説明

2−フルオロイソ酪酸エステルの製造方法

【課題】2−フルオロイソ酪酸エステルの工業的な製造方法を提供する。
【解決手段】2−ヒドロキシイソ酪酸エステルを有機塩基の存在下にスルフリルフルオリド(SO)と反応させることにより2−フルオロイソ酪酸エステルの含有組成物を合成し(脱ヒドロキシフッ素化反応工程)、得られた2−フルオロイソ酪酸エステルの含有組成物を空気または酸素と接触させながら蒸留精製を行うことにより(エアレーション蒸留工程)、高純度の2−フルオロイソ酪酸エステルを収率良く製造することができる。本発明の製造方法は、フッ素源を大過剰用いる必要がなく、且つ副生物のメタクリル酸エステルが大量規模でも好適に精製除去できる。
この様に、本発明の好ましい態様では、2−フルオロイソ酪酸エステルの製造方法における従来技術の問題点を解決することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2−フルオロイソ酪酸エステルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
2−フルオロイソ酪酸エステルは医農薬中間体として重要である。本発明に関連する従来技術としては、原料に2−ヒドロキシイソ酪酸エステルを用いてヒドロキシル基をフッ素原子に置き換える脱ヒドロキシフッ素化反応が一般的である。その代表例として特許文献1から6が挙げられる。これらは、三フッ化ホウ素(BF)、無水硫酸(SO)、フルオロ硫酸(FSOH)またはクロロ硫酸(ClSOH)の存在下に無水フッ化水素(HF)またはピリジン・フッ化水素(Py・HF)と反応させるものである。この中には、ヒドロキシル基(−OH)を脱離基(−OSOCH、−OSOCFまたは−OSOCl)に誘導した後に無水フッ化水素と反応させるものもある。
【0003】
一方、本特許出願人は、スルフリルフルオリド(SO)と有機塩基の組み合わせによるアルコール類の脱ヒドロキシフッ素化反応を開示している(特許文献7)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−059466号公報
【特許文献2】特開2003−221360号公報
【特許文献3】国際公開1998/001416号公報
【特許文献4】特開平8−127555号公報
【特許文献5】国際公開1994/024086号公報
【特許文献6】特開平5−085987号公報
【特許文献7】特開2006−290870号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、2−フルオロイソ酪酸エステルの工業的な製造方法を提供することにある。該化合物の製造研究では、メタクリル酸エステルの副生を如何に抑制するか、または副生したメタクリル酸エステルを如何に精製除去するかが重要な課題である。従来の製造方法では、フッ素源(F)を大過剰用いることによりメタクリル酸エステルの副生を抑制していた。そのため、過剰に用いたフッ素源の後処理や回収に手間が掛かり、さらに製造設備の材質にも耐腐食性のより強いハステロイや四フッ化エチレン樹脂等を用いる必要があった。よって、結果的にコストの高い製造方法になっていた。また、目的物の2−フルオロイソ酪酸エステルと副生物のメタクリル酸エステルの沸点が極めて近いため(メチルエステルの場合、それぞれ106℃、100℃)、高純度の目的物を得るには、理論段数の高い蒸留装置を用いて還流比(戻し率)を上げ、長時間掛けて分別蒸留を行なう必要があった。しかしながら、この様な分別蒸留を大量規模で行なうと、副生物のメタクリル酸エステルが蒸留装置内で自己重合を起こし、操作上問題のあることが新たに分かった。一方、スキーム1に示す様に、副生物のメタクリル酸エステルを臭素(Br)と反応させることにより自己重合を起こさず沸点の格段に高いジ臭素化物に誘導し、分別蒸留を簡易に行なう手法も開示されている(CN 1944388、特開2001−226318号公報、特開平9−12508号公報)。しかしながら、本手法は煩雑な操作を付加的に必要とし、さらに大量規模での精製においてはジ臭素化物がハロゲン系廃棄物として新たに問題となる。
【化1】

【0006】
一方、特許文献7に対しては、第1級アルコールや第2級アルコールと比較して第3級アルコールの脱ヒドロキシフッ素化反応ではオレフィン体が副生し易く、好結果を得るにはフッ素源を大過剰用いる必要があった。
【0007】
この様に、フッ素源を大過剰用いる必要がなく、且つ副生物のメタクリル酸エステルが大量規模でも好適に精製除去できる、2−フルオロイソ酪酸エステルの工業的な製造方法が強く望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題を踏まえて鋭意検討した結果、2−ヒドロキシイソ酪酸エステルを有機塩基の存在下にスルフリルフルオリドと反応させることにより2−フルオロイソ酪酸エステルの含有組成物を合成し(脱ヒドロキシフッ素化反応工程)、得られた2−フルオロイソ酪酸エステルの含有組成物を空気または酸素と接触させながら蒸留精製を行うことにより(エアレーション蒸留工程)、フッ素源を大過剰用いる必要がなく、且つ副生物のメタクリル酸エステルが大量規模でも好適に精製除去できる、2−フルオロイソ酪酸エステルの製造方法を新たに見出した。また、脱ヒドロキシフッ素化反応工程を「有機塩基とフッ化水素からなる塩または錯体」の存在下に行うことが好ましく、メタクリル酸エステルの副生を効果的に抑制することができる。さらに、エアレーション蒸留工程を重合禁止剤の存在下に行うことが好ましく、副生物のメタクリル酸エステルの自己重合を相乗的に抑制することができる。前記重合禁止剤がフェノチアジン、ヒドロキノン、2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール(BHT)またはメトキノン(ヒドロキノンモノメチルエーテル)であることが好ましく、大量規模での入手が容易で自己重合の抑制効果が優れている。
【0009】
この様に、2−フルオロイソ酪酸エステルの有用な製造方法を見出し、本発明に到達した。
【0010】
すなわち、本発明は[発明1]から[発明4]を含み、2−フルオロイソ酪酸エステルの工業的な製造方法を提供する。
【0011】
[発明1]
一般式[1]
【化2】

【0012】
で示される2−ヒドロキシイソ酪酸エステルを有機塩基の存在下にスルフリルフルオリド(SO)と反応させることにより、一般式[2]
【化3】

【0013】
で示される2−フルオロイソ酪酸エステルの含有組成物を合成する脱ヒドロキシフッ素化反応工程、前記脱ヒドロキシフッ素化反応工程で得られた2−フルオロイソ酪酸エステルの含有組成物を空気または酸素と接触させながら蒸留精製を行うエアレーション蒸留工程を含む、2−フルオロイソ酪酸エステルの製造方法。
【0014】
[式中、Meはメチル基を表し、Rは炭素数1から6のアルキル基を表す]
[発明2]
脱ヒドロキシフッ素化反応工程を「有機塩基とフッ化水素からなる塩または錯体」の存在下に行うことを特徴とする、発明1に記載の2−フルオロイソ酪酸エステルの製造方法。
【0015】
[発明3]
エアレーション蒸留工程を重合禁止剤の存在下に行うことを特徴とする、発明1または発明2に記載の2−フルオロイソ酪酸エステルの製造方法。
【0016】
[発明4]
前記重合禁止剤がフェノチアジン、ヒドロキノン、2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール(BHT)またはメトキノン(ヒドロキノンモノメチルエーテル)であることを特徴とする、発明3に記載の2−フルオロイソ酪酸エステルの製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明が従来技術に比べて有利な点を以下に述べる。
【0018】
本発明の製造方法は、フッ素源の使用量が格段に少なく、さらに好適な反応条件では有機塩基がフッ化水素に対して過剰に用いられるため、耐腐食性の強い材質を用いる必要がない。また、分別蒸留を長時間掛けて行っても、エアレーション蒸留のためメタクリル酸エステルの自己重合が起こらず、高純度の2−フルオロイソ酪酸エステルを大量規模で収率良く回収することができる。さらに、ジ臭素化物への誘導等の蒸留精製の前処理を一切必要としない。
【0019】
また、特許文献7に対しては、本発明で対象とする2−ヒドロキシイソ酪酸エステルは第3級アルコールであるにも拘わらず、フッ素源の使用量が格段に少なくても所望の反応が良好に進行することを新たに見出した。この知見は当初の予想に反して驚くべきものである。
【0020】
この様に、本発明の好ましい態様では、2−フルオロイソ酪酸エステルの製造方法における従来技術の問題点を解決することができる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の2−フルオロイソ酪酸エステルの製造方法について詳細に説明する。
【0022】
本発明の製造方法は、脱ヒドロキシフッ素化反応とエアレーション蒸留の2工程から成る。
【0023】
[1.脱ヒドロキシフッ素化反応工程]
先ず、脱ヒドロキシフッ素化反応工程について詳細に説明する。
【0024】
脱ヒドロキシフッ素化反応工程では、一般式[1]で示される2−ヒドロキシイソ酪酸エステルを有機塩基の存在下にスルフリルフルオリドと反応させることにより、一般式[2]で示される2−フルオロイソ酪酸エステルの含有組成物を合成することができる。該含有組成物には、副生物としてメタクリル酸エステルが含まれる。
【0025】
一般式[1]で示される2−ヒドロキシイソ酪酸エステルのMeは、メチル基を表す。
【0026】
一般式[1]で示される2−ヒドロキシイソ酪酸エステルのRは、炭素数1から6のアルキル基を表す。該アルキル基は、直鎖または枝分れの鎖式、または環式(炭素数が3以上の場合)を採ることができる。その中でもメチル基およびエチル基が好ましく、メチル基が特に好ましい。
【0027】
スルフリルフルオリドの使用量は、一般式[1]で示される2−ヒドロキシイソ酪酸エステル1モルに対して0.7モル以上を用いれば良く、0.8から3モルが好ましく、0.9から2モルが特に好ましい。
【0028】
有機塩基としては、トリメチルアミン、トリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、トリn−プロピルアミン、トリn−ブチルアミン、トリn−アミルアミン、トリn−ヘキシルアミン、ピリジン、2,3−ルチジン、2,4−ルチジン、2,5−ルチジン、2,6−ルチジン、3,4−ルチジン、3,5−ルチジン、2,3,4−コリジン、2,4,5−コリジン、2,5,6−コリジン、2,4,6−コリジン、3,4,5−コリジン、3,5,6−コリジン、4−ジメチルアミノピリジン(DMAP)、1,5−ジアザビシクロ[4.3.0]ノナ−5−エン(DBN)、1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ−7−エン(DBU)、N,N,N’,N’,N’’−ペンタメチルグアニジン、1,5,7−トリアザビシクロ[4.4.0]デカ−5−エン(TBD)、BEMP、tert−Bu−P4等が挙げられる。その中でもトリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、トリn−ブチルアミン、ピリジン、2,6−ルチジン、2,4,6−コリジン、4−ジメチルアミノピリジン、1,5−ジアザビシクロ[4.3.0]ノナ−5−エンおよび1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ−7−エンが好ましく、トリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、トリn−ブチルアミン、ピリジン、2,6−ルチジン、2,4,6−コリジンおよび1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ−7−エンが特に好ましい。これらの有機塩基は単独または組み合わせて用いることができる。
【0029】
有機塩基の使用量は、一般式[1]で示される2−ヒドロキシイソ酪酸エステル1モルに対して0.7モル以上を用いれば良く、0.8から4モルが好ましく、0.9から3モルが特に好ましい。
【0030】
「有機塩基とフッ化水素からなる塩または錯体」の有機塩基としては、上記の有機塩基(発明1で用いる有機塩基)と同じものが挙げられ、好ましい有機塩基および特に好ましい有機塩基も同じである。よって、両方の有機塩基を揃えて用いることが好ましい態様の1つである。
【0031】
「有機塩基とフッ化水素からなる塩または錯体」の有機塩基とフッ化水素のモル比は、100:1から1:100の範囲であれば良く、50:1から1:50が好ましく、25:1から1:25が特に好ましい。トリn−ブチルアミン・3フッ化水素錯体は、トリエチルアミン・3フッ化水素錯体の調製方法を参考にして同様に調製することができる。また、アルドリッチ(Aldrich 2009−2010カタログ)から市販されている「トリエチルアミン1モルとフッ化水素3モルからなる錯体」および「ピリジン〜30%(〜10モル%)とフッ化水素〜70%(〜90モル%)からなる錯体」を用いることもできる。
【0032】
本工程を「有機塩基とフッ化水素からなる塩または錯体」の存在下に行う場合、該使用量は、一般式[1]で示される2−ヒドロキシイソ酪酸エステル1モルに対してフッ素アニオン(F)として0.1モル以上を用いれば良く、0.2から2モルが好ましく、0.3から1モルが特に好ましい。
【0033】
発明1で用いる有機塩基と「有機塩基とフッ化水素からなる塩または錯体」の有機塩基の合計使用量(モル)が「有機塩基とフッ化水素からなる塩または錯体」のフッ化水素の使用量(モル)に対して過剰に用いられると、腐食性を格段に軽減することができ、ステンレス鋼(SUS)や場合によってはガラス(グラスライニング)等の材質を用いることができる。よって、有機塩基がフッ化水素に対して過剰に用いられる反応条件は好ましい態様の1つである。
【0034】
反応溶媒としては、n−ヘキサン、シクロヘキサン、n−ヘプタン等の脂肪族炭化水素系、ベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、キシレン、メシチレン等の芳香族炭化水素系、塩化メチレン、クロロホルム、1,2−ジクロロエタン等のハロゲン系、ジエチルエーテル、tert−ブチルメチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、テトラヒドロフラン等のエーテル系、酢酸エチル、酢酸n−ブチル等のエステル系、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチルピロリドン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン等のアミド系、アセトニトリル、プロピオニトリル等のニトリル系、ジメチルスルホキシド等が挙げられる。その中でもn−ヘキサン、n−ヘプタン、トルエン、キシレン、メシチレン、塩化メチレン、tert−ブチルメチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、テトラヒドロフラン、酢酸エチル、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、アセトニトリル、プロピオニトリルおよびジメチルスルホキシドが好ましく、トルエン、キシレン、塩化メチレン、tert−ブチルメチルエーテル、テトラヒドロフラン、酢酸エチル、N,N−ジメチルホルムアミドおよびアセトニトリルが特に好ましい。これらの反応溶媒は単独または組み合わせて用いることができる。本工程は反応溶媒を用いずに行っても良好に進行するため、無溶媒(ニート、反応溶媒の非存在下)での反応は好ましい態様の1つである。
【0035】
反応溶媒を用いる場合、該使用量は、一般式[1]で示される2−ヒドロキシイソ酪酸エステル1モルに対して0.01L以上を用いれば良く、0.02から2Lが好ましく、0.03から1Lが特に好ましい。
【0036】
反応温度は、−30から+200℃の範囲で行えば良く、−20から+175℃が好ましく、−10から+150℃が特に好ましい。
【0037】
反応時間は、120時間以内の範囲で行えば良く、原料および反応条件により異なるため、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、核磁気共鳴等の分析手段により反応の進行状況を追跡し、原料が殆ど消失した時点を終点とすることが好ましい。
【0038】
後処理は、特に制限はないが、好ましくは、反応終了液を直接、減圧蒸留することにより、目的とする一般式[2]で示される2−フルオロイソ酪酸エステルの含有組成物を収率良く回収することができる。さらに、有機塩基がフッ化水素に対して過剰に用いられる好適な反応条件を組み合わせることにより、該含有組成物中のフッ素イオン濃度(F)を有意に低減できる(実施例1の174ppmに対応)ことも新たに見出した。この現象(有機塩基の存在下に蒸留することでフッ素イオン濃度が低下する現象)は、引き続く該含有組成物の分別蒸留においても認められ(実施例1の6ppmに対応)、本特許出願人が類似化合物を対象として特開2009−67776号公報で開示した現象と同様である。本発明の製造方法は、フッ素源の使用量が格段に少ないことにメリットがあり、さらに上記の好適な反応条件と好ましい後処理を採用することにより、フッ素化反応であるにも拘わらず、後処理において一般的に多用される通常の脱弗操作を必要としない。本発明は、この様な観点からも工業的な製造方法として好適である。また、反応終了液からの直接的な減圧蒸留後の釜残の大部分は「有機塩基と、フルオロ硫酸またはフッ化水素からなる塩または錯体」であり、含有する有機塩基は無機塩基の水溶液等による中和、蒸留等による精製、必要に応じてモレキュラシーブス等による脱水等の再生操作を行い、再利用することができる。この再生操作においては、脂溶性が高く蒸留精製において適度な沸点を有するトリn−ブチルアミンが好適である。
【0039】
[2.エアレーション蒸留工程]
次に、エアレーション蒸留工程について詳細に説明する。
【0040】
エアレーション蒸留工程では、脱ヒドロキシフッ素化反応工程で得られた、一般式[2]で示される2−フルオロイソ酪酸エステルの含有組成物(副生物としてメタクリル酸エステルが含まれる)を空気または酸素と接触させながら蒸留精製を行うことにより、副生物のメタクリル酸エステルを殆ど含まない蒸留精製品を回収することができる。
【0041】
エアレーション蒸留は、副生物のメタクリル酸エステルの気相状態での自己重合を効果的に抑制することができる。さらに、重合禁止剤は、副生物のメタクリル酸エステルの液相状態での自己重合を効果的に抑制することができるため、これらを組み合わせることにより、蒸留精製における自己重合を相乗的に制御することができる。
【0042】
エアレーション蒸留は、脱ヒドロキシフッ素化反応工程の好ましい後処理である、反応終了液からの直接的な減圧蒸留の時にも好適に適応できるため、請求項中の「蒸留精製」には、この減圧蒸留も含まれるものとする。
【0043】
エアレーション蒸留における酸素導入量は、特に制限はないが、蒸留装置だけでなく減圧系や排気系も含めた蒸留のシステム全体において爆発が起こらない様に設定すれば良く、限界酸素濃度の90%以下が好ましく、限界酸素濃度の80%以下が特に好ましい。一方、酸素導入量が極端に少ないと所望の効果が得られないため、限界酸素濃度の0.0001%以上が好ましく、限界酸素濃度の0.001%以上が特に好ましい。空気を導入する場合は、空気中の酸素濃度を21%として計算すれば良い。限界酸素濃度は、一般式[2]で示される2−フルオロイソ酪酸エステルのR(炭素数1から6のアルキル基)や該含有組成物に含まれるメタクリル酸エステルの副生量等により異なるが、約10%を目安として考えれば良い。最後に、エアレーション蒸留としては、空気と接触させるのが好ましく、酸素と接触させるのと同等の自己重合の抑制効果を得るのに設備的な負担が少なく安全に行うことができる。
【0044】
重合禁止剤としては、フェノチアジン、ヒドロキノン、2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール、メトキノン、tert−ブチルヒドロキノン(TBH)、2,5−ジ−tert−ブチルヒドロキノン、1,2,4−トリヒドロキシベンゼン、ロイコキニザリン、ノンフレックスF、ノンフレックスH、ノンフレックスDCD、ノンフレックスMBP[2,2’−メチレン−ビス(4−メチル−6−tert−ブチルフェノール)]、オゾノン35、テトラエチルチウラムジスルフィド、Q−1300、Q−1301、クロラニル、イオウ等が挙げられる。その中でもフェノチアジン、ヒドロキノン、2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール、メトキノン、ノンフレックスF、ノンフレックスH、ノンフレックスDCD、ノンフレックスMBP、Q−1300およびQ−1301が好ましく、フェノチアジン、ヒドロキノン、2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノールおよびメトキノンが特に好ましい。これらの重合禁止剤は市販されており、単独または組み合わせて用いることができる。
【0045】
重合禁止剤の使用量は、一般式[1]で示される2−ヒドロキシイソ酪酸エステル1モルに対して0.000001モル以上を用いれば良く、0.00001から0.05モルが好ましく、0.0001から0.03モルが特に好ましい。重合禁止剤はエアレーション蒸留に必須ではないが、工業的な製造には極めて効果的である。
【0046】
重合禁止剤は、脱ヒドロキシフッ素化反応工程の段階[具体的には、原料の仕込み段階、反応終了液からの直接的な減圧蒸留(好ましい後処理)の段階、該減圧蒸留における留出物(含有組成物)回収の受器等]から予め加えておくこともでき、副生物のメタクリル酸エステルの自己重合に対して、さらに好ましい抑制効果が得られる場合もある。
【0047】
[実施例]
実施例により本発明の実施の形態を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。Meはメチル基を表す。
【実施例1】
【0048】
3Lステンレス鋼製耐圧反応容器に、下記式
【化4】

【0049】
で示される2−ヒドロキシイソ酪酸メチル429g(3.63mol、1.00eq)、トリn−ブチルアミン1029g(5.55mol、1.53eq)とトリn−ブチルアミン・3フッ化水素錯体148g(603mmol、0.166eq)を加え、室温で内圧が1.0MPaになる様に調整しながらスルフリルフルオリドをボンベより連続的に吹き込み、21時間45分攪拌した。さらに、内温71から92℃で内圧が1.0MPaになる様に調整しながらスルフリルフルオリドをボンベより連続的に吹き込み、22時間25分攪拌した。最後に、内温100から105℃で内圧が1.0MPaになる様に調整しながらスルフリルフルオリドをボンベより連続的に吹き込み、3時間55分攪拌した。スルフリルフルオリドのトータル使用量は441g(4.32mol、1.19eq)であった。反応終了液を室温まで降温し、反応の変換率をガスクロマトグラフィーにより測定したところ99%であった。反応終了液を蒸留装置に移し、単蒸留(フラッシュ蒸留、沸点〜83℃、減圧度〜4.2kPa)することにより、下記式
【化5】

【0050】
で示される2−フルオロイソ酪酸メチルの含有組成物を453g合成した。含有組成物にはH−NMRでの定量により2−フルオロイソ酪酸メチル、メタクリル酸メチル、2−ヒドロキシイソ酪酸メチルおよびトリn−ブチルアミンがそれぞれ344g、59g、6g、43g含まれていた(重量比76:13:1:10)。収率は79%であった。フッ素イオン濃度は174ppmであった。
【0051】
上記で得られた2−フルオロイソ酪酸メチルの含有組成物453g(全量)を分別蒸留[理論段数30、空気導入量5mL/分]を6時間50分掛けて行い、本留[沸点89℃、減圧度50kPa、還流比(留出:戻り)1:5]を292g回収した。回収率は85%であり、トータル収率は67%であった。ガスクロマトグラフィー純度は99.7%(残り0.3%はメタクリル酸メチル)であった。フッ素イオン濃度は6ppmであった。また、エアレーション蒸留を採用することにより、分別蒸留の装置内の全ての箇所でメタクリル酸メチルの自己重合は認められなかった。2−フルオロイソ酪酸メチルのH−NMRおよび19F−NMRを下に示す。
【0052】
H−NMR[基準物質;(CHSi、重溶媒;CDCl]、δ ppm;1.57(d、21.2Hz、6H)、3.77(s、3H)。
【0053】
19F−NMR(基準物質;CCF、重溶媒;CDCl)、δ ppm;−84.29(sep、21.3Hz、1F)。
【実施例2】
【0054】
実施例1を参考にして同様に合成した、下記式
【化6】

【0055】
で示される2−フルオロイソ酪酸メチルの含有組成物(副生物のメタクリル酸メチルも実施例1と同程度含まれる)の分別蒸留(エアレーション蒸留)をメトキノン(2−ヒドロキシイソ酪酸メチル1モルに対して0.001モル使用)の存在下に行い、実施例1と同等の結果を得た。実施例2の分別蒸留は実施例1の2倍のスケールで2倍の時間を掛けて行ったが、エアレーション蒸留と重合禁止剤を組み合わせることにより、スケールアップしても分別蒸留の装置内の全ての箇所でメタクリル酸メチルの自己重合は認められなかった。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明で対象とする2−フルオロイソ酪酸エステルは、医農薬中間体として利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式[1]
【化1】


で示される2−ヒドロキシイソ酪酸エステルを有機塩基の存在下にスルフリルフルオリド(SO)と反応させることにより、一般式[2]
【化2】

で示される2−フルオロイソ酪酸エステルの含有組成物を合成する脱ヒドロキシフッ素化反応工程、前記脱ヒドロキシフッ素化反応工程で得られた2−フルオロイソ酪酸エステルの含有組成物を空気または酸素と接触させながら蒸留精製を行うエアレーション蒸留工程を含む、2−フルオロイソ酪酸エステルの製造方法。
[式中、Meはメチル基を表し、Rは炭素数1から6のアルキル基を表す]
【請求項2】
脱ヒドロキシフッ素化反応工程を「有機塩基とフッ化水素からなる塩または錯体」の存在下に行うことを特徴とする、請求項1に記載の2−フルオロイソ酪酸エステルの製造方法。
【請求項3】
エアレーション蒸留工程を重合禁止剤の存在下に行うことを特徴とする、請求項1または請求項2に記載の2−フルオロイソ酪酸エステルの製造方法。
【請求項4】
前記重合禁止剤がフェノチアジン、ヒドロキノン、2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール(BHT)またはメトキノン(ヒドロキノンモノメチルエーテル)であることを特徴とする、請求項3に記載の2−フルオロイソ酪酸エステルの製造方法。

【公開番号】特開2011−207800(P2011−207800A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−76414(P2010−76414)
【出願日】平成22年3月29日(2010.3.29)
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)
【Fターム(参考)】