説明

BCGによる治療効果の予測方法

【課題】 BCGの接種前にBCG接種の効果を予測する方法、およびかかる予測に基づいてアレルギー疾患へのBCGによる治療方法を提供すること。
【解決手段】 アレルギー疾患を有する被験者について、アレルギー疾患の治療に対するBCG接種の効果を予測する方法であって、アレルゲンへの暴露により被験者のIgE産生が促進されるかどうかを測定または推定し、これを指標としてBCG接種の効果を予測することを特徴とする方法が開示される。本発明は、アレルギー疾患の患者の集団の中に、アレルゲンへの暴露によってIgE産生が促進される集団とアレルゲンへの暴露によってIgE産生が促進されない集団との両方が存在すること、およびアレルゲンへの暴露によってIgE産生が促進されない患者では、BCG接種によるIgE産生抑制効果が低いことの発見に基づく。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アレルギー疾患の治療におけるBCG接種の効果の予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
前世紀の医学では、予防接種による疾患の予防や投薬に関しては、個人差は考慮されてこなかった。しかし近年、ゲノム配列が解明され、個人差が、SNPsなどゲノム上の多型によるものであることが徐々に明らかになってきており、薬剤・治療に対する反応は、遺伝子をはじめとする個人差によって大きく異なることが広く認識されはじめてきている。
【0003】
しかしながら、薬剤・治療に対する反応に直接関与する遺伝子の解明は、未だ始まったばかりであり、関与する遺伝子が同定されている薬や、予防・治療方法はそれほど多くない。このような、薬剤・治療に対する反応を決める要因がわかっていない場合では、特に、薬や治療方法の効果や、薬の代謝など薬に対する反応についての試験において、個人の差異によるばらつきを減少させることができない。このため、薬や治療法に実際に効果のある集団が、投薬、治療対象の集団に含まれていたとしても、薬や治療法の効果の統計的有意差が認められないケースが非常に多かった。このように集団内にばらつきがあり、それが区別できない状態では、一部のグループにのみ有効な薬や治療法が実用化されず、あるいは効かないグループへの毒性が低いなどの理由から実用化されても満足な効果が得られないという問題点があった。
【0004】
アレルギー疾患の罹患率は、ここ20年間で先進国を中心に急激に増加し、現在では日本国民の30%が罹患していると言われている。これまでアレルギー疾患の分子メカニズムは不明であったが、最近になって、いくつかの分子メカニズムに関する研究が進んできている。
【0005】
これまでのアレルギー増加を説明する仮説の一つとして、衛生環境の向上により、幼少時に感染性病原体に暴露する機会が減ったことが、アレルギー疾患の増加と関係しているという「衛生仮説」が提唱されてきた。結核予防のため接種されてきたBCGは、結核菌を弱毒化したワクチンであるが、BCGワクチンの接種を受けるとアレルギーの発症率が下がることが報告されている。BCGは、アレルギー疾患の治療に役立つのではないかと期待されており、BCGがどうしてアレルギーに効果的なのか、といった具体的なメカニズムについての研究が進みつつある。花粉症、アトピー性皮膚炎、喘息といったアレルギーは、「免疫グロブリンE(IgE)」という抗体をBリンパ球が産生することで生じる。ここで、BCGが、自然免疫受容体(TLR)を介して、「ナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)」と呼ばれるリンパ球を活性化し、IgEを産生するBリンパ球を細胞死へ導くという機構が見出され、その結果、アレルギーの原因であるIgEが劇的に減少することが明らかになってきた。また、NKT細胞がIgE抗体産生を抑制する仕組みは、ヒトにも存在し、この仕組みの異常でIgEが減少しない個体が存在し、遺伝的背景といった衛生仮説以外の要因が存在する事もあることが示唆されてきた。しかし、ヒトでは、その遺伝的背景により集団を分類することができないため、ヒトに対してBCGを接種することで有効にアレルギー疾患が改善するかどうかは不明であった。
【0006】
モデル実験動物を用いた上記研究では、さらにIL−21などのサイトカインが重要であることが明らかになっている。モデル動物では、特定の動物種・系統を用いているため、IgEや、IL−21などの量を基準に、BCGに対して効果がある系統かどうかを確認することができると考えられる。一方、遺伝的背景がそろった実験動物の系統とは異なり、ヒトの集団では遺伝的背景の相違が連続的であり、単純に特定のサイトカインのみに注目しただけでは、集団を分類することは難しい。つまり、多くの測定項目から、集団を分類する基準として有効な測定項目を人為的に選択することはこれまで困難であった。
【0007】
【非特許文献1】Harada M et. al., "IL-21-induced Bepsiloncell apoptosis mediated by natural killer T cells suppresses IgE responses" J. Exp. Med. 2006 Dec 25;203(13):2929-37.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、BCGの接種前にBCG接種の効果を予測する方法、ならびに、およびかかる予測に基づいて、花粉症、アトピー性皮膚炎、喘息をはじめとするアレルギー疾患へのBCGによる治療方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、アレルギー疾患の患者の集団の中に、アレルゲンへの暴露によってIgE産生が促進される集団とアレルゲンへの暴露によってIgE産生が促進されない集団との両方が存在すること、およびアレルゲンへの暴露によってIgE産生が促進されない患者では、BCG接種によるIgE産生抑制効果が低いことを見出した。
【0010】
本発明は、アレルギー疾患を有する被験者について、アレルギー疾患の治療に対するBCG接種の効果を予測する方法であって、アレルゲンへの暴露により被験者のIgE産生が促進されるかどうかを測定または推定し、これを指標としてBCG接種の効果を予測することを特徴とする方法を提供する。
【0011】
本発明の1つの好ましい態様においては、アレルゲンへの暴露により被験者のIgE産生が促進されるかどうかを測定し、この結果に基づいてBCG接種の効果を予測する。アレルゲンへの暴露の前後で被験者のIgEレベルを測定し、アレルゲンへの暴露による被験者のIgE産生の上昇が所定の閾値を超えた場合には、前記被験者はBCG接種による治療効果があると予測する。好ましくは、この閾値は、アレルギー疾患患者の集団にアレルゲンを暴露する試験を行い、その結果に基づいて、アレルゲンへの暴露の前後で、IgE産生の促進されない集団とIgE産生の促進される集団との間のp値が最小になるように決定される。
【0012】
本発明の別の好ましい態様においては、アレルゲンへの暴露により被験者のIgE産生が促進されるかどうかを推定し、この結果に基づいてBCG接種の効果を予測する。アレルゲンへの暴露により被験者のIgE産生が促進されるかどうかの推定は、アレルゲンへの暴露前の被験者の生物学的検査値のレベルに基づいて構築された分類モデルを用いて行う。生物学的検査値としては、例えば、Th1、Th2、Dp (Double Positive)、IL4、IL5、IL21、INFg、IL4CS及びIL5CSが挙げられる。
【発明の効果】
【0013】
本発明の方法によれば、アレルギー疾患患者に対してBCGの接種による治療を実施する前に、その患者のBCG効果が高いか低いかを予測することが可能になる。これによって、BCGの効果が低い患者に対しての無駄なBCG接種を控えることが可能になり、患者負担の軽減や、医療費の削減、また、エビデンスに基づいて治療の選択を行う手段を提供することで、治療を行う医師の負担を軽減することができる。
【0014】
また、BCGの効果が高い集団を見分けることが可能になるため、さまざまなアレルギー疾患に対する効果を検証する臨床研究や臨床治験に際し、適切な集団を選択できるようになり、適切にBCG治療の効果を評価できるようになる。さらに、BCG治療と他の治療や薬との併用による効果を調べる際にも、適切な集団を選択することができ、精度の高い臨床試験をデザインすることができるようになる。そして、このことにより、アレルギー疾患を抑制する医薬品の開発や治療法の開発にかかるコストを低減することが可能になる。
【0015】
また、アレルゲンへの暴露によってIgE産生が促進される集団とアレルゲンへの暴露によってIgE産生が促進されない集団を比較することにより、IgE産生の促進が起きないメカニズムを見出す研究に役立てることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明は、アレルギー疾患を有する被験者について、アレルギー疾患の治療に対するBCG接種の効果を予測する方法を提供する。この方法は、アレルゲンへの暴露により被験者のIgE産生が促進されるかどうかを測定または推定し、アレルゲンへの暴露によってIgE産生が促進される患者では、BCG接種によるIgE産生抑制効果があると予測することを含む。
【0017】
本発明の1つの態様においては、アレルゲンへの暴露の前後で被験者のIgEレベルを測定し、IgE産生が促進されるかどうかを調べる。アレルゲンへの暴露による被験者のIgE産生の上昇が所定の閾値を超えた場合には、その被験者はBCG接種による治療効果があると予測される。
【0018】
この態様においては、まず、アレルギー疾患患者の集団を、アレルゲンへの暴露の前後で、IgE産生の促進されない集団と促進される集団という統計的に有意な2つの集団に分ける。この方法では、アレルゲン暴露前後のIgEの量を測定し、その比率をアレルゲン暴露前後のIgE産生促進の基準として用いることができる。IgE量については、抗原への特異性を問わない総IgEの量でもよいし、特定のアレルゲンに対する疾患であれば、特定のアレルゲンを認識するIgEの量を用いることもできる。たとえば、スギ花粉をアレルゲンとする花粉症においては、スギ花粉に特異的なIgE量であるスギIgEを用いることが可能である。
【0019】
ここで言うアレルゲン暴露とは、完全にアレルゲンがない状態から、アレルゲンへ暴露することのみを意味するのではなく、たとえば花粉症のようにアレルゲンの非常に少ない状態から、多い状態への変化も含んでいる。患者・被験者のアレルゲンの暴露は、接種など人為的に行ってもよいが、花粉症などの場合には、自然に花粉の飛散を待ってもよい。
【0020】
次に、IgE量の測定値に基づいて、アレルゲンへの暴露の前後で、IgE産生の促進されない集団と促進される集団とに分けるためのIgE量の閾値を決める。この方法には、すくなくとも2つの方法がある。
【0021】
1つは、アレルゲン暴露前後のIgEの比率などのIgE産生の促進度について、ある値により集団を分けた後の2つの集団において、そのIgEの促進度を対象にP値を算出し、そのP値が最小になるような値を閾値として採用する方法である。
【0022】
もうひとつの方法は、ある値により集団を分けた後の2つの集団の様々な検査値を用いて、各個人が分類された集団のどの集団に属する可能性が高いのかを予測する分類モデルを構築し、学習データに対して正解率が最も高くなるような値を閾値として採用する方法である。
【0023】
IgE量の閾値を決める方法については、モデル構築の結果、診断確率が十分高ければよく、したがってこれら2つの方法に限定されるものではない。
【0024】
このようにして決定したIgE量の閾値に基づいて、ある患者が、アレルゲンへの暴露の前後で、IgE産生の促進されない集団と促進される集団のいずれに属する可能性が高いのかを予測する。アレルゲンへの暴露によってIgE産生が促進される患者では、BCG接種によるIgE産生抑制効果が高いと予測することができる。
【0025】
本発明の別の態様においては、アレルゲンへの暴露の前後でIgEレベルが上がるかどうかを直接測定せずに、サイトカインなどアレルギー疾患に関わる生物学的な検査値を用いて、アレルゲンへの暴露の前後でIgEレベルが上がるかどうかを推定する。推定には、各個人がアレルゲンへの暴露の前後でIgE産生の促進されない集団と促進される集団のいずれに属する可能性が高いのかを予測する分類モデルを用いる。このモデルは、予めアレルギー疾患の患者集団について予め行った検査値とIgEレベルの変化の試験の結果に基づいて構築することができる。
【0026】
アレルギー疾患に関わる生物学的な検査値としては、セルソーターによるT細胞の分類手法のデータであるTh1、Th2、Double Positiveや、IL4、IL5、IL21、INFgなどサイトカインの測定値、あるいは特定抗原の添加によってサイトカインを産生する細胞のコロニー数を示すデータであるIL4CSやIL5CSなどの検査値を用いることができ、これらを入力データ(X)とする。検査値の測定方法については下記に詳述する。モデルの出力(Y)は、アレルゲン暴露前後でIgE産生が促進されるか、されないかを示すフラグの1変数である。X,Yの学習データから、部分的最小二乗法(PLS:Partial Least Square)を利用し、Y=f(X)のモデルを構築する。構築されたPLSモデルを利用し、もとのXデータを代入して推定値YPREを求める。推定値YPREのミス分類率(実際のYとの比較により得られる)が最小になるように、逆に推定値YPREの閾値を探索決定する(最適化計算)。以上の分類モデルは、一般にPLS−DA(Partial Least Square Discriminate Analysis)と呼ばれている。
【0027】
このようなモデル化の手法は、アレルゲン暴露前後でIgE産生が促進されるかされないかの予測精度が高くかつ実用上十分であれば良く、必ずしも、PLS−DAに限定されるものではない。
【0028】
アレルゲン暴露前の検査値を用いて、各個人が分類された集団のどの集団に属する可能性が高いのかを予測する分類モデルを構築する手法において、PLS-DA法を用いる場合には、XとY間の共分散(Convariance)を最大化するように各変数空間内で新軸の引き換えを行いながら、低次元化(例えばn次元よりも低次元(n>m)となるm次元)された新軸を用いてXとY間のモデル化を行う。このとき、低次元化された新軸は隠れ軸(Latent Variable)と呼ばれる。このように、PLS-DA法の中心であるPLS回帰分析には低次元化された隠れ軸を用いるから、Xデータ群の空間内の共線性を効果的に処理することができ、またノイズに対してロバストな(強い)モデルパラメータを求めることができるという効果がある。このため例えばPCR(Principal Components Regression)回帰分析等の他のモデリング技術に比べて、Yへの推定能力が高い。また、PLS回帰分析では、入力データであるX空間内のモデル化も同時に行う。このため、モデリング哲学として、出力となるYの予測誤差だけでなく、キー(key)情報が一番存在している入力データXの空間内のモデル化も同時に行っており、より真に近いモデルを構築することができる。
【0029】
一旦このようなモデルが構築できると、このモデルを利用して、学習データではない新たな個人のデータを検討し、その個人が、アレルゲン暴露前後でIgE産生が促進されるか、されないかを予測することができる。さらに、後述するように、このIgE産生が促進されない集団はBCGの効果が低いことが見出されたため、この方法を用いることによって、BCG接種の効果が高いかどうかを、BCG接種前に予測することができる。そして、BCG効果が高いと判断される患者に対してのみBCGの接種を行うアレルギー疾患の治療方法を提供することができる。本発明の方法によれば、実際にアレルゲン暴露の試験をすることなく、BCG接種の効果を予測することができ、患者の負担を軽減することができる。さらにこの様態によれば、特に花粉症などアレルゲンへの暴露が基本的には年に1回しかない疾患においても、患者がIgE産生の促進される集団に属するのか、IgE産生の促進されない集団に属するのかを判断する基準となるアレルゲンの暴露のために1年間待つ必要がなく、当該年度からBCG接種による効果があるのかないのかを判断することが可能になるという効果がある。
【0030】
さらに別の態様においては、BCG接種の効果を試験する臨床試験から得られたデータを用いてモデルを構築することができる。
【0031】
BCG接種の臨床試験データに基づいて分類モデルを構築するためには、臨床試験、プラセボ集団の結果を用いたモデルの構築、実験集団を用いたモデルの検証を行うことが必要である。臨床試験は、BCGの接種を行う実験集団と、BCGの接種を行わないプラセボ集団の2つの集団に対して、アレルゲンを暴露するようデザインすることができる。1回から3回のBCGの接種の後、アレルゲンへの暴露を行うスケジュールで、試験を進めることが望ましい。BCGの接種は、1回ごとに1ヶ月程度の期間をおくことが望ましいが、回数については、3回を超えても差し支えない。
【0032】
BCGの接種前から、様々な項目について定期的に検査することが必要である。検査項目は、総IgE、スギIgE、Th1、Th2、Dp (Double Positive)、IL4、IL5、IL21、INFg、IL4CS及びIL5CSといった項目が考えられる。
【0033】
総IgEは、たとえばCAP FEIA法などの方法で測定することができる、血清中のIgE全体の量を測定した測定値である。スギIgEは、総IgEと類似の方法で測定することが可能な、アレルゲンとしてのスギ花粉特異的なIgEの量を測定した検査値である。
【0034】
Th1、Th2、Dp (Double Positive)は、CD4陽性のヘルパーT細胞のサブタイプを分析するための検査値である。全血をPMAとカルシウムイオノフォアで、ごく短時間刺激後、蛍光標識したCD4、細胞内サイトカインであるIFNγとIL−4に対する抗体により3重染色処理した後、FACS法によって測定した検査値である。IFNγ陽性かつIL−4陰性がTh1、IFNγ陰性かつIL−4陽性がTh2、IFNγ陽性かつIL−4陽性がDpであり、値は百分率となる。
【0035】
IL4、IL5、IL21、INFγは、全血より調整した白血球画分から調製したTotalRNAを鋳型にして逆転写酵素によってcDNAを合成、IL4、IL5、IL21、INFγにそれぞれ特異的プライマーのセットを用いて、定量PCRにより測定した発現量を示す検査値である。IL4、IL5、IL21、INFγにそれぞれ特異的プライマーのセットは市販のものを用いても良いし、公共のデータベースから得られたcDNA配列等の配列情報を用いて、設計してもよい。IL-21は、BCGによって活性化したNKT細胞により産生され、マウスやヒトにおいて、IgE の産生を抑制するサイトカインであり、今回モデルの出力(Y)に対する関係がすでにわかっており、生物学的には重要な検査値である。
【0036】
IL4CS及びIL5CSは、Elispot法によって測定した検査値である。例えばIL4CSのIL4は、ウェルにコートする抗体を示し、CSはT細胞を刺激するアレルゲン、すなわちCry-jより主要T細胞エピトープを7種類連結させたハイブリッドペプチドを意味している。この例では、抗IL-4抗体をウェルにコートし、抹消血T細胞を加え、インキュベートし培養液に抗原であるCSを加えて刺激する。ビオチン標識した抗IL-4抗体を反応させ、さらにアルカリフォスファターゼ標識したアビジンを反応させた後に基質を加えて発色させると、IL-4を産生している細胞のコロニーの場所がスポットとして現れるため、コロニーの数を数えて検査値とする。
【0037】
ここで述べた検査値の測定方法は、一例であり、それぞれの検査値と生物学的に等価な値を測定できる方法であれば、いずれの方法を選択してもよい。
【0038】
検査の頻度は、なるべく高いほうが望ましいが、臨床試験のデザインを検討する上で、被験者がBCGの接種のために来院する時に測定するのが容易である。
【0039】
検査のタイミングは、BCGの接種前については、全項目の検査が必要であり、それ以降の検査については、総IgEや、スギIgEなど、IgEの量に関する検査が最小限必要であるが、その後の検証の際の目安として用いることが期待されるため、すべての検査において全検査項目を検査することが望ましい。
【0040】
患者・被験者のアレルゲンの暴露については、接種など人為的に行ってもよいが、特に花粉症などの場合には、自然に花粉の飛散を待つ方が、より実用的に好ましい。
【0041】
臨床試験に続く、プラセボ集団の結果を用いたモデルの構築において、アレルギー疾患患者の集団を、アレルゲンへの暴露の前後で、IgE産生の促進されない集団と、促進される集団という統計的に有意な2つの集団に分ける。このときに、アレルゲン暴露前後のIgEの量を測定し、その比率をアレルゲン暴露前後のIgE産生促進の基準として用いることができる。IgE量については、抗原への特異性を問わない総IgEの量でもよいし、特定のアレルゲンに対する疾患であれば、特定のアレルゲンを認識するIgEの量を用いることもできる。たとえば、スギ花粉をアレルゲンとする花粉症においては、スギ花粉に特異的なIgE量であるスギIgEを用いることが可能である。しかしながら、検査手法が総IgEとスギ花粉特異的IgEと異なっている場合には、測定精度がまちまちである可能性があり、その場合には、極力精度のよい検査手法によって得られた検査値を用いることが望ましい。
【0042】
このようにしてアレルギー疾患患者の集団を、アレルゲンへの暴露の前後で、IgE産生の促進されない集団と、促進される集団という統計的に有意な2つの集団に分けたのち、それぞれの検査値をX(入力)とし、IgE産生の促進されない集団と、促進される集団のどちらの集団に属しているかをY(出力)としてモデルを構築することができる。たとえば、プラセボ群のX,Yサンプルデータから、部分的最小二乗法(PLS:Partial Least Square)を利用し、Y=f(X)のモデルを構築する。
【0043】
モデルを学習データであるプラセボ集団以外に適用して実際に予測を行う前には、モデルの予測性能を評価するバリデーションを行うことが望ましい。バリデーションは、理想的には、学習データに用いなかった、プラセボの別の被験者の集団を用意し、アレルゲンへの暴露の前後で、IgE産生の促進されない集団と、促進される集団とが測定値で区別できる状態で、初回の検査値を入力データとして分類モデルにより予測を行い、予測結果と、測定値による判別の差異を検討することが望ましい。学習データとして用いたプラセボ集団の測定値を元に予測を行い、実際に過誤がどのくらいあるのかを評価することでバリデーションとすることができる。この場合は、モデル構築に用いることができるデータセットをなるべく大きくとることができるというメリットがある。
【0044】
対象となる患者もしくは被験者に対して、アレルゲン暴露前、BCG接種前の検査値を求め、上述のように構築したモデルを用いて、患者もしくは被験者がIgE産生の促進されない集団と、促進される集団のどちらの集団に属しているかを判断する。
【0045】
このようにして、分類モデルによって、IgE産生の促進されない集団と、促進される集団のどちらの集団に属しているかを判断でき、さらにIgE産生の促進されない集団はBCGの効果が低く、促進される集団にはBCGの効果が高いという研究結果に基づき、アレルギー疾患へのBCG接種の効果を予測方法を実施することができる。
【実施例】
【0046】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0047】
本発明の方法の実施例を示す。本実施例では、臨床試験、プラセボ集団の結果を用いたモデルの構築、および実験集団を用いたモデルの検証を行った。
【0048】
本実施例における臨床試験は、49名のBCGの接種を行う実験集団と、27名のBCGの接種を行わないプラセボ集団の2つの集団に対して、アレルゲンを暴露することを基本にしてデザインした。対象疾患は、スギ花粉による花粉症とし、アレルゲンへの暴露は、自然の花粉飛散によるものとした。
【0049】
スギ花粉の飛散期を過ぎた5月に被験者を登録し、7月、10月、1月にBCGを接種、次の飛散期を過ぎた5月に評価を行った。このとき、7月(1回目)、10月(2回目)、1月(3回目)の接種の際と、評価の際(4回目)に、総IgE、スギIgE、Th1、Th2、Dp (Double Positive)、IL4、IL5、IL21、INFg、IL4CS及びIL5CSについての検査を行い、これらの検査項目を収集記録した。ここで、総IgEとスギIgEは、CAP FEIA法で測定した。
【0050】
Th1、Th2、Dp (Double Positive)は、全血をPMAとカルシウムイオノフォアで、ごく短時間刺激後、蛍光標識したCD4、細胞内サイトカインであるIFNγとIL−4に対する抗体により3重染色処理した後、FACS法によって測定した。
【0051】
IL4、IL5、IL21、INFγは、全血より調整した白血球画分から調製したTotalRNAを鋳型にして逆転写酵素によってcDNAを合成、IL4、IL5、IL21、INFγにそれぞれ特異的プライマーのセットを用いて、定量PCRにより測定した。IL4CS及びIL5CSは、Elispot法によって測定したコロニーの数である。
【0052】
臨床試験に続き、プラセボ集団の結果を用いたモデルの構築において、アレルギー疾患患者の集団を、アレルゲンへの暴露の前後で、IgE産生の促進されない集団と、促進される集団という統計的に有意な2つの集団に分ける手法を実施し、そのための数理モデルである分類モデルを構築した。
【0053】
IgE産生の指標については、本実施例においては、最も明確に集団を分けることができる総IgEを用いることとした。また、特異的IgEであるスギIgEについても同様の傾向が出ている。
【0054】
また本実施例においては、アレルゲンの暴露の前後で総IgEの促進を評価するための指標として、IgEの4回目の検査値で3回目の検査値を割った比率である総IgE3/4比率を用いることとした。
【0055】
すべての被験者のうち、BCGを接種していないプラセボ集団に属する被験者全員の総IgE3/4比率を計算し、分類後の2つの集団の有意差をt検定にて仮説検定したp値が最小になるように閾値を設定して、総IgE3/4比率が高い集団と、低い集団の2つの集団に分けた。全体27人のうち、20人が高い集団、7人が低い集団として分けることができた。すなわち、高い集団は、全体の74%であり、低い集団は26%である。総IgE3/4比率の高い集団は、BCGを接種していないプラセボ集団であるにも関わらず、アレルゲン暴露の前後で、総IgEの抑制が見られている集団と考えられる。このようにBCGを投与しなくても総IgE3/4比率の高い集団をここでは非理想集団と呼ぶ。一方、アレルゲンの暴露前後で総IgEの産生は促進され、総IgE3/4比率が低い集団は、理想集団と呼ぶことにした。
【0056】
このようにして、分けた集団のp値が最小になる閾値を設定することで、プラセボ集団をアレルゲンへの暴露の前後で、IgE産生の促進されない集団と、促進される集団という統計的に有意な2つの集団に分けることができた。
【0057】
次に、検査値をX(入力)とし、IgE産生の促進されない集団と、促進される集団のどちらの集団に属しているかをY(出力)としてモデルを構築した。本実施例では、プラセボ群のX,Yサンプルデータから、部分的最小二乗法(PLS:Partial Least Square)を利用し、Y=f(X)のモデルを構築したところ、推測精度77%という高い分類精度で2つの集団を分けることができた。
【0058】
次に、BCGを接種した集団においても、構築したモデルにしたがって、非理想集団と理想集団の2つの集団に分類して、IgE産生の促進されない集団と促進される集団について、BCGの効果を調べた。
【0059】
まず分類モデルを利用して全集団(プラセボ群とBCG群両方)の推定分類を行った。全被験者(プラセボ群、BCG群の両方)のBCG接種前に相当する1回目の検査値を、上述の分類モデルに入力し、2つの集団(理想集団と非理想集団)に推定分類した。その結果、全被験者の75%が理想集団に、残りの25%が非理想集団に分類された。これらの集団における総IgE34比率は以下のとおりであった。
【0060】
【表1】

【0061】
理想集団において、BCG群とプラセボ群間の有意差をt検定にて仮説検定し、p値をもとめると、0.04であった。もとのデータセットのBCG群とプラセボ群間のp値は、0.22であり、有意差が見られないにも関わらず、本発明の方法を応用して被験者をあらかじめ分けると、有意差が見られることが明らかになった。
【0062】
この結果は、統計的に、IgE産生の促進されない集団はBCGの効果が低く、促進される集団にはBCGの効果が高いことを示している。すなわち、本発明にしたがう分類モデルを用いれば、アレルギー疾患の患者が、IgE産生の促進されない集団と、促進される集団のどちらの集団に属しているかを判断でき、さらにIgE産生の促進されない集団ではBCGの効果が低く、促進される集団ではBCGの効果が高いと予測することが可能であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明は、アレルギー疾患の治療に有用である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
アレルギー疾患を有する被験者について、アレルギー疾患の治療に対するBCG接種の効果を予測する方法であって、アレルゲンへの暴露により被験者のIgE産生が促進されるかどうかを測定または推定し、これを指標としてBCG接種の効果を予測することを特徴とする方法。
【請求項2】
アレルゲンへの暴露により被験者のIgE産生が促進されるかどうかを測定し、アレルゲンへの暴露による被験者のIgE産生の上昇が所定の閾値を超えた場合には、前記被験者はBCG接種による治療効果があると予測する、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記閾値が、アレルギー疾患患者の集団にアレルゲンを暴露する試験を実施し、アレルゲンへの暴露の前後で、IgE産生の促進されない集団とIgE産生の促進される集団との間のp値が最小になるように決定される、請求項2記載の方法。
【請求項4】
被験者のIgEレベルが総IgEレベルである、請求項2または3に記載の方法。
【請求項5】
被験者のIgEレベルがスギ特異的IgEレベルである、請求項2または3に記載の方法。
【請求項6】
アレルゲンへの暴露により被験者のIgE産生が促進されるかどうかを推定し、前記推定が、アレルゲンへの暴露前の被験者の生物学的検査値のレベルに基づいて構築された分類モデルを用いて行われる、請求項1記載の方法。
【請求項7】
生物学的検査値が、Th1、Th2、Dp (Double Positive)、IL4、IL5、IL21、INFg、IL4CS及びIL5CSからなる群より選択される、請求項6記載の方法。
【請求項8】
前記分類モデルが、PLS-DA(Partial Least Square Discriminate Analysis)に基づくモデルである、請求項6または7に記載の方法。


【公開番号】特開2009−14626(P2009−14626A)
【公開日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−178938(P2007−178938)
【出願日】平成19年7月6日(2007.7.6)
【出願人】(301034223)株式会社メディビック (4)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】