説明

高強度ラインパイプ用鋼板の製造方法

【課題】生産性に優れた高強度ラインパイプ鋼板の製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.02〜0.10%、Si:0.01〜0.50%、Mn:1.5〜2.5%、P:≦0.01%、S:≦0.0030%、Nb:0.0001〜0.2%、Al:0.0005〜0.03%、Ti:0.003〜0.030%を含み、残部が鉄及び不可避的不純物からなる鋼片を圧延して冷却し、X60以上の鋼板とする工程と、前記鋼板を熱処理する熱処理工程とを備え、前記熱処理工程が、前記鋼板を0.1〜1.5℃/secの昇温速度で200〜520℃の目標温度となるまで加熱した後、連続して前記鋼板の冷却を開始して、前記鋼板が200℃以下となるまで冷却する工程である高強度ラインパイプ用鋼板の製造方法とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、天然ガスや原油などを輸送するラインパイプに好適に使用される高強度ラインパイプ用鋼板の製造方法に関し、特に、優れた強度および変形能を有し、かつ強度のバラツキが小さく、生産性に優れた高強度ラインパイプ用鋼板の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、原油・天然ガスの長距離輸送手段として、パイプラインの重要性がますます高まっている。現在、(1)高圧化による輸送効率の向上や、(2)ラインパイプの外径・重量の低減による、現地での施工能率の向上のため、より高強度のラインパイプが要望されている。具体的には、米国石油協会(API)の規格でX60以上(降伏強度(YS)415MPa以上、引張強さ(TS)520MPa以上)のラインパイプが好適に使用されている。
【0003】
また、最近、ラインパイプの設計の考え方が変化してきており、パイプラインに歪が加わっても、鋼管の円周溶接部が破壊しない、又は、鋼管自体が座屈しない設計(strain based design)が取り入れられるようになってきている。
【0004】
また、従来の鋼板の製造方法としては、圧延ライン(製造ライン)上に設置された誘導加熱装置などの加熱装置を用いて焼き戻し処理などの熱処理を行う技術がある(例えば、特許文献1〜特許文献3参照)。また、特許文献4には、熱処理炉の設けられた厚鋼板の加工熱処理装置により、厚鋼板をオンラインで熱処理する技術が記載されている。
【0005】
また、従来、高効率で且つ均一性の良い鋼材の熱処理方法として、炉の設定温度を炉の入り側を高温に、出側を低温に設定する技術が提案されている(例えば、特許文献5参照)。また、厚鋼板を熱間圧延終了後に熱間矯正し、その後、冷却する方法において、冷却終了後に一定の温度で保温して、鋼板面内の温度分布を均一にすることにより、形状の優れた厚鋼板を製造する方法が提案されている(例えば、特許文献6参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−120409号公報
【特許文献2】特開2003−013133号公報
【特許文献3】特開平4−358022号公報
【特許文献4】特開2002−212626号公報
【特許文献5】特開平9−256053号公報
【特許文献6】特開平6−254615号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
“strain based design”のラインパイプでは、母材の強度や低温靱性を確保しつつ、母材の変形能および鋼管の塗装後の変形能が良好であることが要求される。特に、鋼管を塗装する際の塗装温度が高温である場合には、良好な変形能が要求される。
また、ラインパイプの溶接部の破断を抑制する点から、母材の強度のバラツキを狭くすることが要求されている。
【0008】
このような要求に対応する技術として、母材となる高強度ラインパイプ用鋼板に適正な熱処理を施す方法が考えられる。
しかしながら、高強度ラインパイプ用鋼板に適正な熱処理を施す場合、高強度ラインパイプ用鋼板の生産性が著しく低下してしまう。特に、例えば、特許文献1〜特許文献4に記載の技術のように、製造ライン上に設置された加熱装置を用いて高強度ラインパイプ用鋼板に熱処理を施す場合、生産性が著しく低下する。
また、熱処理を施す場合には、例えば、バーナー式の加熱炉による熱処理の場合、各バーナーの位置や能力のばらつき、加熱炉出入り口の炉外雰囲気の影響による温度のばらつき、鋼板の凹凸によるバーナー火炎の当たり方、伝熱の仕方のばらつきなど種々の外乱により鋼板内に温度偏差が発生し、その結果、鋼板の部位により熱履歴が異なることにより、鋼板強度のばらつきを招いている。
【0009】
本発明は、上記課題を鑑みてなされたものであって、優れた強度および変形能を有し、かつ強度のバラツキが小さい鋼板が得られる生産性に優れた高強度ラインパイプ用鋼板の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、引張強さが520MPa以上の高強度であり、優れた変形能を有し、かつ強度のバラツキが小さい鋼板を得ることができる生産性に優れた高強度ラインパイプ用鋼板の製造方法を提供するため、高強度ラインパイプ用鋼板の成分組成および製造過程における条件について鋭意研究を行った。その結果、本発明を想到した。本発明の要旨は、以下のとおりである。
【0011】
(1)質量%で、
C:0.02〜0.10%、
Si:0.01〜0.50%、
Mn:1.5〜2.5%、
P:≦0.01%、
S:≦0.0030%、
Nb:0.0001〜0.2%、
Al:0.0005〜0.03%、
Ti:0.003〜0.030%
を含み、残部が鉄及び不可避的不純物からなる鋼片を圧延して冷却し、X60以上の鋼板とする工程と、前記鋼板を熱処理する熱処理工程とを備え、
前記熱処理工程が、前記鋼板を0.1〜1.5℃/secの昇温速度で200〜520℃の目標温度となるまで加熱した後、連続して前記鋼板の冷却を開始して、前記鋼板が200℃以下となるまで冷却する工程であることを特徴とする高強度ラインパイプ用鋼板の製造方法。
【0012】
(2) 前記鋼板が、さらに、質量%で、
Mo:0.01〜1.0%、
Cu:0.01〜1.5%、
Ni:0.01〜1.5%、
Cr:0.01〜1.5%、
V:0.01〜0.10%、
B:0.0001〜0.0030%、
W:0.01〜1.0%、
Zr:0.0001〜0.050%、
Ta:0.0001〜0.050%
のうち1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の高強度ラインパイプ用鋼板の製造方法。
【0013】
(3)前記鋼板が、さらに、質量%で、
Mg:0.0001〜0.010%、
Ca:0.0001〜0.005%、
REM:0.0001〜0.005%、
Y:0.0001〜0.005%、
Hf:0.0001〜0.005%、
Re:0.0001〜0.005%
のうち1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の高強度ラインパイプ用鋼板の製造方法。
【0014】
(4)前記鋼板の引張強さが570Mpa以上であることを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載の高強度ラインパイプ用鋼板の製造方法。
(5)前記鋼板の板厚が40mm以下であることを特徴とする請求項1〜請求項4のいずれか一項に記載の高強度ラインパイプ用鋼板の製造方法。
(6)前記熱処理工程が、前記鋼板を前記目標温度以上の温度とされた加熱炉内を通過させる工程であることを特徴とする請求項1〜請求項5のいずれか一項に記載の高強度ラインパイプ用鋼板の製造方法。
(7)前記熱処理工程の前に、前記鋼板をコールドレベラーにて矯正することを特徴とする請求項1〜請求項6のいずれか一項に記載の高強度ラインパイプ用鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明の高強度ラインパイプ用鋼板の製造方法によれば、引張強さが520MPa以上の高強度であり、優れた変形能を有し、かつ強度のバラツキが小さい鋼板を効率よく製造できる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明の高強度ラインパイプ用鋼板(以下「鋼板」と略記する場合がある。)の製造方法は、所定の成分組成の鋼片を圧延して冷却し、X60以上の鋼板とする工程と、鋼板を熱処理する熱処理工程とを備えている。
【0017】
本発明者らは、高強度ラインパイプ用に用いる鋼板の強度のバラツキを狭くするために鋭意研究を行った。その結果、鋼板に含まれるC含有量を所定の範囲にするとともに、圧延して冷却して得られた鋼板に、適正な条件で熱処理を行うことが極めて重要であることを見出した。
すなわち、鋼板に含まれるC含有量を0.10%以下にした場合には、圧延後の冷却時における冷却条件を制御しないと、マルテンサイトなどの硬質相が生成したり、生成しなかったりする。このため、鋼板に含まれるC含有量を0.10%以下にした場合には、鋼板の表層の硬度に差が生じ、鋼板の強度のバラツキが大きいものとなる。
【0018】
そこで、本発明者らは、圧延して冷却して得られた鋼板に、鋼板の温度偏差が50℃以下となる温度偏差の小さい熱処理を施した。なお、鋼板の温度偏差が50℃以下であるとは、鋼板の長手方向、幅方向のいずれにおいても最高温度と最低温度との差が50℃以下であることを意味する。
【0019】
鋼板の温度偏差が50℃以下である熱処理を行った場合、鋼板中の固溶炭素が転位に固着されるので、鋼板中の固溶炭素に起因する応力集中が生じないようにすることができる。その結果、鋼板中に含まれるC含有量が0.07%以下であっても、鋼板の強度のバラツキを抑えることができる。
なお、鋼板に含まれるC含有量が0.10%以下である場合には、圧延して冷却して得られた鋼板に温度偏差が50℃以下である熱処理を施しても、圧延後の冷却時における冷却条件を制御しなければ、鋼板の強度のバラツキを十分に抑えることはできなかった。
【0020】
以下、本発明の鋼板の製造方法において得られる鋼板の成分組成の限定理由について説明する。なお、鋼板の成分組成の説明において「%」は「質量%」を意味する。
C:Cは、母材の強度を向上させる基本的な元素であり、0.02%以上含有する必要がある。しかし、Cの含有量が0.10%を超えると、鋼板の溶接性の低下や靱性の低下を招くため、Cの含有量の上限を0.10%以下とする。Cの含有量の好ましい下限値は0.03%以上であり、好ましい上限値は0.07%以下である。
【0021】
Si:Siは、脱酸元素として必要な元素であり、鋼板中に0.01%以上の含有させる必要がある。しかし、Siの含有量が0.50%を超えると、HAZ靱性が低下するので、上限を0.50%以下とする。Siの含有量の好ましい範囲は、0.01〜0.40%である。
Mn:Mnは、鋼板の強度及び靱性の確保に必要な元素である。しかし、Mnの含有量が2.5%を超えると、HAZ靱性が著しく低下するので、上限を2.5%以下とする。一方、Mnの含有量が1.5%未満であると、鋼板の強度確保が困難になるので、下限を1.5%以上とする。Mnの含有量の好ましい範囲は、1.6〜2.0%である。
【0022】
P:Pは、鋼板の靱性に影響を与える元素であり、0.01%を超えて含有されていると、HAZの靱性を著しく阻害するので、上限を0.01%以下とする。
S:Sは、0.0030%を超えて含有されていると、粗大な硫化物を生成し、靱性を阻害するので、上限を0.0030%以下とする。
【0023】
Nb:Nbは、炭化物、窒化物を形成し、強度の向上に効果がある元素である。しかし、Nbの含有量が0.0001%未満であると、上記効果が得られないので、下限を0.0001%以上とする。一方、Nbの含有量が0.2%を超えると、靱性の低下を招くので、上限を0.2%以下とする。Nbの含有量の好ましい範囲は0.005〜0.05%である。
【0024】
Al:Alは、通常、脱酸材として添加する元素である。しかし、Alの含有量が0.030%を超えると、Ti主体の酸化物が生成しないので、上限と0.030%以下とする。また、溶鋼中の酸素量を低減するため、Alの含有量を0.0005%以上とする必要がある。Alの含有量の好ましい範囲は、0.001〜0.03%である。
【0025】
Ti:Tiは、脱酸材として、さらには、窒化物形成元素として、結晶粒の細粒化に効果を発揮する元素である。しかし、Tiの含有量が0.030%を超えると、炭化物の形成による靱性の低下をもたらすので、上限を0.030%以下とする。また、上記効果を得るためには、Tiの含有量を0.003%以上とする必要がある。Tiの含有量の好ましい範囲は、0.005〜0.02%である。
【0026】
また、本発明の鋼板の製造方法において得られる鋼板は、上記成分の他、Mo、Cu、Ni、Cr、V、B、W、Zr、Taのうち1種又は2種以上を含有するものであってもよい。
Mo:Moは、焼入性を向上させると同時に、炭窒化物を形成し、強度を改善する元素である。上記効果を得るためには、Moの含有量を0.01%以上とすることが好ましい。しかし、Moの含有量が1.0%を超える場合、靱性の低下をもたらすので、1.0%以下とすることが好ましい。
【0027】
Cu:Cuは、靱性を低下させずに、強度を高めるのに有効な元素である。しかし、Cuの含有量が0.01%未満である場合、上記効果が十分に得られないため好ましくない。また、Cuの含有量が1.5%を超えると、熱処理時や溶接時に割れが生じ易くなるため好ましくない。したがって、Cuの含有量は0.01〜1.5%とすることが好ましい。
【0028】
Ni:Niは、靱性及び強度の改善に有効な元素であり、その効果を得るためには、0.01%以上含有することが好ましい。しかし、Niの含有量が5.0%を超えると、溶接性が低下するので、5.0%以下とすることが好ましい。
【0029】
Cr:Crは、析出強化により、鋼の強度を高める元素であり、0.01%以上含有することが好ましい。しかし、Crの含有量が多すぎると、焼入性が高くなり、ベイナイト組織を生じさせ、靱性を低下させるので、1.5%以下とすることが好ましい。
V:Vは、炭化物、窒化物を形成し、強度の向上に効果がある元素であるが、0.01%未満の含有量では、その効果が不十分となるため好ましくない。一方、Vの含有量が0.10%を超えると、靱性の低下を招くので、0.10%以下とすることが好ましい。
【0030】
B:Bは、固溶して焼入れ性を高め、フェライトの生成を抑制する元素である。Bの含有量が0.0001%未満であると、その効果が十分に得られないので、下限を0.0001%以上とすることが好ましい。一方、Bの含有量が0.0030%を超えても、効果が飽和するだけであるので、上限を0.0030%以下とすることが好ましい。
【0031】
W:Wは、焼入性を高めると同時に、炭窒化物を形成し、強度を改善する元素であり、その効果を得るためには、0.01%以上の含有させることが好ましい。一方、Wの含有量が1.0%を超えると、靱性の低下をもたらすので、1.0%以下とすることが好ましい。
【0032】
Zr、Ta:ZrおよびTaは、Nbと同様に、炭化物、窒化物を形成し、強度の向上に効果がある元素である。ZrおよびTaは、いずれも0.0001%未満の含有量では、その効果が十分に得られないため好ましくない。一方、ZrおよびTaは、含有量が0.050%を超えると、靱性の低下を招くものであるので、いずれも0.050%以下とすることが好ましい。
【0033】
さらに、本発明の鋼板の製造方法において得られる鋼板は、上記成分の他、Mg、Ca,REM、Y、Hf、Reのうち1種又は2種以上を含有するものであってもよい。
Mg:Mgは、脱酸材として添加する元素である。しかし、Mgの含有量が0.010%を超えると、粗大な酸化物が生成し易くなり、HAZの靱性の低下を招くので、上限を0.010%以下とすることが好ましい。一方、Mgの含有量が0.0001%未満であると、粒内変態及びピニング粒子として必要な酸化物の充分な生成が期待できないので、下限を0.0001%以上とすることが好ましい。
【0034】
Ca,REM、Y、Hf、Re:Ca、REM、Y、Hf、Reは、いずれも硫化物を形成して、伸長MnSの生成を抑制し、鋼材の板厚方向の特性、特に、耐ラメラティアー性を改善する元素である。Ca、REM、Y、Hf、及び、Reは、いずれも含有量が0.0001%未満では上記効果が十分に得られないので、下限を0.0001%以上にすることが好ましい。一方、含有量が0.005%を超えると、Ca、REM、Y、Hf、及び、Reの酸化物の個数が増加し、超微細なMg含有酸化物の個数が低下するので、上限を0.005%以下とすることが好ましい。
【0035】
本発明の鋼板の製造方法では、このような成分組成の鋼片を圧延して冷却し、X60以上(降伏強度(YS)415MPa以上、引張強さ(TS)520MPa以上)の鋼板とする。なお、鋼片を鋼板とする工程において得られる鋼板は、X60以上であればよいが、硬質相であるM−A(マルテンサイトーオーステナイト混合物)を含むX70以上(降伏強度(YS)485MPa以上、引張強さ570Mpa以上)のものであることが好ましい。
【0036】
また、鋼片を鋼板とする工程において得られる鋼板は、板厚が40mm以下であることが好ましく、高強度ラインパイプにより好適であるものとするために12〜25mmであることがより好ましい。鋼板の板厚が40mm以下である場合、後述する熱処理工程における鋼板の温度偏差を容易に50℃以下に抑制し易い。
なお、鋼板の幅は、後述する熱処理工程において用いる加熱炉の幅や用途に応じて適宜決定できる。
【0037】
本実施形態においては、圧延は、鋼片を再加熱してから行う。鋼片の再加熱温度は、950〜1250℃であることが好ましい。
【0038】
再加熱した鋼片は、例えば、再結晶域での圧下比を2以上にし、未再結晶域での圧下比を3以上にして圧延することが好ましい。この場合、圧延後の鋼板の平均旧オーステナイト粒径が20μm以下になる。また、未再結晶域での圧下比を4以上にすると、平均オーステナイト粒径が10μm以下になるので、未再結晶域での圧下比は4以上であることがより好ましい。
【0039】
圧延終了後、鋼板を水冷などにより冷却する。冷却開始温度は、Ae3点以下であることが好ましい。冷却開始温度がAe3点以下であると、フェライト変態が生じ、鋼板の降伏比が低下するので、変形能が良好になる。冷却開始温度は、800℃以下であることがより好ましく、750℃以下であることがさらに好ましい。
【0040】
冷却停止温度は、200℃以上にすることが好ましい。冷却停止温度が200℃未満であると、中心部に水素起因の割れが発生する可能性がある。
また、圧延終了後の冷却については、鋼板の中心部の平均冷却速度が60℃/s以下であることが好ましい。鋼板の中心部の平均冷却速度が60℃/sを超えると、鋼板の強度が高くなりすぎて、靱性が不十分となる恐れがある。
【0041】
本実施形態の鋼板の製造方法では、圧延して冷却して得られたX60以上の鋼板を熱処理する熱処理工程を行う。
本実施形態においては、熱処理工程の前に、鋼板をコールドレベラー(冷間矯正機)にて矯正することが好ましい。コールドレベラーにて鋼板を矯正すると、鋼板中の転位密度が増加するため、後述する熱処理工程において固溶炭素を固着するための転位量を十分に確保することができる。したがって、鋼板をコールドレベラーにて矯正することで、熱処理工程において鋼板中の固溶炭素が転位に固着されやすくなり、鋼板中の固溶炭素を十分に少なくすることができ、変形能を効果的に向上させることができる。
また、鋼板を矯正し、形状を整えることにより次の熱処理工程での温度のばらつきをある程度抑制することができる。
【0042】
次に、コールドレベラーにて矯正された鋼板を熱処理する熱処理工程を行う。熱処理工程においては、鋼板を0.1〜1.5℃/secの昇温速度で200〜520℃の目標温度となるまで加熱した後、連続して鋼板の冷却を開始して、鋼板が200℃以下となるまで冷却する。なお「目標温度となる」とは、鋼板の長手方向、幅方向の平均温度が目標温度となることを意味する。
【0043】
本実施形態においては、熱処理工程における昇温速度および目標温度が上記範囲であるので、鋼板の温度偏差を50℃以下に抑制しつつ、短時間で熱処理工程を完了することができる。
即ち、昇温速度が1.5℃/sec超では鋼板の部位による昇温速度の格差が拡がり温度偏差を50℃以下とすることが困難となる。しかし、昇温速度が0.1℃/sec未満では、昇温に長時間を要し、生産性が低下するし、長時間高温状態となることにより転位量が減少し、固溶炭素が増加してしまう。また、同様に目標温度が520℃超では、鋼板の部位による温度の格差が大きくなり温度偏差を50℃以下とすることが困難となる。しかし、目標温度が200℃未満では、熱処理自体の効果が得られない。
熱処理工程における鋼板の温度偏差が50℃以下である場合、鋼板の強度のバラツキが効果的に抑制されるので、熱処理後の鋼板に強度のバラツキがあったとしても、バラツキの量がわずかとなり、高強度ラインパイプ用に用いる場合に許容できる範囲内となる。
【0044】
また、目標温度は、400℃以上であることが好ましい。例えば、熱処理前の鋼板が、M−A(マルテンサイトーオーステナイト混合物)を含むX70以上(降伏強度(YS)485MPa以上、引張強さ570Mpa以上)のものである場合、熱処理工程において400℃以上となるまで加熱することで、硬質相であるM−Aが微細なセメンタイトに分解されるため、効果的に低温靱性を向上させることができる。
また、目標温度は、450℃以下であることが好ましい。この場合、熱処理工程を行うことによる鋼板中の転位(歪)の減少量が少なくて済み、より一層変形能を向上させることができる。
【0045】
また、本実施形態の熱処理工程においては、鋼板を目標温度となるまで加熱した後、連続して鋼板の冷却を開始して、鋼板が200℃以下となるまで冷却するので、効率よく熱処理工程を行うことができ、高い生産性が得られるとともに、良好な変形能が得られる。
また、目標温度となるまで加熱した鋼板は、空冷、水冷などの方法によって冷却することができる。冷却方法は特に限定されないが、水冷装置を必要としないため、空冷することが好ましい。
【0046】
また、本実施形態の熱処理工程においては、鋼板を目標温度となるまで加熱した後、連続して鋼板の冷却を開始するので、鋼板を目標温度以上の温度とされた加熱炉内を通過させることにより熱処理工程を行うことができる。本実施形態の熱処理工程において用いる加熱炉としては、鋼板を上記昇温速度で上記目標温度となるまで加熱でき、加熱した後、連続して鋼板の冷却を開始できるものであればよく、特に限定されない。
【0047】
鋼板を目標温度以上の温度とされた加熱炉内を通過させることにより熱処理工程を行う場合、加熱炉内への鋼板の搬入搬出が容易であり、短時間で効率よく熱処理工程を行うことができる。また、この場合、複数の鋼板を順次、加熱炉内を通過させる方法によって、複数の鋼板に対して、短時間で効率よく熱処理工程を行うことができるため、高い生産性が得られる。
また、加熱炉内が目標温度以上の温度とされているので、熱処理工程において鋼板を0.1〜1.5℃/secの高速の昇温速度で200〜520℃の目標温度となるまで容易に加熱できる。
【0048】
さらに、加熱炉内を通過させることにより熱処理工程を行う場合、鋼板を加熱炉内に搬入して目標温度となるまで加熱した後、直ちに、鋼板を加熱炉内から搬出することができ、容易に鋼板の加熱後、連続して鋼板の冷却を開始することができる。
また、加熱炉内を通過させることにより熱処理工程を行う場合、加熱炉内の温度と、加熱炉内を通過させる鋼板の速度(通板速度)とを調節することによって、熱処理工程における昇温速度や目標温度、鋼板の温度偏差などの熱処理条件を容易に高精度で制御できる。
【0049】
具体的には、例えば、加熱炉内の温度を高くすることで、昇温速度を早くしたり、目標温度を高くしたりすることができ、加熱炉内の温度を低くすることで、昇温速度を遅くしたり、目標温度を低くしたりすることができ、通板速度を遅くすることで、鋼板の表面温度における温度偏差を小さくすることができる。
【0050】
加熱炉内の温度は、目標温度以上であればよく、特に限定されないが、200〜900℃の範囲内であることが好ましい。加熱炉内の温度を上記範囲内とすることで、容易に昇温速度を0.1〜1.5℃/secにできるとともに目標温度を200〜520℃にできる。加熱炉内の温度が上記範囲未満であると、加熱炉内の温度が目標温度未満となるので、鋼板の温度を目標温度にすることができなくなる。また、加熱炉内の温度が上記範囲を超えると、昇温速度を1.5℃/sec以下にしにくくなるため好ましくない。
【0051】
また、加熱炉内に配置される加熱手段としては、ガスバーナーや誘導加熱(IH)などを用いることができ、特に限定されないが、加熱炉内の温度の制御が容易であるガスバーナーを用いることが好ましい。
【0052】
本実施形態においては、鋼板を0.1〜1.5℃/secの昇温速度で200〜520℃の目標温度となるまで加熱した後、連続して鋼板の冷却を開始して、鋼板が200℃以下となるまで冷却する熱処理工程を行うが、例えば、目標温度となるまで加熱した後、目標温度で所定の時間保持してから鋼板の冷却を開始する場合、本実施形態と比較して目標温度で所定の時間保持する保持時間分の時間が余分に必要となるため、熱処理工程に必要な時間が長時間となり、生産性が低下する。
【0053】
また、目標温度で所定の時間保持する場合、鋼板が目標温度とされている時間が保持時間分長くなるため、熱処理工程を行うことによる鋼板中の転位(歪)の減少量が多くなり、固溶炭素を十分に少なくすることができなくなる。このため、良好な変形能が得られない。
また、目標温度で所定の時間保持するためには、目標温度となるまで加熱する際に用いる加熱炉などの熱処理装置を目標温度以上の設定温度にしづらくなるため、昇温速度を0.1℃/sec以上の高速にしにくくなり、熱処理工程に必要な時間が長時間となりやすい。
【0054】
また、鋼板を目標温度以上の温度とされた加熱炉内を通過させることにより熱処理工程を行う場合、加熱炉を、鋼板を製造する連続ライン(オンライン)に設けず、オフラインに設けることが好ましい。すなわち、加熱炉をオフラインに設け、オンラインで圧延して冷却して得られた鋼板を、オフラインで熱処理し、熱処理後にオンラインに戻すことが好ましい。
【0055】
本実施形態の熱処理工程は、上述したように、目標温度となるまで加熱した後、目標温度で所定の時間保持してから鋼板の冷却を開始する場合などと比較して、優れた生産性を有しているが、加熱炉をオンラインに設けた場合、熱処理工程を行わない場合と比較して生産性が低下する。加熱炉をオフラインに設けることで、熱処理工程を行うことに起因する生産性の低下を小さくすることができる。
【0056】
本実施形態の熱処理工程後に得られた鋼板は、高強度ラインパイプの材料として好適に用いられる。本実施形態の鋼板を用いて高強度ラインパイプを製造するには、例えば、鋼板を所定の形状にプレス成形し、サブマージドアーク溶接などの溶接を行うことにより鋼管とし、その後、所定の形状となるように拡管して高強度ラインパイプとする。
このようにして得られた高強度ラインパイプは、必要に応じて表面に塗装を行ってもよい。また、溶接後、拡管前の鋼管に、必要に応じて、低温靱性を向上させるためなどの熱処理を行ってもよい。
【実施例】
【0057】
次に、本発明の実施例について説明する。なお、以下に示す実施例は、本発明の実施可能性及び効果を確認するためのものであり、本発明は、以下に示す実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
表1または表4に示す化学成分を有する表2または表5に示す厚さ(スラブ厚)240mmの鋼塊を、溶製し、鋳造して鋼片とした。
【0058】
次いで、鋼片を表2または表5に示す1100〜1210℃の加熱温度に再加熱し、表2に示す70〜100mmの移送厚まで950℃以上の再結晶温度域で熱間圧延を施し、続いて、表2または表5に示す12〜25mmの板厚まで880〜750℃の未再結晶温度域で熱間圧延を施して鋼板とした。その後、表2または表5に示す650〜800℃の冷却開始温度で水冷による鋼板の冷却を開始し、表2または表5に示す200〜500℃の冷却停止温度で冷却を停止した。
再結晶圧下率および未再結晶圧下率、600〜400℃の鋼板の中心部の平均冷却速度を表2または表5に示す。
【0059】
次に、圧延して冷却して得られた鋼板のうち鋼1、2、8、14、19、20、39の鋼板を、コールドレベラーにて矯正した。
そして、鋼板を表2または表5に示す昇温速度で表2または表5に示す目標温度(鋼板表面温度)となるまで加熱した後、連続して鋼板の冷却を開始して、鋼板が200℃以下となるまで冷却する熱処理工程を行った。熱処理工程において用いた加熱炉内の温度(炉温設定温度)と鋼板の表面温度における温度偏差(鋼板内温度偏差)とを表2または表5に示す。また、鋼38については、表5に示す目標温度となるまで加熱した後、目標温度で10分間保持してから鋼板の冷却を開始した。
【0060】
次に、熱処理工程後に得られた鋼板を所定の形状にプレス成形し、表2または表5に示す入熱2.0〜4.0kJ/mmでサブマージドアーク溶接を行うことにより鋼管とし、一部の鋼管について表2に示す温度で熱処理した後、所定の形状となるように拡管してラインパイプとした。
【0061】
このようにして得られたラインパイプ、母材、溶接熱影響部について、表3または表6に示す項目の評価を行った。
【0062】
【表1】

【0063】
【表2】

【0064】
【表3】

【0065】
【表4】

【0066】
【表5】

【0067】
【表6】

【0068】
なお、母材の引張試験(鋼板引張強度)は、ラインパイプの溶接部を0時としたときの3時の位置から長さ方向に採取した試験片について実施した。
また、ラインパイプについては、塗装を行うことによる熱の負荷を模擬して温度210℃での熱処理(保持時間5分後、空冷)を行う前後に、母材の引張試験と同じ位置の試験片を採取して、ラインパイプの引張試験(鋼管引張強度)(210℃加熱後の引張り強度)を行った。
【0069】
さらに、母材および溶接熱影響部については、シャルピー試験を実施し、−30℃での2mmVノッチシャルピー衝撃試験における吸収エネルギーを求めた。なお、溶接熱影響部のシャルピー試験における試験片採取位置は、溶接金属の厚み1/2部の中心部とした。
また、母材については、落重試験機を用いてDWTT試験(Drop Weight Tear Test)を実施し、−20℃での破面率を求めた。
【0070】
表3に示す鋼1〜22、表6に示す鋼39は、本発明例である。
表3および表6に示すように、本発明例の鋼板及び鋼管の強度はX60以上(降伏強度(YS)435MPa以上、引張強さ520Mpa以上)であり、かつ、鋼板内の強度のばらつきが50MPa以下であった。また、表3に示す鋼1〜22、表6に示す鋼39では、鋼管のシャルピーエネルギーが230J以上であり、DWTT破面率は90%以上であり、溶接熱影響部のシャルピー吸収エネルギーは90J以上であり、優れた変形能を有していることが確認できた。
【0071】
これに対し、鋼23〜38は、比較例である。
鋼23〜32は、基本元素又は選択元素のいずれかの添加量が、本発明の範囲を超えている比較例であり、元素の過剰添加により、靱性の劣化が助長されたものである。
また、鋼33〜38は、熱処理条件が、本発明の範囲から逸脱している比較例であり、鋼板及び鋼管の強度のばらつきは、100MPa以上である。
【0072】
鋼33は、昇温速度が本願発明の範囲超である比較例であり、鋼板の温度偏差が大きく強度のばらつきも170MPaと大きい。
また、鋼34は、昇温速度が、本発明の範囲未満である比較例であり、鋼板の生産性が極めて悪くなる。
鋼36は、目標温度が、本発明の範囲未満である比較例であり、鋼板及び鋼管の強度のバラツキが大きく、変形能が不十分であるものである。
【0073】
また、鋼35は、目標温度が、本発明の範囲を超える比較例であり、強度が目標に達しない。
また、鋼37は、昇温速度、目標温度、温度偏差が、本発明の範囲から逸脱している比較例であり、鋼管の強度のバラツキが大きいものである。
【0074】
また、鋼38は、目標温度となるまで加熱した後、目標温度で10分間保持してから鋼板の冷却を開始した比較例であり、生産性が極めて落ちる。
【産業上の利用可能性】
【0075】
前述したように、本発明によれば、引張強さが520MPa以上の高強度であり、優れた変形能を有し、かつ強度のバラツキが小さい鋼板を効率よく製造できる。よって、本発明は、鉄鋼産業及び鋼管製造産業において利用可能性が高いものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.02〜0.10%、
Si:0.01〜0.50%、
Mn:1.5〜2.5%、
P:≦0.01%、
S:≦0.0030%、
Nb:0.0001〜0.2%、
Al:0.0005〜0.03%、
Ti:0.003〜0.030%
を含み、残部が鉄及び不可避的不純物からなる鋼片を圧延して冷却し、X60以上の鋼板とする工程と、前記鋼板を熱処理する熱処理工程とを備え、
前記熱処理工程が、前記鋼板を0.1〜1.5℃/secの昇温速度で200〜520℃の目標温度となるまで加熱した後、連続して前記鋼板の冷却を開始して、前記鋼板が200℃以下となるまで冷却する工程であることを特徴とする高強度ラインパイプ用鋼板の製造方法。
【請求項2】
前記鋼板が、さらに、質量%で、
Mo:0.01〜1.0%、
Cu:0.01〜1.5%、
Ni:0.01〜1.5%、
Cr:0.01〜1.5%、
V:0.01〜0.10%、
B:0.0001〜0.0030%、
W:0.01〜1.0%、
Zr:0.0001〜0.050%、
Ta:0.0001〜0.050%
のうち1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の高強度ラインパイプ用鋼板の製造方法。
【請求項3】
前記鋼板が、さらに、質量%で、
Mg:0.0001〜0.010%、
Ca:0.0001〜0.005%、
REM:0.0001〜0.005%、
Y:0.0001〜0.005%、
Hf:0.0001〜0.005%、
Re:0.0001〜0.005%
のうち1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の高強度ラインパイプ用鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記鋼板の引張強さが570Mpa以上であることを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載の高強度ラインパイプ用鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記鋼板の板厚が40mm以下であることを特徴とする請求項1〜請求項4のいずれか一項に記載の高強度ラインパイプ用鋼板の製造方法。
【請求項6】
前記熱処理工程が、前記鋼板を前記目標温度以上の温度とされた加熱炉内を通過させる工程であることを特徴とする請求項1〜請求項5のいずれか一項に記載の高強度ラインパイプ用鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記熱処理工程の前に、前記鋼板をコールドレベラーにて矯正することを特徴とする請求項1〜請求項6のいずれか一項に記載の高強度ラインパイプ用鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2012−72423(P2012−72423A)
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−216822(P2010−216822)
【出願日】平成22年9月28日(2010.9.28)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】