説明

骨分化誘導剤

【課題】未分化の間葉系細胞、例えば、間葉系幹細胞から骨芽細胞あるいは骨芽細胞様細胞への短期間での分化誘導を行なうことができる、安全な骨分化誘導方法及び骨分化誘導剤の提供。
【解決手段】植物抽出物として従来から広く使われ安全性が確認されているケンフェロールが、非常に短期間で、間葉系幹細胞を骨芽細胞に分化させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、幹細胞の分化誘導の技術分野に関する。更に具体的には、本発明は、間葉系幹細胞からの骨芽細胞又は骨芽細胞様細胞に誘導する骨分化剤、骨誘導剤又は骨分化誘導剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、骨や軟骨への損傷、歯科治療などで、骨再生能力を利用することが研究されている。骨形成は、未分化間葉系が凝集して軟骨芽細胞に分化し、骨を形作るための鋳型として軟骨が形成される内軟骨性骨形成と、間葉系細胞が凝集し、内部から骨芽細胞に分化する膜性骨形成があるが、いずれの場合も、骨芽細胞が骨形成を担当としているといわれている(非特許文献1)。臨床応用としては、たとえば、軟骨組織から軟骨細胞を採取し、増殖し、創傷した軟骨への移植などもされている(非特許文献2)。
【0003】
幹細胞から骨芽細胞への分化を誘導する転写因子として、Runx2(CBFA1,AML3)が、また分化促進に関わる転写因子としてosterixが知られている。また、これらの転写因子に対する制御因子として、骨形成タンパク質(BMP、Bone morphogenetic protein)などのTGFβファミリー増殖因子の関与が既に見出されている。分化誘導を受けた未熟な前骨芽細胞においてはアルカリフォスファターゼ活性の上昇や、I型コラーゲン、オステオポンチンなどの発現が上昇する。さらに骨芽細胞への成熟に伴って、骨シアロ蛋白(BSP)、ついでオステオカルシンの発現が認められるようになる(非特許文献3)。
【0004】
更に、未分化の間葉系細胞である間葉系幹細胞の維持、及び分化に関する技術についても盛んに研究されている。たとえば、特許文献1(特表平11-506610号)には、ヒト間葉系幹細胞用の合成培地及び、骨髄からヒト間葉系幹細胞を分離する手段及びその維持について開示されている。また、特許文献2(特表平10-512756号)は、分離培養したヒト間葉系幹細胞の分化方法について開示されている。そして、インビトロで分化した多能性幹細胞から分化の早期段階である間葉系幹細胞を得、更に軟骨細胞や骨芽細胞に分化させる方法が特許文献3(WO2004/106502)には記載されている。骨芽細胞への分化に、2-MEを含まない胚性幹細胞分化用培地にBMP-4,アスコルビンサンー2−リン酸、デキサメサゾン及びβ−グリセロリン酸を添加したものを用いて長期間培養することが記載されている。
【0005】
また、特許文献4(WO01/017562号)は、(+)−トランス−4−(1−アミノエチル)−1−(4−ピリジルカルバモイル)シクロヘキサン等のRhoキナーゼ阻害活性を有する化合物と骨誘導因子を併用することにより、間葉系細胞が骨芽細胞に分化誘導されることを示している。更に、特許文献5(特表2006-513253号)は、骨芽細胞へ分化又は分化形質転換する(プリン系の)非ステロイド組成物を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表平11-506610号
【特許文献2】特表平10-512756号
【特許文献3】WO2004/106502
【特許文献4】WO01/017562号
【特許文献5】特表2006-513253号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】実験医学Vol.26,No.5「再生医療へ進む最先端の幹細胞研究」
【非特許文献2】実験医学Vol.20,No.17 「最新の骨研究に迫る」p.153-158
【非特許文献3】実験医学Vol.20,No.17 「最新の骨研究に迫る」p.33-37, p38-42, p148-152
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来から確立された骨芽細胞への分化方法では、10%のウシ胎児血清を加えた培地(α―MEMあるいはDMEM)に、βグリセロリン酸、アスコルビン酸(あるいはその安定な誘導体であるアスコルビン酸2リン酸)、及びデキサメサゾン0.1μMを加える必要があった。しかも、本条件は、未熟骨芽細胞(前骨芽細胞)に対して1週間以内にALP活性を促進させることはできるものの、未分化な間葉系幹細胞については同条件でも2週間では、その活性を検出することが出来ていない。合成の副腎皮質ステロイドであるデキサメサゾンは、骨芽細胞の機能発現を促進することが知られているが、薬剤としての投与では、骨形成よりも骨吸収を亢進し、種々の副作用が出ることから投与方法について注意が必要であることは良く知られているところである。
【0009】
また、いくつかの合成化合物により骨分化誘導が試みられているが、再生医療などで使用することから、より安全性の高い天然由来のものが求められている。
【0010】
そこで本願発明は、未分化の間葉系細胞、例えば、間葉系幹細胞から骨芽細胞あるいは骨芽細胞様細胞への短期間での分化誘導を行なうことができる、安全な骨分化誘導方法及び骨分化誘導剤を提供することを第1の課題とする。
【0011】
更に、例えば、人工培養骨を早期に安全に製造することができる、上記のような骨分化誘導剤を含む骨再生剤または骨成長促進剤を提供することを第2の課題とする。
【0012】
また、骨芽細胞機能を発揮する細胞への確実な分化を誘導する骨分化誘導剤並びにそのような該骨分化誘導剤を含む骨再生剤または骨成長促進剤を提供することを第3の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本願発明者等は、以下の式1で示される化合物、特に、植物抽出物として従来から広く使われ安全性が確認されているケンフェロールが、非常に短期間で、間葉系幹細胞を骨芽細胞に分化させることを見出し、本願発明を完成させたものである。
【0014】
【化1】

【発明の効果】
【0015】
本願発明は、間葉系幹細胞を、細胞に毒性のない化合物を用いて、4日という従来と比較すると4分の1の非常に短期間で、骨芽細胞に分化させるというきわめて優れた効果を奏する。特に、分化した骨芽細胞あるいは骨細胞をヒトの骨組織から採取することは容易ではないが、間葉系幹細胞であれば未分化細胞として採取することが可能であるから、人工骨培養や、再生医療には、本発明の骨分化誘導剤並びに骨再生剤及び骨成長促進剤は、極めて有用である。
【0016】
本願発明は、石灰化という骨芽細胞の機能を発揮する細胞への分化を確実に促進するというきわめて優れた効果を奏するものである。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】間葉系幹細胞を染色した図。ALP(アルカリフォスファターゼ活性染色)、SMA(平滑筋アクチン抗体による染色)。
【図2】ケンフェロールによる間葉系幹細胞におけるアルカリホスファターゼ活性の経時的な上昇を示す図
【図3】間葉系幹細胞のアルカリホスファターゼ活性の上昇効果についてケンフェロールとイプリフラボンで比較検討した結果を示す図。培養7日。
【図4】石灰化促進効果をケンフェロールとイプリフラボン、デキサメサゾンと比較検討した結果を示す図。培養28日。 von Kossa染色。
【図5】石灰化促進効果を示す適切なケンフェロールの添加濃度を検討した結果を示す図。a)からc)はケンフェロール、d)からf)は、イプリフラボン。それぞれ添加濃度は、左から順に35、3.5、0.35μM。培養19日。図中のバーは0.5mm。von Kossa染色。
【発明を実施するための形態】
【0018】
1.はじめに、
本願発明は、間葉系幹細胞及び未分化間葉系細胞を、短期間に効率的かつ安全に、骨芽細胞又は骨芽細胞様細胞に分化させる方法及びそのための骨分化誘導剤及び該骨分化誘導剤を用いる間葉系幹細胞を骨芽細胞又は骨芽細胞様細胞に分化させる方法に関する。なお、本願明細書中において、骨分化誘導剤とは、間葉系幹細胞を骨芽細胞又は骨芽細胞様細胞に分化させることができる骨分化剤、及び骨誘導剤も包含するものである。
【0019】
本願発明に包含される骨分化剤又は骨誘導剤としては、具体的には、天然抽出物であるフラボン類、フラボノール類、フラバノン類、フラバノール類から選択することが出来る。また、本願発明には、以下の式1で表される化合物を含む骨分化誘導剤が包含される。
【0020】
【化2】

【0021】
2.間葉系幹細胞及びその培養方法
間葉系幹細胞は、骨髄や、骨髄以外の組織(臍帯血、末梢血、脂肪、胎盤、脾臓、心臓、肝臓など)から分離することが出来る。骨髄の間葉系幹細胞は、腸骨稜、大腿骨、脛骨、脊骨、肋骨または他の髄腔から得ることができる。ヒトの間葉系幹細胞は、比重遠心法により赤血球を分離した骨髄単核球をウシ胎仔血清含有の基礎培地で数日間培養し、数回の経代を経た後、選択的に残った接着細胞として得ることができるし、必要に応じて、細胞表面上のマーカーなどを利用することも出来る(実験医学Vol.26,No.5p.68-73;Pittenger 他、Science Vol.284,143−147頁)。現在では、間葉系幹細胞は、「長期にわたり接着培養下にて増殖し続け、骨、軟骨、脂肪を含む間葉系組織への分化能を持つ細胞」と定義されているが、間葉系幹細胞は、未分化間葉系細胞、骨髄間葉系幹細胞及び間葉系ストローマ細胞(間葉系間質細胞)等と呼ばれることもあり、これらも包含する。また前記の骨髄以外の組織に存在する未分化細胞(組織幹細胞とも呼ばれる)も包含する。
【0022】
間葉系幹細胞のマーカーとしては、種々のものがあるが、例えば、CD271(低親和性NGF受容体)を挙げることができる。このほかCD133,CD105などによって選別出来るとされており、これらに対する抗体を結合させた磁気ビーズが入手できる(ミルテニーバイオテク株式会社)。また、ES細胞の未分化マーカーである表面抗原SSEA4を指標として、間葉系幹細胞をセルソーターで純化できるという報告もされている(Gangら、Blood,109,1743-1751,2007年)。
【0023】
本願発明の間葉系幹細胞は、哺乳類の間葉系幹細胞、好適には、霊長類の間葉系幹細胞、具体的には、ヒト間葉系幹細胞、げっ歯類の間葉系幹細胞、具体的には、ラットやマウスの間葉系幹細胞などを用いることができる。
【0024】
また、間葉系幹細胞として、種々の細胞バンクから入手可能なものを使用することもできる。
【0025】
間葉系幹細胞の維持、増殖培地は既に種々のものが開発されており、適宜のものを用いることができる。具体的には、例えば、α−MEM(alpha Modified Eagle Minimum Essential Medium)、又はDMEM(ダルベッコ変法イーグル最小必須培地)などの最小必須培地に10%ウシ胎児血清を加えた培地が挙げられる。また、無血清培地としては、(1)最小限培地、(2)血清アルブミン、(3)鉄源、(4)インシュリン若しくはインシュリン様成長因子、および(5)グルタミン、アルギニン及びシステインから選択されるアミノ酸からなる組成物がある。更に血清を低減させ、代わりに成長因子などを添加した市販製品を利用することもできる(上記特表平11-506610号)。
【0026】
3.骨分化誘導剤
本願発明の間葉系幹細胞を骨芽細胞又は骨芽細胞様細胞に分化させる骨分化誘導剤は、フラボン、フラボノール、フラバノン、フラバノールから選ばれる1以上の化合物を含有する。例えば、植物など天然由来のフラボン、フラボノール、フラバノン、フラバノールから、以下の間葉系幹細胞を骨芽細胞又は骨芽細胞様細胞に分化する能力があるものを選択して利用できる。
【0027】
間葉系幹細胞から骨芽細胞又は骨芽細胞様細胞へ分化させる能力の有無は、たとえば、フラボン、フラボノール、フラバノン、フラバノールから選ばれる1以上の候補化合物を種々の濃度で添加した間葉系幹細胞用培地で間葉系幹細胞3日以上、好適には、4日培養して、骨芽細胞又は骨芽細胞様細胞へ分化したか否かを骨芽細胞又は骨芽細胞様細胞のマーカーの検出又はアルカリフォスファターゼ活性を測定することにより知ることができる。特にアルカリフォスファターゼの活性は、前骨芽細胞への分化過程において顕著であるため、広く使われている確認方法である。
【0028】
骨芽細胞又は骨芽細胞様細胞のマーカーとしては、種々の公知のものを用いることができるが、例えば、オステオポンチン、オステオカルシン、骨シアロ蛋白など、特異的に発現される蛋白質に対する抗体を用いて検出することができる。あるいはこれらの遺伝子の転写レベルの発現をRT−PCR法で検出する方法もある。この方法は、抗体に比べて高感度で、より早期に検出することが出来る。
【0029】
ここで骨芽細胞様細胞とは、形態的に骨芽細胞と区別することができず、周知の骨芽細胞マーカー、例えば、osterix、I型コラーゲン、オステオポンチン、オステオカルシン、骨シアロ蛋白を発現している細胞を包含し、例えば、前骨芽細胞を包含する。
【0030】
また、本願発明の間葉系幹細胞を骨芽細胞又は骨芽細胞様細胞に分化させる骨分化誘導剤は、以下の式1で表わされる化合物が含まれる。
【0031】
【化3】

【0032】
ここで、例示としては、アルキル基としてはメチル基を、アルコキシル基としてはメトキシ基を、O-グリコシリドとしては、O-グルコシド、O-ラムノシド、及びO-ルチノシド、などを挙げることができる。
【0033】
より具体的には、例えば、以下の式で示されるフラボノール、アピゲニン、ケンフェロールなどを挙げることができる。
【0034】
【化4】

【0035】
【化5】

【0036】
【化6】

【0037】
4.間葉系幹細胞の骨芽細胞又は骨芽細胞様細胞への分化
10〜20%血清を添加した最小必須培地に本件発明の骨分化誘導剤を添加した培地で間葉系幹細胞を3日以上、好適には、4日以上培養することにより、骨芽細胞又は骨芽細胞様細胞へ分化誘導することが出来る。
【0038】
血清としては、ウシ胎児血清など胎児血清を用いることができる。最小必須培地としては、種々のものを用いることができるが、好適には、例えば、αMEMやDMEMを用いることができる。また、本件発明の骨分化誘導剤を培地に添加する際には、濃度は、例えば、0.1μg/mlから20μg/mlの範囲とすることができる。
【0039】
また、分化誘導の際には、間葉系幹細胞は、例えば、2,000個/cmから20,000個/cmの密度で、播種することができる。
【0040】
温度、CO濃度等培養の条件は、当該間葉系幹細胞の通常の維持培養条件を用いることができ、たとえば、37℃、CO5%加湿条件下とする通常の動物細胞培養装置を用いることができる。
【0041】
更に、必要に応じ本願発明の骨分化誘導剤に加えて、間葉系幹細胞を骨芽細胞に分化誘導する既知の因子、例えば、BMP-2,BMP-3,BMP-4,BMP-7,TGF−β1など骨誘導活性を持つ因子1以上を骨芽細胞分化用培地に更に添加することも出来る。
【0042】
また骨芽細胞又は骨芽細胞様細胞への分化は、例えば、アルカリフォスファターゼ活性により確認することができる(活性染色法あるいは、細胞抽出液を用いた酵素活性の測定)。前骨芽細胞や骨芽細胞においては、オステオポンチン、骨シアロ蛋白、オステオカルシンなどの特異的蛋白質が発現するので、これらに対する抗体を用いて。例えば免疫組織化学的に、あるいは抽出した蛋白の免疫ブロット法などにより、骨芽細胞又は骨芽細胞様細胞への分化を確認することも出来る。さらにはまた、それらの遺伝子発現を、RT−PCR法により確認することで、より高感度な確認が可能である。成熟した骨芽細胞の培養においては、カルシウム塩の沈着(石灰化)が進行するので、これを、組織化学的に検出する方法も良く知られた方法である。例えばアリザリンレッドS染色ないしは、フォンコッサ染色により、沈着したリン酸カルシウムが検出される。von Kossa染色法は、硝酸銀とリン酸カルシウムの二重置換反応によりリン酸カルシウムのカルシウム結合部位に重金属イオンが置換される性質を利用して、組織内のリン酸カルシウムを検出する方法である。
【0043】
5.骨再生剤または骨成長促進剤
本発明の骨再生剤又は骨成長促進剤は、その有効成分として、上記3.に記載した骨分化誘導剤を含有する。
【0044】
また、本発明の骨再生剤又は骨成長促進剤は、必要に応じ、BMP−2、BMP−4、BMP−7、アレンドロン酸ナトリウム若しくはリセドロン酸ナトリウムなどのようなビスリン酸塩、カルシトニンおよびエストロゲンなどのホルモン、ならびに、例えばラロキシフェンのような選択的エストロゲン受容体モジュレーターを含むこともできる。
【0045】
本発明の骨再生剤又は骨成長促進剤は、ヒトや他の哺乳類細胞の間葉系幹細胞を含む骨組織に投与することにより骨芽細胞又は骨芽細胞様細胞への分化を誘導することができる。また本願発明の骨再生剤又は骨成長促進剤は、骨折、歯科治療、骨粗鬆症、くる病、骨軟化症などの、骨障害および疾患の治療のために使用することができる。
【0046】
本発明の骨再生誘導剤又は骨成長促進剤は、直接骨損傷部に投与することも出来るが、患部周辺に投与することもでき、経口投与することもできる。更に、本発明の骨再生剤又は骨成長促進剤は、人工培養骨の製造においても使用することができる。具体的には、患者の骨髄液から採取した間葉系幹細胞を培養後、骨補填材料上で骨細胞に分化させ、培養骨として提供する。早期の骨細胞分化のために本件骨再生誘導剤又は骨成長促進剤を骨補填材料に添加することもできる。
【実施例1】
【0047】
ヒューマンサイエンス研究資源バンクより入手した間葉系幹細胞UE6E7T-12(JCRB1151)を、DMEMに10%ウシ胎児血清を加えた培地を入れた96-wellプレートにウェル当たり5000個播種し、試験化合物を個別(768種類)に10μg/ml添加し、4日間培養した。培養後、未処理の細胞(陰性対照)と比較して、分裂程度あるいは、形態的に異なる特徴を有する細胞の変化をもたらした化合物19種類を選別した。これらで処理された細胞を、フォルマリンで固定し、各種抗体による免疫染色を行った。用いた抗体は、Flk1(VEGF受容体)、インスリン、AFP(αフェトプロテイン、内胚葉マーカーとして)、ネスチン(外胚葉マーカーとして)、αSMA(平滑筋アクチン、中胚葉マーカーとして)である。このうち陰性対照と異なる染色性を示したのは、αSMA 抗体による染色であった。しかも19種類のうち、1種類(ケンフェロール)を添加された細胞のみが陽性であった(図1)。その他の18種類の化合物を添加された細胞および非添加細胞ではαSMAは陰性であった。
【実施例2】
【0048】
実施例1と同様に19種類の化合物それぞれを添加したUE6E7T-12細胞を4日間培養したのち、培地を交換した。この培地は前記の化合物は含まず、DMEM培地にβグリセロリン酸(10mM)+アスコルビン酸(50μg/ml)を加えたものである。この培地でさらに3日培養を行い(合わせて7日後)、細胞を固定した。固定後、Alkaline Phosphatase Substrate Kit I <VECTOR Red>(Vector Laboratories)を用いてアルカリフォスファターゼの活性染色を行った。その結果、先にαSMA陽性であったケンフェロール添加の細胞で、強いアルカリフォスファターゼの活性が認められた(図1)。一方、非添加の細胞においてはこのような活性は全く認められなかった。18種類の化合物を添加した細胞においても陰性であった。
【0049】
すなわちケンフェロールを用いると、従来知られているBMP2やデキサメサゾンなどの添加剤を全く必要とせず、単独で、しかも4日という比較的短間に、未分化な間葉系幹細胞から骨芽細胞様の細胞(前骨芽細胞)への分化を効率的に誘導することが可能であった。
【実施例3】
【0050】
アルカリホスファターゼ活性測定
UE6E7T-12 細胞株を6wellマルチプレート(IWAKI)へ、2.0×10cells/wellずつ播種し、実施例2に記載の培地にケンフェロールを10μg/ml(35μM)を加えて培養した。比較対照として、ケンフェロールを加えない培地でも培養し、それぞれ培養、4、7日目に培養液を除去して、0.25%トリプシン-EDTAで細胞を剥離させた。血清入りの培養液で酵素反応を停止させた後、遠心後、上澄みを除去し、細胞をペレットにした。この細胞ペレットを500μL の溶液(50mM Tris-HCl (和光純薬)、0.1% Triton X (Roche) 、0.9% NaCl(和光純薬) 、pH 7.6)に懸濁し、細胞を破砕しタンパク質を抽出した。この破砕液を12000rpm、4℃、15分間遠心して得られたタンパク抽出液を96well マルチプレート(IWAKI) に移し、アルカリホスファターゼ測定キット(ラボアッセイALP、和光純薬)を用いて活性を測定した。測定キットの反応液の405nmにおける吸光度を、マイクロプレートリーダーModel 680(Bio Rad)で測定した。得られたOD値を細胞数で割った値を活性値とした。この結果、図2に示すように、ケンフェロール添加により、処理開始後4日後から活性上昇することが定量的に確認された。さらにこの活性は7日後に掛けても上昇することが認められた。
【実施例4】
【0051】
イソフラボンとの活性比較
イプリフラボンはイソフラボンの誘導体で、骨粗鬆症の治療効果があるとされている。この化合物とケンフェロールについて、間葉系幹細胞のアルカリフホスファターゼ活性に及ぼす効果を比較検討した。すなわち上記実施例3と同様に細胞を播種し、それぞれの化合物を、3種類の異なる濃度(35,3.5,0.35μM)で添加し、培養した。7日後に、実施例3と同様にアルカリホスファターゼの活性を測定した。その結果酵素活性は、図3に示すように、イプリフラボンは、無添加の対照に比べて活性の上昇をもたらすが、ケンフェロール添加の場合は、0.35μMから35μMの範囲において、イプリフラボンを超える上昇をもたらすことが認められた。また同じくイソフラボンの1種であるゲニステインによるアルカリホスファターゼ活性上昇も、ケンフェロールによる効果を上回るものではなかった。
【実施例5】
【0052】
アルカリフホスファターゼは骨芽細胞分化の初期段階のマーカーであるが、実際に分化が進行し骨芽細胞としての機能を果たす細胞への分化を確認するためには、石灰化能を見ることが必要である。そこで次に、ケンフェロールの効果として石灰化能を持つ細胞が生じるかを検討した。前記実施例4に同じく細胞を播種し、ケンフェロールあるいは、イプリフラボンを35μM添加した。また対照として、骨芽細胞に対して効果のあるデキサメサゾン(終濃度0.1μM)を添加したウェルも用意した。それぞれの処理においては、培地を4日ごとに交換した。培養後28日おいて、細胞を固定し、沈着したCaを検出するためにvon Kossa 染色を行った。培養液に対して、38%ホルマリン原液 (和光純薬) を1/10容となるように添加して、30分間室温で放置して固定を行った後、ホルマリンが含まれた培養液を除去して、静かにPSB(-)で1回洗浄した。ついで、液を除き、0.1M 硝酸銀水溶液 (和光純薬) を添加してUVを1時間照射した。硝酸銀水溶液を除去後、5%チオ硫酸ナトリウム (和光純薬)を加えて室温で10分間静置・除去後、位相差顕微鏡で観察した。その結果、図4に示すように、ケンフェロールが添加されていたウェルでは、多量の沈着したカルシウムが黒く染色され、石灰化が進行していることが確認された。これに対して、イプリフラボンによる効果は僅かであった。また骨芽細胞に対して効果のあるデキサメサゾンも、間葉系幹細胞に対して石灰化を誘導する効果は見られなかった。
【0053】
さらにケンフェロールおよびイプリフラボンについて、濃度を変えて添加しその効果を見たところ、19日間の添加では、ケンフェロール35μMによって石灰化が確認された(図5)。3.5μM以下ではvon Kossa染色は陰性であった。またイプリフラボンは,35μMではわずかに染色性を示す部位が認められたが、それ以下の濃度では石灰化の兆候は見られなかった。以上の結果から、ケンフェロールはイプリフラボンに比べ間葉系幹細胞に対して、骨芽細胞への分化を促進する効果がより高いことが示された。
以上の様に、ケンフェロールは未分化な間葉系幹細胞において、初期マーカーであるアルカリホスファターゼの活性を上昇させ、最終的に石灰化という骨芽細胞の機能を発揮する細胞への分化を確実に促進する効果を持つことが示された。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本願発明により、間葉系幹細胞から骨芽細胞への分化を速やかに行なうことができるようになるので、再生医療、人工培養骨製造産業、医薬及び製薬業などの分野で利用することができる。例えば、本発明の化合物は、骨粗鬆症の治療用の薬剤として、あるいは予防用の健康食品等に応用することが出来る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の式1で表される化合物を含む間葉系幹細胞から骨芽細胞又は骨芽細胞様細胞へ分化誘導する、骨分化誘導剤。
【化1】

但し、R1、R2、R3及びR4は、それぞれ、独立に、水素、ヒドロキシル基、O-グルコシド又はC1-Cまでのアルキル基若しくはアルコキシル基を示す。
【請求項2】
化合物がケンフェロールである、請求項1記載の骨分化誘導剤。
【請求項3】
以下の式1で表される化合物を含む培地で、間葉系幹細胞を培養することを含む間葉系幹細胞から骨芽細胞又は骨芽細胞様細胞へ分化誘導する方法。
【化2】

但し、R1、R2、R3及びR4は、それぞれ、独立に、水素、ヒドロキシル基、O-グルコシド又はC1-Cまでのアルキル基若しくはアルコキシル基を示す。
【請求項4】
化合物がケンフェロールである、請求項3記載の分化誘導する方法。
【請求項5】
以下の式1で表される化合物を有効成分として含有する骨再生剤又は骨成長促進剤。
【化3】

但し、R1、R2、R3及びR4は、それぞれ、独立に、水素、ヒドロキシル基、O-グルコシド又はC1-Cまでのアルキル基若しくはアルコキシル基を示す。
【請求項6】
化合物がケンフェロ−ルである、請求項5記載の骨再生剤又は骨成長促進剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−256350(P2009−256350A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−83182(P2009−83182)
【出願日】平成21年3月30日(2009.3.30)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】