説明

高強度鋼材の製造方法

【課題】プレス加工された鋼材部位の硬度も高く維持することができ、かつ、プレス加工後の打抜き加工も容易であって、製造歩留まりを低下させることのない高強度鋼材の製造方法を提供する。
【解決手段】熱間プレス成形時に鋼材内の炭素が脱炭するのを防止するための脱炭防止剤Dを鋼材(ワークW)の打抜き加工されない箇所に塗布する第1の工程と、ワークWを熱間プレス成形する第2の工程と、脱炭防止剤が塗布されていない箇所Waを打抜き加工する第3の工程と、からなる高強度鋼材の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度鋼材の製造方法に係り、特に、高張力鋼板(ハイテン)の加工に際して、プレス加工された部位の硬度を高くでき、かつ、打抜き加工も容易とした高強度鋼材の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近時、CO排出量の低減を図るべく自動車の燃費向上が叫ばれており、そのために、自動車部品のさらなる軽量化が研究開発されている。例えば、鋼板をプレス成形してなるボディー部品は自動車を構成する主要部品であることから、その軽量化を図ることにより、自動車の軽量化が実現できるといっても過言ではない。
【0003】
鋼板の軽量化を実現するために、高強度鋼板(高張力鋼板)であるいわゆるハイテン(High Tensile Strength Steel Sheets)が自動車のボディー部品に適用されてきている。このハイテンを使用することによって部材の薄肉化を図り、もって部材の軽量化を図ることができるというものである。
【0004】
一方、自動車には衝突安全性能も重要な要素であり、その向上に対する要求もまた日々高まっているのが現状である。そこで、この衝突安全性能を向上させるためには、上記するハイテン等の高強度鋼板をさらに強度増加させる必要がある。
【0005】
高強度鋼板のさらなる強度増加を図る加工技術面からのアプローチの一つとして、熱間プレス加工を挙げることができる。これは、鋼板を900℃程度に加熱し、その後直ちに成形型(金型)に挿入し、プレス成形および金型による急速冷却をおこなうこと(焼入れ)で鋼板の高強度化を図るというものであり、たとえば1500MPa程度の引張強度まで高めることができるものである。材料強度を高めることにより、材料を薄肉化することができ、もって部材重量の軽減に繋がる。
【0006】
上記する熱間プレス加工により、ビッカーズ硬度が350Hvを超える高強度な部材を加工することが可能となる。しかし、その一方で、熱間プレス加工後に打抜き加工(外形抜き加工等)を実施しようとすると、一般の抜き刃(工具)ではその刃先がすぐに摩耗したり破損したりするため、頻繁に抜き刃を交換する必要が生じて製造歩留まりを格段に低下させる。そこで、レーザ加工等の他の打抜き加工をおこなう方策もあるが、この方法では抜き刃を使用する打抜き加工に比して製造効率が極めて低下する。
【0007】
ここで、特許文献1には、鋼材表面に脱炭層を生じさせてその表面炭素量を低減することで加工性を向上させ、所定形状に加工した後に、浸炭処理を施すとともに焼き戻し処理をおこなうことにより、当初の脱炭によって強度低下した鋼材の強度を回復させる高強度部材の製造方法が開示されている。
【0008】
【特許文献1】特開平5−320748号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1の高強度部材の製造方法によれば、その加工性を向上させることができ、結果として鋼材炭素量を回復させて該鋼材の強度低下を防止することができる。しかし、一度炭素量を低減し、所望の加工後に浸炭処理および焼き戻し処理を実行する加工方法は工程を増大させ、製造歩留まりが格段に低下することは必至である。また、鋼材表面から脱炭処理をおこなうことにより、その後に浸炭処理をおこなったとしても鋼材の材料特性が変化し、その強度が常に確実に回復するかは極めて不透明である。
【0010】
本発明は、上記する問題に鑑みてなされたものであり、プレス加工された鋼材部位の硬度も高く維持することができ、かつ、プレス加工後の打抜き加工も容易であって、製造歩留まりを低下させることのない高強度鋼材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記目的を達成すべく、本発明による高強度鋼材の製造方法は、熱間プレス成形時に鋼材内の炭素が脱炭するのを防止するための脱炭防止剤を、鋼材の打抜き加工されない箇所に塗布する第1の工程と、前記鋼材を熱間プレス成形する第2の工程と、脱炭防止剤が塗布されていない箇所を打抜き加工する第3の工程と、を具備することを特徴とするものである。
【0012】
本発明の高強度鋼材の製造方法は、熱間プレス成形により所定形状で高強度の鋼材ワークを製造するに際し、プレス成形後の打抜き(外形抜き)の際に打抜き加工される箇所には脱炭防止剤を塗布(または散布)しておかず、熱間プレス成形されるとともに抜き加工されない箇所には脱炭防止剤を塗布しておくことによって、熱間プレス加工の際に抜き加工されない箇所からは鋼材内の炭素成分を積極的に抜くことで強度増加を抑止し、もって鋼材ワークの高強度化と打抜き加工の効率化を図るものである。ここで、打抜き部の硬さは冷間打抜きが可能なビッカーズ硬度:250〜300Hv程度であって、打抜き部以外の熱間プレス箇所ではビッカーズ硬度が350Hv以上であって引張強度が1500MPa程度の成形品を製造することができる。
【0013】
熱間プレスは、800〜950℃の高温度で大気圧雰囲気の炉内に鋼材を通し、高温状態の鋼材を金型(ダイ)内に把持収容し、金型から急速に鋼材熱を放熱させて焼入れを実施し、パンチにて所定形状にプレス成形することで、所望形状で高強度の鋼材ワークを製造するものである。この熱間プレス加工においては、鋼材内の炭素が脱炭されることから、プレス加工後に所定の硬度および強度を得るために脱炭処理を施しておく必要があるが、本発明では、この高温炉内に鋼材ワークを通す前に該鋼材の所定箇所に脱炭防止剤を塗布するとともに鋼材の端部領域で外形抜きされる箇所等には脱炭防止剤を塗布しておかず、当該箇所では高温炉内で脱炭を促進させるものである。
【0014】
ここで、使用される脱炭防止剤は、たとえば、半溶融状態の酸化ホウ素を主成分とし、他にシリカやレジンを含有する混合材料からなり、コンドルサル0090(登録商標)(パーカー熱処理工業株式会社製)などを使用することができる。
【0015】
熱間プレスされた鋼材において、脱炭防止剤が塗布されていない箇所を打抜き加工して所定形状の高強度ワークとし、例えば、他の鋼材とスポット溶接等にて一体とすることで車両を構成する合成ワーク(合板)が完成する。
【0016】
また、本発明による高強度鋼材の製造方法の好ましい実施の形態において、前記鋼材は、その含有炭素量が0.15重量%以上で0.3重量%以下の範囲の鋼材であり、前記脱炭防止剤は、その鋼材への塗布厚が0.1mm以上で1.2mm以下の範囲に設定されていることを特徴とするものである。
【0017】
鋼材の硬さはその炭素量によって決定されるといってもよく、鋼材内の炭素含有量が0.15重量%未満では熱間プレス成形しても十分な高度および強度が得られない。また、鋼材内の炭素含有量が0.3重量%を超えてしまうと、鋼材の打抜き箇所における高温炉内での脱炭が十分におこなわれない結果、当該箇所における硬さが硬すぎ、抜き刃の摩耗や破損がすぐに齎される。そこで、鋼材内の含有炭素量を0.15重量%以上で0.3重量%以下の範囲としたものである。
【0018】
さらに、脱炭防止剤の鋼材への塗布厚に関し、塗布厚が0.1mm未満の場合には脱炭防止剤を塗布しても、脱炭作用によって熱間プレス加工部位において所定の硬さおよび強度が得られない。一方、塗布厚が0.3mmを超えてしまうと、プレス加工時の潤滑作用が高くなりすぎてプレス加工部位にしわが発生するという問題が生じる。そこで、脱炭防止剤の鋼材への塗布厚を0.1mm以上で1.2mm以下の範囲に設定したものである。
【0019】
さらには、使用される鋼材の厚み(板厚)は3.2mm以下であることが好ましい。板厚が3.2mmより大きくなると、脱炭防止剤が塗布されない打抜き加工部においても鋼材内部の炭素成分の脱炭が促進されない結果、効率的な打抜き加工が阻害される可能性が高くなるためである。
【発明の効果】
【0020】
以上の説明から理解できるように、本発明の高強度鋼材の製造方法によれば、高硬度、高強度で所定形状の鋼材を製造できるとともに、熱間プレス加工後の打抜き加工(外形抜き加工)も効率的におこなうことができ、製造歩留まりの向上に繋がる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。図1はワークの所定箇所に脱炭防止剤が塗布された状態を説明した図であり、図2は脱炭防止剤が塗布されたワークが高温炉内を通過している状況を説明した図であり、図3は高温炉を通過したワークが上下のダイに把持固定され、パンチにてプレス加工が実施される前の状況を説明した図である。図4は熱間プレスされたワークの斜視図であり、図5は図4のワークと他の平板ワークとからなる合成ワークの斜視図である。なお、熱間プレス加工される鋼板ワークの形状や合板の形状は図示する実施の形態に限定されるものではない。
【0022】
図1は、鋼板からなるワークWを図示したものであり、より具体的には、その表面および裏面に脱炭防止剤D(たとえばコンドルサル0090(パーカー熱処理工業株式会社製))を塗布するとともに、その両端部は脱炭防止剤の未塗布領域Waとしたワークを示している。この未塗布領域Waは、後述のごとく熱間プレス加工の後に打抜き加工によって外形抜きされる領域となっており、熱間プレス加工時に含有炭素の脱炭を促進することによって打抜き加工を容易とするために脱炭防止剤を塗布しない領域である。
【0023】
ワークWの厚みは3.2mm以下であり、含有炭素量は0.15重量%以上で0.3重量%以下の範囲に設定されている。さらに、ワークW表面に塗布される脱炭防止剤の塗布厚は0.1mm以上で1.2mm以下の範囲に設定されている。
【0024】
図1に示すように所定領域に脱炭防止剤が塗布されたワークWを、図2に示す高温炉F内に通す。この高温炉Fは内部のヒータHにておよそ900℃に炉内調整されており、かつ、炉内の圧力は大気圧程度に設定されている。高温炉F内をベルトコンベアC上に載置されたワークWが所定時間をかけて通過することにより、高温状態のワークWは高温炉F外のプレス加工ブースへ移載される。
【0025】
図3は、プレス加工用の上ダイD1と下ダイD2、および、下ダイD2内の貫通孔D2’と上ダイD1内の嵌合孔D1’内を昇降するパンチPを示している。
【0026】
高温状態のワークWは上ダイD1と下ダイD2にて把持固定され、その姿勢でパンチPの上部の拡幅部P1が下方からワークWを曲げ加工するとともに、ダイD1,D2にて急速冷却されることにより、図4に示すような熱間プレス後のワークW1(高強度鋼材)が成形される。
【0027】
図4に示すワークW1の両端部(打抜き加工領域Wb)は熱間プレス加工前に脱炭防止剤が塗布されておらず、したがって、この箇所の含有炭素量はその他の部位に比して格段に少なくなっており、硬度が低くなっている。たとえば、打抜き加工領域Wbの硬度は250Hv程度となっており、他の熱間プレス加工部位の硬度は350Hv以上となっている。
【0028】
打抜き加工領域Wbは所定形状に外形抜きされる領域となっており、図5に示すように、この領域を打抜き加工して高強度なワークW1’を製造し、次いで他の平板状鋼板ワークW2と複数個所にてスポット溶接S,…することにより、3次元的な引張強度、曲げ強度等に優れた合成ワークW3を製造することができる。
【0029】
[鋼板の板厚、含有炭素量、脱炭防止剤の塗布範囲とその塗布厚を変化させた場合の熱間プレス加工後の硬さと打抜き性能に関する実験とその結果]
本発明者等は、以下の表1,2に示すごとく、実施例1〜3と比較例1〜7の計10個の鋼材テストピースを用意し、テストピースごとに鋼材内の炭素含有量、鋼材板厚、脱炭防止剤塗布範囲、脱炭防止剤塗布厚のそれぞれを変化させて、熱間プレス加工後の鋼材内炭素含有量や硬さ、さらには外形打抜き性を検証した。
【0030】
実験では図3に示す金型(ダイおよびパンチ)を使用し、脱炭防止剤は酸化ホウ素を主成分とするコンドルサル0090をキシレンにて粘度調整したものを使用し、この脱炭防止剤をテストピースごとに設定される厚みだけスプレー塗布し、その後室温にて30分乾燥させ、さらに80℃で1時間強制乾燥した。乾燥後の塗布厚はマイクロメータにて測定した。
【0031】
熱間プレス加工は、各テストピースを900℃で20分間大気圧下にて炉内加熱し、その後直ちに金型に挿入するとともにプレス加工を実行した。
【0032】
得られた熱間プレス後のテストピースの成形部(プレス加工部)と打抜き部の各炭素量をICP分析し、さらには硬さをビッカーズ硬度計にて測定した。
【0033】
また、得られた熱間プレス後のテストピースを通常の外形抜き(通常の鋼製刃具にて実施)によってその連続打抜き可能個数を測定した。ここで、連続打抜き個数の基準個数を1000個に設定し、該個数を満足するテストピースを可(○)、それ未満のテストピースを不可(×)と評価した。
【0034】
本実験の結果で使用された各テストピースの概要を表1に、本実験結果を表2にそれぞれ示す。
【0035】
【表1】

【0036】
【表2】

【0037】
表2より、実施例1〜3はいずれも、良好な外形抜きが可能となり、成形部の硬度は350HV以上の硬度を示している。
【0038】
一方、比較例1では、打抜き部にも脱炭防止剤を塗布したことによって打抜き部の硬さが硬くなりすぎ、目標とする打抜き個数に到達することはできなかった。
【0039】
比較例2では、脱炭防止剤の塗布量が多すぎ(塗布厚が2.5mm)、プレス加工時の潤滑作用が高まったことで多数のプレスしわが発生した。
【0040】
比較例3では、鋼材内の炭素量が少なすぎて(0.12重量%)、熱間プレス加工後の成形部の硬さが所定の硬さ(350HV)に到達できず、逆に、比較例4では、鋼材内の炭素量が多すぎて(0.32重量%)、熱間プレス加工時における脱炭が不十分なために打抜き部の硬さが硬すぎて目標とする打抜き個数に到達できなかった。
【0041】
比較例5では、脱炭防止剤を成形部に塗布しなかったために熱間プレス加工時に成形部からも脱炭が促進された結果、該成形部において所定の硬さが得られなかった。
【0042】
比較例6では、脱炭防止剤は塗布したものの、その塗布量(塗布厚)が少なすぎたために成形部からも脱炭が促進され、やはり所定の硬さが得られなかった。
【0043】
最後に比較例7では、打抜き部の表面からは脱炭するものの鋼材厚が厚すぎて、その内部からの脱炭が抑止された結果、目標とする打抜き個数に到達できなかった。
【0044】
以上の実験結果より、熱間プレス加工箇所には所定量(厚み)の脱炭防止剤を塗布するとともに打抜き加工部には脱炭防止剤を塗布しないこと、鋼材の厚みが厚すぎては打抜き加工部からの脱炭が抑止されて打抜き性能が低下することが実証された。
【0045】
以上、本発明の実施の形態を図面を用いて詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における設計変更等があっても、それらは本発明に含まれるものである。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】ワークの所定箇所に脱炭防止剤が塗布された状態を説明した図である。
【図2】脱炭防止剤が塗布されたワークが高温炉内を通過している状況を説明した図である。
【図3】高温炉を通過したワークが上下のダイに把持固定され、パンチにてプレス加工が実施される前の状況を説明した図である。
【図4】熱間プレスされたワークの斜視図である。
【図5】図4のワークと他の平板ワークとからなる合成ワークの斜視図である。
【符号の説明】
【0047】
W、W1、W1’…ワーク、W3… 合成ワーク、Wa…脱炭防止剤の未塗布領域、Wb…打抜き加工領域、D…脱炭防止剤、F…高温炉、H…ヒータ、C…コンベヤ、D1,D2…ダイ、P…パンチ、

【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱間プレス成形時に鋼材内の炭素が脱炭するのを防止するための脱炭防止剤を、鋼材の打抜き加工されない箇所に塗布する第1の工程と、
前記鋼材を熱間プレス成形する第2の工程と、
脱炭防止剤が塗布されていない箇所を打抜き加工する第3の工程と、を具備する高強度鋼材の製造方法。
【請求項2】
前記鋼材は、その含有炭素量が0.15重量%以上で0.3重量%以下の範囲の鋼材であり、
前記脱炭防止剤は、その鋼材への塗布厚が0.1mm以上で1.2mm以下の範囲に設定されていることを特徴とする請求項1に記載の高強度鋼材の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2008−284599(P2008−284599A)
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−134371(P2007−134371)
【出願日】平成19年5月21日(2007.5.21)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】