説明

(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンの製造方法

【課題】高収率、低コスト、かつ高選択率で(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを製造することのできる、新規の(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンの製造方法を提供する。
【解決手段】3−メチル−2−シクロペンタデセノンと3−メチル−3−シクロペンタデセノンを含む混合物中の3−メチル−3−シクロペンタデセノンと(Z)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンへ異性化させる異性化工程を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学活性ムスコンの合成中間体である(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光学活性ムスコン、すなわち(R)−(−)−3−メチルシクロペンタデカン(構造式1)は、高級香料の調合成分として重要な位置を占めている。
【0003】
【化1】

【0004】
光学活性ムスコンの製造方法としては、特許文献1に開示された(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノン(構造式2)又は(Z)−3−メチル−2−シクロペンタデセノン(構造式3)の不斉水素化反応を利用した方法が工業的に利用されている。しかし、原料の(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノン又は(Z)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを安価に製造する方法は知られていない。
【0005】
【化2】

【0006】
例えば、原料の(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノン(構造式2)を製造する方法として、特許文献2には、液相法により高い選択率で(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを合成する方法が開示されている。しかし、この方法は、高価な副原料を大量に使用して、大希釈系(0.25質量/体積%)で反応を行う必要がある上、低収率(38%)であるため、製造コストが極めて高くなる。
【0007】
このほか、特許文献3には、液相法で2,15−ヘキサデカンジオン(構造式4)から3−メチルシクロペンタデセノンを合成する方法が開示されている。また、特許文献4には、気相法で副原料を用いずに2,15−ヘキサデカンジオン(構造式4)から3−メチルシクロペンタデセノンを合成する方法が開示されている。しかし、これらの方法において得られるのは、3−メチルシクロペンタデセノン類(構造式2、3、5〜7)の5種類の異性体混合物である。したがって、特許文献3、4に開示された方法により得られた3−メチルシクロペンタデセノン類は、このままでは不斉水素化反応を利用した特許文献1に記載の方法に用いることはできない。
【0008】
【化3】

【特許文献1】特開平6−192162号公報
【特許文献2】特開2002−69026号公報
【特許文献3】特開昭59−157047号公報
【特許文献4】特開平3−81242号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明は、高収率、低コスト、かつ高選択率で(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを製造することのできる、新規の(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために鋭意検討した結果、3−メチル−2−シクロペンタデセノン類の5種類の異性体混合物から、異性化を行うことにより(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを高い選択率で得ることができることを見出し、本発明に想到した。
【0011】
すなわち、本発明の(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンの製造方法は、3−メチル−2−シクロペンタデセノンと3−メチル−3−シクロペンタデセノンを含む混合物中の3−メチル−3−シクロペンタデセノンと(Z)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンへ異性化させる異性化工程を含むことを特徴とする。
【0012】
また、前記異性化工程において、3−メチル−2−シクロペンタデセノンと3−メチル−3−シクロペンタデセノンを含む混合物を、水酸化カリウム、硫酸、ヨウ素のうちのいずれかの存在下で加熱することを特徴とする。
【0013】
また、前記異性化工程は、臭化水素又は塩化水素を付加する付加工程と、この付加工程の後に臭化水素又は塩化水素を脱離させる脱離工程とからなることを特徴とする。
【0014】
また、前記脱離工程を、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム又は炭酸カリウムの存在下で行うことを特徴とする。
【0015】
また、前記異性化工程の後に、(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを分離する分離工程を含むことを特徴とする。
【0016】
また、前記分離工程において(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを分離した後に残った成分を前記異性化工程へ循環させる循環工程を含むことを特徴とする。
【0017】
本発明の(R)−(−)−3−メチルシクロペンタデカンの製造方法は、本発明の(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンの製造方法により得られた(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを不斉水素化することを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明の(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンの製造方法によれば、3−メチル−2−シクロペンタデセノンと3−メチル−3−シクロペンタデセノンを含む混合物中の3−メチル−3−シクロペンタデセノンと(Z)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンへ異性化させる異性化工程を含むことにより、(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンの選択率を向上させることができる。
【0019】
また、前記異性化工程において、3−メチル−2−シクロペンタデセノンと3−メチル−3−シクロペンタデセノンを含む混合物を、水酸化カリウム、硫酸、ヨウ素のうちのいずれかの存在下で加熱することにより、低コストで(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンの選択率を向上させることができる。
【0020】
また、前記異性化工程は、臭化水素又は塩化水素を付加する付加工程と、この付加工程の後に臭化水素又は塩化水素を脱離させる脱離工程とからなることにより、低コストで(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンの選択率を向上させることができる。
【0021】
また、前記脱離工程を、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム又は炭酸カリウムの存在下で行うことにより、高収率で(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを得ることができる。
【0022】
また、前記異性化工程の後に、(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを分離する分離工程を含むことにより、高純度の(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを得ることができる。
【0023】
また、前記分離工程において(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを分離した後に残った成分を前記異性化工程へ循環させる循環工程を含むことにより、高収率で(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを得ることができる。
【0024】
本発明の(R)−(−)−3−メチルシクロペンタデカンの製造方法は、本発明の(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンの製造方法により得られた(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを不斉水素化するものであり、低コストで(R)−(−)−3−メチルシクロペンタデカンを得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
本発明の(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンの製造方法は、3−メチル−2−シクロペンタデセノンと3−メチル−3−シクロペンタデセノンを含む混合物中の3−メチル−3−シクロペンタデセノンと(Z)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンへ異性化させる異性化工程を含む。すなわち、以下の化学式において、構造式2、3、5、6の化合物を含む混合物中の構造式3、5、6の化合物を、構造式2の化合物に異性化させる異性化工程を含む。ここで、構造式2、3、5、6の化合物を含む混合物には、7の化合物が含まれていてもよく、構造式7の化合物が含まれている場合は、この異性化工程において構造式7の化合物は構造式3、5、6の化合物とともに構造式2の化合物に異性化される。なお、この異性化工程において、構造式3、5、6、7の化合物が構造式2の化合物に完全に異性化される必要がなく、異性化工程後に構造式3、5、6、7の化合物が残留していてもよい。また、構造式5、6、7の化合物の一部が構造式3の化合物に異性化されてもよい。
【0026】
【化4】

【0027】
3−メチル−3−シクロペンタデセノンと(Z)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンに異性化させることにより、(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンの選択率が高くなり、(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンの分離が容易になる。
【0028】
なお、本発明において用いられる3−メチル−2−シクロペンタデセノンと3−メチル−3−シクロペンタデセノンを含む混合物は、2,15−ヘキサデカンジオンを原料とした既知の方法(例えば、特許文献3、4に開示された方法)によって得ることができる。
【0029】
3−メチル−3−シクロペンタデセノンと(Z)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンに異性化する方法としては、以下の2つの方法を用いることができる。
【0030】
1つ目の方法は、3−メチル−2−シクロペンタデセノンと3−メチル−3−シクロペンタデセノンを含む混合物を、酸又は塩基の存在下で加熱する方法である。ここで、酸又は塩基は触媒として作用する。酸又は塩基としては、種々の酸又は塩基を使用することができるが、(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンの選択率の高さから、特に、水酸化カリウム、硫酸、ヨウ素が好適に用いられる。この方法は、簡単に行うことができるという長所を有する。
【0031】
2つ目の方法は、3−メチル−2−シクロペンタデセノンと3−メチル−3−シクロペンタデセノンをハロゲン化水素と反応させて3−メチル−2−シクロペンタデセノンと3−メチル−3−シクロペンタデセノンにハロゲン化水素を付加した後、このハロゲン化水素を脱離させる方法である。ハロゲン化水素としては、経済性及びハロゲン化物の収率の高さから、臭化水素又は塩化水素が好適に用いられる。また、ハロゲン化水素を脱離させるときに用いられる塩基としては、収率、選択率の高さから、特に、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム又は炭酸カリウムが好適に用いられる。この方法は、極めて選択率が高いという長所を有する。
【0032】
3−メチル−2−シクロペンタデセノンと3−メチル−3−シクロペンタデセノンを含む混合物中の3−メチル−3−シクロペンタデセノンを(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンに異性化させた後、クロマトグラフィー或いは蒸留などの常法により(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを分離することができる。例えば、中圧液体クロマトグラフィー(酢酸エチル:n−ヘキサン=1:45)により(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを(Z)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンと分離することができる。
【0033】
また、(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを分離した後に残った成分を異性化工程へ循環させることにより、(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを分離した後に残った成分を再び異性化して、(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンの収率を高めることができる。
【0034】
以上のように、本発明の(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンの製造方法によれば、高収率、低コスト、かつ高選択率で(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを製造することができる。
【0035】
そして、本発明の(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンの製造方法により得られた(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを、例えば、特許文献1に開示された既知の方法によって不斉水素化することにより、低コストで、光学活性ムスコンである(R)−(−)−3−メチルシクロペンタデカンを製造することができる。
【0036】
以下、具体的な実施例に基づいて、本発明について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施例によって制限されるものではない。
【実施例1】
【0037】
[3−メチルシクロペンタデセノン類の異性体混合物の合成]
2,15−ヘキサデカンジオン(構造式4)の酸化チタン触媒による気相分子内アルドール反応(特許文献4記載)により、3−メチルシクロペンタデセノン類の5種類の異性体混合物(構造式2、3、5〜7)を得た。
【0038】
【化5】

【0039】
上部に3〜4mmφ磁製ラシヒ35ml、下部に3〜5mmφ酸化チタン(水酸化ナトリウムを被覆)50mlを充填し、ラシヒ層温度315℃、触媒層温度360℃に熱したカラム(22mmφ、長さ40cm)へ、窒素(5リットル/時間)キャリヤー下、2,15−ヘキサデカンジオン5重量%を溶解した容量比1対3のトルエン/デカリン溶液を25g/時間の速度で導入し、反応生成物を30〜50℃へ冷却し捕集した。3時間連続反応を行い、3時間目の反応生成液をガスクロマトグラフィーにて分析したところ、2,15−ヘキサデカンジオンの転化率49%、3−メチル−シクロペンタデセノン類の選択率34%であった。よって、仕込みの2,15−ヘキサデカンジオンに対する3−メチル−シクロペンタデセノン類の収率は17%であった。
【0040】
得られた異性体混合物をH NMRにより分析したところ、異性体の比率は、2:3:5:6:7=26:25:23:22:4であった。
【0041】
[酸又は塩基の存在下での加熱による異性化]
1 5種類の異性体混合物(構造式2、3、5〜7)の異性化
3−メチルシクロペンタデセノン類の5種類の異性体混合物(構造式2、3、5〜7)を用いて、酸又は塩基の存在下での加熱による異性化を検討した。
【0042】
【化6】

【0043】
異性体混合物(742mg、3.14mmol)のエタノール溶液(12.5mL)に濃硫酸20μL(0.36mmol)を加え、窒素雰囲気下19時間加熱還流した。重曹水を加えたのち、酢酸エチル抽出を2回行った。有機層を飽和食塩水で洗浄した後硫酸ナトリウムで乾燥し、溶媒を減圧留去した。カラムクロマトグラフィー(酢酸エチル:n−ヘキサン=1:45)により精製し化合物2、3を主成分とする混合物を721mg(97%)得た。結果を以下の表のエントリー3に示す。
【0044】
このほか、触媒に水酸化カリウムを用いた場合と、触媒にヨウ素、溶媒にトルエンを用いた場合について、上記と同様に操作した。
【0045】
その結果を以下の表に示す。構造式5〜7の化合物が構造式2の化合物に異性化された。
【0046】
【表1】

【0047】
2 2種類の異性体混合物(構造式3、6)の異性化
(Z)−3−メチル−2−シクロペンタデセノン(構造式3)と(Z)−3−メチル−3−シクロペンタデセノン(構造式6)の混合物(異性体比=81:19、119.6mg、0.55mmol)のエタノール(2mL)溶液に水酸化カリウム(85%、4.1mg、0.062mmol)を加え、窒素雰囲気下、室温で24時間撹拌した。シリカゲルショートカラム(酢酸エチル:n−ヘキサン=1:5)で精製し、異性化体混合物(117.3mg、98%)を得た。H−NMR測定により異性体比率を(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノン(構造式2):(Z)−3−メチル−2−シクロペンタデセノン(構造式3):(E)−3−メチル−3−シクロペンタデセノン(構造式5):(Z)−3−メチル−3−シクロペンタデセノン(構造式6)=43:47:8:2と決定した。
【0048】
以上の結果より、(Z)−3−メチル−2−シクロペンタデセノン(構造式3)が(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノン(構造式2)に異性化されることが確認された。
【実施例2】
【0049】
[ハロゲン化水素の付加、脱離による異性化]
3−メチルシクロペンタデセノン類の5種類の異性体混合物(構造式2、3、5〜7)を用いて、ハロゲン化水素の付加、脱離による異性化を検討した。なお、異性体混合物は、表1のエントリー1に記載のものを用いた。
【0050】
【化7】

【0051】
1 臭化水素の付加、脱離による異性化
(1)臭化水素の付加
異性体混合物(251mg、1.04mmol)のデカン溶液(5mL)に臭化水素ガスを室温で4時間吹き込んだ。重曹水を加え反応を停止した。酢酸エチルにより2回抽出し、有機層をチオ硫酸ナトリウム水溶液、水、飽和食塩水で洗浄した後、硫酸ナトリウムで乾燥した。酢酸エチルを減圧下留去し、残渣をシリカゲルショートカラムに通した。溶媒を留去後、中圧液体クロマトグラフィーにより精製し(酢酸エチル:ヘキサン=1:20)、臭化物(構造式8、X=Br)(225mg、67%)及び原料の異性体混合物(構造式2、3、5〜7)(41mg、16%)の混合物を得た。結果を以下の表のエントリー2に示す。
【0052】
このほか、溶媒に塩化メチレン又は塩化メチレンを用いたほかは上記と同様に操作した。これらの結果を以下の表に示す。
【0053】
【表2】

【0054】
(2)臭化水素の脱離
臭化物(構造式8、X=Br)(61mg、0.19mmol)のエタノール溶液(1mL)に水酸化カリウムエタノール溶液(183μL、1.06M、0.19mmol)を加え、室温にて1分撹拌した。塩化アンモニウム水溶液を加え、酢酸エチルで2回抽出した。有機層を水、飽和食塩水で洗浄した後、硫酸ナトリウムで乾燥した。溶媒を減圧留去後、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製し(酢酸エチル:ヘキサン=1:20)、異性体混合物(構造式2、3、5、6)を44mg(98%)回収した。H NMRにより比率を求めたところ、望む異性体2が83%、異性体3が16%、異性体5、6は痕跡量であった。結果を以下の表のエントリー1に示す。
【0055】
このほか、塩基に炭酸カリウム、アルミナ又は酢酸ナトリウムを用い、反応条件を変えたほかは上記と同様に操作した。これらの結果を以下の表に示す。
【0056】
【表3】

【0057】
(3)まとめ
以上のように、異性体混合物(構造式2、3、5〜7)の塩化メチレン溶液に臭化水素ガスを吹き込むと、室温で反応はスムースに進行しマルコフニコフ型付加生成物である臭化物(構造式8)のみを66%の単離収率で得ることができた(表2、エントリー1)。この反応は、アルドール反応の溶媒として使われたデカン中でも進行するため、アルドール反応後ただちに臭化水素付加に用いることができる(表2、エントリー2)。
【0058】
続いて臭化物(構造式8)を水酸化カリウムのアルコール溶液で処理すると、β−脱離反応が室温で瞬間的に進行し、(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノン(構造式2)が78%の収率で得られた(表3、エントリー1)。(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノン(構造式2)は蒸留により分離精製が可能で、残った他の異性体は再び付加−脱離によりリサイクルし(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノン(構造式2)に収束させることができる。
【0059】
2 塩化水素の付加、脱離による異性化
(1)塩化水素の付加
異性体混合物(構造式2、3、5〜7)(1,201mg、5.08mmol)と濃硫酸(98%、27μL、0.5mmol)の混合物に塩化水素ガスを室温で24時間吹き込んだ。重曹水を加え反応を停止した。酢酸エチルにより2回抽出し、有機層を重曹水、水、飽和食塩水で洗浄した後硫酸ナトリウムで乾燥した。酢酸エチルを減圧下留去し、残渣をシリカゲルショートカラムに通した。溶媒を留去後、シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製し(酢酸エチル:ヘキサン=1:45)、塩化物(構造式8、X=Cl)及び原料の異性体混合物(構造式2、3、5〜7)を1,185mg回収した。塩化物(構造式8、X=Cl)と原料の異性体混合物(構造式2、3、5〜7)の比率はガスクロマトグラフィーにより84:16であった。結果を以下の表のエントリー11に示す。
【0060】
このほか、種々の溶媒を用いて上記と同様に操作した。これらの結果を以下の表に示す。
【0061】
【表4】

【0062】
(2)塩化水素の脱離1
塩化物(構造式8、X=Cl)(54mg、0.196mmol)のエタノール溶液(1mL)に水酸化カリウムエタノール溶液(164μL、1.19M、0.2mmol)を0℃にて加え、5分撹拌した。塩化アンモニウム水溶液を加え、酢酸エチルで2回抽出した。有機層を水、飽和食塩水で洗浄した後、硫酸ナトリウムで乾燥した。溶媒を減圧留去後、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製し(酢酸エチル:ヘキサン=1:20)、異性体混合物(構造式2、3、5、6)を47mg(100%)回収した。H NMRにより比率を求めたところ、望む異性体2が81%、異性体3が19%、異性体5、6は痕跡量であった。結果を以下の表のエントリー1に示す。
【0063】
このほか、反応条件を変えたほかは上記と同様に操作した。これらの結果を以下の表に示す。
【0064】
(3)塩化水素の脱離2
塩化物(構造式8、X=Cl)(51mg、0.185mmol)のエタノール溶液(2mL)に水酸化カリウムエタノール溶液(220μL、0.89M、0.185mmol)を−40℃にて加え、20時間撹拌した。塩化アンモニウム水溶液を加え、酢酸エチルで2回抽出した。有機層を水、飽和食塩水で洗浄した後、硫酸ナトリウムで乾燥した。溶媒を減圧留去後、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製し(酢酸エチル:ヘキサン=1:20)、異性体混合物(構造式2、3)を43mg(97%)回収した。H NMRにより比率を求めたところ、望む異性体2が89%、異性体3が11%であった。結果を以下の表のエントリー5に示す。
【0065】
このほか、反応条件を変えたほかは上記と同様に操作した。これらの結果を以下の表に示す。
【0066】
【表5】

【0067】
(4)まとめ
異性化は、コスト的に有利な塩化水素付加によっても行うことができる。反応をガスクロマトグラフィーでモニターすると異性体2、3、5の消失が早いことから、反応はプロトンのマルコフニコフ型の付加反応ではなく、塩素イオンの1,4−付加反応により進行しているものと考えられる。反応は無溶媒でも進行し(エントリー7)、また0.1当量の過塩素酸を用いると収率は向上した(エントリー8)。さらに反応時間を長くしたところ、71%にまで収率を改善することができた(エントリー9)。また、濃硫酸によっても同様の傾向が見られた(エントリー10、11)。副生成物は、いずれの場合も未反応の原料である。加圧閉鎖系で行えば、より効率的に反応が進行するものと予想される。臭化物に比べ、塩化物は室温でも安定である。
【0068】
脱塩化水素は、脱臭化水素と同様円滑に進行した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
3−メチル−2−シクロペンタデセノンと3−メチル−3−シクロペンタデセノンを含む混合物中の3−メチル−3−シクロペンタデセノンと(Z)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンへ異性化させる異性化工程を含むことを特徴とする(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンの製造方法。
【請求項2】
前記異性化工程において、3−メチル−2−シクロペンタデセノンと3−メチル−3−シクロペンタデセノンを含む混合物を、水酸化カリウム、硫酸、ヨウ素のうちのいずれかの存在下で加熱することを特徴とする請求項1記載の(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンの製造方法。
【請求項3】
前記異性化工程は、臭化水素又は塩化水素を付加する付加工程と、この付加工程の後に臭化水素又は塩化水素を脱離させる脱離工程とからなることを特徴とする請求項1記載の(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンの製造方法。
【請求項4】
前記脱離工程を、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム又は炭酸カリウムの存在下で行うことを特徴とする請求項3記載の(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンの製造方法。
【請求項5】
前記異性化工程の後に、(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを分離する分離工程を含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載の(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンの製造方法。
【請求項6】
前記分離工程において(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを分離した後に残った成分を前記異性化工程へ循環させる循環工程を含むことを特徴とする請求項5記載の(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンの製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項記載の(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンの製造方法により得られた(E)−3−メチル−2−シクロペンタデセノンを不斉水素化することを特徴とする(R)−(−)−3−メチルシクロペンタデカンの製造方法。

【公開番号】特開2012−46444(P2012−46444A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−189245(P2010−189245)
【出願日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 日本化学会第90春季年会(2010) 講演予稿集DVD−ROM 社団法人日本化学会 2010年3月12日発行
【出願人】(304027279)国立大学法人 新潟大学 (310)
【Fターム(参考)】