魚血からのヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体の調製方法
【課題】哺乳動物の血液に替わる酵素処理ヘム鉄(HIP)の代替え原料を提供する。
【解決手段】魚血からヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を製造することからなる。
ヘムタンパク質を含有する魚血を変性処理してヘムタンパク質水溶液を得、次いで該水溶液をプロテアーゼ処理して変性ヘムタンパク質を分解し、ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を含有するプロテアーゼ処理液を得る。次いで該処理液を限外濾過し、複合体を得る方法である。
【解決手段】魚血からヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を製造することからなる。
ヘムタンパク質を含有する魚血を変性処理してヘムタンパク質水溶液を得、次いで該水溶液をプロテアーゼ処理して変性ヘムタンパク質を分解し、ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を含有するプロテアーゼ処理液を得る。次いで該処理液を限外濾過し、複合体を得る方法である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヘムタンパク質を含有する魚血から、ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を製造するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人間にとって必須ミネラルである鉄は、通常、食品から摂取され、体内に吸収される。ここで、動物性食品に含まれるヘム鉄と、植物性食品に多く含まれる非ヘム鉄では、その吸収機構が異なっている(非特許文献1及び2)。ヘム鉄が鉄‐ポルフィリン複合体のまま腸粘膜細胞から吸収されるのに対して、非ヘム鉄は消化分解された後、遊離の鉄イオンとなり、初めて体内に吸収される。また、ヘム鉄は、他の食品により吸収阻害を受けないのに対し、非ヘム鉄は、お茶又はコーヒーに含まれるタンニンの他、食物繊維、カルシウム、リン酸などによって吸収されにくい状態になり、体内吸収率が低下する。
【0003】
ヘモグロビンの形態の場合、ヘム鉄の体内吸収率は、非ヘム鉄の5倍とされるが、ヘモグロビンのタンパク質部分(グロビン)を除去したヘム鉄のみの形態の場合、その体内吸収率は著しく低下する。これは、ヘム鉄分子の重合(スタッキング)が起きるためだと考えられている。
【0004】
ヘモグロビンをプロテアーゼで分解した後、分解物に含まれるヘモグロビンに由来するペプチドの群から不要なペプチドを除去することによって得られる、ヘモグロビンに由来するヘム鉄の安定性を維持するペプチドとヘム鉄とを含む複合体として定義されるのが、酵素処理ヘム鉄(Heme Iron Preparation、HIP)である。
【0005】
ヘモグロビンをプロテアーゼで分解した後、ヘム鉄と結合していないペプチドを分解物から除去することにより、HIPのヘム鉄含量を高めることが出来る。このため、HIPを食品に添加する場合、ヘモグロビン自体を添加する場合と比較して少量の添加で済む。それ故、HIPを食品に添加する場合、食品の味覚・フレーバーを損ないにくいという利点がある。
【0006】
また、HIPを調製する際、ヘム鉄と結合していない不要なペプチドをHIPから分離するために限外濾過を用いる場合、得られたHIPは、水への溶解度が高く、腸管での吸収率が高いという特徴を示すことが知られている(特許文献1並びに非特許文献3及び4)。上記の特徴は、水難溶性のヘム鉄をヘモグロビン由来のペプチドが保護するようにHIPを形成することにより、HIP全体としての水溶性が向上するためと考えられている。
【0007】
Lebrunらは、ウシ由来のヘモグロビンをペプシンで分解して得られる分解物の限外濾過による分離と、得られた分離画分の詳細な分析を行っている(非特許文献4及び5)。この検討において、ヘモグロビンの分解によって得られた分子量3,000程度のペプチドがヘム鉄と複合体を形成し、ヘム鉄が水溶性となっていることなどが明らかにされた。
【0008】
現在販売されるヘム鉄は、ブタなどの哺乳動物の血液を原料として生産されるHIPである。しかしながら、哺乳動物由来のヘム鉄は、宗教上の理由により、摂取することが出来ない人が存在する。また、哺乳動物由来のヘム鉄は、哺乳動物の血液を介する感染症の発生のような病原性の理由により、摂取することが出来ない状況も起こりえる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特公平01-24137号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Conradら, J. Lab. Clin. Med., 第68巻, p. 659-668 (1966)
【非特許文献2】Uzelら, Semin. Hematol., 第35巻, p. 27-34 (1998)
【非特許文献3】Piotら, J. Chem. Technol. Biotechnol., 第42巻, p. 147-156 (1988)
【非特許文献4】Lebrunら, J. Membr. Sci., 第146巻, p. 113-124 (1998)
【非特許文献5】Lebrunら, J. Agric. Food Chem., 第46巻, p. 5017-5025 (1998)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記のように、哺乳動物の血液を原料として生産されるHIPは、宗教上の理由により摂取することが出来ない人や、病原性の理由により摂取することが出来ない状況が存在し得る。それ故、哺乳動物の血液に替わる、HIPの代替原料が求められている。
【0012】
硬骨魚類の血液(魚血)に含有されるヘモグロビン量は、8〜15 g/100 mlと報告されている(Saitoh, Nippon Suisan Gakkaishi, 29, 1104-1107 (1963))。このため、魚血を原料としてHIPを製造することが出来れば、宗教上の理由により摂取することが出来ない人や、病原性の理由により摂取することが出来ない状況であっても、安心してヘム鉄を摂取することが可能となる。これにより、哺乳動物由来の血液を原料とする従来品にはない、新たな付加価値を有するHIPとして、栄養補助食品の原料などに利用することが可能となる。
【0013】
また、我が国では、養殖魚の活け締めにより、魚血が大量に排出されている。現在のところ、かかる魚血は利用用途がなく、養殖場では産業廃棄物として処分している。それ故、魚血を回収し、HIPの原料として用いることが出来れば、産業廃棄物を未利用資源として有効活用出来るだけでなく、哺乳動物由来の血液を原料とする従来品と比較して、より低コストでHIPを生産することが可能となる。それ故本発明は、ヘムタンパク質を含有する魚血を原料として用いることにより、ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を製造するための方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は、前記課題を解決するための手段を種々検討した結果、魚血に含有されるヘムタンパク質を変性させた後、プロテアーゼ処理してヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を形成させ、これを限外濾過で分離することにより、魚血から効率的にペプチドとヘム鉄とを含む複合体を調製出来ることを見出し、本発明を完成した。
【0015】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
(1) ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を製造するための方法であって、
(i)ヘムタンパク質を含有する魚血を変性処理してヘムタンパク質を変性させて、変性ヘムタンパク質水溶液を得る、ヘムタンパク質変性工程;
(ii)変性ヘムタンパク質水溶液をプロテアーゼ処理して変性ヘムタンパク質を分解し、ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を含有するプロテアーゼ処理液を得る、プロテアーゼ処理工程;
(iii)プロテアーゼ処理液を限外濾過し、保持物画分からヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を得る、限外濾過工程;
を含む前記方法。
【0016】
(2) 分画分子量20,000〜50,000の限外濾過膜を用いて限外濾過工程が実施される、前記(1)の方法。
(3) 魚血をアルカリと混合することによって変性処理が実施される、前記(1)又は(2)の方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、養殖魚の活け締めなどで得られる魚血を原料として、ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の方法を示す模式図である。
【図2】ブリ魚血の保持物画分希釈液のゲル濾過クロマトグラム(検出波長230 nm)を示す図である。
【図3】プロテアーゼ処理工程により得られたプロテアーゼ処理液のゲル濾過クロマトグラム(検出波長230 nm)を示す図である。
【図4A】限外濾過工程により得られた限外濾過の保持物画分のゲル濾過クロマトグラム(検出波長230 nm)を示す図である。
【図4B】限外濾過工程により得られた限外濾過の透過液画分のゲル濾過クロマトグラム(検出波長230 nm)を示す図である。
【図5A】限外濾過工程により得られた限外濾過の保持物画分のゲル濾過クロマトグラム(検出波長400 nm)を示す図である。
【図5B】限外濾過工程により得られた限外濾過の透過液画分のゲル濾過クロマトグラム(検出波長400 nm)を示す図である。
【図6A】未処理のブリ魚血を限外濾過により分離して得られた保持物画分、透過液1画分、及び透過液2画分中の鉄の存在率(全画分の鉄重量の総和に対する百分率)を示す図である。
【図6B】変性ヘムタンパク質水溶液を限外濾過により分離して得られた保持物画分、透過液1画分、及び透過液2画分中の鉄の存在率(全画分の鉄重量の総和に対する百分率)を示す図である。
【図6C】プロテアーゼ処理液を限外濾過により分離して得られた保持物画分、透過液1画分、及び透過液2画分中の鉄の存在率(全画分の鉄重量の総和に対する百分率)を示す図である。
【図7】異なる分画分子量の限外濾過膜を用いてプロテアーゼ処理液を分離した場合の透過液の流速を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
本明細書において、「魚血」は、魚類の血液を意味する。本発明においては、軟骨魚類及び硬骨魚類のいずれに由来する魚血も使用することが出来る。ブリ類又はタイのような生産量の多い養殖魚は、一定の量を常時確保出来ることからより好ましい。
【0020】
上記の魚類に由来する魚血を用いることにより、原料を安定供給することが可能となる。
本明細書において、「ヘムタンパク質」は、ヘム鉄を構成成分として含むタンパク質を意味し、ヘモグロビン及びミオグロビンのようなタンパク質を挙げることが出来る。
【0021】
本明細書において、「ヘム鉄」は、プロトポルフィリンIX鉄錯体のような、ポルフィリンの鉄錯体を意味する。魚血を含む動物の血液中において、ヘム鉄は、ヘムタンパク質との複合体の形態で存在する。
【0022】
本発明によって提供される、ヘムタンパク質を含有する魚血からヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を製造するための方法は、ヘムタンパク質変性工程、プロテアーゼ処理工程、及び限外濾過工程を含む。各工程について、以下に説明する。
【0023】
1.ヘムタンパク質変性工程
本工程は、魚血に含有されるヘムタンパク質を変性させて、変性ヘムタンパク質を得ることを目的とする。
【0024】
本明細書において、「変性処理」は、タンパク質の高次構造を破壊する処理を意味する。また、「変性ヘムタンパク質」は、変性処理により高次構造が破壊されたヘムタンパク質を意味する。変性処理は、ヘムタンパク質を含有する魚血を熱処理するか、又は酸若しくはアルカリと混合することにより、実施することが出来る。魚血を酸又はアルカリと混合することにより変性処理を実施する場合、上記の酸又はアルカリは、媒質を含まない形態で魚血と混合してもよく、媒質に溶解された溶液の形態で混合してもよい。酸又はアルカリ水溶液の形態で魚血と混合することが好ましい。魚血に含有されるヘムタンパク質を変性させることにより、以下で説明するプロテアーゼ処理工程におけるヘムタンパク質の分解を促進させることが出来る。
【0025】
魚血を熱処理することによって変性処理を実施する場合、所定の温度環境下に魚血を入れた容器を静置するか、或いは該容器を所定の温度環境下で振盪することにより、魚血に含有されるヘムタンパク質を熱変性させることが出来る。ここで、上記の混合物を熱処理する温度は、80〜130℃の範囲であることが好ましく、90〜100℃の範囲であることがより好ましい。また、上記の混合物を熱処理する時間は、0.1〜24時間の範囲であることが好ましく、0.1〜4時間の範囲であることがより好ましい。上記の条件で熱処理することにより、短時間でヘムタンパク質を変性させて、変性ヘムタンパク質水溶液を得ることが可能となる。
【0026】
魚血を酸又はアルカリ処理することによって変性処理を実施する場合、魚血を酸又はアルカリと混合した後、所定の温度環境下に得られた混合物を静置するか、或いは該混合物を所定の温度環境下で振盪することにより、魚血に含有されるヘムタンパク質を酸又はアルカリ変性させることが出来る。ここで、上記の混合物を酸又はアルカリ処理する温度は、0〜80℃の範囲であることが好ましい。酸処理の場合、処理後の混合物のpHが0〜2の範囲となるように、魚血と酸を混合すればよい。使用される酸としては、塩酸、硫酸及び硝酸のような酸を挙げることが出来る。塩酸が好ましい。酸水溶液の形態で使用される場合、酸水溶液の濃度は、少なくとも1×10-3 mol dm-3であることが好ましい。アルカリ処理の場合、処理後の混合物のpHが12〜14の範囲となるように、魚血とアルカリを混合すればよい。使用されるアルカリとしては、水酸化ナトリウム及び水酸化カリウムのようなアルカリ金属の水酸化物を挙げることが出来る。アルカリ水溶液の形態で使用される場合、アルカリ水溶液の濃度は、少なくとも1×10-3 mol dm-3であることが好ましい。
【0027】
上記の手順で酸又はアルカリ処理することによって得られた混合物を、そのまま変性ヘムタンパク質水溶液として次の工程に用いることが出来る。或いは、上記の手順で魚血を酸又はアルカリと混合した後、得られた混合物をアルカリ又は酸と混合して該混合物を中和することにより、中性領域のpHを示す変性ヘムタンパク質水溶液を得てもよい。中和に使用されるアルカリ又は酸は、媒質を含まない形態で酸又はアルカリ処理後の混合物と混合してもよく、媒質に溶解された溶液の形態で混合してもよい。アルカリ又は酸水溶液の形態で変性ヘムタンパク質水溶液と混合することが好ましい。中和に使用されるアルカリ又は酸としては、上記のアルカリ又は酸を使用することが出来る。上記の条件で酸又はアルカリ変性処理することにより、ヘムタンパク質を完全に変性させて、変性ヘムタンパク質水溶液を得ることが可能となる。
【0028】
なお、本明細書において、「変性ヘムタンパク質水溶液」は、変性処理されたヘムタンパク質を含有する水溶液を意味する。
【0029】
上記の条件で本工程を実施することにより、変性処理された魚血由来のヘムタンパク質を含有する、変性ヘムタンパク質水溶液を得ることが可能となる。
【0030】
2.プロテアーゼ処理工程
本工程は、上記の工程で得られた変性ヘムタンパク質水溶液をプロテアーゼ処理することにより、変性ヘムタンパク質を加水分解して、ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を得ることを目的とする。
【0031】
本明細書において、「ヘムタンパク質の加水分解」は、ヘムタンパク質のポリペプチド鎖に含まれる少なくとも1個のペプチド結合をプロテアーゼにより加水分解して、ヘムタンパク質に由来する、より鎖長の短い2個以上のペプチドを形成させる処理を意味する。
【0032】
本明細書において、「ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体」は、ヘムタンパク質を加水分解して得られる、より鎖長の短い少なくとも1個のペプチドとヘム鉄とを含む複合体を意味する。
【0033】
本工程では、当業界で慣用される各種のエンドプロテアーゼを使用することが出来る。アルカリ性領域に至適pHを有するアルカリ性エンドプロテアーゼが好ましい。好適なプロテアーゼの例としては、限定するものではないが、アルカラーゼ(登録商標)2.4L FG(ノボザイムズジャパン)及びアロアーゼXA-10(ヤクルト薬品工業)などを挙げることが出来る。上記のプロテアーゼは、媒質に実質的に溶解又は分散された形態(溶液又は分散液)で使用してもよく、水に対して実質的に不溶性の担体に結合された形態(固定化酵素)で使用してもよい。水溶液の形態で使用することが好ましい。使用するプロテアーゼの量は、処理すべき変性ヘムタンパク質水溶液に含有される全タンパク質の重量に対して、0.0001〜20 U/mgタンパク質の範囲であることが好ましく、0.01〜10 U/mgタンパク質の範囲であることがより好ましい。上記のプロテアーゼを使用することにより、変性ヘムタンパク質を効率的に加水分解することが可能となる。
【0034】
プロテアーゼを媒質に溶解又は分散された形態で使用する場合、変性ヘムタンパク質水溶液と上記のプロテアーゼとを混合した後、得られた混合物を静置するか、或いは200 rpm以下、好ましくは10〜200 rpmの速度で振盪することにより、プロテアーゼ処理することが出来る。プロテアーゼを固定化酵素の形態で使用する場合、上記と同様の方法で処理してもよく、予め固定化酵素が充填されたカラムに変性ヘムタンパク質水溶液を通液することにより、プロテアーゼ処理してもよい。上記の方法でプロテアーゼ処理するときの温度は、10〜50℃の範囲であることが好ましく、15〜40℃の範囲であることがより好ましい。また、上記の方法でプロテアーゼ処理するときの時間は、0.5〜24時間の範囲であることが好ましく、0.5〜12時間の範囲であることがより好ましい。上記の条件でプロテアーゼ処理することにより、短時間で変性ヘムタンパク質を加水分解することが可能となる。
【0035】
プロテアーゼを媒質に溶解又は分散された形態で使用する場合、上記の手順で変性ヘムタンパク質を加水分解した後、プロテアーゼを含有する混合物を熱処理してプロテアーゼを失活させることにより、ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を含有する、プロテアーゼ処理液を得ることが出来る。上記の熱処理温度は、70〜130℃の範囲であることが好ましく、70〜100℃の範囲であることがより好ましい。また、上記の熱処理時間は、数秒〜12時間の範囲であることが好ましく、数秒〜1時間の範囲であることがより好ましい。上記の条件で熱処理することにより、プロテアーゼを失活させて望ましくない加水分解を防止することが可能となる。
【0036】
なお、本明細書において、「プロテアーゼ処理液」は、本工程によって得られる、ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体、並びに該複合体を形成していない、ヘムタンパク質に由来する少なくとも1個のペプチドを含有する水溶液を意味する。
【0037】
本発明者は、上記の手順でヘムタンパク質を加水分解すると、ヘムタンパク質に由来する特定のペプチド及びヘム鉄が、推定分子量2,000〜10,000の範囲の複合体を形成することを見出した。ヘモグロビンの分子量は約64,500、ミオグロビンの分子量は約16,000、ヘム鉄(プロトポルフィリンIX鉄錯体)の分子量は616.5であることから、この複合体は、ヘムタンパク質自体とヘム鉄との複合体ではなく、ヘムタンパク質に由来する、より鎖長の短いペプチドとヘム鉄とを含む複合体であると考えられる。
【0038】
なお、上記の推定分子量は、分析試料及び分子量既知の標品について、同一条件でゲル濾過クロマトグラフィー(GFC)分析を行うことにより、決定することが出来る。
【0039】
上記の条件で本工程を実施することにより、ヘムタンパク質に由来する、より鎖長の短い特定のペプチドとヘム鉄とを含む複合体を含有する、プロテアーゼ処理液を得ることが可能となる。
【0040】
3.限外濾過工程
本工程は、上記の工程で得られたプロテアーゼ処理液を限外濾過して保持物画分と透過液画分とに分離し、保持物画分からヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を得ることを目的とする。
【0041】
本明細書において、「保持物画分」は、限外濾過を行った後、限外濾過膜上に保持される画分を意味する。また、「透過液画分」は、限外濾過膜を透過して受器中に回収される画分を意味する。
【0042】
本発明者は、上記の工程で得られたプロテアーゼ処理液を限外濾過して保持物画分と透過液画分とに分離すると、2,000〜10,000の範囲の推定分子量を有するヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を、保持物画分に回収出来ることを見出した。特に、分画分子量20,000〜50,000の限外濾過膜を用いる場合、限外濾過により得られる保持物画分及び透過液画分の鉄重量の総和に対して、85〜95%の範囲の鉄重量に相当する複合体を、保持物画分に回収することが出来る。また、分画分子量20,000〜200,000の限外濾過膜を用いる場合、分画分子量10,000の限外濾過膜を用いる場合と比較して、2〜3倍の分離速度で複合体を保持物画分に回収することが出来る。
【0043】
それ故、本工程では、分画分子量20,000〜200,000の限外濾過膜を使用することが好ましく、分画分子量20,000〜50,000の限外濾過膜を使用することがより好ましい。また、限外濾過膜の材質は、芳香族ポリアミド、ポリサルホン又は酢酸セルロースであることが好ましい。上記の限外濾過膜を使用することにより、高純度の複合体を短時間で製造することが可能となる。
【0044】
なお、上記の鉄重量は、限外濾過により得られる保持物画分及び透過液画分の凍結乾燥残渣を王水で処理した後、ICP発光分光分析装置を用いて王水処理液中の鉄濃度を定量することにより、決定することが出来る。
【0045】
プロテアーゼ処理工程で得られたプロテアーゼ処理液を、上記の限外濾過膜を装着した限外濾過装置に注入し、加圧しながら撹拌するか、或いは遠心分離することにより、保持物画分と透過液画分とに分離することが出来る。加圧しながら撹拌することにより限外濾過を実施する場合、負荷される圧力は、0.1〜1 MPaの範囲であることが好ましく、0.1〜0.3 MPaの範囲であることがより好ましい。遠心分離することにより限外濾過を実施する場合、遠心加速度は、1,000〜100,000×gの範囲であることが好ましく、1,000〜10,000×gの範囲であることがより好ましい。限外濾過するときの周囲温度は、0〜50℃の範囲であることが好ましく、10〜30℃の範囲であることがより好ましい。上記の条件で限外濾過を行うことにより、プロテアーゼ処理液に含まれる低分子量の成分から、ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を分離することが可能となる。
【0046】
ペプチドとヘム鉄とを含む複合体の純度を向上させるために、上記の手順で回収された保持物画分に水を加えて同様の手順で限外濾過を行い、保持物画分及び透過液画分に分離する操作を複数回繰り返してもよい。これにより、保持物画分に回収されるペプチドとヘム鉄とを含む複合体の純度をさらに向上させることが可能となる。
【0047】
また、上記で説明した限外濾過工程と同様の工程を、1回目の限外濾過工程としてヘムタンパク質変性工程とプロテアーゼ処理工程の間に実施してもよい。それ故、本発明の方法は、
(i)ヘムタンパク質を含有する魚血を変性処理してヘムタンパク質を変性させて、変性ヘムタンパク質水溶液を得る、ヘムタンパク質変性工程;
(ii)変性ヘムタンパク質水溶液を限外濾過し、保持物画分から限外濾過された変性ヘムタンパク質水溶液を得る、1回目の限外濾過工程;
(iii)限外濾過された変性ヘムタンパク質水溶液をプロテアーゼ処理して変性ヘムタンパク質を分解し、ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を含有するプロテアーゼ処理液を得る、プロテアーゼ処理工程;
(iv)プロテアーゼ処理液を限外濾過し、保持物画分からヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を得る、2回目の限外濾過工程;
を含む方法として実施することも出来る。
【0048】
本発明の方法によって製造される、ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体は、ヘムタンパク質自体と比較して低分子量であり、且つ脂溶性のヘム鉄と異なり水溶性である。それ故、本発明の方法によって製造される上記の複合体を食品添加物として用いることにより、例えば貧血予防のための高機能性栄養補助食品を製造することが可能となる。
【実施例】
【0049】
以下、実施例及び比較例によって本発明をさらに詳細に説明する。
[実施例1−1]
限外濾過により回収した酵素処理ヘム鉄の重量及び鉄イオンの分布
水産会社より提供を受けたブリ魚血を原料として用いた。図1の流れに沿って、ブリ血液のアルカリ変性、プロテアーゼによるヘモグロビンの加水分解、限外濾過による濃縮及び回収を、下記の工程で行った。その後、得られた保持物画分及び透過液画分について、乾燥重量と鉄イオンの存在比を分析した。
【0050】
(i) タンパク質変性工程
魚血を定量濾紙にて濾過し、固形物を取り除いた。この魚血50 cm3に、50 cm3の0.2 mol dm-3 NaOHを混合した。この混合物を、30℃恒温槽中、120 rpmで1時間振盪することにより、タンパク質成分を変性させた。変性させた魚血に、4 mol dm-3 HClを少量加えて中和して、変性ヘムタンパク質水溶液を得た。
【0051】
(ii) プロテアーゼ処理工程
上記の工程で得られた変性ヘムタンパク質水溶液を、30 cm3サンプル管に20 cm3ずつ秤量した。各サンプル管に、プロテアーゼ(アルカラーゼ(登録商標)2.4L FG(ノボザイムズジャパン))の原液又はその10〜1000倍(体積比)希釈液を0.20 cm3加えてプロテアーゼ処理試料を調製し、これらを30℃恒温槽中、120 rpmで24時間振盪した。ここで、上記の原液0.20 cm3には、0.5 Uのプロテアーゼが含有されている。また、変性ヘムタンパク質水溶液20 cm3には、18 mgタンパク質が含有されている。なお、ブランクとして、プロテアーゼに代えて同量の水を加えた試料を調製し、これについても同様の処理を行った。24時間後、各試料を90℃オイルバスで1時間熱処理して酵素を失活させ、プロテアーゼ処理液を得た。
【0052】
(iii) 限外濾過工程
上記の工程で得られたプロテアーゼ処理液の各試料及びブランク試料から全体積の半量(各10 cm3)ずつ分取し、限外濾過を行った。用いた限外濾過装置は、セル容量10 cm3の撹拌型ウルトラホルダー(ADVANTEC製)であり、限外濾過膜は、分画分子量20,000(材質:芳香族ポリアミド)のウルトラフィルター(ADVANTEC製)である。25℃の周囲温度条件下、0.3 MPaの圧力を負荷して限外濾過を行い、透過液が5 cm3に達した時点で限外濾過を終了した。透過液画分及び保持物画分をそれぞれ回収して、凍結乾燥させた。その後、両画分の凍結乾燥残渣の乾燥重量をそれぞれ秤量して、凍結乾燥残渣の重量比を算出した。また、両画分の残渣を12時間王水で処理した後、ICP発光分光分析装置(Shimadzu ICPS-7000)を用いて王水処理液中の鉄濃度を定量した。結果を表1に示す。
【0053】
【表1】
【0054】
プロテアーゼに代えて同量の水を加えたブランク試料の場合、透過液画分及び保持物画分の凍結乾燥残渣の全重量に対する重量比で63%が保持物画分の凍結乾燥残渣として回収された。これに対して、プロテアーゼ濃度が高い試料ほど、保持物画分の凍結乾燥残渣の重量が減少する一方、透過液画分の凍結乾燥残渣の重量が増加していることから、プロテアーゼ濃度が高い試料ほどタンパク質の分解がより進行していることが示唆された。しかしながら、タンパク質の分解が進行していることが示唆される高プロテアーゼ濃度の試料の場合であっても、透過液画分に鉄イオンは全く検出されなかった。
以上の結果から、所望のヘム鉄を上記の工程によって濃縮出来ることが示された。
【0055】
[実施例1−2]
実施例1−1の方法において、タンパク質変性工程で得られた変性ヘムタンパク質水溶液を、分画分子量 20,000の限外濾過膜を用いて限外濾過工程と同様の手順で限外濾過した。得られた保持物画分を回収し、限外濾過前の体積と同量に希釈して、変性タンパク質の保持物画分希釈液を得た。得られた保持物画分希釈液を、実施例1−1のプロテアーゼ処理工程と同様の手順でプロテアーゼ処理した。なお、プロテアーゼは原液を用いた。その後、実施例1−1の限外濾過工程と同様の手順で1回目の限外濾過を行った。得られた1回目の保持物画分に水を加え、再度限外濾過することにより保持物画分を洗浄する処理を2回繰り返した。3回目の保持物画分及び透過液画分の凍結乾燥残渣の総重量に対する各画分の凍結乾燥残渣の重量百分率は、保持物画分が17.6重量%であり、透過液画分が82.4重量%であった。
【0056】
以上の結果から、タンパク質変性工程とプロテアーゼ処理工程の間に変性ヘムタンパク質水溶液の限外濾過工程を追加するか、及び/又は限外濾過工程において保持物画分を洗浄する処理を繰り返すことにより、得られる酵素処理ヘム鉄の純度をさらに向上させ得ることが示された。
【0057】
[実施例2]
酵素処理ヘム鉄の分子量分析
あらかじめ、魚血に含まれる低分子量成分を除いた後で、プロテアーゼ処理によるタンパク質分解物の分子量測定を行うために、はじめに魚血を限外濾過した。定量濾紙で濾過した魚血を、分画分子量20,000の限外濾過膜(ウルトラフィルター、材質:芳香族ポリアミド)を用いて限外濾過した。得られた1回目の保持物画分に水を加え、再度限外濾過することにより保持物画分を洗浄する処理を繰り返した。
【0058】
上記の処理で得られた保持物画分を回収し、限外濾過前の体積と同量に希釈して、魚血の保持物画分希釈液を得た。この魚血の保持物画分希釈液を用いて、実施例1−1と同様の手順で、タンパク質変性工程及びプロテアーゼ処理工程を実施した。なお、プロテアーゼは原液を用いた。得られたプロテアーゼ処理液から10 cm3を分取した。これを用いて、実施例1−1と同様の手順で、分画分子量 20,000の限外濾過膜を用いた限外濾過工程を実施して、保持物画分及び透過液画分を得た。
【0059】
上記の工程で得られた魚血の保持物画分希釈液、プロテアーゼ処理液、並びに限外濾過の保持物画分及び透過液画分を分析試料として、各分析試料を、ゲル濾過クロマトグラフィー(GFC)カラム(Shimadzu Shim-pack Diol-300)を備えたHPLC(ポンプ:Shimadzu LC-10ADvp、紫外可視光検出器:Shimadzu SPD-10ADvp)を用いて分析した。紫外線(UV)検出波長は230 nm又は400 nmに設定した。分子量既知の標品を用いて同一条件で分析を行い、検出波長230 nmのゲル濾過クロマトグラム上に検出された各標品のピークの溶出時間に基づき検量線を作成した。この検量線を用いて、各分析試料のゲル濾過クロマトグラム(検出波長230 nm)上に検出された各ピークの溶出時間から、各ピークに対応する成分の推定分子量を算出した。魚血の保持物画分希釈液のゲル濾過クロマトグラム(検出波長230 nm)を図2に、該ゲル濾過クロマトグラム上に検出されたピークの溶出時間及び面積百分率と該ピークに対応する成分の推定分子量を表2に、それぞれ示す。
【0060】
【表2】
【0061】
図2及び表2に示すように、溶出時間17.18分に最大面積のピークが検出された。このピークに対応する成分の推定分子量は約60,000と算出されたことから、この成分はヘモグロビンであると推測される。その他の成分として、推定分子量約17,500のタンパク質と考えられる成分(溶出時間18.4分)や、推定分子量1,000程度或いはそれ以下の、低分子化合物と考えられる成分(溶出時間21.1分)が確認された。
【0062】
プロテアーゼ処理工程により得られたプロテアーゼ処理液のゲル濾過クロマトグラム(検出波長230 nm)を図3に、該ゲル濾過クロマトグラム上に検出されたピークの溶出時間及び面積百分率と該ピークに対応する成分の推定分子量を表3に、それぞれ示す。
【0063】
【表3】
【0064】
図3に示すように、魚血の保持物画分希釈液のゲル濾過クロマトグラム上に検出されたヘモグロビンと推測されるピーク(溶出時間17.18分)が完全に消失しており、ほとんどのピークはこれより遅く溶出した。この結果から、魚血の保持物画分希釈液中のヘモグロビンが、プロテアーゼ処理によって分解されたことが確認された。また、表3に示すように、プロテアーゼ処理液のゲル濾過クロマトグラム上に検出された主要なピークは、溶出時間19.26分、19.71分及び20.34分のピークであって、これらのピークに対応する成分の推定分子量は、それぞれ約7,200、4,500及び2,400と算出された。以上の結果から、所望の分子量に近い分解生成物が得られたことが確認された。
【0065】
限外濾過工程により得られた限外濾過の保持物画分及び透過液画分のゲル濾過クロマトグラム(検出波長230 nm)を図4A及び4Bに、保持物画分及び透過液画分のゲル濾過クロマトグラム上に検出されたピークの溶出時間及び面積百分率と該ピークに対応する成分の推定分子量を表4A及びBに、それぞれ示す。
【0066】
【表4A】
【0067】
【表4B】
【0068】
図4Aに示すように、限外濾過の保持物画分のゲル濾過クロマトグラム上には、プロテアーゼ処理液で検出された推定分子量約7,200、4,500及び2,400の成分に対応するピークが検出された。この結果から、上記の成分が限外濾過膜を透過せず、依然として保持物画分に残存していることが確認された。
【0069】
表3及び4Aに示すように、プロテアーゼ処理液の分析結果と比較すると、限外濾過の保持物画分のゲル濾過クロマトグラム上に検出された上記の成分に対応するピークの面積百分率は増加したが、推定分子量1,000以下の成分に対応するピークの面積百分率は減少した。この結果から、限外濾過工程によって、所望の分子量を有する成分が濃縮されたことが確認された。
【0070】
その一方で、図4Bに示すように、限外濾過の透過液画分のゲル濾過クロマトグラム上にも、保持物画分の主要成分であった推定分子量約7,200、4,500及び2,400の成分に対応するピークが検出された。限外濾過の保持物画分と透過液画分の両画分で上記の成分が検出された原因は、本実施例では分画分子量20,000の限外濾過膜を用いたため、ヘモグロビン等のタンパク質がプロテアーゼ処理によって分解されて生じる低分子量ペプチドの多くが、当該限外濾過膜を透過して透過液画分に回収されたためと推測される。このため、透過液画分では、プロテアーゼ処理液と比較して低分子量の成分の割合が増加した(表4B)。
【0071】
上記の保持物画分及び透過液画分のゲル濾過クロマトグラム(検出波長400 nm)を図5A及び5Bに、それぞれ示す。紫外光領域である230nmの検出波長でGFC分析する場合、各種成分が検出されるが、400nmの検出波長でGFC分析する場合、可視光領域に特性吸収を有する着色成分だけが検出される。このため、上記の保持物画分及び透過液画分のGFC分析において、波長400nmで検出を行うと、酵素処理ヘム鉄を含む成分が主に検出される。
【0072】
図5Aに示すように、波長400nmで検出を行った限外濾過の保持物画分のゲル濾過クロマトグラム上には、保持時間10.4分と18.8分に、着色成分のピークが検出された。この結果から、溶出時間18.8分のピークに対応する推定分子量10,000前後とみられる成分は、ヘモグロビンの分解生成物である酵素処理ヘム鉄と推測される。
【0073】
一方、図5Bに示すように、波長400nmで検出を行った限外濾過の透過液画分のゲル濾過クロマトグラム上には、着色成分はほとんど検出されなかった。この結果から、酵素処理ヘム鉄は、ほとんどが限外濾過の保持物画分に存在することが示された。
【0074】
[実施例3]
酵素分解前後におけるヘム鉄の限外濾過膜透過挙動
ブリ血液のアルカリ変性及びプロテアーゼによるヘモグロビンの加水分解を、実施例1−1と同様の工程で順次行った。未処理の魚血、タンパク質変性工程で得られた変性ヘムタンパク質水溶液、及びプロテアーゼ処理工程で得られたプロテアーゼ処理液のそれぞれを用いて、分画分子量10,000、50,000若しくは200,000(材質:ポリサルホン)又は分画分子量20,000(材質:芳香族ポリアミド)のウルトラフィルター(ADVANTEC製)を用いた限外濾過工程を実施した。
【0075】
各10 cm3の試料を用いて限外濾過を開始し、透過液が9 cm3に達した時点で該透過液を回収し、透過液1画分とした。得られた保持物画分に水を加えて2回目の限外濾過を開始し、透過液が9 cm3に達した時点で該透過液を回収し、透過液2画分とした。2回目の限外濾過で得られた保持物画分、透過液1画分、及び透過液2画分をそれぞれ回収して凍結乾燥させた。得られた各画分の凍結乾燥残渣を王水で処理した後、ICP発光分光分析装置(Shimadzu ICPS-7000)を用いて王水処理液中の鉄濃度を定量した。上記の定量値を元に、各画分における鉄の存在率(全画分の鉄重量の総和に対する百分率)を算出した。未処理の魚血を用いた場合の結果を図6Aに、変性ヘムタンパク質水溶液を用いた場合の結果を図6Bに、プロテアーゼ処理液を用いた場合の結果を図6Cに、それぞれ示す。
【0076】
図6Aに示すように、未処理の魚血の場合、分画分子量200,000の限外濾過膜を用いても、90%以上が透過阻止され、保持物画分に回収された。これは、未処理の魚血に含まれるヘム鉄がアルカリ変性前のヘモグロビンであるため、いずれの分画分子量の限外濾過膜に対しても透過度が低かったためと推測される。
【0077】
図6Bに示すように、変性ヘムタンパク質水溶液の場合、限外濾過膜の分画分子量と透過阻止率との間には明瞭な相関関係が確認されなかった。分画分子量200,000の限外濾過膜を用いた場合、84%が透過阻止され、保持物画分に回収された。
【0078】
これに対し、図6Cに示すように、プロテアーゼ処理液の場合、実施例2で確認された推定分子量2,400〜7,300程度の酵素処理ヘム鉄の大半は、限外濾過によって膜透過されず、保持物画分に回収されることが示された。保持物画分に回収された酵素処理ヘム鉄は、全画分の鉄重量の総和に対する鉄重量の百分率で、分画分子量10,000の限外濾過膜では98%、分画分子量20,000の限外濾過膜では95%、分画分子量50,000の限外濾過膜では88%、分画分子量200,000の限外濾過膜では70%が保持物画分に回収された。
【0079】
[実施例4]
酵素処理ヘム鉄の限外濾過膜透過速度
実施例1−1と同様の方法で、プロテアーゼ処理液を調製した。このプロテアーゼ処理液を用いて、実施例3と同様の分画分子量10,000、20,000、50,000又は200,000の限外濾過膜を用いた限外濾過工程を実施した。この際、1 cm3ごとに透過液が得られるまでの時間を測定し、異なる分画分子量の限外濾過膜を用いた場合の透過液の流速を比較した。結果を図7に示す。
【0080】
図7に示すように、分画分子量20,000、50,000及び200,000の限外濾過膜を用いた場合、透過速度にはそれほど大きな違いはみられなかった。これに対し、分画分子量10,000の限外濾過膜を用いた場合には、上記の場合と比較して透過速度が相対的に低いことが示された。はじめの3 cm3の液が透過するまでの平均透過速度は、分画分子量10,000、20,000、50,000又は200,000の限外濾過膜で、それぞれ0.57×10-3 cm3 s-1、1.03×10-3 cm3 s-1、1.12×10-3 cm3 s-1又は1.27×10-3 cm3 s-1となり、分画分子量が大きくなるほど透過液の透過速度は大きかった。特に、分画分子量20,000の限外濾過膜は比較的緻密な網目構造を有する半透膜であるにもかかわらず、分画分子量10,000の限外濾過膜の2倍近い速度で濃縮出来ることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明の方法により、ヘムタンパク質を含有する魚血から、ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を製造することが出来る。これにより、産業廃棄物として処分されている魚血を、例えば貧血予防のための高機能性栄養補助食品の原料として利用することが可能となる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヘムタンパク質を含有する魚血から、ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を製造するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人間にとって必須ミネラルである鉄は、通常、食品から摂取され、体内に吸収される。ここで、動物性食品に含まれるヘム鉄と、植物性食品に多く含まれる非ヘム鉄では、その吸収機構が異なっている(非特許文献1及び2)。ヘム鉄が鉄‐ポルフィリン複合体のまま腸粘膜細胞から吸収されるのに対して、非ヘム鉄は消化分解された後、遊離の鉄イオンとなり、初めて体内に吸収される。また、ヘム鉄は、他の食品により吸収阻害を受けないのに対し、非ヘム鉄は、お茶又はコーヒーに含まれるタンニンの他、食物繊維、カルシウム、リン酸などによって吸収されにくい状態になり、体内吸収率が低下する。
【0003】
ヘモグロビンの形態の場合、ヘム鉄の体内吸収率は、非ヘム鉄の5倍とされるが、ヘモグロビンのタンパク質部分(グロビン)を除去したヘム鉄のみの形態の場合、その体内吸収率は著しく低下する。これは、ヘム鉄分子の重合(スタッキング)が起きるためだと考えられている。
【0004】
ヘモグロビンをプロテアーゼで分解した後、分解物に含まれるヘモグロビンに由来するペプチドの群から不要なペプチドを除去することによって得られる、ヘモグロビンに由来するヘム鉄の安定性を維持するペプチドとヘム鉄とを含む複合体として定義されるのが、酵素処理ヘム鉄(Heme Iron Preparation、HIP)である。
【0005】
ヘモグロビンをプロテアーゼで分解した後、ヘム鉄と結合していないペプチドを分解物から除去することにより、HIPのヘム鉄含量を高めることが出来る。このため、HIPを食品に添加する場合、ヘモグロビン自体を添加する場合と比較して少量の添加で済む。それ故、HIPを食品に添加する場合、食品の味覚・フレーバーを損ないにくいという利点がある。
【0006】
また、HIPを調製する際、ヘム鉄と結合していない不要なペプチドをHIPから分離するために限外濾過を用いる場合、得られたHIPは、水への溶解度が高く、腸管での吸収率が高いという特徴を示すことが知られている(特許文献1並びに非特許文献3及び4)。上記の特徴は、水難溶性のヘム鉄をヘモグロビン由来のペプチドが保護するようにHIPを形成することにより、HIP全体としての水溶性が向上するためと考えられている。
【0007】
Lebrunらは、ウシ由来のヘモグロビンをペプシンで分解して得られる分解物の限外濾過による分離と、得られた分離画分の詳細な分析を行っている(非特許文献4及び5)。この検討において、ヘモグロビンの分解によって得られた分子量3,000程度のペプチドがヘム鉄と複合体を形成し、ヘム鉄が水溶性となっていることなどが明らかにされた。
【0008】
現在販売されるヘム鉄は、ブタなどの哺乳動物の血液を原料として生産されるHIPである。しかしながら、哺乳動物由来のヘム鉄は、宗教上の理由により、摂取することが出来ない人が存在する。また、哺乳動物由来のヘム鉄は、哺乳動物の血液を介する感染症の発生のような病原性の理由により、摂取することが出来ない状況も起こりえる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特公平01-24137号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Conradら, J. Lab. Clin. Med., 第68巻, p. 659-668 (1966)
【非特許文献2】Uzelら, Semin. Hematol., 第35巻, p. 27-34 (1998)
【非特許文献3】Piotら, J. Chem. Technol. Biotechnol., 第42巻, p. 147-156 (1988)
【非特許文献4】Lebrunら, J. Membr. Sci., 第146巻, p. 113-124 (1998)
【非特許文献5】Lebrunら, J. Agric. Food Chem., 第46巻, p. 5017-5025 (1998)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記のように、哺乳動物の血液を原料として生産されるHIPは、宗教上の理由により摂取することが出来ない人や、病原性の理由により摂取することが出来ない状況が存在し得る。それ故、哺乳動物の血液に替わる、HIPの代替原料が求められている。
【0012】
硬骨魚類の血液(魚血)に含有されるヘモグロビン量は、8〜15 g/100 mlと報告されている(Saitoh, Nippon Suisan Gakkaishi, 29, 1104-1107 (1963))。このため、魚血を原料としてHIPを製造することが出来れば、宗教上の理由により摂取することが出来ない人や、病原性の理由により摂取することが出来ない状況であっても、安心してヘム鉄を摂取することが可能となる。これにより、哺乳動物由来の血液を原料とする従来品にはない、新たな付加価値を有するHIPとして、栄養補助食品の原料などに利用することが可能となる。
【0013】
また、我が国では、養殖魚の活け締めにより、魚血が大量に排出されている。現在のところ、かかる魚血は利用用途がなく、養殖場では産業廃棄物として処分している。それ故、魚血を回収し、HIPの原料として用いることが出来れば、産業廃棄物を未利用資源として有効活用出来るだけでなく、哺乳動物由来の血液を原料とする従来品と比較して、より低コストでHIPを生産することが可能となる。それ故本発明は、ヘムタンパク質を含有する魚血を原料として用いることにより、ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を製造するための方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は、前記課題を解決するための手段を種々検討した結果、魚血に含有されるヘムタンパク質を変性させた後、プロテアーゼ処理してヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を形成させ、これを限外濾過で分離することにより、魚血から効率的にペプチドとヘム鉄とを含む複合体を調製出来ることを見出し、本発明を完成した。
【0015】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
(1) ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を製造するための方法であって、
(i)ヘムタンパク質を含有する魚血を変性処理してヘムタンパク質を変性させて、変性ヘムタンパク質水溶液を得る、ヘムタンパク質変性工程;
(ii)変性ヘムタンパク質水溶液をプロテアーゼ処理して変性ヘムタンパク質を分解し、ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を含有するプロテアーゼ処理液を得る、プロテアーゼ処理工程;
(iii)プロテアーゼ処理液を限外濾過し、保持物画分からヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を得る、限外濾過工程;
を含む前記方法。
【0016】
(2) 分画分子量20,000〜50,000の限外濾過膜を用いて限外濾過工程が実施される、前記(1)の方法。
(3) 魚血をアルカリと混合することによって変性処理が実施される、前記(1)又は(2)の方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、養殖魚の活け締めなどで得られる魚血を原料として、ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の方法を示す模式図である。
【図2】ブリ魚血の保持物画分希釈液のゲル濾過クロマトグラム(検出波長230 nm)を示す図である。
【図3】プロテアーゼ処理工程により得られたプロテアーゼ処理液のゲル濾過クロマトグラム(検出波長230 nm)を示す図である。
【図4A】限外濾過工程により得られた限外濾過の保持物画分のゲル濾過クロマトグラム(検出波長230 nm)を示す図である。
【図4B】限外濾過工程により得られた限外濾過の透過液画分のゲル濾過クロマトグラム(検出波長230 nm)を示す図である。
【図5A】限外濾過工程により得られた限外濾過の保持物画分のゲル濾過クロマトグラム(検出波長400 nm)を示す図である。
【図5B】限外濾過工程により得られた限外濾過の透過液画分のゲル濾過クロマトグラム(検出波長400 nm)を示す図である。
【図6A】未処理のブリ魚血を限外濾過により分離して得られた保持物画分、透過液1画分、及び透過液2画分中の鉄の存在率(全画分の鉄重量の総和に対する百分率)を示す図である。
【図6B】変性ヘムタンパク質水溶液を限外濾過により分離して得られた保持物画分、透過液1画分、及び透過液2画分中の鉄の存在率(全画分の鉄重量の総和に対する百分率)を示す図である。
【図6C】プロテアーゼ処理液を限外濾過により分離して得られた保持物画分、透過液1画分、及び透過液2画分中の鉄の存在率(全画分の鉄重量の総和に対する百分率)を示す図である。
【図7】異なる分画分子量の限外濾過膜を用いてプロテアーゼ処理液を分離した場合の透過液の流速を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
本明細書において、「魚血」は、魚類の血液を意味する。本発明においては、軟骨魚類及び硬骨魚類のいずれに由来する魚血も使用することが出来る。ブリ類又はタイのような生産量の多い養殖魚は、一定の量を常時確保出来ることからより好ましい。
【0020】
上記の魚類に由来する魚血を用いることにより、原料を安定供給することが可能となる。
本明細書において、「ヘムタンパク質」は、ヘム鉄を構成成分として含むタンパク質を意味し、ヘモグロビン及びミオグロビンのようなタンパク質を挙げることが出来る。
【0021】
本明細書において、「ヘム鉄」は、プロトポルフィリンIX鉄錯体のような、ポルフィリンの鉄錯体を意味する。魚血を含む動物の血液中において、ヘム鉄は、ヘムタンパク質との複合体の形態で存在する。
【0022】
本発明によって提供される、ヘムタンパク質を含有する魚血からヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を製造するための方法は、ヘムタンパク質変性工程、プロテアーゼ処理工程、及び限外濾過工程を含む。各工程について、以下に説明する。
【0023】
1.ヘムタンパク質変性工程
本工程は、魚血に含有されるヘムタンパク質を変性させて、変性ヘムタンパク質を得ることを目的とする。
【0024】
本明細書において、「変性処理」は、タンパク質の高次構造を破壊する処理を意味する。また、「変性ヘムタンパク質」は、変性処理により高次構造が破壊されたヘムタンパク質を意味する。変性処理は、ヘムタンパク質を含有する魚血を熱処理するか、又は酸若しくはアルカリと混合することにより、実施することが出来る。魚血を酸又はアルカリと混合することにより変性処理を実施する場合、上記の酸又はアルカリは、媒質を含まない形態で魚血と混合してもよく、媒質に溶解された溶液の形態で混合してもよい。酸又はアルカリ水溶液の形態で魚血と混合することが好ましい。魚血に含有されるヘムタンパク質を変性させることにより、以下で説明するプロテアーゼ処理工程におけるヘムタンパク質の分解を促進させることが出来る。
【0025】
魚血を熱処理することによって変性処理を実施する場合、所定の温度環境下に魚血を入れた容器を静置するか、或いは該容器を所定の温度環境下で振盪することにより、魚血に含有されるヘムタンパク質を熱変性させることが出来る。ここで、上記の混合物を熱処理する温度は、80〜130℃の範囲であることが好ましく、90〜100℃の範囲であることがより好ましい。また、上記の混合物を熱処理する時間は、0.1〜24時間の範囲であることが好ましく、0.1〜4時間の範囲であることがより好ましい。上記の条件で熱処理することにより、短時間でヘムタンパク質を変性させて、変性ヘムタンパク質水溶液を得ることが可能となる。
【0026】
魚血を酸又はアルカリ処理することによって変性処理を実施する場合、魚血を酸又はアルカリと混合した後、所定の温度環境下に得られた混合物を静置するか、或いは該混合物を所定の温度環境下で振盪することにより、魚血に含有されるヘムタンパク質を酸又はアルカリ変性させることが出来る。ここで、上記の混合物を酸又はアルカリ処理する温度は、0〜80℃の範囲であることが好ましい。酸処理の場合、処理後の混合物のpHが0〜2の範囲となるように、魚血と酸を混合すればよい。使用される酸としては、塩酸、硫酸及び硝酸のような酸を挙げることが出来る。塩酸が好ましい。酸水溶液の形態で使用される場合、酸水溶液の濃度は、少なくとも1×10-3 mol dm-3であることが好ましい。アルカリ処理の場合、処理後の混合物のpHが12〜14の範囲となるように、魚血とアルカリを混合すればよい。使用されるアルカリとしては、水酸化ナトリウム及び水酸化カリウムのようなアルカリ金属の水酸化物を挙げることが出来る。アルカリ水溶液の形態で使用される場合、アルカリ水溶液の濃度は、少なくとも1×10-3 mol dm-3であることが好ましい。
【0027】
上記の手順で酸又はアルカリ処理することによって得られた混合物を、そのまま変性ヘムタンパク質水溶液として次の工程に用いることが出来る。或いは、上記の手順で魚血を酸又はアルカリと混合した後、得られた混合物をアルカリ又は酸と混合して該混合物を中和することにより、中性領域のpHを示す変性ヘムタンパク質水溶液を得てもよい。中和に使用されるアルカリ又は酸は、媒質を含まない形態で酸又はアルカリ処理後の混合物と混合してもよく、媒質に溶解された溶液の形態で混合してもよい。アルカリ又は酸水溶液の形態で変性ヘムタンパク質水溶液と混合することが好ましい。中和に使用されるアルカリ又は酸としては、上記のアルカリ又は酸を使用することが出来る。上記の条件で酸又はアルカリ変性処理することにより、ヘムタンパク質を完全に変性させて、変性ヘムタンパク質水溶液を得ることが可能となる。
【0028】
なお、本明細書において、「変性ヘムタンパク質水溶液」は、変性処理されたヘムタンパク質を含有する水溶液を意味する。
【0029】
上記の条件で本工程を実施することにより、変性処理された魚血由来のヘムタンパク質を含有する、変性ヘムタンパク質水溶液を得ることが可能となる。
【0030】
2.プロテアーゼ処理工程
本工程は、上記の工程で得られた変性ヘムタンパク質水溶液をプロテアーゼ処理することにより、変性ヘムタンパク質を加水分解して、ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を得ることを目的とする。
【0031】
本明細書において、「ヘムタンパク質の加水分解」は、ヘムタンパク質のポリペプチド鎖に含まれる少なくとも1個のペプチド結合をプロテアーゼにより加水分解して、ヘムタンパク質に由来する、より鎖長の短い2個以上のペプチドを形成させる処理を意味する。
【0032】
本明細書において、「ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体」は、ヘムタンパク質を加水分解して得られる、より鎖長の短い少なくとも1個のペプチドとヘム鉄とを含む複合体を意味する。
【0033】
本工程では、当業界で慣用される各種のエンドプロテアーゼを使用することが出来る。アルカリ性領域に至適pHを有するアルカリ性エンドプロテアーゼが好ましい。好適なプロテアーゼの例としては、限定するものではないが、アルカラーゼ(登録商標)2.4L FG(ノボザイムズジャパン)及びアロアーゼXA-10(ヤクルト薬品工業)などを挙げることが出来る。上記のプロテアーゼは、媒質に実質的に溶解又は分散された形態(溶液又は分散液)で使用してもよく、水に対して実質的に不溶性の担体に結合された形態(固定化酵素)で使用してもよい。水溶液の形態で使用することが好ましい。使用するプロテアーゼの量は、処理すべき変性ヘムタンパク質水溶液に含有される全タンパク質の重量に対して、0.0001〜20 U/mgタンパク質の範囲であることが好ましく、0.01〜10 U/mgタンパク質の範囲であることがより好ましい。上記のプロテアーゼを使用することにより、変性ヘムタンパク質を効率的に加水分解することが可能となる。
【0034】
プロテアーゼを媒質に溶解又は分散された形態で使用する場合、変性ヘムタンパク質水溶液と上記のプロテアーゼとを混合した後、得られた混合物を静置するか、或いは200 rpm以下、好ましくは10〜200 rpmの速度で振盪することにより、プロテアーゼ処理することが出来る。プロテアーゼを固定化酵素の形態で使用する場合、上記と同様の方法で処理してもよく、予め固定化酵素が充填されたカラムに変性ヘムタンパク質水溶液を通液することにより、プロテアーゼ処理してもよい。上記の方法でプロテアーゼ処理するときの温度は、10〜50℃の範囲であることが好ましく、15〜40℃の範囲であることがより好ましい。また、上記の方法でプロテアーゼ処理するときの時間は、0.5〜24時間の範囲であることが好ましく、0.5〜12時間の範囲であることがより好ましい。上記の条件でプロテアーゼ処理することにより、短時間で変性ヘムタンパク質を加水分解することが可能となる。
【0035】
プロテアーゼを媒質に溶解又は分散された形態で使用する場合、上記の手順で変性ヘムタンパク質を加水分解した後、プロテアーゼを含有する混合物を熱処理してプロテアーゼを失活させることにより、ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を含有する、プロテアーゼ処理液を得ることが出来る。上記の熱処理温度は、70〜130℃の範囲であることが好ましく、70〜100℃の範囲であることがより好ましい。また、上記の熱処理時間は、数秒〜12時間の範囲であることが好ましく、数秒〜1時間の範囲であることがより好ましい。上記の条件で熱処理することにより、プロテアーゼを失活させて望ましくない加水分解を防止することが可能となる。
【0036】
なお、本明細書において、「プロテアーゼ処理液」は、本工程によって得られる、ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体、並びに該複合体を形成していない、ヘムタンパク質に由来する少なくとも1個のペプチドを含有する水溶液を意味する。
【0037】
本発明者は、上記の手順でヘムタンパク質を加水分解すると、ヘムタンパク質に由来する特定のペプチド及びヘム鉄が、推定分子量2,000〜10,000の範囲の複合体を形成することを見出した。ヘモグロビンの分子量は約64,500、ミオグロビンの分子量は約16,000、ヘム鉄(プロトポルフィリンIX鉄錯体)の分子量は616.5であることから、この複合体は、ヘムタンパク質自体とヘム鉄との複合体ではなく、ヘムタンパク質に由来する、より鎖長の短いペプチドとヘム鉄とを含む複合体であると考えられる。
【0038】
なお、上記の推定分子量は、分析試料及び分子量既知の標品について、同一条件でゲル濾過クロマトグラフィー(GFC)分析を行うことにより、決定することが出来る。
【0039】
上記の条件で本工程を実施することにより、ヘムタンパク質に由来する、より鎖長の短い特定のペプチドとヘム鉄とを含む複合体を含有する、プロテアーゼ処理液を得ることが可能となる。
【0040】
3.限外濾過工程
本工程は、上記の工程で得られたプロテアーゼ処理液を限外濾過して保持物画分と透過液画分とに分離し、保持物画分からヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を得ることを目的とする。
【0041】
本明細書において、「保持物画分」は、限外濾過を行った後、限外濾過膜上に保持される画分を意味する。また、「透過液画分」は、限外濾過膜を透過して受器中に回収される画分を意味する。
【0042】
本発明者は、上記の工程で得られたプロテアーゼ処理液を限外濾過して保持物画分と透過液画分とに分離すると、2,000〜10,000の範囲の推定分子量を有するヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を、保持物画分に回収出来ることを見出した。特に、分画分子量20,000〜50,000の限外濾過膜を用いる場合、限外濾過により得られる保持物画分及び透過液画分の鉄重量の総和に対して、85〜95%の範囲の鉄重量に相当する複合体を、保持物画分に回収することが出来る。また、分画分子量20,000〜200,000の限外濾過膜を用いる場合、分画分子量10,000の限外濾過膜を用いる場合と比較して、2〜3倍の分離速度で複合体を保持物画分に回収することが出来る。
【0043】
それ故、本工程では、分画分子量20,000〜200,000の限外濾過膜を使用することが好ましく、分画分子量20,000〜50,000の限外濾過膜を使用することがより好ましい。また、限外濾過膜の材質は、芳香族ポリアミド、ポリサルホン又は酢酸セルロースであることが好ましい。上記の限外濾過膜を使用することにより、高純度の複合体を短時間で製造することが可能となる。
【0044】
なお、上記の鉄重量は、限外濾過により得られる保持物画分及び透過液画分の凍結乾燥残渣を王水で処理した後、ICP発光分光分析装置を用いて王水処理液中の鉄濃度を定量することにより、決定することが出来る。
【0045】
プロテアーゼ処理工程で得られたプロテアーゼ処理液を、上記の限外濾過膜を装着した限外濾過装置に注入し、加圧しながら撹拌するか、或いは遠心分離することにより、保持物画分と透過液画分とに分離することが出来る。加圧しながら撹拌することにより限外濾過を実施する場合、負荷される圧力は、0.1〜1 MPaの範囲であることが好ましく、0.1〜0.3 MPaの範囲であることがより好ましい。遠心分離することにより限外濾過を実施する場合、遠心加速度は、1,000〜100,000×gの範囲であることが好ましく、1,000〜10,000×gの範囲であることがより好ましい。限外濾過するときの周囲温度は、0〜50℃の範囲であることが好ましく、10〜30℃の範囲であることがより好ましい。上記の条件で限外濾過を行うことにより、プロテアーゼ処理液に含まれる低分子量の成分から、ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を分離することが可能となる。
【0046】
ペプチドとヘム鉄とを含む複合体の純度を向上させるために、上記の手順で回収された保持物画分に水を加えて同様の手順で限外濾過を行い、保持物画分及び透過液画分に分離する操作を複数回繰り返してもよい。これにより、保持物画分に回収されるペプチドとヘム鉄とを含む複合体の純度をさらに向上させることが可能となる。
【0047】
また、上記で説明した限外濾過工程と同様の工程を、1回目の限外濾過工程としてヘムタンパク質変性工程とプロテアーゼ処理工程の間に実施してもよい。それ故、本発明の方法は、
(i)ヘムタンパク質を含有する魚血を変性処理してヘムタンパク質を変性させて、変性ヘムタンパク質水溶液を得る、ヘムタンパク質変性工程;
(ii)変性ヘムタンパク質水溶液を限外濾過し、保持物画分から限外濾過された変性ヘムタンパク質水溶液を得る、1回目の限外濾過工程;
(iii)限外濾過された変性ヘムタンパク質水溶液をプロテアーゼ処理して変性ヘムタンパク質を分解し、ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を含有するプロテアーゼ処理液を得る、プロテアーゼ処理工程;
(iv)プロテアーゼ処理液を限外濾過し、保持物画分からヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を得る、2回目の限外濾過工程;
を含む方法として実施することも出来る。
【0048】
本発明の方法によって製造される、ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体は、ヘムタンパク質自体と比較して低分子量であり、且つ脂溶性のヘム鉄と異なり水溶性である。それ故、本発明の方法によって製造される上記の複合体を食品添加物として用いることにより、例えば貧血予防のための高機能性栄養補助食品を製造することが可能となる。
【実施例】
【0049】
以下、実施例及び比較例によって本発明をさらに詳細に説明する。
[実施例1−1]
限外濾過により回収した酵素処理ヘム鉄の重量及び鉄イオンの分布
水産会社より提供を受けたブリ魚血を原料として用いた。図1の流れに沿って、ブリ血液のアルカリ変性、プロテアーゼによるヘモグロビンの加水分解、限外濾過による濃縮及び回収を、下記の工程で行った。その後、得られた保持物画分及び透過液画分について、乾燥重量と鉄イオンの存在比を分析した。
【0050】
(i) タンパク質変性工程
魚血を定量濾紙にて濾過し、固形物を取り除いた。この魚血50 cm3に、50 cm3の0.2 mol dm-3 NaOHを混合した。この混合物を、30℃恒温槽中、120 rpmで1時間振盪することにより、タンパク質成分を変性させた。変性させた魚血に、4 mol dm-3 HClを少量加えて中和して、変性ヘムタンパク質水溶液を得た。
【0051】
(ii) プロテアーゼ処理工程
上記の工程で得られた変性ヘムタンパク質水溶液を、30 cm3サンプル管に20 cm3ずつ秤量した。各サンプル管に、プロテアーゼ(アルカラーゼ(登録商標)2.4L FG(ノボザイムズジャパン))の原液又はその10〜1000倍(体積比)希釈液を0.20 cm3加えてプロテアーゼ処理試料を調製し、これらを30℃恒温槽中、120 rpmで24時間振盪した。ここで、上記の原液0.20 cm3には、0.5 Uのプロテアーゼが含有されている。また、変性ヘムタンパク質水溶液20 cm3には、18 mgタンパク質が含有されている。なお、ブランクとして、プロテアーゼに代えて同量の水を加えた試料を調製し、これについても同様の処理を行った。24時間後、各試料を90℃オイルバスで1時間熱処理して酵素を失活させ、プロテアーゼ処理液を得た。
【0052】
(iii) 限外濾過工程
上記の工程で得られたプロテアーゼ処理液の各試料及びブランク試料から全体積の半量(各10 cm3)ずつ分取し、限外濾過を行った。用いた限外濾過装置は、セル容量10 cm3の撹拌型ウルトラホルダー(ADVANTEC製)であり、限外濾過膜は、分画分子量20,000(材質:芳香族ポリアミド)のウルトラフィルター(ADVANTEC製)である。25℃の周囲温度条件下、0.3 MPaの圧力を負荷して限外濾過を行い、透過液が5 cm3に達した時点で限外濾過を終了した。透過液画分及び保持物画分をそれぞれ回収して、凍結乾燥させた。その後、両画分の凍結乾燥残渣の乾燥重量をそれぞれ秤量して、凍結乾燥残渣の重量比を算出した。また、両画分の残渣を12時間王水で処理した後、ICP発光分光分析装置(Shimadzu ICPS-7000)を用いて王水処理液中の鉄濃度を定量した。結果を表1に示す。
【0053】
【表1】
【0054】
プロテアーゼに代えて同量の水を加えたブランク試料の場合、透過液画分及び保持物画分の凍結乾燥残渣の全重量に対する重量比で63%が保持物画分の凍結乾燥残渣として回収された。これに対して、プロテアーゼ濃度が高い試料ほど、保持物画分の凍結乾燥残渣の重量が減少する一方、透過液画分の凍結乾燥残渣の重量が増加していることから、プロテアーゼ濃度が高い試料ほどタンパク質の分解がより進行していることが示唆された。しかしながら、タンパク質の分解が進行していることが示唆される高プロテアーゼ濃度の試料の場合であっても、透過液画分に鉄イオンは全く検出されなかった。
以上の結果から、所望のヘム鉄を上記の工程によって濃縮出来ることが示された。
【0055】
[実施例1−2]
実施例1−1の方法において、タンパク質変性工程で得られた変性ヘムタンパク質水溶液を、分画分子量 20,000の限外濾過膜を用いて限外濾過工程と同様の手順で限外濾過した。得られた保持物画分を回収し、限外濾過前の体積と同量に希釈して、変性タンパク質の保持物画分希釈液を得た。得られた保持物画分希釈液を、実施例1−1のプロテアーゼ処理工程と同様の手順でプロテアーゼ処理した。なお、プロテアーゼは原液を用いた。その後、実施例1−1の限外濾過工程と同様の手順で1回目の限外濾過を行った。得られた1回目の保持物画分に水を加え、再度限外濾過することにより保持物画分を洗浄する処理を2回繰り返した。3回目の保持物画分及び透過液画分の凍結乾燥残渣の総重量に対する各画分の凍結乾燥残渣の重量百分率は、保持物画分が17.6重量%であり、透過液画分が82.4重量%であった。
【0056】
以上の結果から、タンパク質変性工程とプロテアーゼ処理工程の間に変性ヘムタンパク質水溶液の限外濾過工程を追加するか、及び/又は限外濾過工程において保持物画分を洗浄する処理を繰り返すことにより、得られる酵素処理ヘム鉄の純度をさらに向上させ得ることが示された。
【0057】
[実施例2]
酵素処理ヘム鉄の分子量分析
あらかじめ、魚血に含まれる低分子量成分を除いた後で、プロテアーゼ処理によるタンパク質分解物の分子量測定を行うために、はじめに魚血を限外濾過した。定量濾紙で濾過した魚血を、分画分子量20,000の限外濾過膜(ウルトラフィルター、材質:芳香族ポリアミド)を用いて限外濾過した。得られた1回目の保持物画分に水を加え、再度限外濾過することにより保持物画分を洗浄する処理を繰り返した。
【0058】
上記の処理で得られた保持物画分を回収し、限外濾過前の体積と同量に希釈して、魚血の保持物画分希釈液を得た。この魚血の保持物画分希釈液を用いて、実施例1−1と同様の手順で、タンパク質変性工程及びプロテアーゼ処理工程を実施した。なお、プロテアーゼは原液を用いた。得られたプロテアーゼ処理液から10 cm3を分取した。これを用いて、実施例1−1と同様の手順で、分画分子量 20,000の限外濾過膜を用いた限外濾過工程を実施して、保持物画分及び透過液画分を得た。
【0059】
上記の工程で得られた魚血の保持物画分希釈液、プロテアーゼ処理液、並びに限外濾過の保持物画分及び透過液画分を分析試料として、各分析試料を、ゲル濾過クロマトグラフィー(GFC)カラム(Shimadzu Shim-pack Diol-300)を備えたHPLC(ポンプ:Shimadzu LC-10ADvp、紫外可視光検出器:Shimadzu SPD-10ADvp)を用いて分析した。紫外線(UV)検出波長は230 nm又は400 nmに設定した。分子量既知の標品を用いて同一条件で分析を行い、検出波長230 nmのゲル濾過クロマトグラム上に検出された各標品のピークの溶出時間に基づき検量線を作成した。この検量線を用いて、各分析試料のゲル濾過クロマトグラム(検出波長230 nm)上に検出された各ピークの溶出時間から、各ピークに対応する成分の推定分子量を算出した。魚血の保持物画分希釈液のゲル濾過クロマトグラム(検出波長230 nm)を図2に、該ゲル濾過クロマトグラム上に検出されたピークの溶出時間及び面積百分率と該ピークに対応する成分の推定分子量を表2に、それぞれ示す。
【0060】
【表2】
【0061】
図2及び表2に示すように、溶出時間17.18分に最大面積のピークが検出された。このピークに対応する成分の推定分子量は約60,000と算出されたことから、この成分はヘモグロビンであると推測される。その他の成分として、推定分子量約17,500のタンパク質と考えられる成分(溶出時間18.4分)や、推定分子量1,000程度或いはそれ以下の、低分子化合物と考えられる成分(溶出時間21.1分)が確認された。
【0062】
プロテアーゼ処理工程により得られたプロテアーゼ処理液のゲル濾過クロマトグラム(検出波長230 nm)を図3に、該ゲル濾過クロマトグラム上に検出されたピークの溶出時間及び面積百分率と該ピークに対応する成分の推定分子量を表3に、それぞれ示す。
【0063】
【表3】
【0064】
図3に示すように、魚血の保持物画分希釈液のゲル濾過クロマトグラム上に検出されたヘモグロビンと推測されるピーク(溶出時間17.18分)が完全に消失しており、ほとんどのピークはこれより遅く溶出した。この結果から、魚血の保持物画分希釈液中のヘモグロビンが、プロテアーゼ処理によって分解されたことが確認された。また、表3に示すように、プロテアーゼ処理液のゲル濾過クロマトグラム上に検出された主要なピークは、溶出時間19.26分、19.71分及び20.34分のピークであって、これらのピークに対応する成分の推定分子量は、それぞれ約7,200、4,500及び2,400と算出された。以上の結果から、所望の分子量に近い分解生成物が得られたことが確認された。
【0065】
限外濾過工程により得られた限外濾過の保持物画分及び透過液画分のゲル濾過クロマトグラム(検出波長230 nm)を図4A及び4Bに、保持物画分及び透過液画分のゲル濾過クロマトグラム上に検出されたピークの溶出時間及び面積百分率と該ピークに対応する成分の推定分子量を表4A及びBに、それぞれ示す。
【0066】
【表4A】
【0067】
【表4B】
【0068】
図4Aに示すように、限外濾過の保持物画分のゲル濾過クロマトグラム上には、プロテアーゼ処理液で検出された推定分子量約7,200、4,500及び2,400の成分に対応するピークが検出された。この結果から、上記の成分が限外濾過膜を透過せず、依然として保持物画分に残存していることが確認された。
【0069】
表3及び4Aに示すように、プロテアーゼ処理液の分析結果と比較すると、限外濾過の保持物画分のゲル濾過クロマトグラム上に検出された上記の成分に対応するピークの面積百分率は増加したが、推定分子量1,000以下の成分に対応するピークの面積百分率は減少した。この結果から、限外濾過工程によって、所望の分子量を有する成分が濃縮されたことが確認された。
【0070】
その一方で、図4Bに示すように、限外濾過の透過液画分のゲル濾過クロマトグラム上にも、保持物画分の主要成分であった推定分子量約7,200、4,500及び2,400の成分に対応するピークが検出された。限外濾過の保持物画分と透過液画分の両画分で上記の成分が検出された原因は、本実施例では分画分子量20,000の限外濾過膜を用いたため、ヘモグロビン等のタンパク質がプロテアーゼ処理によって分解されて生じる低分子量ペプチドの多くが、当該限外濾過膜を透過して透過液画分に回収されたためと推測される。このため、透過液画分では、プロテアーゼ処理液と比較して低分子量の成分の割合が増加した(表4B)。
【0071】
上記の保持物画分及び透過液画分のゲル濾過クロマトグラム(検出波長400 nm)を図5A及び5Bに、それぞれ示す。紫外光領域である230nmの検出波長でGFC分析する場合、各種成分が検出されるが、400nmの検出波長でGFC分析する場合、可視光領域に特性吸収を有する着色成分だけが検出される。このため、上記の保持物画分及び透過液画分のGFC分析において、波長400nmで検出を行うと、酵素処理ヘム鉄を含む成分が主に検出される。
【0072】
図5Aに示すように、波長400nmで検出を行った限外濾過の保持物画分のゲル濾過クロマトグラム上には、保持時間10.4分と18.8分に、着色成分のピークが検出された。この結果から、溶出時間18.8分のピークに対応する推定分子量10,000前後とみられる成分は、ヘモグロビンの分解生成物である酵素処理ヘム鉄と推測される。
【0073】
一方、図5Bに示すように、波長400nmで検出を行った限外濾過の透過液画分のゲル濾過クロマトグラム上には、着色成分はほとんど検出されなかった。この結果から、酵素処理ヘム鉄は、ほとんどが限外濾過の保持物画分に存在することが示された。
【0074】
[実施例3]
酵素分解前後におけるヘム鉄の限外濾過膜透過挙動
ブリ血液のアルカリ変性及びプロテアーゼによるヘモグロビンの加水分解を、実施例1−1と同様の工程で順次行った。未処理の魚血、タンパク質変性工程で得られた変性ヘムタンパク質水溶液、及びプロテアーゼ処理工程で得られたプロテアーゼ処理液のそれぞれを用いて、分画分子量10,000、50,000若しくは200,000(材質:ポリサルホン)又は分画分子量20,000(材質:芳香族ポリアミド)のウルトラフィルター(ADVANTEC製)を用いた限外濾過工程を実施した。
【0075】
各10 cm3の試料を用いて限外濾過を開始し、透過液が9 cm3に達した時点で該透過液を回収し、透過液1画分とした。得られた保持物画分に水を加えて2回目の限外濾過を開始し、透過液が9 cm3に達した時点で該透過液を回収し、透過液2画分とした。2回目の限外濾過で得られた保持物画分、透過液1画分、及び透過液2画分をそれぞれ回収して凍結乾燥させた。得られた各画分の凍結乾燥残渣を王水で処理した後、ICP発光分光分析装置(Shimadzu ICPS-7000)を用いて王水処理液中の鉄濃度を定量した。上記の定量値を元に、各画分における鉄の存在率(全画分の鉄重量の総和に対する百分率)を算出した。未処理の魚血を用いた場合の結果を図6Aに、変性ヘムタンパク質水溶液を用いた場合の結果を図6Bに、プロテアーゼ処理液を用いた場合の結果を図6Cに、それぞれ示す。
【0076】
図6Aに示すように、未処理の魚血の場合、分画分子量200,000の限外濾過膜を用いても、90%以上が透過阻止され、保持物画分に回収された。これは、未処理の魚血に含まれるヘム鉄がアルカリ変性前のヘモグロビンであるため、いずれの分画分子量の限外濾過膜に対しても透過度が低かったためと推測される。
【0077】
図6Bに示すように、変性ヘムタンパク質水溶液の場合、限外濾過膜の分画分子量と透過阻止率との間には明瞭な相関関係が確認されなかった。分画分子量200,000の限外濾過膜を用いた場合、84%が透過阻止され、保持物画分に回収された。
【0078】
これに対し、図6Cに示すように、プロテアーゼ処理液の場合、実施例2で確認された推定分子量2,400〜7,300程度の酵素処理ヘム鉄の大半は、限外濾過によって膜透過されず、保持物画分に回収されることが示された。保持物画分に回収された酵素処理ヘム鉄は、全画分の鉄重量の総和に対する鉄重量の百分率で、分画分子量10,000の限外濾過膜では98%、分画分子量20,000の限外濾過膜では95%、分画分子量50,000の限外濾過膜では88%、分画分子量200,000の限外濾過膜では70%が保持物画分に回収された。
【0079】
[実施例4]
酵素処理ヘム鉄の限外濾過膜透過速度
実施例1−1と同様の方法で、プロテアーゼ処理液を調製した。このプロテアーゼ処理液を用いて、実施例3と同様の分画分子量10,000、20,000、50,000又は200,000の限外濾過膜を用いた限外濾過工程を実施した。この際、1 cm3ごとに透過液が得られるまでの時間を測定し、異なる分画分子量の限外濾過膜を用いた場合の透過液の流速を比較した。結果を図7に示す。
【0080】
図7に示すように、分画分子量20,000、50,000及び200,000の限外濾過膜を用いた場合、透過速度にはそれほど大きな違いはみられなかった。これに対し、分画分子量10,000の限外濾過膜を用いた場合には、上記の場合と比較して透過速度が相対的に低いことが示された。はじめの3 cm3の液が透過するまでの平均透過速度は、分画分子量10,000、20,000、50,000又は200,000の限外濾過膜で、それぞれ0.57×10-3 cm3 s-1、1.03×10-3 cm3 s-1、1.12×10-3 cm3 s-1又は1.27×10-3 cm3 s-1となり、分画分子量が大きくなるほど透過液の透過速度は大きかった。特に、分画分子量20,000の限外濾過膜は比較的緻密な網目構造を有する半透膜であるにもかかわらず、分画分子量10,000の限外濾過膜の2倍近い速度で濃縮出来ることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明の方法により、ヘムタンパク質を含有する魚血から、ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を製造することが出来る。これにより、産業廃棄物として処分されている魚血を、例えば貧血予防のための高機能性栄養補助食品の原料として利用することが可能となる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を製造するための方法であって、
(i)ヘムタンパク質を含有する魚血を変性処理してヘムタンパク質を変性させて、変性ヘムタンパク質水溶液を得る、ヘムタンパク質変性工程;
(ii)変性ヘムタンパク質水溶液をプロテアーゼ処理して変性ヘムタンパク質を分解し、ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を含有するプロテアーゼ処理液を得る、プロテアーゼ処理工程;
(iii)プロテアーゼ処理液を限外濾過し、保持物画分からヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を得る、限外濾過工程;
を含む前記方法。
【請求項2】
分画分子量20,000〜50,000の限外濾過膜を用いて限外濾過工程が実施される、請求項1の方法。
【請求項3】
魚血をアルカリと混合することによって変性処理が実施される、請求項1又は2の方法。
【請求項1】
ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を製造するための方法であって、
(i)ヘムタンパク質を含有する魚血を変性処理してヘムタンパク質を変性させて、変性ヘムタンパク質水溶液を得る、ヘムタンパク質変性工程;
(ii)変性ヘムタンパク質水溶液をプロテアーゼ処理して変性ヘムタンパク質を分解し、ヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を含有するプロテアーゼ処理液を得る、プロテアーゼ処理工程;
(iii)プロテアーゼ処理液を限外濾過し、保持物画分からヘムタンパク質に由来するペプチドとヘム鉄とを含む複合体を得る、限外濾過工程;
を含む前記方法。
【請求項2】
分画分子量20,000〜50,000の限外濾過膜を用いて限外濾過工程が実施される、請求項1の方法。
【請求項3】
魚血をアルカリと混合することによって変性処理が実施される、請求項1又は2の方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4A】
【図4B】
【図5A】
【図5B】
【図6A】
【図6B】
【図6C】
【図7】
【図2】
【図3】
【図4A】
【図4B】
【図5A】
【図5B】
【図6A】
【図6B】
【図6C】
【図7】
【公開番号】特開2011−234682(P2011−234682A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−110113(P2010−110113)
【出願日】平成22年5月12日(2010.5.12)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度〜平成22年度、文部科学省、都市エリア産学官連携促進事業「健康・安全な長寿社会を支援する水産資源活用技術の創出」、産業技術力強化法19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504224153)国立大学法人 宮崎大学 (239)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年5月12日(2010.5.12)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度〜平成22年度、文部科学省、都市エリア産学官連携促進事業「健康・安全な長寿社会を支援する水産資源活用技術の創出」、産業技術力強化法19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504224153)国立大学法人 宮崎大学 (239)
【Fターム(参考)】
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