説明

電磁波パルス列生成装置

【課題】低コストかつ簡単に電磁波パルス列を構成するパルス間隔を調整できる。
【解決手段】単発の電磁波パルスを複数の再帰反射素子の配列面に対して斜めに入射する。この結果、傾斜方向に配列された再帰反射素子の位置に応じて伝搬経路長(伝搬時間)が異なる複数の電磁波パルスが生成され、生成された複数の電磁波パルスを電磁波集束器により1本のビームに集束することにより電磁波パルス列を生成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単発の電磁波パルスから複数の電磁波パルスが時間的に連続して出現する電磁波パルス列を発生する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電磁波には、電波や光だけでなく、電波と光の中間に位置するテラヘルツ波が含まれる。以下では、電磁波の1種である光について、光パルス列の生成方法の従来例を説明する。光パルス列の生成方法には、主に、空間光変調器を利用する方法と、複屈折結晶を利用する方法の2つがある。ここで、空間光変調器とは、光ビームの振幅や位相の2次元分布を変調するために使用される光学装置をいう。また、複屈折結晶とは、偏光により屈折率に大きな差が生じる光学結晶をいう。
【0003】
空間光変調器を利用する方法は、単一の光パルスを分散させて波長毎に空間分離し、その後、空間光変調器で波長成分毎に振幅と位相を調整することにより、光パルス列を生成する(特許文献1及び非特許文献1を参照)。一方、複屈折結晶を利用する方法は、単一の光パルスが複屈折結晶を透過する際に2つに分離されることを利用し、複屈折結晶の通過を複数回繰り返すことにより、光パルス列を生成する(非特許文献2を参照)。なお、単一の光パルスが2つに分離される理由は、複屈折結晶中における偏光成分間の伝搬速度の違いにより複屈折結晶からの放出タイミングに時間差が生じるためである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−174764号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】J. Ahn, A. V. Efimov, R. D. Averitt, and A. J. Taylor, “Terahertz waveform synthesis via optical rectification of shaped ultrafast laser pulses,” Opt. Express 11, (2003.10.6)
【非特許文献2】N. M. Froberg, B. B. Hu, X. -C. Zhang, and D. H. Auston, “Terahertz radiation from a photoconducting antenna array,” IEEE J. Quantum Electron. 2291-2301 (1992.10)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、空間光変調器を利用する方法は、非常に高価な精密装置である空間光変調器を利用するため、光パルス列を生成する装置全体のコストが高くなる問題がある。また、光を分散させるために使用される回折格子の回折効率が低いため、光強度の損失が大きい問題もある。また、複屈折結晶を利用する方法は、光パルス列を構成する光パルスの時間間隔が複屈折結晶の長さによって決定されるため、光パルスの時間間隔を調整したい場合に長さの異なる複屈折結晶への交換が必須となり、光パルス列の調整に時間を要する問題がある。また、複屈折結晶の分散性が高い場合には、光パルスの幅が極端に広がるため、分散を補償する機構が必要になる問題がある。
【0007】
本願発明者らは、かかる技術課題に着目し、低コストかつパルスの時間間隔を自在に調整できる電磁波パルス列生成装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、単発の電磁波パルスを複数の再帰反射素子の配列面に対して斜めに入射することにより、傾斜方向に配列された再帰反射素子の位置に応じて伝搬経路長(伝搬時間)が異なる複数の電磁波パルスを生成し、生成された複数の電磁波パルスを電磁波集束器により1本のビームに集束して電磁波パルス列を生成する装置を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、低コストかつパルスの時間間隔を自在に調整できる電磁波パルス列生成装置を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】単発パルスとパルス列の関係を説明する図。
【図2】電磁波パルス列生成装置の構成例を示す図。
【図3】再帰反射素子と平面鏡との光学特性の違いを説明する図表。
【図4】再帰反射素子の構造例を説明する図。
【図5】再帰反射素子配列器の製品例を示す図。
【図6】再帰反射素子配列器の反射パルス面と平面鏡配列器の反射パルス面の違いを説明する図。
【図7】電磁波パルス列生成装置の各部におけるパルス面の様子を説明する図。
【図8】テラヘルツ波生成装置の概念構成例を説明する図。
【図9】テラヘルツ波生成装置の実施例を説明する図。
【図10】光伝導半導体素子の動作原理を説明する図。
【図11】光パルスの波形と発生されるテラヘルツ波のスペクトルの違いを説明する図。
【図12】テラヘルツ波の同調原理を説明する図。
【図13】パルス幅の補正による高調波成分の除去原理を説明する図。
【図14】パルス幅調整器の構成例を示す図。
【図15】光パルス列を構成するパルス数とテラヘルツ波の帯域幅の関係を説明する図。
【図16】2次元配列型の再帰反射素子配列器を追加したテラヘルツ波生成装置の構成例を示す図。
【図17】1次元配列型の再帰反射素子配列器と2次元配列型の再帰反射素子配列器の傾斜方向の関係を説明する図。
【図18】再帰反射素子配列器で反射された直後の光パルス列が有するパルス面の時間的分布と空間的分布を説明する図。
【図19】狭帯域テラヘルツ波を用いた周波数変調技術を説明する図。
【図20】不等間隔光パルス列を用いたテラヘルツ波の周波数変調を説明する図。
【図21】光パルス列の自己相関波形を示す図。
【図22】再帰反射素子配列器の傾斜角度に対する光パルス間隔を示す図。
【図23】テラヘルツ波時間波形の計測結果を示す図。
【図24】生成に使用するパルスの違いによるテラヘルツ波スペクトルの違いを説明する図。
【図25】従来構成例を説明する図。
【図26】従来構成例を説明する図。
【図27】従来構成例を説明する図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面に基づいて、本発明の実施例を説明する。なお、後述する装置構成や処理動作の内容は発明を説明するための一例であり、本発明は、後述する装置構成や処理動作に既知の技術を組み合わせた発明や後述する装置構成や処理動作の一部を既知の技術と置換した発明も包含する。
【0012】
(基本概念)
図1に、単発パルス1とパルス列2の波形を示す。この明細書において、単発パルスとは、ある時間幅において、エネルギーの急峻な時間変化が時間軸方向に1回だけ孤立的に出現する状態をいう。一方、パルス列とは、ある時間幅において、エネルギーの急峻な時間変化が時間軸方向に複数回連続的に出現する状態をいう。図1に示すパルス列2は、単発パルス1が5回連続して出現する例を示している。なお、十分長い時間幅で観察した場合、いずれのパルスの場合にも、所定の時間間隔でパルスの出現が繰り返す場合が含まれる。
【0013】
図2に、電磁波パルス列生成装置20の構成例を示す。電磁波パルス列生成装置20は、電磁波パルス源21、電磁波拡大器22、偏向性電磁波分離器23、偏向面回転器24、再帰反射素子配列器25、電磁波集束器26で構成される。
【0014】
電磁波パルス源21が発生する単発パルス1の波長域は、光(例えば赤外線、可視光)でも、電波でも良い。電磁波パルス源21で発生された単発パルス1は、電磁波拡大器22においてビーム径が拡大される。単発パルス1のビーム形状は、円形でも楕円形状も良い。ビーム径が拡大された単発パルス1は、偏向性電磁波分離器23、偏向面回転器24を順番に透過して、再帰反射素子配列器25に入射する。
【0015】
再帰反射素子配列器25は、複数の再帰反射素子を1次元方向又は2次元方向に配列した配列面を有する部品であり、再帰反射素子の配列面が単発パルス1の入射方向に対して斜めに配置される。因みに、ビーム形状が円形の場合には、再帰反射素子の配列方向とパルス面に対する配列面の傾斜方向に制限はないが、ビーム形状が楕円形状の場合には、ビームの長軸方向に再帰反射素子が少なくとも配列されると共に、配列面に入射する単発パルス1のパルス面に対して配列面がビームの長軸方向に傾斜している必要がある。再帰反射素子は、電磁波を入射方向と同じ方向に反射する特性を有しているので、配列面の傾斜方向について入射波が反射されて射出されるまでの間に時間差(伝搬経路長の差)が発生する。この時間差により、再帰反射素子配列器25からは複数の電磁波パルスが射出される。
【0016】
これら複数の電磁波パルスは、単一パルス1とは逆向きに偏向面回転器24を透過し、偏向性電磁波分離器23に入射する。偏向面回転器24の通過により、複数の電磁波パルスの偏向面は、偏向性電磁波分離器23に入射する単一パルス1の偏向面とは直交する関係になる。従って、偏向性電磁波分離器23は、入射された複数の電磁波パルスを電磁波集束器26の方向に反射する。すなわち、偏向性電磁波分離器23は、電磁波パルス源21から入射される単発ビーム1は透過し、再帰反射素子配列器25から入射される複数の電磁波パルスは反射する特性を有している。
【0017】
偏向性電磁波分離器23で反射された段階において、複数の電磁波パルスは空間的に分散して存在する。しかし、電磁波集束器26のビーム焦点において、複数の電磁パルスは1本のビームに集束される。この結果、電磁波集束器26の焦点位置には、時間軸方向に複数の電磁波パルスが連続するパルス列2が出現する。
【0018】
(再帰反射素子の特性と再帰反射素子配列器の構成例)
次に、再帰反射素子配列器25の構成と特性を説明する。以下の説明では、再帰反射素子配列器25の光学特性について説明するが、電磁波一般についても同様の特性が認められる。図3に、再帰反射素子と平面鏡の光学特性の違いを示す。まず、光が平面鏡に対して斜めに入射する場合を考える(図3(b)の場合)。この場合、光は入射角と同じ角度で平面鏡の法線に対して反対方向に反射する(図3(d)の場合)。これに対し、再帰反射素子に対して斜めに入射する光は、入射方向と同方向に戻るように反射する(図3(a)及び(c)の場合)。すなわち、「再帰反射」とは、反射光が「入射時と同じ道を再び帰る」反射という意味である。この再帰反射素子は、広く普及している一般的な光学素子の一つであり、自転車後部に取り付けられている赤い反射板や、工場の生産ライン上に設置される生産物等の通過検知器などに利用されている。また、再帰反射素子は工業的に量産可能であり、非常に安価に生産できる。
【0019】
図4に、再帰反射素子の代表例を2つ示す。図4(a)はリトロリフレクターの基本構造例を示し、図4(b)はコーナーキューブの基本構造例を示す。
【0020】
図4(a)に示すように、リトロリフレクターは、3枚の平面鏡をそれぞれが他の2枚の平面鏡と直交するように組み立てた構造を有している。立方体形状の箱で例えると、ちょうど1つの角の部分と同じ構造である。この構造を有することで、リトロリフレクターのいずれか1枚の平面鏡に斜めに入射した光は、当該平面鏡面で反射された後、必ず残り2枚の平面鏡面で順次反射されて入射方向と同じ方向(入射方向と平行)に戻る。
【0021】
一方、コーナーキューブも、リトロリフレクターと同様に直交する3つの反射面を有している。しかし、その反射面は平面鏡ではなく、本体を構成する光学(ガラス)材料の側端面であるという点で異なる。図4(b)に示すコーナーキューブは、光を透過する性質を持つ筒形状の光学材料のうち入射出面(図中左側)側を平面に、反射面(図中右側)側を3つの平面が鋭角部を形成するように加工されている。この構造は、宝石の構造に似ている。光は図中左側の透過面(平面側)から材料内に入射し、図中右側の3つの反射面(鋭角部側)のそれぞれにおいて全反射を3回繰り返し、再び図中左側の透過面を通じて外部に射出される。このとき、射出方向は入射方向と同じ方向になる。コーナーキューブの反射面では全反射が起きるので、図中右側の3つの反射面から光が外に放出されることはない。
【0022】
図5に、前述した再帰反射素子を2次元配列した再帰反射素子配列器25の製品例を示す。図5に示す製品例では、矩形のケース内にコーナーキューブが蜂の巣状に2次元配列されている。なお、紙面側が入射出面となるように配置されている。もっとも、前述したように、再帰反射素子配列器25は、再帰反射素子を1次元配列したものを用いることもできる。
【0023】
このように、再帰反射素子配列器25そのものは既に実用化されている光学素子である。しかし、従来の再帰反射素子配列器は、連続的に伝搬する光(単に連続波又はCW(continuous wave)と呼ばれる)を反射するためだけに利用されており、単発パルスを再帰反射素子配列器で反射させてパルス列を生成するという着想は、発明者らの専門知識に基づいた極めて高い独創性を有している。
【0024】
(パルス列の生成原理)
以下では、図2に示す電磁波パルス列生成装置20により、単発パルスからパルス列が生成される様子を更に詳細に説明する。
【0025】
図6に、再帰反射素子配列器で反射された後のパルス面と平面鏡配列器で反射された後のパルス面の違いを示す。なお、ここでの平面鏡配列器は、比較のために、再帰反射素子と同じサイズの平面鏡を、再帰反射素子配列器を構成する再帰反射素子と同様に配列する場合を想定する。
【0026】
図6のパルス面とは、光パルスビーム中におけるパルスの尖頭(又は「ピーク」、又は「山の頂上」)位置の空間的な分布を意味する。一般には、図6の上段(入射の項)に示すように、パルス面は伝搬方向に対して垂直であり、拡散や集光しない平面波の場合、パルス面は平面となる。図6の場合には2次元的に描画しているので直線に見える。
【0027】
まず、単発の光パルスを平面鏡配列器の鏡面に対して斜め方向から入射すると(図6(b))、鏡面で反射した光パルスのパルス面は入射波と同様に伝搬方向に垂直、かつ平面の形状が維持される(図6(d))。
【0028】
これに対して、単発の光パルスを再帰反射素子配列器の配列面に対して斜め方向から入射すると(図6(a))、個々の再帰反射素子で反射された単発の光パルスは前述の光学特性に従い入射方向と同じ方向に戻る。このとき、光パルスの伝搬経路長(伝搬距離)は、再帰反射素子の配列上の位置により階段状の差が発生する。例えば図6(c)に示すように、図中上側で反射された光パルスよりも、図中下側で反射される光パルスほど伝搬経路長(伝搬距離)が長くなる。このため、再帰反射素子配列器で単発パルスを反射した場合、パルス面は平面とはならず、図6(c)に示すように階段状の分布となる。従って、再帰反射素子配列器を用いた場合には、光パルスは空間的に階段状のパルス面を保持したまま、入射方向と同じ方向に戻って伝搬することになる。
【0029】
なお、パルス面の間隔は、再帰反射素子の素子間隔で決まる。従って、例えば素子間隔が均一な再帰反射素子配列器を使用すれば、階段状のパルス面の各段間の時間差も全て等しくなる。また例えば、素子間隔が不均等の再帰反射素子配列器を使用すれば、階段状のパルス面の各段間の時間差を不均等にすることもできる。
【0030】
図7に、図2に示す電磁波パルス列生成装置に対して図6のパルス面を合成することにより、伝搬経路上の各部におけるパルス面の形状の変化を示す。なお、図7は、電磁波が光である場合の実施例を示す。すなわち、光パルス列生成装置30について示す。このため、光パルス列生成装置30は、光パルス源31、拡大器32、偏光性分離器33、偏光面回転器34、再帰反射素子配列器35、集光器36で構成される。拡大器32は電磁波拡大器22に対応し、偏光性分離器33は偏向性電磁波分離器23に対応し、偏光面回転器34は偏向面回転器24に対応し、再帰反射素子配列器35は再帰反射素子配列器23に対応し、集光器36は電磁波集束器26に対応する。
【0031】
図7に示すように、光パルス源31から射出された光パルスビームのパルス面は揃っており、光パルスの伝搬方向に対して垂直の1つのパルス面を形成する。この光パルスビームが伝搬方向に対して配列面が斜めに配置された再帰反射素子配列器35で反射されることでパルス面が階段状に分布する複数の光パルスが出現する。この複数の光パルスが偏光性分離器33で反射されて集光器36で集光されると、各段の光パルスが一定の時間差をもって集光点に到達する。
【0032】
この一定の時間差をもって到達する光パルスを集光点で観察すると、あたかも光パルスが時間的に等間隔に配列されているように見える。すなわち、光パルス列が生成される。
【0033】
(狭帯域テラヘルツ波生成器への応用)
ここでは、前述した電磁波パルス列生成装置20の応用例の1つとして、テラヘルツ波生成装置について説明する。
【0034】
テラヘルツ(THz)波とは、電波と赤外線の中間に位置する電磁波である(周波数:0.1〜10THz、波長:30μm〜3mm)(1THzは10の12乗Hz)。テラヘルツ波は、紙やプラスティック等様々な物質に対する透過性と、数百μm程度の適度な空間分解能を有することから、様々な物体の透視イメージングの実用的ツールとして期待されている。また、多くの物質で固有の吸収スペクトルを有することから、物体の種類同定や、成分分析などへの応用も可能である。
【0035】
図8に、電磁波パルス列生成装置20を応用するテラヘルツ波生成装置80の概念構成を示す。図8に示すように、テラヘルツ波生成装置80は、電磁波パルス列生成装置20で生成された光パルス列を波長変換器81に入射することにより、狭帯域テラヘルツ波を生成する。
【0036】
図9に、テラヘルツ波生成装置80の実施例を示す。なお、図9には図7との対応部分に同一符号を付して示す。ここで、波長変換素子81には、例えば光伝導半導体素子や非線形光学結晶が使用される。図10に、光伝導半導体素子を用いる場合における波長変換の動作原理を示す。なお、図10は、動作原理を簡単に説明するために、単発パルスが光伝導半導体素子に入射され、単発パルスが出力される場合を表している。光伝導半導体素子は、半導体基板82上に狭ギャップを挟んで対峙するように一対の電極83、84を形成し、一対の電極83、84間に電圧源85より電圧を印加する構成を採用する。図10(a)に示すように狭ギャップに適当な光パルスを照射すると、図10(b)に示すように狭ギャップに光電流が流れ、図10(c)に示すように狭ギャップにテラヘルツ波が発生する。
【0037】
なお、光伝導半導体素子や非線形光学結晶に単発の光パルスを照射して、広帯域のテラヘルツ波を発生させる方法そのものは公知の手法である。ただし、発明者らは、光パルス列を入射することにより、狭帯域のテラヘルツ波を発生する手法を提案する。
【0038】
図11に、単発パルスを用いてテラヘルツ波を発生する場合とパルス列を用いてテラヘルツ波を発生する場合に、発生するパルス列がどのような違いが生じるかを示す。図11の上段に示すように、広帯域のテラヘルツ波を発生させる場合には、パルス幅が非常に短い単一の光パルスを光伝導半導体素子に照射すれば良い。このとき、光伝導半導体素子の電極間(狭ギャップ)に流れる光電流も単一のパルス形状となり、発生するテラヘルツ波も単一サイクル、かつ、全体の時間幅が非常に短い波形となる。ここで、「サイクル」とは、振幅が+側と−側の両極に1回ずつ振動する波形の単位を指すものと定義する。このように、発生されるテラヘルツ波が短い単一パルスで構成されるとき、一般にそのスペクトルは図11(d)に示すように広い帯域を持つ。
【0039】
一方、図11の下段に示すように、光パルス列を光伝導半導体素子に照射すると、光電流も整列する複数のパルス状となり、発生するテラヘルツ波も複数のサイクルを持ち、全体として時間幅の長い波形として現れる。このように、発生されるテラヘルツ波の出現時間幅が長くなると、図11(h)に示すように帯域が狭くなる。従って、電磁波パルス列生成装置20は、狭帯域のテラヘル波の生成に好適であることが分かる。
【0040】
なお、前述のように、様々な応用が期待されるテラヘルツ波であるが、分光測定のためには、様々な周波数における特性を知る必要がある。ところが、分光測定に、広帯域のテラヘルツ波発生を用いる場合には、フィルター等を用いて周波数成分を切り分ける必要があった。これに対し、発明者らの提供する狭帯域のテラヘルツ波発生を利用できる場合には、テラヘルツ波の周波数成分を特定の周波数成分に同調できさえすれば、フィルター等を必要とすることなく分光測定を行うことができる。
【0041】
(テラヘルツ波の周波数同調方法)
以下では、テラヘルツ波の同調技術について説明する。光パルス列から狭帯域のテラヘルツ波を発生させる場合、テラヘルツ波の周波数は、光パルス列を構成するパルスの時間間隔の逆数に等しくなる。これは、光パルス列を構成するパルスの時間間隔を変化させることにより、テラヘルツ波の周波数を同調できることを意味する。
【0042】
幸いなことに、発明者らの提案する電磁波パルス列生成装置の場合には、非常に簡単な方法により、光パルス列を構成するパルスの時間間隔を変調することができる。
【0043】
図12に、調整原理を示す。前述したように、光パルスを再帰反射素子配列器35に斜めに入射すると、その反射波として階段状のパルス面を持つ光パルスが得られる。このとき、パルス面の時間的段差は、入射する光パルスのパルス面と再帰反射素子配列器35の配列面とのなす角度に依存する。図7で説明したように、集光後に形成される光パルス列のパルス間隔は、この時間的段差に等しくなる。従って、入射する光パルスのパルス面に対して傾斜するように再帰反射素子配列器35を回転駆動するという単純な駆動動作により、テラヘルツ波の周波数を任意の周波数に同調することができる。
【0044】
図12には、3種類のなす角と対応する3種類のテラヘルツ波の関係を示す。図12より、光パルスの入射時のパルス面と再帰反射素子配列器35の配列面のなす角が小さいほど生成されるテラヘルツ波の周波数が高く、なす角が大きくなるほどテラヘルツ波の周波数が低くなる関係が認められる。これらのなす角と周波数の関係が事前に分かっていれば、同調させたい周波数が得られる角度位置に再帰反射素子配列器35の配列面を回転駆動することにより、必要とする周波数を有する狭帯域のテラヘルツ波を生成することができる。
【0045】
勿論、なす角の調整には、不図示の回転軸の周りに再帰反射素子配列器35を回転駆動する不図示の駆動機構を搭載すれば良い。駆動機構には例えばモーターを使用できる。この際、モーターの軸を再帰反射素子配列器35の回転軸に使用することができる。なお、ここでの駆動機構が、特許請求の範囲における「傾斜角調整手段」に対応する。
【0046】
ただし、周波数の低いテラヘルツ波を発生させるために光パルス列を構成するパルスの間隔を広くしすぎると、テラヘルツ波の波形に連続性が無くなり、スペクトルに高調波成分が生じてしまい、周波数の純度(又は、単色性と呼ぶ)が劣化する。しかし、高調波成分を含むテラヘルツ波は、前述したようなフィルターを用いない分光装置には適さない。
【0047】
そこで、発明者らは、光パルス幅を補正することにより、周波数の低いテラヘルツ波を発生させる場合における周波数成分の純度を高める手法を提供する。
【0048】
図13に補正原理を示す。図13の上段がパルス幅を補正する前のテラヘルツ波の波形とスペクトルを示し、図13の下段がパルス幅を補正した後のテラヘルツ波の波形とスペクトルを示す。光パルス列を構成する光パルスのパルス幅がパルス間隔に対して十分狭いとき、発生するテラヘルツ波の1サイクルの周期(図13上段のAの部分)も狭くなり、各サイクル間に信号が存在しない時間帯が生じ、テラヘルツ波の波形全体の連続性が失われる。このような時間波形に対するスペクトルは一般に基本周波数の逓倍の周波数における成分、つまり、高調波の強度が高まってしまう。
【0049】
これに対し、図13の下段に示すように、光パルス列を構成する光パルスのパルス幅を拡大させると、テラヘルツ波の1サイクルの周期(図13下段のBの部分)も長くなり、隣り合うサイクルが連続的に振動するように波形整形される。このような波形に変形されることで、そのスペクトルに含まれる高調波成分が抑制され、周波数純度が向上する。
【0050】
図14に、パルス幅の補正に使用して好適なパルス幅調整器90の構成例を示す。なお、図14に示すパルス幅調整器90は、例えば光パルス源31のビーム出力部と拡大器32の間に配置すれば良い。パルス幅調整器90は、パルス幅補正前のビームとパルス幅補正後のビームを分離する分離器91、プリズム93、94、平面鏡95で構成する。まず、1段目のプリズム93によって入射ビームに含まれる周波数成分が分離され、2段目のプリズム94によって周波数成分間の光路差が拡大される。このため、1段目のプリズム93と2段目のプリズム94の頂角は逆向きに配置されている。なお、2段目のプリズム94から出力されるビームは平行光として平面鏡95に入射する。従って、反射光は入射時の光路と逆向きに進行し、分離器91において入射ビームとは異なる方向に射出ビームとして射出される。この射出ビームがパルス幅補正後のビームである。なお、2段目のプリズム94と平面鏡95は移動台96に固定されており、1段目のプリズム93と2段目のプリズム94の間の光路長を可変するように移動される移動台96と一体に移動される。この移動台96の移動は、1段目のプリズム93と2段目のプリズム94の距離の調整によりビームの広がり幅を調整するように作用する。ビームの広がり幅の調整は、1つのパルスを構成する周波数成分の最大光路長差の調整を意味するため、結果的にパルス幅を調整することができる。
【0051】
続いて、テラヘルツ波の周波数分解能の調整技術を説明する。テラヘルツ波の周波数分解能は、光パルス数を増やすことにより向上することができる。すなわち、テラヘルツ波のスペクトル幅を狭めることができる。
【0052】
図15に、光パルス列を構成するパルス数の違いによるテラヘルツ波の帯域幅の変化の様子を示す。図15は、光パルス列を構成するパルス数が「3」の場合、「5」の場合、「8」の場合について表している。図15に示すように、光パルス列を構成するパルス数は、テラヘルツ波のサイクル数に等しく、テラヘルツ波のサイクル数が多ければ、波形全体の時間幅が長くなる。このとき、光の基本特性から、帯域幅は狭くなる。
【0053】
従って、高い周波数分解能が要求される分光装置に使用するテラヘルツ波生成装置の場合には、光パルス数を大きくすれば良いことが分かる。なお、光パルス列を構成するパルス数を増やすには、再帰反射素子配列器35を構成する再帰反射素子の数を増やすことで実現できる。
【0054】
ただし、多数の再帰反射素子を1次元方向にのみ整列する構造の再帰反射素子配列器の場合には、配列数の増加に伴って再帰反射素子配列器の長さが大きくならざるを得ず、これに伴いテラヘルツ波生成装置が大型化する問題がある。また、再帰反射素子配列器の傾斜角を調整する際に、歪みや傾斜速度の低下を引き起こす可能性が予測される。例えば口径が4mmの再帰反射素子を100個配列すると、再帰反射素子配列器の全長は400mmと非常に長くなる。
【0055】
この問題の解決のため、発明者らは、再帰反射素子を2次元配列した再帰反射素子配列器を組み合わせる手法を提供する。図16に、光パルス列を構成するパルス数の増加に適したテラヘルツ波生成装置100の構成例を示す。なお図16には、図9との対応部分に同一符号を付して示す。図16に示すように、テラヘルツ波生成装置100の基本構成は図9で説明したテラヘルツ波生成装置80であり、偏光性分離器33で分離された1次元方向のパルス列を2次元配列型の再帰反射素子配列器101に導くための光学系をテラヘルツ波生成装置80に追加した構造を有している。
【0056】
追加される光学系は、偏光面回転器102、偏光性分離器103、偏光面回転器104である。偏光面回転器102は、偏光性分離器33で分離された光パルス列の偏光面を回転する光学素子であり、透過後の光パルス列は偏光性分離器103に入射される。偏光性分離器103は、偏光面回転器102から入射された1次元配列の光パルス列を透過する一方、偏光面回転器104から入射される2次元配列の光パルス列を集光器36の方向に反射する光学素子である。偏光面回転器104は1次元の光パルス列の偏向面を回転させたものを再帰反射素子配列器101に入射する一方、再帰反射素子配列器101から入射される2次元配列の光パルス列の偏光面を回転させたものを偏光性分離器103に入射する光学素子である。
【0057】
ここで、偏光面回転器34、102及び104がいずれも偏光面を45°回転させる素子であるとすると、偏光性分離器103に入射する1次元配列の光パルス列と2次元配列の光パルス列の偏光角は90°異なる状態になる。この偏光角の違いにより、1次元配列の光パルス列は偏光性分離器103を透過し、2次元配列の光パルス列は偏光性分離器103で反射される。
【0058】
なお、再帰反射素子配列器101の反射光が2次元配列の光パルス列となるためには、図17に示すように、再帰反射素子配列器101の回転軸が再帰反射素子配列器35の回転軸と直交するように配置される必要がある。再帰反射素子配列器の配列面に沿って光路差が生じるため、配列面の傾斜方向が直交する関係に配置されることで2次元配列された光パルス列が生成可能になる。
【0059】
図18に、再帰反射素子配列器35で反射された直後のパルス面と再帰反射素子配列器101で反射された直後のパルス面の時間的分布と空間的分布の関係を示す。図18に示すように、1次元配列の光パルス列は4つのパルス面で構成されるが、再帰反射素子配列器101で反射されることで、各パルス面が4つに再分割されて計16個の光パルス列が生成されている。
【0060】
この16個の光パルス列の数は、再帰反射素子配列器101を構成する素子数(=4×4)と同じである。同じ原理により、100個のパルスで構成される光パルス列の生成時には、1辺が10個分の再帰反射素子の長さで構成される再帰反射素子配列器101を使用すれば良い。勿論、2次元配列型の再帰反射素子配列器101を用いる場合には、新たに光学素子とその収容空間が必要となるが、1次元配列型の再帰反射素子配列器35だけでテラヘルツ波生成装置を構成する場合よりも装置の小型化、歪みの低下、駆動速度の低下を実現できる。結果的に、小型のテラヘルツ波生成装置を用いながら、スペクトル幅を中心周波数の100分の1まで狭く圧縮することが可能になる。
【0061】
(狭帯域テラヘルツの周波数変調)
前述した実施例では、単一の狭帯域テラヘルツ波を生成し、必要に応じて同調する周波数を調整する仕組みについて説明した。このため、再帰反射素子配列器35を構成する再帰反射素子は、いずれも全て同じサイズ(幅)を有し、配列面上に等間隔に配列されている場合を想定した。
【0062】
しかし、応用システムによっては、複数の狭帯域テラヘルツ波を連続スキャンできることが求められる場合がある。例えば1度のスキャン照射で複数の狭帯域テラヘルツ波について分析動作を実行したい場合がある。そこで、以下では、周波数変調されたテラヘルツ波の発生方法について説明する。
【0063】
前述した実施例の場合(例えば図6に示したように再帰反射素子が等間隔に配列されている場合)、隣り合う素子で反射する光パルスの伝搬距離差が等しくなる。このため、階段状に出現するパルス面の段差は、前述の通り、全て等しくなる。
【0064】
これに対し、図19に示すように、再帰反射素子のサイズ(幅)が配列方向に対して徐々に広くなる(すなわちサイズが単調増加する)不等幅型の再帰反射素子配列器110に光パルスを照射すると、隣り合う距離差が等しくならないため、パルス面の段差も時間の経過と共に徐々に広げることができる。結果的に、光パルス列を構成するパルス面の時間分布と振幅強度の時間変化は、図20(a)に示すようになる。パルス面に対応する振幅強度が徐々に大きくなるのは、再帰反射素子の反射面が徐々に大きくなるためである。
【0065】
この光パルス列に基づいてテラヘルツ波を発生させると、図20(b)に示すように周期が次第に長くなるテラヘルツ波形が出現する。この周波数の時間変化を図20(c)に示す。図20(c)に示すように、時間の経過と共にテラヘルツ波の周波数が変調されていることが分かる。なお、言うまでも無いが、再帰反射素子のサイズ(幅)を配列方向に単調に減少させれば、パルス面の時間間隔が徐々に狭まり、かつ、振幅強度が徐々に小さくなる光パルス列を生成することもできる。
【0066】
このように、図19に示す再帰反射素子配列器110を用いると、図12で説明したような再帰反射素子配列器35の傾斜角の調整を用いなくても、周波数を掃引して分光測定を行うことができる。ただし、各周波数の単色性を高めるためには、図14で示したような光パルス幅の調整機構を付加することが望まれる。
【0067】
(他の実施例)
前述した実施例の場合には、偏向性分離器と偏光面回転器を実装するテラヘルツ波生成装置について説明した。しかしながら、電磁波の分離に偏向面の違いを利用しない分離器を使用する場合には、偏向面回転器を用いない構成も考えられる。
【0068】
また、前述の実施例の場合には、電磁波拡大器22又は拡大器32を用いる場合について説明した。しかし、電磁波パルス源21や光パルス源31から射出されるビーム径が十分大きい場合には、必ずしも電磁波拡大器22や拡大器32を使用しなくても良い。
【0069】
(実験例と測定結果)
以下では、実証実験の結果を示す。実験では、光パルス源として、近赤外線のチタン・サファイアパルスレーザーを使用した(中心波長:800 nm、パルス幅:200fs(fsは「フェムト秒」の意。1フェムトは10の−15乗)、パルス発生繰り返し周波数:90MHz)。再帰反射素子配列器35には、コーナーキューブアレーを採用した。なお、実験装置では、5個のコーナーキューブを配列したアレーを使用し、単一のコーナーキューブの開口径は4mm、配列間隔は4mmとした。また、近赤外線からテラヘルツ波を生成する波長変換器81には光伝導半導体素子を使用した。光パルス列の測定にはオートコリレーターを使用し、テラヘルツ波時間波形の計測には電気光学サンプリング装置を使用した。
【0070】
図21に、オートコリレーターによる光パルス列の自己相関波形の計測結果を示す。この自己相関波形には、7つのパルスが1.2ピコ秒で等間隔に配列していることから、実際には、パルスが少なくとも4つ含まれており、それらが1.2ピコ秒間隔で配列されている光パルス列が形成されたと推測できる。
【0071】
図22に、再帰反射素子配列の傾斜角度に対する、光パルス列に含まれるパルスの時間間隔の変化を、実験値と計算値で比較して示す。傾斜角度を大きくするに従って、パルスの時間間隔が長くなっており、実験値は計算値に非常に近い結果となっていることがわかる。
【0072】
図23に、テラヘルツ波時間波形の計測結果を示す。図23(a)は光パルス列から発生されるテラヘルツ波形であり、図23(b)は単発パルスから発生したテラヘルツ波形である。光パルス列により生成したテラヘルツ波形の場合、連続した振動が6psの間隔で現れており、振動の周期が5つ確認できる。これに対して、単発パルスによる生成したテラヘルツ波形の場合、テラヘルツ波も単一の振動として現れていることが分かる。この事実は、図11で予測された広帯域特性と狭帯域特性の関係と一致する。
【0073】
図24に、図23(a)及び(b)の各波形をフーリエ変換して得られる強度スペクトルの比較結果を示す。図24では、単発パルスに起因するテラヘルツ波の波形を点線で示し、パルス列に起因するテラヘルツ波の波形を実線で示す。図24に示すように、単発パルスに起因するテラヘルツ波のスペクトルは、0.1THzから1.7THz付近まで広い帯域に及んでいるのに対して、パルス列に起因するテラヘルツ波のスペクトルは、0.8THz付近に集中し、その帯域幅は単発パルスの場合の半値の200GHzである。このように、光パルス列を用いると、狭帯域のテラヘルツ波を発生できることが実証された。
【0074】
(従来例との実施例の比較)
最後に、従来装置と実施例装置による光パルス列を生成手法の違いについて詳細に説明する。なお、従来装置として、空間光変調器を利用する装置と複屈折結晶を利用する装置について説明する。これらの従来装置は、単一の光パルスから複数のパルスで構成される光パルス列を生成してテラヘルツ波を発生するのに利用されている。
【0075】
図25に、空間光変調器を利用した従来装置の構成例を示す。この装置は、単一の光パルスを回折格子121に照射して、各波長成分に分散させ、各波長成分の光をレンズ122で空間光変調器123へ集光する。空間光変調器123を透過した各波長成分の光をレンズ124で平行光束にし、回折格子125に照射して全ての波長成分の光を同軸上に戻す。なお、空間光変調器123は制御装置126の制御を受ける。
このとき、空間光変調器123によって特定の波長成分の位相を調整することにより、回折格子125で反射した後に出力される光の時間波形を任意に変形することができる。
【0076】
しかし、この手法は、回折効率が70%程度の回折格子を2つ用いる必要があるため、装置の出力光強度が入力光の50%程度まで減少する。すなわち、従来装置は、効率が低いという問題がある。また、この従来装置の主要部品である空間光変調器123が非常に高価な精密装置であるため、従来装置全体のコストが高くなる(約250万円)という問題もあった。
【0077】
これに対し、前述した実施例装置の場合には、再帰反射素子配列器という非常に安価で入手しやすい(3000円程度)部品を用いて構成できるため、装置全体のコストを抑えることができる。また、実施例装置は、単なる光の反射を利用しており、反射面での反射率を100%に限りなく近づけることが可能であり、よって、光の損失はほとんどなく、装置全体の効率が高いという優位性もある。
【0078】
図26及び図27に、複屈折結晶を利用した従来装置の構成例を示す。複屈折結晶とは、入射光の偏光方向によって屈折率が異なる一般的な光学材料を示す。図26のように、縦横両方の偏光成分を有する単一の光パルスを複屈折結晶131に透過させると、縦と横で屈折率が異なるため伝搬速度に差が生じ、結晶から放出された後の縦成分と横成分とで時間差が生じて、これを偏光子132に通して斜め成分のみを抽出すると、光パルス列が生成される。
【0079】
この処理を直列に複数回行う手法が図27に示す従来装置である。図27では、長さが異なる複屈折結晶131を用いることで、1つから2つ、2つから4つ、4つから8つと徐々に倍数の光パルス列が生成される。
【0080】
しかし、この従来装置の欠点は、光パルス列に含まれる光パルスの時間間隔が、複屈折結晶131の長さで決定されるため、テラヘルツ波の周波数同調に利用する場合には、長さの異なる結晶に交換しなければならず、同調に手間がかかり、同調速度も極端に遅くなる問題がある。勿論、この問題はテラヘルツ波の生成時に限らず、パルス列に周波数同調が求められる場合に共通する問題である。また、分散性の高い複屈折結晶131を利用する場合は、分散によって光パルスのパルス幅が極端に広がりすぎて、分散を補償する機構を付加する必要があるという問題もある。
【0081】
これに対し、前述した実施例装置の場合には、再帰反射素子配列器を光パルスに対して傾斜させるだけという非常に簡単な方法で光パルス列を生成できるともに、その傾斜角によりの光パルス同士の時間間隔を調整できるため、テラヘルツ波周波数の高速同調を実現できるという点で優位性が高い。さらに、反射のみでは光パルスのパルス幅は拡大されないので、極端な分散を補償する機構も必要がない。
【符号の説明】
【0082】
1…単発パルス、2…パルス列、20…電磁波パルス列生成装置、21…電磁波パルス源、22…電磁波拡大器、23…偏向性電磁波分離器、24…偏向面回転器、25…再帰反射素子配列器、26…電磁波集束器、30…光パルス列生成装置、31…光パルス源、32…拡大器、33…偏光性分離器、34…偏向面回転器、35…再帰反射素子配列器、36…集光器、80…テラヘルツ波生成装置、81…波長変換素子、90…パルス幅調整器、100…テラヘルツ波生成装置、101…再帰反射素子配列器、102…偏向面回転器、103…偏向性分離器、104…偏向面回転器、110…再帰反射素子配列器、121…回折格子、122…レンズ、123…空間光変調器、124…レンズ、125…回折格子、126…制御装置、131…複屈折結晶、132…偏向子。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
単発の電磁波パルスを出力する電磁波パルス源と、
前記電磁波パルスのビーム径内に少なくとも複数の再帰反射素子が配列するように、前記複数の再帰配列素子の配列面を前記電磁波パルスの入射側のパルス面に対して斜めに配置され、電磁波パルスの入射方向に階段状のパルス面を有する複数の電磁波パルスを反射する再帰反射素子配列器と、
前記電磁波パルス源から入射される電磁波パルスを前記再帰反射素子配列器の方向に射出すると共に、前記再帰反射素子配列器から入射される前記複数の電磁波パルスの少なくとも一部を前記電磁波パルス源とは異なる方向に反射する電磁波分離器と、
前記電磁波分離器において反射された複数の電磁波パルスを集束し、焦点位置に電磁波パルス列を生成する電磁波集束器と
を有する電磁波パルス列生成装置。
【請求項2】
請求項1に記載の電磁波パルス列生成装置において、
前記再帰反射素子配列器の配列面の傾斜角を、入射される電磁波パルスのパルス面に対して調整する傾斜角調整手段
を有することを特徴とする電磁波パルス列生成装置。
【請求項3】
請求項1に記載の電磁波パルス列生成装置において、
前記再帰反射素子配列器は、反射面の傾斜方向にサイズが異なる複数の再帰反射素子を配列した構造を有する
ことを特徴とする電磁波パルス列生成装置。
【請求項4】
請求項3に記載の電磁波パルス列生成装置において、
前記複数の再帰反射素子のサイズは、傾斜方向への再帰反射素子の並び方向に単調に増加又は減少する
ことを特徴とする電磁波パルス列生成装置。
【請求項5】
請求項1に記載の電磁波パルス列生成装置は、
入射される前記複数の電磁波パルスのパルス面とは異なる方向に傾斜角が調整される、複数の再帰反射素子の2次元配列面を有する第2の再帰反射素子配列器を更に有し、
前記電磁波集束器は、前記第2の再帰反射素子配列器から射出される複数の電磁波パルスを集束する
ことを特徴とする電磁波パルス列生成装置。
【請求項6】
請求項1に記載の電磁波パルス列生成装置において、
前記電磁波パルス源から射出される又は射出された電磁波パルスのパルス幅を調整するパルス幅調整手段
を有することを特徴とする電磁波パルス列生成装置。
【請求項7】
請求項1に記載の電磁波パルス列生成装置は、
前記電磁波パルス源から射出された電磁波パルスのビーム径を拡大する電磁波拡大器
を有することを特徴とする電磁波パルス列生成装置。
【請求項8】
請求項1に記載の電磁波パルス列生成装置において、
前記電磁波分離器は偏向性分離器であり、前記再帰反射素子配列器と前記電磁波分離器の伝搬経路上には偏向面を回転する偏向面回転器を有する
ことを特徴とする電磁波パルス列生成装置。
【請求項9】
請求項1に記載の電磁波パルス列生成装置は、
前記電磁波パルス列を入射してテラヘルツ波を発生する波長変換素子を有する
ことを特徴とする電磁波パルス列生成装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【公開番号】特開2011−112778(P2011−112778A)
【公開日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−267643(P2009−267643)
【出願日】平成21年11月25日(2009.11.25)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】