説明

3−アルケニルセフェム化合物の製造方法

【課題】Z体の含有率が高く、しかも不純物であるフェニル酢酸又はその誘導体含有量の少ない7−アミノ−3−[2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はその塩の製造方法の提供。
【解決手段】7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸の塩を酵素反応し、該脱保護反応の副生成物であるフェニル酢酸又はその誘導体を含んだ水溶液を得た後、該水溶液に対し、有機溶媒を用いてフェニル酢酸又はその誘導体の抽出処理を行うか、又は析出させる晶析処理を行い、次いで、活性炭と接触させて処理することにより、7−アミノ−3−[2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はその塩の含有率を向上させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はその塩(以下、これらを総称して「アルケニルセフェム化合物」ともいう)の製造において、E体に比してZ体の含有率を向上させ且つ不純物を低減させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
7−アミノ−3−[2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はその塩は、セファロスポリン系抗生物質の製造中間体として有用な物質である。この化合物には、3位のアルケニル基の立体構造がZ配置であるものとE配置であるものの2種類の異性体が存在する。これら2種類の異性体のうち、それを原料とするセファロスポリン系抗生物質が医薬抗菌剤として優れた抗菌作用を発現するものは、Z体であることが知られている。したがって、7−アミノ−3−[2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はその塩からセファロスポリン系抗生物質を合成する場合には、反応系にZ体のみを存在させ、E体を極力存在させないことが重要である。
【0003】
この観点から、特許文献1においては、Z体とE体とが混在した7−アミノ−3−[2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はそのアルカリ金属塩の水溶液に、ハイポーラスポリマーや活性炭を作用させて、Z体の含有率を高めることが提案されている。この方法で用いられるハイポーラスポリマーとしては、アクリル系樹脂、フェノール系樹脂、スチレン系樹脂が例示されている。一方、活性炭としては、塩化亜鉛炭や水蒸気炭といった一般的な活性炭が用いられている。
【0004】
前記の文献に記載の方法に従えば、Z体の含有率が高まった7−アミノ−3−[2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はそのアルカリ金属塩が得られる。しかしこの化合物を、セファロスポリン系抗生物質の製造中間体として用いるには、Z体の含有率を更に向上させることが望まれている。
【0005】
また、7−アミノ−3−[2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸の塩は、7−置換アシルアミノ−3−[2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸の塩を酵素反応に付して7位アミド結合の脱保護反応を行うことによって得られることが知られている。この脱保護反応によって得られた化合物には、脱保護反応の副生成物であるフェニル酢酸又はその誘導体が不純物として含まれている。これらの不純物を含有する化合物を、セファロスポリン系抗生物質の製造中間体に使用すると、抗生物質の合成反応を阻害するという問題が生じるため、これらの不純物を低減することが必要である。
【0006】
この観点から、特許文献2においては、前記脱保護反応後の水溶液から、メチルイソブチルケトン等の有機溶媒を用いて、不純物であるフェニル酢酸又はその誘導体を抽出除去して、それらの含有量を100ppm以下とすることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−343854号公報
【特許文献2】特開2002−316991号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
したがって本発明の目的は、Z体の含有率が高く、しかも不純物であるフェニル酢酸又はその誘導体含有量の少ない7−アミノ−3−[2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はその塩の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、下記式(1)で表される7−置換アシルアミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸の塩を酵素反応に付して7位アミド結合の脱保護反応を行い、該脱保護反応の副生成物であるフェニル酢酸又はその誘導体を含んだ下記式(3)で表される7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はその塩の水溶液を得た後、下記(A)又は(B)の処理工程を行い、次いで、該処理工程後の下記式(3)で表される7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はその塩の水溶液を活性炭と接触させて処理することを特徴とする、下記式(2)で表される7−アミノ−3−[(Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はその塩の含有率が向上した式(3)で表される7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はその塩の製造方法を提供することにより、前記目的を達成したものである。
(A)前記の脱保護反応の副生成物であるフェニル酢酸又はその誘導体を含んだ下記式(3)で表される7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はその塩の水溶液に対し、有機溶媒を用いて、前記フェニル酢酸又はその誘導体の抽出処理を行う工程。
(B)前記の脱保護反応の副生成物であるフェニル酢酸又はその誘導体を含んだ下記式(3)で表される7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はその塩の水溶液から、該7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はその塩を析出させる晶析処理を行う工程。
【0010】
【化1】

【0011】
【化2】

【0012】
【化3】

【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はその塩の製造において、E体に比してZ体の含有率を、従来よりも向上させることができ、しかも不純物を低減することもできる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明においては、先ず、前記式(1)で表される7−置換アシルアミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸の塩を酵素反応に付して7位のアミド保護基の脱保護反応を行うことで、前記式(3)で表される7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸の塩の水溶液を得る。この塩は水溶性であればその種類に特に制限はない。水溶性の塩としては例えばアルカリ金属塩やアンモニウム塩が挙げられる。したがって、前記式(1)におけるMで表される一価のカチオンとしては、ナトリウムイオン等のアルカリ金属イオン、アンモニウムイオンが挙げられる。
【0015】
前記の酵素反応の溶媒としては、酵素活性を最大限に引き出す観点から水を用いることが好ましい。酵素反応のpHは、酵素の活性に影響を及ぼす要因となる。酵素の種類にもよるが、この観点からpHを7.0〜9.0、特に7.2〜8.8に維持することが好ましい。pHの維持には各種のアルカリ水溶液、例えば水酸化ナトリウムや水酸化カリウム等のアルカリ金属水酸化物;炭酸水素ナトリウム等のアルカリ金属炭酸水素塩;炭酸ナトリウムや炭酸カリウム等のアルカリ金属炭酸塩、アンモニア水等の水溶液を用いることができる。酵素反応の温度も、酵素の活性に影響を及ぼす要因となる。酵素の種類にもよるが、この観点から反応系の温度を20〜40℃、特に22〜38℃に維持することが好ましい。反応時間は本発明において臨界的でない。一般に式(1)で表される化合物が反応系から消失するまで反応を行えばよい。前記のpH及び温度の範囲であることを条件として、反応時間は一般に1〜3時間とすることができる。
【0016】
酵素溶液に付す溶液に含まれる前記式(1)で表される化合物の濃度は、本発明において臨界的なものではなく、結晶が析出しない程度の低濃度であればよいが、一般に1〜10重量%の範囲とすることができる。
【0017】
使用する酵素としては従来公知のペニシリンGアシラーゼを特に制限なく用いることができる。例えばベーリンガーマンハイム社製のペニシリンーGアミダーゼPGA−150、PGA−300、PGA−450;ダラス・バイオテック・リミテッド社製のペニシリン−Gアシラーゼ;ロシュ・モレキュラー・バイオケミカルズ社製のペニシリン−Gアミダーゼ;湖南福来格生物技術有限公司のIPA−750;アトラス・バイオロジクス社製のSynthaCLEC−PA等を用いることができる。
【0018】
酵素の使用量は、その種類にもよるが、式(1)で表される化合物100重量部に対して30〜150重量部、特に50〜100重量部であることが好ましい。
【0019】
式(1)で表される化合物は、公知の方法で合成することができる。例えば、下記式(4)で表される7−置換アシルアミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸化合物に、4位カルボン酸保護基の脱保護反応を行うことで、式(1)で表される化合物を得ることができる。脱保護反応としては、β−ラクタム化合物におけるカルボン酸保護基の脱保護反応として公知である種々の方法を採用することができる。例えば、特開平61−263984号公報に記載されている、フェノール類中での脱保護反応を採用することができる。
【0020】
【化4】

【0021】
式(4)中、R2で表されるカルボン酸保護基としては、例えば電子供与性基で置換されていてもよいベンジル基や、電子供与性基で置換されていてもよいジフェニルメチル基等が挙げられる。電子供与性基としては、例えば炭素数1〜6のアルキル基;ヒドロキシ基、炭素数1〜6のアルコキシ基等が挙げられる。
【0022】
酵素反応前の溶液に含まれる前記式(1)で表される化合物、及び酵素反応後の溶液に含まれる前記式(3)で表される化合物において、Z体とE体との存在割合に特に制限はなく、この存在割合は化合物の製造条件等に依存するが、後述の実施例において用いたE体含有率の計算式に基づいて算出された含有率で表して、一般にE体含有率が0.3〜20%、特に2〜12%である。本発明の目的にかんがみれば、Z体の存在割合がE体の存在割合よりも十分に高いことが望ましいが、本発明の製造方法を用いることで、簡便にかつ高収率でZ体を得ることが可能である。
【0023】
以上の酵素反応によって、式(3)で表される化合物の塩の水溶液が得られる。この酵素反応においては、式(1)で表される化合物における7位のアミド保護基の脱保護によってフェニル酢酸又はその誘導体(以下、これらを総称して「フェニル酢酸類」という)が副生成物として生成する。酵素反応によって得られた式(3)で表される化合物の塩の水溶液には、フェニル酢酸類が、後述の実施例において用いたフェニル酢酸含有率の計算式に基づいて算出された含有率で表して、16〜17%程度含まれている。このフェニル酢酸類は、本製造方法の目的物であるZ体の含有率が高いアルケニルセフェム化合物に対する不純物であることから、その存在を極力排除する必要がある。
【0024】
そこで、本発明においては、次に、フェニル酢酸又はその誘導体の含有量を低減するため、前記酵素反応によって得られた式(3)で表される化合物の塩の水溶液に対し、下記(A)又は(B)の処理工程を行う。
(A)前記の脱保護反応の副生成物であるフェニル酢酸又はその誘導体を含んだ下記式(3)で表される7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はその塩の水溶液に対し、有機溶媒を用いて、前記フェニル酢酸又はその誘導体の抽出処理を行う工程。
(B)前記の脱保護反応の副生成物であるフェニル酢酸又はその誘導体を含んだ下記式(3)で表される7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はその塩の水溶液から、該7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はその塩を析出させる晶析処理を行う工程。
【0025】
以下、前記(A)の処理工程について、説明する。
フェニル酢酸類の抽出除去を確実に行う観点から、抽出処理に先立ち、鉱酸により、前記酵素反応によって得られた式(3)で表される化合物の塩の水溶液のpHを酸性域、具体的には2以下、特に1以下に調整して、水溶液中の式(3)で表される化合物の塩を、対応する鉱酸塩の形態とすることが好ましい。該鉱酸としては、塩酸、硝酸、硫酸等が挙げられる。
【0026】
抽出処理に使用する有機溶媒としては、(イ)低級カルボン酸の低級アルキルエステル類、(ロ)ケトン類、(ハ)エーテル類、(ニ)置換又は非置換の芳香族炭化水素類、(ホ)ハロゲン化炭化水素類、(ヘ)脂肪族炭化水素類、(ト)シクロアルカン類がある。これらの有機溶媒は、単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。(イ)の低級カルボン酸の低級アルキルエステル類としては、蟻酸メチル、蟻酸エチル、蟻酸プロピル、蟻酸ブチル、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸ブチル、プロピオン酸メチル、プロピオン酸エチル等が挙げられる。(ロ)のケトン類としては、メチルプロピルケトン、メチルブチルケトン、メチルイソブチルケトン、ジエチルケトン等が挙げられる。(ハ)のエーテル類としては、ジエチルエーテル、エチルプロピルエーテル、エチルブチルエーテル、ジプロピルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジブチルエーテル、メチルセロソルブ、ジメトキシエタン等が挙げられる。(ニ)の置換又は非置換の芳香族炭化水素類としては、ベンゼン、トルエン、キシレン、クロロベンゼン、アニソール等が挙げられる。(ホ)のハロゲン化炭化水素類としては、ジクロロメタン、クロロホルム、ジクロロエタン、トリクロロエタン、ジブロモエタン、プロピレンジクロライド、四塩化炭素等が挙げられる。(ヘ)の脂肪族炭化水素類としては、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン等が挙げられる。(ト)のシクロアルカン類としては、シクロペンタン、シクロヘキサン、シクロヘプタン、シクロオクタン等が挙げられる。
【0027】
これらの有機溶媒の中でも、20℃での水への溶解度が1重量%以下のもの、具体的には、トルエン、クロロホルム、クロロベンゼン等が好ましく、特にトルエンが好ましい。
【0028】
極性が高く水への溶解度が高い有機溶媒を用いると、抽出処理するアルケニルセフェム化合物の水溶液中に有機溶媒が溶解してしまう。有機溶媒が溶解したアルケニルセフェム化合物の水溶液を、後に詳述する活性炭による処理に供すると、活性炭が有機溶媒を吸着してしまうため、E体の吸着除去効率が低下し、Z体の純度を向上させることが困難となる。そのため、水への溶解度が高い有機溶媒を用いた場合は、活性炭による処理を行う前に、抽出処理後の水溶液を濃縮して該水溶液から有機溶媒を除去する濃縮工程が必要となる。水への溶解度が20℃で1重量%以下という溶解度の低い有機溶媒を用いると、濃縮工程が不要なため工業的に有利である。
【0029】
これらの有機溶媒は、前記水溶液中のアルケニルセフェム化合物1kg当たり、好ましくは5〜50リットル、更に好ましくは10〜30リットル使用する。また、抽出処理は0〜20℃にて行うことが好ましい。この好ましい比率であれば、抽出処理において効率的にフェニル酢酸類の含有率を低減することができる。
【0030】
本発明の製造方法においては、抽出処理後において、フェニル酢酸類を、後述の実施例において用いたフェニル酢酸含有率の計算式に基づいて算出された含有率で表して、8%以下にまで低減させることが好ましい。抽出処理を複数回繰り返すことで、フェニル酢酸類の含有率が次第に低下するので、1回の抽出処理でフェニル酢酸類の含有率が8%以下とならない場合は、溶媒抽出を複数回行うことが好ましい。
【0031】
以下、前記(B)の処理工程について、説明する。
式(3)で表される化合物を析出させて収率よく回収する観点から、鉱酸により、前記酵素反応によって得られた式(3)で表される化合物の塩の水溶液のpHを弱酸性域、具体的には3.5〜4.8、特に3.5〜4.5に調整して、水溶液中の式(3)で表される化合物の塩を、遊離の酸の形態として、析出しやすい状態にする。なお、pH調整は、塩酸、硝酸、硫酸などの鉱酸を該水溶液に添加することにより行うことができる。
次いで、該水溶液を好ましくは20℃以下、さらに好ましくは1〜10℃に保持することにより、水溶液中の式(3)で表される化合物を析出させることができる。なお、晶析処理は攪拌下に行っても、静置下に行ってもよい。析出物である式(3)で表される化合物は、常法により固液分離して、フェニル酢酸類を含む処理液より回収する。
【0032】
本発明の製造方法においては、晶析処理後において、フェニル酢酸類を、後述の実施例において用いたフェニル酢酸含有率の計算式に基づいて算出された含有率で表して、8%以下にまで低減させることが好ましい。晶析処理は、前記(A)の抽出処理に比べて、フェニル酢酸類の分離除去効率が高いため、前述のpH3.5〜4.8で20℃以下の条件であれば、1回の晶析処理でフェニル酢酸類の含有率を2%以下にまで低減させることが可能である。なお、1回の晶析処理でフェニル酢酸類の含有率が8%以下、好ましくは2%以下とならない場合は、晶析処理を複数回行うことが望ましい。
【0033】
なお、必要により前記(A)の処理工程及び前記(B)の処理工程を組み合わせて行ってもよい。その場合、いずれの処理工程を先に行うかは特に制限されない。
【0034】
次に、前記(A)の処理工程又は前記(B)の処理工程の終了後の式(3)で表される7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はその塩(アルケニルセフェム化合物)の水溶液を活性炭と接触させて、該水溶液中に含まれるアルケニルセフェム化合物のE体を吸着除去して、Z体の含有率を高める。前記(A)の処理工程を行った場合は、有機溶媒による抽出処理を終えた水溶液を、そのまま活性炭と接触させることができる。前記(B)の処理工程を行った場合は、該処理工程により得られた析出物(式(3)で表される化合物)を水に溶解して水溶液とし、該水溶液を活性炭と接触させる。いずれの場合も、活性炭と接触させる水溶液中のアルケニルセフェム化合物の濃度は、処理効率の観点から0.1〜5重量%であることが好ましく、さらに好ましくは0.5〜4重量%である。
【0035】
活性炭と接触させる水溶液のpHは7.1〜9.0の弱アルカリ性領域又はpH2.0以下、特に0.8〜1.4の酸性領域とすることが、活性炭処理中に結晶の析出物がなく、効率的に活性炭処理ができる観点から好ましい。とりわけ、pH2.0以下、特に0.8〜1.4の酸性領域とすると、前記(A)又は(B)の処理工程により除去しきれなかったフェニル酢酸類も、活性炭処理により同時に吸着除去することができることから、一層フェニル酢酸類が低減された目的物を得ることができる観点から好ましい。pHの調整には、アンモニア水、アミン類、前述の鉱酸等を使用することができる。アミン類としては、トリメチルアミン、トリエチルアミン等が挙げられる。
【0036】
活性炭と、水溶液中のアルケニルセフェム化合物とを接触させる方法に特に制限はない。例えばアルケニルセフェム化合物の水溶液中に、活性炭を添加する方法や、逆に活性炭にアルケニルセフェム化合物の水溶液を添加する方法を採用することができる。あるいは、活性炭をカラムに充填し、アルケニルセフェム化合物の水溶液をポンプ等でカラム送液し、カラム内を通過させ、更にカラム内を複数回循環させる方法や、フィルター等の成形体に活性炭を含有させたものに、アルケニルセフェム化合物の水溶液を接触させる方法を採用することもできる。活性炭の量とアルケニルセフェム化合物の量との比率に特に制限はないが、例えば、水溶液中に含まれるアルケニルセフェム化合物100重量部に対して、活性炭を10〜200重量部、特に20〜100重量部接触させることが、Z体のロス率を少なくできる点から好ましい。また、この好ましい比率であれば、前述の(A)又は(B)の処理工程後も残存していたフェニル酢酸類の含有率を、活性炭処理において効率的にさらに低減することもできる。
【0037】
活性炭を用いる際には、アルケニルセフェム化合物の水溶液中に、活性炭を複数回に分割して添加してもよい。そうすることにより、一層E体含量を低減してZ体含量を高めることができる。また、使用する活性炭の全量を一度に添加する場合には、粉塵爆発のおそれや作業性の問題もあるが、分割添加すれば、これらの問題を解消することもできる。
【0038】
活性炭とアルケニルセフェム化合物とを接触させる条件にも特に制限はない。例えば接触時の温度は、0〜20℃とすることができる。接触時の温度をこの範囲内にすることで、Z体のロス率を少なくでき、かつE体を効率よく除去できるので好ましい。接触時間は、接触時の温度が上述の範囲であることを条件として、0.5〜3時間、特に0.5〜2時間であることが好ましい。両者を接触させている間、反応系を攪拌状態にしておいてもよく、あるいは静置状態にしておいてもよい。
【0039】
活性炭による処理は、1回のみ行ってよく、あるいはZ体の純度を高める目的で2回以上の複数回繰り返して行ってもよい。
【0040】
活性炭としては、例えばヤシ殻、石炭、木質材等を原料とした塩化亜鉛賦活活性炭や水蒸気賦活活性炭を用いることができる。これらは単独であるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0041】
アルケニルセフェム化合物からE体を選択的に吸着除去するための活性炭について本発明者らが鋭意検討したところ、大きな細孔径のピークと小さな細孔径のピークを有する活性炭を用いることが特に有効であることが判明した。更に本発明者らが検討を推し進めたところ、このような細孔径分布を有する活性炭は、JIS K−1474に従い測定されたヨウ素吸着性能と、同じくJIS K−1474に従い測定されたメチレンブルー吸着性能が特定の範囲内にあることが判明した。本発明においては、かかる特定のヨウ素吸着性能及びメチレンブルー吸着性能を有する活性炭を用いることで、アルケニルセフェム化合物からE体を一層選択的に吸着除去することが可能である。
【0042】
上述した特定のヨウ素吸着性能については、その値が1200mg/g以上であるものを用いることが好ましい。なお、ヨウ素吸着性能が1700mg/g超であり、かつ以下に述べるメチレンブルー吸着性能を兼ね備えた活性炭を工業的に入手することは極めて困難なので、本発明において用いる活性炭のヨウ素吸着性能の上限は1700mg/gとする。したがって、ヨウ素吸着性能の範囲は好ましくは1200〜1700mg/gであり、更に好ましくは1400〜1700mg/gである。尤も、ヨウ素吸着性能の値は高ければ高いほど好ましいので、1700mg/g超のヨウ素吸着性能を有する活性炭を用いることに何ら差し支えはない。
【0043】
メチレンブルー吸着性能については、その値が250ml/g以上であるものを用いることが好ましい。なお、メチレンブルー吸着性能が500ml/g超であり、かつ上述したヨウ素吸着性能を兼ね備えた活性炭を工業的に入手することは極めて困難なので、本発明において用いる活性炭のメチレンブルー吸着性能の上限は500ml/gとする。したがって、メチレンブルー吸着性能の範囲は好ましくは250〜500ml/gであり、更に好ましくは260〜500ml/gである。尤も、メチレンブルー吸着性能の値は高ければ高いほど好ましいので、500ml/g超のメチレンブルー吸着性能を有する活性炭を用いることに何ら差し支えはない。
【0044】
通常、水処理等で用いられる活性炭の諸物性は、ヨウ素吸着性能が1200mg/g以下であり、メチレンブルー吸着性能が200ml/g以下である(「活性炭の応用技術」、監修 立本英樹、安部邦夫、発行所 株式会社テクノシステム、発行日 2000年7月25日、第409頁、第555頁参照)ことから、本発明で使用する活性炭のこれらの物性値は、通常の活性炭の値よりも極めて高いものである。このことは、大きな細孔と小さな細孔とが分布していることに起因している。一般に、ヨウ素吸着性能は小さな細孔の分布の指標(つまり、分子量の小さい化合物の吸着性の指標)であり、メチレンブルー吸着性能は大きな細孔の分布の指標(つまり、分子量の大きな化合物の吸着性の指標)である。
【0045】
上述のヨウ素吸着性能及びメチレンブルー吸着性能を満足する活性炭としては、例えばヤシ殻、石炭、木質材等を原料にした水蒸気賦活活性炭が挙げられる。この場合、賦活の条件を適切に制御することや、造粒の条件を適切に制御することで、上述の物性値が満たされるようになる。なお、活性炭の形状は、粉末、粒状又は繊維状でもよく、あるいは成形体であってもよい。上述の物性値を満足する活性炭として市販品を用いることも可能である。そのような市販品としては、例えばユニチカ株式会社から入手可能な活性炭であるユニチカ活性炭繊維 アドールA−20(商品名)や味の素ファインテクノから入手可能な活性炭である液相用活性炭CL−KP(商品名)等が挙げられる。
【0046】
以上の操作によって、Z体及びE体を含むアルケニルセフェム化合物から、E体が選択的に活性炭に吸着除去され、Z体の含有率が高まる。その後は活性炭と処理液とを分離する。活性炭を分離した処理液に水酸化ナトリウム等のアルカリを加えて液のpHを3.8〜4.8の弱酸性領域に調整し、好ましくは0.5〜3時間、更に好ましくは0.5〜1.5時間熟成させれば、式(2)で表される化合物の結晶を沈殿させることができる。得られた結晶は、濾別や遠心分離によって分離し、水及びメタノール等の有機溶媒によって洗浄する。処理液のpHを上述の範囲に調整し、その範囲のpHにおいて式(2)で表される化合物を析出させることによって、高純度でかつ高収率で目的物を回収することができる。
【0047】
以上詳述したように、本発明においては、酵素反応により得たアルケニルセフェム化合物の水溶液を、前記(A)又は(B)の処理工程を行った後、活性炭で処理する。前記(A)の処理工程(溶媒抽出処理)を行う場合については、該水溶液を活性炭で処理した後、前記(A)の処理工程する場合に比べて、同じZ体含有率を達成するために必要な活性炭の量が半量程度で済み、工業上極めて有利である。これは、溶媒抽出処理前に活性炭で処理する場合には、活性炭がE体だけでなくフェニル酢酸類を吸着してしまい、E体の吸着除去効率が下がるためと考えられる。
【0048】
前記(B)の処理工程(晶析処理)を行う場合についても、上述の前記(A)の処理工程の場合と同様に、晶析によってフェニル酢酸類を分離除去することができるため、その後の活性炭処理に使用する活性炭の量を低減することができる。前記(B)の処理工程(晶析処理)は、前記(A)の処理工程(溶媒抽出処理)に比べて、フェニル酢酸類の分離除去効率が高いため、活性炭の使用量をより大幅に低減することができる。また、前記(A)の処理工程を採用した場合は、活性炭処理に供する水溶液中に、僅かではあるが有機溶媒が残存するため、活性炭が該有機溶媒を吸着してしまい、その分、E体の吸着除去効率が低下する。これに対し、前記(B)の処理工程を採用した場合は、このようなE体の吸着除去効率低下が起こらない。この点も、前記(B)の処理工程を採用した場合の活性炭使用量の低減に寄与している。
【0049】
更に、従来の方法で得られる式(2)で表される化合物は着色を呈するが、本発明によれば、抽出処理又は晶析処理により、着色成分も除去されるため、最終的に得られる目的物の着色を少なくすることもできる。
【0050】
以上、本発明をその好ましい実施形態に基づき説明したが、本発明は前記実施形態に制限されず、当業者の通常の創作能力の範囲内での適宜の改変は、本発明の範囲に属するものである。
【実施例】
【0051】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲は、かかる実施例に制限されない。
【0052】
実施例及び比較例を説明するに先立ち、使用した分析方法について説明する。分析には高速液体クロマトグラフィ(HPLC)を用いた。その詳細は以下のとおりである。
・カラム:Unison UK−C18、3μm、250mm×4.6mm
・カラム温度:30℃
・移動相(体積比):アセトニトリル13%、10mMへプタンスルホン酸ナトリウム水溶液87%
・流量:0.8ml/min
・検出波長:254nm
・注入量:10μl
・Z体保持時間:29.0〜30.0分
・E体保持時間:31.0〜32.0分
・E体含有率(計算式):〔E体面積値/(Z体面積値+E体面積値)〕×100(%)
【0053】
フェニル酢酸の含有率の分析方法は以下のとおりである。
・カラム:SUPELCO ODS HYPERSIL 5μm 250×4.6mm
・カラム温度:25℃
・移動相(体積比):アセトニトリル20%、50mMリン酸二水素カリウム水溶液80%
・流量:1.0ml/min
・検出波長:225nm
・注入量:10μl
・Z体+E体保持時間:2.5〜3.5分
・フェニル酢酸保持時間:8.5〜9.5分
・フェニル酢酸含有率(計算式):
〔フェニル酢酸面積値/((Z+E)体面積値+フェニル酢酸面積値)〕×100(%)
【0054】
〔実施例1〕
(1)第1工程
下記式(5)で表される化合物(E体の含有率3.5%)を10.0g四口フラスコにはかり取り、6重量%炭酸水素ナトリウム水溶液240gを加えてナトリウム塩の水溶液となした。この水溶液に、ペニシリン−Gアシラーゼ酵素(PGA−450、Dalas Biotech Limited製)を7.0g添加した。液温25〜35℃、5重量%炭酸ナトリウム水溶液を添加して、pHを7.5〜8.5に制御しながら式(5)で表される化合物のナトリウム塩の7位脱保護反応を2時間行った。反応終了後、水溶液中には、E体をE体含有率で3.5%含有する下記式(6)で表される化合物のナトリウム塩が7.0g含まれていた。また、フェニル酢酸がフェニル酢酸含有率で16.6%含まれていた。
【0055】
【化5】

【0056】
【化6】

【0057】
(2)第2工程
第1工程で得られた水溶液から酵素(PGA−450)を濾別し、液温を0〜10℃に保ちながら濃塩酸を添加して、水溶液のpHを0.9に調整し、水溶液に含まれていた式(6)で表される化合物のナトリウム塩を、式(6)で表される化合物の塩酸塩とした。pH調整が終了した水溶液を分液ロートに移し替え、液温を20℃に保ちながら、ここに150mlのトルエンを加えて副生成物及び不純物を抽出除去した。抽出処理後のフェニル酢酸含有率は6.1%であった。尚、抽出処理後の水溶液中のアルケニルセフェム化合物の濃度は2.2重量%であった。
【0058】
(3)第3工程
溶媒抽出後の水溶液に活性炭(味の素ファインテクノ社製、商品名SD−2)3.2gを一括で添加し、3℃で1時間攪拌した。この活性炭は、JIS K−1474に従い測定されたヨウ素吸着性能が1080mg/gであり、メチレンブルー吸着性能が180ml/gであった。その後、活性炭を濾別し、水溶液に1Nの水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH4.3に調整し、1時間熟成した。この熟成によって式(3)で表される化合物の結晶が析出した。析出した結晶を濾集し、水及びメタノールで結晶を洗浄、乾燥した。得られた結晶の分析結果は以下のとおりであった。尚、下記分析結果中のZ体収率は、以下の計算式により算出した値である。
Z体収率(%)=A×B/C
A;第3工程後に得られた結晶の粗収率(%)
B;式(3)で表される化合物のZ体としての純度(%)
C;第2工程の式(6)で表される化合物の鉱酸塩を基準にした式(3)で表される化合物のZ体の理論収率(%)
(分析結果)
・Z体収率:90.3%
・E体含有率:1.65%
・フェニル酢酸含有率:0.1%
・色調(目視):白色
1H−NMR(D2O/DCl) ppm from TSP
2.52(s、3H、CH3)、
3.56〜3.60(d、1H、S-CH(H)、18.3Hz)、
3.75〜3.78(d、1H、S-CH(H)、18.6Hz)、
5.25〜5.26(d、1H、S-CH、5.2Hz)、
5.44〜5.45(d、1H、N-CH、5.2Hz)、
6.78(s、2H、CH=CH)、9.78(s、1H、S-CH=N)
【0059】
〔比較例1〕
実施例1の第1工程と同様にして酵素反応を行い、得られた式(6)で表される化合物のナトリウム塩を含有する水溶液から酵素を濾別した。濾液の全量を、液温20℃に保ちながら濃塩酸でpH0.9に調整した。これによって式(6)で表される化合物の塩酸塩の水溶液を得た。次いで、この水溶液に実施例1の第3工程で用いたものと同じ活性炭5.6gを一括で添加し、3℃で1時間攪拌した。活性炭処理後のフェニル酢酸含有率は1.1%であった。その後、活性炭を濾別し、得られた全量の濾液に対し、実施例1の第2工程と同様にして溶媒抽出を行った。溶媒抽出後の水溶液に1Nの水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH4.3に調整し、1時間熟成した。この熟成によって式(3)で表される化合物の結晶が析出した。析出した結晶を濾集し、水及びメタノールで結晶を洗浄、乾燥した。得られた結晶の分析結果は以下のとおりであった。
(分析結果)
・Z体収率:86.5%
・E体含有率:1.46%
・フェニル酢酸含有率:0.1%
・色調(目視):淡黄色
【0060】
〔実施例2〕
実施例1の第3工程において、活性炭として、味の素ファインテクノ製のCL−KP(商品名)2.8gを用いた以外は、実施例1と同様にして、式(3)で表される化合物の結晶を得た。この活性炭のヨウ素吸着性能は1620mg/gであり、メチレンブルー吸着性能は280ml/gであった。得られた結晶の分析結果を表1に示す。
【0061】
〔実施例3〕
実施例2の第2工程において、トルエンに代えて、クロロホルムを用いた以外は、実施例2と同様にして、式(3)で表される化合物の結晶を得た。得られた結晶の分析結果を表1に示す。
【0062】
〔実施例4〕
(1)第1工程
実施例1と同様の操作及び条件で酵素反応を行った。反応終了後、水溶液中には、E体をE体含有率で3.5%含有する式(6)で表される化合物のナトリウム塩が7.0g含まれていた。また、フェニル酢酸がフェニル酢酸含有率で16.6%含まれていた。
(2)第2工程
第1工程で得られた水溶液から酵素を濾別し、濾液を10℃に保ちながら濃塩酸を添加して、水溶液のpHを1.1に調整し、水溶液に含まれていた式(6)で表される化合物のナトリウム塩を、式(6)で表される化合物の塩酸塩とした。pH調整が終了した水溶液を分液ロートに移し替え、液温を10℃に保ちながら、ここに150mlのトルエンを加えて副生成物及び不純物を抽出除去した。抽出処理後のフェニル酢酸含有率は5.9%であった。尚、抽出処理後の水溶液中のアルケニルセフェム化合物の濃度は2.3重量%であった。
(3)第3工程
抽出処理後の水溶液を10℃に保ちながら濃アンモニア水でpH8.0に調整した。この水溶液に、活性炭として味の素ファインテクノ製のCL−KP(商品名)1.5gを一括で添加し、5℃で1時間撹拌した。その後、活性炭を濾別し、水溶液に濃塩酸を加えてpH4.3に調整し、1時間熟成した。この熟成によって式(3)で表される化合物の結晶が析出した。析出した結晶を濾集し、水及びメタノールで洗浄、乾燥した。得られた結晶の分析結果を表1に示す。
【0063】
【表1】

【0064】
実施例1においては抽出処理後に活性炭処理を行ったのに対し、比較例1においては活性炭処理後に抽出処理を行った。実施例1と比較例1とでは、最終的に得られたアルケニルセフェム化合物の結晶中のフェニル酢酸含有率はいずれも0.1%で同じであるが、実施例1は比較例1に比べて、同じフェニル酢酸含有率を達成するために必要な活性炭の量が半量程度で済み、しかもZ体収率が向上した。また、実施例1においては、得られたアルケニルセフェム化合物の着色もなかった。
【0065】
更に、実施例1と実施例2との対比から、特定のヨウ素吸着性能及びメチレンブルー吸着性能を有する活性炭を使用すると、Z体収率及びE体含有率を一層向上できることが分かる。また、実施例2と実施例3との対比から、抽出処理においてトルエンを使用すると、Z体収率及びE体含有率を特に向上できることが分かる。また、実施例2と実施例4との対比から、活性炭処理に供する水溶液のpHがアルカリ性領域であると、少ない活性炭使用量で良好なZ体収率及びE体含有率を達成できるが、フェニル酢酸含有率がやや高くなってしまうことが分かる。
【0066】
〔実施例5〕
(1)第1工程
実施例1と同様の操作及び条件で酵素反応を行った。反応終了後、水溶液中には、E体をE体含有率で3.5%含有する式(6)で表される化合物のナトリウム塩が7.0g含まれていた。また、フェニル酢酸がフェニル酢酸含有率で16.6%含まれていた。
(2)第2工程
第1工程で得られた水溶液から酵素(PGA−450)を濾別し、液温を10℃に保ちながら濃塩酸でpH4.2に調整し、そのまま1時間熟成した。この熟成により式(3)で表される化合物が析出し、次いで濾過して、析出物を回収した。なお、得られた析出物のフェニル酢酸含有率は0.5%であった。
(3)第3工程
340gの水に第2工程で得られた析出物7.1g(Z体6.5g含有)を分散させ、20℃に保ちながら濃硫酸でpH1.0に調整し、該析出物を溶解した。この水溶液に、活性炭として味の素ファインテクノ製のCL−KP(商品名、ヨウ素吸着性能1620mg/g、メチレンブルー吸着性能280ml/g)1.5gを一括で添加し、3℃で1時間撹拌した。その後、活性炭を濾別し、水溶液に1Nの水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH4.2に調整し、1時間熟成した。この熟成によって式(3)で表される化合物の結晶が析出した。析出した結晶を濾集し、水及びメタノールで結晶を洗浄、乾燥した。得られた結晶の分析結果を表2に示す。
【0067】
〔実施例6〕
(1)第1工程
実施例1と同様の操作及び条件で酵素反応を行った。反応終了後、水溶液中には、E体をE体含有率で3.5%含有する式(6)で表される化合物のナトリウム塩が7.0g含まれていた。また、フェニル酢酸がフェニル酢酸含有率で16.6%含まれていた。
(2)第2工程
第1工程で得られた水溶液から酵素を濾別し、濾液を10℃に保ちながら15重量%硫酸でpH4.3に調整し、そのまま1時間熟成した。この熟成により式(3)で表される化合物が析出し、次いで濾過して、析出物を回収した。なお、得られた析出物のフェニル酢酸含有率は0.5%であった。
(3)第3工程
340gの水に第2工程で得られた析出物7.1g(Z体6.5g含有)を分散させ、10℃に保ちながら15重量%硫酸でpH1.2に調整し、該析出物を溶解した。この水溶液に、活性炭として味の素ファインテクノ製のCL−KP(商品名)1.5gを一括で添加し、3℃で1時間撹拌した。その後、活性炭を濾別し、水溶液に1Nの水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH4.3に調整し、1時間熟成した。この熟成によって式(3)で表される化合物の結晶が析出した。析出した結晶を濾集し、水及びメタノールで洗浄、乾燥した。得られた結晶の分析結果を表2に示す。
【0068】
〔実施例7〕
第3工程を以下の通りとした以外は、実施例5と同様にして、式(3)で表される化合物の結晶を得た。
340gの水に第2工程で得られた析出物7.1g(Z体6.5g含有)を分散させ、10℃に保ちながら5重量%アンモニア水でpH8.1に調整し、該析出物を溶解した。この水溶液に、活性炭として味の素ファインテクノ製のCL−KP(商品名)1.5gを一括で添加し、7℃で1時間撹拌した。その後、活性炭を濾別し、水溶液に濃塩酸を加えてpH4.3に調整し、1時間熟成した。この熟成によって式(3)で表される化合物の結晶が析出した。析出した結晶を濾集し、水及びメタノールで洗浄、乾燥した。得られた結晶の分析結果を表2に示す。
【0069】
〔実施例8〕
第3工程を以下の通りとした以外は、実施例5と同様にして、式(3)で表される化合物の結晶を得た。
340gの水に第2工程で得られた析出物7.1g(Z体6.5g含有)を分散させ、10℃に保ちながら濃塩酸でpH1.1に調整し、該析出物を溶解した。この水溶液に、活性炭としてユニチカ株式会社製のアドールA−20(商品名、ヨウ素吸着性能1580mg/g、メチレンブルー吸着性能310ml/g)を1.8g添加し、8℃で1時間静置した。その後、活性炭を濾別し、1N水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH4.3に調整し、1時間熟成した。この熟成によって式(3)で表される化合物の結晶が析出した。析出した結晶を濾集し、水及びメタノールで洗浄、乾燥した。得られた結晶の分析結果を表2に示す。
【0070】
〔実施例9〕
第3工程を以下の通りとした以外は、実施例5と同様にして、式(3)で表される化合物の結晶を得た。
340gの水に第2工程で得られた析出物7.1g(Z体6.5g含有)を分散させ、10℃に保ちながら濃塩酸でpH1.1に調整し、該析出物を溶解した。この水溶液に、活性炭として味の素ファインテクノ製のSD−2(商品名)1.6gを一括で添加し、4℃で1時間撹拌した。その後、活性炭を濾別し、水溶液に濃塩酸を加えてpH4.3に調整し、1時間熟成した。この熟成によって式(3)で表される化合物の結晶が析出した。析出した結晶を濾集し、水及びメタノールで洗浄、乾燥した。得られた結晶の分析結果を表2に示す。
【0071】
【表2】

【0072】
表1と表2との対比から明らかなように、晶析処理は抽出処理に比べフェニル酢酸含有率の低減幅が大きく、その結果、晶析処理を行った場合は、少ない活性炭使用量により、良好なZ体収率で、E体含有率及びフェニル酢酸含有率の低いアルケニルセフェム化合物を得ることができる。
実施例5、6、8と実施例9との対比から、晶析処理の場合も抽出処理の場合と同様に、特定のヨウ素吸着性能及びメチレンブルー吸着性能を有する活性炭を使用すると、Z体収率及びE体含有率を一層向上できることが分かる。また、実施例5、6と実施例7との対比から、活性炭処理に供する水溶液のpHが酸性領域であると、フェニル酢酸含有率を一層低減でき、且つZ体収率及びE体含有率もさらに良好になることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表される7−置換アシルアミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸の塩を酵素反応に付して7位アミド結合の脱保護反応を行い、該脱保護反応の副生成物であるフェニル酢酸又はその誘導体を含んだ下記式(3)で表される7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はその塩の水溶液を得た後、下記(A)又は(B)の処理工程を行い、
次いで、該処理工程後の下記式(3)で表される7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はその塩の水溶液を活性炭と接触させて処理することを特徴とする、下記式(2)で表される7−アミノ−3−[(Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はその塩の含有率が向上した式(3)で表される7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はその塩の製造方法。
(A)前記の脱保護反応の副生成物であるフェニル酢酸又はその誘導体を含んだ下記式(3)で表される7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はその塩の水溶液に対し、有機溶媒を用いて、前記フェニル酢酸又はその誘導体の抽出処理を行う工程。
(B)前記の脱保護反応の副生成物であるフェニル酢酸又はその誘導体を含んだ下記式(3)で表される7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はその塩の水溶液から、該7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸又はその塩を析出させる晶析処理を行う工程。
【化1】

【化2】

【化3】

【請求項2】
前記(A)の処理工程における有機溶媒がトルエンである請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記活性炭は、JIS K−1474に従い測定されたヨウ素吸着性能が1200mg/g以上であり、メチレンブルー吸着性能が250ml/g以上である請求項1又は2記載の製造方法。
【請求項4】
前記脱保護反応を行った後、鉱酸の添加によりpHを酸性域に調整し、前記脱保護反応の副生成物であるフェニル酢酸又はその誘導体を含んだ前記式(3)で表される7−アミノ−3−[(E/Z)−2−(4−メチルチアゾール−5−イル)ビニル]−3−セフェム−4−カルボン酸の鉱酸塩の水溶液を得る請求項1ないし3のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記活性炭で処理した後の処理液のpHを3.8〜4.8に調整して、前記式(2)で表される化合物の結晶を沈殿させる請求項1ないし4のいずれか一項に記載の製造方法。

【公開番号】特開2011−63616(P2011−63616A)
【公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−262533(P2010−262533)
【出願日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【分割の表示】特願2009−220022(P2009−220022)の分割
【原出願日】平成21年9月25日(2009.9.25)
【出願人】(000230593)日本化学工業株式会社 (296)
【Fターム(参考)】