説明

高耐久性PVDF多孔質膜及びその製造方法、並びに、これを用いた洗浄方法及び濾過方法

【課題】本発明は、高い透水性能及び従来の高分子多孔質膜では実現が困難であった洗浄薬品等に対する高い薬品耐性を有し、長期間の使用を可能とする、PVDF多孔質膜及びその製造方法等を提供する。
【解決手段】すなわち、多孔質膜中のPVDF樹脂の結晶化度が、50%以上、90%以下であり、多孔質膜中のPVDF樹脂の結晶化度に膜の比表面積を乗じた値が、300(%・m2/g)以上、2000(%・m2/g)以下である多孔質膜を提供する。また、PVDF樹脂を主成分とする疎水性高分子成分、親水性高分子成分、並びに、疎水性及び親水性高分子成分の共通溶媒を少なくとも含有する製膜原液を、成型用ノズルから押し出し、水を主成分とする溶液中で凝固させて、PVDF樹脂を主成分とする多孔質膜を製造する、多孔質膜の製造方法であって、親水性高分子成分として、重量平均分子量が2万以上、15万以下のポリエチレングリコールを用いる、多孔質膜の製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、透水性及び薬品耐性に優れるPVDF多孔質膜及びその製造方法、並びに、これを用いた洗浄方法及び濾過方法に関する。
【背景技術】
【0002】
濾過プロセスは、無菌水、高純度水或いは飲料水の製造、空気の浄化等の産業分野において、広く用いられてきた。また、近年においては、生活廃水や産業排水等の下水処理場における二次処理或いは三次処理や、浄化槽における固液分離等の高濁性水処理の分野等においても、その用途範囲が広がりつつある。
【0003】
このような濾過プロセスに用いられる濾材としては、加工性に優れる高分子を中空管状に形成した中空糸膜、或いは、高分子をシート状に形成した平膜等を、集合させてなる膜モジュールが用いられている。ところが、このような膜モジュールを水処理等に用いる場合、濾過により分離された濁質によって膜面閉塞が生じるので、その透水能力の低下が問題となる。
【0004】
例えば、この種の膜モジュールを浄化槽における固液分離に用いる場合、上述したように、濾過により膜面の閉塞が発生し、その透水能力が大幅に低下するので、一定時間或いは一定量を濾過した後、膜の洗浄を定期的に行う必要がある。一般に、この種の膜の閉塞の原因は、微粒子等が膜面又は膜内部に堆積する物理的な閉塞と、有機物等が吸着等して膜面又は膜内部に蓄積する化学的な閉塞とに分類される。
【0005】
物理的な閉塞を抑える手段としては、濾過又は逆洗運転時において、原水中に空気を連続的或いは断続的に送ることによって膜を振動させる、エアースクラビング処理が、有効な手段として用いられている。一方、化学的な閉塞を除く手段としては、蓄積した有機物等を、化学薬品、例えば次亜塩素酸ナトリウム等の酸化剤や、水酸化ナトリウム等のアルカリを用いて分解除去等することが、有効な手段として用いられている。しかし、このような化学薬品は、蓄積した有機物を分解するばかりでなく、同時に膜を構成する高分子をも徐々に分解劣化させる。そのため、薬品洗浄を繰り返し行うと、シート状の膜においては膜破れが、中空糸膜においては破断が生じ、その結果、膜モジュールの長期使用が困難となる。
【0006】
近年、このような薬品による膜の劣化を防ぐことを目的として、薬品耐性に優れる、無機材料やPTFE(ポリ四フッ化エチレン)等のフッ素系高分子を材料とする膜が製品化されている。しかしながら、これらの材料は、従来の高分子に比べ加工性に劣るので、これらの材料を用いて、濾過に有効な膜形状や孔径等を作り分けることは困難であった。
【0007】
一方、PVDF樹脂(ポリフッ化ビニリデン:poly(vinylidene fluoride))は、フッ素系高分子のなかでは比較的加工性に優れるので、多孔質膜の高分子成分として用いられているが、他のフッ素系高分子と比較してアルカリに対する耐性が低いという欠点がある。そのため、PVDF樹脂を用いて、アルカリでの洗浄をともなう長期使用に耐え得る多孔質膜を作製することは困難であった。
【0008】
また、PVDF樹脂は、湿式法或いは乾湿式法による多孔質膜の作製において一般的に用いられる高分子、例えば、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリアクリロニトリル或いはセルロースアセテート等と比較して、有機溶媒への溶解性が劣る。そのため、PVDF樹脂を用いて乾湿式法にて多孔質膜を作製する場合において、膜孔径、透水性能及び耐久性等を実使用可能なレベルにすることは困難であった。
【0009】
これらのPVDF樹脂を用いた多孔質膜として、例えば、透析膜に用いるのに好適なPVDF中空糸膜の製造方法が開示されている(例えば、特許第1988180号公報参照)。ところが、このような製造方法で作られたPVDF中空糸膜は、その明細書中で述べられているように、物理的な強度が弱いばかりか透水性も低いので、高い透水性及び耐圧性(耐久性)が求められる用途での使用に適さない。
【0010】
このような低い物理的な強度を補うため、中空状の支持体上に膜を形成する方法が開示されている(例えば、国際公開2004/043579号明細書参照)。しかしながら、このような複合膜においては、長期の繰り返し使用により、支持体と膜の界面で剥離が発生すると予想される。
【0011】
また、PVDF中空糸膜の物理強度を保つために、中空糸膜厚部に繊維を埋め込むことが開示されている(例えば、特開2005−270845号公報参照)。ところが、このような手法では、繊維を膜厚中に正確に埋め込むことが困難であると予想され、しかも、繊維が膜表面に露出すると膜の欠陥につながるので、高い完全性が要求される飲料水の濾過等の用途に不適である。
【0012】
さらに、物理強度を向上させるために、熱誘起相分離法を用いて多孔質膜を製造することが開示されている(例えば、国際公開2003/031038号明細書参照)。このような製造方法により得られる多孔質膜は、結晶化度が高く高強度であり、さらに延伸処理等を施すことによって高透水化することも可能である。しかしながら、得られる多孔質膜は、膜を構成する多孔質体が球状の結晶からなり、比表面積が大きく、結果として接液面積が大きくなりすぎるので、高い透水性が求められる用途において非常に有効な洗浄方法であるアルカリ薬品洗浄への耐性が、著しく低いものとなる。そのため、膜閉塞を取り除くための簡易且つ有効な薬品洗浄を実施することができず、結果として、膜モジュールの透水性能を高く保ちながら長期間使用することは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特許第1988180号公報
【特許文献2】国際公開2004/043579号
【特許文献3】特開2005−270845号公報
【特許文献4】国際公開2003/031038号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、上記課題を解決するために、高い透水性能、及び、従来の高分子多孔質膜では実現が困難であった洗浄薬品等に対する高い薬品耐性を有し、長期間の使用を可能とする、PVDF多孔質膜及びその製造方法、並びに、これを用いた洗浄方法及び濾過方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するため、本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、多孔質膜を構成する高分子成分の主成分であるPVDF樹脂の結晶化度及び多孔質膜の比表面積に着目し、これらが所定関係にある特定構造を有する多孔質膜が、従来の高分子膜に比して透水性及び薬品耐性に優れるものであること、並びに、そのような多孔質膜を簡易且つ安定して製造可能なことを見出し、本発明を完成するに至った。
【0016】
すなわち、本発明は、以下(1)〜(14)を提供する。
(1) PVDF樹脂を主成分とする高分子成分を含む多孔質膜であって、前記PVDF樹脂の結晶化度が、50%以上、90%以下であり、前記PVDF樹脂の結晶化度に膜の比表面積を乗じた値が、300(%・m2/g)以上、2000(%・m2/g)以下である、多孔質膜。
【0017】
(2) 前記PVDF樹脂の結晶部におけるβ型構造結晶とγ型構造結晶との合計量が、前記PVDF樹脂の結晶部全量に対し30%以下である、(1)に記載の多孔質膜。
【0018】
(3) 前記高分子成分として、重量平均分子量が2万以上、30万以下のポリエチレングリコールを、PVDF樹脂100重量部に対し0.01重量部以上、3重量部以下含むものである、(1)又は(2)に記載の多孔質膜。
【0019】
(4) 前記PVDF樹脂は、19F−NMR測定における分子中の異種シーケンス比率が8.8%以上、30.0%未満のものである、(1)から(3)のいずれか一項に記載の多孔質膜。
【0020】
(5) 中空糸膜の膜構造を有する、(1)から(4)のいずれか一項に記載の多孔質膜。
【0021】
(6) 高分子成分の幹が網目状にネットワークを形成して孔が設けられた膜構造を有し、前記高分子成分の幹の太さが、表裏の膜表面のうち最緻密表面側から少なくとも膜厚1/5まで、連続的又は段階的に太くなる、(1)から(5)のいずれか一項に記載の多孔質膜。
【0022】
(7) (1)から(6)のいずれか一項に記載の多孔質膜を、アルカリ溶液と接触させる、多孔質膜の洗浄方法。
【0023】
(8) (1)から(6)のいずれか一項に記載の多孔質膜を、水溶液及びアルカリ溶液と少なくとも交互に1回接触させる、濾過方法。
【0024】
(9) PVDF樹脂を主成分とする疎水性高分子成分、親水性高分子成分、並びに、該疎水性及び親水性高分子成分の共通溶媒を少なくとも含有する製膜原液を、成型用ノズルから押し出し、水を主成分とする溶液中で凝固させて、PVDF樹脂を主成分とする多孔質膜を製造する、多孔質膜の製造方法であって、前記親水性高分子成分として、重量平均分子量が2万以上、15万以下のポリエチレングリコールを用いる、多孔質膜の製造方法。
【0025】
(10) 前記PVDF樹脂として、19F−NMR測定における分子中の異種シーケンス比率が、8.8%以上、30.0%未満のものを用いる、(9)に記載の多孔質膜の製造方法。
【0026】
(11) 前記製膜原液は、疎水性高分子成分を20重量%以上、35重量%以下、親水性高分子成分を8重量%以上、30重量%以下含むものである、(9)又は(10)に記載の多孔質膜の製造方法。
【0027】
(12) 前記製膜原液を凝固させる溶液の温度(Tb℃)が、製膜原液の温度(Td℃)及び製膜原液の濁り点温度(Tc℃)に対し、Td+5≦Tb≦Td+30の関係を満たし、且つ、Td≦Tc≦Tbの関係を満たす、(9)から(11)のいずれか一項に記載の多孔質膜の製造方法。
【0028】
(13) 前記成型用ノズルは、二重管状のノズルであり、前記製膜原液を中空剤とともに前記成型用ノズルから押し出し、水を主成分とする溶液中で凝固させて、中空糸膜の膜構造を有する多孔質膜を作成する、(9)から(12)のいずれか一項に記載の多孔質膜の製造方法。
【0029】
(14) 前記製膜原液は、前記共通溶媒として、ジメチルアセトアミドを少なくとも含有するものである、(9)から(13)のいずれか一項に記載の多孔質膜の製造方法。
【発明の効果】
【0030】
本発明の多孔質膜によれば、高い透水性及び高い薬品耐性を有するので、洗浄薬品等の化学薬品との接触をともなう使用が可能となり、膜面閉塞による透水性能の低下から容易に回復させることができる。また、本発明の多孔質膜によれば、洗浄薬品等の化学薬品による分解劣化に抗して膜強度の低下を抑制できるので、長期間にわたる使用が可能となる。しかも、本発明の多孔質膜は、簡易且つ安定に製造可能であるので、生産性及び経済性に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明における実施例7の多孔質膜の19F−NMRスペクトルを示すグラフである。
【図2】本発明における実施例7の多孔質膜の最緻密表面(外表面)の電子顕微鏡写真(1万倍)である。
【図3】本発明における実施例7の多孔質膜の膜厚中央付近の電子顕微鏡写真(1万倍)である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明の実施の形態について説明する。なお、以下の実施の形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明は、この実施の形態のみに限定されるものではなく、また、その要旨を逸脱しない限り、種々の形態で実施することができる。
【0033】
本発明の多孔質膜は、膜を構成する高分子成分として、PVDF樹脂を含有する。ここで、PVDF樹脂とは、フッ化ビニリデンのホモポリマー、又は、フッ化ビニリデンをモル比で50%以上含有する共重合ポリマーを意味する。PVDF樹脂は、強度に優れる観点から、ホモポリマーであることが好ましい。PVDF樹脂が共重合ポリマーである場合、フッ化ビニリデンモノマーと共重合させる他の共重合モノマーとしては、公知のものを適宜選択して用いることができ、特に限定されるものではないが、例えば、フッ素系モノマーや塩素系モノマー等を好適に用いることができる。なお、PVDF樹脂の重量平分子量(Mw)は、特に限定されるものではないが、10万以上、100万以下であることが好ましく、15万以上、50万以下であることがより好ましい。
【0034】
多孔質膜は、高分子成分の主成分として、PVDF樹脂を含む。ここで、「主成分として含む」とは、高分子成分の固形分換算で50重量%以上含むことを意味する。また、多孔質膜は、特に限定されるものではないが、高分子成分の主成分として、PVDF樹脂を80重量%以上、99.99重量%以下含むことが好ましく、90重量%以上、99重量%以下含むことがより好ましい。一方、多孔質膜は、他の高分子成分を含むものであってもよい。他の高分子成分としては、特に限定されるものではないが、PVDF樹脂と相溶するものが好ましく、例えば、PVDF樹脂と同様に高い薬品耐性を示すフッ素系の樹脂等を好適に用いることができる。また、後述するポリエチレングリコールのような親水性の樹脂を、他の高分子成分として用いてもよい。
【0035】
そして、多孔質膜は、高い薬品耐性と透水性能を具現化するために、膜を構成するPVDF樹脂の結晶化度が50%以上、90%以下であり、且つ、この結晶化度に多孔質膜の比表面積を乗じた値が300(%・m2/g)以上、2000(%・m2/g)以下であることを特徴とする。
【0036】
ここで、PVDF樹脂の結晶化度が50%未満であると、膜の剛性が低く、濾過圧力で変形してしまうので濾過に適さない。PVDF樹脂の薬品による劣化は、柔軟性を発現している非晶質部分から生じるものと推定される。そのため、PVDF樹脂の結晶化度が90%を超え、相対的に非晶質部分が少なくなると、洗浄薬品等によって非晶質部分が分解劣化した際に、多孔質全体が脆くなり破損しやすくなる。一方、多孔質膜の比表面積が小さすぎると、透水性が低下するので濾過用途には適さず、逆に大きくなると、透水性は向上するものの、薬品と接触する面積が増えるため、結果として薬品耐性は低下してしまう。これらの知見から、透水性及び薬品耐性に優れる多孔質膜として、膜の比表面積に結晶化度をかけた値が、上記の範囲である必要があり、好ましくは300(%・m2/g)以上、1500(%・m2/g)以下、より好ましくは300(%・m2/g)以上、1000(%・m2/g)以下である。なお、多孔質膜の比表面積は、特に限定されるものではないが、3.5(m2/g)以上、30(m2/g)以下であることが好ましく、5.0(m2/g)以上、20(m2/g)以下であることがより好ましい。
【0037】
さらに、薬品耐性、特に、PVDF樹脂の劣化を促進させるアルカリに対する耐性を向上させるために、多孔質膜を構成するPVDF樹脂の結晶部における、β型構造結晶とγ型構造結晶の合計量が、結晶部全量に対し、30%以下であることが好ましく、25%以下であることがより好ましく、20%以下であることがさらに好ましい。ここで、PVDF樹脂の結晶構造としては、α型、β型、γ型の3つの構造が知られ、結晶化度が50%以上、90%以下のPVDF樹脂はこれらを結晶部に含み得る。ところが、β型構造及びγ型構造の結晶構造は熱力学的に不安定であることから、結晶中にこれらを多く含むと、結晶部と非晶部の境界付近に薬品による劣化を受けやすい部分を有することになると推定され、結果として、多孔質膜全体の薬品耐性が低下する傾向がある。なお、β型構造結晶とγ型構造結晶の合計量の下限は、特に限定されるものではないが、0%に近いほど好ましい。また、PVDF樹脂は、その結晶部にβ型構造結晶及びγ型構造結晶のいずれか一方のみを含有するものであっても構わない。
【0038】
また、PVDF樹脂は、ある割合で異種シーケンスを含むものであることが好ましい。ここで、異種シーケンスとは、通常の(標準的な)PVDFシーケンスである「CF2」と「CH2」が交互に規則正しく結合した分子鎖中において、通常とは異なり、「CF2」同士が隣接して結合している部分のことであり、その比率は19F−NMR測定から求めることができる。
【0039】
そして、PVDF樹脂は、耐久性及び膜強度の観点から、19F−NMR測定における分子中の異種シーケンス比率が8.8%以上、30.0%未満のものであることが好ましい。異種シーケンス比率が低い場合、すなわち、PVDF分子鎖シーケンスの規則性が高いPVDF樹脂の場合は、洗浄薬品による劣化の進行が早くなる傾向にある。異種シーケンス比率が高い場合、すなわち、PVDF分子鎖シーケンスの規則性が低いPVDF樹脂の場合は、PVDF樹脂の特徴である結晶性が低下し、低強度の多孔質膜となる傾向にある。PVDF樹脂は、19F−NMR測定における分子中の異種シーケンス比率が9.0%以上、25%未満のものであることがより好ましく、10%以上、20%未満のものであることが特に好ましい。
【0040】
また、多孔質膜は、高分子成分として、重量平均分子量(Mw)が2万以上、30万以下のポリエチレングリコール(ポリエチレンオキサイドと呼ばれることもある。)を、PVDF樹脂100重量部に対し重量部以上、3重量部以下含むことが好ましい。多孔質膜がこのようなポリエチレングリコールを含むことにより、膜表面の親水性が増し、水溶液と接触させた際に膜表面に水分子層が形成されやすくなるので、この膜表面に形成される水分子層により、多孔質膜を構成する高分子成分と洗浄薬品との接触頻度が低減されるものと推定され、結果として、多孔質膜の薬品耐性を向上させることができる。ここで、ポリエチレングリコールの重量平均分子量(Mw)が2万未満であると、膜からの溶出が増大する傾向にある。逆に、ポリエチレングリコールの重量平均分子量(Mw)が30万を超えると、多孔質膜を形成する多孔質体にポリエチレングリコールが球状に含まれる部分が生じ、多孔質体の強度が低下する傾向にある。一方、ポリエチレングリコールの含有量が0.01重量部未満であると、水分子層が形成されにくい傾向にあり、3重量部を超えると、ポリエチレングリコールが水分子を過剰に引き付けて膜が膨潤し、透水量が低下する傾向にある。
【0041】
上記のポリエチレングリコールの含有形態は、特に限定されるものではなく、例えば、コーティングやグラフト重合等により多孔質体の表面層のみにポリエチレングリコール分子が存在するものであってもよいが、薬品耐性の向上効果を長期的に持続させる観点から、ポリエチレングリコール分子の少なくとも一部が多孔質体の骨格中に埋抱されていることがより好ましい。いずれの形態であっても、薬品耐性の向上効果は奏されるが、コーティング等でポリエチレングリコールを多孔質体の表面層に付与した場合には、水中で使用した際に経時的にポリエチレングリコールが溶出し、また、グラフト重合等でポリエチレングリコールを多孔質体の表面層に物理的に結合させた場合には、膜の洗浄時に結合部位が洗浄薬品により切断され、いずれも、薬品耐性の向上効果を長期的に維持することが困難な傾向にある。
【0042】
そして、上記の多孔質膜は、中空糸膜の膜構造を有することが好ましい。ここで、中空糸膜とは、中空環状の形態をもつ膜を意味する。多孔質膜が中空糸膜の膜構造を有することにより、平面状の膜に比べて、モジュール単位体積当たりの膜面積を大きくすることが可能である。また、多孔質膜が中空糸膜の膜構造を有すると、膜の洗浄方法として、濾過の方向と反対方向に清浄な液体を透過させ堆積物を除去する逆洗や、モジュール内に気泡を導入することで膜を揺らして堆積物を除去するエアースクラビング等の方法を、効果的に用いることができる点で有利である。中空糸膜は、一般に、その内径が0.10mm以上、5mm以下であり、その外径が0.15mm以上、6mm以下である。また、中空糸膜としての強度と透水性のバランスの点から、その外径/内径の値は、1.3以上、2.5以下であることが好ましい。
【0043】
また、中空糸膜としては、外表面側から所定の内外差圧をかけ続けて中空糸膜の潰れる時間を測定する濾過圧クリープ試験において、差圧を0.4MPaとした際の潰れに要する時間が150時間以上であることが好ましい。ここで、膜が潰れるとは、中空糸膜が円環又は楕円環を保てなくなること、さらに楕円環の場合は、中空糸膜の外径の長径/短径の比率が1.5を超えて大きくなる状態となることである。この潰れに要する時間が短い場合は、濾過又は逆洗時に繰り返し圧力をかけられることにより、膜潰れを生じ易い傾向にある。そして、差圧を0.4MPaとした時の潰れに要する時間が150時間以上とすることにより、本発明の膜が意図する用途において必要とされる(製品)寿命を十分に満たすことが可能となる。
【0044】
さらに中空糸膜は、中空糸膜に0.1MPaの濾過圧力で25℃の純水を透過させた際に、中空糸膜内表面を基準とした単位膜面積辺りの純水透水量が500(L/m2・hr)以上であることが好ましい。このときに用いる純水は、蒸留水又は分画分子量1万以下の限外濾過膜又は逆浸透膜で濾過された水である。この純水透水量が低い場合、所定量を一定時間内に処理する際に必要とされる膜モジュール数が多くなり、濾過設備が占有するスペースが大きくなる。これを回避するため、濾過圧を高く設定することにより、所定量を一定時間内に処理することは可能であるが、この場合には膜モジュールにより高い耐圧性が要求されるとともに、濾過に要するエネルギーコストも大きくなり生産性が悪化する。このような観点から、純水透水量はより高いことが好ましく、具体的には、700(L/m2・hr)以上であることが好ましく、1000(L/m2・hr)以上であることがより好ましい。
【0045】
さらに、上記の多孔質膜は、高分子成分の幹が網目状にネットワークを形成して孔が設けられた膜構造を有すること、換言すれば、中空糸の高分子成分の幹が、網目状に3次元に架橋し、その高分子成分の幹の間に孔が設けられた多孔性のある膜構造を有することが好ましい。
【0046】
また、多孔質膜は、表裏の膜表面のうち少なくとも一方の表面にある最緻密表面から、少なくとも膜厚1/5までが、連続的又は段階的に、孔を形成する高分子成分の幹が太くなる構造であることが好ましい。このような構造を持つことで、表面の一部が薬品により劣化した場合であっても、膜厚部に太い幹を有するため、膜全体の破損を抑制することができる。ここで、最緻密表面とは、多孔質膜の表裏の膜表面のうち、単位面積あたりに存在する孔の平均孔径の小さな方の表面を意味し、本明細書においては、後述する実施例で用いる測定方法によって決定されるものとする。このときの最緻密表面の孔径は、一般的には0.001μm以上、0.5μm以下であり、この最緻密表面側から濾過を行うことで、高い透水性を保ちながら多孔質膜内部への物理的な閉塞をより効果的に抑制することが可能となる。また、このような構造を有する多孔質膜は、物理的或いは化学的洗浄を行いながらの繰り返し使用する用途において、特に適した膜となる。より安全で高い水質の濾過水を得る観点から、最緻密表面の孔径は0.001μm以上、0.05μm以下であることがより好ましい。
【0047】
上述した多孔質膜は、水溶液の濾過用途に好適において用いることができるが、透水性及び耐薬品性に優れるため、薬品との接触をともなう用途において好適に用いることができる。とりわけ、この多孔質膜は、従来のPVDF多孔質膜では適応が限られていたアルカリとの接触をともなう用途において特に好適に用いることができる。ここで、アルカリとの接触をともなう用途とは、特に限定されるものではないが、例えば、アルカリ溶液を濾過する場合や、アルカリ溶液を用いた洗浄を行いながら繰り返し非アルカリ溶液を濾過する場合、さらには、単にアルカリ溶液を用いて洗浄を行う場合等が含まれる。なお、アルカリ溶液とは、少なくともアルカリ性物質を含む溶液中を意味し、より好ましい態様としては、アルカリ性物質の濃度が0.001wt%以上、20wt%以下の溶液である。
【0048】
以下、本発明の多孔質膜の製造方法について説明する。
本発明の多孔質膜は、好ましくは、PVDF樹脂を主成分とする疎水性高分子成分、親水性高分子成分、並びに、これら疎水性及び親水性高分子成分の共通溶媒を少なくとも含有する製膜原液(紡糸原液)を、成型用ノズルから押し出し、水を主成分とする溶液中で凝固させる、いわゆる湿式製膜法、或いは、成形用ノズルから押し出した後に所定の空走区間を確保する、いわゆる乾湿式製膜法によって製造される。ここで本発明における疎水性高分子及び親水性高分子とは、その高分子の20℃での臨界表面張力(γc)が50(mN/m)以上のものを親水性高分子と、50(mN/m)未満のものを疎水性高分子と定義する。
【0049】
この製造方法においては、まず、PVDF樹脂を主成分とする多孔質を形成するための疎水性高分子成分と、親水化成分としての親水性高分子成分とを、それら疎水性及び親水性高分子成分の共通溶媒に溶解させた多孔質膜製膜原液を作製する。このとき用いる多孔質膜を形成するための高分子成分は、PVDF樹脂単独でもよく、また膜の性質を改善するために1種以上の他の高分子を混合してもよい。
【0050】
他の高分子を混合する場合、他の高分子はPVDF樹脂と相溶するものであれば特に限定されるものではなく、例えば、膜に親水性を付与したい場合は親水性高分子を、疎水性をより高めたい場合は疎水性高分子、好ましくはフッ素系の高分子等を用いればよい。他の高分子を混合する場合、製膜原液は、全高分子成分の固形分換算で、PVDF樹脂を80%以上、好ましくは90%以上含有することが好ましい。
【0051】
本発明の製造方法においては、製膜原液に配合する親水性高分子成分として、重量平均分子量(Mw)が2万以上、15万以下のポリエチレングリコール(ポリエチレンオキサイドと呼ばれることもある)を用いることを特徴とする。重量平均分子量が2.5万未満のポリエチレングリコールを用いても、多孔質膜を作製することは可能であるが、本発明が意図する、結晶化度と比表面積のバランスを満たすことが困難な傾向にある。また、重量平均分子量が15万を超える場合は、多孔質膜を形成する疎水性高分子成分の主成分であるPVDF樹脂と紡糸原液中で均一に溶解することが困難な傾向にある。製膜性に優れる紡糸原液を得る観点から、ポリエチレングリコールの重量平均分子量は3万以上、12万以下であることがより好ましい。なお、製膜性に優れる紡糸原液を得るとともに、結晶化度と比表面積のバランスを保つ観点から、ポリエチレングリコールの親水性高分子成分に占める割合は、親水性高分子成分の固形分換算で、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上である。
【0052】
上記の通り、本発明の製造方法では、親水性高分子成分として少なくとも1種のポリエチレングリコールを用いることが必要であるが、2種以上のポリエチレングリコールを用いても、或いは、他の親水性高分子成分を併用しても構わない。併用可能な親水性高分子成分としては、特に限定されるものではないが、例えば、ポリビニルピロリドン、一部がケン化されたポリビニルアルコール等が挙げられる。
【0053】
上記の要件を満たすポリエチレングリコールは、工業製品として存在するものを単独で用いる他、数種を混合して調整したものであってもよく、さらには、より重量平均分子量の大きいものを原料として化学的或いは物理的処理によって適応した重量平均分子量として生成させたものであってもよい。
【0054】
さらに、上記製膜原液に用いるPVDF樹脂は、ある割合で異種シーケンスを含むものであることが耐薬品性に優れた膜を得られるので好ましく、上述した通り、PVDF樹脂として、19F−NMR測定における分子中の異種シーケンス比率が8.8%以上、30.0%未満のものを用いることが好ましい。
【0055】
さらに、上記製膜原液における疎水性高分子成分及び親水性高分子成分の混合比率としては、特に限定されるではないが、疎水性高分子成分が20重量%以上、35重量%以下、親水性高分子成分が8重量%以上、30重量%以下、残部が溶媒であることが好ましく、疎水性高分子成分が25重量%以上、35重量%以下、親水性高分子成分が10重量%以上、25重量%以下、残部が溶媒であることがより好ましい。この範囲の製膜原液を用いて多孔質膜を製膜することで、ポリエチレングリコールの残量を所定の量に調整することが容易になるとともに、強度が高く薬品耐性及び透水性に優れる多孔質膜を簡易に得ることが可能となる。
【0056】
また、上記の製造方法において、その製膜時に、製膜原液を凝固させる、水を主成分とする溶液槽の溶液温度(Tb℃)が、製膜原液の温度(Td℃)に対して、Td+5≦Tb≦Td+30の関係を満たし、且つ、製膜原液の濁り点温度(Tc℃)が、Td≦Tc≦Tbの関係を満たすことが好ましい。このような温度範囲の関係を満たした条件下で製膜することにより、高い透水性の多孔質膜が得られるとともに、凝固液の拡散速度が上がるため、ポリエチレングリコール分子の少なくとも一部が多孔質体の骨格中に埋抱された状態で凝固が完了するので、ポリエチレングリコールの残量を望ましい範囲に調整することができる。
【0057】
さらに、上記の製造方法において、製膜時の成型用ノズルとして二重管状のノズルを用い、製膜原液を中空剤とともにその二重管状のノズルから押し出し、水を主成分とする溶液中で凝固させることが好ましい。このようにすることで、中空糸膜の膜構造を有する多孔質膜を簡易に製造することができる。ここで用いる二重管状の成型用ノズル及び中空剤は、この種の分野において常用されている公知のものを、特に制限なく用いることができる。
【0058】
さらに、製膜原液に用いる共通溶媒として、上記の疎水性及び親水性高分子成分を溶かすものであれば特に限定されるものではなく、公知の溶媒を適宜選択して用いることができる。製膜原液の安定性を向上させる観点で、共通溶媒として、N−メチルピロリドン(NMP)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMAC)及びジメチルスルホキシド(DMSO)からなる群より選択される少なくとも1種の溶媒を用いることが好ましい。取扱いの簡便性及びより高い透水性が得られる観点から、ジメチルアセトアミドを用いることが特に好ましい。また、上記の群から選択される少なくとも1種の共通溶媒と他の溶媒との混合溶媒を用いてもよい。この場合、前記の群から選択される共通溶媒の合計量が、混合溶媒全量に対し、好ましくは80重量%以上、より好ましくは90重量%以上含む混合溶媒を用いることが好ましい。
【0059】
これらの本発明の製造方法を用いることによって、従来の多孔質膜では成し得なかった、透水性及び薬品耐性に優れ、さらに耐久性に優れる多孔質膜を簡易且つ安定に製造することができる。
【実施例】
【0060】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0061】
多孔質膜における、PVDF樹脂の結晶化度測定、比表面積測定、PVDF樹脂の結晶部全量に対するβ型構造結晶とγ型構造結晶の合計量の比率測定、PVDF樹脂100重量部に対するポリエチレングリコール含有量測定、膜に含有されているポリエチレングリコール(PEG)重量平均分子量測定、PVDF樹脂の異種結合シーケンス比率測定、最緻密表面と膜厚部の幹の太さ測定、PVDF樹脂の重量平均分子量測定、及び、多孔質膜の薬品耐性試験は、以下の方法で各々行った。
【0062】
(1)PVDF樹脂の結晶化度測定
ティー・エイ・インスツルメント・ジャパン株式会社のDSC2920を装置として用い、以下の条件でDSC測定(示差走査熱量測定)を行った。吸熱量算出のベースラインは、60℃〜融解終了温度(約190℃)で引き、PVDFの結晶融解熱量を104.7(J/g)として結晶化度を算出した。
試料重量 : 約5mg
試料セル : アルミパン
昇温速度 : 5℃/min
パージガス : ヘリウム
ガス流量 : 20ml/min
【0063】
(2)比表面積測定
長さ2mmに切断し、凍結乾燥した多孔質中空糸膜を1g準備し、Coulter社のSA3100測定器を用いてBET法により比表面積を求めた。
【0064】
(3)PVDF樹脂の結晶部におけるβ型構造結晶とγ型構造結晶をあわせた比率の測定
ブルカー・バイオスピン株式会社のDSX400を用いて、下記の条件で固体19F−NMR測定を実施した。
プローブ : 2.5mmMASプローブ
測定モード : シングルパルス(パルスモード:zg0)
19F90°パルス幅: 5.0μsec
繰返し待ち時間 : 4sec
MAS回転数 : 32000Hz
測定温度 : 室温(25℃)
内部標準 : C6F6(−163.6ppm)
得られたスペクトルにおいて−78.9ppmの位置に現れるα型構造結晶のシグナルのピーク高さ(Hα)と、−93.5ppmに現れるα型、β型、γ型結晶の合わさったシグナルのピーク高さ(Hα+β+γ)から、次式を用いてβ型構造結晶とγ型構造結晶をあわせた比率を算出した。
β型+γ型構造結晶の比率(%)={(Hα+β+γ−Hα)/(Hα+β+γ+Hα)}×100
【0065】
(4)多孔質膜中のPVDF樹脂100重量%に対するPEG含有率測定
日本電子社のLambda400をNMR測定装置として用い、溶媒にd6−DMFを、内部標準(0ppm)にテトラメチルシランを各々用いて、多孔質膜の1H−NMR測定を実施した。得られたスペクトルにおいて、3.6ppm付近に現れるポリエチレングリコール由来のシグナルの積分値(IPEG)と、2.3〜2.4と、2.9〜3.2ppm付近に現れるPVDF樹脂由来のシグナルの積分値(IPVDF)とから、次式によって算出した。
ポリエチレングリコール含有率(重量%)={44(IPEG/4)/60(IPVDF/2)}×100
【0066】
(5)多孔質膜中のPEG重量平均分子量測定
多孔質膜0.1gをアセトン10mlに溶解し、その溶液を100mlの水中に滴下し、膜を構成する高分子は再沈殿させ、膜中に残存していたポリエチレングリコールは水溶液として分離した。その後、PEGを含む溶液をエバポレーターで濃縮し、その後、下記の移動相液で溶解しポリエチレングリコール溶液とした。得られた溶液を200ml用い、以下の条件でGPC測定を行いその重量平均分子量(PEG標準試料換算)を求めた。
装置 :HLC−8220GPC(東ソー株式会社)
カラム:Shodex SB−803HQ
移動相:0.7ml/min KH2PO4(0.02mM)+Na2HPO4
(0.02mM)水溶液
検出器:示差屈折率検出器
【0067】
(6)PVDF樹脂の異種シーケンス比率測定
日本電子社のLambda400をNMR測定装置として、溶媒にd6−DMF、内部標準(0ppm)にCFCl3を用いて多孔質膜の19F−NMR測定を実施した。得られたスペクトルにおいて−92〜−97ppm付近に現れる正規シーケンス由来のシグナルの積分値(Ir)と−114〜−117ppm付近に現れる異種シーケンス由来のシグナルの積分値(Ii)から次式によって算出した。
異種シーケンス比率(%)={Ii/(Ir+Ii)}×100
【0068】
(7)最緻密表面と膜厚部の幹の太さ測定
凍結乾燥した、多孔質膜の両表面を、電子顕微鏡を用いて1視野において10個以上の孔が観測可能な倍率で観察し、得られた顕微鏡写真における細孔を円形近似処理し、その面積平均値から求めた直径を、その表面での孔径とした。そして、多孔質膜の両表面のうち、より小さな孔径である方を最緻密表面とし、その孔径を最緻密表面の孔径とした。同様に、凍結乾燥した多孔質膜の断面を1万倍の倍率で観察し、その視野での最緻密表面側とその反対側の幹の太さを比べることを膜厚1/5まで連続して行い、幹が連続的、断続的に太くなることを確認した。
【0069】
(8)PVDF樹脂の重量平均分子量測定
PVDF樹脂を1.0mg/mlの濃度でDMFに溶かした試料液を50ml用い、以下の条件でGPC測定を行いその重量平均分子量(PMMA換算)を求めた。
装置 :HLC−8220GPC(東ソー株式会社)
カラム :Shodex KF−606M, KF−601
移動相 :0.6ml/min DMF
検出器 :示差屈折率検出器
【0070】
(9)多孔質膜の薬品耐性試験
多孔質膜の薬品耐性試験は、多孔質中空糸膜を薬液に所定時間浸漬後、引張り試験を行い浸漬前後での引張り破断伸度を測定し、伸度保持率(%)を浸漬前の破断伸度(E0)とn日浸漬による薬品劣化後の破断伸度(En)を求め次式より算出した。
伸度保持率(%)=(En/E0)×100
ここで、薬品耐性試験用の薬品としては、水酸化ナトリウムを4重量%と次亜塩素酸ナトリウムを有効塩素濃度で0.5重量%含む混合水溶液を用い、温度25℃で浸漬した。また、引張り伸度の測定は、つかみ間隔50mm、引張り速度100mm/minで実施した。
【0071】
[実施例1]
PVDF樹脂として重量平均分子量が35万であるPVDFホモポリマー(アルケマ社製、KYNAR741)27重量%と、重量平均分子量35000(メルク社製、ポリエチレングリコール35000)のポリエチレングリコール15重量%とを、ジメチルアセトアミド58重量%に70℃で溶解させ製膜原液とした。この原液の濁り点温度は75℃であった。
この製膜原液を二重環紡糸ノズル(最外径1.3mm、中間径0.7mm、最内径0.5mm:以下の実施例、比較例でも同じ物を用いた。)から内部液の水と共に押し出し、200mmの空走距離を通し、77℃の水中で凝固させ、その後60℃の水中で脱溶媒を行い、中空糸膜の膜構造を有する多孔質膜を得た。得られた膜の性質を、以降の例を含め、表1にまとめた。
【0072】
[実施例2]
実施例1と同じPVDF樹脂30重量%と、実施例1と同じポリエチレングリコール13重量%とを、ジメチルアセトアミド57重量%に70℃で溶解させ製膜原液とした。この原液の濁り点温度は76℃であった。
この製膜原液を二重環紡糸ノズルから内部液の水と共に押し出し、200mmの空走距離を通し、80℃の水中で凝固させ、その後60℃の水中で脱溶媒を行い中空糸膜の膜構造を有する多孔質膜を得た。
【0073】
[実施例3]
実施例1と同じPVDF樹脂27重量%と、実施例1と同じポリエチレングリコール9重量%と、重量平均分子量150000のポリエチレングリコール(明成化学工業社製、R−150)6重量%とを、ジメチルアセトアミド58重量%に60℃で溶解させ製膜原液とした。この原液の濁り点温度は75℃であった。
この製膜原液を二重環紡糸ノズルから内部液の水と共に押し出し、200mmの空走距離を通し、80℃の水中で凝固させ、その後60℃の水中で脱溶媒を行い、中空糸膜の膜構造を有する多孔質膜を得た。
【0074】
[実施例4]
PVDF樹脂として重量平均分子量が30万であるPVDFホモポリマー(ソルベイソレキシス社製、SOLEF6010)を用いること以外はすべて実施例1と同じ条件で中空糸膜の膜構造を有する多孔質膜を作製した。この時の製膜原液の濁り点温度は75℃であった。
【0075】
[実施例5]
PVDF樹脂として重量平均分子量が29万であるPVDFホモポリマー(クレハ社製、KF1000)を用いること以外はすべて実施例1と同じ条件で中空糸膜の膜構造を有する多孔質膜を作製した。この時の製膜原液の濁り点温度は75℃であった。
【0076】
[実施例6]
PVDF樹脂として重量平均分子量が38万であるPVDFホモポリマー(ソルベイソレキシス社製、SOLEF6012)を用いること以外はすべて実施例1と同じ条件で中空糸膜の膜構造を有する多孔質膜を作製した。この時の製膜原液の濁り点温度は75℃であった。
【0077】
[比較例1]
実施例1と同じPVDF樹脂25重量%と、重量平均分子量6000のポリエチレングリコール(和光純薬社製、ポリエチレングリコール6000)15重量%とを、ジメチルアセトアミド74重量%に70℃で溶解させ製膜原液とした。この原液の濁り点温度は、100℃以上であった。
この製膜原液を二重環紡糸ノズルから、内部液の水と共に押し出し、200mmの空走距離を通し、80℃の水中で凝固させ、その後60℃の水中で脱溶媒を行い、中空糸膜の膜構造を有する多孔質膜を得た。
【0078】
[比較例2]
PVDF樹脂として重量平均分子量が42万であるPVDFホモポリマー(アルケマ社製、KYNAR301F)20重量%と、比較例1と同じポリエチレングリコール6重量%とを、ジメチルアセトアミド74重量%に70℃で溶解させ製膜原液とした。この原液の濁り点温度は、100℃以上であった。
この製膜原液を二重環紡糸ノズルから内部液の水と共に押し出し、200mmの空走距離を通し、30℃の水中で凝固させ、その後60℃の水中で脱溶媒を行い、中空糸膜の膜構造を有する多孔質膜を得た。この中空糸膜は耐圧強度が低く濾過の実使用に耐えないものであった。
【0079】
[比較例3]
実施例1と同じPVDF樹脂25重量%と、重量平均分子量500000のポリエチレングリコール(和光純薬社製、ポリエチレングリコール500000)10重量%とを、ジメチルアセトアミド65重量%と混合し、70℃で撹拌したが均一な製膜原液を得ることができず、中空糸膜を作製することができなかった。また、均一な製膜原液を作成できなかったため、濁り点温度の測定は行えなかった。
【0080】
[比較例4]
PVDF樹脂として実施例5と同じPVDFホモポリマー40重量%を、ガンマブチロラクトン60重量%と混合し170℃で混練溶解させ製膜原液とした。この原液は、濁り点温度を有さないものであった。
この製膜原液を二重環紡糸ノズルから内部液のガンマブチロラクトンと共に押し出し、50mmの空走距離を通し、30℃のガンマブチロラクトン80%水溶液中で凝固させ、その後60℃の水中で脱溶媒を行い中空糸膜の膜構造を有する多孔質膜を得た。
【0081】
[実施例7]
PVDF樹脂として実施例1と同じPVDFホモポリマーを25重量%と、重量平均分子量20000のポリエチレングリコール(和光純薬社製、ポリエチレングリコール20000)15重量%とを、ジメチルアセトアミド60重量%に70℃で溶解させ製膜原液とした。この原液の濁り点温度は、78℃であった。図1に、この実施例7にて用いた、異種シーケンス比率9.4%のPVDF樹脂の19F−NMRスペクトルを示す。
この製膜原液を、実施例1と同じ二重環紡糸ノズルから内部液の水と共に押し出し、200mmの空走距離を通し、80℃の水中で凝固させ、その後60℃の水中で脱溶媒を行い、中空糸膜の膜構造を有する多孔質膜を得た。
【0082】
[構造評価]
実施例7の多孔質膜の構造評価を行った。図2は、実施例7の多孔質膜の最緻密表面(外表面)の電子顕微鏡写真(1万倍)を示し、図3は、実施例7の多孔質膜の膜厚中央付近の電子顕微鏡写真(1万倍)を示す。図2及び図3に示すように、実施例7の多孔質膜は、表面に無数の孔が形成された緻密な表面を有し、また、層断面において、中空環状の高分子成分の幹が、3次元架橋し、網目状にネットワークを形成して、無数の孔が設けられた膜構造を有することが確認された。また、中空環状の高分子成分の幹は、その太さが、図2に示す最緻密表面側から、図3に示す膜厚中央へ向けて、太くなっていることが確認された。
【0083】
[薬品耐性評価]
実施例1〜7及び比較例1,2,4で得られた、中空糸膜の膜構造を有する多孔質膜を用いて薬品耐性試験を行った。浸漬後、1日、3日、7日、14日で中空糸膜を浸漬薬液から抜き取り十分に水洗を行った後に引張り試験を実施した。得られた結果を表1に示した。
【0084】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明のPVDF多孔質膜によれば、高い透水性能を保ちながら、洗浄薬品等に対し高い薬品耐性が奏されるので、濾過によって膜面に蓄積する濁質等の汚れをアルカリ水溶液等の薬品を用いた洗浄をともなう用途においても使用でき、長期間にわたる使用が可能となる。しかも、本発明のPVDF多孔質膜は、簡易且つ安定に製造可能であるので、生産性及び経済性に寄与する。そのため、浄水場での浄水処理や、河川水や湖沼水の濾過処理、工業用水の濾過精製及び廃水処理、海水淡水化の前処理等液体の濾過処理等の、濾過によって膜面に蓄積する濁質等の汚れを薬品で洗浄するような、膜に高い透水性と薬品耐性の両立が要求される分野において、広く且つ有効に利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
PVDF樹脂を主成分とする高分子成分を含む多孔質膜であって、
前記PVDF樹脂の結晶化度が、50%以上、90%以下であり、
前記PVDF樹脂の結晶化度に膜の比表面積を乗じた値が、300(%・m2/g)以上、2000(%・m2/g)以下である、
多孔質膜。
【請求項2】
前記PVDF樹脂の結晶部におけるβ型構造結晶とγ型構造結晶との合計量が、前記PVDF樹脂の結晶部全量に対し30%以下である、請求項1に記載の多孔質膜。
【請求項3】
前記高分子成分として、重量平均分子量が2万以上、30万以下のポリエチレングリコールを、PVDF樹脂100重量部に対し0.01重量部以上、3重量部以下含むものである、請求項1又は2に記載の多孔質膜。
【請求項4】
前記PVDF樹脂は、19F−NMR測定における分子中の異種シーケンス比率が8.8%以上、30.0%未満のものである、請求項1から3のいずれか一項に記載の多孔質膜。
【請求項5】
中空糸膜の膜構造を有する、請求項1から4のいずれか一項に記載の多孔質膜。
【請求項6】
高分子成分の幹が網目状にネットワークを形成して孔が設けられた膜構造を有し、
前記高分子成分の幹の太さが、表裏の膜表面のうち最緻密表面側から少なくとも膜厚1/5まで、連続的又は段階的に太くなる、請求項1から5のいずれか一項に記載の多孔質膜。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか一項に記載の多孔質膜を、アルカリ溶液と接触させる、多孔質膜の洗浄方法。
【請求項8】
請求項1から6のいずれか一項に記載の多孔質膜を、水溶液及びアルカリ溶液と少なくとも交互に1回接触させる、濾過方法。
【請求項9】
PVDF樹脂を主成分とする疎水性高分子成分、親水性高分子成分、並びに、該疎水性及び親水性高分子成分の共通溶媒を少なくとも含有する製膜原液を、成型用ノズルから押し出し、水を主成分とする溶液中で凝固させて、PVDF樹脂を主成分とする多孔質膜を製造する、多孔質膜の製造方法であって、
前記親水性高分子成分として、重量平均分子量が2万以上、15万以下のポリエチレングリコールを用いる、多孔質膜の製造方法。
【請求項10】
前記PVDF樹脂として、19F−NMR測定における分子中の異種シーケンス比率が、8.8%以上、30.0%未満のものを用いる、請求項9に記載の多孔質膜の製造方法。
【請求項11】
前記製膜原液は、疎水性高分子成分を20重量%以上、35重量%以下、親水性高分子成分を8重量%以上、30重量%以下含むものである、請求項9又は10に記載の多孔質膜の製造方法。
【請求項12】
前記製膜原液を凝固させる溶液の温度(Tb℃)が、製膜原液の温度(Td℃)及び製膜原液の濁り点温度(Tc℃)に対し、Td+5≦Tb≦Td+30の関係を満たし、且つ、Td≦Tc≦Tbの関係を満たす、請求項9から11のいずれか一項に記載の多孔質膜の製造方法。
【請求項13】
前記成型用ノズルは、二重管状のノズルであり、
前記製膜原液を中空剤とともに前記成型用ノズルから押し出し、水を主成分とする溶液中で凝固させて、中空糸膜の膜構造を有する多孔質膜を作成する、請求項9から12のいずれか一項に記載の多孔質膜の製造方法。
【請求項14】
前記製膜原液は、前記共通溶媒として、ジメチルアセトアミドを少なくとも含有するものである、請求項9から13のいずれか一項に記載の多孔質膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−75294(P2013−75294A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−282455(P2012−282455)
【出願日】平成24年12月26日(2012.12.26)
【分割の表示】特願2008−511021(P2008−511021)の分割
【原出願日】平成19年4月16日(2007.4.16)
【出願人】(303046314)旭化成ケミカルズ株式会社 (2,513)
【Fターム(参考)】