説明

(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸の製造方法

【課題】酵素を用いて2−メチル−1,3−プロパンジオールから(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸を立体選択的に製造する。
【解決手段】ラクトアルデヒドレダクターゼおよびラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼを用いることによる、2−メチル−1,3−プロパンジオールからの(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸の立体選択的な製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2−メチル−1,3−プロパンジオールから(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸への酸化反応を触媒するジオールオキシドレダクターゼおよびアルデヒドデヒドロゲナーゼと、それら酵素を用いた(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸は、医薬中間体として有用な化合物であることが知られている。(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸は、1つの不斉炭素をもち、立体異性体を有することから、化学的な純度だけでなく、立体化学的な純度(光学純度)も高い(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸が求められている。
【0003】
従来、(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸を製造する方法として、イソ酪酸を原料に微生物を用いて生成する方法が知られている。非特許文献1では、(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸を生成する酵母としてキャンディダ ルゴーサ IFO 0750(Candida rugosa IFO 0750)が見出されたが、その光学純度は93.3%eeと十分なものではなかった。さらに、非特許文献2では、キャンディダ ルゴーサ IFO 0750を親株として誘導された変異株MME 1027が高い立体選択性を有することが示されたが、その生産速度は1.1g/l/時間と工業生産において十分に高いと言えるものではなかった。
【0004】
一方、2−メチル−1,3−プロパンジオールを原料に微生物を用いて生成する方法も知られている。非特許文献3では、微生物としてグルコノバクター ロゼウス IAM 1841(Gluconobacter roseus IAM 1841)が見出されたが、その光学純度は83%eeと高いものではなかった。さらに、非特許文献4では、Acetobacter(アセトバクター)属細菌を用いた方法が開示されており、2時間以内に5g/lと2.5g/l/時間以上の高い生産速度が示されているものの、生成された(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸の光学純度は97%eeであり、その立体選択性は未だ満足できるものではないという問題点が残っていた。
【0005】
また、2−メチル−1,3−プロパンジオールから(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸を生成する微生物については報告されているものの、その酸化反応を立体選択的に触媒する酵素についてはこれまで知られていなかった。
【0006】
ジオールから光学活性ヒドロキシカルボン酸への酸化反応を触媒する酵素としてはラクトアルデヒドレダクターゼおよびラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼが知られている(特許文献1)。しかしながら、これら酵素が2−メチル−1,3−プロパンジオールから3−ヒドロキシイソ酪酸への酸化反応を触媒するか、仮に触媒したとしても、R体を立体選択的に合成するか否かは全く不明である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】WO2005/106005
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】J.Ferment.Technol.1981,Vol.59,203−208
【非特許文献2】J.Biotechnol.1999,Vol.69,75−79
【非特許文献3】J.Org.Chem.1982,Vol.47,2400−2404
【非特許文献4】Tetrahedron:Asymmetry 2003,Vol.14,2041−2043
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上のとおり、微生物を用いて2−メチル−1,3−プロパンジオールから(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸を製造する従来法については、その立体選択性は未だ満足できるものではなく、その酸化反応を立体選択的に触媒する酵素についても全く知られていない。本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、2−メチル−1,3−プロパンジオールから(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸への酸化反応を触媒する酵素を見出し、該酵素を用いて(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸を立体選択的に製造することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記に鑑み、様々な酸化反応を触媒する酵素を対象に、2−メチル−1,3−プロパンジオールから(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸への合成活性を評価した結果、ラクトアルデヒドレダクターゼおよびラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼが2−メチル−1,3−プロパンジオールから(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸への酸化反応を触媒する酵素活性を有することを見出した。そして、それら酵素を用いて(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸を立体選択的に製造する方法を見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下の〔1〕から〔3〕に記載のとおりである。
〔1〕ジオールオキシドレダクターゼおよびアルデヒドデヒドロゲナーゼを用いることを特徴とする、2−メチル−1,3−プロパンジオールからの(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸の製造方法。
〔2〕上記ジオールオキシドレダクターゼがラクトアルデヒドレダクターゼであり、上記アルデヒドデヒドロゲナーゼがラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼであることを特徴とする、請求項1に記載の(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸の製造方法。
〔3〕上記ラクトアルデヒドレダクターゼが、配列番号2もしくは3に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質であり、上記ラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼが、配列番号5もしくは6に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質であることを特徴とする、請求項2に記載の(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、2−メチル−1,3−プロパンジオールから(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸を立体選択的に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】各種形質転換体の可溶性画分をSDS−ポリアクリルアミド電気泳動により分析した結果を示す。レーン1は分子量マーカー、レーン2はDH5α/pRedの可溶性画分、レーン3はDH5α/pDehの可溶性画分である。
【図2】各種精製酵素液をSDS−ポリアクリルアミド電気泳動により分析した結果を示す。レーン1は組換えラクトアルデヒドレダクターゼ、レーン2は組換えラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼ、レーン3は分子量マーカーである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に本発明を詳しく説明する。
本発明において、2−メチル−1,3−プロパンジオールから(R)−3−ヒドロキシ
イソ酪酸への酸化反応を触媒するジオールオキシドレダクターゼおよびアルデヒドデヒドロゲナーゼとは、2−メチル−1,3−プロパンジオールを反応基質として3−ヒドロキシ−2−メチルプロパナールを生成し得るジオールオキシドレダクターゼ、および3−ヒドロキシ−2−メチルプロパナールを反応基質として(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸を生成し得るアルデヒドデヒドロゲナーゼであれば特に制限はなく、それらのような酵素全てを指す。例えば、ジオールオキシドレダクターゼとしてラクトアルデヒドレダクターゼが挙げられる。また、アルデヒドデヒドロゲナーゼとしてラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼが挙げられる。
【0015】
この明細書において、(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸の合成もしくは製造において「立体選択的」とは、目的物である(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸の光学純度が97%ee以上であることをいうが、望ましくは98%ee以上であり、99%ee以上であると最も望ましい。
【0016】
本発明におけるラクトアルデヒドレダクターゼとは、国際生化学連合(I.U.B.)酵素委員会報告に準拠した酵素番号1.1.1.77に分類され、1,2−プロパンジオールから、補酵素である酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドの存在下でラクトアルデヒドを生成する反応を可逆的に触媒する酵素の総称を指す。また、ラクトアルデヒドレダクターゼはL−1,2−プロパンジオールオキシドレダクターゼと呼ばれることもある。
【0017】
本発明において使用されるラクトアルデヒドレダクターゼは、例えば、エシェリヒア(Escherichia)属細菌、シゲラ(Shigella)属細菌、シトロバクター(Citrobacter)属細菌、サルモネラ(Salmonella)属細菌、もしくはクレブシエラ(Klebsiella)属細菌由来のものが好ましく用いられる。
【0018】
本発明におけるラクトアルデヒドレダクターゼは、配列番号2もしくは3で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質であってもよい。また、配列番号2もしくは3で示されるアミノ酸配列において、1から複数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入又は付加されたアミノ酸配列を有していてもよい。
【0019】
この明細書において、「複数個」とは、タンパク質の立体構造におけるアミノ酸残基の位置や種類によっても異なるが、具体的には2〜30個、好ましくは2〜15個、さらに好ましくは2〜10個である。
【0020】
配列番号2で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質は、エシェリヒア・コリ W3110(Escherichia coli W3110)由来L−1,2−プロパンジオールオキシドレダクターゼ(Genbank accession番号:BAE76871)であり、配列番号3で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質は、配列番号2で示されるアミノ酸配列のC末端に6個のヒスチジン残基が付加された配列を有する。
【0021】
本発明におけるラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼとは、国際生化学連合(I.U.B.)酵素委員会報告に準拠した酵素番号1.2.1.22に分類され、ラクトアルデヒドから、補酵素である酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドの存在下で乳酸を生成する反応を触媒する酵素の総称を指し、且つ国際生化学連合(I.U.B.)酵素委員会報告に準拠した酵素番号1.2.1.21に分類され、グリコールアルデヒドから、補酵素である酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドの存在下でグリコール酸を生成する反応を触媒する酵素グリコールアルデヒドデヒドロゲナーゼの総称も併せて指すものである。なぜならば大腸菌を用いた先行文献で、ラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼとグリコールアルデヒドデヒドロゲナーゼは同一の酵素であることが報告されているからである
。(J.Biol.Chem.1983,Vol.258,7788−7792)。
【0022】
本発明において使用されるラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼは、例えば、エシェリヒア(Escherichia)属細菌、シゲラ(Shigella)属細菌、エンテロバクター(Enterobacter)属細菌、シトロバクター(Citrobacter)属細菌、もしくはクレブシエラ(Klebsiella)属細菌由来のものが好ましく用いられる。
【0023】
本発明におけるラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼは、配列番号5もしくは6で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質であってもよい。また、配列番号5もしくは6で示されるアミノ酸配列において、1から複数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入又は付加されたアミノ酸配列を有していてもよい。
【0024】
配列番号5で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質は、エシェリヒア・コリ W3110(Escherichia coli W3110)由来ラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼ(Genbank accession番号:BAA15032)であり、配列番号6で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質は、配列番号5で示されるアミノ酸配列のN末端に6個のヒスチジン残基が付加された配列を有する。
【0025】
本発明に係るラクトアルデヒドレダクターゼもしくはラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼは、それぞれの酵素を産生する生物から取得することができる。それぞれの酵素を産生する生物として、エシェリヒア・コリ W3110(Escherichia coli
W3110)を例に挙げることができる。
【0026】
また、ラクトアルデヒドレダクターゼもしくはラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼをコードするDNAにより宿主細胞を形質転換して、それぞれの酵素を発現させ、単離してもよい。この方法によれば、ラクトアルデヒドレダクターゼもしくはラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼを簡便かつ効率的に取得することができる。さらに、精製をより簡便にするために、それぞれのタンパク質のN末端もしくはC末端に6から10個のヒスチジン残基を付加することができる。
【0027】
形質転換体に使用するラクトアルデヒドレダクターゼもしくはラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼをコードするDNAは、ベクターに組込まれた組換えDNAとして用いることができる。
【0028】
本発明におけるラクトアルデヒドレダクターゼをコードするDNAは、配列番号1で示される塩基配列を有するDNAであってもよい。また、配列番号1で示される塩基配列を有するDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ2−メチル−1,3−プロパンジオールから3−ヒドロキシ−2−メチルプロパナールへの酸化反応を触媒する酵素活性を有するタンパク質をコードするDNAであってもよい。
【0029】
本発明におけるラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼをコードするDNAは、配列番号4で示される塩基配列を有するDNAであってもよい。また、配列番号4で示される塩基配列を有するDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ3−ヒドロキシ−2−メチルプロパナールから(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸への酸化反応を触媒する酵素活性を有するタンパク質をコードするDNAであってもよい。
【0030】
「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。例えば、相同性が高いDNA、すなわち50%以上、好ましくは70%以上、さらに望ましくは80%以上、最も望ましくは90%
以上の相同性を有するDNAの相補鎖がハイブリダイズし、それより相同性が低い核酸の相補鎖がハイブリダイズしない条件が挙げられる。
【0031】
より具体的には、このストリンジェントな条件でのハイブリダイゼーションは、特定のハイブリダイゼーションシグナルを検出するために当業者が一般的に用いる条件を例示できる。例えばMolecular Cloning:Cold Spring Harbor Laboratory Press,Current Protocols in
Molecular Biology;Wiley Interscienceに記載の方法によって行なうことができ、市販のシステムとしては、Gene Imageシステム(アマルシャム)を挙げることができる。具体的には以下の操作によってハイブリダイゼーションを行なうことができる。試験すべきDNA又はRNAを転写した膜を製品プロトコールに従って、標識したプローブとプロトコール指定のハイブリダイゼーションバッファー中でハイブリダイズさせる。ハイブリダイゼーションバッファーの組成は、0.1重量%SDS、5重量%デキストラン硫酸、全容量の1/20量のキット添付のブロッキング試薬及び5×SSCからなる。ブロッキング試薬は例えば、100×Denhardt's solution(2%(重量/容量)Bovine serum albumin、2%(重量/容量)FicollTM400、2%(重量/容量)ポリビニルピロリドン)であり、これを1/20に希釈して使用することができる。ハイブリダイゼーションの温度は40℃以上80℃以下、より好ましくは50℃以上70℃以下の範囲であり、数時間から一昼夜のインキュベーションを行なった後、洗浄バッファーで洗浄する。洗浄の温度は、好ましくは室温、より好ましくはハイブリダイゼーション時の温度である。洗浄バッファーの組成は6×SSC+0.1重量%SDS溶液、より好ましくは4×SSC+0.1重量%SDS溶液、さらに好ましくは1×SSC+0.1重量%SDS溶液である。このような洗浄バッファーで膜を洗浄し、プローブがハイブリダイズしたDNA又はRNAをプローブに用いた標識を利用して識別することができる。
【0032】
形質転換体に使用する宿主生物としては、組換えDNAが安定かつ自律的に増殖可能で、さらに外来性DNAの形質が発現できるものであればよい。宿主生物の例として大腸菌(Escherichia coli)が挙げられるが、特に大腸菌に限定されるものではなく、エシェリヒア属細菌、枯草菌(Bacillus subtilis)などのバチルス属細菌、シュードモナス属細菌などの細菌類、サッカロミセス属、ピキア属、キャンディダ属などの酵母類、アスペルギルス属などの糸状菌類などが使用できる。
【0033】
宿主生物に組換えDNAを移入する方法としては、例えば宿主細胞が大腸菌の場合には、カルシウム処理によるコンピテントセル法やエレクトロポレーション法などを用いることができる。このようにして得られた形質転換体は、培養されることにより、多量のラクトアルデヒドレダクターゼもしくはラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼを安定に生産することができる。
【0034】
ラクトアルデヒドレダクターゼもしくはラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼをコードするDNAを保有する組換えDNAは、形質転換体から取り出すことができ、他の微生物に移入させることも可能である。また、ラクトアルデヒドレダクターゼもしくはラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼをコードするDNAを保有する組換えDNAを、PCRを用いてそれら酵素をコードするDNA断片を増幅し、制限酵素等で処理した後、他のベクターDNA断片と結合させ、宿主生物に移入することも容易に実施できる。
【0035】
培地としては、炭素源、窒素源、無機物及びその他の栄養素を適量含有する培地ならば、合成培地又は天然培地のいずれでも使用できる。培養は前記培養成分を含有する液体培地中で、振とう培養、通気攪拌培養、連続培養又は流加培養などの通常の培養方法を用いて行うことができる。
【0036】
培養条件は、培地の種類、培養方法により適宜選択すればよく、菌株が生育しラクトアルデヒドレダクターゼもしくはラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼを産生できる条件であれば特に制限はない。例えば、好気もしくは微好気条件下でpHは6以上8以下、温度は25℃以上40℃以下の範囲内でpHと温度を適切に制御しながら培養した場合、培養に必要な時間は48時間以内である。
【0037】
形質転換体が産生したラクトアルデヒドレダクターゼもしくはラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼは、培養物中の形質転換体を含む培養液をそのまま採取して利用することもできる。また、ラクトアルデヒドレダクターゼもしくはラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼが培養液中に存在する場合は、濾過、 遠心分離などにより、それぞれの酵素を含む溶液と形質転換体とを分離することもできる。ラクトアルデヒドレダクターゼもしくはラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼが形質転換体内に存在する場合には、得られた培養物から濾過又は遠心分離などの手段により形質転換体を採取して利用することもできる。また、採取した形質転換体を機械的方法又はリゾチームなどの酵素的方法で破壊し、また必要に応じてEDTA等のキレート剤及び又は界面活性剤を添加してラクトアルデヒドレダクターゼもしくはラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼを可溶化し、溶液として分離採取することができる。
【0038】
このようにして得られたラクトアルデヒドレダクターゼもしくはラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼを含む溶液を、例えば減圧濃縮、膜濃縮、硫酸アンモニウム若しくは硫酸ナトリウムなどの塩析処理、又は親水性有機溶媒、例えばメタノール、エタノール若しくはアセトンなどによる分別沈澱法により沈澱させることができる。また、加熱処理や等電点処理も有効な精製手段である。その後、吸着剤若しくはゲル濾過剤などによるゲル濾過、吸着クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィーまたはアフィニティークロマトグラフィーを行うことにより、精製されたラクトアルデヒドレダクターゼもしくはラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼを得ることができる。また、ラクトアルデヒドレダクターゼもしくはラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼのN末端もしくはC末端に6から10個のヒスチジン残基が付加されている場合は、ニッケルイオンとの相互作用を利用した精製を行うこともできる。
【0039】
本発明における(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸の製造方法は、ラクトアルデヒドレダクターゼおよびラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼを用いて、2−メチル−1,3−プロパンジオールから(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸を合成する工程を含む製造方法である。
【0040】
ラクトアルデヒドレダクターゼおよびラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼは、酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド依存性の酵素である。(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸の製造において、ラクトアルデヒドレダクターゼもしくはラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼを産生する生物を用いる場合は、その生物が産生している酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを利用することができる。精製したラクトアルデヒドレダクターゼもしくはラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼを用いる場合は、反応液に酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを添加することができる。
【0041】
反応条件は特別の制限は無いが、pHと温度を適切に制御しながら反応することが好ましい。例えば、pHは7以上11以下、望ましくは、8以上10以下とする。また、温度は4℃以上60℃以下の範囲内とし、反応は振盪、攪拌または静置条件下で行うことができる。
【0042】
反応液の媒体としては、水、水性媒体、有機溶媒又は水もしくは水性媒体と有機溶媒と
の混合液が用いられる。水性媒体としては、例えばリン酸緩衝液、グリシン−水酸化ナトリウム緩衝液等の緩衝液が用いられる。有機溶媒としては反応を阻害しないものであればいずれでもよい。
【0043】
反応液からの(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸の分離精製法は、通常の有機合成化学で用いられる方法、例えば、有機溶媒による抽出、結晶化、薄層クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー等により行うことができる。
【実施例】
【0044】
(分析条件)
(R)−および(S)−3−ヒドロキシイソ酪酸は高速液体クロマトグラフィーにより定量した。分析条件は次の通りである。
カラム;SUMICHIRAL OA−6100 (5μm) 4.6mmI.D.×150mm(住化分析センター社製)
カラム温度;40℃
ポンプ流速;1.0ml/min
溶離液;2mmol/l 硫酸銅
検出;UV254nm
【0045】
(参考例1)
(R)−および(S)−3−ヒドロキシイソ酪酸の調製
(R)−および(S)−3−ヒドロキシイソ酪酸は、J.Biol.Chem.1988,Vol.263,327−331に記載の方法に従い調製した。原料に用いた(R)−および(S)−3−ヒドロキシイソ酪酸メチルは、東京化成工業社から購入した。
【0046】
調製した(R)−および(S)−3−ヒドロキシイソ酪酸を高速液体クロマトグラフィーの標品として用いて、酵素反応により生成した3−ヒドロキシイソ酪酸の光学純度を算出した。
【0047】
(実施例1)
ラクトアルデヒドレダクターゼ発現プラスミドの構築
Genbankに登録されているラクトアルデヒドレダクターゼ遺伝子(fucO)(Accession番号:AP009048)の塩基配列を参考に、オリゴヌクレオチドプライマー 5’−agtgaattcgtaaaggataaaacaatgatggctaacagaatgattctgaacg−3’(配列番号7)、および5’−gtcggatccttaatgatgatgatgatgatgccaggcggtatggtaaagctctac−3’(配列番号8)を合成した。各プライマーを用いてエシェリヒア・コリ W3110のゲノムDNAを鋳型としてPCR法を行い、約1.2kbpのDNA断片を得た。このDNA断片は、fucO遺伝子の塩基配列を含み、その5’末端および3’末端にそれぞれ配列番号7および8に記載のオリゴムクレオチドプライマー由来の塩基配列が付加されている。得られたDNA断片およびプラスミドpUC18を制限酵素EcoRIおよびBamHIで消化し、ライゲーション・ハイ(東洋紡績社製)を用いて連結した後、得られた組換えプラスミドを用いて、エシェリヒア・コリ DH5α(東洋紡績社製)を形質転換した。形質転換体を、アンピシリン(Am)100μg/ml及びX−Gal(5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−D−ガラクトシド)を含むLB寒天培地で培養し、Am耐性でかつ白色コロニーとなった形質転換体を得た。このようにして得られた形質転換体よりプラスミドを抽出した。このプラスミドをpRedと命名した。
【0048】
pRedを用いて形質転換した大腸菌を培養することで、ラクトアルデヒドレダクターゼのC末端アミノ酸配列に6個のヒスチジン残基が付加された組換えラクトアルデヒドレダクターゼを生産することができる。
【0049】
なお、エシェリヒア・コリ W3110はアメリカンタイプカルチャーコレクションより入手することができる。
【0050】
(実施例2)
ラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼ発現プラスミドの構築
Genbankに登録されているラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子(aldA)(Accession番号:AP009048)の塩基配列を参考に、オリゴヌクレオチドプライマー 5’−ggaattcacaaaaaggataaaacaatgcatcatcatcatcatcattcagtacccgttcaacatc−3’(配列番号9)、および5’−tctaagcttttaagactgtaaataaac−3’(配列番号10)を合成した。各プライマーを用いてエシェリヒア・コリ W3110のゲノムDNAを鋳型としてPCR法を行い、約1.5kbpのDNA断片を得た。このDNA断片は、aldA遺伝子の塩基配列を含み、その5’末端および3’末端にそれぞれ配列番号9および10に記載のオリゴムクレオチドプライマー由来の塩基配列が付加されている。得られたDNA断片およびプラスミドpUC18を制限酵素EcoRIおよびHindIIIで消化し、ライゲーション・ハイを用いて連結した後、得られた組換えプラスミドを用いて、エシェリヒア・コリ DH5αを形質転換した。形質転換体を、Am100μg/ml及びX−Galを含むLB寒天培地で培養し、Am耐性でかつ白色コロニーとなった形質転換体を得た。このようにして得られた形質転換体よりプラスミドを抽出した。このプラスミドをpDehと命名した。
【0051】
pDehを用いて形質転換した大腸菌を培養することで、ラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼのN末端アミノ酸配列に6個のヒスチジン残基が付加された組換えラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼを生産することができる。
【0052】
(実施例3)
形質転換体の作製及び発現
pRedおよびpDehを用いてエシェリヒア・コリ DH5αを通常の方法で形質転換し、得られた形質転換体をそれぞれDH5α/pRedおよびDH5α/pDehと命名した。
【0053】
DH5α/pRedを500mlの三角フラスコ中のAm100μg/mlを含むLB培地80mlに接種し、30℃にてOD(660nm)が0.5になるまで振盪培養した後、IPTG(イソプロピルーβーチオガラクトピラノシド)が1mmol/lとなるように添加し、さらに20時間振盪培養した。培養液を8000rpmで20分間遠心分離し、得られた菌体を10mmol/lリン酸緩衝液(pH8.0)に懸濁した。
【0054】
DH5α/pDehをバッフル付き500mlの三角フラスコ中のAm100μg/mlを含むLB培地80mlに接種し、30℃にてOD(660nm)が0.5になるまで振盪培養した後、IPTGが1mmol/lとなるように添加し、さらに16時間振盪培養した。培養液を8000rpmで20分間遠心分離し、得られた菌体を10mmol/lリン酸緩衝液(pH8.0)に懸濁した。
【0055】
(実施例4)
SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動による発現の確認
実施例3で作製した2種の形質転換体の懸濁液1.0mlをそれぞれバイオラピュター(オリンパス社製)を用いて、氷水中で5分間破砕した。得られた形質転換体の処理物を遠心分離し、得た上清を可溶性画分とした。図1に、それぞれの可溶性画分をSDS−ポリアクリルアミド電気泳動により分析した結果を示す。レーン1は、分子量マーカーを電気泳動したものである。レーン2および3は、それぞれDH5α/pRedおよびDH5α/pDehの可溶性画分を電気泳動したものである。レーン2では、組換えラクトアルデヒドレダクターゼのバンドが分子量マーカーの39kDaと51kDaとの間の位置に
検出された。また、レーン3では、組換えラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼのバンドが分子量マーカーの51kDaの位置付近に検出された。
【0056】
(実施例5)
組換え酵素の精製
上記の組換えラクトアルデヒドレダクターゼおよび組換えラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼは、それぞれC末端およびN末端アミノ酸配列に6個のヒスチジン残基が付加されていることから、ニッケルイオンとの相互作用を利用した精製を行った。
【0057】
〔1〕組換えラクトアルデヒドレダクターゼの精製
実施例3と同様の方法で得たDH5α/pRedの菌体を1mlの緩衝液1(50mmol/lリン酸一ナトリウム、300mmol/l塩化ナトリウム、20mmol/lイミダゾール、pH8.0)で懸濁し、マルチビーズショッカー(安井器機社製)を用いて0℃で3分30秒間破砕した。破砕液を遠心分離し、得た0.6mlの上清を緩衝液1で平衡化したNi−NTAスピンカラム(QIAGEN社製)に供し、2000rpmで2分間遠心分離することで、Ni−NTA樹脂に組換えラクトアルデヒドレダクターゼを吸着させた。次に、Ni−NTAスピンカラムに0.6mlの緩衝液2(50mmol/lリン酸一ナトリウム、300mmol/l塩化ナトリウム、30mmol/lイミダゾール、pH8.0)を注ぎ、2000rpmで2分間遠心分離することで、Ni−NTA樹脂を洗浄した。洗浄操作は4回繰り返した。さらに、Ni−NTAスピンカラムに0.5mlの緩衝液3(50mmol/lリン酸一ナトリウム、300mmol/l塩化ナトリウム、250mmol/lイミダゾール、pH8.0)を注ぎ、2000rpmで2分間遠心分離することで、組換えラクトアルデヒドレダクターゼを溶出させた。溶出操作は5回繰り返した。得られた2.5mlの溶出液をPD−10 Desalting column(GE Healthcare社製)を用いて脱塩した。脱塩の際の溶出液にはMOPS緩衝液(pH7.8)を用い、溶出液3.5mlを得た。この溶出液を組換えラクトアルデヒドレダクターゼの精製酵素液とした。
【0058】
〔2〕組換えラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼの精製
実施例3と同様の方法で得たDH5α/pDehの菌体を1mlの緩衝液4(50mmol/lリン酸一ナトリウム、300mmol/l塩化ナトリウム、10mmol/lイミダゾール、pH8.0)で懸濁し、マルチビーズショッカーを用いて0℃で3分30秒間破砕した。破砕液を遠心分離し、得た0.6mlの上清を緩衝液4で平衡化したNi−NTAスピンカラムに供し、2000rpmで2分間遠心分離することで、Ni−NTA樹脂に組換えラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼを吸着させた。次に、Ni−NTAスピンカラムに0.6mlの緩衝液1を注ぎ、2000rpmで2分間遠心分離することで、Ni−NTA樹脂を洗浄した。洗浄操作は4回繰り返した。さらに、Ni−NTAスピンカラムに0.5mlの緩衝液5(50mmol/lリン酸一ナトリウム、300mmol/l塩化ナトリウム、400mmol/lイミダゾール、pH8.0)を注ぎ、2000rpmで2分間遠心分離することで、組換えラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼを溶出させた。溶出操作は5回繰り返した。得られた2.5mlの溶出液をPD−10 Desalting columnを用いて脱塩した。脱塩の際の溶出液にはMOPS緩衝液(pH7.8)を用い、溶出液3.5mlを得た。この溶出液を組換えラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼの精製酵素液とした。
【0059】
図2に、組換えラクトアルデヒドレダクターゼおよび組換えラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼの精製酵素液をSDS−ポリアクリルアミド電気泳動により分析した結果を示す。分析の結果、それぞれの精製酵素液はほぼ単一バンドであった。
【0060】
(実施例6)
(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸の製造方法
反応液(1.0ml)は、300mmol/lの2−メチル−1,3−プロパンジオール(純正化学社製)、50mmol/lのグリシン−水酸化ナトリウム緩衝液(pH9.0)、1mmol/lの酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(SIGMA社製)ならびに実施例5と同様の方法で調製した組換えラクトアルデヒドレダクターゼおよび組換えラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼの精製酵素液0.2mlを含み、25℃で16時間反応させた。反応終了後、反応液を2mol/lの塩酸でpH2以下に調整し、1.0mlの酢酸エチルで3回抽出を行い、これを減圧蒸留することにより(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸を得た。この(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸を0.4mlの50mmol/lの水酸化ナトリウム水溶液に溶解し、上記(分析条件)で分析した結果、(S)−3−ヒドロキシイソ酪酸は検出限界以下であり、(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸の光学純度は99%ee以上であった。
【0061】
以上のように、本発明によれば、2−メチル−1,3−プロパンジオールから(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸を立体選択的に製造することができる。
【0062】
以上、本発明の構成について説明したが、本発明はこれに限られず様々な様態を含む。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジオールオキシドレダクターゼおよびアルデヒドデヒドロゲナーゼを用いることを特徴とする、2−メチル−1,3−プロパンジオールからの(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸の製造方法。
【請求項2】
上記ジオールオキシドレダクターゼがラクトアルデヒドレダクターゼであり、上記アルデヒドデヒドロゲナーゼがラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼであることを特徴とする、請求項1に記載の(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸の製造方法。
【請求項3】
上記ラクトアルデヒドレダクターゼが、配列番号2もしくは3に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質であり、上記ラクトアルデヒドデヒドロゲナーゼが、配列番号5もしくは6に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質であることを特徴とする、請求項2に記載の(R)−3−ヒドロキシイソ酪酸の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−187573(P2010−187573A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−33582(P2009−33582)
【出願日】平成21年2月17日(2009.2.17)
【出願人】(000005887)三井化学株式会社 (2,318)
【Fターム(参考)】