説明

4’−エピダウノルビシンxHClの結晶化

本発明は、安定でかつ容易に可溶性である、結晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩の一形態に、およびその製造のためのプロセスに関する。このプロセスは、(a)C1およびC2のハロゲン化溶媒ならびにこれらの混合物からなる群から選択される溶媒A、(b)C1〜C5の直鎖状および分枝状のアルコールならびにこれらの混合物からなる群から選択される溶媒B、ならびに(c)C1〜C5の直鎖状および分枝状のアルコールならびにこれらの混合物からなる群から選択される溶媒Cであって、溶媒Cは、溶媒Bよりも低い溶解度を4’−エピダウノルビシン塩酸塩に与えるように選択される溶媒C、を含む溶媒系の中で4’−エピダウノルビシン塩酸塩を結晶化させることを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、結晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩およびその製造のためのプロセスに関する。
【背景技術】
【0002】
アントラサイクリンは、大きな一群の天然に存在する生理活性化合物を含む。いくつかのアントラサイクリンは、クリニックで抗癌化学療法薬として使用される。臨床的に重要な物質の例は、ダウノルビシン、ドキソルビシン、イダルビシン、エピルビシン、ピラルビシン、アクラルビシン、カルミノマイシンおよびゾルビシンである。アントラサイクリンは、化学合成または発酵性微生物のいずれかによって製造することができる。アントラサイクリンは、それ自体で使用されるか(例えば、アクラルビシン、ダウノルビシンおよびカルミノマイシン)、または他のアントラサイクリン(エピルビシン、イダルビシン、ドキソルビシン、ピラルビシンおよびゾルビシンなど)の半合成誘導体である。アントラサイクリンは、白血病および種々の固形の癌性腫瘍に対して有効である。世界中で最も使用されるアントラサイクリンはドキソルビシンおよびエピルビシンである。エピダウノルビシンはエピルビシンの合成における鍵となる中間体である。
【0003】
特許文献1、特許文献2、特許文献3、特許文献4および特許文献5は、塩酸エピルビシンの調製および抗癌剤としてのその使用を開示する。
【0004】
現在、4’−エピダウノルビシン塩酸塩を精製するための主な方法は、貧溶媒を加えることによる、溶液からの4’−エピダウノルビシン塩酸塩のアモルファス沈殿(amorphous precipitation)である。通常、この方法において、エピダウノルビシンの塩基性溶液は、メタノール性塩酸で処理されて、pH値を2〜5の範囲に調整され、その後4’−エピダウノルビシン塩酸塩は、エーテルの添加によって沈殿される。
【0005】
特許文献6は、メタノール性塩酸を使用する、クロロホルム抽出液からの4’−エピダウノルビシン塩酸塩の沈殿を開示する。「結晶化」と呼ばれるが、このプロセスは、結晶性の4’−エピダウノルビシン塩酸塩を生成せず、非晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩を生成する。
【0006】
Boivinら(非特許文献1)は、エタノール/エーテルからの4’−エピダウノルビシン塩酸塩の沈殿を開示する。このプロセスも、結晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩ではなく、非晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩を生成することが判明している。
【0007】
しかしながら、4’−エピダウノルビシン塩酸塩のアモルファス沈殿は、沈殿した4’−エピダウノルビシン塩酸塩がわずかに溶解性であるにすぎず、不満足にしか精製されないことが多いという欠点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】米国特許第4,112,076号明細書
【特許文献2】米国特許第4,345,068号明細書
【特許文献3】米国特許第4,861,870号明細書
【特許文献4】米国特許第5,945,518号明細書
【特許文献5】米国特許第5,874,550号明細書
【特許文献6】米国特許第4,345,068号明細書
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】「Substitutions of allylic esters: preparation of 3−aminoglycals and their acid−catalyzed glycosidation. Use in the partial synthesis of glycosides of the anthracycline group」、Carbohydrate Research、1980年、第79巻、第2号、193−204頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
それゆえ、本発明が解決しようとする課題は、安定でかつ容易に可溶性である形態で4’−エピダウノルビシン塩酸塩が結晶化することを可能にする、4’−エピダウノルビシン塩酸塩の精製および結晶化のための簡便なプロセスの提供である。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この問題は、
a)C1およびC2のハロゲン化溶媒ならびにこれらの混合物からなる群から選択される溶媒A、
b)C1〜C5の直鎖状および分枝状のアルコールならびにこれらの混合物からなる群から選択される溶媒B、ならびに
c)C1〜C5の直鎖状および分枝状のアルコールならびにこれらの混合物からなる群から選択される溶媒Cであって、溶媒Cは、溶媒Bよりも低い溶解度を4’−エピダウノルビシン塩酸塩に与えるように選択される、溶媒C
を含む溶媒系の中で4’−エピダウノルビシン塩酸塩を結晶化させることを含む、4’−エピダウノルビシン塩酸塩を結晶化させるためのプロセスによって解決される。
【0012】
このプロセスによって、結晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩が生成される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
以下の図面は、本発明に従って生成される4’−エピダウノルビシン塩酸塩に関する補足的な情報を提供する。
【0014】
【図1】単結晶X線データに従う、4’−エピダウノルビシン塩酸塩の立体化学を示す。
【図2】4’−エピダウノルビシン塩酸塩の熱重量分析(TGA)を示す。データは、機器NETZSCH TG 209(試料質量:12.917g、範囲:24.0/10.0(K/分)/250.0、るつぼ:Al)を使用して得られた。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の方法は、4’−エピダウノルビシン塩酸塩を出発物質として使用する。4’−エピダウノルビシン塩酸塩の由来および形態は、特に限定されない。例えば、先行する化学合成において前駆体から生成される4’−エピダウノルビシン塩酸塩を使用することができる。また、さらに精製する必要がある市販の4’−エピダウノルビシン塩酸塩を使用することもできる。適切な微生物の使用によって生成されて、引き続く工程で対応する塩酸塩へと変換される4’−エピダウノルビシン塩酸塩を使用することも可能である。特に、不純物、例えば先行する合成工程の結果である不純物を含有する4’−エピダウノルビシン塩酸塩を出発物質として使用することが可能である。
【0016】
4’−エピダウノルビシン塩酸塩は、互いに異なる溶媒A、BおよびCを含む溶媒系の中で結晶化される。それゆえ、本願明細書中で言及される溶媒系は、少なくとも3つの異なる種類の溶媒を含む。
【0017】
溶媒Aは、4’−エピダウノルビシン塩酸塩を溶解する能力を有するように選択される。その構造に関しては、溶媒Aは、C1およびC2のハロゲン化溶媒ならびにこれらの混合物からなる群から選択される。溶媒Aは、単一溶媒または溶媒の混合物であることができるが、好ましくは単一溶媒である。一般に、溶媒Aが1個または2個の炭素原子を有し、少なくとも1つのハロゲン原子を含み、かつ4’−エピダウノルビシン塩酸塩を溶解させるのに適切である限り、溶媒Aとして、あらゆる種類の溶媒を使用することができる。好ましくは、溶媒Aは、1〜3個、より好ましくは2個または3個のハロゲン原子を含有する。ハロゲンとして、塩素および臭素が好ましい。ハロゲン原子は、同じであってもよいし異なっていてもよい。例えば、溶媒Aは、少なくとも1つの塩素原子および/または少なくとも1つの臭素原子を有する化合物であることができる。溶媒Aの中に存在するハロゲン原子が塩素原子であることが好ましい。溶媒Aとして使用される化合物は、このハロゲン原子に加えてさらなる官能基を含有することができる。他方で、溶媒Aがそのようなさらなる官能基を含有しないことが好ましい場合がある。好ましい実施形態によれば、溶媒Aは、飽和化合物であり、従って二重結合を含有しない。溶媒Aがただ1つの炭素原子を有することが、さらに好ましい可能性がある。好ましくは、溶媒Aは、ジクロロメタン、ジブロモメタン、クロロホルム、ブロモホルム、ジクロロエタン(1,1−ジクロロエタンまたは1,2−ジクロロエタンなど)、ジブロモエタン(1,2−ジブロモエタンなど)、トリクロロエタン(1,1,1−トリクロロエタンまたは1,1,2−トリクロロエタンなど)、テトラクロロエタン(1,1,2,2−テトラクロロエタンなど)およびこれらの混合物からなる群から選択される。より好ましくは、溶媒Aは、クロロホルム、ジクロロメタンおよびこれらの混合物から選択される。
【0018】
溶媒Bは、4’−エピダウノルビシン塩酸塩を一般の不純物から精製するその能力に基づいて選択される。溶媒Bは、C1〜C5の直鎖状および分枝状のアルコールならびにこれらの混合物からなる群から選択される。溶媒Bは、単一溶媒または溶媒の混合物であることができるが、好ましくは単一溶媒である。C1〜C5の炭素骨格を有するアルコールが4’−エピダウノルビシン塩酸塩の精製を可能にすることができる限りは、C1〜C5の炭素骨格を有するあらゆるアルコールを溶媒Bとして使用することができる。特に、溶媒Bは、一価アルコールまたは多価アルコールであることができる。さらには、溶媒Bとしては、ヒドロキシル基に加えてさらなる官能基を有するアルコールが挙げられる。しかしながら、溶媒Bがさらなる官能基を有しないことが好ましい場合がある。さらには、溶媒Bが飽和化合物であり、それゆえ二重結合も三重結合も含有しないことが好ましい場合がある。好ましい実施形態によれば、溶媒Bは、C1〜C3の直鎖状および分枝状のアルコールならびにこれらの混合物からなる群から選択される。さらに好ましい実施形態によれば、溶媒Bは、C1の直鎖状および分枝状のアルコール、C2の直鎖状および分枝状のアルコール、C3の直鎖状のアルコールならびにこれらの混合物からなる群から選択される。最も好ましくは、溶媒Bは、メタノール、エタノール、1−プロパノールおよびこれらの混合物からなる群から選択される。
【0019】
溶媒Cは、4’−エピダウノルビシン塩酸塩に対する貧溶媒であるように選択される。溶媒Cは、C1〜C5の直鎖状および分枝状のアルコールならびにこれらの混合物からなる群から選択される。溶媒Cは、単一溶媒または溶媒の混合物であることができるが、好ましくは単一溶媒である。溶媒Cは、溶媒Bよりも低い溶解度を4’−エピダウノルビシン塩酸塩に与えるようにも選択される。これに関して、溶媒Cとして本願明細書に記載されるアルコールから、溶媒Bよりも低い溶解度を4’−エピダウノルビシン塩酸塩に与えるアルコールを特定することは当業者の専門知識の範囲内であると考えられる。例えば、当業者は、4’−エピダウノルビシン塩酸塩を、C1〜C5の直鎖状および分枝状のアルコールならびにこれらの混合物からなる群から選択される溶媒に溶解させ、4’−エピダウノルビシン塩酸塩に対するこの溶媒の溶解能力を判定してもよい。次の工程で、当業者は、4’−エピダウノルビシン塩酸塩を、C1〜C5の直鎖状および分枝状のアルコールならびにこれらの混合物からなる群から選択される異なる溶媒に溶解させ、4’−エピダウノルビシン塩酸塩に対するこの溶媒の溶解能力を判定してもよい。検討したこれらの2種の溶媒から、当業者は、4’−エピダウノルビシン塩酸塩の溶解度がより高いアルコールを溶媒Bとして指定する。従って、当業者は、4’−エピダウノルビシン塩酸塩の溶解度がより高いアルコールを溶媒Cとして指定する。C1〜C5の炭素骨格を有するアルコールが4’−エピダウノルビシン塩酸塩に対する貧溶媒として作用することができる限り、C1〜C5の炭素骨格を有するあらゆるアルコールを溶媒Cとして使用することができる。例えば、溶媒Cは、一価アルコールまたは多価アルコールであることができる。さらには、溶媒Cとしては、ヒドロキシル基に加えてさらなる官能基を有するアルコールが挙げられる。しかしながら、溶媒Bがさらなる官能基を有しないことが好ましい場合がある。さらには、溶媒Cが飽和化合物であり、それゆえ二重結合も三重結合も含有しないことが好ましい場合がある。好ましい実施形態によれば、溶媒Cは、C3〜C5の直鎖状および分枝状のアルコールならびにこれらの混合物からなる群から選択される。さらに好ましい実施形態によれば、溶媒Cは、C3の分枝状のアルコール、C4の直鎖状および分枝状のアルコール、C5の直鎖状および分枝状のアルコール、ならびにこれらの混合物からなる群から選択される。最も好ましくは、溶媒Cは、イソプロパノール、1−ブタノール、2−ブタノールおよび1−ペンタノールからなる群から選択される。
【0020】
好ましい実施形態によれば、本発明の溶媒系は、0.1〜20体積%の溶媒A、7〜50体積%の溶媒Bおよび45〜92体積%の溶媒Cを含む。
【0021】
別の好ましい実施形態によれば、当該溶媒系は、1〜6体積%の溶媒A、10〜40体積%の溶媒Bおよび54〜89体積%の溶媒Cを含む。
【0022】
さらには、当該溶媒系が溶媒A、BまたはC以外の溶媒を欠くことが好ましい可能性がある。この実施形態によれば、当該溶液は、溶媒A、BおよびCとは別の溶媒を含有しない。しかしながら、当該溶媒系は、4’−エピダウノルビシン塩酸塩とは別に、他の成分、例えば塩などを含有することは許容される。
【0023】
別の好ましい実施形態によれば、当該溶媒系は、4’−エピダウノルビシン塩酸塩、ならびに溶媒A、BおよびCからなる。この場合、さらなる成分が当該溶媒系の中に存在することは許容されない。
【0024】
本発明のプロセスは、4’−エピダウノルビシン塩酸塩を溶媒混合物Iに溶解させ、その後、得られた4’−エピダウノルビシン塩酸塩の溶液を溶媒混合物IIと接触させることにより、実施されることが好ましい。
【0025】
溶媒混合物Iは、溶媒Aを含みかつ4’−エピダウノルビシン塩酸塩を溶解する能力を有するという特徴を有する。溶媒混合物Iは、溶媒Aのみからなることも許容される。しかしながら、この場合、溶媒混合物IIは溶媒BおよびCを含む必要がある。とはいうものの、溶媒混合物Iが、溶媒Aに加えて、溶媒Bもしくは溶媒C、または溶媒BおよびCの混合物も含むことが好ましい。この場合、溶媒混合物Iが、一方で(i)溶媒A、および他方で(ii)溶媒BもしくはCまたはそれらの混合物を、体積比1:2〜4:1で含むことが好ましい。好ましくは、(i)溶媒Aと(ii)溶媒B、Cまたはそれらの混合物との間の体積比は、0.75:1〜3:1、最も好ましくは1:1〜2:1である。
【0026】
溶媒混合物IIは溶媒Cを含む。溶媒系IIは、一般に、溶媒Cのみからなることが許容される。しかしながら、この場合、溶媒混合物Iは、溶媒Aおよび溶媒Bを含む必要がある。好ましい実施形態によれば、溶媒混合物IIは、溶媒BおよびCを含む。
【0027】
溶媒混合物Iは、4’−エピダウノルビシン塩酸塩を溶解させることができる。従って、本発明のプロセスの第1工程では、4’−エピダウノルビシン塩酸塩が、溶媒混合物Iに、完全に溶解される。必要に応じて、溶媒混合物Iの温度を上昇させることにより、4’−エピダウノルビシン塩酸塩を溶媒混合物Iに溶解させることを促進することができる。例えば、4’−エピダウノルビシン塩酸塩を溶媒混合物Iに溶解させることは、40〜80℃、好ましくは50〜70℃、最も好ましくは55〜65℃の範囲の温度で実施することができる。好ましくは、溶媒混合物Iの加熱は、撹拌を伴う。
【0028】
その後、溶媒混合物I中の4’−エピダウノルビシン塩酸塩の溶液は、溶媒混合物IIと接触させられる。それゆえ、溶媒混合物IIを、溶媒混合物I中の4’−エピダウノルビシン塩酸塩の溶液に加えることができる。他方で、溶媒混合物I中の4’−エピダウノルビシン塩酸塩の溶液を、溶媒混合物IIに加えることも可能である。これらの溶媒混合物は、あらゆる想定できる手段によって接触させることができる。例えば、4’−エピダウノルビシン塩酸塩含有溶媒混合物Iを溶媒混合物IIに滴下する、注入するもしくは注ぎ込む、または溶媒混合物IIを4’−エピダウノルビシン塩酸塩含有溶媒混合物Iに滴下する、注入するもしくは注ぎ込むことが可能である。好ましくは、これらの溶媒混合物は、4’−エピダウノルビシン塩酸塩含有溶媒混合物Iを溶媒混合物IIにゆっくり滴下することにより、または溶媒混合物IIを4’−エピダウノルビシン塩酸塩含有溶媒混合物Iにゆっくり滴下することにより、接触させられる。滴下は、例えば1秒〜1時間、例えば1分間〜40分間、または5分間〜30分間、実施することができる。
【0029】
好ましい実施形態によれば、溶媒混合物I中の4’−エピダウノルビシン塩酸塩の溶液を溶媒混合物IIに接触させると、得られた溶媒系は、0.1〜20体積%、好ましくは0.1〜15体積%、より好ましくは0.1〜12体積%、最も好ましくは0.1〜10体積%、の溶媒Aを含む。
【0030】
溶媒Aを含有しない溶媒混合物IIとの接触によって溶液Aの濃度を低下させることにより、4’−エピダウノルビシン塩酸塩の溶解度は低下する。当該溶媒系の中の溶媒Aの濃度が20体積%未満、好ましくは15体積%未満、より好ましくは12体積%未満、最も好ましくは10体積%未満に下がると、4’−エピダウノルビシン塩酸塩の結晶化が、適切な条件下で開始される。しかしながら、これに関して、溶媒Aの濃度を特定のレベル未満に下げることだけでは、結晶化を引き起こすには十分ではないことが見出された。溶媒Aを希釈する、従ってこの溶媒混合物の中の溶媒Aの濃度を低下させるために使用される溶媒が、適切な溶媒であるということが必須である。特に、溶媒A中の4’−エピダウノルビシン塩酸塩の溶液を、従来から使用される貧溶媒、例えばエーテル、ケトン、エステル、およびニトリルと接触させることで、4’−エピダウノルビシン塩酸塩の突然の沈殿が引き起こされるということが見出された。この場合、上記の欠点を持つ非晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩が沈殿する。それゆえ、溶媒A中の4’−エピダウノルビシン塩酸塩の溶液が溶媒Cと接触させられることが必須である。溶媒Cは、4’−エピダウノルビシン塩酸塩の極性官能基と容易に相互作用することが見出されている適切なアルコールを含有する。それゆえ、突然の沈殿ではなく緩慢な結晶化が引き起こされ、結晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩の生成がもたらされる。
【0031】
このプロセスのさらなる最適化のために、当該溶媒系の中の4’−エピダウノルビシン塩酸塩の濃度は、7g/l〜30g/l、好ましくは7.5g/l〜25g/l、最も好ましくは8g/l〜20g/lであるように調整される。
【0032】
4’−エピダウノルビシン塩酸塩含有溶媒系のpH値がpH 2〜5の範囲にあることがさらに好ましい。
【0033】
さらには、別の好ましい実施形態によれば、4’−エピダウノルビシン塩酸塩の溶液を溶媒混合物IIに接触させた後、得られた混合物は、5〜35℃、好ましくは15〜30℃、最も好ましくは20〜30℃の範囲の温度に冷却される。
【0034】
別の好ましい実施形態によれば、得られた混合物は、溶媒混合物Iと溶媒混合物IIとの接触の時から始まって2〜8時間、好ましくは3〜7時間、より好ましくは4〜6時間の範囲内で、5〜35℃、好ましくは15〜30℃、最も好ましくは20〜30℃の範囲の温度に冷却される。
【0035】
別の好ましい実施形態によれば、得られた混合物は、5〜35℃、好ましくは15〜30℃、最も好ましくは20〜30℃の範囲の温度で、2〜24時間、好ましくは4〜20時間、より好ましくは8〜16時間、さらにより好ましくは10〜14時間、撹拌される。
【0036】
本発明のプロセスを実施することにより得られる結晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩は、好ましくは、表1に明記される粉末X線回折パターンを有する。この粉末X線回折パターンは、好ましくは、Kα線を使用して測定される;STOE STADI P POWDER DIFFRACTION SYSTEM(Stoe CIE GmbH、ドイツ、ダルムシュタット)が、好ましくは、測定装置として使用される。
【0037】
【表1】

表1:本発明の好ましい実施形態に係る4’−エピダウノルビシン塩酸塩結晶の粉末X線回折パターン
【0038】
本発明の結晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩は、より好ましくは、表2に明記されるに明記される粉末X線回折パターンを有する。表2のデータは、好ましくは、Kα線を使用してSTOE STADI P POWDER DIFFRACTION SYSTEM(Stoe CIE GmbH、ドイツ、ダルムシュタット)を用いて得られる。
【0039】
【表2】

表2:本発明に従って得られる4’−エピダウノルビシン塩酸塩結晶のより好ましい粉末X線回折パターン
【0040】
さらにより好ましい実施形態によれば、本発明の結晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩は、好ましくはKα線を使用してSTOE STADI P POWDER DIFFRACTION SYSTEM(Stoe CIE GmbH、ドイツ、ダルムシュタット)を用いて測定される、表3に概略を示す粉末X線回折値(特定の回折角2(θ)における相対強度の特定範囲)のうちの1つ、より多くまたはすべてを有する。
【0041】
【表3】

表3:本発明のさらにより好ましい実施形態に係る4’−エピダウノルビシン塩酸塩結晶の粉末X線回折パターン
【0042】
本願明細書に記載されるプロセスに従って生成される結晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩は、表4に示す物理的パラメータを有することができる。これらのデータは、Xcalibur Oxford Diffraction製の機器および放射線源としてのMoKa(0.7107mm−1)を使用して、単結晶X線分析において得られた。
【0043】
【表4】

表4:本発明に従って得られる4’−エピダウノルビシン塩酸塩の単結晶X線分析のデータ
【0044】
本発明のプロセスは、高純度、メタノールに対する改善された溶解度および高い熱安定性を有する結晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩の生成を可能にする。単結晶X線分析において、本発明のプロセスに従って生成された結晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩は、好ましくは、単斜晶系の結晶構造を有する。単斜晶系では、結晶は、斜方晶系におけるように、等しくない長さのベクトルによって記述される。それらのベクトルは、底面が平行四辺形である直方柱を形成する。従って、2対のベクトルは垂直であり、他方で、3番目の対は、90°以外の角度をなす。
【0045】
それゆえ、本発明は、好ましくは少なくとも10%の単斜晶相含量を有する結晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩を提供する。さらに好ましい実施形態によれば、結晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩の単斜晶相含量は、少なくとも20%、少なくとも30%、少なくとも40%、少なくとも50%、少なくとも60%、少なくとも70%、少なくとも80%、少なくとも90%、少なくとも95%または少なくとも99%である。特定の好ましい実施形態によれば、当該結晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩は、単斜晶系形態のみからなる。本発明の結晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩は、他の分子、例えばDNA、RNAまたはタンパク質などとの複合体の一部を形成しないことがさらに好ましい。
【0046】
本発明の結晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩は、純度に優れ、かつ特に、メタノールに対する改善された溶解度を示す。それゆえ、本発明の結晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩は、アントラサイクリンの製造のための下流のプロセスにおいて、有益に使用することができる。例えば、結晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩は、エピルビシンを製造するために使用することができる。出発物質としての4’−エピダウノルビシン塩酸塩からエピルビシンを製造するためのプロセスは、当該技術分野で周知である。結晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩の高い純度およびメタノールに対する良好な溶解度のため、エピルビシンの合成のための出発物質としての結晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩の使用は、非晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩の使用よりも、有益である。
【0047】
本発明は、以降で、実施例によって説明される。
【実施例】
【0048】
実施例1:
10gの4’−エピダウノルビシン塩酸塩を、クロロホルムおよびブタノール(体積比=2:1)の混合物に溶解させた。この混合物に、60℃で、10倍の体積の1−プロパノールおよび1−ブタノール(体積比=3:7)の混合物を加えた。得られた溶媒系の中の4’−エピダウノルビシン塩酸塩の最終濃度は8g/lであった。
【0049】
この混合物を、5時間の範囲内で室温まで冷却し、その後、室温で12時間撹拌した。
【0050】
得られた結晶を、濾過によって溶媒混合物から分離し、50mlのtert−ブチル−メチルエーテルで洗浄し、減圧(<400mbar)で乾燥した。
【0051】
この結晶を分析し、4’−エピダウノルビシン塩酸塩として確認した。収量は9.2gであり、純度は98.2%であった。この生成物は191℃で分解し、質量は528 Dであった。
【0052】
実施例2:
10gの4’−エピダウノルビシン塩酸塩を、クロロホルムおよびブタノール(体積比=2:1)の混合物に溶解させた。この混合物を、60℃で、10倍の体積の1−プロパノールおよび1−ブタノール(体積比=3:7)の混合物にゆっくり加えた。得られた溶媒系の中の4’−エピダウノルビシン塩酸塩の最終濃度は20g/lであった。
【0053】
この混合物を、5時間の範囲内で室温まで冷却し、その後、室温で12時間撹拌した。
【0054】
得られた結晶を、濾過によって溶媒混合物から分離し、50mlのtert−ブチル−メチルエーテルで洗浄し、減圧(<400mbar)で乾燥した。
【0055】
この結晶を分析し、4’−エピダウノルビシン塩酸塩として確認した。収量は9.2gであり、純度は98.2%であった。この生成物は191℃で分解し、質量は528 Dであった。
【0056】
実施例3:
10gの4’−エピダウノルビシン塩酸塩を、ジクロロメタンおよび1−プロパノール(体積比=1:1)の混合物に溶解させた。この混合物に、10倍の体積の1−プロパノールおよびイソプロパノール(体積比=2.5:8)の混合物を、60℃でゆっくり加えた。得られた溶媒系の中の4’−エピダウノルビシン塩酸塩の最終濃度は8gであった。
【0057】
この混合物を、5時間の範囲内で室温まで冷却し、その後、室温で12時間撹拌した。
【0058】
得られた結晶を、濾過によって溶媒混合物から分離し、50mlのtert−ブチル−メチルエーテルで洗浄し、減圧(<400mbar)で乾燥した。
【0059】
この結晶を分析し、4’−エピダウノルビシン塩酸塩として確認した。収量は9.1gであり、純度は98.0%であった。この生成物は190℃で分解し、質量は528 Dであった。
【0060】
実施例4:
10gの4’−エピダウノルビシン塩酸塩を、ジクロロメタンおよび1−プロパノール(体積比=1:1)の混合物に溶解させた。この混合物に、60℃で、10倍の体積の1−プロパノールおよびイソプロパノール(体積比=2.5:8)の混合物をゆっくり加えた。得られた溶媒系の中の4’−エピダウノルビシン塩酸塩の最終濃度は20gであった。
【0061】
この混合物を、5時間の範囲内で室温まで冷却し、その後、室温で12時間撹拌した。
【0062】
得られた結晶を、濾過によって溶媒混合物から分離し、50mlのtert−ブチル−メチルエーテルで洗浄し、減圧(<400mbar)で乾燥した。
【0063】
この結晶を分析し、4’−エピダウノルビシン塩酸塩として確認した。収量は9.1gであり、純度は98.0%であった。この生成物は190℃で分解し、質量は528 Dであった。
【0064】
比較例1:
米国特許第4,345,068号明細書の実施例2に従って、4’−エピダウノルビシン塩酸塩を製造し、(メタノール性塩化水素を、4’−エピダウノルビシン塩酸塩のクロロホルム抽出液に加えることにより)精製した。結果として、4’−エピダウノルビシン塩酸塩が得られ、非晶性粉末として沈殿した。
【0065】
比較例2:
米国特許第4,345,068号明細書の実施例5に従って、4’−エピダウノルビシン塩酸塩を製造し、(メタノール性塩化水素を、4’−エピダウノルビシン塩酸塩のクロロホルム抽出液に加えることにより)精製した。結果として、4’−エピダウノルビシン塩酸塩が得られ、非晶性粉末として沈殿した。
【0066】
比較例3:
Boivinら(「Substitutions of allylic esters: preparation of 3−aminoglycals and their acid−catalyzed glycosidation. Use in the partial synthesis of glycosides of the anthracycline group」、Carbohydrate Research、1980年、第79巻、第2号、193−204頁)に従って、4’−エピダウノルビシン塩酸塩を製造し、(エタノール/エーテルを使用することにより)精製した。結果として、4’−エピダウノルビシン塩酸塩が得られ、非晶性粉末として沈殿した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)C1およびC2のハロゲン化溶媒ならびにこれらの混合物からなる群から選択される溶媒A、
b)C1〜C5の直鎖状および分枝状のアルコールならびにこれらの混合物からなる群から選択される溶媒B、ならびに
c)C1〜C5の直鎖状および分枝状のアルコールならびにこれらの混合物からなる群から選択される溶媒Cであって、溶媒Cは、溶媒Bよりも低い溶解度を4’−エピダウノルビシン塩酸塩に与えるように選択される、溶媒C
を含む溶媒系の中で4’−エピダウノルビシン塩酸塩を結晶化させることを含む、結晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩を製造するためのプロセス。
【請求項2】
前記溶媒系は、0.1〜20体積%の溶媒A、7〜50体積%の溶媒Bおよび45〜92体積%の溶媒Cを含む、請求項1に記載のプロセス。
【請求項3】
前記溶媒系は、1〜6体積%の溶媒A、10〜40体積%の溶媒Bおよび54〜89体積%の溶媒Cを含む、請求項2に記載のプロセス。
【請求項4】
a)4’−エピダウノルビシン塩酸塩を、(i)溶媒Aおよび(ii)溶媒BまたはCを含む溶媒混合物Iに溶解させることと、
b)a)で得られた溶液を、溶媒BおよびCを含む溶媒混合物IIと接触させることと、
を含む、請求項1に記載のプロセス。
【請求項5】
溶媒混合物Iは、(i)溶媒Aおよび(ii)溶媒BまたはCを、体積比1:2〜4:1、好ましくは0.75:1〜3:1、最も好ましくは1:1〜2:1で含む、請求項4に記載のプロセス。
【請求項6】
溶媒混合物Iを溶媒混合物IIに接触させると、前記溶媒系は、0.1〜20体積%、好ましくは0.1〜15体積%、より好ましくは0.1〜12体積%、最も好ましくは0.1〜10体積%、の溶媒Aを含む、請求項4に記載のプロセス。
【請求項7】
前記溶媒系の中の4’−エピダウノルビシン塩酸塩の濃度は、7g/l〜30g/l、好ましくは7.5g/l〜25g/l、最も好ましくは8g/l〜20g/lである、請求項1に記載のプロセス。
【請求項8】
4’−エピダウノルビシン塩酸塩を溶媒混合物Iに溶解させることは、40〜80℃、好ましくは50〜70℃、最も好ましくは55〜65℃の範囲の温度で実施される、請求項4に記載のプロセス。
【請求項9】
4’−エピダウノルビシン塩酸塩の前記溶液を溶媒混合物IIに接触させた後、得られた混合物は、5〜35℃、好ましくは15〜30℃、最も好ましくは20〜30℃の範囲の温度に冷却される、請求項8に記載のプロセス。
【請求項10】
溶媒Aは、クロロホルムおよびジクロロメタンからなる群から選択される、請求項1から請求項9のいずれか1項に記載のプロセス。
【請求項11】
溶媒Bは、メタノール、エタノールおよび1−プロパノールからなる群から選択される、請求項1から請求項10のいずれか1項に記載のプロセス。
【請求項12】
溶媒Cは、1−ブタノール、イソプロパノール、イソブタノールおよび1−ペンタノールからなる群から選択される、請求項1から請求項11のいずれか1項に記載のプロセス。
【請求項13】
前記溶媒系は、溶媒A、BおよびC以外の溶媒を欠く、請求項1から請求項12のいずれか1項に記載のプロセス。
【請求項14】
結晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩。
【請求項15】
粉末X線回折パターンが以下の特徴的なピークを含むことを特徴とする、結晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩:
【表1】

【請求項16】
請求項1から請求項13のいずれか1項に記載のプロセスによって得られることを特徴とする、請求項14または請求項15に記載の結晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩。
【請求項17】
少なくとも10%の単斜晶相含量を有することを特徴とする、請求項14から請求項16のいずれか1項に記載の結晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩。
【請求項18】
アントラサイクリンの製造における中間体としての、請求項14から請求項17のいずれか1項に記載の結晶性4’−エピダウノルビシン塩酸塩の使用。
【請求項19】
前記アントラサイクリンはエピルビシンである、請求項18に記載の使用。

【図1】
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【図2】
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【公表番号】特表2013−503826(P2013−503826A)
【公表日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−527247(P2012−527247)
【出願日】平成22年9月8日(2010.9.8)
【国際出願番号】PCT/EP2010/005498
【国際公開番号】WO2011/029576
【国際公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【出願人】(511221998)ヘレウス プレシャス メタルズ ゲーエムベーハー ウント コンパニー カーゲー (8)
【Fターム(参考)】