説明

4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールの製造法

【課題】4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールを煩雑な操作をすることなく、効率よく製造する方法の提供。
【解決手段】4,4,4−トリフルオロクロトン酸エステル(1)を出発原料として、アルコール溶媒中、1.0当量以上の水素化ホウ素金属を作用させた後、反応液を水解し、該水解液を蒸留することにより、4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノール(2)を製造する。



【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールの製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
液晶や医薬品の中間体として有用である4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールの製造法としては、例えば、下記の方法が報告されている。
【0003】
4,4,4−トリフルオロクロトン酸エチルをエタノール溶媒中で0.5当量の水素化ホウ素ナトリウムを作用させることにより、4,4,4−トリフルオロブタン酸エチルを製造し、これをアルカリ加水分解することにより4,4,4−トリフルオロブタン酸を製造する。続いて、−78℃で水素化アルミニウムリチウムを加えて還元することにより、4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールを製造する方法(特許文献1)。
【0004】
4,4,4−トリフルオロクロトン酸エチルを酸化白金触媒存在下、接触還元することにより、4,4,4−トリフルオロブタン酸エチルを製造し、その後、水素化アルミニウムリチウムを加えて還元することにより、4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールを製造する方法(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許第4563525号明細書
【特許文献2】特開昭63−44563号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
4,4,4−トリフルオロクロトン酸エステルから4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールを得るのに、特許文献1に記載の方法では3工程を要し、特許文献2に記載の方法では2工程を要しており、いずれの方法も操作が煩雑となっている。また、いずれの方法でも、発火性があり工業的に取り扱いが困難な水素化アルミニウムリチウムを使用している等、設備上の制約もある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記に鑑み、本発明者らが鋭意検討した結果、アルコール溶媒中、4,4,4−トリフルオロクロトン酸エステルに対して1.0当量以上の水素化ホウ素金属を作用させることにより、1段階で収率良く4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールが製造できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明は、下記式(1):
【0009】
【化1】

【0010】
(式中、RはC1〜C12のアルキル基、C2〜C12のアルケニル基、C7〜C12のアラルキル基、又はC6〜C12のアリール基を表す。)で表される4,4,4−トリフルオロクロトン酸エステルをアルコール溶媒中、1.0当量以上の水素化ホウ素金属を作用させることを特徴とする、下記式(2):
【0011】
【化2】

【0012】
で表される4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールの製造法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明にかかる方法より、目的化合物である4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールを簡便に収率良く取得できる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の出発原料である4,4,4−トリフルオロクロトン酸エステルは、下記式(1):
【0015】
【化3】

【0016】
で表される(以下、化合物(1)とする)。
【0017】
上記式(1)中、RはC1〜C12のアルキル基、C2〜C12のアルケニル基、C7〜C12のアラルキル基、又はC6〜C12のアリール基を表す。これらは1以上の置換基を有していてもよい。ここで置換基としては、ハロゲン原子、アルコキシ基、アルキルアミノ基、ジアルキルアミノ基、アルキルチオ基、複素環などが挙げられる。
【0018】
前記アルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、tert−ブチル基などが挙げられる。
【0019】
前記アルケニル基としては、例えば、ビニル基、又はアリル基などが挙げられる。
【0020】
前記アラルキル基としては、例えば、ベンジル基、又はp−クロロベンジル基などが挙げられる。
【0021】
前記アリール基としては、例えば、フェニル基、p−ニトロフェニル基が挙げられる。
【0022】
前記Rとして好ましくは、メチル基又はエチル基であり、更に好ましくは、エチル基である。
【0023】
前記化合物(1)は、US4563525(特許文献1)に記載された方法に従って製造することができる。具体的には、例えば、トリフルオロアセト酢酸エステルを接触還元して3−ヒドロキシ−4,4,4−トリフルオロブタン酸エステルに変換し、これをメシル化した後、メシレート基を脱離させることにより、前記化合物(1)を簡便に製造することができる。また、Rがエチル基の場合は、市販品を入手することもできる。
【0024】
本発明の生成物である4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールは、下記式(2):
【0025】
【化4】

【0026】
で表される(以下、化合物(2)とする)。
【0027】
以下、本発明の製造方法について説明する。
【0028】
本発明においては、前記化合物(1)をアルコール溶媒中、水素化ホウ素金属を作用させることにより、前記化合物(2)を製造する。
【0029】
前記アルコール溶媒としては例えば、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール、tert−ブタノール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、グリセリン、ポリエチレングリコールなどが挙げられる。好ましくはメタノール、エタノール、n−プロパノール、又はイソプロパノールであり、更に好ましくはメタノール、又はエタノールであり、反応性の観点から、特に好ましくはエタノールである。
【0030】
なお、反応に影響を与えない限りにおいては、前記アルコール溶媒は他の溶媒を含んでいてもよい。他の溶媒としては、例えば、水;テトラヒドロフラン、ジエチルエーテルなどのエーテル系溶媒;ヘキサン、ヘプタン、トルエンなどの炭化水素系溶媒;ジクロロメタン、クロロベンゼンなどのハロゲン系溶媒が挙げられる。
【0031】
溶媒の使用量は、多すぎるとコストや分離の点で好ましくないため、前記化合物(1)に対して好ましくは50倍重量以下であり、更に好ましくは1〜20倍重量である。
【0032】
前記水素化ホウ素金属としては、例えば、水素化ホウ素リチウム、水素化ホウ素ナトリウム、水素化ホウ素カリウム、水素化ホウ素セシウム、水素化ホウ素カルシウム、水素化ホウ素ニッケル、水素化ホウ素コバルトなどが挙げられる。好ましくは水素化ホウ素ナトリウム又は水素化ホウ素カリウムであり、更に好ましくは水素化ホウ素ナトリウムである。
【0033】
例えば、特許文献1にかかる方法においては、前記化合物(1)に対して水素化ホウ素金属を0.5当量作用させ、二重結合部のみが還元された4,4,4−トリフルオロ酢酸エステルを得て、その後、水素化アルミニウムリチウムを用いて前記化合物(2)を得ているが、本願発明では、水素化ホウ素金属を1.0当量以上作用させて、前記化合物(1)の二重結合部とエステル部を連続して還元することにより、前記化合物(2)を製造する。これにより、従来に比べて、簡便に、効率よく化合物(2)を得ることが可能である。
【0034】
前記水素化ホウ素金属の具体的な使用量として好ましくは、前記化合物(1)に対して1.0当量以上であり、更に好ましくは1.5当量以上であり、特に好ましくは2.0当量以上である。多すぎるとコストの面で不利となるため、前記化合物(1)に対して好ましくは10当量以下であり、更に好ましくは5.0当量以下、特に好ましくは3.0当量以下である。
【0035】
本反応の反応温度について、反応時間短縮の観点から、下限温度として好ましくは−50℃以上であり、更に好ましくは−30℃以上であり、特に好ましくは−10℃以上である。また、副反応制御の観点から、上限温度として好ましくは80℃以下であり、更に好ましくは60℃以下であり、特に好ましくは40℃以下である。
【0036】
本反応の反応時間については特に制限はないが、好ましくは0.5〜48時間であり、更に好ましくは3〜24時間である。
【0037】
続いて、反応液から生成物の4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールを単離する方法について説明する。
【0038】
定法においては、まず水、または、水酸化ナトリウムや炭酸カリウム等のアルカリ水溶液、または、塩酸や硫酸等の酸性水溶液に、反応液を加えて水解を行う。次に、水解液から抽出を行う。しかし、4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールは水溶性が高いため、定法によれば、抽出時に大量の有機溶剤が必要となる。更には、本発明者らは、化合物(2)は沸点があまり高くないため(bp.124−125℃)、減圧濃縮で抽出液から有機溶剤だけを効率よく分離することができないなどの課題を認めた。
【0039】
そこで、本発明者らは鋭意検討をした結果、前記水解液を、抽出を行うことなく、常圧で加熱することにより、4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールとアルコール溶媒と水からなる混合物を釜から揮発した蒸留物(揮発留分)として取得することで、収率よく4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールが得られることを見出した。これは水解液を加熱することで、一部残存するホウ素酸エステルの加水分解が促進され、4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールの収量が向上する効果が与えられるためと考えられる。
【0040】
このようにして得られた目的物は、更に純度を高める目的で、蒸留、若しくは抽出等の操作を行うとよい。好ましくは蒸留であり、例えば、この混合物を好ましくは理論段数4以上の精留装置で蒸留することにより、4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールを釜残液としてエタノールから効率よく分離することができる。また、同様の操作でエタノールのみを留去した後、残渣から抽出操作にて4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールを回収することにより、高純度の目的物を取得することができる。
【実施例】
【0041】
以下に、実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、これら実施例は本発明を何ら限定するものではない。
【0042】
なお、本発明中で用いた各成分の含有率(%)は、ガスクロマトグラフィー(カラム : DB-1 US3170425H ( i.d.0.25mm ×30 m, 1 μm)、Carrier gas : He (70 kPa)、Other Usage gas : Air (50 kPa), H2 (60 kPa)、カラム温度 : 50℃ (10 min) → 10 ℃/min → 300℃、注入口温度 : 200℃、検出器温度 : 300℃)にて定量分析を行い、算出した。
【0043】
(実施例1)4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールの製造
水素化ホウ素ナトリウム757mg(20.0mmol、2.0当量)にエタノール10mlを加え、内温が5℃になるまで冷却した。ここに、4,4,4−トリフルオロクロトン酸エチルのジクロロメタン溶液(4,4,4−トリフルオロクロトン酸エチル含量:56.3重量%)2984mg(10.0mmol)を滴下した。滴下終了後、25℃まで反応液を昇温して、その後、16時間撹拌した。別の容器に濃塩酸2.09g(20.0mmol)を水20mlで希釈した水溶液を調製し、内温が10℃以下になるまで冷却後、上記反応液を20分かけて滴下した。得られた水解液について、常圧で単蒸留を行い、流出温度100℃以下の留分として無色溶液15.3gを得た。この留分の組成は4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノール:6.7重量%(純分1.02g、収率80%)、エタノール:46.2重量%、水:52.9重量%であった。蒸留残渣中の4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノール、及びエタノールは不検出レベルであった。
【0044】
(実施例2〜4)4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールの製造
水素化ホウ素ナトリウムの量を変更した以外は、実施例1と同様の方法で4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールを製造した。生成物である4,4,4−トリフルオロブタン酸エチル(TFBE)と4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノール(TFBOH)の収率を表1に示す。
【0045】
【化5】

【0046】
(比較例1)
水素化ホウ素ナトリウム94.6mg(2.50mmol)にエタノール8mlを加え、内温が7℃になるまで冷却した。4,4,4−トリフルオロクロトン酸エチル(TCI製)841mg(5.00mmol)を滴下し、1時間、内温7℃にて撹拌を行った後、冷却バスをはずして徐々に20℃まで昇温して、そのまま18時間撹拌した。別の容器に1N HCl水溶液を用意し、内温が6℃になるまで冷却した後、内温を10℃以下に保ちながら上記反応液を滴下した。生成物である4,4,4−トリフルオロブタン酸エチル(TFBE)と4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノール(TFBOH)は、得られた水解液に4,4,4-トリフルオロ−1−ブタノール(純分40.4mg、収率6%)、4,4,4−トリフルオロブタン酸エチル(559.9mg、収率66%)が含まれていた(表1)。
【0047】
【表1】

【0048】
(比較例2)US4563525に記載の4,4,4−トリフルオロクロトン酸エチルの還元法
水素化ホウ素ナトリウム57.0mg(1.51mmol)にエタノール7mlを加え、内温が5℃になるまで冷却した。4,4,4−トリフルオロクロトン酸エチル(TCI製)501mg(2.98mmol)をエタノール2mlに希釈した溶液を滴下し、2時間、内温5℃で撹拌し、続けて、冷却バスをはずして15℃まで徐々に昇温して、2時間撹拌した。別の容器に濃塩酸154mg(1.50mmol)を水5mlで希釈した水溶液を調製し、内温が10℃以下になるまで冷却後、反応液を滴下した。得られた水解液には、4,4,4−トリフルオロブタン酸エチル(329.7mg、収率65.3%)が含まれていることが定量結果から分かった。4,4,4-トリフルオロ−1−ブタノールは不検出レベルであった。
【0049】
(実施例5)4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールの製造
水素化ホウ素ナトリウム7.49g(198mmol)にエタノール80mlを加え、内温が6℃になるまで冷却した。これに、4,4,4−トリフルオロクロトン酸エチルのジクロロメタン溶液(41.6重量%)40.0g(90.0mmol)を、滴下漏斗を用いて1時間かけて滴下した後、さらにエタノール20mlで滴下漏斗を洗いこんだ。滴下終了後、10分間内温10℃にて撹拌を行い、冷却バスをはずして徐々に20℃まで昇温して、そのまま15時間撹拌した。別の容器に濃塩酸20.6g(39.6mmol)を水150mlで希釈した水溶液を調製し、内温6℃に冷却後、内温が10℃以下になるように保ちながら、上記反応液を滴下した。得られた水解液は、常圧で単蒸留を行い、流出温度95〜102℃の留分として136.6gの無色溶液を得た。この留分の組成は4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノール:7.7重量%(純分10.5g、収率83%)、エタノール:55.2重量%、水:37.1重量%であった。
【0050】
(実施例6)4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールの精製
実施例3に記載された方法と同様の方法で製造した4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノール:10.4重量%、エタノール:74.6重量%、水:14.9重量%を含む混合物13.4gを、理論段数4.4段のシュナイダー型分留管を備えたフラスコに仕込み、常圧下で加熱蒸留を行った。流出温度78〜79℃の留分(11.0g)の組成はエタノール:90.7重量%であり、流出温度80℃の留分(290mg)の組成は4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノール:42.2重量%(回収率:8.8%)、エタノール:38.8重量%、水19.0重量%であった。さらに加熱蒸留をつづけたところ、流出温度60℃で得られた留分(73.4mg)の組成は4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノール:67.4wt%(回収率:3.5%)、エタノール:12.3wt%、水:20.3重量%で、釜残液から4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールは検出されたが、エタノールは検出されなかった。
【0051】
(実施例7)4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールの精製
実施例3に記載された方法と同様の方法で製造した4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノール:9.29重量%、エタノール:64.7重量%、水:26.0重量%を含む混合物38.2gを、理論段数4.4段のシュナイダー型分留管を備えたフラスコに仕込み、常圧下で加熱蒸留を行った。流出温度78〜79℃の留分(19.8g)の組成はエタノール:92.2重量%であり、流出温度79℃の留分(7.40g)の組成は4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノール:0.11重量%、エタノール:88.8重量%、水:11.1重量%であった。さらに加熱蒸留をつづけたところ、流出温度70〜94℃で得られた留分(883mg)の組成は4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノール:36.9重量%(回収率:9.2%)、エタノール47.4重量%、水:4.6重量%であった。釜残液から4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールは検出されたが、エタノールは検出されなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1):
【化1】

(式中、RはC1〜C12のアルキル基、C2〜C12のアルケニル基、C7〜C12のアラルキル基、又はC6〜C12のアリール基を表す。)で表される4,4,4−トリフルオロクロトン酸エステルをアルコール溶媒中、1.0当量以上の水素化ホウ素金属を作用させることを特徴とする、下記式(2):
【化2】

で表される4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールの製造法。
【請求項2】
前記アルコール溶媒がエタノールであり、前記水素化ホウ素金属が水素化ホウ素ナトリウムである、請求項1に記載の製造法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の方法により4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールを製造した後、反応液を水解し、当該水解液を蒸留することを特徴とする、4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールの製造法。
【請求項4】
更に、蒸留または抽出操作を行うことを特徴とする、請求項3に記載の4,4,4−トリフルオロ−1−ブタノールの製造法。



【公開番号】特開2012−224606(P2012−224606A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−96437(P2011−96437)
【出願日】平成23年4月22日(2011.4.22)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】