説明

非鉛系圧電性物質及び非鉛系圧電性物質の製造方法

【課題】アルカリ金属等にかかる未反応成分等の残存イオン分を少なくした非鉛系アルカリ含有圧電性物質を更に改良して、該物質中にわずかに残存する水に可溶なアルカリ金属等にかかる未反応成分等のイオン溶出を抑制した、圧電体として利用した場合に、より安定した圧電特性を実現できる非鉛系アルカリ含有圧電性物質を提供すること。
【解決手段】アルカリ金属元素或いはアルカリ土類金属元素を構成成分として含んでなる圧電性能を有する粉末状の焼成物からなる非鉛系圧電性物質において、その粒子表面がカルボキシ基を有する親油性物質で撥水処理されていることを特徴とする非鉛系圧電性物質及び、その製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、振動子、アクチュエーター、センサー、フィルタなどの製造に好適に利用できる、アルカリ金属元素或いはアルカリ土類金属元素を構成成分として含む非鉛系圧電性物質、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、圧電性物質には、PZT(ジルコン酸鉛とチタン酸鉛の固溶体)、PLZT(PZTにランタンが添加されたもの)など、鉛系のものが使用されていたが、原料として鉛を使用するため、製造時の鉛の飛散、環境面への配慮から、環境に優しい非鉛系のものへの代替が切望されている。
【0003】
非鉛系圧電性物質の主なものとしては、チタン酸バリウム(BT)、チタン酸ビスマス・ナトリウム(BNT)、チタン酸ビスマス・カリウム(BKT)及びそれらの混晶系や、ニオブ酸ナトリウム、ニオブ酸カリウム、ニオブ酸リチウム及びそれらの混晶系がある。これらは、いずれもペロブスカイト型結晶系に属する化合物である。
【0004】
上記したような非鉛系圧電性物質は、アルカリ金属元素及びアルカリ土類金属元素(以下、アルカリ金属等という)を含む原料を、ボールミルなどの粉砕機で粉砕混合したのち、800℃〜1000℃で焼成して得られるが、製造後の製品中にアルカリ金属等の原料成分が未反応物(結晶の構成成分となっていない状態を意味する)として残留する場合が少なくない。アルカリ金属等にかかる未反応成分は、イオン化しやすく、これらの未反応成分が残存している圧電性物質を用いた圧電体の電気的特性や経時安定性を損ねる原因となっていた。かかる課題を解決するためには、これらアルカリ金属等にかかる未反応成分が、製造された圧電性物質内に残留しないように、製造段階で充分に除去されなければならない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
これに対して、アルカリ金属等にかかる未反応成分はイオン化し易いため、非鉛系圧電性物質から、これらの成分を除去することは難しく、現在製造されている非鉛系圧電性物質においては、アルカリ金属等にかかる未反応成分が充分に除去されているとはいえなかった。これに対して、本発明者らは、製造の最終工程で水洗することができるように構成することで、アルカリ金属等にかかる未反応成分等の残存イオン分が少なく、従来の鉛系圧電性物質と同等の特性を達成した実使用に耐え得る非鉛系圧電性物質の製造が簡便にできることを見いだし、アルカリ金属等を構成成分としてなる非鉛系圧電性物質の製造方法、及び非鉛系圧電性物質を提案している(特願2004−196084)。
【0006】
しかしながら、PZTなどの従来の鉛系圧電性物質を、それに比べ高価なアルカリ金属等の成分を含む非鉛系圧電性物質で代替していくためには、アルカリ金属等を構成元素として含む非鉛系圧電性物質(以下、非鉛系アルカリ含有圧電性物質という)の更なる特性の向上が求めらる。上記した製造方法では、製造の最終工程で水洗することで、より充分にアルカリ金属等にかかる未反応成分等の残存イオン分を除いており、この結果、優れた特性の非鉛系アルカリ含有圧電性物質を得ている。
【0007】
本発明は、上記した点に鑑みなされたものであって、上記で述べたアルカリ金属等にかかる未反応成分等の残存イオン分を少なくした非鉛系アルカリ含有圧電性物質を更に改良して、該物質中にわずかに残存する水に可溶なアルカリ金属等にかかる未反応成分のイオン溶出を抑制した、圧電体として利用した場合に、より安定した圧電特性を実現できる非鉛系アルカリ含有圧電性物質を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的は、下記の本発明によって達成される。即ち、本発明は、アルカリ金属元素或いはアルカリ土類金属元素を構成成分として含んでなる圧電性能を有する粉末状の焼成物からなる非鉛系圧電性物質において、その粒子表面がカルボキシ基を有する親油性物質で撥水処理されていることを特徴とする非鉛系圧電性物質である。
【0009】
上記した非鉛系圧電性物質の好ましい形態としては、下記のものが挙げられる。上記において、親油性物質が脂肪族カルボン酸系物質である非鉛系圧電性物質である。また、上記いずれかの構成において、親油性物質が、非鉛系圧電性物質に対して0.1〜5.0質量%含まれている非鉛系圧電性物質である。
【0010】
本発明の別の形態は、アルカリ金属元素或いはアルカリ土類金属元素を構成成分として含んでなる圧電性能を有する粉末状の非鉛系圧電性物質を製造する方法において、原料を充分に粉砕混合した後、該混合物を800〜1100℃で焼成する工程と、粉末状の焼成物の粒子表面をカルボキシ基を有する親油性物質で撥水処理する工程とを有することを特徴とする非鉛系圧電性物質の製造方法である。上記非鉛系圧電性物質の製造方法の好ましい形態としては、上記撥水処理工程において、粉末状の焼成物に水を加えて解膠し、得られたスラリーに、カルボキシ基がアルカリ塩である親油性物質の水溶液を加えて更に解膠する非鉛系圧電性物質の製造方法が挙げられる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、非鉛系アルカリ含有圧電性物質でありながら、結晶性が高く、アルカリ金属等にかかる未反応成分の残留がかなり低く抑えられて安定であり、しかも、物質中に水に可溶なアルカリ金属等にかかる未反応成分がわずかに残存していても、イオンの溶出が有効に防止される、より安定した圧電特性を実現した圧電体を得ることができる非鉛系アルカリ含有圧電性物質が提供される。即ち、本発明によれば、圧電体として使用した場合に、従来の鉛系圧電性物質であるチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)を使用した場合と同等、更にはそれ以上の電気的特性や経時安定性を得ることが可能な、非鉛系アルカリ含有圧電性物質が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
次に、好ましい実施形態を挙げて、本発明を更に詳細に説明する。まず、下記に、本発明に至る経緯を説明する。本発明者らの検討によれば、例えば、アルカリ金属等を構成成分とするチタン酸バリウムとチタン酸ビスマス・カリウムの混晶系等の非鉛系圧電性物質を従来の方法で製造した場合には、合成(焼成)時に、原料成分であるアルカリ金属等が完全に固溶せずに、一部未反応分として残存する。また、焼成による固相反応では、アルカリ金属等が一種のフラックス(融剤)物質として働くため、できた粒子が大きくなるので、使用にあたっては、使用可能なレベルまでボールミルなどで粉砕することを要する。そして、この工程中に衝撃により結晶が壊れ、アルカリ金属等やその他の残存物質が結晶系外に出てくることが起こる。このような非鉛系圧電性物質を用いて形成された圧電体を、種々の用途で使用すると、アルカリ金属等などの未反応の残存物質がイオンとして働くため、圧電特性などの電気的特性や経時安定性を著しく損ねることが起こる。
【0013】
上記の課題を解決するためには、非鉛系アルカリ含有圧電性物質を充分に洗浄し、未反応のアルカリ金属等や、その他のイオンなどの残存成分を除去する必要がある。これらの残存成分は、水に可溶なイオン性物質がほとんどであるため、水による洗浄が一番良いと考えられる。しかしながら、非鉛系アルカリ含有圧電性物質は、アルカリ金属等が固溶してなるものであるため、水に対して溶解性があり、残存成分の充分な洗い出しが行えない状況にある。本発明者は、そうした点を充分に考慮し、原料の混合粉砕の均一性を向上させ、これを焼成した後、更に、得られた焼成物を粉砕し、その後に焼成を行うことを1回以上行うことで、非鉛系アルカリ含有圧電性物質の結晶性を高めて、未反応のアルカリ金属等の残存がかなり低く抑えられ、最終工程で、水による洗い出しを可能とし、この結果、特性に優れた非鉛系アルカリ含有圧電性物質が得られることを見いだした。
【0014】
本発明者らは、上記した技術を更に発展させ、より優れた特性の非鉛系アルカリ含有圧電性物質を提供すべく更なる検討を重ねた結果、粉末状の焼成物として得られる圧電性物質を、更に、カルボキシ基を有する親油性物質で処理すれば、撥水効果が高く、僅かに残存している水に可溶なアルカリ金属等にかかる未反応成分等のイオンの溶出が有効に抑制された、優れた特性の非鉛系アルカリ含有圧電性物質が得られることを見いだして、本発明に至った。例えば、本発明によれば、従来の、鉛系圧電性物質であるチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)を使用した場合と同等、更にはそれ以上の、電気的特性や経時安定性を達成した圧電体を得ることが可能になる。
【0015】
本発明において目的とする非鉛系アルカリ含有圧電性物質としては、チタン酸バリウム(BT)、チタン酸ビスマス・ナトリウム(BNT)、チタン酸ビスマス・カリウム(BKT)及びそれらの混晶系や、ニオブ酸ナトリウム、ニオブ酸カリウム、ニオブ酸リチウム及びそれらの混晶系などが挙げられるが、いずれも、その構成元素としてアルカリ金属等を含んでなるものである。以下に、本発明にかかる非鉛系圧電性物質の製造方法及び非鉛系圧電性物質について、チタン酸ビスマス・ナトリウム系物質(以下では、BNT系物質と記す)を例に挙げて説明する。しかし、本発明にかかる非鉛系アルカリ含有圧電性物質やその製造方法、及び効用については、勿論、この系に限定されるものではない。
【0016】
本発明にかかる非鉛系アルカリ含有圧電性物質は、粉末状の焼成物からなるが、その粒子表面がカルボキシ基を有する親油性物質で撥水処理されていることを特徴とする。BNT系物質を撥水処理する際に使用する少なくともカルボキシ基を有する親油性物質としては、特に、脂肪族カルボン酸系物質を用いることが好ましい。これらは、1種または2種以上を混合して用いることができる。脂肪族カルボン酸系物質の中でも、カルボキシ基に対しアルキル基の炭素数が多いものの方が撥水効果が大きく、より効果がある。特に、分子量の大きい、アルキル基の炭素数が7以上の、室温で固体のものを使用した場合に、大きな撥水作用が得られるため、好ましい。脂肪族カルボン酸系物質におけるアルキル基は、直鎖、側鎖を有するもののいずれも使用可能である。ただし、不飽和結合を多く持つアルキル基は、親水効果が大きいため、使用を避けた方がよい。
【0017】
本発明で好適に使用できる脂肪族カルボン酸系物質の具体的なものとしては、例えば、カプリル酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リシノレン酸などが挙げられる。また、他の親油性物質としては、ロジン、各種シランカップリング剤などが挙げられる。これらは、1種または2種以上を組み合わせて使用することができる。
【0018】
以下、上記したような少なくともカルボキシ基を有する親油性物質(単に親油性物質ともいう)を用いて、粉末状の焼成物の粒子表面を撥水処理して本発明にかかる非鉛系アルカリ含有圧電性物質を得る方法について説明する。本発明にかかる非鉛系アルカリ含有圧電性物質は、先ず、各構成元素を含む原料を充分に粉砕混合した後、該混合物を800〜1100℃で焼成して粉末状の焼成物を得た後、焼成物に対して撥水処理を行う。例えば、BNTを製造す場合には、原料として、構成成分である各元素(ビスマス、ナトリウム、チタン)に対応する、酸化物、炭酸塩、水酸化物、塩基性水酸化物などを準備する。具体的には、ビスマス原料には、酸化ビスマス、オキシ炭酸ビスマスなどが使用でき、ナトリウム原料には、水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウムなどが使用でき、チタン原料については、酸化チタンを使用することができる。
【0019】
次に、これらの原料を充分に粉砕混合する。その方法としては、エタノールなどのアルコール類やアセトンなどの有機溶媒を媒体として用い、湿式混合粉砕してもよいし、有機溶剤を使用することなく、乾式で混合粉砕してもよい。先に挙げた各原料の粒度が異なるため、及び成分間の反応性を向上させるために、混合粉砕にあたっては、充分な粉砕混合を行うことが好ましい。具体的には、ボールミルなどのビーズミルによる湿式粉砕や、例えば、乾式アトライター、ヘンシェルミキサー、ハンマーミル、ボールミル、遊星ミルなどボールミルなどの粉砕機を使用して乾式で混合粉砕を行う。
【0020】
次に、得られた混合物を、800℃〜1100℃にて1時間〜5時間程度かけて焼成する。この際、粉砕混合を湿式で行った場合には、乾燥を行った後、焼成する。焼成温度は、800℃以上であれば結晶が充分に成長し、水に対する溶解度が小さく、未反応分の少ない焼成物が得られる。焼成温度が1100℃を超えると、生成物は燒結して、使用の際等に行う粉砕が困難となる。
【0021】
本発明にかかる非鉛系アルカリ含有圧電性物質の製造方法では、上記のようにして得られた焼成物を粉砕した後、該粉砕物を更に800〜1100℃で焼成することをも好ましい形態である。更に、上記の焼成物の粉砕、焼成を繰り返すことも好ましい形態である。このようにすれば、より結晶性の高い焼成物が得られる。上記の際に行う粉砕は、粉砕し過ぎると、焼成によって生成されたペロブスカイト型の結晶構造が破壊されてしまい、イオン性成分の生成を促進するので好ましくない。又、この際の粉砕が不十分であると、次に行う焼成によって粗大粒子の生成が多くなり、使用の際等に過度の粉砕が必要となり、上記同様にイオン性成分の生成が多くなるので好ましくない。
【0022】
上記のようにして得られた焼成物は、結晶性の高い粒度の細かいものであり、アルカリ金属等にかかる未反応成分の残存はほとんどないものである。本発明では、更なる特性の向上を目的として、得られた粉末状の焼成物に対して、前記したような親油性物質を用いて、粒子表面を撥水処理して本発明にかかる非鉛系アルカリ含有圧電性物質を得る。
【0023】
上記の撥水処理の方法としては、前記したような親油性物質を、上記のようにして得た粉末状の焼成物と乾式で混合することが挙げられる。しかし、より大きな効果を得るためには、下記のように、溶媒を使用し湿式で混合して撥水処理することが好ましい。例えば、脂肪族カルボン酸系物質を溶媒中に溶解したものを使用し、粉末状の焼成物を解膠しながら処理することが好ましい。この際に使用する溶媒は、水、アルコールなどが使用可能であるが、作業性、環境適用性を考慮すると、水を使用することが好ましい。水を使用する場合には、親油性物質としては、水に溶解できるものを使用することが好ましい。例えば、脂肪族カルボン酸系物質を用いる場合には、水に対する溶解度の大きい、カルボキシ基をアルカリ塩の基として用いることが好ましい。親油性物質をアルカリ塩として用いた場合には、アルカリ塩の成分が系内に残存するため、最終工程で、これを水洗によって除去することが好ましい。
【0024】
より具体的に、本発明で行う粉末状の焼成物の粒子表面の撥水処理について説明する。先に述べたように、前記のような親油性物質は、アルカリ金属等を含む非鉛系アルカリ含有圧電性物質となる焼成物と乾式で混合粉砕して、該圧電性物質に撥水効果を賦与することも可能であるが、該圧電性物質により大きな撥水効果を発揮させるには、親油性物質を溶媒中に溶解して使用することが好ましい。以下に、特に好ましい形態として、水を媒体として用い、脂肪族カルボン酸系物質を親油性物質とした例について説明する。
【0025】
先に述べたように、脂肪族カルボン酸系物質は、水に対する溶解度の大きいカルボン酸アルカリ塩として用いるとよい。即ち、脂肪族カルボン酸系物質をアルカリ塩として水に溶解したものを親油性物質として用い、先のようにして得た粉末状の焼成物を、下記のようにして撥水処理する。粉末状の焼成物(平均粒子径は通常0.3〜5μm程度である)に水を加え、ホモミキサーなどの解膠機で予め解膠してスラリーとする。このスラリー中に、上記のようにして調製した親油性物質が含有された水溶液を投入して処理を行う。この際、処理を完全なものとするため、上記の状態で更に解膠を継続して、10〜120分程度で処理を完了する。この際に使用する脂肪族カルボン酸系物質の使用量は、その種類によって異なるが、製品となる圧電性物質に対して0.1〜5.0重量%とすることが好ましく、更に好ましくは0.1〜3.0重量%である。この際の使用量が少な過ぎると撥水の効果が充分な圧電性物質が得られない恐れがあり、多過ぎると、過剰の親油性物質が残存してしまい、不経済である。特に、アルカリ塩とした親油性物質を用いた場合には、アルカリ塩の成分が系内に多量に残存することになるため、好ましくない。
【0026】
上記のようにして撥水処理した後に得られる解膠スラリーは、脂肪族カルボン酸系物質のアルカリ塩を親油性物質として用いた場合には、アルカリ塩の成分が系内に残存するため、下記のような水洗を行って、これを除去する必要がある。水洗には、デカンテーションなどの方法を用い、ろ液の電導度が300μs/cm以下になるまで充分に水洗することが好ましい。水洗後、ろ過して得られたペーストを110℃程度の温度で乾燥することで、本発明にかかる非鉛系アルカリ含有圧電性物質が得られる。このようにして得られる粉末状の非鉛系アルカリ含有圧電性物質は、未反応のアルカリ金属等のイオン性成分の残存がわずかであり、しかも、粒子表面が撥水処理されているため、水との接触が有効に防止されていてイオンの溶出がなく、これを圧電体として用いた場合には、より安定な圧電特性の実現が可能となる。
【0027】
上記のようにして得られる粉末状の非鉛系アルカリ含有圧電性物質から溶出するイオン性物質の相対的な差は、顔料試験法JIS−K5101−18:2004による電気抵抗率の測定法に準拠した下記の方法で評価することができる。即ち、これによって、撥水効果を確認できる。上記JIS法は、顔料粉末に関するものであるが、顔料粉末に代えて圧電性物質粉末を検体とする。具体的には、圧電性物質粉末20gと180mlの純水を三角フラスコに秤取し、100℃で5分間煮沸した後、ろ過し、20℃でろ液の電気抵抗率を測定する。この方法では、5分間煮沸することから、粉末内部の可溶性成分を充分に洗い出すことが可能であり、ろ液の電気低効率の測定値によって圧電性物質から溶出してくるイオン性物質の量を、間接的ではあるが相対的に把握することができる。後述するように、上記した本発明の製造方法で得た粉末状の非鉛系アルカリ含有圧電性物質を測定したところ、106Ω・m以上の電気抵抗率を示した。かかる測定値は、従来の鉛系のPZT粉末について測定した場合と同等以上であり、イオン性成分の水中への溶出は殆どなく、圧電体の原料として有効に利用できるものであることが確認できた。
【実施例】
【0028】
以下に実施例及び比較例を挙げて本発明を具体的に説明する。先ず、各実施例で用いるチタン酸ビスマス・ナトリウム系物質及びニオブ酸ナトリウムは、以下の方法により合成した。これらは、粉末状の焼成物として得られる。尚、部は、質量基準である。又、電気抵抗率の測定は、前記した通り、顔料試験法JIS−K5101−18:2004に準拠して行った。
【0029】
(1)「チタン酸ビスマス・ナトリウム−チタン酸バリウム混晶(以下BNT(80)−BT(20)と略す(数字はモル比を示す)の合成」
湿式粉砕混合機として、セラミック製の容量が3リットルのボールミルを用いた。該ボールミルに、あらかじめ分散媒体として直径2ミリのガラス製ビーズを半分量入れ、この中に、焼成原料として、炭酸ナトリウム21.2部、酸化ビスマス93.2部、酸化チタン79.9部、及び炭酸バリウム39.5部を計り取り、更に、媒体としてエタノール600部を入れて、約4時間混合粉砕した。
【0030】
次に、得られた混合粉砕物を乾燥し、得られた乾燥粉末を830℃で3時間焼成した。次に、この焼結が進んだ焼成物を再度3リットルボールミルに入れて、上記したと同様にエタノールを媒体とする湿式粉砕を3時間行った。粉砕終了後、粉砕物を乾燥し、約200部の乾燥粉末を得た。次に、得られた乾燥粉末を更に1000℃で3時間焼成を行い、粉末状の焼成物(平均粒子径1.6μm)を約200部を得た。尚、各実施例に必要な量を確保するために、上記合成を3回繰り返した。
【0031】
(2)「ニオブ酸ナトリウムの合成」
焼成原料として、五酸化ニオブ162部、炭酸ナトリウム(ソーダ灰)64.6部を使用した以外は、前記のBNT(80)−BT(20)と同様の方法により合成した。ニオブ酸ナトリウムの粉末状の焼成物(平均粒子径1.4μm)を約200部を得た。尚、各実施例に必要な量を確保するために、上記合成を3回繰り返した。
【0032】
<実施例1>
先のようにして得た粉末状焼成物である圧電性物質のBNT(80)−BT(20)を500部と、解膠水として水を3,000部容器に入れ、ホモミキサーにて約30分解膠する。これとは別に、撥水処理に用いるための、オレイン酸ナトリウム7.5部を水50部に溶解した親油性物質の水溶液を調製しておく。そして、この水溶液を、前述した焼成物のスラリー中に投入し、更に30分解膠し続けて、撥水処理を完全なものとする。
【0033】
次に、上記のようにして撥水処理を行って得られた解膠液を、デカンテーションにより水洗した。水洗は、デカンテーションの操作を繰返して、水相の電導度が300μs/cm以下になるまで行った。水洗終了後、ヌッチェロート(ブフナーロート)にてこの解膠液をろ過した。そして、ろ別したペーストを110℃で充分に乾燥して、目的とする本実施例の撥水処理した粉末状のBNT(80)−BT(20)を約495部得た。
【0034】
得られたBNT(80)−BT(20)の撥水効果を調べるため、JIS−K5101−18:2004による電気抵抗率を測定した。この結果、撥水処理後のものでは2.4×106Ω・cmであった。また、撥水処理する前のものについても測定を行ったところ、電気抵抗率は1.5×106Ω・cmであった。
【0035】
<実施例2>
撥水処理を行う物質として、ステアリン酸ナトリウム1.5部を使用した以外は実施例1と同様の操作にて撥水処理を行って、目的とする本実施例の撥水処理した粉末状のBNT(80)−BT(20)を得た。得られたBNT(80)−BT(20)について電気抵抗率を測定したところ、4.5×106Ω・cmであった。
【0036】
<実施例3>
粉末状焼成物である圧電性物質としてニオブ酸ナトリウムを500部用い、撥水処理する物質としてオレイン酸ナトリウムを5部使用した以外は実施例1と同様の操作にて撥水処理を行って、目的とする本実施例の撥水処理した粉末状のニオブ酸ナトリウムを得た。そして得られたニオブ酸ナトリウムについて電気抵抗率を測定したところ、3.9×106Ω・cmであった。又、撥水処理しなかったものの電気抵抗率は1.3×106Ω・cmであった。
【0037】
<実施例4>
撥水処理を行う物質として、ステアリン酸ナトリウム1.5部を使用した以外は実施例3と同様の操作にて撥水処理を行って、目的とする本実施例の撥水処理した粉末状のニオブ酸ナトリウムを得た。得られたニオブ酸ナトリウムについて電気抵抗率を測定したところ、5.2×106Ω・cmであった。
【0038】
<比較例1>
上記した実施例1〜4の場合と同様に、市販の鉛系圧電体チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)の電気抵抗率及びろ液のpH値を測定した。この結果、電気抵抗率は2.0×106Ω・mであった。
【0039】
[評価]
表1に各実施例についての電気抵抗率の測定結果を示した。また、測定の際の、ろ液のpHをあわせて示した。更に、各実施例において、電気抵抗率の測定試験前後における純水中の様子を目視で観察してあわせて示した。また、撥水処理を行っていない未処理品、及び比較例1の鉛系圧電性物質のPZTとについても、対比のために表1に示した。表1から明らかに、撥水処理をしたものは、未処理品に比べて電気抵抗率は高くなり、ものによっては未処理品やPZTの2〜4倍になっている。また、撥水処理品のpH値が、未処理品と比べて小さくなっていることから、アルカリ性のイオン物質の溶出が減少していることが分かる。更に、従来の鉛系圧電性物質であるPZTとの比較でも、良好な結果となっていることがわかる。
【0040】

【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明によれば、脂肪族カルボン酸等の親油性物質で撥水処理することにより、アルカリ金属等にかかる未反応成分等のイオンの溶出が有効に抑制された、安定な圧電性能を有する圧電体の形成が可能な粉末状の非鉛系アルカリ含有圧電性物質が提供される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ金属元素或いはアルカリ土類金属元素を構成成分として含んでなる圧電性能を有する粉末状の焼成物からなる非鉛系圧電性物質において、その粒子表面がカルボキシ基を有する親油性物質で撥水処理されていることを特徴とする非鉛系圧電性物質。
【請求項2】
前記親油性物質が、脂肪族カルボン酸系物質である請求項1に記載の非鉛系圧電性物質。
【請求項3】
前記親油性物質が、非鉛系圧電性物質に対して0.1〜5.0質量%含まれている請求項1または2に記載の非鉛系圧電性物質。
【請求項4】
アルカリ金属元素或いはアルカリ土類金属元素を構成成分として含んでなる圧電性能を有する粉末状の非鉛系圧電性物質を製造する方法において、原料を充分に粉砕混合した後、該混合物を800〜1100℃で焼成する工程と、粉末状の焼成物の粒子表面をカルボキシ基を有する親油性物質で撥水処理する工程とを有することを特徴とする非鉛系圧電性物質の製造方法。
【請求項5】
前記撥水処理工程において、粉末状の焼成物に水を加えて解膠し、得られたスラリーに、カルボキシ基がアルカリ塩である親油性物質の水溶液を加えて更に解膠する請求項4に記載の非鉛系圧電性物質の製造方法。

【公開番号】特開2006−16269(P2006−16269A)
【公開日】平成18年1月19日(2006.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−197354(P2004−197354)
【出願日】平成16年7月2日(2004.7.2)
【出願人】(000002820)大日精化工業株式会社 (387)
【出願人】(000238256)浮間合成株式会社 (99)
【Fターム(参考)】