説明

鰻の糠漬け及びその製造方法

【課題】 保存に適し、しかも従来の調理方法では得られない、食感や食味を有する鰻の糠漬けとその製造方法を提供する。
【解決手段】 開いて強塩した鰻を、30日〜90日漬け込んだ後、容器に、魚醤、山椒の実、山椒の葉から選ばれる少なくとも1種を含む糠と、前記鰻を交互に隙間なく充填し、表面を糠で覆い、糠が見えなくなるまで塩をふり、さらに表面をくま笹の葉で覆い、重しを載せて、冷暗所に10箇月以上保存する。これによって、サルモネラ菌やイクシオトキシンという毒物のため、従来は蒲焼のように加熱処理を施さないと、食べることができなかった鰻を、新たな形態で供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鰻を原材料とする、糠漬けとその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
糠漬けは、米糠を乳酸発酵させて作った糠床の中に、野菜を漬けこんで得られる漬物で、糠味噌漬けとも称され、代表的なものとして、干した大根を漬けた沢庵が挙げられる。漬け込む対象として、大根の他に胡瓜や茄子などの野菜の他、肉や魚なども用いられ、独特の風味や食味があり、副食や肴として供されている。
【0003】
また糠床に存在する乳酸菌や酵母により、原材料に含まれる雑菌を死滅させたり、有害物質を分解したりする効果があり、保存性が高い他、これを摂取することで、腸内を清浄に保つ効果もあることから、健康維持に寄与するとも言われている。
【0004】
一方で鰻は、栄養価が高いため、古くから夏季における体力の維持に効果あるとされ、「土用の丑の日」に食することが推奨されていて、近年は、食生活の質の向上に伴い、年間を通じて消費されている。その調理の形態に着目すると、蒲焼きが殆どであり、その理由は、鰻の食味に最も適した調理方法であることが考えられ、その他の調理方法で供されることは、あまり例がない。
【0005】
そこで、前記の糠漬けに着目すると、糠漬けは基本的に保存食品なので、食べる際に、特別に調理する必要がなく、何時でも何処でも食べることができる。しかも鰻の糠漬けにおいては、蒲焼きとは、まったく別の食感と食味が得られることが期待できる。
【0006】
魚の糠漬けやその製造方法について見ると、特許文献1には、糠漬け鮭科魚類の製造方法が開示されている。しかしながら、本特許文献に開示されているのは、鮭科の魚類を対象としたものであり、必ずしも鰻の処理方法として適切なものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】 特許第2752340号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、本発明の課題は、保存に適し、しかも従来の調理方法では得られない、食感や食味を有する鰻の糠漬けとその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、前記の課題に鑑み、鰻の前処理方法や、鰻に適した調味料の処方などを検討した結果なされたものである。
【0010】
即ち、本発明は、山椒の実、山椒の葉から選ばれる少なくとも1種と、鰻及び魚醤を含むことを特徴とする、鰻の糠漬けである。
【0011】
また、本発明は、開いて強塩した鰻を、30日〜90日漬け込んだ後、容器に、山椒の実、山椒の葉から選ばれる少なくとも1種と、魚醤を含む糠と、前記鰻を交互に隙間なく充填し、表面を糠で覆い、糠が見えなくなるまで塩をふり、さらに表面をくま笹の葉で覆い、重しを載せて、冷暗所に10箇月以上保存することを特徴とする、前記の鰻の糠漬けの製造方法である。
【0012】
また、本発明は、前記冷暗所に10箇月以上保存する期間には、7月ないし9月の夏季が含まれることを特徴とする、前記の鰻の糠漬けの製造方法である。
【0013】
また、本発明は、前記容器として、陶磁器からなる瓶を用いることを特徴とする、前記の鰻の糠漬けの製造方法である。
【発明の効果】
【0014】
一般に淡水魚を生食に供することは希であるが、それは寄生虫の害によるところが大きいとされている。海棲の魚にも寄生虫がいるが、それらの宿主としては、海棲の動物が適していても、ヒトは必ずしも宿主と適しているわけではなく、寄生しても生存が困難であることから、害が生じることは少ない。
【0015】
また、鰻においては、生の状態ではサルモネラ菌が存在し、また血清中にはイクシオトキシン(ichthyotoxin)というタンパク質からなる神経毒が存在する。前者は、主にヒトや動物の消化管に生息する腸内細菌の一種であり、食中毒の原因となることが広く知られている。また、後者は、摂取すると下痢、吐き気などの中毒症状を起こし、さらには、目や外傷に付着すると炎症を起こし、大量に摂取すると死に至ることもある。
【0016】
サルモネラ菌は加熱により死滅するし、イクシオトキシンはタンパク質なので加熱により変性し毒性がなくなる。これが鰻を生食しない主な理由であるが、本発明においては、開いた鰻を強塩し、糠漬けとするので、サルモネラ菌が死滅し、イクシオトキシンも毒としての活性を失う。
【0017】
また、本発明においては、糠の表面に塩をふった後、くま笹の葉で覆うが、これは、くま笹の抗菌作用を利用するためである。古くからくま笹で食品を覆うと腐敗し難いことが知られていて、粽や笹団子などの形でその殺菌作用が利用され、さらにはその薬理作用が漢方薬などに利用されている。従って、サルモネラ菌などの有害な雑菌に作用すると考えられる。
【0018】
また、本発明においては、糠漬けの際の必須成分として魚醤を用いる。魚醤は魚に塩を混ぜて発酵させたものから得られる液体成分であり、単なる塩味のみではなく、タンパク質の分解生成物であるアミノ酸、つまり旨味成分を多量に含む調味料である。これを用いることで、塩のみでは得られない食味を鰻に付与することができる。
【0019】
さらに本発明においては、山椒の実、山椒の葉を用いるが、これらは食味の調整に有用である他、山椒に含まれるサンショールという成分に殺菌作用があるため、くま笹と同様に作用する。
【0020】
一方、本発明の鰻の糠漬けの製造方法のおいては、漬け込みに用いる容器として、陶磁器製の瓶を用いるのが望ましい。これは、容器に必要以上の通気性があったり、光の透過性があったりすると、酸素や紫外線に過度に曝露され、糠漬けの発酵熟成に悪影響を及ぼすことがあるからである。
【0021】
そして、糠漬けの発酵熟成には温度も大きな影響を及ぼすが、一般的に温度が高い方が、発酵熟成が早くなるため、本発明の鰻の糠漬けの製造にあたっては、保存期間に夏季を包含させることが望ましい。従って実際の漬け込みにあっては、5〜6月の間に鰻に強塩して、当該年度に漬け込むだけの量を準備し、暑くなる前に漬け込みを完了させるとよい。
【0022】
なお、暑い期間が長きに亘ると、発酵熟成が過剰となり、鰻の糠漬け本来の食味が十分に発現できなくなることがある。逆に寒気が継続しても、発酵熟成が不十分となる。つまり本発明の鰻の糠漬けの製造は、四季の変化が明確な地域に適している。
【発明を実施するための形態】
【0023】
次の本発明に係る、鰻の糠漬けの製造方法について説明する。
【0024】
まず、鰻を開いて内臓と骨を除き、十分に水洗いを行う。次に強塩、つまり鰻が完全に覆われる程度に塩をまぶし、瓶に入れて重しを置き、冷暗所にて約2箇月保存する。
【0025】
米糠に、適量の魚醤、塩、山椒の実、山椒の葉を加えて糠床を調製する。それらの量は、概ね、米糠が10kgに対し、塩分の濃度を20%に調整した魚醤5L、山椒の実と葉の合計が20g程度である。
【0026】
次に強塩して保存した鰻を瓶から取り出し、表面の塩が除かれる程度に、軽く水で洗い、水分を拭き取り、前記の米糠と鰻を交互に瓶の中に隙間ができないように詰め込み、表面を前記米糠で覆う。さらにその上に、米糠が見えなくなるまで塩をふり、くま笹の葉で覆い、重しを載せて冷暗所で保存する。
【0027】
約1年間寝かして、発酵が進み、甘みが増したところで、食用として提供する。このようにして得られた鰻の糠漬けは、従来の調理方法では得られない、食感と食味を有する食品で、副食や肴として供することができる。なお、実際に食べる際に、皮の堅さが気になる場合、熱を通すことが望ましい。具体的には、刻んだものをご飯の上に載せて湯や茶をかけてお茶漬けとする、火であぶる、5〜10cmの大きさ切って鍋にいれ出汁とする、などが挙げられる。
【0028】
また、本発明は、前記実施の形態に限定されるものではなく、本発明の分野における通常の知識を有する者であれば想到し得る、各種変形、修正を含む要旨を逸脱しない範囲の変更があっても、本発明に含まれることは勿論であり、穴子などの他の食材に応用することも可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
山椒の実、山椒の葉から選ばれる少なくとも1種と、鰻及び魚醤を含むことを特徴とする、鰻の糠漬け。
【請求項2】
開いて強塩した鰻を、30日〜90日漬け込み、容器に、山椒の実、山椒の葉から選ばれる少なくとも1種と、魚醤を含む糠と、前記鰻を交互に隙間なく充填し、表面を糠で覆い、糠が見えなくなるまで塩をふり、さらに表面をくま笹の葉で覆い、重しを載せて、冷暗所に10箇月以上保存することを特徴とする、請求項2に記載の、鰻の糠漬けの製造方法。
【請求項3】
前記冷暗所に10箇月以上保存する期間には、7月ないし9月の夏季が含まれることを特徴とする、請求項2に記載の鰻の糠漬けの製造方法。
【請求項4】
前記容器として、陶磁器からなる瓶を用いることを特徴とする、請求項2または請求項3に記載の鰻の糠漬けの製造方法。