説明

高純度パラジウムおよびその製造方法

【課題】活性の経時的な低下を抑制したパラジウム触媒や水素透過性の経時的な低下を抑制したパラジウム膜などを製造することが可能な高純度パラジウムを提供すること。
【解決手段】パラジウムの内部に含まれる硫黄原子を表面に移動させる工程と、前記パラジウム表面の前記硫黄原子を除去する工程とを、交互に繰り返し含むことを特徴とする高純度パラジウムの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高純度パラジウムおよびその製造方法に関し、より詳しくは、硫黄原子の含有量が低減されたパラジウムおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
パラジウムは、自動車の排ガス浄化用触媒(特開2003−144923号公報(特許文献1))や有機合成における接触還元触媒などの各種触媒、燃料電池における水素透過性金属膜(例えば、特開2005−243422号公報(特許文献2)参照)、半導体に代表される電子部品など様々な分野で用いられている。
【0003】
しかしながら、例えば、パラジウム触媒においては表面に硫黄原子が存在すると触媒活性が低下するといった問題があった。このような硫黄原子による触媒活性の低下は硫黄被毒と呼ばれ、通常、使用環境下に存在する硫黄や硫黄原子含有物質が触媒表面に付着することによって引き起こされる。このため、触媒活性の低下を防ぐために、使用環境から硫黄や硫黄原子含有物質を除去したり、硫黄被毒した触媒を再生するなどの方法が採られてきた。また、特開2003−144923号公報(特許文献1)には、硫黄被毒されにくい触媒が提案されている。
【0004】
しかしながら、使用環境下に硫黄や硫黄原子含有物質が存在しない場合であってもパラジウム触媒の活性が経時的に低下することがあった。また、パラジウム膜においては水素透過性が経時的に低下し、燃料電池の出力の低下や寿命の短縮などの問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−144923号公報
【特許文献2】特開2005−243422号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、活性の経時的な低下を抑制したパラジウム触媒や水素透過性の経時的な低下を抑制したパラジウム膜などを製造することが可能な高純度パラジウムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、使用環境下に硫黄や硫黄原子含有物質が存在しない場合において、パラジウム触媒の活性やパラジウム膜の水素透過性が経時的に低下する原因が、パラジウム内部に、元来、不純物として存在する微量の硫黄原子(約10ppm以下)が、使用中に表面に移動して濃化されることにあることを見出し、さらに、触媒活性や水素透過性の経時的な低下を抑制するためにはパラジウム内部の硫黄原子を表面に移動させて除去する必要があることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明の高純度パラジウムの製造方法は、パラジウムの内部に含まれる硫黄原子を表面に移動させる工程と、前記パラジウム表面の前記硫黄原子を除去する工程とを、交互に繰り返し含むことを特徴とする方法である。
【0009】
本発明の高純度パラジウムの製造方法において、パラジウムの内部に含まれる硫黄原子を表面に移動させる方法としては、1×10−3Pa以下の減圧下、温度800〜1000℃で前記パラジウムに熱処理を施す方法が好ましく、また、パラジウム表面の硫黄原子を除去する方法としては、酸素分圧が0.1Pa以上の雰囲気下、温度600〜1000℃で前記パラジウムに熱処理を施す方法が好ましい。
【0010】
このようにして得られた本発明のパラジウムは、硫黄原子の含有量が低減された非常に高純度のものである。具体的には、パラジウムの内部に含まれる硫黄原子を表面に移動させた後に測定した表面硫黄原子濃度を、好ましくは0.01原子%以下にすることが可能であり、また、パラジウム全体の硫黄原子濃度を好ましくは1ppb以下にすることができる。
【0011】
なお、本発明の高純度パラジウムの製造方法によってパラジウム中の硫黄原子の含有量が非常に少なくなる理由は必ずしも定かではないが、本発明者らは以下のように推察する。すなわち、硫黄原子はパラジウムに固溶しにくいため、パラジウム中の不純物である硫黄原子は、高温環境下や水素が透過する環境下ではパラジウム表面に析出しやすい。このため、従来のパラジウムにおいては、硫黄原子濃度が全体で約10ppmと微量であるにもかかわらず、高温環境下で触媒として使用したり、水素透過性金属膜として使用すると内部の硫黄原子が表面に析出して表面硫黄原子濃度が高くなり(本明細書ではこれを「内部硫黄被毒」という。)、触媒活性や水素透過性が低下したものと推察される。また、再生処理を施して表面の硫黄原子を除去したパラジウムであっても、従来のものは内部に硫黄原子が残存しているため、高温環境下で触媒として使用したり、水素透過性金属膜として使用すると上記と同様に内部硫黄被毒により触媒活性や水素透過性が低下したものと推察される。
【0012】
一方、本発明においては、上記のように、パラジウム中の不純物である硫黄原子が高温環境下でパラジウム表面に析出しやすいという性質を利用し、パラジウム内部の硫黄原子を表面に移動させて除去するものである。すなわち、パラジウムを真空中、高温で加熱することによって内部の硫黄原子を表面に移動させて濃化させる。ところが、この濃化は表面の硫黄原子濃度が約5原子%まで上昇すると進行しないため、パラジウム表面の硫黄原子を外部の酸素などの反応基質と接触させて反応させることによってパラジウム表面から除去する。そうすると、パラジウム表面の硫黄原子濃度が低減されるため、真空中、高温で加熱することによって再び内部の硫黄原子を表面に移動させて濃化させることが可能となる。このような硫黄原子の移動と除去を繰り返すことによって微量の硫黄原子であってもパラジウム内部から除去することが可能となったものと推察される。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、活性が高く且つその経時的な低下が抑制されたパラジウム触媒や水素透過性が高く且つその経時的な低下が抑制されたパラジウム膜などを製造することが可能な高純度パラジウムを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1A】(V+A)処理の回数と表面の硫黄原子濃度との関係を示すグラフである。
【図1B】(V+A)処理の回数と表面の硫黄原子濃度との関係を示すグラフである。
【図2】本発明の高純度パラジウムを用いた燃料電池の一例を模式的に示す断面図である。
【図3】実施例1で得たパラジウム箔の(V+A)処理の回数と表面の硫黄原子濃度との関係を示すグラフである。
【図4】実施例2で得たパラジウム箔の(V+A)処理の回数と表面の硫黄原子濃度との関係を示すグラフである。
【図5】触媒活性測定および水素透過量測定で用いた装置を示す模式図である。
【図6】参考例2および比較参考例2で得たパラジウム箔の触媒活性(TCO=50)を示すグラフである。
【図7】実施例3および比較例1〜2で得たパラジウム箔の触媒活性(TCO=50)を示すグラフである。
【図8】参考例3および比較参考例3で得たパラジウム箔の水素透過量の経時変化を示すグラフである。
【図9】参考例3および比較参考例3で得たパラジウム箔のXPSスペクトルを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明をその好適な実施形態に即して詳細に説明する。本発明の高純度パラジウムの製造方法は、パラジウムの内部に含まれる硫黄原子を表面に移動させる工程と、前記パラジウム表面の前記硫黄原子を除去する工程とを、交互に繰り返し含むことを特徴とする方法である。
【0016】
本発明に用いられるパラジウムとしては、不純物として硫黄原子を含むものであれば特に制限はなく、例えば、パラジウム箔、パラジウム粉末、パラジウム管、パラジウムワイヤーなど市販のものが挙げられる。前記パラジウムの硫黄原子含有量は特に制限はなく、例えば、約10ppm以下の微量の硫黄原子を含むパラジウムについても本発明の方法により硫黄原子を除去して高純度化することができる。また、前記パラジウムの大きさは特に制限はないが、パラジウム箔の場合には厚さが100μm以下のものが好ましく、パラジウム粉末の場合には粒子径が100μm以下のものが好ましい。パラジウムの厚さや粒子径が前記上限を超えると硫黄原子の除去に比較的長い時間を要し、生産性が低下する傾向にある。
【0017】
本発明の高純度パラジウムの製造方法において、パラジウムの内部に含まれる硫黄原子を表面に移動させる方法としては、例えば、真空中、高温で熱処理を施す方法が挙げられる。この方法における真空度としては、パラジウム表面が酸化されない真空度であれば特に制限はなく、例えば、1×10−3Pa以下が好ましい。また、熱処理温度としてはパラジウム中を硫黄原子が移動可能な温度であれば特に制限はなく、例えば、800〜1000℃が好ましく、900〜1000℃がより好ましい。熱処理温度が前記下限未満になると熱処理時間が10時間を超え、生産性が低下する傾向にあり、他方、前記上限を超えるとパラジウムが蒸発する傾向にある。熱処理時間としては硫黄原子がパラジウム内部から表面に十分に移動できる時間であれば特に制限はなく、例えば、0.5〜10時間が好ましく、1〜8時間がより好ましい。熱処理時間が前記下限未満になると硫黄原子が十分に移動しない傾向にあり、他方、前記上限を超えると生産性が低下する傾向にある。
【0018】
また、本発明の高純度パラジウムの製造方法において、パラジウム表面の硫黄原子を除去する方法としては、酸素存在下、高温で短時間熱処理を施す方法や化学的なエッチング処理を施す方法などが挙げられる。前者の方法において、雰囲気中の酸素分圧としては0.1Pa以上が好ましく、1Pa以上がより好ましい。酸素分圧が前記下限未満になるとパラジウム表面の硫黄原子や硫黄原子含有化合物が酸化されず、硫黄酸化物として蒸発させることが困難となる傾向にある。このような酸素が存在する雰囲気としては、酸素と不活性ガスとの混合ガス雰囲気や空気などが挙げられ、中でも、容易に前記熱処理を実施できる点で空気を用いることが好ましい。熱処理温度としては硫黄原子や硫黄原子含有化合物が酸化される温度であれば特に制限はないが、600〜1000℃が好ましく、800〜1000℃がより好ましい。熱処理温度が前記下限未満になると熱処理時間が10時間を超え、生産性が低下する傾向にあり、他方、前記上限を超えるとパラジウムが蒸発する傾向にある。熱処理時間としては1〜10分間が好ましく、2〜5分間がより好ましい。熱処理時間が前記下限未満になると硫黄原子や硫黄原子含有化合物が十分に酸化されず、硫黄原子が十分に除去できない傾向にあり、他方、前記上限を超えると生産性が低下する傾向にある。
【0019】
また、化学的なエッチング処理としては、王水(濃硝酸と濃塩酸とを体積比(濃硝酸:濃塩酸)1:3の割合で混合したもの)を蒸留水で1〜3倍に希釈したエッチング溶液中にパラジウムを室温で1〜10分間浸漬した後、このパラジウムを蒸留水で洗浄して乾燥させる処理が挙げられる。この場合、エッチングによってパラジウム表面を溶解させてこれに含まれる硫黄原子を除去する。従って、浸漬時間が前記上限を超えるとパラジウムが溶解しすぎる傾向にある。なお、浸漬終了時間はエッチング溶液の着色状態(薄茶色に着色)を目視観察することにより決定することができる。
【0020】
本発明の高純度パラジウムの製造方法においては、先ず、パラジウムの内部に含まれる硫黄原子を表面に移動させてパラジウム表面の硫黄原子濃度を可能な限り増大させる。次に、この表面の硫黄原子を除去してパラジウム表面の硫黄原子濃度を可能な限り減少させる。その後、再びパラジウム内部の硫黄原子を表面に移動させてパラジウム表面の硫黄原子濃度を可能な限り増大させ、次いで硫黄原子を除去してパラジウム表面の硫黄原子濃度を可能な限り減少させる。このような操作を繰り返すことによってパラジウム表面だけでなく内部の硫黄原子も除去することができ、硫黄原子濃度が十分に低減されたパラジウムを得ることができる。
【0021】
本発明の高純度パラジウムの製造方法においては、硫黄原子をパラジウム表面に移動させた後のパラジウム表面の硫黄原子濃度を、各回または数回ごとに測定して前記繰り返し操作の終点を決定することができる。また、前記操作の繰り返し回数nとパラジウム表面の硫黄原子濃度との関係を求めることによって、硫黄原子濃度が十分に低減されたパラジウムを得るために必要な繰り返し回数を推算することができる。なお、パラジウム表面の硫黄原子濃度は、例えば、X線光電分光(XPS)分析装置を用いて測定することができる。
【0022】
前記繰り返し回数nと前記表面の硫黄原子濃度との関係は、パラジウムの大きさが小さい場合(例えば、パラジウム箔の厚さやパラジウム粉末の粒子径が1〜100μm程度の場合)には図1Aに示すような関係となる。また、パラジウムの大きさが大きい場合(例えば、パラジウム箔の厚さやパラジウム粉末の粒子径が100μmを超える場合)には図1Bに示すような関係となる。いずれの場合も、繰り返し回数の増加に対して表面の硫黄原子濃度が減少している部分に線形最小二乗法を適用して表面の硫黄原子濃度が0原子%となる繰り返し回数を求めることによって、硫黄原子濃度が十分に低減されたパラジウムを得るための繰り返し回数を推算することができる。なお、本発明の高純度パラジウムの製造方法においては、パラジウム内部の硫黄原子を表面に移動させてパラジウム表面の硫黄原子濃度を可能な限り増大させていることから、硫黄原子移動後のパラジウム表面の硫黄原子濃度が0原子%になった場合にはパラジウム内部には硫黄原子がほとんど残存していないものと推察される。
【0023】
また、図1Aおよび図1Bにおいて、x軸、y軸、および繰り返し回数nと表面の硫黄原子濃度との関係を示した線で囲まれる領域は、除去された硫黄原子の量(硫黄原子濃度換算値)を表しており、この値から、初期のパラジウムに含まれる硫黄原子濃度を推算することができる。
【0024】
ところで、XPS分析装置の測定限界(0.01原子%)を考慮すると、パラジウム内部の硫黄原子を表面に移動させた後のパラジウム表面の硫黄原子濃度が0原子%になった場合であっても、実際には前記パラジウム表面には0.01原子%以下の硫黄原子が残存している可能性がある。また、パラジウム表面の硫黄原子濃度が0.01原子%以下の場合にパラジウム内部に硫黄原子が存在していないと仮定すると、XPS分析装置による表面分析は厚さ1nmの領域について実施されるものであるから、パラジウム全体における硫黄原子濃度は、厚さ100μmのパラジウム箔においては1ppb以下となる。
【0025】
このように、硫黄原子濃度が十分に低減された本発明のパラジウムは、触媒活性や水素透過性が高く且つこれらの継時的な低下が抑制された耐久性の高いものである。従って、本発明の製造方法により得られたパラジウムは、自動車の排ガス除去用触媒や燃料電池の水素透過性金属膜として非常に有用である。
【0026】
例えば、本発明の製造方法によって得られた薄膜状またはシート状のパラジウムを用いて図2に示すような燃料電池を製造することができる。すなわち、前記燃料電池は、厚さが数十nmの本発明の高純度パラジウムまたは本発明の高純度パラジウムで被覆した水素透過性金属膜(バナジウム膜など)Aと、厚さが約1μmのプロトン導電体(SrZrO、Ba(Ce)Oなど)Bと、厚さが約100nmの電子伝導性および酸素イオン伝導性に優れた混合導電体(La(Sr)CoO、SrLaOなど)Cとを重ね合わせて作製したセルを備えるものである。このような燃料電池は、固体高分子燃料電池(PEFC)に比べて容積が小さくなるとともに、パラジウムの硫黄原子濃度が非常に低いため、水素透過性が低下せず、出力が安定したものである。
【実施例】
【0027】
以下、実施例および比較例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0028】
(参考例1)
厚さ100μmのパラジウム箔((株)ニラコ製、Pd純度99.95%、直径18mm)に真空中(5×10−5Pa)、950℃で5時間の熱処理(以下、この処理を「V処理」という)を施した。このV処理後のパラジウム箔の表面の硫黄原子濃度をX線光電分光(XPS)分析装置(アルバック・ファイ(株)製「Quantera SXM」)により測定した。その結果を表1に示す。
【0029】
次に、前記V処理を施したパラジウム箔に空気中、1000℃で10分間の熱処理(以下、この処理を「A処理」という)を施した。前記V処理と前記A処理(以下、「(V+A)処理」という。以下同様。)を施したこのパラジウム箔の表面の硫黄原子濃度を前記XPS分析装置により測定した。その結果を表1に示す。
【0030】
次に、前記(V+A)処理後のパラジウム箔に真空中(5×10−5Pa)、950℃で5時間の熱処理(V処理)を施した。この((V+A)+V)処理後のパラジウム箔の表面の硫黄原子濃度を前記XPS分析装置により測定した。その結果を表1に示す。
【0031】
【表1】

【0032】
表1に示した結果から明らかなように、パラジウム箔に空気中、高温での短時間の熱処理(A処理)を施すことにより、表面の硫黄原子が除去された。また、A処理後のパラジウム箔に真空中、高温での熱処理(V処理)を施すことにより、表面の硫黄原子濃度が再び増大した。これは、パラジウム箔内部の硫黄原子が表面に移動して濃化したためであると推察される。
【0033】
従って、パラジウム箔に真空中、高温での熱処理(V処理)を施して内部の硫黄原子を表面に移動させて濃化し、次いで、空気中、高温での短時間の熱処理(A処理)を施して表面の硫黄原子を除去し、このV処理とA処理とを交互に繰り返すことによってパラジウム箔中の硫黄原子の含有量を低減できることが示唆された。
【0034】
(比較参考例1)
厚さ100μmのパラジウム箔((株)ニラコ製、Pd純度99.95%、直径18mm)に真空中(5×10−5Pa)、950℃で10時間の熱処理を施した。得られたパラジウム箔の表面の硫黄原子濃度を前記XPS分析装置により測定したところ、4.8±0.3原子%であった。
【0035】
この結果と表1に示した結果から明らかなように、真空中、950℃で熱処理を5時間から10時間に延長してもパラジウム箔の表面の硫黄原子濃度は約5原子%で、ほとんど増減しなかった。すなわち、真空中、高温での熱処理のみではパラジウム箔中の硫黄原子を濃化したり、除去したりすることが困難であることが確認された。
【0036】
(実施例1)
厚さ50μmのパラジウム箔((株)ニラコ製、Pd純度99.97%、直径18mm)に真空中(5×10−5Pa)、950℃で5時間の熱処理(V処理)を施した後、得られたパラジウム箔の表面の硫黄原子濃度を前記XPS分析装置により測定した。
【0037】
次に、前記V処理後のパラジウム箔に空気中、1000℃で10分間の熱処理(A処理)を施した。この(V+A)処理後のパラジウム箔に真空中(5×10−5Pa)、950℃で5時間の熱処理(V処理)を施した後、得られたパラジウム箔の表面の硫黄原子濃度を前記XPS分析装置により測定した。
【0038】
さらに、前記((V+A)+V)処理後のパラジウム箔に空気中、1000℃で10分間の熱処理(A処理)を施した。この合計2回の(V+A)処理を施したパラジウム箔に真空中(5×10−5Pa)、950℃で5時間の熱処理(V処理)を施した後、得られたパラジウム箔の表面の硫黄原子濃度を前記XPS分析装置により測定した。
【0039】
その後、上記と同様にして前記A処理および前記V処理を交互に繰り返し施し、各V処理後のパラジウム箔の表面の硫黄原子濃度を前記XPS分析装置により測定した。図3には、合計n回(n=0、1、2、3、4)の(V+A)処理と1回の前記V処理を施したパラジウム箔の表面の硫黄原子濃度を示す。なお、n=0、1のパラジウム箔については2か所で硫黄原子濃度を測定した。
【0040】
図3に示した結果に線形最小二乗法を適用して、(V+A)処理回数と表面の硫黄原子濃度との関係(図中の式)を求め、表面の硫黄原子濃度が0原子%となる(V+A)処理回数を算出したところ、11回となった。そこで、前記パラジウム箔に11回の(V+A)処理を施したところ、表面の硫黄原子濃度は0.01原子%以下となり、本発明の製造方法に必要な(V+A)処理回数を上記方法により算出することができることが確認された。
【0041】
なお、本実施例においては、表面の硫黄原子濃度を、(V+A)処理後のパラジウム箔にV処理を施して内部の硫黄原子を表面に移動させた後に測定していることから、表面の硫黄原子濃度が0原子%の場合には内部の硫黄原子濃度も0原子%であると推察される。
【0042】
また、図3に示した結果から、前記パラジウム箔の硫黄原子含有量を推算することができる。すなわち、一般に、XPS分析において測定可能な金属層の厚さは1nmである。従って、ここでは、この厚さ1nmの領域をパラジウム箔の表層と定義し、1回の前記A処理ではこの表層中の硫黄原子のみが除去されたと仮定する。
【0043】
パラジウム箔の表層(厚さ1nm)1cm当りのパラジウム原子数は、パラジウムの原子量(106.42)と密度(12.0g/cm)から、
12.0×(1×10−7)×(6.02×1023)/(106.42)
=6.8×1015/cm
となる。n=0における前記表層中の硫黄原子濃度は約5原子%であるから、表層1cm当りの硫黄原子数は、
6.8×1015×0.05/0.95=3.6×1014/cm
となる。
【0044】
前記A処理ではパラジウム箔の両面から硫黄原子が除去されるから、1回の前記A処理により除去される硫黄原子数は、
3.6×1014×2=7.2×1014/cm
となり、(V+A)処理を11回実施すると表層1cm当り最大7.9×1015/cm(=7.2×1014×11)の硫黄原子が除去される。しかし、図3に示したように表面の硫黄原子濃度が(V+A)処理回数nに対して直線的に減少する場合には、11回の(V+A)処理で除去される硫黄原子数は、前記最大値の半分(4.0×1015/cm)となる。
【0045】
従って、厚さ50μmのパラジウム箔1cm当りのパラジウム原子数は、パラジウムの原子量(106.42)と密度(12.0g/cm)から、
12.0×(50×10−4)×(6.02×1023)/(106.42)
=3.4×1020/cm
となり、硫黄原子含有率は、
4.0×1015/3.4×1020=12ppm
と推算される。
【0046】
(実施例2)
厚さ50μmのパラジウム箔の代わりに厚さ100μmのパラジウム箔((株)ニラコ製、Pd純度99.95%、直径18mm)を用いた以外は実施例1と同様にして、前記V処理および前記A処理を交互に繰り返し施し、各V処理後のパラジウム箔の表面の硫黄原子濃度を前記X線光電分光分析装置により測定した。図4には、合計n回(n=0、1、2、3、4)の(V+A)処理と1回の前記V処理を施したパラジウム箔の表面の硫黄原子濃度を示す。なお、n=0のパラジウム箔については2か所で硫黄原子濃度を測定した。
【0047】
図4に示した結果を用いて実施例1と同様に、表面の硫黄原子濃度が0原子%となる(V+A)処理回数を算出したところ、20回となった。そこで、前記パラジウム箔に20回の(V+A)処理を施したところ、表面の硫黄原子濃度は0.01原子%以下となり、本発明の製造方法に必要な(V+A)処理回数を上記方法により算出することができることが確認された。
【0048】
また、実施例1と同様にして前記パラジウム箔の硫黄原子含有量を推算した。1回の前記A処理によりパラジウム箔の両面から除去される硫黄原子数は、実施例1と同量であるから7.2×1014/cmである。従って、20回の(V+A)処理により除去される硫黄原子の最大量は、
7.2×1014×20=1.4×1016/cm
となる。この場合も実施例1と同様に表面の硫黄原子濃度が(V+A)処理回数nに対して直線的に減少したので20回の(V+A)処理で除去される硫黄原子数は、前記最大値の半分(7.0×1015/cm)となる。
【0049】
従って、厚さ100μmのパラジウム箔1cm当りのパラジウム原子数は、パラジウムの原子量(106.42)と密度(12.0g/cm)から、
12.0×(100×10−4)×(6.02×1023)/(106.42)
=6.8×1020/cm
となり、硫黄原子含有率は、
7.0×1015/6.8×1020=10ppm
と推算される。
【0050】
(参考例2)
厚さ50μmのパラジウム箔((株)ニラコ製、Pd純度99.97%、直径18mm)に真空中(5×10−5Pa)、950℃で5時間の熱処理(V処理)を施した後、空気中、1000℃で10分間の熱処理(A処理)を施した。この(V+A)処理後のパラジウム箔の触媒活性を以下の方法により測定した。
【0051】
<触媒活性の測定>
図5に示すように、内径20mmの円筒形の反応管1にパラジウム箔2を装着し、パラジウム箔2の表面に対して垂直な方向に、一酸化炭素と酸素とを含む混合ガス(CO:3000容量ppm、O:5容量%、残り:ヘリウム)を流量100ml/分で供給した。反応管1内を室温から400℃まで3℃/分で昇温し、入りガスのCO濃度に対する反応管出口のCO濃度が50%となる温度TCO=50を測定した。その結果を図6に示す。
【0052】
(比較参考例2)
厚さ50μmのパラジウム箔((株)ニラコ製、Pd純度99.97%、直径18mm)に真空中(5×10−5Pa)、950℃で5時間の熱処理(V処理)を施した。このV処理後のパラジウム箔の触媒活性を参考例2と同様にして測定した。その結果を図6に示す。
【0053】
図6に示した結果から明らかなように、前記(V+A)処理を施した参考例2のパラジウム箔においては、供給した一酸化炭素の50%が二酸化炭素に酸化される温度TCO=50は202℃であった。一方、前記V処理のみを施した比較参考例2のパラジウム箔においては、TCO=50は281℃であった。このように、前記V処理のみを施したパラジウム箔のTCO=50が高くなったのは、このパラジウム箔の表面には約5原子%の硫黄原子が残存しているため、この硫黄原子によって前記酸化反応が阻害され、パラジウムの触媒活性が著しく低下したためであると推察される。これに対して、前記(V+A)処理を施したパラジウム箔においては、表面の硫黄原子が除去されているため、前記酸化反応が阻害されず、パラジウム本来の触媒活性が発現し、TCO=50が低くなったものと推察される。
【0054】
このように硫黄原子含有率が約10ppmの市販のパラジウム箔であっても、表面の硫黄原子濃度によって触媒活性が著しく低下することが確認された。
【0055】
(実施例3)
厚さ50μmのパラジウム箔((株)ニラコ製、Pd純度99.97%、直径18mm)に真空中(5×10−5Pa)、950℃で5時間の熱処理(V処理)と、空気中、1000℃で10分間の熱処理(A処理)を交互に10回繰り返し施した。この合計10回の(V+A)処理を施したパラジウム箔について参考例2と同様にして1回目の触媒活性測定を実施した。その後、反応装置内の温度を室温まで冷却し、再び参考例2と同様にして2回目の触媒活性測定を実施した。これらの結果を図7に示す。
【0056】
(比較例1)
前記V処理と前記A処理の回数を1回に変更した以外は実施例3と同様にしてパラジウム箔に(V+A)処理を施した。この1回の(V+A)処理を施したパラジウム箔について実施例3と同様にして2回の触媒活性測定を実施した。これらの結果を図7に示す。
【0057】
(比較例2)
前記(V+A)処理を施したパラジウム箔の代わりに、厚さ50μmのパラジウム箔((株)ニラコ製、Pd純度99.97%、直径18mm)をそのまま使用した以外は実施例3と同様にして2回の触媒活性測定を実施した。これらの結果を図7に示す。
【0058】
図7に示した結果から明らかなように、10回の(V+A)処理を施した実施例3のパラジウム箔は、2回の測定いずれにおいても高い触媒活性を示した。一方、(V+A)処理を施していない比較例2のパラジウム箔は、2回の測定いずれにおいても触媒活性は著しく低いものであった。他方、1回の(V+A)処理を施した比較例1のパラジウム箔は、1回目の測定では実施例3のパラジウム箔と同等の高い活性を示したが、2回目の測定では比較例2のパラジウム箔と同等の著しく低い触媒活性を示した。このような結果が得られた理由は以下のように推察される。すなわち、比較例1のパラジウム箔は、1回の(V+A)処理によって表面の硫黄原子が除去されているため、1回目の測定においては硫黄原子による前記酸化反応の阻害が起こらなかったものと推察される。しかし、上述したように、1回の(V+A)処理だけでは内部の硫黄原子まで除去することができず、パラジウム箔内部には硫黄原子が残存している。この内部の硫黄原子は1回目の測定の際に表面に移動して濃化する(内部硫黄被毒)ため、2回目の測定の際には表面に硫黄原子が存在し、前記酸化反応が阻害されたものと推察される。一方、実施例3のパラジウム箔は、10回の(V+A)処理が施されているため、表面だけでなく内部の硫黄原子まで十分に除去されている。従って、触媒活性測定の際に表面で硫黄原子が濃化されることはなく、前記酸化反応の阻害は起こらないものと推察される。
【0059】
このように、パラジウムの表面の硫黄原子だけを除去した場合には、内部硫黄被毒によって触媒活性が低下するため、頻繁に表面の硫黄原子を除去する必要がある。これに対して、本発明のように(V+A)処理を複数回繰り返すことによって、パラジウムの表面だけでなく内部の硫黄原子を除去することができ、触媒活性が高く且つその低下が抑制された耐久性に優れたパラジウムを得ることが可能となる。
【0060】
(参考例3)
参考例2と同様にして厚さ50μmのパラジウム箔((株)ニラコ製、Pd純度99.97%、直径18mm)に1回の(V+A)処理を施した。この(V+A)処理後のパラジウム箔の水素透過量を以下の方法により測定した。その結果を図8に示す。また、この(V+A)処理後のパラジウム箔の表面のXPSスペクトルを前記XPS分析装置により測定した。その結果を図9に示す。
【0061】
<水素透過量の測定>
図5に示すように、内径20mmの円筒形の反応管1にパラジウム箔2を装着し、反応管1内の温度を70℃に保持した。この反応管1に、パラジウム箔2の上流側と下流側の水素分圧の差が3気圧となるように重水素を供給した。重水素供給開始から一定時間毎に反応管出口の水素濃度を測定し、パラジウム箔2の水素透過量を求めた。
【0062】
(比較参考例3)
比較参考例2と同様にして厚さ50μmのパラジウム箔((株)ニラコ製、Pd純度99.97%、直径18mm)にV処理のみを施した。前記(V+A)処理後のパラジウム箔の代わりに、このV処理のみのパラジウム箔を用いた以外は参考例3と同様にして水素透過量を測定した。その結果を図8に示す。また、このV処理のみを施したパラジウム箔の表面のXPSスペクトルを前記XPS分析装置により測定した。その結果を図9に示す。
【0063】
図8に示した結果から明らかなように、前記(V+A)処理を施した参考例3のパラジウム箔においては、水素透過量が多く、重水素透過中の劣化の割合も小さかった。一方、前記V処理のみを施した比較参考例3のパラジウム箔においては、水素透過量が少なく、重水素透過中の劣化の割合も大きかった。これは、図9に示すように、前記V処理のみを施したパラジウム箔においては、表面に硫黄原子の存在を示すS2sピークが観察され、表面には硫黄原子が残存していたのに対して、前記(V+A)処理を施したパラジウム箔においては、このピークは観察されず、表面の硫黄原子が十分に除去されたためであると推察される。また、前記(V+A)処理を施したパラジウム箔が重水素透過中に劣化したのは、前記(V+A)処理が1回であったため、パラジウム箔の内部に硫黄原子が残存し、この硫黄原子が重水素透過中に表面に移動して濃化されたためであると推察される。
【産業上の利用可能性】
【0064】
以上説明したように、本発明によれば、パラジウム中の硫黄原子濃度を十分に低減することが可能となる。
【0065】
したがって、本発明の製造方法により得られた高純度パラジウムは、触媒活性や水素透過性が高く且つ劣化しにくいことから、自動車の排ガス浄化用触媒などのパラジウム触媒や燃料電池における水素透過性金属膜として有用である。
【符号の説明】
【0066】
A…水素透過膜、B…プロトン導電体、C…混合導電体、1…反応管、2…パラジウム箔。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パラジウムの内部に含まれる硫黄原子を表面に移動させる工程と、前記パラジウム表面の前記硫黄原子を除去する工程とを、交互に繰り返し含むことを特徴とする高純度パラジウムの製造方法。
【請求項2】
1×10−3Pa以下の減圧下、温度800〜1000℃で前記パラジウムに熱処理を施すことによって前記パラジウムの内部に含まれる硫黄原子を表面に移動させることを特徴とする請求項1に記載の高純度パラジウムの製造方法。
【請求項3】
酸素分圧が0.1Pa以上の雰囲気下、温度600〜1000℃で前記パラジウムに熱処理を施すことによって前記パラジウム表面の前記硫黄原子を除去することを特徴とする請求項1または2に記載の高純度パラジウムの製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のうちのいずれか一項に記載の製造方法により得られ、硫黄原子濃度が低減されたものであることを特徴とする高純度パラジウム。
【請求項5】
パラジウムの内部に含まれる硫黄原子を表面に移動させた後に測定された表面の硫黄原子濃度が0.01原子%以下であることを特徴とする請求項4に記載の高純度パラジウム。
【請求項6】
硫黄原子濃度が1ppb以下であることを特徴とする請求項4または5に記載の高純度パラジウム。

【図1A】
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【図1B】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−159456(P2010−159456A)
【公開日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−2170(P2009−2170)
【出願日】平成21年1月8日(2009.1.8)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】