説明

高耐熱ポリエステルディップコードおよびその製造方法

【課題】高温時、特に通常のポリエステルの融点以上においても溶融破断することなく、力学特性を保持することが可能な高耐熱性のゴム補強用ポリエステルディップコードおよびその製造方法を提供すること。
【解決手段】エチレンテレフタレート単位を主たる繰り返し単位とするポリエステル繊維からなり、下記の(a)〜(c)の特性を同時に満足する高耐熱ポリエステルディップコード。
(a)加熱クリープ測定における溶融破断温度が275℃以上
(b)強度が4.0cN/dtex以上
(c)2.0cN/dtex荷重時の伸度が5.0%以下

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はタイヤコード、Vベルト、コンベアベルト、ホース等の産業用資材に適用されるゴム補強用ポリエステルディップコードに関するものであり、更に詳しくは、高温時、特に通常のポリエステルの融点以上においても溶融破断することなく、力学特性を保持することが可能な高耐熱性のポリエステルディップコードに関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般にゴム補強材として、特にタイヤ用ゴム補強材として使用されている繊維の代表的な例としては、有機繊維としてポリエステル、ナイロン、レーヨンが良く知られており、無機繊維としてはスチール、ガラス繊維が代表的なものである。これら素材はその固有物性により適所に使用されている。
【0003】
近年、タイヤ構造のラジアル化が進み、カーカス材に用いる繊維素材には、高弾性率、低収縮、耐疲労性、さらには低価格化などの要求が高まった。その結果、物性面、コスト面でのバランスに優れた有機繊維である、ポリエステル繊維が、レーヨンやナイロンの代替として広く使用されている。
【0004】
さらに近年では、パンクしてタイヤ内圧が0kPaになっても、ある程度の距離を所定のスピードで走行が可能な、ランフラットタイヤが開発されている。このランフラットタイヤにはタイヤサイドウォールのビード部からショルダー区域にかけてカーカスの内面に断面が三日月状の比較的硬質なゴム層を配置して補強したサイド補強タイプと、タイヤ空気室におけるリムの部分に、金属、合成樹脂製の環状中子を取り付けた中子タイプとが知られている。
【0005】
このうちサイド補強型は走行中にタイヤがパンクして空気が抜けてしまうと、補強ゴム層で強化したサイドウォール固有の剛性によって荷重を支持し、所定の距離を所定のスピードで走行することが可能である。しかしながら、ランフラット走行を継続すると、補強ゴム層には圧縮と伸長の繰り返しによる発熱が起こり、タイヤ内部温度が200℃以上、さらに局所的にはそれ以上の極めて高温状態になることがある。そのため、ランフラットタイヤのカーカスプライコードとしては耐熱溶融性に優れるレーヨン繊維やアラミド繊維、スチールなどが好ましいコード材料として提案され使用されている。
【0006】
一方、ポリエステル繊維やナイロン繊維からなるタイヤコードは、150〜200℃の高温下においてタイヤゴムとの接着界面が破壊され始め、また強度、弾性率が急激に低下し、さらに融点以上の高温になると繊維としての形状を保持できずに溶融破断に至るという問題があることからランフラットタイヤ用のコード材料としては不適とされていた。ところが、これら繊維は供給量が非常に豊富であり、価格も安く、軽量であるという特徴があることから、ランフラットタイヤがより広く普及するにはこれらポリエステル繊維やナイロン繊維からなるタイヤコードを用いることが望まれている。
【0007】
これまでに、タイヤゴム中でのポリエステルタイヤコードの耐熱性を向上させる方法が種々提案されている。例えば、ポリエステル繊維のカルボキル基末端量の低減化をはかることによってゴム中での加水分解を抑制する方法(例えば、特許文献1、特許文献2参照)、アクリル酸および/またはメタクリル酸からなる重合体を付与する方法(例えば、特許文献3参照)、フッ素系重合体を含有させる方法(例えば、特許文献4参照)、環状オレフィン重合体を含有させる方法(例えば、特許文献5参照)などが挙げられる。しかしながら、これらはいずれも150〜160℃での耐熱性に関する強度物性の改良であって、ポリエステルの融点以上において形状を保持し、所定の強度、弾性率を保持できるというものではなかった。
【特許文献1】特開昭61−252332号公報
【特許文献2】特開平7−166420号公報
【特許文献3】特開昭55−166235号公報
【特許文献4】特開平6−264307号公報
【特許文献5】特開平8−74126号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は前記問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は高温時、特に通常のポリエステルの融点以上においても溶融破断することなく、力学特性を保持することが可能な高耐熱性のポリエステルディップコードおよびその製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するために本発明者らは鋭意研究を重ねた結果、例えば、ポリエステル分子鎖末端に、特定の構造を持つ化合物を反応させ、溶融紡糸後に電子線照射を施すことで、繊維の少なくとも一部に架橋構造を形成せしめたポリエステル繊維材料に特定のディップ処理を施すことにより本課題を解決することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下の通りである。
1.エチレンテレフタレート単位を主たる繰り返し単位とするポリエステル繊維からなり、下記の(a)〜(c)の特性を同時に満足することを特徴とする高耐熱ポリエステルディップコード。
(a)加熱クリープ測定における溶融破断温度が275℃以上
(b)強度が4.0cN/dtex以上
(c)2.0cN/dtex荷重時の伸度が5.0%以下
【0011】
2.タイヤコードを用途とする上記1に記載の高耐熱ポリエステルディップコード。
【0012】
3.ランフラットタイヤ用タイヤコードを用途とする上記1または2に記載の高耐熱ポリエステルディップコード。
【0013】
4.エチレンテレフタレート単位を主たる繰り返し単位とするポリエステルに、下記の[化合物1]を0.2〜3.0重量%配合し、紡糸速度2000m/分以上で溶融紡糸した未延伸糸を熱延伸し延伸糸となし、次いで、該延伸糸を1本以上撚り合わせた撚糸コードまたは該撚糸コードを製織した簾織物に電離放射線を照射し、次いで、少なくともレゾルシン−ホルムアルデヒド−ラテックス(RFL)混合液を含有する処理液でディップ処理を施し、前記ディップ処理の最終熱処理ゾーンのノルマライジング張力が0.4cN/dtex以上であることを特徴とする高耐熱ポリエステルディップコードの製造方法。
【0014】
【化1】

【0015】
5.ディップ処理が2段以上の多段処理であって、(A)キャリアーを含む処理液および(B)ブロックドイソシアネート水溶液が配合された第1処理液で処理した後、次いで(B)ブロックドイソシアネート水溶液および(C)エポキシ化合物の分散液および(D)レゾルシン−ホルムアルデヒド−ラテックス(RFL)混合液が配合された第2処理液で1回または2回以上繰り返し処理することを特徴とする上記4に記載の高耐熱ポリエステルディップコードの製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、高温時、特に通常のポリエステルの融点以上においても溶融破断することなく、力学特性を保持することが可能な高耐熱性のポリエステルディップコードおよびその製造方法を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明について詳細に説明する。本発明は、例えば、パンクして内圧が低下しタイヤ内部温度が200℃以上、さらに局所的にはポリエステルの融点以上の極めて高温になることがあるランフラットタイヤのカーカスプライコードとしても使用可能な、高温時、特に架橋構造を有しないポリエステルの融点以上においても溶融破断することなく、かつ所定の強度、高弾性率・低収縮性を有し、かつゴム中での耐熱接着性が改良されたゴム補強用ポリエステルディップコードを提供するものである。
【0018】
本発明のポリエステルディップコードを構成するポリエステルは、テレフタル酸を主たる酸成分とし、少なくとも一種のグリコール、好ましくはエチレングリコール、トリメチレングリコール、テトラメチレングリコールから選ばれた少なくとも一種のアルキレングリコールを主たるグリコール成分とするポリエステルを対象とする。また、テレフタル酸の一部を他の二官能性カルボン酸成分で置き換えたポリエステルであってもよく、および/またはグリコール成分の一部を主成分以外の上記グリコールもしくは他のジオール成分で置き換えたポリエステルであってもよい。ここで使用されるテレフタル酸以外の二官能性カルボン酸としては、例えばイソフタル酸、ナフタレンジカルボン酸、ジフェニルカルボン酸、ジフェノキシエタンジカルボン酸、β−ヒドロキシエトキシ安息香酸、p−オキシ安息香酸、アジピン酸、セバシン酸、1,4−シクロヘキサンジカルボン酸の如き芳香族、脂肪族、脂環族の二官能性カルボン酸を挙げることができる。また上記グリコール以外のジオール成分としては、例えばシクロヘキサン−1,4−ジメタノール、ネオペンチルグリコールビスフェノールA、ビスフェノールSの如き脂肪族、脂環族、芳香族のジオール化合物およびポリオキシアルキレングリコール等を挙げることができる。さらに、ポリエステルが実質的に線状である範囲でトリメリット酸、ピロメリット酸の如きカルボン酸、グリセリン、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトールの如きポリオール、5−ヒドロキシイソフタル酸、3,5−ジヒドロキシ安息香酸の如き三官能以上のエステル形成基を有するモノマーを使用することができる。
【0019】
さらに前記ポリエステル中には少量の他の任意の重合体や酸化防止剤、ラジカル捕捉剤、制電剤、染色改良剤、染料、顔料、艶消し剤、蛍光増白剤、不活性微粒子その他の添加剤が含有されてもよい。
【0020】
かかるポリエステルを得る方法としては、特別な重合条件を採用する必要はなく、例えば、ジカルボン酸成分および/またはそのエステル形成性誘導体とグリコール成分との反応生成物を重縮合してポリエステルにする際に採用される任意の方法で合成することができる。重合の装置は回分式であっても連続式であってもよい。さらに前記液相重縮合工程で得られたポリエステルを粒状化し予備結晶化させた後に不活性ガス雰囲気下あるいは減圧真空下、融点以下の温度で固相重合することもできる。
【0021】
重合触媒は所望の触媒活性を有するものであれば特に限定はしないが、例えば、アンチモン化合物、チタン化合物、ゲルマニウム化合物、アルミニウム化合物が好ましく用いられる。これらの触媒を使用する際には単独でも、また2種類以上を併用してもよく、使用量としてはポリエステルを構成するカルボン酸成分に対して0.002〜0.1モル%が好ましい。
【0022】
また本発明におけるポリエステルの極限粘度(IV)は0.6dl/g以上であることが好ましく、さらに好ましくは0.8dl/g以上である。IVが0.6dl/g未満であると糸条の熱劣化による強度・弾性率の低下が大きくなり好ましくない。また、ポリエステルのカルボキシル末端基量は50eq/ton以下であることが好ましく、さらに好ましくは30eq/ton以下である。50eq/tonを超えるとゴム中の耐熱性が悪化し、タイヤコードとしての耐久性が不十分になり易いので好ましくない。
【0023】
本発明のポリエステルディップコードを構成するポリエステル繊維材料とは、例えば、上記ポリエステルを溶融紡糸して得られる未延伸糸を熱延伸した延伸糸、それを数本撚り合わせた撚糸コード、またはそれを製織した簾織物である。
【0024】
前記ポリエステル繊維材料は、通常のポリエステルの融点以上の温度において力学特性を保持しており、動的粘弾性測定における275℃で貯蔵弾性率(以下E’と称する)が0.1MPa以上であることが好ましく、より好ましくは0.5MPa以上、更に好ましくは1.0MPa以上である。275℃のE’が0.1MPa未満もしくは、275℃未満の温度で溶融すると、補強ゴム中で破断してしまうため好ましくない。E'の測定は、例えばティー・エイ・インスツルメント社製DMA−Q800を用いて、糸長1cm、12000dtexとなるように引き揃えた試料を、初荷重0.01N、Minimum Dynamic Force0.00001N、ForceTrack125%、振幅10μm、周波数11Hzの条件で、200℃〜370℃の温度範囲について、2℃/分の昇温速度で測定し、求めることができる。また、測定中に試料が溶融破断する場合は、その温度を溶融破断温度とした。275℃のE’の上限は特に限定されないが、通常1000MPa以下であり、10MPa以下であることが多い。
【0025】
前記ポリエステル繊維材料は、ポリエステル分子鎖間の少なくとも一部に架橋構造を有していることが好ましいが、該架橋構造はポリエステル分子末端に導入された下記化学式(1)で表される化合物の脂肪族不飽和基が電離放射線の照射により反応することにより形成される。電離放射線としては、照射透過力が大きい電子線やγ線が好ましいが、これらに限定されるものではない。
【0026】
【化2】

【0027】
また一般に高分子に架橋構造を形成させることによって耐熱溶融性が向上したり、あるいは溶媒に対する溶解性が低下することは良く知られており、これらは架橋の程度(架橋度)を示す指標となり得る。本発明におけるポリエステル繊維材料の熱流動開始温度は、架橋構造を形成させる前のポリエステル樹脂の融点以上、好ましくは265℃以上、よりに好ましくは280℃以上、更に好ましくは300℃以上である。融点未満の温度で熱溶融流動すると、補強ゴム中で形態を保持することはできず破断してしまうため好ましくない。熱流動開始温度の測定は、一定温度に設定可能なホットプレートにサンプルを1分間置いた後、熱溶融流動しているか目視あるいは顕微鏡にて判断できる。
【0028】
また所定溶媒に対する不溶解残物の割合を示すゲル分率が10重量%以上、好ましくは20重量%以上、より好ましくは30重量%以上である。ゲル分率が10重量%より低いと架橋度が低すぎて高温におけるタイヤコードの寸法安定性や強度が不十分となり好ましくない。ゲル分率を測定する際の溶媒は架橋構造を形成させる前の芳香族ポリエステルを所定の温度、所定時間で完全に溶解する有機溶媒であれば特に限定はしないが、例えばフェノール、o−クロロフェノール、m−クロロフェノール、p−クロロフェノール、2,3―ジクロロフェノール、2,4―ジクロロフェノール、2,5―ジクロロフェノール、2,6―ジクロロフェノール、3,4―ジクロロフェノール、3,5―ジクロロフェノール、2,3,4―トリクロロフェノール、2,3,5―トリクロロフェノール、2,3,6―トリクロロフェノール、2,4,5―トリクロロフェノール、2,4,6―トリクロロフェノール、3,4,5―トリクロロフェノール、1,1,1,2−テトラクロロエタン、1,1,2,2−テトラクロロエタン、クロロホルム、ジクロロメタン、四塩化炭素、ジクロロ酢酸、ヘキサフルオロイソプロパノールなどを例示でき、これらは1種類でもあるいは2種類以上を併用して使用することができる。溶解時の溶媒の温度は特に限定はしないが、例えば20℃〜200℃である。溶解時間も特に限定はしないが溶解が飽和状態にまでに要する時間であれば良く、例えば10分〜5時間である。
【0029】
前記ポリエステル繊維材料は、延伸糸の110Hzの動的粘弾性測定におけるtanδの主分散ピーク温度(以下Tαと称する)が、148℃以下であることが好ましく、より好ましくは147℃以下である。Tαが148℃より高いと、タイヤコードとりわけカーカスプライコードで要求される高弾性率、低収縮性の発現が不充分となり易くあまり好ましくない。ここでTαは微細構造的な非晶鎖の拘束性の程度を示す指標であり、Tαが低いということは非晶鎖の拘束性が弱いことを意味し、その結果、優れた熱寸法安定性が発現する。本願のTαが148℃以下の延伸糸は、例えば、後述する2000m/分以上の比較的高い紡糸速度で引き取った高配向未延伸糸(いわゆるPOY)を、1.5〜3.0倍程度の低い延伸倍率で熱延伸することにより得られる。
【0030】
前記ポリエステル繊維材料は、エチレンテレフタレート単位を主たる繰り返し単位とするポリエステルに、化学式(1)で表される化合物をエクストルーダー供給口または溶融押出し工程の任意の位置で添加し溶融紡糸することによって得られることが好ましいが、予め公知の方法により該化合物とポリエステルとを溶融混練りしてペレット化しておき、これを溶融紡糸に用いても構わない。またこの混練り樹脂をマスターバッチとしてポリエステル樹脂とブレンドして使用することもできる。溶融混練りする際の温度は、実質的にポリエステルの融点以上であれば特に限定はしないが、過剰に温度が高すぎると熱劣化によってポリマー鎖が切断されるので好ましくない。融点〜(融点+70℃)の範囲であることが好ましい。また溶融混練りする時間についても特に限定されるものではないが、1分〜40分、好ましくは2分〜20分である。
【0031】
本発明における、ポリエステルに対する化学式(1)で表される化合物の配合量は0.2〜3.0重量%であることが好ましい。より好ましくは0.4〜2.5重量%である。配合量が0.2重量%を下回ると、電離放射線照射後に発現する架橋構造が十分でなく、融点以上での力学特性を保持することができづらくあまり好ましくない。この特性は、基本的に化学式(1)で表される化合物の含有量に比例するため、配合量を増やせば十分な耐熱力学特性を付与することができる。しかしながら、3.0重量%を超える配合量においては、紡糸性が低下し、高弾性率、低収縮性を発現させるための紡糸速度を得にくくなるので好ましくない。さらに、高延伸倍率が困難であり、高強度を得にくくなり好ましくない。これは、過剰な化学式(1)で表される化合物が紡糸時の熱により架橋してしまい、ゲル化物形成することによる。ゲル化物が発生すると、工業的に安定した生産をすることは困難となる。なお含有量の測定は、電離放射線を照射する前であれば所定の溶媒に可溶であるため、例えばH−NMR測定およびIR測定によって求めることができ、電離放射線を照射した後であれば溶媒に不溶となるため、IR測定によって求めることができるが、化学式(1)で表される化合物の含有量を求めることができればこれらの測定に限定されるものではない。
【0032】
化学式(1)で表される化合物はポリエステルとの溶融混練りによって、該エポキシ基とポリエステルのカルボキシル基末端とが反応するが、この反応を促進する触媒を同時に添加しても構わない。該触媒は特に限定されて用いられるものではなく、例えば、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、酢酸リチウム、ステアリン酸ナトリウム、ステアリン酸カリウム、ステアリン酸リチウムなどに代表されるアルカリ金属化合物、酢酸バリウム、酢酸マグネシウム、酢酸ストロンチウム、ステアリン酸バリウム、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸ストロンチウムなどに代表されるアルカリ土類金属化合物、トリエチルアミン、トリブチルアミン、トリヘキシルアミン、トリエタノールアミン、トリエチレンジアミン、ジメチルベンジルアミン、ピリジン、ピコリンなどの3級アミン、2−メチルイミダゾール、2−エチルイミダゾール、2−イソプロピルイミダゾールなどのイミダゾール化合物、テトラメチルアンモニウムクロライド、テトラエチルアンモニウムクロライド、トリメチルベンジルアンモニウムクロライド、トリエチルベンジルアンモニウムクロライドなどの第4級アンモニウム塩、トリメチルホスフィン、トリエチルホスフィン、トリブチルホスフィン、トリオクチルホスフィン、トリフェニルホスフィンなどのホスフィン化合物、テトラメチルホスホニウムブロマイド、テトラブチルホスホニウムブロマイド、テトラフェニルホスホニウムブロマイド、トリフェニルベンジルホスホニウムブロマイドなどのホスホニウム塩、トリメチルホスフェート、トリエチルホスフェート、トリブチルホスフェート、トリフェニルホスフェートなどのリン酸エステル、シュウ酸、p−トルエンスルホン酸、ジノニルナフタレンジスルホン酸、ドデシルベンゼンスルホン酸などの有機酸、三フッ化ホウ素、四塩化アルミニウム、四塩化チタン、四塩化スズなどのルイス酸などが例示できる。これらは1種類または2種類以上を併用して使用することができる。中でもアルカリ金属化合物、アルカリ土類金属化合物、ホスフィン化合物、リン酸エステル化合物を使用するのが好ましい。触媒の添加量は特に限定されるものではないが、ポリエステル100重量部に対して0.001〜1重量部が好ましく、さらには0.01〜0.5重量部である。
【0033】
本発明においては、化学式(1)で表される化合物とポリエステルのカルボキシル基末端とが反応することにより架橋基が導入されることが好ましいが、ポリエステルのカルボキシル基末端量が減少することでも耐熱性向上に寄与している。すなわち、ポリエステル繊維材料のカルボキシル基末端はゴム中で自己触媒作用によってポリエステルの劣化反応を引き起こすと考えられているが、上記化合物の反応によってカルボキシル基末端が封鎖されることによりこの劣化反応も抑えられる。
【0034】
例えば、エクストルーダーで溶融混練りされた化学式(1)で表される化合物を含有するポリエステルは、紡糸口金より溶融吐出された後、紡糸筒で冷却風によって冷却固化され、紡糸速度2000m/分以上、好ましくは2500m/分以上で引き取られる。この糸を未延伸糸と称する。2000m/分以下の紡糸速度では紡糸時の配向結晶化を進行せしめるのに十分な紡糸応力を与えることができないので好ましくない。得られた未延伸糸の複屈折率は0.04以上、好ましくは0.05以上、更に好ましくは0.06以上であることが望ましい。複屈折率が0.04未満では、タイヤコードとりわけカーカスプライコードで要求される高弾性率、低収縮性の発現が不充分となり易くあまり好ましくない。また、未延伸糸の密度は1.340g/cm2以上、好ましくは1.345g/cm2以上、更に好ましくは1.350g/cm2以上である。密度が1.340g/cm2以下では、高弾性率、低収縮性の発現が充分でなくあまり好ましくない。冷却風の温度は所望の複屈折率、密度を満足するものであれば特に限定しないが、好ましくは20〜80℃、更に好ましくは40〜70℃である。前記の紡糸速度は6000m/分以下であることが好ましい。6000m/分を超えると、未延伸糸の複屈折率、密度が過度に大きくなるため延伸しづらくなり、高強度を得ることが困難になるのであまり好ましくない。更に好ましくは4500m/分以下である。
【0035】
引き取られた未延伸糸は一旦巻き取るか、あるいは紡糸に連続して延伸するスピンドロー法により熱延伸することで延伸糸を得ることが出来る。熱延伸は高倍率の一段延伸もしくは二段以上の多段延伸で行われる。また、加熱方法としては、加熱ローラや過熱蒸気、ヒートプレート、ヒートボックス等による方法があり、特に限定されるものではない。延伸倍率も所望の物性に応じて任意の値で延伸することができるが、好ましくは1.5〜3.0倍である。
【0036】
このようにして得られた延伸糸は、常法に従い10cmあたり10〜100回の撚り(下撚り)をかけた後、複数本合糸し、反対方向に10cmあたり10〜100回の撚り(上撚り)をかけて撚糸コード(生コード)とすることができる。更にこの撚糸コードを常法に従い簾織物(生反)を得ることが出来る。生コードに含まれる合糸された延伸糸の本数には特に上限はないが、通常10本以下である。
【0037】
本発明におけるポリエステル繊維材料の架橋構造は、ポリエステル分子末端に導入された化学式(1)で表される化合物の脂肪族系不飽和基に起因する構造であり、該架橋構造は電離放射線の照射により形成されることが好ましい。電離放射線としては、照射透過力が大きい電子線やγ線が好ましいが、これらに限定されるものではない。この電離放射線の照射は、ポリエステル繊維の紡糸工程から、ディップ反の製造工程までの任意の工程で施すことが可能であるが、照射効率や品質安定の点において、延伸糸または撚糸コードまたは簾織物の状態で照射することが好ましい。電離放射線の照射線量は所望の物性を満足するものであれば特に限定はしないが、20〜3000kGy、好ましくは50〜1500kGyである。照射線量が低すぎると架橋度が不十分となりやすく、また高すぎる場合にはポリエステルが分解してしまい、強度物性が低下してしまうので好ましくない。照射プロセスは一般的に常温で行われるプロセスであるが、0〜200℃の任意の温度環境下において照射することができる。雰囲気ガスは空気中でも不活性ガス中でも良いが、酸素が架橋反応を阻害する可能性があるので不活性ガス中で照射することが好ましい。
【0038】
例えばこのようにして得られた架橋構造を有するポリエステル繊維材料にゴムとの接着性を付与するディップ処理を施すことにより、本発明の高耐熱ポリエステルディップコードまたはディップ反を得ることが出来る。ディップ処理液は、少なくともレゾルシン−ホルムアルデヒド−ラテックス(RFL)混合液を含有する処理液が使用されることが好ましい。より好ましくは、処理段数が2段であって、(A)キャリアーを含む処理液および(B)ブロックドイソシアネート水溶液が配合された第1処理液で処理した後、次いで(B)ブロックドイソシアネート水溶液および(C)エポキシ化合物の分散液および(D)レゾルシン−ホルムアルデヒド−ラテックス(RFL)混合液が配合された第2処理液で処理が施される。更に好ましくは、処理段数が3段であって、前記第1処理液で処理した後、次いで、前記第2液処理液を2回繰り返し、第2段、第3段処理が施されることで、ゴム中で長時間高温に曝露された場合の耐熱接着性を著しく改善することが可能となる。前記第2液処理液の繰り返し処理回数は特に上限はないが、経済性等を考慮すれば2回以下であることが好ましい。また、処理段数にも特に上限はないが、経済性等を考慮すれば3段処理以下とすることが好ましい。
【0039】
前記第1処理液は、総固形分100重量部に対し、(B)ブロックドイソシアネート固形分が40〜95重量部配合されていることが好ましい。40重量部より少ないと樹脂の架橋が不十分であり充分な耐熱接着性が得られず、95重量部より多いとキャリアー成分が少なくなり、この場合も充分な耐熱接着性が得られない。第1処理液のポリエステル繊維に対する樹脂付着量は、1〜5重量%であることが好ましい。1重量%より少ないと充分な耐熱性が得られず、5重量%より多いとコードが硬くなり強力低下、耐疲労性が低下するとともに、ディップ粕の発生が多くなるなど品位の点から好ましくない。
【0040】
前記第2処理液は、総固形分100重量部に対し、(B)ブロックドイソシアネート固形分が5〜40重量部配合されていることが好ましい。5重量部より少ないと、樹脂の架橋が不十分であり充分な耐熱接着性が得られず、40重量部より多いとRFL成分が少なくなり過ぎるため充分な初期接着性が得られない。更に第2処理液は、総固形分100重量部に対して、(C)エポキシ化合物固形分が0.5〜10重量部配合されていることが好ましい。この範囲より少なくても多くても、良好な接着性は得られない。更に好ましくは0.5〜6重量部である。第2処理液のポリエステル繊維に対する樹脂付着量は、2〜10重量%であることが好ましい。2重量%より少ないと充分な初期接着、耐熱接着性が得られず、10重量%より多いと、ブリスター発生等により接着性がむしろ低下する場合があることや、コードが硬くなり強力低下、耐疲労性といった力学特性の低下、ディップ粕の発生が多くなるなど品位の点から好ましくない。更に、第2処理液は、2回繰り返し処理すると、1回処理と比較して同樹脂付着量で優れた耐熱接着性を得ることが出来る。この作用は、1回あたりの樹脂付着量を下げて重ね塗りすることにより、樹脂の付着斑が改善されることによると考えられる。
【0041】
本発明において好ましく用いられるキャリアーを含む処理液(A)とは、キャリアーを水に溶解、分散または乳化せしめたものであり、その中にはキャリアー以外の溶剤、分散液、乳化剤あるいは安定剤等の助剤や紡糸油剤等が含有されていてもよい。
【0042】
ここで言うキャリアーとは、その作用は必ずしも十分に明らかではないが、ポリエステル繊維内部に浸入拡散し、ポリエステル繊維の膨潤を高め、繊維内部構造を接着剤分子が入りやすいよう変化せしめる物質である。つまり、キャリアー作用を活用してブロックドイソシアネート水溶液、エポキシ化合物の分散液およびRFL溶液をポリエステル繊維により強固に結合させ耐熱接着性を向上させようとするものである。
【0043】
キャリアーとして好ましいものはp−クロルフェノール、o−フェニルフェノール等のフェノール誘導体類、モノクロルベンゼン、トリクロルベンゼン等のハロゲン化ベンゼン類およびレゾルシンとp−クロルフェノールとホルムアルデヒドとの反応生成物等が上げられる。特に好ましい例はレゾルシンとp−クロルフェノールとホルムアルデヒドとの反応生成物である。
【0044】
処理液(D)RFLはレゾルシンとホルマリンを酸またはアルカリ触媒下で反応させて得られる初期縮合物とスチレンブタジエンラテックス、カルボキシ変性スチレンブタジエンラテックス、スチレンブタジエンビニルピリジンラテックス、カルボキシ変性スチレンブタジエンビニルピリジンラテックス、アクリロニトリルブタジエンラテックス、天然ゴム、ポリブタジエンラテックス等の1種または2種以上の混合水溶液が用いられる。好ましくはスチレンブタジエンビニルピリジンラテックス、カルボキシ変性スチレンブタジエンビニルピリジンラテックスを用いることで、優れた耐熱接着性を得ることが出来る。レゾルシン、ホルマリン、ラテックスの配合比率は公知技術のいずれを適用してもよい。
【0045】
処理液(B)ブロックドイソシアネートは水溶性であり、好ましくは平均官能基数が3官能以上、更に好ましくは4官能以上であるとき優れた耐熱接着性が得られる。分散性のブロックドイソシアネートでは、キャリアーとの組合せによる処理液の繊維内部への浸透効果が不十分であり、良好な接着性は得られない。イソシアネート基を多官能化すると同樹脂付着量で比較してコードが硬くなることから樹脂の架橋密度が向上していることが示唆され、その結果、樹脂付着量を下げても優れた耐熱接着性が得られるという利点がある。
【0046】
イソシアネート成分は、特に限定されないが、トリレンジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート系のポリイソシアネートが好ましく、更には、ジフェニルメタンジイソシアネート系ポリイソシアネート(2官能のジフェニルメタンジイソシアネートが混合されていてもよい)混合体が優れた性能を示す。
【0047】
ブロック剤成分の熱解離温度は100℃〜200℃であるもの、好ましい例としてフェノール類、ラクタム類、オキシム類等が挙げられる。熱解離温度が100℃より低いと乾燥段階でイソシアネートの架橋反応が開始し、繊維内部への浸入が不均一なものとなる。一方、200℃より高いと充分な架橋反応が得られず、いずれも耐熱接着性は低下する。
【0048】
処理液(C)エポキシ樹脂は特に限定されないが好ましくは2官能以上の多官能エポキシを用いることで、樹脂の架橋密度が高くなり、優れた耐熱接着性が得られる。エポキシ化合物の好ましい例としては、グリセロール・ポリグリシジルエーテル、ジグリセロール・ポリグリシジルエーテル、ポリグリセロール・ポリグリシジルエーテル、ソルビトール・ポリグリシジルエーテル等、脂肪族多価アルコールのポリグリシジルエーテル化合物が優れた性能を示す。
【0049】
耐熱接着性向上の作用は水溶性ブロックドイソシアネートを用いることでキャリアーによるイソシアネートの繊維内部への浸入拡散がより均一なものとなり、イソシアネートが耐熱接着力の低下の原因となるゴム配合物中のアミンの捕捉剤としてより有効に作用していること及び、多官能イソシアネートにより樹脂架橋密度が高くなり、アミンの繊維内部へ浸入に対するバリア性が向上することの相乗効果によりポリエステルの劣化が抑制された結果と考えられる。
【0050】
本発明におけるポリエステルディップコードは、0.003cN/dtex荷重下の加熱クリープ測定における溶融破断温度が275℃以上であることが好ましく、より好ましくは280℃以上であり、通常のポリエステルの融点以上の温度おいても一定荷重下で溶融破断することなく、補強ゴム中で力学特性を保持することが出来る。溶融破断温度が275℃未満では、取り分け高温下にさらされるランフラットタイヤのカーカスプライコード用途では補強ゴム中でコード破断してしまうため好ましくない。溶融破断温度に特に上限はなく高いことが好ましいが通常400℃以下である。
【0051】
本発明におけるポリエステルディップコードの強度は4.0cN/dtex以上であることが好ましい。より好ましくは4.5cN/dtex、更に好ましくは5.0cN/dtex以上である。強度が4.0cN/dtexを下回ると、最終製品の物性はもとより、生産工程における工程通過性を低下させるため好ましくない。強度は大きいことが好ましく特に上限はないが、通常10cN/dtex以下である。
【0052】
弾性率の評価メジャーとして、2.0cN/dtex荷重時の伸度(以下、中間伸度と称する)を用い、中間伸度は5.0%以下であることが好ましく、より好ましくは4.5%以下、更に好ましくは4.0%以下である。中間伸度が5.0%より高いとタイヤカーカースプライコードとして不向きである。
【0053】
前記ディップコードの中間伸度は、ディップ処理における最終段の熱処理ゾーン(ノルマライジングゾーン)の張力に大きく依存し、0.4cN/dtex以上であることが好ましく、より好ましくは0.6cN/dtex以上、更に好ましくは0.8cN/dtex以上である。ノルマライジング張力が、0.4cN/dtex未満では、タイヤカーカスプライコードに好適な高弾性率コードを得ることが困難であまり好ましくない。但し、ノルマライジング張力は、1.5cN/dtex以下としておくことが好ましく、1.5cN/dtexを超えるとコードの構成フィラメントに損傷が生じる恐れがあるのであまり好ましくない。
【実施例】
【0054】
以下、実施例で本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。なお、各種特性の評価方法は下記に従った。
【0055】
(1)動的粘弾性
a.貯蔵弾性率(E')
ティー・エイ・インスツルメント社製DMA−Q800を用いて、糸長1cm、12000dtexとなるように引き揃えた試料を、初荷重0.01N、Minimum Dynamic Force0.00001N、ForceTrack125%、振幅10μm、周波数11Hzの条件で、200℃〜370℃の温度範囲について、2℃/分の昇温速度で測定し、貯蔵弾性率(E')を求めた。また、測定中に試料が溶融破断する場合は、その温度を溶融破断温度(℃)とした。
なお、測定試料は無撚りの延伸糸を使用することとし、撚糸コードあるいは簾織物の場合は、それぞれを解撚等して無撚りの延伸糸の状態に戻し試料とするものとする。
b.損失正接(tanδ)の主分散ピーク温度
ティー・エイ・インスツルメント社製DMA−Q800を用いて、糸長2cm、1500dtexとなるように引き揃えた試料を、初荷重0.049N、Minimum Dynamic Force0.00001N、Force Track250%、振幅10μm、周波数110Hzの条件で、30℃〜200℃の温度範囲について、2℃/分の昇温速度で測定し、損失正接(tanδ)の主分散ピーク温度を求めた。なお、測定試料は無撚りの延伸糸を使用することとし、撚糸コードあるいは簾織物の場合は、それぞれを解撚等して無撚りの延伸糸の状態に戻し試料とするものとする。
【0056】
(2)ゲル分率
試料0.1g(秤量)に25mlのパラクロロフェノール/1,1,2,2−テトラクロロエタン=3/1の混合溶媒を加え90℃で100分間浸漬した後、30℃で30分間おき、ガラスフィルターで吸引ろ過した残渣を減圧乾燥し、不溶解物の重量%をゲル分率(%)とした。
【0057】
(3)強度
オリエンティック社製「テンシロン」を用い、試料長20mm(チャック間長さ)、伸長速度100%/分の条件で、応力−歪曲線を雰囲気温度20℃、相対湿度65%条件下で測定し、破断点での応力を繊度で割り返した値を強度(cN/dtex)として求めた。各値は5回の測定の平均値を使用した。なお、測定試料は無撚りの延伸糸を使用することとし、撚糸コードあるいは簾織物の場合は、それぞれを解撚等して無撚りの延伸糸の状態に戻し試料とするものとする。
【0058】
(4)固有粘度〔IV〕
ポリマーを0.4g/dlの濃度でパラクロロフェノール/1,1,2,2−テトラクロロエタン=3/1の混合溶媒に溶解し30℃において測定した(dl/g)。
【0059】
(5)融点
試料10mgを、窒素気流中、示差走査型熱量計Mac Science社製DSC 3100Sを用いて20℃/分の昇温速度で発熱・吸熱曲線(DSC曲線)を測定したときの、融解に伴う吸熱ピークの頂点温度を融点Tm(℃)とした。
【0060】
(6)複屈折率
偏向顕微鏡を用い、ベレックコンペンセーター法により測定した。
【0061】
(7)密度
硝酸カルシウム水溶液を用い、密度勾配管法により30℃で測定した。
【0062】
(8)紡糸状況
紡糸時の状況を、糸切れを基準に評価した。1時間以上糸切れが無く、安定した巻取りが可能である場合を○、サンプリングは可能であるが、1時間未満で糸切れが発生する場合を△、糸切れが多発し安定した巻取りが不可能である場合を×とした。
【0063】
(9)ディップコード溶融破断温度
Lenzing Technik社製TST10を用いて、0.003cN/dtex荷重下、温度50℃から昇温速度8℃/分の条件で加熱クリープ測定を行い、コードが破断する温度を溶融破断温度とした。
【0064】
(10)ディップコード強伸度
JIS−L1017に準拠し、20℃、65%RHの温湿度管理された恒温室で24時間以上放置後、引張試験機により、強力、2.0cN/dtex荷重時の伸度(中間伸度)、切断伸度を測定した。ここで、コード強度はコード強力をコード構成上の基準繊度で割り返した値とする。例えば1440dtexの原糸を2本撚り合わせたものなら基準繊度は2880dtex、中間伸度の荷重は57.6Nとなる。
【0065】
(11)ディップコード収縮率
JIS−L1017に準拠し、20℃、65%RHの温湿度管理された恒温室で24時間以上放置後、乾燥機内において無荷重状態で150℃、30分熱処理を施し、この熱処理の前後の試長差より求めた。
【0066】
(12)ディップコード寸法安定性指標
ディップコードの中間伸度と収縮率の和を寸法安定性の指標とした。この値が小さい方が寸法安定性に優れることを意味する。
【0067】
(13)剥離接着力
JIS−K6256 5.(1999)の「布と加硫ゴムの剥離試験」を改良した方法により測定した。図1に示すディップコードとタイヤ用ゴムを積層した試験片を作成し(コード−コード間の剥離面のゴム厚0.7mm、幅25mm、コードの打ち込み本数は33本)、140℃で40分(初期)または170℃で60分(過加硫)加硫した後、常温で試験片の切り込み上下部(図1のa部およびb部)をつまみ、引張試験機で50mm/分で剥離させるのに要する力をN/25mmで表したものである。更に、試験片をオーブン内で150℃で10分熱処理し、その雰囲気下(熱時)で同様に剥離力を測定した。試験後、剥離面のコードのゴム被覆率を目視評価した。コードがゴムで完全に被覆されているものを被覆率100%、全くゴムが付いていない状態を0%とした。
【0068】
(実施例1〜3)
反応器にテレフタル酸100モル部、エチレングリコール200モル部、三酸化アンチモン0.025モル部、安定剤としてトリエチルアミン0.3モル部をとり、250℃、内圧2.5kg/cm2で150分間脱水反応を行った。その後、徐々に昇温および減圧し275℃、0.1mmHgにて所定トルクまで重縮合反応を行った。反応終了後ポリマーを常法に従ってチップ化し、さらに230℃、0.01mmHgの真空下で固相重合を実施し、固有粘度1.05のポリエチレンテレフタレートチップを得た。このチップを常法に従って乾燥させた後、溶融押出機に供給し、同時にエクストルーダー入口から50〜60℃に加温したジアリルモノグリシジルイソシアヌレートをポリマーに対して実施例1では0.5重量%、実施例2では1.3重量%、実施例3では2.5重量%になるよう一定流量でそれぞれ添加した。混練りポリマーは孔径0.5mmのオリフィスを336個有する310℃の紡糸口金から吐出させ、70℃、1.0m/secの冷却風にて冷却固化せしめた糸条を、オイリング後、紡糸速度3000m/分で引き取り、巻き取ることなく、一段延伸温度70℃で1.30倍、更に二段延伸温度90℃で1.31倍延伸し、210℃で熱処理、次いで130℃で4.0%弛緩処理させ、1440dtex、336フィラメントの延伸糸を得た。この延伸糸を一定張力下、窒素雰囲気中で加速電圧300keVの電子線を500kGy照射した。結果を表5に示すが、動的粘弾性測定において275℃以上の温度でも溶融破断することなく、E'が0.1MPa以上を保持していることが分かった。更に、実施例1、2、3の比較より、ジアリルモノグリシジルイソシアヌレートの配合量を増やすことで、275℃のE'が高くなること、溶融破断温度が高くなることが分かった。
【0069】
次いで、前記、電子線照射後の延伸糸を2本撚り合わせ、1440dtex/2、撚数43×43(t/10cm)の生コードを得た。更に、前記生コードに対してゴムとの接着性を付与するため、第1処理液A中にコードを浸漬させた後、120℃のオーブンで56秒間乾燥、次いで0.5cN/dtexのホットストレッチ張力を与えながら235℃のオーブンで45秒間熱処理を施した。引き続き、第2処理液B中にコードを浸漬させた後、120℃オーブンで56秒間乾燥、次いで0.5cN/dtexのノルマライジング張力を与えながら235℃のオーブンで45秒間熱処理を施し、ディップコードを得た。第1処理液Aの配合組成を表1、第2処理液Bの配合組成を表2に示す。
結果を表5に示すが、ディップコードの加熱クリープ試験において275℃以上の溶融破断温度が得られることが分かった。更に、実施例1、2、3の比較より、ジアリルモノグリシジルイソシアヌレートの配合量を増やすことで、溶融破断温度が高くなることが分かった。
【0070】
【表1】

【0071】
【表2】

【0072】
(実施例4)
紡糸速度を2200m/分、一段延伸倍率1.50倍、二段延伸倍率1.33倍とする以外は実施例1と同様の方法でディップコードを得た。結果を表5に示す。溶融破断温度に相違はないが、Tαが高く、ディップコードの寸法安定性がやや悪化することが分かった。
【0073】
(実施例5)
実施例1で、電子線の照射量を1000kGyとした。結果を表5に示す。実施例1と比べ、強度は若干低下するが、溶融破断温度は若干高くなることが分かった。
【0074】
(実施例6、7)
実施例2で、ディップ処理時のホットストレッチおよびノルマライジング張力を実施例6では0.7cN/dtex、実施例7では0.9cN/dtexとした。結果を表5に示す。実施例2、6、7の比較より、ディップ処理時の張力を高くすることで、ディップコードの中間伸度が低下、すなわち高弾性率化することが分かった。
【0075】
(実施例8)
実施例2で、ディップ処理液を、特に耐熱性が考慮されていない第1処理液C、第2処理液Dとした。第1処理液Cの配合組成を表3、第2処理液Dの配合組成を表4に示す。
結果を表5に示す。実施例2との比較において、耐熱接着性は悪化するものの、溶融破断温度は殆ど相違なく、ディップコードの耐熱力学特性は保持されていることが分かった。
【0076】
【表3】

【0077】
【表4】

【0078】
(比較例1)
ジアリルモノグリシジルイソシアヌレートを添加しないこと以外は実施例1と同様の方法でディップコードを得た。結果を表5示すが、262℃で溶融破断が起こり、通常のポリエチレンテレフタレート繊維に1000kGyの電子線を照射しても、275℃以上の溶融破断温度を得ることは出来ないことが分かった。
【0079】
(比較例2)
実施例1で、電子線を照射しない結果を表5に示すが、268℃で溶融破断が起こり、275℃以上の溶融破断温度を得ることは出来ないことが分かった。
【0080】
(比較例3)
実施例2で、ディップ処理時のホットストレッチおよびノルマライジング張力を0.3cN/dtexとした。結果を表5に示す。ディップコードの中間伸度が5.0%より高くなり、タイヤカーカースプライコードとして不向きであることが分かった。
【0081】
(比較例4)
ジアリルモノグリシジルイソシアヌレートをポリマーに対して3.5重量%とし、溶融押出を行なったが、発煙および糸切れが多発し、安定した巻き取りは不可能であった。
【0082】
【表5】

【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明の高耐熱ポリエステルディップコードはポリエステル分子鎖間の少なくとも一部に架橋構造を有していることを特徴とし、ポリエステルの融点以上の高温においても溶融破断することがなく、力学特性の保持が可能であるので、高温下にさらされるゴム補強用途、取り分け、ランフラットタイヤ用のタイヤコードに好適である。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】剥離接着試験片(ディップコードとタイヤ用ゴムを積層した試験片)の模式図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エチレンテレフタレート単位を主たる繰り返し単位とするポリエステル繊維からなり、下記の(a)〜(c)の特性を同時に満足することを特徴とする高耐熱ポリエステルディップコード。
(a)加熱クリープ測定における溶融破断温度が275℃以上
(b)強度が4.0cN/dtex以上
(c)2.0cN/dtex荷重時の伸度が5.0%以下
【請求項2】
タイヤコードを用途とする請求項1に記載の高耐熱ポリエステルディップコード。
【請求項3】
ランフラットタイヤ用タイヤコードを用途とする請求項1または2に記載の高耐熱ポリエステルディップコード。
【請求項4】
エチレンテレフタレート単位を主たる繰り返し単位とするポリエステルに、下記の[化合物1]を0.2〜3.0重量%配合し、紡糸速度2000m/分以上で溶融紡糸した未延伸糸を熱延伸し延伸糸となし、次いで、該延伸糸を1本以上撚り合わせた撚糸コードまたは該撚糸コードを製織した簾織物に電離放射線を照射し、次いで、少なくともレゾルシン−ホルムアルデヒド−ラテックス(RFL)混合液を含有する処理液でディップ処理を施し、前記ディップ処理の最終熱処理ゾーンのノルマライジング張力が0.4cN/dtex以上であることを特徴とする高耐熱ポリエステルディップコードの製造方法。
【化1】

【請求項5】
ディップ処理が2段以上の多段処理であって、(A)キャリアーを含む処理液および(B)ブロックドイソシアネート水溶液が配合された第1処理液で処理した後、次いで(B)ブロックドイソシアネート水溶液および(C)エポキシ化合物の分散液および(D)レゾルシン−ホルムアルデヒド−ラテックス(RFL)混合液が配合された第2処理液で1回または2回以上繰り返し処理することを特徴とする請求項4に記載の高耐熱ポリエステルディップコードの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−38295(P2008−38295A)
【公開日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−215441(P2006−215441)
【出願日】平成18年8月8日(2006.8.8)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】