説明

Adoplinタンパク質、およびその利用

【課題】
本発明は、βアミロイドタンパク質の生成を阻害する薬剤、および該薬剤を含有するアルツハイマー病治療薬、並びに、アルツハイマー病治療薬のスクリーニング方法の提供を課題とする。
【解決手段】
βアミロイドタンパク質の生成に関与するPS1と相互作用活性を有するAdoplinタンパク質の同定に成功した。該タンパク質の発現もしくは機能を阻害する物質は、βアミロイドタンパク質の生成を阻害し、その結果、アルツハイマー病の治療効果を有することが見出された。また、Adoplinの発現を指標とすることにより、アルツハイマー病治療薬をスクリーニングすることが可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Adoplinタンパク質の発現抑制物質または機能抑制物質を含む、βアミロイドタンパク質生成抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
アルツハイマー病は、一般的に中年後期に発症し、5〜10年程度で死亡する、記憶障害、計算障害、視覚空間見当識障害、錯乱、見当識障害を呈する進行性知的機能障害である。
【0003】
アルツハイマー病の病原因子であるアミロイドβタンパク質(Aβ)はアミロイド前駆体タンパク質(APP)から2段階切断を受けて生成する。N末側、C末側を切断するプロテアーゼはそれぞれβセクレターゼ、γセクレターゼと呼ばれ、これらの酵素の阻害剤はアルツハイマー病の治療に応用できる可能性がある。最近の研究からアルツハイマー病原因遺伝子産物のプレセニリン1(Presenilin1; PS1)を含む複合体が、γセクレターゼ機能を持つものと考えられている。
【0004】
また、PS1は多機能性のタンパク質であり、APPやNotchなどの膜貫通タンパク質を膜内で切断するγセクレターゼ活性に必須であること(非特許文献1および2参照)、βカテニンと相互作用しWntシグナル伝達に関与することが知られている。PS1変異はAβの生成に影響し、Aβ42の生成を相対的に増加させる。このAβ42は正常のAβ(Aβ40)よりも凝集しやすく、脳に沈着しやすいため、老人斑形成の原因となることが示唆されている。Aβの増大は老人斑形成を促進し、アルツハイマー病を引き起こすと考えられる。
【0005】
しかしながら、アルツハイマー病の発症機構については、依然として不明な部分も多く、有効な治療方法は確立されていない。
【0006】
【非特許文献1】De Strooper Bら、Nature 1999年, 398巻, 518頁
【非特許文献2】De Strooper Bら、Nature 1998年, 391巻, 387頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、アルツハイマー病治療薬の提供を課題とする。より詳しくは、βアミロイドタンパク質の生成を阻害する薬剤、および該薬剤を含有するアルツハイマー病治療薬、並びに、アルツハイマー病治療薬のスクリーニング方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らはアルツハイマー病治療薬を開発すべく鋭意研究を行った。本発明者らはβアミロイドタンパク質の生成に関与するPS1について、該PS1の変異が何らかの遺伝子発現の変化を引き起こす可能性を想到し、PS1変異に特異的に発現変化する遺伝子の探索を行った。その結果、変異PS1特異的に発現低下する遺伝子を同定することに成功した。本発明者らは該遺伝子を、Adoplin-1と名付けた。また、このAdoplin-1と相同性の高い2種のホモログを、Adoplin-2、Adoplin-3と名付けた。さらに本発明者らによる解析結果から、Adoplin-1は相同性の高いホモログAdoplin-2、3とともに遺伝子ファミリーを形成していることが示唆された。
【0009】
また、共役免疫沈降実験によって、Adoplin-1はPS1と相互作用することを新たに見出した。上記知見は、AdoplinはPS1との相互作用を介して、γセクレターゼ活性に関与することを示唆するものである。
【0010】
また本発明者らは、ウェスタンブロット解析により、培養細胞もしくはヒト脳抽出液中においてAdoplinタンパク質が17 kDaの膜タンパク質として発現することを見出した。PS1は、APP等の膜貫通タンパク質を膜内で切断することから、上記知見は、Adoplinが膜タンパク質として、PS1のγセクレターゼ活性に関与することを裏付けるものと言える。
【0011】
本発明者らはさらに解析を進め、Adoplinの発現をRNA干渉によって阻害することにより、PS1のγセクレターゼ活性が低下することを発見した。上記知見は、Adoplinの発現もしくは機能を抑制することにより、PS1のγセクレターゼ活性を阻害し、その結果、アルツハイマー病に深く関与するβアミロイドの生成を抑えることが可能であることを示すものである。即ち、Adoplinの発現もしくは機能を抑制することにより、アルツハイマー病を治療することが可能であることが示唆された。
【0012】
また本発明者らは、Adoplinの発現解析を行った結果、脳を含む各種臓器において発現していることを見出した。
さらに、正常ヒト大脳皮質の脳切片をAdoplin抗体で免疫染色した結果、神経細胞が陽性に染色され、Adoplinが主に神経細胞に発現していることが明らかとなった。また、アルツハイマー病の脳においては、神経細胞に加えて、老人斑の周囲の変性神経突起にもAdoplinの免疫反応性が認められた。
【0013】
上記結果は、Adoplinは細胞内でPS1と共存し、脳内においては主に神経細胞で発現しており、Adpolinがアルツハイマー病の病態,特にβアミロイドタンパクの蓄積機序に関与していることを示すものである。
【0014】
即ち、Adoplinを標的とする作用機序を有するアルツハイマー病治療薬の開発が可能であることが、本発明者らによって初めて示された。Adoplinの発現もしくは機能を阻害する化合物は、アルツハイマー病治療薬となるものと考えられる。また、Adoplinの発現量、または活性を指標とすることにより、アルツハイマー病の治療薬を効率的にスクリーニングすることが可能である。
【0015】
上述の如く本発明者らは、Adoplinの発現もしくは機能を阻害することにより、βアミロイドの生成を抑制することによって、アルツハイマー病を治療することが可能であることを見出し、本発明を完成させた。
【0016】
即ち本発明は、βアミロイドタンパク質の生成を阻害する薬剤、および該薬剤を含有するアルツハイマー病治療薬、並びに、アルツハイマー病治療薬のスクリーニング方法に関し、より詳しくは、
〔1〕 Adoplinタンパク質の発現抑制物質または機能抑制物質を含む、βアミロイドタンパク質生成抑制剤、
〔2〕 Adoplinタンパク質の発現阻害物質が、以下の(a)〜(c)からなる群より選択される化合物である、〔1〕に記載のβアミロイドタンパク質生成抑制剤、
(a)Adoplin遺伝子の転写産物またはその一部に対するアンチセンス核酸
(b)Adoplin遺伝子の転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有する核酸
(c)Adoplin遺伝子の発現をRNAi効果による阻害作用を有する核酸
〔3〕 Adoplinタンパク質の機能阻害物質が、以下の(a)または(b)の化合物である、〔1〕に記載のβアミロイドタンパク質生成抑制剤、
(a)Adoplinタンパク質と結合する抗体
(b)Adoplinタンパク質と結合する低分子化合物
〔4〕 〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載のβアミロイドタンパク質生成抑制剤を有効成分として含む、アルツハイマー病治療薬、
〔5〕 Adoplinタンパク質の発現量もしくは活性を低下させる化合物を選択することを特徴とする、アルツハイマー病治療薬のスクリーニング方法、
〔6〕 以下の工程(a)〜(c)を含む、アルツハイマー病治療薬のスクリーニング方法、
(a)Adoplinタンパク質を発現する細胞に、被検化合物を接触させる工程
(b)前記細胞におけるAdoplinタンパク質の発現量を測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、発現量を低下させる化合物を選択する工程
〔7〕 以下の(a)〜(c)の工程を含む、アルツハイマー病治療薬のスクリーニング方法、
(a)Adoplin遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを含む細胞または細胞抽出液と、被検化合物を接触させる工程
(b)前記レポーター遺伝子の発現レベルを測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、前記発現レベルを低下させる化合物を選択する工程
〔8〕 以下の(a)〜(c)の工程を含む、アルツハイマー病治療薬のスクリーニング方法、
(a)Adoplinタンパク質、または該タンパク質を発現する細胞もしくは細胞抽出液と、被検化合物を接触させる工程
(b)前記タンパク質の活性を測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、前記タンパク質の活性を低下させる化合物を選択する工程
〔9〕 以下の工程(a)〜(c)を含む、アルツハイマー病治療薬のスクリーニング方法、
(a)Adoplinタンパク質およびPS1タンパク質と、被検化合物とを接触させる工程
(b)Adoplinタンパク質とPS1タンパク質との相互作用活性を測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、相互作用活性を低下させる化合物を選択する工程
を提供するものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明者らは、アルツハイマー病治療のための全く新しいターゲット分子を見出すことに成功した。本発明により、Adoplinをターゲットとするアルツハイマー病の治療が可能である。例えば、Adoplinの発現もしくは機能を阻害する化合物は、βアミロイドタンパク質の生成阻害を作用機序とするアルツハイマー病治療薬となることが期待される。
【0018】
本発明のアルツハイマー病治療薬は、全く新しい作用機序を有する治療薬として非常に有用である。
【0019】
また、本発明によって提供されるスクリーニング方法を用いることにより、アルツハイマー病に対して治療効果を有する化合物を、効率的に取得することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明はAdoplinタンパク質の発現抑制物質または機能抑制物質を含む、βアミロイド(Aβ)タンパク質生成抑制剤を提供する。
【0021】
Adoplin-1(Adp-1)は相同性の高い2種のホモログAdoplin-2(Adp-2)、Adoplin-3(Adp-3)とともに遺伝子ファミリーを形成している。本発明においてAdoplinタンパク質(遺伝子)とは、通常、Adoplin-1、Adoplin-2、またはAdoplin-3のいずれかのタンパク質(遺伝子)を指すが、例えば、これらのタンパク質(遺伝子)から選択される2種のタンパク質(遺伝子)、もしくは、これら全てのタンパク質(遺伝子)を意味する場合も含まれる。また本発明のAdoplinタンパク質(遺伝子)として最も好ましくは、Adoplin-1タンパク質(遺伝子)を挙げることができる。
【0022】
即ち、本発明の好ましい態様においては、Adoplin-1、Adoplin-2およびAdoplin-3からなる群より選択される1もしくは複数のタンパク質の発現を抑制する物質、または該タンパク質の機能を抑制する物質を有効成分として含有する、βアミロイドタンパク質生成抑制剤を提供する。
【0023】
本発明のAdoplinタンパク質は、ヒトAdoplinタンパク質であることが好ましいが、その由来する生物種は特に制限されず、ヒトAdoplinタンパク質のヒト以外の生物種(例えば、マウス等の哺乳動物)におけるホモログ等であってもよい。(Hjelmqvist L et al Genome Biol. 2002, 3, research0027.1-0027.16)
【0024】
一例として、本発明のヒトAdoplin-1タンパク質のアミノ酸配列を配列番号:2に、ヒトAdoplin-2タンパク質のアミノ酸配列を配列番号:4に、ヒトAdoplin-3タンパク質のアミノ酸配列を配列番号:6に示す。
【0025】
本発明の上記Aβタンパク質生成抑制剤としては、ヒトAdoplinタンパク質の発現抑制物質または機能抑制物質であり、例えば、ヒトAdoplin-1タンパク質の発現抑制物質または機能抑制物質を挙げることができる。また、具体的には、配列番号:2、4または6に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質の発現抑制物質または機能抑制物質を示すことができる。
【0026】
本発明の「Adoplinタンパク質」は、天然のタンパク質の他、遺伝子組み換え技術を利用した組み換えタンパク質として調製することができる。天然のタンパク質は、例えばAdoplinタンパク質が発現していると考えられる細胞(組織)の抽出液に対し、Adoplinタンパク質に対する抗体を用いたアフィニティークロマトグラフィーを用いる方法により調製することが可能である。一方、組み換えタンパク質は、Adoplinタンパク質をコードするDNAで形質転換した細胞を培養することにより調製することが可能である。
【0027】
本発明における「タンパク質の発現抑制物質」は、タンパク質の発現を有意に抑制(減少)させる物質である。本発明の上記「発現抑制」には、該タンパク質をコードする遺伝子の転写抑制、および/または該遺伝子の転写産物からの翻訳抑制が含まれる。
【0028】
本発明のAdoplinタンパク質の発現抑制物質としては、例えば、Adoplin遺伝子の転写調節領域(例えば、プロモーター領域)に結合して、該遺伝子の転写を抑制する物質(転写抑制因子等)を挙げることができる。
【0029】
また、本発明においてAdoplin-1タンパク質の発現活性の測定は、当業者においては周知の方法、例えば、ノーザンブロット法、ウェスタンブロット法等により、容易に実施することができる。
【0030】
またAdoplinタンパク質の機能抑制物質とは、通常、Adoplinタンパク質の機能を有意に抑制(阻害)し得る物質を指す。
【0031】
Adoplinタンパク質が有する機能(活性)としては、例えば、PS1タンパク質との結合活性を挙げることができる。
【0032】
本発明の好ましい態様においては、Adoplinタンパク質の発現阻害物質が、以下の(a)〜(c)からなる群より選択される化合物である、βアミロイドタンパク質生成抑制剤に関する。
(a)Adoplin遺伝子の転写産物またはその一部に対するアンチセンス核酸
(b)Adoplin遺伝子の転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有する核酸
(c)Adoplin遺伝子の発現をRNAi効果による阻害作用を有する核酸
【0033】
本発明における「核酸」とはRNAまたはDNAを意味する。特定の内在性遺伝子の発現を阻害する方法としては、アンチセンス技術を利用する方法が当業者によく知られている。アンチセンス核酸が標的遺伝子の発現を阻害する作用としては、以下のような複数の要因が存在する。すなわち、三重鎖形成による転写開始阻害、RNAポリメラーゼによって局部的に開状ループ構造が作られた部位とのハイブリッド形成による転写阻害、合成の進みつつあるRNAとのハイブリッド形成による転写阻害、イントロンとエキソンとの接合点におけるハイブリッド形成によるスプライシング阻害、スプライソソーム形成部位とのハイブリッド形成によるスプライシング阻害、mRNAとのハイブリッド形成による核から細胞質への移行阻害、キャッピング部位やポリ(A)付加部位とのハイブリッド形成によるスプライシング阻害、翻訳開始因子結合部位とのハイブリッド形成による翻訳開始阻害、開始コドン近傍のリボソーム結合部位とのハイブリッド形成による翻訳阻害、mRNAの翻訳領域やポリソーム結合部位とのハイブリッド形成によるペプチド鎖の伸長阻害、および核酸とタンパク質との相互作用部位とのハイブリッド形成による遺伝子発現阻害などである。このようにアンチセンス核酸は、転写、スプライシングまたは翻訳など様々な過程を阻害することで、標的遺伝子の発現を阻害する(平島および井上, 新生化学実験講座2 核酸IV遺伝子の複製と発現, 日本生化学会編, 東京化学同人, 1993, 319-347.)。
【0034】
本発明で用いられるアンチセンス核酸は、上記のいずれの作用によりAdoplin遺伝子の発現を阻害してもよい。一つの態様としては、Adoplin遺伝子のmRNAの5'端近傍の非翻訳領域に相補的なアンチセンス配列を設計すれば、遺伝子の翻訳阻害に効果的と考えられる。また、コード領域もしくは3'側の非翻訳領域に相補的な配列も使用することができる。このように、Adoplin遺伝子の翻訳領域だけでなく非翻訳領域の配列のアンチセンス配列を含む核酸も、本発明で利用されるアンチセンス核酸に含まれる。使用されるアンチセンス核酸は、適当なプロモーターの下流に連結され、好ましくは3'側に転写終結シグナルを含む配列が連結される。このようにして調製された核酸は、公知の方法を用いることで、所望の動物へ形質転換できる。アンチセンス核酸の配列は、形質転換される動物が持つ内在性遺伝子またはその一部と相補的な配列であることが好ましいが、遺伝子の発現を有効に抑制できる限りにおいて、完全に相補的でなくてもよい。転写されたRNAは、標的遺伝子の転写産物に対して好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の相補性を有する。アンチセンス核酸を用いて標的遺伝子の発現を効果的に抑制するには、アンチセンス核酸の長さは少なくとも15塩基以上であり、好ましくは100塩基以上であり、さらに好ましくは500塩基以上である。
【0035】
また、Adoplin遺伝子の発現の阻害は、リボザイム、またはリボザイムをコードするDNAを利用して行うことも可能である。リボザイムとは触媒活性を有するRNA分子を指す。リボザイムには種々の活性を有するものが存在するが、中でもRNAを切断する酵素としてのリボザイムに焦点を当てた研究により、RNAを部位特異的に切断するリボザイムの設計が可能となった。リボザイムには、グループIイントロン型やRNase Pに含まれるM1 RNAのように400ヌクレオチド以上の大きさのものもあるが、ハンマーヘッド型やヘアピン型と呼ばれる40ヌクレオチド程度の活性ドメインを有するものもある(小泉誠および大塚栄子, タンパク質核酸酵素, 1990, 35, 2191.)。
【0036】
例えば、ハンマーヘッド型リボザイムの自己切断ドメインは、G13U14C15という配列のC15の3'側を切断するが、その活性にはU14とA9との塩基対形成が重要とされ、C15の代わりにA15またはU15でも切断され得ることが示されている(Koizumi, M. et al., FEBS Lett, 1988, 228, 228.)。基質結合部位が標的部位近傍のRNA配列と相補的なリボザイムを設計すれば、標的RNA中のUC、UUまたはUAという配列を認識する制限酵素的なRNA切断リボザイムを作出することができる(Koizumi, M. et al., FEBS Lett, 1988, 239, 285.、小泉誠および大塚栄子, タンパク質核酸酵素, 1990, 35, 2191.、Koizumi, M. et al., Nucl Acids Res, 1989, 17, 7059.)。
【0037】
また、ヘアピン型リボザイムも本発明の目的に有用である。このリボザイムは、例えばタバコリングスポットウイルスのサテライトRNAのマイナス鎖に見出される(Buzayan, JM., Nature, 1986, 323, 349.)。ヘアピン型リボザイムからも、標的特異的なRNA切断リボザイムを作出できることが示されている(Kikuchi, Y. & Sasaki, N., Nucl Acids Res, 1991, 19, 6751.、菊池洋, 化学と生物, 1992, 30, 112.)。このように、リボザイムを用いて本発明におけるAdoplin遺伝子の転写産物を特異的に切断することで、該遺伝子の発現を阻害することができる。
【0038】
内在性遺伝子の発現の阻害は、さらに、標的遺伝子配列と同一もしくは類似した配列を有する二本鎖RNAを用いたRNA干渉(RNA interferance;RNAi)によっても行うことができる。RNAiとは、標的遺伝子配列と同一もしくは類似した配列を有する二重鎖RNAを細胞内に導入すると、導入した外来遺伝子および標的内在性遺伝子の発現がいずれも阻害される現象のことを指す。RNAiの機構の詳細は明らかではないが、最初に導入した二本鎖RNAが小片に分解され、何らかの形で標的遺伝子の指標となることにより、標的遺伝子が分解されると考えられている。RNAiに用いるRNAは、Adoplin遺伝子もしくは該遺伝子の部分領域と完全に同一である必要はないが、完全な相同性を有することが好ましい。
【0039】
本発明においてAdoplin遺伝子に対するアンチセンス核酸あるいはRNAi核酸を構成するポリヌクレオチドの配列は、当業者においては、本明細書の配列表において掲載されたAdoplin遺伝子のDNA配列を基に、適宜設計することが可能である。
【0040】
さらに、本発明の二本鎖RNAを発現し得るDNA(ベクター)もまた、本発明のAdoplin遺伝子の発現を抑制し得る化合物の好ましい態様に含まれる。本発明の上記二本鎖RNAを発現し得るDNA(ベクター)は、通常、該二本鎖RNAの一方の鎖をコードするDNA、および該二本鎖RNAの他方の鎖をコードするDNAが、それぞれ発現し得るようにプロモーターと連結した構造を有するDNAである。本発明の上記DNAは、当業者においては、一般的な遺伝子工学技術により、容易に作製することができる。より具体的には、本発明のRNAをコードするDNAを公知の種々の発現ベクターへ適宜挿入することによって、本発明の発現ベクターを作製することが可能である。
【0041】
また本発明は、Adoplinタンパク質の機能阻害物質が、以下の(a)または(b)の化合物である、βアミロイドタンパク質生成抑制剤を提供する。
(a)Adoplinタンパク質と結合する抗体
(b)Adoplinタンパク質と結合する低分子化合物
【0042】
Adoplinタンパク質に結合する抗体(抗Adoplin抗体)は、当業者に公知の方法により調製することが可能である。ポリクローナル抗体であれば、例えば、次のようにして得ることができる。天然のAdoplinタンパク質、あるいはGSTとの融合タンパク質として大腸菌等の微生物において発現させたリコンビナントAdoplinタンパク質、またはその部分ペプチドをウサギ等の小動物に免疫し血清を得る。これを、例えば、硫安沈殿、プロテインA、プロテインGカラム、DEAEイオン交換クロマトグラフィー、Adoplinタンパク質や合成ペプチドをカップリングしたアフィニティーカラム等により精製することにより調製する。また、モノクローナル抗体であれば、例えば、Adoplinタンパク質若しくはその部分ペプチドをマウスなどの小動物に免疫を行い、同マウスより脾臓を摘出し、これをすりつぶして細胞を分離し、該細胞とマウスミエローマ細胞とをポリエチレングリコール等の試薬を用いて融合させ、これによりできた融合細胞(ハイブリドーマ)の中から、Adoplinタンパク質に結合する抗体を産生するクローンを選択する。次いで、得られたハイブリドーマをマウス腹腔内に移植し、同マウスより腹水を回収し、得られたモノクローナル抗体を、例えば、硫安沈殿、プロテインA、プロテインGカラム、DEAEイオン交換クロマトグラフィー、Adoplinタンパク質や合成ペプチドをカップリングしたアフィニティーカラム等により精製することで、調製することが可能である。
【0043】
本発明の抗体の形態には、特に制限はなく、本発明のAdoplinタンパク質に結合する限り、上記ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体のほかに、ヒト抗体、遺伝子組み換えによるヒト型化抗体、さらにその抗体断片や抗体修飾物も含まれる。
【0044】
抗体取得の感作抗原として使用される本発明のAdoplinタンパク質は、その由来となる動物種に制限されないが哺乳動物、例えばマウス、ヒト由来のタンパク質が好ましく、特にヒト由来のタンパク質が好ましい。ヒト由来のタンパク質は、本明細書に開示される遺伝子配列又はアミノ酸配列を用いて得ることができる。
【0045】
本発明において、感作抗原として使用されるタンパク質は、完全なタンパク質あるいはタンパク質の部分ペプチドであってもよい。タンパク質の部分ペプチドとしては、例えば、タンパク質のアミノ基(N)末端断片やカルボキシ(C)末端断片が挙げられる。本明細書における「抗体」とはタンパク質の全長又は断片に反応する抗体を意味する。
【0046】
また、ヒト以外の動物に抗原を免疫して上記ハイブリドーマを得る他に、ヒトリンパ球、例えばEBウイルスに感染したヒトリンパ球をin vitroでタンパク質、タンパク質発現細胞又はその溶解物で感作し、感作リンパ球をヒト由来の永久分裂能を有するミエローマ細胞、例えばU266と融合させ、タンパク質への結合活性を有する所望のヒト抗体を産生するハイブリドーマを得ることもできる。
【0047】
本発明のAdoplinタンパク質に結合する抗体は、例えば、アルツハイマー病の治療を目的とした使用が考えられる。得られた抗体を人体に投与する目的(抗体治療)で使用する場合には、免疫原性を低下させるため、ヒト抗体やヒト型抗体が好ましい。
【0048】
さらに、本発明は、Adoplinタンパク質の機能を阻害し得る物質として、Adoplinタンパク質に結合する低分子量物質も含有する。本発明のAdoplinタンパク質に結合する低分子量物質は、天然または人工の化合物であってもよい。通常、当業者に公知の方法を用いることによって製造または取得可能な化合物である。また本発明の化合物は、後述のスクリーニング方法によって、取得することが可能である。
【0049】
また、本発明によって提供されるβアミロイド(Aβ)タンパク質生成抑制剤は、γセクレターゼによるアミロイド前駆タンパク質(APP)を基質とするAβタンパク質生成反応を阻害(抑制)することから、アルツハイマー病の治療効果を有することが期待される。
【0050】
従って本発明は、本発明のβアミロイドタンパク質生成抑制剤を有効成分として含有する、アルツハイマー病治療薬(医薬組成物)に関する。
【0051】
また本発明はアルツハイマー病治療薬のスクリーニング方法(アルツハイマー病治療薬のための候補化合物のスクリーニング方法)を提供する。
【0052】
本発明のスクリーニング方法の好ましい態様においては、Adoplinタンパク質の発現量もしくは活性を指標とする方法である。即ち、Adoplinタンパク質の発現量もしくは活性を低下させる化合物は、Aβタンパク質の生成を抑制し、その結果、アルツハイマー病に対して治療効果を有することが期待される。
【0053】
本発明のスクリーニング方法の好ましい態様としては、被検試料の中から、Adoplinタンパク質の発現量もしくは活性を低下させる化合物を選択することを特徴とする方法である。
【0054】
また、本発明の好ましい態様においては、以下の工程(a)〜(c)を含む、スクリーニング方法である。
(a)Adoplinタンパク質を発現する細胞に、被検化合物を接触させる工程
(b)前記細胞におけるAdoplinタンパク質の発現量を測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合(被検化合物を接触させない場合)と比較して、発現量を低下させる化合物を選択する工程
【0055】
本発明の上記方法においては、まずAdoplinタンパク質を発現する細胞に、被検化合物を接触させる。本方法に用いる「細胞」は、特に制限されないが、好ましくはヒト由来の細胞である。「Adoplinタンパク質を発現する細胞」としては、内因性のAdoplinタンパク質を発現している細胞、または外来性のAdoplinタンパク質をコードする遺伝子が導入され、該遺伝子が発現している細胞を利用することができる。外来性のAdoplinタンパク質をコードする遺伝子が発現した細胞は、通常、Adoplinタンパク質をコードする遺伝子が挿入された発現ベクターを宿主細胞へ導入することにより作製することができる。該発現ベクターは、一般的な遺伝子工学技術によって作製することができる。
【0056】
本発明のスクリーニング方法に供する被検化合物としては、特に制限はない。例えば、天然化合物、有機化合物、無機化合物、タンパク質、ペプチドなどの単一化合物、並びに、化合物ライブラリー、遺伝子ライブラリーの発現産物、細胞抽出物、細胞培養上清、発酵微生物産生物、海洋生物抽出物、植物抽出物等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0057】
また、これらの被検化合物は必要に応じて適宜標識して用いることができる。標識としては、例えば、放射標識、蛍光標識等を挙げることができる。
【0058】
Adoplinタンパク質遺伝子を発現する細胞への被検化合物の「接触」は、通常、Adoplinタンパク質を発現する細胞の培養液に被検化合物を添加することによって行うが、この方法に限定されない。被検化合物がタンパク質等の場合には、該タンパク質を発現するDNAベクターを、該細胞へ導入することにより、「接触」を行うことができる。
【0059】
本方法においては、次いで、Adoplinタンパク質を発現する細胞におけるAdoplinタンパク質の発現量を測定する。発現量の測定は、当業者が簡便に行ない得るものであり、一般的な方法、例えばノーザンブロット法、ウェスタンブロット法等により適宜実施することが可能である。例えば、Adoplinタンパク質を発現する細胞に接触させた被検化合物に付した標識を指標にして測定することも可能である。
【0060】
尚、本発明において「発現」とは、タンパク質をコードする遺伝子からの転写(mRNAの生成)、または該遺伝子の転写産物からの翻訳のいずれの場合をも意味する。
【0061】
本方法においては、次いで、被検化合物を接触させない場合(対照)と比較して、該発現量を低下させる化合物を選択する。このようにして選択された化合物は、アルツハイマー病治療のための候補化合物となる。
【0062】
また本発明の好ましい態様においては、以下の(a)〜(c)の工程を含む、アルツハイマー病治療薬のスクリーニング方法を提供する。
(a)Adoplin遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを含む細胞または細胞抽出液と、被検化合物を接触させる工程
(b)前記レポーター遺伝子の発現レベルを測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合(被検化合物を接触させない場合)と比較して、前記発現レベルを低下させる化合物を選択する工程
【0063】
本方法においては、まず、Adoplin遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを含む細胞または細胞抽出液と、被検化合物を接触させる。ここで「機能的に結合した」とは、Adoplin遺伝子の転写調節領域に転写因子が結合することにより、レポーター遺伝子の発現が誘導されるように、該遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが結合していることをいう。従って、レポーター遺伝子が他の遺伝子と結合しており、他の遺伝子産物との融合タンパク質を形成する場合であっても、該遺伝子の転写調節領域に転写因子が結合することによって、該融合タンパク質の発現が誘導されるものであれば、上記「機能的に結合した」の意に含まれる。Adoplin遺伝子のcDNA塩基配列に基づいて、当業者においては、ゲノム中に存在する該遺伝子の転写調節領域を周知の方法により取得することが可能である。
【0064】
本方法に用いるレポーター遺伝子としては、その発現が検出可能であれば特に制限されず、例えば、CAT遺伝子、lacZ遺伝子、ルシフェラーゼ遺伝子、およびGFP遺伝子等が挙げられる。「Adoplin遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを含む細胞」として、例えば、Adoplin遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するベクターが導入された細胞等が挙げられる。上記ベクターは、当業者においては一般的な遺伝子工学技術によって作製することができる。ベクターの細胞への導入は、一般的な方法、例えば、リン酸カルシウム沈殿法、電気パルス穿孔法、リポフェタミン法、マイクロインジェクション法等によって実施することができる。「Adoplin遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを含む細胞」には、染色体に該構造が挿入された細胞も含まれる。染色体へのDNA構造の挿入は、当業者に一般的に用いられる方法、例えば、ランダムインテグレーションや、相同組み換えを利用した遺伝子導入法により行うことができる。
【0065】
「Adoplin遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを含む細胞抽出液」とは、例えば、市販の試験管内転写翻訳キットに含まれる細胞抽出液に、Adoplin遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを添加したものを挙げることができる。
【0066】
本方法における「接触」は、「Adoplin遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを含む細胞」の培養液に被検化合物を添加する、または該DNAを含む上記の市販された細胞抽出液に被検化合物を添加することにより行うことができるが、これらの方法に限定されない。被検化合物がタンパク質の場合には、例えば、該タンパク質を発現するDNAベクターを、該細胞へ導入することにより接触を行うことも可能である。
【0067】
本方法においては、次いで、該レポーター遺伝子の発現レベルを測定する。レポーター遺伝子の発現レベルは、該レポーター遺伝子の種類に応じて、当業者に公知の方法により測定することができる。例えば、レポーター遺伝子がCAT遺伝子である場合には、該遺伝子産物によるクロラムフェニコールのアセチル化を検出することによって、レポーター遺伝子の発現量を測定することができる。レポーター遺伝子がlacZ遺伝子である場合には、該遺伝子発現産物の触媒作用による色素化合物の発色を検出することにより、また、ルシフェラーゼ遺伝子である場合には、該遺伝子発現産物の触媒作用による蛍光化合物の蛍光を検出することにより、さらに、GFP遺伝子である場合には、GFPタンパク質による蛍光を検出することにより、レポーター遺伝子の発現量を測定することができる。
【0068】
本方法においては、次いで、測定したレポーター遺伝子の発現レベルを、被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、低下させる化合物を選択する。このようにして選択された化合物は、アルツハイマー病治療効果を有することが期待される。
【0069】
本発明の別の態様としては、Adoplin遺伝子によってコードされるタンパク質の活性を指標とする、アルツハイマー病治療薬のスクリーニング方法である。
【0070】
本発明は、以下の(a)〜(c)の工程を含む、アルツハイマー病治療薬のスクリーニング方法を提供する。
(a)Adoplinタンパク質、または該タンパク質を発現する細胞もしくは細胞抽出液と、被検化合物を接触させる工程
(b)前記タンパク質の活性を測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合(被検化合物を接触させない場合)と比較して、前記タンパク質の活性を低下させる化合物を選択する工程
【0071】
上記タンパク質の活性としては、具体的には、PS1との結合活性(相互作用活性)を例示することができる。該活性は、当業者においては公知の方法、例えば、共役免疫沈降実験等により、適宜測定することが可能である。また、Adoplinタンパク質は、PS1との相互作用を介して、PS1のγセクレターゼ活性に関与しているものと考えられる。従って、上記方法において活性は、例えば、PS1のγセクレターゼ活性を指標として、適宜評価(測定)することも可能である。該γセクレターゼ活性は、例えば、APPを基質とするAβ生成量を測定することにより、評価することができる。
【0072】
さらに本発明のスクリーニング方法は、Adoplinタンパク質とPS1との相互作用を指標として、実施することも可能である。AdoplinとPS1との相互作用活性を低下させる化合物は、Aβの生成を阻害し、アルツハイマー病治療薬のための候補化合物となるものと期待される。
【0073】
従って、本発明の好ましい態様においては、以下の工程(a)〜(c)を含む、アルツハイマー病治療薬のスクリーニング方法に関する。
(a)Adoplinタンパク質およびPS1タンパク質と、被検化合物とを接触させる工程
(b)Adoplinタンパク質とPS1タンパク質との相互作用活性(結合活性)を測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合(被検化合物を接触させない場合)と比較して、相互作用活性を低下させる化合物を選択する工程
【0074】
上記方法において、工程(a)の「接触」は、例えば、AdoplinとPS1とを共発現する細胞の培養液へ被検化合物を添加することによって実施することが可能である。
【0075】
通常、Adoplinタンパク質とPS1タンパク質の相互作用活性を検出することは、当業者においては簡便に行い得ることであり、上記工程(b)の相互作用活性の測定は、一般的な方法、例えば免疫共沈降方法等を利用して、適宜、実施することが可能である。具体的には、後述の実施例に記載の方法によって、相互作用活性を評価(測定)することができる。
【0076】
また、上記方法に使用するAdoplinタンパク質およびPS1タンパク質は、変異を含まない野生型タンパク質であることが好ましいが、相互作用活性を有するものであれば、これらタンパク質の一部のアミノ酸配列が置換・欠失されたタンパク質(ポリペプチド)であってもよい。
【0077】
本発明のAβタンパク質生成抑制剤またはアルツハイマー病治療薬は、生理学的に許容される担体、賦形剤、あるいは希釈剤等と混合し、医薬組成物として経口、あるいは非経口的に投与することができる。経口剤としては、顆粒剤、散剤、錠剤、カプセル剤、溶剤、乳剤、あるいは懸濁剤等の剤型とすることができる。非経口剤としては、注射剤、点滴剤、外用薬剤、あるいは座剤等の剤型を選択することができる。注射剤には、皮下注射剤、筋肉注射剤、あるいは腹腔内注射剤等を示すことができる。外用薬剤には、経鼻投与剤、あるいは軟膏剤等を示すことができる。主成分である本発明の分化誘導剤を含むように、上記の剤型とする製剤技術は公知である。
【0078】
例えば、経口投与用の錠剤は、本発明の分化誘導剤に賦形剤、崩壊剤、結合剤、および滑沢剤等を加えて混合し、圧縮整形することにより製造することができる。賦形剤には、乳糖、デンプン、あるいはマンニトール等が一般に用いられる。崩壊剤としては、炭酸カルシウムやカルボキシメチルセルロースカルシウム等が一般に用いられる。結合剤には、アラビアゴム、カルボキシメチルセルロース、あるいはポリビニルピロリドンが用いられる。滑沢剤としては、タルクやステアリン酸マグネシウム等が公知である。
【0079】
本発明による分化誘導剤を含む錠剤は、マスキングや、腸溶性製剤とするために、公知のコーティングを施すことができる。コーティング剤には、エチルセルロースやポリオキシエチレングリコール等を用いることができる。
【0080】
また注射剤は、主成分である本発明の分化誘導剤を適当な分散剤とともに溶解、分散媒に溶解、あるいは分散させることにより得ることができる。分散媒の選択により、水性溶剤と油性溶剤のいずれの剤型とすることもできる。水性溶剤とするには、蒸留水、生理食塩水、あるいはリンゲル液等を分散媒とする。油性溶剤では、各種植物油やプロピレングリコール等を分散媒に利用する。このとき、必要に応じてパラベン等の保存剤を添加することもできる。また注射剤中には、塩化ナトリウムやブドウ糖等の公知の等張化剤を加えることができる。更に、塩化ベンザルコニウムや塩酸プロカインのような無痛化剤を添加することができる。
【0081】
また、本発明のAβタンパク質生成抑制剤またはアルツハイマー病治療薬を固形、液状、あるいは半固形状の組成物とすることにより外用剤とすることができる。固形、あるいは液状の組成物については、先に述べたものと同様の組成物とすることで外用剤とすることができる。半固形状の組成物は、適当な溶剤に必要に応じて増粘剤を加えて調製することができる。溶剤には、水、エチルアルコール、あるいはポリエチレングリコール等を用いることができる。増粘剤には、一般にベントナイト、ポリビニルアルコール、アクリル酸、メタクリル酸、あるいはポリビニルピロリドン等が用いられる。この組成物には、塩化ベンザルコニウム等の保存剤を加えることができる。また、担体としてカカオ脂のような油性基材、あるいはセルロース誘導体のような水性ゲル基材を組み合わせることにより、座剤とすることもできる。
【0082】
本発明のAβタンパク質生成抑制剤またはアルツハイマー病治療薬は、安全とされている投与量の範囲内において、ヒトを含む哺乳動物に対して、必要量が投与される。本発明の薬剤の投与量は、剤型の種類、投与方法、患者の年齢や体重、患者の症状等を考慮して、最終的には医師または獣医師の判断により適宜決定することができる。
【0083】
なお、本発明における「治療薬」とは、治療効果を有する薬剤のほかに、予防効果を有するものも含まれる。即ち本発明において、本発明のβアミロイドタンパク質生成抑制剤を有効成分として含む薬剤は、アルツハイマー病発症抑制剤と呼ぶことも可能である。
【0084】
さらに本発明は、本発明のAβタンパク質生成抑制剤またはアルツハイマー病治療薬を個体(例えば、患者等)へ投与する工程を含む、アルツハイマー病の予防もしくは治療方法に関する。投与方法は特に制限されないが、例えば、静脈投与、動脈投与、皮下投与、経口投与等が挙げられる。
【0085】
さらに本発明は、Adoplin遺伝子の発現を抑制する化合物、もしくは該遺伝子によってコードされるタンパク質の機能を阻害する化合物についての、Aβタンパク質生成抑制剤またはアルツハイマー病治療薬の製造のための使用に関する。
【実施例】
【0086】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれら実施例により制限されるものではない。
【0087】
〔実施例1〕 Adoplin遺伝子ファミリーの解析
ヒト野生型、変異型(I143T、G384Aの2種)のPS1遺伝子を発現ベクターpCEP4に組み込み、ヒト神経芽細胞腫細胞SH-SY5Yに導入し、安定的発現株を得た。
ディファレンシャルディスプレイ解析はDifferential Display Kit(Takara)を用いて次のように行った。
上記の細胞株からtotal RNAを抽出し、DNase処理を行い精製した。これを鋳型として9種類のdownstream primer (T11VV)を用いて逆転写反応を行い、cDNAを合成した。これらと上記oligo(dT)primer、24種類のupstream primerを組み合わせて、40℃の低いアニーリング温度でPCR反応を行った。標識には35S-dATPを用いた。得られたPCR産物をポリアクリルアミドゲル電気泳動により分離し、オートラジオグラフィにより検出した。
再現性に留意して解析を行った結果、野生型PS1発現細胞に比較して、2種の変異型PS1発現細胞で発現が増加、または減少しているバンドが4種類得られた。これらのバンドをゲルから切り出し、PCR再増幅して得られたDNA断片をプラスミド(pUC18)にサブクローニングしてシーケンスを決定した。
得られた4種の遺伝子について得られたDNA断片をプローブとするノーザンブロット解析によりmRNA発現の変化を検討したところ、発現低下した2種についてはその変化を確認できたが、他の2種については確認できなかった。確認のできた2種のうちの1種は未知遺伝子と考えられた。
【0088】
この未知遺伝子の全長cDNAを得るために、ヒト脳cDNAライブラリーのスクリーニングをプラークハイブリダイゼーション法により実施した。その結果153アミノ酸からなるタンパク質をコードする遺伝子(Adoplin-1)を単離することができた。
この配列はAccession No. AB064959、AB064960としてデータベースに登録した。
データベース検索の結果、Adoplin-1と相同な遺伝子の存在が示唆されたので,この遺伝子を同様にcDNAライブラリースクリーニングにより単離した。これをAdoplin-2と名付けた(Accession No AB064961)。
また、第3の相同な遺伝子が存在することが判明し(ORMDL-3、Accession No AF395708)、本発明者らはこれをAdoplin-3と言い換えることにした。
Adoplin-1は相同性の高い2種のホモログAdoplin-2、3とともに遺伝子ファミリーを形成していることが示された。
【0089】
これらの塩基配列を図1に、アミノ酸配列を図2に示す。また、Adoplin-1の塩基配列を配列番号:1に、該塩基配列によってコードされるタンパク質のアミノ酸配列を配列番号:2に、Adoplin-2の塩基配列を配列番号:3に、該塩基配列によってコードされるタンパク質のアミノ酸配列を配列番号:4に、Adoplin-3の塩基配列を配列番号:5に、該塩基配列によってコードされるタンパク質のアミノ酸配列を配列番号:6に記載する。
【0090】
〔実施例2〕 Adoplinの細胞およびヒト組織における発現
野生型、変異型PS1発現SH-SY5Y細胞におけるAdoplin-1、Adoplin-2、Adoplin-3 mRNAの発現を、各細胞より抽出したmRNAを用いるノーザンブロットにより調べた。Adoplin-1 mRNAは変異型細胞で野生型細胞の約1/3に低下していた。Adoplin-2、Adoplin-3も変異型細胞で低下傾向が見られた(図3)。
ヒト組織におけるAdoplin-1、Adoplin-2、Adoplin-3のmRNA発現を同様にノーザンブロットにより解析した。詳しくは、各cDNAをプローブとして定法に従い、32Pラベルしたプローブをヒトmultiple tissue Northern blots(Clontech社)とハイブリダイズし、イメージアナライザー(BAS5000)で検出した。
その結果、これら3種の遺伝子は脳を含む各種臓器に発現していることが判明した(図4)。
【0091】
〔実施例3〕 培養細胞および脳組織の膜画分におけるAdoplin発現
培養細胞(SH-SY5Y細胞、Adoplin-1、Adplin-2を安定発現するSH-SY5Y細胞)、ヒト脳組織をトリスバッファーでホモジェナイズし、超遠心後の膜画分をRIPAバッファーにて可溶化した。そのタンパクをAdoplin C末抗体にて免疫沈降し、沈降物を同じ抗体によるウェスタンブロットで解析した。
その結果、培養細胞、ヒト脳抽出液中でAdoplinタンパクは17kDaの膜タンパクとして発現することが確認された(図5)。
【0092】
〔実施例4〕 脳組織におけるAdoplinの発現解析
細胞内およびヒト脳におけるAdoplin-1の発現を、免疫染色により解析した。
まず、Adoplin-1を安定発現するSH-SY5Y細胞に、さらに野生型PS1をトランスフェクトし、Adoplin-1とPS1を共発現する細胞株を作製した。この細胞をAdoplin抗体およびモノクローナルPS1抗体で2重染色し、共焦点レーザー顕微鏡にて観察した。その結果、Adoplin-1およびPS1の両タンパクの局在がほぼ一致していることが示された(図6)。
また、ヒト大脳皮質(正常)の脳切片をAdoplin抗体で免疫染色した。その結果、神経細胞が陽性に染色され、Adoplinが主に神経細胞に発現していることが判明した。アルツハイマー病の脳においては神経細胞に加えて、老人斑の周囲の変性神経突起にもAdoplinの免疫反応性が認められた(図7)。
【0093】
〔実施例5〕 共役免疫沈降法によるタンパク質相互作用解析
Adoplin-1とPS1を共発現するヒトSH-SY5Y細胞株を用いて、AdoplinとPS1の相互作用について共役免疫沈降実験により検討した。
細胞の膜画分を1%CHAPSOを含むバッファーで可溶化し、グリセロール密度勾配遠心で分子量のサイズにより分画を行った。各画分をAdoplin抗体により免疫沈降し、沈降物をPS1抗体でウェスタンブロットした。
その結果、高分子量の画分においてウェスタンブロットS1およびC末、N末断片)がAdoplinと共沈していた。このことはPS1(もしくは、その断片)がAdoplinと相互作用することを示している。同時にβ-cateninおよびPS1複合体の構成因子の一つであるPEN-2もAdoplinと共沈することが分かった(図8)。
【0094】
〔実施例6〕 Adoplin発現抑制によるPS1のγセクレターゼ活性に及ぼす効果
RNA干渉実験により、Adoplin発現抑制が、PS1のγセクレターゼ活性に及ぼす効果について検討を行った。
Hela細胞にAdoplin-1、Adoplin-2、Adoplin-3にそれぞれ特異的なsiRNA(short interfering RNA)をoligofectamine試薬(Invitorgen)により同時に導入した。対照としてはNon-silencing siRNA、Nicastrin特異的なsiRNAを用いた。
【0095】
まずウェスタンブロットによりAdoplinタンパク質がAdoplin siRNAにより著明に低下することを確認した。その時、内因性のPS1およびNicastrinの発現を調べた。Adoplinの低下とともに内因性のPS1は軽度低下が認められた。また、成熟型のNicastrinの有意な低下も認められた(図9左)。この結果はAdoplinがPS1、Nicastrinのタンパクとしての成熟化、安定化に必要なことを示唆している。
次に、Adoplin siRNA処理をした細胞にアミロイドβタンパクの前駆タンパクであるAPP CTFβを一過性にトランスフェクトし、ウェスタンブロットでAPP CTF量を調べたところ、Adoplin siRNA処理した細胞では、APP CTF量が有意に増加していた(図9右)。このことはγセクレターゼ活性の低下によりAPP CTFが蓄積したことを示唆している。
また、同様の細胞にNotch受容体の部分タンパクNotchΔEを発現させたところ、Adoplin siRNA処理した細胞ではNotchΔEの蓄積が見られた(図9右)。このこともγセクレターゼ活性の低下を裏付けるデータである。
【0096】
以上の結果から、RNA干渉によりAdoplin発現を阻害した場合、γセクレターゼ活性が有意に低下することが示された。
【図面の簡単な説明】
【0097】
【図1】図1は、Adoplin-1、2、および3の各塩基配列を並べて示した図である。
【図2】図2は、Adoplin-1、2、および3の各アミノ酸配列を並べて示した図である。
【図3】図3は、野生型、変異型PS1発現SH-SY5Y細胞におけるAdoplin-1、2、3 の各mRNAの発現を、各種細胞より抽出したmRNAを用いるノーザンブロットにより解析した結果を示す写真である。
【図4】図4は、Adoplin-1、2、3 mRNAの発現を、ノーザンブロットによりヒトの各組織(心臓、脳、胎盤、肺、肝臓、骨格筋、腎臓、膵臓)について解析した結果を示す写真である。
【図5】図5は、培養細胞(SH-SY5Y細胞、Adoplin-1、Adoplin-2を安定発現するSH-SY5Y細胞)およびヒト脳組織におけるAdoplinタンパク質の発現を、ウェスタンブロットにより解析した結果を示す写真である。
【図6】図6は、SH-SY5Y細胞内におけるAdoplin-1タンパク質およびPS1タンパク質の局在を免疫組織化学により解析した結果を示す写真である。左の写真が、Adoplin-1抗体で染色したもの、中央の写真がPS1抗体で染色したもの、これらを重ね合わせたものが右の写真である。
【図7】図7は、ヒト大脳皮質におけるAdoplin-1タンパク質およびPS1タンパク質の局在を免疫組織化学により解析した結果を示す写真である。上段の写真が正常な脳、下段の写真がアルツハイマー病の脳である。左の写真が、抗Adoplin-1抗体で染色したもの、中央の写真が抗アミロイドβ抗体で染色したもの、これらを重ね合わせたものが右の写真である。
【図8】図8は、Adoplin-1とPS1を共発現するヒトSH-SY5Y細胞の膜画分をグリセロール密度勾配遠心で分画し、Adoplin抗体で免疫沈降後、沈降物をPS1抗体,β-カテニン抗体,PEN-2抗体あるいはAdoplin抗体でウェスタンブロットした結果を示す写真である。
【図9】図9は、AdoplinのRNAiの効果をウェスタンブロットにより確認した結果を示す写真である。左はNon-silencning siRNA,Nicastrin siRNAあるいはAdoplin siRNAで処理したHeLa細胞を示す。右はNon-silencning siRNAまたはAdoplin siRNA処理した後にさらにAPP CTFあるいはNotchΔEをトランスフェクトしたHeLa細胞を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Adoplinタンパク質の発現抑制物質または機能抑制物質を含む、βアミロイドタンパク質生成抑制剤。
【請求項2】
Adoplinタンパク質の発現阻害物質が、以下の(a)〜(c)からなる群より選択される化合物である、請求項1に記載のβアミロイドタンパク質生成抑制剤。
(a)Adoplin遺伝子の転写産物またはその一部に対するアンチセンス核酸
(b)Adoplin遺伝子の転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有する核酸
(c)Adoplin遺伝子の発現をRNAi効果による阻害作用を有する核酸
【請求項3】
Adoplinタンパク質の機能阻害物質が、以下の(a)または(b)の化合物である、請求項1に記載のβアミロイドタンパク質生成抑制剤。
(a)Adoplinタンパク質と結合する抗体
(b)Adoplinタンパク質と結合する低分子化合物
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のβアミロイドタンパク質生成抑制剤を有効成分として含む、アルツハイマー病治療薬。
【請求項5】
Adoplinタンパク質の発現量もしくは活性を低下させる化合物を選択することを特徴とする、アルツハイマー病治療薬のスクリーニング方法。
【請求項6】
以下の工程(a)〜(c)を含む、アルツハイマー病治療薬のスクリーニング方法。
(a)Adoplinタンパク質を発現する細胞に、被検化合物を接触させる工程
(b)前記細胞におけるAdoplinタンパク質の発現量を測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、発現量を低下させる化合物を選択する工程
【請求項7】
以下の(a)〜(c)の工程を含む、アルツハイマー病治療薬のスクリーニング方法。
(a)Adoplin遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを含む細胞または細胞抽出液と、被検化合物を接触させる工程
(b)前記レポーター遺伝子の発現レベルを測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、前記発現レベルを低下させる化合物を選択する工程
【請求項8】
以下の(a)〜(c)の工程を含む、アルツハイマー病治療薬のスクリーニング方法。
(a)Adoplinタンパク質、または該タンパク質を発現する細胞もしくは細胞抽出液と、被検化合物を接触させる工程
(b)前記タンパク質の活性を測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、前記タンパク質の活性を低下させる化合物を選択する工程
【請求項9】
以下の工程(a)〜(c)を含む、アルツハイマー病治療薬のスクリーニング方法。
(a)Adoplinタンパク質およびPS1タンパク質と、被検化合物とを接触させる工程
(b)Adoplinタンパク質とPS1タンパク質との相互作用活性を測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、相互作用活性を低下させる化合物を選択する工程

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−213621(P2006−213621A)
【公開日】平成18年8月17日(2006.8.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−26405(P2005−26405)
【出願日】平成17年2月2日(2005.2.2)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】