説明

高度安全性痘瘡ワクチンウイルスおよびワクシニアウイルスベクター

リバージョン(先祖帰り)を起こしにくいワクチン株を作出し、より安全性の高い痘瘡ワクチンを提供することを目的とする。本ワクチンウイルスは、ワクシニアウイルス株LC16m8株またはLC16mO株のB5R遺伝子の一部または全部を欠失しており、正常な機能を有するB5R遺伝子産物を産生しない。本ワクチンウイルスは、痘瘡ワクチンとして、また外来遺伝子を発現し得るベクターとして使用可能である。そして、復帰突然変異により正常機能を有するB5R遺伝子産物を産生しない痘瘡ワクチンおよびワクシニアウイルスベクターを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、新規なワクシニアウイルスおよびウイルスベクターに関するものである。具体的には、リバージョン(復帰突然変異または先祖帰り)を起こしやすい弱毒痘瘡ワクシニアウイルスLC16m8株およびその親株LC16mO株から、リバージョンに関わる遺伝子を除去することによりリバージョンを起こしにくくした、遺伝的に安定でより安全なワクシニアウイルスおよびワクシニアウイルスベクターに関するものである。
【背景技術】
痘瘡ワクチンはかつて全世界で使用され、天然痘の撲滅に貢献した。しかし、当時のワクチン株はいずれも、1)種痘後脳炎のような重篤な副作用を引き起こすこと、2)ワクチンの生産はウイルスを牛の皮膚に接種し、できた膿瘍から取り出すという原始的な手法によっており、無菌性を保証することが容易ではない、という問題点を持っていた。千葉県血清研究所の橋爪らはこのような問題点を解決するために、当時世界中で用いられていた痘苗株の中で比較的副作用が少ないとされていたLister株を初代ウサギ腎臓細胞(PRK)に30℃で継代培養し、その中から、40.8℃以上では増殖しない温度感受性株としてLC16株を樹立した。LC16株はサルの中枢神経系に対する病原性が、親株のLister株や当時ワクチンに使用されていた他の株に比べ大きく減弱していたが、ウサギの皮膚での増殖性はむしろ亢進していることが判明した。そこでさらにPRKでの継代を重ね、より小さなポックを形成するLC16mO株(以下mO株と称することもある)を選択した。mO株は約1000人に接種された。しかしmO株でも皮膚での反応がまだ強かったために、mO株からさらにポックサイズが小さい株としてLC16m8株(以下m8株と称することもある)が樹立された(橋爪 壮、臨床とウイルス Vo.3 No.3 昭和50年7月1日)。m8株は、1974年から1975年にかけて10万人の子供に接種されたが、重篤な副反応は報告されなかったことから、従来のワクチン株に比較して高い安全性が証明され、正式なワクチン株として厚生省から認可された。mO株と比較すると、m8株は皮膚増殖能が弱いにもかかわらず抗体誘導能は親株のLister株とほぼ同程度であり、また安全性では明らかに優れていた。この株はウサギ腎臓の初代培養細胞を用いた無菌的な組織培養によって製造できる点も大きな改善点であった。しかし、m8株を用いた応用研究と平成13年度の千葉県血清研究所における実製造の経験から、m8株の培養過程でラージプラークを形成するリバータント(復帰突然変異体)が出現することが明らかになった。リバータントはプラーク純化したm8からも出現することから、リバータントウイルスの出現はm8株の避けがたい性質であり、リバータントの性状はmO株に酷似し、皮膚での増殖能が昂進していることから、リバータントの混入はワクチンの安全性に懸念を生じかねないことが判明した。
また、ワクシニアウイルスは、広い宿主域と高い発現効率を有しているという理由で、他の外来遺伝子を導入し、ベクターとして用いられていた(特表平11−509091)。前述のLC16mO株やLC16m8株もその高い安全性から、ベクターとしての使用について検討されていた。
しかし、上述のようにLC16mO株は皮膚増殖性の面で問題があり、LC16m8株はリバータントの出現という問題があったので、痘瘡ワクチン株あるいはベクターウイルスとしてより安全性の高いウイルス株を作出する必要性があった。
【発明の開示】
本発明は、リバージョン(先祖帰り)を起こしにくいワクチン株を作出し、より安全性の高い痘瘡ワクチンを提供することを目的とする。更にそのウイルスを利用して外来遺伝子を安全に発現するためのベクターウイルスを提供することを目的とする。
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究の結果、リバージョンに関わる遺伝子がウイルスの宿主城やプラークサイズに関わるB5R遺伝子であることを突き止めた。つまり、m8株ではB5R遺伝子がorf内での1塩基欠失によるフレームシフトでorfの大部分が失われることにより失活しているが、リバータントでは新たに別の箇所に塩基の挿入が起こることによってorfが復元されていることを明らかにした(図1および2)。RVのB5R遺伝子の塩基配列を配列番号1に、B5R遺伝子産物のアミノ酸配列を配列番号2に示す。mO株ではB5R遺伝子のorfは完全である。そこで、まずmO株のB5R遺伝子をクローニングし、m8株に相同組換えによって導入し、完全なB5R遺伝子を持つ組換えウイルス(RVV)を作製した(m8B5R)。このRVVのスクリーニングはラージプラークを選択し、さらにB5R遺伝子をシーケンスすることによって行った。次に、プロモーター領域を含むB5R遺伝子全体を完全に欠失させたコンストラクトとを作製し(ΔB5R、図6)、相同組換えによってm8B5RとmO株にB5R遺伝子の欠失を導入したRVV(それぞれm8ΔB5R(以下m8Δと称することもある)、mOΔB5R(以下mOΔと称することもある))を作出した。さらに、B5R遺伝子の膜貫通領域を取り除き、高発現プロモーターPSFJ1−10につないだコンストラクトを作成し(proB5RdTM、図6)、同様にm8B5RとmO株に導入した(それぞれm8proB5RdTM(以下m8dTMと称することもある)、mOproB5RdTM(以下mOdTMと称することもある))を作出した。RVVのスクリーニングは小さなプラークを選択し、さらにゲノムのシーケンスを確認することによった。
B5R遺伝子の欠失を導入した2種類のRVV(m8ΔB5R、mOΔB5R)と、B5R遺伝子の機能を欠失させて高発現させた2種類のRVV(m8proB5RdTM、mOproB5RdTM)の遺伝的安定性をm8株と比較するため、製造と同じ培養温度(30℃)及び34℃でこれらのウイルスを初代ウサギ腎細胞に7代継代し、更にリバータントを選択的に増幅して検出を容易にするためVero細胞に34℃で2代継代してラージプラークの比率を測定した。対照として再クローニングしたm8株(m8rc)を用いた(図8)。その結果、m8rcでは30℃継代で8.7%、34℃継代では60.3%のウイルスがラージプラークを形成したのに対し、これら4種類のRVVではいずれの温度においてもラージプラークが検出されなかった。m8rcから出現したラージプラークを形成するクローンのB5R遺伝子を調べたところ全てで挿入変異によるorfの回復が認められた。
以上の結果から、m8ΔB5R、mOΔB5R、m8proB5RdTMおよびmOproB5RdTMはm8株に比べ遺伝的な安定性が高いことが証明された。
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1]ワクシニアウイルス株LC16株、LC16m8株またはLC16mO株のB5R遺伝子の一部または全部が欠失しており、正常な機能を有するB5R遺伝子産物を産生しないワクシニアウイルスからなる痘瘡ワクチンであって、正常な機能を有するB5R遺伝子産物の産生を引き起こす復帰突然変異を起こしにくい痘瘡ワクチンウイルス、
[2] B5R遺伝子を完全に欠失している、[1]の痘瘡ワクチンウイルス、
[3] B5R遺伝子の一部が欠失し、正常な機能を有するB5R遺伝子発現産物が産生されない、[1]または[2]の痘瘡ワクチンウイルス、
[4] RK13細胞に感染させたときのプラークサイズおよびウサギに投与したときの皮下増殖性がLC16m8株と同等である[1]から[3]のいずれかの痘瘡ワクチンウイルス、
[5] B5R遺伝子の一部が欠失し、該B5R遺伝子の上流にプロモーターを連結させ、B5R遺伝子の一部が発現するが、該発現産物はB5R遺伝子発現産物の正常な機能を失っている、[1]から[4]のいずれかの痘瘡ワクチンウイルス、
[6] B5R遺伝子の膜貫通ドメインが欠失している、[3]から[5]のいずれかの痘瘡ワクチンウイルス、
[7] プロモーターがPSFJ1−10、PSFJ2−16または他のポックスウイルス用高発現プロモーターである、[5]または[6]の痘瘡ワクチンウイルス、
[8] B5R遺伝子のうち膜貫通ドメインの全部または一部が欠失しているワクシニアウイルスよりなる痘瘡ワクチンウイルス、
[9] B5R遺伝子の上流にプロモーターが連結し、B5R遺伝子の一部が発現するが、該発現産物はB5R遺伝子発現産物の正常な機能を失っている、[8]の痘瘡ワクチンウイルス、
[10] プロモーターがPSFJ1−10、PSFJ2−16または他のポックスウイルス用高発現プロモーターである、[8]または[9]の痘瘡ワクチンウイルス、
[11] [1]から[10]のいずれかの痘瘡ワクチンウイルスを含む痘瘡ワクチン医薬組成物、
[12] ワクシニアウイルス株LC16株、LC16m8株またはLC16mO株のB5R遺伝子の一部または全部が欠失しており、正常な機能を有するB5R遺伝子産物を産生しないワクシニアウイルスベクターであって、正常な機能を有するB5R遺伝子産物の産生を引き起こす復帰突然変異を起こしにくいワクシニアウイルスベクター、
[13] B5R遺伝子を完全に欠失している、[12]のワクシニアウイルスベクター、
[14] B5R遺伝子の一部が欠失し、正常な機能を有するB5R遺伝子発現産物が産生されない、[12]または[13]に記載のワクシニアウイルスベクター、
[15] ウサギ腎臓細胞に感染させたときのプラークサイズおよびウサギに投与したときの皮下増殖性がLC16m8株と同等である[12]から[14]のいずれかのワクシニアウイルスベクター、
[16] B5R遺伝子の一部が欠失し、該B5R遺伝子の上流にプロモーターを連結させ、B5R遺伝子の一部が発現するが、該発現産物はB5R遺伝子発現産物の正常な機能を失っている、[12]から[15]のいずれかのワクシニアウイルスベクター、
[17] B5R遺伝子の膜貫通ドメインが欠失している、[12]から[16]のいずれかのワクシニアウイルスベクター、
[18] プロモーターがPSFJ1−10、PSFJ2−16または他のポックスウイルス用高発現プロモーターである、[16]または[17]のワクシニアウイルスベクター、
[19] B5R遺伝子のうち膜貰通ドメインの全部または一部が欠失しているワクシニアウイルスベクター、
[20] B5R遺伝子の上流にプロモーターが連結し、B5R遺伝子の一部が発現するが、該発現産物はB5R遺伝子発現産物の正常な機能を失っている、[19]のワクシニアウイルスベクター、
[21] プロモーターがPSFJ1−10、PSFJ2−16または他のポックスウイルス用高発現プロモーターである、[19]または[20]のワクシニアウイルスベクター、
[22] 外来遺伝子を含む[12]から[21]のいずれかのワクシニアウイルスベクター、
[23] 外来遺伝子がウイルス、細菌、原虫または癌の抗原である[22]のワクシニアウイルスベクター、ならびに
[24] [23]のワクシニアウイルスベクターを含む、ウイルス、細菌、原虫または癌用ワクチンウイルス医薬組成物。
【図面の簡単な説明】
図1は、LC16mO株、LC16m8株およびLC16m8株のリバータントのB5R遺伝子の塩基配列を示す図である。
図2は、LC16mO株、LC16m8株およびLC16m8株のリバータントのB5R遺伝子産物のアミノ酸配列を示す図である。
図3は、Lister株からLC16m8への継代を示す図である。
図4は、Lister株、LC16mO株およびLC16m8株の特徴を示す図である。
図5は、LC16m8株、LC16m8株のリバータントであるLPC(Large Plaque Clone)およびLC16mO株のプラークサイズを示す図である。
図6は、B5R遺伝子を欠失したウイルスの構築方法の概念図である。
図7は、改良型ウイルスを感染させたRK13細胞画分のB5Rタンパク質発現をウエスタンブロットで確認した結果を示す写真である。
図8は、改良型ウイルスの細胞継代培養によるリバータントの出現頻度を示す図である。
図9は、改良型ウイルスのウサギにおける皮膚増殖性を示す図である。
図10Aは、ウイルスを投与したSCIDマウスの体重減少を示す図である。
図10Bは、ウイルスを投与したSCIDマウスの体重減少を示す図である。
図11は、ウイルスを投与したSCIDマウスにおけるRED50の経時的変化を示す図である。
図12は、強毒ワクシニアウイルスで攻撃したBALB/cマウスの体重減少を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
本発明のワクシニアウイルスは、ワクシニアウイルス、例えば、LC16株、LC16mO株またはLC16m8株のB5R遺伝子の総てまたは一部を欠失させることにより作出することができる。B5R遺伝子は、エンベロープに存在するタンパク質をコードしており、B5R遺伝子産物は、ウイルスの感染に関与している。B5R遺伝子が存在すると、皮膚増殖性が大きく、ヒトに投与した場合、自己接種等の副作用を引き起こすという問題があった。LC16m8株は、B5R遺伝子中の一塩基のフレームシフト変異により、B5R遺伝子産物が産生されず、皮膚増殖性は弱くなっていたが、復帰突然変異により正常な機能を有するB5R遺伝子産物が産生されるようになり(リバージョン)、病原性が復活するおそれがあった。
本発明のワクシニアウイルスでは、B5R遺伝子の総てまたは一部が欠失しているため、mOΔB5R株においては、親株のLC16mO株の元来有していた病原性が低下し、m8ΔB5Rにおいては、親株のLC16m8株の復帰突然変異によりリバータントが生じることがない。
本発明におけるB5R遺伝子の欠失は、B5R遺伝子が発現しないかあるいは発現してもその発現タンパク質がB5R遺伝子産物の正常な機能を保持していないような欠失である。本欠失は、ウイルスの点突然変異により形質が復帰するようなものではなく、一旦失われたB5R遺伝子産物の正常な機能が復帰することのない欠失である。例えば、LC16m8株は、突然変異によりB5R遺伝子の塩基の一つが欠失しフレームシフトを起こし、B5R遺伝子のORFがずれ、正常なB5Rが発現しなくなっている。しかし、一塩基欠失部分の近傍の点突然変異により塩基一つが挿入されることによりB5R遺伝子のORFが元に戻り、正常な機能を有するB5Rが発現するようになり、先祖帰りを起こす。本発明の欠失はこのような点突然変異により先祖帰りを起こしうる欠失を含まない。B5R遺伝子は、SCR1からSCR4までの短コンセンサス領域(Short consensus region)および膜貫通ドメイン(TM:Transmembrane Domain)からなり、膜貫通ドメインがB5R遺伝子産物の機能に重要な働きをする。従って、B5R遺伝子の欠失は、膜貫通ドメインの欠失でもよい。また、膜貫通ドメインだけではなく、SCR1からSCR4の一部が欠失していてもよい。この場合、欠失は各領域をコードするDNAの総ての欠失でも、あるいは各領域をコードするDNAの一部が欠失することにより、正常な機能を有するB5R遺伝子産物が産生されなくなるような欠失でもよい。好適には、B5R遺伝子の欠失は、B5R遺伝子総ての欠失または膜貫通ドメイン総ての欠失である。また、B5R遺伝子のプロモーターをも欠失させるのが望ましい。このような欠失は、公知の相同組換え法により行うことができる。
相同組換えとは、細胞内で2つのDNA分子が同じ塩基配列介して相互に組換えを起こす現象で、ワクシニアウイルスのような巨大なゲノムDNAを持つウイルスの組換えにしばしば用いられる方法である。まず、標的とするワクシニアウイルス遺伝子部位の配列を中央で分断する形で、プロモーターと外来遺伝子を連結したプラスミド(これをトランスファーベクターという)を構築し、これを、ワクシニアウイルスを感染させた細胞に導入してやると、ウイルス複製の過程で裸になったウイルスDNAとトランスファーベクター上の同じ配列部分との間で入れ換えが起こり、挟み込まれたプロモーターと外来遺伝子がウイルスゲノム中に組み込まれる。例えばトランスファーベクターとして、ワクシニアウイルスのB4R遺伝子からB6R遺伝子の領域をプラスミドにクローニングし、B4R遺伝子とB6R遺伝子の間に位置するB5R遺伝子の全領域を欠失させたプラスミド)またはB5R遺伝子の一部を欠失させたプラスミドを作製して、これをワクシニアウイルス感染細胞に導入する。細胞としては、BSC−1細胞、HTK−143細胞、Hep2細胞、MDCK細胞、Vero細胞、HeLa細胞、CV1細胞、COS細胞、RK13細胞、BHK−21細胞、初代ウサギ腎臓細胞等ワクシニアウイルスが感染しうる細胞を用い得る。また、ベクターの細胞への導入は、リン酸カルシウム法、カチオニックリボゾーム法、エレクトロポレーション法等の公知の方法で行えばよい。組換え体を同定しやすくするため、相同組換えにより分断され機能を失う導入部位の遺伝子には選択マーカーとなり得る遺伝子(例えばB5R遺伝子、HA遺伝子およびTK遺伝子等)を用いる場合が多い。ワクシニアウイルス遺伝子の塩基配列情報を基にトランスファーベクターを設計・作製し、該トランスファーベクターを用いて破壊しようとする遺伝子を相同組換えすればよい。トランスファーベクターは、D.M.Glover他編、加藤郁之進 監訳 DNAクローニング4−哺乳類のシステム−(第2版)TaKaRa等に記載の方法に従って作製することができる。相同組換えを起こした相同組換え体の選別方法としては、選択した標的遺伝子によって、プラークサイズ(B5R遺伝子の場合)、プラークの赤血球吸着の有無(HA遺伝子)、BudR薬剤耐性(TK遺伝子)等の選択方法を用いればよい。あるいは、PCR法でもサザンブロッティング法のいずれの方法をも用いることができる。
B5R遺伝子産物は感染細胞表面およびウイルスのエンベロープに存在し、隣接の細胞、あるいは宿主体内の他の部位にウイルスが感染・伝播するときに、感染効率を高める働きをし、ウイルスのプラークサイズおよび宿主域にも関与している。例えば、B5R遺伝子を欠失させると、RK13細胞等の動物細胞に感染させた場合のプラークサイズが小さくなり、孵化鶏卵の漿尿膜上におけるポックサイズも小さくなる。また、Vero細胞中でのウイルス増殖性は著しく低下する。さらに、ウサギに皮内投与したときの皮膚増殖能は低下し、皮膚病原性が低下する。従って、B5Rタンパク質の機能が欠失しているかどうかは、RK13細胞に感染させたときに形成されるプラークサイズ、ポックサイズ、Vero細胞でのウイルス増殖性、ウサギにおける皮膚病原性等を指標に判断することができる。また、ワクシニアウイルスの遺伝子配列を調べてもよい。本発明のワクシニアウイルスは、B5R遺伝子機能を有するLister株やLC16mO株に比較して、動物細胞に感染させた場合のプラークサイズが小さくなり、ポックサイズが小さくなり、Vero細胞でのウイルス増殖性、皮膚病原性等も低下しており、LC16m8株と比較して、動物細胞に感染させた場合のプラークサイズ、ポックサイズが同等であり、ウサギ腎臓細胞でのウイルス増殖性、Vero細胞でのウイルス増殖性、皮下病原性等も同等である。LC16mO株とLC16m8株をウサギ腎細胞に感染させた場合のプラークサイズを図5に、LC16mO株とLC16m8株(リクローニングされたLC16m8株)のウサギにおける皮膚増殖性を図9に示す。さらに、B5R遺伝子を欠失させると、動物に接種した場合の病原性も低下する。例えば、SCIDマウスにウイルスを腹腔内接種し、経時的に体重を測定した場合、正常な機能を有するB5R遺伝子産物を産生するウイルス株では、10PFUのウイルスを接種後2週間程度で発痘が認められ、体重が減少し始めるが、正常な機能を有するB5R遺伝子産物を産生しないウイルス株では、10PFUのウイルスを接種しても発痘は認められず、体重の減少も認められない。また、動物に接種した場合の病原性をRED50(半数の個体に発痘を起こし得るウイルス量)を指標に調べた場合、正常な機能を有するB5R遺伝子産物を産生するウイルス株では正常な機能を有するB5R遺伝子産物を産生しないウイルス株に対して2log以上高い値を示す。図10A、図10Bおよび図11にSCIDマウスに対する病原性を示す。本発明における正常な機能を有するB5R遺伝子産物とは、野生型B5R遺伝子がコードする遺伝子産物が有する機能と同一の機能を有する遺伝子産物であり、上記の性質を有する。
また、B5R遺伝子を完全に欠失したウイルス株でも、感染防御能はB5R遺伝子を有するウイルス株に比べ遜色ないという結果は得られているが(図12)、B5R遺伝子産物は、対痘瘡ワクチンの感染防御抗原として重要であるという報告もあるため、痘瘡ワクチンとして用いる場合はB5R遺伝子産物の一部が産生されていたほうが望ましい可能性もある。従って、本発明のワクシニアウイルスにおいて、B5R遺伝子がその発現産物の抗原性を維持したまま正常な機能が失われた形で発現されてもよい。このためには、B5R遺伝子のうちの一部、例えばSCR1から4の一部または全部のみが発現されるようにウイルスを設計すればよい。また、よりワクチンの抗原性を高めるためにこれらの領域がより多量に発現されるように設計してもよい。このためには、一部欠失させたB5R遺伝子の上流に高発現プロモーターを機能し得る形で連結させればよい。用いるプロモーターとして、例えばPSFJ1−10、PSFJ2−16やp7.5Kプロモーター、p11Kプロモーター、T7.10プロモーター、CPXプロモーター、HFプロモーター、H6プロモーター、T7ハイブリッドプロモーターなどの他のポックスウイルス用高発現プロモーター等が挙げられる。
本発明において、B5R遺伝子を完全に欠失したLC16mO株、LC16m8株をそれぞれ、mOΔB5R、m8ΔB5Rと称し、それぞれ、mOΔ、m8Δと称することがあり、B5R遺伝子のなかの膜貫通ドメインを欠失し、上流にプロモーターを連結させ高発現性としたLC16mO株、LC16m8株をそれぞれ、mOproB5RdTM、m8proB5RdTMと称し、それぞれmOdTM、m8dTMと称することがある。
LC16mO株は、Lister株からLC16株を経て作出された株であり、LC16m8株は、さらにLC16mO株から作出された株である(蛋白質 核酸 酵素 Vol.48 No.12(2003),p.1693−1700)。Lister株からLC16m8株の単離は、図2に示すような工程で行われ、LC16mO株およびLC16m8株は、千葉県衛生研究所、から入手することができる。
本発明のB5R遺伝子を欠失したLC16mO株およびLC16m8株は、リバージョンを起こすことなく安全な痘瘡ウイルスワクチンとして用いることができる。
また、本発明は、上記のB5R遺伝子を欠失したLC16株、LC16mO株およびLC16m8株からなるワクシニアウイルスベクターを包含する。
該ベクターには、所望の外来遺伝子を導入することができる。上記の相同組換えの手法を用いることにより、理論的にはワクシニアウイルスゲノムのどの部位にも外来遺伝子を導入することができる。相同組換えは上述の方法で行えばよい。例えば、導入したい部位のDNA配列中に導入すべき外来遺伝子を連結したプラスミド(トランスファーベクター)を作製し、これを、ワクシニアウイルスを感染させた細胞の中に導入すればよい。トランスファーベクターとして、例えばpSFJ1−10、pSFJ2−16、pMM4、pGS20、pSC11、pMJ601、p2001、pBCB01−3,06、pTKgpt−F1−3s、pTM1、pTM3、pPR34,35、pgpt−ATA18−2、pHES1−3等を用いることができる。外来遺伝子の導入領域は、ワクシニアウイルスの生活環に必須でない遺伝子中であり、例えば赤血球凝集素(HA)遺伝子、チミジンキナーゼ(TK)遺伝子、Fフラグメント等が挙げられる。また、上記のB5R遺伝子領域中(B4R遺伝子とB6R遺伝子の間)に導入してもよい。導入する部分の遺伝子は、それが欠失することによりウイルスの形質に変化し組換え体の選択が容易になるものが望ましい。例えば、HA遺伝子の場合ではHA遺伝子中に外来遺伝子が導入された組換え体では、HA遺伝子が導入された外来遺伝子によって分断され、機能を失う。そのためプラークはニワトリの赤血球を吸着しなくなるため白く見えるようになるので、組換え体を容易に選別することができる。また、TK遺伝子中に外来遺伝子が導入された組換え体では、TK遺伝子の機能が失われ、5−ブロモデオキシウリジン(BudR)が致死的に作用しないので、BudRにより選別することができる。また、B5R遺伝子中に外来遺伝子を導入した場合は、組換え体のプラークが小さくなるのでプラークのサイズで選別することができる。ワクシニアウイルスを感染させる細胞としては、Vero細胞、HeLa細胞、CV1細胞、COS細胞、RK13細胞、BHK−21細胞、初代ウサギ腎細胞、BSC−1細胞、HTK−143細胞、Hep2細胞、MDCK細胞等、ワクシニアウイルスが感染しうる細胞を用い得る。
また、外来遺伝子を導入する際、外来遺伝子の上流に適当なプロモーターを機能し得る形で連結させるのが望ましい。プロモーターは、限定はないが、上述のPSFJ1−10や、PSFJ2−16、p7.5Kプロモーター、p11Kプロモーター、T7.10プロモーター、CPXプロモーター、HFプロモーター、H6プロモーター、T7ハイブリッドプロモーター等を用いることができる。本発明のワクシニアウイルスベクターに外来遺伝子を導入する方法は、組換えワクシニアウイルスベクターを構築する公知の方法により行うことができ、例えば別冊 実験医学 ザ・プロトコールシリーズ 遺伝子導入&発現解析実験法 斎藤泉他編集、羊土社(1997年9月1日発行)、あるいは、D.M.Glover他編、加藤郁之進 監訳 DNAクローニング4−哺乳類のシステム−(第2版)TaKaRa、EMBO Journal(1987年 6巻 p.3379−3384等の記載に従えばよい。
このようにして、外来遺伝子を導入したワクシニアウイルスベクターを用いて該外来遺伝子を製造することができる。この際、外来遺伝子を導入したワクシニアウイルスベクターを適当な宿主細胞に感染させて該宿主細胞を培養すればよい。宿主細胞としては、上述の種々の動物細胞を用いることができる。培養は、動物細胞の公知の培養条件に従えばよい。
さらに、外来遺伝子としてウイルス、細菌、原虫および癌等の抗原をコードする遺伝子を導入することにより、外来遺伝子を導入したワクシニアウイルスベクターを種々のウイルス、細菌、原虫および癌に対するワクチンとして用いることができる。例えば、ヒト免疫不全ウイルス、肝炎ウイルス、ヘルペスウイルス、ミコバクテリア、マラリア原虫、重症急性呼吸器症候群(SARS=サーズ)ウイルス等の感染防御抗原(中和抗原)、あるいは癌抗原をコードする遺伝子を導入すればよい。本発明は、これらの抗原を導入したワクシニアウイルスベクターも包含する。
さらに、本発明は、本発明のB5R遺伝子が欠失したワクシニアウイルスを含む痘瘡ワクチン医薬組成物、本発明のB5R遺伝子が欠失したワクシニアウイルスの痘瘡ワクチンとしての使用およびワクシニアウイルスを被験体に投与し、天然痘の感染を防御する方法を包含する。
本発明のワクチン医薬組成物の投与方法、投与量等は、既にワクチンとして用いられている公知のワクシニアウイルスワクチンと同様である。本発明のワクチン医薬組成物は、医薬的に有効量の本発明のワクシニアウイルスワクチンを有効成分として含んでおり、無菌の水性又は非水性の溶液、懸濁液、又はエマルションの形態であってもよい。さらに、塩、緩衝剤、アジュバント等の医薬的に許容できる希釈剤、助剤、担体等を含んでいてもよい。本発明のワクチン医薬組成物の投与は種々の非経口経路、例えば、皮下経路、静脈内経路、皮内経路、筋肉内経路、腹腔内経路、鼻内経路、経皮経路によればよいが、この中でも皮内投与が好ましい。医薬的な有効投与量は、所望の生物学的効果、この場合にはウイルス抗原に対する細胞性免疫応答又は体液性免疫応答の少なくとも一つを得るのに充分である量である。有効投与量は被験体の年齢、性別、健康、及び体重等により適宜決定することができる。例えば、限定されないが、ヒト成人に対して、投与当たり約10〜1010ポック形成単位(PFU)又はプラーク形成単位(PFU)、好ましくは10〜10ポック形成単位(PFU)又はプラーク形成単位(PFU)である。
さらに、本発明は、B5R遺伝子が欠失しており外来遺伝子を導入したワクシニアウイルスベクターであって、導入した外来遺伝子がウイルス、細菌、原虫および癌の抗原をコードする、ワクシニアウイルスのワクチン医薬組成物、および該ワクチンの使用および該ベクターを被験体に投与し、ウイルス、細菌、原虫および癌等の感染を防御あるいは治療する方法を包含する。該ワクチン医薬組成物の投与方法、投与量とは上述の痘瘡ワクチン医薬組成物に準ずればよい。
次に、本発明を実施例により具体的に説明する。
実施例1 B5R遺伝子欠失ミュータントおよび一部欠失B5R高発現組換え体の構築
B5R遺伝子欠失用トランスファーベクター(pB4R+B6R)の構築
B4RのTAクローニング
m8株の精製ゲノムDNAを鋳型として、2つのプライマー(GATGCTGTTGTGCTGTGTTTGC(配列番号3)とGTTAACACTGTCGAGCACTAAAAGG(配列番号4))によってB4R遺伝子を増幅し、併せてorfの3’側にHpaI部位を導入した。これをTAベクター(pCR II)にクローニングした(pB4R+HpaI)。pB4R+HpaIの塩基配列を確認した後、これを鋳型に2つのプライマー(GATGCTGTTGTGCTGTGTTTGC(配列番号5)とTTGTGTGGAATTGTGAGCGGA(配列番号6))によってB4R遺伝子全領域とTAベクターのマルチクローニング部位を増幅した。このPCR産物を精製後、T4DNAポリメラーゼで両端を平滑化した(B4R+HpaIフラグメント)。
B6RのTAクローニング
m8株の精製ゲノムDNAを鋳型として、2つのプライマー(GTTAACGTTCCATAAATTGCTACCG(配列番号7)とGTGTGACCTCTGCGTTGAATAG(配列番号8))によってB6R遺伝子を増幅し、併せてorfの5’側にHpaI部位を導入した。これをTAベクターにクローニングした(pB6R+HpaI)。
B4RとB6Rの連結
pB6R+HpaIの塩基配列を確認した後、HpaIで消化し、BAPで脱リン酸化した。次に、B4R+HpaIフラグメントと混合しライゲーションした。この混合物を鋳型にして、プライマーps/hr−s1(TCGGAAGCAGTCGCAANCAAC(配列番号9))とps/hr−as1(ATACCATCGTCGTTAAAAGCGC(配列番号10))によって、連結したB4R遺伝子とB6R遺伝子の一部領域を増幅した。このPCR産物をTAベクターにクローニングし、塩基配列を確認した(pB4R+B6R)。
一部欠失B5R高発現組換え体用トランスファーベクター(pB4R+B6RproB5RdTM)の構築
mO株の精製ゲノムDNAを鋳型として、2つのプライマー(ATGAAAACGATTTCCGTTGTTACG(配列番号11)とTCAATGATAAGTTGCTTCTAACGA(配列番号12))によってB5R遺伝子のectodomain領域(SCR1からSCR4までの領域)のみを増幅し、これをTAベクターにクローニングした(pB5RdTM)。pB5RdTMの塩基配列を確認した後、制限酵素PstIで切断した後、T4DNAポリメラーゼで平滑化し、さらにSacIで切断してB5RdTMフラグメントを切り出した。これをSmaIとSacIで消化したトランスファーベクターpSFJ1−10に連結した(pSFJdTM)。次にpSFJdTMをHpaIとSacIで消化して、プロモーター+B5RdTMのフラグメント(proB5RdTM)を切り出した。これを、HpaIとSacIで消化したpB4R+B6Rに連結した(pB4R+B6R proB5RdTM)。
組換えウイルスの作成
35mmディッシュに80%コンフルエントに培養されたRK13細胞またはPRK細胞にワクシニアウイルス(m8B5Rの場合はm8株、m8Δとm8proB5RdTMの場合はm8B5R、mOΔとmOproB5RdTMの場合はmO株)をmoi=0.02で感染させ、室温で1時間吸着後、LipofectAMINE PLUS(Invitrogen)と混合したトランスファーベクタープラスミドDNA(m8B5Rの場合はpB5R、m8ΔとmOΔの場合はpB4R+B6R、m8proB5RdTMとmOproB5RdTMの場合はpB4R+B6R proB5RdTM)をマニュアルに従って細胞に添加して取り込ませ、34℃にて2日間培養した。細胞を凍結融解後、ソニケーションし、ほぼコンフルエントになったRK13細胞に適当に希釈して接種し、0.8%メチルセルロースを含むEagle MEM,5%FCS培地を加え、34℃で2から3日間培養した。ニュートラルレッドを最終濃度0.01%になるように加え、34℃で3時間細胞を染色した後、培地を除き、フェノールレッドを含まないEagle MEM培地で2度細胞面を洗い、m8B5Rの場合はラージプラークを、m8Δ、m8proB5RdTM、mOΔおよびmOproB5RdTMの場合はスモールプラークをチップの先で掻き取り、Eagle MEM培地に浮遊させた。採取したプラークの浮遊液をソニケーション後、その200μLを15,000rpm、30分間遠心し、沈査に50μLの滅菌蒸留水または10mMTris−HCl(pH7.5)を添加した。30秒間ソニケーション後、95℃で10分間加熱してゲノムDNAを抽出し、PCRによるスクリーニングに供した。m8ΔとmOΔの場合はps/hr−s1とps/hr−as1によって、m8proB5RdTMとmOproB5RdTMの場合はps/hr−s1とB5R793as(GATCCGAAGAATGATATCCC)(配列番号13)によってPCRを行い、所定の大きさのPCRプロダクトが検出されたクローンについて、PCRプロダクトの塩基配列をダイレクトシーケンスにより確認した。塩基配列に問題が無いクローンを選択し、RK13細胞にてさらに2から3回プラーク純化した。全てのウイルスはRK13細胞にて大量培養した後、35(W/V)%シュークロースクッションを用いた超遠心によって精製濃縮し、RK13細胞にてウイルス力価を測定し、実験に供した。
図6にB5R遺伝子を欠失したウイルスの構築図を示す。
実施例2 B5R遺伝子欠失ミュータントおよび一部欠失B5R高発現組換え体におけるB5Rタンパク質の発現の確認
4種類の改良型ウイルス(m8Δ、mOΔ、m8proB5RdTM、mOproB5RdTM)を、RK13細胞にmoi=10で感染させ、感染後1日の感染細胞画分のB5Rタンパク質発現をウエスタンブロットで確認した(図7a)。ウエスタンブロットの一次抗体には抗B5Rラットモノクローナル抗体(SCR2領域を認識)を用い、ECL Western Blotting Detection System(Amersham Biosciences K.K.)で特異的なバンドを検出した。
m8B5R(m8株に野生型B5R遺伝子を導入したもの)とmO株では同じ分子量のB5Rタンパク質のバンドが確認され、高発現タイプの改良型ウイルス(m8proB5RdTM、mOproB5RdTMでは、短いB5R産物の発現が確認された。m8rc(リクローニングしたm8株)、m8ΔおよびmOΔでは、B5R遺伝子産物は検出されなかった(図7a)。
さらに、培養上清中に分泌されたB5R蛋白質を検出するため、上記と同じ培養条件で,m8proB5RdTM,mOproB5RdTM,m8B5R,mO,LC16,Wyeth株を感染させ、培養した培養上清を12.5%TCAで濃縮し、ウエスタンブロットで確認した(図7b)。1次抗体には抗B5Rウサギポリクローナル抗体を用い、ECL Plus Western Blotting Detection System(Amersham Biosciences K.K.)で検出した。細胞画分は全体の1/40量、培養上清は1/10量をアプライした。
TMドメインを欠くB5R蛋白質を発現するm8proB5RdTMとmOproB5RdTMでは細胞画分に比して大量のB5R蛋白質が培養上清画分に検出されたのに対し、他のウイルス株では分子量の小さい(約35Kd)B5R蛋白質が細胞画分と同程度の量検出された。
実施例3 リバータント出現頻度の確認
4種類の改良型ウイルス(m8Δ、mOΔ、m8proB5RdTM、mOproB5RdTM)を製造用細胞であるPRKにmoi=1.0で7代まで、それぞれ30℃と34℃で継代培養した後、34℃でvero細胞に2代継代培養し、リバータントの出現の有無を、RV含有量を測定して確認した。リバータント含有量は、RK13細胞でのウイルス力価に対する vero細胞によるウイルス力価の比として計算した。対照としてリクローニングしたm8株(m8rc)を用いた。図8にリバータントの出現頻度を示す。
4種類の改良型ウイルスではPRK細胞に7代継代してもさらにその後にvero細胞でリバータントを選択的に増幅させてもリバータントは出現せず、リバージョンが起こりにくいウイルスであることが証明された。
一方、リクローニングされたm8株(m8rc)からはリバータントが検出され、vero細胞でリバータントを選択的に増幅すると、m8rcではPRK細胞1代培養ですでにリバータントが出現しており、m8株では容易にリバージョンが起こることが判明した。
実施例4 改良型ウイルスのウサギにおける皮膚増殖性
改良型ウイルス(m8Δ、mOΔ、m8proB5RdTM、mOproB5RdTM)について、ウサギ皮膚接種試験で、ErD50(Erythema Dose50、接種部位の50%に1cm以上の発赤を起しうるウイルス量)を測定し、皮膚での増殖性を評価した。対照として、mO株、m8rcおよびm8株に野生型B5R遺伝子を導入したm8B5Rを用いた。
3.5kg以上の日本白色種の背中の毛を刈り、硫化バリウムで完全に除毛した翌日、10倍階段希釈したウイルスを0.1mLずつ皮内接種した。1羽当り2系列、うち1系列は肩から尻へ、もう1系列は逆方向に、高ドーズから低ドーズへと接種した。1サンプル当り2羽(4箇所/ドーズ)用いた。接種後毎日、7日間、接種部位の発赤径を計測し、10mmを超える発赤を陽性として極期の反応を基にErD50をthe Reed and Muench methodによって算出した。図9にウサギにおける皮膚増殖性を示す。
B5R遺伝子が活性を持つウイルス(m8B5R、mO株)は皮膚での増殖力が強くErD50値が低い(1.00,2.25)のに対し、B5R遺伝子を欠いたウイルス(m8rc,m8Δ,mOΔ)では皮膚増殖能が低下してErD50値が高くなる(5.83,5.50,6.00)ことが示され、B5R遺伝子が皮膚増殖性に直接拘わっていることが裏付けられた。TM領域を欠失したB5Rを発現する組換え体(m8proB5RdTM,mOproB5RdTM)においても、野生型B5Rを発現する対照ウイルス(m8B5R,mO)に比べて高いErD50値(4.75,5.00)を示し、m8rc,m8Δ,mOΔと同程度に皮膚増殖性が大きく減弱していることが示された。
実施例5 SCIDマウスにおける感染実験
1群4匹の6週令BALB/cSCIDマウス(雌)に、m8Δ、mOΔ、m8dTM、およびmOdTM株をそれぞれ10から10PFU/doseで腹腔内接種し、接種後5週まで体重減少と発症の有無を観察した。対照として、PBS接種群とほ乳類細胞では一段増殖しかできないMVA株を10から10PFU/dose、リクローニングしたm8株(m8rc)を10から10PFU/dose、mO株およびm8株にmO株のB5R遺伝子を組み込んだm8B5Rを10から10PFU/dose、現在アメリカで使用されているワクチン株Wyeth株を10から10PFU/dose、を接種して同様の観察を行った(図10A、図10Bおよび図11)。
図10Aおよび図10Bはマウスの体重減少を示している。m8Δ、mOΔ、m8dTM、およびmOdTM株接種群のうち10PFU/dose接種群では若干の体重減少を示しているが、10PFU/dose接種群ではPBS接種群、MVA接種群と同様に全く体重減少を認めず、発症もしなかった。一方、B5R遺伝子の活性を持つmO株、m8B5R株、Wyeth株接種群では10PFU/dose接種群でも接種後2週間で発痘が始まり、それに伴い体重が減少始まった。特にmO株接種群では、いずれのdoseにおいても接種後4週までにほとんどの個体が死亡した。
体重減少以外に、ウイルス株のSCIDマウスに対する病原性の指標として、半数の個体に発痘を起こしうるウイルス量として、Rash Expression Dose50(RED50)という値を設定した。図11は、その経時的変化を表したものである。その結果、B5R遺伝子の機能を欠損した5株(m8Δ、mOΔ、m8dTM、mOdTM、m8rc)はいずれもほぼ同じ値を示し、B5R活性を持つ3株(mO、m8B5R、Wyeth)より2log以上高い値を示した。また発痘が始まる時期にも数日間の開きがあった。これらの5株では、通常人体に投与される接種量の10倍から100倍に当たる10PFU/doseを接種した群では、全く発症を認めず、体重減少も見られず、これらの株の高い安全性が証明された。
実施例6 BALB/cマウスにおける感染防御実験
m8Δ、mOΔ株について、天然痘ワクチンとしての効果を評価するために、BALB/cマウスでの感染防御実験を行った。1群8匹の6週令BALB/cマウス(雌)の筋肉内にそれぞれのウイルスを10から10PFU/dose接種し、接種後4週目に致死量(10PFU/dose)のワクシニアウイルス強毒株Western Reserve(WR)株を経鼻感染させ、攻撃後の体重減少を測定した(図12)。対照として、アメリカの現行ワクチン株Wyethとm8rc、MVAを用いた。
m8Δ、mOΔ株ではいずれのdoseにおいてもWyeth株同様、攻撃後4日目に一過性の体重減少を認めたものの、完全に耐過し、死亡する個体もいなかった。一方MVA株接種群では10、10PFU接種群では顕著な体重減少が見られ、10PFU接種群でも若干の体重減少が認められた。10PFU接種群では2匹が死亡した。これらの結果からm8Δ株、mOΔ株はいずれも現行の天然痘ワクチンと遜色ない免疫原性を備えることが確認された。
【産業上の利用可能性】
本発明により、皮膚増殖性のような病原性が減じられ、かつリバージョンを起こしにくい、より安全性の高い痘瘡ワクチンウイルスを提供することが可能となった。これにより痘瘡ワクチンの製造工程管理をより確実に行うことが可能となり、ワクチン製造において大きなメリットがある。また、品質の安定した安全な痘瘡ワクチンの供給は国の危機管理においても重要である。さらに、ワクシニアウイルスは痘瘡ワクチンとしての用途以外に、組み換え生ワクチンや発現ベクター系としての利用法が実用化されつつあり、新興再興感染症に対するワクチンや診断薬等の開発にも重要なツールになりうることから、応用面からもm8株の改良は意義が大きい。
本明細書に引用されたすべての刊行物は、その内容の全体を本明細書に取り込むものとする。また、添付の請求の範囲に記載される技術思想および発明の範囲を逸脱しない範囲内で本発明の種々の変形および変更が可能であることは当業者には容易に理解されるであろう。本発明はこのような変形および変更をも包含することを意図している。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】


【図8】

【図9】



【図11】

【図12】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワクシニアウイルス株LC16株、LC16m8株またはLC16mO株のB5R遺伝子の一部または全部が欠失しており、正常な機能を有するB5R遺伝子産物を産生しないワクシニアウイルスからなる痘瘡ワクチンであって、正常な機能を有するB5R遺伝子産物の産生を引き起こす復帰突然変異を起こしにくい痘瘡ワクチンウイルス。
【請求項2】
B5R遺伝子を完全に欠失している、請求項1に記載の痘瘡ワクチンウイルス。
【請求項3】
B5R遺伝子の一部が欠失し、正常な機能を有するB5R遺伝子発現産物が産生されない、請求項1または2に記載の痘瘡ワクチンウイルス。
【請求項4】
RK13細胞に感染させたときのプラークサイズおよびウサギに投与したときの皮下増殖性がLC16m8株と同等である請求項1から3のいずれか1項に記載の痘瘡ワクチンウイルス。
【請求項5】
B5R遺伝子の一部が欠失し、該B5R遺伝子の上流にプロモーターが連結され、B5R遺伝子の一部が発現するが、該発現産物はB5R遺伝子発現産物の正常な機能を失っている、請求項1から4のいずれか1項に記載の痘瘡ワクチンウイルス。
【請求項6】
B5R遺伝子の膜貫通ドメインが欠失している、請求項3から5のいずれか1項に記載の痘瘡ワクチンウイルス。
【請求項7】
プロモーターがPSFJ1−10、PSFJ2−16または他のポックスウイルス用高発現プロモーターである、請求項5または6に記載の痘瘡ワクチンウイルス。
【請求項8】
B5R遺伝子のうち膜貫通ドメインの全部または一部が欠失しているワクシニアウイルスよりなる痘瘡ワクチンウイルス。
【請求項9】
B5R遺伝子の上流にプロモーターが連結し、B5R遺伝子の一部が発現するが、該発現産物はB5R遺伝子発現産物の正常な機能を失っている、請求項8記載の痘瘡ワクチンウイルス。
【請求項10】
プロモーターがPSFJ1−10、PSFJ2−16または他のポックスウイルス用高発現プロモーターである、請求項8または9に記載の痘瘡ワクチンウイルス。
【請求項11】
請求項1から10のいずれか1項に記載の痘瘡ワクチンウイルスを含む痘瘡ワクチン医薬組成物。
【請求項12】
ワクシニアウイルス株LC16株、LC16m8株またはLC16mO株のB5R遺伝子の一部または全部が欠失しており、正常な機能を有するB5R遺伝子産物を産生しないワクシニアウイルスベクターであって、正常な機能を有するB5R遺伝子産物の産生を引き起こす復帰突然変異を起こしにくいワクシニアウイルスベクター。
【請求項13】
B5R遺伝子を完全に欠失している、請求項12に記載のワクシニアウイルスベクター。
【請求項14】
B5R遺伝子の一部が欠失し、正常な機能を有するB5R遺伝子発現産物が産生されない、請求項12または13に記載のワクシニアウイルスベクター。
【請求項15】
ウサギ腎臓細胞に感染させたときのプラークサイズおよびウサギに投与したときの皮下増殖性がLC16m8株と同等である請求項12から14のいずれか1項に記載のワクシニアウイルスベクター。
【請求項16】
B5R遺伝子の一部が欠失し、該B5R遺伝子の上流にプロモーターが連結され、B5R遺伝子の一部が発現するが、該発現産物はB5R遺伝子発現産物の正常な機能を失っている、請求項12から15のいずれか1項に記載のワクシニアウイルスベクター。
【請求項17】
B5R遺伝子の膜貫通ドメインが欠失している、請求項12から16のいずれか1項に記載のワクシニアウイルスベクター。
【請求項18】
プロモーターがPSFJ1−10、PSFJ2−16または他のポックスウイルス用高発現プロモーターである、請求項16または17のワクシニアウイルスベクター。
【請求項19】
B5R遺伝子のうち膜貫通ドメインの全部または一部が欠失しているワクシニアウイルスベクター。
【請求項20】
B5R遺伝子の上流にプロモーターが連結し、B5R遺伝子の一部が発現するが、該発現産物はB5R遺伝子発現産物の正常な機能を失っている、請求項19記載のワクシニアウイルスベクター。
【請求項21】
プロモーターがPSFJ1−10、PSFJ2−16または他のポックスウイルス用高発現プロモーターである、請求項19または20に記載のワクシニアウイルスベクター。
【請求項22】
外来遺伝子を含む請求項12から21のいずれか1項に記載のワクシニアウイルスベクター。
【請求項23】
外来遺伝子がウイルス、細菌、原虫または癌の抗原である請求項22記載のワクシニアウイルスベクター。
【請求項24】
請求項23記載のワクシニアウイルスベクターを含む、ウイルス、細菌、原虫または癌用ワクチンウイルス医薬組成物。

【国際公開番号】WO2005/054451
【国際公開日】平成17年6月16日(2005.6.16)
【発行日】平成19年6月28日(2007.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−511272(P2005−511272)
【国際出願番号】PCT/JP2003/015632
【国際出願日】平成15年12月5日(2003.12.5)
【出願人】(800000024)北海道ティー・エル・オー株式会社 (20)
【Fターム(参考)】