説明

高温でセルロースからエタノールを生産する方法

【課題】セルロースからエタノールを効率よく生産する方法を提供すること。
【解決手段】本発明のバイオマスからのエタノールの生産方法は、セルロース分解酵素の少なくとも2種を発現する形質転換クルイベロマイセス属酵母をバイオマスと混合し、培養する工程を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロースからエタノールを効率よく生産する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、化石燃料の枯渇が危惧される中、その代替燃料の開発が進められている。中でもバイオマスに由来するバイオエタノールが注目されている。バイオマスは、再生可能な資源であり、地球上に大量に存在し、そして使用しても大気中の二酸化炭素が増えず(カーボンニュートラル)、地球温暖化防止に寄与できるからである。
【0003】
ソフトバイオマスの主成分であるセルロース、ヘミセルロースなどを本来資化することができない発酵微生物を、生物工学的手法を用いて改変することにより、非食用炭素源から直接エタノールを発酵させる試みがなされている。このような生物工学的手法として細胞表層提示技術が好適に利用されている。例えば、セルロースを加水分解する酵素群(すなわち、複数種の酵素)を表層提示した酵母が、細胞表層提示技術によって作製されている(例えば、特許文献1および2)。
【0004】
酵母サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)の発酵温度は約30℃であるため、通常は酵母をこの温度で培養することによりエタノール発酵を行っている。これに対して、セルロース分解酵素の至適温度は約45〜50℃である。したがって、セルロースからエタノールを製造するにあたり、セルロース分解酵素は至適温度よりも非常に低い温度でセルロースに作用するため、セルロースからグルコースへの分解が律速反応となっている。
【0005】
セルロース分解酵素の至適温度付近で培養・増殖可能な耐熱性エタノール生産酵母として、クルイベロマイセス・マルキアヌス(Kluyveromyces marxianus)が知られている(非特許文献1)。これまでに、セルロース分解酵素の遺伝子を導入した組換えクルイベロマイセス・マルキアヌスを用いて、セロビオースからエタノールを産生した報告がある(非特許文献2)。しかし、この組換えクルイベロマイセス・マルキアヌスは、セルロースからエタノールを生産することができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際特許出願公開第01/79483号公報
【特許文献2】特開2008−86310号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】I.M. Banatら、World J. Microbiol. Biotechnol., 1992年, 8巻, 259-263頁
【非特許文献2】J. Hongら、J. Biotechnol., 2007年, 130巻, 114-123頁
【非特許文献3】Appl. Microbiol. Biotechnol., 2002年, 60巻, 469-474頁
【非特許文献4】Appl. Environmen. Microbiol., 2002年, 68巻, 4517-4522頁
【非特許文献5】Appl. Microbiol. Biotechnol., 1997年, 48巻, 339-345頁
【非特許文献6】Biotechnology Letters, 2002年, 24巻, 1785-1790頁
【非特許文献7】Biotechnol. Prog., 1996年, 12巻, 16-21頁
【非特許文献8】Biotechnol. Prog., 1997年, 13巻, 368-373頁
【非特許文献9】Appl. Environ. Microbiol., 2004年, 70巻, 1207-1212頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、セルロースからエタノールを効率よく生産する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、セルロース分解酵素の至適温度付近で培養・増殖可能な酵母クルイベロマイセス属酵母において、セルロース分解酵素を発現させることにより、セルロースを炭素源としてエタノール発酵できることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
本発明は、バイオマスからのエタノールの生産方法を提供し、該方法は、セルロース分解酵素の少なくとも2種を発現する形質転換クルイベロマイセス属酵母をバイオマスと混合し、培養する工程を含む。
【0011】
1つの実施態様では、上記セルロース分解酵素の少なくとも2種を発現する形質転換クルイベロマイセス属酵母は、セルロース分解酵素の少なくとも2種を細胞表層に提示する形質転換クルイベロマイセス属酵母である。
【0012】
1つの実施態様では、上記少なくとも2種のセルロース分解酵素は、セルロース加水分解様式が異なる酵素の組合せである。
【0013】
1つの実施態様では、上記セルロース加水分解様式が異なる酵素の組合せは、エンドグルカナーゼ、セロビオヒドロラーゼ、およびβ−グルコシダーゼからなる群から選択される。
【0014】
1つの実施態様では、上記セルロース加水分解様式が異なる酵素の組合せは、エンドグルカナーゼ、セロビオヒドロラーゼ、およびβ−グルコシダーゼの組合せである。
【0015】
1つの実施態様では、上記形質転換クルイベロマイセス属酵母において、前記少なくとも2種のセルロース分解酵素をコードする遺伝子は、酵母δ配列による組み込みによって共導入されている。
【0016】
1つの実施態様では、上記培養する工程は、40℃以上で行われる。
【0017】
1つの実施態様では、上記形質転換クルイベロマイセス属酵母は、形質転換クルイベロマイセス・マルキアヌスである。
【0018】
本発明はまた、セルロース分解酵素の少なくとも2種を発現する、形質転換クルイベロマイセス属酵母を提供する。
【0019】
本発明はまた、セルロース分解酵素の少なくとも2種を発現する、形質転換クルイベロマイセス・マルキアヌスを提供する。
【発明の効果】
【0020】
本発明の方法によれば、高温での発酵が可能になるため、発酵槽の冷却コストを大幅に低減することができる。さらに、セルロース分解酵素活性の向上によるセルロース分解効率を増大させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】高温下にて酵母クルイベロマイセス・マルキアヌス野生株(A)およびΔU株(B)を用いたグルコースからのエタノール発酵におけるグルコースの消費量およびエタノールの生産量の経時変化を示すグラフである。
【図2】エンドグルカナーゼII(A)およびβ−グルコシダーゼ1(B)を酵母の細胞表層に提示させるために用いたプラスミドの模式図である。
【図3】形質転換酵母株におけるエンドグルカナーゼII遺伝子(A)およびβ−グルコシダーゼ1遺伝子(B)の導入をリアルタイムPCR法により定量した結果を示すグラフである。
【図4】40℃(A)および42℃(B)にて形質転換酵母株を用いたセロビオースからのエタノール発酵におけるセロビオースの消費量およびエタノールの生産量の経時変化を示すグラフである。
【図5】高温下にて形質転換酵母株を用いたβ−グルカンからのエタノール発酵におけるβ−グルカンの消費量およびエタノールの生産量の経時変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明で用いる酵母は、セルロース分解酵素の少なくとも2種を発現している形質転換クルイベロマイセス属酵母である。形質転換に用いるクルイベロマイセス属酵母(宿主酵母)の種は、特に制限されないが、好ましくはクルイベロマイセス・マルキアヌス(Kluyveromyces marxianus)である。セルロース分解により得られる発酵基質である単糖(例えば、グルコース)からのアルコールの発酵能を高めるように遺伝子組換えされていてもよい。セルロース分解酵素は、少なくとも2種が発現されていればよく、細胞表層に提示されても分泌発現されてもよい。
【0023】
セルロース分解酵素は、β1,4−グルコシド結合を切断し得る任意の酵素をいう。任意のセルロース加水分解酵素生産菌に由来し得る。セルロース加水分解酵素生産菌としては、代表的には、アスペルギルス属(例えば、アスペルギルス・アクレアータス(Aspergillus aculeatus)、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)、およびアスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae))、トリコデルマ属(例えば、トリコデルマ・リーセイ(Trichoderma reesei))、クロストリディウム属(例えば、クロストリディウム・テルモセラム(Clostridium thermocellum)、セルロモナス属(例えば、セルロモナス・フィミ(Cellulomonas fimi)およびセルロモナス・ウダ(Cellulomonas uda))、シュードモナス属(例えば、シュードモナス・フルオレセンス(Pseudomonas fluorescence))などに属する微生物が挙げられる。
【0024】
以下、代表的なセルロース分解酵素として、エンドグルカナーゼ、セロビオヒドロラーゼ、およびβ−グルコシダーゼについて説明するが、セルロース分解酵素はこれらに限定されない。
【0025】
エンドグルカナーゼは、通常、セルラーゼと称される酵素であり、セルロースを分子内部から切断し、グルコース、セロビオース、およびセロオリゴ糖を生じる(「セルロース分子内切断」)。エンドグルカナーゼには5種類あり、それぞれエンドグルカナーゼI、エンドグルカナーゼII、エンドグルカナーゼIII、エンドグルカナーゼIV、およびエンドグルカナーゼVと称される。これらの区別は、アミノ酸配列の差異であるが、セルロース分子内切断作用を有する点では共通する。例えば、トリコデルマ・リーセイ由来エンドグルカナーゼ(特に、エンドグルカナーゼII:EGII)が用いられ得るが、これに限定されない。
【0026】
セロビオヒドロラーゼは、セルロースの還元末端または非還元末端のいずれかから分解してセロビオースを遊離する(「セルロース分子末端切断」)。セロビオヒドロラーゼには2種類あり、それぞれセロビオヒドロラーゼIおよびセロビオヒドロラーゼIIと称される。これらの区別は、アミノ酸配列の差異であるが、セルロース分子末端切断作用を有する点では共通する。例えば、トリコデルマ・リーセイ由来セロビオヒドロラーゼ(特に、セロビオヒドロラーゼII:CBHII)が用いられ得るが、これに限定されない。
【0027】
β−グルコシダーゼは、セルロースの非還元末端からグルコース単位を切り離していくエキソ型の加水分解酵素である(「グルコース単位切断」)。β−グルコシダーゼは、アグリコンまたは糖鎖とβ−D−グルコースとのβ1,4−グルコシド結合を切断し得、セロビオースまたはセロオリゴ糖を加水分解してグルコースを生成し得る。β−グルコシダーゼは、セロビオースまたはセロオリゴ糖を加水分解し得る酵素の代表例である。β−グルコシダーゼは現在、1種類知られており、β−グルコシダーゼ1と称される。例えば、アスペルギルス・アクレアータス由来β−グルコシダーゼ(特に、β−グルコシダーゼ1:BGL1)が用いられ得るが、これに限定されない。
【0028】
セルロースの良好な加水分解のために、セルロース加水分解様式の異なる酵素を組み合わせることが好ましい。セルロース分子内切断、セルロース分子末端切断、およびグルコース単位切断などの種々の異なるセルロース加水分解様式で作用する酵素が適宜、組み合わされ得る。それぞれの加水分解様式を有する酵素の例として、エンドグルカナーゼ、セロビオヒドロラーゼ、およびβ−グルコシダーゼが挙げられるがこれらに限定されない。セルロース加水分解様式の異なる酵素の組合せは、例えば、エンドグルカナーゼ、セロビオヒドロラーゼ、およびβ−グルコシダーゼからなる群から選択され得る。セルロースの構成糖であるグルコースを最終的に生産できることが望ましいので、グルコースを生成し得る酵素を少なくとも1つ含むことが好ましい。グルコースを生成し得る酵素としては、グルコース単位切断酵素(例えば、β−グルコシダーゼ)に加え、エンドグルカナーゼもグルコースを生成し得る。好ましくは、酵母において、β−グルコシダーゼ、エンドグルカナーゼ、およびセロビオヒドロラーゼを発現させ得る。
【0029】
発現を目的とする酵素の遺伝子は、酵素を産生する微生物から、既知の配列情報に基づいてプライマーまたはプローブを設計してPCRまたはハイブリダイゼーション法などによって取得し得る。また、これらの酵素遺伝子を含む既存のベクターから、好ましくはその発現カセットの形態で切り出して利用することもできる。
【0030】
酵素遺伝子を用いて発現カセットを構築し得る。発現カセットは、その遺伝子の発現を調節するオペレーター、プロモーター、ターミネーター、エンハンサーなどのいわゆる調節因子を含み得る。プロモーターまたはターミネーターは、発現を目的とする遺伝子自身のものであっても、他の遺伝子由来のものを利用してもよい。プロモーターおよびターミネーターとしては、GAPDH(グリセルアルデヒド3’−リン酸デヒドロゲナーゼ)、PGK(ホスホグリセリン酸キナーゼ)、PYK(ピルビン酸キナーゼ)、TPI(トリオースリン酸イソメラーゼ)などのプロモーターおよびターミネーターを利用し得るが、プロモーターおよびターミネーターの選択は、目的の酵素遺伝子の発現に依存し、当業者によって適宜選択され得る。必要に応じて、さらなる発現を調節する因子(例えば、オペレーターおよびエンハンサー)などをさらに含み得る。オペレーター、エンハンサーなどの発現調節因子についても、当業者によって適宜選択され得る。発現カセットは、この遺伝子の発現の目的に応じて、必要な機能配列をさらに含むこともできる。発現カセットは、必要に応じてリンカーも含み得る。
【0031】
酵母への酵素の表層提示発現のために、細胞表層工学の技術を利用し得る。例えば、(a)細胞表層局在タンパク質のGPIアンカーを介して細胞表層に提示する方法、(b)細胞表層局在タンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメインを介して細胞表層に提示する方法、および(c)ペリプラズム遊離型タンパク質(他のレセプター分子または標的レセプター分子)を介して細胞表層に提示する方法があるが、これらに限定されない。細胞表層工学の技術は、例えば、特許文献1および2にも記載される。
【0032】
用いられ得る細胞表層局在タンパク質としては、酵母の性凝集タンパク質であるα−またはa−アグルチニン(GPIアンカーとして使用)、Flo1タンパク質(Flo1タンパク質は、N末端側のアミノ酸長を種々改変して、GPIアンカーとして使用し得る:例えば、Flo42、Flo102、Flo146、Flo318、Flo428など;非特許文献3:なお、Flo1326とは、全長Flo1タンパク質を表す)、Floタンパク質(GPIアンカー機能を有さず凝集性を利用する、FloshortまたはFlolong;非特許文献4)、ペリプラズム局在タンパク質であるインベルターゼ(GPIアンカーを利用しない)などが挙げられる。
【0033】
まず、(a)GPIアンカーを利用する方法について説明する。GPIアンカーにより細胞表層に局在するタンパク質をコードする遺伝子は、N末端側から順に、分泌シグナル配列、細胞表層局在タンパク質(糖鎖結合タンパク質ドメイン)、およびGPIアンカー付着認識シグナル配列をそれぞれコードする遺伝子を有している。細胞内でこの遺伝子から発現された細胞表層局在タンパク質(糖鎖結合タンパク質)は、分泌シグナルにより細胞膜外へ導かれ、その際、GPIアンカー付着認識シグナル配列は、選択的に切断されたC末端部分を介して細胞膜のGPIアンカーと結合して細胞膜に固定される。その後、PI−PLCにより、GPIアンカーの根元付近で切断され、細胞壁に組み込まれて細胞表層に固定され、細胞表層に提示される。
【0034】
ここで、分泌シグナル配列とは、一般に細胞外(ペリプラズムも含む)に分泌されるタンパク質(分泌性タンパク質)のN末端に結合している、疎水性に富んだアミノ酸を多く含むアミノ酸配列をいい、通常、分泌性タンパク質が細胞内から細胞膜を通過して細胞外へ分泌される際に除去される。発現産物を細胞膜へ導くことができる分泌シグナル配列であれば、どのような分泌シグナル配列でも用いられ得、起源は問わない。例えば、分泌シグナル配列としては、グルコアミラーゼの分泌シグナル配列、酵母のα−またはa−アグルチニンのシグナル配列、発現産物自身の分泌シグナル配列などが好適に用いられる。細胞表層結合性タンパク質に融合している他のタンパク質の活性に影響を及ぼさないのであれば、分泌シグナル配列およびプロ配列の一部または全部がN末端に残ってもよい。
【0035】
ここで、GPIアンカーとは、グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)と呼ばれるエタノールアミンリン酸−6マンノースα1−2マンノースα1−6マンノースα1−4グルコサミンα1−6イノシトールリン脂質を基本構造とする糖脂質をいい、PI−PLCとは、ホスファチジルイノシトール依存性ホスホリパーゼCをいう。
【0036】
GPIアンカー付着認識シグナル配列とは、GPIアンカーが細胞表層局在タンパク質と結合する際に認識される配列であり、通常、細胞表層局在タンパク質のC末端あるいはその近傍に位置する。GPIアンカー付着シグナル配列としては、例えば酵母のα−アグルチニンのC末端部分の配列が好適に用いられる。上記α−アグルチニンのC末端から320アミノ酸の配列のC末端側には、GPIアンカー付着認識シグナル配列が含まれるので、上記方法に使用する遺伝子としては、このC末端から320アミノ酸の配列をコードするDNA配列が特に有用である。
【0037】
したがって、例えば、分泌シグナル配列をコードするDNA−細胞表層局在タンパク質をコードする構造遺伝子−GPIアンカー付着認識シグナルをコードするDNA配列を有する配列において、この細胞表層局在タンパク質をコードする構造遺伝子の全部または一部の配列を、目的とする酵素をコードするDNA配列に置換することにより、GPIアンカーを介して目的の酵素を細胞表層に提示するための組換えDNAが得られる。細胞表層局在タンパク質がα−アグルチニンである場合、上記α−アグルチニンのC末端から320アミノ酸の配列をコードする配列を残すように、目的の酵素をコードするDNAを導入することが好ましい。このため、「α−アグルチニン遺伝子の3’側半分の領域」が利用され得る。このようなDNAを酵母に導入して発現させることによって細胞表層に提示された酵素は、そのC末端側が表層に固定されている。
【0038】
次に、(b)糖鎖結合タンパク質ドメインを利用する方法について説明する。細胞表層局在タンパク質が糖鎖結合タンパク質である場合、その糖鎖結合タンパク質ドメインは、複数の糖鎖を有し、この糖鎖が細胞壁中の糖鎖と相互作用または絡み合うことによって、細胞表層に留まることが可能である。例えば、レクチン、レクチン様タンパク質などの糖鎖結合部位などが挙げられる。代表的には、GPIアンカータンパク質の凝集機能ドメイン、FLOタンパク質の凝集機能ドメインが挙げられる。GPIアンカータンパク質の凝集機能ドメインとは、GPIアンカリングドメインよりもN末端側にあり、複数の糖鎖を有し、凝集に関与していると考えられているドメインをいう。
【0039】
この細胞表層局在タンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメイン(凝集機能ドメイン)と目的の酵素とを結合することにより、細胞表層に酵素が提示される。目的の酵素の種類により、細胞表層局在タンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメイン(凝集機能ドメイン)の(1)N末端側に酵素を結合させる、(2)C末端側に酵素を結合させる、および(3)N末端側およびC末端側の両方に、同一または異なる酵素を結合させることができる。例えば、(1)分泌シグナル配列をコードするDNA−目的とする酵素をコードする遺伝子−細胞表層局在タンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメイン(凝集機能ドメイン)をコードする構造遺伝子;あるいは(2)分泌シグナル配列をコードするDNA−細胞表層局在タンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメイン(凝集機能ドメイン)をコードする構造遺伝子−目的とする酵素をコードする遺伝子、を作成することにより、細胞表層に目的の酵素を提示するための組換えDNAが得られ得る。凝集機能ドメインを利用する場合、GPIアンカーは細胞表層の提示には関与しないので、組換えDNA中に、GPIアンカー付着認識シグナル配列をコードするDNA配列は、一部のみ存在してもよいが、存在しなくてもよい。また、凝集機能ドメインを用いる場合は、ドメインの長さを調節しやすいため(例えば、FloshortまたはFlolongのいずれかを選択できる)、より適切な長さで酵素を細胞表層に提示できる点で、ならびに酵素のN末端またはC末端のどちらの側でも結合させることが可能な点で、非常に有用である。
【0040】
次に、(c)ペリプラズム遊離型タンパク質(他のレセプター分子または標的レセプター分子)を利用する方法について説明する。この場合は、目的とする酵素を、ペリプラズム遊離型タンパク質との融合タンパク質として細胞表層に発現させ得ることに基づく。ペリプラズム遊離型タンパク質としては、例えば、インベルターゼ(Suc2タンパク質)が挙げられる。目的の酵素は、これらのペリプラズム遊離型タンパク質に応じて、適宜N末端またはC末端側に融合され得る。
【0041】
上記(a)から(c)のいずれかの任意の表層提示技術に用いられる要素(本明細書中では、「細胞表層提示因子」ともいう)もまた、上記の説明に従って酵素遺伝子発現カセットに含まれ得る。より詳細には、細胞表層提示因子を、当該因子に依存して分泌シグナル配列と共に所望の配置で、発現される酵素の遺伝子と連結し、この連結物をプロモーターとターミネーターとの間に挟みこみ得る。表層提示因子は、因子を発現する微生物から、既知の配列情報に基づいてプライマーまたはプローブを設計してPCRまたはハイブリダイゼーション法などによって取得し得る。また、細胞表層提示因子の遺伝子と共に発現酵素(例えば、エンドグルカナーゼ、セロビオヒドロラーゼ、またはβ−グルコシダーゼ)の遺伝子、分泌シグナル、およびプロモーターおよびターミネーターなどの発現調節配列を含む公知のプラスミドから、適宜、ベクターの調製に適した形態で切り出して、インサートを調製することによって利用することもできる。
【0042】
酵母にて酵素を細胞外に分泌して発現させる方法は、当業者には周知である。上記分泌シグナル配列をコードするDNAに、目的の酵素の構造遺伝子を連結した組換えDNAを作成し、酵母に導入すればよい。
【0043】
各種配列を含むDNAの合成および結合は、当業者が通常用い得る技術で行われ得る。例えば、分泌シグナル配列と目的酵素の構造遺伝子との結合は、部位特異的突然変異法を用いて行うことができる。この方法を用いることにより、正確な分泌シグナル配列の切断および活性な酵素の発現が可能である。
【0044】
酵母に遺伝子を導入する方法は特に制限されない。例えば、酢酸リチウム法、エレクトロポレーション法、プロトプラスト法、δインテグレーション法が挙げられる。導入された遺伝子は、プラスミドの形態で存在してもよく、または酵母の染色体に挿入された形態あるいは酵母の染色体に相同組換えにより組み込まれた形態で存在してもよい。
【0045】
セルロース分解酵素の酵母δ配列による組み込み(インテグレーション)のために、ベクターが構築され得る。δインテグレーションに用いられるベクターは、δ配列の対(これらは、酵母の染色体上に多数存在するδ配列との相同組換えを可能にする)および酵素遺伝子を含み得る。
【0046】
酵母δ配列は、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisie)についてレトロトランスポゾンTy1およびTy2の長末端反復であることが報告されており(例えば、非特許文献5〜8)、Ty配列とも称される。δ配列は公知であり、当業者に容易に入手可能である(Genebank accession number M18706)。酵母の染色体上に多数存在するδ配列との相同組換えを可能にするように、δ配列の5’側の配列と3’側の配列との対を調製し得る。例えば、そのようなδ配列の対は、その配列情報に基づいてプライマー対を設計して、酵母のゲノムDNAを鋳型としてPCR増幅を行うことによって調製され得る。本発明においては、市販のδインテグレーション用ベクターもまた利用し得る。
【0047】
発現される酵素遺伝子は、通常、上記のような発現カセットの形態となるように、ベクター中に設計され得る。すなわち、ベクター中に、プロモーターおよびターミネーターなどの発現調節因子と共に含まれ得る。また、発現カセットは、上述のように、発現される酵素が細胞表層提示または分泌発現されるように設計され得る。
【0048】
本発明において用いられるベクターにおいては、酵母の染色体上に多数存在するδ配列との相同組換えを可能にするように、一対のδ配列の間に、酵素の発現カセットを挟み込んで連結し得る。このベクターを、便宜上、δインテグレーション用ベクターともいう。好ましくは、プラスミドの形態であり得る。DNAの取得の簡易化の点からは、酵母と大腸菌とのシャトルベクターであることが好ましい。必要に応じて、ベクターは、上述したような調節配列を含み得る。このようなベクターは、例えば、酵母の2μmプラスミドの複製開始点(Ori)とColE1の複製開始点とを有しており、酵母選択マーカー(以下に説明)および大腸菌の選択マーカー(薬剤耐性遺伝子など)を有する。
【0049】
酵母選択マーカーとしては、公知の任意のマーカーが利用され得る。例えば、薬剤耐性遺伝子、栄養要求性マーカー遺伝子(例えば、イミダゾールグリセロールリン酸デヒドロゲナーゼ(HIS3)をコードする遺伝子、リンゴ酸ベータ−イソプロピルデヒドロゲナーゼ(LEU2)をコードする遺伝子、トリプトファンシンターゼ(TRP5)をコードする遺伝子、アルギニノコハク酸リアーゼ(ARG4)をコードする遺伝子、N−(5'−ホスホリボシル)アントラニル酸イソメラーゼ(TRP1)をコードする遺伝子、ヒスチジノールデヒドロゲナーゼ(HIS4)をコードする遺伝子、オロチジン−5−リン酸デカルボキシラーゼ(URA3)をコードする遺伝子、ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ(URA1)をコードする遺伝子、ガラクトキナーゼ(GAL1)をコードする遺伝子、およびアルファ−アミノアジピン酸レダクターゼ(LYS2)をコードする遺伝子など)が挙げられる。例えば、栄養要求性マーカー遺伝子(例えば、HIS3、LEU2、URA1、TRP1欠損マーカーなど)が好ましく用いられ得る。酵母選択マーカーは、酵素の発現カセットと共に、一対のδ配列の間に挟み込まれ得る。酵素の発現カセットに対する酵母選択マーカーの位置(上流もしくは下流)または向き(順方向もしくは逆方向)は特に問わない。
【0050】
複数種のセルロース分解酵素の遺伝子の発現のために、それぞれの酵素発現用ベクターとして、それぞれの酵素の遺伝子を含むそれぞれのδインテグレーション用ベクターが構築され得る。例えば、エンドグルカナーゼ、セロビオヒドロラーゼ、およびβ−グルコシダーゼの3種のセルロース分解酵素遺伝子の発現のために、それぞれの酵素の遺伝子を含む3つのδインテグレーション用ベクターが構築され得る。好ましくは、これらのそれぞれの酵素の遺伝子を含むそれぞれのδインテグレーション用ベクターが同一の酵母選択マーカーを有するように設計される。
【0051】
最終的に調製されたベクターが、所望の要素(例えば、δ配列、酵素遺伝子およびその発現調節配列、および酵母選択マーカーを含む;好ましくは、酵素遺伝子の発現様式に依存して、分泌シグナル配列、および細胞表層提示因子(用いる因子に依存して、発現される酵素遺伝子に対して3’側または5’側に位置し得る)などの付加要素をさらに含む)を含む構成となればよく、調製の手順は、用いられる材料(例えば、骨格となるベクター、既知のベクターから切り出され得る酵素遺伝子または細胞表層提示因子のような要素のインサート)に依存し得る。
【0052】
複数種のセルロース分解酵素の遺伝子の発現のために設計した複数のδインテグレーション用ベクターを、宿主酵母に共導入し得る。宿主酵母へのベクターの「導入」とは、細胞の中にベクター内の遺伝子またはDNAを導入するだけでなく、発現させることも意味する。遺伝子またはDNAの導入には、形質転換、形質導入、トランスフェクション、コトランスフェクション、エレクトロポレーションなどの方法がある。酵母細胞への導入の場合、具体的には、例えば、酢酸リチウムを用いる方法、プロトプラスト法などがある。導入されるDNAは、宿主酵母のδ配列と相同組換えを起こして染色体に取り込まれ得る。「共導入」とは、これらの複数のベクターの導入が、同時または順次のいずれでもよく、順次の場合はその導入順序を問わない。
【0053】
複数種のセルロース分解酵素の遺伝子の発現のためのδインテグレーション用ベクターの宿主酵母への共導入は、反復して行われ得る。好ましくは、初回の共導入に加えこの反復での共導入の実施の際も、複数のインテグレーション用ベクターは、同一の酵母選択マーカーを有するように設計され得る。さらに好ましくは、反復の共導入では、初回または前回の共導入の酵母選択マーカーとは異なる酵母選択マーカーを用い得る。
【0054】
上述の共導入後、そのセルロース分解能を利用したスクリーニングにより所望のセルロース分解能が付与された酵母が選抜され得る。このために、リン酸膨潤セルロース(PASC:phosphoric acid-swollen cellulose)を分解する活性が利用され得る。例えば、酵母選択マーカーを利用したスクリーニング後に、PASC分解活性の測定によるスクリーニングが利用可能である。セルロース分解酵素が表層提示されているため、PASCを単一炭素源とした培地におけるコロニー形成もまた利用され得る。
【0055】
上述したような、複数種のセルロース分解酵素の遺伝子の発現のためのδインテグレーション用ベクターの共導入により得られたクルイベロマイセス属酵母もまた、本発明の範囲内である。このような酵母は、共導入された複数種のセルロース分解酵素を好適に発現し、セルロースを加水分解し得る。このような酵母は、セルロース含有物(例えば、バガス、稲わらなど)の加水分解にも用いられ得る。
【0056】
本発明の方法では、形質転換クルイベロマイセス属酵母をバイオマスと混合し、形質転換酵母を培養する。エタノールが培地中に生産される。
【0057】
形質転換酵母の培養は、当業者に周知の方法により適宜実施できる。培養温度は、約40〜約50℃、好ましくは約45〜約50℃、最も好ましくは約48℃である。培地のpHは、好ましくは約4〜約6、最も好ましくは約5である。好気的培養時の培地中の溶存酸素濃度は、好ましくは約0.5〜約6ppm、より好ましくは約1〜約4ppm、最も好ましくは約2ppmである。酵母菌体量が10g(湿潤量)/L以上、好ましくは25g(湿潤量)/L、より好ましくは37.5g(湿潤量)/L以上になるまで培養することが好ましく、培養時間は約20〜約50時間程度である。形質転換酵母は、発酵に供する前に好気的条件下で培養することにより、その菌体量を増加させ得る。
【実施例】
【0058】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0059】
本実施例で用いた酵母クルイベロマイセス・マルキアヌス(Kluyveromyces marxianus)NBRC1777株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構生物遺伝資源部門(NITE Biological Resource Center)より入手した。
【0060】
本実施例に示す全てのPCR法には、KOD−Plus−DNAポリメラーゼ(東洋紡績株式会社製)を用いて実施した。
【0061】
本実施例に示す全ての酵母への遺伝子導入には、YEAST MAKER酵母形質転換システム(クロンテック社製)を用いて酢酸リチウム法によって実施した。
【0062】
(参考例:酵母クルイベロマイセス・マルキアヌスを用いたグルコースからのエタノール発酵)
セルラーゼ発現カセットを導入して形質転換に用いる酵母クルイベロマイセス・マルキアヌスΔU株が、グルコースを糖源として高温でエタノール発酵できるかどうかを野生株とともに検討した。10g/Lの酵母抽出物、20g/Lのポリペプトンおよび0.5g/Lの二硫酸カリウムに加えて、糖源として100g/LのD−グルコースを含む培地を発酵に用いた。OD600=20の初期菌体濃度で嫌気条件下、40℃、42℃および45℃の各温度にて発酵を行った。発酵には、種培養と本培養とを経た酵母を用いた。種培養には、6.7g/LのYNB、20g/LのD−グルコースおよび適宜アミノ酸を含むSD培地を用い、嫌気条件下、30℃にて24時間種培養を行った。本培養には、10g/Lの酵母抽出物、20g/LのポリペプトンおよびD−グルコースを含むYPD培地を用い、嫌気条件下、30℃にて72時間本培養を行った。発酵過程の培地中のグルコースの濃度を、HPLCにより測定し、エタノールの濃度を、HPLCにより測定した。結果を図1に示す。四角は40℃、丸は42℃、および菱形は45℃の結果をそれぞれ表す。白抜きはグルコース濃度、および黒塗りはエタノール濃度をそれぞれ表す。各値に付したバーは標準偏差を表す。
【0063】
図1から明らかなように、酵母クルイベロマイセス・マルキアヌスΔU株(ウラシル要求性)および野生株はいずれも40℃、42℃および45℃の高温においても、D−グルコースを糖源として、増殖し、エタノールを生産することが確認された。また、42℃では、発酵初期のエタノール生産速度も、エタノールの最終収率も最も高く、40℃〜45℃の間にグルコースからの発酵にとっての至適温度があることがわかった。このように、酵母クルイベロマイセス・マルキアヌスは、高温においてグルコースからの発酵が可能であることがわかったので、クルイベロマイセス・マルキアヌスにセルラーゼの糖化能を付与すれば、高温においてセルラーゼからの発酵が可能であることが示唆された。
【0064】
(実施例1:pδUAGBGLおよびpδUAGEGIIの構築)
セルラーゼの1種であるトリコデルマ・リーセイ(Trichoderma reesei)由来エンドグルカナーゼII(EGII)およびアスペルギルス・アクレアタス(Aspergillus aculeatus)由来β−グルコシダーゼ1(BGL1)を酵母の細胞表層に提示させるためのプラスミドを以下のように構築した。
【0065】
(pIHPGBGLおよびpIWPGAGEGIIの構築)
酵母のゲノム上に存在するホスホグリセリン酸キナーゼの1種であるPGK1のプロモーター配列(pPGK)を、プライマーpPGKF(XhoI)(配列番号1)およびpPGKR(SmaI)(配列番号2)を用いて、そしてターミネーター配列(tPGK)を、tPGKF(SmaI)(配列番号3)およびtPGKR(NotI)(配列番号4)を用いて、酵母サッカロマイセス・セレビシエBY4741株のゲノムDNAを鋳型としてPCR法により増幅した。
【0066】
増幅したpPGKおよびtPGKをそれぞれ、ベクタープラスミドpBluescript II KS+(ストラタジェン社製)のXhoI/SmaIサイトおよびSmaI/NotIサイトに挿入した。
【0067】
構築したプラスミドからpPGKおよびtPGKを含む配列を、BSSHIIによる制限酵素処理により取得し、酵母発現用ベクターpRS403(HIS3酵母発現ベクター:ストラタジェン社製)およびpRS404(TRP1酵母発現ベクター:ストラタジェン社製)のBSSHIIサイトに挿入し、得られたそれぞれのプラスミドをpIHPGおよびpIWPGと命名した。
【0068】
BGL1/AG−anchorおよびEGII/AG−anchor遺伝子をそれぞれ、プライマーBGLF(XbaI)(配列番号5)およびBGLR(XbaI)(配列番号6)、ならびにEGIIF(NheI)(配列番号7)およびEGIIR(SmaI)(配列番号8)を用いて、pBG211(α−アグルチニン遺伝子の3’側の半分の領域(α−アグルチニン遺伝子のコード領域の991位から1953位までのヌクレオチドからなる領域、およびコード領域下流445bpのターミネーター領域)を有するβ−グルコシダーゼ1の表層発現用ベクター:非特許文献9)およびpEG23u31H6(α−アグルチニン遺伝子の3’側の半分の領域を有するエンドグルカナーゼIIの表層発現用ベクター:非特許文献9)を鋳型としてPCR法により増幅した。
【0069】
増幅したBGL1/AG−anchorをpIHPGに挿入し、得られたプラスミドをpIHPGBGLと命名し、そして増幅したEGII/AG−anchor遺伝子をpIWPGに挿入し、得られたプラスミドをpIWPGAGEGIIと命名した。
【0070】
(pδUの構築)
δインテグレーション用ベクタープラスミドpδUを以下のように構築した。
【0071】
まず、酵母のゲノム上に存在するδ配列の5’側167bp(5’δ配列)を、プライマー5’DSF(SacI)(配列番号9)および5’DSR(SacI)(配列番号10)を用いて、酵母サッカロマイセス・セレビシエBY4741のゲノムDNAを鋳型としてPCR法により増幅した。
【0072】
次いで、ベクタープラスミドpBluescript II KS+のSacIサイトに、増幅したインサートDNA(5’δ配列)を挿入した。
【0073】
同様にδ配列の3’側167bp(3’δ配列)をプライマー3’DSF(KpnI)(配列番号11)および3’DSR(KpnI)(配列番号12)を用いて、PCR法により増幅し、上述の5’δ配列導入済みのpBluescript II KS+のkpnIサイトに導入した。
【0074】
プラスミドpRS406(URA3酵母発現ベクター:ストラタジェン社製)上に存在するURA3遺伝子からURA3欠損マーカー(URA3d)を、プライマーURA3dF(XhoI)(配列番号13)およびURA3dR(XhoI)(配列番号14)を用いてPCR法により増幅し、上述の5’δ配列および3’δ配列を導入済みのベクタープラスミドpBluescript II KS+のXhoIサイトに挿入し、得られたプラスミドをpδUと命名した。したがって、pδUは、選択マーカーとしてURA3欠損マーカー、および酵母δ配列を含むδイングレーション用ベクタープラスミドである。
【0075】
δインテグレーション用ベクタープラスミドpδUに、種々のセルラーゼ発現カセットを挿入し、2種のセルラーゼ発現δインテグレーション用ベクタープラスミドpδU-PGAGBGLおよびpδU-PGAGEGIIを構築した。これらの構築の手順を以下に説明する。
【0076】
(pδUAGBGLおよびpδUAGEGIIの構築)
上記プラスミドpIHPGBGLおよびpIWPGAGEGIIのそれぞれを鋳型として、プライマーpPGKF(NotI)(配列番号15)およびtAGR(NotI)(配列番号16)を用いて、PCR法により、それぞれのセルラーゼ発現カセットのプロモーター、分泌シグナル、発現酵素遺伝子、および細胞表層提示因子をこの順に含む領域(すなわち、それぞれ、PGKプロモーター、分泌シグナル、β−グルコシダーゼ1遺伝子、α−アグルチニン遺伝子の3’側半分の領域;PGKプロモーター、分泌シグナル、セロビオヒドロラーゼII遺伝子、α−アグルチニン遺伝子の3’側半分の領域;ならびにPGKプロモーター、分泌シグナル、エンドグルカナーゼII遺伝子、α−アグルチニン遺伝子の3’側半分の領域がその記載の順に配置されている)を増幅した。
【0077】
上記pδUのNotIサイトに上記のそれぞれのセルラーゼ発現カセットを挿入し、得られたプラスミドをそれぞれpδUAGBGLおよびpδUAGEGIIと命名した。プラスミドのそれぞれの模式図を図2に示す(A:pδUAGBGL、B:pδUAGEGII)。これらのセルラーゼ発現カセットから発現するβ−グルコシダーゼ1およびエンドグルカナーゼIIは遺伝子が導入された宿主酵母の細胞表層に提示される。
【0078】
(実施例2:形質転換酵母の作製)
実施例1で調製したURA3欠損マーカーを有する2種類のプラスミドpδUAGBGLおよびpδUAGEGIIを酵母クルイベロマイセス・マルキアヌスNRBC1777株に共導入した。形質転換酵母のスクリーニングのために、ウラシルを含まず、かつグルコースを単一炭素源とした選択培地プレート上でのコロニー形成の目視観察によるスクリーニングを行い、次いでエンドグルカナーゼ活性およびβ−グルコシダーゼ活性の測定によりスクリーニングを行い、δインテグレーションによる形質転換酵母株KdUEB1、KdUEB2およびKdUEB3の3株を取得した。
【0079】
なお、菌体のエンドグルカナーゼ活性の測定は、以下のように行った:
(1)酵母菌体をYPD培地5mLに植菌し、72時間培養;
(2)菌体を蒸留水で2回洗浄;
(3)反応液250μL(組成:1% CMC(カルボキシメチルセルロース;シグマ−アルドリッチ社製) 200μL;酵母50μL)を調製し、50℃にて6時間反応;
(4)反応後のサンプルを遠心し、上清100μLにSomogyi銅試薬(シグマ−アルドリッチ社製)100μLを混合し、100℃にて20分間インキュベート後、直ちに氷上で冷却;
(5)冷却後、Nelson試薬(シグマ−アルドリッチ社製)250μLを混合して還元銅沈殿を溶解、発色;
(6)30分間静置後、20℃にて14,000rpmで10分間遠心し、上清250μLに蒸留水625μLを混合し、520nmでの吸光度を測定。1分間で1μmolのグルコース換算還元糖を遊離する酵素量を1Uとする。
【0080】
菌体のβ−グルコシダーゼ活性の測定は、以下のように行った:
(1)酵母菌体をYPD培地5mLに植菌し、72時間培養;
(2)菌体を蒸留水で2回洗浄;
(3)反応液1000μL(組成:10mM pNPG(p−ニトロフェニル−β−D−グルコシド;シグマ−アルドリッチ社製) 100μL;1M NaAc(pH5.0)50μL;酵母333μL;蒸留水517μL)を調製し、30℃にて30分間反応;
(4)反応後のサンプルを遠心し、上清500μLに3M NaCO 500μLを混合し、400nmでの吸光度を測定。1分間で1μmolのpNPを遊離する酵素量を1Uとする。
【0081】
(実施例3:形質転換酵母への遺伝子の導入の確認)
実施例2で得られた形質転換酵母株について、共導入したβ−グルコシダーゼ1遺伝子およびエンドグルカナーゼII遺伝子の導入をリアルタイムPCR法により確認した。
【0082】
リアルタイムPCRは、次のように実施した:
(1)酵母菌体をSD培地5mLに植菌し、24時間培養;
(2)菌体を蒸留水で2回洗浄;
(3)菌体に破砕用緩衝液(100mM NaCl;1mM EDTA;2% Triton−X;1% SDS;10mM Tris−HCl)200μL、PCI(フェノール:クロロホルム:イソアミルアルコール=25:24:1)溶液200μLおよびガラスビーズ(φ0.5mm;安井器械株式会社製)400μLを添加し、混合してマルチビーズショッカー(安井器械株式会社製)で処理;
(4)処理液に、PCI溶液200μLおよび蒸留水200μLを添加し、混合して遠心;
(5)上清を回収し、RNase処理;
(6)PCI処理、エタノール沈殿後、沈殿をTE緩衝液20μLに溶解(ゲノムDNA溶液);
(7)酵母のゲノムDNA溶液のDNA濃度を測定後、ゲノムDNAをNotIにより制限酵素処理し、PCI処理、エタノール沈殿後、沈殿をTE緩衝液20μLに溶解(制限酵素処理ゲノムDNA溶液);
(8)制限酵素処理ゲノムDNA溶液を鋳型としてリアルタイムPCR(BGL1遺伝子増幅用PCRプライマー:配列番号17および18に示す塩基配列からなる;EGII遺伝子増幅用PCRプライマー:配列番号19および20に示す塩基配列からなる;内在性ホスホグリセリン酸キナーゼ(PGK)遺伝子増幅用PCRプライマー:配列番号21および22に示す塩基配列からなる)を行う。
【0083】
結果を図3に示す。導入したセルラーゼ遺伝子のコピー数は、内在性のホスホグリセリン酸キナーゼ(PGK)遺伝子のコピー数に対する相対量として表す。
【0084】
図3から、KdUEB1、KdUEB2およびKdUEB3のうち、KdUEB1は、EGII遺伝子のコピー数が最も多かったが、BGL1遺伝子のコピー数は最も少なかった。KdUEB3は、BGL1遺伝子のコピー数が最も多かったが、EGII遺伝子のコピー数は最も少なかった。いずれの株もβ−グルコシダーゼ1遺伝子およびエンドグルカナーゼII遺伝子が導入されていることが確認された。
【0085】
(実施例4:形質転換酵母を用いたセロビオースからのエタノール発酵)
実施例2で得られたクルイベロマイセス・マルキアヌスの形質転換酵母株KdUEB1、KdUEB2およびKdUEB3が、セロビオースを糖源として高温でエタノール発酵できるかどうかを検討した。10g/Lの酵母抽出物、20g/Lのポリペプトンおよび0.5g/Lの二硫酸カリウムに加えて、糖源として50g/Lのセロビオースを含む培地を発酵に用いた。OD600=20の初期菌体濃度で嫌気条件下、40℃および42℃の各温度にて発酵を行った。発酵には、参考例と同様に種培養と本培養とを経た酵母を用いた。発酵過程の培地中のセロビオースの濃度を、HPLCにより測定し、エタノールの濃度を、HPLCまたはGCにより測定した。結果を図4に示す。四角はKdUEB1株、丸はKdUEB2株、および菱形はKdUEB3株の結果をそれぞれ表す。白抜きはセロビオース濃度、および黒塗りはエタノール濃度をそれぞれ表す。各値に付したバーは標準偏差を表す。
【0086】
図4から明らかなように、40℃および42℃の高温においても、クルイベロマイセス・マルキアヌスのエンドグルカナーゼII遺伝子およびβ−グルコシダーゼ1遺伝子による形質転換酵母株は、セロビオースを糖源として、増殖し、エタノールを生産することが確認された。また、いずれの形質転換酵母株も40℃から42℃への温度の上昇により発酵能が向上することが明らかになった。さらに、いずれの温度においてもβ−グルコシダーゼ1の発現が最も高かったKdUEB3は、発酵初期のエタノール生産速度は最も高かったが、エタノールの最終収率は最も低かった。これは、β−グルコシダーゼ1によるセロビオースの糖化により生成したグルコースがβ−グルコシダーゼ1の活性を阻害したためと考えられる。
【0087】
(実施例5:形質転換酵母を用いたβ−グルカンからのエタノール発酵)
実施例2で得られたクルイベロマイセス・マルキアヌスの形質転換酵母株KdUEB1が、β−グルカンを糖源として高温でエタノール発酵できるかどうかを検討した。10g/Lの酵母抽出物、20g/Lのポリペプトンおよび0.5g/Lの二硫酸カリウムに加えて、糖源として10g/Lのβ−グルカンを含む培地を発酵に用いた。OD600=20の初期菌体濃度で嫌気条件下、40℃、42℃および45℃の各温度にて発酵を行った。発酵過程の培地中のセロビオースの濃度を、HPLCにより測定し、エタノールの濃度を、HPLCまたはGCにより測定した。結果を図5に示す。四角は40℃、丸は42℃、および菱形は45℃の結果をそれぞれ表す。白抜きはβ−グルカン濃度、および黒塗りはエタノール濃度をそれぞれ表す。各値に付したバーは標準偏差を表す。
【0088】
図5から明らかなように、40℃、42℃および45℃の高温においても、クルイベロマイセス・マルキアヌスのエンドグルカナーゼII遺伝子およびβ−グルコシダーゼ1遺伝子による形質転換酵母株は、β−グルカンを糖源として、増殖し、エタノールを生産することが確認された。また、β−グルカンを糖源とした場合も、40℃から42℃、42℃から45℃へと温度が上昇すると発酵能が向上することが明らかになった。45℃では、発酵初期のエタノール生産速度も、エタノールの最終収率も最も高かった。
【産業上の利用可能性】
【0089】
セルロース系バイオマスからのバイオ燃料(エタノール、ブタノール、イソプレノイドなど)や化学品ポリマー原料(イソプロパノール、アミノ酸、有機酸、キノン類など)の生産に応用することができる。バイオマスの有効利用は、環境への負荷を低減するだけでなく、化石資源の利用によるCO排出を抑制することが期待できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バイオマスからのエタノールの生産方法であって、
セルロース分解酵素の少なくとも2種を発現する形質転換クルイベロマイセス属酵母をバイオマスと混合し、培養する工程
を含む、方法。
【請求項2】
前記セルロース分解酵素の少なくとも2種を発現する形質転換クルイベロマイセス属酵母が、セルロース分解酵素の少なくとも2種を細胞表層に提示する形質転換クルイベロマイセス属酵母である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記少なくとも2種のセルロース分解酵素が、セルロース加水分解様式が異なる酵素の組合せである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記セルロース加水分解様式が異なる酵素の組合せが、エンドグルカナーゼ、セロビオヒドロラーゼ、およびβ−グルコシダーゼからなる群から選択される、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記セルロース加水分解様式が異なる酵素の組合せが、エンドグルカナーゼ、セロビオヒドロラーゼ、およびβ−グルコシダーゼの組合せである、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記形質転換クルイベロマイセス属酵母において、前記少なくとも2種のセルロース分解酵素をコードする遺伝子が、酵母δ配列による組み込みによって共導入されている、請求項1から5のいずれかの項に記載の方法。
【請求項7】
前記培養する工程が、40℃以上で行われる、請求項1から6のいずれかの項に記載の方法。
【請求項8】
前記形質転換クルイベロマイセス属酵母が、形質転換クルイベロマイセス・マルキアヌスである、請求項1から7のいずれかの項に記載の方法。
【請求項9】
セルロース分解酵素の少なくとも2種を発現する、形質転換クルイベロマイセス属酵母。
【請求項10】
セルロース分解酵素の少なくとも2種を発現する、形質転換クルイベロマイセス・マルキアヌス。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2011−160727(P2011−160727A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−27196(P2010−27196)
【出願日】平成22年2月10日(2010.2.10)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 業務委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【Fターム(参考)】