説明

高Cr含有Ni基合金溶接材料及びこれを用いた溶接方法

【課題】従来に比べて引張強度を向上させた高Cr含有Ni基合金溶接材料及びこれを用いた溶接方法を提供する。
【解決手段】高Cr含有Ni基合金溶接材料であって、質量%で、C:0.04%以下、Si:0.50%以下、Mn:1.00%以下、Cr:28.0%〜31.5%、Mo:0.50%以下、Fe:7.0%〜11.0%、Cu:0.30%以下、Nb+Ta:0.10%以下、Al:0.5%〜3.0%、Ti:0.5%〜3.0%を含有し、さらに不可避的不純物として、P:0.020%以下、S:0.015以下を含み、残部がNiからなる組成を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高クロム(Cr)含有ニッケル(Ni)基合金溶接材料及びこれを用いた溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
沸騰水型原子炉の圧力容器の内面溶接や、制御棒駆動機構スタブチューブやシュラウドサポートの溶接部には、Ni基合金溶接材料が使用されている。現在使用されているNi基合金溶接材料ASME(アメリカ機械学会(The American Society of Mechanical Engineers : ASME)) SFA−5.14 ERNiCr−3のCr含有量は約20%である。
【0003】
一方、Cr含有量が約30%の高Cr含有Ni基合金溶接材料として、Ni−Cr−Fe系合金であるASME SFA−5.14 ERNi−Cr−Fe−7及びERNi−Cr−Fe−7Aがあり、更なる耐食性向上のためにこれらの高Cr含有Ni基合溶接材料の適用が検討されている。
【0004】
上記した溶接材料の化学成分に関する規定値を表1に示す。なお、表1に示した数値の単位は質量%である。
【0005】
【表1】

【0006】
上記したERNi−Cr−Fe−7及びERNi−Cr−Fe−7Aの引張強度は、溶接の際の相手材の1つであるNCF690の引張強度と略同等である。このため、溶接部の更なる強度向上が望まれている。
【0007】
そこで、上記ERNi−Cr−Fe−7等をベースとし、添加元素の微調整を行うことにより引張強度に優れる高Cr含有Ni基合金溶接材料の開発が進められている。このような高Cr含有Ni基合金溶接材料の1つとして、例えば、窒素(N)を0.03〜0.3%添加することにより、引張強度特性の向上を図った高Cr含有Ni基合金溶接材料が知られている(例えば、特許文献1参照)。また、窒素(N)、タングステン(W)、バナジウム(V)を複合添加することにより、引張強度特性の向上を図った高Cr含有Ni基合金溶接材料が知られている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第3170166号公報
【特許文献2】特許第3382834号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように高Cr含有Ni基合金溶接材料については、ERNi−Cr−Fe−7をベースに、窒素(N)、タングステン(W)、バナジウム(V)を添加することにより、材料の引張強度の向上を図ることが行われている。この場合、窒素(N)は、チタン(Ti)等と窒化物(TiN)を作り、材料の引張強度を改善する。また、タングステン(W)、バナジウム(V)は、マトリックスに固溶することにより、材料の引張強度を向上させる。
【0010】
しかしながら、従来の高Cr含有Ni基合金溶接材料の開発においては、Al、Ti等の析出強化に寄与する元素の影響と引張強度との関係は言及されていない。
【0011】
そこで、本発明は、ERNi−Cr−Fe−7系高Cr含有Ni基合金溶接材料におけるAl及びTiの含有量と熱処理後の引張強度との関係を明らかにし、従来に比べて引張強度を向上させた高Cr含有Ni基合金溶接材料及びこれを用いた溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の高Cr含有Ni基合金溶接材料の一態様は、質量%で、C:0.04%以下、Si:0.50%以下、Mn:1.00%以下、Cr:28.0%〜31.5%、Mo:0.50%以下、Fe:7.0%〜11.0%、Cu:0.30%以下、Nb+Ta:0.10%以下、Al:0.5%〜3.0%、Ti:0.5%〜3.0%を含有し、さらに不可避的不純物として、P:0.020%以下、S:0.015以下を含み、残部がNiからなる組成を有することを特徴とする。
【0013】
本発明の高Cr含有Ni基合金溶接材料の他の態様は、質量%で、C:0.04%以下、Si:0.50%以下、Mn:1.00%以下、Cr:28.0%〜31.5%、Mo:0.50%以下、Fe:7.0%〜11.0%、Cu:0.30%以下、Nb+Ta:0.5%〜1.0%、Al:0.5%〜3.0%、Ti:0.5%〜3.0%を含有し、さらに不可避的不純物として、P:0.020%以下、S:0.015以下を含み、残部がNiからなる組成を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、従来に比べて引張強度を向上させた高Cr含有Ni基合金溶接材料及びこれを用いた溶接方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】高Cr含有Ni基合金溶接材料中のAl及びTiの含有量と溶接後の熱処理前後の常温及び高温引張強度との関係を示す図。
【図2】Ni基合金(Alloy718)中における析出曲線を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態に係る高Cr含有Ni基合金溶接材料及びこれを用いた溶接方法について、図面を参照して説明する。
【0017】
本実施形態に係るERNi−Cr−Fe−7系高Cr含有Ni基合金溶接材料は、質量%で、C:0.04%以下、Si:0.50%以下、Mn:1.00%以下、Cr:28.0%〜31.5%、Mo:0.50%以下、Fe:7.0%〜11.0%、Cu:0.30%以下、Nb+Ta:0.10%以下、Al:0.5%〜3.0%、Ti:0.5%〜3.0%を含有し、さらに不可避的不純物として、P:0.020%以下、S:0.015以下を含み、残部がNiからなる組成を有する。
【0018】
表1に示したように、ASME SFA−5.14 ERNi−Cr−Fe−7では、Alの含有量が1.10質量%以下、Tiの含有量が1.0質量%以下となっている。これに対して、本実施形態では、Alの含有量を0.5質量%〜3.0質量%、Tiの含有量を0.5質量%〜3.0質量%とすることによって、引張強度を向上させたERNi−Cr−Fe−7系高Cr含有Ni基合金溶接材料とすることができる。なお、上記の組成のうちAl及びTi以外については、表1に示したERNi−Cr−Fe−7と同一となっている。
【0019】
上記の組成のうちCは、固溶体強化元素であり、C量の増加により引張強度は増加するが、耐応力腐食割れ性を劣化させるので、両特性を考慮してC量は0質量%を超え0.04質量%以下となっている。
【0020】
Siは、溶接時における脱酸作用を有する一方Si量が多くなると溶接高温割れ感受性が高くなるので、Si量は0質量%を超え0.50質量%以下となっている。
【0021】
Mnは、溶接時における脱酸作用及び脱硫作用を有する一方Mn量を1%を超えて添加すると、溶接時にスラグの湯流れを悪くし、溶接作業性を劣化させるので、Mn量は0質量%を超え1質量%以下となっている。
【0022】
Crは、耐食性向上に必須の元素であり、耐応力腐食割れ性の効果を十分に得るためには28質量%以上が必要である一方、31.5質量%を越えると溶加材の製造時の熱間加工性が著しく劣化するのでCr量は28質量%〜31.5質量%となっている。
【0023】
Moは、マトリックスに固溶して引張強度を向上させるが、Mo量の増加は溶加材の製造時の熱間加工性が著しく劣化させる。このため、Mo量は0質量%を超え0.50質量%以下となっている。
【0024】
Feは、高Cr量の場合に生じるスケール発生を防止又は抑制するが、Fe量が7質量%未満ではスケール発生が著しくなり、11質量%を超えて過剰に添加すると応力腐食割れ性を劣化させる。このため、Feは7質量%〜11質量%となっている。
【0025】
Cuは、高温に加熱されるとマトリックス中に微細分散析出して引張強度を高めるが、過剰になると耐溶接割れ感受性を高めるのでCu量は0質量%を超え0.30質量%以下となっている。
【0026】
Nb及びTaは、炭化物を形成する傾向の強い元素であり、引張強度を向上させるが、Nb及びTa量の増加は加工性を損なうのでNb+Ta量は0質量%を超え0.10質量%以下となっている。
【0027】
Pは、Niと低融点の共晶を作り、溶接高温割れ感受性を高めるので含有量は少ないほどよいが、過度な制限は経済性の低下を招くため、P量は0.020質量%以下となっている。
【0028】
Sは、Pと同じようにNiと低融点の共晶を作り、溶接高温割れ感受性を高めるので含有量は少ないほどよい。このためS量は0.015質量%以下となっている。
【0029】
なお、Alの含有量が0.5質量%〜3.0質量%、Tiの含有量が0.5質量%〜3.0質量%となっている理由については後述する。
【0030】
実施例として、Alの含有量を0.67質量%、Tiの含有量を0.53質量%としたERNi−Cr−Fe−7系高Cr含有Ni基合金溶接材料を作製した。また、比較例として、Alの含有量を0.10質量%、Tiの含有量を0.21質量%としたERNi−Cr−Fe−7系高Cr含有Ni基合金溶接材料を作製した。これら実施例と比較例のERNi−Cr−Fe−7系高Cr含有Ni基合金溶接材料の成分を表2に示す。なお、表2に示した数値の単位は質量%である。
【0031】
【表2】

【0032】
図1は、上記の実施例と、比較例について、溶接後の熱処理前と熱処理後に、常温及び高温における引張強度を調べた結果を示すものである。なお、図1において、(A)は常温引張強度(MPa)を、(B)は高温(302℃)引張強度(MPa)を示している。なお、このときの溶接の後熱処理の条件は、略615℃(615±20℃程度)で45時間であった。
【0033】
図1(A)に示すように、Al含有量が0.10質量%、Ti含有量が0.21質量%の比較例の場合、溶接後の熱処理による常温引張強度の上昇はほとんど見られず、熱処理前後ともに常温引張強度は約600MPaで、比較材であるNCF690合金の常温における引張強度586MPa(JSME 発電用原子力設備規格 設計・建設規格(2005年版)JSME S NC1−2005 付録図表Part5 材料の各温度における設計引張強さSu(MPa))と略同等であった。
【0034】
一方、Al含有量が0.67%、Ti含有量が0.53%の実施例の場合、溶接後の熱処理により、常温引張強度が約570MPaから約680MPaに上昇しており、熱処理後の常温引張強度は、比較材であるNCF690合金の常温における引張強度586MPaよりも大きな値を示した。
【0035】
また、図1(B)に示すように、Al含有量が0.10%、Ti含有量が0.21%の比較例の場合、溶接後の熱処理により高温(302℃)引張強度は、約550MPaから約490MPaに低下しており、熱処理後の高温引張強度は、比較材であるNCF690合金の高温(302℃)における引張強度540MPa(JSME 発電用原子力設備規格 設計・建設規格(2005年版)JSME S NC1−2005 付録図表Part5 材料の各温度における設計引張強さSu(MPa))より低い値を示した。
【0036】
一方、Al含有量が0.67%、Ti含有量が0.53%の実施例の場合、溶接後の熱処理により高温(302℃)引張強度が約530MPaから約560MPaに上昇しており、熱処理後の高温(302℃)引張強度は、比較材であるNCF690合金の高温(302℃)における引張強度540MPaよりも大きな値を示した。このように、実施例において熱処理後に常温及び高温の引張強度が向上する理由としては、NiAl、NiTi等の析出物が結晶粒内に析出したことによると考えられる。
【0037】
以上の結果より、ERNi−Cr−Fe−7系高Cr含有Ni基合金溶接材料において、Al含有量及びTi含有量を多くすることによって、溶接後の熱処理により常温引張強度及び高温(302℃)引張強度が高くなることが示された。すなわち、ERNi−Cr−Fe−7系高Cr含有Ni基合金溶接材料のAl含有量を0.50%以上の0.67%、Ti含有量を0.50%以上の0.53%とし、溶接後、溶接部に、温度略615℃で45時間の熱処理を施すことにより、NCF690合金の引張強度よりも大きな引張強度が得られることが分かった。
【0038】
一方、Alを添加し過ぎると、他の特性を悪化させる可能性、例えば溶接作業性を劣化させる可能性がある。このため、Al含有量は、3.0質量%以下程度とすることが好ましい。また、Tiの含有量についても、同様の理由から、3.0質量%以下程度とすることが好ましい。
【0039】
以上の理由から、ERNi−Cr−Fe−7系高Cr含有Ni基合金溶接材料において、Al含有量Alの含有量を0.5質量%〜3.0質量%、Tiの含有量を0.5質量%〜3.0質量%とする。そして、溶接後、溶接部に対して略615℃の温度(例えば、615±20℃の温度)で少なくとも45時間の熱処理を施すことにより、常温及び高温の引張強度を向上させることができる。なお、溶接方法としては、ティグ溶接やミグ溶接等を用いることができる。
【0040】
上記の実施例では、溶接後に略615℃の温度(例えば、615±20℃の温度)で少なくとも45時間の熱処理を施し、これによってNiAl、NiTi等の析出物を結晶粒内に析出させて常温及び高温の引張強度を向上させた。しかし、このような熱処理の条件はかかる条件に限定されるものではなく、NiAl、NiTi等の析出物を結晶粒内に析出させて常温及び高温の引張強度を向上させられる条件であればよい。
【0041】
縦軸をエイジング温度、横軸をエイジング時間とした図2のグラフに、Ni基合金(Alloy718)中における析出曲線(SCC SUSCEPTIBILITY OF ALLOY 718, M.Tsubota et.al, Workshop on Advanced High-Strength Materials, EPRI, 1986)を示す。図2より、Ni基合金中において、NiAl及びNiTiは、約750℃〜約850℃の温度で5時間以上の熱処理を加えることで析出することが分かる。
【0042】
したがって、ERNi−Cr−Fe−7系高Cr含有Ni基合金溶接材料のAl含有量を0.5質量%〜3.0質量%、Ti含有量を0.5質量%〜3.0質量%とし、溶接後、この溶接部に、約750℃〜約850℃の範囲内の温度で5時間以上の熱処理を行う。これによって、ERNi−Cr−Fe−7系高Cr含有Ni基合金溶接材料の常温及び高温での引張強度を向上させることができる。
【0043】
なお、上記の実施形態及び実施例では、Nb+Taの含有量が0.10質量%以下であるERNi−Cr−Fe−7系高Cr含有Ni基合金溶接材料について説明した。しかし、Nb+Taの含有量が0.5質量%〜1.0質量%であるERNi−Cr−Fe−7A系高Cr含有Ni基合金溶接材料についても同様にして適用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.04%以下、Si:0.50%以下、Mn:1.00%以下、Cr:28.0%〜31.5%、Mo:0.50%以下、Fe:7.0%〜11.0%、Cu:0.30%以下、Nb+Ta:0.10%以下、Al:0.5%〜3.0%、Ti:0.5%〜3.0%を含有し、さらに不可避的不純物として、P:0.020%以下、S:0.015以下を含み、残部がNiからなる組成を有することを特徴とする高Cr含有Ni基合金溶接材料。
【請求項2】
請求項1に記載の高Cr含有Ni基合金溶接材料を用いて溶接を行った後、当該溶接を行った溶接部に、略615℃の温度で45時間以上の熱処理を施して前記溶接部の引張強度を向上させることを特徴とする溶接方法。
【請求項3】
請求項1に記載の高Cr含有Ni基合金溶接材料を用いて溶接を行った後、当該溶接を行った溶接部に、750℃〜850℃の温度で5時間以上の熱処理を施して前記溶接部の引張強度を向上させることを特徴とする溶接方法。
【請求項4】
質量%で、C:0.04%以下、Si:0.50%以下、Mn:1.00%以下、Cr:28.0%〜31.5%、Mo:0.50%以下、Fe:7.0%〜11.0%、Cu:0.30%以下、Nb+Ta:0.5%〜1.0%、Al:0.5%〜3.0%、Ti:0.5%〜3.0%を含有し、さらに不可避的不純物として、P:0.020%以下、S:0.015以下を含み、残部がNiからなる組成を有することを特徴とする高Cr含有Ni基合金溶接材料。
【請求項5】
請求項4に記載の高Cr含有Ni基合金溶接材料を用いて溶接を行った後、当該溶接を行った溶接部に、略615℃の温度で45時間以上の熱処理を施して前記溶接部の引張強度を向上させることを特徴とする溶接方法。
【請求項6】
請求項4に記載の高Cr含有Ni基合金溶接材料を用いて溶接を行った後、当該溶接を行った溶接部に、750℃〜850℃の温度で5時間以上の熱処理を施して前記溶接部の引張強度を向上させることを特徴とする溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−172952(P2010−172952A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−21140(P2009−21140)
【出願日】平成21年2月2日(2009.2.2)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】