説明

高周波磁性材料測定システム

【課題】従来の高周波磁性材料特性の測定装置は、複素透磁率に特化されたものが多く、緩和係数などの他の高周波パラメータの測定には、別個に新しい測定装置が必要であり、研究者には大きな経済的負担となっていた。また、その測定手順が複雑なだけではなく、その絶対値の精度自体の信頼性に疑問が残る場合が少なくなかった。
【解決手段】この問題を解決するために、本発明は、短絡伝送線路の短絡端に磁性材料を装荷してSパラメータを測定し、その変化から磁性材料の材料特性を測定するシステムを本発明で提供する。概磁性材料の材料特性として、強磁性共鳴緩和係数α、もしくは強磁性共鳴半値幅ΔH、複素透磁率μ=μ’−jμ”の測定手段を具備しているだけでなく、概複素透磁率μ=μ’−jμ”の校正手段として、標準試料の強磁性共鳴緩和係数α、もしくは強磁性共鳴半値幅ΔHと飽和磁化4πMsを用いて概短絡伝送線路の治具定数を校正できることが特徴である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高周波で使用される磁性材料の材料特性を測定するための測定システムの分野に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在の高周波磁性材料特性の測定システムの技術は、共振法と非共振法の二つに大きく分けられる。共振法は高周波共振器の中に試料を挿入し、その挿入前後での品質係数Qと共鳴周波数frの変化から、複素透磁率μ=μ’−jμ”、強磁性共鳴緩和係数α、飽和磁化4πMsなどを測定できる。この方法は古くから検討され、国際規格(IEC60556)にも登録されている。
【0003】
共振法の特徴は、高感度なことあり、微小な試料でも測定が可能である。しかし、一つの共振器で一つの高周波帯しか測定できないという不便がある。広帯域で測定する場合は、周波数帯の応じた共振器の数が必要である。また、共振器の大きさは高周波の波長に比例するので、低周波になると非常に大きな共振器が必要となる。また、測定データの解析に摂動論を用いているため、試料の信号が大きくなると測定誤差を招きやすい。
【0004】
これに対して非共振法は、伝送線路に直接試料を装荷し、その装荷前後でSパラメータを測定し、その変化から材料特性である複素透磁率μ=μ’−jμ”、強磁性共鳴緩和係数α、飽和磁化4πMsなどを測定する方法である。この非共振法には、伝送線路を進行型にする方法と、反射型で測定する方法の二つがある。前者は二つのSパラメータが存在し、実質的に4個の独立変数が測定できるので、複素透磁率だけではなく複素誘電率の測定も可能である。一方、反射型は伝送線路の短絡端に試料を装荷する方法である。近似的には、その部分は高周波電界が零で高周波磁界が最大となるので、磁性材料の透磁率を優先的に測定することが可能である。
【0005】
反射型の構成は、伝承線路の種類によって異なる。例えば、導波管、同軸線路、ストリップライン、マイクロストリップラインなどその短絡端の形態は様々である。このような種々の短絡端で透磁率を測定する場合、試料の伝送線路に対する占積率や結合係数が透磁率の絶対値を計算する場合に必要不可欠となる。しかし、実際には、特別な試料形状を除いて、電磁界理論を用いて合理的に計算できない場合が多い。
【非特許文献1】IEC60556ED.2
【特許文献1】特許公開平7−104044
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このように、従来技術では、複素透磁率μ=μ’−jμ”、強磁性共鳴緩和係数α、飽和磁化4πMsなどの磁性特性を測定しようとすると、大掛かりな測定装置が複数必要であり、その設備投資も膨大である。また、その測定データの校正方法も充分確立されているは言いがたく、さらなる研究の余地が残されている分野である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
このような従来技術の背景の中で、本発明の高周波磁性材料測定システムは、短絡伝送線路の短絡端に磁性材料を装荷してSパラメータを測定し、その変化から磁性材料の材料特性を測定するシステムであって、概磁性材料の材料特性として、強磁性共鳴緩和係数α、もしくは強磁性共鳴半値幅ΔH、複素透磁率μ=μ’−jμ”の測定手段を具備し、概複素透磁率μ=μ’−jμ”の校正手段として、標準試料の強磁性共鳴緩和係数α、もしくは強磁性共鳴半値幅ΔHと飽和磁化4πMsを用いて概短絡伝送線路の治具定数を校正することを特徴としている。
【0008】
また、本発明の高周波磁性材料測定システムは、前記短絡伝送線路がマイクロストリップラインであることを特徴としている。
【0009】
本発明の高周波磁性材料測定システムは、短絡伝送線の短絡端に磁性材料を装荷してSパラメータを測定し、その変化から磁性材料の材料特性を測定するシステムであって、磁性特性の無い基準状態を実現するために、静磁界を印加する手段を有し、かつその印加方向が伝送線路の高周波の進行方向に垂直であることを特徴としている。
【0010】
本発明の高周波磁性材料測定システムは、前記短絡伝送線路がマイクロストリップラインであって、磁性特性の無い基準状態実現のための前記静磁界の方向が、マイクロストリップラインの地導体平面に平行であることを特徴としている。
【発明の効果】
【0011】
本発明の高周波磁性材料測定システムを用いることにより、高周波磁性材料の強磁性共鳴緩和係数α、もしくは強磁性共鳴半値幅ΔHと飽和磁化4πMsを精度よく測定できる。同じ方法を標準試料に適用すれば、測定治具である短絡伝送線の治具定数を校正でき、従来技術では達成できなかった簡便さで未知の材料の複素透磁率μ=μ’−jμ”を精度よく測定できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下本発明の形態について添付図面と数式を用いて説明する。
【0013】
図1は本発明の基本要素となった短絡伝送線路の等価回路図である。磁性材料装荷前は図1(a)に示すようにこれを空芯インダクタンスLoと考える。この短絡端に試料を挿入した場合は、図1(b)のように、η部分だけが磁性材料が担ったとする。ここでは、ηを結合係数と呼ぶことにする。このとき、試料挿入前後の入力インピーダンスZi,Zilは、それぞれ次のようになる。
【数1】

ただし、次の関係を用いた。
【数2】

【0014】
ここで、結合係数η、空芯インダクタンスLo、Kを短絡伝送線路の治具定数と定義する。したがって、(a/ω)と(b/ω)を測定すれば、Kが既知であれば、複素透磁率μ=μ’−jμ”の各要素μ’、μ”を測定できる。これらの量は、短絡伝送線路に試料を挿入する前後のSパラメータの変化を測定すると(a/ω)と(b/ω)+Loを測定できる。この関係を次式に示した。ただし、ここでGはSパラメータを反射係数に書きなおしたものであり、δは位相差である。
【数3】


このように直接(a/ω)は測定できるが、(b/ω)は(b/ω)+Loの形で測定される。したがって、結合係数ηと空芯インダクタンスLoが既知であれば、(3a),(3b)から(a/ω),(b/ω)が決まり、(2a)(2b)(2c)から、複素透磁率の各要素μ’、μ”を求めることができる。
【0015】
次に、標準試料を用いて治具定数である結合係数ηと空芯インダクタンスLoを求める方法について述べる。その前に、まず、標準試料の強磁性共鳴緩和係数αと飽和磁化4πMsを測定しなければならない。この方法について述べる。等方性の損失の比較的小さい平板状の標準試料を用意し、強磁性共鳴(FMR)実験を行う。形状は円板か正方形板が望ましい。FMR実験は、平板に垂直に磁界を印加して行われる。本発明の短絡伝送線路の一つの実施例ある短絡マイクロストリップラインの構成を図2に示す。試料4は、中心導体1と地導体2の間に挿入され、地導体に固定される。静磁界5は試料4の表面に垂直に印加される。このとき静磁界5は厳密に試料4の表面に対して垂直でなければならない。本実施例では、磁界角度の回転軸と試料面の回転軸を直行させた構造となっており、FMRの共鳴周波数を観測しながら、それを最低になるように調整できる。
【0016】
この状態で周波数を掃引して、Sパラメータを測定し、(3a),(3b)の演算を行って得られた(a/ω)と(b/ω)+Loを周波数に対してプロットすると、図3のような曲線が得られる。(a/ω)が最大(a/ω)maxなる周波数が共鳴周波数frである。丁度(a/ω)が(a/ω)maxの1/2となる周波数がfの上下f,fに存在する。その差f1−f2が半値幅である。このとき強磁性共鳴緩和係数αと、これと等価な強磁性共鳴半値幅ΔHは次のように算出される。
α=(f−f)/2f………………………………………(4a)
ΔH=(f−f)/γ………………………………………(4b)
【0017】
一方、飽和磁化4πMsは次式で計算される。
4πMs=(Hext−2πfr/γ)Neff………………………(5)
ここで、Hextは外部靜磁界、Neffは実効反磁界係数、γはジャイロ磁気定数である。
【0018】
強磁性共鳴緩和係数αと飽和磁化4πMs、実効反磁界係数Neffが分かれば、FMR理論により、標準試料の複素透磁率μ=μ’−jμ”を計算できる。ただし、ここでは緩和機構としてGilbert型を用いている。
μ’−1=ωA{A+ω(α−1)}/B…………………(6a)
μ”=ωωα{A+ω(1+α)}/B……………………(6b)
B=[{A−ω(1+α)}+4(Aωα)]………………(6c)
A=ω−ωeff…………………………………………(6d)
ω=γHext…………………………………………………(6e)
ω=γ4πMs…………………………………………………(6f)
今、共鳴周波数ω=ω=2πf=A/(1+α1/2だけに注目すれば、(6a)(6b)は次のようになる。
μ’−1=ω/(2A)………………………………………(7a)
μ”=μ”max={(1+α1/2/α}ω/(2A)………………(7b)
なお上の計算では本発明の測定手段を用いて測定した飽和磁化4πMsを用いたが、必ずしもこれにこだわる必要は無い。VSMなど他の手段で測定した4πMsを用いても問題はない。
【0019】
一方、共鳴周波数ωにおける(a/ω)maxと(b/ω)+Loは(3a)(3b)で測定されているので、(2a)式と(7b)式、(2b)式と(7a)式から、次式を得る。
(a/ω)max=Kμ”max=K{(1+α1/2/α}ω/(2A)………………(8a)
(b/ω)+Lo=K(μ’−1)=Kω/(2A)…………………(8b)
これより、(8a)からKが求まり、さらに、(8b)からLoが求めら、K=ηLoの関係から結合係数ηが決定される。このようにして、標準試料を用いることにより短絡伝送線路で構成される測定冶具の冶具定数を求めることができる。この方法が本発明の根幹である。なお、本実施例では、共鳴周波数ω=ωのみを論じたが、この近傍の他の周波数たとえば、ω=ω(1±α)で計算しても、治具定数K、η、Loを求めることができる。本発明の範囲は、特定の周波数に限定するものではない。
【0020】
図4に本発明の技術を用いて測定した標準試料の飽和磁化の寸法比依存性を示す。実効反磁界係数Neffを実験的に精密に導出できれば、図4の補正後の直線に示すように寸法比が変わっても、ほぼ同じような飽和磁化4πMsを求めることができる。
【0021】
図5は本発明の技術を用いてFMR実験での複素透磁率を測定した結果である。実数部μ’−1、虚数部μ”とも理論曲線にきわめて近い曲線が測定された。このように複素透磁率の絶対値の校正をFMRの実験結果を利用する本発明の手段を用いることにより、複素透磁率を簡便に測定できることが分かる。
【0022】
本発明の手段で複素透磁率を精度よく測定するためには、試料の無い状態、もしくは磁性特性が無い状態のSパラメータを測定する必要がある。この状態は、試料の無い状態でSパラメータを測定すればよいが、これは高周波では正しくない。磁性材料が誘電体のためにそれによる寄与がどうしても取り除けないからである。この困難さを克服するためには、強い靜磁界を試料に印加して、見かけ上透磁率が1のものが得られるとよい。しかしその靜磁界の印加方向が問題である。測定する高周波磁界と垂直に靜磁界を印加すると、高周波トルクが残存し、強磁性共鳴のテール部分を見ていることになり、なかなかμ=1の状態を実現することが難しい。
【0023】
Polderテンソルのzz成分がほぼ1であることに着目し、測定治具の高周波磁界の方向に靜磁界6を印加するとその効果は絶大である。なぜなら、高周波磁界7と飽和磁化の方向が平行の場合は高周波トルクがほとんど働かないからである。短絡マイクロストリップラインの場合の靜磁界方向6を図6に示した。高周波の進行方向と直角であるだけでなく、ストリップラインの地導体2と平行にすることにより、ほぼ高周波磁界と靜磁界の方向は等しくなる。上記実施例の測定はこのようにして行われた。
【0024】
なお、本実施例では、静磁界を一定にして、周波数掃引をすることにより、各種パラメータを求めたが、周波数を一定にして、静磁界を掃引しても同じような議論が成立することは明らかである。本発明の範囲は周波数掃引、磁界掃引の区別を問わない。
【0025】
また、本実施例では、マイクロストリップ線路の短絡端についてのみ説明したが、トリプレートのストリップラ線路、コープラーナ線路、同軸線路、導波管など他の伝送線路でも全く同じ議論が成立するので、本発明の範囲は伝送線路の区別を問わない。
【産業上の利用可能性】
【0026】
以上の説明から明らかなように、本発明の技術によれば、高い周波数帯域まで複素透磁率の測定が可能であり、かつ強磁性共鳴緩和係数や飽和磁化が測定できることから、広範囲の応用分野に対応した高周波磁性材料の測定システムを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の基本となった等価回路図
【図2】本発明においてFMRを実施するための短絡伝送線路の配置図
【図3】本発明の短絡伝送線路で測定した標準試料の複素インダクタンス
【図4】本発明の短絡伝送線路で測定したフェライト円板の飽和磁化と寸法比の関係図
【図5】本発明の短絡伝送線路で測定したFMRの複素透磁率の周波数特性図
【図6】本発明において基準となるSパラメータ測定ための短絡伝送線の配置図
【符号の説明】
【0028】
1;中心導体
2;地導体
3;コネクター
4;試料
5;試料表面に垂直な静磁界
6;高周波磁界と平行な静磁界
7;高周波磁界

【特許請求の範囲】
【請求項1】
短絡伝送線路の短絡端に磁性材料を装荷してSパラメータを測定し、その変化から磁性材料の材料特性を測定するシステムであって、概磁性材料の材料特性として、強磁性共鳴緩和係数α、もしくは強磁性共鳴半値幅ΔH、複素透磁率μ=μ’−jμ”の測定手段を具備し、概複素透磁率μ=μ’−jμ”の校正手段として、標準試料の強磁性共鳴緩和係数α、もしくは強磁性共鳴半値幅ΔHと飽和磁化4πMsを用いて概短絡伝送線路の治具定数を校正したことを特徴とする高周波磁性材料測定システム。
【請求項2】
前記短絡伝送線路がマイクロストリップラインであることを特徴とする請求項1記載の高周波磁性材料測定システム。
【請求項3】
短絡伝送線の短絡端に磁性材料を装荷してSパラメータを測定し、その変化から磁性材料の材料特性を測定するシステムであって、磁性特性の無い基準状態を実現するために、静磁界を印加する手段を有し、かつその印加方向が伝送線路の高周波の進行方向に垂直であることを特徴とする請求項1記載の高周波磁性材料測定システム。
【請求項4】
前記短絡伝送線路がマイクロストリップラインであって、磁性特性の無い基準状態実現のための前記静磁界の印加方向が、マイクロストリップラインの地導体平面に平行であることを特徴とする請求項3記載の高周波磁性材料測定システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−14920(P2008−14920A)
【公開日】平成20年1月24日(2008.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−210327(P2006−210327)
【出願日】平成18年7月5日(2006.7.5)
【出願人】(502383889)キーコム株式会社 (28)
【Fターム(参考)】