高分子材料およびその製造方法
【課題】人工筋肉素材として有用でかつ制御容易な新規な材料を提供する。
【解決手段】第1ペプチドが結合されている第1高分子と、第2ペプチドが結合されている第2高分子とからなる高分子材料であって、第1ペプチドおよび第2ペプチドは、金属イオンを介して互いに会合してヘリックスバンドルを形成しうるペプチドであり、遊離状態にある前記金属イオンの有無に応じて可逆的にゾル−ゲル転移をする。また第1、第2高分子としては、ヒアルロン酸等の多糖類が用いられる。
【解決手段】第1ペプチドが結合されている第1高分子と、第2ペプチドが結合されている第2高分子とからなる高分子材料であって、第1ペプチドおよび第2ペプチドは、金属イオンを介して互いに会合してヘリックスバンドルを形成しうるペプチドであり、遊離状態にある前記金属イオンの有無に応じて可逆的にゾル−ゲル転移をする。また第1、第2高分子としては、ヒアルロン酸等の多糖類が用いられる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子材料およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
これまで人工筋肉やソフトアクチュエータの研究開発は盛んに行われてきており、手術時のカテーテルや人工臓器、アシストリハビリテーションにおけるメカトロニクス技術、カメラや携帯電話の小型カメラのレンズ駆動部、MEMS(Micro Electrical Mechanical System)やμTAS(Micro Total Analysis System)など、様々な分野において応用がなされている。開発されているアクチュエータとしては高分子を用いたアクチュエータ(ポリマーアクチュエータ)、形状記憶材料を用いたアクチュエータ(形状記憶アクチュエータ)、静電力を利用したアクチュエータ(静電アクチュエータ)、空気圧を用いたアクチュエータ(エアアクチュエータ)など様々であるが、人工筋肉として実際に開発され実用化されているものはない。その原因として溶液環境であること、発生応力・歪みが小さい、駆動電圧が高い、寿命が短い、デバイスとして組んだ場合の重量が重い、駆動音が大きいなど様々な問題点が挙げられる。人工筋肉として発生応力や歪み、そしてエネルギー変換効率などの面でもっとも優れた素材は、生体筋肉であると考えられる。生体筋肉はソフトな材料であり、応力・歪み・エネルギー変換など高効率な機構を有しており、人工筋肉開発の非常に良い手本となるわけであるが、その構造の複雑さと未解明な駆動原理、そして電気的制御の困難さなどから、生体筋肉の実用化は現状では非常に難しい。
【0003】
生体筋肉を構成する最小単位は、アクチンとミオシンと呼ばれる巨大タンパク質である。アクチンは自己集合することで巨大な繊維状集合体(アクチンフィラメント)を形成し、ミオシン分子のヘッド部分がATPの加水分解エネルギーを利用してアクチンフィラメントをレールの様にして滑り運動を行うことによって、応力・歪みを発生させていると考えられている。ミオシンヘッドはATP結合時と解離時でその構造が異なり、タンパク質の立体構造変化を滑り運動の駆動源としている。またアクチンフィラメントとミオシンが階層的に集合することで筋原繊維を構成し、さらに筋原繊維が階層的に集合することで筋繊維を形成し、最終的に筋繊維が階層的に集まることで生体筋肉を構成している。つまり階層的構造が、ミオシン1分子の数ナノメートルのわずかな滑り運動を増幅させ、大きな歪みを生み出している。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述のような筋肉の機構を人工的に作り出すことは非常に困難である。また生体筋肉はATPをエネルギーとして利用し、カルシウムイオンを筋肉の活動状態と静止状態の切り替えのシグナル物質として利用しているが、生体筋肉をデバイスとして応用した時に、ATPやカルシウムイオンのような化学物質を制御することは非常に困難である。このような理由から、生体筋肉を人工筋肉として実用化できていないのが現状である。
【0005】
本発明は、人工筋肉素材として有用でかつ制御容易な新規な材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意研究の結果、可逆的なゾル−ゲル転移を容易に制御可能な新規な高分子材料を見出した。さらには、かかる高分子材料が人工筋肉素材として有用であることを見出した。
【0007】
タンパク質は、20種類のアミノ酸がペプチド結合で連なったヒモ状の生体分子で、生体内では様々な機能を発現し、生命活動における実行部隊のような役割を果たしている。通常タンパク質はヒモ状の構造(変性構造)では機能はなく、α-ヘリックス構造やβ-シート構造などの二次構造を形成し、さらにそれらが組み合わさって複雑な三次立体構造を形成することではじめて機能を発現する。つまりタンパク質の立体構造変化が様々な機能発現にとって重要であると言える。生体筋肉の駆動源であるミオシンヘッドも、運動という機能発現のために立体構造変化を利用している。
【0008】
本発明者は、タンパク質よりアミノ酸残基数が少ないペプチドの構造の変化に着目し、ペプチドのヘリックスバンドル形成能をゲルの架橋点形成に利用できることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、第一の本発明は、第1ペプチドが結合されている第1高分子と、第2ペプチドが結合されている第2高分子とからなる高分子材料であって、第1ペプチドおよび第2ペプチドは、金属イオンを介して互いに会合してヘリックスバンドルを形成しうるペプチドであり、遊離状態にある前記金属イオンの有無に応じて可逆的にゾル−ゲル転移をする、高分子材料を提供する。
【0010】
上記本発明の一態様において、第1ペプチドは第1のアミノ酸配列を含み、第2ペプチドは第2のアミノ酸配列を含み、第1のアミノ酸配列と第2のアミノ酸配列との組み合わせが、配列番号1と配列番号2に記載のアミノ酸配列、配列番号3と配列番号4に記載のアミノ酸配列、または配列番号5と配列番号6に記載のアミノ酸配列である。好ましくは、第1ペプチドおよび第2ペプチドの末端は電荷を有さないように修飾されている。前記金属イオンとしては、例えばZn2+が挙げられる。
【0011】
上記本発明の一態様において、前記ヘリックスバンドルの対向面を形成する第1ペプチドおよび第2ペプチドのアミノ酸残基中にヒスチジンが含まれる。前記金属イオンとして、遷移金属イオンが好ましい。前記遷移金属イオンとして、例えばZn2+またはCd2+が挙げられる。
【0012】
第1高分子および第2高分子として、好ましくはそれぞれカルボキシル基を有するものが用いられる。第1高分子および第2高分子として、例えばそれぞれ多糖類が用いられる。多糖類として、ヒアルロン酸が挙げられる。
【0013】
本発明の高分子材料は、可逆的にゾル−ゲル転移することから、人工筋肉素材に用いることができる。
【0014】
第二の本発明は、上述の高分子材料の製造方法であって、第1溶液中にて第1ペプチドを第1高分子に結合する工程(a)、第2溶液中にて第2ペプチドを第2高分子に結合する工程(b)、および工程(a)、(b)の後、第1溶液と第2溶液とを混合する工程(c)、を有する。
【0015】
第三の本発明は、上述の高分子材料の製造方法であって、第3溶液中にて遊離状態にある前記金属イオンの存在下で第1ペプチドと第2ペプチドを混合する工程(d)、および第3溶液と、第1高分子および第2高分子を含む第4溶液とを混合し、第1ペプチドを第1高分子に結合し、第2ペプチドを第2高分子に結合する工程(e)、を有する。
【発明の効果】
【0016】
本発明の高分子材料は、可逆的にゾル−ゲル転移する材料なので種々の用途に有用である。また、遊離状態にある金属イオンの有無を制御することによりゾル−ゲル転移を制御することができるので、ゾル−ゲル転移を簡単に制御することができる。また、高い構造安定性を有するように構成することができ、この場合歪みに対して大きな応力を取り出すことができ、優れた人工筋肉素材を提供しうる。さらに、本発明を構成する第1高分子及び第2高分子として生分解性高分子を用いることによって、高分子材料を生分解性とすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の高分子材料について、実施の形態及び実施例を挙げて更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0018】
本発明の高分子材料は、第1ペプチドが結合されている第1高分子と、第2ペプチドが結合されている第2高分子とからなる高分子材料であって、金属イオンの有無に応じて可逆的にゾル−ゲル転移する。第1ペプチドおよび第2ペプチドとして、金属イオンを介して互いに会合してヘリックスバンドルを形成しうるペプチドを用いる。本発明の高分子材料においては、遊離状態にある金属イオンの有無を制御することにより可逆的にゾル−ゲル転移を制御することができる。
【0019】
本明細書におけるゲル状態とは、3次元網目構造を持つ高分子が溶媒に膨潤したものであり、流動性を失った状態をいう。3次元網目構造を持つ親水性高分子が水に膨潤したものはハイドロゲルといわれる。一方、本明細書におけるゾル状態とは、3次元網目構造が崩壊し、流動性を有する状態をいう。
【0020】
第1ペプチドと第2ペプチドは、液相法または固相法を用いた化学合成により調製したものであっても、目的の配列をコードするcDNAを用いて大腸菌等により発現、精製して調製したものであっても良い。この際用いるcDNAは通常の化学合成により調製すれば良い。
【0021】
本発明では、上記の第1ペプチド及び第2ペプチドを高分子に結合する。第1ペプチドを結合する第1高分子と、第2ペプチドを結合する第2高分子とは、種類が同じものであっても異なるものであっても良い。
【0022】
ペプチドの高分子への結合方法は、高分子の種類、ペプチドの結合位置に応じて従来から公知の方法より選択すればよい。ペプチドが高分子主鎖に対し側鎖として結合されたグラフト共重合体の態様であっても良いし、ペプチドが高分子主鎖中に直線的に結合されるブロック共重合体の態様であっても良い。
【0023】
本発明の第1高分子及び第2高分子の種類は特に制限はなく種々の合成高分子や天然高分子が用いられる。好ましくはカルボキシル基を有する高分子を用いる。ペプチドの結合が容易となるからである。本発明の高分子材料を生医学的用途で用いる場合は、高分子材料の構成要素が生分解性であることが好ましく、第1高分子及び第2高分子として、核酸、タンパク質、多糖類などを用いれば生体内で代謝分解されるので極めて有用である。以下の実施例では、ヒアルロン酸を用いている。
【実施例】
【0024】
1.実験方法
1-1.ペプチド合成
各種ペプチドの合成は、固相合成法に基づきペプチド合成機(peptide synthesis system, Pioneer; Applied Biosystems)で行った。固相合成で用いた支持体レジンは、Gly-PEG-PS樹脂とペプチドのC末端のカルボキシル基をアミド化するためのPAL-PEG-PS樹脂(Applied Biosystems)でNα-アミノ基の保護に9-fluorenylmethoxycarbonyl (Fmoc) 保護基が付加されたものを用いた。合成に必要なすべてのアミノ酸誘導体(ペプチド研究所)はNα-アミノ基にFmoc保護基が付加されており、リジン残基側鎖の保護にはt-butoxycarbonyl (tBoc)保護基、グルタミン酸側鎖の保護にはt-butoxy (OtBu)保護基、セリン、チロシン残基側鎖の保護基にはt-butyl (tBu)保護基、そしてシステイン、ヒスチジン、グルタミン、アスパラギン残基側鎖の保護にはtrityl (Trt)保護基が付加されたものを使用した。合成過程でのアミノ酸のカップリングには、カップリング試薬としてN-[(Dimethylamino)-1H-1,2,3-triazole[4,5-6]pyridin-1-ylmethylene]-N-methylmethanaminium hexafluorophosphate N-oxide (HATU)(Applied Biosystems)を用い、また5% 無水酢酸と6% 2,6-ジメチルピリジンを含むN,N-ジメチルホルムアミド溶液でペプチドのN末端アミノ基のアセチル化を行った。合成後のペプチド保護基の脱保護反応は、混合溶液(0.25ml EDT、0.25ml精製水、9.5ml TFA)中で、1時間半〜2時間かけて室温で行った。その後脱保護されたペプチドはt-butyl methyl ether (MTBE)で抽出し、遠心回収後、真空乾燥により得た。
【0025】
ペプチドの精製はDevelosil ODS column (Nomura Chemical)を用いてreverse-phase high-pressure liquid chromatography (RP-HPLC)(日立製作所)によって行われた。流速は10ml/minで、使用した溶離液Aは精製水(0.1%TFA)、溶離液Bはアセトニトリル(0.1%TFA)であり、溶出の際のグラジエントは溶離液Bの濃度を30分で 20%から50%に変化させて行った。RP-HPLCによって精製されたペプチドの確認は、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(matrix-assisted laser desorption ionization; MALDI)法を用いて飛行時間型質量分析機(AXIMA-CFR, 島津製作所)で行った。
【0026】
1-2.円ニ色性(CD)分光測定
リン酸緩衝溶液に溶かした各ペプチドの濃度は紫外分光光度計(U-3210 spectrophotometer、日立製作所)で、ε275.3nm=1450を用いて決定した。各種ペプチド溶液を約500μl分取し、それを光路長0.1cmの角型石英セルに入れ、250nm〜190nmの遠紫外領域のCD(Jasco J-720 spectropolarimeter、日本分光)測定を行った。
【0027】
1-3.高分子材料の作製
1-3-1.作製法1(2-3.における作製)
ヒアルロン酸6mgを25mMリン酸緩衝液(pH7)850μlに溶かし、3種のリンカー試薬1)EDC(Pierce) 16mg、2)sulfo-NHS(Pierce) 17mg、3)EMCH(Pierce) 16mgをそれぞれ25mMリン酸緩衝液(pH7)50μlに溶かした溶液を1)2)3)の順番でヒアルロン酸溶液に加え、4℃で穏やかに6時間攪拌し、ヒアルロン酸とリンカー試薬を反応させた。その後、後述のリンカー付きペプチドAV23Lを25mg/mlの濃度に溶かした溶液1mlを加え、さらに穏やかに48時間攪拌し、ヒアルロン酸にペプチドAV23Lを結合させた。その後、ペプチドAV23Lが結合したヒアルロン酸溶液を透析膜 (M.W.C.O=15000) に入れ、25mMリン酸緩衝液(pH7)に対して24時間透析を行った後、5mM HEPES (pH7.5)に対して、24時間透析した。その後、透析内液を遠心濃縮機で600μlに濃縮した。同様な手順でペプチドBV23Lもリンカーを介した状態でヒアルロン酸に結合した。
【0028】
得られたヒアルロン酸-ペプチドAV23Lおよびヒアルロン酸-ペプチドBV23Lを濃度測定した後、濃度比=1:1になるように混合し収縮実験に用いた。
【0029】
1-3-2.作製法2
ヒアルロン酸6mgを25mMリン酸緩衝液(pH7)850μlに溶かし、3種のリンカー試薬1)EDC 4mg、2)sulfo-NHS 4.3mg、3)EMCH 4mgをそれぞれ25mMリン酸緩衝液(pH7)50μlに溶かした溶液を1)2)3)の順番でヒアルロン酸溶液に加え、4℃で穏やかに6時間攪拌し、ヒアルロン酸とリンカー試薬を反応させた。その後、リンカー付きペプチドAV23Lを6mg/mlの濃度になるように溶かした溶液1mlを加え、さらに穏やかに48時間攪拌し、ヒアルロン酸にペプチドAV23Lを結合させた。その後、ペプチドAV23Lが結合したヒアルロン酸溶液を透析膜 (M.W.C.O=15000) に入れ、25mMリン酸緩衝液(pH7)に対して24時間透析を行った後、5mM HEPES (pH7.5)に対して、24時間透析した。その後、透析内液を遠心濃縮機で600μlに濃縮した。同様な手順でペプチドBV23Lもヒアルロン酸に結合させた。
【0030】
得られたヒアルロン酸-ペプチドAV23Lおよびヒアルロン酸-ペプチドBV23Lを濃度測定した後、濃度比=1:1になるように混合し収縮実験に用いた。
【0031】
2.実験結果
2-1.ペプチドA、ペプチドBの結果
合成したペプチドAとペプチドBのアミノ酸配列を図1(a)に示す。それぞれのアミノ酸配列は配列番号1と配列番号2に対応する。図1(a)においては、ペプチドAとペプチドBのアミノ酸配列について、配列番号1及び2の配列とともにN末端とC末端の官能基を明記している。これらの配列の特徴としては、ペプチドAとペプチドBの配列でN末端をアセチル化して正電荷を、またC末端をアミド化して負電荷を消しており、これはペプチドAとペプチドBのヘリックス構造を安定化させるために行っている。
【0032】
図1(b)は、ペプチドAとペプチドBとの設計時に想定したヘリックスバンドルにおけるアミノ酸残基の対応関係を示す。図1(b)を用いて、ペプチドAとペプチドBの設計指針を説明する。なお、本明細書においては、それぞれのペプチドにおいて、ポジションaとa’、dとd’におけるアミノ酸残基をヘリックスバンドルの対向面を形成するアミノ酸残基とする。それぞれのペプチドにおいてポジションa(a’)には主にバリンを配置し、ポジションd(d’)にはロイシンを配置することで、ポジションaとa’、dとd’で疎水性界面を形成するように設計されている。さらに、ポジションaとa’において16番目と19番目のアミノ酸の位置にヒスチジンを配置しておく。ヒスチジンの側鎖であるイミダゾール基は遷移金属イオンに配位することが知られており、実際に天然に存在する金属タンパク質においてもヒスチジンを利用している場合が多い。ペプチドA、ペプチドBにおいてもそれぞれ2個のヒスチジンを配置させ、金属イオン、特に正四面体配位を好む遷移金属(例えばZn2+、Cd2+など)を4個のヒスチジンで配位結合させることでヘリックス構造を形成させる目的である。またこれは同時に4個のヒスチジンが空間的に正四面体構造にならなければヘリックス構造を形成しないような設計になっており、逆平行型のヘリックス構造を取らないような役目も果たしている。またポジションgとe’、 またポジションeとg’が静電相互作用するように電荷を持つグルタミン酸(負電荷)とリジン(正電荷)を配置し、さらに自己会合しないようにグルタミン酸とリジンを配置させている。その他のポジションb(b’)、c(c’)、f(f’)には溶解度を高めるために、親水性アミノ酸を配置している。以上の設計指針のもとに合成を行い、実際にヘリックス構造を形成するか検証した。
【0033】
実際に金属イオンによって設計したペプチドがヘリックス構造を形成するかどうかCD測定により検証した。その結果を図2に示す。ペプチドAとペプチドBを1:1の濃度で混合し、金属イオンが無い条件でのCDスペクトルは200nmに極小をもつ典型的な変性構造のスペクトルであった。これはペプチドAとペプチドBは互いに相互作用していないことを示している。次に全ペプチド濃度と等濃度のCo2+、Cu2+、Ni2+を添加した場合では、金属が無い条件でのCDスペクトルと同様に変性構造のスペクトルを示した。すなわち、これらの金属イオンではペプチドはヘリックス構造を形成しないことが分かった。これはヒスチジン残基とCo2+、Cu2+、Ni2+が相互作用していないことが理由として考えられる。しかし、Zn2+を添加した場合、他のスペクトルとは異なり、208nmと222nmに極小を持つ典型的なヘリックス構造を示すスペクトルに変化した。Zn2+がヒスチジン残基と相互作用したことによりヘリックス構造を形成したと考えられる。以上の結果から、ペプチドAとペプチドBはZn2+を介して設計通りのヘリックス構造にフォールドしていることが分かった。
【0034】
次にZn2+存在下でペプチドBにペプチドAを滴定していき、ヘリックス構造を形成するかどうか、検証を行った(図3)。図3(a)はペプチドAの濃度が0〜50%である場合のCDスペクトルを、図3(b)はペプチドAの濃度が50〜100%である場合のCDスペクトルを、図3(c)はペプチドAの混合比に対する222nmの楕円率の強度を示す。図3(a)を見ると、ペプチドB単独では典型的な変性スペクトルを示しているが、ペプチドAを徐々に加えていくと208nmと222nmの楕円率の強度が負に増加し、二つの極小をもつスペクトルに変化しているのが分かる。また図3(b)より、逆にペプチドAの濃度がペプチドBの濃度よりも濃くなっていくと、208nmと222nmの楕円率の強度が減少し、ペプチドAのみではペプチドB単独の時と同様に典型的な変性スペクトルを示している。これはペプチドA単独、ペプチドB単独ではZn2+が存在していてもヘリックス構造を形成しないこと、また2つのペプチドを混ぜることではじめてヘリックス構造を形成することを示している。さらに図3(c)は222nmの楕円率のペプチドA濃度依存性を表しており、50%のペプチドAの濃度で楕円率が極小点を示すことからペプチドAとペプチドBの化学量論は1:1であることが分かった。すなわち、ペプチド1Aとペプチド1Bとが、互いを認識して1:1の比率でヘリックス構造を形成していることが分かる。このことは、互いに会合してヘリックスバンドルを形成していることを示しているということができる
さらに形成されたペプチドAとペプチドBのヘリックス構造の熱安定性を知るために、ペプチドAとペプチドBの1:1の混合体のCDスペクトルの温度依存性を調べた。その結果を図4に示す。図4から低温では典型的なヘリックス構造のスペクトルを示し、温度が上昇するとともに典型的な変性構造のスペクトルへ転移していることが確認できる。後述する図9は、本実施例で合成した3種類の金属イオン結合ペプチドの222nmの楕円率の温度依存性を示したものである。ペプチドAとペプチドBの混合体の場合、カーブフィッティングからヘリックス構造と変性構造が1:1になる転移中点温度(Tm)は、25.7℃であることが分かった。これはペプチドAとペプチドBとのヘリックス構造、すなわちヘリックスバンドルの熱安定性が低いことを示しており、25℃の常温では約50%程度しかヘリックス構造を形成していないことを示唆している。
【0035】
2-2.ペプチドAV23A、ペプチドBV23A、ペプチドAV23L、ペプチドBV23Lの結果
ペプチドAとペプチドBとの混合体のTmが25℃付近であり、構造安定性が低いことから、構造安定性を高めるためのペプチドAとペプチドBの変異体をそれぞれ2種類合成した。それぞれの変異体は、ペプチドAとペプチドBをもとに23番目のバリンをアラニン(ペプチドAV23A:配列番号3、ペプチドBV23A:配列番号4)、またはロイシンに1残基置換したもの(ペプチドAV23L:配列番号5、ペプチドBV23L:配列番号6)である。
【0036】
図5(a)においては、ペプチドAV23AとペプチドBV23Aのアミノ酸配列について、配列番号3及び4の配列とともにN末端とC末端の官能基を明記している。これらの配列は、N末端をアセチル化して正電荷を、またC末端をアミド化して負電荷を消している。図5(b)は、ペプチドAV23AとペプチドBV23Aとの設計時に想定したヘリックスバンドルにおけるアミノ酸残基の対応関係を示す。アラニンへ置換した変異体では、ヘリックス構造を形成した時に23番目のバリンはZn2+が配位する4個のヒスチジンサイトの下に位置し、バリンからアラニンへ置換することでアミノ酸側鎖が短くなり立体障害による構造的な歪みを緩和させる目的がある。
【0037】
図6(a)においては、ペプチドAV23LとペプチドBV23Lのアミノ酸配列について、配列番号5及び6の配列とともにN末端とC末端の官能基を明記している。これらの配列は、N末端をアセチル化して正電荷を、またC末端をアミド化して負電荷を消している。図6(b)は、ペプチドAV23LとペプチドBV23Lとの設計時に想定したヘリックスバンドルにおけるアミノ酸残基の対応関係を示す。ペプチドAとペプチドBを比較すると、23番目のアミノ酸がロイシンへ置換されている。ロイシンは天然に存在するヘリックスタンパク質の中で統計的に多く含まれ、実験的にもヘリックス形成傾向が強いアミノ酸であることが知られており、ヘリックス構造を形成させる傾向をより高くすることを目的に設計した。
【0038】
図7にペプチドAV23AとペプチドBV23Aの1:1の混合体(図7(a))と、ペプチドAV23LとペプチドBV23Lの1:1の混合体(図7(b))の異なる金属イオンの存在下での25℃におけるCDスペクトルを示す。図7(a)が示すように、ペプチドAV23AとペプチドBV23Aの混合体について、金属イオンが無い条件でのCDスペクトルは典型的な変性構造を示すスペクトルであった。これはペプチドAV23AとペプチドBV23Aは互いに相互作用していないことを示している。また、全ペプチド濃度と等濃度のCo2+、Cu2+、Ni2+、Zn2+を添加した場合は、金属イオンが無い条件でのCDスペクトルと同様に変性構造のスペクトルを示した。すなわち、これらの金属イオンではペプチドはヘリックス構造を形成しないことが分かった。これはヒスチジン残基とCo2+、Cu2+、Ni2+、Zn2+が相互作用していないことによると考えられる。ペプチドAとペプチドBの混合体ではZn2+添加の場合のみヘリックス構造を形成していたが、ペプチドABV23Aの場合ではZn2+を添加してもヘリックス構造を形成しなかった。これは23番目のアミノ酸残基をアラニンに置換することで、もとのバリン残基側鎖よりも側鎖が短くなったことから、ヘリックス構造形成に重要な疎水性相互作用も弱くなった結果と考えられる。
【0039】
ペプチドAV23LとペプチドBV23Lの混合体の場合は、図7(b)が示すように、ペプチドAとBの時と同様に金属イオンが無い場合とCo2+、Cu2+、Ni2+を添加した場合では変性構造のスペクトルを示した。Zn2+を添加した場合では、208nmと222nmに極小を持つ典型的なヘリックス構造を示すスペクトルに変化し、ヘリックス構造を形成した。
【0040】
さらに、ペプチドAV23AとペプチドBV23Aの1:1の混合体と、ペプチドAV23LとペプチドBV23Lの1:1の混合体のヘリックス構造の熱安定性を知るために、それぞれのCDスペクトルの温度依存性を調べた。その結果をそれぞれ図8(a)、(b)に示す。図8(a)からペプチドAV23Aと、ペプチドBV23Aの混合体は低温では典型的なヘリックス構造のスペクトルを示し、温度が上昇するとともに典型的な変性構造のスペクトルへ転移していることが確認できる。また同様に図8(b)からペプチドAV23LとペプチドBV23Lの混合体でも低温では典型的なヘリックス構造のスペクトルを示し、温度が上昇するとともに典型的な変性構造のスペクトルへ転移していることが分かった。なお、ペプチドAV23AとペプチドBV23Aの混合体の-10℃でのスペクトルにおいて、222nmでは楕円率が約-20000であるのに対して、ペプチドAV23LとペプチドBV23Lの混合体の-10℃でのスペクトルにおいて222nmでは楕円率は約-30000であり、ペプチドAV23LとペプチドBV23Lの混合体の方がよりヘリックス構造を形成し易いことを示している。
【0041】
図9は、ペプチドAとペプチドBの混合体、ペプチドAV23AとペプチドBV23Aの混合体、ペプチドAV23LとペプチドBV23Lの混合体の222nmの楕円率の温度依存性を示したものである。図9からペプチドAV23LとペプチドBV23Lの混合体の場合、カーブフィッティングからヘリックス構造と変性構造が1:1になる転移中点温度(Tm)は、33.8℃であることが分かった。これはペプチドAとペプチドBの混合体のTmよりも8℃高く、よりヘリックス構造を形成し、安定性が向上していることを示唆している。
【0042】
次に本実施例で合成した3種類のペプチド混合体の中でもっともヘリックス構造を形成し易いペプチドAV23LとペプチドBV23Lの混合体を用いて、金属イオンによるヘリックス構造形成の可逆性を調べた。図10にZn2+の存在時にEDTAを添加した場合のCDスペクトル(図10(a))、金属イオンが無い時にZn2+を添加した場合のCDスペクトル(図10(b))、222nmの楕円率のEDTA、およびZn2+の滴下量依存性(図10(c))を示す。図10(a)ではEDTAを滴下していく(図10(a)中の矢印方向)とともにヘリックス構造から変性構造へ転移していくことが分かる。また逆に図10(b)ではZn2+を滴下していく(図10(b)中の矢印方向)とともに変性構造からヘリックス構造へ転移していくことが分かる。さらに図10(c)はEDTAを滴下して変性構造に転移した後、Zn2+を滴下していくとほぼ同じ楕円率強度(222nmにおける)までヘリックス構造が回復しているのが分かる。図10(c)中、滴下量はEDTAとZn2+の滴下量の総量を表している。したがって、図10(c)中、滴下量32μl以下はEDTAの滴下量で、それ以上はZn2+の滴下量に由来している。EDTA(エチレンジアミン四酢酸)は、金属錯体を形成することにより金属イオンを不活性とする。したがって、EDTAの添加にともない、遊離状態にある金属イオン濃度が減少する。
【0043】
さらに図11は、ペプチドAV23LとペプチドBV23Lの混合体のZn2+によるヘリックス構造形成の可逆性について繰り返し実験を行った結果を示しており、何度でもほぼ同じヘリックス構造に戻ることから可逆性は非常に高いと考えられる。以上の結果から、よりヘリックス構造を形成し易いペプチドAV23LとペプチドBV23Lを用いて、次の架橋配列の合成を行った。
【0044】
2-3.ヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体の結果
最終的にヒアルロン酸への設計ペプチドの固定化を行うために、安定なヘリックス構造を形成するペプチドAV23LとペプチドBV23Lをもとに、架橋ペプチドを合成した。合成した配列の詳細を図12(a)、(b)に示す。図12(a)に示すように、リンカー付きペプチドAV23L(配列番号7)は、ペプチドAV23LのC末端にグリシン-セリン-システインの三残基を付加し、ペプチドの両末端をアセチル化、アミド化することで電荷を消す。図12(b)に示すように、リンカー付きペプチドBV23L(配列番号8)は、ペプチドBV23LのN末端にシステイン-セリン-グリシン-グリシンの四残基を付加し、同様に両末端の電荷を消す。
【0045】
リンカー付きペプチドAV23Lとリンカー付きペプチドBV23Lのヒアルロン酸への固定化は、図13に示すように、ヒアルロン酸の分子内に存在するカルボキシル基にEDC、sulfo-NHS、EMCHを反応させ、カルボキシル基をマレイミド化する。その後リンカー付きペプチドAV23L、またはリンカー付きペプチドBV23Lを添加することで、それぞれのペプチドのリンカー内にあるシステイン側鎖のスルフヒドリル基とマレイミドが化学結合しヒアルロン酸にペプチドが固定化される。
【0046】
図14は、低濃度でリンカー付きペプチドAV23Lとリンカー付きペプチドBV23Lをヒアルロン酸へ固定化した状態の写真および分子構造のイメージ図を示す。以下、リンカー付きペプチドAV23Lとリンカー付きペプチドBV23Lの1:1の混合体を「リンカー付きペプチドABV23L」と称する。ヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体で、ヒアルロン酸の濃度は1%w/v、ヒアルロン酸へのリンカー付きペプチドABV23Lの固定化率は約5%であった。図14に示すように、Zn2+を添加する前ではヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体はゾル状態である。これはZn2+が無いために固定化されたリンカー付きペプチドABV23Lがヘリックス構造を形成せず、変性構造をとり、架橋点を形成していないためと考えられる。そこにZn2+を添加すると図14の写真に示すように、透明なゲル状態に転移していることが分かる。これはZn2+を添加することで、リンカー付きペプチドABV23Lがヘリックス構造を形成し、ヒアルロン酸を架橋したためと考えられる。
【0047】
さらに実際に固定化されたリンカー付きペプチドABV23LがZn2+の有無による構造変化を確認するためにCD測定を行った。その結果を図15に示す。図15(a)は、Zn2+が無い場合のヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体の25℃におけるCDスペクトルであり、典型的な変性構造を示すスペクトルを示している。また図15(b)は、Zn2+を添加した場合のヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体の25℃におけるCDスペクトルで、208nmと222nmに極小を持つ典型的なヘリックス構造を示すスペクトルであった。
【0048】
さらにヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体でリンカー付きペプチドABV23L濃度を濃くした場合の写真を図16に示す。この場合のヒアルロン酸濃度は1%w/v、ヒアルロン酸へのリンカー付きペプチドABV23Lの固定化率は約15%である。図16(a)はヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体にZn2+を添加し形成されたゲルの状態の写真を示しており、固定化されたペプチドABV23L濃度が薄い場合では図14に示すように透明なゲルであったが、濃い場合のゲルは白く凝集していることが分かる。さらに形成されたゲルを水溶液中に浸しても何時間もそのゲル状態を保っていることから、非常に安定にリンカー付きペプチドABV23Lが架橋点としてヘリックス構造を形成し、ゲル状態を保っていると考えられる。
【0049】
次に一度形成されたゲルがもとのゾル状態に戻るかどうかの可逆性を調べるために、形成したゲルにEDTAを加え、その状態変化を追跡した。そのときの写真を図16(b)に示す。ゲルにEDTAを添加した直後から、徐々に白いゲルが透明になっている様子が確認でき、6時間後には完全に透明となり、溶液中にゲルは無く、ゾル状態に戻った。このことから非常にゆっくりとしたタイムスケールではあるが、可逆性はあると考えられる。
【0050】
2-3.ヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体の人工筋肉への応用
次にヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体の人工筋肉素材としての応用を想定し、形成されたヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体のゲルが実際に収縮するのかどうか、また収縮するとすればどれ程であるか、検証を行った。図17(a)に検証方法を示す。図17(a)に示すように、ゾル状態のヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体をシリンジに吸い取り、シャーレの中に直線的にヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体を押出す。その後、シャーレの中にZn2+溶液を入れ、ゾル状態のヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体を浸す。この時、Zn2+溶液に浸ったヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体は浸った瞬間から白濁しゲル状態に転移する。その状態の写真を図17(b)に示す。長細く白く濁ったゲルが確認できる。その瞬間からのゲルの長さの変化をプロットした結果を図17(c)に示す。ゲル化した直後を0分とし、その時のゲルの長さを100%としている。グラフから時間とともにゲルの長さが短くなっていることが分かり、約4時間後には長さに変化がなくなり、もとの長さから約20%短くなっていた。実際の生体筋肉では歪みが約30%であるが、ヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体でも生体筋肉に近い歪みが発生することが確認できた。
【0051】
なお、リンカー付きペプチドABV23Lのヘリックスバンドルの構造安定性を実験的に見積ったところ、ΔGは約7.6kcal/molであり、天然タンパク質と同じような安定性を持っていた。リンカー付きペプチドABV23Lの分子量は約7600Daであり、1グラム分子では約7.6kgの重量となる。ΔGの単位を変換すると、1グラム分子当たり約3.2tmの仕事をすることになる。生体筋肉に含まれる水は約75%(比重約1)であり、水分も含めた全体の重量を約30kgとすると、応力P=3.2tm/(0.55m)2=0.1MPa、歪みS=(1m/0.1m)×100=1000%となり、仮に仕事量を一定に保ちながらアクチュエータの特性を変換できるとすると(P・S=一定)、(P, S)=(0.1MPa, 1000%)=(3.3MPa, 30%)となり、生体筋肉と同等の30%の歪みが生じるとすると生体筋肉の応力(約0.3MPa)の約11倍の応力を発生しうることになる(図1)。以上のことから本発明のヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体は生体筋肉以上の特性を有する可能性がある人工筋肉素材として有用であることが分かる。
【0052】
図18は、これまでに開発されたアクチュエータの応力−歪特性を示した図である。図中の「PZT」はチタン酸ジルコン酸鉛を表しており、圧電効果を示す。よって電気エネルギーを変位や応力などの機械エネルギーに直接変換することでアクチュエータとして動作する。また「SMA」は形状記憶合金で、電流を流すことで加熱し、アクチュエータとして動作する。さらに「ECP」は導電性高分子を用いたアクチュエータとして知られており、電気的な酸化還元で化学構造や高分子構造を変化させ、膨潤収縮の動作を行う。これらのアクチュエータは、タンパク質のアクチンやミオシンから構成される「生体筋肉」よりも性能としては高いものであるが、「生体筋肉」のように柔軟な動きができず、また生体親和性が低いなど、「生体筋肉」にはほど遠い。「イオン性ゲル」は高分子の静電相互作用により、また「非イオン性ゲル」は疎水性相互作用により膨潤収縮をしてアクチュエータとして動作するが、「生体筋肉」より応力の発生も歪の発生も低い。「本発明の高分子材料」が100%の性能を発揮すると仮定すると、図18に示すように他の材料によるアクチュエータと比較してもっとも「生体筋肉」に近い性能を発揮することが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明の高分子材料は、その可逆的なゾル−ゲル転移を利用して、例えば人工筋肉素材等の生医学的用途として使用しうる。その他にも、そのゲル性状を利用して、医療分野、化粧品分野、農芸分野などで有用であり、例えば、コンタクトレンズ、創傷被覆材、生体組織接着剤、癒着防止材、薬剤担体、吸収材等として使用しうる。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】ペプチドAとペプチドBのアミノ酸配列(a)、および想定したヘリックスバンドルにおけるアミノ酸残基の対応関係(b)を示す図。
【図2】ペプチドAとペプチドBを1:1の濃度で混合し、4種類の金属イオン存在下、および金属イオン無しの場合のCDスペクトルを示す図。
【図3】ペプチドBにペプチドAを濃度0〜50%で滴定したときのCDスペクトル(a)、濃度50〜100%で滴定したときのCDスペクトル(b)、222nmの楕円率のペプチドA濃度依存性(c)を示す図。
【図4】ペプチドAとペプチドBの1:1の混合体のCDスペクトルの温度依存性を示す図。
【図5】ペプチドAV23AとペプチドBV23Aのアミノ酸配列(a)、および想定したヘリックスバンドルにおけるアミノ酸残基の対応関係(b)を示す図。
【図6】ペプチドAV23LとペプチドBV23Lのアミノ酸配列(a)、および想定したヘリックスバンドルにおけるアミノ酸残基の対応関係(b)を示す図。
【図7】ペプチドAV23AとペプチドBV23Aの混合体(a)と、ペプチドAV23LとペプチドBV23Lの混合体(b)の異なる金属イオンの存在下での25℃におけるCDスペクトルを示す図。
【図8】ペプチドAV23AとペプチドBV23Aの混合体(a)と、ペプチドAV23LとペプチドBV23Lの混合体(b)のCDスペクトルの温度依存性を示す図。
【図9】ペプチドAとペプチドBの混合体、ペプチドAV23AとペプチドBV23Aの混合体、ペプチドAV23LとペプチドBV23Lの混合体の222nmの楕円率の温度依存性を示す図。
【図10】ペプチドAV23LとペプチドBV23Lの混合体のZn2+の存在時にEDTAを添加した場合のCDスペクトル(a)、金属イオンが無い時にZn2+を添加した場合のCDスペクトル(b)、EDTAを滴下して変性構造に転移した後、Zn2+を滴下した場合の222nmにおける楕円率強度(c)を示す図。
【図11】ペプチドAV23LとペプチドBV23Lの混合体においてEDTAとZn2+の添加を繰り返した場合の222nmにおける楕円強度を示す図。
【図12】リンカー付きペプチドAV23L(a)と、リンカー付きペプチドBV23L(b)の配列を示す図。
【図13】ヒアルロン酸へのリンカー付きペプチドAV23Lの固定の手順を示す図。
【図14】低濃度でリンカー付きペプチドAV23Lとリンカー付きペプチドBV23Lをヒアルロン酸へ固定化した状態の写真および分子構造のイメージ図。
【図15】Zn2+が無い場合(a)、100uMのZn2+の場合(b)のヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体の25℃におけるCDスペクトルを示す図。
【図16】ヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体にZn2+を添加し形成されたゲルの状態の写真(a)、および形成したゲルにEDTAを加えた状態の写真(b)を示す図。
【図17】ヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体のゲルの収縮の検証方法(a)、ゲル状態の写真(b)、ゲルの長さの変化をプロットした結果(c)を示す図。
【図18】これまでに開発されたアクチュエータの応力−歪特性を示す図。
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子材料およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
これまで人工筋肉やソフトアクチュエータの研究開発は盛んに行われてきており、手術時のカテーテルや人工臓器、アシストリハビリテーションにおけるメカトロニクス技術、カメラや携帯電話の小型カメラのレンズ駆動部、MEMS(Micro Electrical Mechanical System)やμTAS(Micro Total Analysis System)など、様々な分野において応用がなされている。開発されているアクチュエータとしては高分子を用いたアクチュエータ(ポリマーアクチュエータ)、形状記憶材料を用いたアクチュエータ(形状記憶アクチュエータ)、静電力を利用したアクチュエータ(静電アクチュエータ)、空気圧を用いたアクチュエータ(エアアクチュエータ)など様々であるが、人工筋肉として実際に開発され実用化されているものはない。その原因として溶液環境であること、発生応力・歪みが小さい、駆動電圧が高い、寿命が短い、デバイスとして組んだ場合の重量が重い、駆動音が大きいなど様々な問題点が挙げられる。人工筋肉として発生応力や歪み、そしてエネルギー変換効率などの面でもっとも優れた素材は、生体筋肉であると考えられる。生体筋肉はソフトな材料であり、応力・歪み・エネルギー変換など高効率な機構を有しており、人工筋肉開発の非常に良い手本となるわけであるが、その構造の複雑さと未解明な駆動原理、そして電気的制御の困難さなどから、生体筋肉の実用化は現状では非常に難しい。
【0003】
生体筋肉を構成する最小単位は、アクチンとミオシンと呼ばれる巨大タンパク質である。アクチンは自己集合することで巨大な繊維状集合体(アクチンフィラメント)を形成し、ミオシン分子のヘッド部分がATPの加水分解エネルギーを利用してアクチンフィラメントをレールの様にして滑り運動を行うことによって、応力・歪みを発生させていると考えられている。ミオシンヘッドはATP結合時と解離時でその構造が異なり、タンパク質の立体構造変化を滑り運動の駆動源としている。またアクチンフィラメントとミオシンが階層的に集合することで筋原繊維を構成し、さらに筋原繊維が階層的に集合することで筋繊維を形成し、最終的に筋繊維が階層的に集まることで生体筋肉を構成している。つまり階層的構造が、ミオシン1分子の数ナノメートルのわずかな滑り運動を増幅させ、大きな歪みを生み出している。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述のような筋肉の機構を人工的に作り出すことは非常に困難である。また生体筋肉はATPをエネルギーとして利用し、カルシウムイオンを筋肉の活動状態と静止状態の切り替えのシグナル物質として利用しているが、生体筋肉をデバイスとして応用した時に、ATPやカルシウムイオンのような化学物質を制御することは非常に困難である。このような理由から、生体筋肉を人工筋肉として実用化できていないのが現状である。
【0005】
本発明は、人工筋肉素材として有用でかつ制御容易な新規な材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意研究の結果、可逆的なゾル−ゲル転移を容易に制御可能な新規な高分子材料を見出した。さらには、かかる高分子材料が人工筋肉素材として有用であることを見出した。
【0007】
タンパク質は、20種類のアミノ酸がペプチド結合で連なったヒモ状の生体分子で、生体内では様々な機能を発現し、生命活動における実行部隊のような役割を果たしている。通常タンパク質はヒモ状の構造(変性構造)では機能はなく、α-ヘリックス構造やβ-シート構造などの二次構造を形成し、さらにそれらが組み合わさって複雑な三次立体構造を形成することではじめて機能を発現する。つまりタンパク質の立体構造変化が様々な機能発現にとって重要であると言える。生体筋肉の駆動源であるミオシンヘッドも、運動という機能発現のために立体構造変化を利用している。
【0008】
本発明者は、タンパク質よりアミノ酸残基数が少ないペプチドの構造の変化に着目し、ペプチドのヘリックスバンドル形成能をゲルの架橋点形成に利用できることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、第一の本発明は、第1ペプチドが結合されている第1高分子と、第2ペプチドが結合されている第2高分子とからなる高分子材料であって、第1ペプチドおよび第2ペプチドは、金属イオンを介して互いに会合してヘリックスバンドルを形成しうるペプチドであり、遊離状態にある前記金属イオンの有無に応じて可逆的にゾル−ゲル転移をする、高分子材料を提供する。
【0010】
上記本発明の一態様において、第1ペプチドは第1のアミノ酸配列を含み、第2ペプチドは第2のアミノ酸配列を含み、第1のアミノ酸配列と第2のアミノ酸配列との組み合わせが、配列番号1と配列番号2に記載のアミノ酸配列、配列番号3と配列番号4に記載のアミノ酸配列、または配列番号5と配列番号6に記載のアミノ酸配列である。好ましくは、第1ペプチドおよび第2ペプチドの末端は電荷を有さないように修飾されている。前記金属イオンとしては、例えばZn2+が挙げられる。
【0011】
上記本発明の一態様において、前記ヘリックスバンドルの対向面を形成する第1ペプチドおよび第2ペプチドのアミノ酸残基中にヒスチジンが含まれる。前記金属イオンとして、遷移金属イオンが好ましい。前記遷移金属イオンとして、例えばZn2+またはCd2+が挙げられる。
【0012】
第1高分子および第2高分子として、好ましくはそれぞれカルボキシル基を有するものが用いられる。第1高分子および第2高分子として、例えばそれぞれ多糖類が用いられる。多糖類として、ヒアルロン酸が挙げられる。
【0013】
本発明の高分子材料は、可逆的にゾル−ゲル転移することから、人工筋肉素材に用いることができる。
【0014】
第二の本発明は、上述の高分子材料の製造方法であって、第1溶液中にて第1ペプチドを第1高分子に結合する工程(a)、第2溶液中にて第2ペプチドを第2高分子に結合する工程(b)、および工程(a)、(b)の後、第1溶液と第2溶液とを混合する工程(c)、を有する。
【0015】
第三の本発明は、上述の高分子材料の製造方法であって、第3溶液中にて遊離状態にある前記金属イオンの存在下で第1ペプチドと第2ペプチドを混合する工程(d)、および第3溶液と、第1高分子および第2高分子を含む第4溶液とを混合し、第1ペプチドを第1高分子に結合し、第2ペプチドを第2高分子に結合する工程(e)、を有する。
【発明の効果】
【0016】
本発明の高分子材料は、可逆的にゾル−ゲル転移する材料なので種々の用途に有用である。また、遊離状態にある金属イオンの有無を制御することによりゾル−ゲル転移を制御することができるので、ゾル−ゲル転移を簡単に制御することができる。また、高い構造安定性を有するように構成することができ、この場合歪みに対して大きな応力を取り出すことができ、優れた人工筋肉素材を提供しうる。さらに、本発明を構成する第1高分子及び第2高分子として生分解性高分子を用いることによって、高分子材料を生分解性とすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の高分子材料について、実施の形態及び実施例を挙げて更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0018】
本発明の高分子材料は、第1ペプチドが結合されている第1高分子と、第2ペプチドが結合されている第2高分子とからなる高分子材料であって、金属イオンの有無に応じて可逆的にゾル−ゲル転移する。第1ペプチドおよび第2ペプチドとして、金属イオンを介して互いに会合してヘリックスバンドルを形成しうるペプチドを用いる。本発明の高分子材料においては、遊離状態にある金属イオンの有無を制御することにより可逆的にゾル−ゲル転移を制御することができる。
【0019】
本明細書におけるゲル状態とは、3次元網目構造を持つ高分子が溶媒に膨潤したものであり、流動性を失った状態をいう。3次元網目構造を持つ親水性高分子が水に膨潤したものはハイドロゲルといわれる。一方、本明細書におけるゾル状態とは、3次元網目構造が崩壊し、流動性を有する状態をいう。
【0020】
第1ペプチドと第2ペプチドは、液相法または固相法を用いた化学合成により調製したものであっても、目的の配列をコードするcDNAを用いて大腸菌等により発現、精製して調製したものであっても良い。この際用いるcDNAは通常の化学合成により調製すれば良い。
【0021】
本発明では、上記の第1ペプチド及び第2ペプチドを高分子に結合する。第1ペプチドを結合する第1高分子と、第2ペプチドを結合する第2高分子とは、種類が同じものであっても異なるものであっても良い。
【0022】
ペプチドの高分子への結合方法は、高分子の種類、ペプチドの結合位置に応じて従来から公知の方法より選択すればよい。ペプチドが高分子主鎖に対し側鎖として結合されたグラフト共重合体の態様であっても良いし、ペプチドが高分子主鎖中に直線的に結合されるブロック共重合体の態様であっても良い。
【0023】
本発明の第1高分子及び第2高分子の種類は特に制限はなく種々の合成高分子や天然高分子が用いられる。好ましくはカルボキシル基を有する高分子を用いる。ペプチドの結合が容易となるからである。本発明の高分子材料を生医学的用途で用いる場合は、高分子材料の構成要素が生分解性であることが好ましく、第1高分子及び第2高分子として、核酸、タンパク質、多糖類などを用いれば生体内で代謝分解されるので極めて有用である。以下の実施例では、ヒアルロン酸を用いている。
【実施例】
【0024】
1.実験方法
1-1.ペプチド合成
各種ペプチドの合成は、固相合成法に基づきペプチド合成機(peptide synthesis system, Pioneer; Applied Biosystems)で行った。固相合成で用いた支持体レジンは、Gly-PEG-PS樹脂とペプチドのC末端のカルボキシル基をアミド化するためのPAL-PEG-PS樹脂(Applied Biosystems)でNα-アミノ基の保護に9-fluorenylmethoxycarbonyl (Fmoc) 保護基が付加されたものを用いた。合成に必要なすべてのアミノ酸誘導体(ペプチド研究所)はNα-アミノ基にFmoc保護基が付加されており、リジン残基側鎖の保護にはt-butoxycarbonyl (tBoc)保護基、グルタミン酸側鎖の保護にはt-butoxy (OtBu)保護基、セリン、チロシン残基側鎖の保護基にはt-butyl (tBu)保護基、そしてシステイン、ヒスチジン、グルタミン、アスパラギン残基側鎖の保護にはtrityl (Trt)保護基が付加されたものを使用した。合成過程でのアミノ酸のカップリングには、カップリング試薬としてN-[(Dimethylamino)-1H-1,2,3-triazole[4,5-6]pyridin-1-ylmethylene]-N-methylmethanaminium hexafluorophosphate N-oxide (HATU)(Applied Biosystems)を用い、また5% 無水酢酸と6% 2,6-ジメチルピリジンを含むN,N-ジメチルホルムアミド溶液でペプチドのN末端アミノ基のアセチル化を行った。合成後のペプチド保護基の脱保護反応は、混合溶液(0.25ml EDT、0.25ml精製水、9.5ml TFA)中で、1時間半〜2時間かけて室温で行った。その後脱保護されたペプチドはt-butyl methyl ether (MTBE)で抽出し、遠心回収後、真空乾燥により得た。
【0025】
ペプチドの精製はDevelosil ODS column (Nomura Chemical)を用いてreverse-phase high-pressure liquid chromatography (RP-HPLC)(日立製作所)によって行われた。流速は10ml/minで、使用した溶離液Aは精製水(0.1%TFA)、溶離液Bはアセトニトリル(0.1%TFA)であり、溶出の際のグラジエントは溶離液Bの濃度を30分で 20%から50%に変化させて行った。RP-HPLCによって精製されたペプチドの確認は、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(matrix-assisted laser desorption ionization; MALDI)法を用いて飛行時間型質量分析機(AXIMA-CFR, 島津製作所)で行った。
【0026】
1-2.円ニ色性(CD)分光測定
リン酸緩衝溶液に溶かした各ペプチドの濃度は紫外分光光度計(U-3210 spectrophotometer、日立製作所)で、ε275.3nm=1450を用いて決定した。各種ペプチド溶液を約500μl分取し、それを光路長0.1cmの角型石英セルに入れ、250nm〜190nmの遠紫外領域のCD(Jasco J-720 spectropolarimeter、日本分光)測定を行った。
【0027】
1-3.高分子材料の作製
1-3-1.作製法1(2-3.における作製)
ヒアルロン酸6mgを25mMリン酸緩衝液(pH7)850μlに溶かし、3種のリンカー試薬1)EDC(Pierce) 16mg、2)sulfo-NHS(Pierce) 17mg、3)EMCH(Pierce) 16mgをそれぞれ25mMリン酸緩衝液(pH7)50μlに溶かした溶液を1)2)3)の順番でヒアルロン酸溶液に加え、4℃で穏やかに6時間攪拌し、ヒアルロン酸とリンカー試薬を反応させた。その後、後述のリンカー付きペプチドAV23Lを25mg/mlの濃度に溶かした溶液1mlを加え、さらに穏やかに48時間攪拌し、ヒアルロン酸にペプチドAV23Lを結合させた。その後、ペプチドAV23Lが結合したヒアルロン酸溶液を透析膜 (M.W.C.O=15000) に入れ、25mMリン酸緩衝液(pH7)に対して24時間透析を行った後、5mM HEPES (pH7.5)に対して、24時間透析した。その後、透析内液を遠心濃縮機で600μlに濃縮した。同様な手順でペプチドBV23Lもリンカーを介した状態でヒアルロン酸に結合した。
【0028】
得られたヒアルロン酸-ペプチドAV23Lおよびヒアルロン酸-ペプチドBV23Lを濃度測定した後、濃度比=1:1になるように混合し収縮実験に用いた。
【0029】
1-3-2.作製法2
ヒアルロン酸6mgを25mMリン酸緩衝液(pH7)850μlに溶かし、3種のリンカー試薬1)EDC 4mg、2)sulfo-NHS 4.3mg、3)EMCH 4mgをそれぞれ25mMリン酸緩衝液(pH7)50μlに溶かした溶液を1)2)3)の順番でヒアルロン酸溶液に加え、4℃で穏やかに6時間攪拌し、ヒアルロン酸とリンカー試薬を反応させた。その後、リンカー付きペプチドAV23Lを6mg/mlの濃度になるように溶かした溶液1mlを加え、さらに穏やかに48時間攪拌し、ヒアルロン酸にペプチドAV23Lを結合させた。その後、ペプチドAV23Lが結合したヒアルロン酸溶液を透析膜 (M.W.C.O=15000) に入れ、25mMリン酸緩衝液(pH7)に対して24時間透析を行った後、5mM HEPES (pH7.5)に対して、24時間透析した。その後、透析内液を遠心濃縮機で600μlに濃縮した。同様な手順でペプチドBV23Lもヒアルロン酸に結合させた。
【0030】
得られたヒアルロン酸-ペプチドAV23Lおよびヒアルロン酸-ペプチドBV23Lを濃度測定した後、濃度比=1:1になるように混合し収縮実験に用いた。
【0031】
2.実験結果
2-1.ペプチドA、ペプチドBの結果
合成したペプチドAとペプチドBのアミノ酸配列を図1(a)に示す。それぞれのアミノ酸配列は配列番号1と配列番号2に対応する。図1(a)においては、ペプチドAとペプチドBのアミノ酸配列について、配列番号1及び2の配列とともにN末端とC末端の官能基を明記している。これらの配列の特徴としては、ペプチドAとペプチドBの配列でN末端をアセチル化して正電荷を、またC末端をアミド化して負電荷を消しており、これはペプチドAとペプチドBのヘリックス構造を安定化させるために行っている。
【0032】
図1(b)は、ペプチドAとペプチドBとの設計時に想定したヘリックスバンドルにおけるアミノ酸残基の対応関係を示す。図1(b)を用いて、ペプチドAとペプチドBの設計指針を説明する。なお、本明細書においては、それぞれのペプチドにおいて、ポジションaとa’、dとd’におけるアミノ酸残基をヘリックスバンドルの対向面を形成するアミノ酸残基とする。それぞれのペプチドにおいてポジションa(a’)には主にバリンを配置し、ポジションd(d’)にはロイシンを配置することで、ポジションaとa’、dとd’で疎水性界面を形成するように設計されている。さらに、ポジションaとa’において16番目と19番目のアミノ酸の位置にヒスチジンを配置しておく。ヒスチジンの側鎖であるイミダゾール基は遷移金属イオンに配位することが知られており、実際に天然に存在する金属タンパク質においてもヒスチジンを利用している場合が多い。ペプチドA、ペプチドBにおいてもそれぞれ2個のヒスチジンを配置させ、金属イオン、特に正四面体配位を好む遷移金属(例えばZn2+、Cd2+など)を4個のヒスチジンで配位結合させることでヘリックス構造を形成させる目的である。またこれは同時に4個のヒスチジンが空間的に正四面体構造にならなければヘリックス構造を形成しないような設計になっており、逆平行型のヘリックス構造を取らないような役目も果たしている。またポジションgとe’、 またポジションeとg’が静電相互作用するように電荷を持つグルタミン酸(負電荷)とリジン(正電荷)を配置し、さらに自己会合しないようにグルタミン酸とリジンを配置させている。その他のポジションb(b’)、c(c’)、f(f’)には溶解度を高めるために、親水性アミノ酸を配置している。以上の設計指針のもとに合成を行い、実際にヘリックス構造を形成するか検証した。
【0033】
実際に金属イオンによって設計したペプチドがヘリックス構造を形成するかどうかCD測定により検証した。その結果を図2に示す。ペプチドAとペプチドBを1:1の濃度で混合し、金属イオンが無い条件でのCDスペクトルは200nmに極小をもつ典型的な変性構造のスペクトルであった。これはペプチドAとペプチドBは互いに相互作用していないことを示している。次に全ペプチド濃度と等濃度のCo2+、Cu2+、Ni2+を添加した場合では、金属が無い条件でのCDスペクトルと同様に変性構造のスペクトルを示した。すなわち、これらの金属イオンではペプチドはヘリックス構造を形成しないことが分かった。これはヒスチジン残基とCo2+、Cu2+、Ni2+が相互作用していないことが理由として考えられる。しかし、Zn2+を添加した場合、他のスペクトルとは異なり、208nmと222nmに極小を持つ典型的なヘリックス構造を示すスペクトルに変化した。Zn2+がヒスチジン残基と相互作用したことによりヘリックス構造を形成したと考えられる。以上の結果から、ペプチドAとペプチドBはZn2+を介して設計通りのヘリックス構造にフォールドしていることが分かった。
【0034】
次にZn2+存在下でペプチドBにペプチドAを滴定していき、ヘリックス構造を形成するかどうか、検証を行った(図3)。図3(a)はペプチドAの濃度が0〜50%である場合のCDスペクトルを、図3(b)はペプチドAの濃度が50〜100%である場合のCDスペクトルを、図3(c)はペプチドAの混合比に対する222nmの楕円率の強度を示す。図3(a)を見ると、ペプチドB単独では典型的な変性スペクトルを示しているが、ペプチドAを徐々に加えていくと208nmと222nmの楕円率の強度が負に増加し、二つの極小をもつスペクトルに変化しているのが分かる。また図3(b)より、逆にペプチドAの濃度がペプチドBの濃度よりも濃くなっていくと、208nmと222nmの楕円率の強度が減少し、ペプチドAのみではペプチドB単独の時と同様に典型的な変性スペクトルを示している。これはペプチドA単独、ペプチドB単独ではZn2+が存在していてもヘリックス構造を形成しないこと、また2つのペプチドを混ぜることではじめてヘリックス構造を形成することを示している。さらに図3(c)は222nmの楕円率のペプチドA濃度依存性を表しており、50%のペプチドAの濃度で楕円率が極小点を示すことからペプチドAとペプチドBの化学量論は1:1であることが分かった。すなわち、ペプチド1Aとペプチド1Bとが、互いを認識して1:1の比率でヘリックス構造を形成していることが分かる。このことは、互いに会合してヘリックスバンドルを形成していることを示しているということができる
さらに形成されたペプチドAとペプチドBのヘリックス構造の熱安定性を知るために、ペプチドAとペプチドBの1:1の混合体のCDスペクトルの温度依存性を調べた。その結果を図4に示す。図4から低温では典型的なヘリックス構造のスペクトルを示し、温度が上昇するとともに典型的な変性構造のスペクトルへ転移していることが確認できる。後述する図9は、本実施例で合成した3種類の金属イオン結合ペプチドの222nmの楕円率の温度依存性を示したものである。ペプチドAとペプチドBの混合体の場合、カーブフィッティングからヘリックス構造と変性構造が1:1になる転移中点温度(Tm)は、25.7℃であることが分かった。これはペプチドAとペプチドBとのヘリックス構造、すなわちヘリックスバンドルの熱安定性が低いことを示しており、25℃の常温では約50%程度しかヘリックス構造を形成していないことを示唆している。
【0035】
2-2.ペプチドAV23A、ペプチドBV23A、ペプチドAV23L、ペプチドBV23Lの結果
ペプチドAとペプチドBとの混合体のTmが25℃付近であり、構造安定性が低いことから、構造安定性を高めるためのペプチドAとペプチドBの変異体をそれぞれ2種類合成した。それぞれの変異体は、ペプチドAとペプチドBをもとに23番目のバリンをアラニン(ペプチドAV23A:配列番号3、ペプチドBV23A:配列番号4)、またはロイシンに1残基置換したもの(ペプチドAV23L:配列番号5、ペプチドBV23L:配列番号6)である。
【0036】
図5(a)においては、ペプチドAV23AとペプチドBV23Aのアミノ酸配列について、配列番号3及び4の配列とともにN末端とC末端の官能基を明記している。これらの配列は、N末端をアセチル化して正電荷を、またC末端をアミド化して負電荷を消している。図5(b)は、ペプチドAV23AとペプチドBV23Aとの設計時に想定したヘリックスバンドルにおけるアミノ酸残基の対応関係を示す。アラニンへ置換した変異体では、ヘリックス構造を形成した時に23番目のバリンはZn2+が配位する4個のヒスチジンサイトの下に位置し、バリンからアラニンへ置換することでアミノ酸側鎖が短くなり立体障害による構造的な歪みを緩和させる目的がある。
【0037】
図6(a)においては、ペプチドAV23LとペプチドBV23Lのアミノ酸配列について、配列番号5及び6の配列とともにN末端とC末端の官能基を明記している。これらの配列は、N末端をアセチル化して正電荷を、またC末端をアミド化して負電荷を消している。図6(b)は、ペプチドAV23LとペプチドBV23Lとの設計時に想定したヘリックスバンドルにおけるアミノ酸残基の対応関係を示す。ペプチドAとペプチドBを比較すると、23番目のアミノ酸がロイシンへ置換されている。ロイシンは天然に存在するヘリックスタンパク質の中で統計的に多く含まれ、実験的にもヘリックス形成傾向が強いアミノ酸であることが知られており、ヘリックス構造を形成させる傾向をより高くすることを目的に設計した。
【0038】
図7にペプチドAV23AとペプチドBV23Aの1:1の混合体(図7(a))と、ペプチドAV23LとペプチドBV23Lの1:1の混合体(図7(b))の異なる金属イオンの存在下での25℃におけるCDスペクトルを示す。図7(a)が示すように、ペプチドAV23AとペプチドBV23Aの混合体について、金属イオンが無い条件でのCDスペクトルは典型的な変性構造を示すスペクトルであった。これはペプチドAV23AとペプチドBV23Aは互いに相互作用していないことを示している。また、全ペプチド濃度と等濃度のCo2+、Cu2+、Ni2+、Zn2+を添加した場合は、金属イオンが無い条件でのCDスペクトルと同様に変性構造のスペクトルを示した。すなわち、これらの金属イオンではペプチドはヘリックス構造を形成しないことが分かった。これはヒスチジン残基とCo2+、Cu2+、Ni2+、Zn2+が相互作用していないことによると考えられる。ペプチドAとペプチドBの混合体ではZn2+添加の場合のみヘリックス構造を形成していたが、ペプチドABV23Aの場合ではZn2+を添加してもヘリックス構造を形成しなかった。これは23番目のアミノ酸残基をアラニンに置換することで、もとのバリン残基側鎖よりも側鎖が短くなったことから、ヘリックス構造形成に重要な疎水性相互作用も弱くなった結果と考えられる。
【0039】
ペプチドAV23LとペプチドBV23Lの混合体の場合は、図7(b)が示すように、ペプチドAとBの時と同様に金属イオンが無い場合とCo2+、Cu2+、Ni2+を添加した場合では変性構造のスペクトルを示した。Zn2+を添加した場合では、208nmと222nmに極小を持つ典型的なヘリックス構造を示すスペクトルに変化し、ヘリックス構造を形成した。
【0040】
さらに、ペプチドAV23AとペプチドBV23Aの1:1の混合体と、ペプチドAV23LとペプチドBV23Lの1:1の混合体のヘリックス構造の熱安定性を知るために、それぞれのCDスペクトルの温度依存性を調べた。その結果をそれぞれ図8(a)、(b)に示す。図8(a)からペプチドAV23Aと、ペプチドBV23Aの混合体は低温では典型的なヘリックス構造のスペクトルを示し、温度が上昇するとともに典型的な変性構造のスペクトルへ転移していることが確認できる。また同様に図8(b)からペプチドAV23LとペプチドBV23Lの混合体でも低温では典型的なヘリックス構造のスペクトルを示し、温度が上昇するとともに典型的な変性構造のスペクトルへ転移していることが分かった。なお、ペプチドAV23AとペプチドBV23Aの混合体の-10℃でのスペクトルにおいて、222nmでは楕円率が約-20000であるのに対して、ペプチドAV23LとペプチドBV23Lの混合体の-10℃でのスペクトルにおいて222nmでは楕円率は約-30000であり、ペプチドAV23LとペプチドBV23Lの混合体の方がよりヘリックス構造を形成し易いことを示している。
【0041】
図9は、ペプチドAとペプチドBの混合体、ペプチドAV23AとペプチドBV23Aの混合体、ペプチドAV23LとペプチドBV23Lの混合体の222nmの楕円率の温度依存性を示したものである。図9からペプチドAV23LとペプチドBV23Lの混合体の場合、カーブフィッティングからヘリックス構造と変性構造が1:1になる転移中点温度(Tm)は、33.8℃であることが分かった。これはペプチドAとペプチドBの混合体のTmよりも8℃高く、よりヘリックス構造を形成し、安定性が向上していることを示唆している。
【0042】
次に本実施例で合成した3種類のペプチド混合体の中でもっともヘリックス構造を形成し易いペプチドAV23LとペプチドBV23Lの混合体を用いて、金属イオンによるヘリックス構造形成の可逆性を調べた。図10にZn2+の存在時にEDTAを添加した場合のCDスペクトル(図10(a))、金属イオンが無い時にZn2+を添加した場合のCDスペクトル(図10(b))、222nmの楕円率のEDTA、およびZn2+の滴下量依存性(図10(c))を示す。図10(a)ではEDTAを滴下していく(図10(a)中の矢印方向)とともにヘリックス構造から変性構造へ転移していくことが分かる。また逆に図10(b)ではZn2+を滴下していく(図10(b)中の矢印方向)とともに変性構造からヘリックス構造へ転移していくことが分かる。さらに図10(c)はEDTAを滴下して変性構造に転移した後、Zn2+を滴下していくとほぼ同じ楕円率強度(222nmにおける)までヘリックス構造が回復しているのが分かる。図10(c)中、滴下量はEDTAとZn2+の滴下量の総量を表している。したがって、図10(c)中、滴下量32μl以下はEDTAの滴下量で、それ以上はZn2+の滴下量に由来している。EDTA(エチレンジアミン四酢酸)は、金属錯体を形成することにより金属イオンを不活性とする。したがって、EDTAの添加にともない、遊離状態にある金属イオン濃度が減少する。
【0043】
さらに図11は、ペプチドAV23LとペプチドBV23Lの混合体のZn2+によるヘリックス構造形成の可逆性について繰り返し実験を行った結果を示しており、何度でもほぼ同じヘリックス構造に戻ることから可逆性は非常に高いと考えられる。以上の結果から、よりヘリックス構造を形成し易いペプチドAV23LとペプチドBV23Lを用いて、次の架橋配列の合成を行った。
【0044】
2-3.ヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体の結果
最終的にヒアルロン酸への設計ペプチドの固定化を行うために、安定なヘリックス構造を形成するペプチドAV23LとペプチドBV23Lをもとに、架橋ペプチドを合成した。合成した配列の詳細を図12(a)、(b)に示す。図12(a)に示すように、リンカー付きペプチドAV23L(配列番号7)は、ペプチドAV23LのC末端にグリシン-セリン-システインの三残基を付加し、ペプチドの両末端をアセチル化、アミド化することで電荷を消す。図12(b)に示すように、リンカー付きペプチドBV23L(配列番号8)は、ペプチドBV23LのN末端にシステイン-セリン-グリシン-グリシンの四残基を付加し、同様に両末端の電荷を消す。
【0045】
リンカー付きペプチドAV23Lとリンカー付きペプチドBV23Lのヒアルロン酸への固定化は、図13に示すように、ヒアルロン酸の分子内に存在するカルボキシル基にEDC、sulfo-NHS、EMCHを反応させ、カルボキシル基をマレイミド化する。その後リンカー付きペプチドAV23L、またはリンカー付きペプチドBV23Lを添加することで、それぞれのペプチドのリンカー内にあるシステイン側鎖のスルフヒドリル基とマレイミドが化学結合しヒアルロン酸にペプチドが固定化される。
【0046】
図14は、低濃度でリンカー付きペプチドAV23Lとリンカー付きペプチドBV23Lをヒアルロン酸へ固定化した状態の写真および分子構造のイメージ図を示す。以下、リンカー付きペプチドAV23Lとリンカー付きペプチドBV23Lの1:1の混合体を「リンカー付きペプチドABV23L」と称する。ヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体で、ヒアルロン酸の濃度は1%w/v、ヒアルロン酸へのリンカー付きペプチドABV23Lの固定化率は約5%であった。図14に示すように、Zn2+を添加する前ではヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体はゾル状態である。これはZn2+が無いために固定化されたリンカー付きペプチドABV23Lがヘリックス構造を形成せず、変性構造をとり、架橋点を形成していないためと考えられる。そこにZn2+を添加すると図14の写真に示すように、透明なゲル状態に転移していることが分かる。これはZn2+を添加することで、リンカー付きペプチドABV23Lがヘリックス構造を形成し、ヒアルロン酸を架橋したためと考えられる。
【0047】
さらに実際に固定化されたリンカー付きペプチドABV23LがZn2+の有無による構造変化を確認するためにCD測定を行った。その結果を図15に示す。図15(a)は、Zn2+が無い場合のヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体の25℃におけるCDスペクトルであり、典型的な変性構造を示すスペクトルを示している。また図15(b)は、Zn2+を添加した場合のヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体の25℃におけるCDスペクトルで、208nmと222nmに極小を持つ典型的なヘリックス構造を示すスペクトルであった。
【0048】
さらにヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体でリンカー付きペプチドABV23L濃度を濃くした場合の写真を図16に示す。この場合のヒアルロン酸濃度は1%w/v、ヒアルロン酸へのリンカー付きペプチドABV23Lの固定化率は約15%である。図16(a)はヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体にZn2+を添加し形成されたゲルの状態の写真を示しており、固定化されたペプチドABV23L濃度が薄い場合では図14に示すように透明なゲルであったが、濃い場合のゲルは白く凝集していることが分かる。さらに形成されたゲルを水溶液中に浸しても何時間もそのゲル状態を保っていることから、非常に安定にリンカー付きペプチドABV23Lが架橋点としてヘリックス構造を形成し、ゲル状態を保っていると考えられる。
【0049】
次に一度形成されたゲルがもとのゾル状態に戻るかどうかの可逆性を調べるために、形成したゲルにEDTAを加え、その状態変化を追跡した。そのときの写真を図16(b)に示す。ゲルにEDTAを添加した直後から、徐々に白いゲルが透明になっている様子が確認でき、6時間後には完全に透明となり、溶液中にゲルは無く、ゾル状態に戻った。このことから非常にゆっくりとしたタイムスケールではあるが、可逆性はあると考えられる。
【0050】
2-3.ヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体の人工筋肉への応用
次にヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体の人工筋肉素材としての応用を想定し、形成されたヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体のゲルが実際に収縮するのかどうか、また収縮するとすればどれ程であるか、検証を行った。図17(a)に検証方法を示す。図17(a)に示すように、ゾル状態のヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体をシリンジに吸い取り、シャーレの中に直線的にヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体を押出す。その後、シャーレの中にZn2+溶液を入れ、ゾル状態のヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体を浸す。この時、Zn2+溶液に浸ったヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体は浸った瞬間から白濁しゲル状態に転移する。その状態の写真を図17(b)に示す。長細く白く濁ったゲルが確認できる。その瞬間からのゲルの長さの変化をプロットした結果を図17(c)に示す。ゲル化した直後を0分とし、その時のゲルの長さを100%としている。グラフから時間とともにゲルの長さが短くなっていることが分かり、約4時間後には長さに変化がなくなり、もとの長さから約20%短くなっていた。実際の生体筋肉では歪みが約30%であるが、ヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体でも生体筋肉に近い歪みが発生することが確認できた。
【0051】
なお、リンカー付きペプチドABV23Lのヘリックスバンドルの構造安定性を実験的に見積ったところ、ΔGは約7.6kcal/molであり、天然タンパク質と同じような安定性を持っていた。リンカー付きペプチドABV23Lの分子量は約7600Daであり、1グラム分子では約7.6kgの重量となる。ΔGの単位を変換すると、1グラム分子当たり約3.2tmの仕事をすることになる。生体筋肉に含まれる水は約75%(比重約1)であり、水分も含めた全体の重量を約30kgとすると、応力P=3.2tm/(0.55m)2=0.1MPa、歪みS=(1m/0.1m)×100=1000%となり、仮に仕事量を一定に保ちながらアクチュエータの特性を変換できるとすると(P・S=一定)、(P, S)=(0.1MPa, 1000%)=(3.3MPa, 30%)となり、生体筋肉と同等の30%の歪みが生じるとすると生体筋肉の応力(約0.3MPa)の約11倍の応力を発生しうることになる(図1)。以上のことから本発明のヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体は生体筋肉以上の特性を有する可能性がある人工筋肉素材として有用であることが分かる。
【0052】
図18は、これまでに開発されたアクチュエータの応力−歪特性を示した図である。図中の「PZT」はチタン酸ジルコン酸鉛を表しており、圧電効果を示す。よって電気エネルギーを変位や応力などの機械エネルギーに直接変換することでアクチュエータとして動作する。また「SMA」は形状記憶合金で、電流を流すことで加熱し、アクチュエータとして動作する。さらに「ECP」は導電性高分子を用いたアクチュエータとして知られており、電気的な酸化還元で化学構造や高分子構造を変化させ、膨潤収縮の動作を行う。これらのアクチュエータは、タンパク質のアクチンやミオシンから構成される「生体筋肉」よりも性能としては高いものであるが、「生体筋肉」のように柔軟な動きができず、また生体親和性が低いなど、「生体筋肉」にはほど遠い。「イオン性ゲル」は高分子の静電相互作用により、また「非イオン性ゲル」は疎水性相互作用により膨潤収縮をしてアクチュエータとして動作するが、「生体筋肉」より応力の発生も歪の発生も低い。「本発明の高分子材料」が100%の性能を発揮すると仮定すると、図18に示すように他の材料によるアクチュエータと比較してもっとも「生体筋肉」に近い性能を発揮することが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明の高分子材料は、その可逆的なゾル−ゲル転移を利用して、例えば人工筋肉素材等の生医学的用途として使用しうる。その他にも、そのゲル性状を利用して、医療分野、化粧品分野、農芸分野などで有用であり、例えば、コンタクトレンズ、創傷被覆材、生体組織接着剤、癒着防止材、薬剤担体、吸収材等として使用しうる。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】ペプチドAとペプチドBのアミノ酸配列(a)、および想定したヘリックスバンドルにおけるアミノ酸残基の対応関係(b)を示す図。
【図2】ペプチドAとペプチドBを1:1の濃度で混合し、4種類の金属イオン存在下、および金属イオン無しの場合のCDスペクトルを示す図。
【図3】ペプチドBにペプチドAを濃度0〜50%で滴定したときのCDスペクトル(a)、濃度50〜100%で滴定したときのCDスペクトル(b)、222nmの楕円率のペプチドA濃度依存性(c)を示す図。
【図4】ペプチドAとペプチドBの1:1の混合体のCDスペクトルの温度依存性を示す図。
【図5】ペプチドAV23AとペプチドBV23Aのアミノ酸配列(a)、および想定したヘリックスバンドルにおけるアミノ酸残基の対応関係(b)を示す図。
【図6】ペプチドAV23LとペプチドBV23Lのアミノ酸配列(a)、および想定したヘリックスバンドルにおけるアミノ酸残基の対応関係(b)を示す図。
【図7】ペプチドAV23AとペプチドBV23Aの混合体(a)と、ペプチドAV23LとペプチドBV23Lの混合体(b)の異なる金属イオンの存在下での25℃におけるCDスペクトルを示す図。
【図8】ペプチドAV23AとペプチドBV23Aの混合体(a)と、ペプチドAV23LとペプチドBV23Lの混合体(b)のCDスペクトルの温度依存性を示す図。
【図9】ペプチドAとペプチドBの混合体、ペプチドAV23AとペプチドBV23Aの混合体、ペプチドAV23LとペプチドBV23Lの混合体の222nmの楕円率の温度依存性を示す図。
【図10】ペプチドAV23LとペプチドBV23Lの混合体のZn2+の存在時にEDTAを添加した場合のCDスペクトル(a)、金属イオンが無い時にZn2+を添加した場合のCDスペクトル(b)、EDTAを滴下して変性構造に転移した後、Zn2+を滴下した場合の222nmにおける楕円率強度(c)を示す図。
【図11】ペプチドAV23LとペプチドBV23Lの混合体においてEDTAとZn2+の添加を繰り返した場合の222nmにおける楕円強度を示す図。
【図12】リンカー付きペプチドAV23L(a)と、リンカー付きペプチドBV23L(b)の配列を示す図。
【図13】ヒアルロン酸へのリンカー付きペプチドAV23Lの固定の手順を示す図。
【図14】低濃度でリンカー付きペプチドAV23Lとリンカー付きペプチドBV23Lをヒアルロン酸へ固定化した状態の写真および分子構造のイメージ図。
【図15】Zn2+が無い場合(a)、100uMのZn2+の場合(b)のヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体の25℃におけるCDスペクトルを示す図。
【図16】ヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体にZn2+を添加し形成されたゲルの状態の写真(a)、および形成したゲルにEDTAを加えた状態の写真(b)を示す図。
【図17】ヒアルロン酸-リンカー付きペプチドABV23L複合体のゲルの収縮の検証方法(a)、ゲル状態の写真(b)、ゲルの長さの変化をプロットした結果(c)を示す図。
【図18】これまでに開発されたアクチュエータの応力−歪特性を示す図。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1ペプチドが結合されている第1高分子と、第2ペプチドが結合されている第2高分子とからなる高分子材料であって、
第1ペプチドおよび第2ペプチドは、金属イオンを介して互いに会合してヘリックスバンドルを形成しうるペプチドであり、
遊離状態にある前記金属イオンの有無に応じて可逆的にゾル−ゲル転移をする、高分子材料。
【請求項2】
第1ペプチドは第1のアミノ酸配列を含み、第2ペプチドは第2のアミノ酸配列を含み、
第1のアミノ酸配列と第2のアミノ酸配列との組み合わせが、配列番号1と配列番号2に記載のアミノ酸配列、配列番号3と配列番号4に記載のアミノ酸配列、または配列番号5と配列番号6に記載のアミノ酸配列である、請求項1に記載の高分子材料。
【請求項3】
第1ペプチドおよび第2ペプチドの末端は電荷を有さないように修飾されている、請求項2に記載の高分子材料。
【請求項4】
前記金属イオンはZn2+である、請求項2に記載の高分子材料。
【請求項5】
前記ヘリックスバンドルの対向面を形成する第1ペプチドおよび第2ペプチドのアミノ酸残基中にヒスチジンが含まれる、請求項1に記載の高分子材料。
【請求項6】
前記金属イオンは遷移金属イオンである、請求項5に記載の高分子材料。
【請求項7】
前記遷移金属イオンは、Zn2+またはCd2+である、請求項6に記載の高分子材料。
【請求項8】
第1高分子および第2高分子は、それぞれカルボキシル基を有する、請求項1に記載の高分子材料。
【請求項9】
第1高分子および第2高分子は、それぞれ多糖類である、請求項8に記載の高分子材料。
【請求項10】
第1高分子および第2高分子は、それぞれヒアルロン酸である、請求項9に記載の高分子材料。
【請求項11】
人工筋肉素材に用いられる、請求項1に記載の高分子材料。
【請求項12】
第1溶液中にて第1ペプチドを第1高分子に結合する工程(a)、
第2溶液中にて第2ペプチドを第2高分子に結合する工程(b)、および
工程(a)、(b)の後、第1溶液と第2溶液とを混合する工程(c)、を有する、請求項1に記載の高分子材料の製造方法。
【請求項13】
第3溶液中にて遊離状態にある前記金属イオンの存在下で第1ペプチドと第2ペプチドを混合する工程(d)、および
第3溶液と、第1高分子および第2高分子を含む第4溶液とを混合し、第1ペプチドを第1高分子に結合し、第2ペプチドを第2高分子に結合する工程(e)、を有する、請求項1に記載の高分子材料の製造方法。
【請求項1】
第1ペプチドが結合されている第1高分子と、第2ペプチドが結合されている第2高分子とからなる高分子材料であって、
第1ペプチドおよび第2ペプチドは、金属イオンを介して互いに会合してヘリックスバンドルを形成しうるペプチドであり、
遊離状態にある前記金属イオンの有無に応じて可逆的にゾル−ゲル転移をする、高分子材料。
【請求項2】
第1ペプチドは第1のアミノ酸配列を含み、第2ペプチドは第2のアミノ酸配列を含み、
第1のアミノ酸配列と第2のアミノ酸配列との組み合わせが、配列番号1と配列番号2に記載のアミノ酸配列、配列番号3と配列番号4に記載のアミノ酸配列、または配列番号5と配列番号6に記載のアミノ酸配列である、請求項1に記載の高分子材料。
【請求項3】
第1ペプチドおよび第2ペプチドの末端は電荷を有さないように修飾されている、請求項2に記載の高分子材料。
【請求項4】
前記金属イオンはZn2+である、請求項2に記載の高分子材料。
【請求項5】
前記ヘリックスバンドルの対向面を形成する第1ペプチドおよび第2ペプチドのアミノ酸残基中にヒスチジンが含まれる、請求項1に記載の高分子材料。
【請求項6】
前記金属イオンは遷移金属イオンである、請求項5に記載の高分子材料。
【請求項7】
前記遷移金属イオンは、Zn2+またはCd2+である、請求項6に記載の高分子材料。
【請求項8】
第1高分子および第2高分子は、それぞれカルボキシル基を有する、請求項1に記載の高分子材料。
【請求項9】
第1高分子および第2高分子は、それぞれ多糖類である、請求項8に記載の高分子材料。
【請求項10】
第1高分子および第2高分子は、それぞれヒアルロン酸である、請求項9に記載の高分子材料。
【請求項11】
人工筋肉素材に用いられる、請求項1に記載の高分子材料。
【請求項12】
第1溶液中にて第1ペプチドを第1高分子に結合する工程(a)、
第2溶液中にて第2ペプチドを第2高分子に結合する工程(b)、および
工程(a)、(b)の後、第1溶液と第2溶液とを混合する工程(c)、を有する、請求項1に記載の高分子材料の製造方法。
【請求項13】
第3溶液中にて遊離状態にある前記金属イオンの存在下で第1ペプチドと第2ペプチドを混合する工程(d)、および
第3溶液と、第1高分子および第2高分子を含む第4溶液とを混合し、第1ペプチドを第1高分子に結合し、第2ペプチドを第2高分子に結合する工程(e)、を有する、請求項1に記載の高分子材料の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図15】
【図18】
【図14】
【図16】
【図17】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図15】
【図18】
【図14】
【図16】
【図17】
【公開番号】特開2008−222573(P2008−222573A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−59244(P2007−59244)
【出願日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【Fターム(参考)】
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