説明

食後インスリン上昇抑制剤

【課題】医薬又は食品として有用な食後インスリン上昇抑制剤の提供。
【解決手段】植物系ワックスを有効成分とする食後インスリン上昇抑制剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食後インスリン上昇抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
インスリンは、血糖値の恒常性維持に重要なホルモンであり、血糖値の上昇に依存して分泌される。
【0003】
通常、食後は、血糖値が上昇することから、インスリンの分泌が促進され、これにより、脂肪組織における糖の取込みと利用の促進、肝臓・筋肉での脂肪の合成促進及び脂肪の分解・燃焼抑制が起こる。
しかし、高血糖状態が維持され、インスリンの分泌が続くと、インスリンの標的臓器である骨格筋、肝臓、脂肪組織でのインスリン感受性の低下(インスリン抵抗性)が生じ、さらに膵臓からインスリンがより多く分泌されるようになる。
そして、このような状態を繰り返すと、最終的に膵臓が疲弊し、膵β細胞からのインスリンの分泌が低下するが、各標的臓器のインスリン抵抗性は維持されたままとなり、インスリン作用機構が正常に機能しなくなる。その結果、肥満や糖尿病等になりやすい体質、更には肥満やII型糖尿病(高血糖症)等になる。
また、過剰なインスリンシグナルを抑制することにより、活性酸素種による酸化ストレスが抑制され、個体の老化を抑制し、寿命を延長できること(非特許文献1)が報告されている。
【0004】
近年、食生活が変化し、消化されやすい食品や糖質を多量に含む飲料の摂取、或いは過食・早食等により、糖質の消化吸収が早まり食後血糖値が急激に上昇し、血中インスリン濃度が上昇することが多いと考えられている。
従来、食後の血糖上昇については、特に糖尿病の予防の観点からこれを抑制する試みが種々なされているが、食後の血中インスリン上昇を抑制することは、これまで積極的な取り組みがなされていない。
【0005】
一方、植物系ワックスは、例えば、食感改善剤(特許文献1)やチョコレート菓子類等の食品の他、化粧品基材、錠剤のコーティング材、野菜類のコーティング用エマルション、みがき剤、カーボン紙、チューインガムベース、靴墨、電線被覆剤、塗装用ワックス及び食品や野菜類の包装紙等に、光沢剤、離型剤及び可塑剤として用いられている。
【0006】
また、植物ワックスであるホホバ油には、血中コレステロール低下作用(非特許文献2)及び抗炎症作用(非特許文献3)等があることが知られている。
しかし、植物系ワックスと食後血中インスリン濃度との関係については全く知られていない。
【特許文献1】特開平07−241178号公報
【非特許文献1】Science 317, 369-372(2007)
【非特許文献2】Phmacological Research 51, 95-15(2005)
【非特許文献3】Biochem Biophys Res Commun 102(4): 1409-15(1981)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、医薬又は食品として有用な食後インスリン上昇抑制剤に関する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、食後のインスリン分泌に着目し、その上昇を抑制する成分について検討したところ、植物系ワックスが、食後の血中インスリン上昇を抑制することを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は、植物系ワックスを有効成分とする食後インスリン上昇抑制剤を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、食後の血中インスリン濃度の上昇を抑制できることから、インスリンの大量分泌に伴う、膵β細胞の疲弊やインスリン標的臓器のインスリン抵抗性を改善又は防止することができ、糖尿病(高血糖症)やその予備軍の予防や体質改善を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の、植物系ワックスとしては、食後インスリン上昇抑制の点から、炭素数14〜34の脂肪酸と炭素数22〜36のアルコールのエステル(ワックスエステル)を主に含んでいるものが好ましい。
【0012】
ここで、炭素数14〜34の脂肪酸としては、例えば、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、アラキジン酸、ベヘン酸、リグノセリン酸、セロチン酸、モンタン酸等が挙げられ、炭素数22〜36のアルコールとしては、例えば、ドコサノール、テトラコサノール、ヘキサコサノール、オクタコサノール、ノナコサノール、ミリシルアルコール、メリシルアルコール、ラクセリルアルコール、セロメリシルアルコール、テトラトリアコンタノール、ヘプタトリアコンタノール、ヘキサトリアコンタノール等が挙げられ、これらより構成されるワックスエステルとしては、例えば、パルミチン酸ミリシル、リグノセリン酸ミリシル、セロチン酸ミリシル等が挙げられる。
【0013】
本発明の植物系ワックスとしては、具体的には、米糠ワックス、キャンデリラワックス、カルナウバワックス、木ろう、ホホバ油等が挙げられるが、リグノセリン酸ミリシルを多く含有する点で、米糠ワックスが好ましい。
当該植物系ワックスは、それを含有する植物から、常法により抽出精製して得ることができ、市販品を用いることでもよい。
例えば、米糠ワックスは、米糠を原料とし、米糠油の精製の過程で生じる粗ろう油を脱油、精製することにより得ることができる。また、市販品としては、ライスワックスF−1(G)、ライスワックスF−1、ライスワックスNo.1(以上、株式会社セラリカ野田製)等が挙げられる。
【0014】
本発明において、「食後インスリン上昇抑制」とは、食後に上昇するインスリンの分泌を抑制する作用をいい、特に炭水化物及び脂質を含む食事、そのなかでも、脂質を多く含む食事を摂取することに伴う血中インスリン濃度の過剰な上昇を抑制することをいう。
ここで、「過剰な」とは、炭水化物のみを摂取した場合を指標としたときにそれ以上に食後インスリン濃度が上昇する場合をいう。
【0015】
後記実施例に示すように、本発明の植物系ワックスは、食後のインスリン上昇を有意に抑制する作用を有する。従って、当該植物系ワックスは、食後インスリン上昇抑制剤として使用することができ、また、当該食後インスリン上昇抑制剤を製造するために使用することができる。
【0016】
本発明の食後インスリン上昇抑制剤は、糖尿病(高血糖症)、肥満等の予防・改善効果を発揮し得る、ヒト又は動物用の、医薬品、医薬部外品、各種飲食品、ペットフードとして使用できる。
【0017】
本発明の食後インスリン上昇抑制剤を、医薬品やサプリメントとして使用する場合、任意の投与形態で投与できる。投与形態としては、経口投与、非経口投与が挙げられるが、本発明の食後インスリン上昇抑制剤は色及び臭いが少ないことから、経口投与が好ましい。経口投与の形態としては、例えば、錠剤、被服錠剤、丸剤、カプセル剤、粉剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤、エリキシル剤、内服液剤等が挙げられる。非経口投与の形態としては、例えば、注射、輸液、経皮、経粘膜、経鼻、吸入、坐剤、ボーラス等が挙げられる。
【0018】
斯かる製剤では、本発明の植物系ワックスと、薬学的に許容される担体とを組み合わせて使用することができる。斯かる担体としては、例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、希釈剤、浸透圧調整剤、pH調整剤、乳化剤、防腐剤、安定剤、酸化防止剤、着色剤、紫外線吸収剤、保湿剤、増粘剤、光沢剤、活性増強剤、抗炎症剤、殺菌剤、矯味剤、矯臭剤等が挙げられる。
【0019】
また、製剤中における植物系ワックスの含有量は、製剤の全質量の0.1質量%〜100質量%が好ましく、1質量%〜100質量%がより好ましく、10質量%〜100質量%がさらに好ましい。
【0020】
本発明の食後インスリン上昇抑制剤を、食品として使用する場合、一般食品の他、糖尿病予防や肥満抑制等の生理機能をコンセプトとする美容食品、病者用食品、栄養機能食品または特定保健用食品等の機能性食品とすることができる。食品は、固形、半固形または液状であり得る。食品としては、例えば、パン類、麺類、菓子類、ゼリー類、乳製品、冷凍食品、インスタント食品、その他加工食品、飲料、スープ類、調味料、栄養補助食品等、およびそれらの原料が挙げられる。食品の形態としては、例えば、錠剤、丸剤、カプセル剤、液剤、シロップ剤、粉末剤、顆粒剤等が挙げられる。
【0021】
本発明の食後インスリン上昇抑制剤を、食品として使用する場合、植物系ワックスと、他の食品材料とを組み合わせて使用してもよく、また、必要に応じて食品添加物を含有してもよい。食品添加物としては、例えば、溶剤、油、軟化剤、乳化剤、防腐剤、安定剤、酸化防止剤、着色剤、紫外線吸収剤、保湿剤、増粘剤、光沢剤、甘味料、香料等が挙げられる。
【0022】
食品中における植物系ワックスの含有量は、食品の全質量の0.1質量%〜100質量%が好ましく、1質量%〜100質量%がより好ましく、10質量%〜100質量%がさらに好ましい。
【0023】
本発明の食後インスリン上昇抑制剤を医薬品又は食品として使用する場合の投与量又は摂取量は、患者の状態、体重、性別、年齢、またはその他の要因に従って変動し得る。成人1人当りの1日投与量は、300mg/体重60Kg/日以上が好ましく、600mg/体重60Kg/日以上がより好ましく、1g/体重60Kg/日がさらに好ましい。上記製剤は、任意の投与計画に従って投与され得る。
【0024】
また、本発明の食後血中インスリン上昇抑制剤は、食前・食中・食後に用いると効果的であり、食後に用いる場合、食後速やかに用いるのが好ましい。
【実施例】
【0025】
以下、実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。
【0026】
実施例 米糠ワックスの食後インスリン上昇抑制作用
白米(栃木産コシヒカリ)に1.5倍量の水を添加して30分吸水後、炊飯器(象印マイコン炊飯ジャーNS−KG05、象印マホービン株式会社製)にて炊飯した。炊飯米に水とコーンサラダ油(オリエンタル酵母工業株式会社製)を添加した後、十分に均一化するまでホモジナイズして投与試料とした。15時間絶食した8週齢雄性マウスC57BL/6J Jcl(日本クレア株式会社)を、1群8匹として体重がほぼ同一になるように群分けした後、投与試料を白米6 mg/g体重+コーン油6 mg/g体重になるようにゾンデにより経口投与したものを対照群、投与試料に0.075 mg/g体重、0.15 mg/g体重のライスワックスF−1(株式会社セラリカ野田製)を添加して投与したものを、それぞれ米糠ワックス添加群1、米糠ワックス添加群2とした。
投与後、経時的に眼窩静脈から採血し、採取した血液を遠心分離して得られた血漿中のインスリン濃度をインスリン測定キット(株式会社森永生科学研究所製)にて測定し、グラフの曲線下面積(AUC)を算出した。結果を表1に示す。
【0027】
【表1】

【0028】
表1の結果から、食後インスリン分泌量(血中濃度)は0.075 mg/g体重の米糠ワックス添加で低下傾向が認められ、0.15 mg/g体重の添加で有意に低下したことから、米糠ワックスには食後インスリン上昇抑制効果がみられることがわかった。
【0029】
参考例 食後インスリン上昇の比較
炊飯米に水とコーン油(オリエンタル酵母工業製)を添加した後、十分に均一化するまでホモジナイズした試料を、15時間絶食した8週齢雄性マウスC57BL/6J Jcl(日本クレア株式会社)に、白米6 mg/g体重(または白米6 mg/g体重+コーン油6 mg/g体重)になるようにゾンデにより経口投与した。結果を表2に示す。
(平均±標準誤差で表す。N=6/群の結果)
【0030】
【表2】

【0031】
表2の結果から、白米を摂取した場合よりも白米とコーン油を摂取した場合の方が食後インスリン分泌量が高いことがわかる。
よって、炭水化物を摂取した場合よりも、炭水化物と脂質を摂取した場合の方が、過剰に食後インスリン分泌量が上昇することがわかる。
【0032】
また、表1と表2の結果から、米糠ワックスには、食後の過剰なインスリンの上昇を抑制する作用があることがわかる。
従って、本発明によれば、食後の血中インスリン濃度の上昇を抑制できることがわかる。また、本発明によれば、インスリンの大量分泌に伴う、膵β細胞の疲弊やインスリン標的臓器のインスリン抵抗性を改善又は防止すること、糖尿病(高血糖症)やその予備軍の予防や体質改善を行うこと、インスリンの大量分泌に伴う、肝臓・筋肉での脂肪の合成促進、および脂肪の分解・燃焼抑制を防止及び改善すること、肥満の予防及び改善を行うことができる。さらに、インスリンの大量分泌に伴う、酸化ストレスの増大を防止及び改善し、老化の抑制や寿命の延長を行うことができることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物系ワックスを有効成分とする食後インスリン上昇抑制剤。
【請求項2】
植物系ワックスが、炭素数14〜34の脂肪酸と炭素数22〜36のアルコールのワックスエステルを含有するものである請求項1記載の食後インスリン上昇抑制剤。
【請求項3】
植物系ワックスが米糠ワックスである請求項1又は2記載の食後インスリン上昇抑制剤。

【公開番号】特開2009−149529(P2009−149529A)
【公開日】平成21年7月9日(2009.7.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−326357(P2007−326357)
【出願日】平成19年12月18日(2007.12.18)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】