説明

齲蝕に関連する口腔内細菌の特定方法

【課題】齲蝕リスクを評価するための基準の作成方法、及び、齲蝕リスクを評価するための情報の提供方法を提供すること。
【解決方法】齲蝕を多発する被験者からなるグループと齲蝕を有さない被験者からなるグループの双方からin vivoで形成させたデンタルプラークを採取し、採取したデンタルプラーク中の細菌叢に含まれる細菌のDNAを抽出し、抽出したDNAをT−RFLP法により解析し、解析した結果として得られたピークについて、齲蝕を多発する被験者からなるグループと齲蝕を有さない被験者からなるグループとの間で各ピークの位置及びピーク面積を比較し、齲蝕を多発する被験者からなる群に特徴的なピークの位置及び面積を記録することを特徴とする、齲蝕に関連する口腔内細菌の特定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、齲蝕に関連する口腔内細菌の特定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
患者が近い将来において齲蝕を発症しやすいか否かを示す齲蝕リスクの評価は、歯科診療の場において重要な意義を持つ。従来、齲蝕リスクは、歯磨きの回数や方法、歯並び、唾液の分泌量等と齲蝕の発生との関連を調べることにより評価されてきた。
一方で、口腔内細菌と齲蝕との関連も調べられている。齲蝕の病原菌としては、Streptococcus mutans をはじめとするミュータンスレンサ球菌が従来から注目されており、疫学研究でも乳幼児の齲蝕の発症とミュータンスレンサ球菌との間の因果関係が証明されている。そのため、歯科の臨床においてミュータンスレンサ球菌の感染を検出し、将来の齲蝕の発症のリスクを評価するキットも利用されている。
【0003】
しかし、成人では齲蝕の発症とミュータンスレンサ球菌との関連性が低いため、ミュータンスレンサ球菌の感染を検出するのみでは成人における齲蝕の発症のリスクを評価することはできない。
また、口腔内に存在する他の細菌と齲蝕リスクとの関連は明らかになっていない。その理由として、口中の菌は培養が難しく、口腔フローラの解析が困難であることが挙げられる。そのため、口腔内細菌をもとに齲蝕リスクを評価する方法は確立していない。特に、口腔内細菌による齲蝕リスクの評価にどのような基準を用いればよいか、また、どのように取得した情報をもとに齲蝕リスクを評価すればよいか等については未解明の点も多い。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Takeshita T, Nakano Y, Yamashita Y. Improved accuracy in terminal restriction fragment length polymorphism phylogenetic analysis using a novel internal size standard definition. Oral Microbiol Immunol 22(6):419-28, 2007.
【非特許文献2】Takeshita T, Nakano Y, Kumagai T, Yasui M, Kamio N, Shibata Y, Shiota S, Yamashita Y. The ecological proportion of indigenous bacterial populations in saliva is correlated with oral health status. ISME J 3(1):65-78, 2009.
【非特許文献3】Tong H, Chen W, Merritt J, Qi F, Shi W, Dong X. Streptococcus oligofermentans inhibits Streptococcus mutans through conversion of lactic acid into inhibitory H2O2: a possible counteroffensive strategy for interspecies competition. Mol Microbiol. 63(3):872-80, 2007.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、齲蝕に関連する口腔内細菌の特定方法、及び、齲蝕リスクを評価するための情報の提供方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題に鑑み、本発明は、齲蝕を多発する被験者からなるグループと齲蝕を有さない被験者からなるグループからデンタルプラークを採取し、採取したデンタルプラーク中の細菌叢に含まれる細菌のDNAを抽出し、抽出したDNAをT−RFLP法により解析し、解析した結果として得られたピークについて、齲蝕を多発する被験者からなるグループと齲蝕を有さない被験者からなるグループとの間で各ピークの位置及びピーク面積を比較し、齲蝕を多発する被験者からなる群に特徴的なピークの位置及び面積を記録することを特徴とする、齲蝕に関連する口腔内細菌の特定方法に関する。
また、本発明は、被験者からデンタルプラークを採取し、採取したデンタルプラーク中の細菌叢に含まれる細菌のDNAを抽出し、抽出したDNAをT−RFLP法により解析することを特徴とする、齲蝕リスクを評価するための情報の提供方法に関する。
【発明の効果】
【0007】
上記の方法により、齲蝕に関連する口腔内細菌と齲蝕リスクとの関連を定量的かつ簡便に調べることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の一実施態様における、デンタルプラーク形成装置。
【図2】プラーク中の全細菌数の経日的変化を表すグラフ。
【図3】プラーク形成後1日から7日までの各個人のT−RFLPパターンの主成分分析による2次元プロットを表すグラフ。
【図4】プラーク形成後4日目の各個人のT−RFLPパターンの主成分分析による2次元プロットを表すグラフ。
【図5−1】有意差のある各ピークのピーク面積比の齲蝕を多発する被験者からなるグループと齲蝕を有さない被験者からなるグループ間での比較を表すグラフ。
【図5−2】有意差のある各ピークのピーク面積比の齲蝕を多発する被験者からなるグループと齲蝕を有さない被験者からなるグループ間での比較を表すグラフ。
【図6】TRFMAWのsmall データベースによるピーク49に対応する細菌種の特定結果を表すグラフ。
【図7】ピーク49に対応するGemella属の菌種を齲蝕なし群と齲蝕多発群とで比較した結果を表すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の第1の実施形態は、齲蝕に関連する口腔内細菌の特定方法に関する。
本発明に係る方法は、in vivoで形成させたデンタルプラークを齲蝕を多発する被験者からなるグループと齲蝕を有さない被験者からなるグループから採取する第1の工程、採取したデンタルプラーク中の細菌叢に含まれる細菌のDNAを抽出する第2の工程、抽出したDNAをT−RFLP法により解析する第3の工程、及び、解析した結果として得られたピークについて、齲蝕を多発する被験者からなるグループと齲蝕を有さない被験者からなるグループとの間で各ピークの位置及びピーク面積を比較し、齲蝕を多発する被験者からなる群に特徴的なピークの位置及び面積を記録する第4の工程を有することを特徴とする。
【0010】
第1の工程において、まず、齲蝕を多発する被験者からなるグループと齲蝕を全く有さない被験者からなるグループからデンタルプラーク(以後、単にプラークともいう)を採取する。齲蝕を多発する被験者を選定するための基準は、評価の基準を作成する目的に応じて定めることができる。例えば、過去の齲蝕経験や現在の齲蝕数等をもとに選定してよい。
口腔内からデンタルプラークを採取する方法としては、デンタルプラークをin vivoで形成して採取することが可能である限り、公知のいかなる方法をも使用することができる。なお、デンタルプラークを4日以上成熟させると、細菌叢の形成が安定するために好ましい。また、侵襲性や不快感を考えると、実際の歯面のプラークの清掃を被験者に長期間停止させることは倫理的に不可能であるため、口腔内に着脱可能なデンタルプラーク形成装置等を用いることが好ましい。
【0011】
上記した着脱可能なデンタルプラーク形成装置の例としては、限定はされないが、図1に示すデンタルプラーク形成装置が使用可能である。
【0012】
本発明に係るデンタルプラーク形成装置は、図1(a)に示すように、被験者の下顎歯列から採取した印象をもとに下顎全体を覆うマウスピースを作成し、その咬合面を削除したものである装置本体部と、装置本体部の臼歯部頬側面に複数枚接着されたプラーク形成プレートとからなる。このデンタルプラーク形成装置を実際に装着した様子を図1(b)に示す。
【0013】
装置本体部は、装着中の装置による咬頭干渉を防ぐため、装置が接する歯の咬合面にあたる部分を削除している。これは、装置による咬頭干渉を防ぐことが目的であるため、咬合面にあたる部分を削除する際に、歯の側面にあたる部分が部分的に削除されてもかまわない。ただし、プラーク形成プレートを接着する面を確保するため、装置本体部は、口腔内に装着した際に、少なくとも1または2以上の臼歯の頬側面と少なくとも部分的に接している必要がある。
装置本体部は、図1(a)のように下顎全体のマウスピースをもとに作成してもよいが、少なくとも上顎または下顎の1または2以上の臼歯の頬側面に接するかぎり、必ずしも下顎全体のマウスピースをもとに作成する必要はなく、一部の歯のみに装着されるものでもよい。
【0014】
装置本体部の材料としては、限定されないが、歯科用の即時重合レジンを用いて筆積み法により作成することができる。また、図1(a)に示すように、装着中の装置の離脱を防ぐため、下顎犬歯と下顎第一小臼歯との間、及び最遠心に位置する臼歯のさらに遠心側に、頬側と口蓋側とをつなぐ架橋部を形成してもよい。架橋部の位置は、架橋部による咬頭干渉を最小限にするために上記位置にすることが好ましいが、装着中の離脱を防ぐことができる限り、位置は限定されず、また、架橋部を形成しなくてもよい。
【0015】
装置の臼歯部頬側面には、歯面の代替としてのプラーク形成プレートが接着される。
プラーク形成プレートの材料としては特に限定されないが、プラークをこのプレートに形成させ、その後プレートからプラークを剥ぎ取ることを考慮すると、デンタルインプラントの材料として用いることのできる材料、好ましくは焼結体合成ハイドロキシアパタイト等を使用することが好ましい。
なお、プレートの形状、大きさ、枚数等は、口腔内環境を侵襲せず、被験者に不快感を与えない限り、特に限定されることはない。
プラーク形成プレートは、例えば接着用樹脂等によって装置本体部に接着される。その際、本体部からの取外しが容易な構成になっていると、プラーク形成過程の経日的な観察に用いることができるため好ましい。
また、デンタルプラーク形成装置は下顎部に装着するものには限定されず、上顎歯列から採取した印象をもとに上顎部に装着するものを作成してもかまわない。
このデンタルプラーク形成装置を被験者に少なくとも4日以上装着させ、その後、プラーク形成プレートからデンタルプラークを剥ぎ取ることで、容易にデンタルプラークを採取することができる。
【0016】
第2の工程は、第1の工程で採取したデンタルプラークに含まれる細菌叢のDNAを抽出する工程である。DNAを抽出する手段は特に限定されず、細菌を破砕し、フェノール等の抽出用試薬を用いる等の公知の手段で抽出することができる。
【0017】
第3の工程においては、第1の工程で抽出したDNA試料に含まれる細菌の構成種をT−RFLP法によって解析する。T−RFLP法とは、(1)末端を蛍光標識した細菌種共通のプライマーを用いて、試料に含まれる各細菌の16S rRNA遺伝子をPCR法により増幅する、(2)増幅したDNAを制限酵素HaeIIIで切断する、(3)蛍光標識された末端を含むDNA断片を電気泳動によって検出する、の3工程により試料に含まれる微生物の群集構造を解析する手段である。
デンタルプラークに含まれる細菌叢を構成する口腔内細菌は、16S rRNAの塩基配列がそれぞれ異なっている。そのため、16S rRNAを制限酵素で切断する際の切断部位も細菌種ごとに異なる。そこで、各細菌種から抽出した16S rRNA遺伝子について、一方の末端を蛍光標識したプライマーを使用して増幅し、増幅されたPCR産物を制限酵素で切断し、蛍光標識された末端を含む断片を検出することによって、細菌叢を構成する口腔内細菌の群集構造に応じた一定のピークパターンが得られる。本発明において、ピークパターンとは検出されたピークの位置及びそれぞれのピークの面積のパターンを意味する。ピークの位置からはそれぞれの切断された断片の断片長を推定することができ、さらに、得られたピーク位置(断片長)と公知のデータベースとを比較することにより、そのピークに対応する細菌種を特定することもできる。また、ピーク面積からはそのピークに対応する細菌の多さが推定できる。
【0018】
第4の工程では、解析した結果として得られたピークパターンから齲蝕リスクを評価する。ここでは、齲蝕を多発する被験者のグループから取得したプラークと齲蝕を有しない被験者のグループから取得したプラークについて、得られたピークパターンを比較し、齲蝕を多発する被験者から取得したサンプルに特徴的なピークパターンを記録する。例えば、特定のピーク位置におけるピーク面積において両群に有意な差が認められた場合、そのピーク位置を齲蝕リスクの評価に使用するピーク位置として記録することができる。
その後、歯科診療の場面で、患者の口腔内からデンタルプラークを採取し、デンタルプラーク中の細菌叢に含まれる細菌のDNAを抽出し、抽出したDNAをT−RFLP法により解析し、上記有意な差が生じたフラグメントサイズの検出率を調べることで、患者の齲蝕リスクを定量的に評価することができる。また、前記有意な差が生じたフラグメントサイズに該当する細菌種を特定することにより、齲蝕に関連する細菌を特定することができる。その後、患者の口腔内におけるその菌種の検出の程度を調べることにより、患者の齲蝕リスクを簡便に評価することができる。
【0019】
本実施形態においては、抽出したDNAをもとに口腔内細菌と齲蝕リスクとの関連を調べるため、培養が難しい口腔内細菌について、菌種を問わず、網羅的かつ定量的に齲蝕リスクとの関連を調査することができる。
【0020】
以下、本願発明を具体的実施例により詳細に説明するが、本願発明は以下の実施例によりなんら限定されるものではない。
【実施例1】
【0021】
1.被験者
九州大学歯学部の学生を対象にボランティアを155名程募り、ボランティア全員に対して齲蝕の診査を行った。齲蝕の診査は、歯冠部齲蝕については社団法人日本学校歯科医会の「う歯(C)及び要観察歯(CO)の検出基準」に準じて齲歯(C)を検出し、根面齲蝕についてはWHOの基準に準じてCを検出した。その結果に基づき、齲蝕を多発する10名を被験者として選んだ。また、被験者に過去の齲蝕経験を質問し、その結果をもとに齲蝕を有さない被験者からなるグループを10名設定した。すなわち、合計20名を本実施例における被験者とした。
ここでは、齲蝕経験のある歯数が9本以上の者を齲蝕多発者とし、これまでに齲蝕が認められなかった者を齲蝕を有さない被験者とした。
【0022】
被験者の年齢、性別および齲蝕に関する健康パラメータを表1に示す。各10名ずつ、齲蝕を多発する被験者からなるグループ(被験者A〜J)ならびに齲蝕を有さない被験者からなるグループ(被験者K〜S)を選出した。なお、実験開始後、装置装着に対する違和感のため協力できない者が齲蝕を有さない被験者からなるグループに1名発生したため、最終的には齲蝕を有さない被験者からなるグループは9名となった。
被験者の年齢は21歳から28歳であり、齲蝕を多発する被験者からなるグループの平均年齢は24.1歳、齲蝕を有さない被験者からなるグループの平均年齢は23.2歳であったが、t検定により両群間に有意な差は認められなかった。
刺激唾液量については齲蝕を多発する被験者からなるグループの平均値が1.23ml/minであり、齲蝕を有さない被験者からなるグループが1.42ml/minで齲蝕を多発する被験者からなるグループが若干少ない傾向が見られたが、t検定により両群間に有意な差は認められなかった。また、唾液緩衝能は齲蝕を多発する被験者からなるグループで高いが7名、中程度が3名であったのに対し、齲蝕を有さない被験者からなるグループでは高いが7名、中程度が2名であり、Fisherの直接確率計算によって両群に緩衝能の有意な差は認められなかった。
【0023】
【表1】

【0024】
2.口腔内デンタルプラーク形成装置
in vivoでのデンタルプラークの形成のため、図1に示す着脱可能なデンタルプラーク形成装置を作成した。
まず、被験者の下顎歯列の印象を採得し、採取した印象をもとにマウスピース様の装置を歯科用の即時重合レジンを用いて作製し、装置による咬頭干渉がないように架橋部を残して咬合面を削除した。両側の臼歯部頬側面には、スティッキーワックスによって、歯面の代替となる焼結体合成ハイドロキシアパタイトのプラーク形成プレート(直径5mm、厚さ2mmの円筒状のプレート)を6枚ずつ接着し、プラークの形成面とした。装置の装着にあたっては、被験者に試適し、歯肉や粘膜への侵襲がないことおよび発音障害などが生じないことを確認した。
装着に際しては、以下の点を被験者に確認した。
(1) 食事および歯磨き時は装置を外し、生理食塩水を満たしたケースに入れて保管すること。
(2) その際、決してハイドロキシアパタイトのプレートの面には触れないこと。
(3) 食事および歯磨き時以外は常に装置を装着しておくこと。
【0025】
3.プラークの調製ならびにサンプルからの細菌DNAの抽出
装置装着から5日目までは1日ごとに1枚ずつ、さらに7日目に1枚、装置からプラーク形成プレートを取り外し,溶菌液の入ったチューブの中に浸漬した。超音波処理でプラーク形成プレートからプラークを剥ぎ取り、遠心分離機でプラークを一旦沈殿させ、溶菌液からプラーク形成プレートを除去した。取り除いたプラーク形成プレートについては、その表面にプラークの付着が無いことを顕微鏡で確認した。
サンプル中に含まれるDNAの抽出は、非特許文献1の方法を一部改良して行った。菌を採取したチューブの中に0.3gのzirconia-silica beads (直径 0.1 mm: Biospec Products, USA) と1個のtungsten-carbide bead (直径 3 mm: Qiagen, Germany) を加えて90℃で10分間加温した後、Disruptor Genie (Scientific Industries, Inc., USA) を用いて菌体を震盪、破砕し、200μlの1% SDS溶液を加えて、70℃で10分間加温した。さらに、蛋白質成分を除去するため、フェノール (v/v)による抽出を1回、フェノール・クロロホルム・イソアミルアルコール (25:24:1、v/v) 混合溶液による抽出を1回行った後、エタノール沈殿処理を行い、生じた沈殿物を50μlのTE溶液 (1mM EDTA を含む10mMトリス塩酸緩衝液 ; pH8.0) に溶解し、DNA試料として分析時まで−30℃で凍結保存した。
【0026】
4.リアルタイムPCRによるプラーク中の全菌数の測定
プラーク中の全細菌数の測定は抽出したDNA試料についてSYBR Green PCR kit (Qiagen, Hilden, Germany ) を用いたリアルタイムPCRをStepOneTM Real-Time PCR System (Applied Biosystems, USA) によって行った。プライマーにはユニバーサルプライマー(806F: 5’-TTAGATACCCYGGTAGTCC-3’と926R: 5’-CCGTCAATTYCTTTGAGTTT-3’)を用いた。PCR反応にはBiomtra T3 thermocycler (Biomtra, Germany) を用い、条件は95℃で10分間加熱し、その後95℃ 3秒、60℃ 30秒を40回繰り返した。各サンプル中の全菌数の計算は、Streptococcus mutans Xcの一定CFUから抽出されたDNAを用いた検量線によって換算して行った。
【0027】
図2は、プラーク中の全細菌数の経日的変化を示す。リアルタイムPCRによって測定した各サンプル中の全細菌数の経日的推移を個人別に図2の左のグラフに示した。破線の折れ線グラフは齲蝕を多発する被験者からなるグループを、実線の折れ線グラフは齲蝕を有さない被験者からなるグループの各サンプル中の全細菌数の推移を、それぞれ示している。
図2の右のグラフはそれぞれの群のプラーク形成後各日数毎(6日後のみを除く)の平均値を示したものである。プラーク形成3日目までは齲蝕を多発する被験者からなるグループの細菌数は齲蝕を有さない被験者からなるグループに比較して有意に多かったが、4日目からは両群間にはt検定によって有意な差は認められなかった。
【0028】
5.Terminal restriction fragment length polymorphism (T-RFLP) 法を用いたプラーク中の菌叢パターンの経日的変化の分析
抽出DNA試料からの16S rRNA遺伝子の増幅は、非特許文献2の方法に準じてPCR法により行った。ほとんどの細菌に共通な塩基配列部位をプライマーとして用いるため、5’末端を蛍光色素 6-carboxyfluorescein (6-FAM) によって標識した8F (5'- AGAGTT TGATYM TGGCTC AG- 3') をフォワードプライマーとして、また、5’末端を蛍光色素 hexachlorofluorescein (HEX) によって標識した806R (5'- GGA CTA CCR GGG TAT CTA A- 3') をリバースプライマーとして使用した。PCR反応にはKOD DNA ポリメラーゼ(東洋紡績株式会社) を用いた。1μlの鋳型 DNA (100-500 ng/μlになるよう希釈したもの) に5μlのKOD DNA ポリメラーゼ10×PCR buffer(60mM硫酸アンモニウム、100mM塩化カルシウム、1%Triton X-100、100μgウシ血清アルブミンを含む1.2 Mトリス塩酸緩衝液; pH8.0)、5μlの2mM dNTPs、2μlの25mM塩化マグネシウム、各0.5μlの1μM両プライマー、1μlのKOD DNAポリメラーゼ(2.5 U/μl)を加えた後、滅菌蒸留水を加えて総量を50μlとしてPCR反応を行った。PCR反応にはBiometra T3 thermocycler (Biometra, Germany) を用いた。反応条件は98℃ 15秒、60℃ 2秒、72℃ 30秒で30サイクルの反応を行った。PCR反応終了後に、泳動用ゲル2% (wt/vol)のアガロースを含む1×TAEを用いて、アガロース電気泳動を行い、バンド出現部位を切り出した後、Wizard SV Gel and PCR Clean-Up System (Promega, USA) を用いて未反応プライマー、プライマーダイマー、その他非特異的増幅断片の除去を行った。
精製した16S rRNA遺伝子増幅断片を含む溶液3μlを制限酵素HaeIII 5 Uを用いて総量を10μlとし、37℃で3時間消化した後、非特許文献2の方法に準じてキャピラリー電気泳動を行った。切断したDNA溶液2μlに対して、9μlの脱イオン化ホルムアミド、1μlのサイズスタンダードを混合し、95℃で5分間加熱し熱変性させた後、急冷して電気泳動に用いた。電気泳動はABI3130 Genetic analyzer (Applied Biosystems, USA) を用い、60℃、15kVの条件で30分泳動した。データの取り込みおよび解析は GeneMapper version 4.0 (Applied Biosystems, USA) を用いて行った。
【0029】
得られたピークパターンについて、主成分分析を用いて第一、第二主成分をx、y軸とした平面上にプロットし、経日的変化や齲蝕経験との関連性の検討を行った。また、齲蝕を多発する被験者からなるグループと齲蝕を有さない被験者からなるグループの間で特徴的な差を示したピークについては両群間で各ピーク面積の平均値の差をt検定により統計学に比較した。さらに、これらのピークに対応する菌種の特定は九州大学大学院歯学研究院口腔保健推進学講座口腔予防科学分野が構築する655種の口腔細菌種を登録したTRFMAWのsmallデータベースを用いて行った。
【0030】
6.T−RFLP法を用いたデンタルプラークの菌叢パターンと齲蝕リスクとの関連性の分析
19人×6日=114サンプルから得られたT−RFLPパターンを主成分分析した結果をプロットした結果を図3に示す。○で示した齲蝕を多発する被験者からなるグループは□で示した齲蝕を有さない被験者からなるグループに比較して、第1主成分(PC1)の左側かつ第2主成分(PC2)の下側に位置する傾向があり、プラーク形成日数が短いサンプルでは若干の重なりがあるものの、細菌叢を反映するピークパターンの違いによって、齲蝕を多発する被験者からなるグループと齲蝕を有さない被験者からなるグループを区分できる可能性が示唆された。
そこで、図2の結果からプラークの形成が安定すると判断された4日目のプラークのみのサンプルで同様に主成分分析した結果をプロットしたところ、図4に示すように図3のプロットにおいて齲蝕を多発する被験者からなるグループと齲蝕を有さない被験者からなるグループが区分された結果がより明瞭となった。
【0031】
齲蝕を多発する被験者からなるグループと齲蝕を有さない被験者からなるグループ間とので、プラーク形成後4日目の各T−RFLPパターンの各ピークの面積が細菌叢全体の中で占める平均ピーク面積率を比較した結果を表2に示す。比較した91ピークの中で両群のピーク面積比の平均値の差の間で有意な差が認められたのは、ピーク29(分子量:64946)、ピーク30(分子量:66713)、ピーク43(分子量:77670)、ピーク49(分子量:84210)、ピーク51(分子量:85834)、ピーク52(分子量:87160)、ピーク55(分子量:93152)、ピーク68(分子量:103349)の8ピークであった。
これらの中、齲蝕を多発する被験者からなるグループで有意にピーク面積が広いピークはピーク30、ピーク43、ピーク51、ピーク52、ピーク55、ピーク68の6ピークであり、ピーク29、ピーク49の2ピークについては齲蝕のない被験者からなるグループの方がピーク面積が有意に広かった
【表2】

【0032】
次に、有意差が見られた各ピークの分布を比較した結果を箱ひげ図として図5−1(a)〜(d)および図5−2(e)〜(h)に示した。これらのピークに対応する菌種の特定をその断片サイズからTRFMAWのsmallデータベースを用いて行った結果、ピーク49については図6に示すようにほぼGemella属の細菌種のみに限定された。一方、その他のピークについては複数の属の細菌が割り付けられたことから、特定の細菌種に絞り込むことは難しかった。
【0033】
7.ピーク49に対応するGemella属の菌種が齲蝕なし群と齲蝕多発群で異なるか否かを調べるため、Reverseプライマーとして上記806Rの代わりにGemella属に特異的な塩基配列(Gem734R: 5’-CAG GCC AAA AAG CCG C-3’)を用いてプライマーとして、それぞれのサンプルからの抽出DNAについてGemella属の16S rRNA遺伝子を特異的に増幅した。増幅した遺伝子断片をベクタープラスミド(pBluescript SK, Stratagene)に組み込み、大腸菌(DH5αα株)を形質転換して、クローンライブラリーを作成した。各サンプルのクローンライブラリーから任意に10クローンずつを選別し、これらのクローンのベクター挿入断片の遺伝子配列を決定し、結果を16S rRNA遺伝子データベースと比較することで各挿入断片の由来となる細菌種を検索した。その結果を図7に示す。クローンは全て G. haemolysans, G. sanguinis, G. morbillorum の3菌種のいずれかに相当し、G. haemolysans と G. morbillorum はどちらの群からも検出されたが、G. sanguinis は齲蝕なし群からは検出されなかった。また、齲蝕多発群では10名中7名において複数種が同定されたのに対し、齲蝕無し群9名中8名では G. haemolysans 以外は検出されなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
齲蝕を多発する被験者からなるグループと齲蝕を有さない被験者からなるグループからデンタルプラークを採取し、
採取したデンタルプラーク中の細菌叢に含まれる細菌のDNAを抽出し、
抽出したDNAをT−RFLP法により解析し、
解析した結果として得られたピークについて、齲蝕を多発する被験者からなるグループと齲蝕を有さない被験者からなるグループとの間で各ピークの位置及びピーク面積を比較し、齲蝕を多発する被験者からなる群に特徴的なピークの位置及び面積を記録することを特徴とする、
齲蝕に関連する口腔内細菌の特定方法。
【請求項2】
被験者からデンタルプラークを採取し、
採取したデンタルプラーク中の細菌叢に含まれる細菌のDNAを抽出し、
抽出したDNAをT−RFLP法により解析することを特徴とする、
齲蝕リスクの情報の提供方法。
【請求項3】
被験者からデンタルプラークを採取し、
採取したデンタルプラーク中の細菌叢に含まれる細菌のDNAを抽出し、
抽出したDNAをT−RFLP法により解析することを特徴とする、
口腔内の細菌叢におけるGemella属細菌種が占める割合の評価方法。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5−1】
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【図5−2】
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【図6】
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【図7】
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【図1】
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【公開番号】特開2011−234687(P2011−234687A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−110260(P2010−110260)
【出願日】平成22年5月12日(2010.5.12)
【出願人】(307013857)株式会社ロッテ (101)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】