説明

ADAMTS13による細胞移植増強補助剤

【課題】 フォンビルブランド因子切断酵素活性を有するペプチド(ADAMTS13)を有効成分として含有する細胞移植補助剤の提供。
【解決手段】 細胞移植療法における移植細胞の生体内での生存率や生体組織への生着率を高める補助剤としてフォンビルブランド因子切断酵素活性を有するペプチド(例えば、ADAMTS13及びその断片、ならびに遺伝子組換え体を含むこれらの改変体)を利用する方法及び当該ペプチドを有効成分として含有する細胞移植補助剤。移植細胞としては、肝細胞、膵島細胞及び造血幹細胞などが使用される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は細胞移植に関する医療・製薬分野に属するものである。
【背景技術】
【0002】
21世紀型医療の方向性として細胞療法・再生医療は極めて重要な位置を占めつつあり、世界中で積極的に展開されている。その一例としては、骨髄細胞、骨格筋芽細胞および間葉系幹細胞を移植する心不全治療、膵島細胞や膵幹細胞を移植する糖尿病治療、胚性幹細胞(Embryonic stem cell、以下、ES細胞と称することもある。)を用いた心不全治療、血管新生療法、Parkinson病治療など、多臓器にわたる治療法の検討が挙げられる。そして、近年着目されている人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell、以下、iPS細胞と称することもある。)は、ES細胞と同等の多分化能・多増殖能を持つが、ES細胞が受精卵を由来とするのに対して、iPS細胞は体細胞を由来とする。そのため、iPS細胞の再生医療への応用は、ES細胞が抱える問題点(受精卵利用の倫理的問題やその入手の困難性、拒絶反応など)を克服し、新たな移植細胞のターゲットとして期待されている。
【0003】
細胞移植療法は、治療対象となる組織を直接構成する細胞や構成細胞への分化能を有する幹細胞を投与し、組織機能を改善することを目的としている。したがって、細胞移植療法では、移植細胞を治療対象の組織へ到達させ、そこで生着させることが最重要課題となる。移植時の細胞生着率を向上させる方法としては、神経細胞の移植時に移植細胞とMMP2(matrix metalloproteinase 2)を同時投与する方法(特許文献1)、造血幹細胞の移植に先立って移植細胞を放射能処理する方法(特許文献2)、といったものが報告されている。
【0004】
しかし、治療対象が末梢部に存在する場合、末梢部に対する移植細胞の輸送および生着率の向上に関しては、動脈性毛細血管を基盤とする特殊な微小循環系(高ずり応力)を念頭に置かねばならない。高ずり応力下では時として血漿タンパク質の一種であるフォンビルブランド因子(von willebrand factor、以下、vWFと称することもある。)と血小板表面タンパク質であるGPIb(glycoproteinIb)の相互作用によって、微小血小板血栓が形成される場合がある。微小血小板血栓は微小循環不全を引き起こし、移植細胞の治療組織への到達やそこでの生着を抑制すると考えられている。また、微小環境不全は、移植後早期の合併症の主要な原因としても認識されている。移植後早期の合併症としては、感染、移植片対宿主病(graft versus host disease、以下、GVHDと称することもある。)、肝中心静脈閉塞症(veno-occulusive disease、以下、VODと称することもある。)、粘膜障害、出血、貧血、血栓性微小血管障害症などが挙げられ、これら合併症の発症は細胞移植療法自体の成功を左右する。したがって、移植細胞の到達および生着、移植後の合併症といった細胞移植療法の諸問題を克服するためは、微小血小板血栓の形成を抑制し、微小環境を整える必要がある。その点において最近着目されているADAMTS13(a disintegrin-like domain and matalloprotease, with thrombospondin type 1 motif 13)タンパク質は、vWFとGPIbの結合を調節することによって、微小血小板血栓の形成を制御している(非特許文献1)。
【0005】
GPIbは血小板膜表面に存在する糖タンパク質であり、血小板膜上でvWFの受容体として機能する(特許文献3)。その他、血小板膜糖タンパク質としては、GPIIb、GPIIIa、GPIIIb、GPIV、GPIX等が知られている。
【0006】
一方、vWFは血管内皮細胞などに産生される2,050アミノ酸残基の血漿糖タンパク質であり、血中濃度約10μg/mlで存在する。分泌直後のvWFは、単一サブユニットが結合した多重体構造を形成し、最終的に分子量20,000kDaの超巨大分子量vWFマルチマー(unusually large vWF multimer、以下、UL-vWFMと称することもある。)となり、一般に高分子量のものほど比活性が高い。vWFは2つの重要な止血機能を担っている。第一に、vWFは血小板上のGPIbのリガンドとして障害血管内皮細胞下に血小板を粘着させ、血小板血栓の最初のステップを引き起こす。第二に、vWFは血液凝固第VIII因子と結合し、第VIII因子を安定化させるとともに、血小板血栓部位へ凝固血栓を誘導する(非特許文献2)。
【0007】
上述したADAMTS13タンパク質は、ADAMTSファミリーに属する亜鉛系メタロプロテアーゼである。現在、ADAMTSファミリーとして、ADAMTS1からADAMTS20が報告されている。そのうち、ADAMTS13タンパク質はvWFのTyr1605とMet1606を特異的に切断することによって、vWFのマルチマーサイズを減少させ、vWFの機能を制御すると考えられている(非特許文献3)。ADAMTS13タンパク質は肝での生成直後、1427アミノ酸残基からなる前駆体として存在する(配列番号1)。その後、前駆体ADAMTS13タンパク質はプロセシングエンドぺプチダーゼにより切断され、1353アミノ酸残基からなる成熟体となる。前駆体ADAMTS13タンパク質は、N末側からシグナルペプチド、プロペプチド、メタロプロテナーゼドメイン、ディスインテグリン様ドメイン、Tsp-1モチーフ、システインリッチドメイン、スペーサードメイン、Tsp-1リピート、CUBドメインによって構成される(非特許文献4)。ADAMTS13タンパク質はこれらドメインのうち、メタロプロテナーゼドメインがUL-vWFMを直接切断する酵素の活性中心として、ディスインテグリン様ドメインからシステインリッチドメインのアミノ酸配列が基質を捕捉するためのドメインとして、Tsp-1リピートおよび/またはCUBドメインが内皮細胞などへの結合ドメインとして機能すると考えられている(非特許文献5、非特許文献6)。また、スペーサー領域よりもN末端側のアミノ酸配列は(配列番号1の第1位メチオニンから第688位トリプトファン)、vWF切断活性を有することが明らかである(非特許文献7)。
【0008】
我々は血栓止血学のフィールドから、高ずり応力下でのvWF-GPIb軸とADAMTS13との機能連関の解明を進めてきたが(非特許文献8)、これらを基盤とする新しい切り口(血栓止血学と移植・再生医療の有機的な融合)で微小循環不全成立の分子・細胞メカニズムの解明および、移植細胞の生着・生育率向上をターゲットとする新機軸の戦略の構築を行ってきている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007-167518号公報
【特許文献2】特開平11-343242号公報
【特許文献3】特開2000-232882号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Soejima K., Nakagaki T., Seminars in Hematology, 42, 56-62, 2005.
【非特許文献2】大森司, 苅尾七臣, 血栓と循環, 12, 472-475, 2004.
【非特許文献3】Soejima K., Mimura N., Hirashima M., Maeda H., Hamamoto T., Nakagaki T., Nozaki C., J. Biochem., 130, 475-480, 2001.
【非特許文献4】Zheng X., Chung D., Takayama TK., Majerus EM., Sadler JE., Fujikawa K., J. Biol. Chem., 276, 44, 41059-41063, 2001.
【非特許文献5】Fujimura Y., Vascular Medicine, 3, 263-267, 2007.
【非特許文献6】Soejima K. et al., Journal of Biochemistry, 139, 147-154, 2006.
【非特許文献7】Soejima K., Matsumoto M., Kokame K., Yagi H., Ishizashi H., Maeda H., Nozaki C., Miyata T., Fujimura Y., Nakagaki T., Blood, 102, 9, 3232-3237, 2003.
【非特許文献8】Shida Y. et al., Blood, 111, 1295-1298, 2008.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本願発明の目的は、vWF切断活性を有するペプチドを、細胞移植療法における移植細胞の生体内での生存率および生体組織への生着率を高める補助剤として利用する方法、当該ペプチドを有効成分として含有する細胞移植補助剤、並びに細胞に当該ペプチドを添加する工程を含む移植用細胞の製造法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願発明者らは、上記の目的を達成するために誠意努力した結果、Human α-1 antitrypsinを肝細胞特異的に産生するトランスジェニックマウス(ドナー)の肝細胞を、vWF切断酵素の一つであるADAMTS13の共存下に同種同系の野生型マウス(レシピエント)の門脈に投与することによって、当該肝細胞のレシピエントマウス肝臓への生着率が高まることを見出し、本願発明を完成するに至った。
したがって、本願発明は、以下を包含する。
[1]フォンビルブランド因子切断活性を有するペプチドを細胞移植補助剤として使用する方法。
[2]ペプチドがADAMTSファミリータンパク質であることを特徴とする、[1]に記載の方法。
[3]ADAMTSファミリータンパク質がADAMTS13であることを特徴とする、[2]に記載の方法。
[4]ペプチドが、配列番号1の第1位のメチオニンから第688位のトリプトファンのアミノ酸配列であることを特徴とする、[1]記載の方法。
[5]ペプチドが、遺伝子組換え技術により得られたものであることを特徴とする、[1]ないし[4]のいずれか一項に記載の方法。
[6]ペプチドが、化学修飾により得られた改変体であることを特徴とする、[1]ないし[5]のいずれか一項に記載の方法。
[7]細胞が、肝細胞、膵島細胞、心筋細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、胚性幹細胞(ES細胞、Embryonic stem cell)、人工多能性幹細胞(iPS細胞、induced pluripotent stem cell)及び上記の細胞から誘導される細胞からなる群より選択されることを特徴とする、[1]ないし[6]のいずれか一項に記載の方法。
[8]フォンビルブランド因子切断活性を有するペプチドを有効成分として含有する細胞移植補助剤。
[9]ペプチドがADAMTSファミリータンパク質であることを特徴とする、[8]に記載の細胞移植補助剤。
[10]ADAMTSファミリータンパク質がADAMTS13であることを特徴とする、[9]記載の細胞移植補助剤。
[11]ペプチドが、配列番号1の第1位のメチオニンから第688位のトリプトファンのアミノ酸配列であることを特徴とする、[8]記載の細胞移植補助剤。
[12]ペプチドが、遺伝子組換え技術により得られたものであることを特徴とする、[8]ないし[11]のいずれか一項に記載の細胞移植補助剤。
[13]ペプチドが、化学修飾により得られた改変体であることを特徴とする、[8]ないし[12]のいずれか一項に記載の細胞移植補助剤。
[14]細胞が、肝細胞、膵島細胞、心筋細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、胚性幹細胞(ES細胞、Embryonic stem cell)、人工多能性幹細胞(iPS細胞、induced pluripotent stem cell)及び上記の細胞から誘導される細胞からなる群より選択されることを特徴とする、[8]ないし[13]のいずれか一項に記載の細胞移植補助剤。
[15]細胞にフォンビルブランド因子切断活性を有するペプチドを添加する工程を含む、移植用細胞の製造法。
[16]ペプチドがADAMTS13ファミリータンパク質であることを特徴とする、[15]に記載の製造法。
[17]ADAMTSファミリータンパク質がADAMTS13であることを特徴とする、[16]に記載の製造法。
[18]ペプチドが、配列番号1の第1位のメチオニンから第688位のトリプトファンのアミノ酸配列であることを特徴とする、[15]記載の製造法。
[19]ペプチドが、遺伝子組換え技術により得られたものであることを特徴とする、[15]ないし[18]のいずれか一項に記載の製造法。
[20]ペプチドが、化学修飾により得られた改変体であることを特徴とする、[15]ないし[19]のいずれか一項に記載の製造法。
[21]細胞が、肝細胞、膵島細胞、心筋細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、胚性幹細胞(ES細胞、Embryonic stem cell)、人工多能性幹細胞(iPS細胞、induced pluripotent stem cell)及び上記の細胞から誘導される細胞からなる群より選択されることを特徴とする、[15]ないし[20]のいずれか一項に記載の製造法。
【発明の効果】
【0013】
本願発明に従えば、ADAMTS13ファミリータンパク質を移植細胞の生着率を高めるために細胞補助剤として使用する方法、当該タンパク質を有効成分として含有する細胞移植補助剤並びに、当該タンパク質を添加する工程を含む移植細胞の製造法が提供される。
【0014】
例えば、ADAMTS13の共存下に肝細胞を移植すると当該細胞のレシピエントの肝臓組織における生着率が向上し、移植後の細胞増殖の立ち上がり期間の短縮とそれによる移植患者の予後の改善、さらには、移植後の後遺症としてのVODなどの予防が期待される。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本願発明は、フォンビルブランド因子切断活性を有するペプチドを細胞移植療法における移植細胞の生着率を高めるための補助剤として使用する方法により特徴付けられる。
【0016】
前述したように、vWFと血小板表面タンパク質との相互作用により引き起こされる微小血小板血栓を抑制することにより、細胞移植療法における移植細胞の対象組織への生着率を上げ、その結果、細胞移植療法の成功率を高めることができる。したがった、vWFを分解して血栓の形成を抑制しうる活性物質であれば如何なるものも本願発明に使用できる。このような活性物質として、vWF切断活性を有する様々なプロテアーゼ、例えば、ADAMTSファミリータンパク質に加えて、ADAM28(a disintegrin and metalloproteinase 28)、MMP7(matrix metalloproteinase 7)、プレスミンなども挙げられる。好ましくは、ADAMTSファミリータンパク質が使用される。さらに好ましくは、ADAMTS13タンパク質である。また、vWFの切断活性を有するものであれば、上記の各プロテアーゼの一部からなる断片も本願発明に使用できる。本願において、主としてADAMTS13について記述する。
【0017】
本願発明に使用されるADAMTS13が、血液由来のADAMTS13(以下、nADAMTS13と称することもある。)および遺伝子組換え技術により得られた組換えADAMTS13(以下、rADAMTS13と称することもある。)のいずれも使用できる。また、vWF切断酵素活性を有するものであればADAMTS13のアミノ酸の一部に変異を入れた改変体あるいは当該切断活性を有する最小単位(以下、このように修飾されたADAMTS13をmADAMTS13と称することもある。)であってもよい。したがって、本願発明において単にADAMTS13と称して使用する場合は、nADAMTS13、rADAMTS13およびmADAMTS13を含むものとする。
【0018】
nADAMTS13の精製は、タンパク質化学において通常使用される方法、例えば、遠心分離、塩析法、限外濾過法、等電点沈殿法、電気泳動法、イオン交換体クロマト法、ゲルろ過クロマト法、アフィニティークロマト法、疎水クロマト法、ハイドロキシアパタイトクロマト法などを適宜組み合わせることにより達成される。より具体的には、非特許文献6記載の抗ADAMTS13モノクローナル抗体固定化アフィニティークロマト法を応用したヒト血漿からの精製法がとられる。
【0019】
ADAMTS13タンパク質の検出は、SDS-PAGE、ゲルろ過などの分子サイズに基づく方法やELISA法、ウェスタンブロット法、ドットブロット法などの抗原抗体反応に基づく方法により行われる。いずれも外来タンパク質を検出する際の一般的な方法であり、目的に応じて適宜選択すればよい。また、得られたADAMTSタンパク質量は、BCA Protein Assay Reagent Kit(Pierce Biotechnology社)、Protein Assay Kit(Bio-RAD社)などの蛋白測定試薬を用いて測定することができる。
【0020】
rADAMTS13を取得するときは、特許第4163517号または非特許文献6に記載の方法に従えばよい。より具体的には、rADAMTS13をコードする遺伝子は、市販のcDNAライブラリー、例えば、Human Liver Marathon-Ready cDNA(Clontech社)を鋳型として、遺伝子配列に併せてデザインされたPCRプライマーを用い、PCR反応で増幅させる。得られたPCR産物はプラスミドベクターに組み込まれ、大腸菌へ導入される。大腸菌のコロニーの中から目的のタンパク質をコードするcDNAを有するクローンを選択する。PCR用プライマーは、DNA合成受託機関(例えばQIAGEN社など)に依頼すれば容易に入手可能である。このとき、5'側にKOZAK配列(Kozak M., J.Mol.Biol., 196, 947, 1987)および適当な制限酵素切断配列を付加することが望ましい。PCR反応は、市販のAdvantage HF-2 PCR kit(BD Bioscience社)を用い、添付のプロコールにしたがって行なえばよい。PCRによって得られたDNA断片の塩基配列は、TAクローニングキット(Invitrogen社)などを用いて、クローニングした後、DNAシークエンサー、例えばCEQ2000XL DNA Analysis System(Beckman社)などにより決定することができる。
【0021】
こうして得られたrADAMTS13遺伝子に点変異を導入するときは、サイトダイレクティドミュータジェネシス法を使用することが一般的である。実際には、本技術を応用したTakara社のSite-Direction Mutagenesis System(Mutan-Super Express Km、Mutan-Express Km、Mutan-Kなど)、Strantagene社のQuickChange Multi Site-Direction Mutagenesis kitまたはQuickChange XL Multi Site-Direction Mutagenesis kit、およびInvitrogen社のGeneTailor Site-Directed Mutagenesis Systemなどの市販のキットを用い添付のプロトコールにしたがって行うことができる。
【0022】
rADAMTS13遺伝子または点変異を導入したmADAMTS13遺伝子を適当な発現ベクターに組みこみ、当該発現ベクターで宿主を形質転換することによって、組換えADAMTS13(rADAMTS13タンパク質)およびその改変体(mADAMTS13タンパク質)の発現が行なわれる。宿主としては、外来タンパク質の発現に常用される細菌、酵母、動物細胞、植物細胞および昆虫細胞などを使用できるが、細胞移植の補助剤としての有効性を示すものであれば、いずれを使用しても良い。rADAMTS13タンパク質またはmADAMTS13タンパク質産生細胞から、これらのタンパク質を精製する際には、上記したタンパク質化学において使用される精製法が用いられる。また、上記の改変体は、化学的手法により行なうこともできる。
【0023】
ADAMTS13タンパク質の活性は、ヒト血漿由来のvWFやvWFの部分合成ペプチドとの結合性や分解活性を、ADAMTS13に対する抗体やタグを付加している場合には、そのタグに対する抗体を用いたELISAなどの方法によって評価される。ELISAの構築は、常法にしたがって行われる。ELISAに用いるヒト血漿由来vWFおよびADAMTS13に対する抗体は、それぞれ非特許文献3および非特許文献6記載の方法により取得される。vWFの部分合成ペプチドは、市販の蛍光標識されたFRETS-VWF73(ペプチド研究所)を使用すればよい。
【0024】
ここで用いる抗体は、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体の何れも使用できる。モノクローナル抗体の場合は、免疫した動物から脾細胞もしくはリンパ球等の抗体産生細胞を採取し、Milsteinらの方法(Method Enzymol., 73, 3-46, 1981)に従って、ミエローマ細胞株等と融合し、特異抗原に対する抗体を産生するハイブリドーマを作製することにより得られる。また、ファージディスプレイ技術を利用した抗体作成技術(Phage Display of Peptides and Protein :A Laborotory Manual Edited by Brian K. Kay et al.、Antibody Engineering:A PRACTICAL APPROACH Edited by J. McCAFFERTY et al.、Antibody Engineering second edition edited by Carl A.K.BORREBEACK)により特異的抗原と結合する抗体を作成することもできる。上記のELISAやウェスタンブロットを行なう時には、得られた抗体は、蛍光標識、RI、ビオチン化などの方法により標識される。抗体を標識化するキットは、何れも市販されているのでこれらを利用すればよい。
【0025】
こうして得られたADAMTS13タンパク質は、生理食塩水、適当な緩衝剤(例えば、リン酸緩衝液)や細胞維持培地などの溶液で適当な濃度に調整し、移植細胞の生着率向上のための細胞移植補助剤として使用される。溶液のpHは体液のpHに近い弱酸性から中性域のpHであることが望ましく、その下限はpH5.0〜6.4、その上限はpH6.4〜8.0が好ましい。
【0026】
本願発明の細胞移植補助剤には、通常医薬品に用いられる薬理的に許容される添加剤を添加しても良い。添加剤としては、基材、安定剤、防腐剤、保存剤、溶解剤、乳化剤、滑沢剤、賦形剤、結合剤、緩衝剤等が例示される。その他、細胞移植時の拒絶反応を和らげることなどを目的として、免疫抑制剤なども添加剤として挙げられる。安定化剤の具体例としては、グルコース等の単糖類、サッカロースやマルトース等の二糖類、マンニトールやソルビトール等の糖アルコール、塩化ナトリウム等の中性塩、グリシン等のアミノ酸、ポリエチレングリコール、ポリオキシエチレン−ポリオキシプロピレン共重合体(プルロニック)、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル(トゥイーン)等の非イオン系界面活性剤、ヒトアルブミン等が例示される。また、免疫抑制剤の具体例としては、シクロフォスファミド(CY)、シクロスポリンA(CsA)、メトトレキサート(MTX)、タクロリムス(FK506)等が挙げられる。上記した添加物はほんの一例であり、記載した添加物に限定されるものでもない。また、添加物の使用量は薬学的に許容されうる範囲内であれば、使用様態に応じて適宜選択できる。上記したような添加物は、細胞移植補助剤の製造時に適宜添加してもかまわないが、移植細胞と細胞移植補助剤を混合する際に一緒に添加しても良い。また、凍結乾燥形態等の長期保存可能な形態で提供することもでき、その場合使用時に、生理食塩水、緩衝剤などで所望の濃度になるように溶解して使用される。
【0027】
細胞移植療法における移植細胞は様々な治療目的に使用される。すなわち、本願発明で実施した方法であれば血友病マウスを用いた肝細胞の移植における、凝固能の回復である。その他、移植細胞が肝臓系細胞の場合には、肝機能障害の治療に使用可能である。肝機能障害の具体例としては、脂肪肝、肝硬変、肝炎、ヘモクロマトーシス、原発性硬化性胆管炎、Wilson病、血友病など多数の疾患が挙げられる。また、移植細胞として膵臓系細胞を用いた場合、膵機能障害の治療に使用可能である。膵機能障害の例としては、糖尿病、膵炎、膵癌などが挙げられる。同様に、移植細胞として心筋系細胞を用いた場合、心機能障害の治療に使用可能である。心機能障害の具体例としては、心不全、心筋梗塞、心筋症などが挙げられる。そして、本願発明を造血幹細胞に用いた場合には、造血機能の正常化による血液学的回復、白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫、重症再生不良性貧血、重症複合免疫不全、ウイスコット―アルドリッヒ症候群、ファンコニ貧血症、先天性赤血球無形成症、リンゾーム性蓄積症、軟骨毛髪形成不全、重症サラセミア、および他の血液学的黒色腫、悪性組織球症、骨髄異形成症候群、胸部癌腫のような固体腫瘍、およびその他の遺伝性疾患、またさらには、遺伝子治療に用いた場合には自己免疫疾患に適用される。
【0028】
本願発明の方法は、胚性肝細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)及びこれらの分化、誘導細胞に適用することも可能であり、これらの細胞が関与する疾患の治療に有効である。ES細胞やiPS細胞の分化能に関する研究成果が多数報告されている。その一例として、上記の造血幹細胞や肝臓系細胞などの他、皮膚細胞、血球、骨細胞、神経幹細胞、内胚葉幹細胞、間葉系幹細胞などが挙げられる。そのため、ES細胞やiPS細胞及びこれらからの分化、誘導細胞を移植に用いた場合、非常に多種の疾患が対象となる。すなわち、対象疾患としては上記の肝機能障害、膵機能障害および心機能障害の他、中枢神経系疾患、腎機能障害、遺伝性疾患、眼および付属器障害、耳及び乳様突起障害、筋骨格系及び結合組織疾患、皮膚及び皮下組織障害などが挙げられる。より具体的には、肝機能障害や膵機能障害および心機能障害は上記の通りである。そして、中枢神経系疾患としては、パーキンソン病、アルツハイマー病、多発性硬化症、脳梗塞、脊髄損傷、筋ジストロフィーなどが挙げられる。腎機能障害としては、腎不全などが挙げられる。遺伝性疾患としては、鎌状赤血球貧血症、形成障害性貧血、先天性免疫不全症候群などが挙げられる。眼および付属器障害としては、網膜疾患、角膜疾患などが挙げられる。耳及び乳様突起障害としては、感音性難聴などが挙げられる。筋骨格系及び結合組織疾患としては、骨粗鬆症、骨形成不全症、骨関節炎、軟骨障害などが例示される。皮膚及び皮下組織の疾患としては、火傷、創傷などが挙げられる。上記した対象疾患はほんの一例であり、記載した対象疾患に限定されるものでもない。
【0029】
本願発明の細胞移植補助剤に一緒に使用される移植細胞を取得する方法は、細胞の種類により種々の方法がある。例えば、マウスの肝細胞を取得する方法として、いくつかの非特許文献が公開されているので、それらの方法に従えばよい(非特許文献:Ohashi K. et al., Nature Medicine, 13, 880-885, 2007:Kuge H. et al., Cell Transplantation, 15, 1-12, 2006:Ohashi K. et al., Cell Transplantation, 14, 621-627, 2005)。より具体的には、マウスの下大静脈にカニュレーションし、コラゲナーゼ液を流す。その際、灌流速度は5〜6ml/minで、約6分間灌流する。そして、門脈を切断することにより切断部から肝臓を摘出する。摘出した肝臓は培養液の入った滅菌皿上で被膜を切離した後、優しくこそぐ。得られた肝細胞液をろ過し、percoll比重遠心にて非実質細胞を分離・除去した残りの細胞液を分離肝細胞とする。単離した肝細胞は血清が含まれないDMEM(Sigma社)に1×106個/ml〜1×108個/mlの濃度になるよう懸濁し、細胞移植に使用される。
【0030】
本願発明の細胞移植補助剤は、細胞移植時に移植細胞と混合して使用しても良く、あるいは、細胞移植の前後に単独で使用しても良い。移植細胞と本願発明の細胞移植補助剤の組成は、3×106個/mlの細胞に対して、0.1μg〜10mg/mlのADAMTS13の範囲で使用される。好ましくは、実施例のごとく3×106個/mlの細胞に対して、10μg/mlのADAMTS13である。投与する細胞量は、レシピエントの大きさ(体重、サイズ)や移植する細胞の種類、治療環境によって適宜調整される。
【実施例1】
【0031】
Human α-1 antitrypsinを肝細胞特異的に産生するFVB/N backgroundの遺伝子組換えマウス(The Ohio State University、Dr. Bumgardnerより供与。以下、hAATトランスジェニックマウスと称することもある。)を細胞移植のドナーとし、同種同系のwild-typeのFVB/Nマウスをレシピエントとした。10〜12週齢のhAATマウスの下大静脈にカニュレーションし、コラゲナーゼ液を流し、同時に門脈を切断することにより灌流液をアウトフローさせる。その際、灌流速度は5〜6ml/minで、約6分間灌流する。そして、肝臓を摘出する。摘出した肝臓は培養液の入った滅菌皿上で被膜を切離した後、優しくこそぐ。得られた細胞液をろ過した後、percoll比重遠心にて非実質細胞を分離・除去し、残りの細胞液を分離肝細胞とした。分離肝細胞は血清を含まないDMEM(Sigma社)に3×106個/mlの濃度になるよう懸濁した。
【0032】
細胞移植の直前に細胞懸濁液にrADAMTS13を加えて、細胞移植液を調整した(組成:10μg/ml rADAMTS13、3×106個/ml 移植細胞)。マウス一匹あたり200μlの細胞移植液(2μg rADAMTS13、0.6×106個の移植細胞)を27Gの注射器にてレシピエントマウスの門脈に注入し、細胞移植を行なった。比較対象として、rADAMTS13を添加していない細胞移植液の投与群を用意した。移植後、レシピエントマウスの後眼窩静脈より定期的に採血を行い、得られた血清を用いてhAAT濃度を特異的ELISAで測定することにより細胞生着率を評価した。(n=4, 4)。
【0033】
結果は図1に示すごとく、rADAMTS13を添加した群(ADAMTS13あり)はどのタイムポイントにおいても、rADAMTS13を添加していない群(ADAMTS13なし)と比較して、血中hAATレベルは優位に高かった。
【0034】
rADAMTS13を同時投与することにより細胞生着率が向上した機序として、
1)ADAMTS13の持つメタロプロテアーゼ作用により、肝臓内の細胞外基質が溶解され、移植肝細胞が効率的に血管内から肝臓実質へ移行できるようになったことにより、生着細胞数が増加した。
2)移植細胞周囲の微量血栓形成が抑制されたことにより、排除される細胞数が減少し、ひいては生着する細胞数が増加した。
3)微小循環障害が抑制されたことにより、移植細胞への栄養供給路が確保され、生着率が上昇した。などの機序が考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0035】
細胞療法・再生医療は今世紀において最も期待される新たな医療形態である。本願発明における移植時の生着率向上剤としてADAMTS13を利用することは、それらの医療形態における重要課題の一つである移植細胞の生着率の向上およびこれに伴う移植細胞数の軽減等を可能とする。そのため、本願発明は、患者の負担軽減のみならず、社会の要求、とりわけ医療経済面での要望にこたえるものである。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】細胞移植後の生着率の指標となる血中hAATレベルの経日的な推移を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フォンビルブランド因子切断活性を有するペプチドを細胞移植補助剤として使用する方法。
【請求項2】
ペプチドがADAMTSファミリータンパク質であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ADAMTSファミリータンパク質がADAMTS13であることを特徴とする、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
ペプチドが、配列番号1の第1位のメチオニンから第688位のトリプトファンのアミノ酸配列であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
ペプチドが、遺伝子組換え技術により得られたものであることを特徴とする、請求項1ないし4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
ペプチドが、化学修飾により得られた改変体であることを特徴とする、請求項1ないし5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
細胞が、肝細胞、膵島細胞、心筋細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、胚性幹細胞(ES細胞、Embryonic stem cell)、人工多能性幹細胞(iPS細胞、induced pluripotent stem cell)及び上記の細胞から誘導される細胞からなる群より選択されることを特徴とする、請求項1ないし6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
フォンビルブランド因子切断活性を有するペプチドを有効成分として含有する細胞移植補助剤。
【請求項9】
ペプチドがADAMTSファミリータンパク質であることを特徴とする、請求項8に記載の細胞移植補助剤。
【請求項10】
ADAMTSファミリータンパク質がADAMTS13であることを特徴とする、請求項9に記載の細胞移植補助剤。
【請求項11】
ペプチドが、配列番号1の第1位のメチオニンから第688位のトリプトファンのアミノ酸配列であることを特徴とする、請求項8に記載の細胞移植補助剤。
【請求項12】
ペプチドが、遺伝子組換え技術により得られたものであることを特徴とする、請求項8ないし11のいずれか一項に記載の細胞移植補助剤。
【請求項13】
ペプチドが、化学修飾により得られた改変体であることを特徴とする、請求項8ないし12のいずれか一項に記載の細胞移植補助剤。
【請求項14】
細胞が、肝細胞、膵島細胞、心筋細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、胚性幹細胞(ES細胞、Embryonic stem cell)、人工多能性幹細胞(iPS細胞、induced pluripotent stem cell)及び上記の細胞から誘導される細胞からなる群より選択されることを特徴とする、請求項8ないし13のいずれか一項に記載の細胞移植補助剤。
【請求項15】
細胞にフォンビルブランド因子切断活性を有するペプチドを添加する工程を含む、移植用細胞の製造方法。
【請求項16】
ペプチドがADAMTS13ファミリータンパク質であることを特徴とする、請求項15に記載の製造法。
【請求項17】
ADAMTSファミリータンパク質がADAMTS13であることを特徴とする、請求項16に記載の製造法。
【請求項18】
ペプチドが、配列番号1の第1位のメチオニンから第688位のトリプトファンのアミノ酸配列であることを特徴とする、請求項15記載の製造法。
【請求項19】
ペプチドが、遺伝子組換え技術により得られたものであることを特徴とする、請求項15ないし18のいずれか一項に記載の製造法。
【請求項20】
ペプチドが、化学修飾により得られた改変体であることを特徴とする、請求項15ないし19のいずれか一項に記載の製造法。
【請求項21】
細胞が、肝細胞、膵島細胞、心筋細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、胚性幹細胞(ES細胞、Embryonic stem cell)、人工多能性幹細胞(iPS細胞、induced pluripotent stem cell)及び上記の細胞から誘導される細胞からなる群より選択されることを特徴とする、請求項15ないし20のいずれか一項に記載の製造法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−280571(P2010−280571A)
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−132752(P2009−132752)
【出願日】平成21年6月2日(2009.6.2)
【出願人】(000173555)一般財団法人化学及血清療法研究所 (86)
【Fターム(参考)】