説明

2−ナフトール誘導体の製造方法

【課題】 2-ナフトール誘導体を、より簡便な操作でかつ安価に製造することができる製造方法を提供することにある。
【解決手段】 一般式(I)で表されるテトラヒドロナフタレノンに酸触媒存在下、イミド型ハロゲン化剤を作用させ、一般式(II)で表される2-ナフトール誘導体の製造方法を提供する。
【化1】


本発明の製造方法は、2-テトラロン誘導体に酸触媒存在下、N-ブロモこはく酸イミド等のハロゲン化剤を作用させることで、従来法のように1-ブロモ-2-ナフトール誘導体を中間体として経ることなく、一般式(II)で表される2-ナフトール誘導体が得られるため、2-ナフトール誘導体を簡便且つ効率的に製造可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は2-ナフトール誘導体の製造に関する。
【背景技術】
【0002】
2-テトラロン誘導体から芳香族化し2-ナフトール誘導体を製造する方法としては、2-テトラロン誘導体を臭素等の臭素化剤で酸化的脱水素を行って1-ブロモ-2-ナフトール誘導体とした後、ナフトール骨格に置換した臭素原子を除去する方法(特許文献1)や、臭化銅(II)等の酸化剤を用いて酸化的脱水素を行って2-ナフトール誘導体とする方法(特許文献2)がある。
【0003】
しかし、特許文献1記載の方法では、毒性が強く取扱いにくい臭素を原料である2-テトラロン誘導体1モルに対し2モル以上と多量に使用するため好ましくない。また、過剰な臭素により置換反応が進行し1-ブロモ-2-ナフトール誘導体が生成するため、還元処理等により臭素原子を水素原子に置換する工程が必要となり、操作が煩雑となる。なお、特許文献1にはN-ブロモこはく酸イミドを用い芳香族化する方法も記載されているが、酸触媒を使用せずN-ブロモこはく酸イミドのみを用い製造を行うと、反応を完結させるために理論的に必要とされる量以上のN-ブロモこはく酸イミドを加えなければならず、またナフタレン骨格への臭素置換も起こるため、還元工程が必要となる。
【0004】
特許文献2では、毒性の強い臭化銅(II)を2モル倍と多量に使用しなければならず、また反応終了後に銅を含む廃棄物を処理しなければならないため環境に対する負荷が大きいという欠点を有している。
【0005】
また、特許文献3記載の方法では、反応温度が高い上、ハロゲンが一部水素化分解を受けて脱離するため、目的物の純度・収率の低下や、フッ化水素が発生するという欠点があり、改良が必要であった。
【0006】
一方、2-テトラロン誘導体から2-ナフトール誘導体を得る手法としてトリメチルシリルトリフルオロメタンスルホネート存在下、N-ブロモこはく酸イミドを反応させるというものがある(非特許文献1)。しかしながら、この手法で触媒として用いているトリメチルシリルトリフルオロメタンスルホネートは高価であり、工業化には不向きである。このため、安価な触媒を探索する必要があった。更に、本願の出発原料であるフッ素化又は塩素化された2-テトラロン誘導体にこの方法を適用すると目的物以外に数種類の化合物が生成してきてしまう。このため、更なる反応条件の検討が必要であった。
【0007】
また、一般式(I)および(II)で表される化合物は高温での長時間の加熱、酸化条件や強酸共存下で徐々に分解してしまう。このため、穏やかな条件で反応を行わないと収率が低下してしまう。
【0008】
【特許文献1】特開2004−91361号公報
【特許文献2】特開2004−91362号公報
【特許文献3】特開2007―320932公報
【非特許文献1】テトラへドロン・レターズ(Tetorahedoron Letters)、(米国)2006年、第47巻、p291−293
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の解決しようとする課題は、2-ナフトール誘導体を、より簡便な操作でかつ安価に製造することができる製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために鋭意検討した結果、2-テトラロン誘導体に酸触媒存在下、N-ブロモこはく酸イミド等のイミド型ハロゲン化剤を作用させることで、従来法のように臭素等によりハロゲン化された2-ナフトール誘導体を中間体として経ることなく2−ナフトール誘導体が得られるため、煩雑な還元処理が省略可能となった。また、酸触媒として安価な臭化水素酸等の無機酸が使用可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち本発明は、一般式(I)
【0012】
【化1】

【0013】
(式中、X1、X2、X3およびX4は、おのおの独立して水素原子、フッ素原子または塩素原子を表すが、X1、X2、X3およびX4のうち少なくともひとつはフッ素原子または塩素原子である。)で表されるテトラヒドロナフタレノンに酸触媒存在下、イミド型ハロゲン化剤を作用させることによる、一般式(II)
【0014】
【化2】

【0015】
(式中、X1、X2、X3およびX4は、一般式(I)において選択したX1、X2、X3およびX4と同一のものを表す。)で表される2-ナフトール誘導体の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0016】
本願発明の製造方法は、2-テトラロン誘導体から2-ナフトール誘導体を危険な反応剤を使用することなく、副反応を制御することにより簡便かつ高収率に製造することが可能となり、更に廃棄物等による環境負荷を低減できる点において有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本製造法におけるイミド型ハロゲン化剤としては、N-ブロモこはく酸イミド、N-クロロこはく酸イミド、N-ヨードこはく酸イミドまたは1,3-ジブロモ-5,5-ジメチルヒダントイン等を用いることができるが、N-ブロモこはく酸イミドが好ましい。
本製造法における酸触媒としては、臭化水素、塩化水素、フッ化水素若しくは硫酸又はそれらの水溶液が好ましいが、安価で容易に入手できる点、酸化力を有しない点および取り扱いが容易である点から臭化水素酸または塩酸が特に好ましい。
【0018】
本製造法における化合物(I)とイミド型ハロゲン化剤との反応において、溶媒を用いることが好ましく、その溶媒としてはジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素、1,2-ジクロロエタン、1,1-ジクロロエタン、1,1,1-トリクロロエタン、1,1,2-トリクロロエタン等の塩素化炭化水素、ペンタン、ヘキサン、シクロヘキサン、ヘプタン、オクタン、デカヒドロナフタレン等の飽和炭化水素、ジエチルエーテル、メチル-t-ブチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジブチルエーテル、テトラヒドロフラン、1,4-ジオキサン等のエーテル系溶媒、ベンゼン、トルエン、キシレン、クロロベンゼン等の芳香族化合物、アセトニトリル等のシアノ化合物、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド等のアミド化合物、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、1-ブタノール、2-ブタノール、2-メチル-1-プロパノール等のアルコール類、酢酸等の有機酸類、酢酸エチル、酢酸メチル、酢酸ブチル等のエステル類、アセトン、メチルエチルケトン、2-ブタノンなどケトン系溶媒などを単独でまたは混合して用いることができるが、N-ブロモこはく酸イミドを用いる場合、アセトニトリルが好ましい。
【0019】
反応温度は溶媒の凝固点から溶媒還流温度の範囲で行うことができるが、-78℃から60℃が好ましく、-20℃から40℃が特に好ましい。
【0020】
本製造法における出発物質である化合物(I)は一般式(III)
【0021】
【化3】

【0022】
(式中、X1、X2、X3およびX4は、おのおの独立して水素原子、フッ素原子または塩素原子を表すが、X1、X2、X3およびX4のうち少なくともひとつはフッ素原子または塩素原子である。)で表されるフェニル酢酸誘導体を塩化チオニル等の塩素化剤を用いて酸塩化物とした後、塩化アルミニウム等のルイス酸存在下、エチレンと反応させることによって容易に製造できる。
【0023】
一般式(I)および(II)で表される化合物としては、X1、X2、X3およびX4のうち少なくともひとつはフッ素原子である化合物が好ましく、X1およびX2がフッ素原子である化合物およびX3およびX4がフッ素原子である化合物が好ましく、X1がフッ素原子、X2、がフッ素原子、X3が水素原子およびX4が水素原子を表す化合物、X1がフッ素原子、X2、がフッ素原子、X3がフッ素原子およびX4が水素原子を表す化合物及びX1が水素原子、X2、が水素原子、X3がフッ素原子およびX4がフッ素原子を表す化合物が更に好ましい。
【実施例】
【0024】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳述するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
(実施例1)7,8-ジフルオロ-2-ナフトールの製造
【0025】
【化4】

【0026】
1Lの4つ口フラスコ(メカニカルスターラー、温度計付)に7,8-ジフルオロ-1,2,3,4-テトラヒドロナフタレン-2-オン70 gおよびアセトニトリル280 mL、臭化水素酸(48%)28mLを入れ、氷冷した。そこへN-ブロモこはく酸イミド70gを1時間かけて添加し、室温で4時間撹拌した。水を加え、しばらく撹拌した後有機層を分取し、水層をトルエンで抽出した。有機層を合わせ、水、飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥し、溶媒を減圧留去した後、精製を行い、7,8-ジフルオロ-2-ナフトール64 gを得た。(収率92%)
1H-NMR (400 MHz, CDCl3):5.34 (br, 1H), 7.08-7.25 (m, 2H), 7.34 (d, J = 2.7Hz, 1H), 7.51 (ddd, J = 9.0, 4.8, 1.5Hz, 1H),7.74 (dd, J = 9.0, 1.8Hz, 1H).
(実施例2)5,6,7-トリフルオロ-2-ナフトールの製造
【0027】
【化5】

【0028】
1Lの4つ口フラスコ(メカニカルスターラー、温度計付)に5,6,7-ジフルオロ-1,2,3,4-テトラヒドロナフタレン-2-オン70 gおよびアセトニトリル280 mL、臭化水素酸(48%)28mLを入れ、氷冷した。そこへN-ブロモこはく酸イミド64gを1時間かけて添加し、室温で4時間撹拌した。水を加え、しばらく撹拌した後有機層を分取し、水層をトルエンで抽出した。有機層を合わせ、水、飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥し、溶媒を減圧留去した後、精製を行い、7,8-ジフルオロ-2-ナフトール63 gを得た。(収率91%)
MS m/z : 198 (M+, 100)
(比較例1)臭素による7,8-ジフルオロ-2-ナフトールの製造
【0029】
【化6】

【0030】
1Lの4つ口フラスコ(メカニカルスターラー、温度計付)に7,8-ジフルオロ-1,2,3,4-テトラヒドロナフタレン-2-オン 48 gおよびジクロロメタン150 mLを入れ、氷冷した。そこへ臭素33.7 mLのジクロロメタン(200 mL)溶液を2時間かけて滴下し、室温で2時間撹拌した。水および亜硫酸水素ナトリウム水溶液を加えた。しばらく撹拌した後有機層を分取し、水層をジクロロメタンで抽出した。有機層を合わせ、水、飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥し、溶媒を減圧留去して淡黄色固体として1-ブロモ-7,8-ジフルオロ-2-ナフトール 70 gを得た。
【0031】
2 Lオートクレーブに1-ブロモ-7,8-ジフルオロ-2-ナフトール 70 g、5%パラジウム炭素(50%含水品)7 g、トリエチルアミン80 mL、およびエタノール800 mLを入れ、水素圧0.392 Mpa (4 Kg / cm2)で一晩放置した。5%パラジウム炭素(50%含水品)7 gおよびトリエチルアミン30 mLを追加し、水素圧0.392 Mpa (4 Kg / cm2)で4時間撹拌した。反応混合物をろ過し、ろ液を濃縮後、トルエン300 mLと水300 mLを加えてよく撹拌し、有機層を分取した。水層をトルエンで抽出し、有機層を合わせ、水、10%塩酸、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液、水、飽和食塩水の順で洗浄し、無水硫酸マグネシウムで乾燥し、溶媒を減圧留去して淡黄色固体55 gを得た。これをヘキサン−トルエン混合溶媒から再結晶し、淡黄色固体として7,8-ジフルオロ-2-ナフトール 36 gを得た。(収率76%)
この製造方法では、中間体として1,3-ジブロモ-7,8-ジフルオロ-2-ナフトール及び1-ブロモ-7,8-ジフルオロ-2-ナフトールが生成してくるため、還元工程を必要とする。これに対し、実施例1の方法では対応する還元工程を必要とせず、1工程で目的の7,8-ジフルオロ-2-ナフトールを製造することができる。更に収率に関しても比較例1では76%であるのに対し、実施例1の方法では92%と大きく収率が向上している。
(比較例2)酸触媒を使用しない7,8-ジフルオロ-2-ナフトールの製造
【0032】
【化7】

【0033】
20mLの2つ口フラスコ(マグネティックスターラー、温度計付)に7,8-ジフルオロ-1,2,3,4-テトラヒドロナフタレン-2-オン1 gおよびアセトニトリル10 mLを入れ、氷冷した。そこへN-ブロモこはく酸イミド4gを1時間かけて添加し、室温で1時間撹拌した。水を加え、しばらく撹拌した後、有機層を分取し、水層をトルエンで抽出した。有機層を合わせ、水、飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥し、溶媒を減圧留去して淡黄色固体として1-ブロモ-7,8-ジフルオロ-2-ナフトール 1.4 gを得た。
【0034】
100 mLオートクレーブに1-ブロモ-7,8-ジフルオロ-2-ナフトール 1.4 g、5%パラジウム炭素(50%含水品)140 mg、トリエチルアミン0.8 mL、およびエタノール8 mLを入れ、水素圧0.392 Mpa (4 Kg / cm2)で4時間撹拌した。反応混合物をろ過し、ろ液を濃縮後、トルエン300 mLと水300 mLを加えてよく撹拌し、有機層を分取した。水層をトルエンで抽出し、有機層を合わせ、水、10%塩酸、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液、水、飽和食塩水の順で洗浄し、無水硫酸マグネシウムで乾燥し、溶媒を減圧留去して淡黄色固体1.1 gを得た。これをヘキサン−トルエン混合溶媒から再結晶し、淡黄色固体として7,8-ジフルオロ-2-ナフトール 710 mgを得た。(収率72%)
酸触媒を共存させずに、製造を行うと原料をすべて消費するためには、実施例1の方法と比較して、原料1molあたり4倍のN-ブロモこはく酸イミドを使用しなければならない。また、ナフタレン骨格への臭素化も進行するため還元工程を必要となる。以上のように、酸触媒を使用することによりN-ブロモこはく酸イミドの使用量を削減でき、還元工程が省略できることがわかった。
(比較例3)トリメチルシリルトリフルオロメタンスルホネート触媒を使用した7,8-ジフルオロ-2-ナフトールの製造
【0035】
【化8】

【0036】
100Lの3つ口フラスコ(メカニカルスターラー、温度計付)に7,8-ジフルオロ-1,2,3,4-テトラヒドロナフタレン-2-オン7 gおよびアセトニトリル28 mL、トリメチルシリルトリフルオロメタンスルホネート(TMSOTf)0.43gを入れ、氷冷した。そこへN-ブロモこはく酸イミド7gを1時間かけて添加し、室温で4時間撹拌した。反応溶液に水を加え反応を停止した後、ガスクロマトグラフィーにより純度検定を行ったところ、目的物が63.1%しか得られておらず、その他の不純物が37%程度生成していた。トリメチルシリルトリフルオロメタンスルホネートを触媒として使用すると不純物の生成が多く、本願発明が収率の点において優れていることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(I)
【化1】

(式中、X1、X2、X3およびX4は、おのおの独立して水素原子、フッ素原子または塩素原子を表すが、X1、X2、X3およびX4のうち少なくともひとつはフッ素原子または塩素原子である。)で表されるテトラヒドロナフタレノンに酸触媒存在下、イミド型ハロゲン化剤を作用させることによる、一般式(II)
【化2】

(式中、X1、X2、X3およびX4は、一般式(I)において選択したX1、X2、X3およびX4と同一のものを表す。)で表される2-ナフトール誘導体の製造方法。
【請求項2】
一般式(I)および(II)において、X1、X2、X3およびX4のうち少なくともひとつはフッ素原子であるところの、請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
イミド型ハロゲン化剤として、N-ブロモこはく酸イミド、N-クロロこはく酸イミド、N-ヨードこはく酸イミドまたは1,3-ジブロモ-5,5-ジメチルヒダントインを用いる請求項1〜2記載の製造方法。
【請求項4】
酸触媒として、臭化水素、塩化水素、フッ化水素若しくは硫酸又はそれらの水溶液を用いる請求項1〜3記載の製造方法。

【公開番号】特開2010−83782(P2010−83782A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−253244(P2008−253244)
【出願日】平成20年9月30日(2008.9.30)
【出願人】(000002886)DIC株式会社 (2,597)
【Fターム(参考)】