説明

魚介類発酵調味液

【課題】 魚介類、特にカタクチイワシ、マイワシなどを原料として、アレルギー物質のヒスタミン含有量が少なく、また睡眠中の突然死の原因と考えられているチラミン含有量も少なく、魚の臭みの少ない、低塩分又は無塩の魚介類発酵調味液を効率よく製造する方法を提供する。
【解決手段】 カタクチイワシ、マイワシなどの魚介類をその漁獲時から選別、輸送、搬入、仕込み時から10日間の間に、酢酸などの酸性溶液に接触させ、食塩或いは、食塩及びエタノール共存下、或いは、エタノール存在下で酵素加水分解処理するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、魚介類、特にカタクチイワシ、マイワシなどを原料として、アレルギー物質のヒスタミンが少なく、また睡眠中の突然死の原因と考えられているチラミン(参考文献:AMEFT:Asia & Middle East Food Trade 2003,No.3、食品と化学45No.3P.49 2003)が少なく、魚の臭みが少なく、低塩分或いは無塩の、魚介類発酵調味液と同魚介類発酵調味液を安価に効率よく製造する方法および同製造方法により製造される魚介類発酵調味液に関するものである。
【背景技術】
【0002】
魚介類、例えば、カタクチイワシ、マイワシなどの魚を原料としてこれを発酵分解して製造する魚介類発酵調味液、代表的なものとして、タイのナンプラーやベトナムのニョクマムなどは、カタクチイワシやアジなどの魚介類に30%程度の食塩を混合して、1年から1年半発酵分解し、圧搾、濾過して魚介類発酵調味液を製造している。これらの魚介類発酵調味液は、魚の臭みが強く、高塩分で、しかもアレルギー物質のヒスタミンの含有量が多く、また睡眠中の突然死の原因と考えられているチラミンの含有量が多いという傾向にある。そのため、調味液として使用する場合に使用量が自ずと制限されてしまう。今日まで、魚介類由来の調味液は、穀物類由来の調味液に比べアミン類のヒスタミンやチラミンが多いのは、魚介類の鮮度管理の難しさから当然のことと考えられていた。
【0003】
魚介類の臭みの低減等に関しては、固体麹の麦麹を使用して魚の臭みのない発酵調味液を短期間に製造する方法(例えば、特許文献1参照)、固体麹の米麹を使用して魚介発酵調味液を短期間に製造する方法(例えば、特許文献2参照)、淡水魚を利用して臭みのない魚介発酵調味液を製造する方法(例えば、特許文献3参照)、動物性蛋白質をアルカリ浸漬処理後、酵素加水分解処理をする蛋白調味料の製造方法(例えば、特許文献4参照)が公開されている。
【特許文献1】特開2002−191321号公報
【特許文献2】特開平11−318383号公報
【特許文献3】特許第3598093号公報
【特許文献4】特許第3479716号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記の先行技術文献について、アレルギー物質のヒスタミンの含有量が少なく、また睡眠中の突然死の原因と考えられているチラミンの含有量が少なく、魚の臭みが少なくて、低塩分或いは無塩の魚介類発酵調味液に関する記述は全く見当たらない。
【0005】
ところで、この種の魚介類発酵調味料に関する従来の一般的な製造方法は、カタクチイワシ、アジなどの魚介類に30%程度の食塩を混合して腐敗を防止し、その魚介類自体が有する自己消化酵素により分解させた後、圧搾、濾過して魚介類発酵調味液を製造するものである。このような製造方法により製造された魚介類発酵調味液は、塩味が強くそれ自体の風味や旨味が低減してしまう。また魚の臭みが強く、アレルギー物質のヒスタミンや睡眠中の突然死の原因と考えられているチラミンの含有量も多く、しかも製造に1年から1年半の長期間を要する。最近では、冷蔵コンテナの発達で、漁獲された魚介類のカタクチイワシやアジなどを冷蔵コンテナで魚介類発酵調味液製造工場まで運び、食塩を混合して鮮度を保つことにより、新鮮な魚介類発酵調味液の製造が可能になっている。しかし、この場合においても、魚の臭みは強く残り、アレルギー物質のヒスタミンの含有量もかなり多く、睡眠中の突然死の原因と考えられているチラミンの含有量も多い。
【0006】
そこで、本出願に係る発明者は、鋭意検討の結果、カタクチイワシ、アジなどの魚介類を、漁獲時から選別、運送、搬入、仕込み時から10日間の間に酢酸などの酸性溶液に接触させ、食塩もしくは、食塩及びエタノール共存下、或いはエタノール存在下で、魚介類の持つ自己消化酵素で分解させ、アレルギー物質のヒスタミン含有量が少なく、また睡眠中の突然死の原因と考えられているチラミン含有量が少なく、魚の臭みも少ない、低塩分或いは無塩の、魚介類発酵調味液を製造する方法を発明するに至った。そして、予め魚介類を酢酸などの酸性溶液に接触することにより、血液の劣化を防ぐと共に、ヒスタミンなどを増殖させる微生物などを抑制し、冷蔵コンテナを使用する必要がなく、安価に魚の臭みのない、低塩分或いは無塩で、低ヒスタミン、低チラミンの魚介類発酵調味液を製造する方法を完成した。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の製造方法による魚介類発酵調味液は、旨味が強く、低塩分或いは無塩で、低ヒスタミン、低チラミンで、さかな臭みが少ないため、従来の伝統的な高塩分でさかな臭が強く、ヒスタミンやチラミンの含有量が多い従来の一般的な魚介類発酵調味液に比べその利用範囲が飛躍的に拡大すると思われる。また、魚介類の鮮度落ちしたものは、魚介類発酵調味液の原料にはできず、発酵乾燥して肥料として利用するか、そのまま廃棄されるかしていた。
【0008】
一方、従来の生産方法では、カタクチイワシ、アジなどの魚介類を冷蔵で輸送しても、漁獲から選別、輸送、搬入、仕込み時に血液が劣化し、微生物などの影響でヒスタミンやチラミンや臭気物質が増加してしまうおそれがある。また、食塩を混合した後でも、ヒスタミンやチラミンや臭気物質がさらに増加してしまうおそれがある。
【0009】
本発明の製造方法による魚介類発酵調味液における塩分濃度は、0〜30%が望ましく、エタノール濃度は、0〜15%が望ましい。また、本発明の発酵時の温度は、5℃以上70℃以下が好ましく、10℃以上45℃以下がより好ましい。
【0010】
本発明で使用する酢酸の濃度は特に限定しないが、魚介類を予め酢酸溶液に接触する場合は、接触時間が短時間で済むことが重要で、その場合、酢酸濃度は、10〜40%が好ましい。仕込時から仕込み後10日間は、目的のpH に調整するのに必要な酢酸を加えれば良い。本発明の酸性溶液とは、酢酸、乳酸などの有機酸を含む酸性溶液が望ましい。なお、酸性溶液としては、 酢酸および乳酸以外に、クエン酸、酒石酸、リンゴ酸、コハク酸、リン酸、グルコン酸、フマル酸、グルタル酸、アジピン酸、フィチン酸、塩酸、硫酸がある。
【0011】
本発明において魚介類(ぎょかいるい)とは、水産物の総称。なかでも水産動物を指すが、時にはやなどの海藻類を含めて言う場合もある。「魚貝類」とも書くこともあるが、単にとのみを指すとの誤解を避けるため、本明細書では「魚介類」と記述することで、魚類や貝類以外にエビ・カニ・ウニなど、や、などの水圏一般に生息する水産全般、あるいは水産植物までもが含まれることを示す。
【0012】
魚介類、すなわち水産物は、分類上、
脊椎動物−魚類(軟骨魚類、硬骨魚類)、無顎類(ヤツメウナギ)
軟体動物−貝類、頭足類(タコ、イカ)
棘皮動物−ウニ、ナマコ
節足動物−甲殻類(エビ、カニ)
刺胞動物−クラゲ
尾索動物−ホヤ
など、多くの分類群にまたがっている。
【0013】
また、本発明でいう「魚介類」とは、海水産、淡水産などの全ての魚介類であって、それらの魚介類の自己消化酵素以外に、次のプロテアーゼ含有酵素類を用いることができる。プロテアーゼ含有酵素類として、市販のプロテアーゼ製剤を使用することができる。例えば、ノボ社の商品名「フレーバーザイム」等である。また、プロテアーゼ含有の麹として、醤油麹、米麹、麦麹等を、菌類として、アスペルギルス属、リゾープス属、バチルス属等を使用することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の魚介類発酵調味液の製造方法によれば、人体に有害なアミン類のヒスタミンやチラミンの含有量を極端に低減させることができ、高血圧などの原因とされる食塩を削減したり、無塩にしたりすることができ、さらに臭気物質のプロピオン酸、酪酸、イソ吉草酸の発生を抑制した画期的な魚介類発酵調味液を製造できる。しかも、魚介類を冷蔵で輸送する必要もなく、鮮度落ちした魚介類を廃棄することもなくなり、人類にとって有意義な発明と言っても過言ではない。
【実施例】
【0015】
以下、本発明に係る魚介類発酵調味液の製造方法について実施例を挙げて説明する。
【0016】
実施例1
カタクチイワシと食塩を混合した直後の仕込み時に酢酸水溶液を添加してpHを約4.8程度に保持し、カタクチイワシの持つ自己消化酵素で分解し、次の魚介類発酵調味液を仕込みから2ヶ月後に製造できた。
【0017】
【表1】

【0018】
試験結果1
その日の早朝に漁獲された鮮度の良いカタクチイワシを漁港で選別し、氷詰めにして、工場に搬入し、午後2時に直ちに食塩と混和して仕込んだ。仕込み時に酢酸水溶液でpH4.8に調整し、その後の10日間も酢酸水溶液でpH4.8に調整した。
【0019】
試験区1及び2は、低塩分にもかかわらず、さかなの臭みが殆どなく、ヒスタミン含有量およびチラミン含有量の少ない魚介類発酵調味液を得ることができた。
【0020】
酢酸水溶液を加えなかった対照区Aは、食塩濃度が高いにもかかわらず、ヒスタミン、チラミンの値(含有量)が高く臭気成分も多く確認された。
【0021】
実施例2
漁獲直後に氷詰めしたマイワシで魚介類発酵調味液を製造した。製造期間は、2ヶ月である。試験区は、マイワシを30%酢酸水溶液に瞬間接触させ、その後、35℃で15時間放置して食塩と共に仕込んだ。対照区は、マイワシを酢酸水溶液に接触させず、そのまま35℃で15時間放置して食塩と共に仕込んだ。
【0022】
【表2】

【0023】
試験結果2
試験区より、マイワシを30%酢酸水溶液に瞬間接触させ、その後、35℃で放置して食塩で仕込むとヒスタミン、チラミンが不検出で、臭気成分も低かった。このことから、漁獲直後、漁港に到着直後に魚介類を酢酸水溶液に接触させると、冷蔵輸送しなくても、ヒスタミン、チラミン及び臭気成分が低く、低塩の魚介類調味液を製造することが可能となる。
【0024】
実施例3
実施例2のマイワシと同一のマイワシを30%酢酸水溶液に瞬間接触させ、その後、37℃で9時間放置して、試験区4は、少ない食塩にエタノールを加えて仕込んだ。試験区5は、食塩を全く使用せず、エタノールのみで仕込んだ。試験区6は、食塩25%のみで仕込んだ。
いずれも製造期間は、2ヶ月であった。
【0025】
【表3】

【0026】
試験結果3
試験区4は、マイワシを30%酢酸水溶液で瞬間接触させてあったため、仕込み時の塩分が低くても、エタノールの防腐効果で、ヒスタミン、チラミン及び臭気成分の少なく減塩された魚介類発酵調味液を製造することができた。
試験区5は、食塩を全く使用しなくても、エタノールの防腐効果のみで、無塩でしかも、ヒスタミン、チラミン、臭気物質の少ない魚介類発酵調味液を製造することができた。
【0027】
試験区6は、30%酢酸水溶液に瞬間接触させてあり、しかも高塩分であるため、実施例2の試験区からも推測される通り、ヒスタミン、チラミン及び臭気物質の少ない魚介類調味液が製造できるのは当然である。
【0028】
【表4】

【0029】
ところで、本発明に係る魚介類発酵調味液の原料として好適なものは、上記ニシン科(マイワシ、ニシン等)、カタクチイワシ科(カタクチイワシ、アンチョビ)以外に、たとえば下記の魚介類がある。
【0030】
魚類(マイワシ、カタクチイワシ、アンチョビ、鯉等)、
貝類(アサリ、シジミ等)、
頭足類(マダコ、ヤリイカ等)、
甲殻類(ズワイガニ、イセエビ等)、
藻類(マコンブ、アサクサノリ等)などの海水産、淡水産の全ての魚介類である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カタクチイワシ、マイワシなどの魚介類をその魚獲時から選別、輸送、搬入、仕込み時から10日間の間に酢酸などの酸性溶液に接触させ、食塩或いは、食塩及びエタノール共存下、或いは、エタノール存在下で酵素加水分解処理することを特徴とする魚介類発酵調味液の製造方法。
【請求項2】
ヒスタミン含有量が100ppm以下及び又はチラミン含有量が100ppm以下であることを特徴とする請求項1記載の魚介類発酵調味液の製造方法による魚介類発酵調味液。
【請求項3】
臭気物質のプロピオン酸、酪酸、イソ吉草酸の含有量が各々20ppm以下又は、臭気物質のプロピオン酸、酪酸、イソ吉草酸の含有量の合計が50ppm以下であることを特徴とする請求項1または2記載の魚介類発酵調味液の製造方法による魚介類発酵調味液。

【公開番号】特開2008−212051(P2008−212051A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−53652(P2007−53652)
【出願日】平成19年3月5日(2007.3.5)
【出願人】(591210622)ヤヱガキ醗酵技研株式会社 (14)
【Fターム(参考)】