説明

青色に発光する蛍光体とその製造方法および利用

【課題】 厚さ方向にはナノサイズであるが、面方向には十分な広がりの粒径をもった板状体の結晶体であって、紫外線の照射を受けて青色の光を発する蛍光体を提供する。この蛍光体を使用して、記録の偽造防止のためのセキュリティ印刷に適した塗料を提供する。
【解決手段】 K2O・Al23・2SiO2・xH2Oの組成を有し、六角板状の結晶形態をもつ「リンデQ」型ゼオライトを、その中のKイオンとCe3+イオンとのイオン交換を行なったのち、濾過、洗浄、乾燥をへて、非酸化性の雰囲気下に900℃近辺の温度で焼成することにより、ゼオライトの結晶構造を破壊して非晶質にするが、板状の結晶の外形は維持した焼成体を得る。焼成体は板状の蛍光体であって、295nmの紫外光で励起すると、410nm付近にピークを有する青色の蛍光を発する。この板状の蛍光体をビヒクルに分散させれば、蛍光塗料が得られ、セキュリティ印刷に使用できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紫外光による励起を受けて青色に発光する蛍光体に関する。この蛍光物質は、六角板状の形状を有する非晶質体である。本発明はまた、この蛍光体を、ゼオライトのイオン交換および焼成により製造する方法にも関する。本発明はさらに、この蛍光体が板状であるという特徴を利用した、すぐれた塗布性と隠蔽性を有する蛍光インキ、ならびに、この蛍光体を使用したフラットディスプレイ、有価証券および各種製品ラベルの偽造防止技術にも関する。
【背景技術】
【0002】
ゼオライトは、そのキャビティ(細孔)内に発光中心となる希土類元素をイオン交換により均一に分散させることが容易であることから、ゼオライトを母結晶ないし原料に用いた蛍光体が、多数知られている。ゼオライトを使用した蛍光体の技術を概観すれば、つぎのとおりである。
【0003】
まず、希土類金属のイオンを、ゼオライトキャビティに混入した配位子と錯体を形成させ、この配位子を希土類金属の発光輻射線より低い波長範囲において励起電磁線を吸収できるように、電子構造に関して希土類金属を選定し、かつ、配位子のトリプレットレベルを希土類金属の放射レベルより上にするという原理が開示された(特許文献1)。希土類元素としてはさまざまなものが使用可能であるが、とくにユーロピウムEuが有用であることが知られている。Euや、Tbのイオンを含むゼオライトに、酸化モリブデン、酸化タングステン、酸化ニオブ、酸化タンタルなどの遷移金属酸化物を加えたものも提案された(特許文献2)。
【0004】
ゼオライト中の水分の存在は励起を妨げるので、ゼオライトのイオン交換をしたのち焼成して、ゼオライト構造を非晶質化するか、または他のアルミノケイ酸塩構造の化合物に変換するか、希土類金属を有機配位子と錯体化するかのいずれかを行なう必要があり、この処理を経て、蛍光体として機能するようになる。蛍光体の製造時に水分を除去しても、使用中に水分を環境から再度取り込んでしまえば、蛍光体は、蛍光を発する機能を失う。これを防止して、蛍光を発する機能を維持するため、ゼオライトに水分が再吸着しないような手段が考えられている。たとえば、ビピリジンのような有機化合物を用いてEuと錯体を形成させて、Y型ゼオライトの内部に位置させるということが試みられた(非特許文献1)。
【0005】
一方、ゼオライト細孔内に金属酸化物−希土類金属からなる蛍光体を均一に分散させた蛍光体材料も提案された(特許文献3)。ただしこれは、ゼオライトそのものに蛍光特性を付与するものではない。
【0006】
前記した蛍光性能の維持という目的を達する技術としては、ゼオライト単結晶に発光マトリックス用金属酸化物、具体的にはスズ、亜鉛またはインジウムの酸化物に、発光中心用希土類金属との複合体を担持させたものもある(特許文献3)。発明者らの一部は、フォージャサイト型ゼオライトをEu3+でイオン交換したのち、焼成してなる蛍光体を開示した(特許文献4)。
【0007】
この蛍光体を、粒子形状が均一であって粒径の制御が容易であり、粒径が小さくても強い発光が得られるものとして得るため、アルミノシリケート系非晶質マトリックス中に、セラミックスの結晶微粒子を分散させた複合体とする提案もある(特許文献5)。ただしこれは、ゼオライト由来のシリカとアルミナの非晶質マトリックス中に、蛍光体であるセラミックス微粒子を分散させる方法であり、ゼオライト構造を保持した蛍光体を与えるものではない。
【0008】
フィールドエミッションディスプレイ用の蛍光体に代表される、いわゆる次世代蛍光材料には、高発光効率に加えて、低速電子線のようなエネルギーの低い電磁波で励起できるという特性が要求される。この目的には、ナノサイズの蛍光体が適当であるが、従来の蛍光体を単にナノサイズ化すると、表面積の増大に伴う発光強度の減少が避けられない。この問題を解決する途は、蛍光体を厚さ方向にだけナノサイズであって、面方向には大きな板状体にすることである。
【0009】
また、有価証券や製品ラベル等には、偽造防止技術(セキュリティ技術)として、蛍光体を使用した印刷や、紙そのものが発光するセキュリティペーパーを用いることが行なわれている。この目的に適した蛍光体としては、紫外線励起可視光発光蛍光体が好適であるとして使用されている。セキュリティ技術に利用する蛍光体は、紙をはじめとする媒体の上に印刷ないし塗布して使用することから、塗布性、遮蔽性が高い板状の粒子であることが好ましい。
【0010】
このように、さまざまな分野において、板状の蛍光体が求められている。しかし、従来の酸化物系または硫化物系の蛍光体を製造する方法は、固相反応法やフラックス法であって、これらの方法で、結晶形態や粒径を制御することは困難である。
【0011】
これまで板状の蛍光体として知られているのは、ホウ酸塩系のa(M11−x223・B23(MはY,LaまたはGd、M2はEu,TbまたはCe、0.005≦x≦0.2、0.5≦a≦2)の組成式により表される化合物であるが(特許文献6)。得られる蛍光体粒子は、最大径1〜5μm、厚さ0.05〜0.5μmとのことであるが、形態や粒径の制御は容易でない。
【0012】
発明者らは、厚さ方向にはナノサイズであるが、面方向には十分な広がりをもつ板状体の結晶であって、比較的弱い励起電磁波によっても高い輝度の発光をするものを開発し、すでに提案した(特許文献7)。この蛍光体は、「リンデQ」型ゼオライトを基質とし、そのKと希土類金属イオンとをイオン交換したのち、焼成してなるものであって、その蛍光スペクトルのピークは、希土類金属としてユーロピウムEuを使用したものは610nm(赤色)、テルビウムTbを使用したものは540nm(緑色)、ツリウムTmを使用したものは453nm(青色)である。しかしながら、Tmを使用した青色板状蛍光体は発光効率が低く、RGBの三原色をバランスよく揃えるには至らなかった。
【0013】
青色に発光する蛍光体としては、セリウムCe(III)イオンを発光中心とした材料が多数提案されている。その種の青色発光蛍光体のひとつは、ランタンイオンサイトに固溶置換によりセリウムイオンを付活した、ランタン窒化ケイ素蛍光体に関するもの(特許文献8)である。いまひとつは、酸素、カルシウム、マグネシウムまたはアルミニウム、およびケイ素またはイットリウムからなる酸化物にセリウムを固溶した、セリウム含有酸化物に関するもの(特許文献9)である。さらに、バリウム化合物、ケイ素化合物およびセリウム化合物の混合物を、硫化水素または二硫化炭素の雰囲気中で焼成して得た青色発光蛍光体も提案された(特許文献10)。これらの技術は、いずれも、蛍光体の粒径や形態を制御することを含んでいないし、板状形態を有するものは、まだ実現していなかった。
【0014】
別に、シリケート系複酸化物と付活剤とからなる青色発光蛍光体に関し、その粒径を1μm以下に制御する技術がある(特許文献11)。しかしこれも、板状蛍光体を提供する技術ではない。
【特許文献1】特開平05−194941
【特許文献2】特表平11−504064
【特許文献3】特開2003−246981
【特許文献4】特開2005−048107
【特許文献5】特開2005−314573
【特許文献6】特開2002−309245
【特許文献7】特開2008−069290
【特許文献8】特開2003−096446
【特許文献9】特開2005−330348
【特許文献10】特開2006−265501
【特許文献11】特開2007−191588
【非特許文献1】Journal of Luminescence 72−74(1997)532−534
【0015】
このように、板状の蛍光体であって、強い青色の発光を示すものは、これまで得られていなかった。そこで発明者らは、板状の形状を有するゼオライトを母結晶として利用し、これに青色の発光をするセリウム(III) をイオン交換により保持させたものに立ち戻り、この蛍光体が、大気中の水分の再吸着や酸素によるCeイオンの酸化によって発光強度が減少することを防止する手段を求めて研究を続けた。その結果、板状形態のゼオライトの構造中に発光中心となるCeイオンを均一に分散させ、つづく焼成時にCeイオンが酸化されることを防ぎつつ母結晶の粒径および形態を保って焼成を行ない、ゼオライト構造を分解して非晶質化し細孔をつぶすことによって、使用中のCeイオンが酸化されることも防止でき、蛍光体が耐久性を獲得することを見出した。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明の基本的な目的は、上記した発明者らが得た新たな知見を活用し、さきに提案した板状蛍光体、すなわち厚さ方向にはナノサイズであるが、面方向には十分な広がりをもった板状の蛍光体に関する技術を発展させ、紫外光の照射によって青色光を蛍光として発し、その発光強度が実用上十分に高く、かつ耐久性に富んだ板状蛍光体と、その製造方法を提供することにある。
【0017】
本発明の応用面での目的は、この板状蛍光体を使用した塗膜の形成に適した印刷インクを提供することであり、さらに、そのインクで形成した塗膜の形成により偽造防止処理を施した書類を提供するとともに、この処理を施した書類について、その偽造を検知する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明の青色の蛍光を発する板状蛍光体は、K2O・Al23・2SiO2・xH2Oの組成を有し、六角板状の結晶形態をもつ「リンデQ」型ゼオライトにイオン交換を行なってCe3+イオンを分散させ、かつ、ゼオライト結晶のミクロ構造は破壊して非晶質としてなり、紫外線で励起されて青色の蛍光を発する板状蛍光体である。
【0019】
この板状蛍光体を製造する本発明の方法は、K2O・Al23・2SiO2・xH2Oの組成を有し、六角板状の結晶形態をもつ「リンデQ」型ゼオライトを、Ceの可溶性塩の水溶液に浸漬し、温度100℃以下でゼオライト中のKとCe3+イオンとのイオン交換を行なって、少なくとも20%の交換率でCeイオンを存在させたのち、非酸化性の雰囲気下で、850℃以上1000℃未満、好ましくは900℃近辺の温度で焼成することにより、ゼオライトの結晶構造を破壊して非晶質とするが、板状の外形を維持した蛍光体を得ることからなる。
【発明の効果】
【0020】
本発明の蛍光体を特徴づけるものは、セリウム(III) のリンデQ型ゼオライトを基質として選択し、その中のKとCe3+イオンとをイオン交換したのち、Ce3+イオンのCe4+イオンへの酸化を防ぐために非酸化性すなわち不活性または還元性の雰囲気下で焼成し、ゼオライトの結晶構造は破壊するが板状の外形は維持することにある。リンデQ型ゼオライトは、六角板状の結晶形態を有し、厚さ10〜200nm、径0.5〜10μm、アスペクト比5以上のものが容易に合成できる。リンデQ型という、高度に扁平で、厚さ方向にナノサイズである結晶形態のゼオライトを使用することにより、比較的低速な電磁波により励起することができるだけでなく、微細化にともなう発光性能の低下を回避することができる。
【0021】
本発明の効果は、Ce3+イオン交換を行なったゼオライトを、850℃以上1000℃未満、代表的には900℃近辺の温度で、非酸化性雰囲気下に焼成することにより、非晶質化が起こるにもかかわらず、六角板状という結晶の外形が保存されることにある。非晶質化によって焼成後の復水、すなわち水分の再吸着が阻止されるので、使用中の発光強度の減少という問題から開放され、長期にわたって安定した発光を期待することができる。従来の技術、たとえば前記した、発明者らによる特許文献7の技術によって、発光中心となる希土類元素をセリウム(III)イオンとして青色板状蛍光体を製造すると、セリウム(III)が酸化されてセリウム(IV)となり、青色発光しないが、焼成を非酸化性雰囲気で行ない、セリウム(III)イオンの酸化を防ぐことで、高効率な発光特性が実現する。
【0022】
リンデQ型ゼオライトはまた、イオン交換容量が大きく、発光中心となるCe3+イオンを大量に含むことができるから、高い輝度の蛍光体を得ることが容易である。従来の固相反応で製造した蛍光体は、焼成後に粉砕する必要があったが、本発明の蛍光体は前記のように焼成状態で粉末であるから、粉砕する必要がなく、粉砕にともなう問題が生じない。
【0023】
既存の技術による、Ce(III)イオンを発光中心とした青色発光蛍光体は、板状形態ではない。本発明は、六角板状ゼオライトの結晶の外形を維持したまま蛍光特性を付与するものであり、新しい蛍光体である。板状であることにより、その特性を生かして、前記の蛍光塗料ないし印刷インクは、きわめて薄くても明瞭に発光する塗膜を形成することができるから、偽造防止技術にとって有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
板状結晶のゼオライトとしては、リンデQのほかにもクリノプチロライトなどがあり、これらも板状蛍光体の原料となり得るが、リンデQ型ゼオライトは、六角板状の結晶自形を持つだけでなく、イオン交換容量が大きく発光中心となる希土類金属イオンを大量に含有できるという有利さもあって、とくに好適である。リンデQ型ゼオライトは、径0.5〜10μm、厚さ10〜200nm、アスペクト比5以上のものが好ましい。
【0025】
本発明の製造方法の第一の工程は、ゼオライト中にあらかじめ存在するKイオンを青色発光の発光中心となるCe(III)イオンとイオン交換するために、Ce(III)の可溶性塩の水溶液中にゼオライトを分散させてイオン交換させることである。
【0026】
Ceの可溶性塩としては、硝酸塩、塩化物、酢酸塩、硫酸塩などを挙げることができ、入手の容易なものを選んで使用すればよい。ゼオライト中のKとCe3+イオンとのイオン交換は、適宜の濃度をもつ可溶性塩の水溶液にゼオライトを浸漬し、100℃未満の温度に数〜数十時間保持することにより、容易に行なえる。イオン交換率は、蛍光体に実用的な輝度の発光を起こさせるためには、上記のように少なくとも20%が必要であり、90%程度の高い交換率も実現可能である。すなわち、より高い発光強度を追求する場合は70〜90%の高いイオン交換率を、経済性を重視する場合は、所望の発光強度が得られる限度で、40〜70%という低めの値を選択する。到達するイオン交換率は、使用した可溶性塩の濃度にほぼ比例するから、所望のイオン交換率に対して適切な濃度の水溶液を使用すべきである。
【0027】
Ce(III)イオンは、酸化されてより安定なCe(IV)イオンへ変化するため、焼成は非酸化性の、すなわち不活性、好ましくは還元性の雰囲気で行なう。還元性雰囲気は、たとえばヘリウムガス中に5容積%程度のHガスを混合したガスを流通させるなどの手段により、容易に実現する。焼成温度は、六角板状形態を保ちつつ、ゼオライト構造を分解して非晶質とする850℃以上1000℃未満、好ましくは900℃近辺とする。このような処理によって得た青色発光板状蛍光体は非晶質であり、ゼオライト細孔がつぶれた緻密な構造であることから、大気中の酸素によるCe(III)イオンの酸化が防止され、発光特性が長期にわたって維持できる。
【0028】
イオン交換後、水洗、100℃以下で乾燥された試料は紫外線発光が認められるが、青色発光はしない。これは、Ce(III)イオンに配位している水の影響と考えられる。そのためCe(III)イオン交換ゼオライトを焼成し脱水する必要がある。しかしながら、Ce(III)イオンは大気中で焼成すると酸化され、より安定なCe(IV)イオンとなりやすく、そうなると発光特性を示さない。本発明においては、上記した5%H−He還元性ガスまたはNガスなどの不活性雰囲気下で焼成することによって、Ce(III)イオンを維持することができる。
【0029】
従来技術においては、イオン交換後、ゼオライト構造が破壊しない800℃以下で焼成することにより、希土類金属イオンの配位水のみを脱離させた。一般に、ゼオライト構造が保持されていると、脱水状態では発光するが、使用中に復水して、発光しなくなるか、少なくとも発光強度が著しく減衰する。しかし、リンデQ型ゼオライトから出発すれば、脱水状態で発光することはもちろんのこと、復水後も脱水状態と同程度の発光強度を示す。一方、Ce(III)イオン交換ゼオライトでは、ゼオライト構造が保持されていると、Ce(III)イオンは大気により酸化されCe(IV)イオン(おそらくは酸化物CeOとなる)となり、発光特性を維持できない。本発明においては、Ce(III)イオン交換ゼオライトを850℃以上、好ましくは900℃近辺で焼成することにより、ゼオライト構造が破壊され、非晶質化するものの、リンデQ型ゼオライトの結晶の外形が維持され、良好な発光特性を有する蛍光体が板状の形態をもって製造できる。
【0030】
本発明の蛍光塗料ないし印刷インクは、この青色発光する板状蛍光体を適宜のビヒクルに分散させたものである。ビヒクルの選択や、分散濃度の決定は、塗料ないし印刷インクの分野において既知の技術に従って行なうことができる。
【0031】
本発明の蛍光を発する塗膜を形成する方法は、上記の蛍光塗料ないし印刷インクを、板状体が基材の面に沿って配向される塗布手段を用いて基材に塗布し、厚さ方向にナノサイズの板状蛍光体が存在する塗膜を得ることからなる。板状の結晶を基材の面に沿って配向させる手段としては、刷毛塗りやドクターブレードを用いた塗布がある。本発明の蛍光体は板状であるため、それをビヒクルに分散させて得た塗料は、紙などに対する塗布性が高く、高度化が求められているセキュリティ印刷に好適である。
【0032】
本発明の板状蛍光体を添加したコーティング材を紙に塗布すれば、紙そのものが紫外線の励起を受けたときに青色発光をするものとなるから、その紙を使用して書類をつくったり、物品を包装したりすれば、書類や物品の真偽の判別に有用である。このような青色発光をする紙もまた、本発明に含まれる。
【0033】
本発明の偽造防止処理を施した書類は、偽造を防止すべき書類を基材とし、その表面に上述した塗膜形成を行なうことによって得られる。偽造を防止すべき書類は、有価証券、製品ラベルそのほか操業日誌のように記録の改ざんを防止すべきものなど、多岐にわたる。形成した塗膜はきわめて薄いから、その存在自体が視認できず、偽造防止処理を施した書類であることからして、気づかれにくい。
【0034】
本発明の書類の偽造を検知する方法は、上述のようにして偽造防止処理を施した書類に対して紫外線を照射し、励起された発光体から生じる青色光を検出することからなる。真正な書類であれば、青色光を発することによりそれが確認できる。発光効率が高いから、蛍光の発光は容易に認識できる。励起光と発光光との間で波長領域が異なるため、両者を遮断するための対策をとる必要がない。
【実施例】
【0035】
平均粒径1.17μm、厚さ約100nmの六角板状結晶形態を有するK型リンデQゼオライト(以下、「リンデQ」と略称する)を合成した。硝酸セリウムCe(NO3)3の濃度を0.025,0.05,0.1,0.15,0.2および0.25mol/Lに選んだ水溶液各60mLに、上記のリンデQを8gずつ投入し、90℃に24時間保持して、イオン交換処理を行なった。メンブランフィルターにより濾過し、蒸留水で洗浄後、50℃で乾燥して、セリウム交換リンデQを得た。(以下、「イオン交換試料」という。)
【0036】
上記のイオン交換試料を酸で分解し、誘導結合プラズマ発光分析装置(島津製作所製「ICPS−8000」)によりCeおよびKを定量して、イオン交換率を求めた。その結果は、つぎの表1に示すとおりであって、No.4すなわちCe水溶液濃度が0.15mol/L付近までは、水溶液の濃度に比例したイオン交換率が得られた。
【0037】
表1

【0038】
No.3のイオン交換試料を白金ルツボに入れ、大気雰囲気中(すなわち酸化性雰囲気中)または5%H−Heガスの還元性雰囲気中、温度900℃において1時間焼成した(「加熱試料」と呼ぶ)。未焼成のイオン交換試料、大気雰囲気加熱試料および還元性雰囲気加熱試料のX線回折測定(マック・サイエンス製「MXP3A」を使用)を行なって、XRDパターンを得た。その結果を図1に示す。
【0039】
図1のXRDパターンによれば、イオン交換試料はゼオライト構造を維持しており、900℃に加熱した試料においては、ゼオライト構造がこわれ始めていることが窺われるが、なおかなり維持されているようである。イオン交換を行なってないK型リンデQゼオライトは、加熱すると400℃で構造が破壊されることが知られているが、EuやTbでイオン交換したゼオライトは熱安定性が増すことが知られており、Ce交換ゼオライトも同様であることが判明した。加熱雰囲気が結晶性の変化に与える影響は、あまり大きくないようである。
【0040】
上記3種の試料について、分光蛍光光度計(日立製作所製「F−2500」)を使用して、波長295nmの紫外光で励起したときの蛍光スペクトルを測定した。その結果を、図2に示す。還元性雰囲気での加熱試料からは、410nm付近に幅広い波長域にわたって発光ピークが見られた。これに対して酸化性雰囲気での加熱試料は、まったく発光がみられない。これは、イオン交換したCe3+が酸化された(おそらくCeOに)ものと考えられる。還元性雰囲気下の加熱試料にブラックライト(λ=365nm)を照射すると、青色の発光が認められた。
【0041】
前記した種々のイオン交換率のイオン交換試料を、いずれも900℃の還元性雰囲気で焼成した加熱試料を用意し、XRDパターンを調べた。その結果を図3に示す。イオン交換率11.3〜80.5%の全体にわたり、ゼオライト構造がほとんど分解して非晶質となっていることがわかった。ただしその中で、イオン交換率47.6%のもの(No.3)は、わずかに回折ピークを示していた。このことから、加熱試料の結晶性はイオン交換率によって異なり、リンデQゼオライトの熱安定性はCe存在量に依存するということができる。
【0042】
上記の、還元性雰囲気において900℃に加熱した、種々のイオン交換率の試料について、励起波長295nmにおける蛍光スペクトルを測定して、図4に示す結果を得た。すべての加熱試料から、410nm付近に発光ピークを有する青色発光が見られた。その発光強度は、イオン交換率が高いほど、すなわちCeの存在量が大きいほど、高くなることがわかった。
【0043】
イオン交換試料の中でイオン交換率が最大の80.5%のものを、種々の温度の還元性雰囲気で焼成した加熱試料について、X線回折測定を行なった。各加熱試料のXRDパターンを、図5に示す。図5のパターンから、80.5%Ce交換リンデQは、800℃の加熱でゼオライト構造を維持しているが、回折ピークが低くなっていることから、結晶構造がこわれ始めていることが推測される。さらに高温の900℃の加熱では、構造が非晶質となることがわかった。
【0044】
上記した還元性雰囲気で焼成した加熱試料のうち、800℃、900℃または1000℃で焼成したものを、走査型電子顕微鏡(日本電子製「JSM−6100」)で観察した。図6に、試料のSEM画像を示す。図6のSEM画像から、900℃までの加熱においては、結晶構造が維持されるか壊れるかにかかわらず、六角板状の形態が保たれることが確認された。1000℃の加熱では、不定形の焼結体となった。
【0045】
イオン交換率が80.5%のイオン交換試料を種々の温度の還元性雰囲気で焼成した加熱試料に対し、波長295nmの紫外光を照射して励起して、分光蛍光光度計(日立製作所製「F−2500」)により蛍光スペクトルを調べた。その結果を、図7に示す。図7にみるとおり、加熱温度200℃までは紫外線発光は微弱であり、これはゼオライト構造中に残っている水分が原因であると考えられる。加熱温度600℃においては、発光が増大して十分な脱水が行なわれたと解される。ところが、加熱温度800℃になると、紫外線発光が急激に減少している。非晶質になった900℃加熱の試料からは、青色発光のピークが現れて来る。この青色発光の強度は、1000℃加熱の試料において、わずかながら増大している。
【0046】
イオン交換率80.5%のイオン交換試料を800℃以上の還元性雰囲気で焼成した加熱試料は、ゼオライト構造を維持していることから、大気中の水分を再吸着して、発光強度が低下する懸念がある。そこで、試料に復水処理を施して、発光特性がどのように変化するかを調べた。復水処理をした600℃加熱試料および900℃加熱試料の、励起波長295nmにおける蛍光スペクトルを、図8に示す。600℃加熱試料は、復水しても、発光特性が維持されることが確認できた。これは、イオン交換をEu3+またはTb3+で行なった場合と同様な結果である。900℃加熱試料は発光特性に変化がなかった。非晶質になっていて、復水することがないためと考えられる。
【0047】
ゼオライトのイオン交換により与えられたCe3+が酸化されてCe4+となり、発光強度が低下することが予想されたので、試料を大気中で200℃に加熱する酸化促進試験を行なって、促進処理後の発光特性を調査した。酸化促進処理した600℃加熱試料および900℃加熱試料の、励起波長295nmにおける蛍光スペクトルを、図9に示す。図9にみるとおり、900℃加熱試料は、酸化促進処理の後も、発光特性を維持していた。この試料は非晶質になっているため、Ce3+が酸化されなかったものと解される。これに対し、600℃加熱試料は発光が全く失われた。この理由は、試料がゼオライト構造であるため、Ce3+がCe4+に酸化されたことにあると思われる。
【0048】
以上の実験結果から、つぎのことが結論された。
1)リンデQゼオライトのイオン交換によって、リンデQの構造内に青色発光の中心となるCe3+を均一に分散させることができる。Ceイオンの交換率は、イオン交換に用いたCe塩溶液の濃度に比例する。
2)Ceイオンで交換したリンデQ(イオン交換率47.6%)を還元性雰囲気で900℃に加熱することによって、波長295nmの紫外光で励起したとき410nm付近にピークを有する青色に発光する蛍光体が得られる。加熱を大気中で行なった試料は発光せず、これはCe3+が酸化されCe4+になったためと思われる。
3)Ceイオン交換リンデQの青色発光ピークは、イオン交換率の増加にともない強くなる。
4)Ceイオン交換により、リンデQの熱安定性が向上する。熱安定性の向上の程度は、Ceイオン交換率に依存する。
5)イオン交換率が80.5%のCe交換リンデQは、加熱温度が800℃までは、ゼオライト構造を維持する。900℃以上に加熱すると、非晶質となる。
6)イオン交換率80.5%のCe交換リンデQは、加熱温度が900℃に至るまでは、ゼオライト構造が維持されるかこわれるかにかかわらず、六角板状の形態を維持する。
7)Ce交換リンデQは、加熱温度により、発光のピーク波長が異なる。加熱温度が高くなるにつれてピーク波長は長波長側にシフトし、900℃の加熱試料からは、励起波長295nmにおいて410nm付近にピークを有する青色の発光がみられる。
8)ゼオライト構造を維持する加熱試料は、水分を吸着して復水するが、復水後も発光特性を維持する。しかしながら、Ce3+の酸化により、発光特性を喪失する。これに対して非晶質の加熱試料は復水することがなく、かつ、酸化による発光強度の減少もない。
【図面の簡単な説明】
【0049】
図は、いずれも本発明の実施例のデータであって、それぞれ下記の内容である。
【図1】イオン交換試料No.3と、それを大気中または還元性雰囲気(5%H−Heガス)中で900℃に加熱したものについてのXRDチャート。
【図2】未焼成のイオン交換試料、大気雰囲気での加熱試料および還元性雰囲気での加熱試料についての、295nmの紫外光で励起したときの蛍光スペクトル。
【図3】種々のイオン交換率のイオン交換試料を900℃の還元性雰囲気で焼成した加熱試料のXRDパターン。
【図4】種々のイオン交換率のイオン交換試料を900℃の還元性雰囲気で焼成した加熱試料についての、295nmの紫外光で励起したときの蛍光スペクトル。
【図5】イオン交換率が80.5%のイオン交換試料を、種々の温度の還元性雰囲気で加熱した加熱試料のXRDチャート。
【図6】イオン交換率が80.5%のイオン交換試料を、800℃、900℃または1000℃の還元性雰囲気で焼成した加熱試料のSEM画像。
【図7】イオン交換率が80.5%のイオン交換試料を種々の温度の還元性雰囲気で焼成した加熱試料を、波長295nmの紫外光で励起したときの蛍光スペクトル。
【図8】イオン交換率80.5%のイオン交換試料を、600℃または900℃の還元性雰囲気で焼成した加熱試料に復水処理を施し、波長295nmの紫外光で励起したときの蛍光スペクトル。
【図9】イオン交換率80.5%のイオン交換試料を、600℃または900℃の還元性雰囲気で焼成した加熱試料を、大気中で200℃に加熱する酸化促進処理を施し、波長295nmの紫外光で励起したときの蛍光スペクトル。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2O・Al23・2SiO2・xH2Oの組成を有し、六角板状の結晶形態をもつ「リンデQ」型ゼオライトにイオン交換を行なってCe3+イオンを分散させ、かつ、ゼオライトの結晶構造を破壊して非晶質としてなり、紫外線で励起されて青色の蛍光を発する板状蛍光体。
【請求項2】
請求項1に記載した板状蛍光体を製造する方法であって、K2O・Al23・2SiO2・xH2Oの組成を有し、六角板状の結晶形態をもつ「リンデQ」型ゼオライトを、Ceの可溶性塩の水溶液に浸漬し、温度100℃以下でゼオライト中のKとCe3+イオンとのイオン交換を行なって、少なくとも20%の交換率でCeイオンを存在させたのち、非酸化性の雰囲気下で850℃以上1000℃未満の温度で焼成することにより、ゼオライトの結晶構造を破壊して非晶質とするが、板状の外形を維持した蛍光体を得ることからなる製造方法。
【請求項3】
非酸化性の雰囲気下の焼成を、850℃以上1000℃未満の温度において行なうことにより、六角板状の結晶の外形を維持した蛍光体を得る請求項2の製造方法。
【請求項4】
非酸化性の雰囲気下の焼成を、900℃近辺の温度において行なう請求項3の製造方法。
【請求項5】
請求項1に記載した板状蛍光体をビヒクルに分散させて形成した蛍光塗料または印刷インク。
【請求項6】
請求項5の蛍光塗料または印刷インクを、板状体蛍光体が基材の面に沿って配向される塗布手段を用いて基材に塗布し、厚さ方向にナノサイズの板状蛍光体が存在する塗膜を得ることからなる板状蛍光体の塗膜形成方法。
【請求項7】
偽造を防止すべき書類を基材とし、その表面に請求項5に記載した蛍光塗料または印刷インクの塗膜を形成して得た、偽造防止処理を施した書類。
【請求項8】
偽造を防止すべき書類が、有価証券または製品ラベルである請求項7の偽造防止処理を施した書類。
【請求項9】
請求項7に記載の偽造防止処理を施した書類に対して紫外線を照射し、励起された発光体から生じる青色光を検出することからなる偽造を検知する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−190297(P2011−190297A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−55172(P2010−55172)
【出願日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年9月16日 社団法人 日本セラミックス協会発行の「第22回秋季シンポジウム 講演予稿集」に発表
【出願人】(591100563)栃木県 (33)
【出願人】(000160407)吉澤石灰工業株式会社 (38)
【Fターム(参考)】