説明

高強度鋼板の製造方法

【課題】最終的に製造される高強度鋼板の組織や特性のばらつきを極力低減することができる高強度鋼板の製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.05〜0.3%、Si:0.7〜3.0%、Mn:0.5〜3.0%、Al:0.01〜0.1%を含有する高強度鋼板を、熱延工程、冷延工程、焼鈍工程を順次経て製造する高強度鋼板の製造方法であって、熱延終了温度を870℃超、950℃以下、巻取り温度を500℃以上、600℃未満の範囲で制御した熱間圧延を施した後、圧下率を60〜90%とした冷間圧延を施し、更に、Ac3点以上の温度範囲まで昇温する加熱工程を含む連続焼鈍を施す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車用等に用いられる高強度鋼板を製造する高強度鋼板の製造方法、より詳しくは、組織ばらつきやその組織ばらつきに起因する機械的特性ばらつきを低減することが可能な高強度鋼板の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車等の外観形状は、近年の技術開発や外観デザインの向上により年々複雑な形状になってきており、このような複雑な形状の自動車部材等をプレス成形により成形不良なく製造するために、自動車用鋼板等にはより優れた機械的特性等が求められている。このような自動車用鋼板等に要求される機械的特性としては、降伏強さ(YP)、引張強さ(TS)、伸び(EL)、伸びフランジ性(λ)等を挙げることができるが、前述したように、近年はこれらの機械特性に関してより高い性能が求められており、またこれらの特性を兼備することと相まって、その高強度鋼板の製造条件はより厳しくなってきており、製造そのものが困難になってきているというのが現状である。
【0003】
これら高強度鋼板における機械的特性は、その材料組織により決定されるといえるが、従来は、最終的に製造される高強度鋼板に発生する組織や特性のばらつきに与える影響は、最終工程である熱処理工程の影響が殆どであると考えられていた。従って、その熱処理工程の前工程である熱延工程や冷延工程については、最終的に製造される高強度鋼板の組織や特性のばらつきに及ぼす影響は特に大きくないと考えられているのが一般的であった。
【0004】
しかしながら、実際には、最終工程である熱処理工程の前に形成される材料組織が、最終的に製造される高強度鋼板の組織や特性のばらつきに及ぼしている影響は大きく、その最終的に製造される高強度鋼板の組織や特性のばらつきを低減させるためには、最終工程である熱処理工程の製造条件に加え、熱延工程や冷延工程といった前工程の条件をも適正に制御することが必然であるということができる。
【0005】
最終的に製造される高強度鋼板の組織や特性にばらつきが発生してしまった場合には、高強度鋼板を材料として製造される自動車等の製造時の不具合につながる可能性が高くなる。そのため、高強度自動車鋼板等に求められる特性としては、前述の降伏強さ(YP)、引張強さ(TS)、伸び(EL)、伸びフランジ性(λ)等の機械的特性があることは勿論ではあるが、その組織や特性のばらつきが小さいことも求められるようになってきている。
【0006】
従来から最終工程である熱処理工程のほか、熱延工程や冷延工程といった前工程についても、最終的に製造される高強度鋼板の組織や特性に影響を与えるとして議論された事例はある。しかしながら、熱延工程や冷延工程といった前工程が最終的に製造される高強度鋼板の組織や特性に影響を与える影響については不明な点が多く、未だに解明されていないのが現状であった。
【0007】
また、従来は最終的に製造される高強度鋼板の組織や特性にばらつきに対する要求は現在と比べるとそれほど厳しくはなく、最終的に製造される高強度鋼板の組織や特性のばらつきに最も大きく影響を及ぼす最後の工程の熱処理工程を適正化するだけで十分であり、それに加えて、熱延工程や冷延工程といった前工程までをも適正化する技術の開発は特に必要ないと考えられていた。従って、熱延工程や冷延工程といった前工程の適正化については、特に開発に着目されていないのが近年の現状であったといえる。
【0008】
自動車用等に用いられる高強度鋼板の代表的な例としては、フェライトおよびマルテンサイトからなる組織を有する複合組織鋼(DP鋼)が一般的に従来から知られている。このDP鋼は、軟質なフェライトと硬質なマルテンサイトを混在する材料組織とすることにより、軟質なフェライトで延性(伸び)を確保し、硬質なマルテンサイトで強度を確保しようというものである。従って、このDP鋼は、強度と伸びの両立が可能であることから優れた成形性が要求される高強度自動車鋼板等として近年多く採用されており、例えば、特許文献1〜3などにはその特性が記載されている。
【0009】
軟質なフェライトと硬質なマルテンサイトを共存する複合組織鋼であるこのDP鋼において、先に説明した各機械的特性を併存させるためには、組織の大部分を占めるフェライトとマルテンサイトの相分率や硬さを精度良く所望の値に制御する必要がある。
【0010】
従来はこれを実現するためには、前述したように、熱延工程や冷延工程といった前工程の製造条件の規定は特に必要ないと考え、最後の熱処理工程である焼鈍工程の製造条件を適正化することだけで対処してきた。具体的には、このDP鋼は、フェライト+オーステナイトの2相域まで昇温した後に、焼入れ、焼戻しを行う方法や、オーステナイト単相域まで昇温した後に、徐冷、焼入れ、焼戻しを行う方法等で製造されており、この際の温度や時間、冷却速度等を規定することで、製造条件の適正化が図られていた。
【0011】
しかながら、これらの方法では前述した各機械的特性を向上することが可能になることはあるものの、最終的に製造される高強度鋼板の組織や特性のばらつきを確実に低減するにはまだ不十分であった。
【0012】
一方、最終の熱処理工程の前工程である熱延工程や冷延工程といった前工程の条件については、特許文献4〜6などに記載されている。
【0013】
特許文献4には、熱間圧延における最終圧延温度はAr点以上870℃以下が望ましく、巻取温度は620℃以下が望ましいとの記載があり、また、冷間圧延率は55%以上が望ましいとの記載がある。しかしながら、これらは、最終の熱処理工程の前の組織を微細化することを目的として規定されており、最終の熱処理工程の前の組織や特性のばらつきは逆に大きくなることが想定される。
【0014】
また、特許文献5にも、最終の熱処理工程の前工程である熱延工程や冷延工程といった前工程の条件が記載されているが、熱間仕上げ圧延出側温度については、好ましい温度としてAr変態点以上との記載はあるものの、特に限定されるものではないとの記載がある。よって、最終的に製造される高強度鋼板の組織や特性のばらつきを目的としたものではないことは明らかである。
【0015】
また、特許文献6にも、最終の熱処理工程の前工程である熱延工程や冷延工程といった前工程の条件が記載されているが、冷延率は30%以下が好ましいとの記載があり、最終的に製造される高強度鋼板の組織や特性のばらつきを目的としたものではないということができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開2009−215571号公報
【特許文献2】特開2009−215572号公報
【特許文献3】特開2004−18911号公報
【特許文献4】特開2004−10991号公報
【特許文献5】特開2004−250774号公報
【特許文献6】特開平3−87320号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明は、上記従来の問題を解決せんとしてなされたもので、最終的に製造される高強度鋼板の組織や特性のばらつきを極力低減することができる高強度鋼板の製造方法を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
請求項1記載の発明は、質量%で、C:0.05〜0.3%、Si:0.7〜3.0%、Mn:0.5〜3.0%、Al:0.01〜0.1%を含有する高強度鋼板を、熱延工程、冷延工程、焼鈍工程を順次経て製造する高強度鋼板の製造方法であって、熱延終了温度を870℃超、950℃以下、巻取り温度を500℃以上、600℃未満の範囲で制御した熱間圧延を施した後、圧下率を60〜90%とした冷間圧延を施し、更に、Ac3点以上の温度範囲まで昇温する加熱工程を含む連続焼鈍を施すことを特徴とする高強度鋼板の製造方法である。
【発明の効果】
【0019】
本発明の高強度鋼板の製造方法によると、熱延工程、冷延工程、焼鈍工程の製造条件を夫々規定することで、最終的に製造される高強度鋼板の組織や特性のばらつきを低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】DP鋼を連続焼鈍ラインで製造する場合の熱処理工程の温度と時間の関係を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明者らは、高強度鋼板を製造するにあたり、最終的に製造される高強度鋼板の組織や特性のばらつきを低減することができる方法を見出すために、鋭意検討を行った。その結果、熱延工程や冷延工程といった前工程での組織変化が、最終的に製造される高強度鋼板の組織や特性のばらつきに及ぼす影響が従来から考えられているより大きく、従来から行っている最後の熱処理工程である焼鈍工程の製造条件を適正化するだけではなく、それに加えて、熱延工程や冷延工程といった前工程の製造条件をも含め、一貫した工程としての製造条件の規定を行うことで、最終的に製造される高強度鋼板の組織や特性のばらつきをより一層確実に低減できることを見出した。
【0022】
本発明の高強度鋼板の製造方法を、最も一般的な高強度鋼板の一例であるDP鋼の製造方法を事例にとり、以下詳細に説明する。尚、本発明は、DP鋼の製造方法に限定されるものではなく、TRIP鋼等他の組織形態を有する高強度鋼板の製造方法についても、同様に組織や特性のばらつきを低減することができるため、適用することができる。
【0023】
先に説明した通り、最終的に製造される高強度鋼板の組織や特性のばらつきを低減させるには、最後の熱処理工程である焼鈍工程の製造条件を規定することが最も有効であり、そのためには、焼鈍工程における均熱終了時の組織を安定化し、そのばらつきを低減することが重要であるといえる。
【0024】
先に、最後の熱処理工程である焼鈍工程の製造条件を適正化する方法として、フェライト+オーステナイトの2相域まで昇温した後に、焼入れ、焼戻しを行う方法と、オーステナイト単相域まで昇温した後に、徐冷、焼入れ、焼戻しを行う方法があり、この際の温度や時間、冷却速度等を規定することで、製造条件の適正化を図っていたと説明したが、後者のオーステナイト(γ)単相域で均熱する方法では、図1に示すように、加熱、均熱、徐冷、急冷、再加熱、保持、冷却という熱処理工程を経てDP鋼を製造することになる。
【0025】
この熱処理工程を経てDP鋼が製造される際には、鋼材の組織は以下のように変化する。まず、加熱工程および均熱工程で鋼材の組織はオーステナイト(γ)単相組織となる。次の焼入れ開始温度までの徐冷工程で組織中にフェライトが析出し、その後の急冷工程で残部のオーステナイトがマルテンサイトに変態する。その結果、急冷工程を終えた鋼材はフェライトおよびマルテンサイトからなる組織となる。尚、鋼材の成分組成や熱処理条件等によっては、フェライトおよびマルテンサイトの他、ベイナイト、パーライト、セメンタイト等の他の組織を、面積率で10%以下含有する場合がある。更に、再加熱、保持、冷却からなる焼戻し工程によりマルテンサイトの強度が調整される。
【0026】
先に、自動車用鋼板等に要求される機械的特性として、降伏強さ(YP)、引張強さ(TS)、伸び(EL)、伸びフランジ性(λ)等があると説明したが、これらの特性を支配する組織因子としては、主としてフェライトおよびマルテンサイトからなるDP鋼の場合には、フェライト分率とマルテンサイトの硬さを挙げることができる。このうち、フェライト分率は焼入れ開始までの温度履歴より決定され、マルテンサイトの硬さは再加熱(焼戻し)の温度履歴より決定される。
【0027】
ここで、連続焼鈍前の組織や均熱温度にばらつきがあることで連続焼鈍終了時のγ粒径に大きなばらつきが発生すると、その後の熱履歴のばらつきをたとえ最小限に抑えたとしても、最終的に製造される高強度鋼板の特性のばらつきを低減することはできない。
【0028】
逆にいうと、均熱工程が終了した時点でのγ粒径のばらつきを低減できた場合には、たとえその後の熱履歴に多少のばらつきがあったとしても、所望のフェライト分率と、所望の焼戻し後のマルテンサイト硬さを得ることができ、最終的に製造される高強度鋼板の特性のばらつきを低減することが可能になるということができる。
【0029】
そこで、均熱工程が終了した時点でのγ粒径のばらつきがどの程度のばらつきであれば、最終的に製造される高強度鋼板の組織や特性のばらつきを低減することができるかを、具体的に予備試験を実施し、評価した。
【0030】
この予備試験では、まず均熱工程終了後、直ちに焼入れを行う熱処理を行ってオーステナイト粒径を測定した。その際に、均熱温度および保持時間を変化させることで、オーステナイト粒径を種々作り分けた。同一熱処理を3回行い、N=3の平均値によって、均熱工程の熱処理条件と、それによって変化するオーステナイと粒径の関係を明らかにした。
【0031】
次に、前記手法で均熱工程終了時のオーステナイト粒径が判明している種々の均熱工程熱処理を施した後に、図1に示すような通常のDP鋼の製造で考えられる以下に説明する熱処理条件の範囲の種々の熱処理を施した。熱処理終了後にJIS5号引張試験片を採取し、引張試験を行って引張強度を測定した。一つの均熱工程(即ち、オーステナイト粒径)に対して、その後の同一条件での熱処理および引張試験を5回行い、その平均値により引張強度を判定した。
【0032】
これらの予備試験において、最終的に製造されたDP鋼の強度ばらつきが±3%以内に収まるものを合格とした。その結果、均熱工程終了時点でのγ粒径のばらつきが4μm以下であれば、最終的に製造される高強度鋼板の組織や特性のばらつきを低減することができることを確認した。
【0033】
尚、通常のDP鋼の製造で考えられる熱処理条件とは、図1における徐冷速度R1が3〜20℃/sec、急冷開始温度T1が500〜700℃、急冷速度R2が50℃/sec以上、再加熱度T2が250〜550℃、保持時間t2が30〜1200secである。
【0034】
一方、フェライト(α)+オーステナイト(γ)の2相域で均熱し、その温度を適正化することでフェライト分率を調整する方法では、組織のばらつき低減効果がさほど大きくないため、最後の熱処理工程である焼鈍工程の製造条件を適正化する方法として用いるには望ましくない。
【0035】
すなわち、本発明の高強度鋼板の製造方法は、オーステナイト(γ)単相域で均熱することを必須とし、この均熱工程終了時の材料組織のばらつき、つまり、γ粒径のばらつきを低減することで、最終的に製造される高強度鋼板の組織、特性のばらつきを低減することが可能になるということができる。
【0036】
この均熱工程が終了した時点でのγ粒径のばらつきは、熱延工程や冷延工程といった前工程での組織にばらつきがあることによっても増加するということができるが、本発明者らが種々検討した結果、前工程である熱延工程と冷延工程における条件を以下のように適切に規定することで、実機製造ラインで制御できる範囲で、最終的に製造される高強度鋼板の組織や特性のばらつきを低減することができることを見出した。
【0037】
均熱工程が終了した時点でのγ粒径を安定化させるには、最後の熱処理工程である焼鈍工程での昇温過程で生じる再結晶挙動が促進されるように焼鈍前の組織を制御すれば良い。具体的には、熱延終了温度を870℃超、950℃以下、巻取り温度を500℃以上、600℃未満の範囲で制御した熱間圧延を施した後、圧下率を60〜90%とした冷間圧延を施し、更に、Ac3点以上の温度範囲まで昇温する加熱工程を含む連続焼鈍を施せば良く、その後に、焼入れ、焼戻しを施すことで、γ粒径を安定化させることができる。
【0038】
焼鈍工程における再結晶挙動を促進し、且つ均熱工程が終了した時点でのγ粒径のばらつきを小さくするためには、焼鈍前組織の粒径は大きい方が好ましいといえる。その理由は、焼鈍前組織の粒径が微細になると、焼鈍工程における再結晶挙動が促進されずに不均一になり、均熱工程が終了した時点でのγ粒径にばらつきが生じてしまうからである。そのため、前工程である熱間圧延での熱延終了温度(FDT)を870℃超、950℃以下、巻取り温度(CT)を500℃以上、600℃未満の範囲とした。尚、熱延終了温度は880℃以上、930℃以下であることが好ましく、巻取り温度は520℃以上、580℃以下であることが好ましい。
【0039】
一方、同じく前工程である冷間圧延では、なるべく加工組織を導入して、再結晶挙動を促進することが有効である。そのため、冷間圧延での圧下率は60〜90%とした。冷間圧延での圧下率は65〜85%とすることが好ましい。
【0040】
また、その後の焼鈍工程における均熱温度は、前述したように、γ単相域、すなわちAc3点以上とすることが必要である。この際、γ単相域まで昇温して保持することとなるが、その均熱温度が高すぎると、γ粒成長が促進されるため、γ粒径をばらつきなく安定化させるためには好ましくはない。一方、均熱温度が低すぎると逆変態が不十分になるため好ましくない。そのため、均熱温度はAc3〜(Ac3+50℃)の温度範囲とすることが好ましい。
【0041】
また、Ac3〜(Ac3+50℃)の温度範囲での保持時間もγ粒径のばらつきに影響を及ぼす。この保持時間が長すぎると、生産性を阻害するという欠点があるばかりか、γ粒の成長が促進されてしまい、γ粒径にばらつきが生じてしまう。一方、保持時間が短すぎると逆変態が不十分になる可能性がある。Ac3〜(Ac3+50℃)の温度範囲での好ましい保持時間は、60〜600secである。
【0042】
以上、DP鋼の製造方法を事例として詳細に説明したが、本発明の高強度鋼板の製造方法によると、TRIP鋼等他の組織形態を有する高強度鋼板についても、同様に組織や特性のばらつきを低減することができる。
【0043】
例えば、TRIP鋼は、ポリゴナルフェライトやベイニティックフェライトを主相とする鋼材であるが、前者では、オーステナイト単相域からオーステナイト+フェライト2相域まで徐冷し、その後オーステンパすることにより、ポリゴナルフェライトと残留オーステナイトからなる組織とし、後者では、オーステナイト単相域から急冷し、その後オーステンパすることにより、ベイニティックフェライトと残留オーステナイトからなる組織とする。
【0044】
このTRIP鋼では、均熱工程が終了した時点でγ粒径にばらつき発生していると、ポリゴナルフェライトやベイニティックフェライトの変態挙動がばらつき、その結果、残留オーステナイトの大きさや、その分率等にばらつきが発生する。
【0045】
従って、TRIP鋼においても、均熱工程が終了した時点でのγ粒径のばらつきを低減すれば、最終的に製造されるTRIP鋼板の組織や特性のばらつきを低減することができるといえる。他の高強度鋼板についても、同様の効果を奏することは自明である。
【0046】
次に、本発明の製造方法で製造される高強度鋼板における化学成分組成について説明する。本発明の製造方法で製造される高強度鋼板は先に説明した製造方法が適切であっても、夫々の化学成分(元素)の含有量が適正範囲内でなければ、所望の作用効果を奏することができない。従って、本発明の製造方法で製造される高強度鋼板は、夫々の化学成分の含有量が、以下に説明する範囲内にあることも要件とする。尚、下記の化学成分の含有量(%)は全て質量%を示す。
【0047】
C:0.05〜0.3%
Cは、マルテンサイトの面積率およびその硬さに影響し、降伏強度および伸びフランジ性に影響する重要な元素である。0.05%未満ではマルテンサイトの面積率が不足して十分な降伏強度を確保することができなくなる。一方、0.3%を超えるとマルテンサイトの硬さが硬くなりすぎて伸びフランジ性が確保できなくなる。従って、Cの含有量は0.05〜0.3%とする必要がある。Cの含有量の好ましい下限は0.07%、好ましい上限は0.2%である。
【0048】
Si:0.7〜3.0%
Siは、固溶強化元素として伸びを劣化させずに降伏強度を高めると共に、焼戻し時におけるマルテンサイト中に存在するセメンタイト粒子の粗大化を抑制する作用も有し、このように粗大なセメンタイト粒子の生成を抑制することで、伸びフランジ性を向上させる効果も有する有用な元素である。0.7%未満ではこのような作用を有効に発揮させることができない。一方、3.0%を超えると加熱時におけるオーステナイトの形成を阻害するため、マルテンサイトの面積率を確保できず、降伏強度と伸びフランジ性が確保できなくなる。従って、Siの含有量は0.7〜3.0%とする必要がある。Siの含有量の好ましい下限は1.0%、好ましい上限は2.0%である。
【0049】
Mn:0.5〜3.0%
Mnは、Siと同様に、固溶強化元素として伸びを劣化させずに降伏強度を高めると共に、焼戻し時におけるマルテンサイト中に存在するセメンタイト粒子の粗大化を抑制する作用も有し、粗大なセメンタイト粒子の生成を抑制することで、伸びフランジ性を向上させる効果も有する有用な元素である。また、焼入れ性を高めてマルテンサイトの面積率の確保に寄与することで、降伏強度と伸びフランジ性を向上させる効果も有する。0.5%未満では、固溶強化作用およびセメンタイト粗大化抑制作用を有効に発揮させることができなくなるうえ、焼入れのための急冷時にベイナイトが多量に形成されてしまい、マルテンサイトの面積率が不足するため、降伏強度と伸びフランジ性が確保できなくなる。従って、Mnの含有量は0.5〜3.0%とする。Mnの含有量の好ましい下限は1.0%、好ましい上限は2.5%である。
【0050】
Al:0.01〜0.1%
Alは、不可避的不純物のNと結合してAlNを形成し、歪時効の発生に寄与する固溶Nを低減させることで伸びフランジ性の低下を防止すると共に、固溶強化により強度向上に寄与する。0.01%未満では鋼中に固溶Nが残存するため歪時効が発生し、伸びと伸びフランジ性を確保できなくなる。一方、0.1%を超えると加熱時におけるオーステナイトの形成を阻害するため、マルテンサイトの面積率を確保できず、伸びフランジ性が確保できなくなる。従って、Alの含有量は0.01〜0.1%とする。Alの含有量の好ましい下限は0.03%、好ましい上限は0.08%である。
【0051】
以上が本発明で規定する必須の含有元素であって、残部は鉄および不可避的不純物である。また、更に以下に示す元素を積極的に含有させることも有効であり、含有される化学成分(元素)の種類によって本発明の製造方法で製造される高強度鋼板の特性が更に改善される。
【0052】
本発明の製造方法で製造される高強度鋼板には、Ti、Nb、V、Zrのうち少なくとも1種以上を合計で0.01〜0.1%含有させることが有効である。更には、Niおよび/またはCuを合計で1%以下含有させることが有効である。また更には、Cr:2%以下および/またはMo:1%以下含有させることが有効である。また更には、Bを0.0001〜0.005%含有させることが有効である。また更には、CaおよびREMから選択される元素を合計で0.003%以下含有させることが有効である。
【実施例】
【0053】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらは何れも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0054】
本発明の実施例では、まず、表1に示す各成分組成の鋼を溶解し、熱延工程、冷延工程、焼鈍工程を経て種々の組織を有する各種鋼板を作製した。尚、焼鈍工程では、均熱工程を模擬した熱処理を行った後に急冷し、急冷後の各種鋼板の組織のγ粒径を測定した。
【0055】
γ粒径の測定は、JIS G0551に示される手法に倣って行い、粒度番号を粒径に換算して評価を行った。
【0056】
試験結果を表2に示す。本試験では均熱工程の温度条件、保持時間が違う4つの条件を模擬して熱処理を行い、急冷後の各種鋼板の組織のγ粒径を夫々測定し、その最大値と最小値の差を連続焼鈍終了時のγ粒径のばらつきとした。本試験ではこのばらつきが4μm以内のものを合格とした。
【0057】
【表1】

【0058】
【表2】

【0059】
No.1,2,5,6は、本発明の要件を満足する発明例であり、γ粒径のばらつきは全て4μm以内であり、試験結果は合格であった。これに対し、No.3,4,7〜9は、熱間圧延での熱延終了温度(FDT)または巻取り温度(CT)、或いは冷間圧延での圧下率が不適切な比較例であり、その結果、γ粒径のばらつきが4μmより大きくなり、試験結果は不合格であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.05〜0.3%、Si:0.7〜3.0%、Mn:0.5〜3.0%、Al:0.01〜0.1%を含有する高強度鋼板を、熱延工程、冷延工程、焼鈍工程を順次経て製造する高強度鋼板の製造方法であって、
熱延終了温度を870℃超、950℃以下、巻取り温度を500℃以上、600℃未満の範囲で制御した熱間圧延を施した後、
圧下率を60〜90%とした冷間圧延を施し、
更に、Ac3点以上の温度範囲まで昇温する加熱工程を含む連続焼鈍を施すことを特徴とする高強度鋼板の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−17501(P2012−17501A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−155670(P2010−155670)
【出願日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】