説明

高張力鋼用炭酸ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ

【課題】シールドガスとして100%炭酸ガスを用いる耐力690MPa以上の高張力鋼の溶接に使用され、優れた溶接作業性が得られるとともに、優れた機械的性能の溶接金属が得られる高張力鋼用炭酸ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供する。
【解決手段】ワイヤ全質量に対する質量%でC:0.03〜0.10%、Si:0.1〜0.4%、Mn:2.0〜4.0%、Ni:1.0〜3.5%、Al:0.06〜1.5%、Mo:0.10〜1.00%を含有し、Cr:0.1〜1.0%、Nb:0.01〜0.05%、V:0.01〜0.05%1種以上を含有し、TiO:2.5〜7.5%、SiO:0.1〜0.5%、ZrO:0.2〜0.9%、Al:0.1〜0.4%、弗素化合物の1種以上のF換算値の合計:0.01〜0.4%を含有し、ワイヤの全水素量がワイヤ全体に対する質量比で15ppm以下であるワイヤとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主として耐力が690MPa以上の高張力鋼の溶接にシールドガスとして炭酸ガスを使用するガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤに関し、機械的性能が優れた溶接金属を得られ、且つ全姿勢溶接での溶接作業性が良好な高張力鋼用炭酸ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
建築機械や海洋構造物等で主に使用される高張力鋼の溶接は、靭性に優れた被覆アーク溶接法やサブマージアーク溶接法、ソリッドワイヤを用いたガスシールドアーク溶接法が適用されている。その中で、立向や上向、横向といった姿勢溶接が必要な部材には、被覆アーク溶接法またはソリッドワイヤを用いたガスシールドアーク溶接法を適用するのが一般的である。
【0003】
しかしながら、被覆アーク溶接法は溶接能率が低い。またソリッドワイヤを用いたガスシールドアーク溶接法についても、姿勢溶接ではメタル垂れ防止のために低電流での溶接が必要となることから、同様に高能率な溶接が困難である。
【0004】
一方、一般的に耐力が690MPa未満の低強度鋼の全姿勢溶接は、その大部分はフラックス入りワイヤを用いたガスシールドアーク溶接が適用される。
フラックス入りワイヤを用いたガスシールドアーク溶接は、溶接時にワイヤ中に添加した高融点のスラグ剤が溶接金属より先に凝固しこれを保持するため、立向上進溶接のような姿勢溶接でもメタル垂れが発生し難く、高電流、即ち高溶着で高能率な溶接が可能となる。
【0005】
しかし、フラックス入りワイヤを用いたガスシールドアーク溶接は、一般的に、フラックス入りワイヤ中に添加するスラグ剤が主に酸化物であるため、他の溶接法に比べ靭性が得にくく、特にシールドガスにCOガスを用いる場合はArとCO2の混合ガスよりも溶接金属の酸素量が増加するため靭性の確保がより困難である。また、フラックス原料に含有される水分やワイヤ保管時の吸湿により、拡散性水素量がソリッドワイヤに比べ高いことから、溶接金属の低温割れが懸念され、高張力鋼の溶接への適用は困難であった。さらに、従来の高強度鋼の溶接においては、溶接金属の低温割れ防止のために鋼板を100℃以上に予熱する必要があり、能率を低下させる原因となっている。
【0006】
高張力鋼溶接用のフラックス入りワイヤについては、これまで種々の開発が進められている。例えば、特開2006−198630号公報(特許文献1)、特開2007−144516号公報(特許文献2)、特開2009−255169(特許文献3)には、スラグ剤を添加しないメタル系フラックス入りワイヤが開示されている。これらは下向溶接を主眼としており、全姿勢溶接についてはソリッドワイヤを用いたガスシールドアーク溶接法と同様にメタル垂れ防止のため低電流での溶接が必要となる。
【0007】
また、特開平9−253886号公報(特許文献4)、特開平3−47695号公報(特許文献5)には、高張力鋼用の全姿勢用フラックス入りワイヤにルチールを主体としたスラグ剤に金属弗化物や塩基性酸化物を添加し、溶接金属の酸素量低減により低温靭性を改善したフラックス入りワイヤが開示されているが、これらは溶接金属の耐低温割れ性については考慮されていない。
【0008】
また、特開2006−281223号公報(特許文献6)には、旧γ粒界でのフェライトサイドプレートの発生を抑制することで、低温靭性を得ることができる溶接金属およびフラックス入りワイヤが開示されているが、溶接金属の耐低温割れ性については考慮されていない。
【0009】
さらに、特開2008−87043号公報(特許文献7)には、高張力鋼用の全姿勢用フラックス入りワイヤで−60℃程度での低温靭性、溶接作業性および溶接金属の耐低温割れ性を向上させるフラックス入りワイヤが開示されている。しかし、このフラックス入りワイヤに添加されるスラグ剤には、TiOまたはTiOとMgOが含まれているが、特に立向上進溶接の場合にメタルが垂れやすいという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2006−198630号公報
【特許文献2】特開2007−144516号公報
【特許文献3】特開2009−255169号公報
【特許文献4】特開平9−253886号公報
【特許文献5】特開平3−47695号公報
【特許文献6】特開2006−281223号公報
【特許文献7】特開2008−87043号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前記特許文献1〜7に記載のフラックス入りワイヤは、シールドガスとしてAr主体のAr−COガスを用いて溶接することを前提として成分設計されている。Arガスは高価であるため、シールドガスとして100%炭酸ガスを使用することが要求されている。しかし、Arガスを用いずに、これらのフラックス入りワイヤを用いて炭酸ガスシールドアーク溶接すると、全姿勢溶接における作業性が不良になるとともに溶接金属の靭性が低下するという問題があった。
【0012】
本発明は、耐力が690MPa以上の高張力鋼の溶接に用いられ、シールドガスとして100%炭酸ガスを使用するフラックス入りワイヤにおいて、全姿勢で高能率な溶接が可能で、且つ低酸素、低水素の靭性および耐低温割れ性に優れた溶接金属が得られる高張力鋼用炭酸ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、シールドガスとして100%炭酸ガスを用いた全姿勢溶接用のフラックス入りワイヤにおいて、高張力鋼の溶接金属の機械的性能として690MPa以上の耐力をはじめとした引張強度、靭性、耐低温割れ性を確保でき、且つ、優れた溶接作業性が得られるワイヤ成分を得るべく、種々検討を行った。
その結果、ルチール(チタン酸化物)を主成分としたスラグ成分と最適な合金成分とを含む化学成分と、全姿勢溶接での溶接作業性に優れ、機械的性能の優れた溶接金属が得られる各成分の含有量とを見出した。さらに、ワイヤ中の全水素量をワイヤ全体の質量比で15ppm以下に低減することにより、溶接金属の耐低温割れ性を改善できることを見出した。
【0014】
上記課題を解決するための本発明の要旨は、以下のとおりである。
(1) シールドガスとして100%炭酸ガスを使用する耐力690MPa以上の高張力鋼のシールドアーク溶接に用いられる、鋼製外皮にフラックスを充填してなる高張力鋼用フラックス入りワイヤであり、ワイヤ全質量に対する質量%で、C:0.03〜0.10%、Si:0.1〜0.4%、Mn:2.0〜4.0%、Ni:1.0〜3.5%、Al:0.06〜1.5%、Mo:0.10〜1.00%、を必須元素として含有し、Cr:0.1〜1.0%、Nb:0.01〜0.05%、V:0.01〜0.05%から選ばれる1種または2種以上を選択元素として含有し、且つ、TiO:2.5〜7.5%、SiO:0.1〜0.5%、ZrO:0.2〜0.9%、Al:0.1〜0.4%、弗素化合物の1種または2種以上のF換算値の合計:0.01〜0.4%をフラックスとして含有し、残部は、Fe、アーク安定剤および不可避不純物からなり、ワイヤの全水素量がワイヤ全体に対する質量比で15ppm以下であることを特徴とする高張力鋼用炭酸ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【0015】
(2) ワイヤ全質量に対する質量%で、Ti:0.1〜1.0%、Mg:0.01〜0.9%、Ca:0.01〜0.5%、REM:0.01〜0.5%から選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする(1)に記載の高張力鋼用炭酸ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
(3) ワイヤ全質量に対する質量%で、B:0.001〜0.015%を含有することを特徴とする、上記(1)または(2)に記載の高張力鋼溶接用フラックス入りワイヤ。
(4)鋼製外皮に継ぎ目が無いことを特徴とする(1)乃至(3)のいずれかに記載の高張力鋼用炭酸ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【発明の効果】
【0016】
本発明の高張力鋼用炭酸ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤによれば、耐力が690MPa以上の高張力鋼の溶接において、シールドガスとしてArガスを用いることなく、被覆アーク溶接法やソリッドワイヤを用いたガスシールドアーク溶接法に比べ高能率な溶接が全姿勢で可能であり、且つ機械的性能である耐低温割れ性、靭性、耐力、引張強度が良好である溶接金属が得られるため、溶接部の品質および溶接能率の向上を経済的に図ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の高張力鋼用炭酸ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ「以下、ワイヤと略記する場合がある」は、シールドガスとして100%炭酸ガスを使用する耐力690MPa以上の高張力鋼のシールドアーク溶接に用いられるものであり、鋼製外皮にフラックスを充填してなるものである。
以下にワイヤの化学成分等限定理由を述べる。なお、以下の説明において、ワイヤの化学成分の含有量を示す「%」は、ワイヤ全質量に対する質量%である。まず、ワイヤの必須元素として含有するC、Si、Mn、Ni、Al、Moについて説明する。
【0018】
[C:0.03〜0.10質量%]
Cは、固溶強化による溶接金属の耐力および引張強度を確保する重要な元素である。ワイヤのC含有量が0.03%未満では、溶接金属の耐力および引張強度確保の効果が得られず、0.10%を超えると過剰なCが溶接金属に歩留り、溶接金属の耐力および引張強度が過度に上昇して靭性が低下する。なお、C含有量の好ましい範囲は0.04〜0.08%である。
【0019】
[Si:0.1〜0.4質量%]
Siは、溶接金属の靭性向上を目的として含有する元素である。ワイヤのSi含有量が0.1%未満では靭性向上の効果は得られない。一方、Si含有量が0.4%を超えるとスラグ生成量が多くなり、多層盛溶接した場合スラグ巻き込み欠陥が生じる。また、溶接金属中へのSiの歩留が過剰となり、溶接金属の引張強度が過度に上昇するため靭性が低下する。なお、Si含有量の好ましい範囲は0.2〜0.3%である。
【0020】
[Mn:2.0〜4.0質量%]
Mnは、溶接金属の靭性の確保と引張強度および耐力の向上を目的として含有する元素である。ワイヤのMn含有量が2.0%未満ではシールドガスが炭酸ガスであるので酸化消耗によって溶接金属中の歩留が不足し、溶接金属の引張強度が低下する。一方、Mn含有量が4.0%を超えるとスラグ生成量が多くなり、多層盛溶接した場合スラグ巻き込み欠陥が生じる。また、Mn含有量が4.0%を超えると、溶接金属中へのMnの歩留が過剰となり、溶接金属の引張強度が過度に上昇するため靭性が低下する。なお、溶接金属の引張強度および耐力を安定して得るのに好ましいMn含有量の範囲は2.6〜4.0%である。
【0021】
[Ni:1.0〜3.5質量%]
Niは、溶接金属の引張強度および靭性の向上を目的として含有する元素である。ワイヤのNi含有量が1.0%未満ではその効果が不十分であり、3.5%を超えると溶接金属の引張強度が過度に上昇し靭性が低下する。なお、Ni含有量の好ましい範囲は1.8〜2.5%である。
【0022】
[Al:0.06〜1.5質量%]
Alは、溶融池中に溶解した酸素と結合する脱酸剤としての効果があるため、靭性を向上させる元素であるが、フラックス入りワイヤを用いた炭酸ガスシールドアーク溶接での比較的低い入熱条件の場合、形成された酸化物のスラグ浮上が不十分となり易く、溶接金属中に非金属介在物として残留し靭性低下を招く。このためAlの含有量は0.06〜1.5%とする。なお、Al含有量の好ましい範囲は0.06〜0.8%である。
【0023】
[Mo:0.10〜1.00質量%]
Moは、シールドガスがCOガスであっても酸化消耗せず、溶接金属に安定に歩留まり、さらにMoは析出強化元素であることから溶接金属の耐力および引張強度向上に有効である。Moの含有量が0.10%未満では溶接金属の引張強度向上効果は得られず、1.00%を超えると引張強度が過剰に上昇し靭性が低下する。なお、溶接金属の耐力および引張強度を得るのに好ましいMoの含有量の範囲は0.20超〜1.00%である。
【0024】
次に、ワイヤの選択元素として含有するCr、Nb、Vについて説明する。
[Cr:0.1〜1.0質量%,Nb:0.01〜0.05質量%,V:0.01〜0.05質量%の1種または2種以上]
Cr、NbおよびVは、いずれも溶接金属の耐力および引張強度向上を目的として含有する元素である。これらは1種または2種以上を選択してワイヤ中に含有される元素であるが、規定量を超えると溶接金属の引張強度が過多となり靭性が低下する。一方、0.1%未満のCr、0.01%未満のNbおよび0.01%未満のVの1種または2種以上を含有していても、溶接金属の耐力および引張強度を向上させる効果は得られない。
【0025】
次に、ワイヤのフラックスとして含有するTiO、SiO、ZrO、Al、弗素化合物の1種または2種以上について説明する。
[TiO:2.5〜7.5質量%]
フラックスのTiOは、アーク安定剤であると共に、スラグ剤の主成分である。溶接時に溶接金属を被包して大気から遮断すると共に、適度な粘性により溶接金属のビード形状を適正に保ち、特に、立向上進溶接では他の金属成分とのバランスによりメタルの垂れ性に大きく影響する。TiOの含有量が、2.5%未満では、立向上進溶接においてメタル垂れが発生し易く、全姿勢溶接が困難である。一方、TiOの含有量7.5%を超えるとスラグ量が過剰となりスラグ巻込みが発生し、非金属介在物が増加して靭性が低下する。なお、TiO含有量の好ましい範囲は4.5〜6.5%である。
【0026】
[SiO:0.1〜0.5質量%]
フラックスのSiOは、溶融スラグの粘性を高めスラグ被包性を向上させる。SiOの含有量が、0.1%未満では溶融スラグの粘性が不足してスラグ被包性が不十分となり立向上進溶接においてメタル垂れが発生する。一方、SiOの含有量が0.5%を超えると溶融スラグの粘性が過剰となりスラグ剥離性およびビード形状が不良となる。なお、SiO含有量の好ましい範囲は0.2〜0.4%である。
【0027】
[ZrO:0.2〜0.9質量%]
フラックスのZrOは、溶融スラグの粘性および凝固温度を調整し、スラグ被包性を高める作用を有する。ZrOの含有量が0.2%未満ではその効果が不十分で立向上進溶接においてメタル垂れが発生する。一方、ZrOの含有量が0.9%を超えるとビード形状が凸状となりスラグ巻込みや融合不良を発生し易くなる。なお、ZrO含有量の好ましい範囲は0.3〜0.6%である。
【0028】
[Al:0.1〜0.4質量%]
フラックスのAlは、ZrOと同様に溶融スラグの粘性および凝固温度を調整し、スラグ被包性を高める作用を有する。Alの含有量が0.1%未満ではその効果が不十分で立向上進溶接においてメタル垂れが発生する。一方、Alの含有量が0.4%を超えるとビード形状が凸状となりスラグ巻込みや融合不良を発生し易くなる。
【0029】
[弗素化合物の1種または2種以上のF換算値の合計:0.01〜0.4質量%]
フラックスの弗素化合物は、スラグ剤として溶接金属を被包してビード形状を良好にすると共に、溶接金属からのスラグ浮上分離を促し、溶接金属中の酸素量を低減して靭性を向上させて良好な機械的性能を得る作用を有する。弗素化合物としては金属弗化物、アルカリ金属弗化物、アルカリ土類金属弗化物を用いるが、CaF、BaF、MgF、AlF、LiF、NaF、KZrF、KSiF、NaAlF等が有効であり、アルカリ金属弗化物を使用する場合にはアークの安定性も向上する。
【0030】
フラックスの弗素化合物の1種または2種以上のF換算値の合計の含有量が0.01%未満ではその効果が不十分であり、0.4%を超えると、スラグの流動性が過剰になると共にアークが不安定となり立向上進溶接においてメタル垂れが発生する。
【0031】
[ワイヤの全水素量:15質量ppm以下]
ワイヤ中の全水素量は、不活性ガス融解熱伝導度法などにより測定することができる。ワイヤ中の水素は、溶接金属の拡散性水素源となるため、できるだけ低減する必要がある。ワイヤ中の水素量がワイヤ全体の質量比で15ppmを超えると拡散性水素量が多くなり低温割れの感受性が高まる。
なお、ワイヤの全水素量は、水素含有量の低い充填フラックスの選定およびフラックス充填後のワイヤ素線を焼鈍することによって低減することができる。
【0032】
また、ワイヤの選択元素として、Ti、Mg、Ca、REMから選ばれる1種または2種以上を下記に示す含有量で含有してもよい。
[Ti:0.1〜1.0質量%,Mg:0.01〜0.9質量%,Ca:0.01〜0.5質量%,REM:0.01〜0.5質量%の1種または2種以上]
ワイヤ成分のTi、Mg、CaおよびREMは、いずれも脱酸剤として溶接金属の酸素を低減し靭性の向上を目的として含有する元素である。これらは1種または2種以上を選択してワイヤ中に含有される元素であるが、規定量を超えるとアーク中で激しく酸素と反応しスパッタやヒュームの発生が増大する。
一方、0.1%未満のTi、0.01%未満のMg、0.01%未満のCaおよび0.01%未満のREMの1種または2種以上を含有していても、脱酸剤として溶接金属の酸素を低減し靭性を向上させる効果は得られない。
【0033】
また、ワイヤの選択元素として、Bを下記に示す含有量で含有してもよい。
[B:0.001〜0.015質量%]
ワイヤ成分のBは、微量の添加で溶接金属の焼入れ性を高め、溶接金属の引張強度および低温靭性を向上させる元素である。Bの含有量が、0.001%未満ではその効果が不十分であり、0.015%を超えると引張強度が過大となり低温靭性が劣化する。なお、Bを含有することによる効果は、金属単体、合金または酸化物による何れでも発揮することができるため、フラックスに添加する場合の形態は自由である。
【0034】
[鋼製外皮に継ぎ目が無いこと]
フラックス入りワイヤは、鋼製外皮をパイプ状に成形し、その内部にフラックスを充填した構造で、製造の過程で成形した鋼製外皮の合わせ目を溶接してなる継ぎ目が無いワイヤと、溶接を行わず隙間を有するワイヤとに大別できる。本発明は、いずれの断面構造も採用することができるが、鋼製外皮に継ぎ目が無いワイヤは、ワイヤ中の全水素量低減を目的とした熱処理が可能であり、また製造後の吸湿がないことから、拡散性水素量を低減し耐低温割れ性を向上する目的において、より望ましい。
【0035】
なお、フラックス中の合金成分は、鋼製外皮の成分とその含有量を考慮して、各限定した範囲内で配合成分を調整する。フラックス中の合金成分を調整することで、種々の高張力鋼(母材)の成分に応じたフラックス入りワイヤとすることができる。
また、ワイヤに含まれるPおよびSは、共に低融点の化合物を生成して粒界の引張強度を低下させ、溶接金属の靭性を低下させる。このため、ワイヤに含まれるPは0.0015%以下、Sは0.0010%以下とすることが好ましく、できるだけ低いことが好ましい。
さらに、鉄粉は、フラックス充填率を10〜20%に調整するために用いることができるが、酸素を持ち込むため、フラックス充填率、鉄粉添加量共に低いことが望ましい。
【0036】
また、ワイヤ中のその他の成分として、鋼製外皮のFe分、フラックス中に添加された合金成分中のFe分、アーク安定剤としてのアルカリ金属の酸化物やアルカリ土類金属の酸化物を含む。また、ワイヤ表面に、防錆や通電性、耐チップ磨耗性に有効なCuメッキ処理を施した場合は、ワイヤ中のその他の成分としてCuを含む。
【0037】
本発明のワイヤのワイヤ径は、溶接時の電流密度を高くし高溶着率が得られる直径1.0〜2.0mmとすること好ましく、より好ましい範囲は1.2〜1.6mmである。
また、溶接時のシールドガスは、スラグ剥離性およびビード形状を向上させ、且つ安価であることから100%炭酸ガスに限定する。
【実施例】
【0038】
以下、本発明の効果を実施例により具体的に説明する。
鋼製外皮を成形する工程でU型に成形し、鋼製外皮内に各種成分のフラックスを充填し、更に鋼製外皮をO型に成形した後、鋼製外皮の合わせ目を溶接した継ぎ目が無いワイヤと、溶接しない隙間の有るワイヤとを造管、伸線して表1〜表5に示す化学成分のワイヤ径が1.2mmのフラックス入りワイヤを試作した。
【0039】
【表1】

【0040】
【表2】

【0041】
【表3】

【0042】
【表4】

【0043】
【表5】

【0044】
試作したワイヤは、株式会社堀場製作所製の水素分析装置:EMGA−621を用いて全水素量を測定した後、JIS G3128 SHY685に規定される鋼板を用いて立向上進すみ肉溶接による溶接作業性の評価と溶着(溶接)金属試験として機械特性評価を実施した。さらに、試作したワイヤを用いて溶接された鋼板に対して、溶接割れ試験を実施した。これらの溶接条件を表6にまとめて示す。
【0045】
【表6】

【0046】
立向上進すみ肉溶接は、半自動溶接で実施し、溶接作業性の評価として、メタル垂れの有無、スパッタ発生量、スラグ剥離性およびビード形状を目視により調べた。その後、マクロ断面を5断面採取してスラグ巻き込み欠陥の有無を調べた。
【0047】
機械特性評価は、引張試験片(JIS Z3111 A1号)および衝撃試験片(JIS Z3111 4号)をそれぞれ溶接金属の板厚中央部から採取して試験に供し、0.2%耐力が690MPa以上、試験温度−40℃におけるシャルピー吸収エネルギーが47J以上を合格とした。
【0048】
溶接割れ試験は、U形溶接割れ試験方法(JIS Z3157)に準拠し、試験体の予熱温度は75℃にて実施した。溶接後48時間経過した試験体について、表面割れおよび断面割れ(5断面)の発生有無を浸透探傷試験(JIS Z2343)により調査した。
それらの結果を表7〜表11にまとめて示す。
【0049】
【表7】

【0050】
【表8】

【0051】
【表9】

【0052】
【表10】

【0053】
【表11】

【0054】
表1〜表11のワイヤ記号A1〜A56が本発明例、ワイヤ記号B1〜B31は比較例である。
【0055】
本発明例であるワイヤ記号A1〜A56は、C、Si、Mn、Ni、Al、Moの各元素の含有量、Cr、Nb、Vから選ばれる1種または2種以上の元素の含有量、TiO、SiO、ZrO、Al、弗素化合物の1種又は2種以上のF換算値の合計量および全水素量が適量で、Ti、Mg、Ca、REMから選ばれる1種または2種以上を含有する場合の含有量、さらにBを含有する場合の含有量も適量であるので、溶接作業性が良好で溶接金属の耐力、引張強度およびシャルピー吸収エネルギーも良好な値が得られ、さらに低温割れも生じることがなく、極めて満足な結果であった。
【0056】
これに対し、比較例であるワイヤ記号B1〜31は、ワイヤのいずれかの化学成分の含有量(ワイヤ全質量に対する質量%)が本発明範囲に比べて過剰あるいは不足しているため、機械特性または溶接作業性が劣る結果となった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シールドガスとして100%炭酸ガスを使用する耐力690MPa以上の高張力鋼のシールドアーク溶接に用いられる、鋼製外皮にフラックスを充填してなる高張力鋼用フラックス入りワイヤであり、ワイヤ全質量に対する質量%で、
C :0.03〜0.10%、
Si:0.1〜0.4%、
Mn:2.0〜4.0%、
Ni:1.0〜3.5%、
Al:0.06〜1.5%、
Mo:0.10〜1.00%
を必須元素として含有し、
Cr:0.1〜1.0%、
Nb:0.01〜0.05%、
V :0.01〜0.05%
から選ばれる1種または2種以上を選択元素として含有し、且つ、
TiO:2.5〜7.5%、
SiO:0.1〜0.5%、
ZrO:0.2〜0.9%、
Al:0.1〜0.4%、
弗素化合物の1種または2種以上のF換算値の合計:0.01〜0.4%
をフラックスとして含有し、残部は、Fe、アーク安定剤および不可避不純物からなり、ワイヤの全水素量がワイヤ全体に対する質量比で15ppm以下であることを特徴とする高張力鋼用炭酸ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項2】
ワイヤ全質量に対する質量%で、
Ti:0.1〜1.0%、
Mg:0.01〜0.9%、
Ca:0.01〜0.5%、
REM:0.01〜0.5%
から選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の高張力鋼用炭酸ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項3】
ワイヤ全質量に対する質量%で、
B :0.001〜0.015%
を含有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の高張力鋼用炭酸ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項4】
鋼製外皮に継ぎ目が無いことを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか一項に記載の高張力鋼用炭酸ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。

【公開番号】特開2011−255385(P2011−255385A)
【公開日】平成23年12月22日(2011.12.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−129231(P2010−129231)
【出願日】平成22年6月4日(2010.6.4)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】