説明

B型肝炎ウイルスのジェノタイプCのサブタイプの識別方法及びそのためのキット

【課題】 B型肝炎ウイルスのジェノタイプCについて、極東アジア型か東南アジア型かを簡便に識別する方法及びそれに用いられるキットを提供すること。
【解決手段】 ジェノタイプCに属するB型肝炎ウイルスが東南アジア型か極東アジア型かを調べる方法は、B型肝炎ウイルスゲノムDNA中の166nt、312nt、400nt、1041nt、1044nt、1047nt、1050nt、1053nt、1155nt、1721nt、2065nt、2158nt、2559nt、2561nt、2633nt、2958nt及び3008ntから成る群より選ばれる少なくとも1つの部位における一塩基多型に基づいて判定を行なう。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジェノタイプCに属するB型肝炎ウイルスが東南アジア型か極東アジア型かを調べる方法及びそのためのキットに関する。
【背景技術】
【0002】
B型肝炎ウイルス(HBV)は、系統解析によりA型からH型までの8つの遺伝子型(ジェノタイプ(genotype))に分類されている。しかも、こうしたジェノタイプには地域特異性が存在し、Genotype Aは欧米型(HBV/Ae)とアフリカ型(HBV/Aa)に分類され、ジェノタイプBもアジア型(HBV/Ba)、日本型(HBV/Bj)に亜型(subtype)分類されている。一方、日本に広く分布するHBVのジェノタイプC(以下、「HBV/C」のように記載することがある)にもサブタイプが存在することが最近報告された(非特許文献1及び2)。
【0003】
【非特許文献1】Huy TT, Ushijima H, Quang VX, et al. Genotype C of hepatitis B virus can be classified into at least two subgroups. J Gen Virol 2004;85:283-92.
【非特許文献2】Chan HL, Tsui SK, Tse CH, et al. Epidemiological and virological characteristics of 2 subgroups of hepatitis B virus genotype C. J Infect Dis 2005;191:2022-32.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本願発明者らは、独自に多数の公知のHBV/CのゲノムDNA配列及び本願発明者らが得た検体について独自に調べたHBV/CのゲノムDNA配列について系統解析を行なったところ、日本及び韓国で分離された株(極東アジア型)と、ベトナム、タイ、ミャンマー、中国及び香港で分離された株(東南アジア型)に明瞭に区別された。したがって、これらのサブタイプを識別することは、HBV/Cの由来の特定に有用であり、すなわち、感染経路の解明に有用である。さらに、後述のように、極東アジア型と東南アジア型では、ウイルスの複製能力に差異がある場合がかなりの頻度で生じていると考えられ、これらのサブタイプでは臨床的な症状が異なる場合が少なくないと考えられる。したがって、これらのサブタイプを簡便に識別することは、各サブタイプの臨床的症状を研究し、ひいては各サブタイプについての有効な治療法等を開発するために有用であると考えられる。
【0005】
したがって、本発明の目的は、HBV/Cについて、極東アジア型か東南アジア型かを簡便に識別する方法及びそれに用いられるキットを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願発明者らは、系統解析に用いた多数のHBV/CのゲノムDNA配列を丹念に比較した結果、極東アジア型と東南アジア型の識別に有用な17種類の一塩基多型(SNP)を見出し、これらを用いて極東アジア型と東南アジア型の識別が可能であることに想到し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、B型肝炎ウイルスゲノムDNA中の166nt、312nt、400nt、1041nt、1044nt、1047nt、1050nt、1053nt、1155nt、1721nt、2065nt、2158nt、2559nt、2561nt、2633nt、2958nt及び3008ntから成る群より選ばれる少なくとも1つの部位における一塩基多型に基づいて、ジェノタイプCに属するB型肝炎ウイルスが東南アジア型か極東アジア型かを調べる方法を提供する。また、本発明は、上記本発明の方法をPCR-RFLPにより行なうためのプライマーセット及び制限酵素を含むキットを提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、HBV/Cが極東アジア型か東南アジア型かを簡便に識別する方法及びそのためのキットが初めて提供された。本発明の方法によれば、HBV/Cが極東アジア型か東南アジア型かを簡便に識別することができるので、HBV/Cの感染経路の解明や、HBV/Cのサブタイプによる臨床症状等の相違の研究や各サブタイプに最適な治療方法の研究等に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
下記実施例において詳述するように、本願発明者らは、データベースに登録されている極東アジア(日本又は韓国)で分離された34株と東南アジア(ベトナム、タイ、ミャンマー、中国又は香港)で分離された137株の合計171株のHBV/CのゲノムDNAについて系統解析を行った。なお、これらの株は、それぞれが分離された国も公知である。系統解析は、中央点ルーティング(mid-point rooting)オプションを用いた近隣結合法(neighbor-joining method)により行った。中央点ルーティングオプションを用いた近隣結合法自体はこの分野において周知であり、文献(Saitou N, Nei M. The neighbor-joining method: a new method for reconstructing phylogenetic trees. Mol Biol Evol 1987;4:406-425.)に記載されており、すでに公開されているHepatitis Virus Database(http://s2as02.genes.nig.ac.jp/)を用いて容易に行うことができる。
【0010】
その結果、HBV/Cは、各株が分離された国により明瞭に2つのサブタイプに分離された。さらに本願発明者らが新たに取得した11株のゲノムDNA配列を決定し、それを加えて系統解析を行ったところ、やはり、2つのサブタイプに明瞭に分離された。極東アジアで分離された株を極東アジア型、東南アジアで分離された株を東南アジア型と呼ぶ。
【0011】
系統解析に用いた多数のHBV/CのゲノムDNA配列を丹念に比較した結果、極東アジア型と東南アジア型の識別に有用な17種類のSNPsを見出した。これらのSNPsを下記表1に示す。
【0012】
【表1】

【0013】
極東アジア型と東南アジア型は、これらのSNPsに基づいて識別することができる。なお、表1に示す「塩基番号」は、HBV/CのゲノムDNAの5'末端から数えて何番目の塩基であるかを示すものである。本明細書及び特許請求の範囲において、例えば5'末端から166番目の塩基を「166nt」又は「nt166」のように表記することがある。なお、本明細書及び特許請求の範囲に記載されている塩基番号の基準となるHBV/CのゲノムDNA配列は、GenBank Accession No. AB042282の塩基配列とする。GenBank Accession No. AB042282の塩基配列を配列表の配列番号1に示す。なお、配列番号1に示すGenBank Accession No. AB042282は、HBV/Cの極東アジア型に分類されるものであり、上記した系統解析に用いたものの1つである。
【0014】
表1中、「unmatched」の欄は、各SNPによる識別では、その型に入らなかった株の数を示す。例えば、166ntのSNPでは、極東アジア型の45株のうち、166ntがcでなかった株は0株であり、一方、東南アジア型の137株のうち166ntがaでなかった株は1株であることを示す。
【0015】
型判別は、表1に示す17種類のSNPsの少なくとも1種のSNPに基づいて行うことができる。型判別は、単一のSNPに基づいて行った場合でも、実用上許容できる正確さで行うことができるが、表1に示すように、両方の型ともunmatchedが0株であるSNPは存在しない。したがって、好ましくは、17種類のSNPsのうち複数のSNPsに基づいて型判別を行なうことが好ましい。それにより誤判定が起きる確率を無視できる程度にまで低減することができる。
【0016】
SNPsは、例えば、調査対象とするSNPを含む領域をPCR等の核酸増幅法により増幅し、増幅断片の配列を決定する(ダイレクトシーケンシング)により行うことができる。この場合、表1に示すSNP No. 4〜9のSNPsは、115bpの領域中に6個ものSNPsが含まれるので、この領域を含む核酸断片を増幅し、SNP No. 4〜9のSNPsを調査することにより効率的にかつ高精度に型判別を行うことができる。なお、PCR等の核酸増幅法自体は周知であり、そのためのキットも市販されているので容易に実施することができる。
【0017】
本願発明者らは、このようなダイレクトシーケンシングよりも簡便な方法により正確に型判別する方法を見出した。すなわち、表1に示すSNP No. 4〜9のSNPsを制限断片長多型(restriction fragment length polymorphism、RFLP)法により調べる方法を見出した。
以下、これについてさらに詳細に説明する。
【0018】
図1に、東南アジア型及び極東アジア型から選んだ代表的な各8種類のHBV/CのゲノムDNAの配列の、991ntから1170ntの塩基配列を並べて示す。制限酵素BstEIIは、ggtnaccの7塩基の領域を認識してそのgとgの間を切断する制限酵素である。一方、図1に示すように、東南アジア型の1039nt〜1045ntは基本的にggttaccであるから、東南アジア型のほとんどのものはBstEIIにより切断される。一方、極東アジア型では、1039nt〜1045ntの領域内に含まれる、1041ntが基本的にcであり、また、1044ntが基本的にtである。したがって、極東アジア型は、BstEIIでは切断されない。
【0019】
また、制限酵素AseIは、attaatの6塩基領域を認識してtとtの間を切断する制限酵素である。一方、図1に示すように、東南アジア型の1050nt〜1055ntは基本的にattaatであるからAseIにより切断される。一方、極東アジア型では、1050nt〜1055ntの領域内に含まれる、1050ntが基本的にcであり、また、1053ntが基本的にg又はaである。したがって、極東アジア型は、AseIでは切断されない。
【0020】
さらに、制限酵素NciIは、ccsggの5塩基領域を認識してcとsの間を切断する制限酵素である。一方、図1に示すように、東南アジア型の1154nt〜1158ntはctcggであるからNciIにより切断されない。一方、極東アジア型では、1154nt〜1158ntの領域内に含まれる、1155ntがcであるから極東アジア型は、ほとんどの場合NciIで切断される(極東アジア型で1053ntがgのものがあるので、極東アジア型でも切断されないものもある)。
【0021】
また、図1には示していないが、制限酵素BseYIはcccagcの6塩基領域を認識して1番目のcと2番目のcの間を切断する制限酵素である。一方、図1に示すように、東南アジア型の1044nt〜1049ntはcccagcであるからBseYIにより切断される。一方、極東アジア型では、1044nt〜1049ntの領域内に含まれる1044ntがtであるからBseYIで切断されない。
【0022】
このように、1039ntから1158ntの120bpの領域内には、4種類のRFLPが存在する。これらの4種類のRFLPを利用して、簡便かつ正確に型判別を行うことができる。検査が正しく行われていることを同時に確認するためには、東南アジア型で基本的に切断が起き、極東アジア型では基本的に切断が起きないRFLPと、逆に東南アジア型で基本的に切断が起きず、極東アジア型では基本的に切断が起きるRFLPとを組み合わせて型判別を行うことが好ましい。したがって、(1) 1041nt及び1044ntにおけるSNPs、(2)1047 ntにおけるSNP又は (3) 1050nt及び1053ntにおけるSNPsと、(4)1155ntにおけるSNPに基づいて型判別を行なうことが好ましい。上記の通り、BstEIIによりゲノムDNA断片の切断が生じるか否かにより上記(1)のSNPsを調べることができ、BseYIによりゲノムDNA断片の切断が生じるか否かにより上記(2)のSNPを調べることができ、AseIによりゲノムDNA断片の切断が生じるか否かにより上記(3)のSNPsを調べることができ、NciIによりゲノムDNA断片の切断が生じるか否かにより上記(4)のSNPを調べることができる。したがって、BstEII、BseYI又はAseIを用いるRFLPと、NciIを用いるRFLPとを組み合わせてRFLPを行うことが好ましい。なお、上記表1中にも、これらの各SNPの検出に用いられる制限酵素と、それにより切断が起きるサブタイプが記載されている。BstEII、BseYI及びAseIは、これらのうちいずれか1つを用いればよいが、より正確さを高めるためには、試料を分割してこれらの2又は3種類の制限酵素のそれぞれとNciIの組合せによりRFLPを行うことが好ましい。なお、上記の説明から明らかなように、BstEII、BseYI又はAseIによる消化で切断が起き、NciIで切断が起きない場合には東南アジア型、逆にBstEII、BseYI又はAseIによる消化で切断が起きず、NciIで切断が起きる場合には極東アジア型であると判定される。どちらの制限酵素でも切断が起きない場合(例えば図1中のD50520)はほとんどないが、その場合にはそのDNA断片についてダイレクトシーケンシングを行って型判別を行うことができる。
【0023】
RFLPは、感度を高めるために、先に上記6種類のSNPsを含む領域をPCR等の核酸増幅法により増幅し、増幅断片について上記したRFLPを行うことが好ましい(PCR-RFLP)。この場合、増幅する断片は、1039ntから1158ntの120bpの領域を含んでいればよいが、切断断片の検出が容易になるように、1039ntよりも10nt以上、好ましくは30nt以上上流から、1158ntよりも10nt以上、好ましくは30nt以上下流の領域を増幅することが好ましい。なお、増幅断片のサイズの上限は特にないが、あまりに大きな断片を増幅すると時間とコストの無駄であり、その意味もないので通常、増幅断片の大きさは500bp以下、好ましくは350bp以下である。
【0024】
PCR-RFLPの手法自体は周知であり、上記PCR-RFLPも周知の手法に基づいて行うことができる。すなわち、先ず、HBV/CのゲノムDNAを鋳型として、1039ntから1158ntの120bpの領域を含む断片を増幅する。HBV/CのゲノムDNAの配列は、例えば配列番号1に示すように公知であるので、増幅に用いる一対のプライマーの塩基配列は公知の塩基配列に基づいて容易に設定することができる。プライマーは、対合する鋳型DNAの領域と相補的な塩基配列を有することが好ましいが、10%以下程度の塩基がミスマッチであっても使用可能である(ただし、プライマーの3’末端がミスマッチになるのは不適)。プライマーは、SNPが全く存在しない領域に設定することが好ましいが、SNPが存在する領域に設定する場合は、各タイプのものが増幅されるように混合プライマーを用いることができる。また、PCRは1回行えばよいが、精度を高めるためにnested PCR又はhemi-nested PCR(2回のPCRでフォワード側プライマー又はリバース側プライマーのいずれか一方は同じものを用いる)を行なってもよい。増幅後、増幅産物を所定の制限酵素で消化し、消化物をゲル電気泳動にかけて臭化エチジウム等により染色し、バンドを観察することにより、制限酵素で切断が起きたか否かを調べることができる。
【0025】
型判別は、さらに、免疫測定によっても行うことができる。上記表1には、各SNPを含むコドンがコードするアミノ酸が記載されている。表1に示されるように、166nt、312nt、400nt、1721nt、2559nt、2561nt、2958nt及び3008ntにおけるSNPでは、アミノ酸の置換が起きる。アミノ酸の置換が起きれば、コードされるポリペプチドの抗原性に差が生じるので、SNPを免疫測定により検出することが可能である。すなわち、一方のサブタイプのポリペプチドとのみ抗原抗体反応し、他方のサブタイプのポリペプチドとは抗原抗体反応しない抗体、好ましくはモノクローナル抗体を作出し、それを用いて常法により免疫測定を行うことにより、免疫測定で型判別を行うことができる。モノクローナル抗体は、一方のサブタイプがコードするポリペプチドを免疫原として用い、常法であるKohlerとMilsteinの方法により容易に作出することができる。作出したモノクローナル抗体のうち、免疫原として用いたサブタイプと異なるサブタイプのポリペプチドとは抗原抗体反応しないモノクローナル抗体をスクリーニングにより選択することにより、サブタイプ特異的なモノクローナル抗体を得ることができる。このようなサブタイプ特異的モノクローナル抗体を用いてサンドイッチ法、ウェスタブロット法、競合法等の常法により免疫測定を行うことにより型判別を行うことができる。
【0026】
本発明の方法は、HBV/Cが極東アジア型か東南アジア型かを簡便に識別することができるので、HBV/Cの感染経路の解明に有用である。また、下記実施例において具体的に述べるように、極東アジア型には、ウイルスのキャプシド形成シグナル領域である1896ntや1858ntにSNPがあり、東南アジア型には同じくウイルスのキャプシド形成シグナル領域である1898ntや1856ntにSNPがある。これらはウイルスの増幅効率に影響を与えるので、各サブタイプで劇症肝炎や肝癌の発症等の臨床症状が異なる可能性がある。本発明の型判別方法は、これらの臨床症状の相違の研究や各サブタイプに最適な治療方法の研究にも有用である。
【0027】
本発明はまた、上記した本発明の方法の好ましい態様であるPCR-RFLPに用いられるプライマーセット及び制限酵素を含むキットをも提供する。キットに含まれるプライマーセットや制限酵素は上記したとおりである。このキットを用いることにより、上記したPCR-RFLPを容易に実施することができる。
【実施例】
【0028】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。なお、以下の記述及び図面において、東南アジア型を便宜的にC1、極東アジア型を便宜的にC2と表記することがある。
【0029】
材料及び方法
材料
S遺伝子に関するPCR-RFLP(Mizokami M, Nakano T, Orito E, et al. Hepatitis B virus genotype assignment using restriction fragment length polymorphism patterns. FEBS Lett 1999;450:66-71)により確認された結果とともに、プレS2領域産物に対するELISA(Usuda S, Okamoto H, Tanaka T, et al. Differentiation of hepatitis B virus genotypes D and E by ELISA using monoclonal antibodies to epitopes on the preS2-region product. J Virol Methods 2000;87:81-9; Usuda S, Okamoto H, Iwanari H, et al. Serological detection of hepatitis B virus genotypes by ELISA with monoclonal antibodies to type-specific epitopes in the preS2-region product. J Virol Methods 1999;80:97-112)によって決定された、HBV/Cを含む合計49例の血清を、日本の名古屋市立大学病院又は香港のクイーン・マリー病院に通院するHBV慢性保有者から得た。該研究のプロトコールは1975年のヘルシンキ宣言に適合し、該機関の倫理委員会に承認され、各HBV保有者からインフォームド・コンセントを得られた。HBV/Cサブタイプ間のSNPsを決定するために、DDBJ/EMBL/GenBankデータベースから得られた171例のHBV/Cの完全配列を比較した。
【0030】
HBV遺伝子型Cのサブタイプ東南アジア型及び極東アジア型の判別のためのPCR-RFLP
QIAamp DNA Blood Mini Kit(Qiagen社、独国ヒルデン)を用いて、100μLの血清から核酸を抽出した。HBV/Cの特異的決定のための新規方法は、hemi-nestedのプライマーを用いた二段階のPCRサイクルと、それに続くHBV/C東南アジア型又は極東アジア型に対して特異的な制限サイトのRFLPから成った。第一段階のPCRは、重複のないポリメラーゼ領域中のセンスプライマー(HBV964F: 5'-ATT AGA CCT ATT GAT TGG AAA GT-3' [nt 964-986])及びアンチセンスプライマー(HBV1272R: 3'-AGT ATG GAT CGG CAG AGG AG-5' [nt 1272-1253])を用いて行った。第二段階のPCRは、センスプライマー(HBV970F2: 5'-CCT ATT GAT TGG AAA GTA TGT CA-3' [nt 970-992])及びアンチセンスプライマー(HBV1272R)を用いて行った。型判別のために309bpの大きさの増幅産物の一部(5μg)を、5UのAseIで37℃にて、又はBstEIIで60℃にて、それぞれ1時間消化した。さらに、増幅産物の他の一部について、同様にNciIを用いて37℃で2時間消化を行った。これらの酵素の消化物を、3.0%(wt/vol)アガロースゲルで電気泳動し、臭化エチジウムで染色して、紫外光下でそれらのサイズを確認した。
【0031】
コアプロモーター並びにプレコア領域とコア遺伝子の増幅と配列決定
PCR-RFLPによる結果を確かめるために、コアプロモーター及びプレコア/コア領域を有するHBVのDNA配列を、既報の方法(Sugauchi F, Mizokami M, Orito E, et al. A novel variant genotype C of hepatitis B virus identified in isolates from Australian Aborigines: complete genome sequence and phylogenetic relatedness. J Gen Virol 2001;82:883-92)を僅かに改変した方法によって、hemi-nestedのプライマーを用いたPCRにより増幅した。すなわち、第一段階のPCRは、96ウェルサイクラー(GeneAmp 9700, Perkin-Elmer Cetus, カリフォルニア州ノーウォーク)にて、センスプライマー(HB7F-2: 5'-CAT GGA GAC CAC CGT GAA CGC-3' [nt 1607-1627])及びアンチセンスプライマー(HB8R-2: 5'-ATA GGG GCA TTG GTC T-3' [nt 23142299])を用いて40サイクル(94℃, 1分; 60℃, 1分; 72℃, 1分 [最終サイクルでは6分])行った。第二段階のPCRは、第一段階のPCRと同様の条件下で、センスプライマー(HB7F-2)及びアンチセンスプライマー(HB7R-2: 5'-CCT GAG TGC TGT ATG GTG AGG-3' [nt 20722052])を用いて35サイクル行った。PCR中のコンタミネーションを回避するための標準的な用心を注意深く実行し、特異性を確実にするため、各ランにおいてネガティブコントロール血清を含めた。その後、PCR産物をPrism Big Dye (Applied Biosystems, カリフォルニア州フォスターシティー)を用いて、ABI 3100 DNA自動シークエンサーにて直接的に配列決定した。
【0032】
HBVの分子進化解析
参照配列はDDBJ/EMBL/GenBankデータベース及びそれらの識別のためのアクセッション番号から検索した。HBVのヌクレオチド配列は、周知のCLUSTAL Xプログラム(Higgins D., Thompson J., Gibson T. Thompson J. D., Higgins D. G., Gibson T. J.(1994). CLUSTAL W: improving the sensitivity of progressive multiple sequence alignment through sequence weighting,position-specific gap penalties and weight matrix choice. Nucleic Acids Res. 22:4673-4680.に記載)により整列し、遺伝距離は肝炎ウイルスデータベース(http://s2as02.genes.nig.ac.jp/)中の6-パラメーター法で算出した。これらの値に基づき、中央ルーティング(mid-point rooting)オプションを用いた近隣結合法によってブートストラップ系統樹を作成した。なお、系統樹の作成に用いた、データベースに登録されている東南アジア分離株及び極東アジア分離株のGenBank Accession No.は次の通りであった。
【0033】
東南アジア分離株
AB031262、AY217374、AF473543、AF223958、AF223961、AY217371、AY217376、AY217378、AF223960、AY217375、AF223957、AB112472、AB111946、AB112063、AF223956、AF223959、AF223955、AB105173、AY217377、AF223954、AY217372、AB112065、AB031265、AY167099、AB074755、AB112471、AB112348、AB112408、AB112066、AB074756、AB117758、AF068756、AB074047、AB105174
【0034】
極東アジア分離株
AB014363、X52939、D23682、D23683、AB014374、AB111114、AY148342、L08805、AB014378、AB014365、AB014377、AY247030、AB014360、AB106895、AB014394、AB014376、D50519、D50520、AF330110、AB111122、AB111123、AB111121、AB014372、AB042282、AB042283、D50517、D50518、AB042285、AY123041、D12980、D16665、D16666、D50489、D16667、AB033550、AB049609、AB026815、AB033551、AB033552、AB033556、AB033553、AF286594、AY040627、AY247032、AB014367、D00630、M38636、X14193、D23680、D23681、AB014362、D28880、S75184、X01587、AY123424、M38454、AY206384、AF458664、AB014369、AB050018、AB014371、AF461358、AF461359、AF411409、AF411408、AF411411、AY066028、AF461361、AF182802、AF182803、AF182804、AY206381、AF458665、AB014364、AB014381、AB014396、AB014385、AB014391、AB014389、AB111120、D23684、AB014393、AB014379、AB014392、AB014383、AB014380、AB014382、AB014384、AB014399、AB026811、AB026814、AB026813、AB026812、AF384371、AF384372、AY206392、AF363961、AF363963、AF363962、AY167090、AF411412、AY206388、AY220699、AY306136、AF461357、AF461363、AF533983、AB111119、AY220701、AY220702、AB042284、AY057947、AB111124、AB111125、AY167095、V00867、AY167096、AY206382、AY206389、AY247031、AY206393、X04615、Y18856、Y18858、Y18857、Y18855、AF233236、AY217373、AY167091、AY206386、AB115417、AB049610、AY206376、AY206379、AY206374、AF241410、AF241411
【0035】
結果
作成された系統樹を図2−1及び図2−2に示す。図2−1は、29例のHBV系統の完全なヌクレオチド配列を包含する系統樹である。8例のHBV/C東南アジア型及び8例のHBV/C極東アジア型系統(図1中)を、4例の他のHBV/C(C3及びC4)及び7遺伝子型(Aa, Ae, Ba, Bj, DH)で表される9例の他のHBV系統とともに比較した。
【0036】
図2−2は、398bpにわたるX遺伝子、プレコア及びコア遺伝子配列で作成した系統樹を示す。データベースから検索した上記の典型的な29例の配列とともに、PCR-RFLPにより決定された24例のHBV/C東南アジア型はHBV/C東南アジア型に属し、PCR-RFLPによる25例のHBV/C極東アジア型はデータベースから得た典型的なHBV/C極東アジア型とクラスターを形成した。本実施例において新たに塩基配列を決定した全ての株を太字で示す。データベースから得たそれぞれの典型的な株は、アクセッション番号と、それに続けたサブタイプ並びにカンボジア(Camb), 香港(HK), 日本(JPN), ミャンマー(Myan) 及びベトナム(Viet)の略語による起源国で識別する。水平バーの長さはサイトあたりのヌクレオチド置換の数を示す。
【0037】
完全ゲノムにおけるHBV/Cの東南アジア型及び極東アジア型間の判別のためのSNPs
DDBJ/EMBL/GenBankデータベースから検索された34例のHBV/C東南アジア型及び137例のHBV/C極東アジア型から成る171例のHBV/C系統を完全ゲノムと比較したところ、2つのサブタイプ間で17箇所のSNPsが見つかった(表1)。それらのうち、重複のないポリメラーゼ領域中の5箇所のSNPsは次の制限酵素サイトを含んでいた;BstEIIサイト(nt1041のT(「T1041」と表記する)及びC1044);AseIサイト(A1050及びA1053);並びにNciIサイト(C1155)。興味深いことに、34例のHBV/C東南アジア型にはBstEIIサイト(G/GTNACC [nt 10391045])及び/又はAseIサイト(AT/TAAT [nt 10501055])があったが、137例のHBV/C極東アジア型にはBstEIIサイトもAseIサイトもいずれもなかった。その一方で、137例中128例(93%)のHBV/C極東アジア型にはNciIサイト(CC/SGG [nt 11541158])があり、HBV/C東南アジア型にはT1151のためにNciIサイトは存在しなかった。
【0038】
HBV/C東南アジア型及び極東アジア型間の判別のためのPCR-RFLP
HBV/C東南アジア型及びHBV/C極東アジア型の典型例各8例の配列を図1に示す;HBV/C東南アジア型はベトナム、タイ、ミャンマー、中国、香港から、HBV/C極東アジア型は日本、韓国から得られた。該16株のサブタイプは完全ゲノムの系統解析により確認した(図2-1)。T1041, C1044, A1050, A1053及びC1155の5箇所のSNPsを利用して、HBV/C東南アジア型及びHBV/C極東アジア型間の判別のために、3種のエンドヌクレアーゼによるRFLP法を開発した。HBV/C東南アジア型で増幅した309bpのサイズのPCR産物(nt 9641272)は、AseI消化により88bpと221bpの2断片に分かれ、又はBstEII消化により76bpと233bpの2断片に分かれた(図3)が、HBV/C極東アジア型での増幅断片は分かれなかった。対照的に、HBV/C極東アジア型で増幅した309bpの産物は、NciI消化により192bpと117bpの2断片に分離したが、HBV/C東南アジア型での増幅断片は分離しなかった。
【0039】
香港の24例及び日本の25例から成る合計49例のHBV/Cサンプルを用い、上記した本発明のPCR-RFLP法の特異性を調べた。結果を下記表2に示す。該PCR-RFLPに基づき、香港由来の24系統はHBV/C東南アジア型に分類され、日本由来の25系統はHBV/C極東アジア型に分類された。該PCR-RFLP法の信頼性を確認するため、49例のサンプル全てについて、プレコア領域とコア遺伝子を直接配列決定した。PCR-RFLPによって決定された24例のHBV/C東南アジア型及び25例のHBV/C極東アジア型サンプル全てが、塩基配列決定により完全に各サブタイプに分類された。該方法の感度については、HBV/C東南アジア型又は極東アジア型クローンの一連の希釈により、hemi-nested PCRの検出限界はアッセイあたり5コピーであることが示された。
【0040】
【表2】

【0041】
HBV/C東南アジア型及び極東アジア型に感染した患者における、エンハンサー、BCP及びプレコア領域中の変異
HBV/C東南アジア型及びHBV/C極東アジア型のBCP及びキャプシド形成シグナル(ε)にわたる配列の整列化により、HBV/C東南アジア型及びHBV/C極東アジア型のnt1721, 1757, 1775, 1856及び1858における特異的置換が同定された(表2)。T1653, T1858, A1896及びA1899の置換の頻度はHBV/C東南アジア型よりもHBV/C極東アジア型において有意に高く、一方でA1727、T1856及びA1898の置換の頻度はHBV/C東南アジア型において高かった。BCPにおける二重変異(T1762/A1764)はいずれのサブタイプにおいても高い頻度で起きていた。興味深いことに、プレコア停止変異(A1896)は、A1896と塩基対を形成する、nt1858におけるCからTへの置換を伴うが、HBV/C極東アジア型においてのみ認められ(45/162、28%)、HBV/C東南アジア型においてはC1858のために該変異は認められなかった。他のプレコア変異(A1898)は、nt1856におけるCからTへの変異を伴うが、HBV/C東南アジア型において認められた(7/58、12%)(表3)。
【0042】
【表3】

【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】重複のないポリメラーゼ領域中の、8例のHBV/C東南アジア型及び8例のHBV/C極東アジア型の配列を整列化した図である。データベースから得た全ての配列は、アクセッション番号と、それに続けたサブタイプ並びにカンボジア(Camb), 香港(HK), 日本(JPN), ミャンマー(Myan) 及びベトナム(Viet)の略語による起源国で識別する。
【図2−1】本発明の実施例で作成した、29例のHBV系統の完全なヌクレオチド配列を包含する系統樹を示す。
【図2−2】本発明の実施例で作成した、398bpにわたるX遺伝子、プレコア及びコア遺伝子配列で作成した系統樹を示す。
【図3】(a)は、制限酵素BstEII、AseI、NciIによるPCR-RFLPに基づく、HBV/Cの新規サブタイプ分類アッセイの方法を説明する図である。(b)は、上記PCR-RFLPの結果得られた電気泳動写真である。
【図4】HBV/C東南アジア型及びHBV/C極東アジア型のプレゲノムキャプシド形成(ε)シグナルの立体配座を示す図である。T1856による塩基対形成を伴うプレコア変異G1898Aは、HBV/C東南アジア型においてのみ認められた。対照的に、T1858を伴うプレコア停止変異G1896Aは、HBV/C極東アジア型においてのみ認められた。A1899変異はHBV/C極東アジア型において有意に優勢な変異である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
B型肝炎ウイルスゲノムDNA中の166nt、312nt、400nt、1041nt、1044nt、1047nt、1050nt、1053nt、1155nt、1721nt、2065nt、2158nt、2559nt、2561nt、2633nt、2958nt及び3008ntから成る群より選ばれる少なくとも1つの部位における一塩基多型に基づいて、ジェノタイプCに属するB型肝炎ウイルスが東南アジア型か極東アジア型かを調べる方法。
【請求項2】
複数の部位における一塩基多型に基づいてジェノタイプCに属するB型肝炎ウイルスが東南アジア型か極東アジア型かを調べる請求項1記載の方法。
【請求項3】
1041nt、1044nt、1047nt、1050nt、1053nt及び1155ntから成る群より選ばれる少なくとも1つの部位における一塩基多型に基づいて、ジェノタイプCに属するB型肝炎ウイルスが東南アジア型か極東アジア型かを調べる請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
(1) 1041nt及び1044ntにおける一塩基多型、(2)1047 ntにおける一塩基多型又は(3) 1050nt及び1053ntにおける一塩基多型と、(4)1155ntにおける一塩基多型に基づいてジェノタイプCに属するB型肝炎ウイルスが東南アジア型か極東アジア型かを調べる請求項3記載の方法。
【請求項5】
上記(1)又は(3)の一塩基多型と、上記(4)の一塩基多型を調べる請求項4記載の方法。
【請求項6】
BstEIIによりゲノムDNA断片の切断が生じるか否かにより上記(1)の一塩基多型を調べ、BseYIによりゲノムDNA断片の切断が生じるか否かにより上記(2)の一塩基多型を調べ、AseIによりゲノムDNA断片の切断が生じるか否かにより上記(3)の一塩基多型を調べ、NciIによりゲノムDNA断片の切断が生じるか否かにより上記(4)の一塩基多型を調べる、制限断片長多型法による請求項4記載の方法。
【請求項7】
BstEII又はAseIと、NciIとを用いる制限断片長多型法により上記(1)又は(2)の一塩基多型と上記(3)の一塩基多型とを調べる請求項6記載の方法。
【請求項8】
1039nt〜1158ntを含む領域を核酸増幅法で増幅後、前記制限断片長多型法を行なう請求項6又は7記載の方法。
【請求項9】
前記核酸増幅法が、nested PCR又はhemi-nested PCRである請求項8記載の方法。
【請求項10】
アミノ酸置換を伴う一塩基多型である、166nt、312nt、400nt、1721nt、2559nt、2561nt、2958nt及び3008ntから成る群より選ばれる少なくとも1つの部位における一塩基多型に起因するアミノ酸置換を免疫測定法により検出する、免疫測定法による請求項1記載の方法。
【請求項11】
前記核酸増幅法に用いられるプライマーセットと、前記制限断片長多型法に用いられる制限酵素とを含む、請求項8又は9記載の方法を行なうためのキット。


【図1】
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【図2−1】
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【図2−2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−6734(P2007−6734A)
【公開日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−189266(P2005−189266)
【出願日】平成17年6月29日(2005.6.29)
【出願人】(591270556)名古屋市 (77)
【出願人】(390037006)株式会社エスアールエル (29)
【Fターム(参考)】