説明

Bサイト置換型ランタンストロンチウムマンガナイト粉体、その焼結体、およびこの焼結体を利用した固体酸化物形燃料電池

【課題】 従来の空気極や集電体の特性を維持したまま熱サイクル収縮現象を抑制する。
【解決手段】 ランタンLa、ストロンチウムSr、マンガンMn、及びBサイト置換可能元素M(M=Mg, Cr, Co, Ni)から成る群から選ばれた元素の一つまたは複数から成る元素混合物を主成分とする。該主成分の各々の元素は (La1-xSrx)1-yMn1-zzO3+δ (ただし、δは組成・温度などで種々変化する酸素量)であり、かつx、y、zの値は
0<x<0.40
0≦y≦0.10
0<z≦0.10
y≦0.30−x (0<x≦0.20の領域のとき、左式が成立する)
y≦0.20−0.5x (0.20≦x<0.40の領域のとき、左式が成立する)
y>0.20−x (0<x≦0.10の領域のとき、左式が成立する)
y>0.15−0.5x (0.10≦x≦0.20の領域のとき、左式が成立する)
y>0.11−0.3x (0.20≦x≦0.30の領域のとき、左式が成立する)
y>0.08−0.2x (0.30≦x<0.40の領域のとき、左式が成立する)
である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Bサイト置換型ランタンストロンチウムマンガナイト、その粉体、その焼結体及びそれを利用した固体酸化物形燃料電池(以下、SOFCと記す)に関する。更に詳述すると、本発明は、ペロブスカイト型構造(一般的な化学式ABO3)中のB元素が配置しているBサイトに、熱サイクル収縮現象を抑制することができる異種金属元素を置換したランタンストロンチウムマンガナイト、それらの粉体、及びそれらの焼結体、そしてこれらを空気極及び集電体に利用したSOFCに関するものである。
【背景技術】
【0002】
SOFCを用いた発電方式は、発電効率が高く。しかも1000℃という高い作動温度の電池から得られる排熱を蒸気タービンや吸収式冷凍機に用いることにより、(1)発電効率をより高めること、(2)あるいは冷房用の冷熱を得ること、ができる。これらの特長から、SOFCは、コージェネレーション用小型電源から火力代替用大型電源まで、幅広い用途が期待されている。
【0003】
約1000℃の高温で作動するSOFCの空気極または集電体の材質としては、アルカリ土類金属(AE=Ca,Sr)系ドープランタンマンガナイト系酸化物(以下、「ランタンマンガナイト」と略称する)が好適である。その理由は、ランタンマンガナイトは、高温、酸化雰囲気中において電解質であるイットリア安定化ジルコニアと化学的に安定であるだけでなく、高い電子伝導性をもち、また酸素を酸素イオンに変化させる触媒活性も有しているからである(例えば、特許文献1,2参照)。
【0004】
【特許文献1】特開2002−203573号公報
【特許文献2】特開平11−171549号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、これらランタンマンガナイトの多孔質体は、運転中の昇降温(熱サイクル)により、収縮する現象(熱サイクル収縮現象)をもつ。ランタンマンガナイトの多孔質体をSOFC用空気極として用いる場合、この熱サイクル収縮現象は、ガス拡散性が不可欠なランタンマンガナイト多孔質体の気孔を消滅させ、ガス拡散性を喪失させる。このことは、電極性能の低下を引き起こし、長期に亘るSOFCの運転を不可能にする。また集電体として用いる場合、緻密化することにより集電体と他のセル部材間に応力が発生し、部材にひび、割れを引き起こし、最悪の場合スタック破壊に至る可能性も考えられる。
【0006】
そこで、本発明は、従来の空気極や集電体の特性を維持したまま、熱サイクル収縮現象を抑制したBサイト置換型ランタンストロンチウムマンガナイト粉体、その焼結体、およびこの焼結体を利用した固体酸化物形燃料電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
かかる目的を達成するため、本発明の請求項1にかかるBサイト置換型ランタンストロンチウムマンガナイト粉体は、ランタンLa、ストロンチウムSr、マンガンMn、及びBサイト置換可能元素M(M=Mg, Cr, Co, Ni)から成る群から選ばれた元素の一つまたは複数から成る元素混合物を主成分とし、該主成分の各々の元素が (La1-xSrx)1-yMn1-zzO3+δ (ただし、δは組成・温度などで種々変化する酸素量)であり、かつx、y、zの値が、
0<x<0.40
0≦y≦0.10
0<z≦0.10
y≦0.30−x (0<x≦0.20の領域のとき、左式が成立する)
y≦0.20−0.5x (0.20≦x<0.40の領域のとき、左式が成立する)
y>0.20−x (0<x≦0.10の領域のとき、左式が成立する)
y>0.15−0.5x (0.10≦x≦0.20の領域のとき、左式が成立する)
y>0.11−0.3x (0.20≦x≦0.30の領域のとき、左式が成立する)
y>0.08−0.2x (0.30≦x<0.40の領域のとき、左式が成立する)
であることを特徴としている。
【0008】
このランタンストロンチウムマンガナイトは、Bサイトに熱サイクル収縮現象を抑制する元素M(M=Mg, Cr, Co, Ni)から成る群から選ばれた元素の一つまたは複数から成る元素混合物を含んでいるため、酸素の吸収・放出がなくなり相変化を防ぎ、熱サイクル収縮現象を発現しない。また、Bサイトの異種元素による部分置換は触媒特性を低下させる可能性があるが、その置換量zを0<z≦0.10の僅かな量としているため、触媒特性の低下も最小限にできるのみならず、CoやNi元素の部分置換の場合、触媒特性の更なる向上、Cr元素の部分置換の場合、製造中や運転中の焼結を抑制することができ、長期に亘る電極性能の安定性が期待できる。
【0009】
また、かかる目的を達成するため、本発明の請求項2にかかるBサイト置換型ランタンストロンチウムマンガナイト粉体は、スカンジウムScやイットリウムYを含む希土類元素から成る群から選ばれた元素の一つまたは複数から成る元素混合物(以下Lnと記す)、ストロンチウムSr、マンガンMn、及びBサイト置換可能元素M(M=Mg, Cr, Co, Ni)から成る群から選ばれた元素の一つまたは複数から成る元素混合物を主成分とし、該主成分の各々の元素が (Ln1-xAEx)1-yMn1-zzO3+δ (δは組成・温度などで種々変化する酸素量)であり、かつx、y、zの値が、
0<x<0.40
0≦y≦0.10
0<z≦0.10
y≦0.30−x (0<x≦0.20の領域のとき、左式が成立する)
y≦0.20−0.5x (0.20≦x<0.40の領域のとき、左式が成立する)
y>0.20−x (0<x≦0.10の領域のとき、左式が成立する)
y>0.15−0.5x (0.10≦x≦0.20の領域のとき、左式が成立する)
y>0.11−0.3x (0.20≦x≦0.30の領域のとき、左式が成立する)
y>0.08−0.2x (0.30≦x<0.40の領域のとき、左式が成立する)
であることを特徴としている。
【0010】
このランタンストロンチウムマンガナイトはBサイトに熱サイクル収縮現象を抑制する元素M(M=Mg, Cr, Co, Ni)から成る群から選ばれた元素の一つまたは複数から成る元素混合物を含んでいるため、酸素の吸収・放出がなくなり相変化を防ぎ、熱サイクル収縮現象を発現しない。また、Bサイトの異種元素による部分置換は触媒特性を低下させる可能性があるが、その置換量zを0<z≦0.20の僅かな量としているため、触媒特性の低下も最小限にできるのみならず、CoやNi元素の部分置換の場合、触媒特性の更なる向上、Cr元素の部分置換の場合、製造中や運転中の焼結性を抑制することができ、長期に亘る電極性能の安定性が期待できる。さらに、ScやYを含む希土類元素から成る群から選ばれた元素の一つまたは複数から成る元素混合物としているため、希土類元素の中間精製物を用いることにより、性能をほとんど維持したまま、低コスト化が期待できる。
【0011】
また、請求項1または請求項2に記載のBサイト置換型ランタンストロンチウムマンガナイト粉体を焼結することによって、請求項3記載のごときBサイト置換型ランタンストロンチウムマンガナイト焼結体を形成することができる。
【0012】
さらに、請求項4記載のごとく、このBサイト置換型ランタンストロンチウムマンガナイト焼結体によって固体酸化物形燃料電池の空気極または集電体を構成することができる。
【発明の効果】
【0013】
以上の説明より明らかなように、請求項1記載のBサイト置換型ランタンストロンチウムマンガナイト粉体によると、熱サイクル収縮現象を抑制することができるという特有の効果を奏する。
【0014】
また、請求項2記載のBサイト置換型ランタンマンガナイト粉体によっても、請求項1の場合と同様、熱サイクル収縮現象を抑制することができる。
【0015】
さらに、これらBサイト置換型ランタンマンガナイト粉体から形成される請求項3の焼結体も、これらと同様、熱サイクル収縮現象を抑制することができるという特有の効果を奏することができる。
【0016】
また、請求項4記載の固体酸化物形燃料電池は、上記のBサイト置換型ランタンマンガナイト焼結体によって空気極または集電体が構成されていることから、熱サイクル収縮現象を防ぐことができる。このため、インターコネクタ(セパレータとも呼ばれる)と電解質との熱膨張係数の相違によるひびや割れの発生を防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の構成を図面に示す実施の形態に基づいて詳細に説明する。
【0018】
本発明が適用されるSOFCは、平板型と円筒型との2種類の構造に大別できる。平板型SOFCは単電池(単セル)4を積層したものであり、燃料ガスと空気とが供給されることによって発電を行う(図1参照)。一方、円筒型SOFCは、図2に示すように円筒状の多孔性基体管7の上に多孔性空気極2、緻密な固体電解質1、多孔性燃料極3、緻密なインターコネクタ6の各電池構成材料が順次積層されて1本の単電池4を構成している。そして、この単電池4の多孔性基体管7の内側に酸化剤ガスである空気を流すと同時に多孔性燃料極3の外側に燃料ガスを流すことにより発電を行う。
【0019】
例えば本実施形態におけるSOFCは平板型であり、図1に示すように固体電解質1と空気極2と燃料極3とから成る平板状の単電池4と、この単電池4を挟む平板状のスペーサ5と、重なり合う単電池4の向き合ったスペーサ5の間に介在するインターコネクタ(セパレータともいう)6とを備えている。スペーサ5はその周辺部分が空気極2または燃料極3と直接接合され、内側には空間が形成されている。空気極2側のスペーサ5の空間には、空気極2に酸化剤ガスである空気を供給するためのパイプ等が連結されている。燃料極3側のスペーサ5の空間には、燃料極3に燃料ガスである例えば水素,メタン,石炭ガス化ガス等を供給するためのパイプ等が連結されている。そして、これら酸化剤ガス及び燃料ガスを供給することにより発電が行われる。
【0020】
固体電解質1としては、安定化剤であるイットリアによって結晶構造が安定化されたイットリア安定化ジルコニアを使用している。空気極2としては、アルカリ土類金属によって熱膨張の調整と導電率の向上を図ったランタンストロンチウムマンガナイトを使用している。さらに、燃料極3としては、安定化ジルコニアで熱膨張挙動を電解質1に合わせているニッケルジルコニアサーメットを使用している。インターコネクタとしてはランタンストロンチウムクロマイトの焼結体が使用されている。空気極2および集電体8はBサイト置換型ランタンマンガナイトが用いられている。インターコネクタ6は、ランタンクロマイト (La1-xAExCrO3)を薄膜としても用いている。
【0021】
近年、燃料極3を基板とした燃料極支持形SOFCの開発も活発に行われている。このセル構造では、図3に示すように、単電池(単セル)4間にガスディフューザを兼ねたセラミックス集電体8が必要となる。集電体8の相対密度は、スタック構造により異なるが、例えば図3に示したセル構造の場合であれば60〜70%が目安となる。この集電体8は、空気極2とインターコネクタ6に接触するため、部材間の反応性の視点から空気極2あるいはインターコネクタ6と同じ材料の使用が望ましく、ランタンストロンチウムマンガナイトあるいはランタンクロマイトで製造することが考えられる。ランタンストロンチウムマンガナイトはランタンクロマイトと比較し、導電率が高く、またランタンクロマイトのクロムの廃液処理問題を考えると、ランタンストロンチウムマンガナイトが集電体8の材料として有望である。
【0022】
SOFC実用化のためには高いセル構造の信頼性の確保が不可欠であるため、セル部材間の熱膨張挙動の一致が最も重要である。上述したように、(La1-xAEx)1-yMnO3+δ (AE= Ca, Sr)は、0 ≦ x < 0.40、0 ≦ z ≦ 0.10 の組成範囲で酸素の吸収・放出を伴う相変化により収縮する熱サイクル収縮現象をもつ。
【0023】
ところで、本発明者は、本発明をなすにあたり、熱サイクル収縮現象を示すランタンストロンチウムマンガナイトに関して、(1)熱サイクル収縮挙動の連続性、(2)異なるミクロ構造が熱サイクル収縮挙動に与える影響、(3)昇降温速度の違いによる熱サイクル収縮挙動などを明らかにし、その抑制手法が、ランタンマンガナイトのBサイト置換しかなく、その中でも限られた元素しか熱サイクル収縮現象を抑制することができないことを見出している。以下では、その過程や元素の組成について実施例として詳細に説明する。
【実施例1】
【0024】
1. 実験方法
1-1. 材料合成
1-1-1. 熱サイクル収縮挙動評価用試料の合成
熱サイクル収縮挙動評価用試料として用いたLa0.8Sr0.2MnO3+δ は共沈法を用いて合成した。出発原料はLa(NO3)3 ・6H2O (純度99.99 %, Rhodia, France)、Sr(NO3)2(純度99 %,和光純薬)、Mn(NO3)2・6H2O (純度99.9 %, 和光純薬)の水溶液を用い、これらの濃度はプラズマ発光分析により確認した。これらの水溶液をLa / Sr / Mn = 0.8 / 0.2 / 1.0のモル比の割合で混合し、シュウ酸(COOH-COOH)を溶解させたエタノール(C2H5OH)中に加え、La2(C2O4)3, SrC2O4およびMn2(C2O4) 3の形で沈殿させた。 沈殿物の有機成分を取り除くため、空気中、800℃、5 hと1400℃、20 hで仮焼した。ペロブスカイト構造を有している試料のプラズマ発光分析を行い、La / Sr / Mnのモル比が出発組成と装置の分析誤差範囲で一致していること(0.78 / 0.21 / 1.00)を確認した。
【0025】
仮焼粉末をジルコニア製遊星式ボールミルによりエタノール(C2H5OH, ナカライテスク製, 収縮挙動評価用試料98 %)中において粉砕した。この粉体を直径30 mm、厚さ約5 mmのペレットに40 MPaで加圧成形した。これらの試料を昇温速度200℃/hにより空気中、1200〜1500℃の各温度で5 h焼成した。各焼成試料の相対密度を表1に示す。
【0026】
【表1】

【0027】
1-1-2. 熱サイクル収縮抑制用試料の合成
熱サイクル収縮抑制用試料として用いたLa0.6RE0.2Sr0.2MnO3+δ (RE = Pr, Sm, Gd)とLa0.8Sr0.2Mn1-xMxO3+δ (M = Mg, Al, Ti, Cr, Mn, Fe, Co, Ni)は、固相反応法により合成した。出発物質は酸化ランタン(La2O3, 高純度化学製, 純度99.9 %, 1500℃, 1 h仮焼)、炭酸ストロンチウム(SrCO3, 高純度化学製, 純度99.9 %)、酸化マンガン(Mn2O3, 高純度化学製, 純度99.9 %)、酸化クロム(Cr2O3, ナカライテスク製, 純度98.5 %)および置換元素の酸化物(高純度化学製, 純度99.9 %)を所定のモル比で秤量後、アルミナ乳鉢で混合した。1200℃、10 hで仮焼後、遊星式ボールミルによってエタノールを用い湿式混合した。乾燥後1400℃, 20 hで焼成し、この粉体を遊星式ボールミルにより、エタノール中で粉砕・混合した後、40 MPa の圧力で直径30 mm、厚さ約5 mmのペレット状に加圧成形し、1300℃, 5 h焼成した。
【0028】
1-2. 試料の評価法
合成した試料は粉末X線回折(Mac Science社 M18XHF22)装置によって分析した。理論密度はXRD測定から得られた格子定数から算出し、試料の重量と体積変化から相対密度を計算した。
【0029】
線熱膨張係数(以下、TECと略す)は示差式熱膨張計(Mac Science社製 TD-5000S)を用い、サファイアを標準試料として測定した。ランタンマンガナイトは室温付近から作動温度までの温度範囲で結晶系等が変化する。これは物質が変わることを意味し、室温から測定温度までのTECは異なる物質の平均値ということになるが、本実施例では、下記の数式1から得られた値をTECとしている。
【0030】
【数1】

ただし、a:TEC,T1:初期温度,T2:最終温度,L1:T1時の試料長さ,L2:T2時の試料長さ
【0031】
熱サイクル測定は、電気炉による測定と示差式熱膨張計の2つの手法を用いて行った。示差式熱膨張計による測定は上述に示した通りであり、電気炉による測定では、熱サイクル後、試料の体積と重量から密度を得た。両測定とも、600〜1100℃の温度範囲で行い、600℃では30分、1100℃では5分の保持時間を設定した。本実施例では、600℃〜1100℃〜600℃の昇降温工程を1サイクルとした。電気炉による測定では昇降温速度は5℃ /minとし、示差式熱膨張計による測定では1〜50℃ /minの昇降温速度で行った。
【0032】
温度による重量変化は熱重量測定装置(Mac Science製 TG-DTA-5000)を用いた。測定範囲は、室温〜1200℃、昇温速度5℃/min、標準試料としてアルミナを用いた。
【0033】
2.作用(La0.8Sr0.2MnO3+δの熱サイクル収縮特性)
2-1. 結晶構造
図4に1200℃, 5 hと1500℃, 5 hで焼成したLa0.8Sr0.2MnO3+δ のXRDパターンを示す。図4(b)のミラー指数は六方晶系のものを示している。XRDパターン中に二次成分の回折ピークが観察されないことから、これらの試料はペロブスカイト単一相であると考えられる。La0.8Sr0.2MnO3+δ では六方晶(菱面体晶)系と正方晶系に加えて、単斜晶系の結晶相が存在する。粉末XRD回折測定からランタンマンガナイトの単斜晶系と六方晶系を区別することが難しいが、(1)XRDパターンが単斜晶系のピークの強度比に近いこと、(2)六方晶系に存在する(211) 面(角度 = 51.0°付近)が観察されることから、これらの試料は、単斜晶系(空間群P2/c)と六方晶系(空間群 R-3C)の混合相であると考えられる。1200℃で焼成したLa0.8Sr0.2MnO3+δ試料の格子定数は、単斜晶系がa = 5.4780(4) Å, b = 5.5207(3) Å, c = 7.779(3) Å, b = 90.64(1)°, Z = 4、六方晶系がa = 5.5209(2) Å, c = 13.3654(9) Å, Z = 6であった。一方、1500℃で焼成した試料の格子定数は、単斜晶系がa = 5.4829(6) Å, b = 5.5326(5) Å, c = 7.776(5) Å, b = 90.71(2) °, Z = 4、六方晶系がa = 5.5319(4) Å, c = 13.368(1) Å, Z = 6 であった。焼成温度による格子定数の違いは試料中の酸素量の違いによるものと考えられる。
【0034】
2-2. 試料のミクロ構造
図5に熱サイクル測定前の各La0.8Sr0.2MnO3+δ試料(試料A, B, CおよびD) 断面の走査式電子顕微鏡(以下、SEMと略す)写真を示す。本試料は、800℃, 5 hで仮焼した粉末を1200〜1500℃, 5 hで焼結している。各試料のミクロ構造の特徴を以下にまとめる。
試料A:角ばった異なる大きさの粒子から構成されている。
試料B:多くの小さな気孔が試料内に見られ、放射状につながっている。
試料C:試料Bと比較し、気孔量が少ない。
試料D: 表面が緻密に焼結しているが、計算上試料内部に僅かなクローズドポア(10体積%)が含まれている。
【0035】
図6に熱サイクル測定前の各La0.8Sr0.2MnO3+δ試料(試料 E, F, GおよびH) 断面のSEM写真を示す。本試料は1400℃, 20 hで仮焼した粉末を1200〜1500℃, 5 hで焼結している。各試料のミクロ構造の特徴を以下にまとめる。
試料E:粒サイズは2〜5 μmであり、粒子の焼結が始まっている。
試料F:多くの小さな気孔が試料内に見られ、放射状につながっている。
試料G:大きな放射状気孔を有しているが、試料Fより気孔量が少ない。
試料H: 試料D同様、表面が緻密化しているが、試料内部に僅かなクローズドポアが見られる(気孔率11.8%)。
【0036】
2-3. 電気炉を用いて測定した熱サイクル収縮挙動
LaMnO3系酸化物の焼結は体積拡散機構によって進行することから、緻密化は焼成温度と保持時間に依存する。熱サイクル収縮測定中、試料が高温下に置かれる状況であるため、熱サイクル収縮を議論する上で、最高温度下における試料の焼結挙動と区別する必要がある。そこで、電気炉中で600, 700, 800, 900, 1000, 1100℃の各温度でLa0.8Sr0.2MnO3+δを7日間焼成した。600, 700, 800, 900, 1000℃では焼結は観察されなかったが、1100℃での焼成は、試料DとHを除いて僅かに焼結が進むことが判った。示差式膨張計で線収縮率S(数式2参照)を測定したところ、試料Eの収縮率の平均値は2.6×10-4%であり、明らかに熱サイクル収縮現象により収縮していることが判る。
【0037】
【数2】

ただし、x、y:熱サイクル数、LxとLy は熱サイクル数x、y時の試料長さ
【0038】
図7は、熱サイクル数に対する試料A, B, C, D の相対密度変化である。各試料の熱サイクル収縮挙動の特徴を以下に示す:(1)試料Aの相対密度は熱サイクル数500回程度まで一定の割合で増加し、それ以降密度増加は減少した。(2)試料BとCは、熱サイクル数1000回程度まで相対密度が直線的に増加した。(3)試料B(初期相対密度80.0 %)は試料A(初期相対密度69.5 %)の初期相対密度より高い値を示すが、熱サイクル数440回程度で試料Aの相対密度の方が高くなった。(4)初期相対密度90.3%の試料Dは熱サイクル収縮現象を示さなかった。
【0039】
図8は熱サイクル数に対する試料E, F, G, Hの相対密度変化である。各試料の熱サイクル収縮挙動の特徴を以下に示す:(1) 試料E, F, Gは熱サイクル収縮を示したが、初期相対密度88.2%の試料Hは熱サイクル収縮現象を示さなかった。(2)試料E, F, G の相対密度は熱サイクル数500回付近まで一定の割合で増加し、それ以降密度増加は減少した。(3)試料E, F, G の相対密度は熱サイクル数950回付近で、熱サイクル収縮を示さない試料Hの値を超えたが、それ以降も熱サイクル収縮現象が観察された。表1に熱サイクル数500回までの収縮率の平均値を示す。
【0040】
図9に各試料の初期相対密度と平均熱サイクル収縮率(熱サイクル数500回の平均値)の関係を示す。試料の初期相対密度が増加するに従い、熱サイクルによる収縮率は小さくなり、試料の初期相対密度と平均熱サイクル収縮率は直線関係を示すことが判った。このことは、試料密度が高くなるに従い、緻密化に高いエネルギーが必要になることを示しており、試料中の元素の拡散が関係している可能性があると推測される。図7、図8、図9の結果より、本材料においては、電極ミクロ構造をいかに制御したとしても、熱サイクル収縮現象を抑えることはできず、表面が緻密化するまで熱サイクル収縮現象が続くことが判った。
【0041】
2-4. 熱サイクル収縮の温度依存性
図10と図11に各試料のTEC温度依存性を示す。TECは各温度の±5℃で計算している。白丸(○)は昇温時、小さめの黒丸(●)は降温時の結果である。各試料とも42℃付近に大きなTEC増加ピークが観察され、このピークは単斜晶系と六方晶系の混合相から六方晶系の単一相への変化に起因していると考えられる。また、750℃以下の温度域では、昇温時と降温時で同じTECの温度依存性を示すが、750℃以上の温度域では各試料により異なった挙動を示す。 試料A(図10の(a)参照)のTECでは、昇温時には850℃付近から1000℃まで温度上昇とともに減少し、1000℃以上で再び 温度上昇とともに増加する。一般的には、温度上昇とともに結晶の欠陥の増加により、物質のTECは増加するため、La0.8Sr0.2MnO3+δのTECの減少と増加は異なった熱膨張メカニズムによるものと考えられる。
【0042】
熱サイクル収縮を示さない試料DとHのTEC温度依存性を図10の(d)と図11の(d)に示す。温度上昇とともに、これらのTEC温度依存性は単調に増加し、750℃以上の温度域の熱膨張メカニズムの変化を示す挙動は観察されなかった。試料DとHの結果は、La0.8Sr0.2MnO3+δの格子定数(室温〜1100℃)が温度の増加とともに単調に大きくなる高温X線回折測定結果と一致している。熱サイクル収縮現象を示す試料のTEC温度依存性は、約850〜1000℃近傍に減少ピークが観察される。熱サイクル収縮を示さない試料のTEC温度依存性は単調な増加傾向を示すことから、この減少が熱サイクル収縮挙動に対応していると考えられる。試料が収縮しているにも関わらずTECが正の値を示している理由は、この温度範囲では試料の伸びが熱サイクル収縮を上回り正の値を示しているからだと推測される。
【0043】
図10と図11から試料の初期密度と熱サイクル収縮挙動に2つの関係が見られる。一つは、試料密度の増加に従い、TECの減少と増加の温度がより高温側にシフトすることである。これは熱サイクル収縮温度域が高温側にシフトしていることを示唆しており、試料密度の増加に従い、酸素の放出する試料面積が減少することにより平衡状態に達する時間が長くなり、相変化の温度が高温側にシフトしていると推測される。もう一つは、試料の初期密度の増加に従い、TECの減少率が小さくなる傾向をもつことである。このことは、図9の結果と一致している。また、図10と図11で昇・降温工程の結果を比較した場合も2つのTEC温度依存性の傾向が見られる。一つは、降温工程ではTECの減少・増加挙動が、昇温過程と類似していることである。この結果は、昇温工程と降温工程が同じ熱膨張メカニズムであることを意味しており、試料の熱サイクル収縮挙動は昇・降温工程で起こっていることが考えられる。もう一つは、降温工程におけるTECの減少・増加は昇温工程と比較し、低温側にシフトしている。
【0044】
2-5. La0.8Sr0.2MnO3+δの酸素の放出・吸収挙動
図12に空気中におけるLa0.8Sr0.2MnO3+δ粉末の熱重量測定の結果を示す。破線は昇温時では200℃を、降温時では1200℃における試料の重量を示す。昇温工程では、重量減少は約740℃から始まり1200℃まで続き、降温工程では、770℃まで酸素の吸収が単調に続くことが判る。図12の結果から昇温工程と降温工程間で、(1)重量変化の温度に差がある、(2)重量変化量が異なることが判る。酸素の吸収速度は放出速度と比較して遅いため、試料中の酸素量に合わせて変化する結晶系がより低温で起こることになる。このことが、図10と図11で見られる降温工程におけるTECの減少・増加が昇温工程と比較し、低温側にシフトしている要因となっている。酸素放出が740〜1200℃まで続いているにもかかわらず、この間TEC温度依存性は増加・減少の2つの挙動を示すことが判った。ランタンマンガナイトの熱サイクル収縮は、酸素の放出・吸収のみではなく、酸素の放出・吸収によって起こる相変化に関係していることが判る。
【0045】
2-6.熱サイクル収縮による試料の状態変化
図13に熱サイクル収縮現象が観察されなかった試料Hの熱サイクル試験前・後のミクロ構造変化を示す。粒界を観察しやすくするため、研磨した後、1400℃, 1 hで熱処理した試料を用いている。本試料は計算上12%程度の気孔を含んでおり、図13中で(a)として示すように、熱サイクル試験前は表面にも気孔が観察される。しかしながら、図13中で(b)として示すように、熱サイクル収縮現象により、この気孔は158回の熱サイクル後にかなり消失したことが判る。本試料の密度は、熱サイクル1000回後でも変化しなかったので、試料中には閉気孔が残っていると考えられる。また、熱サイクル試験前後で試料の粒界を比較すると、試験前の試料で観察されている20〜30μm程度の粒が消失し、50μm程度の粒が増加していることが判る。これらのことから、試料表面では温度変化による酸素の放出・吸収現象による熱サイクル収縮が起こりやすく、表面近傍では開気孔の消失や粒成長が起こりやすいと考えられる。一方、試料の開気孔が熱サイクル収縮により消滅すると、試料内部の気孔は閉気孔として試料中に取り残されることになり外部に拡散することができないため、試料は収縮できない。試料DとHが熱サイクル収縮を観察できなかった理由は、(1) 開気孔は消滅するが影響が小さいため試料寸法を変化させるまでに至らず計測できなかった、(2) 開気孔が消滅し、試料中に閉気孔が形成したと考えられる。これらのことから、熱サイクル収縮現象は、表面の緻密化を促進し、電極反応を著しく阻害することが明らかになり、SOFC用空気極2の大きな技術課題であることが判る。
【0046】
2-7.異なった昇降温速度による熱サイクル収縮挙動
昇降温速度は、SOFCスタック運転に関して極めて重要である。ランタンマンガナイトは酸素の放出と吸収の速度が異なるため、熱サイクル収縮現象にも大きく影響すると考えられる。熱サイクル試験による平均収縮率(5回)の昇降温速度依存性を図14に示す。本実施例では、相対密度56 %の試料を用い、各昇降温速度における測定毎に試料を取り替えている。昇降温速度の増加に従い、熱サイクル収縮率は減少することが判った。
【0047】
図15と図16に各昇降温速度で行った熱サイクル収縮試験のTEC温度依存性を示す。図15中の(a)に見られるように、昇降温速度が1℃/分のとき、試料のTECは850〜1000℃付近で減少し、1000℃以上の温度域で再び増加した。ただし、図15中の(b)と図15中の(c)においては温度上昇とともにTEC減少が見られるものの、再びTECが増加する挙動は観察されなかった。これらの結果は、2℃/分と5℃/分の昇降温速度では1000℃以上の温度域で相変化が続いていることを示唆している。一方、図16に見られるように、10℃/分以上の昇降温速度では、900℃以上の温度域において一定のTEC値を示した。このことは、10℃/分以上の昇降温速度は5℃/分以下の値と比較し、熱サイクル収縮率が小さくなることを意味している。加えて、10℃/分以上昇降温速度に関しては、600℃付近の温度域で昇温時と降温時のTECの差が観察された。酸素吸収速度が遅いために、ランタンマンガナイトは高温相が室温まで準安定相として存在できる。このことから、600℃付近の温度で高温相がアニールされることにより、試料が酸素を吸収し、格子が膨張することに対応していると考えられる。SOFCの昇降温速度は遅い方が急激な熱応力の発生を避けることができ、できる限り遅い昇降温速度、例えば、2℃/分以下にすることが要求される。図15と図16の結果より、熱サイクル収縮現象が実用上避けられない大きな課題であることが判る。
【0048】
3. 異種元素置換が熱サイクル収縮現象に与える影響
3-1. Aサイト置換が熱サイクル収縮現象に与える影響
ランタンマンガナイトの熱サイクル収縮現象を抑制する手法の一つとして、酸素の吸収・放出を抑制し、相変化を無くすことが考えられる。LnMnO3+δ (Ln:希土類元素)の酸素不定性は、原子番号(イオン半径)の増加(または減少)とともに減少するため、Laイオンの不定比性は最も高く、δ=0.18程度とされている。このことから、LaMnO3+δ中のLaの一部を他の希土類元素に置換することにより、酸素の不定比性を減少できると考えられる。
【0049】
図17にLa0.6Sr0.2RE0.2MnO3+δ(RE=Pr, Sm, Gd、相対密度70〜80%)のTEC温度依存性を示す。これらの試料は全て熱サイクル収縮現象を示した。La0.6Sr0.2Pr0.2MnO3+δ (図17の(a)参照)では、100℃付近からTECの減少ピークが見られ、約250〜900℃まで一定の割合でTECが増加することが判る。900〜1000℃間でTEC 減少ピークが再び観察され、この減少ピークが熱サイクル収縮現象に対応すると考えられる。La0.6Sr0.2Sm0.2MnO3+δ (図17の(b)参照)とLa0.6Sr0.2Gd0.2MnO3+δ (図17の(c)参照)では、低温域ではTEC減少ピークが観察されなかったが、同様に850〜1000℃付近でTEC減少ピークが観察され、これらのピークが熱サイクル収縮現象に対応すると考えられる。これらの結果から、Laの一部を他の希土類元素に置換しても熱サイクル収縮現象の抑制には効果がないと考えられる。図18にLa1-xGdxMnO3+δ (x=0, 0.1, 0.2, 0.3)のXRDパターンを示す。LnMnO3+δの希土類元素のイオン半径の減少に従い、六方晶系から斜方晶系に変化していくことは既に判っている。そのため、Gd元素を部分置換していくと図中(a)で示している六方晶系の回折パターンから図中(b)〜(d)のようにピークが分裂し、斜方晶系に変化していく様子が判る。
【0050】
図19にLa1-xGdxMnO3+δの熱膨張曲線、図20にTEC温度依存性を示す。イオン半径の小さい希土類元素置換量の増加に伴い熱膨張挙動に影響を与え、低温域(室温〜500℃付近)では温度上昇とともに収縮するという現象が観察される。この現象は熱サイクル収縮現象とは異なり、温度上昇に伴い結晶の対称性が徐々に高くなることに起因しており、試料長さは回復する。しかしながら、SOFCセル部材は温度上昇と共に膨張するため、温度上昇とともに起こる体積減少は応力発生の原因になる。Aサイトの希土類元素置換は50〜1000℃間のTECを減少させる効果があるが、熱サイクル収縮現象の抑制には効果がなく、その置換種・量により体積減少を引き起こすことが判った。これらの結果から、Aサイト置換では熱サイクル収縮現象を抑制する効果はないことが判る。
【0051】
3-2. Bサイト置換による熱サイクル収縮の抑制
酸素の吸収・放出を抑制し、相変化を無くす手法に、他の遷移金属元素のBサイト置換(La0.8Sr0.2Mn1-xMxO3+δ)も考えられる。本実施例では、置換種(M)としてMg, Al, Ti, Cr, Fe, Co, Niを選択し、置換量(x) 0.02, 0.05, 0.10の場合について熱サイクル収縮現象の抑制を検討した。
【0052】
相変化時に起こる結晶系を防ぐため、安定な結晶系を判別する指標として、ぺロブスカイト(ABO3)構造の場合、数式3に示すトレランスファクター(t)を用いることができる。
【0053】
【数3】

rA, rBおよびrO はぺロブスカイト中の A3+, B3+およびO2-イオンのイオン半径である。このファクターはぺロブスカイトの幾何学的な構造から導かれたものであり、t が1に近づくほど対称性は高くなり立方晶系に近づくが、対称性が変化するしきい値は物質ごとにより異なっている。図21に計算結果を示す。破線がLa0.8Sr0.2MnO3+δのトレランスファクターであり、破線より上の置換元素が結晶の対象性の向上に効果があると考えられる。
【0054】
図22にLa0.8Sr0.2Mn1-xMxO3+δ(M = Al, Ti, Fe)の熱サイクル特性を示す。これらの置換元素は熱サイクル収縮現象の抑制に効果がないことが判る。これらの元素は置換量x=0.02, 0.05の場合も同様な結果が得られている。図23にLa0.8Sr0.2Mn0.9M0.1O3+δ(M = Al, Ti, Fe)の熱重量測定の結果をLa0.8Sr0.2MnO3+δの結果と併せて示す。●はLa0.8Sr0.2MnO3+δの熱重量測定の結果である。これらの試料は約800℃以上の温度域で重量変化を示すことが判る。特に、La0.8Sr0.2Mn0.9Ti0.1O3+δの重量変化は大きく、置換した試料の中で最も大きい熱サイクル収縮現象を示すことに対応していることが判った。
【0055】
図24にLa0.8Sr0.2Mn1-xCrxO3+δ、図25にLa0.8Sr0.2Mn1-xCoxO3+δ、図26にLa0.8Sr0.2Mn1-xNixO3+δの熱サイクル収縮特性を示す。これらの置換元素に関しては、置換量の増加に伴い、試料の収縮が小さくなっていることから、熱サイクル収縮現象の抑制に効果があると考えられる。各元素の置換量と熱サイクル収縮率を図27に示す。特に、Ni置換が熱サイクル収縮を抑制できる元素であることが判った。図28にLa0.8Sr0.2Mn1-xNixO3+δの熱重量測定の結果をLa0.8Sr0.2MnO3+δの結果と併せて示す。●はLa0.8Sr0.2MnO3+δの熱重量測定の結果である。Ni置換量とともに酸素放出現象が少なくなることが判る。これらの結果から、結晶の対称性の向上よりも酸素放出現象の抑制が熱サイクル収縮現象の抑制に効果があることが判った。
【0056】
なお、AサイトにScやYを含む希土類元素から成る群から選ばれた元素の一つまたは複数から成る元素混合物(Ln)を用いても純粋なLaを用いたランタンマンガナイトとほぼ同等な電極性能が得られることは、既知の事項である。
【0057】
Bサイト置換は熱サイクル収縮現象を抑制する手法として有効であるが、その量の増加とともに他の特性(例えば、電解質1との反応性や触媒活性等)が著しく変化する可能性が高い。そのため、Bサイト置換量は最低限にする必要がある。
【0058】
図29にLaMn0.8Ni0.2O3+δの熱サイクル収縮特性、図30にLaMn0.8Ni0.2O3+δのTEC温度依存性を示す。図29から試料長さが熱サイクルとともに縮むことが明らかであり、熱サイクル収縮現象を抑制するために最も効果の高いNi元素を20モル%置換しても、熱サイクル収縮現象は抑制できないことが判る。図30からは、900℃付近からTEC値が減少し、熱サイクル収縮現象があることが判る。図31にLaMn0.7Ni0.3O3+δの熱サイクル収縮特性、図32にLaMn0.7Ni0.3O3+δのTEC温度依存性を示す。30モル%置換したLaMn0.7Ni0.3O3+δは、図31から試料長さが縮まないことが明らかであり、図32にも熱サイクル収縮現象に相当するTEC値の現象が観察されず、熱サイクル収縮現象を示さないことが判る。
【0059】
図33にLa0.9Sr0.1Mn0.9Ni0.1O3+δの熱サイクル収縮特性、図34にLa0.9Sr0.1Mn0.9Ni0.1O3+δのTEC温度依存性を示す。図33から試料長さが熱サイクルとともに縮むことが明らかであり、熱サイクル収縮現象を抑制するために最も効果の高いNi元素を20モル%置換しても、熱サイクル収縮現象は抑制できないことが判る。図34からは、900℃付近からTEC値が減少し、熱サイクル収縮現象があることが判る。図35にLa0.9Sr0.1Mn0.8Ni0.2O3+δの熱サイクル収縮特性、図36にLa0.9Sr0.1Mn0.8Ni0.2O3+δのTEC温度依存性を示す。10モル%Sr置換したLa0.9Sr0.1Mn0.8Ni0.2O3+δは、図35から試料長さが縮まないことが明らかであり、図36にも熱サイクル収縮現象に相当するTEC値の現象が観察されず、熱サイクル収縮現象を示さないことが判る。図37にLa0.7Sr0.3Mn0.95Ni0.05O3+δの熱サイクル収縮特性、図36にLa0.9Sr0.1Mn0.95Ni0.05O3+δのTEC温度依存性を示す。30モル%Sr置換したLa0.7Sr0.3Mn0.95Ni0.05O3+δは、図37から試料長さが縮まないことが明らかであり、図38にも熱サイクル収縮現象に相当するTEC値の現象が観察されず、熱サイクル収縮現象を示さないことが判る。図39にBサイト置換ランタンストロンチウムマンガナイトの他の特性の影響が少なく、熱サイクル収縮特性を発現しない組成領域をまとめる。斜線で示されている領域が熱サイクル収縮現象を示さない組成領域となる。図40にLa1-xSrxMnO3+δの緻密焼結体の熱膨張係数(TEC)のSr置換量依存性を示す。破線はジルコニア電解質の熱膨張係数を示す。この値から±0.3×10-6/℃の領域がジルコニア電解質と熱応力が少ない領域とされ、好ましいSr置換量組成と考えられる。なお、図40においてこの好ましい領域(±0.3×10-6/℃)℃とする観点からすると、好ましいストロンチウム組成範囲は、0.05≦x≦0.15 であると推定される。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】固体電解質型燃料電池の平板型の実施形態を示す分解斜視図である。
【図2】固体電解質型燃料電池の円筒型の一実施形態を示す斜視図である。
【図3】燃料極支持形SOFCの概念図である。
【図4】La0.8Sr0.2MnO3+δ試料のX線回折パターンで、図中の(a)は1200℃, 5 h焼成後、 (b)は1500℃, 5 h焼成後を示す。
【図5】熱サイクル測定前におけるA〜Dの各種La0.8Sr0.2MnO3+δ試料(用いた試料粉末は800℃、5h仮焼したもの)のミクロ構造のSEM写真である。
【図6】熱サイクル測定前におけるE〜Hの各種La0.8Sr0.2MnO3+δ試料(用いた試料粉末は1400℃、20h仮焼したもの)のミクロ構造のSEM写真である。
【図7】熱サイクル数に対する試料A,B,C,Dの相対密度変化を示すグラフである。
【図8】熱サイクル数に対する試料E,F,G,Hの相対密度変化を示すグラフである。
【図9】試料の初期相対密度と熱サイクルによる相対密度増加率の関係(熱サイクル数500回の平均値) を示すグラフ(図中に示してあるサイズは試料中の平均粒径)である。
【図10】試料A,B,C,DのTEC温度依存性を示すグラフ((a)は試料A、(b)は試料B、(c)は試料C、(d)は試料D)である。
【図11】試料E,F,G,HのTEC温度依存性を示すグラフ((a)は試料E、(b)は試料F、(c)は試料G、(d)は試料H)である。
【図12】La0.8Sr0.2MnO3+δの熱重量変化を示すグラフ((a)は昇温時、(b)は降温時)である。
【図13】熱サイクル試験前・後のLa0.8Sr0.2MnO3+δ (試料H) のSEM写真((a)は熱サイクル試験前、(b)は熱サイクル158回試験後)である。
【図14】試料(相対密度56%)の線収縮率の昇降温速度依存性を示すグラフである。
【図15】試料(相対密度56%)のTECの昇降温速度依存性(1〜5℃/分)を示すグラフ((a)は1℃/分、(b)は2℃/分、(c)は5℃/分)である。
【図16】試料(相対密度56%)のTECの昇降温速度依存性(10〜50/分) を示すグラフ((a)は10℃/分、(b)は20℃/分、(c)は50℃/分)である。
【図17】La0.6Sr0.2RE0.2MnO3+δのTEC温度依存性(RE=Pr, Sm,Gd)を示すグラフ((a)はRE=Pr、(b)はRE=Sm、(c)はRE=Gd)である。
【図18】1400℃, 20時間焼成後のLa1-xGdxMnO3+δのXRDパターン((a)はx=0、(b)はx=0.10、(c)はx=0.20、(d)はx=0.30)を示すグラフである。
【図19】La1-xGdxMnO3+δの膨張特性を示すグラフである。
【図20】La1-xGdxMnO3+δのTEC温度依存性を示すグラフである。
【図21】La0.8Sr0.2Mn0.9M0.1O3+δのトレランスファクターのBイオン(図中に示したAl3+、Ni3+、Co3+、Cr3+、Fe3+、Mn3+/4+、Ti4+のこと)のイオン半径依存性を示すグラフ(図中の「低」は低スピン、「高」は高スピンを表す)である。
【図22】La0.8Sr0.2Mn0.9M0.1O3+δ (M=Al,Ti,Fe)の熱サイクル特性を示すグラフ((a)はM=Al、(b)はM=Ti、(c)はM=Fe)である。
【図23】La0.8Sr0.2Mn0.9M0.1O3+δ (M=Al,Ti,Fe)の熱重量測定結果を示すグラフ((a)はM=Al、(b)はM=Ti、(c)はM=Fe)である。
【図24】La0.8Sr0.2Mn1-xCrxO3+δの熱サイクル特性を示すグラフ((a)はx=0.02、(b)はx=0.05、(c)はx=0.10)である。
【図25】La0.8Sr0.2Mn1-xCoxO3+δの熱サイクル特性を示すグラフ((a)はx=0.02、(b)はx=0.05、(c)はx=0.10)である。
【図26】La0.8Sr0.2Mn1-xNixO3+δの熱サイクル特性を示すグラフ((a)はx=0.02、(b)はx=0.05、(c)はx=0.10)である。
【図27】La0.8Sr0.2Mn0.9M0.1O3+δ (M=Mg,Cr,Co,Ni)の熱サイクル収縮率を示すグラフである。
【図28】La0.8Sr0.2Mn1-xNixO3+δの熱重量測定結果を示すグラフ((a)はx=0.02、(b)はx=0.05、(c)はx=0.10)である。
【図29】LaMn0.8Ni0.2O3+δの熱サイクル特性を示すグラフである。
【図30】LaMn0.8Ni0.2O3+δのTEC温度依存性を示すグラフである。
【図31】LaMn0.7Ni0.3O3+δの熱サイクル特性を示すグラフである。
【図32】LaMn0.7Ni0.3O3+δのTEC温度依存性を示すグラフである。
【図33】La0.9Sr0.1Mn0.9Ni0.1O3+δの熱サイクル特性を示すグラフである。
【図34】La0.9Sr0.1Mn0.9Ni0.1O3+δのTEC温度依存性を示すグラフである。
【図35】La0.9Sr0.1Mn0.8Ni0.2O3+δの熱サイクル特性を示すグラフである。
【図36】La0.9Sr0.1Mn0.8Ni0.2O3+δのTEC温度依存性を示すグラフである。
【図37】La0.7Sr0.3Mn0.95Ni0.05O3+δの熱サイクル特性を示すグラフである。
【図38】La0.7Sr0.3Mn0.95Ni0.05O3+δの熱サイクル特性を示すグラフである。
【図39】Bサイト置換ランタンストロンチウムマンガナイトの他の特性の影響が少なく、熱サイクル収縮特性を発現しない組成領域を示すグラフである。
【図40】La1-xSrxMnO3+δの緻密焼結体の熱膨張係数(TEC)のSr置換量依存性を示すグラフである。
【符号の説明】
【0061】
2 空気極
8 集電体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ランタンLa、ストロンチウムSr、マンガンMn、及びBサイト置換可能元素M(M=Mg, Cr, Co, Ni)から成る群から選ばれた元素の一つまたは複数から成る元素混合物を主成分とし、該主成分の各々の元素が (La1-xSrx)1-yMn1-zzO3+δ (ただし、δは組成・温度などで種々変化する酸素量)であり、かつx、y、zの値が、
0<x<0.40
0≦y≦0.10
0<z≦0.10
y≦0.30−x (0<x≦0.20の領域のとき、左式が成立する)
y≦0.20−0.5x (0.20≦x<0.40の領域のとき、左式が成立する)
y>0.20−x (0<x≦0.10の領域のとき、左式が成立する)
y>0.15−0.5x (0.10≦x≦0.20の領域のとき、左式が成立する)
y>0.11−0.3x (0.20≦x≦0.30の領域のとき、左式が成立する)
y>0.08−0.2x (0.30≦x<0.40の領域のとき、左式が成立する)
であることを特徴とするBサイト置換型ランタンストロンチウムマンガナイト粉体。
【請求項2】
スカンジウムScやイットリウムYを含む希土類元素から成る群から選ばれた元素の一つまたは複数から成る元素混合物(以下Lnと記す)、ストロンチウムSr、マンガンMn、及びBサイト置換可能元素M(M=Mg, Cr, Co, Ni)から成る群から選ばれた元素の一つまたは複数から成る元素混合物を主成分とし、該主成分の各々の元素が (Ln1-xSrx)1-yMn1-zzO3+δ (δは組成・温度などで種々変化する酸素量)であり、かつx、y、zの値が、
0<x<0.40
0≦y≦0.10
0<z≦0.10
y≦0.30−x (0<x≦0.20の領域のとき、左式が成立する)
y≦0.20−0.5x (0.20≦x<0.40の領域のとき、左式が成立する)
y>0.20−x (0<x≦0.10の領域のとき、左式が成立する)
y>0.15−0.5x (0.10≦x≦0.20の領域のとき、左式が成立する)
y>0.11−0.3x (0.20≦x≦0.30の領域のとき、左式が成立する)
y>0.08−0.2x (0.30≦x<0.40の領域のとき、左式が成立する)
であることを特徴とするBサイト置換型ランタンストロンチウムマンガナイト粉体。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載のBサイト置換型ランタンストロンチウムマンガナイト粉体を焼結して形成することを特徴とするBサイト置換型ランタンストロンチウムマンガナイト焼結体。
【請求項4】
請求項3記載のBサイト置換型ランタンストロンチウムマンガナイト焼結体によって空気極または集電体が構成されていることを特徴とする固体酸化物形燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【図31】
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【図32】
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【図33】
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【図34】
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【図35】
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【図36】
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【図37】
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【図38】
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【図39】
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【図40】
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【公開番号】特開2006−1813(P2006−1813A)
【公開日】平成18年1月5日(2006.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−181491(P2004−181491)
【出願日】平成16年6月18日(2004.6.18)
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】