1を印加すると、電子源1の先端近傍の電界が強くなり、仕事関数の低くなった電子源1の結晶面(厳密には、電子源先端の(100)面のほかに電子源先端近傍の側面の(101)面や(001)面など、(100)面に垂直な4回対称の結晶面)からショットキー効果により引出電極5に向かい電子(電子ビーム)が放出される。
【0005】
電子源1から放出された電子のうち、引出電極5を通過した電子は、加速電極6により所定の加速電圧に加速され電子銃から放出される。電子銃より放出された電子は、図示されない収束レンズ,対物レンズ等により特定の倍率に縮小され、試料に照射される。
【0006】
電子顕微鏡では電子が試料に衝突した時の、電子・試料間の相互作用で発生する二次電子,透過電子,反射電子を検出することにより、試料の微細構造を観察,分析する。
【0007】
ここで、電子ビームのスポットを蛍光板等で観察したときに、メインのビームの周辺にフレアとよばれる明るさが確認されることがある。
【0008】
図4は、実際に観察された電子ビームスポットのメインビーム30とフレア31を示すものであり、同図(a)は、その写真図、同図(b)は、その模式図である。このフレア31は、電子顕微鏡の観察像のS/N低下や分解能低下、分析時のシステムピークの発生の原因となる。
【0009】
図5に示すように、先行特許文献1では、フレアの原因は、電子源(タングステン単結晶)1の先端近傍の側面の結晶面1b(例えば(010)面、(001)面など)から放出される電子ビームB2が引出電極5で反射した電子(電子ビームR)であると考えた。ちなみに、メインビームB1は、電子源1の先端面1a(すなわち(100)面)より放出される。先行特許文献1(特開2008-117662号公報)では、フレア対策として、図6に示すように、電子ビーム通路に複数枚(例えば2枚)の絞り7,8を設け、幾何学的に電子の通過する角度を制限した。この結果、電子源1の先端側面から放出される電子ビームに起因する引出電極からの反射電子ビームRを幾何的に制限している。ここで、引出電極5に絞り7,8を組み込む場合は、通過する電子の角度を6°に制限することを特徴としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2008-117662号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
電子銃においては、フレアは、引出電極の側面からの反射電子R以外の原因でも発生する。なぜなら、フレアには、メインビームのエネルギに対して、数kV低いエネルギを持つ成分があることが実験で確認され、これは反射電子と違う原因で発生したものである。電子源1より放出する電子のうち、引出電極5を通過する電子は1/100以下であり、大部分は引出電極5および絞り7に衝突する。例えば、電子源から放出される全電流は、数〜数100μAに対し、引出電極5に組み込まれる絞り7を通過する電流は、数10〜数100nAである。
【0012】
図7は、引出電極5に組み込まれる従来の絞り7の詳細を示している。7´は、絞り7のビーム通過孔である。絞り7を形成するプレート70は、厚さ10〜50μmのモリブデンよりなり、このモリブデンプレート70の表面に、酸化膜による帯電を防止する目的で、厚さ10〜50nmの白金パラジウム71がコーティングされている。電子が引出電極5に設けた絞り7に衝突すると、電子と白金パラジウムとの相互作用により二次電子e2(図8参照)が発生する。加えて、図8に示すように、引出電極5に組み込まれた絞り7の上方には、引出電極5と加速電極6(図3参照)が作る電界が染み出される。この電界により、絞り7で発生した二次電子e2は、絞り7(孔7´)を通過する方向に力を受ける。絞り7を通過した二次電子e2が更に加速され電子銃から放出される。この絞り7で発生した二次電子e2の電子ビームは、電子顕微鏡においては、電子源1から直接放出された一次電子であるメインビームに比べ、低エネルギでかつ空間的に広がったフレアとして観測される。このフレアは、分解能低下やS/N低下、分析時のシステムピークの原因となる。
【0013】
先行特許文献1では、このような絞り7で発生する二次電子の課題の認識及び解決手段については何ら開示されていない。
【0014】
本発明は、以上の点に鑑みてなされたものであり、その目的は、引出電極に設けた絞りで発生する二次電子の量を減らして、フレアの発生を抑制することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、上記課題を解決するために、基本的には次のように構成される。
【0016】
(1)すなわち、電子源と、前記電子源から電子を引き出すために該電子源に電界を与える引出電極と、前記引出電極により引き出された電子を所定の加速電圧まで加速する加速電極とを備え、前記引出電極には、前記電子源からの電子の一部を通過させる絞りが設けられている電子銃において、前記絞りは、1枚以上設けられ、少なくとも前記電子源に最も近い絞りの基材表面には、二次電子放出率の小さい材料として、前記絞りに衝突する一次電子の照射エネルギが2kV〜3kVである場合に0.6以下の二次電子放出率を有する材料によるコーティングが施されていることを特徴とする。
【0017】
好ましくは、前記絞りの基材表面に施されるコーティングの材料は、例えば炭素或いはボロンである。
【0018】
前記電子銃は、適用対象として好ましいものは、ショットキー電子銃或いは電界放出電子銃であるが、これに限定されるものではなく、その他の電子銃であっても同様の課題を有するものには、適用し得るものである。
(2)さらに、本願発明は、上記した構成に加えて、前記引出電極には、上下2枚の前記絞りが設けられ、これらの絞りの電位を前記引出電極と等電位にした電子銃も提案する。
【0019】
上記(1)の構成に示すように、引出電極5に設けた絞り7の基板表面の材料を、二次電子放出率の低い材料に変更することにより、一次の電子ビーム(電子源から放出される電子ビーム)が絞り7に衝突することで絞り基材表面から生じる二次電子の発生量を、減らすことができる。
【0020】
さらに、(2)のように引出電極に設けた上下2枚の絞りの電位を、引出電極と等電位に制御することで、引出電極の下部から上部へ染み出す電界をなくすことができる。それにより、絞り弁基材表面から二次電子が発生(放出)されたとしても、その二次電子が絞りを通過することを防止できる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、引出電極に設けた絞りで発生する二次電子の量を減らすことができる。したがって、フレアの発生を抑制することで、電子顕微鏡などで試料を観察する時に、高分解能でS/Nの高い画像を観察することができる。更に、分析時のシステムピークもなくなる。
【0022】
さらに、上記構成に加えて、上下2枚の絞りを引出電極と等電位制御する技術を選択的に採用することで、上記のように二次電子が生じたとしても、それの絞り通過を抑制するので、二次電子に起因するフレアの発生を、より一層効果的に防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の適用対象となるショットキー電子銃の第1実施例を示す概略図。
【図2】上記実施例の引出電極に組み込まれる絞りの半分をカットして示す斜視図。
【図3】従来のショットキー電子銃の一例を示す概略図。
【図4】電子顕微鏡で観察されるフレアの画像の一例を示すものであり、(a)はその写真図、(b)はその模式図である。
【図5】従来技術において、フレアが発生する原因を示す概略図。
【図6】電子源の側面から放出される電子の引出電極での反射電子を制限する従来技術の概略図。
【図7】引出電極に組み込む従来の絞りの半分をカットして示す斜視図。
【図8】従来技術において、引出電極に組み込まれた絞りで発生する二次電子が絞りを通過する様子を示した概念図。
【図9】絞りを二重化したときの引出電極の絞り近傍の電位分布を示す概念図。
【図10】本発明に係る電子銃を組み込んだ電子顕微鏡システムの概略図。
【図11】制御PCに表示される電子銃の制御画面の概略図。
【図12】本発明の第2実施例を示す概略図。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明の実施の形態を、図1、図2、図9〜図13の実施例により説明する。
[実施例1]
図1の実施例(実施例1)は、適用対象の一例としてショットキー電子銃を示している。
【0025】
図中、電子源(エミッタ)1、フィラメント2、酸化ジルコニウム3、サプレッサ電極4、引出電極5および加速電極6については、図3に示す従来の構成要素と変わるものではない。
【0026】
すなわち、電子銃の駆動時には、タングステン単結晶素材からなる電子源1は、フィラメント2により約1800Kに加熱されている。このとき、電子源に塗布された酸化ジルコニウム3が拡散し、電子源1の先端表面の結晶面(100)の仕事関数は約2.8eVに低下する。ここで、引出電極5に電子源1に対して上記仕事関数以上の正の電位を与えると、電子源1の先端近傍の電界が強くなり、電子源1から電子が放出される。電子源1より放出された電子のうち、引出電極5に設けた絞り7A,8Aを通過した電子は、加速電極6で所定の加速電圧まで加速され電子銃の電子ビームとして放出される。一方、引出電極5を通過できない電子は、引出電極5に衝突する時に大部分が引出電極5に吸収されるが、従来技術によれば、既述したように一部の電子は、絞り部材や二次電極と一次電子との相互作用により二次電子や反射電子を発生させる。
【0027】
本実施例では、第1には、かような二次電子の発生を抑制するために、次のような手段が施されている。
【0028】
一つは、引出電極5に、複数、例えば上下2枚の絞り7A,8Aを設け、このうち、少なくとも上側の絞り7Aの基材(例えばモリブデン)70の表面に、図2に示すように、二次電子放出率の小さい材料72をコーティングする。好ましいコーティング72としては、炭素やボロンが挙げられる。
【0029】
電子源からの電子をターゲットに電子照射エネルギ2kV〜3kVで衝突させた場合、炭素の二次電子放出率は0.2〜0.6、白金の場合の二次電子放出率は1.0〜1.5である(この二次電子放出率については、例えば、A DATA BASE ON ELECTRON-SOLID INTERACTIONS、David Joy;URL:rsh.nst.pku.edu.cn/software/database0101.docに開示されている。)。よって、絞り7Aの基材70の表面に炭素膜72をコーティングした場合には、絞り7Aから放出される二次電子(すなわち電子源1からの一次電子を絞り7Aに衝突させた時に発生する二次電子)を、従来の絞り7に比べて1/5〜2/5に減少させることができる。図2に示されている炭素膜72は、絞り7Aの基材70の少なくとも上面、すなわち、電子源からの一次電子ビームが当たる表面に施されている。電子源から放出される一次電子が炭素膜72を透過しないようにするため、炭素膜72は厚くすべきであるが、厚くし過ぎるとコーティングが剥れ易くなるので、炭素膜72の膜厚は500nm以下が望ましい。通常の好ましいコーティングの膜厚は50nm〜200nmである。
【0030】
このように炭素膜を絞りのコーティング材として使用することで、引出電極に設けた絞りで発生する二次電子の量を減らすことができる。本実施例によれば、電子顕微鏡で試料を観察した時に、フレアの発生を抑制することで、高分解能でS/Nの高い画像を観察することができた。
【0031】
なお、上記コーティング材72については、ボロンについても、炭素同様の低い二次電子放出率を達成することができる。ボロンについての二次電子放出率は、電子源からの電子をボロンに電子照射エネルギ2kV〜3kVで衝突させた場合、0.4以下である。
【0032】
本願発明の技術的思想は、基本的には、電子銃の引出電極に設けられる絞りの基材表面に、二次電子放出率の小さい材料として、前記絞りに衝突する一次電子の照射エネルギが2kV〜3kVである場合に0.6以下の二次電子放出率を有する材料をコーティングするものであって、上記二次電子放出率を満足すれば、絞りの基材表面に施される基材は、炭素、ボロン以外の材料を使用してもよい。
【0033】
さらに、上下2枚の絞り7Aおよび絞り8Aの電位は、引出電極5の電位と同じにしてある。
【0034】
図9に、この場合の絞り7A,8A近傍の電位分布の概略を示す。図9おいて、絞り7Aと絞り8Aの間の空間の電位は、引出電極5と等電位であるので、空間内で電界はゼロとなる。よって、加速電極6と引出電極5の間にできる電界は、この空間で緩和され、絞り7Aより上部に染み出すことはない。本実施例では、既述したように絞り7Aに二次電子放出率の小さい材料でコーティング72を施しているが、絞り7A近傍に電子ビームが衝突して二次電子が生じたとしても、加速電極6と引出電極5の間にできる電界は、この空間で緩和され、絞り7Aより上部に染み出すことはないので、絞り7Aを通過することなく、引出電極5の中で散乱しながら吸収されることになる。
【0035】
一方、絞り8Aの上部には電界の染み出しがあるので、絞り7Aを通過するメインの電子ビーム(一次電子)が絞り8Aに衝突する場合には、二次電子が発生する。この二次電子が引出電極5に組み込まれた絞り8Aを通過することになる。この場合、絞り8Aも二次電子発生率の小さな材料(例えば、炭素,ボロンなど)でコーティングすれば、二次電子の発生を有効に抑えることが可能となるが、それに代わって、次のような構造的な配慮によっても絞り8Aからの二次電子発生を有効に抑えることができる。
【0036】
すなわち、メインの電子が絞り7Aの基材70に衝突しないよう、絞り8Aの穴径を絞り7Aより幾何学的に大きくする。さらに絞り7Aの上部へ電界が染み出さないようにするために、2枚の絞りの距離は絞り8Aの内径の1倍以上とすることが望ましい。例えば、絞り7Aの内径が0.5mm、電子源1の先端と絞り7Aとの距離が1.5mmの場合、絞り8Aの内径は0.6mm、2枚の絞り7A,8Aの距離は0.6mm以上に設定する。一方、2枚の絞り7A,8Aの距離が長くなると引出電極5が厚くなってしまい、電子銃の光学特性が悪化するといった問題もある。よって、二枚の絞り7A,7Bの距離は絞り8Aの内径の1倍〜3倍とすることが望ましい。
【0037】
なお、本実施例では、2枚の絞り7A,8Aを設けることにより、既述した先行特許文献1(特開2008-117662号公報)同様の効果、すなわち、本願の図6に示すような引出電極で反射した電子ビームRの通過を防止する効果も奏し得るものである。
【0038】
本実施例によれば、引出電極5を通過した電子は加速電極6で所定のエネルギに加速され、電子銃より放出される。放出される電子は全て電子源1で放出した電子であるので、電子顕微鏡で観察する場合にフレアは発生せず、高分解能でS/Nの高い画像を得ることができる。また、分析時のシステムピークもなくすことができる。
【0039】
図10に本発明に係る電子銃を搭載した荷電粒子線装置の一例として、透過型電子顕微鏡(TEM/STEM)システムの概略を示す。電子顕微鏡は、上記実施例の電子銃13を含む本体10と、本体を駆動するための電圧や電流を供給する電源11と、電源の出力を制御することで本体10を制御する制御装置12とから構成される。
【0040】
このうち本体10は、任意のエネルギに加速した電子を発生し放射する電子銃13と、放射された電子を試料に向けて制御する照射系14と、試料15を保持し任意の方向に移動させる試料ステージ16と、試料に電子が衝突したときの信号を検出するための二次電子検出器17aと、散乱電子検出器17bと、透過電子検出系17c他の検出系と、試料を透過する電子の倍率や角度を制御する結像系18と、装置全体を真空排気する排気系19などで構成される。電源11は電子銃10の各電極に電位を与える電圧源、照射系14、結像系18のレンズに電流を流す電流源他、本体10の各部を駆動するための電源と制御装置12を駆動するための電源などから構成されている。
【0041】
制御装置12は、電源11の出力を制御することで、本体10の制御を行う役割を果たしている。電子銃に関しては、制御装置12によって、加速電圧、引出電圧、フィラメント電流などが制御され、任意の加速エネルギを持った電子を任意の量だけ放出するように制御される。電子銃13には、上記実施例で述べた絞り7Aと絞り8Aを有し、このうち少なくとも絞り7Aに二次電子放出率の小さな材料によりコーティングが施されており、絞り7A,8A間に引出電極と同じ電位を与えている。なお、図10では透過型電子顕微鏡(TEM/ATEM)の概略図を示しているが、上記実施例で述べた電子銃13は、走査電子顕微鏡(SEM)に搭載した場合でも同様の効果を期待できる。
【0042】
図11は制御装置のモニタ上に表示される電子銃制御の画面の一例である。この図はショットキー電子銃の制御画面である。画面の左側に設定値、右側にHV-ONボタンと読取値が表示されている。画面の左側では加速電圧(V0)、引出電圧(V1)、フィラメント電流(If)を予め設定する。HV-ONボタンが押されると、電子源1には負の加速電位(−V0)が印加される。また、フィラメント2に電流が流れ、電子源1が加熱される。電子源1を十分加熱した後に、電子源に対し、正の引出電圧(V1)を引出電極5に印加すると電子源1より電子が放出される。ここで、エミッション電流(Ie)は電子源1から放出される電子、または、引出電極5に吸収される電子による電流を検出している。本実施例に適用される2枚の絞り7A,8Aの電位は、既述したように、引出電極と等電位になるように制御する。図11では読取り値として加速電圧、引出電圧、フィラメント電流、エミッション電流を表示しているが、全ての値を表示してもよいし、必要な値を選択して表示してもよい。
[実施例2]
図12は複数段の加速電極が組み込まれた本発明の他の実施例(実施例2)を示す。本実施例と実施例1との相違点は、実施例1では、加速電極6が一段であるのに対して、実施例2では、加速電極が3段としたショットキー電子銃を例示している。絞り7A,8Aの構成については、実施例1同様である。本実施例の基本的な動作や、その作用効果の説明については、図1同様であるので省略する。
【0043】
本実施例では、加速電極6aには電子源1に対して正の電位を持つ制御電圧V2が印加される。加速電極6cは接地され、加速電極6aと6b間、および、6bと6c間は分割抵抗9により等電圧((V0−V2)/2)に分圧される。ここで、制御電圧V2は加速電極6を通過する時の電子の軌道を制御するために用いられる。
【0044】
本実施例においても、電子銃より放出される電子は全て電子源1より放出される電子となる。よって、電子顕微鏡で観察する場合にフレアは発生せず、高分解能でS/Nの高い画像を得ることができる。また、分析時のシステムピークもなくすことができる。
【0045】
図1、図12に示した実施例は共にショットキー電子銃についての実施例を示しているが、電界放出電子銃の場合も同様の効果を得ることができる。電界放出電子銃の場合にも、電子源としてタングステン単結晶が用いられ、さらに、引出電極、加速電極もショットキー電子銃同様に配置される。このうちの引出電極に既述した実施例1および2同様の絞り7A,8Bを設ける。電界放出電子銃の場合には、周知のように電界放出現象を利用した電子銃であり、さらに室温で動作する点および超高真空が必要である点が、ショットキー電子銃と異なるが、絞り7A,8Aについての構成については、ショットキー電子銃同様であるので、実施例についての図示を省略する。
【0046】
上記実施例では、2枚の絞り7A,8Aを引出電極に設けたものを例示したが、絞りは1枚或いは3枚以上であってもよく、少なくともそのうちの電子源に一番近い絞り7Aを二次電子放出率の小さな部材でコーティングされる。
【0047】
さらに、適用対象は、電子顕微鏡(TE/STEM/SEM)に限らず、その他の荷電粒子装置においても適用可能である。
【符号の説明】
【0048】
1…単結晶タングステン電子源、2…フィラメント、3…酸化ジルコニウム、4…サプレッサ電極、5…引出電極、6、6a、6b、6c…加速電極、7,8…絞り、7A,8A…絞り、70…絞りの基材、71…帯電防止のためのコーティング、72…二次電子発生量を減らすためのコーティング、9…分割抵抗、10…本体、11…電源、12…制御装置、13…電子銃、14…照射系、15…試料、16…試料ステージ、17a…二次電子検出器、17b…散乱電子検出器、17c…透過電子検出器、18…結像系、19…排気系。
【技術分野】
【0001】
本発明は、ショットキー電子源や電界放出電子源が組み込まれた電子銃、およびこれらの電子銃を搭載する荷電粒子線装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ショットキー電子銃や電界放出電子銃は、狭エネルギ幅で高輝度な電流を安定に取り出すことができるので、走査型電子顕微鏡(SEM),透過型電子顕微鏡(TEM)などの荷電粒子線装置の電子銃として用いられている。特に狭エネルギ幅、高輝度などの特徴を有することから分析用の電子顕微鏡などの電子銃として使用されている。
【0003】
図3は、従来の電子銃の構成を、ショットキー電子銃を例に模式的に示したものである。電子銃は、少なくとも次のような構成要素、すなわち、先端が先鋭化されたタングステン単結晶素材からなる電子源1と、電子源1に溶接され電子源1を加熱するフィラメント2と、電子源1に塗布された酸化ジルコニウム3と、フィラメント2から発生する熱電子を抑制するサプレッサ電極4と、電子源1の先端に電子を引き出すための強電界を与える引出電極5と、引き出された電子を所定のエネルギに加速させる1つ又は複数の加速電極6とで構成される。図3の電子銃は、加速電極が1段の場合である。また、引出電極5には通過する電子(電子ビーム)を制限するための絞り7が組み込まれている。
【0004】
電子源1は、接地電位に対し負の電位V0が印加される。フィラメント2に電流を流すと、フィラメント2は約1800Kに加熱され、電子源1に塗布されている酸化ジルコニウム3は、電子源1の先端に向かい拡散する。このとき、電子源1の先端面、すなわち単結晶における(100)面の仕事関数は約2.8eVに減少する。ここで、引出電極5に、電子源1に対し正の電圧V1を印加すると、電子源1の先端近傍の電界が強くなり、仕事関数の低くなった電子源1の結晶面(厳密には、電子源先端の(100)面のほかに電子源先端近傍の側面の(101)面や(001)面など、(100)面に垂直な4回対称の結晶面)からショットキー効果により引出電極5に向かい電子(電子ビーム)が放出される。
【0005】
電子源1から放出された電子のうち、引出電極5を通過した電子は、加速電極6により所定の加速電圧に加速され電子銃から放出される。電子銃より放出された電子は、図示されない収束レンズ,対物レンズ等により特定の倍率に縮小され、試料に照射される。
【0006】
電子顕微鏡では電子が試料に衝突した時の、電子・試料間の相互作用で発生する二次電子,透過電子,反射電子を検出することにより、試料の微細構造を観察,分析する。
【0007】
ここで、電子ビームのスポットを蛍光板等で観察したときに、メインのビームの周辺にフレアとよばれる明るさが確認されることがある。
【0008】
図4は、実際に観察された電子ビームスポットのメインビーム30とフレア31を示すものであり、同図(a)は、その写真図、同図(b)は、その模式図である。このフレア31は、電子顕微鏡の観察像のS/N低下や分解能低下、分析時のシステムピークの発生の原因となる。
【0009】
図5に示すように、先行特許文献1では、フレアの原因は、電子源(タングステン単結晶)1の先端近傍の側面の結晶面1b(例えば(010)面、(001)面など)から放出される電子ビームB2が引出電極5で反射した電子(電子ビームR)であると考えた。ちなみに、メインビームB1は、電子源1の先端面1a(すなわち(100)面)より放出される。先行特許文献1(特開2008-117662号公報)では、フレア対策として、図6に示すように、電子ビーム通路に複数枚(例えば2枚)の絞り7,8を設け、幾何学的に電子の通過する角度を制限した。この結果、電子源1の先端側面から放出される電子ビームに起因する引出電極からの反射電子ビームRを幾何的に制限している。ここで、引出電極5に絞り7,8を組み込む場合は、通過する電子の角度を6°に制限することを特徴としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2008-117662号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
電子銃においては、フレアは、引出電極の側面からの反射電子R以外の原因でも発生する。なぜなら、フレアには、メインビームのエネルギに対して、数kV低いエネルギを持つ成分があることが実験で確認され、これは反射電子と違う原因で発生したものである。電子源1より放出する電子のうち、引出電極5を通過する電子は1/100以下であり、大部分は引出電極5および絞り7に衝突する。例えば、電子源から放出される全電流は、数〜数100μAに対し、引出電極5に組み込まれる絞り7を通過する電流は、数10〜数100nAである。
【0012】
図7は、引出電極5に組み込まれる従来の絞り7の詳細を示している。7´は、絞り7のビーム通過孔である。絞り7を形成するプレート70は、厚さ10〜50μmのモリブデンよりなり、このモリブデンプレート70の表面に、酸化膜による帯電を防止する目的で、厚さ10〜50nmの白金パラジウム71がコーティングされている。電子が引出電極5に設けた絞り7に衝突すると、電子と白金パラジウムとの相互作用により二次電子e2(図8参照)が発生する。加えて、図8に示すように、引出電極5に組み込まれた絞り7の上方には、引出電極5と加速電極6(図3参照)が作る電界が染み出される。この電界により、絞り7で発生した二次電子e2は、絞り7(孔7´)を通過する方向に力を受ける。絞り7を通過した二次電子e2が更に加速され電子銃から放出される。この絞り7で発生した二次電子e2の電子ビームは、電子顕微鏡においては、電子源1から直接放出された一次電子であるメインビームに比べ、低エネルギでかつ空間的に広がったフレアとして観測される。このフレアは、分解能低下やS/N低下、分析時のシステムピークの原因となる。
【0013】
先行特許文献1では、このような絞り7で発生する二次電子の課題の認識及び解決手段については何ら開示されていない。
【0014】
本発明は、以上の点に鑑みてなされたものであり、その目的は、引出電極に設けた絞りで発生する二次電子の量を減らして、フレアの発生を抑制することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、上記課題を解決するために、基本的には次のように構成される。
【0016】
(1)すなわち、電子源と、前記電子源から電子を引き出すために該電子源に電界を与える引出電極と、前記引出電極により引き出された電子を所定の加速電圧まで加速する加速電極とを備え、前記引出電極には、前記電子源からの電子の一部を通過させる絞りが設けられている電子銃において、前記絞りは、1枚以上設けられ、少なくとも前記電子源に最も近い絞りの基材表面には、二次電子放出率の小さい材料として、前記絞りに衝突する一次電子の照射エネルギが2kV〜3kVである場合に0.6以下の二次電子放出率を有する材料によるコーティングが施されていることを特徴とする。
【0017】
好ましくは、前記絞りの基材表面に施されるコーティングの材料は、例えば炭素或いはボロンである。
【0018】
前記電子銃は、適用対象として好ましいものは、ショットキー電子銃或いは電界放出電子銃であるが、これに限定されるものではなく、その他の電子銃であっても同様の課題を有するものには、適用し得るものである。
(2)さらに、本願発明は、上記した構成に加えて、前記引出電極には、上下2枚の前記絞りが設けられ、これらの絞りの電位を前記引出電極と等電位にした電子銃も提案する。
【0019】
上記(1)の構成に示すように、引出電極5に設けた絞り7の基板表面の材料を、二次電子放出率の低い材料に変更することにより、一次の電子ビーム(電子源から放出される電子ビーム)が絞り7に衝突することで絞り基材表面から生じる二次電子の発生量を、減らすことができる。
【0020】
さらに、(2)のように引出電極に設けた上下2枚の絞りの電位を、引出電極と等電位に制御することで、引出電極の下部から上部へ染み出す電界をなくすことができる。それにより、絞り弁基材表面から二次電子が発生(放出)されたとしても、その二次電子が絞りを通過することを防止できる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、引出電極に設けた絞りで発生する二次電子の量を減らすことができる。したがって、フレアの発生を抑制することで、電子顕微鏡などで試料を観察する時に、高分解能でS/Nの高い画像を観察することができる。更に、分析時のシステムピークもなくなる。
【0022】
さらに、上記構成に加えて、上下2枚の絞りを引出電極と等電位制御する技術を選択的に採用することで、上記のように二次電子が生じたとしても、それの絞り通過を抑制するので、二次電子に起因するフレアの発生を、より一層効果的に防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の適用対象となるショットキー電子銃の第1実施例を示す概略図。
【図2】上記実施例の引出電極に組み込まれる絞りの半分をカットして示す斜視図。
【図3】従来のショットキー電子銃の一例を示す概略図。
【図4】電子顕微鏡で観察されるフレアの画像の一例を示すものであり、(a)はその写真図、(b)はその模式図である。
【図5】従来技術において、フレアが発生する原因を示す概略図。
【図6】電子源の側面から放出される電子の引出電極での反射電子を制限する従来技術の概略図。
【図7】引出電極に組み込む従来の絞りの半分をカットして示す斜視図。
【図8】従来技術において、引出電極に組み込まれた絞りで発生する二次電子が絞りを通過する様子を示した概念図。
【図9】絞りを二重化したときの引出電極の絞り近傍の電位分布を示す概念図。
【図10】本発明に係る電子銃を組み込んだ電子顕微鏡システムの概略図。
【図11】制御PCに表示される電子銃の制御画面の概略図。
【図12】本発明の第2実施例を示す概略図。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明の実施の形態を、図1、図2、図9〜図13の実施例により説明する。
[実施例1]
図1の実施例(実施例1)は、適用対象の一例としてショットキー電子銃を示している。
【0025】
図中、電子源(エミッタ)1、フィラメント2、酸化ジルコニウム3、サプレッサ電極4、引出電極5および加速電極6については、図3に示す従来の構成要素と変わるものではない。
【0026】
すなわち、電子銃の駆動時には、タングステン単結晶素材からなる電子源1は、フィラメント2により約1800Kに加熱されている。このとき、電子源に塗布された酸化ジルコニウム3が拡散し、電子源1の先端表面の結晶面(100)の仕事関数は約2.8eVに低下する。ここで、引出電極5に電子源1に対して上記仕事関数以上の正の電位を与えると、電子源1の先端近傍の電界が強くなり、電子源1から電子が放出される。電子源1より放出された電子のうち、引出電極5に設けた絞り7A,8Aを通過した電子は、加速電極6で所定の加速電圧まで加速され電子銃の電子ビームとして放出される。一方、引出電極5を通過できない電子は、引出電極5に衝突する時に大部分が引出電極5に吸収されるが、従来技術によれば、既述したように一部の電子は、絞り部材や二次電極と一次電子との相互作用により二次電子や反射電子を発生させる。
【0027】
本実施例では、第1には、かような二次電子の発生を抑制するために、次のような手段が施されている。
【0028】
一つは、引出電極5に、複数、例えば上下2枚の絞り7A,8Aを設け、このうち、少なくとも上側の絞り7Aの基材(例えばモリブデン)70の表面に、図2に示すように、二次電子放出率の小さい材料72をコーティングする。好ましいコーティング72としては、炭素やボロンが挙げられる。
【0029】
電子源からの電子をターゲットに電子照射エネルギ2kV〜3kVで衝突させた場合、炭素の二次電子放出率は0.2〜0.6、白金の場合の二次電子放出率は1.0〜1.5である(この二次電子放出率については、例えば、A DATA BASE ON ELECTRON-SOLID INTERACTIONS、David Joy;URL:rsh.nst.pku.edu.cn/software/database0101.docに開示されている。)。よって、絞り7Aの基材70の表面に炭素膜72をコーティングした場合には、絞り7Aから放出される二次電子(すなわち電子源1からの一次電子を絞り7Aに衝突させた時に発生する二次電子)を、従来の絞り7に比べて1/5〜2/5に減少させることができる。図2に示されている炭素膜72は、絞り7Aの基材70の少なくとも上面、すなわち、電子源からの一次電子ビームが当たる表面に施されている。電子源から放出される一次電子が炭素膜72を透過しないようにするため、炭素膜72は厚くすべきであるが、厚くし過ぎるとコーティングが剥れ易くなるので、炭素膜72の膜厚は500nm以下が望ましい。通常の好ましいコーティングの膜厚は50nm〜200nmである。
【0030】
このように炭素膜を絞りのコーティング材として使用することで、引出電極に設けた絞りで発生する二次電子の量を減らすことができる。本実施例によれば、電子顕微鏡で試料を観察した時に、フレアの発生を抑制することで、高分解能でS/Nの高い画像を観察することができた。
【0031】
なお、上記コーティング材72については、ボロンについても、炭素同様の低い二次電子放出率を達成することができる。ボロンについての二次電子放出率は、電子源からの電子をボロンに電子照射エネルギ2kV〜3kVで衝突させた場合、0.4以下である。
【0032】
本願発明の技術的思想は、基本的には、電子銃の引出電極に設けられる絞りの基材表面に、二次電子放出率の小さい材料として、前記絞りに衝突する一次電子の照射エネルギが2kV〜3kVである場合に0.6以下の二次電子放出率を有する材料をコーティングするものであって、上記二次電子放出率を満足すれば、絞りの基材表面に施される基材は、炭素、ボロン以外の材料を使用してもよい。
【0033】
さらに、上下2枚の絞り7Aおよび絞り8Aの電位は、引出電極5の電位と同じにしてある。
【0034】
図9に、この場合の絞り7A,8A近傍の電位分布の概略を示す。図9おいて、絞り7Aと絞り8Aの間の空間の電位は、引出電極5と等電位であるので、空間内で電界はゼロとなる。よって、加速電極6と引出電極5の間にできる電界は、この空間で緩和され、絞り7Aより上部に染み出すことはない。本実施例では、既述したように絞り7Aに二次電子放出率の小さい材料でコーティング72を施しているが、絞り7A近傍に電子ビームが衝突して二次電子が生じたとしても、加速電極6と引出電極5の間にできる電界は、この空間で緩和され、絞り7Aより上部に染み出すことはないので、絞り7Aを通過することなく、引出電極5の中で散乱しながら吸収されることになる。
【0035】
一方、絞り8Aの上部には電界の染み出しがあるので、絞り7Aを通過するメインの電子ビーム(一次電子)が絞り8Aに衝突する場合には、二次電子が発生する。この二次電子が引出電極5に組み込まれた絞り8Aを通過することになる。この場合、絞り8Aも二次電子発生率の小さな材料(例えば、炭素,ボロンなど)でコーティングすれば、二次電子の発生を有効に抑えることが可能となるが、それに代わって、次のような構造的な配慮によっても絞り8Aからの二次電子発生を有効に抑えることができる。
【0036】
すなわち、メインの電子が絞り7Aの基材70に衝突しないよう、絞り8Aの穴径を絞り7Aより幾何学的に大きくする。さらに絞り7Aの上部へ電界が染み出さないようにするために、2枚の絞りの距離は絞り8Aの内径の1倍以上とすることが望ましい。例えば、絞り7Aの内径が0.5mm、電子源1の先端と絞り7Aとの距離が1.5mmの場合、絞り8Aの内径は0.6mm、2枚の絞り7A,8Aの距離は0.6mm以上に設定する。一方、2枚の絞り7A,8Aの距離が長くなると引出電極5が厚くなってしまい、電子銃の光学特性が悪化するといった問題もある。よって、二枚の絞り7A,7Bの距離は絞り8Aの内径の1倍〜3倍とすることが望ましい。
【0037】
なお、本実施例では、2枚の絞り7A,8Aを設けることにより、既述した先行特許文献1(特開2008-117662号公報)同様の効果、すなわち、本願の図6に示すような引出電極で反射した電子ビームRの通過を防止する効果も奏し得るものである。
【0038】
本実施例によれば、引出電極5を通過した電子は加速電極6で所定のエネルギに加速され、電子銃より放出される。放出される電子は全て電子源1で放出した電子であるので、電子顕微鏡で観察する場合にフレアは発生せず、高分解能でS/Nの高い画像を得ることができる。また、分析時のシステムピークもなくすことができる。
【0039】
図10に本発明に係る電子銃を搭載した荷電粒子線装置の一例として、透過型電子顕微鏡(TEM/STEM)システムの概略を示す。電子顕微鏡は、上記実施例の電子銃13を含む本体10と、本体を駆動するための電圧や電流を供給する電源11と、電源の出力を制御することで本体10を制御する制御装置12とから構成される。
【0040】
このうち本体10は、任意のエネルギに加速した電子を発生し放射する電子銃13と、放射された電子を試料に向けて制御する照射系14と、試料15を保持し任意の方向に移動させる試料ステージ16と、試料に電子が衝突したときの信号を検出するための二次電子検出器17aと、散乱電子検出器17bと、透過電子検出系17c他の検出系と、試料を透過する電子の倍率や角度を制御する結像系18と、装置全体を真空排気する排気系19などで構成される。電源11は電子銃10の各電極に電位を与える電圧源、照射系14、結像系18のレンズに電流を流す電流源他、本体10の各部を駆動するための電源と制御装置12を駆動するための電源などから構成されている。
【0041】
制御装置12は、電源11の出力を制御することで、本体10の制御を行う役割を果たしている。電子銃に関しては、制御装置12によって、加速電圧、引出電圧、フィラメント電流などが制御され、任意の加速エネルギを持った電子を任意の量だけ放出するように制御される。電子銃13には、上記実施例で述べた絞り7Aと絞り8Aを有し、このうち少なくとも絞り7Aに二次電子放出率の小さな材料によりコーティングが施されており、絞り7A,8A間に引出電極と同じ電位を与えている。なお、図10では透過型電子顕微鏡(TEM/ATEM)の概略図を示しているが、上記実施例で述べた電子銃13は、走査電子顕微鏡(SEM)に搭載した場合でも同様の効果を期待できる。
【0042】
図11は制御装置のモニタ上に表示される電子銃制御の画面の一例である。この図はショットキー電子銃の制御画面である。画面の左側に設定値、右側にHV-ONボタンと読取値が表示されている。画面の左側では加速電圧(V0)、引出電圧(V1)、フィラメント電流(If)を予め設定する。HV-ONボタンが押されると、電子源1には負の加速電位(−V0)が印加される。また、フィラメント2に電流が流れ、電子源1が加熱される。電子源1を十分加熱した後に、電子源に対し、正の引出電圧(V1)を引出電極5に印加すると電子源1より電子が放出される。ここで、エミッション電流(Ie)は電子源1から放出される電子、または、引出電極5に吸収される電子による電流を検出している。本実施例に適用される2枚の絞り7A,8Aの電位は、既述したように、引出電極と等電位になるように制御する。図11では読取り値として加速電圧、引出電圧、フィラメント電流、エミッション電流を表示しているが、全ての値を表示してもよいし、必要な値を選択して表示してもよい。
[実施例2]
図12は複数段の加速電極が組み込まれた本発明の他の実施例(実施例2)を示す。本実施例と実施例1との相違点は、実施例1では、加速電極6が一段であるのに対して、実施例2では、加速電極が3段としたショットキー電子銃を例示している。絞り7A,8Aの構成については、実施例1同様である。本実施例の基本的な動作や、その作用効果の説明については、図1同様であるので省略する。
【0043】
本実施例では、加速電極6aには電子源1に対して正の電位を持つ制御電圧V2が印加される。加速電極6cは接地され、加速電極6aと6b間、および、6bと6c間は分割抵抗9により等電圧((V0−V2)/2)に分圧される。ここで、制御電圧V2は加速電極6を通過する時の電子の軌道を制御するために用いられる。
【0044】
本実施例においても、電子銃より放出される電子は全て電子源1より放出される電子となる。よって、電子顕微鏡で観察する場合にフレアは発生せず、高分解能でS/Nの高い画像を得ることができる。また、分析時のシステムピークもなくすことができる。
【0045】
図1、図12に示した実施例は共にショットキー電子銃についての実施例を示しているが、電界放出電子銃の場合も同様の効果を得ることができる。電界放出電子銃の場合にも、電子源としてタングステン単結晶が用いられ、さらに、引出電極、加速電極もショットキー電子銃同様に配置される。このうちの引出電極に既述した実施例1および2同様の絞り7A,8Bを設ける。電界放出電子銃の場合には、周知のように電界放出現象を利用した電子銃であり、さらに室温で動作する点および超高真空が必要である点が、ショットキー電子銃と異なるが、絞り7A,8Aについての構成については、ショットキー電子銃同様であるので、実施例についての図示を省略する。
【0046】
上記実施例では、2枚の絞り7A,8Aを引出電極に設けたものを例示したが、絞りは1枚或いは3枚以上であってもよく、少なくともそのうちの電子源に一番近い絞り7Aを二次電子放出率の小さな部材でコーティングされる。
【0047】
さらに、適用対象は、電子顕微鏡(TE/STEM/SEM)に限らず、その他の荷電粒子装置においても適用可能である。
【符号の説明】
【0048】
1…単結晶タングステン電子源、2…フィラメント、3…酸化ジルコニウム、4…サプレッサ電極、5…引出電極、6、6a、6b、6c…加速電極、7,8…絞り、7A,8A…絞り、70…絞りの基材、71…帯電防止のためのコーティング、72…二次電子発生量を減らすためのコーティング、9…分割抵抗、10…本体、11…電源、12…制御装置、13…電子銃、14…照射系、15…試料、16…試料ステージ、17a…二次電子検出器、17b…散乱電子検出器、17c…透過電子検出器、18…結像系、19…排気系。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子源と、前記電子源から電子を引き出すために該電子源に電界を与える引出電極と、前記引出電極により引き出された電子を所定の加速電圧まで加速する加速電極とを備え、前記引出電極には、前記電子源からの電子の一部を通過させる絞りが設けられている電子銃において、
前記絞りは、1枚以上設けられ、少なくとも前記電子源に最も近い絞りの基材表面には、前記絞りに衝突する一次電子の照射エネルギが2kV〜3kVである場合に0.6以下の二次電子放出率を有する材料によるコーティングが施されていることを特徴とする電子銃。
【請求項2】
請求項1において、前記絞りの基材表面に施される前記コーティングの材料が、炭素或いはボロンであることを特徴とする電子銃。
【請求項3】
請求項1又は2において、前記電子銃がショットキー電子銃或いは電界放出電子銃であることを特徴する電子銃。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項において、
前記引出電極には、上下2枚の前記絞りが設けられ、これらの絞りの電位を前記引出電極と等電位にしてあることを特徴とする電子銃。
【請求項5】
請求項4において、前記引出電極に設けられる前記絞りのうち、下側の絞りの内径は、上側の絞りの内径より大きいことを特徴とする電子銃。
【請求項6】
請求項5において、前記電子銃がショットキー電子銃であって、前記引出電極に設けられる2枚の前記絞りの間隔は、下側の絞りの内径の1倍以上であることを特徴とする電子銃。
【請求項7】
請求項5又は6において、前記電子銃が電界放出電子銃であって、前記引出電極に設けられる2枚の前記絞りの間隔は、下側の絞りの内径の2倍以上であることを特徴とする電界放出電子銃
【請求項8】
請求項1から7のいずれか1項に記載された前記電子銃を含む本体と、前記本体を駆動するための電圧や電流を供給する電源と、前記電源の出力を制御することで前記本体を制御する制御装置と、を備えることを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項1】
電子源と、前記電子源から電子を引き出すために該電子源に電界を与える引出電極と、前記引出電極により引き出された電子を所定の加速電圧まで加速する加速電極とを備え、前記引出電極には、前記電子源からの電子の一部を通過させる絞りが設けられている電子銃において、
前記絞りは、1枚以上設けられ、少なくとも前記電子源に最も近い絞りの基材表面には、前記絞りに衝突する一次電子の照射エネルギが2kV〜3kVである場合に0.6以下の二次電子放出率を有する材料によるコーティングが施されていることを特徴とする電子銃。
【請求項2】
請求項1において、前記絞りの基材表面に施される前記コーティングの材料が、炭素或いはボロンであることを特徴とする電子銃。
【請求項3】
請求項1又は2において、前記電子銃がショットキー電子銃或いは電界放出電子銃であることを特徴する電子銃。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項において、
前記引出電極には、上下2枚の前記絞りが設けられ、これらの絞りの電位を前記引出電極と等電位にしてあることを特徴とする電子銃。
【請求項5】
請求項4において、前記引出電極に設けられる前記絞りのうち、下側の絞りの内径は、上側の絞りの内径より大きいことを特徴とする電子銃。
【請求項6】
請求項5において、前記電子銃がショットキー電子銃であって、前記引出電極に設けられる2枚の前記絞りの間隔は、下側の絞りの内径の1倍以上であることを特徴とする電子銃。
【請求項7】
請求項5又は6において、前記電子銃が電界放出電子銃であって、前記引出電極に設けられる2枚の前記絞りの間隔は、下側の絞りの内径の2倍以上であることを特徴とする電界放出電子銃
【請求項8】
請求項1から7のいずれか1項に記載された前記電子銃を含む本体と、前記本体を駆動するための電圧や電流を供給する電源と、前記電源の出力を制御することで前記本体を制御する制御装置と、を備えることを特徴とする荷電粒子線装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2013−45525(P2013−45525A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−180851(P2011−180851)
【出願日】平成23年8月22日(2011.8.22)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年8月22日(2011.8.22)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]